ゲスト
(ka0000)
仔ユグディラが迷子
マスター:坂上テンゼン
- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2016/03/16 12:00
- 完成日
- 2016/03/23 00:59
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●一匹の仔ユグディラが行商人の荷馬車の中で揺られていた。
荷馬車でゴトゴトだからといって売られていくのではない。好奇心で潜り込んだのだ。
リンダールの森周辺の開拓村で商品を捌いている時のことだった。
食べ物でもあると思って、商人が取引をしている隙に荷馬車に飛び乗った。
珍しかったこともあってそのまま荷物の中身を物色していたら、荷馬車が動き出してしまった。
すぐに降りればよかったものを、動き出してから怖くなってしまい丸まって震えることしかできなかった。商人はまるで気づかずに馬車を走らせていく。
●そして時は流れ、港町ガンナ・エントラータ。
商人はついに気がつくことがなかった。荷車ごと倉庫に入れ、馬を厩舎に連れて行った。
仔ユグディラはようやく自分が取り返しの付かないところまで来てしまったのに気が付いた。
だがこのまま動かずにいて人間に見つかってしまうのはもっと怖い。何となく、そんな気がした。
意を決して荷馬車から飛び降りる。靴は履いていたので問題ない。しかしそれ以外には何も無い。
漏れている光を頼りに扉までは行けたが、当然鍵がかかっている。力の限り押すと、どうにか通れるだけの隙間が開いた。
ヒゲで距離を確かめ、押しながら通る。
体が通り抜けた。
そして尻尾が挟まれた。「ミギャアァーー!!!」
飛び上がった。
何とか扉を引っ張って尻尾を取り戻し、フーフー息を吹きかける。効果のほどは不明だ。
気を取り直して歩き出す。
夜の港町が広がっていた。
空気はどこか湿り気を帯び、吹き付ける風は潮の匂いを運んでくる。
夜だというのに灯りがそこここに見られる。漁から帰った漁師たちや取引を終えた商人達が夜の時間を楽しんでいるのだが、仔ユグディラには知る由もなかった。
恐る恐る歩き出す。地理もわからず彷徨うしかなかったが、そのままそこにいるわけにはいかなかった。
すると進行方向から突然野太い男の怒鳴り声が聞こえた。仔ユグディラには意味はわからなかったが、二人の男が怒鳴り合っていた。仔ユグディラは物陰に隠れて様子を伺っていたが、そのうち男達は殴り合いを始めた。
どうするべきか迷っていると、突如獣の臭いが鼻をついた。見ると、そこには黒い毛の大きな犬が大口を開けてこちらを見ているではないか。
一目散に逃げる。犬は追いかけて来る。ユグディラは種族として幻術を使えるのだが、使えるのは万全な状態のみであって、突然の危機に対応できるものではない。
だから頼れるものは己の足だけだったのだが、小さな穴が突然視界に飛び込んできたので、そこに飛び込んだ。
犬は音を立てて穴の縁にぶつかるが、大きいので中には入れない。
仔ユグディラはなんとかここでやり過ごそうとしたが、ふと上を見ると、そこには自分を見下ろす何者かがいることに気がついた。
人間だ。髪をざんばらにして汚い服を着ている。そして手にはぎらりと光るナイフが握られていた。
「ケガワ……ニク…………」
そいつはにやりと笑った。見るもの全てに嗜虐心を感じさせずにはおかない笑みだった。
ナイフが振り下ろされてきた。反射的に避け、人間の股の下を通って逃げる。
「むぁぁぁてぇぇぇぇ~~~~!」
喉の底から声を絞り出して追ってくる。逃げ惑う。しばしその人間の住まいと思しき廃屋で命をかけた追いかけっこが繰り広げられる。
その廃屋がかつて建物と呼ばれていた時は二階建てだった。今でも二階にあたる部分はあるので、仔ユグディラは階段を駆け上がった。
月が見えた。窓だ。
意を決して飛び込む。
ガラスははまっていなかった。眼前には隣の建物の屋根がある。仔ユグディラは屋根に跳び移ると、別の建物の屋根から屋根へと次々跳び移っていった。
追っ手が来ないことに気づいたのは三軒分の屋根に跳び移ってからだった。
……夜は危険だ。
そう判断した仔ユグディラは安全な場所を確保して夜を明かすことにした。
結局公園の木の上で一晩明かすことにした。
寒いが、外敵からは身が隠せるし、見通しも良い。
枝の上で丸まる。
春先の暖かい日だったので野外でもなんとか眠ることはできた。
●そして夜が明けた……。
仔ユグディラは目を覚まして顔を洗うと、下を見て高さに怯えつつも、恐る恐る降りていった。
ゆっくりと降りてやっと降り切った。周りを見渡す。
知らない世界が広がっていた。
太陽の位置でなんとなく故郷の方角くらいはわかるが、それ以外はさっぱりだ。
それでもなんとかして帰らなければならない。
仔ユグディラの、長い旅が始まる……。
荷馬車でゴトゴトだからといって売られていくのではない。好奇心で潜り込んだのだ。
リンダールの森周辺の開拓村で商品を捌いている時のことだった。
食べ物でもあると思って、商人が取引をしている隙に荷馬車に飛び乗った。
珍しかったこともあってそのまま荷物の中身を物色していたら、荷馬車が動き出してしまった。
すぐに降りればよかったものを、動き出してから怖くなってしまい丸まって震えることしかできなかった。商人はまるで気づかずに馬車を走らせていく。
●そして時は流れ、港町ガンナ・エントラータ。
商人はついに気がつくことがなかった。荷車ごと倉庫に入れ、馬を厩舎に連れて行った。
仔ユグディラはようやく自分が取り返しの付かないところまで来てしまったのに気が付いた。
だがこのまま動かずにいて人間に見つかってしまうのはもっと怖い。何となく、そんな気がした。
意を決して荷馬車から飛び降りる。靴は履いていたので問題ない。しかしそれ以外には何も無い。
漏れている光を頼りに扉までは行けたが、当然鍵がかかっている。力の限り押すと、どうにか通れるだけの隙間が開いた。
ヒゲで距離を確かめ、押しながら通る。
体が通り抜けた。
そして尻尾が挟まれた。「ミギャアァーー!!!」
飛び上がった。
何とか扉を引っ張って尻尾を取り戻し、フーフー息を吹きかける。効果のほどは不明だ。
気を取り直して歩き出す。
夜の港町が広がっていた。
空気はどこか湿り気を帯び、吹き付ける風は潮の匂いを運んでくる。
夜だというのに灯りがそこここに見られる。漁から帰った漁師たちや取引を終えた商人達が夜の時間を楽しんでいるのだが、仔ユグディラには知る由もなかった。
恐る恐る歩き出す。地理もわからず彷徨うしかなかったが、そのままそこにいるわけにはいかなかった。
すると進行方向から突然野太い男の怒鳴り声が聞こえた。仔ユグディラには意味はわからなかったが、二人の男が怒鳴り合っていた。仔ユグディラは物陰に隠れて様子を伺っていたが、そのうち男達は殴り合いを始めた。
どうするべきか迷っていると、突如獣の臭いが鼻をついた。見ると、そこには黒い毛の大きな犬が大口を開けてこちらを見ているではないか。
一目散に逃げる。犬は追いかけて来る。ユグディラは種族として幻術を使えるのだが、使えるのは万全な状態のみであって、突然の危機に対応できるものではない。
だから頼れるものは己の足だけだったのだが、小さな穴が突然視界に飛び込んできたので、そこに飛び込んだ。
犬は音を立てて穴の縁にぶつかるが、大きいので中には入れない。
仔ユグディラはなんとかここでやり過ごそうとしたが、ふと上を見ると、そこには自分を見下ろす何者かがいることに気がついた。
人間だ。髪をざんばらにして汚い服を着ている。そして手にはぎらりと光るナイフが握られていた。
「ケガワ……ニク…………」
そいつはにやりと笑った。見るもの全てに嗜虐心を感じさせずにはおかない笑みだった。
ナイフが振り下ろされてきた。反射的に避け、人間の股の下を通って逃げる。
「むぁぁぁてぇぇぇぇ~~~~!」
喉の底から声を絞り出して追ってくる。逃げ惑う。しばしその人間の住まいと思しき廃屋で命をかけた追いかけっこが繰り広げられる。
その廃屋がかつて建物と呼ばれていた時は二階建てだった。今でも二階にあたる部分はあるので、仔ユグディラは階段を駆け上がった。
月が見えた。窓だ。
意を決して飛び込む。
ガラスははまっていなかった。眼前には隣の建物の屋根がある。仔ユグディラは屋根に跳び移ると、別の建物の屋根から屋根へと次々跳び移っていった。
追っ手が来ないことに気づいたのは三軒分の屋根に跳び移ってからだった。
……夜は危険だ。
そう判断した仔ユグディラは安全な場所を確保して夜を明かすことにした。
結局公園の木の上で一晩明かすことにした。
寒いが、外敵からは身が隠せるし、見通しも良い。
枝の上で丸まる。
春先の暖かい日だったので野外でもなんとか眠ることはできた。
●そして夜が明けた……。
仔ユグディラは目を覚まして顔を洗うと、下を見て高さに怯えつつも、恐る恐る降りていった。
ゆっくりと降りてやっと降り切った。周りを見渡す。
知らない世界が広がっていた。
太陽の位置でなんとなく故郷の方角くらいはわかるが、それ以外はさっぱりだ。
それでもなんとかして帰らなければならない。
仔ユグディラの、長い旅が始まる……。
リプレイ本文
●港町ガンナ・エントラータの爽やかな朝
ムディル(ka6175)は港から海を眺めていた。
潮騒は静かにリズムを奏で、水面は朝日を受けて煌いていた。
「潮の香りはいいな」
誰にとも無く言う。平原生まれである彼は、新しい刺激に歓喜していた。
ふと見回すと、港には似つかわしくないものが目に入った。
「ネコ、幻獣……?」
それは猫だったが、ただの猫ではなかった。二足歩行で靴を履いている。
ユグディラという幻獣がいる事は知っていた。
そのユグディラがじっと東を眺めている。その目は遠くを見つめていた。
「かれも、世界を見に行くのだろうか……?」
何処か共感したムディルは、やがて歩き始めたユグディラの背中をじっと見送った。
ユグディラは街から出る前に色々と寄り道をした。何もなしで故郷まで行けるのか不安だったのと、単に好奇心からだ。
ある小洒落た店に入った時の事だった。
「まるで私の為に存在するかのような首飾りだ……」
うっとりと鏡に見入っているシャウラ・アルアイユーク(ka2430)がいた。シャウラはしばらく自身の美貌を称えたが、やがて遠くで自分を見ていたユグディラと目が合った。
「主人、あれも売り物か!?」
見るなり目を丸くし指を指す。店主は身に覚えも無いので、ユグディラを見ても呆然とするばかりだった。
「長靴を履いた猫は主人を引き立て成功に導くという……言い値で買おうぞ!」
これを聞いた店主は愛想よく頷いて、ユグディラに近づいた。
ユグディラは危険を察知して逃げ出した。店主は慌てて追う。
「何故だ! 何故逃げる!」
それを見たシャウラも追いかけた。ユグディラは店の中を走り回った末に表に飛び出し、街角の追いかけっこが始まった。
その頃アシュリー・クロウ(ka1354)は街角に立ち尽くしていた。
(ちょぉっと早く着きすぎたみたいですねぇ)
取材の待ち合わせのためここに来たが、時間が空いたので小説のネタを探してぶらつくことにした。
アシュリーが角を曲がると、突然、何かが足元を高速で駆けていった。
「おや? おやおやおやぁ?」
それは人間のようにつっ走る猫だった。
「これは珍しい動物ですねぇ! 噂に聞く幻獣でしょうか?」
言い終わらないうちにメモを取り出す。
「待て! 逃がさん!」
その眼前をシャウラが猛スピードで駆け抜けていった。
「これは物語を感じますねぇ!」
アシュリーはたまらないという表情でシャウラを追った。
本気で逃げる猫に人間が追いつけるものではない。しかしシャウラは瞬脚と壁歩きまで駆使して追走する。そのあまりの熱心さにアシュリーは嬉々としてペンを走らせていく。
(コメディの題材に使えそう……!)
シャウラはコメディにされる危機を迎えていた。
その頃、買い物帰りのユピテール・オーク(ka5658)が公園のベンチで軽食を取ろうとしていた。飼い猫のためにもツナ缶を開ける。
その時、突然走ってきたユグディラが、横倒しに置かれていたユピテールの鞄にスライディングした。
隠れたつもりだったが、隠れたのは上半身だけだ。
「……おや、まぁ……」
呆気に取られるユピテールだったが、出たままの下半身に、自分の上着を脱いで被せた。
そこに駆けてくる者があった。
「そこなご婦人、この辺りで靴を履いた猫を見なかったか?」
シャウラだった。
「……いいや、見ていないね。ここにいるのは只の猫だけだよ?」
「そうか、邪魔をした。……むう、一体どこに……」
辺りを見回すシャウラだったが、完全に見失ったことを悟ると肩を落して去っていった。
「この辺りだと思ったんですが……はっ、そろそろ約束の時間! 仕方がありません、結末は空想で補いましょう。面白い話が書けそうだ……タイトルは『トモとシェリィ』……」
続いて現れたアシュリーも、メモを取りながら去っていった。
「行ったよ」
ユグディラに被せた上着を取ってやると、つぶらな瞳が彼女を見つめていた。
「女の勘さ……なにか訳ありだってね」
ユピテールはそう言って艶やかに微笑む。
「この子も一人で食事じゃ寂しいようだから、良かったら一緒に食べて行ってくれないかい?」
自分の飼い猫を指し、ツナ缶をもう一つ開ける。
ユグディラのお腹がぐうと鳴った。
「何をするのかは知らないけど、しっかりやるんだよ」
ユピテールと彼女の猫に見送られ、ユグディラは再び旅立ったのだった。
●ブリギッド大街道を征く
ユグディラは無事ガンナ・エントラータの門をくぐり、人々に注目されながらも、無事街道を進んでいた。
街道を北に進めば道は二手に分かれ、東に向かえば王都イルダーナに辿り着く。故郷のあるリンダールの森はそのさらに東だ。
ユグディラはそこまで把握していなかったが、行商人の荷車に乗っていた時、街道を通ったのは覚えていた。
昼。街道沿いの木陰で、超級まりお(ka0824)が食事を取ろうとしていた。
港街の市場で買った魚の燻製をパンに挟んだものだ。
「いただきまぁ………!」
口を開けてかぶりつこうとするが、突如として突風が吹き帽子が飛ばされてしまう。
赤い帽子はまりおのトレードマーク。慌ててパンを置いて取りに行った。
そして帽子を拾って戻ってきて、まりおは叫んだ。
「マンマ・ミーア?!」
パンを残して魚の燻製が消失していたのだ……昼下がりのミステリー。
魚の燻製を咥えたユグディラが行く。
意気揚々。調達先については気にしてはいけない。
その頃は順調に進んでいたのだが、旅慣れていないユグディラは体力配分を間違え、宿場町も野営地もない路上で夜を迎えようとしていた。
ユグディラは夜目が効くが、夜は歪虚が活発になる時間だ。路上では身を隠す場所もない。
休むに休めないまま歩いていると、道端に光るものが見えた。
近づくと光は焚き火だとわかった。近くにはテントが張られ、その前でユグディラを見つめているものがあった。
狼に似ていた。しかし遥かに大きい。ある意味ではユグディラに近しいものだった。
幻獣イェジドである。
イェジドは座ってユグディラを見ていたが、やがてゆっくりと近づき、すぐ前まで来ると、背中を向けて座った。
乗れと言っているようだった。
イェジドはユグディラを乗せテントに入った。そこでは兎や猫、野犬、小鳥などの小動物が身を寄せ合って眠っており、その中央で一人の人間が眠っていた。
イェジドはユグディラを降ろした。自分の――正確には主の――縄張りに入れる事を許可したのだ。
呆然とするユグディラをよそに、イェジドはテントから出て行った。見張りの役目に戻ったのだろう。
夜は静かに過ぎていった。
「レクリア、異常はなかったか?」
やがて朝が来て主がイェジドの名を呼んだ。レクリアと呼ぼれたイェジドは遠くを見たまま、尻尾を一振りして主、龍崎・カズマ(ka0178)の問いかけに答えた。
ユグディラがすでに旅立った後の事だった。
ユグディラはやがて宿場町へとたどり着いた。
ここではハンターのマルカ・アニチキン(ka2542)が試飲用の牛乳を配っていた。依頼である。
「マンマ・ミーア!?」
突然牛乳を試飲していた客が叫んだ。超級まりおだった。
目を離した隙に自分の牛乳が何者かに飲まれていたのだ……しかもそれは、
「二足歩行の、猫……?」
マルカは思わず凝視した。肉球でコップを挟んでミルクを舐めているのは、他ならぬユグディラだった。
マルカとまりおはしばらくそれを眺めた。夢中になった。頬が赤くなっている。
「あの……もう一杯いかがですか……?」
マルカは少し照れながら、そしてにやけながら牛乳を差し出した。
ユグディラは受け取って小さな舌を出して舐める。手でコップを持っている以外は仔猫である。
なんだか温かな時間が過ぎた。
お礼のつもりかユグディラはにゃーんと鳴いて後にした。マルカは深々とお辞儀をして見送った。
しばらくして……。
「今ここに仔猫がいませんでしたか?!」
マルカのもとに土煙をあげるくらいの勢いで駆け込んでくるものがあった。
まだ昼前のことだった。
「こんにちわ!」
猫好きの女の子がユグディラの前に飛び出してきた。
彼女はルカ(ka0962)。ルカは満面の笑みを浮かべてユグディラの前でバラエティーランチを広げた。
ユグディラは食欲に支配される。哀しいかな幻獣である前に一匹の猫であった。
餌付けと彼女の動物愛オーラによってユグディラは容易く陥落された(MS注:無闇に野良猫に餌をあげてはいけません)。
ユグディラは喉をゴロゴロ鳴らしながらルカに甘える。
「ユグディラさんは珍しいですね~。どこから来たんですか?」
猫なで声で話しかけるルカ。猫に話しかけるのは猫好きにはよくあるが、ユグディラはこれを理解することができた。
「そうですか~、森ですか~」
そして返答もできた。ルカの眼前に鬱蒼と茂る森のイメージが朧げに浮かびあがった。
ユグディラと会話するのは初めてのことだったがそこは猫好き。すんなり受け入れていた。可愛いは正義である。
「商人の馬車で……大変だったんですね……」
大雑把なあらましを聞いたルカは決心した。
「決めた! 私が送ってあげます!」
ルカは荷物袋を整理し中にユグディラを入れた。
バイクで紅茶やハーブを求めて各地を回るという当初の目的は忘れ、王都へ一直線に進む。
軽快な旅が続いた。ふたりは途中の宿場町で一泊して、偶然そこに泊まっていたまりおの朝食を盗んだりして(マンマ・ミーア!)、やがて王都イルダーナへとたどり着いた。
幾重もの城壁に覆われた壮麗な都……しかし黒大公ベリアルに攻め込まれた際の傷痕は未だに残り、見る者を不安に誘う。それが千年王国の王都イルダーナの現状である。
ふたりは王都の宿で一泊していた。
「これ、どうかな?」
ルカは自分のマントを切ってユグディラ用のマントと背負い袋を作ってくれた。さらに、袋には食料も入れてくれて、首にはリボンも付けてくれた。
「でもこれから、どうしよう……」
ルカは途方にくれた。ユグディラの故郷の正確な位置がわからないからだ。
ルカはユグディラの生態について調べるため、街に出る事にした。
ユグディラも一緒だ。マントとリボンと袋は気に入ったので、身につけている。二人は王都の雑踏へと踏み出した。
そして……はぐれたのだった。
雑踏への恐怖心と生来の好奇心。その二つがユグディラを迷わせた。気がつくとルカを見失っていた。
焦ったユグディラは探し回るが、気づけば見知らぬ場所にいた。
「……ユグディラ? 王都で……?」
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)は目を疑った。何せ王都でマントをつけて靴を履いた二足歩行の猫である。
ユグディラもグリムバルドと目が合った。不安さが伝わる。
「迷ったのか?」
グリムバルドが言うと、見つめ返してきた。
配達の仕事中だった彼は昼休憩をするつもりで、近くの公園に行く途中だった。
「来るか?」
待っていると、ユグディラはついてきた。
「向こうにある大きな交差点が見えるか? 二つの大街道が交わる場所さ」
ランチを広げながら地理の説明をするグリムバルド。ユグディラは返事こそせずランチをご馳走になっているが、聞いているように見える。
「南西にいけばガンナ・エントラータ。東に行けばリンダールの森に通じていて、そこから先は自由都市同盟だ。リンダールの森は幻獣が多い土地だとか聞く。最近開拓村ができたらしい。……」
グリムバルドは観光案内のような気持ちで王国の地理について話していただけだったのだが、ユグディラはリンダールの森、開拓村という点に反応した。自分の記憶にある風景とその言葉が近しいように感じたのだ。
ユグディラは悩んだ。いつまでもルカに頼っていていいのか。これは自分の問題である。他者をいつまでも巻き込んでいいのか。しかもルカは人間で、自分は幻獣なのだ。
やがてユグディラは立ち上がった。
「行くのか?」
まあ迷子なのだろう、くらいに思っていたグリムバルドは、ユグディラに何か渡した。
「お守りだ。ちゃんと帰れるようにな。食べるなよ?」
それは袋に入った幸運の実だった。ユグディラはニャアと鳴いて、グリムバルドに背を向けた。
目指すは、リンダールの森。
●エリダス河の闘い
ルカには感謝はしているが、一緒には行かないと決めた。
街道の旅は楽ではなかったが順調には進み、やがてエリダス河にさしかかった。
「しゃけだーーー!」
「こ、これは大物だぞ!」
「ああ! わたしも手伝います!」
その頃エリダス河にかかる橋の上でが釣りをする人々がいた。
ケイルカ(ka4121)の竿に大物がかかったのだ。一緒に来たチリュウ・ミカ(ka4110)と、その場に居合わせたガニュメデス・ホーリー(ka6149)が一丸となって竿を支えている。
一行は数分間格闘していたが、しゃけ(?)はやがて水面から身を踊らせた。それは釣り上げられたというより、陸地に飛び出してきたようだった。
地面に打ち付けられ跳ねる。そして大口を開いて一行に躍りかかった。
「サイズがおかしい! まさか歪虚か!?」
「うわあ、来た!?」
注意を喚起するミカ。ガニュメデスは一瞬で思考を切り替え、機導砲を撃つ。
巨大魚は体を貫かれ、動きを止めた。
「はあ……弱くて助かりました……」
ガニュメデスは溜息をつく。
「食べても大丈夫かしら?」
不思議そうに倒れた巨大魚を見るケイルカ。歪虚なら消え失せるはずだが。
「死んでも身体が残る歪虚は美味いらしいぞ」
ミカが言った。レアケースだが実例がある。
「どんな味がするのかしら?」
ケイルカはリトルファイアで火を起こす。ミカの提案でとりあえず塩焼きにすることにした。
ユグディラは一部始終を伏せて見ていたが、安全になったようなので橋を渡ろうとした。しかし魚を焼く香ばしい匂いに惹かれる。
「一緒にお魚食べる?」
ごく自然な流れでケイルカが声をかけてきた。可愛い物好きゆえの反射行動だった。
「猫さーん、こっちへおいでー」
「怖くない怖くない」
同じく可愛い物好きのガニュメデスが猫撫で声になり、ミカも手招きする。
断る理由もないユグディラは香ばしい香りに釣られたこともあり、かれらと一時を共有するのだった。
たっぷり可愛がられた(猫的な意味で)。
三人に別れを告げ、ユグディラは進んだ。
エリダス河を渡ればリンダールの森までは半分を切る。
しかし橋の真ん中辺りに差し掛かかると、突如として巨大な鴉が三羽飛来した。
歪虚だった。ユグディラは逃れようとするが、鴉の歪虚は回り込む。懸命に逃げ道を探るユグディラは一瞬の間に見出した隙間に向けて全力で跳躍する。
鴉の間からユグディラは抜け出した。しかし勢いがつきすぎていた。ユグディラは橋の手すりをも飛び越え、そのままエリダス河へと落下してしまうのだった。
「いい天気ですねえ……」
アルマ・アニムス(ka4901)はエリダス河南岸にて、相棒のイェジド・コメットが水浴びをするのを眺めていた。
「おや? コメット……どうしましたか?」
突然コメットが岸から離れた。アルマにはコメットの行く先に何か白いものが見えたが、何なのかはわからなかった。
コメットはその白いものの下に潜り込んで背中に乗せ、そして岸へと戻ってきた。
「この子は……」
それは震えているユグディラだった。
アルマは布を取り出して包み、急いで火を起こした。
死ぬほど寒かったが、死にはしなかった。アルマのお陰だ。
ユグディラは先に進みたかったが、消耗していたしマントも靴も濡れたままだ。今日はここで野宿することにした。
アルマとコメットはそんなユグディラを一晩見守った。
「お気をつけて、小さなユグディラさん!」
翌日、ユグディラはアルマに見送られて発った。
流れ着いた所は街道からそう離れてはいなかった。河沿いに流れに逆らって進むと、無事街道へと復帰することはできた。
リンダールの森は近い。
●開拓村への道
リンダールの森に面した土地に、王国と同盟を繋ぐブリギッド大街道の中継地として作られたのが開拓村だった。ユグディラは来た道を辿り、ようやく開拓村へとたどり着……くことはできなかった。
突如として茂みから何かが現れた。否、それは茂み自体だった。植物の蔦が伸びてユグディラの足に絡み付き、転ばせたのだ。
蔦の先には鋭い歯を持つ花のようなものがいて、ユグディラを食おうとしていた。
凄まじい力で引っ張られる……ユグディラは観念して目を閉じた。
すると、突然駆けつける足音と、空気を切り裂く音がした。
「フムン。長靴を履いた猫、じゃなくてユグディラとか言う幻獣かな? 初めて見たねぇ」
ユグディラが目を開けると、そこには刀を下げたヒース・R・ウォーカー(ka0145)の姿があった。例の花は茎から斬られ、ユグディラの戒めは解かれていた。
「ここは危険だ。死にたくなかったらボクについて来るんだよ」
ユグディラはヒースの後に慌ててついていくのだった。
「……幻獣さんに会ってお友だちになりたかったですぅ、わざわざリンダールの森近くの依頼を探して受けたのにぃ」
「私も、ユグディラという奴に会ってみたい」
「私も私も! お話して握手してお友だちになりたかったんですよぅ。なのにぃ」
開拓村の周辺の一地点。星野 ハナ(ka5852)と鞍馬 真(ka5819)が話をしていた。二人は開拓村周辺に現れた雑魔退治の依頼を受けたハンターである。二人はある程度の数を倒し終え、短い休憩をとっていた。
「へえ、それってこんなの?」
手分けして行動していたヒースは、真とハナに合流するなりユグディラを顔の前に持ち上げた。
「そうそう、こういう仔猫みたいな……ってまさか!」
「ユグディラだ! 本物だ!」
見るなり殺到するハナと真。ヒースは二人を手で制する。
「野生動物とのふれあいの前に、仕事を終わらせようねぇ」
ユグディラを保護したハンター一行は、虱潰しに雑魔を探した。
植物の雑魔は目立たないが、知能が低く誰にでも襲いかかるので、近くを歩けばわかる。
やがて、どこを歩いても雑魔に出会うことはなくなった。
ハンター達は依頼人の村人に報告を終え、経過を見守るため数日村に滞在することになった。
「いらっしゃいませ! ちょっと見てってくだせぇ!」
「都会で仕入れた品々でーす!」
次の日、討伐依頼を受けたハンターの鬼百合(ka3667)と龍華 狼(ka4940)が開拓村で商売をし始めた。
雑魔に流通を絶たれていたので村人に喜ばれた。物がない辛さは二人ともよくわかっていたので、利益以上の意義を見出していた。
何となく仲間意識が芽生えたのか、ユグディラは二人の露店前に立ち招き猫になって貢献することにした。決して荷車には乗らなかったが。
「おっ猫の坊……いやお嬢か? 尽力かたじけねぇ!」
すっかり打ち解けた様子で鬼百合が言う。
「ユグディラさぁん、クッキー食べますかぁ? 牛乳もありますよぉ」
「柔らかいなあ、こいつ……」
集客力という点ではハナと真が食いついていた。全く売り上げには貢献しなかったが。
「商売の邪魔すんなよな」
年少の狼から注意される大人二人だった。
ユグディラはその日はハンター達と一緒に過ごした。
次の日、前日と同じく露店を開いた鬼百合と狼、そして居合わせたヒースとハナと真は旅支度をしたユグディラに気がついた。
「どこかへお出かけで?」
鬼百合が聞くと、ユグディラは空中に鬱蒼と茂る森のイメージを描いてみせた。
「そう言えば旅人みたいな格好してたねぇ……」
ヒースが初めて会った時の事を思い出す。
「ハナとここで暮らしましょうよ!」
「ここでかよ……?」
思いもよらぬことを口走ったハナに狼が呆れた。
「ついて行ってやりたいけど……」
狼は否定した。商売のこともあるし、ユグディラが望むと限らない。
「あまり自然に干渉するのは良くないからなぁ……」
真もまた、ユグディラの出発を見守る心算だった。
「ちょっと待って、地図とコンパス持ってきまさ」
鬼百合は地図とコンパスを持たせてくれた。
「それじゃねぇ。また縁があったらどこかで会おう」
「うぅっ……離れても私たちお友だちですからねぇ……!」
爽やかに送り出すヒースとハンカチを咥えるハナ、そして真、鬼百合、狼に背を向け、ユグディラはリンダールの森を目指した。
●リンダールの森で
開拓村から森への入り口は何なくわかった。森にもある程度人の手が入っている。自然を残した遊歩道がしばらく続いていた。
迷いの森といわれる大森林だが、西方世界でこれほど穏やかな自然が広がる場所はあまりないので訪れる人間も少なくはない。
アリス・ブラックキャット(ka2914)もそんな一人だった。
「こんにちは」
ユグディラは柔らかな声をかけられた。木漏れ日を浴びたアリスがベンチに腰掛け、眩しげに目を細めていた。
「今日は天気が良いから遠出してきちゃった。良ければ一緒にお茶でもどうかな」
ごく自然な誘い。ユグディラは優しげな物腰に惹かれ、隣に座った。
「知ってる? 紅茶にブランデーをちょっと入れると体がぽかぽかして気持ち良いんだよ」
優しい時間が流れた。
紅茶を味わったユグディラは、「美味しいです、ありがとう」と言う代わりに、柔らかな光を辺りに漂わせた。
言葉は通じないが、価値観を共有している。
アリスは、見た目は猫なのだけど人を相手にしているような、不思議な感じだった。
「ねえ、名前……」
アリスは思う。ユグディラに名前はあるのか。
「……つけてもいいかな?」
名前を聞けないなら、名前をつけることができる。魅力的な発想だった。
「えへへ、真っ白でふわふわだから……"スノウ"君なんてどうかな?」
アリスは空から降ってくる純白のものを見た。ユグディラが連想して幻術で描いたものだ。
「気に入ってくれたってことかな」
そう思えるくらいには美しい幻想だった。
「わたしは、アリス・ブラックキャット」
ユグディラは黒猫の姿をイメージにして見せた。
「そうだね。でも皆からはナインチェ(子兎)って呼ばれるの」
ユグディラはイメージにしにくい感情を抱いたので、とりあえず首をかしげた。
ユグディラは会話が途切れたタイミングで、アリスから離れた。
「どこかへ行くの?」
アリスの声に振り返り、尻尾を揺らす。
「そう、帰るのね。
さようなら、気をつけてね」
短い時間とはいえ、惹かれあった二人だった。
森は鬱蒼と茂っており、景色が変わらず進んでいるのかわからない。地道に木に爪で印をつけ、少しずつ進んだ。
そうして1日が過ぎた。
マントに包まって休んだ。日が昇ると、なんだか辺りが賑やかになっていた。
茂みをかき分け賑やかな方へ行く。
茂みから出ると、リューリ・ハルマ(ka0502)、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)、エステル(ka5826)がユグディラを凝視していた。
彼女達からすれば茂みが鳴っているのだから注目するのは当然だ。
「ユグディラだっ!」
ユグディラ好きのリューリは歓喜した。
「可愛いです……!」
エステルが頬を染める。
「ほんとだ、和むねぇ……」
歴戦のハンターであるアルトは、そう感じた。
楽しそうな雰囲気に惹かれてユグディラは近づく。すっかり人に慣れていた。
「ねね、ご飯一緒に食べるー?」
とリューリ。シートの上にサンドイッチや鶏肉の照り焼き、厚焼き卵、魚の燻製のサラダなどが並んでいた。
「リューリちゃんのご飯は美味しいんだよ!」
アルトは楽しみで仕方ない様子だ。
「はい、ユグディラさんも……フォーク使うのかな?」
エステルが迷いつつ渡す。肉球で受け取ったユグディラに3人は少し驚いた。
リューリの料理は、それはもうリューリの子になっちゃおうかなと思えるくらいには美味しかった。
「デザートはボクが用意してきたよ」
アルトは強気な表情でケースを取り出し、精一杯勿体ぶって開ける。
「リューリちゃんから貰ったザッハトルテを再現してみましたー!」
「バレンタインのやつ!? うわあ、感謝感激雨霰!」
「おいしそう……! あっ、お茶を淹れますね」(リューリ様がすごく早口です……!)
ザッハトルテその他諸々に感動するエステルは、優雅な仕草でお茶を淹れた。
楽しい昼食を終えて、一行は周囲を散策した。
熟練したハンターがいることもあり、人の手が入っていない所まで進んでいく。
日は木々に遮られた暗い森。川には澄んだ水が流れ、空気は清浄だった。
さらに奥み、一行は、一筋の日光に煌く泉で憩うユニコーンの姿を見た。
誰もが息を呑んでその光景に見入った。幻想そのままの、しかしリアルな風景がそこにあった。
やがてユニコーンは去った。一行は満足したのか、或いは侵すべからざる聖域の境界を感じ取ったのか、食事をした場所に戻った。
「……どうしようか」
離れたほうが良いような離れ難いような複雑な気持ちをアルトが口にした。他の二人も同じ気持ちだった。
「キミはこの森の子なのかな?」
答えを出す前にリューリはユグディラの顔を覗き込む。
ユグディラは肯定する代わりに、リューリから離れた。
別れの予感がした。
その時、エステルが澄んだ声で歌い始めた。
ユグディラは背中で聞きながら、その場を後にした。
やがて遠くまで進んで聞こえなくなるまで、歌声は続いていた。
日が傾きかけたと思われる頃、ユグディラはまた森の中で人の声を聞いた。
「迷いの森なんてファンタジーっぽくて面白いよねー!」
「迷いの森って意味わかってる?」
意気揚々と歩くミコト=S=レグルス(ka3953)と不安げに後に続くルドルフ・デネボラ(ka3749)だった。
「大丈夫っ! まっすぐ歩いていけば、その内端っこにつくよね?」
「詰んだ……! これは詰んだ……!」
割と絶望的な会話をしている。ユグディラはそんな二人の前に姿を現した。
「あ、ユグディラ!
『人の身で幻獣の森に何用じゃ』って言ってるっ!」
「何も言ってないと思うよ……」
ミコトが意図を想像するが、大体ルドルフが正しかった。
ユグディラは鬼百合から受け取った地図とコンパスを二人に見せる。
「もしかして帰り道教えてくれるの?」
「迷ってないよ! これは探検だからっ! 冒険だよっ!」
なおも主張するミコトにルドルフは拳骨を作って軽くミコトの頭に当てる。
「ミコ、依頼の報告しないとダメじゃない」
と、収集依頼の対象である茸の入った籠を示した。
「むー、しかたないなー……じゃ案内よろしくっ!」
ミコトはそう言ってユグディラを撫でた。
ユグディラは目印を頼りに出口へと引き返して歩いた。突如として木々がガサリと鳴り、大きな何かが空に飛び立った。
「グリフォンだっ!」
「違うよ。下半身が馬だから、ヒポグリフだ!」
突然の遭遇に興奮する二人。一方ユグディラは硬直していた。
「あんまり長居すると、彼らに悪いね」
「今のが警告ってこと?」
意図は明らかではなかったが、そうとも受け取れた。
日が沈む前に外に出られた。
二人は礼を言ってユグディラと別れる。
ユグディラは満足していた。人に優しくされたから、優しくしたいと思ったのだ。
●旅の終わり
目印のおかげで森の奥へ戻るのは苦労はしなかった。
夜だったが、故郷近くまで来ているという実感に奮い立って進んだ。
今ユグディラがいる辺りでは人間が滅多に入り込まない筈だが、その日は野営の灯りを見つけた。ユグディラが近づいてみると、話し声が聞こえた。
「アホ。こちとら遭難寸前なんだぞ。テメー反省してんだろーなぁー?」
声の主はジルボ(ka1732)だった。相棒のパルムに悪態をついている。
一仕事を終えた帰りだったのだが、パルムの気まぐれに付き合った結果、この森に迷い込んでしまった。パルムからすれば「自分も乗り気だったくせにー!」という感じである。
「何だとコノー!」
ジルボは反省の色が見られないパルムの頬を引っ張る。
だが、そんなやり取りもすぐに終わり、ジルボは思いを巡らすような表情になって、それからハーモニカを吹き始めた。
音はどこまでも響き渡った。
やがて、ユグディラとジルボの目が合った。
もっと近くで聞きたいと思ったユグディラは、我知らず近づいていたのだ。
幻獣の知識のあるジルボは一瞬ドキリとするが、ユグディラの汚れたマントやぼろぼろになった靴を見て、何かを察し、こう言った。
「旅は楽しめたか?」
自分と同じ匂いでも嗅ぎ取ったのだろうか。
それからジルボは、もう一曲吹いた。
郷愁を感じさせるメロディ。
ユグディラは、曲に合わせてイメージを描き出した。
いくつもの映像が現れては消えていく。それはここに至るまでの旅の記憶だった。
港町……海……逃走……助けてくれた人……街道……魚の燻製……優しいイェジド……牛乳売り……世話焼きな女の子……案内してくれた人……エリダス河……巨大魚……橋から落ちて助けられた事……開拓村の戦い……商売……森……名前をくれた人……ピクニックの一行……迷子の二人……ハーモニカ……。
……人生は流れていく。
旅は終わろうとしていた。
いつの間にか眠っていたらしい。
翌朝ユグディラが目を覚ますとジルボとパルムの姿はなかった。
代わりに、ハーモニカが一つ置かれていた。
もうそこは見覚えのある風景だった。
しばらく進むと、見知った木のうろがあった。
それをくぐればユグディラの国だ。
ユグディラは、一度だけ後ろを振り返った。
そして、しばし佇んで、それから木のうろをくぐった。
ムディル(ka6175)は港から海を眺めていた。
潮騒は静かにリズムを奏で、水面は朝日を受けて煌いていた。
「潮の香りはいいな」
誰にとも無く言う。平原生まれである彼は、新しい刺激に歓喜していた。
ふと見回すと、港には似つかわしくないものが目に入った。
「ネコ、幻獣……?」
それは猫だったが、ただの猫ではなかった。二足歩行で靴を履いている。
ユグディラという幻獣がいる事は知っていた。
そのユグディラがじっと東を眺めている。その目は遠くを見つめていた。
「かれも、世界を見に行くのだろうか……?」
何処か共感したムディルは、やがて歩き始めたユグディラの背中をじっと見送った。
ユグディラは街から出る前に色々と寄り道をした。何もなしで故郷まで行けるのか不安だったのと、単に好奇心からだ。
ある小洒落た店に入った時の事だった。
「まるで私の為に存在するかのような首飾りだ……」
うっとりと鏡に見入っているシャウラ・アルアイユーク(ka2430)がいた。シャウラはしばらく自身の美貌を称えたが、やがて遠くで自分を見ていたユグディラと目が合った。
「主人、あれも売り物か!?」
見るなり目を丸くし指を指す。店主は身に覚えも無いので、ユグディラを見ても呆然とするばかりだった。
「長靴を履いた猫は主人を引き立て成功に導くという……言い値で買おうぞ!」
これを聞いた店主は愛想よく頷いて、ユグディラに近づいた。
ユグディラは危険を察知して逃げ出した。店主は慌てて追う。
「何故だ! 何故逃げる!」
それを見たシャウラも追いかけた。ユグディラは店の中を走り回った末に表に飛び出し、街角の追いかけっこが始まった。
その頃アシュリー・クロウ(ka1354)は街角に立ち尽くしていた。
(ちょぉっと早く着きすぎたみたいですねぇ)
取材の待ち合わせのためここに来たが、時間が空いたので小説のネタを探してぶらつくことにした。
アシュリーが角を曲がると、突然、何かが足元を高速で駆けていった。
「おや? おやおやおやぁ?」
それは人間のようにつっ走る猫だった。
「これは珍しい動物ですねぇ! 噂に聞く幻獣でしょうか?」
言い終わらないうちにメモを取り出す。
「待て! 逃がさん!」
その眼前をシャウラが猛スピードで駆け抜けていった。
「これは物語を感じますねぇ!」
アシュリーはたまらないという表情でシャウラを追った。
本気で逃げる猫に人間が追いつけるものではない。しかしシャウラは瞬脚と壁歩きまで駆使して追走する。そのあまりの熱心さにアシュリーは嬉々としてペンを走らせていく。
(コメディの題材に使えそう……!)
シャウラはコメディにされる危機を迎えていた。
その頃、買い物帰りのユピテール・オーク(ka5658)が公園のベンチで軽食を取ろうとしていた。飼い猫のためにもツナ缶を開ける。
その時、突然走ってきたユグディラが、横倒しに置かれていたユピテールの鞄にスライディングした。
隠れたつもりだったが、隠れたのは上半身だけだ。
「……おや、まぁ……」
呆気に取られるユピテールだったが、出たままの下半身に、自分の上着を脱いで被せた。
そこに駆けてくる者があった。
「そこなご婦人、この辺りで靴を履いた猫を見なかったか?」
シャウラだった。
「……いいや、見ていないね。ここにいるのは只の猫だけだよ?」
「そうか、邪魔をした。……むう、一体どこに……」
辺りを見回すシャウラだったが、完全に見失ったことを悟ると肩を落して去っていった。
「この辺りだと思ったんですが……はっ、そろそろ約束の時間! 仕方がありません、結末は空想で補いましょう。面白い話が書けそうだ……タイトルは『トモとシェリィ』……」
続いて現れたアシュリーも、メモを取りながら去っていった。
「行ったよ」
ユグディラに被せた上着を取ってやると、つぶらな瞳が彼女を見つめていた。
「女の勘さ……なにか訳ありだってね」
ユピテールはそう言って艶やかに微笑む。
「この子も一人で食事じゃ寂しいようだから、良かったら一緒に食べて行ってくれないかい?」
自分の飼い猫を指し、ツナ缶をもう一つ開ける。
ユグディラのお腹がぐうと鳴った。
「何をするのかは知らないけど、しっかりやるんだよ」
ユピテールと彼女の猫に見送られ、ユグディラは再び旅立ったのだった。
●ブリギッド大街道を征く
ユグディラは無事ガンナ・エントラータの門をくぐり、人々に注目されながらも、無事街道を進んでいた。
街道を北に進めば道は二手に分かれ、東に向かえば王都イルダーナに辿り着く。故郷のあるリンダールの森はそのさらに東だ。
ユグディラはそこまで把握していなかったが、行商人の荷車に乗っていた時、街道を通ったのは覚えていた。
昼。街道沿いの木陰で、超級まりお(ka0824)が食事を取ろうとしていた。
港街の市場で買った魚の燻製をパンに挟んだものだ。
「いただきまぁ………!」
口を開けてかぶりつこうとするが、突如として突風が吹き帽子が飛ばされてしまう。
赤い帽子はまりおのトレードマーク。慌ててパンを置いて取りに行った。
そして帽子を拾って戻ってきて、まりおは叫んだ。
「マンマ・ミーア?!」
パンを残して魚の燻製が消失していたのだ……昼下がりのミステリー。
魚の燻製を咥えたユグディラが行く。
意気揚々。調達先については気にしてはいけない。
その頃は順調に進んでいたのだが、旅慣れていないユグディラは体力配分を間違え、宿場町も野営地もない路上で夜を迎えようとしていた。
ユグディラは夜目が効くが、夜は歪虚が活発になる時間だ。路上では身を隠す場所もない。
休むに休めないまま歩いていると、道端に光るものが見えた。
近づくと光は焚き火だとわかった。近くにはテントが張られ、その前でユグディラを見つめているものがあった。
狼に似ていた。しかし遥かに大きい。ある意味ではユグディラに近しいものだった。
幻獣イェジドである。
イェジドは座ってユグディラを見ていたが、やがてゆっくりと近づき、すぐ前まで来ると、背中を向けて座った。
乗れと言っているようだった。
イェジドはユグディラを乗せテントに入った。そこでは兎や猫、野犬、小鳥などの小動物が身を寄せ合って眠っており、その中央で一人の人間が眠っていた。
イェジドはユグディラを降ろした。自分の――正確には主の――縄張りに入れる事を許可したのだ。
呆然とするユグディラをよそに、イェジドはテントから出て行った。見張りの役目に戻ったのだろう。
夜は静かに過ぎていった。
「レクリア、異常はなかったか?」
やがて朝が来て主がイェジドの名を呼んだ。レクリアと呼ぼれたイェジドは遠くを見たまま、尻尾を一振りして主、龍崎・カズマ(ka0178)の問いかけに答えた。
ユグディラがすでに旅立った後の事だった。
ユグディラはやがて宿場町へとたどり着いた。
ここではハンターのマルカ・アニチキン(ka2542)が試飲用の牛乳を配っていた。依頼である。
「マンマ・ミーア!?」
突然牛乳を試飲していた客が叫んだ。超級まりおだった。
目を離した隙に自分の牛乳が何者かに飲まれていたのだ……しかもそれは、
「二足歩行の、猫……?」
マルカは思わず凝視した。肉球でコップを挟んでミルクを舐めているのは、他ならぬユグディラだった。
マルカとまりおはしばらくそれを眺めた。夢中になった。頬が赤くなっている。
「あの……もう一杯いかがですか……?」
マルカは少し照れながら、そしてにやけながら牛乳を差し出した。
ユグディラは受け取って小さな舌を出して舐める。手でコップを持っている以外は仔猫である。
なんだか温かな時間が過ぎた。
お礼のつもりかユグディラはにゃーんと鳴いて後にした。マルカは深々とお辞儀をして見送った。
しばらくして……。
「今ここに仔猫がいませんでしたか?!」
マルカのもとに土煙をあげるくらいの勢いで駆け込んでくるものがあった。
まだ昼前のことだった。
「こんにちわ!」
猫好きの女の子がユグディラの前に飛び出してきた。
彼女はルカ(ka0962)。ルカは満面の笑みを浮かべてユグディラの前でバラエティーランチを広げた。
ユグディラは食欲に支配される。哀しいかな幻獣である前に一匹の猫であった。
餌付けと彼女の動物愛オーラによってユグディラは容易く陥落された(MS注:無闇に野良猫に餌をあげてはいけません)。
ユグディラは喉をゴロゴロ鳴らしながらルカに甘える。
「ユグディラさんは珍しいですね~。どこから来たんですか?」
猫なで声で話しかけるルカ。猫に話しかけるのは猫好きにはよくあるが、ユグディラはこれを理解することができた。
「そうですか~、森ですか~」
そして返答もできた。ルカの眼前に鬱蒼と茂る森のイメージが朧げに浮かびあがった。
ユグディラと会話するのは初めてのことだったがそこは猫好き。すんなり受け入れていた。可愛いは正義である。
「商人の馬車で……大変だったんですね……」
大雑把なあらましを聞いたルカは決心した。
「決めた! 私が送ってあげます!」
ルカは荷物袋を整理し中にユグディラを入れた。
バイクで紅茶やハーブを求めて各地を回るという当初の目的は忘れ、王都へ一直線に進む。
軽快な旅が続いた。ふたりは途中の宿場町で一泊して、偶然そこに泊まっていたまりおの朝食を盗んだりして(マンマ・ミーア!)、やがて王都イルダーナへとたどり着いた。
幾重もの城壁に覆われた壮麗な都……しかし黒大公ベリアルに攻め込まれた際の傷痕は未だに残り、見る者を不安に誘う。それが千年王国の王都イルダーナの現状である。
ふたりは王都の宿で一泊していた。
「これ、どうかな?」
ルカは自分のマントを切ってユグディラ用のマントと背負い袋を作ってくれた。さらに、袋には食料も入れてくれて、首にはリボンも付けてくれた。
「でもこれから、どうしよう……」
ルカは途方にくれた。ユグディラの故郷の正確な位置がわからないからだ。
ルカはユグディラの生態について調べるため、街に出る事にした。
ユグディラも一緒だ。マントとリボンと袋は気に入ったので、身につけている。二人は王都の雑踏へと踏み出した。
そして……はぐれたのだった。
雑踏への恐怖心と生来の好奇心。その二つがユグディラを迷わせた。気がつくとルカを見失っていた。
焦ったユグディラは探し回るが、気づけば見知らぬ場所にいた。
「……ユグディラ? 王都で……?」
グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)は目を疑った。何せ王都でマントをつけて靴を履いた二足歩行の猫である。
ユグディラもグリムバルドと目が合った。不安さが伝わる。
「迷ったのか?」
グリムバルドが言うと、見つめ返してきた。
配達の仕事中だった彼は昼休憩をするつもりで、近くの公園に行く途中だった。
「来るか?」
待っていると、ユグディラはついてきた。
「向こうにある大きな交差点が見えるか? 二つの大街道が交わる場所さ」
ランチを広げながら地理の説明をするグリムバルド。ユグディラは返事こそせずランチをご馳走になっているが、聞いているように見える。
「南西にいけばガンナ・エントラータ。東に行けばリンダールの森に通じていて、そこから先は自由都市同盟だ。リンダールの森は幻獣が多い土地だとか聞く。最近開拓村ができたらしい。……」
グリムバルドは観光案内のような気持ちで王国の地理について話していただけだったのだが、ユグディラはリンダールの森、開拓村という点に反応した。自分の記憶にある風景とその言葉が近しいように感じたのだ。
ユグディラは悩んだ。いつまでもルカに頼っていていいのか。これは自分の問題である。他者をいつまでも巻き込んでいいのか。しかもルカは人間で、自分は幻獣なのだ。
やがてユグディラは立ち上がった。
「行くのか?」
まあ迷子なのだろう、くらいに思っていたグリムバルドは、ユグディラに何か渡した。
「お守りだ。ちゃんと帰れるようにな。食べるなよ?」
それは袋に入った幸運の実だった。ユグディラはニャアと鳴いて、グリムバルドに背を向けた。
目指すは、リンダールの森。
●エリダス河の闘い
ルカには感謝はしているが、一緒には行かないと決めた。
街道の旅は楽ではなかったが順調には進み、やがてエリダス河にさしかかった。
「しゃけだーーー!」
「こ、これは大物だぞ!」
「ああ! わたしも手伝います!」
その頃エリダス河にかかる橋の上でが釣りをする人々がいた。
ケイルカ(ka4121)の竿に大物がかかったのだ。一緒に来たチリュウ・ミカ(ka4110)と、その場に居合わせたガニュメデス・ホーリー(ka6149)が一丸となって竿を支えている。
一行は数分間格闘していたが、しゃけ(?)はやがて水面から身を踊らせた。それは釣り上げられたというより、陸地に飛び出してきたようだった。
地面に打ち付けられ跳ねる。そして大口を開いて一行に躍りかかった。
「サイズがおかしい! まさか歪虚か!?」
「うわあ、来た!?」
注意を喚起するミカ。ガニュメデスは一瞬で思考を切り替え、機導砲を撃つ。
巨大魚は体を貫かれ、動きを止めた。
「はあ……弱くて助かりました……」
ガニュメデスは溜息をつく。
「食べても大丈夫かしら?」
不思議そうに倒れた巨大魚を見るケイルカ。歪虚なら消え失せるはずだが。
「死んでも身体が残る歪虚は美味いらしいぞ」
ミカが言った。レアケースだが実例がある。
「どんな味がするのかしら?」
ケイルカはリトルファイアで火を起こす。ミカの提案でとりあえず塩焼きにすることにした。
ユグディラは一部始終を伏せて見ていたが、安全になったようなので橋を渡ろうとした。しかし魚を焼く香ばしい匂いに惹かれる。
「一緒にお魚食べる?」
ごく自然な流れでケイルカが声をかけてきた。可愛い物好きゆえの反射行動だった。
「猫さーん、こっちへおいでー」
「怖くない怖くない」
同じく可愛い物好きのガニュメデスが猫撫で声になり、ミカも手招きする。
断る理由もないユグディラは香ばしい香りに釣られたこともあり、かれらと一時を共有するのだった。
たっぷり可愛がられた(猫的な意味で)。
三人に別れを告げ、ユグディラは進んだ。
エリダス河を渡ればリンダールの森までは半分を切る。
しかし橋の真ん中辺りに差し掛かかると、突如として巨大な鴉が三羽飛来した。
歪虚だった。ユグディラは逃れようとするが、鴉の歪虚は回り込む。懸命に逃げ道を探るユグディラは一瞬の間に見出した隙間に向けて全力で跳躍する。
鴉の間からユグディラは抜け出した。しかし勢いがつきすぎていた。ユグディラは橋の手すりをも飛び越え、そのままエリダス河へと落下してしまうのだった。
「いい天気ですねえ……」
アルマ・アニムス(ka4901)はエリダス河南岸にて、相棒のイェジド・コメットが水浴びをするのを眺めていた。
「おや? コメット……どうしましたか?」
突然コメットが岸から離れた。アルマにはコメットの行く先に何か白いものが見えたが、何なのかはわからなかった。
コメットはその白いものの下に潜り込んで背中に乗せ、そして岸へと戻ってきた。
「この子は……」
それは震えているユグディラだった。
アルマは布を取り出して包み、急いで火を起こした。
死ぬほど寒かったが、死にはしなかった。アルマのお陰だ。
ユグディラは先に進みたかったが、消耗していたしマントも靴も濡れたままだ。今日はここで野宿することにした。
アルマとコメットはそんなユグディラを一晩見守った。
「お気をつけて、小さなユグディラさん!」
翌日、ユグディラはアルマに見送られて発った。
流れ着いた所は街道からそう離れてはいなかった。河沿いに流れに逆らって進むと、無事街道へと復帰することはできた。
リンダールの森は近い。
●開拓村への道
リンダールの森に面した土地に、王国と同盟を繋ぐブリギッド大街道の中継地として作られたのが開拓村だった。ユグディラは来た道を辿り、ようやく開拓村へとたどり着……くことはできなかった。
突如として茂みから何かが現れた。否、それは茂み自体だった。植物の蔦が伸びてユグディラの足に絡み付き、転ばせたのだ。
蔦の先には鋭い歯を持つ花のようなものがいて、ユグディラを食おうとしていた。
凄まじい力で引っ張られる……ユグディラは観念して目を閉じた。
すると、突然駆けつける足音と、空気を切り裂く音がした。
「フムン。長靴を履いた猫、じゃなくてユグディラとか言う幻獣かな? 初めて見たねぇ」
ユグディラが目を開けると、そこには刀を下げたヒース・R・ウォーカー(ka0145)の姿があった。例の花は茎から斬られ、ユグディラの戒めは解かれていた。
「ここは危険だ。死にたくなかったらボクについて来るんだよ」
ユグディラはヒースの後に慌ててついていくのだった。
「……幻獣さんに会ってお友だちになりたかったですぅ、わざわざリンダールの森近くの依頼を探して受けたのにぃ」
「私も、ユグディラという奴に会ってみたい」
「私も私も! お話して握手してお友だちになりたかったんですよぅ。なのにぃ」
開拓村の周辺の一地点。星野 ハナ(ka5852)と鞍馬 真(ka5819)が話をしていた。二人は開拓村周辺に現れた雑魔退治の依頼を受けたハンターである。二人はある程度の数を倒し終え、短い休憩をとっていた。
「へえ、それってこんなの?」
手分けして行動していたヒースは、真とハナに合流するなりユグディラを顔の前に持ち上げた。
「そうそう、こういう仔猫みたいな……ってまさか!」
「ユグディラだ! 本物だ!」
見るなり殺到するハナと真。ヒースは二人を手で制する。
「野生動物とのふれあいの前に、仕事を終わらせようねぇ」
ユグディラを保護したハンター一行は、虱潰しに雑魔を探した。
植物の雑魔は目立たないが、知能が低く誰にでも襲いかかるので、近くを歩けばわかる。
やがて、どこを歩いても雑魔に出会うことはなくなった。
ハンター達は依頼人の村人に報告を終え、経過を見守るため数日村に滞在することになった。
「いらっしゃいませ! ちょっと見てってくだせぇ!」
「都会で仕入れた品々でーす!」
次の日、討伐依頼を受けたハンターの鬼百合(ka3667)と龍華 狼(ka4940)が開拓村で商売をし始めた。
雑魔に流通を絶たれていたので村人に喜ばれた。物がない辛さは二人ともよくわかっていたので、利益以上の意義を見出していた。
何となく仲間意識が芽生えたのか、ユグディラは二人の露店前に立ち招き猫になって貢献することにした。決して荷車には乗らなかったが。
「おっ猫の坊……いやお嬢か? 尽力かたじけねぇ!」
すっかり打ち解けた様子で鬼百合が言う。
「ユグディラさぁん、クッキー食べますかぁ? 牛乳もありますよぉ」
「柔らかいなあ、こいつ……」
集客力という点ではハナと真が食いついていた。全く売り上げには貢献しなかったが。
「商売の邪魔すんなよな」
年少の狼から注意される大人二人だった。
ユグディラはその日はハンター達と一緒に過ごした。
次の日、前日と同じく露店を開いた鬼百合と狼、そして居合わせたヒースとハナと真は旅支度をしたユグディラに気がついた。
「どこかへお出かけで?」
鬼百合が聞くと、ユグディラは空中に鬱蒼と茂る森のイメージを描いてみせた。
「そう言えば旅人みたいな格好してたねぇ……」
ヒースが初めて会った時の事を思い出す。
「ハナとここで暮らしましょうよ!」
「ここでかよ……?」
思いもよらぬことを口走ったハナに狼が呆れた。
「ついて行ってやりたいけど……」
狼は否定した。商売のこともあるし、ユグディラが望むと限らない。
「あまり自然に干渉するのは良くないからなぁ……」
真もまた、ユグディラの出発を見守る心算だった。
「ちょっと待って、地図とコンパス持ってきまさ」
鬼百合は地図とコンパスを持たせてくれた。
「それじゃねぇ。また縁があったらどこかで会おう」
「うぅっ……離れても私たちお友だちですからねぇ……!」
爽やかに送り出すヒースとハンカチを咥えるハナ、そして真、鬼百合、狼に背を向け、ユグディラはリンダールの森を目指した。
●リンダールの森で
開拓村から森への入り口は何なくわかった。森にもある程度人の手が入っている。自然を残した遊歩道がしばらく続いていた。
迷いの森といわれる大森林だが、西方世界でこれほど穏やかな自然が広がる場所はあまりないので訪れる人間も少なくはない。
アリス・ブラックキャット(ka2914)もそんな一人だった。
「こんにちは」
ユグディラは柔らかな声をかけられた。木漏れ日を浴びたアリスがベンチに腰掛け、眩しげに目を細めていた。
「今日は天気が良いから遠出してきちゃった。良ければ一緒にお茶でもどうかな」
ごく自然な誘い。ユグディラは優しげな物腰に惹かれ、隣に座った。
「知ってる? 紅茶にブランデーをちょっと入れると体がぽかぽかして気持ち良いんだよ」
優しい時間が流れた。
紅茶を味わったユグディラは、「美味しいです、ありがとう」と言う代わりに、柔らかな光を辺りに漂わせた。
言葉は通じないが、価値観を共有している。
アリスは、見た目は猫なのだけど人を相手にしているような、不思議な感じだった。
「ねえ、名前……」
アリスは思う。ユグディラに名前はあるのか。
「……つけてもいいかな?」
名前を聞けないなら、名前をつけることができる。魅力的な発想だった。
「えへへ、真っ白でふわふわだから……"スノウ"君なんてどうかな?」
アリスは空から降ってくる純白のものを見た。ユグディラが連想して幻術で描いたものだ。
「気に入ってくれたってことかな」
そう思えるくらいには美しい幻想だった。
「わたしは、アリス・ブラックキャット」
ユグディラは黒猫の姿をイメージにして見せた。
「そうだね。でも皆からはナインチェ(子兎)って呼ばれるの」
ユグディラはイメージにしにくい感情を抱いたので、とりあえず首をかしげた。
ユグディラは会話が途切れたタイミングで、アリスから離れた。
「どこかへ行くの?」
アリスの声に振り返り、尻尾を揺らす。
「そう、帰るのね。
さようなら、気をつけてね」
短い時間とはいえ、惹かれあった二人だった。
森は鬱蒼と茂っており、景色が変わらず進んでいるのかわからない。地道に木に爪で印をつけ、少しずつ進んだ。
そうして1日が過ぎた。
マントに包まって休んだ。日が昇ると、なんだか辺りが賑やかになっていた。
茂みをかき分け賑やかな方へ行く。
茂みから出ると、リューリ・ハルマ(ka0502)、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)、エステル(ka5826)がユグディラを凝視していた。
彼女達からすれば茂みが鳴っているのだから注目するのは当然だ。
「ユグディラだっ!」
ユグディラ好きのリューリは歓喜した。
「可愛いです……!」
エステルが頬を染める。
「ほんとだ、和むねぇ……」
歴戦のハンターであるアルトは、そう感じた。
楽しそうな雰囲気に惹かれてユグディラは近づく。すっかり人に慣れていた。
「ねね、ご飯一緒に食べるー?」
とリューリ。シートの上にサンドイッチや鶏肉の照り焼き、厚焼き卵、魚の燻製のサラダなどが並んでいた。
「リューリちゃんのご飯は美味しいんだよ!」
アルトは楽しみで仕方ない様子だ。
「はい、ユグディラさんも……フォーク使うのかな?」
エステルが迷いつつ渡す。肉球で受け取ったユグディラに3人は少し驚いた。
リューリの料理は、それはもうリューリの子になっちゃおうかなと思えるくらいには美味しかった。
「デザートはボクが用意してきたよ」
アルトは強気な表情でケースを取り出し、精一杯勿体ぶって開ける。
「リューリちゃんから貰ったザッハトルテを再現してみましたー!」
「バレンタインのやつ!? うわあ、感謝感激雨霰!」
「おいしそう……! あっ、お茶を淹れますね」(リューリ様がすごく早口です……!)
ザッハトルテその他諸々に感動するエステルは、優雅な仕草でお茶を淹れた。
楽しい昼食を終えて、一行は周囲を散策した。
熟練したハンターがいることもあり、人の手が入っていない所まで進んでいく。
日は木々に遮られた暗い森。川には澄んだ水が流れ、空気は清浄だった。
さらに奥み、一行は、一筋の日光に煌く泉で憩うユニコーンの姿を見た。
誰もが息を呑んでその光景に見入った。幻想そのままの、しかしリアルな風景がそこにあった。
やがてユニコーンは去った。一行は満足したのか、或いは侵すべからざる聖域の境界を感じ取ったのか、食事をした場所に戻った。
「……どうしようか」
離れたほうが良いような離れ難いような複雑な気持ちをアルトが口にした。他の二人も同じ気持ちだった。
「キミはこの森の子なのかな?」
答えを出す前にリューリはユグディラの顔を覗き込む。
ユグディラは肯定する代わりに、リューリから離れた。
別れの予感がした。
その時、エステルが澄んだ声で歌い始めた。
ユグディラは背中で聞きながら、その場を後にした。
やがて遠くまで進んで聞こえなくなるまで、歌声は続いていた。
日が傾きかけたと思われる頃、ユグディラはまた森の中で人の声を聞いた。
「迷いの森なんてファンタジーっぽくて面白いよねー!」
「迷いの森って意味わかってる?」
意気揚々と歩くミコト=S=レグルス(ka3953)と不安げに後に続くルドルフ・デネボラ(ka3749)だった。
「大丈夫っ! まっすぐ歩いていけば、その内端っこにつくよね?」
「詰んだ……! これは詰んだ……!」
割と絶望的な会話をしている。ユグディラはそんな二人の前に姿を現した。
「あ、ユグディラ!
『人の身で幻獣の森に何用じゃ』って言ってるっ!」
「何も言ってないと思うよ……」
ミコトが意図を想像するが、大体ルドルフが正しかった。
ユグディラは鬼百合から受け取った地図とコンパスを二人に見せる。
「もしかして帰り道教えてくれるの?」
「迷ってないよ! これは探検だからっ! 冒険だよっ!」
なおも主張するミコトにルドルフは拳骨を作って軽くミコトの頭に当てる。
「ミコ、依頼の報告しないとダメじゃない」
と、収集依頼の対象である茸の入った籠を示した。
「むー、しかたないなー……じゃ案内よろしくっ!」
ミコトはそう言ってユグディラを撫でた。
ユグディラは目印を頼りに出口へと引き返して歩いた。突如として木々がガサリと鳴り、大きな何かが空に飛び立った。
「グリフォンだっ!」
「違うよ。下半身が馬だから、ヒポグリフだ!」
突然の遭遇に興奮する二人。一方ユグディラは硬直していた。
「あんまり長居すると、彼らに悪いね」
「今のが警告ってこと?」
意図は明らかではなかったが、そうとも受け取れた。
日が沈む前に外に出られた。
二人は礼を言ってユグディラと別れる。
ユグディラは満足していた。人に優しくされたから、優しくしたいと思ったのだ。
●旅の終わり
目印のおかげで森の奥へ戻るのは苦労はしなかった。
夜だったが、故郷近くまで来ているという実感に奮い立って進んだ。
今ユグディラがいる辺りでは人間が滅多に入り込まない筈だが、その日は野営の灯りを見つけた。ユグディラが近づいてみると、話し声が聞こえた。
「アホ。こちとら遭難寸前なんだぞ。テメー反省してんだろーなぁー?」
声の主はジルボ(ka1732)だった。相棒のパルムに悪態をついている。
一仕事を終えた帰りだったのだが、パルムの気まぐれに付き合った結果、この森に迷い込んでしまった。パルムからすれば「自分も乗り気だったくせにー!」という感じである。
「何だとコノー!」
ジルボは反省の色が見られないパルムの頬を引っ張る。
だが、そんなやり取りもすぐに終わり、ジルボは思いを巡らすような表情になって、それからハーモニカを吹き始めた。
音はどこまでも響き渡った。
やがて、ユグディラとジルボの目が合った。
もっと近くで聞きたいと思ったユグディラは、我知らず近づいていたのだ。
幻獣の知識のあるジルボは一瞬ドキリとするが、ユグディラの汚れたマントやぼろぼろになった靴を見て、何かを察し、こう言った。
「旅は楽しめたか?」
自分と同じ匂いでも嗅ぎ取ったのだろうか。
それからジルボは、もう一曲吹いた。
郷愁を感じさせるメロディ。
ユグディラは、曲に合わせてイメージを描き出した。
いくつもの映像が現れては消えていく。それはここに至るまでの旅の記憶だった。
港町……海……逃走……助けてくれた人……街道……魚の燻製……優しいイェジド……牛乳売り……世話焼きな女の子……案内してくれた人……エリダス河……巨大魚……橋から落ちて助けられた事……開拓村の戦い……商売……森……名前をくれた人……ピクニックの一行……迷子の二人……ハーモニカ……。
……人生は流れていく。
旅は終わろうとしていた。
いつの間にか眠っていたらしい。
翌朝ユグディラが目を覚ますとジルボとパルムの姿はなかった。
代わりに、ハーモニカが一つ置かれていた。
もうそこは見覚えのある風景だった。
しばらく進むと、見知った木のうろがあった。
それをくぐればユグディラの国だ。
ユグディラは、一度だけ後ろを振り返った。
そして、しばし佇んで、それから木のうろをくぐった。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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迷子の子猫さんと。 ミコト=S=レグルス(ka3953) 人間(リアルブルー)|16才|女性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2016/03/16 11:40:15 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/03/16 11:31:39 |