●料理人でもありハンターでもある

　辺境での調査を終えて数日後。
「あの、やめてください……そういうの僕困るんです」
　シアン・アルト＝ヴァーリは、中年男性に絡まれていた。
　心なし、というかかなり困っているようだ。
「いいだろ、シアン君。君を気に入ったんだ……是非その素質を開花して頑張ってほしい」
　熱っぽくシアンを説得して『報酬は弾むよ』と告げた、髪が全体的に後退しつつある小太りの男性……。

……ここまで見て、うっかり『ウホッ』を感じて回れ右をしそうになった人も多いだろうが、もう少しだけ見守ってあげてほしい。

「ほ、報酬は嬉しいですけど、でも1人は……」
「おじさんのほうから、ハンターズソサエティに依頼を張り出すからさ、ね？　辺境ってあんまり漁師いないじゃない。どんなものが採れるかも知らないけどさ」
　依頼の話であったようだ。しかし、シアンの表情は暗い。
「その、恥ずかしながら僕はまだ、辺境周辺の地理すらおぼつかなくて……」
「男は逞しく育たなければならないからな！　君のような若者は、崖から突き落としても這い上がってくるような逞しさを持たなければいけないんだ」
　何か少し違う気もするが、依頼を出してくれるというこの男性……シアンが世話になっている商人である。
　シアンが『小麦粉を多めに（安く）欲しい』と言ったため、条件として『うまいものレシピ』を作成するよう交渉材料として出されたのだ。
「魚料理が食べたいんだ。川ではなく海で採れたもの。最近海岸付近は物騒だから、ハンターの料理人ならピッタリだろう。楽しみだねえ」
「まだ一人前ではなくて、料理は僕の勉強みたいなもので……」
「でも、作れるんだろう？　そういう感じで頼むよ、ひとつ」
　小麦粉も譲るし、報酬も払う。互いに何か悪い事があるのか、と言いたげな商人。
　シアンとしても、小麦粉はパンを作成する以外に豊富な用途がある。
　だが、１人で行くというわけではないのであれば――確かに安心感は違うと思うのだが。
「……本当に都合してくれますか？」
「シアン君が頑張ってくれればね！」
　ニコニコと微笑む商人にはかなわず、わかりましたとシアンは頷き……共に手伝ってくれる仲間を求め、ハンターズソサエティへと向かった。

●ハンターオフィスにて

「ワイルドに行くぜ……海岸で食材を得る簡単なお仕事♪　本格料理人シアンと共に海で採る！　作る！　報酬アリ★あなたのお財布をしっかりホールド……って、何だよこれっ！」
　恐ろしいまでの胡散臭さに、シアンが青ざめるまで時間は必要なかった。
「僕本格料理人じゃないし、ワイルドじゃないんだけど……ちゃっかり名前載ってるし……」
　もう帰りたい。そんな気分にさせる依頼だった。
「あ、シアンさーん！　依頼の準備できてますよー！　シアンさーん！　」
　ハンターオフィス中に聞こえるような大声で、シアンを呼ぶ受付職員。誰しもが彼の方を注目している。
「ああ……そんなに大きな声で呼ばないでよ……恥ずかしいから！」
　穴があったら入りたい気持ちのまま、シアンは依頼参加の署名をし、近くの椅子に力なく座った。
「……釣りとか採取とか、料理とか上手な人もいるといいなあ……」

●心強い仲間たち

　ハンターズソサエティで仲間を募ったシアンは、よろしくお願いしますと頭を下げて、床に置いていた鞄――調理器具がたくさん入っている――を肩へ担ぎ直す。
　早速行きましょうと木製のスイングドアを指し示した。最初はあれだけ渋っていたというのに、どこかへ出かけるのは好きらしい。
　依頼主でもある商人には、先に馬車を都合してもらっていたため、ハンター達は各自で用意した荷物を積み込み、いざ出発。
「そういえば……海で食材を捕って……食べたりして良いんだっけ？」
　なんだか遊びみたいな依頼だけど、と、依頼書から視線を外してレベッカ・アマデーオ(ka1963)が同行する皆へ嬉しそうな顔を向ける。
「そうです。辺境の海で獲れる【美味しいものレシピ】を作って渡さないといけないので……味を確かめる事も獲ることも重要ですね」
　シアンがそう補足のように告げれば、趣旨を理解したらしく『なるほど』と頷いたのは料理人でもあるアリソン・メープルウッド(ka2772)だ。
「新鮮な食材を手できて、新たな味の探求も……。なんだか素晴らしいですね」
　魚でも、獲れる場所に応じて味や触感、脂の乗り具合が違うのだという。
「作るのも楽しいけど、海の幸……美味しい物がたくさん食べられそうですね～☆」
　スピカ・チェリーブロッサム(ka0118)がにこにこと微笑んで、頬に手を当てた。
「専門的な料理が出来る人もいるなら、そちらは楽しみにしていようかな」
　朗らかな表情で、クロード・インベルク(ka1506)は馬車に積まれていた釣竿を手に取った。
「依頼は完遂しないといけないけど、夏に海っていうのは……なんかいいよね。楽しみだよ」
　どんなものが釣れるかなと言いながら、釣竿をまじまじと見ているクロードにシアンも微笑む。
　皆の期待を乗せ、海での依頼は始まったのだった。


●いざ食材探し

　辺境の海岸に到着した彼らは、青く澄み渡る海を見て歓声を上げた。
　クリムゾンウェストの海岸はどこも遜色ない程度に美しいものだが、2日ほどひたすら陸路をやってきた彼らにとっては、どこまでも続いていそうな水平線と、陽光を受けて輝く水面は退屈な気分を払拭するに十分なものだったようだ。
「うわぁ……綺麗な海ですね、色んな食材が採れそう」
　アリソンが期待に満ちた声を上げ、喜びに目を細める。
　麻で細かく編まれた網袋を手にし、ほつれている箇所が無いかを調べながら伊出　陸雄(ka0249)が熱の入った口調で盛り上がってきたぜ、と告げたが――スピカが、必要な荷物以外を井出に押し付けるようにして渡すと『女の子は着替えるから馬車は借りますね』と言って……出入り口の幕をするすると下ろした。
「あの、僕らも着替えたいんですけど……」
　シアンが情けない声を上げたが、男子はその辺で着替えろという事だろう。返事はない。
「まぁまぁ。必要ならテントを組み立てればいいから……」
　クロードは苦笑してから、海岸付近の様子を見渡す。

　彼らが立っている場所からはやや遠めだが、木をくりぬいて作ったような小さなボートが留まっている他、土壁の家が数軒。恐らくこの辺の住人だろう。
「お、人がいるなら、ちょっと情報でも仕入れてきますか。触っちゃダメ、とか食べちゃダメ、って海中生物の事知ってるかもしれませんし」
「貝は生でもいけるけど、腹壊したくないなら火を通すことを勧めるよ」
　いつの間にか着替えを完了していた陸雄の疑問に、籠網を持ったレベッカが馬車から出て来て答える。
　彼女は特に着替えを行っていなかったらしく、採取用の網を持っているだけだ。
「海に詳しいんすね」
「そうだねぇ……同じ年頃の子に比べたら、あたしは何倍もの期間を船の上で過ごしてるからね。海は庭みたいなもんだよ」
　レベッカが快活に答え、潮の様子を見ながら陸雄に採取の際に気を付ける事などアドバイスを行っていた。
「なるほどね。情報ありがとうございます。気合入ってきましたよ――……シアンさーん！　大物獲ってくるんで、期待して待っててくだせぇよ！」
　陸雄はテントを抱えるクロードと共に海岸へと降りていくシアンの背中に声をかけた。
　そこへ丁度、着替えを終えて水着姿のアリソンとスピカが姿を見せる。
　まさにこれぞ海辺の眼福。
「さて、あたしは海へ潜ってくるよ」
「あ、俺も俺もー！」
　レベッカの言葉に陸雄も便乗。特に陸雄は遊ぶことにもノリノリである。

　手早くウイング状に張ったテントの下に腰かけ、クロードは釣り糸を垂らす。エサは岩場を掘り返して捕獲した虫エサである。
　夏は照り返しの日差しも強く、長時間の釣りをするための対策を講じたようだ。
　先ほど漁師らしき男性から聞いた魚の種類などを思い返しながら、アタリが来るのを待っていた。
　耳に心地よい波の音を聴きながら、ゆったりした時間を満喫しようと岩に腰かけ、目を細めた――が、竿から伝わる引きの感覚に、クロードの意識は急速に引き戻される。
「っと……！　早いな……！」
　バラさないようにと少しずつ引き寄せては竿を寝かし、糸を切られないように魚を誘導する。
　5分ほど挌闘しただろうか。水面に平べったい魚姿が見えた所で、竿を立てて網を差し入れた。
　リアルブルーで言うヒラメによく似た魚が釣れ、大きさも60センチほどある大きなもので、クロードも満足そうだ。

「いくぜぃ！」
　準備運動をこなし、グローブをはめた手でシュノーケル付ゴーグルとナイフを握り、陸雄は北の海へと飛び込む。
　海水は少し冷たくて気持ちいい。
「じゃ、気合入れて獲りますか！」
　気持ち的には熟練の漁師並に気合が入りまくりの陸雄。大きく息を吸い込み、海中へと潜る。
　岩場に張り付いた貝をナイフで器用に剥がすが、決して多くは獲らない。
（結構サマになってるかも……うおお、これはアレみたいだ……！）
『北の海女』という手拭いを頭に巻きたい心境に駆られつつ、陸雄は様々な種類を少量ずつと籠網へと投げ込んでいった。

　場所は違えど、レベッカも水中での狩りを楽しんでいた。
　土地勘はあまり無いけれど、海のどんなところにどんな生物が潜んでいるか、などは海と戯れてきた経験から分かる。
　魚がそばを通りかかると、水中銃で正確に仕留めておく。
（他の人も、結構獲ったかもしれないし……足りなそうだったらまた潜ればいいよね）
　腰から下げた籠網にも獲物はそれなりに入っていたことから、レベッカは一旦海から上がることにしたようだった。

　大きな岩と潮だまりの間に、長いヒゲがはみ出ているのを発見したスピカ。じっと上からそれを観察し、あっと歓喜の声を上げた。
「大きなエビがいるみたい……！」
　ぜひ獲ろう。そう決めたスピカは、エビにとっての逃げ場や岩場の深さを考えつつ位置取り……尻尾側のほうから、音を立てて穴から追い出したところを両手で捕まえる。
「やった……きゃっ！？」
　大きく暴れるエビ。絶対に逃がすまいという思いから駆け出し、なんとか網籠へと入れたスピカは大きな息を吐いた。

「あら、少し掘れば結構沢山とれそうですね……！」
　アリソンは砂浜の砂を掘り返し、貝を見つけてはバケツへと放り込む。
「砂出しもしなくてはいけませんし、数種類のお料理を作るなら……」
　料理の想像だけではなく、ぽろぽろ貝が採れるのも楽しいのだろう。鼻歌さえ出そうなほど上機嫌である。
　海面を漂う海藻を拾い上げ、料理人の知識として食用だと確認した海藻は迷わずバケツへと放り込む。
　岩場での採取を行っているのはスピカ。あまり大きくない石を退かすと、その下から小ガニや浅瀬に住む魚などが慌てて逃げていく。
　最初は岩をめくるたびに遭遇するので驚いていたようだが、数回で慣れたらしい。
　手のひら大の貝もあったが、これは漁師がさほどうまくないと言っていたのを思い出し、あまり多くは獲らない。

「うーん……調理道具まで積まれているなんて思わなかった……商人さん、本気だったんだ」
　シアンはといえば、皆が調理に行ってしまったので、火を起こしたり馬車から調理道具を降ろしたりという作業を続けていた。
　幾度か往復した後、浜からアリソンがバケツを抱えて戻ってくるのが見えた。
「わぁ、結構獲ったんですね」
　砂出しをさせるために移された貝を見ながら、シアンはアリソンへと話しかける。
「ええ、スープや蒸し物に良さそうだと思いましたので……シアンさんは、料理をするのはお好きですか？」
「僕はまだ技術的にも未熟なので、日々勉強ですよ」
　火の側に大きめの石を置きながら愛想笑いをするシアンに、アリソンは料理には熱意も大事だと諭す。
「料理人にとって、一番大事なのは美味しい物を作るという熱意だと思いますよ。シアンさんはどうですか？熱い心を持って美味しいお料理を作ろうという熱意はありますか？」
　小さく頷いたシアンに、アリソンは満足そうに微笑む。
「よかった。その気持ち、忘れないでくださいね」

●いざ調理・実食！

　短時間ながら手分けして採取を行ったせいもあり、結構な量の魚介類が並べられる。
「それじゃ、はじめましょうか～？」
　うきうきした口調のスピカ。上着は着用しているが、流石に水着で調理するのは何かと危険だったため、エプロンをシアンに手渡される。
　安全策を講じたのに、ちょっと動きづらい姿になってしまったのだが。
「素材は文句なしに新鮮……どれから調理しましょうか……」
　アリソンも同じように水着にエプロン姿という出で立ちで、ちょっとばかり男性陣の気を落ち着かなくさせた。
「ねぇ、串とか無いの～？」
　レベッカが幾つか魚の下処理を終えて戻ってきた。彼女も先ほど海から戻ってきたばかりで、まだ髪からは海水の雫が滴っている。
　陸雄が手渡すと、満足そうにレベッカは串を打ち、火の側に立てかけた。
「味付けはしないの？」
「ん？　ああ、平気。処理の時点で味付け終わってるし」
　どうやら、レベッカの中で海水で魚を洗う事は、塩をすり込んで味を付けておくことと同義であるようだ。
　素材の味を最大限に生かした味付けであろう。

「これは、どんな料理にしましょうか……」
　スピカの獲った大きなエビをシアンはじっと見つめ、どうしたものかとアリソンへ相談した。
「エビはかなり調理法が多いですね。頭を落として、殻を剥き……身は焼くか蒸すかしましょう」
　アリソンは塩出しをした貝をフライパンに入れると白ワインで蒸しあげる。
　その周囲には、なんともいえぬ良い香りが漂い始めた。
「ウニ！　ウニじゃないか……！　そう、これだよこの味！　やっぱりウニは生がいいな……」
　陸雄はレベッカが採ったウニに舌鼓を打っていた。とろりととろけた後の濃厚さに喜びを隠しきれないらしい。
「俺の釣ってきた魚も、調理をお願いしようかな。あと、岩に張り付いてた海苔なんかも採ってみたよ」
　大きなヒラメと銀色の魚を２匹釣り上げたクロードが戻ってきた。ただし、彼の手は戦利品以外にもテントや竿を抱え込んでいたので、慌てて駆け寄ったスピカが魚を先に受け取る。
「そういえば……シアンさんが仕入れたい物って、小麦粉だったっけ？」
　馬車での会話を思い出したクロード。それならムニエルなんかどうかなと提案した。
　それを引き受け、手際よく３枚に下ろしていくアリソン。
　彼女は他にも料理を手掛けているのに、並行して手際よく仕上げていく。
　手の足りない所は、レベッカにも手伝ってもらっているが――自称『大雑把』らしいのに、スープの味付けなどは何度も味を見ては整えていた。
「穀物とか野菜を入れて食べても美味しいんだよ」
　残念なことに穀物の類はなかったのだが、パスタがあったのでスピカにお任せした。
　急ごしらえの簡素なテーブルに並んだのは、
　二枚貝のワイン蒸し、ヒラメのムニエル、海藻サラダ、貝のつぼ焼き、魚の姿焼き、パイ包み……などなど。
　出来たての料理から漂ってくる……まるで食欲に訴えかけてくるようなたまらない香り。
　空腹の彼らに、抗う術など何もなかった。
「さ、食べよ～！」
　レベッカとアリソンが作った魚介の骨やエビの殻で取ったスープが目の前に運ばれてきた。
　中には魚の切り身のほか、海藻と共に刻んだ野菜が入っている。
　スピカは先ほど仕上がったばかりの、エビと海苔のパスタを口に頬張ると『ん～♪』と声にならない至福の歓声を上げている。
　塩釜焼きなども作りたかったのだが、卵白の代わりになるようなものが小麦粉しかなかったため、簡単な白身のパイ包みを作っておいたのだ。
「自分で作ってみたけど、エビもぷりぷりしていて歯ごたえがあっておいしい……！　んもう、最高！」
「いやー、自分で獲ったものとかは格別うまいつーか……料理上手の人にも作ってもらえて言うことなしっ」
　陸雄も酒蒸しを美味しそうに口へと運んで、美味さを噛みしめた。
　溶けたバターの風味が貝の味を引き立たせている。
　ハーブのスパイスを混ぜたものを纏わせたヒラメのムニエルも、後から広がる香草の香りが爽やかに広がる。
　ビネガーとオリーブオイルでさっぱりとした味付けに仕上がっている海藻サラダも、アクセントに丁度いい。
「イワシなんかが釣れたら、オイル漬けにもできたんだけどな……」
　保存食にもなりそうだし、何より糸を垂らした途端にたくさんかかるから楽しいんだよね――と残念そうなクロード。

　多くの海産物を堪能し、気持ちも腹も満たされたハンターたち。
　食べたメニューの材料などを書き写したシアンは、集まってくれた面々に頭を下げた。
「今回は、本当にありがとうございました。これで、きっと商人さんも喜んでくれると思います」
「また遊びの依頼があったら是非誘ってくれよ！」
　陸雄は満面の笑みを向けたが、遊びたいだけでしょとツッコまれたため力強い即答も忘れない。

　この依頼が終われば、彼らは再び戦いに赴いたりするのかもしれないが――ほんの僅かではあっても心の潤いと休息を満喫したのであった。