黒い貴人

マスター:湖欄黒江

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/02/06 07:30
完成日
2016/02/14 23:15

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 帝国領・臨海3州のひとつ、メーアーシュレスヴィヒ州。
 その北西部海岸に『大公』ルートヴィヒの別荘はあった。
「正確には、廃嫡されたペンテジレイオス家の持ち物ですが」
 古びた安楽椅子にくつろぎながら、ルートヴィヒが言った。
 その差し向かいに座した初老の男――旧貴族のアレクセイ・デミドフは、
 豊かな銀髪と、皴の深い、険しい相貌を持つ人物だった。
 銀製のコップを握る彼の厳つい手は、引き攣った、ピンク色の古傷に覆われていて、
 旧貴族らしい瀟洒な身なりを別にすれば、村の漁師の長、と言っても通じそうだ。

 窓の外では日が暮れ、別荘から海を隠すように茂った松林を、ざわざわと鳴らす風があった。
 デミドフが口を開く、
「この家は、長らくお使いになられていなかったようですが」
「祖父の代に建てられたものです。私自身は大分昔に来たきりで。
 売ってしまっても良かったのですが、普請もしっかりしてるし、
 何より、母の思い出に良く聞かされていたものですから」
 ルートヴィヒは答えつつ、
 目の前の卓に置かれていたいぶし銀のシガーケースから、新しい1本を抜き出した。
 小さな鋏を取り、淀みない手つきで葉巻を切るその仕草を見ながら、デミドフが言う、
「御母堂、ヨゼーフェ様とは1度お会いしたことがあります。美しい方でした」
「それは、それは」

 別荘1階のサロンでくつろぐ旧貴族ふたり。
 ルートヴィヒの護衛は、ひとりが離れた椅子で身じろぎもせず、
 もうひとりは主人の後ろの窓に立ち、じっと外を見つめていた。
 他、隣室でデミドフのお供3人が休んでいるのを除けば、広々とした別荘には7人きり。
 ルートヴィヒと客との会話が途切れると、後は隣室からのひそひそ声、暖炉で薪が燃える音、
 家鳴り、そして外を吹く風の音ばかりが響く。
「申し訳ありませんな。今朝はお宅の使用人までお借りして、家の掃除などさせてしまい」
 ルートヴィヒが言うと、
「こちらこそ、帝国随一の貴顕たる貴方に、こうして一夜の宿をお借りできるとは。
 僥倖でした。そこらの安宿はいい加減我慢がなりませんで……、
 道行に貴方とお会いできなんだら、使用人共々馬車で夜明かしすることになったでしょう。
 全く、あの船も困ったときに落ちてくれたものです」

「サルヴァトーレ・ロッソですな。いや、まさか帝国領に落ちるとは」
 ルートヴィヒはいささか愉快げに微笑むと、振り返って護衛に合図をした。
「悪いが、セラーから1、2本見繕ってきてくれないか」
 椅子に座っていた、男の護衛のほうが無言で立ち上がった。
 相方の女は、変わらず窓辺に立ったまま。
 デミドフは横目に窓を見、彼女の視線をちらと追いつつ、
「長旅になりそうです」
「行先はピースホライズンでしたな? しばらく海沿いを行かれると良い。
 先月はあちらでもひと騒ぎあったと聞きますし、街道はまだ混んでいるでしょう。
 私は帝都に戻りますから、明日には貴方ともお別れせねばなりません」


 こちらは別荘からもそう遠くない、小さな港町の酒場。
 細工師のヤンは、ムール貝の汁でべたついた指をしゃぶりながら、記者のドリスへ言った。
「あれは変人だな」
「大公のこと? あんたが言うか、って気もするけど、まぁ事実だね」
 彼らの隣の席では、ルートヴィヒから半日の休暇をもらった使用人たちが、
 普段とは打って変わって陽気な顔をして、歓談していた。

 去年末、ノルデンメーア州目指してバイク旅行に出かけた大公と、そのお供の一団。
 旅行の目的は試作バイクの試運転と共に、大公が世話する劇団の年末公演に間に合わせるべく、
 偏屈者の細工師・ヤンを大公自ら口説き落とすことだった。
 バイクの調子は上々、細工師も見事――
 ドリスも護衛も外に置いての、数日に渡る密談を経て――採用に成功したのだが、そのまさに帰途、
 北伐に参戦したサルヴァトーレ・ロッソがフレーベルニンゲン平原へ不時着するという事件があった。
 周辺の街道は帝国軍に埋め尽くされ、その影響を受けた商業輸送も各地で大渋滞。
 更には帝都始め各地が歪虚の侵攻に見舞われ、
 大公たちの旅程も、劇団『魔剣』の公演もすっかり予定が狂ってしまった。
 同行の女性記者・ドリスも、帝都にある勤め先の無事こそ伝話で確かめられたが、
 自らは大公たちと共に、いつまでも帰れず仕舞いだ。

 一方、仕事に余裕のできた細工師は、旅の合間にせっせとスケッチを溜めていた。
 その日も酒場に紙と鉛筆を持ち込み、公演の為の衣装や道具のアイデアを練っていたが、
「……あの禿げ頭のことじゃねぇ、客のデミドフのほうだ。
 あんたも変だな。今日は何だか上の空って感じだ」
 ヤンの言葉に、ドリスの目が光った。ヤンは片手で鉛筆を弄りながら、
「デミドフ……と一緒についてきた、オマケのことだろ。あの3人でなく」
「気づいてた? 芸術家の眼力も馬鹿にならないな」
 ドリスは杯を煽るが、その中身は水だ。今夜は酔えない訳があった。


 大公とデミドフが出会ったのは一昨日、別のとある町でのこと。
 町で唯一の宿に部屋を取ろうとしたところ、デミドフとそのお供にかち合ってしまったのだ。
 少ない部屋数を互いに分配する相談の内、
 ノルデンメーア出身の旧貴族・デミドフが急ぎの旅であると知り、大公が助力を買って出た。
 曰く、大きな街道は塞がったままだが、迂回路はある。
 いっそ道連れになってもらえれば、デミドフも宿の確保が楽になるだろう。
 元より大所帯、ほんの4人を加えて今更困ることもない――

 本音は違った。
「私の護衛から聞いたんだが、デミドフ氏はどうも尾けられているようだ。
 心当たりがあるか、直接訊いてみても良いんだがね。折角だ。
 ひとつ、氏に代わって連中の正体を突き止めてみたい。君からも応援を呼んでくれるかね」
 というのが昨日、ドリスが大公から言い渡されたこと。
 作戦はあるんですか、と尋ねると、
「この別荘が作戦だ。掃除が終わり次第、使用人の皆に半日の休みを出す。
 君とヤンも家を出たまえ。そのついでに最寄りのオフィスを探して、ハンターを集めて欲しい」
「家に……ええと、7人だけで残るんですか?」
「そうだ。私が道連れになったことで敵は警戒しているが、
 荒事をやるつもりなら、近くに人気のないこの家に我々が籠った今が好機だ。
 おまけに使用人が出払ったとなれば、あちらも気が逸るだろう」

 しばしの説得が聞き入れられないと、ドリスも開き直った。
「こんな田舎じゃ、ハンターもいつ来れるか分かりゃしません。依頼は早い方が良い。
 今すぐバイクでひとっ走りしてきますよ。上手く行ったら、記事にさしてもらいますからね」
「その意気だ。自前の護衛もあるし、最悪でも命は何とかなるだろう」
 大公は自慢のカイゼル髭を撫でつけながら、言った。
「往路ではその機会がなかったが。久々に、ハンターのお手並み拝見だね」

リプレイ本文


 襲撃は日没後、夜の帳が下りると共に始まった。
(15人)
 ヒズミ・クロフォード(ka4246)は別荘へ続く門の傍に隠れ、敵を数えた。
 東の馬車道から現れた騎馬部隊は3人おきにカンテラを提げ、縦列にて敷地内へ侵入。
 そこで地面へ撒かれた水に気がつき、
「待ち伏せだ!」
 誰かが叫ぶも、時既に遅し。今や全員が別荘の敷地へ足を踏み入れており、
 ヒズミが門を閉じるや、北側に伏せていたジュード・エアハート(ka0410)が魔導拳銃を撃ち始めた。
 南側の白金 綾瀬(ka0774)、更に門側のヒズミもライフルを掃射。
 制圧射撃に敵は浮足立ち、泥濘の上を右往左往している。
(ここまでは作戦通り、後は抵抗を封じて――)
 しかし敵は、ジュードの予想より早くに反撃の態勢を整えてみせた。
 まずは射撃におたつく右左翼、後列の味方を盾に円周防御陣を敷くと、
 内陣の騎馬が、暗闇にくっきりと浮かび上がったハンターたちの銃火を頼りに応射する。
(まずい、見つかった!)
 ジュードの隠れていた植え込みにも銃弾が届き始めた。銃声からして大口径の軍用銃、
(当たったらやばい、移動しなくちゃ)

(悪いけど、これも仕事なのよね)
 綾瀬は低い姿勢で門側へ走りつつ、敵の馬をライフルで撃った。いななきと共に何頭かが倒れると、
 その後は全力疾走、銃撃を何とかかわし、ヒズミから少し離れた茂みへ転がり込むが、
「これじゃ、まるで西部劇デスネ」
 応射は門側にも加えられ、ヒズミは完全に頭を抑えられていた。
「奴ら、手慣れてるわね。軍隊経験者かしら」
「革命戦争もあったそうですカラネ、この国は……!」
 射撃担当のハンター3人に対し、敵は15人。
 動きを封じられたままでは、待ち伏せの有利もいずれ消える。
「走りマス!」
「カバーするわ」
 綾瀬が膝射で応戦する間に、ヒズミは馬車道を横切って反対側の林へ移った。

「そのまま、奴らに頭を上げさせるな。マルコ!」
 リーダー格と思しき男が、ジュードが先程まで隠れていた植え込みを指差す。
「片づけてこい」
 命令を受けた男がサーベルを抜き、円陣を離れた途端。
 横合いから不意に突き出された騎兵槍が男を引っかけ、落馬させた。
(やれやれ。できるだけ生かしておく、というのが面倒臭くなる数ですねぇ)
 黒装束で闇に紛れていたGacrux(ka2726)は、落馬した敵を更に槍で殴り、その脚をへし折った。


 防風林に隠れていた4人の男。騎馬隊が別荘正面を押さえている間、
 屋内から逃げ出す者を待ち伏せるのが狙いのようだったが――

 ドロテア・フレーベ(ka4126)が南の林でひとりの背後を取り、腕を巻きつけて口を塞いだ。
 小刀を喉へ突きつけ、そっと囁く、
「動かないで。解るわね?」
 男は抵抗しなかった。ドロテアは男が提げていた拳銃を奪うと、
 口に布を噛ませて猿轡とした上、両手両足を縛って地面に寝かせた。
 その間も耳や目を凝らし、残り3人の気配をうかがう。
 最後に確認した際、敵は南北にひとりずつと、西にふたりが伏せっているらしかった。
 ドロテアは敵が分散していることに目をつけ、順々に無力化していこうとするが、
(表の騒ぎが長引くようだと、突っ込んでくるわね、これ)
 庭側の味方が苦戦していると気づけば、待ち伏せを諦め、自ら別荘へ侵入を試みるかも知れない。
(中の守りは『彼』と、依頼主の護衛がふたり……、
 上手くやってくれると思うけど、いざってときはあたしも戻らなくちゃ)


 『彼』――リカルド=イージス=バルデラマ(ka0356)は、1階西側のサロンにいた。
 刀の鞘に火の点いた煙草と双眼鏡を吊るすと、
 外から見えるよう窓越しに掲げてみるが、外からの反応はない。
(狙撃……は来ねえな)
 庭のほうでは銃撃戦が続いていたが、屋内への敵侵入はまだだった。

 現場へ到着後、Gacruxの指示にて依頼主たちをひとまとめに2階東側の寝室へ匿うと、
 リカルドは屋内の全ての灯りを落とし、全ての窓のカーテンを閉じた。
 これで依頼主たちが危害を受ける恐れは減ったが、
(助っ人が来たことも、見張りを通じて筒抜けになった。
 それで襲撃を諦めなかった以上、連中もそれなりの自信があるんだろうが……)
 そこで、リカルドの無線機に通信が届いた。
 ドロテアより、敵ひとりを拘束したが、残りが北と西から一斉に動き出したと連絡を受ける。
「あんた、今どこにいるんだ?」
『西の林の奥。家の守りに回りたいけど、ちょうど道の先を敵が歩いてるのよね』
「俺は北側に行く。そのまま敵の後ろを取れるか?」
 ドロテアが了解して無線を切ると、リカルドは窓に掲げていた囮を片づけ、建物の北側へ走った。
 庭ではまだ銃声が続いている。あちらの4人は、騎馬隊相手で手一杯のようだった。


 円陣に向けて踏み込もうとするGacruxの前に、2騎が立ち塞がる。
(何が目的か知りませんが、頑張りますねぇ)
 Gacruxは、騎兵槍を剣のように大上段に振りかぶった。
 突っ込んできた1騎がすれ違いざまに殴られ、馬から投げ出されるが、
 続くもう1騎、敵のリーダー格はすんでで槍をかわし、距離を空けて再度の突撃を試みる。
 先に落馬したひとりが徒歩で襲ってきたのをGacruxが返り討ちにし、
 追い打ちをかけようとしたところで、リーダーの騎馬が仕掛けてきた。
 背中を剣で強く打たれ、Gacruxはうつ伏せに転がされてしまう。
 
 北側へも1騎が回り込んでいた。
 ジュードは勢い良く駆け込んできた馬を横に転げてかわすと、起きざまに拳銃を撃った。
 青白い冷気を帯びた弾丸が敵を落馬させるも、庭の中央から再び銃撃が始まり、ジュードを伏せさせる。
(数は減ってきた筈なんだけど……!)

 門側のヒズミと綾瀬も、人数で勝る敵の弾幕を前に苦戦を強いられていた。
 それでも猟撃士ふたりは弾幕の僅かな間隙を逃さず、
 正確な射撃でひとり、またひとりと落馬させ、敵の足を奪っていった。
 馬を失ってなお戦い続ける敵には、腕や銃を狙って無力化を図るが、
「ぐッ……!」
 応射中、ヒズミの左肩にどんと重たい衝撃が走る。
 すかさず木の幹に隠れるが、左腕が強く痺れ、ほとんど上がらなくなった。
 ライフルを下ろし、空いた右手で無線を取って、
「済みマセン、撃たれマシタ」
『傷の具合は?』
「左の肩に1発。命に別状はなさそうデスガ……」
 そうこうしている間に、何人かの敵が門のほうへ走ってくる気配があった。
 綾瀬、そしてヒズミも武器を自動式拳銃に替え、すかさず彼らの脚を撃つが、
 円陣からまたも集中砲火を受け、再び隠れざるを得なくなる。


 別荘北側から近づいていた敵を、リカルドが屋内からライフルで迎え撃つ。
(今、こっちの敵を生かしとく余裕はない)
 敵の胴体を撃って仕留めると、今度は別の部屋から窓の割れる音がした。
(くそっ、入られた)
 銃を試作振動刀に持ち替え、移動するリカルド。
 真っ暗な廊下で侵入者を発見すると、床を這うように低く踏み込み、足首を狙って斬りかかった。

 敵は素早く飛び退り、マントか何か、大きな布を投げつけてきた。
 リカルドがそれを振り払うや否や、目の前にナイフの切っ先が現れる。
 仰け反ってかわすが、敵はナイフを持った腕を引き、反対の腕でリカルドを捕まえにかかる。
 このまま組みつかせれば、1秒と待たず腹にナイフを叩き込まれるだろう――
 咄嗟に身を捩り、左腕で肘打ちを繰り出した。
 敵が額でそれを受けると、一瞬の隙でリカルドは後退、間合いを空けるが、
(上手いな、こいつ)
 こちらが構えるより早く、敵はなおも踏み込んできた。
 リカルドは前腕を斬りつけられる感触を覚えたが、痛みそれ自体は感じなかった。
 すぐさま反撃するも、敵は恐ろしくしなやかな動きでかわしてみせる。

 どこかでまた窓が割れる音をきっかけに、今度はリカルドから仕掛けた。
 刀での斬撃――で牽制しつつの急接近。左手に装着した鉤爪でナイフを弾くと、
 半身になりつつ右肘で鳩尾、胸、顔面と打った。続いて左手での掌底、
 を敵が右腕で受け止める。反撃のボディブローにリカルドがよろめくと、
(速い)
 敵は目にも止まらぬナイフさばきで彼の腕や頬を斬りつけるが、止めは蹴りだった。
 敵の乗馬靴、その爪先に仕込まれていた刃が、リカルドの腹部に突き刺さる。
 

 敵リーダーの3度目の突撃をGacruxの槍が捉え、馬から突き落とした。
 次の敵、今度は3騎がいっぺんに突っ込んできたのを、薙ぎ払いで馬ごと横殴りにする。
(門側はまだ味方が抑えていますから、俺が踏ん張りさえすればまだ囲みは――)
 誰かが叫ぶ声がした。残る敵が馬の頭を巡らせ、こちらに向こうとしている。
 Gacruxは庭石の陰へ走るが、先に背中へ受けた傷が思いの外深く、自己回復が追いつかなかった。
 負傷で動きの鈍った分、射撃の何発かを受けてしまう。

 落馬したばかりのリーダーが身を起こし、
「これ以上平場で戦うな、家へ入れ!」
 門側は綾瀬と、拳銃に持ち替えたヒズミが封鎖を継続していた。
 物陰にいたジュードも身を乗り出し、マテリアルの銀光の尾を曳いた弾丸の雨を浴びせかける。
 今や敵は残り5人、庭の中央は馬の死体とその下敷きにされた者、負傷に呻く者で埋め尽くされ、
 動ける者はリーダーに従って円陣を解き、家のほうへと移動を開始した。
 ジュードは射撃を続けるが、とうとう腕が震えて狙いが定まらなくなる――
 何度目かの応射で脇腹に傷を受け、その痛みが激しくなっていた。
 覚醒者の耐久力なら死ぬことはなさそうだったが、これ以上傷口が広がれば話は別だ。
 ジュードは地面にそっと伏せ、無線機を手に取った。

 ドロテアが、サロンの窓を割って侵入しようとしていた敵を捕まえる。
 後ろから引き倒し、組み伏せ、手足を縛ると、
『玄関から5人、入ろうとしてる! こっちは動けない……お願いします』
 無線機からジュードの声が響いた。捕まえたばかりの男を置き去りに、ドロテアも屋内へ入る。
 廊下に出ると侵入者がひとり、
 倒れたリカルドの上に屈み込んで、逆手に握ったナイフを振り下ろす間際だった。
 ドロテアが投げナイフで脅かすと、敵は片脚を引きずりながら玄関口へ逃げていく。


 騎馬隊の男たちは低く張られたロープをまたいで、玄関から別荘へ入った。
 ちょうど廊下から現れたナイフ使いの男へ、
「何故、待ち伏せを知らせなかった!?」
「時間がなかったからさ。あんたら革命の英雄が何とかすると思ったし……」
 リーダーのカンテラに照らされたナイフ使いは若く、ハンサムな男だった。
 対する騎馬隊は皆もう少し年嵩で、泥に塗れ、くたびれ果てた顔をしていた。
「手こずり過ぎたな。逃げることを考えたほうが良い」
 ナイフ使いの言葉に、リーダーは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「デミドフはどうする」
 ナイフ使いは肩をすぼめ、片脚を見せた。
 腿に走る大きな刀傷は、リカルドが倒れる寸前に放った一撃の結果だった。
「俺はこのざまで、あんたらは残り5人。
 大公の護衛含め敵はまだ残ってる。憲兵隊にも通報が行ってるかもな。じじいを探す暇はないと思うがね」
「馬が要るが、庭のはもう駄目だ。厩舎から盗もう」
 騎馬隊のひとりが言った。

 身を屈めつつ再び屋外へ出た男たちの行く手を、血塗れの黒装束が塞いだ。
「今更逃げ出す気ですか?」
 辛うじて回復を終えたGacrux。槍を手に、先頭のふたりを一瞬で薙ぎ倒すと、
 そこでサーベルを手にしたリーダーとぶつかり、鍔迫り合いになった。

 玄関からドロテアも、投げナイフを手に飛び出した。
 最後尾にいたナイフ使いと目が合うなり、互いに得物を投げ合う――
 ドロテアは肩、敵は左の掌で刃を受けると、
 ナイフ使いの横に立っていた男が、拳銃を抜いてドロテアの脚を撃った。
 列の先頭ではリーダーがGacruxを押し退け、厩舎への道を拓いたところだった。


「それで、結局3人には逃げられてしまった、と」
 庭先に並ぶ、10人余りの捕虜たちを前に大公が言った。
「申し訳ございません。こちらは全員負傷にて、追撃もできず」
 そう答える綾瀬も、肌着の上に包帯を巻いた格好だった。
 銃撃戦の最中、胸に受けた1発――
 弾丸の射入角度がもう少し深ければ、防弾服を貫通して致命傷になっていたかも知れない。
「いや。急な仕事で、良くやってくれたものだと思うよ」
 大公が、捕虜のひとりをじっと見下ろす。
 敵が厩舎から馬を奪って海側へ逃げ出す際、綾瀬がぎりぎりで撃ち落とした男だった。
「後3人、だったんだけどな」
 ジュードがぼやく。馬で逃げられてしまうと、彼の連れていた妖精にも追跡ができなかった。
「けど、内ふたりは間違いなく覚醒者だ。対人専門のプロかも」
「それにしては、随分と腕ずくの作戦だったわね。急ぐ理由でもあったのかしら」
 綾瀬は言いつつ、負傷を押して捕虜たちの尋問を準備する。

 尋問の間、Gacruxは庭石に座って腕を組み、無言の威圧を与えていた――
 実際は身動きひとつする度、背中に堪えがたい痛みが走る有様だったが、
 彼の血に塗れた恐ろし気な風貌は、些かなりとも捕虜を怯えさせたようだった。
 そこへ元警官のヒズミにジュード、綾瀬も加わり、
 ひとりずつ離れた場所へ連れ出すと重ねて脅しをかけ、口を割らせた。
「デミドフとかいう男を攫ってこいって仕事だった。俺はそれしか……」
「困りますね、もっと詳しく話してもらわないと」
 ヒズミが鋭い口調で詰問するが、依頼の真意は捕虜の誰も知らないようだった。


 ドリスの通報で駆けつけた憲兵隊へ、捕虜を引き渡すまでの間に分かったこと――
 襲撃者は、リーダーの『ブルーノ』とナイフ使いの『ラースカ』を除く全員が、
 ただ金目当てに集った革命義勇兵崩れに過ぎなかった。
 ブルーノとラースカは職業暗殺者で、
 ノルデンメーア州の地回りを介してデミドフ拉致の依頼を引き受けたらしい。
 だが当のデミドフは、
「心当たりがありません。しかし、地元では私も知られた人間でしたから。
 大方、革命を忘れられない馬鹿者が、旧貴族の私から金でも奪う算段だったのでしょう。
 全く、ご迷惑をおかけしましたな」

 憲兵隊の担架に乗せられる折、リカルドがドロテアに耳打ちする。
 あれだけの人数を揃え、覚醒者まで駆り出すには、かなりの金が動いた筈、と。
「黒幕はそれなりの大物みたいね」
 リカルドは頷こうとして顔をしかめつつ、
「あのおっさん、堅気じゃねえぞ」
 庭に佇んで、こちらを見送るデミドフ。
 彼の腰元に、護身用にしては大き過ぎる拳銃が差さっているのを、リカルドは見逃さなかった。

 かくして夜中の激戦は決着した。
 が、ただひとり真相を知るであろうデミドフは何も語らぬまま、翌朝早くに別荘を出立した。

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  • ……オマエはダレだ?
    リカルド=フェアバーンka0356
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacruxka2726

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  • ……オマエはダレだ?
    リカルド=フェアバーンka0356
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacruxka2726

参加者一覧

  • ……オマエはダレだ?
    リカルド=フェアバーン(ka0356
    人間(蒼)|32才|男性|闘狩人
  • 空を引き裂く射手
    ジュード・エアハート(ka0410
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • 《死》の未来を覆す奏者
    白金 綾瀬(ka0774
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 燐光の女王
    ドロテア・フレーベ(ka4126
    人間(紅)|25才|女性|疾影士
  • 一瞬の狙撃者
    ヒズミ・クロフォード(ka4246
    人間(蒼)|26才|男性|猟撃士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ジュード・エアハート(ka0410
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2016/02/05 22:54:25
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/02/05 12:48:47