死した海魔は唄わず

マスター:風華弓弦

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/05/16 09:00
完成日
2016/07/13 02:57

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

●閑話:リゼリオの一角~コインの裏表
「断る」
 腕組みをしたエルフの女闘狩人は口を開くなり、拒絶の意をあらわにした。
 テーブルを挟んで座った配達屋も期待していなかったのか、大きく落胆する様子はなく。
 ただ、恨みがましい視線をメアへ投げる。
「手伝えって言っただけで、まだ説明もしてねぇだろうが……」
「手間を省いただけだ。手伝いの中身を聞いたら、更に手伝う気が失せる」
 否定できないのか、くるりと目玉を回して配達屋は天井を仰いだ。

 夜の酒場は賑やかで、周囲のテーブルでは一日の仕事を終えた男達が疲れを取るべく、ささやかな贅沢を楽しんでいる。
 大声で喋らない限り二人の会話は喧騒に紛れ、特に聞き耳を立てる者もない。
 それでも『仕事』絡みの話になると、声のトーンは自然と落ちた。

「荒事を頼もうってんじゃあないぞ。毎度の、ほんの『後片付け』だ。場所が場所なせいで、一人だと手を焼きそうだからな」
 よほど面倒な仕事なのか、なおも追いすがりながら配達屋は香草と豚のもつの煮込みをつっつき、げんなりとメアは白ワインのグラスを傾ける。
「それが、食事をしながらする話なのかと」
「こんな安酒場で、お上品に振舞ってもなぁ」
「それに、一番肝心な事を忘れている」
「ん?」
 眉根を寄せて怪訝な顔をする男へ、憮然と唇を突き出し。
「私は、舟が嫌いだ。特にお前が漕ぐ舟はな」
「あ~……すまん、すっかり忘れてた」
 本気で覚えていなかったのか、途端に申し訳なさげな顔で配達屋は髪を掻いた。
「確かカナヅチで、方向音……てっ、蹴るなっ」
「だからお前は、デリカシーがないと言う。ナンでこんなのが……」
 テーブルの下で男の脛を蹴ったメアは、愚痴りながらアサリのワイン蒸しを口へ運ぶ。
「そういう事なら、しょうがない。死んだ化物の後始末は一人でやるさ」
「わざわざ、終わった話の中身をバラすなっ。断られた腹いせか?」
 テーブルの向こうのにやにや笑いに呆れつつ、薄切りのバケットを彼女は千切って口へ放り込んだ。

 生きているモノは、いつか死ぬ。
 それは自然の摂理で、当たり前の事。
 死んだモノは、煙の様に消えてなくなる事はない。
 だから自分達は肉や野菜や果実酒で、腹を満たす事が出来る。
 ……けれど。
 残ったモノ全てが、そうして活用できるモノではない。
 中には、放置しておくとロクな事にならないモノまである。
 だが大抵の場合、多勢は穢れ(けがれ)から目を背け、出来れば関わる事なく、人知れず消え去って欲しいと願う。
 ――だから、望みを叶える者が必要って訳だ。その者の存在自体すら、願う者は気付きたくないだろうが。
 コインの裏表みたいなもんだと、配達屋は笑った。
 表を置くと、裏は見えない。
 確実に存在していても、決して切り離せなくても。
 ――もしかするとリアルブルーから来た連中に覚醒者が多いのは、コッチとアッチっていう裏表の両方を見たせいかもしれんなぁ。
 言うなれば、奇跡的に立ったコインのようなものか。
「あ~~、もうっ。そんな戯言、一介の人間が考えたって真偽なぞ分かる筈もないだろーがっ」
 メアは髪を左右にぶんぶんと振り、物思いを追い払う。
「全く、埒が明かない。とっとと帰って寝るに限るな」
 ボヤきながら、彼女は月夜の路地を辿った。

●海より来たりて
 ゆらゆらと、かすかなうねりにゴンドラ舟が漂う。
 櫂を引き上げ、海を窺う配達屋は唸って背中を伸ばした。
「この辺りのはず……なんだが」
 再度、孤島の大きさから自分の位置を確かめる。
 波の下にある暗礁の形も、記憶通りだ。
「流される潮でもなし、早々に喰っちまうほどの大食漢が出る場所でもなし。潜るにも、ちぃと早いしなぁ」
 口に出してぼやき、どうしたものか頭を悩ませているところへ、ゴツゴツと船底を下から打つ音がした。
 応じるように船縁を叩き返してやれば、水も跳ねず、海中から見覚えのある青年が顔を出す。
「お前さん達、アレをどうにかしたのか?」
 前置きナシで問えば、人魚の青年は首を左右に振った。
『あれハ、正シキ命ノ循環カラ、外レタ。陸ヘノ流レニ、乗リ、去ッタ』
「街の方角に向かう……えぇと、俺が来た方向へ流れる早潮に、乗っちまったのか」
 念のために指を差して聞き返すと、今度は頷く。
「マズいな。どう足掻いたって、奴の方が先にリゼリオへ着く」
 髪を掻きながらうめいても、どうしようもない。
『陸ノ、者タチ。用心シロ』
「そうだな。わざわざの知らせ、感謝する」
 礼を返した配達屋は急いで櫂を操り、舟の針路をリゼリオへ向けた。
 間に合えば僥倖(ぎょうこう)、手遅れなら……致し方ない。
 この場に留まる理由は、既に失われたのだから。

   ○

 配達屋が、人魚と接触したのと同じ頃。
 昼前の漁港では、魚を出荷した漁師達が漁具の手入れに勤しんでいた。
 今日の潮の具合とそれぞれの舟の稼ぎ、そして他愛もない酒の話に笑い声が起きる。
 海に突き出た木製の桟橋には、繋がれた船が打ち寄せる波に揺れ。
 桟橋を支える柱の一つを、鋭い鉤爪の生えた指の間に水かきを持つ手が握った。
 もう片方の手で握った場所の上を掴み、交互に腕を伸ばして伝い登るにつれ、長い髪を持つ女の上半身が海から現れる。
「な、なんだ、あれ……は……」
 漁師の一人が強張った表情で桟橋を指差し、他の漁師達も海から現れた存在に気付いた。
「冗談だろ! あの化物は、確かにハンター達が退治したはずなのに……!」
 心当たりがある漁師は血の気が引いた真っ青な顔で、信じられないと何度も首を横に振る。
 その間にも、ひたり。と『化物』は桟橋の板に手をつき。
 桟橋へずるずると這い上がった身体の残り半分は、蛇に似た長い魚体をしていた。

 ――キィィィィシャアァァァァァッ!!

 耳をつんざく金切り声が、のどかな漁港の風景を一変させる。
「雑魔だっ、雑魔が出たぞーっ!!」
「急いで、女子供を逃がせ!」
 人ならぬ奇声と男達の怒声に、メアも路地を駆け出す。
 港では、鎌首をもたげた蛇の様に這う雑魔を牽制しようと、海の男達が銛を投げていた。だが雑魔は鉤爪の手や長い髪を振り回し、口から水塊を放って、ささやかな抵抗を退ける。
 周囲を網で囲われても海へ飛び込んで逃れ、別の場所から陸へ上がり、悲鳴が聞こえた。
 被害はまだケガ人数名で済んでいるようだが、歪虚が街中まで移動すれば死者も出るだろう。
「しくじったな、配達屋」
 朝から舟が見当たらない男と雑魔の様相から、『後始末』の失敗を察したメアが吐き捨て。
 彼女同様、危急を聞いて駆けつけたハンターらしき者達に気付いた。
 すかさず得物を構える姿を見て、手当たり次第にメアは家々の戸を叩く。
「逃げろ、港に歪虚が出たぞ!」
 何が起きたのかと驚いて路地へ顔を出し、ただならぬ雰囲気に怯える住人達へ、大声で避難を呼びかけ始めた。

リプレイ本文

●昼飯前のひと騒動
「いつもの事ながら、目移りしますね」
 並んだ新鮮な野菜や魚貝を前に、アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)が思案する。
 春から初夏を迎えたリゼリオの市場は、周辺の平地や海で獲れる食材や各地から運ばれてくる様々な品物で賑わっていた。
「今日の夕食、ざくろさんは何か食べたい料理、あります?」
「う~ん、ざくろは何でも。アデリシアの料理は美味しいし、好きに買っていいんじゃないかな。きっと、みんなも食べるだろうから……」
 一緒に買い物をする時音 ざくろ(ka1250)は、売り子を断るのに忙しい。
「みんなの分も買うと、食材、結構な量になるよね。あっ、荷物持ちは任せ……」
 その時、遠くで人ならぬ叫びを聞いた気がした。
 足を止め、嫌な予感に眉根を寄せる。
「なんだろ……アデリシアは聞こえた?」
「はい、海の方から……」
 原因を探して視線を巡らせると、漁港の方角が騒々しくなり。
「港で歪虚が出たらしい! 誰かハンターを、早く!」
 切羽詰った声に、二人は顔を見合わせる。
「物騒だな。おっと、苺はどうだい、お嬢ちゃん達」
「ごめん、おじさん。またね!」
 訂正する間も惜しみ、ざくろはアデリシアと共に騒然とする市場を駆け出した。

「どうやら、配達屋殿は仕事でござるか」
 涼しい潮風に、ふっと黒戌(ka4131)は肩の力を抜いた。
 港の桟橋に停泊しているのは漁船ばかりで、ゴンドラ舟は見当たらない。
 何かが小さな棘の如く引っかかり、依頼と日々の生活の合間をぬって、港へ足を運ぶこと幾度目か。
 寄せる波音は変わりないが、いつになく胸騒ぎを覚える。
「変……」
 小さな呟きに目をやると、詰んだ木箱の頂上で腰掛けた少女が空を仰いでいた。
「変……で、ござるか?」
「さっきまで沢山いたのに、いなくなったの。カモメ」
 何気なく訊ねた黒戌に、顔を上げたままアーシェ(ka6089)が答える。
「それはまた、面妖な……」
 何か気付いた事でもないか、問おうとしたその時。
 覚えのある金切り声が、平穏を裂いた。
 ざわりと肌があわ立つ感覚に、不安げなアーシェが辺りを見回す。
「何かの、悲鳴……?」
「雑魔だっ、雑魔が出たぞーっ!!」
 人々が逃げる桟橋で、海から這い上がった雑魔は身を起こし。
「もしや……あの歪虚は、先日の……?」
「海から歪虚が現れたって……放っておくと大変、だね」
 いつの間に降りてきたのか、傍らで黒戌を金の瞳が見上げていた。
「被害が及ぶ前に退治、しないと」
「もし手透きでござったら、助力を頼めるでござろうか?」
 身のこなしに気付いた黒戌が聞くと、魔導機械を拳に装着した少女はこくと頷く。

「あれは、あの時の『海魔』だよね……」
 路地の脇で逃げる人々を避け、鈴木悠司(ka0176)は沈痛な面持ちで桟橋を見つめた。
 人の流れが切れ、駆け出す彼の上を影が跳び越す。
 反射的に振り仰いだ先、建物の屋根に祭服の裾と細い足がちらと見えた。
「えっ……と……」
 路地を越えて去った影はさて置き、今は雑魔の行方を捜す。
 残った漁師数人が銛や網を手に応戦するも、歯が立たないようだ。
「ゆーし!」
 呼ぶ声に振り返れば、路地をパトリシア=K=ポラリス(ka5996)が走って来た。
「港で漁師サンが騒ぎって雑魔サンから聞いて、ソレカラソレカラ……!」
 急いできたのか、息の切れたパトリシアの説明はいろいろ混沌とし。
「やっぱり、そうだよね」
 再び、海から陸に上がった雑魔を悠司が示した。
「あの子は、確かに倒した筈なのに……」
 悲しげな表情で、占い札をパトリシアはぎゅっと握る。
「パティにも、一目でわかるよ。アレは、アノ時のあの子であって、あの子ではないコト……歪んでしまったんだってコト」
「……緩やかなマテリアルの喪失……そこから死に至り、歪虚となる……か……」
 生けるモノ、全てがそうなる訳ではない。
 運がなかった、それだけの事だが。
「行こうか。俺達の手で、ちゃんと眠らせてあげよう」
 知った顔に少しホッとしながら、パトリシアは頷いた。

●集う者達
 住民へ避難を促すメアの目の前に、屋根の上から二つの影が飛び降りた。
「何があったんです?」
「見ての通り、海から雑魔が現れた」
 単刀直入に聞くアデリシアへ、驚きつつメアは即答する。
「やっぱり、事件みたいだね」
「こんなところにも出るとは……見捨てていく訳にもいきませんね」
 ざくろにアデリシアは頷き、足元まで覆う祭服をばさりとひと息で脱ぎ払った。
 その下にまとうは、動きやすさを重視した肌もあらわな戦装束。
「すみません、港に残られるなら預かって頂けますか」
 呆気に取られる暇もないメアに、彼女は祭服を託し。
「ざくろー!」
 名を呼ぶ声に、元より身軽なざくろが振り返るとパトリシアが大きく手を振る。
「よかった、パティ達だけじゃなくて」
「拙者もいるでござるよ」
 真後ろから不意の言葉に、驚いて金髪が跳ねた。
「ござるー!?」
「パティ殿も悠司殿も、壮健そうでござるな」
「一緒で嬉しいよ。別の依頼か何かなら、もっと良かったけど……その子は?」
 再会を喜べない状況に残念そうな悠司が、傍らの少女に目をやる。
「アーシェ殿も、力を貸してくれるでござる」
「わたし、リゼリオには始めてきたんだよ。お買い物してた……んーと、観光っていうの?」
「綺麗だよネ、リゼリオの街。パティも大好きダヨ」
 ぽつぽつとアーシェが明かし、それまで消沈していたパトリシアもやっと嬉しそうに頷いた。
「うん。それで、目の前に海が見えたからね、眺めながら少し休憩しようと、そしたらね。騒ぎ」
「それじゃあ、騒ぎが収まったら観光の続きだね。ざくろのオススメでよければ、後で教えるよ!」
 更にざくろが提案し、やり取りを聞いていたアデリシアは悠司と黒戌へ視線を向け。
「あの半魚型雑魔、何か知っています?」
 問われた悠司の笑みに、寂しそうな色が混ざった。
「前の依頼で、少しあって」
「……半分、魚の雑魔……海に逃げられると地の利的に不利、なのかな」
「アーシェ殿は聡明でござるな。出来るだけ、海中での戦いは避けたいところでござる」
 黒戌がアーシェを褒め、メアは街の中心へ逃げる住民を見送る。
「周囲の避難は進めておく。漁師達にも邪魔と無茶をしないよう、言っとくから……」
「それなら少し、頼みがあるのでござるが」
 黒戌は仲介をメアへ頼み、その場でハンター達は策を出し合った。

 金切り声に漁師達が顔を歪め、包囲が緩む。
 怯んだ者達の足元を払う魚体を、鈍く硬質な音が遮った。
「あんたら……!」
「皆さんは下がって。ここは、俺達が何とかします」
 驚く声に悠司はカイトシールドを構え、見覚えのある漁師を促す。
 一瞬たりとも、歪虚から目を離さないまま。
「……敵は……僕らはこっち、だよ」
 その身体から、炎の様なオーラが立ち上った。
 新手を警戒してか雑魔はシィッと短い音を発し、白眼を剥く。
 周囲の様相に閉じた瞳をアデリシアが開き、『敵』との距離を青い双眸で確認した。
「海に逃げ込まれると厄介そうだし、この金切り声はたまらん。広めの場所へ誘い出すか……」
 潮風に揺れる髪が黒から銀へと色を変え、隣でざくろが身長を越える長大な剣を軽々と構える。
「被害、出したくないもんね。でも海から上がって、どこへ行こうとしてるんだろう」
「生ある者全てに仇なすのが歪虚、だからな」
 それが、クリムゾンウェストでの基本事項。
 時に心乱される事はあっても、忘れてはならない生き残る為の原則だ。
「ざくろには事情とか分からないけど。早く祓ってあげるのが、歪虚になっちゃった海魔の為でもあるよね」
「ああ。既に死せる存在だ」
 そして、アデリシアは唄を歌う。
 命無き存在の動きのみを妨げる、レクイエムを。

「怒ってル? あの子、怒ってるのカナ?」
 漁師の避難を手伝うパトリシアは、美しくも静かな鎮魂歌に悲しさを覚える。
「あんなに、綺麗な唄だったノニ。パティたちが、壊してしまったカラ……?」
「何があったか知らないけど、それはお前の思い過ごしだ」
 どこか憮然とした口調に戸惑い、パトリシアは怪我人に肩を貸すメアへ首を傾げた。
「何でも自分の責任だと背負い込んでたら、ムダに早死にする。無責任な輩も困るがな」
 口を尖らせ、ぶぅと頬を膨らませるも、すぐにバツの悪そうな表情に変わる。
「その……気に障ったなら、謝るが」
 金の髪を左右に振り、足止めをする者達を振り返り。
「悲しくテ、カワイソーで、ダケド……大好きなリゼリオの街は、守ラナくっちゃ」
 逃げ遅れた住人がいないか、タロットを手に確かめていると。
「おぅ、ねーちゃん。にーちゃんへの頼まれモンだ、急いでやったぜ!」
 先に逃げたと思った漁師が数本の銛を抱え、どかどか走ってきた。
「助かる。渡しに行けるか?」
「モチロン!」
 訊ねるメアに即答したパトリシアはロープを肩へかけ、銛を両手で抱える。
 重い銛も、覚醒すれば小枝の様なものだ。
「ござるー!」
 蛍のような光が舞う風景の先、身構える相手を大声で呼ぶ。
「有難い。助かるでござるよ、パトリシア殿!」
 駆け寄る少女に頷き、差し出された銛を黒戌が掴んだ。

●それぞれの流儀
 射出された水塊が盾に激突し、水飛沫が散った。
 見えない呪縛を振り解こうとするように魚体が暴れ、長い髪を振り乱す。
 自分より大きく、おそらくは手強い相手。
「でも海に逃がしちゃ、ダメ……なんだよね」
 心の内で精霊に祈るアーシェの金眼が、獲物を狙う獣のように鋭くなり。
 低い姿勢のまま、トンッと石畳を蹴った。
 足元を払うような下半身を身軽に避け、ひと息で距離を詰め。
 腹ビレの一つを掴み、長い胴に腕を回す。
「アーシェさん!?」
 大胆な攻勢に悠司が驚くも、雑魔の戦意を引きつける炎のオーラは絶やさない。
 滑る魚の半身を、押さえ込む事は出来ないが。
「えぇいッ!!」
 気合と渾身の力で、霊闘士は海魔を陸の側へ投げ飛ばした。
 ゴツッ! と、鈍い音が響き。
「力を、貸して……!」
 すかさず叩きつけたフレイルの重い一撃に、歪虚がもんどり打つ。
「海には、逃がさないからっ!」
 好機を逃さず、ざくろが両手で握った大剣エッケザックスを振るう。
 追撃の刃は硬質の鱗を容赦なく砕き、海魔の胴を抉った。
 ――ギッ、ァァァ!
 苦痛か怨嗟か、耳をつんざく叫びがあがる。
 金切り声は音の刃となり、ビリビリと肌を刺した。
 反射的に身を強張らせた一瞬、退路を邪魔する二人へ尾が振り回され。
 阻むように、断罪する光の杭が穿つ。
「以前はどうだったか知らないが。その声、うるさいばかりで耳障りだ」
 ジャッジメントを放ったアデリシアは、のたうつ歪虚を見下ろす。
「なるべく速攻で、決めるぞ」
「そうだね、アデリシア。家でみんなが待ってるし」
 だが、杭の拘束時間は短い。
 それを見越してか、飛来した一本の銛が海魔の胴を貫通した。
 柄には漁師らの手で、頑丈な縄が結ばれている。
「観念するでござるよ」
 逃げる隙を与えず、次々と黒戌は縄付き銛を投げた。
 動きが鈍り、這いつくばる雑魔が鉤爪でガリガリと石畳を引っかく。
 濁った瞳に感情はない。
 目の前にいるのは生ある時も人を喰らい、死んでなお人を喰いに来た『魔物』だ。
「あの時の海魔はもう死んだ。俺達が倒した。そして、歪虚になって……そう、あの海魔はもう死んだから、歪虚となっても……死んでいる」
 相対する悠司はじっと、もがく歪虚を正面から見つめる。
「人に仇なすモノだけれど……それでも二度も倒さなきゃいけないのは、何だか悲しいね……」
 その時、ふわりと背後から花の香が漂い。
 長剣を握る手へ湧き上がってきた力に、小さく頷く。
「そうだね。出来るだけ、短く」
 サツキの押し花が施され、地脈鳴動の術を込めた呪符をパトリシアは仲間の背中へ投じる。
「大地の力……そして、リゼリオの海の力をミンナに」
 ――今度は、ちゃんと終わらせるカラ。

「ゴメンね……!」
 力を込め、悠司がカイトシールドを雑魔へ叩きつけた。
 ガッ、ガギッ!
 防ごうとした爪が擦れ、強かな打撃音と同時に守りから攻撃へと構えを変え。
 長剣、クラルミーネを大きく振り回す。
 唸る風がうねる髪を、鉤爪の何本かを切り飛ばした。
 大きく口を開き、顎を突き出す首に、白銀の細い光が絡みつく。
 憐憫もなく、後ろへ回り込んだアデリシアはワイヤーウィップを手繰った。
 仰け反る喉元には、腐れた刃物傷。
 それを目印に、より流れるような投技で黒戌はチャクラムを放つ。
 円盤の刃は深々と喉へ食い込み、腕を振り回せば折れた鉤爪が飛ぶ。
 しかしその抵抗も、最小の所作で彼は避けた。
「超機導パワーオン! 弾けとべっ」
 攻性防壁を展開したざくろが、長い魚体を光の障壁で弾く。
 濃紺のブーツに収束させたマテリアルを放出し、その勢いで転がる歪虚を追い。
「剣よ、今一度元の姿に……超・重・斬!」
 スピードに乗せ、超重練成によって更に巨大化したグレートソードを叩きつけた。

 ぐずぐずと形を崩した雑魔は、潮風に跡形もなく消滅する。
 断末魔まで聞き届けたパトリシアは、ぺたんと石畳へ座り込んだ。
(声、ハ。あの子の痛み。悲しみ。耳をふさがず、聞いて、受け止めて。記憶シテ。それでも立って居られるよう、気持ちを強く……!)
 その一心で金切り声にも耐え、耳を傾けていたのだが。
「大丈夫?」
 腰を落としたアーシェが気遣う。
「パティは大丈夫ダヨ……でも配達屋さんに、海魔さんの弔いのコト、聞かなきゃ」
「弔いで、ござるか?」
 少し怪訝そうな黒戌に、うな垂れるパトリシアが小さく肯定した。
「海の流儀を、教えてほしーんダヨ」
 一瞬、呆気に取られた顔をした黒戌だが。
「……それで某か落ち着くならば、されたい様になさるが良いでござる」
 下手な情けは、己も味方も殺す。故に彼自身は特に思い入れを持たぬが、かといって他人の行動を止める由もなかった。
「その前に」
 言葉に続いて柔らかい光が広がり、一同の傷を包んで癒す。
 光の中心で祈るアデリシアは、目を閉じたまま短く息を吐き。
「後は、街の人の治療ですね」
「出来れば……ざくろも一緒に、海魔を弔いたいな」
 断りを入れる少年に彼女は笑んだ。
「でもあいつ、いつ戻るか分からないぞ」
 声をかけたメアは「歪虚退治、ありがとな」と礼を告げ、アデリシアに祭服を返し。
「弔いなら、お前達の気が済む様にやればいい」
 そう、付け加える。
「気が済む様に……」
 呟いたパトリシアは思い出した様にクッキーを取り出し、手で小さく砕いて海へ撒いた。
「今度こそ、あの子が、この広い海に還れますように」
 せめてものお供えをして祈り、記憶に残る、あの、綺麗な唄を口ずさむ。
 ざくろや悠司らも瞑目して、波の音へ祈り。

 港では喧騒に混ざり、遠く海鳥の声が戻ってきていた。

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MVP一覧

  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろka1250
  • 黒風の守護者
    黒戌ka4131

重体一覧

参加者一覧

  • 缶ビールマイスター
    鈴木悠司(ka0176
    人間(蒼)|20才|男性|闘狩人
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 黒風の守護者
    黒戌(ka4131
    人間(紅)|28才|男性|疾影士
  • 金色のもふもふ
    パトリシア=K=ポラリス(ka5996
    人間(蒼)|19才|女性|符術師
  • 里を守りし獣乙女
    アーシェ(ka6089
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/05/13 03:20:37
アイコン 海魔の弔い
パトリシア=K=ポラリス(ka5996
人間(リアルブルー)|19才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2016/05/15 19:29:04