シフトリーダーの悲哀

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/08/03 19:00
完成日
2014/08/09 12:07

みんなの思い出

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オープニング


 固く閉ざされた一室では円卓会議――グラズヘイム王国の最高意思を決定する会議が開かれていた。
 王女システィーナ・グラハムを始め、大司教セドリック・マクファーソン、騎士団長エリオット・ヴァレンタイン、侍従長マルグリッド・オクレール、聖堂戦士団長ヴィオラ・フルブライト、そして王族の一としてヘクス・シェルシェレット。
 その他、大公マーロウ家を筆頭とした王国貴族を含め、十数名が白亜の卓子に各々の思惑滲む顔を写している。
 重苦しい空気の中、王女が懸命に言葉を紡ぐ。
「自由都市同盟――隣人の危機です。私は急ぎ騎士団の派兵……」
「規模が、問題ですな」
 王女を制したのは大司教だった。
「騎士団と安易に仰るが、その数は? その間の国内をどうされる?」
「……どうにかやりくりして、できるだけ多くを」
 王女の縋るような視線を受け、騎士団長の眉が寄る。彼だけではない。大司教も侍従長も、そして聖堂戦士団長ですら同じ表情だ。
 言わんとするところは、誰もが同じだった。
「……現在の騎士団に、余力はありません」
「……ごめ、んなさい……私が……」
 ちゃんとした指導者だったら、きっと国はもっと強かった。
 無念そうに言葉を絞り出す騎士団長に、王女は消え入りそうな声で詫びる。
「まあ」ヘクスが軽薄に笑う。「余力はない、が全くの知らんぷりもよろしくない。さて、どうしよう」
 ねぇ、と問うた彼の視線の先。
「聖堂戦士団は半数を派遣致します。当然私も向かうことになるでしょう」
 ヴィオラが応じた。エクラ教の絶対的教義故、迷いのない言葉。
「良いのでは。王国たるに相応しい威光を示す良い機会かと」
 マーロウ家現当主、ウェルズ・クリストフ・マーロウが穏やかに言うと幾人かの貴族が首肯し、残りが眉を動かした。王女が口を出す前に大司教が言う。
「『騎士団の派遣は現実的ではない』。殿下、その慈悲で以て我が国の現状にまず目を向けて頂きたい」
「でも……」
 王女が何かを堪えるように唇を引き結ぶ。誰かが、小さく苦笑した。
「少数ならば」エリオットだ。「派遣できましょう」
「す、少しならできるのですか!?」
 大司教が騎士団長を睨めつけ、諦めたように息を吐く。
「騎士団長がそう言われるのであれば、是非もありませんな。――侍従長?」
「私は特に。異論ありません」
 侍従長の目が、他の出席者を巡る。
 出来る限りの譲歩だ、異論が出るはずもない。――王女の、本音を除いて。
「……で、では、少数の騎士団と半数の聖堂戦士団を派遣、同時に備蓄の一部を支援物資に回しましょう」
 次々と席を立つ面々。最後に部屋を後にするへクスと両団長の背に、王女は一度だけ目を向けた。



 さて。王国西部にある街、デュニクス。今も昔も銘酒の産地と知られている。
 とはいえ、イスルダ島での敗戦以来、緩やかに衰退しつつあるのが現状であった。王国西部は遠からず、歪虚との戦争の主戦場となることが確定している。デュニクスまでその禍が及ぶかどうかは明らかではないが、その余波は被る事には違い在るまい。

 ――事実、二足歩行をする羊の雑魔に襲われた事は記憶に新しい。

 ハンターとその他二名によって撃退されたものの、それも衰退を後押しする。
 嘗ては交易で大きな利益を得ていた街だ。西部では一等規模も大きい。そこから、緩やかに人が離れていく。

 歪虚の脅威を畏れての疎開。多かれ少なかれ、この世界で見られる構図ではある。

 ただ、デュニクスは大きく、立地としても最前線に近しい街だ。
 ある日、住人たちから騎士団へと要請が届いた。以来、人が抜けた隙間を埋めるように、騎士団が入り始めた。
 そうして、駐屯地としての役割を帯びるようになってきている。
 先日の戦闘中に逃走した赤羊の影響もあるだろう。現在も潜伏を続けている指揮官相当の歪虚が、この街を狙わないとも限らない。

 騎士団。その中でも【青の隊】の一部がこの街に入った。鎧、あるいは衣装に青色を差しており、【天青隊】とも呼ばれる隊だ。
 騎兵としてだけでなく、下馬しての戦闘や工作もこなす。彼らはデュニクスの拠点化のために街に入ったのである。

 そこに――騎士団派兵の連絡が届いた。デュニクスの拠点化の手を緩めるわけにも行かず、さりとて派兵のために抜けた穴について、現場レベルでの調整が必須となった。

 そして。
 デュニクスから北方、沿岸部。イスルダ島を見張る哨戒施設で、それがおこった。



 レヴィンと呼ばれる男がいる。48歳のシングル。イスルダ島での敗戦を受けて国を護るのだと立ち上がり、現地採用された男である。最初こそ従騎士であったが存外器用な所があり、現場の管理を任されるようになった。戦功としては少ないが、今では騎士として働いている。
 その彼が、今、悲鳴を上げていた。

「う、ううう、や、やや、やっぱりこうなるんだ……」

 疲れきった哀れっぽい声は、夜間の哨戒任務で疲れていたからではない。そういう為人なのだ。
 さて。彼は今、帳簿と向き合っていた。シフト表である。
 常ならば急な体調不良なども加味して余裕を持って組んでいたのだが、そこに騎士団派兵の件が重なった。いや、それだけならば問題はなかったのだろうが。

 ――子供がそろそろ生まれそうなんです。
 そう言った従騎士がいた。故郷に妻を残してきた若者だ。
 レヴィンには子供はいない。だが、いつ果てるとも知れぬ生涯の想い出になると思った。
『お、おお! それはめでたいですね! ふ、ふふ、勤務には少しだけ余裕がありますから、是非、顔を見てきてあげてください』
 一人抜けた。

 ――ふ、レヴィンさん、すいません。
 夏風邪で倒れこんだ従騎士が居た。
『いや、いやいやいや! い、いいいんですよ。誰にだって休息は必要ですから。私の方こそ、貴方の体調に気を使って上げられず申し訳ない!』
 とドゥゲザするレヴィンをよそに一人抜け。

 ――レヴィンさん、俺、凄く悩んだけど、戦場に行きたいです。
 ギリギリ余力がある所に、もう一人。

 そこに。
 ――……すいません。
 ――面目ないです……。
 夏風邪が広がり、もう二人。質の悪い夏風邪のようで、肺まで患ってしまったようである。
 更にそれが広がり、二人が斃れた。

 そういった次第で、現場では圧倒的に人が足りなかった。
 レヴィン自身、もう四日程寝ていない。

「――も、もうだめだ……」
 レヴィンは、小器用な男である。元々市井の出でもあり、騎士としては比較的柔軟でもあった。

 なかったら、頼めばいいじゃない。

 睡眠不足で震える身体でなんとかハンターズオフィスに一報をいれると、気絶するように仮眠をした。翌日に来てくれるであろう、救いを夢見て。

リプレイ本文


 宿舎、というにはいささか簡素に過ぎた。哨戒場であるこの土地には最低限のモノしかないようだ。
 無骨な石造りの建物が数棟。そのうち、レヴィンの私室兼事務用の建物に一同は居た。安っぽい寝台も据えられている。
「ったく、黒も真っ青なブラックシフトじゃねーか、手当て貰う前にくたばんじゃねぇか?」
 岩動 巧真(ka1115)の声。修正に次ぐ修正を重ねたシフト表を見ての言葉だった。それを横目に見た雲類鷲 伊路葉 (ka2718)が吐き捨てるように続く。
「体調管理もなにもあったもんじゃないわね」
 ――戦う者であるのなら、何時でも戦えるようにしないといけないでしょうに。
 巧真もそうだが伊路葉もまた元軍人である。伊路葉は体調管理を怠るこの世界の『軍人』に、落胆を抱いた。
「いやぁ、中々大変そうだね?」
 にこやかに言うルピナス(ka0179)は、何か面白いネタでも無いかとあちこちを見渡しているようだ。
「まったく……自己管理も出来ないのね」
 やけに熱の篭った吐息がひとつ、零れた。日浦・知々田・雄拝(ka2796)。本名ではない。此処では雄拝と記そう。
 雄拝は男だ。だが、乙女だ。呆れるような口調の影に滲む情は、深い。
「ぁー……おい」
「なによ」
 巧真は隣の少女の頭に手を置いた。大層気安い仕草だったが、少女――ヴェール・L=ローズレ(ka1119)は大して気にもせずに、応じる。
「お前こいつらの面倒見とけ。回るのは俺がやっておく」
「……分った。任せなさい、けど無理したら分かってるわね?」
「ハッ、覚えといてやるよ」
 ヴェールも転移者の元軍人である。巧真とは同じ部隊の誼だ。その気安さは長年の付き合いにも依るのだろう。なればこそ、僅かな間は彼女の心中を表していた。男はそれを知ってか知らずか、太く笑っていた。
「他に行く奴はいるか?」
「あたしも行くわ」
 フランキスカ・コルウス(ka0626)がそう応じた。見目麗しいエルフだが、どこか距離を感じさせる女性であった。
「僕もいいかな?」
 ルピナスも挙手を返す。
「オッケー……後は」
「は、はい?」
 巧真の視線に気づいたレヴィンの目の下には貼り付くように疲労の痕。
「……まぁ、頃合いを見て寝とけ。な?」
 巧真。隊長職を務めていただけあって、存外心配りの出来る男であった。



 別棟、この地に派遣された従騎士達の宿舎は、今や病人の巣窟であった。
 従騎士達五人は何れも年若い男達だ。老練な騎士はこの国ではそう多くはない。ハンター達――ヴェール、伊路葉、雄拝が足を踏み入れると、病人達はどこか緊張した面持ちで立ち上がった。
「……何してんの?」
「い、いえっ……げほっ」
 ヴェールが尋ねると一人からそう言った調子で咳が返った。
「あんた達、大丈夫? とりあえず座って」
 ヴェールは一人ずつの容態を確認することからとりかかった。痰の有無。脈拍の確認。発熱の程度。簡単な診断や、重症の程度くらいなら解る。
「不衛生な場所ね」
 室内を見渡して、伊路葉はそう呟いた。男やもめに蛆がわく、という程ではないが、惨状とは言っていい有り様だ。マスクの位置を整える。
 ――青の隊。工作行動までする万能型と聞くけれど……実際はこんなものかしら?
「揃いも揃って肺炎。よく此処まで拗らせたわね」
 ヴェールが言えば、一様にバツが悪そうに下を向く従騎士達。伊路葉が追求の声を上げる。
「貴方達、どうしてそうなるまで放っておいたの?」
「それは……」
「言えないような疚しい事でもあるの」
「その、休みは、頂いたのですが」
 ――レヴィン様が。
 と、続いた言葉に伊路葉は眉根を寄せた。部下の酷使か、と。
「レヴィン様が私達の仕事まで全部こなそうとするので……つい、働いてしまいました」
「……」
「……すみません」
 伊路葉の冷めた両眼は、よく物を語っていた。堪えきれずに謝罪してしまう従騎士。
「とにかく。確り休んで体を治す事、そして万全の態勢で復帰するのが今の君達の仕事だ、分かったら大人しく寝る」
 ヴェールが言った、その時だ。

「ごめんなさい、遅れたわね」

 170cm程の身体をやけに着丈の短いピンク色の看護服に収め――おお、その背に在る翼の、穢れ無きこと。まるで企画物の【削除されました】のようである。
 雄拝。ドワーフの筈だがどこで覚えた。なお、艷やかな長髪はどうやら持参したカツラらしい。
「……」
 雄拝の変貌にヴェールも伊路葉も言葉を無くしていた。従騎士達もだ。
 ――ふふ。
 雄拝だけは、そんな事は気にも留めず従騎士達に艶然と笑い返していた。



「……景色だけは、健康的なのね」
 哨戒の途中、フランキスカがそう言った。
 どこまでも突き抜けた青空であった。夏雲。遠くから響く潮騒。照りつける太陽の日差し。陽光を、これでもかという程に蓄えた大地から舞い登る熱気。
 ――この海の向こうに、歪虚達の島がある。
 俄には信じがたい、自然な在り様である。
「そうだねえ……」
 今。巧真、ルピナス、フランキスカの三名が周囲の哨戒にあたっていた。
 彼らは一度レヴィンに哨戒ルートを案内してもらった後、レヴィンを拠点に戻していた。少し寝ろ、と。
 レヴィンはその配慮に土下座するほどの感謝を見せたのが、つい一時間程前の事であった。
「もう少し歪虚達の姿が見えれば戯曲にも……ん?」
 その時、ルピナスはある音に気づいた。
 レヴィンが、全力疾走で此方に向かってくる足音であった。
「ああっ! お、追いつけましたか!」
「なんだ、もういいのか? 休んでいてもいいんだぜ」
 巧真が眉をひそめるようにして言うと、レヴィンはもう十分ですと告げた後、こう付け加えた。
「彼らも病と闘っていますから……私だけが休む訳には」



「アッ、ダメです、そんな……ッ!」
「あらあら、いい大人が一々騒がないでよ。早く治りたいでしょ」
「で、ですが……そんな、自分でも、っ」
 専門の知識がある訳でもなく、雄拝は坐薬については深くは知らない。入手したそれが本当にキクのかも知らない。
 ただ、坐薬であることに意味があった。
 従騎士はやはり症状は重いのだろう。抵抗する力は弱い。
 ――遠慮する理由は、雄拝には無かった。
「えいっ♪」
「アッ……!」



「……何ともまぁ、無理をするものね。それで自分が倒れちゃったら世話ないじゃないの」
「は、はあ、すいません……しかし」
 フランキスカがそう言うと、レヴィンは薄くなった頭頂部を見せるように頭を垂れる。
「熱心なのはいいけど――ほら」
 フランキスカが呆れながら言い、示したその先。寄せては返す波間の傍らに、動く影があった。
「おや……砂の海を泳ぐようにうねるそれはそれは恐ろしい――」
 その姿を詞に、そして心に留めるように告げるルピナス。突然の言葉にフランキスカは眉根を寄せた。
「なに?」
「や、次に書く戯曲は大蛇を出してもいいかも、とね」
「……そう」
 ルピナスが詠った通り、そこには黄褐色の大蛇の姿があった。明らかに此方を獲物として補足している影だ。
「いやはや、中々でけェナリをしてるな」
 巧真が感嘆するようにそう言う中、レヴィンが声を張る。
「みみみみ皆さん、気をつけてくだしゃい! た、大した脅威では、ありませんが、」
 ぜひ、と息を切らせるレヴィン。
「つ、つつ、捕まると厄介です!」
「おまえ、ホントに休んどけよ」
「……ぐぬぅ」
 リボルバーとデリンジャーを構えた巧真に応じたレヴィンの哀れな声は、砂浜に落ちて、波に呑まれて消えた。

 蛇はまっすぐにハンター達へと向かってきている。忍ぶ気もないらしい。
「随分と舐められたもんだね」
 ――あ。珈琲を渡しそびれたな。
 言って、ルピナスはふと気がついた。仮眠させるために見送ったまま、珈琲を出す機を逸していた。
 まあいいか、と開き直る。
「レヴィンさん、一緒に前衛を……ああ。ただ、無理なくね?」
 言いながら、眼前の騎士は実力の上では自分たちより遥かに格上なのだろう、とルピナスは思った。
 眼前の敵を、大した脅威ではないと言い切った。
 とはいえ――。
「俺だって五日も徹夜したら流石にばたんきゅーだよ。死んだら大変だ」
「お、え、あ、は、はい!」
 休んだとは言え、その挙動には疲労が濃い。だから。
「俺がまず、行く」
 疾走した。互いに速度がある。彼我の距離はすぐに縮んだ。大蛇は勢いを殺さずに、そのままに突進。
「っと!」
 警戒していたため何とか躱せたが、その速さに些か驚いた。
「……演じるはまだ見ぬ戯曲、どうか目を離さないでご覧ください、なんてね!」
 ルピナスは嘯くと、長剣で大蛇の身に斬撃を返す。斬撃は、皮膚を浅く傷つけるのみ。
 ――やっぱり、硬いね。
 思うと同時、ルピナスは十分に注意を引いたと知った。蛇が此方を睨み、いつでも襲い掛かれるようにと隙を伺っている。
 そこに。

「べぶっ」

 続こうとしたレヴィンが砂浜に足を取られ派手にこけていた。
「……疲れてるのは余計に動くと、逆に足手まといになるわよ」
「ずびばぜん」
 砂まじりの応答にフランキスカは呆れながら――引き金を引いた。大蛇がレヴィンに狙いを定めるのを牽制するように一射。
 乾いた音が砂幅に響き、砂浜に弾丸が刺さる。当たりはしなかったが、蛇の注視は意志は切った。それでいい。
 レヴィンはもう一発だけ撃った。当てるつもりの一射ではない。
「異世界まで来てハンティングとは、な!」
 もう一射、軽い音が響く。
 巧真である。

 ――此方は大蛇の身体を抉った。
 ぐず、と。鈍い音と共に、青海を彩るように、赤色が舞う。



 看病は進む。
 スッキリしたのだろう。やたらと艶っぽくなった雄拝はアロマオイルをいそいそと炊き始めた。
「アロマには自然治癒の効果があるのよ。自然治癒を高めて抗体を作るのは大事よ?」
 ――やだ……あたしったら凄い女子力……うふふ☆ 役得だわこの環境ゥ!
 先ほどの光景を思い返してでもいるのだろう。見るものが見れば並々ならぬ妖気が迸っている。

 他方。そつなく各員の様子を確認すると衣服を整え、必要な者の身体を清拭したヴェールは、
「辛いと思うけど……なにか食べれるものあるかい? 適当にだけど、準備はあるよ」
 と、食事の提案をしていた。
 症状にも依るのだろう。食欲がある者も居れば無い者もいる。とは言え、誰も彼も食べたい! という希望は強いようである。
 雄拝に純情を捧げた従騎士も、恥じらいながら手を挙げている。
 やけに前のめりな一同に引っかかりを覚えながら、一人ひとりの希望に添うように調理の段取りを組み始めた。

 調理が始まると、少しだけ静かな時間が出来た。伊路葉は部屋の掃除をしながら、感染源になりそうな物を度数の高い酒を用いて清拭していく。
「悪いけれど、私は看護の心得は無いわ……でも。そもそもそういう事にならないように注意してるつもりよ」
 それぞれの従騎士達に聞こえるように、言う。
「良い? 貴方達は揃いも揃って肺炎になっているけど、そもそも病原菌がいるって考えてれいればそんな事にならないわ」
「は、はい?」
 感染症には明るくないのか、それとも単に、病身にはこの講義が辛いのか、反応は鈍かった。
 どちらにしても、徒労を覚えて伊路葉は嘆息を吐いた。
「……あとで渡すから」
 効率を重視するなら、それが一番だ。ほとほと理解に苦しむ『軍人』達であった。
「貴方達、【青の隊】、なんでしょう? 命というモノは確実に消えてなくなる。たいした事でない、油断、不注意が総てを潰す。其れをどう防ぐかが肝要なんじゃない?」
 伊路葉は、生きる事がそれ程に儚いものだと知っている。それ故の言葉である。
 従騎士達が神妙に頷くのをみて、伊路葉は少しだけ、溜飲を下げた。



 レヴィンは手を出せずにいた。ハンター達の配慮も、ある。
 ――ううむ。
 ハンター達の戦いぶりを見たい、と思ったのだった。
 元々一介の村民だったが、強い想いを胸にレヴィンは従騎士になり騎士になった。
 だから。
 目の前の戦いは彼にとっては――兆し、のようなものだ。

 今、ルピナスが蛇に巻きつかれた。筋骨が軋む気配が伝わってくる程だ。
「お代は、高くつくけどなァ……ッ!」
 だが、ルピナスは怖じることなく、絞りだすように吐き捨てる。語調だけでなく心なしか目つきも悪い。
 そこに。
「そんなに獲物に夢中になってていいの?」
 銃声が、響いた。好機と見たフランキスカの射撃だ。エルフの少女はそのまま、レヴィンをその目で射抜くと、こう言った。
「……今動かないでいつその剣を振るうのよッ!」
「は、はははい! ご、ごめんなさい!」
 駆け出す。今度は過労と砂浜に足を取られぬように、慎重に。
「一度くらいはイイトコ見せろよな!」
 側方から銃撃が重なった。巧真だ。豪快に笑い飛ばしながら、巻き付いて動きの取れぬ大蛇を穿つ。
 レヴィンは一歩、また一歩と進んだ。
 レヴィンは騎士だ。ハンターは、傭兵。在り方からして違う。ただ、彼らは思っていた以上に勇敢で、真摯だ。
 ――悪くない。
 こういう戦いも。そう、思った。

「ぶべ」

 でも、転んだ。

 過労だ。赦して欲しい。



 レヴィンは砂を払って立ち上がり、最後の一太刀を浴びせた。太刀筋はともかくとして、強制送還に近しい形で哨戒場に戻る事になった。
 戻った一同に、様々な香りが届く。
 奇しくも食事時、であった。
「ん、お帰り……ほら、怪我見せて?」
 配膳し終えたヴェールは一同に気づくと、そそくさと巧真に近づいてくる。童顔に安堵の色が濃く見えて巧真は苦笑した。
「ありがとよ。だがまあ、俺は怪我してねェからな――他のやつやってこい、それが終わったお前も休め」
「ん……そうする」
 安堵が深まったのだろう。ヴェールは小さく笑った。

「はい、あ~ん」
 吐息が相手の頬に掛かるくらいの距離で雄拝が食事を吐息で冷ましているのを見て、フランキスカはレヴィンを見つめた。
「……少しは自分の身体に気を遣いなさいな。あんたが倒れるのが騎士団にとって一番迷惑でしょうに」
「こ、言葉も無いです」
 良いところが無かった自覚はあるのだろう。レヴィンは俯いている。視線はどこか虚ろだ。
「貴方」
「は、はい?」
「顔、やけに赤いわね」
 伊路葉がそっとその額に触れると。
「……凄い熱じゃない」
「え?」
 指摘されると倦怠感が途端に重く感じられ、レヴィンは立っていられなくなったか腰を下ろし。
「……え、お?」
 困惑したまま、そのままぱたりと倒れこんだ。
「あら……仕方ないわね……!」
 ――チャンスよぅゥ!!!
 雄拝の目がギラリと光る。どうやら役得タイムはまだ、終わらないらしい。
 鼻息も荒くレヴィンに近づく雄拝。

 祭りは、これからのようだった。

 そんな狂騒を眺めながら、ルピナスは笑って、この場をこう結んだ。
「……ああ、シフトリーダー狂想曲、なんて面白いかもしれないな」

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MVP一覧

  • 献身の乙女
    ヴェール・L=ローズレka1119
  • 美ドワ同盟
    日浦・知々田・雄拝ka2796

重体一覧

参加者一覧

  • その心演ずLupus
    ルピナス(ka0179
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 玻璃から辿る手
    フランキスカ・コルウス(ka0626
    エルフ|18才|女性|猟撃士
  • 豪放快男
    岩動 巧真(ka1115
    人間(蒼)|17才|男性|猟撃士
  • 献身の乙女
    ヴェール・L=ローズレ(ka1119
    人間(蒼)|12才|女性|聖導士

  • 雲類鷲 伊路葉 (ka2718
    人間(蒼)|26才|女性|猟撃士
  • 美ドワ同盟
    日浦・知々田・雄拝(ka2796
    ドワーフ|20才|男性|疾影士

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/07/29 21:15:12
アイコン 哨戒施設の一室
ヴェール・L=ローズレ(ka1119
人間(リアルブルー)|12才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2014/08/03 18:49:18