死色悪鬼

マスター:楠々蛙

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
8~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/11/11 19:00
完成日
2015/11/21 18:35

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 とある町に、馬に騎乗した瀕死の男が訪れた。
「……村が、俺、達の村が……襲わ、れた」
 彼はそう告げると、息絶えた。

「惨い……」
 同盟国陸軍の兵達は、襲撃を受けたという村落に辿り着くと、そこに広がっていた惨劇の爪痕を見て眉間を顰めた。
 死屍累々。老若男女、区別なく。村人の死骸で築かれた、屍山血河。
「これは、刀傷……か?」
 大尉の階級章を身に着けた派遣隊の長は死体に刻まれた裂傷──村の襲撃の報をもたらしたという男の背にもあったものだ──を見て、滑らかな切り口からそう判断する。別の死体を見れば、その肢体を矢が貫いていた。これで襲撃者の候補から獣という線が消える。ゴブリンなどの好戦的な亜人という可能性も薄い。切り口が綺麗に過ぎる。彼らが扱う様な粗末な武具、そしてその技量でここまで鮮やかな切り口を残せるとは思えない。
 だとすれば残る可能性は──、例えば武芸者が寄り集まった盗賊か。
「いや、違うな」
 この惨劇を繰り広げた者がそういう類の集団であれば、この光景には違和感が残る。老若男女区別なく、その死体の構成に。
 こんな善性の欠片も見当たらない所業を犯す者達が、女子供をただ殺す様な真似をするだろうか。程良い温もりを持った柔肌を、一刃一矢の元に冷たい死体に変える様な真似を。
 この惨劇の中には、そういう歪んだ欲望が欠けているのだ。ここにあるのは、徹底した殺意と、純粋な悪意。飼い犬や家畜までもが斬殺されているのだから、恐れ入る。
 考えられる襲撃者の正体は、生命無き死の世界をこの世に現界させんとする──歪虚。それも、武芸者の骸を贄とした歪虚。
「まあ、憶測に過ぎないが」
 そう、憶測に過ぎない。断定できる程の材料はない。
「た、隊長……」
 しかし、正答が示されたなら憶測も何もない。兵士の一人が、村の奥を見詰めて固まる。その表情にあるのは、恐怖。生命が最も恐れる、死に対する根源的な恐怖。
 兵士が見詰めるその先にあったのは、四つの人影。否、人の形を保った異形の者。
 武者鎧、だろうか。彼らは東方の戦士が纏うと言われる、特徴的な甲冑を身に着けていた。そして更に、特筆すべき点が二つあった。
 彼らはそれぞれ、色彩の異なる鬼面を着けていた。
 蒼、朱、白、玄。
 そして、それぞれ異なる武具を携えていた。
 大薙刀、和弓、双刀、野太刀。
「……各員備えろ。来るぞ!」

 まず、先に動いたのは大薙刀を構える、蒼鬼。
 蒼き鬼面の武者は長大な得物を構えながら、手近な兵士を目掛けて烈震の踏み込みで迫る。その勢力は、歩く死体に成り果てているとは思えない、達人のそれ。殺意の対象となった哀れな兵士は、その動きに対応できず、振り下ろされた大薙刀の刃に脳天から股間までを掛けて両断された。
「貴様ぁ!」
 味方の仇討ちとばかりに、他の兵が斬って掛かる。応じる蒼鬼は、袈裟切りの軌道を描く長剣を、旋回させた長柄で絡め取る。得物を絡め取られ姿勢を崩した兵の頭部を、遠心力を乗せた石突が叩き砕いた。単純な薙刀術だけではない。長柄武器を扱う武芸者の当然の作法として棒術までも極めている事は、その手並みから明らか。

 次手を放ったのは、民家の屋根に立つ朱鬼。
 弓張り月より放たれた矢は、兵士が身に着けた鎧を易々と貫通し人肉に突き刺さる。そしてそれは、一矢だけに留まらない。連射に次ぐ連射。秒間にして二連射。秒針が三度動く間に、六人の兵を屠ってみせた。
 神速にして、必殺。一矢一矢が非覚醒者を一撃の下に終わらせる、超連射。

 二体の悪鬼が振るう猛威に兵達が混乱を来す中、その真っ只中へと白鬼が斬り込んで行く。させじと弓兵達が矢を射るが、飛来する矢の悉くを左右に広げられた双刀──打刀と脇差の二刀が払い除ける。
 矢幕を突破した白鬼は、白兵戦で応じようとした兵士の初撃を脇差で容易くいなすと、打刀で喉元を裂く。
 裂傷から心臓の脈動に合わせて血泉を噴き上げる味方を、死角として利用した兵の刺突が白鬼に迫る。しかし白鬼は、突き込んで来る刀身に脇差を絡ませ跳ね上げると、打刀の鋒を兵の喉に突き入れた。
 二刀流の真骨頂、攻防一体。攻と防を同時に成立させる二刀の構え。そしてその構えが可能とする、後の先こそが二刀流の奥義。これを攻め崩すのは容易な事ではない。

「力量に差があり過ぎる。止むを得ん、退け!」
 ただ損害だけが増えていく中、隊の長足る大尉が撤退の指揮を下す。が、
「しかし、奴らに背を向ければ……」
 今撤退するという事は、悪鬼達の前に無防備な背中を晒すという事に他ならない。そしてそれは、大尉とて百も承知の事の筈。それでも彼は尚指揮を変えない。
「構わん、退け。……案ずるな、殿は私が務める」
 長剣と盾を構えて、隊唯一の覚醒者である大尉が、悪鬼達の前へと立ち塞がる。
「なっ、それは承服致しかねます!」
「我々の任を忘れたか。敵戦力の報を持ち帰る事が何よりも優先される。ならば、今、お前達が何をすべきかわかるな」
「しかしっ」
 尚も逡巡する部下に、大尉は背を向けたまま、
「早くしろ。……私も英雄などではないのでな。早くして貰わねば、覚悟が鈍る。それとも、お前達の上官は、背中を任せるに足らぬ男だと言いたいのか?」
「……いえっ、了解しました!」
 村の入口付近に留めてある騎馬へと向かう部下達を、背中で送った大尉は、地に転がった村人の、そして部下達の骸を一瞥すると、剣先を悪鬼達へと向ける。
「好き放題にやってくれたものだな、死人共。生者の意地というものを、その腐った目玉に刻んでやろう」
 静かな咆哮に応える様に、先ず仕掛けたのは白鬼。先程は守勢に主眼を置いていた型を、攻勢に切り替えて斬り掛かる。それでも、常に守りに割く手を残してはいるが、しかし、だからこそ双刀の攻めを長剣一本で凌ぎ切る事を可能とさせた。
 とは言え、人心地吐く暇はない。大尉は、盾を掲げて飛来した矢の雨を迎える。一矢一矢が重い、骨身に響く。
 更に続けて、大上段から振り下ろされた大薙刀の一振りを再び盾で受ける。盾が軋み、血が染み込んでぬかるんだ地面に足が沈んだ。押し込もうとする薙刀を振り払って、大尉が構えを取り直したその時、

 ──蹄鉄の音が響いた。地獄の底から木霊す様な、死の足音を思わせる不吉な音色が。音源へと目を向ける。そこに居たのは、こちらを目掛けて駆けて来る黒馬。その両眼にあるのは仄暗き穴、そして太い首には裂傷が刻まれていた。
 嘶き一つ上げない盲目の黒馬に跨るは、野太刀を構えた玄鬼。
「づあぁぁあ!」
 大尉は損耗した盾を投げ捨て、長剣を両手で握り締めて、人馬、否、鬼人屍馬を迎え討つ。
 騎兵と歩兵、その一合の幕は、
 …………。
 一つの首と長剣が地に転がる事で降ろされた。しかし、
 玄鬼が自馬の大腿部を見下ろす。そこには筋まで届く斬撃の痕が刻まれていた。

リプレイ本文

 歪虚武者に襲撃されたという村落の入口付近へと、一行は辿り着いた。まだ討伐対象である歪虚の姿は見えない。しかし、
「……これはねぇだろ」
 おそらく歪虚達から逃れようとしたのだろう、断末魔の表情に強張ったまま背を矢で貫かれた村人の死体が点々と伏している、
「仕事柄な、そりゃ色んな現場を見たさ。けどこれは……、あぁ、ねえな」
 地獄の一端が開かれた様な光景を見て、龍崎・カズマ(ka0178)は込み上げる感情を、呟きとして発露する。
「……よくもまあ、これだけ殺したものよね。百人殺せば英雄だっけ? 嘘っぱちよね。英雄ってのは、こんなんじゃないでしょ」
 奥に進めば進む程に、死臭が濃くなってゆく死の村落を見渡して、レイン・レーネリル(ka2887)もまた同様に呟いた。
「これは酷いね。命を落とした人達の為にも、ここで討伐しないと」
 レインの傍らを行くルーエル・ゼクシディア(ka2473)が、性別を取り違える容貌に、死者への哀悼と歪虚への義憤を浮かべる。
「確かに、俺が思う『英雄』とは程遠いぜ。こいつはまさしく、“悪鬼”の所業ってやつだな」
 ボルディア・コンフラムス(ka0796)が、昔想いを馳せた英雄譚を思い出しながら辺りの惨劇を眺める。この光景を作り出した者は、確かに憧れを抱いた彼らとは似ても似つかない。これは寧ろ、英雄に退治される側の悪行だ。
「もしかしたら、生前は英雄と呼ばれるに値する連中だったのかもしれないけどな。今はただ、殺すだけしか能のない亡霊共ってわけか。これ以上犠牲を出さない様に、ここで始末を付けないとな」
 柊 真司(ka0705)が、改めて依頼達成の重要さを認識する。
 もしもここで歪虚武者を討ち損じれば、それはつまり、この地獄の再現を許容するという事に他ならない。それだけは、決してあってはならない事だ。
「それは俺も同意するが、しかし、報告通りであれば、そう簡単に行かせて貰える相手ではないだろうな。突破口は、数の利といったところか」
 内心はどうあれ、表面上はあくまでも冷静に、ロニ・カルディス(ka0551)が、帰還した同盟軍からもたらされた敵の情報と、こちらの戦力とを秤に掛ける。
 仮に一対一の戦闘を想定した場合、どんなカードを組んでもあちらに軍配が上がるだろう。
 二対一でようやく五分。いや、高く見積もっても四:六でこちらが不利。こちらが優位に立つ為には、少なくとも三人で掛からなければならない。故に、一行の戦略はまず敵中最も脅威となるであろう玄い鬼面の歪虚武者に四人の戦力を当てつつ、残戦力を二人三組に分けて他の歪虚武者の封じ込めを行うというもの。
 セオリー通りではあるが、確かに最善の策だろう。
「強い敵、良いじゃないですかー。僕としては望むところですよ?」
 葛音 水月(ka1895)は、難敵との戦闘を前にしながら、童の様な笑みを浮かべる。
 この地獄の中で見る無邪気な笑顔は、見る者によって感情を量る心の秤が壊れている印象を与えるが、しかし、この状況で平常心を保つ為には、そうでなければならないのかもしれない。
「拙者としても、武芸の勝負は歓迎でござるよ。命を懸けての殺し合いとなれば、尚の事良し。最早文句の付け様もないでござろう」
 藤林みほ(ka2804)もまた、笑みを浮かべる。しかし、彼女の好戦的なそれは例外だろう。
 そもそも、リアルブルーの歴史に刻まれる二度目の世界大戦──銃火と砲弾が横行する近代戦闘真っ只中を、長弓とクレイモア──地雷の事ではない。驚くべき事に剣である──で切り抜けた、どう考えてもフィクションから抜け出たとしか思えない、軍人というよりはただの戦闘大好きっ子を目標としている者が、こと戦場において真っ当な感性を発揮するとは思えない。
「武芸者の歪虚か。連中も手段を選んでは居られないと見える。同じ武道を志す端くれものとして、その冒涜、正さぬわけにはいくまい」
 榊 兵庫(ka0010)が慮るのは、歪虚とされた武芸者の遺志。生前の彼らが斯様な人と為りをしていたか知る由もない。が、彼らも同じ武芸者であったのなら、ただの殺戮器械となった現状に対して、思う所はあるだろう。無論それは、彼らにまだ心と呼べるものがあったならの話だが。
「おでましか」
 幾らか村の奥へと進み、村中央の広場が見えた所で、そこに陣を張る四体の悪鬼の姿を一行が見咎める。と同時に、これまでの道程と比べても尚、濃い死で満ちた地獄が視界に飛び込んで来た。
 屍が積み上がり山を成し、血が流れ出て河を成す。
「っ……!」
 暴発しそうになる感情を押し殺す様に、ヴァイス(ka0364)が全身に力を籠める。彼は一つ呼気を吐き出すと、努めて冷静さを保ちながら、味方に向けて呼び掛ける。
「では手筈通りに、皆やるべき事をやるとしよう」
 一行は、各々の標的を見定めて散開した。



 敵の分断という一行の策は、結果として最良の形で成った。歪虚武者達に生前の思慮があれば、戦力分散の意思を見破っただろうが、今の彼らは血に飢えた悪鬼でしかない。誘導は容易かった。
 玄鬼を誘き寄せたのは、柊、藤林、ルーエル、レイン。こちらの戦力を最も傾けた組だ。彼らが如何に速く玄鬼を攻略するかによって、全体の戦況も推移する。
 蹄鉄が独特のリズムを刻む。四人を目掛けて駆ける屍馬に跨った玄鬼が、野太刀を最上段に構える。揺れる鞍の上でも、その泰然とした構えはぶれる事なく、その出で立ちはまさしく、人馬一体。
 迎えるは、扇状に広がる猛火、白煙上げる忍び道具、三条の光線。炎壁が屍馬の軌道を、白煙が玄鬼の視界を阻む。しかし、
 ──蹄鉄の音が響く。
 白煙を突き破る、玄い影。生無き黒馬の鬣を残火が彩り、掲げる刀身が焔の揺らめきを映す。その威容は、さながら地獄からの使者だ。
 馬力を乗せた野太刀が、藤林を襲う。すんでの所で回避し、刎頚の軌道を描く刀身を、肩口で受ける。致命傷は免れたが、裂傷は浅くはない。
「大丈夫!? すぐに、回復するから」
 ルーエルが治癒魔法を施し、藤林の肩を淡い光が覆った。
「ふふふ……、アハハハハハ!」
「だ、大丈夫?」
 突如哄笑する藤林を、不安気にルーエルは覗き込む。……頭を打ったりはしていない筈だが。
「いや、かたじけない、ルーエル殿。問題ないでござるよ。ある筈もござらん。死を紙一重に感じる極限の闘争、これ以上の歓喜がござろうか。さあ来られよ、鬼と化した武者よ」
 左手に手裏剣を握り、右手に小太刀を逆手に構えて、藤林は闘争の愉悦に打ち震える。
「忍の手練手管、とくとご覧あれ」
 隠形の身より繰り出すこの絶技、眼で追う事ができるというのなら。



 蒼鬼と対峙するは、榊とボルディア。
 三者が振るう得物は、三本が三本とも長柄。しかし、三人の主達の間で火花を散らす矛先は、三本三様だ。
 大薙刀、十文字鎗、ハルバード。
 それぞれ異なる形状をした矛先が閃く中、やや遅れを取るのはボルディアが握るハルバード。
 無理もない。榊、そしておそらく蒼鬼の素体となった武者も、その半生をその一本の武器に捧げて来た、まさに達人と称するに相応しい技量の持ち主だ。ただ一つを極める事を不得手とするボルディアが、彼らに追い付くのは至難。
 それでもボルディアがこの戦闘に追い縋る事を可能としているのは、不得手を呑み込んだ上で掲げる彼女の得手、それを支えとして積み上げた彼女独自の戦闘法だ。
 ハルバードの持つ二つの特性──斧と鎗、それを戦況に応じて巧みに使い分ける事で、蒼鬼の薙刀術を翻弄する。基本は遠心力を乗せた斧で斬り込み、必要に応じて体重を乗せた鎗を突き入れて、敵のリズムを乱す。
 呼吸を狂わされる事を嫌った蒼鬼が、薙刀を振り払い榊とボルディアを退かせて、戦況を仕切り直す。
「おいおい、どしたよ。まさかもう終わりじゃないだろうな。地獄の子鬼を相手にするのは退屈だったから、わざわざ蘇って来たんじゃねえのか? 折角楽しくなってきたところなんだ、お楽しみはまだまだこれからだろ」
 ハルバードを構え直しながら、ボルディアが煽る様な台詞を蒼鬼に投げる。
 轟、とその全身を火炎が包み、更に激しく燃え盛る炎は天高く立ち昇る。幻影の火柱は、宿主へと次第に集束し、消滅。ボルディアを覆う赤黒い幻炎が、より一層激しさを増す。
「あたしはまだまだ、燃え足りねえぜ?」
 不敵な笑みを浮かべるボルディアに、薙刀を上段に構える歪虚武者が返すのは、沈黙。黙したまま、蒼鬼は烈震の踏込を、地に打ち付ける。
 薙刀の間合いに捉えられたボルディアは、瞬時に後方は死路と判じた。避ける事が叶わない長柄の一撃。ならば──活路は前進あるのみ。
 敢えて前に出て、遠心力が矛先に乗る前に、蒼鬼の一撃を受け止めた。長柄の死角──懐に飛び込む事によって、敵の攻めを封じる。が、それは並の使い手にだけ通用する常識。
 蒼鬼は、薙刀を操る技を即座に棒術に切り替え、超接近戦に応じる。
「ちっ──」
「俺の存在を忘れてはいないか?」
 犬耳を生やした赤髪に石突を振るおうとした蒼鬼を十文字鎗が急襲する。大上段から落ちる一撃を蒼鬼は後退して回避する。
「助かったぜ」
「気にするな、お互い様だ」
 ボルディアの礼に応じながら、榊は己と蒼鬼、双方の得物の間合いを分析する。
 得物の長さ自体は、同等。しかし、互いの得物が持つ性質の差が、攻め手の間合いに影響を与える。
 薙刀は払いに、槍は突きに主眼を置く。
 間合いにおいて、腕の伸びが命とされる突きに軍配が上がる事は語るまでもないだろう。無論、薙刀術にも突きの型は存在するだろうが、刺突技の冴えは、槍術に比べて数段落ちる。ならば、突破口は一つ、
 蒼鬼を誘き寄せる際初手に放った、榊流『狼牙一式』。
 奇しくも、蒼鬼と同じ突撃技。突撃技のぶつかり合いともなれば、肝要となるのは間合いの摺り合い。踏込まで含めた蒼鬼の間合いを正確に見極めた上で、自分の間合いとの差を測って、激突点を摺り合わせる事だ。
 榊は摺り足で蒼鬼との間合いを微調整しながら、榊流槍術の型を構える。
「……相手が悪かったな。生憎と、ガキの頃から槍の扱いを叩き込まれている。長柄の使い手として、互いの技量を比べ合おうか」



 屋根に陣取る朱鬼を相手取るのは、龍崎とロニ。
 朱鬼もまた、要警戒に値する敵戦力の一つ。長射程、高威力を誇る弓矢の名手を野放しにすれば、他の三組の味方を危険に晒す事になる。
 二人が取った戦略は、後衛に立つロニが放つ飛影による援護を頼りに、龍崎が接近するというもの。和弓以外、朱鬼の武装は確認できない。ならば、接近戦を仕掛けるが吉。
 それは朱鬼もまた承知の事。生ける屍と化した彼らに、戦略的思考と呼べるものはないようだが、それでもその身体に刻まれた戦術は魂を失っても尚消えていないらしい。
 己の武芸の強みと弱みは、誰よりも理解しているのだろう。朱鬼は急接近して来る龍崎に向けて、超速連射の矢を見舞う。
 機械式の盾を掲げて、龍崎は矢雨を迎える。駆動するモーターが衝撃を殺してくれている筈だが、それでも尚、盾越しに伝わる矢撃の重さに龍崎の足が止まる。
 弦に矢を番え、鏃を龍崎に向けた朱鬼を、
「ほんの手慰みに過ぎないが、射撃戦にお付き合い願おうか」
 振るわれた大鎌から放たれた影弾が叩いた。
 射撃を中断された朱鬼が頭を振るい、標的を変更。まずは後衛を潰さなければ、前衛接近の阻止も満足には行なえまい。
 襲い来る幾本もの矢撃を、ロニは自身を遥かに上回る大鎌で迎撃。小柄ながらもドワーフ特有の膂力で以って長大な得物を振り回し、連なる矢を払い落す。が、虹の軌跡を残す刃を掻い潜った矢が、ロニの身体に突き刺さった。
 鏃に肉を抉られる痛みに呻きながら、しかしロニは、微笑を零す。自分に敵意が向けられるのは、望むところだ。それでこそ、援護の役目を果たせるというもの。後衛に敵意が向けば、その分前衛がフリーになる。

 龍崎は駆ける。早く、速く、何よりも疾く。
 疾影士の本領を発揮して、龍崎は血濡れた大地を駆け抜ける。想定以上の急加速に、朱鬼が鏃を向けるが、飛来する矢撃はその影すら捉えられず。最高速に達した疾影士の脚力は、朱鬼の照準速度を遥かに上回った。
 速度を維持したまま屋上に上がる為に、龍崎は盾を槍に持ち替ると、石突を地に刺し棒高跳びの要領で高く跳ぶ。
 屋上に着地した龍崎は、跳躍の際に足を絡ませて跳ね上げた槍を受け止めると、その穂先を朱鬼へと向ける。
 和弓を握る悪鬼と対峙した彼の脳裏を、村の入口で鏃に背を貫かれた骸が過った。
 生物が自分以外の何かを殺す事は理解できる。自分の得の為、他者を襲う事はあるだろう。だが、今目の前に立つ悪鬼の所業は、断じて違う。
 この村落に顕現した地獄に、生の欲望は存在しない。
 生者の存在を認めない、生きとし生ける者全てを殺せ。そのたった一つのプログラムが、ここに地獄を呼び出した。
 この惨状を作り出した者に、怨み辛みを覚えるのは筋違いなのかもしれない。それは凶弾を吐き出す銃に復讐を誓う様なものだ。銃はただ役割を果たしただけであり、それ以上でもそれ以下でもない。
 だがそこまで理解していても、龍崎の胸中でとぐろを巻くその感情は消えない。否、消してはならない。生を持たず、ただ死を与える存在を認めない、その信念を貫く為に。
「さあ、やろうぜ、死神。お前は俺の生存を認められない。俺もお前の存在を認められない。ならお互い、殺るこたぁ一つだろ?」



 双刀を構える白鬼と切り結ぶのは、ヴァイスと葛音。
 白鬼の正面から斬り込んだのは、大剣を携えるヴァイス。朝焼けの輝きを放つ両刃の刀身が、上段から白い鬼面を目掛けて振り下ろされる。
 脳天割を放つ両手剣に、脇差の反り返った刀身が絡み付く。
 猫科の動物は、しなやかな体躯を以って落下の衝撃を受け流す。白鬼もまた、脇差の反りを駆使して大剣の軌道をずらしつつ、後方へ回避。
「いっきますよー♪」
 後退した白鬼に、葛音が斬り掛かる。
 無邪気な殺意を纏った白刃が閃く。低姿勢から放つ斬り上げの初太刀は、脇差に掬われ様にして跳ね上げられる。しかし、葛音の攻めは終わらない。跳ね上げられた刀身を反転して、袈裟切りの斬撃を落す。その斬撃もまたあらぬ方向へいなされるが、その度に翻った刃が白鬼を襲う。
 連撃に次ぐ、連撃。葛音の機械刀と、白鬼の脇差が重なる度に紫電が散り、両者を蒼白い輝きが照らす。
「おっとっと」
 数合の立ち合いの末、葛音の体勢が揺らぐ。視界の隅で打刀が動くのを見て取った葛音は、仰け反った体勢を無理に戻そうとはせず、寧ろその動きの赴くままに背を反らせた。

 鼻先を掠め過ぎて行く刀身を、葛音はやけにゆっくりと知覚した。自分の瞳孔が収縮する様が白刃に映るのをはっきりと見て取り、背筋がぞくりと凍り付く。

「────っ!」
 体感時間が戻った直後、葛音は思い切り地を蹴って、背転。二度、三度と片手で倒立背転を繰り返して、白鬼との距離を取り、小筒を抜き取る。
 照星も何もない無骨な魔導拳銃から放たれるは、鵺──トラツグミに似た風切り音を上げる弾丸。
 身を沈めてそれを回避してのけ、追撃を掛けようとした白鬼を、
「やらせん!」
 大剣による横薙ぎの斬撃が襲う。
 白鬼が脇差で応じようとするが、衝突の直前に斬撃が打撃へと転化。ヴァイスが大剣を回転させ、両刃ではなく剣の腹による打撃へと切り替えたのである。
 超重量による打撃技は、戦鎚のそれと何ら変わりない。さしもの白鬼も、脇差の刀身で受け流す事も叶わず、瞬時の判断で双刀を交差して応じる。正面からまともに受けた衝撃に押され、白鬼の体勢が揺らぐ。
 白鬼は転倒しそうになる鎧姿を立て直そうとはせずに、横転の勢いへと転換。ヴァイスとの距離を取り、彼の間合いの外へ出た所で立ち上がって双刀を構え直す。
「大丈夫か? 水月」
「うん? 僕は大丈夫ですよー? へいちゃらですー」
 ヴァイスの呼び掛けに対し、未だ残る背筋の寒さを振り払う様に葛音は笑顔を作る。そしてそうした後には彼自身、その心の震えを忘れていた。口端を歪めた途端に、彼の心中を「愉しくて愉しくて仕方がない」という感情が満たして行く。
「そうか。……それより気付いているか? 奴の構え、攻め重視の時と、守り重視の時とでは違いがある様だ。攻める時は右手の打刀が前に出るが、守りの時は左手の脇差が前に出ている」
「ほーほー、それがわかっただけでも随分と楽になりますねー」
「ああ、そろそろ良い様にあしらわれるのも、飽きて来たところだ」
「それじゃあ、始めるとしましょうかー」
 愉しい愉しい、殺し合いを。



「……っ、なんつー威力だよ」
 擦れ違いざまに斬り付けて来る野太刀の一撃を盾で受けた柊が、盾越しでも尚苛烈な衝撃に苦痛の表情を浮かべる。
「何アレ、キッツイね。ヤバいとも言う。ありったけ撃ち込んでんのに、何で倒れないのよ」
 デルタレイを全弾撃ち尽くしたレインもまた、疲労の色を隠せない。
「力も強いけど、頑丈さも侮れないみたいだね。早く倒して、他の皆の援護に回らないといけないのに」
 パイルバンカーの杭を射出可能状態に戻しながら、ルーエルが焦心を露にする。
「しかし、その頑丈さもそろそろ打ち止めといったところでござろうな」
 藤林が、旋回してまたこちらへと馬首を向ける玄鬼と黒馬を見遣る。彼女の瞳に映る、鬼人屍馬に無事な箇所は見当たらない。
 玄鬼の鎧には光線に穿たれた跡が幾所にも見られ、表面は熱波によって溶解している。彼の騎馬もまた、全身の皮膚は爛れ、四足には小太刀による裂傷が幾重にも刻まれている。杭に開けられた傷穴の奥には白骨が窺えた。
 満身創痍という表現でも生温い。その様相は、何故未だに殺意を失わず動いているのかわからない程だ。
「きっと生前は、天地揺るがす武芸者だっただろうね。その武芸には、きっと何かしらの信念があったのかもしんないけど──」
 何度も野太刀を構える玄鬼を見て、レインが呟く。
 例え瀕死の傷を負おうとも、闘いへと身を投じようとするその姿から生前の勇猛を思い浮かべる事は容易い。さぞかし名を馳せた戦士だったのだろう。ともすれば、英雄と呼ばれる程の。
 しかし、今となっては心を失った悪鬼に過ぎない。人心を失った悪鬼が振るう技を、最早剣術などと呼べようか。
 殺人剣に活人剣、双方に脈絡と受け継がれて来た思想を何一つ持ち合わせていないそれはもう──
「けどもう、アレが振るっているのは、ただの暴力じゃない」
 死人には届かずと知りながら、それでもレインは告げた。
「もう終わらせよう。皆の為に、そして彼らの為にも。……何とか足を止めて見せるから、後はお願い」
 一つ呼吸を整え、決意を赤い瞳に宿らせながら、再び駆けて来る人馬一体の歪虚を、ルーエルは見据える。
 白い首筋から電子基板状のラインが現れ、黄金の輝きを放ちつつ目元まで伸びて行く。
 人命を摘み取った歪虚に対する怒り、悪鬼に身を堕とされた武者への哀れみとが混同した複雑な感情を乗せて、ルーエルは鎮魂の歌を紡いだ。
 歌声の圏内に踏み込んだ馬脚が、目に見えて遅くなる。
「御意」
 得物を鎖鎌に持ち替えて、藤林が疾駆。彼女は分銅を歪虚馬の右前足に絡ませると、歪虚の周囲を時計回りに駆け回る。
 鎖を右後足、左後足へと順に絡ませ、鎖を手繰り寄せた彼女は、張り詰めた鎖の遠心力を鋭利な鎌に乗せて、右前足を切断する。
 四足が三足に減じた歪虚馬が、完全にバランスを崩して転倒。玄鬼が鞍から投げ出されて、落馬。
 受け身を取って体勢を立て直そうとする玄鬼の前に、
「よお、亡霊。やっと同じ目線になったな」
 柊が立ちはだかる。杖と盾を捨てた彼が大上段に掲げるのは、天を貫かんと巨大化した試作光斬刀「MURASAMEブレイド」
 いや、その威容に改めて銘を打つなら、こう呼ぶべきだろう。
 ──斬・艦・刀、と。レーザ光の煌めきを纏うその刀身に、断てぬモノは無し。
「殺戮しか能のねえ亡霊が、さっさと無に還りやがれ!」
 足下から噴出するマテリアルによって得た超加速を超重量の刃に乗せて、掲げられた野太刀ごと玄鬼を一刀両断する。
 二つに割れた鬼の面が地に落ちて、粉々に砕け散った。呼応する様に、武者の骸も塵と化して消えて逝く。
 残されたのは、声と光と一本の足、そして主までも失った屍馬が一頭切り。三本の足で立ち上がろうと懸命にもがく歪虚馬に、鎮魂歌を歌いながらルーエルが近付く。ボーイソプラノの歌声に撫でられ、もがく馬が微睡む様に沈静していく。
「もう、おやすみ」
 慈悲の刃──スティレットと化した杭が、哀れな戦馬に永遠の休息をもたらした。



 薙ぎ払う矛先をボルディアが打ち払う。しかし、薙刀の猛攻はそれで終わらず。弾かれた勢いもそのままに反転し、石突が下段から榊の顎を急襲。榊は身を引いて躱すが、彼が退いた分だけ蒼鬼が前に出る。
 戦闘が佳境に入るにつれ、蒼鬼の戦法は前に打って出るものに変化していた。
 長柄の強みは長い間合いにある。前進はその強みをわざわざ殺す事になる、自殺行為に他ならない。
 長柄の戦闘は通常、いかにして敵を懐に入れず、敵の間合い外から攻め殺すかに主眼が置かれる筈だ。しかし、敵もまた長柄を持っているなら、その定石に意味はない。
 寧ろ、間合いを取れば敵に回復の猶予を与える。ならば、離れずの猛攻連撃にこそ勝機があると踏んだのだろう。
 榊もボルディアも、どうにか二手に分かれてどちらか一方に回復の隙を作ろうと画策するが、蒼鬼はその動きを封殺する。
 回復もままならず、次第に二人は疲弊していく。
 無論、蒼鬼もまた只では済んでいない。寧ろ、その身に刻まれた刺し傷、斬り傷の数は、榊とボルディアが受けたそれらを足してもまだ足りない程。
 時折放つ大技の度、傷口から血滴が飛び散る。それでも尚、薙刀の猛勢は揺るぎない。
 二人の膝がくず折れかけたその時、
 何処からともなく飛来した手裏剣が、蒼鬼を襲う。薙刀が容易くそれを弾いた。が、民家の屋上から飛び上がった影が、更に畳み掛ける。
「藤林みほ、只今推参!」
 上空へ舞った藤林は、落下の衝撃を叩き付ける様に小太刀で蒼鬼へと斬り掛かる。
 長柄を掲げて急襲を受け止めた蒼鬼は剛力を籠めて、衝撃と共に藤林を振り払う。飛ばされた藤林は身を捻り、鮮やかに着地。
「玄鬼は既に討ち取った故、これより拙者は助太刀するでござるよ。見れば消耗している様子、拙者が一時の猶予を作るでござるから、御二方は回復を」
 背後の二人にそう言いながら、藤林は小太刀を左手に持ち替える。
「助かる」
「ちと頼まあ」
 二人の返答を聞いて、藤林は頷き一つ残し、疾風と化す。
 己に向かって来たくの一を、当然黙って迎える蒼鬼ではない。刃を振るい、石突を返して、鼠一匹通さない迎撃の陣を敷く。
 しかし、忍装束以外に一切の防具を纏わぬ忍者は、影。実体なき影を斬る事も、殴る事も、捉える事も能わず。
 藤林は薙刀の陣をすり抜けて蒼鬼の懐へと潜り込むと、流麗な体術に宿る力を攻勢に転化して掌底を胴に叩き込む。
 ──蒼鬼に、一瞬の硬直。
 一瞬後には、体内に浸透したダメージを無視し、薙刀を振り回して藤林を懐から追い出す。
「くっ、やはりこちらも堅いでござるな。すまないが御二方、この辺りが限界でござる。準備はよろしいか?」
 薙刀の間合いの外に出た藤林の問いに対し、
「ああ、お蔭様で万全だ」
「バリッバリの全開だぜ」
 長柄を構えて榊とボルディアが応じた。
 
 まず、仕掛けたのはボルディアと藤林。両者ともに、蒼鬼に対し端から超接近戦を挑む。
 刃物傷に加えて掌打の一撃を受けた蒼鬼の動きには、ぎこちなさが窺える。対して、炎熱の加護を以って戦傷を癒したボルディアが繰り出す斧撃には、何の不足もなかった。長柄による防御が間に合わず、ハルバードが蒼鬼の脇胴を薙ぐ。
 更に、藤林の掌底が先程よりも深く入り、蒼鬼が喀血。鬼面の裏から血が滴り落ちる。
 脇腹からも血を滂沱と流しながら、蒼鬼の体勢がぐらつく。最早これまでか、と思われた矢先、

 我亞々々々々々々亞─────!!!
 
 これまで沈黙を貫いていた歪虚武者が、咆哮を上げた。
 我は惡、言葉と心を喪い、魂を持たぬ惡。即ち、惡鬼なりと。
 薙刀を薙ぎ払い、ボルディアと藤林を振り払った後に、大上段に構え直した蒼鬼が睨むは、『狼牙一式』の型を取った榊。

「いざ──勝負」

 両者が同時に踏込み、互いの得物が交錯する。
 ──薙刀の矛先を血が伝う。
 額を擦過して、眼前で止まる矛先の奥に、榊は蒼鬼の喉元に突き刺さる十文字槍を見た。
 槍を引き抜くと、歪虚武者は立ち尽したまま、塵と化して逝く
「最早叶わぬ事だが、心技体全てが揃っている時に手合わせ願いたかったものだな」
 主と共に薙刀が塵と消えた後に、榊は呟きを漏らしていた。



「くそっ、やっぱそう簡単には近付かせて貰えねえか」
 盾を掲げて飛来する矢を受けた龍崎が歯噛みして、悪態を吐く。
「弾幕ならぬ、矢幕と言ったところか」
 ロニが肩口に刺さった矢を抜き取り、龍崎も対象に入れて回復魔法を掛ける。
 朱鬼に近距離戦を仕掛けようと画策する二人を阻むのは、精度を度外視した高密度な矢の群れ。
 これを攻略しない限り、接近は望めない。もしも弓を破壊する事さえできたなら──いや、そんな幸運、そうそうあったものではないだろう。
「こうなりゃ、肚括るしかねえか」
 竜崎が玉砕覚悟で槍を構え直す。彼の闘志を察したのか、機先を制する様に朱鬼が矢幕を張り巡らせる。構わずに突撃しようと、脚にマテリアルを集中した龍崎の眼前を、
「よう、待たせたな」
 扇状に広がる猛火が覆った。
「玄鬼は退治しちまったから、手助けに来た。……何となく状況は把握したぜ。炎が晴れた瞬間に突っ込んじまえ」
 灼光を受けながら杖を突き出しているのは、柊。
「成程、これならば一息で距離を詰められるか」
「近づけばこっちのもんだな。和弓しか持ってねえ奴さんには、防御の手段がない。上手くすれば、一気に片を付けられる」
 柊の提案に頷いて、ロニと龍崎が己の得物を構えて、炎が途絶えるその瞬間を──
 
 待たずして、火炎の壁に大穴がこじ開けられた。ただの一矢によって。

 その矢は軌道上の炎を押し退ける様にして、飛んだ。直前に聞こえた破裂音は幻聴だろうか。仮にそれが現実のものだとすれば、すなわちそれは、その一矢が音速を超えたという事を意味する。
 破裂音が鼓膜に届く更にその前に、背を走った悪寒に従って身を捩った柊の肩に鏃が刺さり、着矢の衝撃が彼を吹き飛ばす。
 かき消された炎の奥に立つ朱鬼が、止めの一矢を放つ為に、弦に矢を番えた。
「やらせると思うか!」
 見咎めたロニが、大鎌を振るっって影弾を放つ。影弾に叩かれ、朱鬼は矢を取り零した。
 更に龍崎が放ったカードが、ジャックポットを引き当てる。投じたカードが、朱鬼が持つ和弓の弦を斬り裂いたのである。
 ジャックポット──そうそう出る筈のない大当たりだが、この場に三人もの『幸運』者が集ったからこそ手繰り寄せる事ができたのだろう。
 この上ない幸運、しかし、龍崎の表情は晴れない。
「ちっ、興醒めだな。まあ勝負は水物、何が起きるかわからないもんだ。潔く諦めたら──」
 舌打ちし、言葉は通じないと理解しながら朱鬼を諭す様に語り掛ける龍崎の前で、朱鬼は思いも掛けない行動に出た。
 弦の切れた和弓を捨てるまでは良い。弦を直す暇を対峙するハンター達が与える筈もない事は明白だ。しかし、使い物にならなくなった得物の一つを捨てた後、朱鬼はもう一つの得物を手に取った。矢筒に収めた矢を両手に一本ずつ握り締めて、その鏃を龍崎達へと向けたのだ。
 呆気に取られた表情を浮かべたのは一瞬の事、
「歪虚が洒落臭い真似をしやがる。──ほら来いよ、死神!」
 龍崎は口端を曲げて、槍を構え直した。
 彼の闘志に応じるかの様に、朱鬼が動く。
 左手の矢を投擲──、槍に払われたそれに続く様に、右手の矢に空いた左手も添えて特攻。それも躱された直後に、蹴撃を受けて屋上から落下した。
 受け身を取り、体勢を立て直して上を見上げた朱鬼の眼前にあったのは、煌めき輝く銀色の穂先。
 朱い鬼面ごと頭を潰され、塵と化して逝く歪虚武者を見下ろして、龍崎は呟いた。
「……生前でありゃあ、良い戦友になれたかもしれねえな」



 大剣の一撃をいなされ、火竜を模した鎧の関節部位を裂かれたヴァイスが呻き声を上げる。
 ヴァイスが白鬼の癖を看破し、今後の戦闘においてイニシアチブを取ったかの様に思われたが、いや実際に当初はこちらの優勢で進んでいたが、しかし、ここに来て勝敗の行く末を量る天秤は徐々にあちらの方へと傾き掛けている。
 一考するべきだった。ヴァイスに白鬼の癖を見抜けるのであれば、その逆もまた有り得るのだと。いや寧ろ、白鬼の様に後の先に重きを置く戦術を取る者が、相手の観察を怠る筈がないのである。反撃技は、敵の呼吸を把握すればする程に、その精度を上げるのだから。
「大丈夫ですかー? ヴァイスさん」
「ああ、何とかな」
 葛音はともかくとして、回復手段を持ち合わせないヴァイスの消耗は激しい。幾度となく鎧の節目に刃を差し込まれた。一つ一つの傷は浅く、腱まで達していない様だが、出血量が多い。動く度に鎧中で不快な水音が響く。
 出血に伴う体力の喪失──ヴァイスの膝から力が抜ける。
 その隙を見逃さず、白鬼が攻勢の構えを取ってヴァイスを狙う。彼は大剣を構えるが、その柄を握る腕にも力はない。大剣は容易に払われ、打刀の切先が兜と鎧の隙間、首筋への侵入を果たそうとした所で──
 必殺の突きを防護壁が阻んだ。突きを受けた防護壁が砕け散り、光の破片が舞う。
「やっと、助っ人のお出ましですかー?」
「ごめん、ごめん。ちょっと遅くなったかな?」
 刀を振るって援護に入り、白鬼を後退させた葛音が、防護壁を構築したレインに声を掛ける。
「いや、ナイスタイミングだ。助かった」
 危機を救われたヴァイスが礼を告げる。
「酷い怪我、今すぐ治すよ」
 ルーエルがヴァイスに回復魔法を施す。柔らかな薄光に包まれ、活力が漲るのをヴァイスは感じた。
「二人共、本当に助かった」
 回復したヴァイスは大剣を地に突き刺すと、腰に佩いた刀を鞘から抜き放って、
「それでは、手勢も揃った所で、天秤をひっくり返させて貰うとしよう」
 振動する刀身を上段に構え、全身をたわませた前傾姿勢を取る。
「まずは僕から、お相手をー」
 葛音が意気揚々と白鬼に斬り掛かる。
「あれあれー、遅いですねー? どうかしたんですかー?」
 紫電を迸らせる連撃に応じる白鬼の手は、これまでと比して明らかに鈍い。原因は、ルーエルが発する鎮魂歌だ。
「ほらほらー、今度はこっちから攻めますよー?」
 葛音は白鬼の左手に回りながら、機械刀を叩き付ける。寸での所で脇差が防ぐが、冴えのない防御は、刀身に大きな負担を掛ける。
 これ以上受けに回るわけにはいかないと判断したのか、白鬼は脇座を引いて打刀を振るった。
「ざーんねん、外れ。──それより、余所見してて良いんですかねー?」
 打刀をあっさりと躱した葛音の嘲笑の意味を白鬼が悟る前に、
「その隙、逃すと思うか!」
 烈風が吹き荒れた。風が火を煽り、烈火に変える。
 烈火の如き苛烈な上段振り下ろしが、白鬼の脳天目掛けて落ちる。脇差が刀の軌道を阻むが、損耗した刀身は剛の一刀に耐え切れず。
 白鬼は刀身が折れる音、そして白い鬼面が割れる音を聞いた。



「柊殿、肩の矢傷の方は大丈夫でござるか?」
 藤林は村人達の墓穴を掘りながら、傍らで同じ作業に没頭する柊に声を掛ける。
「ああ、問題ねえよ。お前の応急処置のお蔭だな。それに一々弱音も吐いてらんねえさ。死んだ人間の為に俺らができるのは、結局これくらいしかないしな。同盟軍の連中だって合流して手伝ってくれてんだ」
 柊は同盟軍から借りたスコップを使って穴を掘りながら応じる。
「──それにしても」
 作業を中断して額の汗を拭った柊は、藤林の方を見遣る。柊の倍の速度で穴を掘る彼女の姿を。それも使っている道具は、戦闘中に使っていた忍具だ。
「何でそんなもんで、そんなに速く穴が掘れんだよ?」
「ふふ、何のこれしき。土遁の術を身に着けた拙者にとっては造作もないでござるよ」
 藤林は自慢げに胸を張った。
「……あっそ」
 どうでも良さげに相槌を打って、柊は再び穴掘り作業に戻る。

「ぐぬぬ、重い」
 レインが土を積んだ台車を押して歩くが、その足取りはふらふらと危うげだ。
「大丈夫? 無理なら置いといて良いからね。お姉さん、あんまり力ないんだし」
 その様子を案じて、ルーエルがそう声を掛ける。彼が運ぶ土の量はレインのそれを遥かに上回っているが、軽々と台車を扱っている。彼はその見た目に反して、中々逞しい男の子なのだ。
「失礼な、私だってこれくらい運べるよ。それに弔いだって、まあ少しくらいはしなきゃと思ってるの。あんまガラじゃないけどさ」
「そう? 僕はすごくお姉さんらしいと思うよ?」
「そんな事ないよ。真面目モードに入って疲れたし。あー、帰ったらベッドで思う存分ゴロゴロしてやる」
「それもそれで、お姉さんらしいね」

「後に残るのは虚しさだけ、か……」
 簡易的な墓が並ぶ光景を眺めて、ロニが呟く。
「仕方ねえさ。御伽噺じゃねえんだ。鬼を退治して、めでたしめでたしとはいかねえよ」
 ボルディアがそれに応じる。
「鬼退治か、俺の故郷にもそういう話があったな。……現実はままならんものだ」
 榊が嘆息する。
「これ以上の被害が出る事はなくなった。とは言え、それで何もかも呑み込めりゃ、苦労しねえよな」
 龍崎がやり切れなさそうに頭を振った。

「この人が、例の大尉さん?」
 葛音が、同盟軍兵士が荷馬車に積み込もうとしている死体袋を指差す。兵士達の遺体は、ここではなく本国に持ち帰って埋葬するそうだ。
「はい、そうですが」
 沈鬱な面持ちで、兵士の一人が答えた。
「そっかー。この人があれだけの敵を一人で一時だけでも凌いだんですねー。それどころか一矢報いるなんて、見てみたかったですよ。きっと凄い人だったんですねー」
「ああ、十人掛かりでも、あれだけ苦戦を強いられたんだ。さぞかし、立派な武人だったんだろうな」
 ニコニコと感心を示す葛音と共に、ヴァイスもまた敬意を露にする。
 彼らの様子を見て、悲しみを湛えつつも、微笑みの表情を作った兵士は言った。
「ええ。彼は我々にとって、偉大な英雄でした」

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重体一覧

参加者一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫(ka0010
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司(ka0705
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • くノ一
    藤林みほ(ka2804
    人間(蒼)|18才|女性|闘狩人
  • それでも私はマイペース
    レイン・ゼクシディア(ka2887
    エルフ|16才|女性|機導師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/11/08 21:15:24
アイコン 歪虚退治
龍崎・カズマ(ka0178
人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/11/11 00:12:08