• 闇光

【闇光】Versprechen

マスター:稲田和夫

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~15人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/10/04 15:00
完成日
2015/10/17 22:42

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「ジャンヌ兵長が、革命軍の迎撃に出た!?」
 帝国領内の暴食の拠点の一つにて、エトファリカにおける戦いの疲れを癒していたアイゼンハンダー(kz0109)は知らせを聞くなり立ち上がると、近くにおいてあった機導伝話を引っ掴んだ。
「ええ、軍医殿……ARS(アメイジング・レッドショルダーズ)の改修作業は済んでいるのですね!? 喜んで使わせていただきます!」
『待て、ツィカーデ。何故かように焦る? オルクス様からは傷を癒した後、戦況を見て奇襲をかけるのに良い機会を選べて言われていたではないか?』
 義手が諌めると、少女は必死の行背負うで反論した。
「助けなくちゃ……! 約束したんだよ! 私が守るって……!」
 それだけ叫んで少女はなおも駆ける。
『霧の姫との間に約定など……』
 そう言いかけて、ふとアイゼンハンダーの目を見た義手は気付いた。その黄色い瞳がいつにも増して濁っていることに。
 それで義手は思い出し、合点した。
『なるほど、確かにお前と儂が出会った時に似ておるわ、ツィカーデ。ククク、良かろう。これはお前に取ってあの時の仇討ちという訳か?』


 帝国北部サンクトケルンテンベルク州南部の帝国軍基地の一つにて、ヴィタリー・エイゼンシュテイン(kz0059)は指揮を執っていた。
 彼は帝都の守りを第一とする第一師団の副長ではあるが北伐という帝国の総力を挙げた軍事行動に際して、国内の戦力移動と兵站に関わる指揮を統括するためにここまで出向していたのである。
 その彼に、無視できぬ報告がもたらされたのは、その日の深夜であった。
「北上する敵戦力……アイゼンハンダーが率いているというのが間違いないようだな」
「いかがいたしましょう」
 報告する第一師団憲兵大隊オレーシャ兵長は深刻な表情であった。彼女は以前アイゼンハンダーに遭遇した際に重体となり、その力は嫌というほど理解している。
 帝国の戦力のみならず、ハンターの多くが北伐における浄化作戦のために辺境に集まっているこの状況ではすぐに十分な戦力を集めるのは困難だ。
「だが、放置するわけにはいかん」
 ヴィタリーが淡々と呟く。既に浄化キャンプの周辺には四霊剣の剣姫オルクス(kz0097)や災厄の十三魔ジャンヌ・ポワソンなど強大な歪虚の出現が報告されている。そこにアイゼンハンダーまでが合流すすれば厳しい戦いになるのは明らかであった。
「直ちにハンターへ依頼する。ハンターの招集はここ帝国と北伐の最前線の二か所で行う」
「二か所、ですか?」
 副長の指示に怪訝な顔を見せるオレーシャ。
「一隊は私と共にここを発ち、北上するアイゼンハンダーを補足する。一隊は、浄化キャンプから南下。アイゼンハンダーの侵攻ルート上でこれを要撃して足止めしつつ追跡班と挟撃をかける。この短時間で集められる戦力で奴を足止めするにはこれしかあるまい」
「拝命いたしました!」
 力強く敬礼するオレーシャ。
「なお、オレーシャ兵長には私の業務の引き継ぎを命じる」
 オレーシャは言葉をぐっと飲み込んで命令に納得した。エイゼンシュテインがここを離れるのなら、だれかがその役目を担わなければならない。
「……時に副長殿、例のCAM強奪事件の際ですが、アイゼンハンダーの顔をご覧になりましたか?」
「見た。彼女に間違いはない。我々がアーデルフェルト家粛清の際に全滅させた部隊の新兵だ。服装すらもあのときのままだった」
 間髪を入れずに答えたエイゼンシュテインは、その声には何の感情も出さず、ただ静かにその眼帯を片手で抑えた。


「あらぁ? もう、アイゼンハンダーちゃんたらしょうがないコねぇ。今回は疲れてるからお留守番でも良いって言ったのに♪」
 辺境。人類の希望の光でもあり反撃の狼煙でもある浄化キャンプの明かりを見下ろす小高い丘の上でオルクスは愉快そうに唇を歪めた。
「……『鉄の腕』が来るの?」
 傍らのジャンヌ・ポワソンが尋ねると、オルクスは彼女の顔をまじまじと見つめ、それからこう答えた。
「そうねぇ……案外、アナタがお目当てかもぉ?」
「ジャンヌ様が? クラーレの遊戯の際、私の知らない何かがあったのでしょうか」
 純粋な疑問からか、カッツォ・ヴォイが首を傾げる。ついでにその仮面も困惑する表情に変わっていた。
 あの時アイゼンハンダーとジャンヌの間の会話といえば例によって怠惰なジャンヌをアイゼンハンダーが軽くたしなめたくらいだ。
「そうねぇ……私も細かいところまで知っているわけではないし。直接聞いてみたらぁ? 仲良くなったら、教えてくれるかもぉ♪」
 悪戯っぽく片目をつぶるオルクス。
「くだらん」
 腕を組んだ剣豪ナイトハルトが吐き捨てる。
「下等な感傷に彩られた幻影に惑溺して足掻くなど弱者の極み。所詮戯れとはいえ、何故彼奴があのようなモノに力を与えたのか理解に苦しむ」
「はぁ、アナタも人のことは言えないって……このツッコミ何度目になるのかしらぁ……」
 オルクスが肩をすくめる。
「何だか……面倒そう……」
 ジャンヌが溜息をついた。

リプレイ本文

 北荻の地。何もない雪原の中に隆起する小高い丘の上で二人のハンターがじっと南の方角を監視していた。
「見えてきたっす! ……先頭にいる真っ黒いのがアイゼンハンダーっすかね」
 双眼鏡を覗いていた神楽(ka2032)がやや緊張した声を上げた。
「やはり、副長からの情報に間違いは無かったようですね。それで、如何ですか。彼女たちの予想進路は?」
 真田 天斗(ka0014)が聞き返す。
 じっと双眼鏡を覗いていた神楽は暫く間を置いた後、ようやく答えた。
「間違いないっす……アイツら、真っ直ぐこの丘を目指してるっす!」
「解りました。では、本隊に連絡してもう一度指示を仰ぎましょう」
 通信機に向かって、簡潔に状況を報告する真田。
 やがて、通信を終えた真田はゆっくりと武器を構えた。
「予定通り、私は攻撃を仕掛けて敵をおびき寄せます」
 そう言うと真田は手にロケットパンチを嵌め、真っ先に雪原に飛び出していく。
「気を付けるっすよ、真田さん。自分は急いで本隊と合流するっす!」
 一方、神楽は踵を返すと一目散に丘を登り始めた。


「反乱軍の待ち伏せか! 総員散開!」
 縦一列になって進軍していたARS(アメイジングレッドショルダーズ)は真田の姿を確認すると、直ちに散開して速度を上げた
 真田はその内の突出して来た一体に近づくとロケットパンチを叩き込んだ。
「歪虚に冬季迷彩を施すとは……アイゼンハンダー、やはりあなたは侮れませんね」
 鋼鉄の拳がARSの装甲に、甲高いをたてて弾かれる。
 だが、これは問題無い筈であった。
 何故なら彼ら偵察班の真の目的は、敵の進路を確かめた上で挑発と射撃により敵を、味方が待ち伏せている丘の反対側の麓まで誘導することだからだ。
 しかし、アイゼンハンダーらは残念ながら彼らの思い通りには行動してくれなかった。
「偵察か囮か……本隊は別にいるな」
 反動で戻って来たロケットパンチを回収した真田はこの時、初めてアイゼンハンダーの顔を見た。
 もし、彼が以前にもこの歪虚と顔を合わせていれば、その少女が普段は見せない表情をしている事に気付いたかもしれない。
「……余裕ですね。ですが、その迷彩を無効化されても同じように余裕でいられるでしょうか。雪原で黒は良く目立ちますよ!」
 アイゼンハンダーたちが何も反撃してこないのをいいことに、真田は彼の本来の狙いを遂行すべく松明を構えて敵陣へと突入する。
 その姿を見てアイゼンハンダーはむしろ憐れむように呟いた。
「わざわざ各個撃破されに来るとはな」
 幾つかの点から見て、真田の行動は無謀であった。
 彼の狙いは松明の煤を敵の迷彩の表面になすりつけて、その効果を無効化することにあった。
 しかしこの時点で敵の迷彩にはいかなる効果があるのか明かされておらず、普通の戦闘でもつくような汚れでその効果を阻害できるのかは疑問である、という点が一つ。
 そして、アイゼンハンダーを含め12体の相手に実質真田一人だけで挑んだという点である。
 無論、彼らは自分たちだけで相手をするつもりはなく、交戦しながら敵を陽動する作戦であった。
 しかし、陽動を実行するにも当然一定以上の戦力は求められる。つまり、この時ハンター側の陽動部隊は敵の戦力に対して余りに少な過ぎた。
 そして、指揮官たるアイゼンハンダーは、この戦力差なら敵を無視して後にリスクを残す必要も、陽動に乗る必要もなくこの場で確実に潰しておくのが得策と判断したのであった。
「――フォイアー!」
 アイゼンハンダーの号令と共に、ARSの構えた機関銃と無反動砲が一斉に火を噴いた。
「うわっ!?」
 この一斉射撃に対して先に悲鳴を上げたのは神楽の方だった。
 雪の状態が悪い上に、上り斜面という状況で思うように進めずにいた彼の進路に次々と砲弾が着弾した。
 神楽はその衝撃で雪の上を滑落して敵の近くに戻されてしまう。
「……みすみす本隊との合流を許すと思ったか?」
 冷たく呟いて神楽を見るアイゼンハンダー。
 ようやく起き上がった神楽はその視線に気づき背筋が寒くなるのを感じた。
 そして、より至近距離にいた真田は全身を容赦なく銃弾に貫かた。倒れた真田の周囲の雪が赤く染まる。
「ごほっ……」
 倒れた真田は何とか立ち上がろうとするが最早指一本動かせる状態ではなかった。
「……雪原では赤は良く目立つな」
 いつの間にか、真田の側に来ていたアイゼンハンダーが静かな声で呟く。
「止めをくれてやる前に一つだけ聞いておこう。何故、この状況下で銃を使わなかった?」
 陽動を行うなら、長射程の銃を使って牽制した方が有利だったはずだ。
「銃は……嫌いなんです」
 最早喋るのも億劫になっていた真田だが、この問いにだけは絞り出すように答えた。
「昔……守れなかったことがあるものですから……ね……」
 あるいは真田は微笑んだのかもしれない。
 いずれにしろ、この言葉を最後に真田の意識は途絶えた。
 しかし、アイゼンハンダーは止めを刺すのをためらうかのように暫くその場に佇んだ。
 やがて彼女がようやく拳を振り上げた時、一発の銃弾が彼女の足元に命中する。 
「そこまでっす、小娘! お前の大切な奴は俺の仲間が預かってるっす! 今すぐ真田さんを放さないと、奴を嬲り殺すっすよ!」
 動きを止めて相手を見るアイゼンハンダー。
 このまま合流しようとしても逃げ切れず背後から撃たれるだけだと判断した神楽は、一か八かアイゼンハンダーを動揺させる賭けに出たのだ。
「ケケケ! そうっす、動くなっす。お前が無抵抗で嬲り殺されたら、奴を助けてやるっすよ」
 銃を構え、慎重に狙いを定める神楽。
「――奴とは何者だ」
 ぎろりとアイゼンハンダーの黄色い瞳が神楽を見据える。同時にアイゼンハンダーはゆっくりと神楽の方に向かって歩き出した。
「う、動くなといった筈っす!」
 雪原に神楽の銃声が響く。しかし、アイゼンハンダーは弾丸を無造作に義手で弾きつつ更に接近する。
「ち、なら俺がお前の護りたい全てを穢して嬲って壊して殺してやるっす。ケケケ、お前はあの時と同じ様に大切な人も約束を何一つ守れねーっす……なっ!? き、消えたっす!?」
 何とかアイゼンハンダーを動揺させようと執拗に挑発を続行していた神楽は、突然相手の姿が消えたことに驚愕した。
「残念だが、それは無理なようだな」
 アイゼンハンダーの声は神楽の背後、彼の立つ斜面の上の方から降って来た。
「何故ならお前はここで斃れるからだ」
 神楽には振り向く暇も無かった。
 神楽の背後に回り込んだアイゼンハンダーの号令で、雪上を滑走して来たバズーカを装備したARSが一斉に砲弾を放ったのだ。
 爆炎が晴れた時には、真田の隣に全身が焼け焦げた瀕死の神楽が残される。
 だが、アイゼンハンダーはそれを一瞥することすらせずそのままARSと共に丘の上を目指す。
 途中、丘の上から先行していたARSの一体が駈け下りて来た。
「そうか」
 報告を受けたアイゼンハンダーはこの歪虚にしては珍しく、唇の端だけを釣り上げ昏い笑みを浮かべた。
「丘の上を取らせてくれるのなら……勝ったようなものだ」
 そう呟いてから彼女は改めて命令する。
「総員登攀開始。丘の上で一旦停止して隊列を組み直した後、一気に突破する」


 先行していた真田、神楽との連絡が途絶えた時からアウレール・V・ブラオラント(ka2531)が感じていた嫌な予感は、丘の頂上にアイゼンハンダーたちが姿を現した瞬間、現実のものとなった。
 アイゼンハンダーを先頭にした縦型の隊列で、黒い疾風の如く丘を駈け下りるARSから放たれた弾丸が雨の如くアウレールら要撃班に降り注ぐ。
「何故だ……私は何処で間違ったというのですか……父上」
 ARSの一斉射撃は高所という地の利と、先に二名が各個撃破されたことにより更に大きくなった戦力差のせいで、ハンターたちを圧倒して瞬く間にアウレール6人は満身創痍となる。
 アウレールの作戦はこうだ。
 まず、先行した二名が敵を攻撃しつつ丘の麓まで誘導。次に、麓に半月陣で布陣した六名が敵の背後の丘も利用する形で敵を包囲。次に先行班二名の高所からの撃ち降ろしも加えた攻撃で、敵を足止めしつつ追跡班の到着を待ち、一気に殲滅するというものだった。
 だが結果としては只でさえ少ない戦力を分散して敵に各個撃破の機会を与え、更に数と一体一体の力で勝る敵に地の利まで与えてしまった。
「アウレールくん!」
 茫然となったアウレールをセリス・アルマーズ(ka1079)が叱咤した。
 はっと我に返ったアウレールが見ると、彼の傍らではシルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338)が必死にライフルを撃ち返して少しでも敵の進撃を食い止めようとしていた。
「せめて……あの迷彩の正体だけでも見破らなければいけません」
 引き金を引きながら唇を噛むシルヴィア。
 しかし、銃弾はアイゼンハンダーの義手に弾かれてしまい迷彩の効果を見破ることは出来ないでいた。
「皆……すまない! 責めは後で幾らでも受ける! 今は、奴を止めるために力を貸してくれ!」
 屈辱に震えながら絞り出すように叫んだアウレールに、セリスはにこっと笑って見せる。
 しかし、次の瞬間にはセリスは憎悪を込めた視線で今や眼前に迫った敵を睨み据えていた。
「私の前で、歪虚が人間のように武装し 軍隊のように行動するなど 許せるものか……」
 そのセリスを見て、アイゼンハンダーが目を細めた。
「この戦況で、敢えて立ちはだかるか」
「黙れ! 歪虚が喋るな! 歪虚が人の真似をするな! 存在自体が万死に値する!!」
 凄まじい気迫で凍土を踏みしめるセリスに真正面からアイゼンハンダーの義手の鉄拳が叩きこまれた。
 その衝撃に、凍土がひび割れる。
「その侮辱……私は許さない!」
 既にARSの攻撃で満身創痍であったにもかかわらずセリスはアイゼンハンダーの一撃に耐え切った。
「革命軍にもここまで気迫のある兵士がいたとは……!」
 流石のアイゼンハンダーも驚いた様子。
「お前は此処で消滅しろ!」
 口から血を吐きつつも、必死で義手を掴みナックルを振りかぶるセリス。
 しかし、その直後振り上げた拳に機関銃の弾丸が命中し、その衝撃で腕が大きく弾かれた。
「え……?」
 茫然とするセリス。
 気が付けば、アイゼンハンダーも彼女を振り解いていた。
「今は貴女の相手をする暇はない」
 直後、雪原に赤い光が浮かび一体のARSが強烈なショルダータックルをセリスにぶち当てた。
「……!」
 悲鳴を上げることすら出来ず悶絶するセリス。それでも彼女はなんとか踏みとどまろうとしたが、そこに二体目、三体目のARSが接近し、数秒後には血の海に倒れた彼女の傍らをARSが次々と通過していく。
 いや、セリスのみならず他のハンターたちも元々の機動力に加え、丘の斜面を利用して更に速度を増したARSの強行突破を阻むことが出来ずにいた。
 ここでも、丘の麓に布陣したことが裏目に出たのであった。


「くそ……何が起こってる? 作戦が失敗したってのか!?」
 岩井崎 旭(ka0234)は歯噛みした。しかし、すぐに頭を切り替え不敵に笑う。
「いや……派手でいいじゃねーか……厄介な十三魔と改造ゾンビ共はここで仕留めるぜ! いくぞ!」
 即座に馬を走らせて追跡に入った旭の眼に、セリスに足止めを受けたせいでARSの殿を守る形になったアイゼンハンダーが映った。
「何を焦っているのか知らねーが……阻ませてもらうぜ!」
 覚醒したことで、ミミズクの如き姿になった旭はゴースロンに全力で駈けさせその重い武器を振りかぶった。
「鳥になるんだな!」
 アイゼンハンダーが別のハンターに気を取られた瞬間、旭の大斧がその華奢な体に向かってバットのように降り抜かれる。
 しかし次の瞬間、敵に命中したかに思えた大斧は、白い雪に叩きつけられ固くなった雪を撒き散らしただけだった。
「なんだと……!?」
 驚愕する旭。その眼前で、ふっと何かの残像が揺らめいて消えた。
「まさか……迷彩の効果なのか!?」
「今度は騎兵か。最早、お前たちを相手にする必要性は無いが……後の憂いを絶つのも手か」
 側面から聞こえて来た声に反応し、必死に斧を構える旭。間一髪、アイゼンハンダーの鉄拳が柄に命中した。
「……そいつは光栄だな」
 そう応じたのは旭ではなく、この隙にアイゼンハンダーの背後に肉薄していたリカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)の声であった。
「SOTとか特殊部隊系統かと思ったら、ガチガチの正規軍……機甲師団かよ。どっちにしろヤバい連中を寄越したもんだぜ」
 そうぼやくリカルドの腕には振動する機械の刀が握られていた。
「タイマンが無理なら――囲んで殺す」
 旭と鍔競り合うアイゼンハンダーが動くより早く、リカルドは刃をアイゼンハンダーの背骨へ向かって突き立てる。
「良い攻撃だ。戦場に相応しい殺気だな」
 アイゼンハンダーの言葉通り、リカルドの刃はアイゼンハンダーの背骨を見事に貫いていた。
「何だ……!? この感触は!?」
 しかし、そのまま刃をねじ込もうとしたリカルドは驚愕した。刃が万力のような力で締め付けられ、動かせないのだ。
「まさか……骨!?」
 アイゼンハンダーは外見こそ少女のそれだが歪虚、それもいわゆるアンデッドとされる力を持つ暴食の眷属だ。
 その肉体がまともな人間のそれである筈もなく、刃が食い込んだ筈の背骨がまるで再生しようとするかのように刃を挟み込んでいたのである。
「化け物かよ……!」
 それでもリカルドは相手の動きを封じるためアイゼンハンダーの膝に向かってレガースを嵌めた足を振り上げる。
 だが、それより早くアイゼンハンダーのスカートが翻り、青白い生足が顕になった。
「気を付けろ!」
 旭が叫んだ時には、スカートの下に隠されたホルスターに収納されていた金属の杭が、アイゼンハンダーの左手の手甲にセットされていた。
 アイゼンハンダーはリカルドの突き刺した刃を背骨で固定したまま、身を捻って旭の斧を弾くと、その金属杭をリカルドの胴に向けて突き出した。
「ハッ……」
 胴を杭で突き刺され、よろめいたリカルドが嗤う。その口の端からぽたぽたと血が流れ、雪原に赤い染みを作る。
「これは……俺、死ぬかもな」
 直後、リカルドはがくりと膝を付き、そのまま雪原に倒れ込んだ。
「畜生……!」
 旭は再び斧を構えアイゼンハンダーに切り掛かろうとした。
 しかし、その直後ひゅるひゅると砲弾が空を切る音が響き、遠距離からARSが放ったバズーカの榴弾が旭とアイゼンハンダーの間で炸裂する。
「ぐあっ……!」
 為す術もなく爆風で吹き飛ばされ落馬する旭。ようやく起き上がり、やはり傷だらけとなった愛馬にまたがった時には、既にアイゼンハンダーの姿はそこには無かった。


 それは別の場所で彼の勝利を願う仲間のマテリアルの加護だったのかもしれない。
 必死の思いでゴースロンを走らせるアウレールは、ようやく戦場を離脱する直前のアイゼンハンダーに追いついた。
「帝国軍人か、無様な姿になってまでよく名乗るものだな……!」
 必死に敵の背中に呼びかけるアウレール。状況が異なれば挑発や罵倒という単語で形容されるべきそれは、この状況においてはもはや悲痛な叫びに近かった。
「……あの時の少年兵か」
 ゆっくりと振り向くアイゼンハンダー。
「貴様の前を行く、腐臭も芳しき其れが帝国の兵などとは語らせん! 仲間との温もりを求めて荒野を彷徨う、一人ぼっちの憐れな貴様を、親を亡くした仔犬のような貴様を……ここで殺す!」
 アウレールは動きを止めたアイゼンハンダーに向かって、只一撃に全てをかけるべくチャージングを敢行した。
 だが、アイゼンハンダーは最早仲間のARSに援護を命じることすらなく、一人その場で立ち止まるとその義手を腰だめに構えた。
「良いだろう。お前には聞きたいこともある」
 アウレールの戦槍が、アイゼンハンダーの胴に突き刺さる。
「なんだと……!?」
 だが、アウレールは手応えが無かったことに驚愕した。やはり、何らかの錯覚がアウレールの狙いを狂わせたのだ。詳しくは不明だが、どうやらこの迷彩は遠距離では単に見えにくくする効果しかないが、至近距離では何らかの魔力による視覚への阻害を引き起こすらしかった。
 次の瞬間、アウレールの頭上に跳躍していたアイゼンハンダーが上空から鉄拳を叩き付ける。
 凄まじい爆発が降り積もった雪を溶かし、その下の岩をも散乱させる。
『フン、またあの力か。面倒な事よ』
 義手が忌々しそうに吐き捨てる。
 爆風が晴れた後には、衝撃で落馬したものの、仲間のマテリアルの加護で何とか重体は免れたアウレールが、身を起こそうとするゴースロンの傍らで、必死に槍で体を支えていた。
「止めを刺せ……!」
 重体こそ免れたもの、まだ思うように体が動かないアウレールが吼える。
「あの島で貴様は問うたな……誇りを持てるかと。見縊るな……13年前からブラオラントの名はとうに血塗れ! 私は生者で貴様は死者。その一点こそ我が誇り! なればこそ、私は生者としての誇りを胸に最後まで抗ってから、散って見せる!」
 だが、アウレールに対するアイゼンハンダーの答えは意外なものであった。
「今回の作戦の指揮をとったのは貴様か?」
 一瞬言葉に詰まったアウレールだが、相手を睨み返す。
「それがどうしたというのだ……!」
「何故、味方を二人だけで先行させた?」
「!?」
 突然の質問に今度こそ言い返せなくなるアウレール。
「何故、あの丘を先に確保しながら、頂上に陣取らなかった? ……ううん、答えなくても良いよ。何故このような結果が出のかは、貴方自身が良く知っている筈」
「……!」
 愕然とするアウレールの前でアイゼンハンダーは静かに踵を返し――最後にこう言った。
「今の君は――まるで傷だらけで震える仔犬だ」
 アイゼンハンダーが止めを刺さずに去った後、アウレールは冷たい雪に両手をついた。
「みんな……すまない……父上……私は……私はっ!」
 その嗚咽は、アイゼンハンダーらが去った後、ようやく丘に接近して来た追跡班からの通信が入るまで続き、アウレールの熱い涙は冷たい雪を深く穿った。


『謝罪は不要だ。軍人なら全てが終わるまで胸の内にしまっておけ』
 雪原を疾走する魔導トラックの中で、アウレールから報告を聞き終えたエイゼンシュテインはそう言ってアウレールの言葉を遮ると、しばし瞑目した。
 既に作戦は9割方失敗していることは彼も理解している。
 挟撃が失敗した今、そもそも追いつけるかどうかも怪しく、仮に補足したとしても今度は数の不利で圧殺されるだけだろう。
「あの丘を確保しながらこうなるとはな」
 エイゼンシュテインはハンターたちにもっとはっきりと命令を下し、あの丘の頂上に陣取った上で、登攀のために足が止まる敵を全力で足止めするように指示するべきだったかと自問した。
 しかし、ハンターたちと依頼主の関係は軍隊における階級のような厳密な上下関係ではない。
 また、彼は自分が口を出し過ぎることでハンターたちの最大の長所である柔軟な発想が殺されることを懸念したのである。
「今回はそれが裏目に出たか」
 指揮棒を握り、静かに呟く。
 いずれにしろ、可能性が少しでもある間は作戦を続行するしかない。
 最早、アイゼンハンダーを仕留めることは難しいだろうが、まだARSの数を減らすことが出来る可能性はあった。
『フォン・ブラオラントは岩井崎と共に負傷者の救出に当たり、そのままそこで救助を待て』
 通信機の向こうのアウレールが息を呑むのがエイゼンシュテインにも伝わってきたが、やがて承諾の返事が返って来た。
 既にどれだけ距離が離れているかわからない以上、要撃班の救助のためにトラックを止めることは出来ず、そうなると救出部隊が来るまで誰か動ける者が怪我人を守る必要がある。
 また、アウレールも岩井崎も重体を免れたというだけで満身創痍であり、これ以上の戦闘に耐えられないことは当人たちも理解していることではあった。


「さて……要撃班が失敗したのは痛いが全力をつくすしかないね」
 なんとかアイゼンハンダーとARSに追いついたトラックの荷台でバイクのエンジンを始動させつつ久我・御言(ka4137)は肩を竦めて見せた。
「どうどう……我が愛馬も猛っておるわ。強き相手との死闘存分に楽しませてもらおうか」
 やはり、バルバロス(ka2119)も馬を宥めながら不敵に笑う。
「くれぐれも慎重に戦うことだ」
 トラックの扉を開けるエイゼンシュテインは内心の懸念を隠し、そう述べるに留めた。
 この二人を突出させることは、久我が事前のブリーフィングであぶないと指摘されていたバイクに搭乗していることを除いてもリスクがあった。要撃班と同じように各個撃破される可能性が大きいからだ。
 だが、この状況ではとにかく敵に追いつかなければならないのも事実。そう判断したエイゼンシュテインは二人に合図を送った。
 途端に雪原に飛び出す二人。まず、最初に敵を射程に捕えたのは久我の方であった。
「ははは、久し振りだね、ツィカーデ君! 私を覚えているかね!」
 何とかアイゼンハンダーを発見した久我は雪原を疾走しながら高らかに笑う。
「あの島にいた破廉恥漢か……! 貴様も確実に仕留めておきたいが、今は相手をしてやる時間は無い!」
 アイゼンハンダーは僅かに苛立った様子を見せながらも、足を止めることなく更に部隊を前進させる。
「なにかあったのかね! そんなに急いでどこにいこうというのかね!」
 なおも、バイクの排気音に掻き消されぬよう大声で語り掛ける久我。しかし、アイゼンハンダーは振り向こうとすらしない。
「……君の行動に大義はあるのかね?」
 やはり無反応。
「……つれないことだ。あれほど可愛らしかったというのに」
 溜息をついた久我は、ライフルを構え最も近い位置にいるARSに向けて発砲する。
「……!?」
 その瞬間、久我は驚愕して息を呑んだ。
 それは、ライフルの弾丸がARSの堅牢な装甲に弾かれたからではなく、突然バイクのバランスが大きく崩れたからであった。
「これは……雪に車輪を!?」
 繰り返すが、今回の作戦エリアについては馬はともかくバイクであぶない、という事はブリーフィングの質疑応答の中で説明されている。
 その不安定な場所でバイクに乗りながら射撃まで行ったため、とうとう車輪が雪に取られ盛大にスリップしてしまったのである。
 必死に車体を立て直そうとする久我であったが、わず遂にバイクは横転。久我はそのまま車体から投げ出され雪の上に叩きつけられ雪の上を滑る。
「……やれ」
 それを見逃すアイゼンハンダーではなく、何とか起き上がろうとする久我に銃弾と砲弾が容赦なく浴びせられた。


「ぬうううう!」
 一方、ひたすらに馬を走らせたバルバロスはようやく一体のARSに追いつくと力任せにその斧を振り抜いた。
「ぬうう! ぬ? ……ぬうううううううんっ!」
 バルバロスの攻撃はひたすらに全力で斧を叩き付ける、ただそれだけではあった。
 しかし、今回のARSは射撃武器が主兵装であり、その機械化された四肢による殴打である程度格闘には対応できるものの、バルバロスの攻撃によって劣勢に立たされていた。
 また、この時のARSは高速機動を優先しており、持ち味であるアクロバティックな機動が制限される状況でもあった。
「ぬううああああっ!」
 そして、バルバロスは厄介な事に自己治癒まで兼ね備えていた。殴打による傷をマテリアルで治癒した彼は更に斧を叩き付ける。
 目標を定めない闇雲な攻撃は、決定打にこそ至らなかったものの、少しずつ敵の関節や装甲にダメージを与えていた。
「……ぬうううおおお!」
 遂に、ARSの機関砲がひしゃげた。バルバロスは止めとばかり斧を大きく振りかぶるが、その瞬間仲間の援護に駆けつけた他のARSの機関砲が彼に殺到した。
「ぬ……ぐ……ぅ?」
 治癒を用いながら戦っていとはいえ、ダメージが蓄積していたバルバロスはこの攻撃でかなりのダメージを受けた。全身の傷口から血が噴き出し膝から力が抜ける。
 雪に膝をついたバルバロスの眼前で、さっきまで彼と戦っていたARSが素早く離脱する。血まみれの手を伸ばしてそれを追おうとするバルバロスだが。そこに別のARS数体が容赦なく砲弾を撃ち込んで、この狂戦士を沈黙させた。


 しかし、バルバロスの奮戦は無駄ではなかった。彼の執拗な攻撃を受けたARSは目に見えて動きが悪くなり、他のARSから少しずつ遅れ始めたのだ。
 そして、ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)はそれを見逃さなかった。
「最早、合流阻止は叶うまいが……最低でも改造ゾンビたちをできるだけ削らなければ、今後の戦いに大きな悪影響が出るであろう。皆の者! 一体でも多く敵を仕留めるぞ!」
 ディアドラは仲間にそう叫ぶと、馬に一鞭をくれ、加速させる。
「ああ、やられっぱなしなんて癪にさわるからなぁ!」
 傍らで馬を走らせていたボルディア・コンフラムス(ka0796)もそう叫ぶと、ディアドラと共に動きの鈍ったARSとの距離を詰めていく。
 仲間を援護するべく、何体かのARSが援護射撃を開始した。
 しかし、流石にディアドラもボルディアもこれを警戒しており、馬を上手く操って砲撃を回避しながら更に接近する。
 ここに来て覚悟を決めたのか損傷したARSは、高速機動を止めると雪原を蹴って大きく跳躍。宙返りしながら馬上のボルディアに襲い掛かる。
「へっ、そう来たかよ!」
 だが、ボルディアの判断も早かった。彼女は素早く馬の背中から飛び降りることでこれを回避。雪原を転がって距離をとってから起き上がると、真正面からARSと打ち合った。
「革命戦争の亡霊共が……残念だけどな、今の人類は終わっちまったテメェらとの戦いになんか構ってられねぇってンんだ!」
 人間にはおよそ不可能な角度から繰り出される打撃を受けつつも、ボルディアはハルバードを振るい続ける。
「過去(むかし)の死人が、現在(いま)の戦いにしゃしゃり出てくんじゃねェよ! 黙って寝てろ!」
 凄まじい速度で振り抜かれたボルディアのハルバードがARSの死体を収めた箇所の装甲に叩き付けられた。
 動力源自体に強烈な打撃を受けたARSがよろめいた瞬間、こちらは騎馬のままのディアドラが援護射撃を避けつつ突っ込んでくる。
「折角孤立させたのだ! 合流などさせるものかー!」
 ディアドラは構えた騎士剣を、突撃の勢いを生かしてARSの脚の装甲の隙間を狙って素早く突き出した。
 ボルディアの攻撃で朦朧としていたARSはこの攻撃を避けることが出来ず、強烈な刺突を受けた装甲の隙間から火花が飛び散る。
 しかし、ここでまたもや他のARSが援護射撃を行う。
「うわぁ!」
「くそ、ココまで追い詰めたってのに!」
 圧倒的な火力に退避を強いられるディアドラとボルディア。瞬く間に視界が黒煙に覆われ、ARSは逃げおおせたと思われた。
「間に合った……赤肩の死兵、逃がしはしないっ!」
 そこに1m近い杭打ち機を構えたメル・アイザックス(ka0520)が飛び込んで来た。メルは、ディアドラの攻撃で片足を破壊されたARSが逃げ切れないでいるのを見ると容赦なく距離を詰め、ひしゃげた胴体の装甲に杭打ち機を押しあてた。
 直後、杭のような形に圧縮された炎のマテリアルが打ち出され、次の瞬間それが爆発して扇状に爆炎が広がった。
 装甲の数か所に損傷を受けていたARSはこの高熱に耐え切れず、中の死体が燃え尽きる。
 炎が止んだ後、中の死体を焼かれたARSはがくりと膝をつきそのまま爆発した。


 しかし、ディアドラたちがささやかな勝利を掴んでいたころ事態は再び変化していた。
 本来であればエイゼンシュテインと、彼に追随していた二人のハンターは最早アイゼンハンダーに追いつくことは彼我の距離的に叶わぬはずだった。
 しかし、そのまま戦場を離脱するかに見えたアイゼンハンダーは先頭を走るエイゼンシュテインを見た瞬間、足を止めわざわざ逆走してきたのである。
 そして、アイゼンハンダーの眼を見たエイゼンシュテインは即座にその理由を理解した。
「思い出したようだな」
「ヴィタリー……エイゼンシュテイン! 第二師団……! 革命の……狂犬!」
 憤怒の形相のアイゼンハンダーがその鉄拳をエイゼンシュテインに叩き付ける。しかし、その瞬間、マテリアルの壁が攻撃を受け止め、ガラスのように飛び散りアイゼンハンダーを怯ませた。
「これはっ……」
「東方では仲間割れの隙をつかれて結構な傷を受けた筈だが……そろそろ、悲劇に終止符を打ってやらないとね」
 着地し歯噛みするアイゼンハンダーの前にCharlotte・V・K(ka0468)が立ち塞がった。説明するまでも無く、エイゼンシュテインに防御障壁を使用したのは彼女である。
「第二師団? 副長の所属は確か第一師団だった筈だけどねぇ。まだ記憶が混乱しているのかぁ? まあ、何にせよトラックの中では聞くことのできなかったお前と副長の過去についてようやく聞けそうだねぇ」
 抜刀したヒース・R・ウォーカー(ka0145)もそう言ってアイゼンハンダーに剣を突きつける。
「貴様ら……邪魔をする気か!」
 その途端、ディアドラたちと交戦していたのとは別のARSの集団が此方に向かって来た。その数は計6体である。
「また逃げるのか。惨めに敗走したあの時から何も変わらないな。そんな事だから、貴様は何も護れないんだ」
 事情はどうあれ、わざわざ戻って来てくれたアイゼンハンダー逃がさぬためにと、カマをかけるCharlotte。
 だが、挑発されたアイゼンハンダーはむしろ不気味なほど静かな声で言い返す。
「心配するな……私もお前たちを……いや、フロイラインを殺した男を逃がすつもりなど無いっっ!!」
「これはっ!?」
 驚愕した声を上げたのはヒースだ。六体のARSの内、バズーカを構えた二体が彼らの周囲に砲弾を撃ち込み爆炎が広がったのだ。
「邪魔者を狂犬から引き離せ! 殺しても構わないっ!」
 Charlotteとヒースがアイゼンハンダーの言葉の意味を理解するよりも早く、黒煙の向こうに赤い光が煌めき、まずヒースがARSのタックルで弾き飛ばされた。
「ぐぅ……!? こいつら、まさかぁ!?」
 続いてCharlotteにも別の一体がタックルを仕掛ける。
「副長を孤立させるつもりか……!」
 最初の攻撃はなんとかマテリアルの盾で防いだCharlotteだったが、すかさず二体目によってヒース同様エイゼンシュテインから離れた位置に弾き飛ばされてしまう。
「私に構うな。今は生き残ることだけを考えろ」
 少しずつ晴れていく黒煙の中、エイゼンシュテインの冷静な声が響く。
 こうして、この作戦の最終局面は最悪の状態で始まった。


 最初から勝負は決まっていたともいえる。一対一でも正面からの戦いではハンターにとって十分脅威となるARSのスリーマンセルは凄まじかった。
 一体が常に遠距離から牽制射撃に徹し、残る二体が中距離と近距離を使い分け交互に仕掛けることで目標を徹底的に翻弄する。
 ヒースとCharlotteが辛うじて持ち堪えていたのは、彼ら自身の技量もあるが、それ以上にアイゼンハンダーが時間稼ぎに主眼を置いた命令をしたからに過ぎないともいえた。
「つれないじゃないかぁ……幾ら古い知り合いとはいえ、僕を差し置いて副長をダンスの相手に選ぶなんてねぇ……」
 何とか一体目のARSの援護射撃に耐え、血を吐き捨て不敵に笑って見せるヒースだが、その顔には疲労が色濃く表れている。
 そこに容赦なく打ちかかって来た二体目のARSの拳を辛うじて受け止めるヒース。
「……ボクは、与えられた任務ではなく、約束の為に……いや、憎しみで戦うお前にとても興味があるんだぁ……何故って、本当にそうならお前は兵士じゃない……私情のために、己のために戦う戦士だ。ボクと同じで、ねぇ……」
 しかし、そこに三体目のARSがすかさず拳を振りかぶって襲って来る。
 避け切れない。そう判断したヒースは口の端を釣り上げて自嘲する。
「だからボクは、この闘いをとても……楽しみにしていたのにさぁ……!」
「ならば、最後まで諦めぬことだな」
 その瞬間エイゼンシュテインの声が響き、投擲された槍が三体目のARSの動きを封じた。
「……!」
 ヒースの目に光が戻った。
 とどめ自体は三体目に任せるつもりでいたため、一瞬動きが止まった二体目のARSに向かってヒースが全力で刀を振るう。
 その鋭い一太刀に、終始優勢だったとはいえ今回の戦闘で酷使されたARSの銃身にひびが入った。
「もう一撃だぁ……!」
 全身にマテリアルを循環させることで放たれた二度目の斬撃は、遂に銃身を叩き切った。
 あくまでも足止めが目的のARSらは貴重な火器の損傷に動揺したのか、一旦ヒースから距離を取る。
見れば、Charlotteの方もエイゼンシュテインの援護で辛うじて持ちこたえており、仲間の動きに合わせて攻撃を中止したARSが彼女からも離れていくところであった。
「はぁ……はぁ……面目ないねぇ、副長、助かったよぉ……」
 必死に息を整えつつエイゼンシュテインの方を見るヒース。しかし、エイゼンシュテインが置かれた状況を見た瞬間その目は大きく見開かれた。


「どうして……どうしてフロイラインを殺したっ! 答えろ、狂犬!」
 ヒースとCharlotteの活路を開くために、敢えて援護を行ったエイゼンシュテインはその隙に強烈な殴打を受け、アイゼンハンダー義手に掴まれギリギリと締め上げられていた。
 頑健ではあるが細身である彼の身体は今にも義手に握り潰されそうである。
「……先帝は、革命の流血を少しでも抑えることに心を砕いていた。彼女にも選択は与えられていた。恭順か逃亡か。それは決して不当な選択では無かったと私は今でも信じている」
 エイゼンシュテインは口の端から血を垂らしながらも、凄まじい激痛に表情を変えることなく淡々と応じた。
「副長……!」
 そう叫んだCharlotteも、副長を助けようとしたヒースも唐突に気付いた。
 今、二人は彼らハンターの多くがこの依頼で副長に確かめようとしていたエイゼンシュテインとアイゼンハンダーの過去について話しているのだ。
「彼女は恭順も亡命も拒否した」
「だから殺したのかぁ!」
 なおも話すエイゼンシュテイン。激昂したアイゼンハンダーは更に力を籠めるが副長も怯まない。
「彼女はお前の部隊と彼女の家の私兵の混成部隊が、最後まで戦って全滅したことを聞くと、私に処断を要求した。無論、断れば彼女は自ら処断しただろう。だが、彼女は敢えて我々が手を汚すことを望んだ――我々に後世まで革命で流れた血を忘れさせないために」
 それを聞いたアイゼンハンダーは今にも泣きそうな表情になり俯いた。恐らく、彼女は思い出しているのだろう。
 彼女が革命の時、エイゼンシュテインの粛清から守る事の出来なかった旧貴族アーデルフェルト家の令嬢を。
 彼女の大切な友人を。
「……最後だ。何か彼女にいう事はあるか」
 恐ろしく静かな声でアイゼンハンダーが告げる。
「……詫びることは出来ない。ただ、彼女の覚悟には敬意を表し、その咎を受ける」
「ならば、望み通りにぃ――!」
 エイゼンシュテインを掴んだまま、彼を叩き付けようと義手を振り上げるアイゼンハンダー。
 その瞬間、静かな声が雪原に響いた。

「Entschuldigung……」(ドイツ語で『謝罪』つまりごめんなさいの意)


 アイゼンハンダーの進路に先回りすべく単独で移動し続け、ようやく追いついたシルヴィアの弾丸は、義手によって無造作に弾かれた。
『思い出話も結構だがな。少々熱くなり過ぎだぞ。ツィカーデ』
 義手が囁く。
「まだいたか鼠がぁ!」
 アイゼンハンダーは副長を投げ捨てると、一瞬で距離を詰め今度はシルヴィアを捕えて雪原に叩き付ける。
 だが、そこにジェットブーツを使用してメルが必死に追いついて来た。
「待って! シルヴィを放して!」
 凄まじい形相で、睨みつけるアイゼンハンダーに気圧されながらも、メルは必死に言葉を絞り出す。
「私は、メル・アイザックスは旭君や……ともだちの為に、メルとして戦ってる!」
『何事かと思えば、今更自己紹介でも始めるつもりか?』
「機械には聞いてないッ!」
 メルは茶化すように口を挟んだ義手を一喝すると正面から相手を睨む。
「貴方は……アイゼンハンダーは誰ッ!? 貴方が……貴方が昔とても大切なものを理不尽に失って、それはとても悲しいことだと思うッ……でも、だからこそッ! 貴方は何の為に……いえ。誰の為に、何者として戦ってるの……!?」
「知れたことを! 私は貴様ら革命軍を全て打倒し、総司令官ハヴァマール閣下に勝利を献上して帝国に平和を取り戻す!」
 すでに、半ばは歪虚としての本能に汚染されているアイゼンハンダーの返答に悲しげな顔をするメルだったが、諦めずに問い続ける。
「じゃあ、それがあなたの大切な人の望みだと、本当に信じているのッ!?」
「……!」
 一瞬言葉に詰まるアイゼンハンダー。しかし、直ぐに激昂した。
「うるさいっ! お前なんかがフロイラインのことを口にするなぁ!」
 再びアイゼンハンダーはスカートを翻すと、太腿のホルスターにマウントされた金属杭を生身の方の手に嵌めた鉄鋼に装着した。
「シルヴィ!」
 メルの絶叫も空しく、アイゼンハンダーのパイルはシルヴィアを貫いた。
 そして、アイゼンハンダーはシルヴィアを起き上がろうともがくエイゼンシュテインに投げつけるとメルがそちらに駆け寄るより早く踵を返す。
「良く聞け狂犬……私が今、お前を生かしておくのは、お前に私と同じ絶望を味わわせるためだ……! これから私はオルクス兵長やジャンヌ兵長と合流し貴様の部下や傭兵共を殺し尽す……! そして、いずれ絶望したお前を殺してフロイラインに捧げてやる!」
 そして、アイゼンハンダーは先行させていたARSに追いつくべく、その場を去って行った。
「シルヴィ……シルヴィ……!」
 メルは必死にシルヴィアへ呼びかける。
 シルヴィアはその声を聞きながら、アイゼンハンダーが自分に止めを刺す瞬間、彼女に呟いた言葉を反芻していた。

『……Entschuldigung,ich auch』(私も、ごめんね)
 
アイゼンハンダーが確かにそう呟いたのを、シルヴィアは聞いていた。しかし、彼女はその意味を考えることも出来ぬまま、ゆっくりと意識を失っていった。

 この後、浄化キャンプが設置された一帯に到達したアイゼンハンダーは、幾つかのキャンプに甚大な被害をもたらした後、霧幻城へと到着した。

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  • 大王の鉄槌
    ディアドラ・ド・デイソルクスka0271
  • 凶獣の狙撃手
    シルヴィア=ライゼンシュタインka0338
  • 歪虚滅ぶべし
    セリス・アルマーズka1079

重体一覧

  • Pクレープ店員
    真田 天斗ka0014
  • 凶獣の狙撃手
    シルヴィア=ライゼンシュタインka0338
  • ……オマエはダレだ?
    リカルド=フェアバーンka0356
  • 歪虚滅ぶべし
    セリス・アルマーズka1079
  • 大悪党
    神楽ka2032
  • 狂戦士
    バルバロスka2119
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言ka4137

参加者一覧

  • Pクレープ店員
    真田 天斗(ka0014
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 戦地を駆ける鳥人間
    岩井崎 旭(ka0234
    人間(蒼)|20才|男性|霊闘士
  • 大王の鉄槌
    ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271
    人間(紅)|12才|女性|闘狩人
  • 凶獣の狙撃手
    シルヴィア=ライゼンシュタイン(ka0338
    人間(蒼)|14才|女性|猟撃士
  • ……オマエはダレだ?
    リカルド=フェアバーン(ka0356
    人間(蒼)|32才|男性|闘狩人
  • 金色の影
    Charlotte・V・K(ka0468
    人間(蒼)|26才|女性|機導師
  • 「ししょー」
    岩井崎 メル(ka0520
    人間(蒼)|17才|女性|機導師
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 歪虚滅ぶべし
    セリス・アルマーズ(ka1079
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 狂戦士
    バルバロス(ka2119
    ドワーフ|75才|男性|霊闘士
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言(ka4137
    人間(蒼)|21才|男性|機導師
  • DTよ永遠に
    水流崎トミヲ(ka4852
    人間(蒼)|27才|男性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/10/03 06:13:28
アイコン 相談卓
ボルディア・コンフラムス(ka0796
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/10/04 12:49:45
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/10/01 21:39:29