マティのアトリエ

マスター:湖欄黒江

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2015/09/29 09:00
完成日
2015/10/07 05:01

みんなの思い出

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オープニング


 マティの寝室は、アトリエの屋根裏に設けられていた。
 彼女が目を覚ますと、毛布で隠れた脚の上に、折り畳まれた新聞が置いてある。
 今朝も、住み込みで働く少年の内誰かが、
 寝起きの悪いマティを起こすのを諦めて、それだけ置いていったのだろう。
 マティは億劫そうに上体を起こすと、充血した目でじっと新聞を睨む。
 『バルトアンデルス日報』。唸るような低い声ひとつして、手を伸ばした。

 毛布の上に新聞を広げながら、右手で、北向きの窓のカーテンを半分だけ開いた。
 アトリエは帝都南東、ブレーナードルフ区の河岸にあって、すぐ目の前をイルリ河が流れている。
 河面は白く霞がかり、北岸のバルトアンデルス城の威容も、今朝は薄ぼやけて見えた。
 既に秋の空気だった。右手に力を込めて窓を押し開けると、
 涼しい風が、淀んだ水の匂いと共に室内へ流れ込んでくる。

 本格的な冷え込みが始まるまでに、河原の仲間たち全員へまともな家を用意してやりたい。
 リーダーの老婆も、相変わらず体調が思わしくない。誰かに任せて、医者へ連れて行かなければ。
 そんなことを考えながら新聞を読み始めた目に、『フリクセル』の文字が留まる。


 バルトアンデルス市長による、貧民街再開発計画の公式発表。
 記事によると、市長は予てからの計画通り、銀行家・ヴェールマンの出資を元手に、
 まずは貧民街の老朽化した建築物、特に南部の住宅街整備を推し進める、と言っている。
 併せて商業施設の誘致と近隣河川港の拡張を見込んで、貧民街北部の廃墟群にも手をつける予定だ。
 廃墟群は現在、新参の少年ギャングが縄張りにしているのだが、
(手打ちが済んだ、ということね)
 ギャングの頭目・ライデンと、帝都暗黒街の顔役・フリクセルの間で何らかの取引があったのだろう。
 しかし肝心のフリクセルの名は、市長による計画発表の中に含まれていなかったそうだ。

 記者――署名は『ドリス・ターク』――は、その理由を以下のように推測している。
「7月のシュレーベンラント反乱に付随して、
 フリクセル警備保障(FSD)社員の暴力行為が問題視されている今、
 社の代表である氏の名前が、再開発計画のイメージダウンにつながることを恐れたのでは」
 だが、あくまで公式発表から名前を外しただけで、計画そのものには依然として関わり続けるであろう――

 それは確かだ、とマティは思う。
 まさに昨日、FSDの関係者が彼女の下を訪れ、
 近日行われるアトリエの完成披露パーティにて、会場と来場者の警備を任されたいと言ってきたばかりだ。
 元々はマティの依頼を受けたハンターが立案し、こちらから直接フリクセルに打診したのだが。
(今は仕方のないこと。どの道、警備は必要だもの)
 パーティの招待客の中には、彼女自身のパトロン含め、著名な新興ブルジョワも幾人か混じっている。
 帝都という人口密集地の、特に治安の良くない場所へ招く以上、それなりの用意はしておかねば。

 更に、今回はバルトアンデルス市長の招待と引き換えの無料奉仕。
 警備の諸経費は丸々、市の再開発事業部が負担してくれるそうだ。
 実質は、フリクセルがFSDにタダ働きさせているだけだが、こちらの金銭的負担が減るのは助かる。
 パトロンに頼めば幾らでも金は出る、と画商のベッカートは言うが、頼りたくない。
 作品という対価もなしに頼るのでは物乞いと同じだ。その点、再開発の連中とは取引になる。
 先方は計画の色づけにアトリエを使い、マティの側は無料で警備会社を雇える。


 とある会社から、マティに宛てて慈善金の申し込みもあった。
 フリクセル所有の会社だろう。こちらがハンターを雇って独自に動いていると知り、金で抱き込む腹か。

 受けて立つ。フリクセルら悪党どもを利用し、出し抜いてやる。
 だが今は、アトリエの無事な船出が先決だ。新聞を放り出して、マティは階下に降りた。

 煉瓦造りの空き倉庫を改造した、アトリエの1階。吹き抜けの2階側から見下ろせば、
 河原から集まった浮浪者仲間が、今日もあれこれと力仕事をしてくれている。
 まず1階南側に、マティの作品制作の為のスペースを用意。
 他の部分は、街で拾い集めてきたガラス片の仕分けと加工の場、
 加えて、簡単なガラス細工も作れるようにと、炉やその他の道具を設けていた。
 いずれはちょっとした工房に仕立て、仲間たちの手にもちゃんとした職をつけさせるつもりだ。
 この間、ハンターがギャングから取り戻してくれたふたりの子供、
 エミールとクルトも、痩せ細った身体で一所懸命に、荷運びや掃除といった雑用を引き受けている。と、
「姉さん! ベッカートさんが、表で待ってるよ」
 エミールがこちらに気づいて、そう教えてくれた。慌てて階段を下り、外へ向かった。


「失礼、その……早くに押しかけてしまって」
 寝間着にガウンを羽織っただけのマティを見て、ベッカートは河のほうへ顔を背けた。
 アトリエ前の河原。霞たなびくイルリ河を見下ろしながら彼が言う。
「パーティの翌日からすぐ、あの方の使いでリゼリオに出張でして。
 準備やら何やらあって……だから今の内、色々打ち合わせとこうと思いましてね」
「済みません、毎度ながらお手数おかけしてしまって」
 マティが石のごろごろした河原を歩いて、ベッカートの横に立つ。
「ここらの地面も、当日までにちゃんとしときますから」
「あっ、はい、ええと……作品は順調ですか」
「お蔭さまで。みんな本当に良く働いてくれますから、私もちゃんと製作に集中できてますよ。
 パーティのほうも無事間に合いそうで。招待状もひと通り書き終えたし」
 ベッカートが振り向きかけ、それから慌てて目を河面に戻す。
「良かったら、僕が預かっときますよ。皆忙しいでしょう、用事のついでに出しておきますから」
「本当? それじゃ、すぐに取ってくるから」

 封筒の束を抱えて、マティがアトリエから戻ってきた。
 ベッカートが預かって、1枚ずつ宛先を確認する。
 途中、自分とパトロンのルートヴィヒ宛の招待状を抜き、そちらは懐へ仕舞った。
「ご招待、ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
「御大の分も僕から直接……これは?」
 ベッカートが1枚の手紙を、まじまじと見つめた。
「ハンターオフィス宛、でよろしいんですか?」
「ええ。本当は直接送りたいとこだけど、個人の宛先が分からなかったものだから。
 それにまぁ、うちの宣伝も兼ねてってとこね。まだまだ、あちらの世話になりそうだもの」

 それからふたりで少し話して、アトリエの完成披露パーティ開催が問題なさそうだと分かると、
 ベッカートは挨拶もそこそこに立ち去っていく。
 ハンター宛の招待状。そういえば、河原での乱闘事件以来、何度も彼女を助けてきた男も居るようで――
 ベッカートはどういう訳か、少し憂鬱になった。

リプレイ本文


 真田 天斗(ka0014)に、依頼で縁のあった第一師団・ヴルツァライヒ専従捜査隊員が答える。
「ラングハイン水運。業務は主に建築資材の水上運搬、港湾建設、日雇い労働者の派遣……」
 そこで隊員は、面白がるような顔をした。
「あんた『オルデン』と揉めてるのか?」


 浮浪者仲間と仕出し屋が河原へ集まって、椅子やテーブル、料理のワゴンを並べていく。
 マティもテーブルに花瓶を置いて回りながら、レイ・T・ベッドフォード(ka2398)へ、
「ありがとう――レイ」

「差し当たり数日の入院で、病状を見るそうです」
 彼は今朝、河原のリーダー格だった老婆を、
 フリクセルに紹介されたとある病院へ連れて行ったばかりだ。報告が終わると、
「後はやっておきますので、どうぞご自分の支度を。
 子供たちへの土産に菓子など置いてまいりましたから、是非マティ様もお召し上がり下さい」
 早起きのせいか、マティは顔色が冴えない。勧め通りにアトリエへ戻って行く。と、
「パーティの後に、お時間を頂けますか?」
 レイが残りの花瓶を抱いたまま、呼び止める。
 振り返るマティ。ふっと微笑んで、それからまた歩き出した。


 やがて河原へ集まり出した招待客、その中に、
「見てくれは地味だけど、広くて使い易そうな建物じゃんか」
 ヒュムネ・ミュンスター(ka4288)。マティにアトリエ開設を勧めた張本人だ。
 ハンター仲間のデュシオン・ヴァニーユ(ka4696)に、
「あんた、マティとは?」
「初対面でございますけれど、お噂を聞いて……」
 着替えと化粧を済ませたマティが、アトリエから下りてきた。
 招待客と挨拶を交わしつつ、ヒュムネたちの下へ。
「来てくれたのね、嬉しいわ」
「俺様が見届けない訳に行かないだろ。アトリエ完成、おめでとう!
 これであんたも一国一城の主。昔に比べりゃ、すげぇ良い顔つきになってるぜ!」
 ヒュムネはマティと握手を交わしつつ、デュシオンに紹介する。

「おはようございます、ドリス様」
 メリル・E・ベッドフォード(ka2399)の後から、ドリスが天斗と連れ立ってやって来た。
「おはよう。弟さんは?」
「先に来ている筈なのですが……」
 何はともあれ、まずは3人でマティへ祝辞を述べる。天斗が花籠パイの包みを渡し、
「お祝いの品です、皆様で召し上がって下さい。それから……」
「バルツの記者さんね、1度お会いしたことがあるわ」
 ドリスとマティが話し始めると、メリルは改めてレイを探した。
 そんな彼女の目が、ウィンス・デイランダール(ka0039)の姿を認める。
「よう。あんたの弟」
 ウィンスは首を振って、来た道を示す。
「途中で、溝に嵌った馬車戻すの手伝ってたぜ。一張羅のまんまで大丈夫かアイツ?」
 メリルが頭を抱えると、
「見回りついでに手伝ってまいります、失礼」
 天斗が言って、さっと会場を出ていった。


 護衛、使用人、その他身内を大勢引き連れてルートヴィヒが現れる。
 お供のベッカート、それからエンゲルスがマティへ駆け寄って来て、
「御大をお連れしましたよ」
「約束の品も。数がぎりぎりなんだ、後で確認してもらえるかい」
 マティがふとこちらを見たので、メリルが、
「もしかして、記念品のことで?」
「そう。貴方が手紙で教えてくれるまで、すっかり忘れてたわ」
 済まなそうな笑みを残し、マティはルートヴィヒの出迎えに行く。

 こちらも市庁の職員や記者を引き連れて、市長のバスラ―が到着。
 レイと天斗が服の埃を払いつつ会場へ戻ると、客は既に出揃っていた。
「さて」
 ウィンスが席に踏ん反り返る。
 デュシオンはヒュムネとふたり、乾杯用のグラスを手に待っていたが、
「これから乾杯なのでは?」
 尋ねられると、ウィンスはぐっと首を逸らして天を仰いだ。
「経験上、こっからがなげーぞ。覚悟しとけ」

 マティの挨拶はごくごく簡潔に終わり、次は市長――ウィンスの読み通り、話の長い男だった。
「帝都市民の生活向上! これは経済的側面に限らず、文化的・内面的問題でもありまして……」
 演説をぶつ市長の後ろで、ルートヴィヒがこれみよがしにあくびをする。
 やがて挨拶はエンゲルスに引き継がれるが、こちらも中々話が終わらない。
「革命13年! この激動の時代にあって我々が為すべきは、帝国魂、鉄血の精神の涵養となれば……」
「温くなっちまうよ」
 ヒュムネも諦め、杯を置いた。


 エンゲルスが長いながい挨拶の果て、ようやく乾杯の音頭を取る。
 あちらこちらでグラスの触れ合う音がし、客たちが歩き回り始めた。
 マティと市長、エンゲルスの周囲にも、新聞各紙の記者が早速詰めかける。
「一番乗りは帝国通信社さんか。全国紙だ、良い宣伝になるよ」
 どういう訳か、ドリスは高見の見物をしている。デュシオンとヒュムネが、
「北狄征伐の続報が出るまでなら、きっと記事にして下さるものと思い、お勧めしたのです」
「目についた新聞社、片っ端から招待状出させたんだ。あんたは行かなくて良いのか?」
 ドリスがにやっと笑う。
「後日、独占取材。地元の強みだね」
 やがて記者たちがばらけ始めると、幾人かをヒュムネが引き受けた。
「マティはどんな困難でもめげず、此処まで努力してきたんだ。
 それだけじゃねぇ、今まで助けてくれた仲間を見捨てねぇ義侠心もある。
 そんな人柄だからこそ、良い作品が生まれるんだと思うぜ……」

 賑わうパーティの席上から、天斗は河を眺めていた。
 制服姿の男たちを乗せたボートが1隻、水上に留まっている。
「FSDですね。河原の東西と、南の通りにも配置されていました」
「ここでもフリクセルの影、か。ねぇ、例の尾行者の話だけど」
 ドリスだった。天斗が飲み物を手渡し、
「ラングハイン水運――『騎士団(オルデン)』の者かと」
 ドリスが頷く。

 『オルデン』とはフリクセルを発起人として設立された組織で、
 早い話が、帝都に巣食うやくざ者たちの連合だ。
 傘下のひとつ、ラングハイン一家は、貧民街を除くブレーナードルフ区各所に縄張りを持つらしい。
「特集記事の為にあちこち顔突っ込んでるからね、それで警戒されたか」
「その後はお変わりありませんか?」
「大丈夫、まだ――」
 メリルが来た。3人で、今度はルートヴィヒを探しに出る。


「アトリエの案内、しなくて良いのか。さっき客を入れてたろ」
 隅の席にひとりで居たウィンスの下を、マティが訪れた。
「正直、大して見せるものはないから。それにエンゲルスが、代わりに喋ってくれてる」
「あの、話の長ぇ前衛芸術の男か」
 マティはウィンスの隣に座ると、
「有志でアトリエを拡張して、前衛派の拠点にしようって話も出てるのだけど」
「良いじゃねーか。人が集まる、金が集まる、何ごともまずはそっからだろ」

 マティは黙って、アトリエのほうを振り返る。ウィンスはおもむろにグラスを置き、
「……多分、この貧民街に帝国の縮図が生まれる」
 再開発計画による資本の流入。ついていける住民は、仕事のある者たちだけだ。
 このままではマティの浮浪者仲間など、雇用の見込みのない人間は切り捨てられる。
「だが肝心の計画を引っ張ってるフリクセル自身、脛に傷が多い。計画自体、この先どうなるか分からない」
 周囲では正装の子供たちが、置き去りの食事をせっせとワゴンに積み替えている。
 通りすがった1台へ、ウィンスが手を伸ばして料理と酒瓶を取った。
「ブルジョワジーの中には帝政を良しとせず、
 同盟のような自由な政治を目論む一派がいるって噂もある。
 付き合いを間違えると厄介な話が舞い込む可能性もある。……で」
 マティの前に、皿と瓶を押し出す。
「率直に、こういう話をどう思う?」

「率直に言って」
 マティが空いたグラスを引き寄せ、
「頭が痛い」
「上等だ」
 ウィンスが片手で瓶を取り上げ、マティの杯へ注いだ。
「土地でも買ったらどうだ。計画が本格化する前、安い内が買い時だ」
「そんな、そこまで儲かってないわよ」
「先々にでもよ。で、店でも開くか、医者でも見つけて開業させれば。
 婆さんのこともあるしな。兎に角、これで終わらず何でもやれよ」


「ルートヴィヒ様、お久し振りでございます」
「真田君、それにベッドフォード君。展覧会で世話になったね。
 ヴァニーユ君。『魔剣』原作者のひとりだ」
 アトリエ内で、ハンターたちとルートヴィヒが握手を交わす。
「で、君は……」
「レイ・T・ベッドフォードと申します」

 ルートヴィヒは今日もロッソ製の背広に身を包み、金縁の片眼鏡は曇りひとつない。
「帝国随一の資産家でいらっしゃると聞いております。
 それだけの財をお持ちなら、自由にならないことは何もない。却って退屈されたりはしませんか?」
「レイ」
 姉の掣肘も気にせず、レイはルートヴィヒと差し向かいで話し始めた。
「金で買えないものは多いさ。だから、私はマティ女史のような人物が好きなんだ。
 私にない『才能』という財産を使って、世界を豊かにする人々がね。
 そして私は、金貨と引き換えに観覧席を買ってるようなものかな?」
「成る程。ところで」
 レイが、傍目にそれと分からぬくらいの小さな動きで身構える。
「貴方はヴルツァライヒではないですか?」
 周囲の人々が、水を打ったように静まり返った。

 気まずい沈黙を破って、ルートヴィヒが爆笑する。
 片眼鏡を外して涙を拭いながら、顔を上げ、
「何故、そう、思ったのかね?」
「実は、勘でして」
 真顔で答えるレイに、そこでまたひと笑い。ルートヴィヒは息絶えだえに、
「すごい……質問をするものだね、君、は……いや、こんなに笑ったのは、久し振り、だ!
 行く先々で、同じ質問をしてるんじゃないかね?」
「いえ……ただ、マティ様を手助けしたいのです」
「ヴルツァライヒが、彼女を狙ってる、と?」
「そういうことも、あるかと思いましっ」
 レイを引っ張って下がらせつつ、メリルがルートヴィヒに頭を下げた。


「この度は、愚弟が大変な不始末を致しまして」
 何ごとかと駆けつけたマティへ、またもメリルが陳謝する。
 傍には冷汗を浮かべたベッカート。マティに耳打ちされ、アトリエへ入っていく。
「全く、あれは本当に頓珍漢で天然で、真顔で斜め上の発言をする馬鹿者です。けれど」
 溜め息を吐くマティに、メリルが言った。
「とても、心の優しい子なのです。どうか……」
 メリルに頭を下げさせたまま、マティも建物に入った。
 入れ替わりに、ドリスと天斗が様子を見に来ると、
「ドリス様。今度も、お願いがございます」

「初演は12月頃になりそうだよ。北狄征伐勝利の祝いにできれば良いね」
 アトリエ奥の作業台に横たえられた画を前に、ルートヴィヒがデュシオンへ告げる。
「わたくしからも、公演の成功を祈らせて頂きますわ」
「衣装や何かは、また面白い作家を見つけたんだ。
 音楽のほうもね、帝都老舗の楽団を引っ張り込んだところさ」
「本当に、人脈が広くてらっしゃるのですね」
 デュシオンが言うと、
「ヴルツァライヒとか?」
 後ろに居たメリルがまたも謝ろうとするのを止め、
「勘、というのは大事なものだよ。霊感と言っても良い。
 己が得たヴィジョンを、合理・非合理の別なくあるがまま受け入れ、形にする。
 芸術家向きの資質じゃないかね? 世界に意味はない、『人間』だけがそれを作る」
 ルートヴィヒが、デュシオンとメリルを画のほうへ招き寄せる。
 間近にはマティの作品も、石膏に埋められた色ガラスの集まりでしかない。
 だが離れて見ればそれは確かに、イルリ河南岸から眺めたバルトアンデルス城を描いている。
「世界」
 デュシオンが呟けば、
「これが彼女の世界だ。1度ならず砕けてしまったものを、慎重に繋ぎ直していく――」
「失礼、少々よろしいでしょうか」
 天斗が戻って来て、ドリスをルートヴィヒに紹介した。
 そして話題はマティの作品の感想から、
 帝都前衛派の活動、そして劇団『魔剣』の公演へと移っていく。

 アトリエ2階では、ベッカートが市長に売り込みをかけていた。
 マティに計画のシンボルとなるような作品を作らせる――ヒュムネのアイデアだった。
 

 会食の席でも、来客たちの芸術談義。
 陽が傾き、ちょうど彼らの話題も尽きた頃、パーティはお開きとなる。
 ルートヴィヒ始め、マティの作品を予約中の招待客へは、退席の際に手土産が配られた。
 鉄器にガラスをはめ込んだ小皿で、訊けばメリルの助言を受けた後、
 エンゲルスの仲間と共同で急遽製作したもののようだ。
「無理を、言ってしまいましたかしら」
「土産のことか?」
 メリルとウィンスが小声で話し合う。
 ふたりの視線の先では、ドリスがマティらと共にルートヴィヒの見送りをしている。
「ドリス様にも色々と。貧民街、引いては帝国の為と、皆様を巻き込んでしまい……」
「マティにも言ったがな。周りの都合は関係ない、てめーの都合を世界に押しつける、
 それが逞しさだ。俺たちも同じことじゃねーか?
 ……今の帝国が気に入らない。俺がこの件を手伝う理由は、それだけだ」
 市長も会場を出ていく。話しかけるドリスの脇には、天斗が護衛のようにぴったりとついていた。

 仕出し屋や浮浪者仲間を手伝ってワゴンを押しながら、ヒュムネがデュシオンに言う。
「良い画を描いてたろ、マティは」
「ええ、とても」
 答えるデュシオンの胸には、ルートヴィヒの言葉が残っていた。
 砕け散ったマティの世界。少しずつ、繋ぎ合わせていかなければならない。
(あのガラスは、失われた世界の欠片ですのね)


「パトロンが離れれば、今の私は何ほどの者でもない。それは分かるわね?」
「申し訳ございません」
 マティは受け取った祝いの品、銀の香炉を抱いたまま、
 屋根裏部屋のベッドに腰かけ、レイを睨みつける。
 大きく息を吐くと、じっと頭を垂れる彼に向かって、
「で。私は一体、何に巻き込まれようとしてるの?」

「……今後は表立っての事件より、貴方以外を狙った搦め手が厄介なものです。何かあればご連絡を」
 言い残して、レイは部屋を去ろうとする。最後に、
「アトリエ開設、改めておめでとうございます。
 今の貴方はご自身だけでなく、周りの誰かを助けようとしている……
 そのことが、私にはとても眩しい」
 そうしてレイが出ていった後、マティはしばらくぼうっとしていたが、
 やがて香炉をベッド脇の机に置き、マッチを探し始める。

 中々下りてこないマティを心配して、屋根裏に上がったベッカート。
 ドアをノックしようとした矢先、室内から香木の柔らかな香りを嗅ぎ、微かな寝息を聴く。
 伸ばしかけた手を下ろした。
 リゼリオ出張の間も、誰かが自分に代わって、彼女を助けてくれることを祈る。
(例え、あのおかしな男でも)
 小さな花束を1階の作業台に残して、ベッカートはアトリエを去る。
 河原に吹く夜風は、嫌に冷たかった。

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  • 闊叡の蒼星
    メリル・E・ベッドフォードka2399
  • ライラックは美しく咲く
    デュシオン・ヴァニーユka4696

重体一覧

参加者一覧

  • Pクレープ店員
    真田 天斗(ka0014
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 魂の反逆
    ウィンス・デイランダール(ka0039
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • SKMコンサルタント
    レイ・T・ベッドフォード(ka2398
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • 闊叡の蒼星
    メリル・E・ベッドフォード(ka2399
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • 撃退士
    ヒュムネ・ミュンスター(ka4288
    人間(蒼)|13才|女性|闘狩人
  • ライラックは美しく咲く
    デュシオン・ヴァニーユ(ka4696
    人間(紅)|18才|女性|魔術師

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依頼相談掲示板
アイコン 相談はこちら。
レイ・T・ベッドフォード(ka2398
人間(リアルブルー)|26才|男性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/09/28 20:21:32
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/09/26 22:57:02