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  • 龍奏

【闇光】北伐再開。エクラばんざい編

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/02/02 19:00
完成日
2016/02/09 02:32

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●北伐再開
 司教が歪虚汚染の濃い土地に降り立った。
 肥え太った体は禁欲とは縁が遠く、その身を覆う絹の装束からは清貧の気配など欠片も無い。
 冷たい風が吹き付ける。
 ここは数ヶ月前に人類連合軍が攻め入り歪虚により叩き出された北辺の地。
 歪虚汚染は深刻だ。熟練のハンターであっても数時間もいれば身動き出来なくなるだろう。
 司教が両足を揃えて左右に手を伸ばす。
 弛んだ体が美しいYの字を描く。
 血走った目を見開き、ヤニで汚れた歯を剥き出し、オペラ歌手もかくやという大声で叫んだ。
「エクラばんざい!」
 金無垢の聖印が透明な光を放つ。
 光には濃密な正のマテリアルが含まれていて、空間を侵す負のマテリアルを強引に押しのけていく。
「エクラ……」
 司教の肌に大粒の汗が浮かぶ。
 絹が濡れて脂っこい肌に張り付く。
 口と鼻から漏れる息は白く、そこにも高純度のマテリアルが含まれ負のマテリアルと反発していた。
「ばんっ、ざいっ!!」
 司教から吹き上がるマテリアルが光の柱を形作る。
 太った腕が振り下ろされる。
 光の柱は汚れた空を切り裂き、冷え切った地面に激突し、魔導トラックに換算して2車線の非汚染地帯を作り上げた。
「ふぅ……今のが悪い見本じゃ」
 司教は振り返ってあっさりそう言った。
 えー、と落胆する声が聖職者と護衛全体からあがる。
「そりゃ見栄えは良いから王侯貴族に寄付金をたかる時には役立つがの。疲れる割に浄化範囲が狭いこと狭いこと」
 懐から飴とカフェイン錠剤を取り出し意外と上品にかみ砕いて飲み込む。
 言葉を飾らなすぎる上司に頭を抱える司祭。
 口にすれば数時間継続可能な文句を飲み込んで、実質的な責任者である司祭イコニア・カーナボン(kz0040)が指示を出しはじめる。
「職人のみなさん、100メートル先までの術式固定作業を開始してください!」
 王国の熟練職人達が、華麗な装飾が施された杭を浄化された土地へ打ち込んでいく。
 いずれも聖職者の気合いとマテリアルが籠もった逸品であり、工事が終われば少なくとも数ヶ月は浄化状態を維持できる。
「男爵様の隊は職人さん達の護衛をお願いします。子爵様の隊は伯爵様の隊が戻り次第偵察に出てください」
 非ハンターの覚醒者達が切れのある動きで移動する。
 練度は高いが装備は統一されていないし各部隊の連携も甘い。
 聖堂教会に恩を売るために派遣されたり、聖堂教会による恩の取り立てで派遣されたりした私兵団なので、ある程度は仕方が無い。
「聖堂戦士団は……はいそこ! 気持ちは分かるけど気合いを入れる! 司教と資材を死守するんです!」
 戦士団の動きは酷く鈍い。
 精鋭はヴィオラに従っているか要地を護っているので、この場にいるのは練度の低い者達ばかり。
 しかも指揮をとるのが世俗的……言い換えれば貴族や大商人と極めて親しい派閥だ。これで士気が上がる訳がない。
「いかんのう」
 微笑ましいものを見る目で司教がイコニアを眺めていた。
「力を見せねばついて来んぞ。ほれ」
 100と数メートル先を指さす。
 司教のマテリアルが負のマテリアルに押され、歪虚汚染地帯が非覚醒者である職人達に迫っていた。
「これが狙いですか?」
 余所行きの顔のままじっとりと上司を睨む。
 鉄火場で私を売り出すつもりかと目で責めても司教は微笑みながら飴をなめている。
 イコニアは大きく息を吐く。次席の司祭に後を任せ、100メートル先に走って向かおうとして途中で息が切れた。
「はぁ……はぁ……」
 自前のメイスを取り出し野球のバットのように構え。
「えくらばりあー!」
 訳の分からぬ言葉を叫んで負のマテリアルをぶん殴る。
 みしり、と。
 空間が軋む音が聞こえた気がした。
 小柄な体の中で荒れ狂うマテリアルがメイスを通じて外界に溢れ、200と数十メートル負のマテリアルを押し出して安定する。
「え?」
「嘘」
「あの司祭コネだけだったんじゃ……」
 戦士団が動揺する。
 私兵団連合は素朴な信仰心が刺激されて歓声をあげている。
 が、そんな陽気な雰囲気は1分ももたなかった。
『至急援軍請う! 重武装した武装したトカゲ人間もどき7体と小型ドラゴン1が急速接近……援軍要請を取り下げるっ。敵の狙いは浄化キャンプだ。司教を守れ!!』
 偵察隊からの通信に騒然となる中、イコニアと司教が満面の笑みを浮かべて戦闘の準備を開始する。
 なお、両者の戦闘力はこの場にいる覚醒者の最下位とその1つ上であった

●護衛と聖職者募集中!
 北から届けられた動画がハンターオフィスで再生されている。
 剣戟と怒号をBGMに、鼻の先を怪我したイコニアが笑顔で説明している。
『つまり北伐の再開なのです』
 画面の端に炎が映る。
 一瞬遅れて、矢が剣山の如く生えたワイバーンが墜落していく。
 消滅直前でも気合いは十分だ。ドラッケンブレスを吐き続けて貴族私兵部隊1つをこんがり生焼けにした。
 メディークッ! という悲痛な叫びはいきなり中断される。
 聖導士と呼べこのリアルブルーかぶれがっ! という声が聞こえて癒やしの力が降り注いで生焼け部隊が全快した。
『現状はご覧の通りです』
 後ろ手にメイスを振る。
 忍び寄っていたリザードマン型歪虚が鼻を打たれて悶絶し、横から殺到する槍兵部隊に滅多差しにされる。
『我々聖堂教会と王国貴族有志連が、浄化キャンプからカム・ラディ遺跡まで安全圏を延ばします。斥候、護衛、指揮官、料理人に現場監督まで人が足りていませんので』
 工事終了しました、エクラばんざいっ! という雄叫び同時に画面が白一色に染まる。
『えー、ご覧の通り苦戦しています。是非是非援軍を……えくらばりあー!』
 メイスが空振りする音と負のマテリアルが押しのけられる異音が同時に響く。
『あと、浄化作業を手伝っていただける方も募集しています。道具と儀式用アイテムが揃ってるので宗派が違っても大丈夫です。頑張ればクルセイダーじゃなくてもなんとかなると……』
 前進しますっ、えくら以下略っ! という本人達は真剣な声が聞こえる。
『と、とにかく、援軍待』
 そこで録音装置も壊れたらしく、イコニアの声は強制的に中断させられた。
 北方王国リグ・サンガマに行くために、中継拠点となり得るカム・ラディ遺跡を確保するために、浄化キャンプから浄化の力を北に伸ばす。
 ついでに中継拠点を援護するため歪虚を惹きつける。
 そんな無理難題をなんとかするための作戦だ。
 援軍なしでは、カム・ラディ遺跡に到着する前に力尽きるかもしれない。

リプレイ本文

●汚染された大地
 スタッドレスタイヤが停止した。
「どうした!?」
 バレル・ブラウリィ(ka1228)がフロントガラスを叩く。
 中を見ると運転者が青い顔でハンドルにしがみついていた。
「歪虚汚染……だけではないな」
 ドアを開けて状態を確かめる。
 豪雪地帯でも通用する防寒着を着ているのに顔が冷え切っている。呼吸も危険なほど乱れている。
「俺が運転する」
 自身の倍近く太い男を助手席へ移動させる。
 ドアを閉じ、暖房を強くして男の胸元を緩めた。
「非覚醒者か」
 蔑視する意識は無い。体力や抵抗力に圧倒的な違いがあるのも事実だ。
 バックミラーを見る。
 自身の金色の瞳と、魔導トラック後部に積まれた杭の山で後ろが見えない。
「一度戻る」
 外にいる同行者に声をかけてブレーキを解除。
 重量物を限界まで積んだ魔導トラックは非常に運転しづらく、しかもタイヤの下は雪原だ。
 寒冷地仕様のタイヤに換えているとはいえこの状態ではあまり速度は出せない。
「戦場に間に合うか?」
 運転手が進路を間違った地点まで戻ったところで最前線から戻って来た小部隊と遭遇。
 快く運転手を引き受けてくれた彼等に礼を言い、バレル達は浄化済みの領域を辿って北へ向かう。
 浄化継続のために打たれた杭は雪に埋まりきっている。
 浄化済み領域も時折曲線を描いている。
 雪が降り始め、気温も緩やかではあるが低下して、これから行く場所の苛酷さを強く感じさせた。

●救援
 貴族私兵団が向きを変えた直後、リザードマンの群れが雄叫びの声をあげて突っ込んできた。
 紋章が刻まれた盾が棍棒や槍を弾く。反撃の刃が防具に守られていない鱗の肌を貫く。
「陣形を崩すな! 防戦しながら20歩後退!」
「汚染領域に出ます!」
 戦慣れした男達が緊張した直後、隊列の一番後ろでメイスがぶるんぶるん振り回された。
「広域えくらばりあー!」
 薄く漂っていた負のマテリアルが消える。
 後退を続けても歪虚汚染による体調悪化が生じない。
「浄化できる神官が最前線まで出てくるとはね。ハッ、珍しくいい仕事場じゃねぇか」
 指揮官が獰猛に笑う。
「1隊お嬢ちゃんの護衛にまわれ。残る全隊でトカゲ人間どもを」
 リザードマンによる突撃の衝撃力が失われる。
 私兵団連合の士気が急上昇して逆襲の号令を待ち構える。
 が、リザードマンの群れに対する逆襲は行われなかった。
「上から来ます、ワイバーンです!」
 ドラッケンブレスが雪原を黄色く彩る。
 連合内の弓兵が上空のワイバーンを狙い、その分リザードマンに対する圧力が弱まり後退を余儀なくされる。
「こうなったら」
 何故か嬉々としてメイスを構える司祭イコニア・カーナボン(kz0040)。
 待ち望んだ戦いが出来るとでも思っているのだろう。
 そんな戦いが繰り広げられている場所の100と数メートル後ろで、バレルがアクセルを限界まで踏み込んだ。
 タイヤが雪を踏み締める。
 荷物込みで大重量の魔導トラックが鈍くしかし際限なく加速する。
「ワタシたち東方人が助けてもらった恩義! 今こそ返すときデス!」
 荷台に仁王立ちする元気娘、クロード・N・シックス(ka4741)。
「今度は北方、リグ・サンガマの皆サンを助けマショウ!!」
 白銀の旋棍を体の一部のように振るって見得を切る。
 ここが舞台なら大歓声があがると同時に、西方風っぽい言動と東方で洗練された動きの組み合わせに混乱していたかもしれない。
「とう!」
 飛び降りる。
 リザードマンの隊列の端、隊長格を除けば最高の1体の頭に旋棍を叩き込んで90度以上押し曲げた。
 歪虚が絶命し消滅する。
 1体分開いた空間へ、同じく飛び降りた榊 兵庫(ka0010)が突っ込み槍を横に振った。
 リザードマンに十字の穂先がめり込む。
 まるで溶けかけのバターであるかのように貫通し、全く勢いを緩めず横のリザードマンとさらに横のリザードマンを貫通。
 最後の1体の内臓を砕いて止まって引き抜かれた。
 馬がいななく。
 雪煙と共に突進し兵庫が切り開いた大穴に突入。
 短槍の槍衾に遮られたところで主が動いた。
「ぬぅん」
 毛皮の上からでも分かるほどの筋肉が躍動した。
 3メートルに達する巨大な斧が高速で振るわれて、槍衾に守られていたはずのリザードマン指揮官に当たる。
 1度だけではない。
 バルバロス(ka2119)の純粋な強力によりうまれた速度は連撃と可能とし、人間大歪虚としてはかなりの格のはずのリザードマンにまともな回避を許さない。
 分厚い剣で防ごうとしても斧との差はあまりにも大きい。
 一撃で利き腕を落とされ、二撃目で剣ごと腹に叩き込まれて断末魔すら口に出来ずに消滅する。
 リザードマンの群れが崩れた。
 バレルがトラックを止めドアから飛び出し群れの退路を塞ぐ。
 左右の手にあるのは同サイズの金色の刃。攻めの構えからの左右連撃を繰り出して、撤退を指示しようとしていた副指揮官格を切り捨てた。
 金色の瞳がリザードマンを鋭く見据え、戦士としては細身の体から業火の幻影が浮かび上がる。
『足止めしガァッ』
 首と脇を穿たれリザードマンが倒れる。
 他のハンターも健在だ。私兵団連合も崩れはせずに壁として機能している。
 完璧な包囲殲滅の形勢である。
「戦いは良い」
 追い詰められた歪虚が殺到する。
 バレルがすべるようにさがる。
 それは逃亡ではなく攻撃のための位置変更だ。
 リザードマンの得物はバレルに届かず、バレルの2刀は歪虚の戦闘に届いて深手を負わせる。
『こんな所でっ』
 必死の反撃が赤い外套に届く。
 けれどもバレルの刃で迎撃されて勢いは衰え、かすり傷にもならないダメージしか与えることができない。
「消えたはずの物が、刹那といえど燃え上がるのだから」
 左右から攻める見せかけて利き腕を使った上段からの振り下ろし。
 骨と肉を断つ感触だけを残し、リザードマンは左右に分かたれてから薄れて消えた。
 矢が勢いを失い落ちてくる。
 私兵団の覚醒者が舌打ちをする。空の竜種が嘲笑にしか聞こえぬ鳴き声をばらまく。
「畜生」
 リザードマンはブレスによる被害を拡大するため降下し距離をつめる。
 20と数メートル。槍や巨大斧では届かない程度には離れていた。
「精霊よ。怒りの華を咲かせなさい」
 エルバッハ・リオン(ka2434)が魔術具を掲げてマテリアルを動かす。
 杖の先の数十センチ先に火球が生じ、一瞬で加速しワイバーンの間近に迫って炸裂する。
 高位の覚醒者でも面での攻撃は避けづらい。
 多少強くても高位歪虚でもないワイバーンでは躱しきることができず、逆に巨体が災いして爆風を全身に受け一気に高度を下げた。
「死んだふりになっていませんよ」
 着地し倒れ伏すワイバーンに対し再度のファイアーボール。
 今度は完全に直撃して鱗ごと肉が爆ぜて、雪原がスプラッタ一色に染まる前に消滅した。
 私兵団から歓声が響く。
 聖堂戦士団……の割には弱そうな男女が傷ついた私兵やかすり傷を負ったハンターに駆け寄る。
「北伐再開ですか」
 歪虚に制圧されたまま消えつつある北と、魔導トラック換算で二車線の浄化済み地帯が続く南を見る。
「前回の北伐は暴食の歪虚王を撃退するなどの戦果があったとはいえ、こちらもかなりの打撃を受けた以上は痛み分けといったところでしょうか」
 勝利していたならば、この場には各国の浄化能力を持つ者達が厳重に守れた状態で展開していたはずだ。
 実際に今この場にいるのは2人の神官とその護衛だけだ。
 風が強い。
 エルバッハの声は10メートル先のハンターにも届かない。
「ならば、今回は大成功という結果にしなければならないですね」
 思考と気持を切り替える。
 限られた戦力と資源を有効に使って勝つしか生き延びる道はないのだ。
「エルバッハさん!」
 司祭用の衣装を着たイコニアが駆けてくる。
 リザードマンの投石か投擲武器でも当たったらしく米神から血が流れている。本人全く気にした様子はない。
「イコニアさん。今回もよろしくお願いします」
「はい! こちらこそ頼りにしてます」
 両者とも利き手に杖とメイスを持ち、周囲への警戒を緩めず、それでも柔らかな手つきで握手を交わした。
「うむ?」
 バルバロスがイコニアを見て、瞬きして、またイコニアを見た。
 ほぼ縁がないはずなのに普段から会っているような見覚えがある。
「む?」
 赤褐色の肌に嫌な汗が浮かぶ。
 戦闘力と筋肉に衰えはないとはいえ年齢的には既に老境。ついに頭にガタが来たのかと思ったそのとき、イコニアに対する見覚えの正体に気づいた。
「熱心なエクラ教徒で、歪虚とみれば即浄化せずには居られない、暴走癖有りの娘か」
 超重装備と軽装の違いを除けば共通部分が多かった。
「うむ、まとう雰囲気がよく似ておるわい」
「辺境の戦士よ、その話もう少し詳しく」
 絹服姿の聖導士が声をかけてきた。
 肥え太り脂ぎった悪徳聖職者にしか見えないが、魂から漂う腐臭は薄い。
「失礼。私は……」
 所属と位階を名乗り救援を感謝する。
 その所作は上品かつ丁寧であり、ハンターに対する本心からの感謝が表れている。
「バルバロスだ」
 グラズヘイム王国基準では素っ気ないにもほどがある自己紹介だった。
「司教か」
「いかにも」
 バルバロスの言動に不快感を覚えた様子はない。
 飲むかねと自前の葉巻を勧め、断られると残念そうに懐に戻してから話を続ける。
「あの子と似たような覚醒者がいるなら紹介してくれ。何人でもいい。すぐには無理でも司祭位は保証する」
 バルバロスの太い眉が上向きになる。
 食い物にするつもりなら今回の作戦中にいなくなってもらう。
 しかし本気ならこの男だけでなくこんな男を司教にする聖堂教会の正気を疑う必要があるかもしれない。
「うちの派閥はな、ホロウレイドで10代後半から40代の大部分が死んだのよ」
 一般的価値観の持ち主なら異常と感じるだろう。
「やるではないか」
 バルバロスは納得出来た。
 彼の一族も似通った経験をしている。おそらく彼等同様嬉々として戦い果てたのだろう。
「うむ。じゃがその結果本来育成すべき年代を現場に引っ張り出したのも確かでな」
 でなければ司教の秘書兼時々代理な少女司祭なんて存在がうまれるわけがない。
「本人次第だ」
「それで構わん。やる気と覚悟があるなら我らの派閥とあわぬ者でもな」
 ほっと息を吐く。なにしろ数十人という規模で足りていないのだ。バルバロスの紹介無しの志願者が来ても、区別せず審査する程度に足りない。
 司教は穏やかな顔で、レーションと酒が用意されている天幕へバルバロスを案内していった。

●戦場の日常
 お師匠様、お元気ですか。
 俺は元気です。この前ハンターとして初仕事を済ませ、現在は最近話題の北伐の現場に来ています。
 正直どうなるかと不安でいっぱいでしたが、皆さん優しく賑やかで笑顔の絶えない職場です。
 次にお会いする時はきっと良い土産話が出来ると思います。
 それまでお元気で。北の大地よりご健康とご多幸をお祈りしております。
「鳳城錬介、と。……こんなものかな。これが最後の手紙にならないように頑張ろう」
 筆を置いて肩を解す。
 ここは人類領域から遠く離れた北狄の地。エクラ神官達と合流してから3日目の朝だ。
「えくらばりやー!」
 ここ数日ですっかり聞き慣れた声が、サルヴァトーレ・ロッソで生産された冬山用テントの外から聞こえた。
「今日も早いですね」
 外に出ようと入り口を開ける。
「っと」
 一瞬呼吸が止まった。
 顔が痛い。
 鬼の強靱な体に覚醒者の強大な身体能力に加えて防寒具があるのにこれだ。
「一度、職人さん達の体調を確認した方が良さそうですね」
 ようやく非番になった私兵団の男達と挨拶を交わして拠点の中央へ。
「……使います?」
 タオルで体を拭っていたエルバッハが、新品の使い捨てタオルを差し出した。
 テント内でタオルを使わない理由は単純だ。火がある所でないと水が凍る。
「1つください」
 礼を失しないよう注意してエルバッハから視線を外す。
 彼女にとっては厚着で、彼女以外にとっては実に艶っぽい。
 遠征中女断ちな私兵団にとっては士気向上の薬が毒に変わる直前の色気だ。
 前屈みだったのはそのせいかと納得し、鳳城 錬介(ka6053) は調理場へ足を踏み入れた。
「さむーい」
 キーリ(ka4642)の妖精がぷるぷる震えている。
「少しくらい待ちなさい。……これ壊れてるの?」
 着火用の機材が寒すぎて作動しない。
 予備として火打ち石があるとはいえ正直億劫だ。
 キーリはためらいなく術を行使。小さな火球をかまど内に生じさせ、乾いた薪を放り込んでいく。
「さむーい!」
「本当にね」
 キーリの格好はエルバッハより過激だ。
 本人的には機能美を重視しただけであり実際似合ってはいる。が、精力旺盛な男にとって目に毒であるのは事実だった。
「半端に地球から影響を受けているわね」
 煮えたぎる大鍋の前で、清潔なエプロンを着た花厳 刹那(ka3984)が難しい顔をしていた。
 本日の朝食は熱々のスープと分厚く硬いパンが2切れ。
 うちスープは特濃粉末スープだ。袋麺のスープを自重なしで濃くしたものと同内容である。
「せめて葉物を入れましょう。……100人強か、間に合うかしら」
「私も手伝いますよ」
 錬介が緑の野菜から葉をちぎり、まな板の上に並べて包丁で一定のサイズに切っていく。手つきはしっかりしているし高速だ。日常的に大量に料理をしているのかもしれない。
 刹那は最前線の戦士ならまあ許容範囲の量の調味料と粉末スープを鍋に叩き込み、地球で得た知識を思い出しつつ野菜の量で味を調節する。
 大鍋一つ分の調理が済んだらキーリが着火したかまどに移して次の鍋にとりかかる。
 両者とも十代半ばで一見微笑ましい若夫婦にも見える。実際は人類最前線を食の面で支える戦士2人だけれども。
「おはようございます。いい匂いですね!」
 イコニアがエプロンに着られた状態でやってくる。
 小規模な襲撃に対する防戦に出ていたためか、顔に傷が増えていた。
「浄化してくれたおかげね。ありがとう」
 刹那が野菜を処理しながら礼を言う。
 イコニアは照れて頬の傷を掻いてしまって悶絶した。
「聖堂教会って……」
 刹那はちらりと厨房の外を見た。
 ようやく起き出してきたらしい聖堂戦士団が各々食器、とはいっても大きめのコップ程度の食器を持って並び始めている。
 全員覚醒者で極めて危険な場所に出向く気合の入った面々であることは重々承知はしているが……。
「私はこう、聖堂教会特務部隊的なイケメンで眼鏡を掛けたクールな司教様が乱れ飛ぶ聖書のページと共に周囲を浄化するのが見たかったかな」
 美貌と若さと鋼の精神を兼ね備えた女傑ではなく、高校生の女の子の一面が一瞬出てしまう。
 ここの戦士団は練度低めの軍人、司教は良くも悪くも普通の聖職者に浄化能力を足しただけのふとっちょだ。少しは愚痴も吐きたくなる。
 ふと気づくとイコニアがきらきらする目で刹那を見上げていた。
 司祭として西方世界における誘惑にはだいたい耐性を持っているものの、リアルブルーの文化に対する抵抗力は高くなかった。
「って、べ、別に希望だけですし言うのはタダですもん。違うのよ?」
 頬を淡い桜色に染め慌てる刹那。
 詳しく聞こうとにじりよる司祭。
 そして、イコニア以上に目を輝かせて退路を断つ武断派司教。
「詳しく聞かせてくれんかね」
 信仰と金をかき集めるだけかき集めて歪虚打倒に役立てるため、司教は利用できるもの全てを利用する気だ。
 食事が終わってもつきまとわれた結果、刹那から各種聖職者の概念が聖堂教会に流出することになる。

●北進再開
「これより第五次北進の参加者を発表します」
 軽く化粧をして澄ました顔をすると、イコニアは切れ者の若手司祭に見えた。
 直前に渡されたリストに目を通す。
「ハンター10名、他…‥‥司教1名、以上」
 司教という単語を口にする際、表情は変わらないまま目に強烈な嫉妬が浮かんでいた。
「司祭殿」
 兵庫が挙手して発言許可を求める。
 イコニアから期待の視線が飛んで来るが気づかないふりをして、発言を促されて一歩前に出た。
「今回は4キロメートルの浄化地帯延長を目指すはず。浄化できるのが司教様おひとりでは、負担が厳しくないかな」
 即座に同意しようとしたイコニアより司教の発言の方が早い。
「問題ない。ハンターの皆には浄化も手伝ってもらう」
 私兵団連合がどよめいた。
 あの苛酷な……とか、なんて命知らずな……とか、司教に巻き込まれたのかよ気の毒に……とかいう尊敬半分哀れみ半分の声がいくつも聞こえた。
「直ちに出発する。浄化が終わる頃には疲れ果てているはずじゃ。お主等は中継拠点を守ることで私とハンターの命を守ることになる。……期待しているぞ」
 王国人達は、無言で気合の入った敬礼を司教に捧げた。
 その十分後。
 肥え太った聖職者がトラックの荷台の上で煙草を吹かせていた。
「司祭様?」
 自分の中で敬意がすごい勢いで無くなっているのを感じながら、錬介が可能な限り穏やかな声をかけた。
「そろそろ始めて大丈夫じゃよ?」
 携帯用灰皿に灰を落として火も消して、いきなり厳かな雰囲気に切り替わる。
「お主は聖導士じゃな。見本を見せよ」
 軽い浄化しかされていないはずの空間が、歴史と信仰が積み重なった聖堂に似た気配に包まれる。
「はい」
 冷たい風が吹き前髪が揺れる。普段は隠れている角が衆目にさらされた。
 司教の目と顔に変化はない。
 錬介は戦闘用のつるはしの先を雪の中に突き入れて、覚醒状態に移動すると同時に体内全てのマテリアルを注ぎ込むつもりで力を込めた。
「っ」
 角と犬歯が伸びる。
 両手足に浮かんだ雷状の紋章が明滅する。
 一歩も動いていないのに全身の筋に疲労が溜まり思考が鈍っていく。
 ふと気づく。
 痛いほど冷たい冷気の中に臭いがある。
 感覚が鋭くなる。意識がはっきりして遠くが見え始める。
「これは……」
 錬介の足下から数百メートルに渡り、歪虚汚染が存在しない土地が伸びていた。
「見事」
 声をかけた司教を振り向くと、彼の周囲では濃い正のマテリアルが渦をまいているのが見える。さらに注視すると、中継拠点とそのさらに後方から流れ込むマテリアルの流れがなんとか見えた。
「私もやるっ!」
 リンカ・エルネージュ(ka1840)が元気に手をあげる。
 司教の顔があからさまにやにさがる。
「うむうむ。私も気合を入れて……」
 伸びてくる太い指をするりと躱して鞘から剣を抜く。
 青い各種宝石で彩られる魔法剣であり、美術品としてだけでなく実用品としての美しさも持っている。
「こう、かな」
 先程のマテリアルの流れを思い出す。
 彼女は魔術師であり基本的に信仰心を核として術を使う聖導士とは異なる。
 けれどここは一面の雪原だ。
 遥か辺境にある雪の町でうまれ、魔術師として研鑽を積み覚醒者としてマテリアルに向き合ってきた彼女にとって、この場は最高の環境の1つだ。
 片手に魔法剣を構えたままもう一方の手のひらにマテリアルを集中する。
 南からの正のマテリアルを感じる。
 集中し、しかし力みはせず、破壊の力と浄化の力を1つまとめて思い切り良く投げた。
 紅色の蕾が重度の歪虚汚染領域に飛び込み、徐々に高度を下げながら飛び、雪原に接触して爆発する。
 炎の群れが汚れた雪原を撫でた。
 揺れ動く様は清らかであると同時に不吉さを感じさせる彼岸花を思わせる。
「いやー! やっぱり雪は故郷を思い出すねー」
 炎から人影、否、重装備のリザードマンが複数飛び出した。
 右手には簡素ではあるがしっかりしたつくりのスタッフスリング、左手には氷塊になるまで固められた雪玉。
 人間が近くに来たら1人に集中して攻撃して仕留めるつもりだったらしい。
「上等デース!」
 クロードが敢えて1人で飛び出した。
 浄化済みの土地から覚悟を決めて汚染領域に飛び込んだはずだったのに、歪虚汚染特有の嫌な感じは全く存在しない。
 炎の華は敵を傷つけるだけでなく、炎のよる浄化にも成功したのだ。
 テンションが上がる。
 これなら鍛えに鍛えて磨きに磨いた技を思う存分振るうことができる!
「さあノロマなトカゲ共!! この白銀の双旋棍で嬲られたい奴からかかって来やがれ!!」
 家伝のトンファーがぎらりと光る。
 自称西方訛りが消えて、東方の武家娘が北の雪原に出現した。
「……デス!」
 西方訛りの設定を思いだして付け加える。
 喜劇の一場面にも見えるがクロードが振るう力は本物だ。
 最も近くにいたリザードマンの頭に旋棍をめり込ませて即死させ、続く数体にも連打を浴びせて仲間の元へ進ませない。
「クロードさん、援護しま……」
 リンカが炎の華を咲かせてリザードマン1匹とその周辺の負のマテリアルを吹き飛ばすと同時に、反対側の雪原から新手のリザードマンが身を起こす。
「こっちは任せるデス!」
 生き残りの精鋭一匹に対して猛攻を仕掛ける。
 リンカが後ろを振り返る。
 濃すぎて十数メートル先が滲んで見える空間で、10近いリザードマンがスタッフスリングを回し始めていた。
「司教さん」
 リンカが槌の壁を出現させる。
 正のマテリアルの中継点でもある司教を守るためだ。これで司教はしばらく大丈夫だろうがリンカを含むハンターは遮蔽物無しで射撃戦を強いられることになるはずだった。
 だがその予想は覆された。
 燐光を纏う穂先が負のマテリアルを切り裂く。
 正でも負でもなくなった空間に後ろから正のマテリアルが押し寄せて、高位覚醒者でも危険だった場所を通常の空間に戻す。
 兵庫が前進する。
 タイミングがばらばらで飛んでくる氷玉を躱し、たまに当たりかけた弾を槍で弾き、汚染領域から一方的に攻撃するつもりだったリザードマンの群れに突っ込んだ。
 槍で薙ぎ払う。
 兵庫が修めた流派において、一応身につけはしても実用性皆無とされてきた形で、リザードマンを切り伏せながら浄化を進行させる。
「まさか流派の古伝にあったアヤカシを斬る技術が実際に役立つ日が来ようとは夢にも思わなかった」
 漫画的に表現するなら目が点という奴だろう。
 穂先に闘気を集中させて云々という技が、マテリアルを使った浄化術の一種だとはここに来るまで思いもしなかった。
「そう考えると、存外二つの世界は昔から結びついていたのかも、な」
 いつもなら2撃で確殺できる相手に3撃目を突き込んで止めを刺す。
 口からは乱れた息が白い煙を形作る。
 込めたマテリアルの大部分が消費され、補給が追いつかずに疲労や威力の低下として表れている。
 錬介も攻撃に加わる。
 より浄化に集中していた彼は兵庫よりも消耗が激しく、リザードマンの中の特に小柄な一体相手に苦戦を強いられる。それでも盾でスタッフを受けてからの押し倒しを行い、つるはしでなんとか止めを刺した。
「司教殿! 浄化から戦闘特化に切り替えることはできないのか」
 残る5体相手に槍で突きかかる。
 相手は硬い杖を構えて迎え撃つ。これで後方の仲間は雪玉を気にしなくて済む。
「そんな都合のいい技術はない! 知ってたら教えてくれてもいいんじゃよ?」
「この浄化術が一般的でない理由が分かったよ」
 弱体化が激しい。
 人類の切り札である覚醒者を弱くしてその分浄化能力を付与するより、戦闘担当と浄化担当を分けてしまった方が安全で効率もよいと昔から考えられていたのかもしれない。
 特に今回の場合、人手不足故やむを得ないとはいえ、浄化能力付与のため高位聖職者を最前線に投入している。何度も使える手ではない。
「これで」
 最後。
 無傷ではないが継戦可能な程度のダメージ引き替えに、兵庫は残る5体を消滅させた。
 後ろを振り返る。
 浄化中継拠点を中心に、視界のにじみと負の気配は大きく軽減されている。
「あちらの世界では力士の四股が魔を大地に封じ込める儀式と聞いた事があるが、その延長のようなものと考えればいいか。俺も可能な限り協力させて貰う事としよう」
 彼だけでなくハンター達のスキル残量は半数を切っている。
 それでもまだ、この場から退くつもりは全くなかった。

●手配
 5日目早朝。最後まで残っていた職人が体調を崩して後送が決定された。
 とはいえ良くない要素はそれだけだ。
 ハンターが浄化作業に参加した結果浄化領域は急拡大。
 私兵団連合は意気軒昂で物資も豊富。
 カム・ラディ遺跡までの行程はまだ果てしない道のように残ってはいるが、中継拠点は楽観的な雰囲気に覆われようとしていた。
「まずいな」
 私兵団の金のかかった装備や、ハンターが時折持っている見た目の性能の両立した装備とは真逆の、安っぽく見える装備を着込んだ少年がいる。
 未使用の杭の山の陰で、雪原の上に地図と戦力の配置を書き込む重い息を吐いている。
「何か問題でも?」
 責めるためではない穏やかな声が聞こえた。
 金髪司祭が上から覗き込む。
 カイン・マッコール(ka5336)は一瞬上を見上げて、鎧にほとんど音を立てさせずに身を退いた。
「あの……ひょっとして臭かったり?」
 柔らかそうな肌には細かな傷がつき、手入れが不十分な金髪は後ろでくくり、腰に鋼鉄製メイスを下げた少女が露骨に傷ついた顔をしていた。
 長期の遠征では仕方ないとはいえ少女なのだ。
「いや、気にならない程度です」
「臭うんですね……」
 鍛錬で厚くなった手のひらで自分の目を覆う。
 そうしていている間も周囲の気配を油断無く伺っていることに、より注意深く伺っているカインは気づいていた。
「そんなことより」
 そんなことよわばりされた少女司祭の肩が落ちる。
「ワイバーンへの対抗するための戦力が少ない。今までは1体ずつの襲撃だから問題は表面化しませんでしたが」
 地面に描いた地図を示す。
「2体で拮抗、3体以上で遠征隊崩壊の可能性有りです」
 イコニアは無言のままカインを見つめる。
 それぞれ別のことに狂った瞳が瞬きせずに相対する。
「正面から直接戦う必要はありません、利用できるものは利用して弱ったところを確実に処理していけば終わります」
 主に輸送に使われているユニット8つのうち4つを消して、最前線に書き加えた。
「合理的な方ですね。承知しました。手配は任せてください」
 一礼して司教がいる天幕へ向かう。
 彼女が立ち去る瞬間ペンだこが見えた。
 歪虚に覗かれるような万一に備えて地図を足で消し、カインはふと考え込む。
「いや、ゴブリンがいる訳でもない」
 頭を振って雑念を振り払い、体力を温存するためテントの1つに向かった。
 それから24時間後。
 中継拠点から10キロ北で大規模戦闘が始まった。
 曳光弾混じりの光の線が空に向かって延びる。
 数は4。
 狙いは甘く威力もハンターの弓や術には及ばない。
 しかし射程は素晴らしくワイバーンが全力で高度を上げても確実に届く。
「空中に逃げるヘタレ野郎に構っている暇は無いですネー。って届くだけで狙い甘甘じゃないデスか」
 クロードの旋棍がリザードマンを血祭りにあげる。
 リザードマンの群れが威圧されて数歩下がり、他のハンター達が攻撃を仕掛けて混乱させる。
「たまには銃弾をぶっ放すのも悪くないカナ?」
 魔導トラックに出向く。
 体調が悪そうな運転手を助手席に移して席を倒す。
「これで全滅デスか」
 死者は0。非覚醒者の全員が体調を崩して後送確定。
 進撃もここまでデスかねとつぶやき、クロードは他の3台との距離を保ちながら銃座の機銃を操作する。
「闘狩人の多芸さを活かすNiceなChance到来デス!!」
 彼女はクリムゾンウェストの東方出身だ。
 重火器との縁は薄いが弓や投擲武器は当然使える。使えるなら覚醒者の身体能力と知覚力でなんとかできるインターフェースだった。
「ファイア!」
 片手でハンドルを補助して利き手でシューティングゲームっぽいスティックを操作。
 フロントガラスの隅に映し出された上空の光景を見ながら狙いと射撃頻度を調整する。
 他の3台に比べれば正確とはいえ10中2、3しか当たらない。
 だがそれで十分だ。
 己のブレスでは届かずこのままでは逃げるしかないと判断し、ワイバーン3体が接近を仕掛けるため急降下を開始する。
 右端の1体に銃弾が集中する。
 距離が近くなるにつれクロード以外の弾も当たるようになり、残り三十数メートルの地点で耐えきれずに崩壊する。
 残りは2体。
 負のマテリアルで汚れた大気を大きく吸い込み、腹の中で高圧高温の炎に変換し大地ごとユニットを焼き払おうとする。
 そこへ2つの光球が撃ち込まれ、弾けた。
 羽が歪む。腹が爆発に押されて凹み、複数方向からの圧力に負けて内側の熱が暴走する。
 ぼん、と。
 酷く呆気なく、ユニット登場以前であれば対抗するのに大部隊が必要だった歪虚が薄れて消えた。
「空気は美味しくなるけど威力がねー」
 魔法剣を掲げたリンカの足下では複数の魔法陣が回転中だ。
 隣のエルバッハは術行使の準備を終えてから気配を探った。
 浄化能力有りのハンターと私兵団から抽出された護衛が数人が近くにいる。
 数十メートル北では浄化された雪の上で残りのハンターが迎撃中。
 十数メートル南では魔導トラック対空機銃搭載版が再装填中。
「撤退時の安全を考えれば、大規模戦闘は出来て後1戦ですね」
 小規模戦闘の繰り返しであればスキルも温存でき数キロは先に進める。
 いずれにせよ、今回カム・ラディ遺跡に辿り着くのは無理そうだった。

●攻勢限界
 私兵団連合がつくる隊列の上を、眩い光の玉が通過した。
「骨の髄まで暖めてあげよう」
 ちょっとだけ雪焼けした顔に不敵というより平然といた表情を浮かべたまま、キーリが残弾が乏しくなった火球を投げる。
 緊張感のない放物線を描いて20と数メートル先に転がり、まばゆい光と爆音が発生した。
 体格の良いリザードマン、1列15の4列合計60体の右半分が炎に包まれる。
「頑丈……」
 1体も倒れない。
 キーリが手を抜いているのではない。
 北上するほど出現する歪虚が強くなっている。とうとう一撃で倒せない歪虚が現れたのだ。
「むむむ」
 どうしよっかなー、と考えていると敵陣に動きがあった。
 私兵団連合と接触する直前まで前進。
 最前列は盾と自身の体で強固な壁をつくる。
 第二列は最前列の肩越しに槍を構え、第三列と第四列は一斉に氷玉を振りかぶった。
「あ」
 考えるより早く術を切り替える。
 リザードマンの手から氷玉が離れ、キーリの後方に土で出来た壁が出現。
 直後に10以上の氷玉がめり込み崩壊していった。
 クラクションが一度鳴る。対空射撃中の魔導トラックの中で、クロードが軽く手を振り感謝を表明していた。
「どうもー」
 ひらひら手を振り替えしながらくるりと4分の3回転。
 直前までキーリの肩があった場所を複数の氷玉が通り過ぎた。
「ちょっと……危ない?」
 通常なら単身で敵陣に穴を開けられるハンター複数が、浄化能力と引き替えに突破力を失っている。
 明日の朝には元に戻るらしいがそれは今ではない。
「花厳刹那……参ります!!」
 魔導バイクのエンジン音が響く。
 右手で魔導バイクのハンドルを、左手にオートMURAMASAを構え、リザードマンの隊列最右翼から刹那とバイクが突入する。
「最後の」
 キーリの手元に火の球が現れ。
「1発」
 刹那の進路上に炎の華が咲いた。
 一瞬視界が0になったが刹那はアクセルを緩めない。
 さすがに動揺したリーザードマンに対し、恐ろしく厳しい機を捉えて刃を振り下ろす。
 当たって貫通、次の1体には厚めの刃で弾かれ、その次は爆発で脆くなった防具ごと砕く。
 斜めに走って隊列の後ろに抜けるまでの8メートルで、実に7体を討って手傷らしい手傷も負わなかった。
 キーリと刹那による攻勢は大成功で終わった。
 リザードマンにとって、数多く討ち取られたことより右半分の陣形が崩壊したことの方が重大だ。
 左半分は健在でも右半分が邪魔で全力の半分も出せない。
『捨て置け。走れぇっ!』
 部隊が完全崩壊する。
 リザードマン1体1体が得物を突き出し、後のことなど考えずに前に向かって駆ける。
「隊ごとに分かれて防戦しろ! 悪あがきだ。相打ち狙いにつきあうな!」
 カインが指示を出す。
 私兵団の各指揮官が声をからして集合を命じる。
 覚醒者達が潮が引くように左右に分かれ、広大な雪原にはどうにも場違いな鎧男だけが残される。
『臆すな。押しつぶせェ!』
 室内戦闘用に改造された重鎧が、リザードマンの濁流と真正面からぶつかる……ように見えた。
 カインはリザードマンの力に逆らわず、そして自らの後ろには通さない形でずるずる後ろに下がる。
 私兵団が歪虚の群れを後ろから追いかける。
 カインによって速度が鈍ったリザードマンでは逃げ切れず、1体1体害虫を駆除するかのように切り捨てていく。
 そこへバルバロスが騎馬で突っ込む。
 とうに回復スキルは品切れで、分厚い筋肉から血が滴り戦馬を伝って地面に落ちる。
 それでも戦闘力に衰えはない。背中を見せる蜥蜴人間を文字通り蹴散らして、振り返ろうとした指揮官を巨大斧で両断した。
 カインが足を踏ん張る。
 突撃開始時から数が半減し複数方向からの攻撃にさらされたリザードマン群は、カイン1人の力に対抗できず押し戻される。
「僕は戦士でも戦闘狂でもない、ただ効率よく殺して効率よく処理するだけだ」
 仰け反った精鋭リザードマンの喉を無造作に切り裂き蹴り飛ばす。
 とっさに受け止めたリザードマンに私兵団からの矢が尽き立ち、動揺するリザードマンがカインにまた狩られる。
 血まみれの双剣が歪虚に止めをさしたとき、視界内から敵が消えていた。
「残弾は」
 バレルがたずねる。
 私兵団からそれぞれ上がってきた情報を確認したとき、ハンター達から微かなうめきがあがる。
「中継拠点まで下がるべきだな」
「浄化した土地をいくらか取り返されるかもしれないが……やむを得ないか」
 敵の増援が現れる前に南への後退を開始する。
 一度北を見るが、未だカム・ラディ遺跡は影すら見えなかった。

 ハンターが非覚醒者と共に後退した後、王国人達は中継点に籠もって死守する構えをとっている。

依頼結果

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MVP一覧

  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボンka5336

重体一覧

参加者一覧

  • 亜竜殺し
    榊 兵庫(ka0010
    人間(蒼)|26才|男性|闘狩人
  • 堕落者の暗躍を阻止した者
    バレル・ブラウリィ(ka1228
    人間(蒼)|21才|男性|闘狩人
  • 青炎と銀氷の魔術師
    リンカ・エルネージュ(ka1840
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • 狂戦士
    バルバロス(ka2119
    ドワーフ|75才|男性|霊闘士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 紅花瞬刃
    花厳 刹那(ka3984
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士
  • メテオクイーン
    キーリ(ka4642
    エルフ|13才|女性|魔術師
  • 双棍の士
    葉桐 舞矢(ka4741
    人間(紅)|20才|女性|闘狩人
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 司祭様に質問!
葉桐 舞矢(ka4741
人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2016/01/31 14:04:56
アイコン 相談
バルバロス(ka2119
ドワーフ|75才|男性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2016/02/01 23:32:24
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/01/31 01:31:09