器ちゃん、休む!

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2015/12/13 12:00
完成日
2015/12/20 15:15

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「混浴なんてあり得ないわ! 不潔よ!」
「いいじゃない……別に減るもんじゃないし」
「減るのよ! 高潔な魂はすり減っていく物なのです!」
「その理屈でいうなら、あんたの乳は幾らかしぼんでるべきじゃないの?」
 そんな大人の言い争いをよそに、少女は大きくあくびを一つ。
 ノアーラ・クンタウと呼ばれる、帝国領と辺境領を隔てる長城は、かつてこの国が保守的であった頃の名残そのものだ。
 自分達さえ良ければそれでいいと、辺境の人々を切り捨てるように作られたこの城壁の内側で、少女は夜に耳をすました。

 北伐作戦から一転、撤退戦が開始された時、比較的後方に位置していた浄化術の支援部隊は早期撤退に成功した。
 エルフハイムの一団も例外ではなかった。しかし、浄化の器や一部の巫女達は前線に残り、戦い続けようとした。
 結果として四霊剣の攻撃を受けたエルフハイムは、優秀な術師を多数失い、結果として浄化の器ないし保護者であるジエルデに正式な撤退命令が通達されたのだ。
 帝国と辺境を隔てるあの城壁の向こう側では今もまだ戦いが続いている事だろう。しかし……。
「え? 温泉……ですか?」
「帝国北部のカールスラーエは温泉でも有名なのよ。APV温泉もあるし……って言ってもあんたはわからないか」
 撤退した北伐軍の受け入れにはいくつかの帝国領の村々が名乗り出て、彼女らが足を踏み入れたのもそんな小さな町の一つだった。
 帝国軍第二師団のお膝元でもあるこれらの町では、昔から軍人などを一時駐留させるには、国からの悪くない給付があるのも相まって前向きである。
 この村の宿で一晩を過ごす事になった浄化の器、ジエルデ、ハイデマリーの三名は、「温泉も開放していますよ」という村の老人の言葉に顔を見合わせた。
「温泉ってなに?」
 思い出したように発言した器にハイデマリーは腕を組み。
「自然とお湯が湧き出てくる場所のことよ。ここらのは火山性ね。帝国領には入浴の文化は根付いていないけれど、この辺りでは一般的なのよ」
 ちなみに、帝国ではいわゆるミストサウナが一般的である。帝都など一部先進都市では温水シャワーが家庭ごとに普及している事もあるが、基本的には富裕層向けだ。
「天然温泉だから、ただのお湯ってわけではなくて……まあ、要するに身体に良いのよ」
「そんな事は知っています。確かにエルフハイムに温泉はありませんが……」
「ていうかエルフハイムには風呂自体なかったでしょ。あんたら恭順派は水浴びじゃない……維新派見習ったら?」
 舌打ちしながら呟くハイデマリーにジエルデの眉がぴくりと動く。
「だからって勝手に給湯施設を作ろうとしてモメたのは誰でしたっけ?」
「シャワーを使いたいんです~」
「だからって住居を勝手に改造して……!」
「それより、どうするの? ここのは村の大衆浴場だから、種族も男女も混浴らしいけど」
 きょとんと目を丸くした後、顔を真っ赤にして口をぱくぱくしてから、両腕を振るって叫んだジエルデの言葉が、冒頭へ繋がったりするのだ。

 かけ流しの温泉は小さく、同時に入れてせいぜい十人という程度のものだし、脱衣所はボロくて床抜けそうだわ狭いわで、温度調節も大変素敵な手動式ではあるが、塩梅としてはぐうの音もでない。
「あんたなにしてんの?」
「熱いよ、これ」
 小刻みに高速振動しながら湯船に足をつける器。ハイデマリーは立ち上がり、その身体を抱えてお湯の中に引きずり込んだ。
 最初はこの世の終わりのような顔をしていた器だが、今はおとなしく隣に腰を落ち着けている。
「あつい……なんかぬるぬるしてるし」
「それがいいんじゃない。お肌すべすべになるわよ……あんたの歳じゃ関係ないけど」
 口元まで湯船に沈み、ぶくぶくと泡を出して遊ぶ様子にハイデマリーは目を細め。
「あんた、あの悲惨な戦場から生きて帰ったってのに、ケロリとしたものね」
「ヒトが死ぬのは割りと見慣れてるし、役割だからね」
 いつも何を訊いても答えはいっしょ。“役割”だから。“役目”だから。
 この子は決して前向きなわけでも、希望に満ち溢れているわけでもない。ただ、何も知らないだけ。つまりただのアホなのだ。
「ジエルデも一緒に入れば良かったのにね」
「タオルあるのにね」
「あいつ胸デカいからタオル巻いても飢えた兵士の性的な視線からは逃れられないでしょうから、まあわからないでもないけどね」
 相手が非覚醒者である以上は、もう問題など起こりようもないので心配など無粋なのだが、ジエルデはそのへんを理解してくれなかった。
「あんた、ジエルデのこと嫌いなの?」
「別に」
「にしちゃいつもそっけないじゃない。母親代わりなんでしょ?」
「母親ってなに?」
「残念だけど私も親はいないし、子供もいないからわからないわ」
 額の上に載せていたタオルを器の頭に移し、ハイデマリーは笑う。器は頭上へ目を向けながら。
「ジエルデにはいっぱい殺されてるから」
「え?」
「私の前の器とか、前の前の器とか。だから、私以外のみんなは、みんなあの女が嫌いなんだってさ――」

 手にしたナイフをじっと見つめ、ジエルデはそれを振り下ろした。
 目の前にある小さなリンゴは神速の包丁さばきで見事にうさぎの造形を得るに至る。が、それだけだ。
「あの子を喜ばせるには、どうしたらいいのでしょう……?」
 台所を借りて料理を作ってみようかという考えに至ったのは、あの子が実は食いしん坊だと知ったからだ。
 自分のやりたいことも好きなものも何も教えてくれなかったから、そんなことさえも理解してあげられなかった。
 家族のように想っても、どれだけ心の中で愛していると叫んでも、結局二人は交わらない。
 器を管理し、時に処分するのがジエルデの役割。恭順派長老、ジエルデ・エルフハイムの存在意義。
 それは妹と決別し、父を失ったあの日から変わらず女を縛り続けていた。
「刃物の扱いには長けているのに、何故料理が出来ないのでしょう」
 長老なのでいつも食事は他の者が用意してくれる。そんな箱入り生活がずっと続いたのもあるが、そもそも昔から料理は妹の担当だったし。
 それでも、今のジエルデには他に器との接点が見つからない。彼女の機嫌を取るためにできる事がわからない。
 あのバケモノは、ヒトを狂わせるのは愛だと言った。その言葉が重く、胸にのしかかっている。
「アイリス……」
 ナイフをじっと見つめ、ぽつりと呟く大切なヒトの名前。
 償えない罪を紛らわせる為に、あの子を愛したわけじゃない。けれどそう胸を張って言えない弱さがある。
 幼い妹が笑いかけてくれたのはもうずっと昔のこと。あの少女は着せられた偽りの家族のエゴを見抜いているのだ。
「私は醜い……それでも……愛されたいと願うのは、愚かな事なの?」
 言葉も足りず、理解もせずに失った妹の背中に問う。
 刃に映る自分の顔は、欺瞞に満ちていた。

リプレイ本文

「ふう……こんなものでしょうか?」
 両手の埃を叩きながら花厳 刹那(ka3984)見つめる先には、補修された温泉の脱衣所があった。
「贅沢すぎず、しかし最低限の機能性と安全性を兼ね備えた完璧な脱衣所だぜ」
「ま、このくらい朝飯前ならぬ入浴前ってところですね♪」
 作業が得意な人員も多く、デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)とソフィア =リリィホルム(ka2383)もその一人。
「それはともかくとして……デスドクロさんは何故もう脱いでるんでしょう?」
 頬を赤らめる刹那。デスドクロは既に漆黒の海パン一丁姿で仁王立ちしている。
「温泉に入ろうと言うところで補修を始めたのはおまえ達じゃねえか」
「冬だぞ……寒くないのか貴様」
「寒いどころか入浴を前にして俺の魂は熱く煮えたぎっているぜ!」
「わかった、わかったから寄るんじゃない」
 デスドクロが前進した歩数だけきっちり交代する弥勒 明影(ka0189)。
 そこへやってきたのはエイル・メヌエット(ka2807)と神楽(ka2032)。二人の間には器とジエルデの姿もあった。
「作業をお任せしちゃってごめんなさい。でも、とっても綺麗になったわね」
「う~っす! それじゃあ準備も出来た事だし、レッツ入浴っす!」

「はあ~、連戦の疲れに硫黄とアルミニウムが染みますねっ」
「こんなにゆっくりお湯につかるのはいつ以来でしょうか……」
 頭の上に手ぬぐいを乗せたソフィアの隣、刹那が胸元を押さえたまま目を閉じる。
「で、どうやってジエルデを連れだしたの?」
「ああ。アレはっすね……」
 ハイデマリーの質問に神楽は十分前の事を思い出す。
 当然混浴を拒否していたジエルデだったが、器を引き合いに出して説得したらわりとアッサリついてきた。
「家族になるには傷も裸もありのままに晒して向き合うべきだとか、なんかテキトーにそんな事を言ったら目をキラキラさせながらついてきたっす」
「ちょろっ! でもナイスよ少年」
 神楽の肩に腕を回しサムズアップするハイデマリー。残念ながらめり込むほど胸はないが、神楽は満足そうだった。
「でも、混浴って気恥ずかしいですよね……私が思っていたより、健全だったようですけど」
「刹那さんが考えていた混浴に興味津々っす」
 血走った視線で刹那の胸元を見つめる神楽にハイデマリーとソフィア双方の手刀が軽く落とされた。
「……くぉらあああっ! 何してやがんだおチビ!!」
 デスドクロの怒号に視線が集まる。見れば器の足を掴み、逆さまに持ち上げている。
「このチビ、湯船で泳いでやがった! あり得ねぇ冒涜だぜ! 湯船で泳ぐと他の入浴客にも迷惑がかかるだろうが!」
 無表情でぶら下がっていた器をひっくり返し、湯船に沈めていく。
「温泉をなめるんじゃねぇ。死ぬ気で入れ」
「あついんだもん」
「なぁ~にが熱いだ! 熱くなかったら困るだろうが! いいか、肩まできちんと浸かって無心になるんだ。我慢を超えた極地にこそ湯~トピアが待っている!」
 オロオロしていたジエルデだったが、器は楽しそうにデスドクロと肩を並べている。
「大丈夫よ。確かにいけない事をして、今は反省しているのだし」
「私は心配しすぎなのでしょうか……ごくごく」
 深々とため息を零すジエルデにエイルは苦笑を浮かべる。
「過保護なのも問題ですよ。叱ってもらわなきゃ子供だってわからないんだから」
 確かに、そもそも器を叱った事など一度もない気がする。ソフィアに言われ初めてそう気づく。
 少女は生来特別な存在で、畏れられるが故に誰からも触れられてこなかった。それは愛情だけではなく、厳しさも同じこと。
「ですよね……だけど私は、嫌われるのが怖くて……ごくごく」
「……あのね、さっきから飲み過ぎじゃないかしら?」
 冷や汗を流すエイルの目の前でウィスキーのボトルがどんどん空いていく。
「俺が渡したっす」
「ナ~イス」
 ハイタッチする神楽とハイデマリー。完全に意気投合している。
「もうどうしたらいいのかわからなくて……私……っ」
「ご、号泣してますけど……」
 ちょっと引きながら苦笑する刹那。ジエルデは隣にいたエイルの胸に縋り、おいおいと泣き始めた。
「なんかよくわからねぇけどエロイっす! シャッターチャンスっす!」
「あっ、リアルブルーのゲーム機ですね!」
「どれどれ?」
「あの、群がってもらえるのは嬉しいんすけど今それどころじゃないんですいません」
 左右からソフィアとハイデマリーに押し寄せられつつゲーム機を構える神楽の顔面にエイルのウォーターガンが直撃する。
「こら、神楽くん!」
「破廉恥なのはいけませんよ!」
 桶を手に取り投げつける刹那。避けたい神楽だが、左右から技術系の残念な攻めにあって動けず全部顔にあたっている。
「執拗に頭部を狙ってくるっす……おぉっ!?」
 見ればジエルデがめそめそしながらエイルを押し倒し、タオルが外れそうに……。
「なってるけどなんか目の前に変な黒い怨念みたいなのがあって見えないっす!!」
「たまにエイルについてるやつだ」
 ポンと手を叩き頷く器。と、次の瞬間。
「てめぇえええらあああッ! いい加減にしろおおおおッ!」
 デスドクロの怒号が放たれるのであった。
 それから入浴作法について散々説教をされて、この騒動は幕を閉じた。
「器ちゃんの髪の毛すごい量ですね。これは一人で洗うのは大変そうです」
「普段はどうしているの?」
「巫女さんがびびりながら洗ってくれる」
 その後騒ぎは落ち着き、刹那とエイルは器の髪を洗い始める。
「そういえば一人足りませんね?」
「弥勒さんなら、混浴は好かないからって入らなかったっすよ」
「そんな……私は恥ずかしいのを我慢して入っているのに! そんなのずるいですぅ!」
 また目尻から涙を流しつつ、ジエルデがどっと立ち上がり、そのまま外へと駆け出す。
「俺の気のせいならいいっすけど、あの人脱衣所スルーしてそのまま外いかなかったっすか?」
「もめる声が聞こえてきますね」
「そして帝国兵がいっぱい入ってきたわ」
 神楽、ソフィア、ハイデマリーの視線の先、恐らくタオル一枚で飛び出してきたジエルデを見たのであろう帝国兵がぞろぞろと入ってきた。
「ひゃっ! お、男の人がこんなに……」
 混浴に慣れてきた刹那だが、見ず知らずの男たちにかなり露骨に肢体を見られるのは恥ずかしい……のだが。
「大の男が揃いも揃って湯~トピアを穢すんじゃねぇ!」
「な、なんだこのオッサン!?」
「助けてくれぇ! お姉さんがいるんじゃなかったのかよぉ!」
 デスドクロが帝国兵達へと襲いかかった。その騒ぎに乗じて、ハンター達はこっそり温泉を後にした。

「おい……そろそろ彼女を引き取ってくれないか」
 ぐったりしたジエルデを背負い、びしょびしょになった明影が呟く。
 もめている間にダウンしたのだが、裸体を野ざらしにするわけにも行かず保護したのだが、裸の女を温泉から持ち帰ったと勘違いされ、帝国兵に随分囃されてしまった。
「何故俺がこのような……しかし女性を無碍に扱うわけには……」
 宿に戻ったハンター達。とりあえずジエルデはハイデマリーが引き取り着替えさせた。
 夕飯は鍋料理という事になり、エイルと刹那が下ごしらえ。皆でテーブルを囲む頃にはジエルデも復活していた。
「今日は冬の王道、お鍋ですよ~! 野菜と山菜、それから猪のお肉だそうです」
「何故か台所に切り刻まれた野菜があったから使ってしまったのだけれど、よかったかしら?」
 鍋の蓋を開ける刹那。ふわりといい匂いが広がる中、エイルはさり気なくジエルデに声をかけた。
「ジエルデさんも今度は一緒にお料理しましょうね。お鍋だったらそんなに難しくないですし、何事も練習ですよ!」
「ありがとう、刹那さん」
 苦笑を浮かべるジエルデ。そこへ神楽とハイデマリーが新たな酒瓶を持って忍び寄る。
「ささ、飲み直しっす! 姐さんもどうっすか?」
「苦しゅうない。注いでくれたまえ」
「神楽君、こっちにもお願いしま~す」
 ソフィアにも呼ばれ、女性陣に酒を注いで回る神楽。未成年とエイル以外は酒盛り状態だ。
「地酒か……旨いな。それにこの牡丹鍋も上品な味わいだ。用意してくれてありがとう」
 明影の微笑みに照れくさそうな刹那。そこで器が牛乳を飲み干し、大人を真似して神楽を呼ぶ。
「ホリィ、牛乳気に入ったの?」
「はじめて飲んだ」
「器ちゃん、いっぱい飲んで大きくなるね~!」
 エイルの質問に頷く器。刹那はそんな器の頭をぐりぐりと撫で回す。
「そういえば、ホリィと呼ばれていたな。それが君の名なのか?」
 器は少し考え、微妙な表情を浮かべる。
「名前はないよ。皆がそう呼んでるだけ」
 そんな答えに何人かは寂しそうな顔をしたが、明影はこう続けた。
「名は誰もが最初は与えられるものだよ。それを自分のものにするかは、君次第だと思うがね」
 宴会のような騒ぎの中、器は牛乳瓶を両手に、その言葉について考えているようだった。
「ハイデマリー、機械式楔って見せて貰えるの?」
「いいわよ。基礎理論は錬金術士組合で一般公開してるから、興味があるなら問い合わせてもいいかもね」
 アタッシュケースから取り出したガントレットにソフィアは瞳を輝かせる。しかし……。
「これだけの物を作ったなら、次だって作りたくなるだろ? エルフハイムは最高の試験場だしな」
「私は錬魔院じゃない。組合の博士の一人として、世界に貢献したいのよ」
 そう言ってグラスを揺らすハイデマリーは純粋で、堅い決意を感じさせた。
 ソフィアも人を見る目はある方だが、彼女は確かに錬魔院とは違うように思えた。
「もう少し見せてもらってもいいか?」
「ええ、勿論」
 一方、刹那は器を膝の上に乗せ、鍋を食べさせてあげていた。
「器ちゃんは沢山食べるんだね……うぅ、可愛い……お姉ちゃんって呼んでくれてもいいのよ?」
 無表情に肉を咀嚼しつつ首を傾げる器。
「刹那お姉ちゃん、お肉食べたい」
「お肉ね! お肉……お肉どこいったー!! あ、すいません神楽くん、これ貰いますね」
「俺のお肉が!? それよりジエルデさんが吐きそうっす!」
「神楽くんが持ち上げて飲ませるからでしょ、もう……ジエルデさん、こっちよ」
 ジエルデを支え、宴会場を後にするエイル。
 泣きながら嘔吐するジエルデの背中を撫でるシーンはお食事中の方の為にも描写しないぞ。
「すびばせん……こういう席に参加した事がなくて……」
「エルフハイムは厳格だものね……」
「なんだかこうしていると、嫌な事も忘れてしまいそう。神楽さんには感謝しないと」
「やりすぎだけれどね」
「あの子を連れて誘いに来てくれた時、とても嬉しかった。こんな風に誰かと楽しく過ごすのも、何年ぶりかしら」
 夜空を見上げるジエルデ。着崩れた服の下からは、痛々しい無数の傷が見えた。
 エイルも医者をやっているのだから、それが人為的な傷……あまり考えたくはないが、拷問の類の痕跡だとすぐにわかってしまった。
 色々言いたいことがあったのだが、その横顔を見ていると言えない気がした。きっと彼女が器に愛情を示せないのは、“彼女のせいではない”のだ。
 あの森の中でそれは許されなかった。だから彼女は全身傷だらけで、誰にも感情を曝け“出せなく”なってしまった。
「私も、ジエルデさんの力になりたいな……」
 結局、それ以上の事は言えなかった。今のエイルに、彼女を呪縛から解き放つ術などありはしなかったのだから。



 ハンター達は宴会でさんざん騒ぐと、北伐の疲れもあって雪崩れ込むように布団に倒れこんだ。
 エイルは器の隣に横たわり、その手を取って考える。どうすればよかったのか、これからどうするべきなのか。
 以前約束した通り、器には兵士の治療法を教えた。手際よく止血帯を作り、適切に処置する。
 エイルの贔屓目も入っているかもしれないが、天才的だと感じた。器は教えればスポンジのようになんでも吸い込みモノにしてしまう。
 だがそうやって誰かを癒やそうとする彼女の傷を、誰が癒やすのだろうか?
「――私はヒトの怒り、哀しみ、憎しみ……負の感情でできている。だけど、それだけじゃなかった」
 とても眩しい光の中、無数の蝶が舞う。風が揺らす白い花畑の景色が、ゆっくり輪郭を帯びていく。
 大樹の前に少女が佇んでいた。“ホリィ”ではないその人は振り返り、指先に止まった蝶に目を細める。
「世界を守りたいと思うヒトも居たから、まだそこにいる。だけど急いで。滅びを望む者が……なり……ぎているから……」



 なんだか妙な夢を見たと、ハンター達は口を揃えて言った。
 けれど朝はやってきて、旅立ちの時もやってきた。
「器ちゃん! お姉ちゃんとまた一緒に遊ぼうね!」
 器を撫で回す刹那。明影は無言で腕を組み。
「昨晩夜中に一人で風呂に行ったのだが、まだあの男が入っていたな……まさかまだ入っているのだろうか」
「おっさんの事は置いといて……器は随分人間臭くなったっすね」
 神楽は器に歩み寄り、その肩を叩く。
「ホリィなのか器なのか、これ以上何も知らず何も決めない方がいいっすよ。このままだといつか自分が道具なのか人なのかを選ぶ事になるっす。んで選ばなかった方は捨てなきゃなんねっす。自分の半分を捨てるのはとても怖いっす」
「心配してくれたんだね。でも大丈夫だよ。私はただの鏡だから……それより写真とって」
 明影と刹那を左右に立たせ写真をねだる器。神楽が携帯ゲーム機を取り出した頃。
「器ってのは一つだけって決まってるのか? 例えば、一つあるうちは次の器は作れないのか……」
 ソフィアの質問にジエルデは首を傾げる。
「ええ、その筈ですが……複数の器は管理が困難で、歪虚化のリスクが高すぎます」
「今回の北伐、幾らなんでも器を前に出しすぎてる。規制が緩まったのも気になる。今、エルフハイムでは何か別の事が起きてるんじゃないのか?」
 その言葉にジエルデは何かピンと来たのか、険しい表情で考え始めた。
「まさか……ヨハネの狙いは……」
「ジエルデ、ソフィア! 一緒に写真撮ろう!」
 遠くで手を振る器。二人は剣呑な空気を崩し、近づいていく。
 写真を撮りたがったのは、それが思い出になると知ったからだ。
 後で何度でも、見返す事ができるように。それが誰かの記憶に残るように……。
「……またね、ホリィ。きっとまた、会いましょう」
 エイルの腕に抱きしめられながら、なんとなく気づいていたのかもしれない。
 こんな温かい時間は、もう二度と訪れないかもしれないと。それでも少女は微笑んだ。
「うん。またね――エイル」

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MVP一覧

  • 大工房
    ソフィア =リリィホルムka2383

重体一覧

参加者一覧

  • 完璧魔黒暗黒皇帝
    デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013
    人間(蒼)|34才|男性|機導師
  • 輝きを求める者
    弥勒 明影(ka0189
    人間(蒼)|17才|男性|霊闘士
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエット(ka2807
    人間(紅)|23才|女性|聖導士
  • 紅花瞬刃
    花厳 刹那(ka3984
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓であり雑談卓であり
ソフィア =リリィホルム(ka2383
ドワーフ|14才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/12/12 22:15:49
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/12/08 18:14:51