絶望に至る『未来』

マスター:赤山優牙

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/11/20 09:00
完成日
2015/11/23 01:39

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

●ズールの悪事
 王国北西部ブルダズルダの街に程近い小さい村が地獄と化していた。
「おらぁ! 酒も女も足りねぇぞ!」
 一人の人間――ではなく、一体の歪虚によって。
 その歪虚の名は、ズール。大柄の体躯を持つ、傲慢――アイテルカイト――に属する歪虚だ。
 角や尾、翼を持って、人間と言う下等な生物との違うという容貌が多い中であって、ズールは角でも翼でもなく、巨躯であった。
「それにしても、しけた村だな。領主にでも搾り取られているのか?」
 ズールは集めた金目の物やマテリアルを含む宝石等が入った袋を手に取った。
 全部ではない。大半は、主である歪虚に送ったのだ。ズールはしばらくの間、『稼ぎ』を上納しなければならなかった。
 それでも、手元に残る分は、人間をやっていた頃を思えば、彼の心を満たすものだった。あるモノを除けば……。
「上玉がいねぇぞ!」
 王国北部のある村を支配していた時にやってきたハンターは、いずれも美女、美少女ばかりだった。
 一人か二人、無茶してでも持って帰れば良かったと後悔していたのだ。
 その時である。
「貴様が村を支配しているという歪虚だな!」
 凛々しい女性の声がした。
 振り返ると、王国の女性騎士と数名の兵士が武器を構えていた。
「なんだ、てめぇらは?」
「第10独立小隊国内潜伏歪虚追跡調査隊だ。歪虚め! 覚悟しろ!」
 小隊長らしき女性騎士は、普通にしていれば美しいだろうが、その顔は怒りで歪んでいる。
 それがズールには残念だった。
「俺様を倒そうというのか」
 ニヤリと笑って両手を広げる。
「その慢心こそ、傲慢だな!」
 女性騎士は抜剣しながら鋭い突きをズールの腹に突き刺した。

 ――騎士の剣は、確かに、歪虚の身体を貫通する。

 同時に、女性騎士は腹部を抑え、叫び声を上げながら、その場で崩れた。
 鎧の隙間から真っ赤な血が流れる。
「な、なにが……」
 頭が真っ白になった女性騎士。
「隊長を掩護しろ!」
 数人の兵士が一斉に槍を構えて突撃する。
 だが、ズールがいつの間に持った巨大な両手剣が一閃すると、兵士達は薙ぎ払われた。
 ぐちゃぐちゃと不気味な音を立てて粉砕される兵士。半狂乱になる兵士。様々だった。
「脆いな! 人間はよ!」
 まるで蟻を踏み潰すように、ズールは兵士達を、『処理』していく。
「お、おのれ、歪虚め!」
 痛みに耐えながら立ち上がる女性騎士。
 立っているのも限界だ。
「安心しろ。貴様はすぐに殺さないぞ」
「ど、どういう事だ?」
「しばらく、楽しませてもらうからな」
 ガッと、腕を振って、騎士が持つ剣が吹き飛ぶ。
 次に首根っこを掴まれ、持ち上げられた。鎧を着ているというのにだ。
「や、やめろ!」
 ズールはニタニタと笑いながら、もう片方の手で鎧を無造作に剥ぎとっていく。
 女性は再度、大きな悲鳴を上げた――。

●絶望に至る『未来』
 王国の女性騎士シャルは暗い地下室に閉じ込められていた。
 歪虚によって尊厳を踏み躙られ、地下室に僅かに差し込んでくる光を、生気がない眼差しで見つめていた。
(なん……で、こんな……ことに……)
 功を焦ったというのだろうか。充分に勝てると見込んでいた。
 だが、結果は一方的な敗北。今はただ、動けず、糞尿を垂れ流しながら地下室で死を待つだけだ。
 食べ物や飲み物を歪虚が持ってくるはずない。怪我も治療できず、そのままだ。
(もう、助からない……もう……)
 これが『死』なのか。
 仮に、今助かったとしても、どうなるのだろうか。
 作戦の失敗だけではない。多くを失ってしまった……あぁ……兵士の家族になんて言えば……。
 そんな事が頭の中をぐるぐると駆けまわる。
「……私に、力があったら、こんな事には……」
 そもそも歪虚に負ける事は無かっただろう。
 兵士達を死なせる事も、自分がこんな目に遭う事も、そして――輝かしい『未来』があったはずだ。
 生気を失くした目から涙が流れる。
「貴方の願い、叶える事、できますよ」
 そんな声がして、視線を向けると、そこには緑髪の少女が佇んでいた。
 いつから、居たのか……。
「……強く、強くなりたい……私には、もう、『未来』がない……」
「未来の先が、もし、絶望だったとしても?」
 確認するように訊ねてきた少女にシャルは叫んだ。
「だとしても、私は、ここで終わりたくないの! お願い! 叶えてぇ!」
 呪いを吐くような言い方に少女は一瞬、悲しい顔をした。
 そして、闇に向かって振り返る。そこには、幾何学模様の角を持つ歪虚がいた。
「叶えようではないか。気高き騎士よ」
 歪虚の口元は、確かに笑っていた。

●歪虚騎士
「強く、美しくないと『未来』は遠ざかってしまう。輝かしい『未来』の為には、強くならなければいけない!」
 村の一室に集まっていた村人らに、まるで演説するようなシャルの言葉。
 しかし、村人から返事はない。当然だ――彼らは、既に死んでいるのだから。
「強くなる為には、まずは鍛錬! そして、勤勉だ!」
 周りから見れば滑稽な状況だが、笑っている者はいない。
 そんな死の村に、生きている人間が二人いた。
「オキナ、どこに行くのですか?」
 緑髪の少女が、老人に話しかけた。
 オキナと呼ばれた老人は、魔導冷蔵を備えた特殊な馬車に乗ろうとしている。
「……なに、ちょっと北の方にな。ここでは、欲しいのがあっても、使えんしの。ノゾミ嬢ちゃんは、残るのじゃろ」
「ブルダズルダの街で活動する予定なので」
「ふむ……まぁ、ズールには気を付けるのじゃぞ」
 オキナの言葉にノゾミは頷く。
 あの歪虚と化した堕落者は油断ならない。
 今回、シャルという王国騎士を堕落者にさせた切っ掛けを作った例もある。
 北へと出発したオキナを見送り、ノゾミはフードを深く被った。
「この村はシャル様に任せて、私はブルダズルダの街に行かないと……」
 少女は街へと向かって歩き出した。

●募集
 王国のとある小隊が壊滅し、更に、小隊長が歪虚と化して村で死んだ人間達に戦闘訓練を施しているという事実は、公にはできない事であった。
「で、こんな片田舎のハンターオフィスにこっそり依頼が来るわけ!?」
 受付嬢兼報告官のミノリがげんなりとしていた。
 幸いにも、たまたま通りかかるハンターもいるので、目につく事はあるかもしれない。
「内容が内容だとは分かるけど……」
 人が集まらなかったら、最悪、自分が行くしかないからだ。
 さすがに、雑魚であればミノリでも退治に行けるが、相手は歪虚である。
 しかも、元王国騎士だ。基礎能力も高そうである。
「おまけに……情報を引き出せなんて、無茶な……」
 今回の依頼は歪虚を倒す事だけではない。
 可能な限り、持っている情報を聞き出すのも、依頼の中に入っているのだ。
「だれかー! 受ける人いませんかー!」
 内密の依頼にも関わらず、ミノリが大声で宣言していた。

リプレイ本文

●対峙
 村の入口で歪虚シャルが待ち構えていた。
「俺はリュー・グランフェスト。名乗れ、王国騎士」
 近付いたハンター達の中から、リュー・グランフェスト(ka2419)が進み出た。
 だが、歪虚から返事はない。鋭利な刃物を思わすような視線を向けてくるだけだ。
(騎士を堕落せしめたもの。それがもし、夢であるなら……辛いです)
 豊かな胸を手で抑えながらセリア・シャルリエ(ka4666)は心の中で呟く。
 この依頼は内密に行われている。思いもしなかった立派な騎士が歪虚化したのが王国騎士団にとっては有り得ない事なのだろうか。
「堕落者ですか……歪虚と化した覚醒者……強敵でしょうが、戦うしかないですね」
 マヘル・ハシバス(ka0440)は魔導槍を構える。
 その隣で王国騎士に似せた装備姿のノーマン・コモンズ(ka0251)が剣を構えた。
「生前は名のある騎士様だったんですかねえ。しかし、騎士でもハンターでも堕ちてしまえばそれまで、歪虚となって仇なすなら、その命をもって贖ってもらわないとですねえ」
 歪虚から動きが感じられないのであれば、このまま戦闘になるしかない。
 彼女が優秀な騎士だったのは、マヘルとノーマンが事前に調べた結果、疑う余地がない所だった。
 ハンター達は各々油断なく真剣な表情で対峙する中、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は別の意味で真剣だった。
(騎士が女ってありえねぇよ! どんなツラなのかマトモに見れねぇ!)
 受付嬢ミノリがいるハンターオフィスを通りがかり、偶然、面白そうな依頼を見つけたと思ったら、この始末だ。依頼内容の流し読みは、もうしねぇと思った。
「歪虚シャルさんとの対決ですか……」
 しかも情報収集も行うという依頼内容を思い出しながら、シャルア・レイセンファード(ka4359)は杖を持つ手に力を込める。
 討伐するだけよりも難しい。情報を得る前に倒してしまうわけにもいかないし、かと言って、簡単に会話に応じるとも思えないからだ。
 その考えは正しかった。歪虚シャルはハンター達を『別の何か』の様に認識していたからだ。
「絶対に! 私は負けられないぃぃ!」
 突如として狂乱気味に歪虚シャルが叫ぶ。とてもじゃないが、この状態ではなにを言っても会話にはならないだろう。
 同時にゾンビの群れが槍を持った姿勢のまま突撃してきた。
「歪虚の本能……傲慢であること、そして、人間と戦うこと。わかります。少なくとも私も視てきましたから……」
 対してハンター達の中から、エリー・ローウェル(ka2576)が剣を抜かず、ゾンビが突き出した槍の穂先を紙一重で避けて、歪虚に問い掛けながら向かう。
「でも、あなたは、本当のあなたはどんな人間だったんですか? 仲間のことを思える優しい人じゃなかったんですか……?」
 紙一重で傷ついた頬から涙の様に一筋の血が流れた。

●『未来』を背負う者
 無抵抗に近付くエリーを歪虚が薙ぎ払う。
 だが、それに耐えきり、彼女は歩みを止めない。
「シャルさん、取り戻しましょう」
 心に呼び掛けるように発した言葉を無視して歪虚が上段に剣を構える。
 その顔は怒りに燃えているだけで人間の表情は残していた無かった。
(それでも……心を失ったら、それは、人生の否定になるから……)
 振り下ろされた剣を受け止める事もしない。
 右肩からざっくりと刃が食い込んだ。
 激痛にあまり意識が彼方に飛んで行ってしまいそうになるのを耐える。
「もっと、もっと、強く! 私はぁぁ!!」
 歪虚が叫びながら剣を振るう度に、鮮血が辺りを染めた。
 シャルに取り戻してもらうため、本当の自分を見て欲しいため、エリーは満身創痍でも立ち続ける。
「心はいつでも還れる! 未来に馳せる願いがあるなら、あなたの『未来』は私が背負うから!」
 剣がエリーの身体を突き抜け、彼女の背中から真っ赤に染まった剣先が姿を見せた。
「……め、さ……ま……」
 歪虚の口からなにか言葉が漏れた。
 嵐の様に剣を振るっていた腕が止まり、スラリとエリーの身体から剣を抜く。
「……私は、なに、を……トドメを、ささなきゃ……」
 混乱する様に頭を抱えながら数歩下がる歪虚。
 その隙に、ジャックがエリーの首元をひっつかむと後ろに下げた。
「ジャック様、あと、は……」
「喋るんじゃねぇ! 黙って、そこで見てろ!」
 拳銃を構えるジャック。
「まだ、終わってない! 私はもっと、強くならないと! 姫様を守れない!」
「相手が女だろうと、俺様は容赦しねぇかんな! ……容赦しねぇかんな!!」
 歪虚とジャックが力強く叫んだ。

●死人殲滅
「死体で遊ばせるわけにはいかないんです」
 光り輝く三角形をマテリアルで構築するマヘル。各頂点から光が迸り、その内の一本が歪虚シャルの胴体へと突き刺さった。
 同時にマヘルはズキンと激しい痛みを感じる。
「『懲罰』……ズールと同じ能力、ですね」
 受けたダメージと同じ傷を相手にも与える傲慢の歪虚の能力の一つだ。
 自身の技が強力過ぎる程、その能力を使われると厄介だ。
(調べた情報によると、シャルさんは巨大な体躯を持つ歪虚の討伐に向かったと……)
 マヘルの中で、その歪虚に心当たりがあった。
「邪魔は、させませんから!」
 シャルアが氷のような冷たい蒼色をした炎の矢を放ち、1体のゾンビを粉砕する。
 崩れたゾンビの上を長剣を構えたノーマンが駆け抜けて、別のゾンビに斬りつける。
 彼の持つ剣は、赤い光が炎の様に纏っていた。シャルアが付与した炎のマテリアルの力だ。その力のおかげもあり、一振りする度に、ゾンビがボロボロと消滅していく。
 残りのゾンビ数体が槍を揃えて向かってきた。
「シャルアさん!」
 ノーマンが合図代わりに叫ぶ。
「任せて下さい!」
 その呼び声に反応して、シャルアが土壁をゾンビとノーマンの間に現れた。ゾンビ達は勢い余って土壁を突き止る。
「訓練を受けても身に付かないのでは意味がないですねえ」
 バッと土壁を飛び越え、ゾンビらの背後に回ると剣を一閃。
 更にマヘルの機導術の光が飛び交い、瞬く間の間にゾンビは一掃された。
「後は……シャルさんだけですね……」
 マヘル達は仲間達と戦闘を繰り広げる歪虚を見つめた。
(力があれば未来は違った。確かにそうでしょうね。ですが、力を手に入れたとしても、起きてしまった事は変える事はできないのですよ……)
 そんな思いを込めながら。

●歪虚騎士
 歪虚の剣は正規の訓練を受けた騎士のものであった。
 それをリューにはすぐにわかった。この騎士は歪虚化してなくとも十分に強かったはずだ。
「何故、強さに拘る? その強さの果てに何を欲する?」
 強さに拘る所にはなにか、意味があるはずだ。
「強くないと、『未来』は守れない! 仲間も、私も、姫様も!」
 言葉を発するようになった歪虚から強烈な一撃。
 それを正面から受け止めるリュー。あまりの衝撃で数歩下がった程度で済んだが、守りに徹していなかったら、これ位では済まなかっただろう。
「てめぇ! 何で歪虚化なんざしてんだ、誰に変えられたよ!?」
 ジャックが歪虚の前に立ち塞がると問いかける。
「この力は、偉大なる歪虚ネル・ベル様から頂いた!」
「なん……あのクソ歪虚!」
 シャルが告げた名前に聞き覚えがあったジャックは、言葉を吐き捨てた。
 まさか、ここに来て、あの歪虚の名前を聞くとは思いもしなかったからだ。
「『強制』を使われるとやっかいだな」
 警戒しながら銃を放つ。
 銃弾が歪虚の腕に命中したと同時に、ジャックは腕に激しい痛みを感じた。
 思わず拳銃を落としそうになり、慌てて盾を投げ落として支える。
 そこへ間合いをつめて一気に迫る歪虚の剣。だが、剣がジャックに達する事はなかった。
 その一撃をセリアが受け止めていたからだ。歪虚の剣を弾け返すと器の大きそうな胸を揺らしながら振り返る。
「き、気をつけろ、変な能力を持ってるぜ」
 本気で忠告する気があるのか、ジャックがそっぽ向きながら言った。
「よく知っているつもりです。『懲罰』は……それと、掩護不要です」
 止血しながら戦闘の様子を見守っているエリーを視界の中に入れながらセリアは言うと、単身で歪虚に向き合う。
 後もう一押しできれば……なにか、代われそうな、そんな予感がした。
 体勢を整えた歪虚が斬りかかったくるのを、避けるセリア。
 その太刀筋に力量の差を感じた。それでも諦める事なく、立ち向かう。
 高速で繰り出される刺突は避け難く、斬撃は重たい。
「騎士なら、きっと不名誉な生より名誉の死を選ぶ」
「死んだら守れない! 強くないと、守れない!」
 セリアはあっという間に劣勢に立たされた。歪虚の攻撃だけではなく、歪虚に届いたセリアの攻撃に『懲罰』の能力を適時使われたからだ。
 剣が弾かれ、短剣を逆手で構える。
「……どうして歪虚などに身を堕としたのですか?」
「私は、私はぁ!」
 歪虚の剣に乱れがあったのは、セリアも分かった。
 なぜなら、受け止めきれない一撃だったのにも関わらず、セリアの急所は外れたからだ。
「み、みてないぞ!」
 なにがとは言わないが、ジャックが倒れたセリアの首元を掴んでエリーの元まで引き上げる。
「……ジャック様」
「な、なんだよ! 怪我人は大人しくしてやがれ!」
 エリーのおもいっきし、怪訝な表情に対して、照れながらジャックがムキになって叫んだ。

 歪虚の正面に立ったリューが正式な騎士の礼を取る。
「名乗れ。女騎士。俺はグランフェスト」
 あくまで彼女を騎士として対したいからだ。
 身体が覚えていたのだろうか歪虚シャルがそれに応える。
「屈したかもしれない……堕ちたかもしれない……でも、国を思う気持ちに騎士である矜持に嘘は無かったと俺は信じる!」
 彼の背から爆音と共に炎を模した印が出現。突撃する勢いのまま、自らの想いをマテリアルに込め、紋章が輝いた。
 対して歪虚も黒いオーラの様なものを身体と剣に纏っていた。リューを迎撃するつもりなのだろう。
「紋章剣『天槍』!」
 強く踏み込んでから放たれた一撃は、黒い剣を砕き、歪虚の身体を貫いた。
 剣を抜くと同時に崩れ落ちてきた歪虚の身体を抱き止める。
「あんたの役目は終わった。その思いは未来に繋げる。そして、絶望は必ずあんたの敵に届ける。だから、もういい。ゆっくり休みな」
 そう告げると、静かに地面に降ろした。

●歪虚シャルの最後
「私……そう、か……」
 地面に横たわった歪虚シャルが青空を見ながら呟いた。
 正気を取り戻したのだろうか。今なら戦闘前に訊ねたかった事が聞けるのかもしれない。マヘルはそう思った。
「王国の騎士のシャルさんで間違えありませんね。なぜこんな事に?」
「……村に現れたズールと言う名の歪虚に返り討ちにされ……」
 そして、シャルは何が起こったのか、途切れ途切れに話し始めた。
 仲間を失い、酷い事をされ、死を待つだけだった時に、ノゾミという名の緑髪の少女と角が折れた歪虚ネル・ベルに出逢った事を。
「どうして、歪虚化したのですか?」
 セリアが傷口を抑えながら訊く。
「……歪虚はシスティーナ姫に王位を……と。だから、私、協力しようと……」
「あなたにとって、強くなるというのは、王女様の為に?」
 強さに拘る理由をセリアは推測した。
 その推測に、歪虚は頷く。
「今でも、ネル・ベルの言葉が正しく思えてならない。私は姫様の為と思っているのに……」
 悔しそうに言葉を続ける。
「輝かしい、『未来』を、姫様と、一緒に……強かったら、私が、強かったら……」
 恨めしい言葉をあげて空に伸ばした手をジャックは思わず掴んだ。
 強さを求め続けるその姿が……ある意味、他人事ではない気がした。ふと、シャルの姿がある記憶に重なる。
 だから、気が付いたらシャルの上肢を優しく抱き抱えていた
「歪虚化しちまった以上、てめぇに女としての未来はねぇ……けど、今、この瞬間だけは、俺様の女だ」
 頼もしそうな言葉を言っているが、その頬には濡れていた。
 自身の顔に落ちてくる滴の暖かさにシャルが微笑んだ。
「……ありがとう」
 ジャックの温もりを感じながら、シャルの身体がボロボロと消滅していく。
 その表情は穏やかで美しかった。

「逝きましたね」
「そうだね。準備したのが無駄だったかな……」
 歪虚が消滅したのを見届け、シャルアがノーマンに話しかけた。
 ノーマンは苦笑を浮かべていた。もし、仲間達の呼び掛けに歪虚が応じなかったら、自身を王国騎士と偽ってでも情報を引き出すつもりだったからだ。
 結果的に、そうならなくて良かったかもしれない。
「あんなに、穏やかに死ねたのだから」
「そうですよね」
 ノーマンの言葉にシャルアは何度も頷いた。
 気がかりな事があるとすれば、システィーナ姫の名が出て来た事だった。歪虚の妄言かもしれない。だが、妄言に優秀な騎士であったシャルがひっかかるとも思えないからだ。

 リューがエリーの身体を起こして肩を貸していた。
「ありがとうございます、リューさん」
「気にしなくていいぜ。それにしても、見事なまでに消えちまったな」
 歪虚の身体の事ではない。歪虚が身につけていた武具だ。
 形見として持ち帰ろうとしたのだが、なにも残っていないのだ。
「リューさん、あれはなんでしょうか?」
 メモ帳みたいのが落ちている事に気がついたエリーが指差す。
「……ブルダズルダの街の宿や酒場の一覧みたいだな」
 拾ったメモに書かれている内容を確認してリューが首を傾げた。
「歪虚の持ち物でこれだけが残ったみたいですね」
 ある意味、これが、彼女の形見なのかもしれない。


 こうして、ハンター達は歪虚シャルの討伐といくつかの情報を得た。
 得られた情報を分析して、歪虚ネル・ベルとその協力者と思われるノゾミ、歪虚ズールが今回の事件に関わっているのではないかと結論付けられた。
 そして、彼らがブルダズルダの街に向かったという事も推測されたのであった。


 おしまい。


●絶望に至る『未来』へ
 セリアとマヘルがハンターオフィスでズールに関する事を伝えていた。
 胸に手を当ててセリアが瞳を閉じていた。
「どうしたのですか?」
 マヘルの問い掛けにセリアが答える。
「いつか演じる騎士には、きっと、シャルの心が息づいているかなって思って」
「そうですね……彼女の願った未来は、生き残っている人達で背負っていかないといけませんし」
 セリアはその胸を揺らして力強く頷いた。
 シャルの願った通りの未来になるかどうかわからない。けれど、未来は輝かしいものにしていかなければならない。歪虚によって虚無へと至らせるわけにはいかないのだ。
 決心を込めた胸を強調して立ち去っていくセリアの後ろ姿に、ある友人の姿を重ねながらマヘルは思った。
(『未来』が無い……だとしても……ノゾミさん、人は必ず絶望するわけじゃないのですよ……)

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MVP一覧

  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴka1305
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェストka2419
  • 『未来』を背負う者
    エリー・ローウェルka2576

重体一覧

参加者一覧

  • まめしの伝道者
    ノーマン・コモンズ(ka0251
    人間(紅)|24才|男性|疾影士
  • 憧れのお姉さん
    マヘル・ハシバス(ka0440
    人間(蒼)|22才|女性|機導師
  • ノブレス・オブリージュ
    ジャック・J・グリーヴ(ka1305
    人間(紅)|24才|男性|闘狩人
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 『未来』を背負う者
    エリー・ローウェル(ka2576
    人間(紅)|19才|女性|闘狩人
  • 想い伝う花を手に
    シャルア・レイセンファード(ka4359
    人間(紅)|18才|女性|魔術師
  • ミルクプリンちゃん
    セリア・シャルリエ(ka4666
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 絶望と向き合う為に
リュー・グランフェスト(ka2419
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/11/19 18:27:41
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/11/14 19:48:38