●海より出でしモノ
　時は、極彩色の街「ヴァリオス」に設置されている自由都市評議会が異例の声明を発表する少し前に遡る。

　身なりのいい若き海商と沖合いで釣りをしていたという老人が、朝早くから大声と焦燥でハンターズソサエティを賑わせていた。
「俺がここの港に帰った時、船の上から見たんだよ！　手に武器を持った人間が海から出てきたのを！」
「ワシもボートの上から見たんじゃ！　気味の悪い連中が、わらわらとヴァリオスに向かって歩いて行きよった！」
　必死の剣幕で訴えるところから察するに、ウソではないように聞こえる。ただ、信憑性は皆無だ。海から人間が出てきたなんて話、誰が信じようか。ここに訪れた別の依頼人たちは、誰もが珍奇な目でふたりを見た。
「とにかく落ち着いてください。お話は伺いますので……」
　受付嬢はマニュアル通りに話を進め、ひとまずふたりを椅子に座らせた。そして事務手続きをするために詳細を尋ねるが、阿吽の呼吸は相変わらず。
「体の半分がゴツゴツした感じ……なんかフジツボっぽい鎧を着てるような、そんな雰囲気だった」
「そうそう。あとは、ずいぶんと血色が悪かったかのぉ。誰が見ても怪しいとわかるはずじゃ」
　さらに「人数は？」と聞けば、口を揃えて「少なくとも３人」と答えた。
「わかりました、では少々お待ちください」
　押しかけた男たちを安堵させるために一度ニッコリと微笑み、受付嬢は早足で事務所の奥へ向かう。ハンターに依頼を出すかどうかの判断がどうにも下せそうになかったので、ひとまず上司と相談しようと考えたのだ。

　その道すがら、上役が彼女を待ち構えていた。
「お疲れさん。俺をお探しなんだろ？」
「ええ、そうです。あれだけの大声だったんで、お聞きになってたと思いますけど……」
　上役は「ああ」と頷きながら、カウンターに背を向け、小声で話し出す。
「本部から連絡があった。この件に関して、自由都市評議会から緊急声明が出されるらしい」
　今度は受付嬢が大声を出しそうになったが、なんとか驚きは表情だけに留めた。
「ど、どういうことですか？！」
「簡単に言えば、あのふたりが言う通り、今後も海からいろいろ出てくるってこと。とにかくふたりを別室に通してくれ。俺は周辺の地図を用意する」
　もし連中の現在地がわかれば、いろいろと都合がいい。上役はそう語る。
「それなら、できる限りの情報を集めたいですね……」
「その後はハンターに託そう。敵が海から出てきたとなれば、もはや討伐するしかないだろうしな」

●暗い影
　目撃証言と同じ姿をした者たちが、夕日に染まる野原を歩く。
　目撃地からかなり進んではいたが、ヴァリオス市街地にはまだ距離がある。この辺は集落もなく、街道からも外れていた。
　彼らは何を求めているのかはわからないが、息を荒げ、奇怪な声を響かせ、頭を震わせながら、不恰好に歩き続ける。
　朝も昼も、きっと夜という概念もないのだろう。赤い目で先を見据え、手には武器を持ち、ただ前へ進むだけ……

　ハンターは提供された情報をうまく用い、この一団を発見した。
　まもなく、完全に日が沈む。それまでに片をつけなければ、面倒なことになるかもしれない。敵の歩みを止めるのは、今しかない。

●謎の敵
　依然として、群青色の人間たちの歩みは止まらない。
　その様子を貸与された双眼鏡で見つめるのは、エクス・ナンバーズ(ka2647)。彼は常に笑顔を絶やさずにいた。
「噂通りの姿だね。間違いないよ」
　それを聞いたレイン(ka2287)はひとつ頷き、目撃者から聞きだした証言をひとつずつ確認する。
「男は、３人……女、１人……」
　エクスは双眼鏡を覗きながら「合ってますよ」と答え、女性が弓を持っていることを伝える。
　さまざまな情報と自らの感覚で敵の進路を読んだイリヤ・エインブロウ(ka0897)は、謎の連中に興味津々だった。
「海から出てきた人間だってさ！　こりゃあ興味を持つなって方が無理な話じゃねえ？」
　彼はお気楽そうにへらへらと笑いつつ、この状況を大いに楽しむ。
　イリヤの言葉を隣で聞いた神乃島・宵(ka0180)は、まだ見ぬ敵をどう呼ぶかで悩んでいた。
「えっと……フジツボ、怪人……？」
「そうそう、体にフジツボが生えてんだっけ……」
　イリヤもまた借りてきた双眼鏡を覗き込むと、体を覆う鎧と化したフジツボがしっかりと見て取れた。
「あ、思ってたより気持ち悪ぃな、コレ」
　生理的に受け付けなかったわりには、冷静さを装うイリヤ。
　ジャック・エルギン(ka1522)は「フジツボ怪人とでも呼ぶかね」と結論付け、皆に戦闘へ向けた準備を促した。
「捕えろじゃなく倒せってことは、上のお偉いさんは正体を知ってるんかね？」
　蒼界から転移してきた鹿東　悠(ka0725)は、「おそらくそうでしょうね」と答える。
「話によると、リアルブルーで世話になった連中の一部らしいです」
「なるほど。じゃ、ピクニックってこたーねえだろ。偵察でもしに来たか？」
　ジャックは漁師から借りてきた投網をレインに手渡し、潜伏に適した茂みを探しながら話す。
「集団で行動するってことは、そういう可能性があるかも……」
　宵は恐怖に肩を竦めながらも、バゼラードを鞘から引き抜いた。エクスも弓の弦を指で弾き、周囲に準備が整ったことを伝える。
「さて、そろそろ退治といきますか」
　彼は弓を持ち、レインたちが潜む茂みから離れ、敵から見える位置に立った。

●捕らわれた男たち
　エクスは双眼鏡で敵との距離を測りつつ、オークボウの射程に遠射の効果を付与した範囲への侵入と同時に声を上げる。
「敵、射程範囲。風向き良し、作戦通りいくよ」
　傾きかけた日の光を浴びながら、エクスは第一射を放つ。当たる前から笑顔を浮かべるとは、相当な自信を持っているらしい。
　それを証明するかのごとく、矢は怪人の胸を貫き、集団に衝撃を与えた。
「ガファァーーー！」
　声にならない奇怪な音が響くと、敵は正確にエクスの方へと向かってくる。彼は陽炎のような髪をたなびかせていた。
「ようやく弓の使い方も慣れたところなんだ。いい的になってもらうよ」
　彼と同じく弓を持つ女はやや後方から迫り、残りの男どもは猛然とダッシュしてくる。それでもエクスは笑顔のまま、同じ標的を狙い続けた。
　怪人との距離が詰まれば、強弾と引き絞りを併用しての射撃にスイッチ。敵の反応が上々なので、ずっと先頭の１体を狙い続けた。このタイミングで、後方の弓に対しても牽制気味に射撃を交えた。
「誘き寄せ、完了だよね……」
　隠密を駆使して茂みに潜伏するレインが投網を構え、傍を通り過ぎようとする敵３人を捕えんと動く。
　彼女は前もって、漁師から投網のコツを聞いていた。これが功を奏し、なんと３人すべてを網で捕えることに成功する。
「グゲッ！　ゲゲッ！」
　これには宵も思わず「すごい……！」と声を上げた。
「お楽しみは……ここから、だよ」
　レインはワンドを持ち、前衛の皆に合図を送った。
　まず飛び出したイリヤは投網に絡まった３人を見て「こりゃ大漁だねえ」と笑いながら、エクスの弓を受け続けた個体にスタッフを振りかざす。
「まぁ、作戦が成功した以上、まずはタコ殴りだよな！」
　彼の狙いは、矢の刺さっている箇所。そこを狙って、筋力充填とクラッシュブロウを載せた強力な一撃を放つ。
「別に恨みはないが、俺の生活資金の為に死ね！」
「ゴケェッ！」
　ついでとばかりに刺さった矢までめり込ませ、手負いの怪人は悲鳴にも似た音を上げて絶命。腹から霧状になったかと思えば、それはすぐに全身を駆け巡った。
　ジャックは「なんだ、悲鳴は上げれんのか」と感心しつつ、無傷の敵に狙いを定め、ロングソードを突き立てる。
「ヒャッハァ！　おっ始めよーぜ！」
　始めるも何も、敵はまだ網の中でもがいている。そこをいいだけ刺されるのだから堪ったものではない。
「そこを脱出する前に聞いとくぜ。あんたら、何者で何しに来た。口が利けるなら答えてもらうぜ」
　脱出に苦労する敵の瞳が、怪しく赤く染まる。その瞬間、ジャックは耳ではなく、頭の中であの奇声を聞いた気がした。
「お……くっ！」
　思わず目を瞑り、何度か頭を振ると、なんとかその声は収まった。
「へぇ、それが返事ってわけか。なら、生かしちゃおけねぇな！」
　ジャックは金髪をかき上げ、投網からの脱出を果たそうとする敵の隙を突くべく、踏込と強打を併用。強力な一撃を脇腹に打ち込む。
「ムガッ！」
「あん？　色気が足らないってか？　悪りぃ、悪りぃ。じゃあ、とっておきのレディを紹介するぜ？」
　そこに現れたのは、霊闘士の宵。彼女は猫の祖霊の力を借り、闘心昂揚の効果を発揮する。
「いくよ……！　お母さん、力を貸して……！」
　そして投網からの離脱を図る敵を押し込めるかのごとく、クラッシュブロウを付与した両刃の短剣を振り抜く。
「祖霊よ……！　ここにっ！」
　強力な一撃で傷を負うだけでなく、怪人はまた投網の中に戻された。黒いマテリアルを纏いし少女・宵の姿は、まるで猫そのもの。実はその気質も変化しているが、今はそれを見せる時ではないので鳴りを潜めている。
　この罠を脱出するまでに、いかにダメージを与えるか。それがハンターたちの命運を分けるといっても過言ではない。

●怪しき瞳
　１匹を仕留めたイリヤは、次の獲物を狙う。すでに脱出寸前だったが、ひとまず挨拶代わりに顔面を殴打。もちろんクラッシュブロウを乗せた豪快なスイングだ。
「今気づいたんだけど、顔にはフジツボねぇんだな」
　とはいえ、ここばかりを狙うのも難しい。そこで、後衛で控えるレインが魔法で援護。集中を行った上で、アースバレットを放つ。
「退屈させないで、ね」
　敵の目が赤く輝くなら、彼女は左目を黒く輝かせる。その光はまるで、収まることを知らぬ嗜虐性を現すかのようだ。
「レイン、楽しそうだね。投網を投げた時よりイキイキしてるな」
　イリヤが率直な感想を述べると、レインは「そう、かな……」と素っ気なく答える。
「それ、無理してんの？　ま、人それぞれだけどさ」
　彼はまたへらへらと笑いながら、ついに脱出を果たした敵と対峙する。
　イリヤは先手必勝とばかりにスタッフを振りかざすも、運悪くフジツボに命中してしまう。
「うおっと……やっぱ硬てぇわ！」
　そこへ悠が助太刀として参戦。クレイモアを重量とリーチを活かしつつ、装甲の薄い場所を狙い撃つ。
「さぁて……こちらのヴォイドがどの程度か、試させてもらうぜ」
　荒ぶる獣性が表に出た悠ではあるが、その戦術に大きな変化は見られない。初手から当てには行かず、流れの中でダメージを与えていく戦法を取った。しかし相手は本能に従って攻撃を仕掛ける。シルエットこそ似ているが、その発想は人と獣ほどの違いがあった。
　悠はまずクレイモアを横に薙ぐ。敵が短剣でこれを弾けば、即座に袈裟斬りを放つ。無論、装甲の薄い部分を狙って振り下ろしているので、素直に行けば大ダメージを与えられるが、怪人も本能で身をよじり、フジツボの箇所で斬撃をいなした。
「やるな。だが、これはどうだ？」
　攻撃を弾かれる格好になった悠は体勢を整え、今度は突きの構えを見せる。敵はこれを避けようと身構えるが、残念ながらこれはフェイント。突きに行くフリをして、途中で踏込を使ってブレーキをかけると、今度は逆袈裟の形で大剣を振り上げる。
「ムギョゲッ！」
「手応えアリ、だぜ」
　悠は全身に残る疵痕が疼くのを感じつつも、あえてそのまま戦い続けた。まるであの日を思い出すかのように。
　この一撃を、ただの一撃で終わらせるのはもったいない。レインはウィンドスラッシュを放ち、敵の側面を存分に抉った。
「ねぇ、どっちが、痛い……？」
　マイペースを崩さないレインを横目に、イリヤは「ノッてきたのかな？」と思いつつ、こちらも隙を突いて太腿を狙って攻撃。その瞬間、敵の体勢が崩れた。
「気取った攻撃は期待するな。殴るしか脳がないもんでね」
　しかし、敵は地面へと転がる直前に獲物を振るい、イリヤの脚を切った。不恰好でも攻撃を当てた怪人は嫌味なほど笑う。
「なんだ、その態度……」
　敵と目が合ったからか、イリヤは柄になく苛立ち、スタッフを何度も地面に叩きつける。しかし今まで程の精度はなく、どれひとつとして当たらない。それどころか、怪人はうまく受け身を取って立ち上がり、いともあっさりとイリヤの肩を切りつけた。
「こりゃ、どういうこった？」
　異変に気づいたイリヤに対し、悠が声をかける。
「あの異形、ずっと見てるとおかしくなるぜ」
　イリヤは「チッ」と舌打ちし、アドバイス通りに視線を外す。そこに偶然、レインの姿が飛び込んできた。包帯で目を隠す少女の姿が。
「まさかこれ……マトモにジーッと見てなけりゃいいってことか？」
「憶測の域を出ないが、な」
　だが、もう見飽きたとばかりに、悠は攻撃を当ててご満悦の怪人に容赦のない突きを貫通させた。
「ガギッ！」
「頃合だ。そろそろ消えろ」
　大剣の引き抜き際に踏込を活性化させ、今度は強打まで乗せた横一閃を見舞う。敵はそこから霧散が始まり、その場から消え去った。

●終幕の時
　ジャックと宵のコンビネーションも冴え渡り、敵が投網から逃れた後も戦闘を有利に進めた。
「手品のタネがわかれば、もう驚くこともないってね」
　今度はこっちが仕掛ける番とばかりに、ジャックはチャクラムを使って怪人を翻弄する。こちらは手斧を持っているが、よほどのことがない限りは投擲しないだろう。それを見越しての仕掛けだ。
　副武器であること、さらに当たり所によっては効果が下がるため、言葉通りの使い方となったが、攻撃のリズムに緩急をつけるには十分である。チャクラムが放たれると同時に宵が飛び込み、命中箇所とは別の場所を切っていく。
「手加減なし、だよ……！」
　隙を作らない程度に視線を外しつつ、闘心昂揚を再度活性化。それを契機に、再びクラッシュブロウで豪快に攻め立てる。
「おっと、俺の円盤遊びがメインだと思われちゃ堪らないぜ」
　ジャックは宵の斬撃に合わせて、踏込と強打を併用。装甲の薄いであろう腕を狙って、ロングソードで貫く。彼が狙ったのは利き腕。敵は慌てて手斧を持ち替えようとするが、その隙を見逃すほど宵は甘くない。
「仕留めてみせる……！」
　クラッシュブロウを乗せたバゼラードの煌きは、敵の視界を大きく歪めるほどの力を宿していた。
「ゴゲェェ……！」
「甘いぜ……これで逝けると思うなよ？　行くぜ、ダメ押し！」
　すでに霧散を始めている体に対し、脇腹を抉れば勝負アリ。これで残すは弓を持った女１人となる。

　エクスは投網の罠が発動して以来、ずっと木の上から怪人の女を相手に弓を放ち続けていた。
　敵の射撃は腕を掠めたのが一度きりで、その後はマトモに矢が飛んでくる気配すらない。一方のエクスは、コンスタントに矢を命中させ、大いに敵をよろめかせていた。
「さて。ヴォイドとはいえ、頭を貫かれて生きてられるかな？」
　にこにこと笑顔を絶やさない彼だが、その言動は冷徹そのもの。引き絞りと強弾を乗せた一射は、見事に敵の脳天を刺し貫く。
「ムゲアッ！」
　気色の悪い甲高い声が響くが、それでも敵は弓の弦を引き絞る。どうやらギリギリで命を奪うに至らなかったようだ。
　その行動を止めたのが、レインの魔法である。集中を乗せたウィンドスラッシュでその身を切り刻むと、ジャックがチャクラムを放って援護。木の上のエクスに合図を送る。
「ここは俺のホームだ。連中に好き勝手してもらっちゃ、困るんでな！」
「そうだね。そろそろゴミ掃除を済ませようか」
　やはり笑顔のエクスは強く弦を引き、止めの一撃を射る。それは左胸を突き刺し、敵を消滅へと追い込む。
「キヒィガァ……」
　最後の１体も見事に始末し、ハンターは周辺の安全を確保した。

●始まりの予感
　戦闘が終わっても、イリヤは周辺を警戒した。追っ手はいないだろうが、こんな面倒な敵が他にうろついていたら困る。
「他のところはどんな感じになってんだろうな？　ちょっと気になってきたかも」
　敵を視認することでこちらの感情に影響を与えるという難敵であることはわかり、イリヤも少し興味を引かれたか。それを聞いたレインは小さく頷く。
「最近……海から来た、生物の依頼、多い気がする……。次は、何が来てくれるのかな……」
　ちょっと嬉しそうな声で話す少女を見ながら、エクスは「それはその時かな」と満足そうに体を伸ばした。
「海の大掃除が終わったら、たくさん泳ぎたいな」
「そのためには……海、守らないと」
　宵が遠くに見える海を眺めながら、そう言葉を紡ぐ。
「ハンターが力を合わせれば、どんな敵にも立ち向かえるはずです」
　すっかり落ち着きを取り戻した悠の言葉に、誰もが頷いた。

　この怪事件は、きっと何かの前触れなのだろう。そう予感させるには十分すぎる内容だった。