• 東征

【東征】ひよことたまごの救急隊

マスター:鳥間あかよし

シナリオ形態
イベント
難易度
やや易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/08/24 12:00
完成日
2015/09/08 18:35

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●小景
 木々の隙間から少女が、天ノ都が燃えゆく様を眺めていた。
 手足は細く、ごくごく幼い。七つになったかならぬかだろう。
 ごわついた樹皮へ体を預け、焦げ臭い風に吹かれながら、生まれ育った場所が焦土へ帰っていくところを彼女はまばたきもせず見つめている。大きく見開いたままの瞳へ潮が満ちていく。
 風が途切れた、わずかな間隙を縫って漂う異臭に、彼女は鼻を引くつかせた。
 少女は歩き出した。わき目もふらず、あなたへ向かって。

●まれびとが来た話
 天ノ都が燃えているのを、あなたも眺めていた。
 炎にゆらめく都の影があたり一面の水田に映りこんで、蜃気楼のようだった。

 ここは都から程近い避難所だ。
 かろうじて残っている守護結界のおかげか雑魔は影も形もない。
 警備の名目でやって来たが、歪虚相手の戦果はなしに終わりそうだ。

 することが見つからず、水汲みの少年へついてため池まで足を伸ばす。水色の瞳のすりきれた狩衣の少年は、朱へ染まった都の姿に言葉を失っている。あなたが水を向けると、その少年、鴻池ユズル(こうのいけ・ゆずる)は独り言のように語りだした。
「どこかで見た景色だと感じてね」
 紅蓮の炎に巻かれる都が、近くの寺の奉納画を彼に思い出させたのだという。金棒を持った異形が亡者を責めさいなむその絵は、すっかり色あせて、ところどころ剥げていたけれど、十と二つばかりの彼には、それがかえって生々しく感じられたと。
「地獄の絵だと、先生はおっしゃっていたよ」
 鴻池が先生と呼ぶのは、都の下町にある泉玄舎の四代目のことだ。泉玄舎は陰陽師を育成する小さな学び舎で、鴻池を含めて六人のこどもが住み込んでいる。まだまだ家事や行儀見習いが主で、肝心の符術が使えるのは年長の二人だけ、その二人も駆け出しのひよっこだから、泉玄舎の看板は先生だけで背負っていた。その先生は、南の戦へいったきり、音沙汰がない。
 つい先日のことが思い出されて鴻池はうなだれた。あの気のいい人たちは、無事だろうか。下町はたびかさなる火災と今回の作戦とで、壊滅してしまうかもしれない。
「こうなって初めて、守護結界の偉大さを感じているよ。僕にもっと力があれば……」
 あなたはどう声をかけていいのかわからず彼へ一歩近づいた。鴻池はおとなしげな笑みを浮かべてあなたを見上げると、黙々と洗濯をしている兄弟子を呼んだ。
「なあ尼崎」
「なんだ」
「先生はご無事で、つめたっ!」
 泡だらけの服が投げつけられ、鴻池が閉口する。少年、尼崎チアキ(あまがさき・ちあき)はすぐに背を向けた。
「だまってやれ」
 ぶっきらぼうな声に、鴻池は言いたいことを腹へ飲み込んだ。不機嫌な尼崎とは議論しても無駄だとわかっているのだろう。それに、不穏なことは口に出すと本当になってしまう気がしたからかもしれない。

 振り返ると、村長の家を取り巻くように簡素な小屋が並んでおり、都から逃れてきた人々がぼんやりと気の抜けたような顔でたたずんでいる。
 ここは本来、小さな集落だったが、現在では七十人ほどに膨れあがっている。しかしこの日のために建てられた一時の宿があり、十分な備蓄があった。平坦で開けた土地には、お上が運び込んだ資材もある。魚の泳ぐため池と、風よけの林を基礎に築いた防壁まである。万一守護結界の加護からはずれようとも、数日はもちこたえると楽観視されていた。

 今ではそこが、鴻池たちの寝起きする場所になっている。
 泉玄舎を出る時も、彼らに焦りはなかった。先生から言われていたとおりにすればよかったから、アオナは先生のお茶碗を布にくるんで荷物へいれていたし、アケミはいつもどおり何を考えているのかよくわからない無表情で文句も言わずにいる。いちばん下の妹弟子、シロミツとクロミツなんかは遠足と勘違いしていたくらいだ。最低限の着替えといくばくかの銭、宝具の入った箱、必要なものはすべて持ち出せた。ただ、畳の間へ飾った大きな護符を持ってこれなかったのが、悔やまれる。
 鴻池は炎の織り成す影絵を透明なまなざしで見つめた。
「これから先どうなろうと、僕はこの景色を忘れずにいようと思うよ」
 勝手にしろと言い捨て、尼崎はたすきがけをした袖を無意味にまくりあげた。まだ十三になったばかりの彼は、じっとしていると不安に押しつぶされそうだったのかもしれない。尼崎が鴻池から視線をはずす。泡にまみれた手が、びくりと震えた。
 遠くから人影の連なりが歩いてくる
 まるで葬列のように、よろめきながらあぜ道を進む人々は、髪は乱れ服は泥だらけだ。大八車には重い傷を負った人が荷物のように積まれている。
 雑魔に襲われた都はずれの村人だろう。かの歪虚王の猛攻により守護結界の加護を失ったがため逃げ出してきたのだ。親兄弟を奪われ、飢え渇き疲れきった彼らの前に広がったのは、業火に飲まれる都の姿だった。
「……おお」
「都が、天ノ都が」
 青年が膝から崩れ落ち、年老いた婆が念仏を唱えだす。
「あきらめないで! ここまでおいで、あと一息だよ!」
 顔をあげた彼らの瞳へ、ひよっこ符術師たちの姿が映る。それから、見慣れない格好の戦士たち。
 あなたが手を振る。うわさに聞く西からのモノノフだと気づいた村人たちの瞳に希望の火がともる。彼らは最後の気力を振り絞り歩き出した。

 都はずれから逃げてきた人々は三十人、避難所は百へ届く大所帯になった。
 程度の差はあれ負傷者ばかりだ。
 土地はあるが小屋が足りず、彼らは地面に敷いたござの上に寝かせられた。

 追加の小屋を建てるべく腰を上げたあなたは、袖を引かれて驚いた。
 泉玄舎の妹弟子アケミが、あなたの服をつかんでいる。一人で居ることの多いこの子にしては、珍しく切羽詰った様子だ。どうしても伝えたいことがあってここまで歩いてきたかのような。
「変なにおいがする。裏のごいんきょさんが寝ついて死んだときと同じにおい」
 それだけいってアケミは口を閉じた。彼女は元よりつっけんどんなうえに、言いたいことだけ言うから話がぶつぎりになりがちだ。もっとも、七つの子に筋道立てろというのも無理な話ではある。悪気はないと承知している鴻池が、ひとつずつ丁寧に聞きだした。
「いつ?」
「ずっと」
「今もしてる?」
「今も」
「どこから?」
「ケガの人から」
 あなたには思い当たる節があった。

 三十人の村人は、疲れか、心労か、環境か。風邪を患っていた。

 あなたが見立てたところ、まだ症状は軽い。時おり咳き込み、微熱が出ている程度だ。しかし放っておけば、とりかえしのつかない事態になるだろう。
 疫病の広がる予感がした。

リプレイ本文

●みるということ
「こりゃあ早急に手を打たんと酷い事になるぞ」
 病人の脇へしゃがみこんでいたエアルドフリス(ka1856)の口を憂慮がついて出た。
「このままござに寝かせておくだけでは体力気力とも失われていく一方だ。せめて雨風をしのげるところがほしい」
 彼は避難所を振り返った。サイコロが並んでいるような、なんとも寒々とした光景だ。仮の宿として建てられた小屋はどれも急ごしらえ。取ってつけたような戸口と窓があるのみで生活に役立ちそうなものは見当たらない。
(ないよりましか……)
 首の後ろをかくと、エアルドフリスは立ち上がった。
「早急に医療体制を整えたいと思う。腕に覚えのある者は手を貸してくれ」
 日下 菜摘(ka0881)とカール・フォルシアン(ka3702)が進み出る。
 めがねのずれを直し菜摘が口を開いた。
「医師としてこの状況は放置しておけませんね。どこまで出来るかわかりませんが、全力を尽くします」
「負傷はもちろん疫病は絶対に阻止しましょう」
 幼い瞳に矜持を浮かべ、カールもそう言い切った。さっそく力仕事の得意な仲間を探しに駆け出す。走りながら彼は、自分たちを遠巻きにしている避難所の人々を横目で眺めながら胸の中で一人ごちた。
(……悲しい光景だ。みんな悲しみのあまり心が麻痺してしまっている。心臓が動き脳が活動していても、人は死ぬ。どうか生きる気力が湧くように僕たちの全力の働きを見てもらいたい)

 カールを見送った天竜寺 詩(ka0396)が小首をかしげて声をあげる。
「まず何をすればいいのかな。私は傷を癒すのを急いだほうがいいと思うな」
「平行して診察、ついでトリアージだ」
 ザレム・アズール(ka0878)がカルテを手に一歩前へ出る。
「感染爆発の阻止には、状態や必要な措置が『一目で』『誰にでも』わかったほうがいい。診察結果はこの簡易カルテにしるし患者の枕元に置く。視覚化だよ。重篤な患者は優先して小屋へ……」
 言葉を切り、彼はカールの去ったほうへ目を向けた。空き地へぞくぞくと大型テントが敷設されていた。
「ひとまずあちらへ運んだほうが良さそうだな。ではすまないが、手分けして治癒と診察を頼むよ。……あー、ロスだったかロゼだったか」
「あぁ。この場はロスでいいわよ」
 白い手袋をはめながら、ロス・バーミリオン(ka4718)はザレムに返事をした。飄々とした横顔は、めずらしく透徹な雰囲気をまとっている。
「こっちでもお仕事できるなんて思ってもみなかったわ。ま、どんな患者でもお姉さんに任せなさい♪」
「頼もしいな、期待している」
 うなずき返したザレムは、横になった人々の枕元へ沿って歩いた。
「一、二、三……」
 人数を再確認する傍ら、カルテへ番号を振り枕元へ置いていく。
「三十、三十一……さんじゅういち?」
 ござのはしっこで赤いアオザイを着た娘が寝転んでいた。
「なにをしている?」
「耳元で大声出さないでよ。ボクはいま見てのとおり怪我しちゃって動けないんだ」
 眠たげにまばたきをし、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は低く唸った。通りかかった菜摘が足を止めた。失礼をと一声かけたうえでアルトの傷をあらためる。
「ひどい打撲ですね、私のヒールですら役者不足のようですから安静になさってください。横になるのでしたらテントまでご案内します」
「ついでにその酒瓶をボクにくれるとうれしいんだけど」
「この焼酎は消毒用です。ご理解とご協力をお願いいたします」
 菜摘はにっこり笑い、担架の用意をしだした。アルトはそれを断ると、苦痛を押し殺して立ち上がる。
「邪魔にならないようにぶらぶらしてるよ。ああ、ボクの馬とテントは使っていいよ」
 何か大きなものでぶん殴られでもしたのか、彼女は足を引きずりながら去っていく。

「怪我の治療はどうですか」
 空き地から戻ってきたカールは開口一番そういった。覚醒したまま詩が答える。
「順調だよ」
 詩が片手をかかげる。背の片翼を打ち鳴らすと、頭上の光輪が光を増す。怪我人の合間を金の鞠が飛び交い、こぼれた粒子が傷を埋めていく。ヒーリングスフィアの力場は黄金色に輝いていた。
「菜摘さんのおかげで傷口の消毒ができるから、外傷はヒールするだけでいいんだ」
「破傷風にでもなったら大変ですもの」
 そう答えて、菜摘も詩と同じ癒しの秘蹟を唱える。朽葉色の髪がふわりと舞い上がり、うなじのあたりに何かの紋が見え隠れする。無垢な輝きが彼女を中心に広がっていき、むごたらしい痕を拭い去っていく。カールが笑みを浮かべた。
「外科手術は不要なようですね。では引き続きお願いします。僕は診察を手伝いますから」
 彼は病人の傍らへひざまずくと脈を取り、熱を測る。
(微熱と、鼻水だな。呼吸がつらそうだ)
 簡易カルテへ投薬と安静を意味するオレンジの丸を描く。離れる前にカールは、相手の目を見つめ、やさしく手を握った。
「お大事に」
 たった一言、けれど心からのいたわりに相手は乾いた目元を潤ませた。ありがたいなどと村人たちはささやきあっている。
(そうか。この人たちは医者が珍しいんだ)
 カールはふと納得した。

 治療を受けた人々は、自分のカルテを持ち、列をなして大型テントへ向かった。やってきた人々相手に、きびきびと診察を続けるロス。
「このくらいなら問題ないわねっ! お薬もらって安静にしてなさい? はい、次っ!」
 カルテへ丸をいれると胸ポケットからLEDライトを取り出し明かりをつける。
「はい口をあけて。あらー扁桃腺がはれてるわね。咳き込むとちょーっと痛いかもしれないけど、我慢するのよ? お姉さんが治してあげるからね? まかせなさーい」
 隣の列ではエアルドフリスが患者を診ている。鼻、のど、熱の具合を見ると患者と向き直った。
「関節痛はどうだ。横になっていた間、睡眠は取れたか?」
 こまかく聞き取り、カルテへ追記していく。自分よりも年配の相手へは敬語を欠かさず、顔を立てることも忘れない。
 アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は対照的に、自分の席は持たず好きなように歩き回っている。そして列の中から老人や子供を引っ張り出してその場で容態をチェック。不機嫌そうにしている娘が気になったのか、ひょいと彼女の腕をつかむ。
「コッチの腕の動きがぎこちナイヨ。痛みが残ってるようダネ? ヒールしておこうカ。我慢してもイイコトナイヨ」
 涙とハートの、どこか道化を思わせる紋様がアルヴィンの頬へ浮かんだ。星の瞬きで娘を包めば、彼女の芯へ残っていた痛みは潮が引くように消えうせていく。
「今回の事は大変だったろうケレド、ナニはトモアレ」
 アルヴィンは指先へ引っ掛けたエクラアンクをくるりとまわす。
「今はコウシテ生きてイルのダカラ、泣いて怒って気が済んダラ、動いて進んでイカナイと、折角の命が勿体ナイヨ。死んでしまえばソコでおしまいダケレド、生きていれば、マタ笑う事モ出来るのダカラ」
 軽口のような、しかし心へ染み入る話はエステル・クレティエ(ka3783)の胸にも届いていた。そのとおりだと考える彼女は、せめて自分のなすべきことをしようとテントの骨を組み立てている。
 ていねいに仕事をしつつも、合間にはつい余所見。
(エアルドさんに……、アルヴィンさん。二人とも私の兄さまが頼みにする方)
 二人と患者の間に交わされる会話が乙女の耳元を揺らした。彼女は時折盗み見る。エアルドフリスの、包まれたら安心してしまいそうな大きな手を、アルヴィンの薄いようでしっかりとした背を。
(いつか私も、あの二人のように……)
 いつのまにかぼんやり立ち尽くしていたエステルを、エアルドフリスが見つけた。顔をそむけるまもなく視線が合う。
「どうした」
「いえ、同じ医学を志すものとしてお手本にさせていただこうかと……」
「投薬の必要な患者が多いのでな。物資内の薬品を改めてリスト化してくれないか」
「は、はい!」
 一気にやる気があふれてきたエステルは、資材倉庫へ駆け足で向かっていく。
 元気だなと苦笑したエアルドフリスは、また別の視線が自分を注視していることに気づいた。水色の瞳のひとなつっこげな少年だ。名前を聞くと鴻池ユズルと答えた。エアルドフリスはあわてず騒がずチョコレートを取り出した。
「さっきのお姉さんが手が足らんようなのでね。よろしく頼むよ」
「もう少し診察の様子を見ていたいのですが」
「きみのように抵抗力の弱い子供が近くにいると、風邪が広がってしまうかもしれないんだ。協力してくれ」
 納得したのか鴻池はエステルを追いかけて走っていった。チョコは、ちゃっかり持って行かれた。

●はらぺこ退散
 テントの近くでは七輪や即席のかまどが並べられ、なべがぐらぐら煮えている。
 衛生班が布や手袋、包帯をミネラルウォーターで煮沸する傍ら、山と詰まれた木箱のラベルを調べてごきげんな様子で笑うルキハ・ラスティネイル(ka2633)。
「思ったより豪勢じゃないの。フルコースだって作れそうよ。ワインはないの、ワインは?」
「清酒ならある。まずは米料理を作ろうか。こっちは魚の干物、これは干ししいたけか。思ったとおり乾物が多い。……中華粥にするか」
 レイオス・アクアウォーカー(ka1990)がバールのようなもので木箱のふたを開け中身を確認する。一緒にのぞいていた柊 真司(ka0705)がレイオスへたずねた。
「生鮮食品は?」
「緑のラベルだ。そこの、米俵の脇に積んであるのがそれだ」
 目的の木箱へ目をやった真司は、ごま油探しにいそしむレイオスの隣へ立った。
(どう思う?)
(何が)
(ここの人々だ。どうも天ノ都が燃えたせいで悲観的になっている人達が多いみたいだな)
 合点のいったレイオスは、うなずきながらも手は止めずにいる。
「悪いほうに考えて動けなくても、腹が膨れれば自然と前向きに考えられるもんだ」
「ああ、まずは芋煮でも食べさせて落ち着かせるとするかな」
 話を聞いていたルキハがぽんと手を打った。
「雨風凌げる、清潔で落ち着いた環境作りと、滋養のある食べ物。まずはコレね! あたしは消化にいいもの……生姜と魚出汁ベースのあっさりポトフにしようかしらね♪」
 シンプルな料理にはおいしい水が不可欠なのよねえ。などとつぶやきながらため池へ向かって歩き出すルキハ。彼を出迎えるように、羊みたいにもこもこした紫の髪が揺れた。
「あ~らケイルカ(ka4121)ちゃん何やってるのぉ?」
「水の浄化だよ。やっぱりため池で汲んだ水をそのまま使うのは抵抗があるから。あなたも手伝ってくれる?」
 彼女の精霊だろうか。猫の姿をした幻が、ケイルカの背中へ頬を擦り付けて遊んでいる。猫が淡く輝くたびに、ケイルカの手元で緑に濁った水が透明で新鮮な水へ変わる。
 ルキハも腰を下ろして浄化を手伝った。桶いっぱいの澄んだ水を、ケイルカが空のペットボトルへ詰めていく。ペットボトルは水汲み場を占領する勢いで並べられ、背中に水を積んだ戦馬は退屈そうにあくびをした。
「これだけあれば大丈夫かしら」
「足りなければまた来るわ。お願いね」
 ケイルカへ後を任せ、ルキハは馬の手綱を引きながらテントの近くへ戻った。包丁片手に山菜の山と向き合っていたミオレスカ(ka3496)が待ってましたと飛び上がる。
 ケイルカちゃん印よと答えたルキハはあたりをざっと見渡してメニューを見比べた。
「中華粥にポトフに芋煮ね。うんうん、多彩でいいわね、食欲湧いてくるわ。ミオレスカちゃんは何にするの」
「わ、私はスープです。私の、はじめての猟撃士ギルド名物の透明山菜万菜スープにします。本来は山の幸で作るのですけれど、今回は魚の骨をあぶったものを、出汁にすると良さそうですね」
「あらいいわね、あとで味見させてくれないかしら」
「ええっ! は、はい。どうぞ喜んで」
 頬を赤らめたミオレスカに笑いを誘われながらルキハも包丁を手に取った。

(どうも味が決まらないな。前に食べた時は、もっとなんというか……)
 火へかけた小鍋を相手にしかつめらしい顔をさらに難しくしているのは真司だ。汁を小皿へとり、くりかえし味を見ているうちに混乱してきた。
「そこのおまえ、味見をしてくれないか?」
 通りかかった少年を手招き。名を聞くと尼崎チアキと名乗った。おてしょうを渡された彼は実験でもしているような面持ちで汁を味わうと一言。
「味噌は濃い目が好きだ」
 どっさり味噌を放り込み、ひとすくいして味を確かめてみれば、なるほど、たしかに記憶のものと一致する。
「よし、味が決まった。大鍋にとりかかるぜ。里芋の皮むきを手伝ってくれるか?」
「わかった」
 普段から炊事をしているのか、少年は慣れた手つきで真司を手伝い始めた。里芋やゴボウ、ニンジンを食べやすい大きさに切り、昆布で出汁を引いた鍋へ放り込む。椎茸に豚肉、蒟蒻、厚揚げ、長ネギ、食べ応えのある具や薬味を加えて、味を整えたらあとは煮るだけ。

 レイオスのほうでも、鍋で粥がくつくつと耳に心地よい音を立てていた。
(大量に作れて病人でも食える。東方は米が主食と聞くし、避難してきて気が弱ってるから食べ慣れない西方料理より東方人が食べ慣れてるメシの方が良いだろうしな)
 別の鍋で鶏もも肉を茹で、一口サイズに切っていく。顔を上げると、若い村人が距離を置いて彼を取り囲んでいるのが見えた。レイオスは小さく笑い、彼らへ元気よく声をかけた。
「仕事を手伝ってくれよ。報酬としてメシを大盛りで出すぜ!」
 数人が目を輝かせ、レイオスの元へ集まっていく。手ごたえを感じたレイオスは彼らへ、調理班の仕事を終えたらハンターたちをサポートするよう指示を与えた。

「どう? ルキハさん」
「イェル君お疲れさま~☆ 見てのとおりよぉ~。味見してく?」
「ありがたくいただきます」
 いいにおいに釣られてきたハンターの一人、イェルバート(ka1772)は、ほくほく顔のルキハにちょっと驚いた。
「力仕事だの皮むきだのはみんな村の若い衆がやってくれてね。楽なもんだわ」
「やる気が余ってる感じだね」
「手を動かすと深刻にならずにすむのよねえ。あの人たちには、さしあたってひまなのが一番の害なんじゃないかしら」
 休憩するからあとはよろしくと、ルキハは若者へ白い歯を見せた。
 自分も列に並んだイェルバートは、食事をする人たちの端に座った。よく見ると傾向が違うらしく、老人や主婦は芋煮へ、若者や子どもはポトフに群がっている。イェルバートは慣れない箸でじゃがいもを挟んだ。やわらかく火の通ったじゃがいもは、箸でつまむとほっくり割れた。
「……! うん、美味しい。ルキハさん、料理上手なんだね。すごいや。この魚は何?」
「池の鯉」
「捌くの大変じゃなかった?」
「釣りはよくするからぜんぜん」
「すごいや!」
「イェル君たらホントいい子ねぇん♪」
 イェルバートを抱きしめ頬ずりをした彼は、そのまま視線を避難所の人々へ向けた。炊き出しの列に並ぶこともせず、ぼんやりしたままの人たちへ。
「こんな都を巻き込んだ戦い、一番被害を受けるのは市井の人たちだもの。護るべき事の為に、私たちでできること、やらなきゃ」
 さて、と彼は立ち上がり、ウインクを投げかけ戦場へ戻っていった。ルキハのポトフを味わいながら、イェルバートも小屋作りへ戻ると決めた。
(都が燃えるのは。すごく悲しいことだけど。……生きてさえいれば、再興することもできるハズだから。
 命あっての物種、だっけ。
 だからまず病気が広がってしまわないように。僕にできることをやろうっと)
 残りを口へ流し込もうとしたとたん、背後からねっとりした視線を感じた。おそるおそる振り向くと、よく似た二人組みの女の子。
「……ほしいの?」
 こっくりうなずくシロミツとクロミツ。だめだめとイェルバートは手を振って見せた。
「ほしいなら並んでおいでよ、みんなそうしてる。ユズルとチアキもきっとそうするよ」
「わかった」
「わかった」
「シロミツちゃん、クロミツちゃん、もうお腹がすいたの?」
 三角巾のミオレスカが呆れた様子で近づいてきた。
「味見ならさっきたくさんしたよね?」
「だっておいしそうだもん」
「だってこれは食べてないもん」
 不平を述べる二人の頭を順番になで、イェルバートは行き先を聞いた。
「小屋から出てこようとしない人へ食事を届けにいくんです。二人には給仕を手伝ってもらおうと思って」
 そして口元を隠すと、彼女は人を食った笑みを浮かべた。
「小さな子に配膳されたら、なかなか断れませんよね」
「なるほど。一理あるね」

●安らぎの場
「大型テント! 設営完了しました!」
 誇らしげに、クレール(ka0586)は仲間へ告げた。テントは一時の場として病人を収容するのみならず、野ざらしになっていた物資の保護にも役立つ。小鳥遊 時雨(ka4921)が土埃で汚れた顔をハンカチでぬぐった。
「おつかれさまクレール!」
「はい、がんばりましたっ!」
「こんな時こそ慌てず騒が、ず。落ち着いて……。あー、無理かもっ! でもでもハンターらしいところは見せちゃうぞ、ふぁいおー!」
「はいっ。ふぁいおー!」
 やる気を見せる二人の隣で、榊 兵庫(ka0010)は間をおかず木材の山を崩した。
「……とりあえず雨露がしのげるだけでも大分違うだろう。小屋作りも急がなくては、な」
 小屋作りはとかく人手が要る。腹の膨れた若者たちを率いて、兵庫は基礎作りに終始した。熱心に働く若者たちの姿に彼は渋い顔をする。
(……いつでも悲惨な目にあうのは民草か。ともかく、俺のできることをしよう)
 ハンターたちはますます精力的に小屋作りにあたった。土台を作り、柱を立て、かんなで削った板を渡していく。
 資材置き場の隅では、シバ・ミラージュ(ka2094)が長い髪をひとつにくくり、束ねた板をかついだ。
「では僕は用事をすませにいってきますね」
「そんなに抱えて何を作るわけ?」
「これですか? これは洗濯機にします」
 洗濯機? と、時雨が目をしばたかせる。
「洗濯機っていうとシロモノ家電代表のアレ?」
「いえ、電化製品ではありませんよ。水路を利用した昔ながらの木造です。百人分の洗濯物を処理するのに手洗いでは大変だろうと思いまして……」
「面白そうだな!」
 急に声をかけられ、驚いた一行が振り向くと、役犬原 昶(ka0268)の姿があった。脇には分厚いファイルを抱えている。今度はシバのほうが目を丸くする。
「それは作業書ですね、それも建築の。よろしければ拝見させていただけないでしょうか」
「一目で見抜くとはなかなかやるな。いいだろう! とくとご覧あれ!」
 昶がずいとファイルを突き出した。
 作業書は手書きだった。一文一文へ、強度と剛性と美的価値について、懇切丁寧かつそのまま論文へ引用できそうな注釈が加えられている。シバはわからないなりに著者の熱意を感じ、ほほう、とか、これはこれはと感嘆した。
「こちらを執筆されたのは専門家の方ですね」
「ああ、俺の師匠が、俺のために! 書いてくれたんだ!」
「ぜひ見せてくれないか」
 華彩 惺樹(ka5124)が声をかけ、兵庫が金槌を置く。師匠の胸中は定かではないが、少なくとも書いてある内容は昶の尊敬を受けて余りあった。のぞいた二人がしょげかえるくらいに。
「うむ、さっぱりわからん」
 兵庫はあっさり投げ出し、受け取った惺樹は唇を尖らせたままぺらぺらめくっていたが、あるページで手を止めた。
「ほう。ここを、こうするほうがいいのか。確かにこの方法なら、より少ない木材で天井を高くすることができる」
 どういうことかとたずねる昶に、本から目を離さず惺樹は答えた。
「天井が低いと密閉感が出てストレスになるだろう? だから設計に手を加えようと考えていたところだったんだ。だが日曜大工の俺よりスマートな方法が載っていてな。具体的には……」
「?」
「まあ、なんだ。お前の本が役に立ったということだ」
「そうか! さすが師匠だぜ!」
 ぱっと笑顔を咲かせる昶。だが作業を進めていた兵庫はあわてて振り返った。
「設計に手を加えるって? 基礎からか?」
「いや、上物のほうだ。欲を言えば冬を見越して防寒対策をしておきたい。余裕があれば家具も作りたいところだ」
「たしかに、今のままじゃ小屋というより箱だからな。棚くらいつけてもばちは当たらんだろうさ」
 兵庫はからからと笑い声を響かせた。

 健康で力仕事の得意な人が要るからと、シバは昶をつれてため池まで歩いていった。目的地へつくと資材を背から下ろす。
「ため池の排水路を使って、洗濯機を作ろうと思っています」
「水を汚さないためにか?」
「そのとおりです。洗剤要らずですし、毛布みたいな大きなものも一度にたくさん洗えますよ」
「そいつは便利だ!」
 シバが目をつけたとおり、避難所の衛生面は元の集落規模に毛が生えたレベルだった。日がたつにつれてこの新参者だらけの避難所を圧迫していたかもしれない。
「よし、まず水路を掘るぞ! 任せてくれ!」
 腕まくりをした昶は、シャベルを握り締めた。
(俺はまだまだ半人前だが……師匠が俺の為に……! 俺の為に! 作業書まで書いて送り出して下さったんだ……。ここで無様な仕事をしては師匠の顔に泥を塗る事になる……男見せろよ! 昶!)
「昶さーん、防風林へ行きますよ」
「えっ、なんで?」
「あれ、言ってませんでしたっけ。洗濯機はあと、先にトイレを作ります」
「トイレ!?」
「はい、これだけの人数が集まってますからね。わりと危急なのです。病人用とそれ以外の人用に分けたほうがいいですしね」
 最終的に肥料になって村へ還元されますから村長さんも喜んでますよーと、シバは笑みを浮かべた。

 夕暮れ。
 手元が暗くなってくると、クレールは村長宅へ集まった人々へ語りかけた。
「皆さん、ご病気の方々にお見舞いの品を贈ろうと思うんです。想いを込めた、千羽鶴……きっと、病気と戦う力になってくれます! 私も昔、そうでしたから! 宜しければ、一緒に折りましょう!」
 熱意に押された人々が折り紙を手に取る。隣へ寄り添い、熱心に折り方を教えるクレールと、手早く仕上げ出来栄えを自慢する時雨。
「がんばります! 目一杯明るく! 太陽のように!」
「クレール、気負ってるねー」
「これが終わったら倒れたっていい、だから……! 全力で!」
「なんでそんなに生き急いでるの、明日も元気にしていようよ? いのちだいじに?」
「病気の方も、健康な方も、不安と戦ってる……。私達は、希望にならなきゃダメなんだ。だから……」
「鶴折るんでしょ?」
「はい! 折ります!」
「ほかの人にも頼んでくるー。クレール任せたっ」
「はいっ! アオナちゃん達も、お姉ちゃん達と一緒にやろうよ」
 ありあわせの着物を着たきまじめそうな少女は、小さくうなずくと几帳面に角と角を合わせて鶴を折っていく。少女を相手にしていると、はりつめた思いがすこしだけほどけるのを感じた。

 人気のない場所へたどりつくと、時雨は折り紙を取り出し腰を下ろした。
「よーし、本気もーどでがんがん折るよ! 皆の前だと焦らせちゃいそだしさ。……もらったりもらわれたりで、折り鶴はホント得意」
 くすりと自嘲に似た笑みをこぼす。
「気持ち伝われば、数は関係ないかな。けど、ま。やっぱ千羽届けたいし」

「ただいまー! どーん!」
「わあ、すごい数! これだけあれば二千羽も夢じゃない、なんだか燃えてきました……!」
「ん、はやくよくなるといいね」
 楽しそうに鶴を折るクレールの横顔を見つめ、時雨はひそかに鼻を高くした。

●手を叩いて踊れ
「ざくろと!」
「チョココの!」
「「マジカルワンダーターイム!」」
「みんな今日も集まってくれてありがとうですわー。こんにちはー!」
 ザワザワ。こんにちはー。ザワザワ。
「声がちいさーい!」
 拳を突き上げた時音 ざくろ(ka1250)とチョココ(ka2449)へ、集まった観客は元気のいい挨拶を返した。防風林の傍らを舞台に、二人は避難民の心を慰めるべく寸劇を披露していた。村を襲う歪虚を撃退する、よくある筋立てに歌と踊りを取り込んだ華やかなショーだ。さすがに照明はないけれど、ルナ・レンフィールド(ka1565)の巧みな演奏が華を添えている。
 衣食住がそろい、避難所の生活は安定してきた。医師たちは定期的に全員の健康診断を行っており、病は広がらず患者は快方へ向かっている。シバの心遣いもあり先住民との間に軋轢も生まれず、避難所からひとまず危機は去った。しかし体は健康になっても、人々は何かとふさぎがちだ。
「出たな歪虚め! 天網恢々、疎にしてもらさず。いくぞチョココ隊員!」
「わたくしの逃がした悪はなし! ホーリーヒーラーキャットエンジェルプリンセス、パルパルクラーッシュ!」
「マテリアルと大地の名においてざくろが命じる。剣よ、今一度もとの姿に……超・重・斬!」
 リトルファイアが飛び交い、グレートソードが巨大化する。本物の武器と本物のスキルを使った演出に、子供たちは大興奮、目をきらきら輝かせて見とれている。そして勧善懲悪のとっつきやすい内容は、意外とご年配にもうけた。
 戦闘シーンに似合いの勇壮な音楽を爪弾いていたルナは、斬られ役のハンターが三回転半して大地に伏せたのを皮切りにリュートでファンファーレを奏でた。ざくろが剣を収め、チョココがスカートのすそを持ち上げる。
「手ごわい相手だったねチョココ隊員。だけど旅は終わらない。いつの日か、青海の理想郷へたどりつくまで!」
「参りましょう次の冒険へ、わたくしたちに敗北の二文字はありませんわ」
 勝利ポーズを取る二人へやんやと拍手が送られ、おひねりが飛ぶ。尻を振って愛嬌を振りまき、おひねりを集めるパルパル。あとで村長へ渡す腹積もりだ。
 ルナはリュートから琵琶へ持ち替え、ざくろの持ち歌を東方風にアレンジして奏でた。ノリがよく、耳へ残る、それでいてどこか物悲しげな響きが混じるのは、琵琶の響きがなせるわざかそれともこの地に根付いた音階の特徴だろうか。出だしにあわせてざくろが進み出る。
「これ、ざくろの故郷の歌なんだ、良かったら聞いて……思い出が胸の中に閉まってあるなら都はまた蘇る、そう願いを込めて」
 澄んだ歌声が響き渡る。ルナも思いをこめて琵琶をかき鳴らした。
(磨り減った心を少しでも癒せるように……)
 ルナはコードを重たく静かなものから、クライマックスへ向けて盛り上げていく。曲の山場にたどり着く頃には、観客からも細々と声があがっていた。自分の演奏が引き出した奇跡に、ルナは涙ぐんだ。瞳を伏せると、まつげにたまった涙がほろりとこぼれたけれど、彼女は最後の一片まで音をはずしはしなかった。
 舞台が引けて一息つくルナのもとへ、ざくろが清水を持ってきた。
「いつもありがとう、おつかれさま」
「ううん、私のほうこそ色んな演奏ができて楽しいよ」
「その楽器、すこし触らせてもらってもいいかしら?」
 チョココが顔を出す。背後には無表情な女の子が立っていた。
「こちらはアケミさんですわ。わたくしのお友達ですのよ」
「そうなの?」
「一度会ったらお友達、三日も会えば兄弟ですわ~♪」
「楽器は繊細だから大事に扱ってね」
 そう言うとルナは、扱いの簡単なオカリナをアケミへ渡した。指導していくうちに調子っぱずれの短い曲が吹けるようになった。ルナはくすくす笑い、ざくろも相槌を打つ。
「初めてなら上出来なほうよ」
「練習あるのみ。毎日楽器に触れていなくては勘を忘れてしまうよね」
「そのオカリナはアケミさんにあげるね」
 アケミは目を見開き、ぺこりと頭を下げた。
「ありがとう、おねえちゃんたち」
「いや、ざくろ男! 男!」
「男……」
 アケミはいぶかしげにざくろを見上げると。
 パンッ。
 彼を叩いた。へそ下三寸、股間の辺りを。そして首を縦に振る。
「うん、男」
「すすすすごいことするんだねアケミさん」
「わからない時はする」
「ざくろさんフリーズしちゃったじゃない!」

●まだ暗い道を行く
 月が山の端から昇る頃、ケイルカとチョココは雲を呼んで歩く。人々の眠りが安らかであるように、悪夢に捕まらないように、彼女たちは歌いながらスリープクラウドを枕元へ招いた。
(ゆっくりお休みなさい。難しいことを考えるのは、疲れが取れてからね)
 立ち上がる前に、しばしの休息を。
 人々の寝顔を窓からのぞき、東の民よ心安かれと願いながら魔女たちは歩く。細い呪歌が星月夜へ昇る。
 小屋の影へ明かりを見つけ、二人は足を止めた。のぞきこむと、警備についていたはずの灯心(ka2935)が老人と向かい合い話をしていた。脇へ置かれたカンテラがあたりをやさしく染めている。闇へ沈む都を焼いたものと、彼の横顔を浮かび上がらせる暖かな光が同じものだなどと、にわかには信じがたかった。
 老人は、誰であろう村長だ。だが灯心の前では、長としてではなく一人の男として、歪虚王へ突撃していった息子の死をいたんでいるようだった。灯心は言葉少なに傾聴し、おだやかに首肯する。
「……悲しいよな。うん、悲しい。……理不尽だから、いっぱい悲しんで良いと俺は思うぜ」
 灯心はぬるい茶を村長へ渡し、静かに語りかけた。
「そしたらさ、次を考えよう。今、周りを見て……出来る事を、しような。迷ったなら、頼ってくれていい。オレたちは東方の友なのだから」
 声もなく泣き崩れる男を前に、灯心は空を見上げた。月は美しいが、太陽にはなれない。正道を照らす光にはなれない。
(一番鶏はまだ鳴かないのか。民は夜明けを待っているのに)
 灯心はそっとまぶたを閉じた。

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MVP一覧

  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリスka1856

  • シバ・ミラージュka2094
  • この力は愛しき者の為に
    華彩 惺樹ka5124

重体一覧

参加者一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫(ka0010
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • 師を思う、故に我あり
    役犬原 昶(ka0268
    人間(蒼)|27才|男性|霊闘士
  • 征夷大将軍の正室
    天竜寺 詩(ka0396
    人間(蒼)|18才|女性|聖導士
  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司(ka0705
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 冥土へと還す鎮魂歌
    日下 菜摘(ka0881
    人間(蒼)|24才|女性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールド(ka1565
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • →Alchemist
    イェルバート(ka1772
    人間(紅)|15才|男性|機導師
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • 王国騎士団“黒の騎士”
    レイオス・アクアウォーカー(ka1990
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人

  • シバ・ミラージュ(ka2094
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 嗤ウ観察者
    アルヴィン = オールドリッチ(ka2378
    エルフ|26才|男性|聖導士
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師
  • 真実を包み護る腕
    ルキハ・ラスティネイル(ka2633
    人間(紅)|25才|男性|魔術師
  • 暖かな場所へ
    灯心(ka2935
    人間(紅)|18才|男性|霊闘士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 師岬の未来をつなぐ
    ミオレスカ(ka3496
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • はじめての友達
    カール・フォルシアン(ka3702
    人間(蒼)|13才|男性|機導師
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • 紫陽
    ケイルカ(ka4121
    エルフ|15才|女性|魔術師
  • Lady Rose
    ロス・バーミリオン(ka4718
    人間(蒼)|32才|男性|舞刀士

  • 小鳥遊 時雨(ka4921
    人間(蒼)|16才|女性|猟撃士
  • この力は愛しき者の為に
    華彩 惺樹(ka5124
    人間(紅)|21才|男性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 救護テント(相談卓)
カール・フォルシアン(ka3702
人間(リアルブルー)|13才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/08/24 00:37:12
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/08/23 19:52:22