山奥にある古びた洋館に夜な夜な亡霊が出現すると言う話は、その地域では割と有名な噂話だった。
　だからといって何の被害もなかったものだから、誰も噂の真偽を確かめる事はしなかった。しかしある日、麓の村に一人の男が訪れ、村人達に言った。
「あれはそこそこ強い歪虚だ。近づかなければ害はないが……俺は故あって亡霊を狩っていてね。俺が奴を仕留めてやる。その代わりと言ってはなんだが、情報と寝床を提供してもらえないかね……」
　男は全身甲冑、所謂騎士のような外見だった。しかし尾を紅いマントの裾は千切れ、鎧は黒ずみ、汚れ錆びついていた。
　余りにも胡散臭く、薄気味悪いその男の申し出受けはしたものの、村人達は不安になった。この男があの洋館に向かい、そこで歪虚を刺激する事で何かこの村にも良くない事が起こるのではないか、と……。

　依頼を受けたハンター達が洋館へ辿り着いたのは夜半だった。亡霊は夜の方が活発になると踏んで、鎧男が出立したのを追いかけたからだ。
　館の入り口には複数のスケルトンの残骸が転がっていた。男はハンターの気配に気づいたのか、振り返り剣を向ける。
「……ほう？　どうやら不死者の類ではないと見える」
　警戒を解かず、男は枯れた声で呟く。ゆっくりとハンターへと歩み寄り、兜の穴から品定めするかのように凝視した。
「クックク……成程。さしずめ村人の依頼を受けたハンターと言った所か。ククク……俺を殺す様に頼まれたのか？」
　首を横に振るハンター。あくまでも目的はこの洋館から歪虚の脅威を取り除く事だ。
　確かにこの男が“余計な事”をしないように監視するのも仕事のうちには入っているが、命を奪うような物騒さは求められていない。
「ほう。安心したよ。こんな所で余計な戦闘をして手傷を負うのも癪だからな……尤も、そう言いながら背後から……何て事もあるだろうがね……ククク」
　男は剣を鞘に納め、恭しく一礼する。
「俺は闇追いの剣士グスタフ……。心配は無用だ。貴殿らに迷惑をかけるつもりはない。目当てはこの館にいるデュラハンだからな……」
　やはりどうにも男は怪しい。纏った気配は只ならぬもので、光よりも闇を強く思わせる。全く肌の露出がなく、顔が見えないのも不安を掻きたてた。
「理由？　そんなものはどうでも良い事だろう。金の為……とでもしておこうか。金品の為に剣を振るう貴殿らのような者には納得の理由だろう……？　ククク、冗談だ……クククク」
　何が楽しいのか男は笑っている。それがまた薄気味悪い。
「提案があるのだが……そう、ここに巣食う歪虚の事だ。ここのデュラハンは館を根城にしている……つまり、核が霊体と同行していない部類だ。ん？　デュラハンの性質は承知の上で来ているのだろう？　まさか知らないなどという事はないだろうな……」
　男の話によれば、この館にはデュラハン以外にもスケルトンが複数潜伏していると言う。館のどこかに核となるものが隠されているのだろうが、それを破壊しない限りデュラハンを葬る事は出来ない。
「俺一人でも十分だが、人手が大いに越したことはない。幸い俺は奴の核に思い当たる物がある。貴殿らが時間稼ぎさえしてくれれば、俺がその核を破壊してみせよう。デュラハンを倒すという目的において俺達は反目していない。ここは手を取り合うのが賢い選択だと思うがね……」
　グスタフと名乗る男の提案にハンター達は顔を見合わせた。この男を信じるのか信じないのか。協力するのかしないのか。
　今回の依頼は、ただの亡霊退治より少し厄介な事になりそうな予感がした。

「まぁ自己紹介といこうか。俺はレイス。短い間だが、よろしく頼む」
　握手を求めるレイス(ka1541)にグスタフは腕を組んだまま応じなかった。
「ククク……得体の知れない剣士と仲良しごっことは恐れ入るな」
「てめぇの様相が一般的に好意的に取られねえ、ってなあ分かってるみてえだな」
　低く笑うベレティウス・グレイバー(ka1723)だが、言葉とは裏腹にグスタフの事は気にしていなかった。
「ま、俺にはどーっでも良いわ。確かに俺の目的は金だからな。てめぇにも目的があるなら、面倒事は互いに御免こうむる筈だ」
「いかにも胡散臭いが、そういう輩は色々と見てきてるからな。こっちも手掛かりは欲しいし頼りにしてるぜ、おっさん」
　ニヤリと笑うシャルラッハ・グルート(ka0508)からも敵意は感じない。意外な対応に驚いたのか、グスタフは小さく鼻を鳴らしそっぽを向いた。
「それで、コアについて心当たりがあるっていうのは本当なんすか？」
　虎牙　こうき(ka2980)が質問すると、それに乗じレイスも口を開く。
「亡霊型について詳しい様だが、コアを見分けるコツでもあるのか？　そういった話は聞かなかったのだが」
「奴らのコアは生前最も執着した物である場合が多い。コツと言えばそんなものだ」
「それだけにしちゃ、アンタは確信を持っているみたいだな」
　ラスティ(ka1400)の言葉に首を横に振るグスタフ。
「俺が信用できないという事か」
「う～ん……俺はコアに関しては信用してもいいかなって思うっすね。なんとなくっすけど」
　何に納得したのか頷くこうき。ともあれ共闘は成立と見て良いだろう。
「ではまずデュラハンと戦闘する前に横槍が入らない様、スケルトンの掃討を行いたい。デュラハン戦での懸念事項が減る事は双方のメリットである」
「そう上手くいけば良いがね……」
　キヅカ・リク(ka0038)の提案にグスタフも反対はしなかった。ハンター達は方針を決定すると、月明かりに浮かび上がる廃墟へと足を踏み入れて行く。



　洋館の中にはお目当ての亡霊の他にもスケルトンが徘徊していた。先行するラスティとレイスは曲がり角からスケルトンの数を確認し、味方に合図を出す。
　合図を受けたシャルラッハが飛び出し、背後からスケルトンへ思い切り大剣を叩き込んだ。一撃で粉砕されるスケルトン、続けベレティウスも飛び出し、もう一体のスケルトンを剣で薙ぎ払った。
「ふう。この辺のスケルトンはこれで全部みたいっすね」
　ライトをつけ周囲を照らすこうき。ハンター達は隠密行動で廊下を移動しつつ、順調にスケルトンの排除を進めていた。
　廊下の窓からは中庭が覗ける。レイスが確認してみると、青い焔を纏った鎧の亡霊は特に何をするでもなく佇んでいた。
「やっぱこっちの世界でも蒼い炎は亡霊、か。俺も亡霊を名乗った方が良いのかね？」
　苦笑を浮かべるラスティ。それはともかく、気になる事があった。
「……あのデュラハン、隻腕なのに二刀流なのか」
　鎧の左腕は失われていたが、内側から伸びる炎が腕の代わりとなって剣を掴んでいる。レイスはその様子に覚えがあった。
「タイプは違うが、同型の敵はあの炎を伸縮させて剣を操っていたな」
「核は義手とか、篭手とかその辺か？　グスタフ、アンタはどう見る？」
　ラスティの声にグスタフは首を横に振る。
「腕は単純に破損したか元々無かったのだろう。完全な状態である方が珍しいからな」
「ではコアは別にあると。場所の見当はつかないのか？」
「この館に詳しいわけではないからな。コアがどこにあるのかまではわからんね」
　肩を竦めるベレティウス。そうして一行が二階へ上がり探索を続けようとしたその時だ。
「……伏せろ！」
　レイスの叫び声の直後、中庭側の壁が吹き飛び何かが飛び出してきた。それは蒼い焔を纏った巨大な剣で、ハンター達の眼前を通過し道を塞ぐように壁に突き刺さっている。
「い、いきなりッスか！？」
「コアに近づいた俺達に反応したんだろ。ってえ事は、コアは二階かねえ」
　慌てるこうきの横で立ち上がるベレティウス。亡霊は剣を引き抜き、ゆっくり近づいてくる。
「こっちに来るつもりだ。丁度良く穴も開いてるし、僕達は降りてデュラハンを足止めしよう」
「リク！」
　ラスティが投げ渡したのは短伝の片割れだ。
「何かあれば連絡する。気を付けてな」
「ラスティもね」
　銃を取り出し引き金を引きつつ飛び降りるリク。再び発射された剣の矢をかわしながらレイスも後に続き、ベレティウスは道を塞ぐ剣を弾きながら顎で指示する。
「さっさと行け！　アレは引き付けてやる！」
「この騒ぎじゃスケルトンも集まってきそうだ。急ぐぜおっさん！」
　駆け出したシャルラッハにラスティとグスタフが続く。
「ヤり方には気を付けろよ、じゃねえと倒しても寝床も情報も貰えんかもしれんぜ」
　ベレティウスはそれを目端で見送り、自らも中庭へと飛び降りた。
「追撃されても厄介だ。あの飛び回る剣をなんとかしないと」
「確か、炎は攻撃で剣との接続を解除出来た筈だ」
「なら狙う価値ありだね」
　リクの傍に着地したレイスは槍を取り出し構える。続いて飛び降りてきたベレティウスは盾を構えデュラハンに突撃する。デュラハンはそれに反応し、右手に持った剣を振り下ろした。ベレティウスはそれを盾で受け、紅く輝く瞳で睨み返す。
「俺が攻撃を引き付けてやる。炎の剣をどうにかするってんなら、てめぇらに任せるぜ」
　デュラハンは続き、炎の腕を伸ばし三人を薙ぎ払おうとする。これもベレティウスが受け止め、大地を滑りつつ踏ん張って持ち堪えた。
　その隙にリクが銃撃し、レイスが槍で炎を薙ぎ払うが切断には至らない。炎を引っ込めるデュラハン、そこへ二階からこうきの放った岩の塊が激突する。
「ここからなら狙い放題っすね！」
　デュラハンが怯んだ隙にベレティウスは背後に回り込み斬りつける。これに反応し旋回したデュラハンの振り上げた炎へレイスが飛びかかり、炎の腕を切断する事に成功した。
「うわ、重……っと！」
　落下した大剣を蹴って遠ざけようとしたリクだが、剣が想像より大分重かった。両手で持ち上げると思い切り遠くへ放り投げる事にする。
「これで攻撃性能は半減したわけだけど……倒すのは無理なんだよね」
　そう、コアを破壊しなければ亡霊型を消滅させる事は出来ない。グスタフの話を信じるなら、この亡霊はコアを宿してはいない筈。
「仕方ない……時間を稼ぐとしよう」

「雑魚が！　邪魔なんだよ！」
　廊下を塞ぐスケルトンへ飛び込み大剣を振り下ろすシャルラッハ。ラスティが銃撃で止めを刺すと、グスタフが扉を開いて中を確認する。
「この部屋も違うようだ」
「チッ。なあおっさん、言いたくなければ別に構わねえが、デュラハンと因縁でもあるのか？　何かと知ってる素振りだがよ」
「仇……か？」
　大剣を肩に乗せつつ走るシャルラッハがラスティの言葉に目を向ける。
「悪いがレイスと一緒に村で話を聞かせて貰った。この館は革命戦争時、旧体勢派が立て籠もっていた場所らしいな」
　再度進路を塞ぐスケルトンの剣を盾で受け、反撃で薙ぎ払うグスタフ。その表情を窺い知る事は出来ない。
「革命軍に帝都を追われた残党がここで掃討されたと聞いた。アンタは仇であり死して尚動くそいつらを討つ為に追ってるんじゃないか？」
　グスタフは答えずに先へ進む。そしてまた新たな部屋の扉を開いた。

　炎の腕はすぐに再生し剣を拾おうと伸び始める。それを効果的に防げるのはこうきの魔法だけだった。
「させないっすよ！」
　水の塊が炎の腕に爆ぜると亡霊は怯んだ。すかさずベレティウスとレイスが攻撃し、リクが駆け出す。
　薙ぎ払う炎をスライディングでかわしたリクはそのまま股下を潜り、片足を敵の足に引っかけて停止しつつ回転。回り込んで銃口を鎧の関節部に押し当て引き金を引いた。
「……あれっ？　この関節部、くっついてない！？」
　鎧の関節に銃弾を噛ませて動きを封じようとしたのだが、よく見ると鎧の継ぎ目は炎で接続されており、厳密には浮いているようだ。つまり銃弾は貫通し鎧の内側を跳ねる。
　蹴りを盾で受け吹っ飛ぶリクをベレティウスが片腕で受け止め、追撃で繰り出された剣を盾で防ぐ。更に炎の腕が二人に迫るが、それは二階から飛び降りながら放ったこうきの魔法が弾き飛ばした。
「後ろからだと狙いづらいっすからね……！」
　着地しつつ杖の周囲に水を収束させるこうき。レイスは素早く騎士の足元に飛びかかると股に槍を潜らせる。
「ベレティウス！」
「あいよぉ！」
　二人は槍の先端部を騎士の前後から同時に蹴飛ばす。強引に回転した槍に巻き込まれ足を掬われた亡霊が膝を着く。
「もう一発っす！」
　更にこうきのウォーターショットの衝撃で騎士は転倒。隙だらけの鎧にレイスとベレティウスが得物を突き立て、リクが銃弾を撃ち込む。
「おーおー、こんだけやってもピンピンしてやがるぜ」
「コアを破壊しない限り、基本的に不死身だからな……」
　呆れたように息を吐くベレティウス。レイスは気を取り直し槍を構えた。

　コアを探す三人が辿り着いたのは武具や装飾品等が並ぶ蒐集室だった。そこには三体のスケルトンが待ち構えている。
「……恐らくはここだ」
「成程、らしい部屋だ」
「で、どれがコアなんだ？　さっさと壊さないと下の連中がしんどいぜ」
　そういう目で見ると蒐集品のどれもがコアに見えてくる。だが慎重に吟味している暇はない。スケルトンは剣を手に襲い掛かってくる。
　銃で迎撃するラスティ。スケルトンはダメージを受けながらもシャルラッハへ剣を振り下ろすが、その腕はグスタフの一撃で刎ね飛ばされる。更に二体の攻撃をあっさりいなすとグスタフはスケルトンの背後へ回り込んだ。
「へぇ、中々やるじゃねぇか……よッ！」
　全力を込めて大剣を横に薙ぎ払うシャルラッハ。グスタフがスケルトンの背を蹴って一か所に纏めたお蔭で一気に片付ける事が出来た。
「それで、何を探せばいい？」
「……これと同じ物を探してくれ」
　グスタフが取り出したのは古ぼけた勲章だった。とはいえこの館の持ち主は優秀な兵士だったのか、勲章の類は彼方此方に見えた。
「おいおい、この中からこんな小さな勲章一つ探し出すのかよ？」
「コアは青白い光を帯びているから見ればわかる」
　面倒臭そうなシャルラッハだったがグスタフの一言で少し気が楽になったらしい。三人がかりで部屋の中をひっくり返すと、目当ての物はすぐに見つかった。
　淡く光を帯びたグスタフの物と同じ勲章。ラスティは直ぐに銃を突きつけ、連続で引き金を引くのであった。



「この勲章……やはりそうか」
　唐突に動かなくなったデュラハンに足止めしていた四人も戦いの終了を知った。
　中庭に戻ってきたラスティから受け取った穴の開いた勲章にレイスは何かを納得したように頷く。
「前に同じタイプのデュラハンを倒したが……その時も核となる遺物はこの勲章だった」
「こいつがまだ他にもいるって事？　カテゴリーの中でも下位の奴なのに……かなり面倒だったよ」
　攻撃しても倒せないというのは精神的にも疲れる。肩を落とすリクに同意するようにこうきが苦笑を浮かべた。
「それで結局なんなんスか、これ？」
「古い勲章だな。帝国軍の物みてえだが……このタイプは革命前に授与されていたものだな」
　勲章を覗き込むベレティウス。グスタフは腕を組み、レイスへ目を向けた。
「貴殿には俺の目的達成を手助けして貰った事になるか。不本意ではあるが、礼を言おう」
「……だから、結局なんなんだよ、こいつは？」
　シャルラッハの声にグスタフは暫し考え、それから同じ勲章を懐から取り出した。
「十一年前、革命軍による進攻を受けた帝都バルトアンデルスから逃れた者達が居た。皇帝と貴族達に忠誠を誓った、古臭い帝国の騎士達だ。この勲章は彼らに与えられた物であり、死して尚執着するに値する誇りなのだ」
　強く勲章を握り締め、グスタフは呟いた。
「別荘であるこの館に追い込まれた騎士は革命軍の追撃に合い、僅かな部下共々この館で命を落とした。それが化けて出るのなら始末するのは俺の役目だ」
「ならおっさんは革命軍だったのか？」
「いや。勲章を持っているという事は……アンタ、“こいつ”の仲間だったのか？」
　シャルラッハに首を振り、穴の開いた勲章を差し出すラスティ。グスタフはそれを受け取り、質問には答えなかった。
「じゃあ、弔い合戦……っていうのも違うかもしれないッスけど。供養して回ってるって感じなんすね」
　納得したように頷くこうき。嘗ての仲間の亡霊を倒し続ける男の気持ちも理解出来る気がする。
「いつも……御一人で仕事してるんすか？　こういう仕事してると大変だと思いますが、やっぱ仲間が居たりとか、ギルドとか所属してたりするんスか？」
「俺の戦いはとうに終わっている。余生はただの後始末だ。それに他人を付き合わせるつもりはない」
　背を向け歩き出すグスタフ。男は足を止め、僅かに振り返った。
「貴殿らのお蔭で楽をさせてもらった。感謝するぞ……ククク」
「おっさん、かっこつけてねぇで一緒に帰ろうぜ。どうせあの村に戻って泊めてもらうんだろ？」
　ギクリと背筋を震わせるグスタフ。男は根無し草。金もなければ寝床もない。かっこつけても生活苦の落ち武者に過ぎないわけで。
「戻ったら一杯飲まねえか？　心配すんなって、酒くらい奢ってやっからよ！」
　しょぼくれた鎧の背中を叩きながら笑うシャルラッハ。
　こうして歴史の闇を孕んだ館に静寂が戻った。村人達はハンター達に感謝し……約束通り、グスタフにも宿を提供してくれたと言う。