ゲスト
(ka0000)
望郷
マスター:葉槻
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 4日
- 締切
- 2016/02/01 09:00
- 完成日
- 2016/02/14 23:07
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●1月初旬。フランツの書斎にて
新年早々、フランツ・フォルスター(kz0132)の元に一通の封書が届いた。
『アルフォンス・レーガーの判決結果報告書』
昨年11月までにハンター達に依頼していた偽革命債に関する調査で、その偽革命債を製造したとして逮捕された人物の報告書だった。
『情状酌量の余地はあるが、その被害総額は甚大であり、アネリブーベにて長期懲役刑に処す』
書面から目を離し、眼鏡を外すと両目頭を両手の中指で揉む。
それから眼鏡をかけ直し、あの依頼に関わってくれたハンター達には知らせた方が良いかと、ハンターオフィス宛に書面を認め始める。
なお、彼以外の者達に関してはまだ裁判中である。
ハイリンヒに関しては余罪追求が終わらず、レオポルドに関しては関係性が複雑であり、また、ヴルツァライヒとの関連性に不明な点もまだ多い為、現在なお調査中であるらしい。
フランツは封筒に報告書を戻そうとして、もう一枚紙が入っている事に気付いた。
それを見ると眉間にしわを寄せて、深い溜息を吐いた。
「……歯がゆいが、それが望みなのか……」
書面に書かれていたのは、アルフォンスの妻に関する報告だった。
『バルトアンデルスにて治療中のエマに関し、治療代未払いの問題と本人の希望もあり、退院処置。
退院後はベンケンの自宅にて療養の予定』
アルフォンス逮捕後よりエマが退院してベンケンへと帰りたがっているという情報はフランツの耳にも届いていた。
それに関し、アルフォンスは『妻の望むようにしてやって欲しい』という返答が来ていたのも。
しかし、その申し出を拒んだのが入院先の医師だった。
「彼女の病気の進行状況、また体力から判断しても、退院は許可出来ない。治療費に関しては人道的立場に立ってこちらで負担することも吝かではない」
そのように言われれば、帝国側としては無理に退院させる手段を持たない。
しかし、退院処置となったということは、エマの願いがついに叶ったということなのだろう。
……それが、己の寿命を縮めることになろうとも。
自身も愛妻を病で亡くした身として、エマとアルフォンスの思いがわかる分だけ辛かった。
……せめて、彼女が故郷で静かに息を引き取れることを心より祈った。
●1月上旬。帝都郊外の街道にて
馬車の旅は、とにかく揺れる。
寝台に横たわるエマの細い呼吸音が酷く辛そうで、若い聖導師の女性はもう骨と皮しかないエマの手を優しく握りながら励まし続けていた。
それでもエマは嬉しかった。あの病院で生涯を終えるのではなく、外に出ることが出来た。冷たい冬の風に触れ、柔らかな陽の光を浴びることが出来た。
馬車の揺れに全身は軋むように痛んだとしても。
自分の手を握る彼女は、まだ十代だろうか。泣きそうな顔をしているが、大丈夫なのだと伝えたくとも、もう声が上手く出せないから、ただただ微笑みながら彼女を見ていた。
あとはアルフォンスに会いたかったが、彼は自分の為に罪を犯して服役が決まってしまった。
ついに良いパトロンと出逢えたと、自分を治療する事が出来ると喜んでいたけれど、今思えばあの時点で様子がおかしい事を指摘するべきだったのか。
彼の罪について詳しい話しが聞きたかったが、箝口令が敷かれているのか彼女の元には彼からの手紙以上の情報は一切入ってこなかった。
裁判が終わるまでの間に来た手紙は2通。裁判が終わってから1通。どれもほとんど彼のことは書かれておらず、自分の身を案じる文面ばかりだったのが彼らしくて、申し訳無くて哀しくて寂しい。
ゴホゴホと酷く大きな咳と共に、赤い血が枕元を汚した。
「エマさん!」
聖導師が悲鳴じみた声でエマの名を呼び、第六師団所属の女性兵が御者に馬車を止めるよう声を掛けた。
濡らしたタオルでエマの口元を拭おうと手を伸ばし――その呼吸が止まっていることに聖導師は気付いた。
――結局、エマは故郷の空気を感じる前に、その生涯を閉じたのだった。
●1月上旬。街道上にて。
歪虚の襲撃に帝国全土が激震する中、到着予定日を超えても馬車が到着しない事に不審を抱いた第六師団が調査を開始した。
それとほぼ同時に帝都から数時間行った街道沿いに一台の馬車が放置されるのが見つかったと連絡が入った。
すぐに兵達が向かうと、そこには皮と骨だけとなった3体の遺体があり、その場に残された服から御者と聖導師、帝国兵の三名だろうと予測された。
また、寝台には赤黒いシミと服だけでエマの姿はなく、状況的に強力な雑魔または歪虚に襲われたものと推測され、軍は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
直ぐ様に調査隊が派遣されたが、姿形も分からない雑魔の捜索は難航を極める事となる。
●1月中旬。ドワーヴンシュタット州南部にて。
自宅に着いた商人が、メンテナンスを兼ねて自分の馬車の裏側を覗くと、そこには何やら厭なオーラを放つどす黒いヘドロが付いていることに気付いた。
「何だ、これ? ……うわぁっ!?」
男がそのヘドロを剥がそうと木のへらを伸ばすと、ずるりと動いた。
さらにそのヘドロは影を伝って馬へと近づき、風の刃のような手法で手綱を切ると、馬の腹部に貼り付いて、馬と共に逃亡した。
男は慌ててハンターオフィスに駆け込んだ。
「アレだ! アレに違いない!『街道の悪魔』だ!!」
●ハンターオフィスにて
「帝都が混乱に陥っている中でしたので、調査が後手に回ったことをまずお詫びいたします」
説明係の女性は深々と頭を下げると、帝国の地図を取り出し一つの街道を指でなぞった。
「この街道沿いに、正体不明の雑魔が発生していました。最初の被害は恐らく、馬車に乗っていた4名。その後この街道沿いに骨と皮だけの姿となって発見された人や動物が6人と2頭。徐々に北西へと移動しています」
耳聡い商人達の間ではこの雑魔のことを『街道の悪魔』と呼び、警戒していたらしい。
「そして、ついに目撃情報が出ました。雑魔は赤黒いスライム状。影を伝って移動するらしく、日中は動きが鈍いようです」
夜になると影を伝って移動し、人や馬などを襲う。日が昇ると何かの影に隠れてやり過ごす……そのようにして今まで北上してきていたようだ。
「何故かこの雑魔は、ただひたすらに街道を北上しているようで、今までの被害状況と移動距離から、恐らく現在はこの辺りに潜んでいるものと推測されます」
女性は収穫が終わった麦畑が8割を締める地域を指さした。
「徐々に力を増してきているようで、非覚醒者が見ても“厭な感じ”を感じたとの事ですから、恐らくみなさんでしたらより強くその感覚を感じることが出来るかと思います」
女性はそこで言葉を切ると、ハンター一人一人の顔を見回した。
「敵の能力は不明です。ですが……ですが、どうか、この悲劇に終止符を。よろしくお願いします」
女性は再度深々と頭を下げた。
新年早々、フランツ・フォルスター(kz0132)の元に一通の封書が届いた。
『アルフォンス・レーガーの判決結果報告書』
昨年11月までにハンター達に依頼していた偽革命債に関する調査で、その偽革命債を製造したとして逮捕された人物の報告書だった。
『情状酌量の余地はあるが、その被害総額は甚大であり、アネリブーベにて長期懲役刑に処す』
書面から目を離し、眼鏡を外すと両目頭を両手の中指で揉む。
それから眼鏡をかけ直し、あの依頼に関わってくれたハンター達には知らせた方が良いかと、ハンターオフィス宛に書面を認め始める。
なお、彼以外の者達に関してはまだ裁判中である。
ハイリンヒに関しては余罪追求が終わらず、レオポルドに関しては関係性が複雑であり、また、ヴルツァライヒとの関連性に不明な点もまだ多い為、現在なお調査中であるらしい。
フランツは封筒に報告書を戻そうとして、もう一枚紙が入っている事に気付いた。
それを見ると眉間にしわを寄せて、深い溜息を吐いた。
「……歯がゆいが、それが望みなのか……」
書面に書かれていたのは、アルフォンスの妻に関する報告だった。
『バルトアンデルスにて治療中のエマに関し、治療代未払いの問題と本人の希望もあり、退院処置。
退院後はベンケンの自宅にて療養の予定』
アルフォンス逮捕後よりエマが退院してベンケンへと帰りたがっているという情報はフランツの耳にも届いていた。
それに関し、アルフォンスは『妻の望むようにしてやって欲しい』という返答が来ていたのも。
しかし、その申し出を拒んだのが入院先の医師だった。
「彼女の病気の進行状況、また体力から判断しても、退院は許可出来ない。治療費に関しては人道的立場に立ってこちらで負担することも吝かではない」
そのように言われれば、帝国側としては無理に退院させる手段を持たない。
しかし、退院処置となったということは、エマの願いがついに叶ったということなのだろう。
……それが、己の寿命を縮めることになろうとも。
自身も愛妻を病で亡くした身として、エマとアルフォンスの思いがわかる分だけ辛かった。
……せめて、彼女が故郷で静かに息を引き取れることを心より祈った。
●1月上旬。帝都郊外の街道にて
馬車の旅は、とにかく揺れる。
寝台に横たわるエマの細い呼吸音が酷く辛そうで、若い聖導師の女性はもう骨と皮しかないエマの手を優しく握りながら励まし続けていた。
それでもエマは嬉しかった。あの病院で生涯を終えるのではなく、外に出ることが出来た。冷たい冬の風に触れ、柔らかな陽の光を浴びることが出来た。
馬車の揺れに全身は軋むように痛んだとしても。
自分の手を握る彼女は、まだ十代だろうか。泣きそうな顔をしているが、大丈夫なのだと伝えたくとも、もう声が上手く出せないから、ただただ微笑みながら彼女を見ていた。
あとはアルフォンスに会いたかったが、彼は自分の為に罪を犯して服役が決まってしまった。
ついに良いパトロンと出逢えたと、自分を治療する事が出来ると喜んでいたけれど、今思えばあの時点で様子がおかしい事を指摘するべきだったのか。
彼の罪について詳しい話しが聞きたかったが、箝口令が敷かれているのか彼女の元には彼からの手紙以上の情報は一切入ってこなかった。
裁判が終わるまでの間に来た手紙は2通。裁判が終わってから1通。どれもほとんど彼のことは書かれておらず、自分の身を案じる文面ばかりだったのが彼らしくて、申し訳無くて哀しくて寂しい。
ゴホゴホと酷く大きな咳と共に、赤い血が枕元を汚した。
「エマさん!」
聖導師が悲鳴じみた声でエマの名を呼び、第六師団所属の女性兵が御者に馬車を止めるよう声を掛けた。
濡らしたタオルでエマの口元を拭おうと手を伸ばし――その呼吸が止まっていることに聖導師は気付いた。
――結局、エマは故郷の空気を感じる前に、その生涯を閉じたのだった。
●1月上旬。街道上にて。
歪虚の襲撃に帝国全土が激震する中、到着予定日を超えても馬車が到着しない事に不審を抱いた第六師団が調査を開始した。
それとほぼ同時に帝都から数時間行った街道沿いに一台の馬車が放置されるのが見つかったと連絡が入った。
すぐに兵達が向かうと、そこには皮と骨だけとなった3体の遺体があり、その場に残された服から御者と聖導師、帝国兵の三名だろうと予測された。
また、寝台には赤黒いシミと服だけでエマの姿はなく、状況的に強力な雑魔または歪虚に襲われたものと推測され、軍は蜂の巣を突いたような騒ぎになった。
直ぐ様に調査隊が派遣されたが、姿形も分からない雑魔の捜索は難航を極める事となる。
●1月中旬。ドワーヴンシュタット州南部にて。
自宅に着いた商人が、メンテナンスを兼ねて自分の馬車の裏側を覗くと、そこには何やら厭なオーラを放つどす黒いヘドロが付いていることに気付いた。
「何だ、これ? ……うわぁっ!?」
男がそのヘドロを剥がそうと木のへらを伸ばすと、ずるりと動いた。
さらにそのヘドロは影を伝って馬へと近づき、風の刃のような手法で手綱を切ると、馬の腹部に貼り付いて、馬と共に逃亡した。
男は慌ててハンターオフィスに駆け込んだ。
「アレだ! アレに違いない!『街道の悪魔』だ!!」
●ハンターオフィスにて
「帝都が混乱に陥っている中でしたので、調査が後手に回ったことをまずお詫びいたします」
説明係の女性は深々と頭を下げると、帝国の地図を取り出し一つの街道を指でなぞった。
「この街道沿いに、正体不明の雑魔が発生していました。最初の被害は恐らく、馬車に乗っていた4名。その後この街道沿いに骨と皮だけの姿となって発見された人や動物が6人と2頭。徐々に北西へと移動しています」
耳聡い商人達の間ではこの雑魔のことを『街道の悪魔』と呼び、警戒していたらしい。
「そして、ついに目撃情報が出ました。雑魔は赤黒いスライム状。影を伝って移動するらしく、日中は動きが鈍いようです」
夜になると影を伝って移動し、人や馬などを襲う。日が昇ると何かの影に隠れてやり過ごす……そのようにして今まで北上してきていたようだ。
「何故かこの雑魔は、ただひたすらに街道を北上しているようで、今までの被害状況と移動距離から、恐らく現在はこの辺りに潜んでいるものと推測されます」
女性は収穫が終わった麦畑が8割を締める地域を指さした。
「徐々に力を増してきているようで、非覚醒者が見ても“厭な感じ”を感じたとの事ですから、恐らくみなさんでしたらより強くその感覚を感じることが出来るかと思います」
女性はそこで言葉を切ると、ハンター一人一人の顔を見回した。
「敵の能力は不明です。ですが……ですが、どうか、この悲劇に終止符を。よろしくお願いします」
女性は再度深々と頭を下げた。
リプレイ本文
●Call your name.
「エマ、さん……っ!」
「ユリアンさん!」「ユリアン!!」
ユリアン(ka1664)は見た目に反して意外に弾力のある『街道の悪魔』を抱き留めた。
首元に触れた生温さに怖気が走ると同時に、薄い皮膚を食い破られたのを感じた。
そして恐ろしい勢いで、自分のマテリアルが吸われていくのが分かる。
それでも、抱き留めた腕を緩めなかった。
「……うん。エマさん、帰ろう」
ユリアンの声に、悪魔が頷いたような気がした。
――それが気を失う前の、錯覚などではないと、ユリアンは今でも信じている。
●Looking for you.
「また、この辺りに来るなんてねえ」
ドロテア・フレーベ(ka4126)は借り入れの終わった、視界一面の大麦畑を見て感慨深げに呟いた。
以前関わったドワーヴンシュタットの事件を思い出し、ドロテアは長いまつげを伏せる。
アルフォンスとエマのこと……辺境伯様に連絡して状況を詳しく伺っておきたかった。
予想外のところでエマの名前を見つけてしまい、すぐにドロテアは辺境伯に連絡を取ろうとしたのだ。だが、出立に間に合わなかったのがドロテアには悔やまれてならない。
「……お邪魔します」
刈り取りが終わっているとはいえ、植物を育てるものとして人様の畑を踏み荒らすのは気が引けて、アニス・エリダヌス(ka2491)は小さく断りを入れると、愛馬を畑の中へ進ませた。
「時間がないわね。急ぎましょ」
ドロテアに促され、アニスは力強く頷く。2人は街道の東側から北上を始めた。
「街道の悪魔ァァ……? 大層な名前だけど、リアルブルーのDT大魔法使いと比べるとちょっと片手落ちだなぁ……!」
馬上から鼻息荒く水流崎トミヲ(ka4852)が言い放ち、ゴールデン・バウをぶんぶんと大げさに振る。
「だが被害は甚大だ。最初の事件で帝国兵と聖導士がやられているのだからな」
ロニ・カルディス(ka0551)の冷静な言葉に、トミヲはぴたりとワンドを振るのを止め、カクカクとした動きでロニを見る。
「え? ……そんなに凶悪なの?」
大真面目な表情のまま「油断は禁物だな」とロニが告げると、トミヲはぶるりと全身を震わせた。
馬上で日陰になっていそうな場所を中心に2人で見て回りながら、トミヲは顎を引き、「うーん」と唸る。
圧迫されて押し出されたぷにくにより、二重顎は立派な三重顎になっているが、ロニはそこを指摘してからかうような性分を持ち合わせてはいなかった。
途中見つけたため池をのぞき込み、再びトミヲは「うーん」と唸る。
トミヲが引っかかっているのは、ため池に落ちないように巡らされた柵、だけではない。
エマの遺体だけが見つかっていない、という事実について思考は堂々巡りを繰り返している。
何故、彼女の遺体だけが見つかっていないのか。
最初の被害者だからか? それとも――
「……本当に、嫌だけど」
自分の推測など外れてしまえば良い。そう思いながら、トミヲはロニの手を借りて漸く柵の隙間から上体を引き抜いた。
収穫期も過ぎ、農閑期に入っていたのが功を奏し、荷車はすんなりと借りることが出来た。
人を乗せる為の荷台ではないが、その分軽い。さらに御者台に2人並んで座ることが出来たので、ユリアンが手綱を握り、街道の左側を。浅黄 小夜(ka3062)は街道の右側を注視して進む。
最初はお互いに世間話などをしていたものの、2時間を超えると会話も尽き、お互い無言のまま街道を見る。
エマさんの遺留品だけないのか……
何故、ささやかな、でも切なる願い一つ叶わないのだろう。
エマを思い、ユリアンの手綱を握る手に力が入る。
それを察した馬たちが居心地悪そうに首を振ったのを見て、ユリアンは慌てて力を抜いた。
「……小夜達の、国では……死んでしまった後でも……魂だけでも……帰ってきたり、できるんやって……こっちの世界でも、同じなのかな……同じだと、ええな……」
肘掛けに顎を乗せて、小さな身体を猫のように丸めて街道を見ていた小夜が、ぽつりぽつりと言葉を落とす。
ユリアンが言葉を返そうと口を開きかけたその時、がばっと小夜が上体を起こし、正面の一点を見つめる。
「おにぃはん」
「……『街道の悪魔』」
ユリアンも正面に見える木々から、負のマテリアルが漂っているのを感じ、自然に表情が険しくする。
それは、もう、『雑魔』と呼べる範疇を超えていた。
●The declining day.
何度目かのロニのレクイエムが響き渡る。
ビクリと震えて動きの止まった悪魔へとユリアンが素早く斬り込み、ドロテアの鞭が意思を持ったように波打ち踊りながら叩き撃つ。
「行かせません!」
別の影へと逃げ込もうとする悪魔をアニスがジャッジメントで縫い止め、トミヲと小夜が雷と火矢で穿つ。
とぷん、と揺らぎその直後に赤い刃が悪魔を中心に全周囲にばらまかれた。
「っ!」
小さな悲鳴と、痛みを堪える声が上がる中、切り取られた枝葉が、濃厚な緑の香りと共に周囲に舞う。
斬り付けられた腕の傷を押さえながら、トミヲは冷静に敵を分析する。
咄嗟に発動させたカウンターマジックは1度も効かなかった。
たまたま抵抗され続けているのか、それとも、そもそも魔法攻撃ではないのか。
だが、攻撃を受ける度、攻撃を行う度に徐々に悪魔は小さくなっていっている気がした。
「癒やします!」
光の羽根を羽ばたかせながら、アニスの癒しの光が肩で息をしていた小夜の全身の傷を包む。
そこは街道にほど近い、小さな池の周囲に背の低い常緑樹と背の高い落葉樹がまばらに自生している場所だった。
そしてその、落葉樹の根元に悪魔はいた。
赤黒い半透明の醜悪な外見。大人1人ぐらいは余裕で飲み込めそうな、その巨大さ。
幸いにして仲間への連絡はスムーズに行え、全員揃ったところで奇襲をかけることにも成功していた。
だが――
「ドロテアさん、前!!」
「くっ!」
ドロテアが大きく上体を反らし、そのまま地面に両手を付いて後方へ回転することで距離を取る。
あと1時間で日没だった。
日が傾けば傾くほど、影は大きくなる。
悪魔の動ける範囲が広がる。
「……えぃ」
――痛ぃないよぉに……怖ぁないよぉに……したい……
小夜が祈りを込めて氷の矢で射抜くと、その傷から悪魔の全身が凍っていく。
「行くよ!」
ユリアンの鋭い切り込みで凍った体部を貫く。
氷が砕け、動きを取り戻した悪魔は最初より一回りほど外観が小さくなったように見えた。
そして、再び影から影へと移動していく。
戦っている中で陽の光が苦手らしいことは分かった。
だが、全く陽の下にいられない、という訳ではないことも分かった。
そして、それがダメージに直結していないということも。
ただ、影の中という限定で素早い動きが可能となっているようだった。
「ちょこまかと……!」
アニスがジャッジメントで再び足止めを試みるが、光の杭は僅かに逸れ、ふるふると揺れながら悪魔は影から影へと移動していく。
その先に、ユリアンがいた。
――そして、ユリアンは両腕を広げて悪魔を受け止めた。
●Rest In Peace.
ユリアンの言葉に、否定したかった現実に、ドロテアは柳眉を寄せた。
「エマ、あなたなの?」
返答はない。
だが、明らかに悪魔の動きが止まったようにドロテアには感じた。
……そして、それが答えなのではないのかとドロテアは鞭の柄を強く握り締める。
エマはきっと……アルフォンスと暮らしたかっただけ。
叶わなくても思い出の家に帰りたかっただけ。
それなのに、どうして――
裂けたドレスの隙間から覗く、覚醒と共に全身の肌に浮かび上がっていた赤い花が、更に鮮やかさを増したような気がした。
ドロテアは悪魔の背面からスラッシュエッジを叩き付けてユリアンと悪魔を引き剥がすと、気を失い倒れたユリアンをロニが抱き留め後ろに下がる。そこへアニスが素早くヒールを施す。
「君が、もし、『帰りたい』んだとしても」
トミヲの眼鏡のレンズが夕日を受けて光る。
その表情は他者に窺い知ることは出来ない。
――それは、だめなんだ。もう。
ヤドリギの先端から真っ直ぐに伸びた雷が悪魔の身体を貫く。
……お家に、帰りたかったのに……帰れなかった……
……どんな風になっても……帰りたかったの、かな……
……少しだけ、気持ち……解ります……
「堪忍なぁ……」
黒から薄い蒼色になった髪をなびかせて小夜が氷の矢で悪魔を凍らせると、ドロテアが再び銀色の鞭を唸らせた。
目覚めないユリアンにアニスがヒールを繰り返し、ロニはヒーリングスフィアで全員を纏めて癒やす。
――だから。
下唇を噛み締めたトミヲが、絞り出すように告げる。
「仇は、とるからね……」
雷はトミヲの眼光のように鋭く降り注ぐ。
氷の矢を撃ち尽くした小夜は、燭台を向けて火矢を放った。
「……そんな風に……迷わんといて……」
小夜の足元では黒猫の幻影が彼女を労るように寄り添う。小夜は桜色の瞳を哀しそうに揺らして、さらに小さくなってぐずぐずと塵へと還っていく悪魔へと声を掛けた。
「おはよう、おかえりなさい……」
小夜の言葉と共に冬の風が悪魔を塵へと変えて、空へ運んだ。
そこに残ったのは、細い銀の指輪。
小夜が拾い上げ、夕陽にかざすように見ると、内側には『A to E』の文字が刻まれていた。
●Let's go home.
「帰りたいって……聞こえた気がしたんだ」
ユリアンは意識を取り戻すと、真っ先にドロテアに怒られ、涙ぐんだアニスと小夜によかったと言われ、トミヲに無茶をするなぁとからかわれ、ロニに痛むところはないかと心配された。
それから、どうしてあんな無茶をしたのかと問われて、出てきた言葉がそれだった。
正直、避けきれないなら、反対に組み付き押さえるぐらいのつもりだった。
多少食われても、枯れる前に仲間が討ってくれれば、と。
「だから、名前を呼んでみた」
違うのなら、違うで構わなかった。むしろ違っていて欲しいという思いもあった。
だが、受け止めた悪魔から聞こえた声なき声は『帰りたい』だった。
「……最悪だ、本当に」
トミヲは「彼女が雑魔化したのだとしたら――」と断ると眼鏡のブリッジを落ち着き無く押し上げながら告げた。
「怪しいのは病院だ。だとしたら、同じことはまた起こり得る。だって、これはもう露見しても『よくなった』、ってことだ」
トミヲの言葉に、それぞれが驚愕の表情を浮かべる。
「……だが、時期的には帝都襲撃と被るのだろう? どさくさに紛れて発生した雑魔が、たまたま1番弱っていたエマに取り憑き、気付かれないよう聖導士達を襲った可能性もあるだろう」
皆が『エマから発生した』という思考に傾倒しているのを見たロニが、冷静に異説を提示する。
「……ほんの少し、立場とタイミングが違えば……わたしだったかもしれませんね」
同じ10代の女性聖導士が被害に遭っている。その事実にアニスは目を伏せて首を振る。
そんなアニスを見てドロテアは頷いた。
「辺境伯様に面会したいわ。正規の手順が必要なら従う。それで、エマの馬車が襲われた件と彼女が入院していた病院の再調査が必要だって訴えてみましょう」
「そうですね。エマさんがどんな治療を受けていたのか、いつから『悪魔』の被害があるのか、調べましょう。……死者を冒涜するようなことはあってはなりません」
「あぁ、ボクも賛成だね。関連した医師を探すこともだけど、『何処か』に『怪しい薬』の噂はないか……雲を掴むような話だけど」
3人の話しを聞きながら、ユリアンは首筋の痛みと両腕の感触を思い出す。
エマさんの願いを利用してあの姿にした誰かがいるとしたなら、俺は――
両拳が震えるほど強く握り締めた腕に、小夜の華奢な手が置かれて、ユリアンは我に返った。
「指輪……お家に届けてあげたい……ちゃんと……帰れるよぉに」
「……そうだね」
小夜の言葉に頷いて、ユリアンは最期に悪魔がいた場所を教えて貰うと、その土を袋に詰めた。
「なぜ、という疑問は尽きないが……今は事態を治めた事で良しとしよう」
もう、日も暮れるしな、というロニの言葉に、一同は半分山に沈んだ太陽を見た。
赤橙の空は徐々に雲を赤紫に染め、青紫から藍へのグラデーションを描いている。
小夜は木の枝の向こうに、一番星を見つけた。
蒼白く光るその星に、『ちゃんと……迷わんと……帰れますよぉに』と静かに祈る。
――この日を境に、『街道の悪魔』と呼ばれた歪虚は二度と姿を現すことはなかった。
「エマ、さん……っ!」
「ユリアンさん!」「ユリアン!!」
ユリアン(ka1664)は見た目に反して意外に弾力のある『街道の悪魔』を抱き留めた。
首元に触れた生温さに怖気が走ると同時に、薄い皮膚を食い破られたのを感じた。
そして恐ろしい勢いで、自分のマテリアルが吸われていくのが分かる。
それでも、抱き留めた腕を緩めなかった。
「……うん。エマさん、帰ろう」
ユリアンの声に、悪魔が頷いたような気がした。
――それが気を失う前の、錯覚などではないと、ユリアンは今でも信じている。
●Looking for you.
「また、この辺りに来るなんてねえ」
ドロテア・フレーベ(ka4126)は借り入れの終わった、視界一面の大麦畑を見て感慨深げに呟いた。
以前関わったドワーヴンシュタットの事件を思い出し、ドロテアは長いまつげを伏せる。
アルフォンスとエマのこと……辺境伯様に連絡して状況を詳しく伺っておきたかった。
予想外のところでエマの名前を見つけてしまい、すぐにドロテアは辺境伯に連絡を取ろうとしたのだ。だが、出立に間に合わなかったのがドロテアには悔やまれてならない。
「……お邪魔します」
刈り取りが終わっているとはいえ、植物を育てるものとして人様の畑を踏み荒らすのは気が引けて、アニス・エリダヌス(ka2491)は小さく断りを入れると、愛馬を畑の中へ進ませた。
「時間がないわね。急ぎましょ」
ドロテアに促され、アニスは力強く頷く。2人は街道の東側から北上を始めた。
「街道の悪魔ァァ……? 大層な名前だけど、リアルブルーのDT大魔法使いと比べるとちょっと片手落ちだなぁ……!」
馬上から鼻息荒く水流崎トミヲ(ka4852)が言い放ち、ゴールデン・バウをぶんぶんと大げさに振る。
「だが被害は甚大だ。最初の事件で帝国兵と聖導士がやられているのだからな」
ロニ・カルディス(ka0551)の冷静な言葉に、トミヲはぴたりとワンドを振るのを止め、カクカクとした動きでロニを見る。
「え? ……そんなに凶悪なの?」
大真面目な表情のまま「油断は禁物だな」とロニが告げると、トミヲはぶるりと全身を震わせた。
馬上で日陰になっていそうな場所を中心に2人で見て回りながら、トミヲは顎を引き、「うーん」と唸る。
圧迫されて押し出されたぷにくにより、二重顎は立派な三重顎になっているが、ロニはそこを指摘してからかうような性分を持ち合わせてはいなかった。
途中見つけたため池をのぞき込み、再びトミヲは「うーん」と唸る。
トミヲが引っかかっているのは、ため池に落ちないように巡らされた柵、だけではない。
エマの遺体だけが見つかっていない、という事実について思考は堂々巡りを繰り返している。
何故、彼女の遺体だけが見つかっていないのか。
最初の被害者だからか? それとも――
「……本当に、嫌だけど」
自分の推測など外れてしまえば良い。そう思いながら、トミヲはロニの手を借りて漸く柵の隙間から上体を引き抜いた。
収穫期も過ぎ、農閑期に入っていたのが功を奏し、荷車はすんなりと借りることが出来た。
人を乗せる為の荷台ではないが、その分軽い。さらに御者台に2人並んで座ることが出来たので、ユリアンが手綱を握り、街道の左側を。浅黄 小夜(ka3062)は街道の右側を注視して進む。
最初はお互いに世間話などをしていたものの、2時間を超えると会話も尽き、お互い無言のまま街道を見る。
エマさんの遺留品だけないのか……
何故、ささやかな、でも切なる願い一つ叶わないのだろう。
エマを思い、ユリアンの手綱を握る手に力が入る。
それを察した馬たちが居心地悪そうに首を振ったのを見て、ユリアンは慌てて力を抜いた。
「……小夜達の、国では……死んでしまった後でも……魂だけでも……帰ってきたり、できるんやって……こっちの世界でも、同じなのかな……同じだと、ええな……」
肘掛けに顎を乗せて、小さな身体を猫のように丸めて街道を見ていた小夜が、ぽつりぽつりと言葉を落とす。
ユリアンが言葉を返そうと口を開きかけたその時、がばっと小夜が上体を起こし、正面の一点を見つめる。
「おにぃはん」
「……『街道の悪魔』」
ユリアンも正面に見える木々から、負のマテリアルが漂っているのを感じ、自然に表情が険しくする。
それは、もう、『雑魔』と呼べる範疇を超えていた。
●The declining day.
何度目かのロニのレクイエムが響き渡る。
ビクリと震えて動きの止まった悪魔へとユリアンが素早く斬り込み、ドロテアの鞭が意思を持ったように波打ち踊りながら叩き撃つ。
「行かせません!」
別の影へと逃げ込もうとする悪魔をアニスがジャッジメントで縫い止め、トミヲと小夜が雷と火矢で穿つ。
とぷん、と揺らぎその直後に赤い刃が悪魔を中心に全周囲にばらまかれた。
「っ!」
小さな悲鳴と、痛みを堪える声が上がる中、切り取られた枝葉が、濃厚な緑の香りと共に周囲に舞う。
斬り付けられた腕の傷を押さえながら、トミヲは冷静に敵を分析する。
咄嗟に発動させたカウンターマジックは1度も効かなかった。
たまたま抵抗され続けているのか、それとも、そもそも魔法攻撃ではないのか。
だが、攻撃を受ける度、攻撃を行う度に徐々に悪魔は小さくなっていっている気がした。
「癒やします!」
光の羽根を羽ばたかせながら、アニスの癒しの光が肩で息をしていた小夜の全身の傷を包む。
そこは街道にほど近い、小さな池の周囲に背の低い常緑樹と背の高い落葉樹がまばらに自生している場所だった。
そしてその、落葉樹の根元に悪魔はいた。
赤黒い半透明の醜悪な外見。大人1人ぐらいは余裕で飲み込めそうな、その巨大さ。
幸いにして仲間への連絡はスムーズに行え、全員揃ったところで奇襲をかけることにも成功していた。
だが――
「ドロテアさん、前!!」
「くっ!」
ドロテアが大きく上体を反らし、そのまま地面に両手を付いて後方へ回転することで距離を取る。
あと1時間で日没だった。
日が傾けば傾くほど、影は大きくなる。
悪魔の動ける範囲が広がる。
「……えぃ」
――痛ぃないよぉに……怖ぁないよぉに……したい……
小夜が祈りを込めて氷の矢で射抜くと、その傷から悪魔の全身が凍っていく。
「行くよ!」
ユリアンの鋭い切り込みで凍った体部を貫く。
氷が砕け、動きを取り戻した悪魔は最初より一回りほど外観が小さくなったように見えた。
そして、再び影から影へと移動していく。
戦っている中で陽の光が苦手らしいことは分かった。
だが、全く陽の下にいられない、という訳ではないことも分かった。
そして、それがダメージに直結していないということも。
ただ、影の中という限定で素早い動きが可能となっているようだった。
「ちょこまかと……!」
アニスがジャッジメントで再び足止めを試みるが、光の杭は僅かに逸れ、ふるふると揺れながら悪魔は影から影へと移動していく。
その先に、ユリアンがいた。
――そして、ユリアンは両腕を広げて悪魔を受け止めた。
●Rest In Peace.
ユリアンの言葉に、否定したかった現実に、ドロテアは柳眉を寄せた。
「エマ、あなたなの?」
返答はない。
だが、明らかに悪魔の動きが止まったようにドロテアには感じた。
……そして、それが答えなのではないのかとドロテアは鞭の柄を強く握り締める。
エマはきっと……アルフォンスと暮らしたかっただけ。
叶わなくても思い出の家に帰りたかっただけ。
それなのに、どうして――
裂けたドレスの隙間から覗く、覚醒と共に全身の肌に浮かび上がっていた赤い花が、更に鮮やかさを増したような気がした。
ドロテアは悪魔の背面からスラッシュエッジを叩き付けてユリアンと悪魔を引き剥がすと、気を失い倒れたユリアンをロニが抱き留め後ろに下がる。そこへアニスが素早くヒールを施す。
「君が、もし、『帰りたい』んだとしても」
トミヲの眼鏡のレンズが夕日を受けて光る。
その表情は他者に窺い知ることは出来ない。
――それは、だめなんだ。もう。
ヤドリギの先端から真っ直ぐに伸びた雷が悪魔の身体を貫く。
……お家に、帰りたかったのに……帰れなかった……
……どんな風になっても……帰りたかったの、かな……
……少しだけ、気持ち……解ります……
「堪忍なぁ……」
黒から薄い蒼色になった髪をなびかせて小夜が氷の矢で悪魔を凍らせると、ドロテアが再び銀色の鞭を唸らせた。
目覚めないユリアンにアニスがヒールを繰り返し、ロニはヒーリングスフィアで全員を纏めて癒やす。
――だから。
下唇を噛み締めたトミヲが、絞り出すように告げる。
「仇は、とるからね……」
雷はトミヲの眼光のように鋭く降り注ぐ。
氷の矢を撃ち尽くした小夜は、燭台を向けて火矢を放った。
「……そんな風に……迷わんといて……」
小夜の足元では黒猫の幻影が彼女を労るように寄り添う。小夜は桜色の瞳を哀しそうに揺らして、さらに小さくなってぐずぐずと塵へと還っていく悪魔へと声を掛けた。
「おはよう、おかえりなさい……」
小夜の言葉と共に冬の風が悪魔を塵へと変えて、空へ運んだ。
そこに残ったのは、細い銀の指輪。
小夜が拾い上げ、夕陽にかざすように見ると、内側には『A to E』の文字が刻まれていた。
●Let's go home.
「帰りたいって……聞こえた気がしたんだ」
ユリアンは意識を取り戻すと、真っ先にドロテアに怒られ、涙ぐんだアニスと小夜によかったと言われ、トミヲに無茶をするなぁとからかわれ、ロニに痛むところはないかと心配された。
それから、どうしてあんな無茶をしたのかと問われて、出てきた言葉がそれだった。
正直、避けきれないなら、反対に組み付き押さえるぐらいのつもりだった。
多少食われても、枯れる前に仲間が討ってくれれば、と。
「だから、名前を呼んでみた」
違うのなら、違うで構わなかった。むしろ違っていて欲しいという思いもあった。
だが、受け止めた悪魔から聞こえた声なき声は『帰りたい』だった。
「……最悪だ、本当に」
トミヲは「彼女が雑魔化したのだとしたら――」と断ると眼鏡のブリッジを落ち着き無く押し上げながら告げた。
「怪しいのは病院だ。だとしたら、同じことはまた起こり得る。だって、これはもう露見しても『よくなった』、ってことだ」
トミヲの言葉に、それぞれが驚愕の表情を浮かべる。
「……だが、時期的には帝都襲撃と被るのだろう? どさくさに紛れて発生した雑魔が、たまたま1番弱っていたエマに取り憑き、気付かれないよう聖導士達を襲った可能性もあるだろう」
皆が『エマから発生した』という思考に傾倒しているのを見たロニが、冷静に異説を提示する。
「……ほんの少し、立場とタイミングが違えば……わたしだったかもしれませんね」
同じ10代の女性聖導士が被害に遭っている。その事実にアニスは目を伏せて首を振る。
そんなアニスを見てドロテアは頷いた。
「辺境伯様に面会したいわ。正規の手順が必要なら従う。それで、エマの馬車が襲われた件と彼女が入院していた病院の再調査が必要だって訴えてみましょう」
「そうですね。エマさんがどんな治療を受けていたのか、いつから『悪魔』の被害があるのか、調べましょう。……死者を冒涜するようなことはあってはなりません」
「あぁ、ボクも賛成だね。関連した医師を探すこともだけど、『何処か』に『怪しい薬』の噂はないか……雲を掴むような話だけど」
3人の話しを聞きながら、ユリアンは首筋の痛みと両腕の感触を思い出す。
エマさんの願いを利用してあの姿にした誰かがいるとしたなら、俺は――
両拳が震えるほど強く握り締めた腕に、小夜の華奢な手が置かれて、ユリアンは我に返った。
「指輪……お家に届けてあげたい……ちゃんと……帰れるよぉに」
「……そうだね」
小夜の言葉に頷いて、ユリアンは最期に悪魔がいた場所を教えて貰うと、その土を袋に詰めた。
「なぜ、という疑問は尽きないが……今は事態を治めた事で良しとしよう」
もう、日も暮れるしな、というロニの言葉に、一同は半分山に沈んだ太陽を見た。
赤橙の空は徐々に雲を赤紫に染め、青紫から藍へのグラデーションを描いている。
小夜は木の枝の向こうに、一番星を見つけた。
蒼白く光るその星に、『ちゃんと……迷わんと……帰れますよぉに』と静かに祈る。
――この日を境に、『街道の悪魔』と呼ばれた歪虚は二度と姿を現すことはなかった。
依頼結果
参加者一覧
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談はこちら! 水流崎トミヲ(ka4852) 人間(リアルブルー)|27才|男性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/01/31 22:11:26 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/01/29 07:16:09 |