• 聖呪

【聖呪】アン・スピーカブル

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/10/25 19:00
完成日
2015/11/05 19:36

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●グリムの難題
 グラズヘイム王国西方に位置するグリム領は、帝国のような最先端技術も、王都のような賑わいもない田舎の領地だ。豊かな土壌に恵まれたことだけがこの領地の最大の特筆点であり、それをベースに育まれてきた農作物、とりわけ小麦の生産、加工が主な産業となっている。心優しく誠実な領主のもとで、領民は健全な職を持ち、心穏やかに日々を送っていた。

 グリム領に暗雲が立ち込め始めたのは、今から約1年ほど前に遡る。
 突如として勃発した歪虚と人との全面戦争。西荻イスルダ島よりの来訪者──黒大公べリアルの宣戦布告。
 いつしか王都は侵入を許し、そして、王国は蹂躙された。
 その戦いのさなかだ。グリム領主、ゲイル・グリムゲーテが命を落としたのは……。

 グリム領中央に位置する領主グリムゲーテ家の邸宅。
 中でもひときわ広い円卓の間では、今、ある会議が開かれていた。
「エレミア、あれからもう一年だ」
 卓についているのは、領民たちとは明白に異なる身なりの良い者たち。彼らは口々に言う。
「君ひとりが頑張り続けることもないだろう」
「ゲイルが存命の頃よりエレミアが領の統治に尽力してきたことは皆理解している。だが、それにしても、だ」
「才媛と名高い貴女であっても、戦についてはどうにもなりますまい。この時代、求められているのは武勲。当家は武家としての在り方を忘れてはならんのだ」
 開かれているのは、グリムゲーテ家の一族会議。今は亡き前領主でありグリムゲーテ家前当主ゲイルの妻、エレミア・グリムゲーテを中心とした卓に連なる顔は、分家筋の主たちだ。
 彼女たちの目下の議題は……

●Sideユエル
「なぜ、次の当主をお決めにならない」
「当主とは、座に付けば自然に成る、などという類のものではございません。覚悟も意思もない者に渡す椅子などなく、そしてそれを求めるにはエイルは余りに幼い。焦って事を進めても致し方ありませんから、ここは慎重に、と……」
「だが、どのみち子が成人したとて“周囲に動かしてもらわねば”うまくは行かんでしょう。国の中枢では我らが姫君などの例もある」
 ささやかな笑い声。それを制するように“母”の鋭い声が刺さる。
「……殿下への侮辱は、当家への侮辱と同義にございますが」
「とんでもない。ただね、エレミア」
 “聞こえてくる”会話がどこか遠い世界の出来事のように感じられる。でもそれは、現実逃避でしかないことを私は確かに理解していた。
「せめて軍事の取り仕切りを一任できる代理人を立てるべきではないだろうか」
 刹那、扉の向こうから割れんばかりの拍手喝采が巻き起こった。
 その意味を理解した私は、扉の向こうの円卓に集う人々に、自分の存在を感じさせたくはないと縮こまって息をひそめる。自分という存在がとても小さな人間に思え、その惨めさに視界が歪んだ。
「確かに、仰る通りです。私では軍事に関する適切な運用は愚か、現地で多くの戦士を指揮することなどできはしません。ですが、今は亡き当主の遺志をだれより確かに継ぐ娘が……ユエルが、それを務めています」
 エイルが成人し、当主となるまでの間、ユエルにグリムゲーテの軍事を預け、分家に迷惑をかけないように配慮したい──迷いなく告げる母の声に、私の喉が鳴った。それは、嗚咽を飲み込むための行為。
「実際、もう“迷惑”はかかっているんだ。春は東方、夏は国内北部。我らが騎士団も遠征を続けているが、これと言った武功を立てられていないのは事実だろう。挙句、夏のオーレフェルトでは、貴重な覚醒騎士から複数の死者を出した。うち一人はそこの分家筋の末息子だったと言うじゃないか」
「お言葉ですが、クラベルは前当主すら力及ばず破れた強敵です。指揮の不足によるものではないと考えますが」
「そうじゃないんだ、エレミア。みなまで言わせないでくれ」
 シン、と会議室が静まり返る。
「とにかく、本家の意向が絶対であることは我々も理解している。だが、その本家にいつまでもふらつかれていては困るんだ。特に、今は大きな戦があちこちで起こっている。ここで我らがグリムゲーテ家が立ち止まるわけにはいかない。わかるだろう?」
 私は、その言葉に嫌と言うほど聞きおぼえがあった。
「……“悩んでもいい。迷ってもいい。けれど、歩きながらにしなさい”」
「そうだ。我らが王国の剣たれと、亡き先王や王女殿下は望まれているはず。そのために、代々の当主は爵位を与えられていたんだ。子供の経験値稼ぎをしている時じゃあない。今こそ、賜った温情に武勲で報いる時なんだ」
「これは“家”の、ひいてはお前のためだぞ。本家の指揮官に相応しい人物を選び、委ねるんだ」
 そして、それは有無を言わさぬ論調で唱えられた。
「さあ、決断を」

●Sideエレミア
 その時、廊下を走り去る音が聞こえてきた。聞きなれた音、それは恐らくユエルのもの。
 ──扉の外で、話を聞いていたのね。
 そう思うと、心が痛んだ。私は“彼女が相応しい条件を持つ、その理由の一つを分家筋に開示していない”。
 だから、追及される条件のひとつが生まれてしまっている。けれど、今はそれを言う時じゃない。
 これまで黙って傷ついてきた娘たちの為にも、私が強くあらねばならない。
 主人が死んだ時、私はもう十分に、弱みも苦しみも吐き出したのだから。
「お話は理解しました」
 親が子の為にしてやれることは、何か。せめてしがらみのない人生をと、そう願って何が悪いだろう。
「仮に軍事を取り仕切るに相応しい方を見定めるとして、エイルが成人するまでの約10年はこのグリムの本家に駐留して頂くのみならず、我が領の軍事全権をお預けすることになります。当然、これこそ慎重に進めねばなりません。ですから、各家ごと候補者を1名たて、皆で見極めましょう。話はそれからです」

●アン・スピーカブル
 母に置き手紙を残してユエルが舞い戻ったのは王都イルダーナ。その街並みは、いつもと変わらない。
 世界の至る所で命がけの戦いが勃発しているというのに、目の前に広がるのは穏やかな光景。
 今の少女は、体と心に幾分かのズレが生じているように見える。
 ──私……何をしてるんだろう……。
 夏のオーレフェルト攻防戦で偶然黒大公ベリアルの配下クラベルと対峙した時、少女は強く感じていたことがあった。それは、相も変らぬ無力感。
 立ち止まらず走り続けよと、父の教えに従って、がむしゃらに、思いつく限りに手を伸ばしてきた。
 守りたいものがあった。そのためならどんなことだって出来ると思ってた。なのに。
『貴方のように強くなっても、この途方もない無力感は、どうにもならないの……?』
 先日自身が発した言葉を後悔するように、拳を強く握りしめ、首を振る。

 そんなの、強くなってからもう一度考えればいい。
 そうじゃなければ、きっと今ここで、自分の足が止まってしまうことを少女は解っていた。

リプレイ本文

●技

「お初にお目にかかります、グリムゲーテ様。私はシルウィスと申します。お見知りおきを」
 玄関の扉から入りこむ風に流れる白髪を耳にかけてまとめると、シルウィス・フェイカー(ka3492)はふわりと微笑む。それを受け、挨拶を交わすのは依頼人の少女。凛とした声で応じる少女の顔に、笑みはない。彼女が何らか思いつめているように見えることが心苦しくも感じられる。
「“強くなりたい”……最初にそう思ったのは、いつの話だったかしら」
「シルウィスさんにもあったのですか? そう、思った切欠が」
 応じるシルウィスの声は、穏やかだった。
「歳を取ると、大切なことすら思い出せなくなってしまいますね」
 元より優しい目尻をしている彼女の目に、また少し温かみが灯る。そこへ飛び込んできたのは威勢のいい呼び声。
「ユエルー、勉強しようぜ?」
 ひょいっとシルウィスの部屋の空いた扉から顔をのぞかせるラスティ(ka1400)に気づき、
「勉強?」
 ユエルが不思議そうに応じた。
「なんでそんな顔すんだよ」
「ラスティさんが、勉強かぁ……って」
「……ほっとけ」
 やりとりを見守りながら笑うシルウィスを横目に、ラスティはむくれた様子で腕を組む。
「俺は座学とか赤点ギリギリだったけど、今にして思えばもうちっと勉強しとくんだった、なんて思うんだよ」
「大人は、みんなそう言います」
「俺は大人じゃねえよ。でもさ、効果的な戦力の運用方法とか、歪虚の種類・弱点や特殊能力とかの対策……そういったモノを一緒にガッツリ学ぶべきじゃないか?」
 体が追いつかないのなら知識で補える事は山ほどあるだろう?
 正論を説くラスティと、理解できるからこそ大人しく首肯するユエル。
 すると、二人の間に入ってシルウィスがこんな提案をした。
「それじゃあ、授業を始めましょうか」
「「え?」」



「はい、では次の状況です。傲慢の歪虚を1体を相手にこちらは10人。敵の能力は不明。どう攻めますか? ラスティさん」
「遠距離から集中砲火。遠距離の攻撃能力がなければ接近してくるだろ。そこを迎撃……」
「遠距離攻撃、として広範囲へ強制が来ました。“武器を壊しなさい”という命令です。半数が武器を失いました。どうしますか?」
「んだよそれ……殴って黙らせる!」
 ふたりの会話は、聞いているだけで十分ユエルの身になっていたのだが、
「ユエルさんは、どうしますか?」
 師の声に促され、ユエルは息をのむ。
「傲慢の歪虚は、強力な力を持ちますが、反面それを人間ごときに発揮することが面白くないのでしょう。だから、これまでも強制を乱用しなかった。それでも勝てるという傲慢、それが彼らの弱さ。強敵を相手に被害ゼロはありえない。ならば受ける前提で、リカバリしやすい形になるよう敵を御する方法を考えてはどうでしょう。例えば、範囲強制をさせないことが特に大事で……」
 そこまで述べた少女は強烈な不安に駆られた。これまでの戦果から、自分が信じられないのだろう。
「ユエルさん。貴女自身は、どうしたいとお考えですか?」
 シルウィスの意は、決して生温いものではない。
「私は、グリムゲーテの長子として……」
 ──なんて“教科書じみた回答”だ。
 苦みにも似た想いを感じた少年は、少女の声を遮るように手を挙げて制する。
「“かくあらねばならない”ってやつか?」
 途端、少女の細い肩が力み、触れていたシルウィスは理解する。
「それは、貴女自身のしたいこと、とは違いそうですね」
 肩の力は緩まぬまま。察したラスティが「少し聞いてくれ」とユエルに笑いかける。
「俺は、さ。いつも劣等生だった。ユエルとは逆だ。でもさ、だからこそ、強くなりたいと思うんだ。僅かでも」
 少年は悪戯っぽい笑みを浮かべると椅子をたつ。休憩でもいれようぜ、と告げて立ち去る背を目で追うユエルにシルウィスが語りかける。
「立ち止まることが許されないのならば、せめて覚悟を決めて進みましょう」
 今の貴女には、それが見えていない──憚らず告げる恩師の言に、誤りはない。
「“目指す場所”が見えている人間には、逆境をはねのける強さが伴います。だから、貴女が目指す場所を、知って下さい」


●体

 どさ、と中庭の土に甲冑を纏ったユエルが転がった。
 今、この庭では少女を含めたハンターらの模擬戦が行われていた。
「随分とふわふわしてんな。今日はやめとくか?」
「やめません……!」
 文月 弥勒(ka0300)が突き付ける剣を自らのそれで払い、ユエルはふらつく足をこらえて立ち上がる。
 その傍で、ユエルを庇うように誠堂 匠(ka2876)がヴァルナ=エリゴス(ka2651)と打ちあい、繰り広げられるチーム戦のなか少女の戦線復帰を待っているようだ。
「なら、もっと集中するこったな」
 弥勒はぐっと態勢を屈めると、剣ではなく自らの足で少女の両足を払うように蹴りつける。今度こそ、少女は態勢を崩し、そのままくたりと横たわった。
「お疲れ様です。少し、休憩しましょうか」
 ヴァルナが手を差し伸べると、悔しそうな様子のユエルがその手をとって立ち上がった。
「強くなりたい、ですか」
 悲鳴を上げた全身をおして、もたもたと甲冑を外すと、ユエルはヴァルナと漸く顔を向き合わせる。
「はい」
 それは、迷いのない言葉のように聞こえたのだが。
「ユエルさん、こうして得られるのは表面的な強さです」
「表面的?」
「ええ。これだけでは、窮地に陥った際に切り抜けるのは難しいでしょう。自分を支える芯がありませんから」
 ふたりの様子を離れた所から見守っていた匠は、自らも纏っていた甲冑を外し終えると、小さく息をついた。
「……強くなりたい、か」
 目を閉じれば、あの夏の日の光景が浮かんでくる。オーレフェルトで遭遇した歪虚クラベルとの戦い。あの後、少女に打ち明けられた暗く重い本音。
 ──無力さへの焦り、なら……俺にも分かる気がする。
 瞳を開け、武具を片付けると匠は何を言うでもなく、中庭を後にした。少女の涙に込められていたのは、恐らく、自身と同質のものだから。
「ユエルさんはどうありたいのですか?」
 中庭に響くヴァルナの問いは、この合宿において二度目の問いだった。
「初日に、シルウィスさんにも聞かれたんです。同じこと」
「どう応えたんだ?」
 それまで黙って話を聞いていた弥勒が、初めて口を挟んだ。
「グリムゲーテの長子として……そこまで告げたところで、ラスティさんに遮られました」
「そりゃ当然だろ」
 ユエルの顔が強張る。
「んなもん、教科書通りじゃねえか。そこにてめえの意思は在んのかよ?」
 戸惑うユエルと弥勒の間に入り、ヴァルナがなだめるように微笑む。
「確かに、弥勒さんの仰ることは一理あるかと。それがありのままの答えなのか、私も気になりましたから」
 甲冑を外したユエルにそっと触れたヴァルナも、少女の肩に入る力がどうにも不自然なことに気がつく。
「私には、大事なものがあります。それを守りたい……そう願う気持ちは、嘘じゃないです」
「そうですか。……ユエルさん、私は『他者に恥じない自分でありたい』と思っています」
 一呼吸置いて、誇り高い騎士は微笑む。
「私はそう強く想っているから戦えている、とも言えるかもしれません。自分より強い相手と戦うのは怖いですから」
 その時、ラスティの声が中庭に響いた。
「昼飯だってよ!」
 それに促されるように、ヴァルナは思い悩むユエルを残し、館へ戻っていった。
「てめえもよくよく頑固だな」
 最後まで甲冑を着けたままでいた弥勒が、溜息とともに兜を脱ぎ去った。
「守りたいってのは嘘じゃねえんだろうが、本音はほかにもあるんだろ?」
「!?」
 兜の下の弥勒は、(当然だが)いつもの仮面をつけていない。
 ユエルもここまで少年の素顔を見る機会がなかったのだが、素顔を前に言葉が見当たらないようだ。少女を横目に、少年は頬を掻く。
「あんまり見るな。ていうか、そんなことより飯の前にストレッチすんぞ」
「は、はいっ!」
 随分こてんぱんにのされたユエルは、甲冑を着けていたとはいえ、あちこちに痣が残り、掌には潰れたばかりのまめの痕跡が見える。前屈のさなか「いたっ……」と珍しく悲鳴を上げた少女に気付き、仕方がないとばかりに弥勒が後ろに回り、その背を押した。
「お前、ちゃんと食ってるか?」
「……そのつもり、でした」
 メイドに食が細ったと指摘されたことを話すと、弥勒が「だろうな」と呟く。
「お前は強くなりたいなんて言うけど、強さなんて測る物差しですぐに変わるもの、見方を変えればそれを求める心も強さになる」
 想定外に励まされたような気になったユエルは不思議そうに前屈を止める。
「だが、俺なりの解釈を示すなら……そこに一番長く立ってたヤツが、一番強いヤツだ」
「私は、最後まで立ち続けたい」
「なら、飯は食え。身体は全ての基本だぜ」
 小さな笑い声が、中庭に響いた。

●心

「あれは……?」
 偶然早く起きてしまった日、誰もいないはずの中庭で型稽古をする桃色の髪の少女がいた。
「おはようございます、エステル」
 稽古の合間を見計らって声をかけると、エステル・L・V・W(ka0548)はユエルがやってきたことを知っていたかのように、余裕の表情で応じる。
「おはよう、ユエル。わたくしのこと、見ていてくれたのね」
 これまでのエステルはというと、陽が高くなればメイドと茶をのみ、“なんとかたるもの常に優雅たれ”を地で行くとしか思えない様子だった。だがしかし、今見た姿はそれとは異なる。目立つ彼女が、こんなにも目立たない所で鍛錬していると思うと、その努力に頭が下がる思いがした。
「ねえ、エステル。強くなるって……本当はどういう意味なんだろう」
 今さら訊くに訊けないことを恥ずかしそうに問う少女の手をとって握りしめると、エステルは真っ直ぐ目を見てこう言った。
「あのね、ユエル。わたくし、強くなるって、我慢しなくてよくなることって思ってたのよ。でも、ほんとは違ったの」
 いつもの彼女がいつものように言う強引な論説。それも、今日はほんの少し、雰囲気が違って聞こえた。
「ほんとに強くって自分の心を守れる人って、ほんとは誰よりもいっぱいいっぱい我慢してるの。それでも笑うの。自分のしたいことだから」
「エステルは、なにかを我慢しているの?」
 その問いに、少女はにこりと笑うだけ。
「お友達の為にわたくしは昔、初めて我慢したの。それからずっと我慢してるの。それを教えてくれた子達の為に」
 理解できずに困惑しているユエルを、困惑したままで構わないと包み込むように少女は言う。
「それを、貴女にもあげたいの」
「それって、なに?」
「あのね、ユエル」
「?」

「貴女を愛してるわ!」

 おりる沈黙も意に介さず、当のエステルは極上の笑みを湛えている。
 言われたことの意味は解るのだが、どうしてそうなったのかがユエルにはよく解らない。
 でも、嬉しくないわけもなく、少女は耳を朱に染めて「ありがとう」と消え入るように応える。
「いい、ユエル。それを知ってれば、貴女は絶対に無敵よ!!」
「それって」
「愛、よ!」
 だけどまだユエルがそれを理解することは難しいようだった。



 一方、その頃。
 ある青年が、使用人から情報を手に入れる。それは、グリム領の状況。そして……
「元々旦那様はあの日お嬢様を次の当主にするご予定で呼んだのではなかったそうです」
「そのこと、ユエルさんは」
「いいえ。あの日歪虚騒ぎがあったとかで、あれ以降情勢が落ち着くまでは話を見送ると申していたのですが」
 そのまま、情勢は落ち着くことがなく、当主は亡くなった。
 曰く、相続に関するゲイルの書状があったはずだが“それがない”ことが後の混乱を招いた一つの理由らしい。



 最終日の夜。鍛錬を終えたユエルが、夕食の後片付けを手伝っていると……
「次はこの皿?」
「匠さん!?」
 やってきた匠がユエルの洗った皿を受け取って拭き始めたものだから、周囲のメイドが慌てふためいた。
「いいんだ、これも最後だから。毎日、美味しいご飯をごちそうさまでした」
 微笑む青年を前に、顔を赤らめたメイドは「とんでもありません!」と言い残すと、その場を辞して行った。
「この10日間、お疲れ様」
「とんでもないです。ご指導ありがとうございました」
 礼を述べたユエルは、肩の力を抜いてこう続ける。
「初日に匠さんに訊かれたこと……今、お話してもいいですか」
「ああ。人と話すことで、整理できることもあるから」
 そうして、少女は今回の依頼の経緯をぽつぽつと話し始めた。
 守りたいと思ったものを、守り方を履き違え、母に故郷に騎士団に様々に負担をかけてしまったこと。
 だからと言って自分がここから引いてしまったら、それは逃げただけに過ぎないのではないかということ。
 “敗戦処理”を他人にさせるなんて、到底出来ないこと。
 そして、自分が母にとって自慢の娘で在りたいということ。
 だから、あらゆる意味で“強く”なりたいのだと。
「匠さんには、“共感”……いえ、解って頂けるんじゃないかって」
「どうだろう。でも……解る気はする。俺も、未熟だから」
 拭き終えた皿を重ねながら、匠が言う。
「為したい事があるのなら……その時の、今の自分を活かすしかない」
「こんな私が、活きること?」
 マイナス思考を打ち消すように、青年が首を振る。
「今の自分を知ること。相手を知ること。そして……“考える”こと。ユエルさん、貴方の強みは何だろう?」
「私の……」
 すっかり自信を失っている様子の少女を見かねたのだろう。匠の発言は、前向きで温かかった。
「それを、考えることも大事だと思う。それともう一つ」
 皿を仕舞うと、匠は振り返り、
「何度も聞かれただろうけど、これが最後だ。ユエルさんは、どうしたい?」
 そう言って、匠は就寝の挨拶を交わし、部屋へ戻っていった。
「どうしたい……か」

●真意

「本当に、ありがとうございました」
 最後の見送りの時のこと。
「皆さんから訊かれたこと、ずっと、考えてました。どうしたいのか、って。教科書通りでない、私の本音」
 憚るように一度目を伏せ、けれどユエルは覚悟を決めて口にした。
「私は、逃げたくなかったんです。子供であること、女であること、貴族であること、長子であること、そして歪虚に父を殺されたことからも」
 そして、ユエルは宣言した。
「だから、私はクラベルを倒します。私も家族も騎士団も。あの日、あの時からずっと時間が止まったままです。だからお父様の、そして彼女と相対した“皆様の因縁”は、私が必ず、片を付けてみせます。前に、進むために」
 ──だからどうか、朗報を待っていてください。
 クラベル討伐戦線に立つことの出来ないハンターたちの思いも背負うと、そう申し出た少女は、強い想いを抱いて戦地へと赴いて行った。

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MVP一覧

  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒ka0300
  • 黒の懐刀
    誠堂 匠ka2876

重体一覧

参加者一覧

  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒(ka0300
    人間(蒼)|16才|男性|闘狩人
  • その名は
    エステル・L・V・W(ka0548
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • all-rounder
    ラスティ(ka1400
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • 黒の懐刀
    誠堂 匠(ka2876
    人間(蒼)|25才|男性|疾影士
  • 平穏を望む白矢
    シルウィス・フェイカー(ka3492
    人間(紅)|28才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓:教えて☆ユエルちゃん
エステル・L・V・W(ka0548
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
アイコン 相談卓:強きとは何ぞや
エステル・L・V・W(ka0548
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2015/10/22 21:49:16
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/10/22 23:35:22