ゲスト
(ka0000)
絶望を越えていく
マスター:坂上テンゼン
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2016/01/09 07:30
- 完成日
- 2016/01/16 17:58
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●或るハンターの独白
自分は強いと思っていたし、周りも認めてくれていた。
だが、世界は易しく出来ていなかった――。
かつて聖地奪還作戦と呼ばれる戦いで、自分は『怠惰』の歪虚と戦った。
自信はあった。努力は重ねていたし、実戦経験も積んでいた。
しかし結局は、圧倒的な力の差を見せ付けられ敗北し、重傷を負った。
命からがら逃げ出し、それからは荒野をしばらく彷徨うことになった。
大局としては人類の勝利ではあったが――
自分は敗北を屈し自信を挫かれた。
自分は強さだけが取り柄だったし、それを頼りに生きていくつもりだった。
常に今より強くあろうとしていた。
だが、圧倒的な現実を見せ付けられた。
信じられなかった――自分が弱いなどと。
それからは生きる指針を無くしてしまっていた。だがそれでも無様に生き続ける道を選んだ。
生きると言っても死んではいないという程度にすぎないような無秩序な生を送った。
同じような奴らと徒党を組み、弱いものから略奪し、後先を考えない。
まともに生きるなど馬鹿馬鹿しい。これからは好き放題やるのだ……そんな風に考えていた。
そんな日々は長くは続かなかった。
悪名が伝わり、依頼を受けたハンター達が派遣されてきた。
返り討ちにしてやろうと息巻いたが、敵うはずもなかった。
当然だ。戦うことを止めてしまった自分と、人類の勝利を信じ強大な歪虚と戦い続ける事を選んでいるかれらとでは。
ハンター達は勝利しても高慢に振舞うことはなかった。
そればかりか、自分達にも弱さはあると告げた。それでも目標を持ち、それに向かって努力し続けているのだと語った。
またもや自分の弱さを思い知らされた。
それから……色々な事を考えた。
短くはない時間が流れた。
そうして今、ようやくわかった事がある…………。
どうやら、『自分は弱い』という事を認める所から始めねばならないらしい。
自分は苦労した……努力した……
だが、そんなことは誰もがしているのだ。
世界は自分のためにあるのではない。
世界に自分が認められるためには、自分は何者かにならねばならない。
現実を知り、自分に絶望した。
だが、その絶望を越えていかねばならない。
そうして生きていくしかないのだ。
結局自分は、この世界で生きることを、自らの手で選んだ。
●金毛の巨猪
その猪は身の丈十八尺を越え獰猛にして俊敏、金色の毛を纏い眼は血のように赤いと言う――。
ハンターオフィスの職員は謡うように語った。
場所は王国北東部山岳地帯の一地方。
鉱山もあるこの地方で住民から目撃報告があった。
先にもハンターが派遣されたが敵わず逃げ帰ってきたという。
雑魔ではあるが強力な固体らしい。
――強力な敵に挑み打ち勝つ必要があると感じていた一人の男が、その討伐依頼を受けた。
自分は強いと思っていたし、周りも認めてくれていた。
だが、世界は易しく出来ていなかった――。
かつて聖地奪還作戦と呼ばれる戦いで、自分は『怠惰』の歪虚と戦った。
自信はあった。努力は重ねていたし、実戦経験も積んでいた。
しかし結局は、圧倒的な力の差を見せ付けられ敗北し、重傷を負った。
命からがら逃げ出し、それからは荒野をしばらく彷徨うことになった。
大局としては人類の勝利ではあったが――
自分は敗北を屈し自信を挫かれた。
自分は強さだけが取り柄だったし、それを頼りに生きていくつもりだった。
常に今より強くあろうとしていた。
だが、圧倒的な現実を見せ付けられた。
信じられなかった――自分が弱いなどと。
それからは生きる指針を無くしてしまっていた。だがそれでも無様に生き続ける道を選んだ。
生きると言っても死んではいないという程度にすぎないような無秩序な生を送った。
同じような奴らと徒党を組み、弱いものから略奪し、後先を考えない。
まともに生きるなど馬鹿馬鹿しい。これからは好き放題やるのだ……そんな風に考えていた。
そんな日々は長くは続かなかった。
悪名が伝わり、依頼を受けたハンター達が派遣されてきた。
返り討ちにしてやろうと息巻いたが、敵うはずもなかった。
当然だ。戦うことを止めてしまった自分と、人類の勝利を信じ強大な歪虚と戦い続ける事を選んでいるかれらとでは。
ハンター達は勝利しても高慢に振舞うことはなかった。
そればかりか、自分達にも弱さはあると告げた。それでも目標を持ち、それに向かって努力し続けているのだと語った。
またもや自分の弱さを思い知らされた。
それから……色々な事を考えた。
短くはない時間が流れた。
そうして今、ようやくわかった事がある…………。
どうやら、『自分は弱い』という事を認める所から始めねばならないらしい。
自分は苦労した……努力した……
だが、そんなことは誰もがしているのだ。
世界は自分のためにあるのではない。
世界に自分が認められるためには、自分は何者かにならねばならない。
現実を知り、自分に絶望した。
だが、その絶望を越えていかねばならない。
そうして生きていくしかないのだ。
結局自分は、この世界で生きることを、自らの手で選んだ。
●金毛の巨猪
その猪は身の丈十八尺を越え獰猛にして俊敏、金色の毛を纏い眼は血のように赤いと言う――。
ハンターオフィスの職員は謡うように語った。
場所は王国北東部山岳地帯の一地方。
鉱山もあるこの地方で住民から目撃報告があった。
先にもハンターが派遣されたが敵わず逃げ帰ってきたという。
雑魔ではあるが強力な固体らしい。
――強力な敵に挑み打ち勝つ必要があると感じていた一人の男が、その討伐依頼を受けた。
リプレイ本文
●焚き火を囲んで
木々の爆ぜる音が聞こえる。
夜、山中での野営をする事になったハンター達は、焚火を眺めていた。
「話したいことがあるんだ」
唐突に、ヤーグ・アルシュガルは切り出した。皆は何事かと彼を見る。
彼はこの仕事を、人生の分岐点にしたかった。けじめを付ける為に、話しておきたかったのだ。
ここに至るまでの道筋。自分が強さに自信を持ってハンターになった事、敗北を味わって挫折した事、悪事に走った事、捕えられた事。
「何かと思えばそれか」
聞くなり、盛大に笑い飛ばした男がいた。龍崎・カズマ(ka0178)だった。
カズマは一頻り笑った後でこう語った。
「笑わせるな。只の人間なんだよ、俺もあんたも。神様でも物語の英雄でもねぇ。
全ては守れねぇし届かない先から零れ落しちまう。望んでも願っても一人じゃ全てに届かねえ。
弱い? それが全てじゃねえだろう。
『アンタは何で強さを求めたかったんだ?』」
途中から口調は真剣そのものになっていた。
ヤーグは一呼吸考えた後で、語った。
「単純な話だ。『それを飯の種にしたかった』。
だが何もかもがうまく行くと考えてたのは間違ってた。若い内に見た都合の良い夢を否定すること無くここまで来てしまったんだな。だから現実を知って……あとは語ったとおりだ」
「そうか。
……ま、何度だって起きあがりゃいいんでねーの?」
言い終わらない内にカズマは立ち上がった。
「さって、明日も早いし寝るぜ俺は」
そして早々に寝に入った。
「で、でも、夢を持つことは良いことですよ!」
やがてアシェ-ル(ka2983)が口を開いた。
駆け出しだと言う彼女は緊張が目に見える。薪を集めるのに苦労したのをヤーグは見守ったり手助けしたりしていた。どこか妹のような親しさを感じさせる、そんな彼女が。
「夢に向かって一直線で頑張ってきたわけですよね! そりゃ、一度は失敗しちゃいましたけど……でも、こうして再挑戦しようとしてるんですから、立派です!」
ヤーグを精一杯励まそうとしていた。
「気持ちは嬉しいが……いいんだ」
ヤーグはアシェールに向き直り、そう返した。
「今は自惚れたくない……一度自信を亡くしたからな。
俺はもっと現実を見なきゃならない」
「そうだね……自分が強いと思っている人間ほど危ういものは無いよ」
言葉を繋いだのは、イーディス・ノースハイド(ka2106)だった。
全身鎧を纏い山中を行軍する彼女だが、焚き火に照らされるその顔は驚くほどにあどけない。
「過信は自身だけでなく仲間をも危険に晒す。
敵に臨み、負け、重傷を負う。あるいは死ぬ。そうなれば戦力という駒が1つ消滅するだけでなく、周りの足を引っ張ることもありうる。
とはいえ、自信が無ければ戦えない。
だから、自信と過信を履き違えないという事は難しいのだけれど……一度負けた人間の方が、その点では強いのだろうね。
鉄と同じさ、鋳造した品は鍛造した品と比べれば強度に劣る、叩かれて鍛えられるからこそ、より強くなる。
負ける事は幾らでもある。己より強い相手はいくらでも居るさ。歪虚王なんてその筆頭だね」
歪虚王……ヤーグもその強大さも人ずてには聞いている。
かつてはそんな存在とも渡り合えるようになると思っていた。今となっては恥ずかしい過去だが。
「負けることは…………恥ではないのか?」
ヤーグは聞く。
「勝敗はただの事実だ……恥じるのはその人が勝手にしているだけだよ」
そう、ヤーグは自分で、自分を卑しめていたのだ。
「……僕もね、怠惰の歪虚には手酷くやられた事があったんだよ」
穏やかな口調で、ルスティロ・イストワール(ka0252)が語った。
彼が語るのは、無念の記憶だった。
「それこそ、依頼としては成功したんだ。……でもあの時、僕がもう少し強ければ、見たいモノが見れたかもしれないんだ。
ほんと、口惜しいよね。戦士としてじゃない、作家としてですらそうだったんだから……『戦う人間』にとっては、もっと辛かったよね」
それは悔恨の情であったが、しかし明るい顔になって続けた。
「でも、英雄って完全無欠なイメージで語りがちだけど……僕は、倒れても諦めずに立ち上がる、そんな英雄の物語を語りたいかな」
自分を見つめるルスティロに、ヤーグは返した。
「英雄か……俺は多分そんなものには程遠いんだろうな。生きるだけで精一杯だよ。
けど、倒れても諦めずに立ち上がる姿勢を……俺は求めていきたい」
「戦うことがうまい事が強さなのでしょうか?
弱いとか強いとかはそんな事ではないと思いますよ」
ライラ = リューンベリ(ka5507)が、丁寧な言葉遣いで述べた。
今、皆紅茶を味わっているが、それはライラが淹れたものだ。ちなみに茶菓子に供されたナッツはルスティロのものだった。
彼女は実に堂に入った紅茶の淹れ方をした。聞けば以前はメイドだったという。
「私は、自分らしく生きることこそが強さのなのだと思いますよ」
「自分らしさか……」
自分らしさとは何だろうとヤーグは自問する。
思い浮かぶのは自惚れが強いとか思い込みが激しいとか現実が見えないとかそういう事ばかりだった。
そう告げるとライラは笑って、
「ヤーグ様は自分の弱さをお認めになられる方なのですね」
そう告げた。
「少なくとも自分の弱さを認められない限り、強くなれるはずがありません」
「スクワットでもして鍛えたらいいのよ。筋肉が増えたら自信もつくでしょ」
烏丸 涼子 (ka5728)は、具体的な助言を述べた。
色々と考えているような表情だったが、あえて口にしたのはそれだけだった。
「体は鍛えたんだがな……」
「どこまで鍛えれば良いという話ではないの。
悩んだら筋トレ、悩んで無くても筋トレ、問題が起こる前から筋トレ。
いやなことがあっても、体が疲れてるとぐっすり眠って忘れられる」
理に適っていた。実に単純明快だ。
「そのくらい単純な方が、いいのかもしれないな……」
「そうっ! 体動かして汗流して美味しい物食べれば大抵の事はなんとかなるっ!」
むしろこの説に同調したのはリツカ=R=ウラノス(ka3955)のようだった。
彼女は悪事を働いていたヤーグを捕縛したハンターの一員だった。リツカは今回再会するなり親しげに話しかけ、あまつさえ過去の事を他の仲間に話しそうになったので、慌てて止めた。
「そう言えばあれからどうしたの?」
唐突に過去に飛んだ。あれ、とはヤーグが捕縛された一件である。
「何人かがヘザーに着いて行ったようだったが、後は修道院で静かに暮らしているのが一人、あとは解らないな……俺は暫く一人で考えさせて貰ってた。
この一件が上手く行ったら、また連絡しようと思ってる」
「考えた結論が出たんだねー」
「ああ、先に進めればいいがな」
「そういう時こそ初心に帰るっていうのかな。何でそうしようと思ったのかとか、一回ゆっくり思い出してみるのもいいんじゃないかな。
私の理由? へへーん。ナイショだよ!」
聞いてもいないのに隠された。
「うちね、ヤーグさんが、こうしてまた立ち上がろうって思った事、すごくすごいと思うんだ」
ミコト=S=レグルス(ka3953)もリツカと同じくヤーグ達を捕縛した一人だった。その口調には相手の心に寄り添おうとする気持ちが見て取れる。
「うちも、強くなりたくて頑張ってるけど、実際特別すごいってわけじゃなくて。
でも、この世界でうちだけにしか出来ない何かもあるはずって、信じてるから、何とかやってる。
だけどそれがもし、何も意味がなかったら……それは、すごく怖い事、で……。
そこは共感できるから、出来る限り協力したいなって。
一人では怖くても、皆で一緒に頑張ればって思うんだ」
傍らのリツカに視線を向ければ、強くうなづいてくる。
「……それと前回は、ちゃんと事情も考えないで、偉そうな事を言っちゃったかもって、ちょっとだけ反省」
「気にするな、考え方が違ったのさ。
だがお嬢さん、あんたの考え……俺は好きだがね」
目の前の少女はヤーグとは明らかに違う人間だった。
しかし悩み、日々を生きている。自分と同じように。この場にいる誰もがそうだった。
皆、戦っている。
●気分は晴れた。これから何をするかが重要だ
そして、翌日になった。
快晴だった。眩い朝日に目を細めながら、一行は出発の支度をする。
「黄金色の怪物を倒す、ってさ、何だか英雄譚らしくてわくわくしないかい?」
ルスティロは声を弾ませる。道中、何度か立ち止まって耳をすましていた。動物霊の力を宿し聴覚を強化する、霊闘士の術である。
「サイズがサイズだ、痕跡を辿るのは難しくもねぇだろうさ。お……」
周囲に気を配りながら進むカズマは早速大型の獣の足跡らしきものを見つけていた。
「本当にそうみたいだね……いや……」
ルスティロは一点を見つめていた。
「……隠れる必要が無い、のか?」
獣ならば生存の為に隠れもしよう。しかし。
森の中で浮かび上がるような金色の毛皮。離れていてもわかる赤い目。
上方の山林、急斜面からこちらを見下ろしている。
「でかい……」
ヤーグは驚嘆した。
「前に見たのと違う……?」
故郷で猪を見た事があるアシェールが言った。種のことではない。形こそ同じだが、決定的に違った。
あれは生物ではない。
その証拠に、身の安全をも顧みずこちらに向かって駆け降りてくるではないか。
山津波のように下ってくる巨猪をハンター達は散開して迎える。
跳躍した。巨体が翔ぶ。
その着地が大地を揺るがせた。
近い。
銃声が響いた。
「こっち、こっち!」
ミコトが拳銃を猪に向けて撃った。つけた傷は僅かだったが、敵意に応じ、意思を向ける。
殺すための意思だった。それは獣が持ち得るものではない。
ミコトは動物霊を憑依させ、地を駆けた。より野生的なフォルムとなって猪とは反対側に駆ける。
猪は咆哮をあげて追った。
ミコトの行く先には広く平らな場所がある。そこで包囲して撃破する心算だった。
「はっ!」
猪に振り向いたミコトが横へ跳ぶ。凄まじい風圧を感じて、突進する猪とすれ違った。猪はそのまま直進し、進行方向に生えていた樹に正面からぶつかって止まった。
雷鳴のような音が轟いて、樹が倒れた。猪は痛がる様子も見せずにミコトに振り向いた。
「ホントに猪突猛進っ」
着地から身を起こす。そこに仲間達が並んだ。
「かくして金毛の巨猪は現れた。さぁ、僕らの戦いの始まりだ!」
ルスティロが歌うように宣言した。それに沿うように、九人のハンターが巨獣に向かった。
「普通にね」
両手剣を上段に構えたヤーグの隣を、涼子の声が通り過ぎた。
かと思うと空気が弾ける音とともに、放出されたマテリアルが猪の鼻柱に直撃する。
再び咆哮をあげる猪の前に、イーディスが立ち塞がった。
「反撃はさせないよ」
振り下ろされた前足を、彼女の盾が防ぐ。
その足が着地しないうちに、ライラの鞭が巻き付いた。後ろに引き、猪の足は伸ばせないまま膝をつく。
「皆様今です」
「遅れるなよ?」
ライラに応えるようにカズマが跳び出し、猪の左側へと一瞬で回り込むとともに、回転を加えた斬龍刀の一撃を叩き込んだ。
「これはどうかな!」
ルスティロが反対側に回り込んだ。手にしたゼファーが鳴く。甲高い風の音とともに猪の肉が引き裂かれた。
「見よ! このフットワーク!」
さらに正面からはリツカが敵を翻弄するように不規則な動きを見せ、執拗に目を突きにかかる。
猪は反射的な動きで首を動かして避けているが、牽制には十分だ。
「ヤーグさん!」
アシェールが術をかける。傍らでヤーグの剣が、アシェールの術によって魔力を帯び赤く光った。
「おおおおおおーーーッ!」
絶好の好機を見逃さず、ヤーグが両手剣を振り下ろした。踏み込みとともに体重の乗せられた剣は巨獣の体にめり込み、肉を引き斬った。
「ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
天地を揺るがすような絶叫が響いた。
猪の殺意に応じるように、瘴気が発生する。
「危ねーっ!」
リツカはとっさに瞬脚で反応し、後ろに跳ぶ。
(くっ……これは何度も食らうわけにはいかないな!)
マントで口の端を覆っていたルスティロだったがその程度では防げず、全身に寒気が走る。
「呼吸を合わせろ! 一斉に仕掛ける!」
カズマが声をあげ、一同は返答する。
猪は赤く燃える目に殺意を漲らせ、鼻先をしゃくりあげるように目の前のイーディスに牙で攻撃する。
盾で受けるものの、堅牢堅固の守護者たるイーディスが体勢を崩した。
「三! 二! 一!」
だがその間にハンター達は攻撃の準備を終えていた。カズマの数えが終わると同時に一斉に動く。
ライラの手裏剣とアシェールの拳銃、そして涼子の青龍翔吼波が顔面を襲い、ルスティロ、ミコト、リツカが側面から武器を突き立てる。
下に潜り込んだヤーグが猪の肋骨に両手剣を突き立て、そして頭上にはカズマが飛んだ。
「雑魔程度にその色は似合わん、よって剥奪する」
冷徹な宣言と共に、斬龍刀が頭蓋を穿った。
「ズゴゴゴゴオオオオオオオオオオォォォォォォォォ…………!!!」
世にも恐ろしい絶叫が上がった。
雑魔は一瞬天を仰ぐと、力なく地面にへたり込み、黒い粒子となって虚空へと消えた。
「――ふん、薄くなって金色っぽく見えてただけじゃねぇか」
カズマは吐き捨てるように言った。
●これは只の人間の物語だ
「無事討伐されてよかったです!」
アシェールが、勝利の喜びを分かち合うようにヤーグに言った。
「……ありがとうな」
ヤーグが口にしたのは感謝の言葉だった。緊張がほぐれたのはアシェールの存在が大きかった。
アシェールがミコトやリツカとも喜びを分かち合う中、ヤーグはルスティロと目が合った。
「只の人間の物語だったかな」
帰り道、ヤーグはルスティロに言った。
「ん? なんのこと?」
ルスティロは歩きながら魔導書に何やらメモをしていたが、顔を上げてヤーグを見た。
「いや、今回の事は英雄譚でもなんでもなかったな、と」
「んー……」
ルスティロは何かを考える仕草をした。
「いや、忘れてくれ。
俺は物語の中の人物じゃないし、物語の作者の気持ちもわからない」
ヤーグはそう言って、照れ臭そうに笑うのだった。
「これからが大変よ」
ヤーグの顔を見て、涼子が言った。
「頑張りなさい。けど頑張ってもどうにもならないことはあるわ。あなたはこれから先も壁に突き当たる」
「ああ……」
ヤーグは涼子の物言いに戸惑いながらも、意を決したように返した。
「もう選んじまったからな」
この生き方を選びたかったのだ。深い理由は無い。
きっとこの男は、壁に突き当たるたびに悩み、もがき、越える術を探していくのだろう。
木々の爆ぜる音が聞こえる。
夜、山中での野営をする事になったハンター達は、焚火を眺めていた。
「話したいことがあるんだ」
唐突に、ヤーグ・アルシュガルは切り出した。皆は何事かと彼を見る。
彼はこの仕事を、人生の分岐点にしたかった。けじめを付ける為に、話しておきたかったのだ。
ここに至るまでの道筋。自分が強さに自信を持ってハンターになった事、敗北を味わって挫折した事、悪事に走った事、捕えられた事。
「何かと思えばそれか」
聞くなり、盛大に笑い飛ばした男がいた。龍崎・カズマ(ka0178)だった。
カズマは一頻り笑った後でこう語った。
「笑わせるな。只の人間なんだよ、俺もあんたも。神様でも物語の英雄でもねぇ。
全ては守れねぇし届かない先から零れ落しちまう。望んでも願っても一人じゃ全てに届かねえ。
弱い? それが全てじゃねえだろう。
『アンタは何で強さを求めたかったんだ?』」
途中から口調は真剣そのものになっていた。
ヤーグは一呼吸考えた後で、語った。
「単純な話だ。『それを飯の種にしたかった』。
だが何もかもがうまく行くと考えてたのは間違ってた。若い内に見た都合の良い夢を否定すること無くここまで来てしまったんだな。だから現実を知って……あとは語ったとおりだ」
「そうか。
……ま、何度だって起きあがりゃいいんでねーの?」
言い終わらない内にカズマは立ち上がった。
「さって、明日も早いし寝るぜ俺は」
そして早々に寝に入った。
「で、でも、夢を持つことは良いことですよ!」
やがてアシェ-ル(ka2983)が口を開いた。
駆け出しだと言う彼女は緊張が目に見える。薪を集めるのに苦労したのをヤーグは見守ったり手助けしたりしていた。どこか妹のような親しさを感じさせる、そんな彼女が。
「夢に向かって一直線で頑張ってきたわけですよね! そりゃ、一度は失敗しちゃいましたけど……でも、こうして再挑戦しようとしてるんですから、立派です!」
ヤーグを精一杯励まそうとしていた。
「気持ちは嬉しいが……いいんだ」
ヤーグはアシェールに向き直り、そう返した。
「今は自惚れたくない……一度自信を亡くしたからな。
俺はもっと現実を見なきゃならない」
「そうだね……自分が強いと思っている人間ほど危ういものは無いよ」
言葉を繋いだのは、イーディス・ノースハイド(ka2106)だった。
全身鎧を纏い山中を行軍する彼女だが、焚き火に照らされるその顔は驚くほどにあどけない。
「過信は自身だけでなく仲間をも危険に晒す。
敵に臨み、負け、重傷を負う。あるいは死ぬ。そうなれば戦力という駒が1つ消滅するだけでなく、周りの足を引っ張ることもありうる。
とはいえ、自信が無ければ戦えない。
だから、自信と過信を履き違えないという事は難しいのだけれど……一度負けた人間の方が、その点では強いのだろうね。
鉄と同じさ、鋳造した品は鍛造した品と比べれば強度に劣る、叩かれて鍛えられるからこそ、より強くなる。
負ける事は幾らでもある。己より強い相手はいくらでも居るさ。歪虚王なんてその筆頭だね」
歪虚王……ヤーグもその強大さも人ずてには聞いている。
かつてはそんな存在とも渡り合えるようになると思っていた。今となっては恥ずかしい過去だが。
「負けることは…………恥ではないのか?」
ヤーグは聞く。
「勝敗はただの事実だ……恥じるのはその人が勝手にしているだけだよ」
そう、ヤーグは自分で、自分を卑しめていたのだ。
「……僕もね、怠惰の歪虚には手酷くやられた事があったんだよ」
穏やかな口調で、ルスティロ・イストワール(ka0252)が語った。
彼が語るのは、無念の記憶だった。
「それこそ、依頼としては成功したんだ。……でもあの時、僕がもう少し強ければ、見たいモノが見れたかもしれないんだ。
ほんと、口惜しいよね。戦士としてじゃない、作家としてですらそうだったんだから……『戦う人間』にとっては、もっと辛かったよね」
それは悔恨の情であったが、しかし明るい顔になって続けた。
「でも、英雄って完全無欠なイメージで語りがちだけど……僕は、倒れても諦めずに立ち上がる、そんな英雄の物語を語りたいかな」
自分を見つめるルスティロに、ヤーグは返した。
「英雄か……俺は多分そんなものには程遠いんだろうな。生きるだけで精一杯だよ。
けど、倒れても諦めずに立ち上がる姿勢を……俺は求めていきたい」
「戦うことがうまい事が強さなのでしょうか?
弱いとか強いとかはそんな事ではないと思いますよ」
ライラ = リューンベリ(ka5507)が、丁寧な言葉遣いで述べた。
今、皆紅茶を味わっているが、それはライラが淹れたものだ。ちなみに茶菓子に供されたナッツはルスティロのものだった。
彼女は実に堂に入った紅茶の淹れ方をした。聞けば以前はメイドだったという。
「私は、自分らしく生きることこそが強さのなのだと思いますよ」
「自分らしさか……」
自分らしさとは何だろうとヤーグは自問する。
思い浮かぶのは自惚れが強いとか思い込みが激しいとか現実が見えないとかそういう事ばかりだった。
そう告げるとライラは笑って、
「ヤーグ様は自分の弱さをお認めになられる方なのですね」
そう告げた。
「少なくとも自分の弱さを認められない限り、強くなれるはずがありません」
「スクワットでもして鍛えたらいいのよ。筋肉が増えたら自信もつくでしょ」
烏丸 涼子 (ka5728)は、具体的な助言を述べた。
色々と考えているような表情だったが、あえて口にしたのはそれだけだった。
「体は鍛えたんだがな……」
「どこまで鍛えれば良いという話ではないの。
悩んだら筋トレ、悩んで無くても筋トレ、問題が起こる前から筋トレ。
いやなことがあっても、体が疲れてるとぐっすり眠って忘れられる」
理に適っていた。実に単純明快だ。
「そのくらい単純な方が、いいのかもしれないな……」
「そうっ! 体動かして汗流して美味しい物食べれば大抵の事はなんとかなるっ!」
むしろこの説に同調したのはリツカ=R=ウラノス(ka3955)のようだった。
彼女は悪事を働いていたヤーグを捕縛したハンターの一員だった。リツカは今回再会するなり親しげに話しかけ、あまつさえ過去の事を他の仲間に話しそうになったので、慌てて止めた。
「そう言えばあれからどうしたの?」
唐突に過去に飛んだ。あれ、とはヤーグが捕縛された一件である。
「何人かがヘザーに着いて行ったようだったが、後は修道院で静かに暮らしているのが一人、あとは解らないな……俺は暫く一人で考えさせて貰ってた。
この一件が上手く行ったら、また連絡しようと思ってる」
「考えた結論が出たんだねー」
「ああ、先に進めればいいがな」
「そういう時こそ初心に帰るっていうのかな。何でそうしようと思ったのかとか、一回ゆっくり思い出してみるのもいいんじゃないかな。
私の理由? へへーん。ナイショだよ!」
聞いてもいないのに隠された。
「うちね、ヤーグさんが、こうしてまた立ち上がろうって思った事、すごくすごいと思うんだ」
ミコト=S=レグルス(ka3953)もリツカと同じくヤーグ達を捕縛した一人だった。その口調には相手の心に寄り添おうとする気持ちが見て取れる。
「うちも、強くなりたくて頑張ってるけど、実際特別すごいってわけじゃなくて。
でも、この世界でうちだけにしか出来ない何かもあるはずって、信じてるから、何とかやってる。
だけどそれがもし、何も意味がなかったら……それは、すごく怖い事、で……。
そこは共感できるから、出来る限り協力したいなって。
一人では怖くても、皆で一緒に頑張ればって思うんだ」
傍らのリツカに視線を向ければ、強くうなづいてくる。
「……それと前回は、ちゃんと事情も考えないで、偉そうな事を言っちゃったかもって、ちょっとだけ反省」
「気にするな、考え方が違ったのさ。
だがお嬢さん、あんたの考え……俺は好きだがね」
目の前の少女はヤーグとは明らかに違う人間だった。
しかし悩み、日々を生きている。自分と同じように。この場にいる誰もがそうだった。
皆、戦っている。
●気分は晴れた。これから何をするかが重要だ
そして、翌日になった。
快晴だった。眩い朝日に目を細めながら、一行は出発の支度をする。
「黄金色の怪物を倒す、ってさ、何だか英雄譚らしくてわくわくしないかい?」
ルスティロは声を弾ませる。道中、何度か立ち止まって耳をすましていた。動物霊の力を宿し聴覚を強化する、霊闘士の術である。
「サイズがサイズだ、痕跡を辿るのは難しくもねぇだろうさ。お……」
周囲に気を配りながら進むカズマは早速大型の獣の足跡らしきものを見つけていた。
「本当にそうみたいだね……いや……」
ルスティロは一点を見つめていた。
「……隠れる必要が無い、のか?」
獣ならば生存の為に隠れもしよう。しかし。
森の中で浮かび上がるような金色の毛皮。離れていてもわかる赤い目。
上方の山林、急斜面からこちらを見下ろしている。
「でかい……」
ヤーグは驚嘆した。
「前に見たのと違う……?」
故郷で猪を見た事があるアシェールが言った。種のことではない。形こそ同じだが、決定的に違った。
あれは生物ではない。
その証拠に、身の安全をも顧みずこちらに向かって駆け降りてくるではないか。
山津波のように下ってくる巨猪をハンター達は散開して迎える。
跳躍した。巨体が翔ぶ。
その着地が大地を揺るがせた。
近い。
銃声が響いた。
「こっち、こっち!」
ミコトが拳銃を猪に向けて撃った。つけた傷は僅かだったが、敵意に応じ、意思を向ける。
殺すための意思だった。それは獣が持ち得るものではない。
ミコトは動物霊を憑依させ、地を駆けた。より野生的なフォルムとなって猪とは反対側に駆ける。
猪は咆哮をあげて追った。
ミコトの行く先には広く平らな場所がある。そこで包囲して撃破する心算だった。
「はっ!」
猪に振り向いたミコトが横へ跳ぶ。凄まじい風圧を感じて、突進する猪とすれ違った。猪はそのまま直進し、進行方向に生えていた樹に正面からぶつかって止まった。
雷鳴のような音が轟いて、樹が倒れた。猪は痛がる様子も見せずにミコトに振り向いた。
「ホントに猪突猛進っ」
着地から身を起こす。そこに仲間達が並んだ。
「かくして金毛の巨猪は現れた。さぁ、僕らの戦いの始まりだ!」
ルスティロが歌うように宣言した。それに沿うように、九人のハンターが巨獣に向かった。
「普通にね」
両手剣を上段に構えたヤーグの隣を、涼子の声が通り過ぎた。
かと思うと空気が弾ける音とともに、放出されたマテリアルが猪の鼻柱に直撃する。
再び咆哮をあげる猪の前に、イーディスが立ち塞がった。
「反撃はさせないよ」
振り下ろされた前足を、彼女の盾が防ぐ。
その足が着地しないうちに、ライラの鞭が巻き付いた。後ろに引き、猪の足は伸ばせないまま膝をつく。
「皆様今です」
「遅れるなよ?」
ライラに応えるようにカズマが跳び出し、猪の左側へと一瞬で回り込むとともに、回転を加えた斬龍刀の一撃を叩き込んだ。
「これはどうかな!」
ルスティロが反対側に回り込んだ。手にしたゼファーが鳴く。甲高い風の音とともに猪の肉が引き裂かれた。
「見よ! このフットワーク!」
さらに正面からはリツカが敵を翻弄するように不規則な動きを見せ、執拗に目を突きにかかる。
猪は反射的な動きで首を動かして避けているが、牽制には十分だ。
「ヤーグさん!」
アシェールが術をかける。傍らでヤーグの剣が、アシェールの術によって魔力を帯び赤く光った。
「おおおおおおーーーッ!」
絶好の好機を見逃さず、ヤーグが両手剣を振り下ろした。踏み込みとともに体重の乗せられた剣は巨獣の体にめり込み、肉を引き斬った。
「ブゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!」
天地を揺るがすような絶叫が響いた。
猪の殺意に応じるように、瘴気が発生する。
「危ねーっ!」
リツカはとっさに瞬脚で反応し、後ろに跳ぶ。
(くっ……これは何度も食らうわけにはいかないな!)
マントで口の端を覆っていたルスティロだったがその程度では防げず、全身に寒気が走る。
「呼吸を合わせろ! 一斉に仕掛ける!」
カズマが声をあげ、一同は返答する。
猪は赤く燃える目に殺意を漲らせ、鼻先をしゃくりあげるように目の前のイーディスに牙で攻撃する。
盾で受けるものの、堅牢堅固の守護者たるイーディスが体勢を崩した。
「三! 二! 一!」
だがその間にハンター達は攻撃の準備を終えていた。カズマの数えが終わると同時に一斉に動く。
ライラの手裏剣とアシェールの拳銃、そして涼子の青龍翔吼波が顔面を襲い、ルスティロ、ミコト、リツカが側面から武器を突き立てる。
下に潜り込んだヤーグが猪の肋骨に両手剣を突き立て、そして頭上にはカズマが飛んだ。
「雑魔程度にその色は似合わん、よって剥奪する」
冷徹な宣言と共に、斬龍刀が頭蓋を穿った。
「ズゴゴゴゴオオオオオオオオオオォォォォォォォォ…………!!!」
世にも恐ろしい絶叫が上がった。
雑魔は一瞬天を仰ぐと、力なく地面にへたり込み、黒い粒子となって虚空へと消えた。
「――ふん、薄くなって金色っぽく見えてただけじゃねぇか」
カズマは吐き捨てるように言った。
●これは只の人間の物語だ
「無事討伐されてよかったです!」
アシェールが、勝利の喜びを分かち合うようにヤーグに言った。
「……ありがとうな」
ヤーグが口にしたのは感謝の言葉だった。緊張がほぐれたのはアシェールの存在が大きかった。
アシェールがミコトやリツカとも喜びを分かち合う中、ヤーグはルスティロと目が合った。
「只の人間の物語だったかな」
帰り道、ヤーグはルスティロに言った。
「ん? なんのこと?」
ルスティロは歩きながら魔導書に何やらメモをしていたが、顔を上げてヤーグを見た。
「いや、今回の事は英雄譚でもなんでもなかったな、と」
「んー……」
ルスティロは何かを考える仕草をした。
「いや、忘れてくれ。
俺は物語の中の人物じゃないし、物語の作者の気持ちもわからない」
ヤーグはそう言って、照れ臭そうに笑うのだった。
「これからが大変よ」
ヤーグの顔を見て、涼子が言った。
「頑張りなさい。けど頑張ってもどうにもならないことはあるわ。あなたはこれから先も壁に突き当たる」
「ああ……」
ヤーグは涼子の物言いに戸惑いながらも、意を決したように返した。
「もう選んじまったからな」
この生き方を選びたかったのだ。深い理由は無い。
きっとこの男は、壁に突き当たるたびに悩み、もがき、越える術を探していくのだろう。
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絶望を越えて ミコト=S=レグルス(ka3953) 人間(リアルブルー)|16才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2016/01/05 21:52:34 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/01/04 19:21:23 |