金の鳥籠

マスター:湖欄黒江

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
寸志
相談期間
5日
締切
2015/11/21 19:00
完成日
2015/11/29 22:34

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 ――帝都バルトアンデルス郊外のとある屋敷。
 表向きこそ、ごくありふれた旧貴族の邸宅だった。
 やたらに広い前庭と厩舎、駐車場が目立つことと、
 毎月決まった日の夜に、大勢の来客があることを除けば。

 普段は幾人かの使用人が出入りするだけで、まともな住民の姿は見られない。
 そも、人が住む為の家ではなかった。


 屋敷の地下は、コンクリートの床を敷いた円形の『闘技場』だった。
 中央に、返しのついた金網に囲われた四角いリングがあり、
 東西には幅の広い、スロープの入場口。
 南北、扇形の観客席は階段状になっていて、最上段の後ろの石壁に分厚いドアがひとつずつ。
 暖房用の魔導機関が、何処かで低い唸りを上げる。
 オレンジの照明は薄暗く、床に残った血の染みをどす黒い色に見せていた。

 金網のリングの中に横たわる、若い男がひとり。
 北側客席のドアが開き、誰かが地下室へ入って来ると、
 スロープに立っていた数名の見張りがそちらへ一礼を投げた。
 客席を下りて来たのは暴力組織『オルデン』団長のフリクセルと、幹部のルディーンだった。

 ルディーンは客席前列を乗り越えてリング前に立ち、金網を思い切り蹴りつける。
 倒れていた若者がびくりとして、腫れ上がった血だらけの顔を上げると、
「親父! 団長――お、俺ぁ知らんかったんです!
 あ、あのアマが、ヴェールマンさん殺る気だったなんて」
「何処で拾った」
「え」
「女を何処で拾ったか訊いとるんだ」
 ルディーンの靴の爪先が、いらいらと金網を揺する。


 血だらけの若者は、ルディーン一家の若衆だった。
 先日、帝都のホテルで何者かに殺害された銀行家ヴェールマン。
 オルデンの金庫番だった彼の為に、フリクセルはルディーンを、
 ルディーンは件の若者を通じて女を世話していたのだが、
「その女がヴェールマンを殺ったか、殺し屋を手引きした。
 親の顔に泥塗りやがって……手前の口から直に、団長へ説明してみせぇ!」
 平伏しようとする若者だったが、片方の腕が折れているらしく、痛みに悶えて床を転げるばかり。
「何処で拾ったァ!」
「が、ガラクタ屋のネッケの紹介で……」
「誰だ、そいつは?」
 フリクセルが問うた。

 ガラクタ屋のネッケ。オルデンの人間ではないが、
 儲け話を求めて組織の周辺をうろつく香具師の類は多く、ネッケもそのひとりだ。
 彼の仕事――まずは金に困った旧貴族から、三流どころの美術品を二束三文で買い叩く。
 そうして集めたガラクタを『大貴族の誰それの所蔵』、『革命直後に地方や国外へ隠匿されていた』、
 『偽の鑑定書で革命政府による没収を免れたが、実は巨匠の幻の小品』等の嘘っぱちで箔づけて、
 ものの分からない革命成金に売りつける訳だ。
 仕事柄、どん底まで落ちた貴族と付き合いが深く、時には行き場のない子女の身売りすら斡旋する。

「あの女も、ノルデンメーアの名家スタニェク一族の親戚筋とかいう触れ込みで……」
「下らねぇ。で、そのネッケとかいう餓鬼は」
 見張りは互いに顔を見合わせ、それからルディーンに答える。
「定宿を家探しさせましたが、既にフケちまってました。
 今は出入りの酒場と女の家を当たらせてますが、まだ」
「宿に、何か手がかりは」
「机に隠してた紹介状を、何通か押さえました。
 奴さん、そいつを頼りに地方の貧乏貴族巡りをしてたようですね。
 スタニェク一族云々は嘘っぱちでしょうが、ノルデンメーア州の消印も何枚か」
 フリクセルが顎髭を擦りながら、おもむろに口を挟む。
「一応そこが本命かな。兎に角、手紙の差出元に片っ端から人を送れ。
 あちらの地回りにも伝えて、早急に手配させろ。オルデンの、私の名前を使って良い」
 命令が飛ぶと、見張りの何人かが早速走っていった。残された手下にはルディーンが、
「こいつ、檻にぶち込んどけ。女の面通しに必要だ」

 両脇を抱えられた若者が金網の外に出され、スロープを引きずられていくと、
 フリクセルたちも客席を上がり、闘技場から出ていった。途中、ルディーンが言う。
「ライデンの餓鬼は本当に無関係でしょうかね」
「忌々しいことにな。再開発計画の維持は、奴がこの街に居座る第一の口実だったんだ。
 それが、このタイミングでヴェールマンを殺ってどうする」
「娘とグルで、金庫番の後釜を狙った?」
「ないな。私はあの娘を子供のときから知っとる」
「そりゃあ失礼……」


 一方、こちらはヴェールマンの葬儀を取材し終えた『バルトアンデルス日報』記者・ドリス。
 ハンターからの情報で、オルデンの次なる動きの手がかりを得ていた。
 フリクセルとルディーンの会話に出てきた『闘技場』。
 恐らくは帝都周辺の何処かにある、オルデン所有の施設に違いない。

 ドリスは場末の酒場で情報屋に金を掴ませ、場所を訊き出した。
「ルディーン一家が仕切ってる、賭け試合の会場さ」
 情報屋は語る。
「素手、武器、何でもあり。死人も珍しかないが、そういう物騒なのが良いってんでね。
 試合に出るのは金に困ったごろつき、命知らずの喧嘩自慢。覚醒者だけはナシだが。他にも……」
「他にも?」
 ドリスの問いを、情報屋は笑ってあしらい、
「ちょうど来週、定例の試合日があるよ。人間同士、素手でやる奴らしい。
 見物したけりゃ符牒を売るぜ。博打狂いで借金まみれの旧貴族から買い付けたんだ」
 ふっかけられたが、ドリスは意を決し、手持ちの取材費の残り全額を払った。
 引き換えに木製の割符を受け取ると、
「貴族らしい恰好してそいつを持ってきゃ、1度くらいは入口の黒服をごまかせる……、
 悪いが急ぎの用事があってな、しばらく街を離れるから。お仕事、頑張って」
 情報屋――ガラクタ屋のネッケは、ドリスからせしめた金を手にそそくさと去っていった。

 残されたドリスは、割符をしげしげと眺め回す。
(こいつで潜り込める……かな)


 ドリスの期待と裏腹に、編集長は取材要請を断った。費用も出さないと言う。
「話が本当なら、そこらの賭場とは訳が違う。
 ブンヤとバレたらタダじゃ済まない、会社も俺もお前を助けられん」

 なれば、荒事に慣れた連中を代わりに送り込む。
 ひとまずネッケに聞いた試合の日までに、あちこちから闘技場の噂を収集した。
 曰く、試合の夜には悪い遊びが大好きな革命成金、旧貴族が大勢集まる。
 曰く、オルデンや金持ちに名を売りたい、用心棒の仕事が欲しいという喧嘩屋も集まる。
 曰く、得意客の紹介、あるいは袖の下があれば、飛び入り参加が可能らしい。
 試合に勝てば、その場で金貨の雨あられ。負ければ地獄。
 情報料を自腹で払い続けたドリスの懐は、既に地獄の底より寒々としていたが。

 ハンターへ依頼状を出したときは、家賃も払えない有様だった。
 仕方なく、着の身着のまま会社の応接室で寝泊まりする。
 ソファで眠る夜毎、ドリスは悪夢にうなされた。

リプレイ本文


「なあ、この割符ってどうやって手に入れたんだ?」
 真昼のとある酒場、奥まった席でボルディア・コンフラムス(ka0796)がドリスに尋ねた。
 口ごもる依頼主。安物のソファで寝起きして凝った身体を解すように、もじもじとして落ち着かないところへ、
「お待たせ致しました、『山鳥の北京ダック風』でございます」
 真田 天斗(ka0014)が料理を運んでくる。材料持ち込み、厨房を借りての手料理だった。
 近頃まともに食事をしていないドリスが思わず喉を鳴らすと、天斗は苦笑して、
「ソースの素性は明かせない? ――料理の話じゃありませんよ」
「万が一疑われたときの為に必要なんだ。割符の入手元を知っとかねぇと、言い訳のしようがな」
 ドリスは食器に手を伸ばしながら、眉をひそめて、
「言わないと、皿を引っ込める?」
 天斗はまさか、と笑ったが、依頼主はやけに深刻な顔で情報屋の名前を明かすと、料理に食らいつき始めた。
 天斗も椅子を引いて、彼女たちと同じテーブルに着く。
「お仕事が大変なのでしょうが、心配させないで下さいね。私は貴方の『相棒』なのですから」
「ふぅん?」
 頬杖をついたボルディアは、ドリスと天斗を交互に見つめると、
「……ま、良いや。兎に角、この切符でやれるだけやってみるよ」
 片手の指で、硬い木の割符を弾き上げた。


 黒服のごつい手が、放り投げられた割符を受け取る。
「大人6枚、っとね」
 毛皮のコートと豪奢な仕立てのスーツで派手派手しく着飾った鵤(ka3319)が、
 玄関ホールで黒服に冗談を飛ばすが、相手はむつっとしたまま、
「残りの方の入場券を拝見させて下さい」
「野暮だねぇ。ったく」
 鵤は舌打ちすると、無造作に掴み出した金貨を黒服に握らせる。怪訝そうな顔をされ、
「足りない? 後ろのお嬢ちゃんたちの推薦料も込みなんだけどねぇ。
 見た目も中身も粒ぞろいの、良い子たちだぜ? これで下にナシつけといて欲しいんだわぁ」
「おたく、本気か?」
 怪しむ黒服に、残りの面子――ボルディア、李 香月(ka3948)、黒沙樹 真矢(ka5714)、
 それにウィッグとワンピースで女装をした葛音 水月(ka1895)が、揃ってにっこりと笑顔を見せた。
 天斗はひとり顔を背け、客で込み合う賑やかなサロンのほうを見ていた。黒服が呆れ顔で、
「悪趣味だな。どうなっても、ウチは責任取らねぇぞ」
「はいはい言われんでもわぁってますよ。
 さっさと通してくんねぇと、便所行く時間がなくなって観戦中に漏らしちまいそーだ。なぁ!?」
 股間を押さえておどける鵤に、後ろで水月がぷっ、と吹き出す。
 黒服は観念した様子で割符を返すと、彼らをサロンへ通した。

 屋敷の外観に似合いの、一見豪華な旧貴族風のサロン。
 しかし他の客に混じって見回る内、目立たない部分で安普請をしていることが分かる。
 照明の加減で目立たないが、壁紙はヤニで黄ばんだまま。
 家具のニスやメッキは安物で剥げかけていて、壁際の絨毯には汚らしい茶色の綿埃が溜まっている。
 玄関ホールの隅に赤塗りのランプが転がっていた辺り、建物の来歴が分かろうというものだ。
(こっちの世界にも、こーゆう下世話な場所がちゃんとあるんだからな。ほっとしちゃうねぇ)
 鵤は紙巻煙草を吹かしながら、革命成金や旧貴族らしい客たちと、接待の女たちを眺めた。
 天斗はいつの間にやら姿を消し、残る仲間は物珍しそうに、
 あるいは退屈そうに、闘技場が開くまでの暇を潰していた。真矢がワイングラス片手に、
「酒の味は悪くないぜ」
「良いんですかー? 僕とやろうってのに、今から酔っ払っちゃって」
 水月がからかうと、真矢は杯をテーブルに置き、
「たかだか1杯で酔うかよ! むしろ血の巡りが良くなるってもんさ」
「何だか、ヘンな匂いがするアルね」
 香月が言った。彼女の指摘通り、サロンには腐りかけの果実のような、甘ったるい妙な香りが充満している。
 最初は香水かとも思ったが、匂いはどうやらサロン奥、東方風の煙管を嗜む一団から漂ってくるらしい。
 彼らのどんよりとした目つきや緩慢な身振りから、鵤が煙管の中身に見当をつけた。
「大烟(ターイェン)」
「阿片アルか?」
 鵤の言葉に、香月が鼻をつまんで顔をしかめてみせた。
「それに似た効用を持つ、クリムゾンウェスト独自の何か、ってとこだろねぇ」
「おい」
 真矢もにわかに不快そうな顔をした。水月が彼女の杯を取って回すと、鵤はひと口啜って、
「安心しな、こりゃ混ぜ物ナシの只の酒だ。あんまり心配なら、試合前に解毒してやろーか」
 嬉し気に手をわきわきさせる鵤。真矢は溜め息を吐くと、近くの窓の閉め切られたカーテンをぼん、と殴って、
「ったく、いつになったら始まんだ!?」


 天斗は便所で眼鏡をかけ、髪をなでつけて簡単な変装をした。
 服は元より使用人然としたスーツ姿だったので、そのままサロン奥の扉から厨房へ入り、
「今日は大入りということで、ウェイターの派遣を要請されたのですが」
 と、料理長らしい恰好をした男に告げる。彼も雇われらしく、聞いていないとまごついてみせるが、
「下に誰もいねぇぞ、何やってんだ!?」
「はい、ただいま」
 オルデンの若衆が外から首を覗かせて怒鳴るのに応えて、天斗はそそくさとグラスの乗った盆を取る。
 サロンへ出れば、客たちが地下への入口前に集まり始めている。鵤たちは既に下りたらしく、姿が見えない。
 ゆるゆると列を成し歓談する客の顔触れを観察すれば、ひとりふたり、見覚えのある人間がいた。
 貧民街の芸術家・マティのアトリエ完成披露パーティの席上、それかヴェールマンの葬儀で見た人物。
(放蕩者の新興ブルジョワ、といったところでしょうか)
 玄関のほうからぞろぞろとやって来る一団があり、天斗はくるりと背を向けた。
 果たして彼らはオルデン構成員の集まり、その中心に闘技場の持ち主であるルディーンがいた。

 今夜のルディーンはぱりっとした礼装に身を包み、常連らしき客たちへ親し気に声をかけている。
 天斗は正体がばれないよう、列の後方へついた。先日の葬儀の席で、彼とは面識がある。
 その際はドリスの『相棒』、記者と偽って相対したが、
(流石は『剃刀』ルディーン氏、私は既に怪しまれている。気が抜けない相手ですが……)
 当り障りのない笑みを浮かべて場に溶け込みつつ、彼らに続いて闘技場への狭く薄暗い階段を下る。


 サロンの安っぽい派手さと対照的に、地下闘技場は実用重視な作りだった。
 剥き出しの石壁、床は質の悪いコンクリート。オレンジの客席照明は薄暗く、
 天井近くに空いた通気口からは油臭い、温い風が送り込まれてくる。
 階段状の客席を下りた先に、まるで鳥籠のようなリングが用意され、そこだけが強い白色の照明を使っていた。
(客の入口は、こっち側ひとつっきりか)
 南側の客席へ移るには、階段状に並べられた客席最上段の壁際の通路から、
 リングと同じ高さに設えられた選手用入口をまたぐ、細い橋を渡らなければならない。
 そうして周囲を観察しながら、鵤は若衆に連れられて最前列へ案内される。
「やぁやぁ、どーもどうもぉ。儲かってるぅ? つーか予定?
 ま、俺としては血沸き肉踊る一時が堪能できりゃそれでいいんですけどぉ」
 如何にも金満家らしい他の客たちへ挨拶する内、鷲鼻の男が鵤を捕まえて、
「うちの者から聞いとります。推薦の選手をお連れなさったそうで」
 ルディーンだった。気づけば、鵤の周囲を若衆がさり気なく固め、
 黒服ひとりを挟んでルディーンの近くへ座るよう仕向けていた。
「こりゃどーもぉ。今夜はひとつ、うちの上玉で盛り上がってもらえりゃと」
 下手に抵抗して怪しまれるよりはと、大人しく席に着く。
 逃げ出そうと思ったら、客席横の階段を駆け上がって、さっき通ったばかりの出入口を使うか、
 背の低い仕切りを越えてリング前に降り、選手用通路へ走るしかない。
 それも、厳つい黒服たちを突破してからのことだ。彼らは明らかに武器を帯びている。
「言うまでもありませんが、うちの出し物は八百長なし、全くの真剣勝負ですからね。ご心配なら……」
「どーぞお気遣いなく、好きにしちゃって下さい。本人たちも承知の上ですから」
 へらへら笑う鵤を見て、ルディーンはあからさまに鼻を鳴らし、
「最初の試合を見てからでも、遅くはありませんので」

 闘技に参加する4人は支度の為――実質は監視と身体検査の為、地下の別室に控えさせられた。
 完全に無表情な男が、事務的な、慣れた手つきで4人の身体に触れていく。
「僕は彼女と勝負したいんですが」
 水月はそう言って、真矢のほうへ首を傾けた。男は恐ろしくしゃがれた声で、
「新入りがナマ言うんじゃねぇよ。こっちも商売だ、ヘボ試合は組めねぇ」
「逆に言や、盛り上がる見込みがあんなら呑んでくれるってこったな?」
 真矢が言うと、ズボンにアニマル柄のシャツ姿のボルディアが、闘技場へ続く通路から振り返る。
「任せとけ。バッチリ沸かして、場を暖めといてやるから」
「ファイトアルよ!」
 香月の声援に送られつつ、ボルディアは今夜の第一試合に臨んだ。


 ボルディアが照明の眩いリング前へ出ると、客席の埋まった会場からわっと声が上がる。
「女だ!」
 グラス片手に立ち上がり、野次を飛ばす客たち。
 半分はブーイング、もう半分は下卑た魂胆も露わな、からかうような声援。
 その中にしれっと混じって最前列の鵤の声、
「オッズは1.1対3、おたくが3だ! 舐められてるねぇお嬢ちゃん!」
「儲けさせてやるよ、おっさん!」
 ボルディアは金網の前に立つとシャツを脱ぎ捨て、タンクトップ姿に。靴も脱いだ。
 床がひどくざらついて、靴の裏に引っかかる感触があったからだ。
 金網の中は更に傷だらけで、どうやってついたかも分からない、大きな引っ掻き傷まである。

 ボルディアは予め開けられていた入口を潜り、床に染みついた血の跡を裸足で踏みしめた。
 向かいの通路から現れたのは、半裸の大男。剃り上げた頭がつやつやと光っている。
 毛むくじゃらの太い腕を上げ、退屈そうに首を掻きながら、こちらも金網へ入って来た。
 男の落ちくぼんだ、感情のない黒い目と見つめ合って、
(よしよし、こりゃ楽しめそうだ)
 男の剥き出しの上半身、特に正中線付近は濃い体毛に覆われていて、目立った傷はない。
 顔も、耳が潰れ、鼻も何度か折られた痕が見えるが、それ以外は綺麗なものだ。
 反面、手足には引き攣ったピンクの傷痕があちこちに走っている。噛みつかれたらしい傷もある。
 2メートル近い身長。その身動きは勝つことに慣れきった、
 しかし油断ではなくあくまで実力に見合っただけの正当な自信を湛えた、大型の猛獣を思わせる。
「もし俺に勝てたら金に加えて、俺を一晩自由にしても良いぜ」
 ボルディアの言葉に男の目が光るが、
 性的というよりはより純粋に、サディスティックな欲望を掻き立てられたようだった。
 それでも男の表情はほとんど変わらず、気だるげに首を振るだけ。金網が閉じられると、
「始めろ!」
 外から、試合開始を告げる鋭い声が飛んだ。


(あの男、油断がない)
 酒を乗せた盆を運びながら、天斗は始まったばかりの試合を客席から見下ろした。
 目の粗い金網越しに見える男は、内股気味に構えを取って、じりじりと間合いを詰めていく。
 大きな背を丸め、気圧された敵が焦って下手な動きをすれば、すかさず捕まえるつもりでいた。
 対するボルディアは構えもせず、楽に立っているように見える。
 しかし天斗始め見る者が見れば、彼女の脚が実に注意深く、重心の取り方へ気を配っているのが分かる。
 明らかに組みつく気でいる相手と、カウンター狙いのボルディア。
 盛んに飛んでいた野次も心なし弱くなった。一部の目の肥えた客が、彼女の実力を早くも察したのだろう。

 ボルディアは金網に沿ってゆっくりと歩きながら、男との距離を測った。
 試合開始から既に1分ほどか、通路から様子を覗いていた香月が、
「随分体格差があるネ、組みつかれると厄介アルよ」
「いっそ寝技に持ち込んだほうが、身長の差を埋められそうだけど?」
 隣で水月が言うと、
「技術で余程勝れば、その通りかも知れないアルけど……、
 相手はきっとその道のプロ、考える時間を与えるだけ向こうが有利になる。
 急所や噛みつきで緊急脱出する手も、恐らく想定内。
 圧しかかるだけでもこっちの体力奪える相手に、スポーツはしたくないアルよ」
「面倒くせーな。喧嘩なんてただ殴って蹴って投げ飛ばす、そういうもんだろ」
 真矢が呻く。リングでは、ボルディアがいよいよ金網に『追い詰められ』ていた。

「お見合い見学に来てんじゃねーんだぞぉ!」
 鵤の野次に応えるかのように、男が拳を握り絞めた。ボルディアも咄嗟に身構える。
(打撃に切り替え……るわきゃねぇだろな!)
 男はふっ、と身を沈めると、恐ろしく速い動きでタックルを仕掛けてきた。
 それをいなして、後頭部目がけて肘を打ち下ろす――男の踏み込みが予想外に深く、背中で受けられてしまう。
 相手は金網に頭から突っ込んでたわませると、反動で跳ね起きると同時に左腕を振り出した。
 ボルディアは身を逸らすが、男は左腕で彼女の視界を塞ぐ間に、右のアッパーを用意していた。
 振り子のように下から飛んできた拳を、左前腕で受ける。唐突な打撃戦の始まり。
 敵の意外な手数の多さに一瞬幻惑されるが、至近距離での打ち合いはむしろ、体格の小さいボルディアが有利だ。
(悪ぃな。見た目と違って、これでも『器用』なんだよ)
 腕の長さを持て余す男に対して、ダッキングとスウェーで的確に回避し、合間にボディブローで反撃する。
 そうして打ち合い続けるも、腹ではお互い、次の展開を探り合っていた。

 半端な攻撃ではボルディアを仕留められないと見て、
 男が再度組みつきにかかる――玄人はだしの、絶妙のタイミングだ。
 だが、ボルディアの反射神経が男の思惑を凌駕した。相手の踏み込みに合わせた手刀を、喉元に突き立てる。


 男はげぇっと小さく呻くと、喉を押さえて後退りした。
 尻もちをつくとそのまま起き上がることもできず、誰の目にも勝負は決していたが、
「殺せ!」
「仕留めろ、女ァ!」
 一瞬の静寂の後に、客席中から怒号が飛んだ。
 金網の外で張っているオルデンの若衆も、試合を止める気がないと見え、
(流石は地下闘技場、趣味が悪ぃぜ)
 ボルディアがその場で動かず待っていると、やがて男の口の端から血がこぼれ始めた。
 それから眼球がぐるりと動いて白目を向くと、ばったり後ろに倒れてしまう。

 肩をすぼめるボルディア。金網の外を向いて、
「出しな。もう勝負はついてんだろ」
 歓声と共に、金貨の雨がリングへ降り注ぐ。残酷ショーを期待していた大方の客も、
 思いがけない結末に、むしろ興をそそられたようだった。
 最前列で目を丸くしていたルディーンも、ボルディアが近づいてくるのを見て拍手をする。
「いや、お見事! 女だてらにと正直見くびっていたが……」
 ルディーンの合図で、黒服がひとり席を空けた。ボルディアは仕切りを乗り越えると、切れた眉から流れる血――
 パンチを何発か避けきれなかった――を拳で拭いつつ、椅子にどっかと座る。
 客席では若衆が配当金を配り歩き、鵤もたっぷりの金貨を手に満面の笑みで、
「お疲れちゃーん。こりゃ次の試合も楽しみだねぇ」


 ボルディアの試合が終わってすぐ、天斗は厨房に戻らなければならなかった。
 料理人は彼の目の前で、ワインの入ったグラスに何やら分からない、
 薄紫色の液体を瓶から垂らして掻き混ぜてみせる。
「北側、32番席。特別の注文だ、間違えるなよ」
「酒ですか、それは?」
 天斗は薄汚れたテーブルに置かれたガラス瓶を見て、尋ねる。料理人は首を傾げ、
「良く分からん。『タナトモルフォ』とか言うらしいが……、
 俺も1度、味見して気分が悪くなった。中身はあんまり考えないほうが良いぜ」
 渡されたグラスからは、独特の甘ったるい臭気がした。
 サロンに漂っていた匂いと同じだ。どうやら麻薬の類らしいが、言いつけ通りに運んでいく。
 天斗が闘技場への階段を下り始めると、ちょうど大きな歓声が聴こえてくる。

(覚醒者の力なしで、本気の真剣勝負。無事に逃げ帰れる保障もない……1度挑戦してみたかった)
 チャイナドレス姿の香月が、金網の中へ入った。
 彼女の相手は先程ボルディアが倒した男よりは小柄だが、それでもやはり身長差がある。
(兵隊上がり)
 細身の男が羽織っていた帝国軍服を脱ぎ捨て、踊るような足取りで金網に入って来る。
 足には軍用のブーツを履いていた。身体検査で不正をしていない限り、仕込み武器などはないのだろうが、
(足技に自信あり、か)
 男は香月の向かいに立つと、にっと笑いかけた。
「東方の出身かい」
 転移者だと答える訳にもいかず、黙って頷くと、
「どんな技を見せてくれるやら。楽しみだ」
 口振りほどに、男の目つきは油断をしていない。最初の試合をボルディアが制した以上、
 香月のことも見くびる訳には行かなくなったのだろう。向かい合ってみて分かる、この男は、
(さっきの大男ほど強くはない)
 だが香月にかけられたオッズは、なおも3倍。『始め』の合図が飛び、お互いに構えた。

 立ち技同士、それも真剣勝負とあって、しばらくは遠い間合いでの牽制が続く。
 しかし相手はリーチに勝る分、仕掛けるチャンスも多い。待ってはいけない、
(奇襲で利を作る)
 香月は両腕を前へ差し出すや否や、ぐるりと後ろへ回す。
 脚と腰をぐっと屈め、逸らした両腕は翼を模す――象形拳・鷹爪拳。
 初めて見る異様な構えに、男は香月の次の手を予測しかねた。
 地面を這うような低さでしなやかに動く彼女へ、蹴りを繰り出すも命中せず。
 香月の歩法が一瞬で間合いを詰めると、目にも留まらぬ連撃。男の正中線へ、
(覚醒なしじゃ、こんなものか!)
 打ち込むが、男の反応も早かった。咄嗟に腕で急所を庇われ、仕留められない。
 それでも香月は打撃を続ける間に、弧を描いて振り下ろした右手を鉤の手にして、
 敵の眼球を指先で抉る――筈だったが、外された。
 男の頬に傷が走るも、ハンターのスキル抜きでは精々引っ掻いたくらいのものだ。


「攻めてるじゃねーか! 良いぞ、そのまま伸しちまえ!」
 通路から真矢が声援を送る。しかし水月は顎に手を当ててうーん、と唸り、
「このままだと厳しいんじゃないかなー」
 男の目が、香月の速度に慣れ始めている。
 事実、香月の攻撃は的確な防御に阻まれ、急所を捉えられない。このまま続ければ体力を浪費するだけ、
「一手渡すしかないよ」

 男は素早いステップで間合いを取り直すと、追いすがる香月をローキックで牽制した。
 香月の攻めが途切れるや、長い腕のリーチを生かしてジャブを放つ。
(ボクシングをやりますか)
 天斗は例の怪しげなカクテルを給仕し終えると、少しだけ足を止め、試合を観戦した。
 地球のそれほどに洗練されてはいないが、男は中々達者な拳闘家だった。
 香月は詠春拳の手業でパンチを捌いていくも、敵の攻勢を止めるに至らない。
 なればこちらも攻めに出る。香月はコンビネーションを捌ききった後、形意拳へ移行。
 カウンター気味の重い打撃を胸へ打ち込むと、男がはっと息を呑むが、倒れはしない。

(発剄とは神秘ではなく、要するに全身を一貫させて動かし、
 拳などに体重や全身の筋肉の力をうまく乗せること)
 香月の攻撃が続くが、男も打ち返してくる。捌きながら、なおも打ち合う。
(100%上手にできていても、体重、体格、性別の差は如実に出てしまう)
 男の右ストレートが、香月の顔面をまともに捉えた。全身を使って威力をいなし、何とか耐える。
(『武』に、真剣勝負に魔法はない)
 鼻を折られただろうか? 覚醒者の治癒能力なら跡形もなく癒せるだろうが、今は血が流れるに任せるよりない。
(魔法はない、が――)
 刹那、男の視界から香月が消えた。探すより先に、気配が男の背中を打つ。背後へ回られた、
(未知の技術は、ときに魔法と見紛う)
 咄嗟の後ろ蹴りが受け流されると、男は間髪入れずに軸足を刈られ、うつ伏せに倒される。

 何をされた? いきなり消えたように見えたのは恐らく、あの娘が素早く床に転がったせいだ。
 床を転がって後ろへ回り、こちらが迂闊に放った蹴りを外すと、軸足を払った。
 打撃の感触からして、娘はたぶん掌底を使った。屈んだまま、こちらの股下に潜り込んでいたのだろう。
 そして彼女は今や立ち上がり、うつ伏せたままの俺へ止めを――

 刺した。鵤は、香月の踵が倒れた男の首をまともに捉えたのを認める。
(あっちゃー、えげつないねぇ)
 香月は続いて八極拳の構えを取るが、男が起き上がることはなかった。
 金網の扉が開き、若衆たちが男を運び出すと、
 香月も血が吹き出して止まらない鼻を押さえながら外に出、客席最前列へ。
「今度もバッチリ儲けたねぇ」
 鵤のからかいに鼻声でぼそりと何ごとか呟くと、ボルディアの隣に座った。


「いやーこの競技場の主催者に感謝だねぇ。こんな楽しい娯楽を提供してくれるんだからなぁ」
「何をおっしゃいますやら。しばらくは、あの2試合でお客さん方の話題も持ちきりでしょうよ」
「どうですかねぇ。おたくさんらの『オルデン』にゃ、もっと凄い喧嘩自慢が隠れてるんじゃないですかぁ?」
 鵤が、酒を片手にルディーンと歓談する。
「革命後の混乱期なら、確かに凄腕がごろごろしてましたがね。近頃は帝都もまぁ平和ですから」
「そいつはどうかな。つい最近も誰か殺されたんじゃなかったっけ?」
 ボルディアが割り込んだ。用心棒志願と名乗ると、何処で闘技場を知ったかと尋ねられ、
「ネッケって男から闘技場の噂を聞いててね。で、この男から金を借りて、いっちょ……」
「ネッケ? 知り合いですか」
 ルディーンがとぼけた顔をして尋ねると、
「飲み屋で何回か顔を会わせた程度の仲だけど……何だあいつ、有名人だったのかい?」
「いや、ちょいと仕事の話があってね。もし居場所を知ってたら」
 ルディーンは指で輪っかを作って、意味ありげな笑みを見せる。

 水月と真矢がふたり並んで場内へ現れ、客席が再び盛り上がる。
 ボルディアと香月が立て続けに勝利した今、観客も飛び入り参加の『女』たちの実力を疑ってはいない。
「折角ですし、この勝負でも何か賭けませんか?」
 水月が小声で話しかける。真矢がふたつ返事で受け入れると、
「僕が勝ったらデートとか、どうでしょー」
「構わねーけどよ。前の喧嘩で俺ぁもうお前のモノなんだから、もっと好きにしたいこと言や良いのに」
「ぅー……そういうのとは、なんだか違ってですねー……」
 リングに着くと、若衆の手で金網が開かれる。潜る前に少し立ち止まって、
「水月が負けたら女装な! その恰好似合ってるぜ、普段からもっと色々着てみちゃどーだい」
「承知しました、けど」
 水月は自分のワンピースの袖をぐっと掴んで、
「別に趣味じゃーないんで。今回も勝つのは僕で、真矢さんにはデートしてもらいますからねっ」

 水月はワンピースを脱ぎ捨て、水着姿になった。男物の水着と平坦な胸板に、少し客席がざわつく。
 下種な期待をしていた一部の客からは、不満の声も上がっているようだ。ルディーンが苦笑いして、
「男ですか」
「良いねぇー、こういう反応を待ってたんだよこういう反応をぉ!」
 鵤も客席を振り返って、爆笑しながら膝を叩く。
「あんたもお人が悪い。そっちのふたりも、まさか男だったなんてこたぁ」
「そいつぁご想像にお任せしますわ、っひひ……あー」
 若衆が2対2のオッズを知らせて回り、鵤も割符を添えて金貨を差し出そうとするが、ルディーンに止められた。
「そりゃいけません。だってあんた」
 今度の試合は、選手ふたりとも鵤の持ち込みという体である。その彼が賭ける訳にはいかない。
 諫められた鵤は小さく肩をすぼめると、金を引っ込めた。


 開始の合図とほぼ同時に、真矢が突っかけた。
 体格の有利を活かした、ひたすらな攻撃。殴り、蹴り、隙あらば捕まえて投げ技をかけようとする。
 だが水月はことごとくを防御、手練の技で受け流してしまう。
(真矢のほうはまだ、実力で及ばないみたいだ)
 香月が評する。覚醒状態でなくとも、実戦で培った勘や度胸は持ち越せる――
 彼女自身が勝ってみせたように。ハンターとしてのキャリアの差、埋めるには作戦が肝心だが、
(素手喧嘩に、細かい駆け引きは必要なし!)
 ひたすらに殴り殴られる、単純明快な喧嘩が信条の真矢。
 対する水月は、防御を続けながら冷静にチャンスを待つ。
 そして瞬時に真矢の懐へ飛び込むと、鳩尾に掌底を叩き込んだ。

 相手を後退りさせるも追撃はせず、あくまで待つ。真矢は腹を押さえて呼吸を整えつつ、
「じれったいことしねーで、もっとガンガン打ってこいよ」
「僕も真剣なんですよ、この闘技場のルールでやるのは初めてだし」
 水月の瞳が、天井から降り注ぐ照明の光にきらりと輝く。
「気安く賭けに乗るのが悪いんです。デートがかかってますからねー、手加減なし」
「ったく……!」
 鬼の臂力に任せた渾身の打撃も、水月の俊敏な身ごなしの前では分が悪い。
 それでも、慣れない非覚醒での戦闘で多少の隙が生まれる。真矢は見逃さなかった、
(こいつで『女』にしてやらぁ!)
 防御の僅かな隙間に、体重を乗せた前蹴りを捻じ込む。これが腹に入って立っていられる奴はいない、
(――ハズなんだけどよ)
 一瞬、まともに蹴りが決まった感触もあった。だが水月は、半ば本能的な『いなし』を覚えている。
(疾影士の反射神経)
 天斗が見立てた。蹴りの入った瞬間、水月は僅かに胴を捻って威力を逃がしていた。
 中国拳法を修めた香月にとっても、それは闘技の基礎にして真髄、
(技の、力の流れを読む)
 真矢は咄嗟に足を引き、掴まれることだけは辛うじて避けた。しかし水月が前に出る。
 潜り込まれれば、手数の多い水月が勝る。真矢の左フックが空振るなり、水月は掌底を打ち上げた。
 顎を打たれた真矢が仰け反ると、間髪入れずの膝蹴りを腹に入れる。

 立て続けに急所を突かれ、床に倒れてしまったところまでは真矢も認識できた。
 しかしその次の瞬間から、記憶は途切れていた。


 天斗が変装を終えて戻って来ると、6人揃っての帰り道となる。
 尾行のないことを確かめた上、辻馬車を拾うことにしたが、時刻は深夜。
 帝都へ辿り着いても、馬車は中々捕まらなかった。静まり返った街角に立ちながら、
「真矢はもう少し、理合いってものを覚えたほうが良いアルよ」
 香月が相変わらずの鼻声で言う。真矢はこめかみと腹を擦りながら、
「性分じゃねーんだよ」
「水月を見くびる訳じゃないアルが、
 これから真矢が戦うことになる歪虚どもは、もっとずっと強いに違いないネ。
 大きさも力も違う相手とやり合う技術、絶対に必要アル」
「柔良く剛を制すとは言うけどねー。でも、剛を極めて正面突破ってのも恰好良いんじゃない?
 ……大丈夫、黒沙樹さん?」

 真矢がダウンした後。水月は彼女のこめかみを蹴って気絶させると、
 試合終了が告げられるまで、ひたすらに腹を蹴り続けた。
 そうでもしなければ、3試合目にしてすっかり血に飢えた観客たちを、納得させられそうになかったからだ。
「手加減はしたんだけど……」
「平気だって。この通り死んじゃいねーし、元より真剣勝負だろ?
 賭けの約束も守る。注文通り、デートでも何でもやってやるよ」
 真矢が痛みを堪えて笑い飛ばすと、水月もつられ笑いで、
「今度のデート、好きなもの何でも奢りますから」
「その前に。いつもの店で、おっさんが勝利祝いを奢ってあげちゃうよぉ、葛音君?」
 水月へしなだれかかる鵤に、天斗が微笑む。
「お金のこと、先に整理しませんか」
「憶えてたか」
 鵤は小さく舌打ちして、金貨で一杯の皮袋を取り出した。
 試合で儲けた分と、各自の入場料と推薦料を相殺し、その場で6等分する。
「依頼報酬と合わせても、結局いつもの相場通りだねぇ。期待したほど大儲けはできねーもんだなぁ」

 闘技場での稼ぎを分配し終わると、ボルディアが言う。
「肝心の情報収集だけどな。胴元の男」
 ルディーン氏、という天斗の言葉に頷き、
「奴は割符の元の持ち主、ネッケを探してるみてぇだ。
 上手くはぐらかしたけどよ……どうも剣呑な話臭い。そういう目つきだった」
「私は、あまり確固たる情報は得られなかったのですが」
 天斗が話す。ウェイター役をしながら、常連らしい客の顔と名前をざっと控えたこと、
 一部の客が嗜んでいた『タナトモルフォ』なる怪しげな薬のこと。
「俺らは最初っから試合目当てで来たクチだから、その手の話はあんまり。
 だが、コイツはしっかり貰っといたぜ!」
 真矢が、試合後にルディーンから受け取った新品の割符を見せた。
 闘技に参加した他3人にも同じものが配られていたが、鵤は言う、
「使いどころは考えとけよぉ、あんまり足繁く通うとボロが出る。
 近くの席にいた客連中、疑ってたぜ? 女にしちゃ強過ぎるってさぁ」

 やがて馬車が通りかかり、鵤が如何にも夜遊びの客らしい、ふざけた口調で呼び止める。
 全員で乗り込む段になって、ボルディアはふと、自分の取り分が詰まった袋を弄びながら考えた。
(経費だけ差っ引いて、残りはあの記者に寄付してやるかな)
 ろくにものも食わず仕事にのめり込むドリスへの同情か、あるいは応援。
(そうすりゃ、またこの手の仕事を回してくれるかも知れねぇしな)

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MVP一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • ピットファイター
    李 香月ka3948

重体一覧

参加者一覧

  • Pクレープ店員
    真田 天斗(ka0014
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 黒猫とパイルバンカー
    葛音 水月(ka1895
    人間(蒼)|19才|男性|疾影士
  • は た ら け
    鵤(ka3319
    人間(蒼)|44才|男性|機導師
  • ピットファイター
    李 香月(ka3948
    人間(蒼)|20才|女性|疾影士
  • 月に繋がれし矢
    葛音 真矢(ka5714
    鬼|22才|女性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/11/18 13:11:07
アイコン 仕事の時間です
真田 天斗(ka0014
人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2015/11/21 01:02:05