世界を焼き尽くせ、我が憤怒/【碧剣】胎動

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~4人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/05/29 19:00
完成日
2016/06/14 03:13

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


「……うおお」
 シュリ・エルキンズは思わず呻いた。眼前には『ヒト』の群れ。それが真っ直ぐに向かってくる。狙いは解っていた。シュリ達の後方に『飛んでいる』歪虚達だ。ベリトが率いていた堕落者と、空飛ぶ獅子達である。

 シュリとハンター達は、『彼ら』を背負うような形で、『ヒト』と相対していた。
 分かっていた。後方の歪虚達――『彼ら』が、嘲り笑いながらこちらを見下ろしている事など。故に、シュリは震えるほどの怒りを覚えていた。
 でも。

「ほかに、どうしようもないじゃないか……っ!」

 ―・―

 後方支援で走り回っていたシュリは合同葬祭を待たずに、ハンターズソサエティのオフィスへと走った。

 王都での後方支援作業中、北西へと撤退する敵影が見えた。シュリはこの一件の背景に明るくはないが、その方角には彼にとって唯一残った家族――妹が住まう、デュニクスがある。勿論、リベルタース地方まで踏み込むとは思えないが、それでも、居ても立っても居られなかったのだ。戦災が、彼の心中を踏み荒らしていた。

 ――結果として、彼が縋るようにたどり着いた先に貼りだされていた緊急の依頼書を見て、呆然と目を見開く事になる。


 そこには、『撤退するベリト配下を追撃する集団を止めよ』、と記されていた。


●回顧
 父から受け継いだ愛剣を調べる過程で、シュリは様々な人物と出会い、交流を深めて来た。
 王都第3街区の外れにある鍛冶屋『Heaven's Blade』の主、イザヤもその一人だ。鞘に入れて下げた愛剣を魔剣の類と見抜き声をかけてきた若き鍛冶師。その腕前は、かの騎士団長エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)も信を置くほどであるという。
 王国の危機とあってかの主人の方こそが多忙を極めており、シュリは漸く、報告に訪れることが出来た。
 申し訳なさそうなシュリに、ついでに、と差し出された手に愛剣を託した。平民の出でグラズヘイム王立学校騎士科に通うシュリの懐事情を察しているのか、彼は無料で手入れをしてくれる――のはよいのだが、その状況で報告を終えると、いよいよ、手持ち無沙汰となる。
 沈黙を押し開くように、碧剣の柄から刀身を眺めたまま、イザヤが口を開いた。
「足りないパーツ……その、エステル・マジェスティとかいう女がそう言ったのか?」
「は、はい……」
少しずつ手入れを重ねていくイザヤは、自らの目で検分しているのだろう。集中が一層、深まったように思えた。
「……」
 その様子を眺めながら、シュリは音無き吐息を零す。
 随分と、遠くまで来た。それでも、暗中模索なのは変わらないままだ。
 この剣は、名匠と言っていいイザヤをして、不完全ながら魔剣と言わせしめるものだ。それを調べようとして、各所を回った。中堅どころの騎士は口を閉ざし、若い騎士は剣の存在を知らない。漸くたどり着いたフリュイ伯、そして――エステル・マジェスティは、何かを知っていた。
 伝承に、確かに残る《碧剣》。
 エステルが語った事。騎士達が口を噤み――それでいて、シュリから剣を取り上げないこと。
 それらを踏まえると、この剣に不吉を覚えるのも、事実だった。
「――パーツ、か」
「なにか、分かりますか?」
「いや」
 剣の柄を差し出しながら、イザヤは小さく首を振った。
「わからねえ。こいつは剣としては十全だ。だから、足りないとしたら、こいつを魔剣たらしめている何か、だろう」
「……」
 深刻な顔をするシュリの背を、イザヤは強く叩いた。シャンとしろ、と。背筋を正すように。
「話を聞く限りじゃぁ、ハンター連中も色々試してくれたんだろ? 歪虚に反応せず、属性を持った攻撃にも反応せず、スキルにも反応せず……足りない何かが在るとしたら、そこだろう。だからアンタの父親は何も言わなかったし、恐らく、訳を知ってる騎士たちもそこを掘り返さねえ」
「……はい」
 シュリの応答には、理解の色が有る。それを見て取って、イザヤはその目を覗き込んだ。すると。
「やめませんよ」
 すぐに、返事が返った。
「なら、いい」
 一度は叩いた背を、力を込めて押し支え、それから。
「お前自身は、ソイツを使えるようになってる。この俺が保証する。好きにやんな」
 シュリにとっての奇跡のような一言を、添えたのだ。



 そんなことが在ったせいだ。シュリは、逃げられない。逃げたくない。認めて貰えたから。守りたいから。

『王国は、ベリト――メフィストから撤退の言質を引き出した』
 でも、それは守られるべき一線が護られてこそだ。
 眼前の集団は、それを反故にしてしまう一団に相違ない。動ける騎士たちは彼ら以外の、種々の対応に追われ、方々に駆りだされている状況だ。この場はハンター達の一団が先回りすることが出来たことは幸運と言えた。しかし、歪虚のほうが足を止めたことは不運と言わざるを得ない。
 ――なんと、憎らしい。
 シュリにだって、暴徒達の心情は解る。王都は、あの戦場は、絶望に彩られていたからだ。
 けれど。
「人、だ」
 呟いた。過日の茨の聖女の一件にかぎらず、亜人や雑魔と戦ったことはある。けれど、人と生命のやり取りをするかもしれない、という状況になるのは、初めてだった。分かってる。そこには何の違いもないことくらい。それでも。

「強く、なってるんだ。僕だって」

 無理やりに震えを抑えこみながら、呪文のように繰り返した。

「……護ってみせる。必ず」

 そんな言葉は、『相手』の姿をはっきりと観た瞬間に、霧散した。


 その一団には、シュリが見知った者達がいた。少年と、少女達だ。見知った、というのは、彼らが同じ騎士科の生徒だったからだ。大人達の姿も少なくない。彼らは武器を持ち、行軍している。乱雑ではあるが、力強い足並みで。徒歩ではあるが、歪虚達が高みの見物を決め込んでいる現状、互いの距離は縮むばかりである。
「……な、なんでッ!」
 悍気が、少年の脊椎を貫いた。シュリには、彼らの怒気が質量すら伴って膨らんできているように感じられたのだ。
「応報せよ!」
 すると、先頭に立つ少年が高らかに言った。上品な顔立ちが憤怒に歪む。シュリとは親しくはないが、貴族の子息だった筈だ。
「幾度と無く王都を穢した歪虚達に、報復せよ!」
 声に、怒号が続いた。鬨の声、というにはあまりにも頼りない。ただ、状況がよくない。 たまらず、シュリは振り返る。
「て、撤退するんだろ!? なら、早く往けよ!!!」
 言葉の先の――恐らく、【傲慢】に連なる歪虚。有翼獅子の背に腰掛けた羽根つきの歪虚は何も言わず、下卑た笑みを浮かべたまま見下ろすばかりであった。
 その事が、焦りを募らせる。歪虚達に被害が出たら、今回の約定は無効になる。

「騎士を殺し、戦士達を殺し、ハンターを殺した歪虚達に、報いを……!!」

 それを、歪虚達は解っているのだろう。
 だが、怒れる羊達の行進は止まる素振りなど欠片も見せはしなかった。

リプレイ本文


 王国の空は、何処までも澄み渡っていた。燦燦と注ぐ陽光に追い出された五月の草花の香りが、鼻腔をくすぐる。しかし、長閑な光景を破る不快な気配が、二つ。彼方から届くは、不穏を孕んだ不規則な行軍の足音。そして、近くには有翼獅子の羽ばたき音――さらにその高所から届く歪虚の視線。

 マッシュ・アクラシス(ka0771)は短く息を吐いた。細められた目は、何処までも冷え込んでいる。
 ――はてさて。あのような事があったというのに、気力が有り余っているのですねえ。
 後方を仰ぎ見る。と、こちらの動きに気づいたか、歪虚は愉快げに見下ろしてきた。
「……」
 付き合う道理も、義理もない。鼻息を荒くする愛馬の背を撫でながら、視線を外そうとした、その時だ。
「我々のような人間に全信頼を置いているのか」
 怜悧だが、通る声が歪虚の視線を切った。フライス=C=ホテンシア(ka4437)の声だとマッシュが気づいた頃には歪虚の顔に怒りが見えた。
「それとも流れ弾に当たって死ぬも良し、と慈しんでいるのか?」
 自らの言葉で歪虚が憤怒の表情に変容する様を、フライスはじっと見つめていた。メフィストと王国には、口約束とはいえ《誓約》がある。それを反故にはすまいと踏んでの言葉であったが、歪虚は動かなかった。
「……憎たらしいですね」
 アニス・エリダヌス(ka2491)は沈痛な面持ちのまま、そういった。
 《誓約》を盾に撤退まで持ち込めればよかったが、傲慢の歪虚は怒気は隠さぬままに高空から見下ろし続けている。
「守るべきものに、力を振るいたくは、ないのですが……」
 それでも、少女には退くつもりはなかった。暴徒達を通した時、どのような事態が起こりえるかを十分に知っていたから。護る。そのために、少女はそこにいる。
「歪虚達は高みの見物……私達は、良い見世物か」
 アルルベル・ベルベット(ka2730)は色のない表情でそう告げると、かすかな息をこぼした。
 暴徒達の激情。それは、少女にはなじみのないものであったが、理解はできる。彼らがこれまでに払った犠牲と、今回の戦果ははたして等価であっただろうか?
 機導師らしい思考で、そんなことを思った。だからこそ、彼らをこれ以上貶めたくない、とも。
「止めるぞ、必ず」
「……ああ」
 重い傷にも関わらず参加したレイス(ka1541)は、少女の決意を支持するようであった。一切の得物も身につけず、防具すらも最小限のもの。暴徒達を徒に刺激しないことを考えての用意だという。それを見据えて、少女も頷いたのであった。

 ――説得、か。理屈は兎も角、筋のない怒りじゃあない。
 胸中でつぶやく龍華 狼(ka4940)の顔つきは、厳しい。魔導二輪に跨がりながらも、腰に吊った刀に手を添えているのはその胸中の現れといえよう。
「大丈夫か?」
「え? あ、ああ! 大丈夫ですよ、へへ……ありがとうございます」
 苦い顔をしている狼を気にかけたレイスの言葉を曖昧な笑みで受けた狼は、彼らから見えぬように吐息と――言葉を吐いた。
「……兄さん達には悪いが、分は悪いぜ」



 チョココ(ka2449)の表情は、常と比して暗いものだった。
「……分かる気が、しますの」
「え……?」
 木漏れ日のような彼女にも、喪失や惜別の記憶は、ある。問い返したシュリにチョココは困ったように笑って小首をかしげると頭上のパルムは慣れた仕草で少女の帽子にしがみついた。
「あの人たちがお怒りになるのも、です」
「……」
「それでも、不幸の連鎖は断ち切らなくてなりませんわ」
「……そうですね」
 シュリはわずかにたじろぎ、足元をみる。ハンターとしてこの場にいる人間は、十分な決意と――覚悟を持って、此処にいる。そのことは痛い程に知れていたのであった。
 それでも、手が震えてしまう。刻々と迫る人の気配に、人を斬るのだ、という不吉を払えない。
「大丈夫、ですか?」
 そこに、光が落ちた。気づいた時には、シュリの身の裡を、光芒が通り過ぎていく。
 法術だ、と。気づいた頃には、眼前に淡い香りが降りていた。
「ず、わっ!?」
 思わず、後ずさった。そこには馬上から見下ろす、柏木 千春(ka3061)の姿があったから。まさか、自分の無様をみられていたとは露ほども思っておらず、動揺が勝った。そんなシュリの心を知ってか知らずか、千春はまっすぐにシュリを見据え、
「シュリさんは、どうしたいですか?」
「どう、したいか……」
 答えは、その口から紡がれる事はなかったが、シュリの手が強く碧剣の柄を握る姿を見て、千春は表情を緩めた。
「……殺さないために、彼らを止めましょう」
 願う道は同じだ、と。少女は解ったのだろうか。少女の覚醒を顕す光が、小さく、瞬いた。同じものを、見たのだろう。同じく馬上にあるアニスは真剣な面持ちのまま、告げる。
「必ず説得を成功させて……無血での、終幕を目指しましょうね」
 やわらかなアニスの言葉に、千春は頷くと。
「シュリさんなら、大丈夫」
「……ありがとう、ございます」
 アニスはシュリの恐れを払いたいと約し、千春は、押しつけることはしなかった。その心遣いが、今は嬉しかった。
「そろそろ、行きましょう」
「あ、はいっ」
 頃合いと見たか、短く降ったマッシュの声に馬首を巡らせると、すぐに走り出した。すぐに、魔導機関の駆動音が響く。
 ――迫る暴徒を前に、ハンター達は前進を選んだ。
 ゴースロンに騎乗するマッシュとアニス、千春と、魔導二輪に乗る狼は先行していった。



 残る面々は、徒歩での前進となった。とはいえ、急がなくてはならなかった。アニスと千春は法術による壁を展開し、その後に説得を行う予定だ。
 ほ、ほ、ほ、と。駆け足で進むチョココがときどき心配げに振り返る姿に、レイスは頬を緩めた。空いた距離が示すように、少しばかり、遅れていた。それでも、胸中に滲む焦りが少女の仕草でほぐされたようだ。
「あの……傷は」
「――大丈夫だ。なんてことはない、さ」
 重傷を負っているレイスの歩みは鈍くなってしまう。シュリは少しでも負担が減るように、と介助を申しで、レイスはそれ請けた。拘っている場合では、なかった。
 傷は痛む。それでも、速度を落とすことなくシュリ達と並んで歩いていく。
「俺達は先にいくぞ」
 こちらは振り返ることもなく、フライスは並ぶアルルベル、チョココにこう言った。
「何かが起こった時、あの数では対処に困る」
「あ……はいですのっ!」
 チョココは素直に応じ、さらに足を速めた。アルルベルもそれに続いたが――最後に一度だけ、シュリの方を振り返った。
「……」
 目が合ってすぐに、頷きが返る。アルルベルには少年の変調は見てとれていた。しかし、すぐに視線を切ることになる。
 前方。
 すでに、怒号が響いていた。



 僅か八メートル。暴徒達から刺さる視線、吐き出される憤怒、けたたましい足音。距離が縮まれば縮まるだけ圧力を伴って迫る。
「――アニスさん」
「はいっ」
 暴徒達がそこまで迫ったところで千春とアニスは法術を紡いだ。かたや光芒、かたや光翼。覚醒を示す二人の光に気付くと、初めて暴徒達に動揺が走った。眼前にいるのは覚醒者である、と。彼らが術を紡ぐ意味に、暴徒達の一部が、怯えを抱いたのだ。
「ハンターが俺達を攻撃するわけがない!」
(……あの人、騎士科の)
 叱咤する声の主を、聖盾を掲げるアニスは見逃さなかった。王立学校の校章。年若い男の声だった。無論、彼女達の後方で暴徒達ににらみを効かせている、マッシュと狼もそれに気づいた。
「……いやはや、優秀な学生のようで」
「聞こえますよ」
 マッシュの諧謔を、狼が窘める中――術が、成った。

 その法術の展開には、光も、音も無い。
 ただ、暴徒達の歩みを止めるに足る確かな力がある。
 《拒絶》ではなく――《護る》、そのための術が。

 その中で、千春はひとつ、ふたつ、と息を整えた。
 マッシュと狼が視線を交わして、それぞれ左右に散っていくのが解った。迂回するかもしれない暴徒達に配慮してのことだろう。後方、フライス達はまだ遠い。でも、大丈夫だ。あちらの《手》は長い。
 頷いた。そして。
 
「お願いです、わたし達の話を聞いてください」
 それを汲んで、アニスが言葉を紡いだ。


 よもや友好的な遣いとは思っていなかったのだろうが、動揺は図りしれない。
 ――無理もないです。
 眼前の光景を痛ましげに見つめながら、アニスは思う。怒れる彼らは本来、守られる側の者だ。
「……聞いてください。あの一戦、わたし達は力が及びませんでした」
 光翼が、アニスの背で瞬く。聖盾の把を握りしめながら、続けた。
「わたし達、ハンターだけではなく……王国の精鋭たちが死力を尽くしても、多数の死者と負傷者を出しても、それでも、届かなかったんです」
 彼女にとっても痛みを伴う事実で――だからこそ、伝えたい言葉がある。
「わたしも死者を眼前で愚弄されました。悔しい、今すぐ矢を射かけたい……そう思いました」
 眼差しは強く、真っ直ぐに紡いだ。
「しかし、今そうしても、より大きな危機を招くだけです」
「アンタは!」
 反駁が、法術の壁を抜けてアニスの耳を撃ち抜いた。煮え滾る憤怒が、少女の細い体を貫く。
「アンタは! どの口で! それを言うんだ!」
 男の声だった。皮切りに、異口同音。怒声が響く。
「何故俺たちが煮え湯を飲まされなくちゃいけない! 何故、俺たちばかりが……!」
「歪虚は、約定により撤退をしているに過ぎません」
 ぴたり、と。声が暴徒達を叩いた。静かだが、確かな威をもって。
「この場で歪虚へ攻撃をした場合、約定は破棄。貴方たちではなく……王都全体に、危害が及びます」
 それは、千春が《あの場》で目にした、真実の《一端》で。
「……っ!?」
 今度こそ、暴徒達を驚愕が貫いた。怒りに盲していた暴徒たちにとって想像し得ない真実だ。
 王国は、見逃してもらったのだ。歪虚に。その事実が、暴徒たちを震わせる。業火に覆われていた怒りが、同じだけの力をもって、絶望の奈落に沈んでいく。アニスは悲しげに目を伏せた。ぽつと言葉を足元に落とすように、こう結んだ。
「そんな危機に、騎士達が身を挺して守ったあなた方を晒すわけにはいきません。騎士達の心を、反故にしてしまいます……」
「私たちは、負けました」
 そっと、言葉を継ぐように、千春が続く。
「……ですが、ここで終わりではないはずです」
 その時だ。
 ひゅい、と。旋律が草原を撫で、風と共に吹き上がる。
 緩やかだが、ひたむきな旋律。

 それは、今、この時――かの王都で紡がれているであろう奏楽。
 王国で紡がれる、鎮魂の調べであった。
 数多の視線が、泳ぐ。

 その先に、少女がいた。
 ハーモニカを口元に添えた、アルルベル・ベルベットが。



 そこには、アルルベルの願いがあった。少しでも痛みが除かれるように。《彼ら》に向けられるあの傲慢の歪虚の好奇の視線が、少しでも逸れるように。
 まるで道化だ。それでも、良かった。この場に置いて、痛みは消失し得ないことは少女にも解っていたから。

「……大丈夫そう、ですの?」
「さて」
 旋律の鳴り響くなか駆け寄ったチョココに、マッシュは肩をすくめて見せた。千春達の言葉は確かに届いたように見える。
 ――しかし、それは……。
 思い至った事実を告げるまでもないだろう。不安げなチョココから、視線を滑らせる。銃を下げながらも、視線を巡らせるフライスと目があった。その目線が、それとわからぬ程度に動く。
 フライスの視線を追って、気づいた。数人、気配が違う者が居る。
 覚醒していることも然り、だが。
「……」
 未だ消えぬ、焔。憎悪の気配の中で、それと気づかせぬ程度に、覚醒の変化を示すものがいる。
 ――騎士科の学生、ですか。
 抑えようとしているのは、明らかだった。感情と、行為の間に横たわる乖離。それが示す名を男は知っていた。
 殺意、だ。
「……チョココさん」
「はいー?」
「準備だけは、しておきましょうか」


 距離を縮めてくる男に、暴徒たちの多くは気づくことはなかった。
 前後不覚に陥っている彼らに、周囲を見る余力はないのだろう。だから、その一言は極めて静かに、告げられた。

「まずは貴方がたに感謝したい」
 レイス。男の言葉に、民たちはゆるゆると顔を上げる。
「足を止め、声に耳を傾けてくれた事に。人として向き合ってくれた事に」
 視線を感じながら、レイスは続ける。
「次いで、謝罪しよう。俺は先の戦いに参加してはいない。ならばどの面下げてと思うかもしれないが、だからこそだ。
 ……これからは手の届かない場所にいないという決意の現れだ」
 傷も、胸の裡も、痛みで溢れている。それを言葉に
「我々は取り返しのつかないものを喪った。それを悼み、怒りを覚えた貴方がたは間違っていない。俺や仲間達も同じ痛みを、怒りを共有していると断言しよう」


「此処まででいい」
 そう言って踏み出すレイスの背を、シュリは見送った。否。追いすがることが、出来なかった。
 その脚は震えていた。見えていたのだ。暴徒の中で、旧友たちが静かに牙を剥こうとしている姿が。
「無様だな」
 だから、その声には、心底驚いた。震え、怖々と見上げる。その人物は、シュリを見ていなかった。
「学友を……人を斬るのが怖いのか?」
「……っ」
 その時初めて、フライスはシュリを見た。正しくは、その《剣》を。
 そうして、シュリの手を取り、空いた手で碧剣の刃を握る。理解が追いつかずに見つめるままのシュリを引き寄せ、躊躇いなく――刺した。碧剣を、己の腹に。
「ちょっ……! 何をしてるんですかっ!」
「これが、人の肉の感触だ」
 フライスの言葉は甘い蜜のように脳髄に染み込んでいく。
 動転しながらもシュリは剣を引けなかった。引く角度を誤ればフライスの指が落ちるかもしれない。
「……離して、ください」
「覚えておけ」
 嘆願にも似た言葉。それを承けたわけではなかろうが――執着なさげに手を引いたフライスは、すぐに銃を構えた。

「……え」
「走れ、シュリ・エルキンズ」
 遠く。
 沸々と沸き立つ憤怒の顕現を、シュリは目にした。




 ――だが今貴方がたが武器を取ることは間違いだ。


「間違い、だと?」
 先に立ったのは――やはり、学生の声だった。だが、これまでと違う。その怒りは確実に波及した。
「お前らハンター達が、それを……それを、言うのか!」
 暴徒たちの胸に火が落ち、騒然と沸き立つ。

 魔導バイクに跨っていた狼は思わず、舌打ちを零した。
 レイスの言葉への反応は劇的だった。
「ちっ」
 狼はバイクのハンドルを、握りしめた。
「結局、こうなるのかよ……」

 千春は目を瞑った。レイスだけが悪いんじゃない。真実で彼らを打ちのめしたのは、他ならぬ自分自身だ。間違いじゃ、なかったはずだ。効果はあった。でも――彼らを慮る言葉が、十分だっただろうか。
 自分たちの事情を、開陳しただけでは、なかろうか。

 ……賽は投げられた。千春は静かに膝を折り、せめてこの結界だけは崩さぬように――祈りを結んだ。


「ああ、言うさ。貴方たちの戦いは違うはずだ! 銃を持ち、戦いに望むのは貴方たちの戦いとは違う筈だ……!」
 レイスは動勢を理解しながらも、だが、これだけは言わなくてはと声を張る。
「もう一度言おう。諸君等の戦場は此処ではない!」
「……ッ!!」
 一息に、憤怒が爆発した。声なき怒声。踏み鳴らされた足音が、巨獣のように弾ける。

「こんな術をつかって喋る貴様らに!」
「貴様らなんかに!」「貴様らが! それを!」「――滅びるしかないなら、俺達は!」
 一斉に、銃を構えた。

「「「壊せ!」」」


 生まれた動きは、幾重にも。
「チョココさん」
「ひゃあ……っ」
 マッシュの言葉にチョココは頭を下げつつ魔術を紡ぐと、その足元から土塊が沸き立ち、壁を成す。マッシュは僅かに馬を進めた。暴徒は千春達が紡いだ不可視の《壁》を狙っている。角度的に、流れ弾程度しかこちらには来まいと、踏んでの事だった。歩を進めたのは――。
「退け!」
 眼前。騎士科の学生が暴徒たちを引き連れて飛び込んで来ていたからだった。

 暴徒が銃を構えた時、何よりも早く弾けたのは、対面――フライスの銃弾であった。
 精緻極まりない銃撃が、幾人かの手を止める。しかし、十全に、とはいかない。アニスや千春を狙うものはない。ただ、そこに術があるのを感じ、その《壁》を壊すべく、動く。
 その銃口を前に、フライスが伏せるまでもない。狙いは絞られ、彼女はそれを、予め予測できていたのだから、流れ弾に晒されそうな位置には、いなかった。


 盾を構えたアニスの胸中は、痛みで引き裂かれんばかりであった。眼前の暴徒達が銃を構える。その理由も、その結果が、ただただ痛ましくて。
 ――なんで……っ!
 歯をきつく噛み締め、盾を構えた。護るという意志の顕現。その得物が今、この時ばかりは只管に重い。
 来る。破壊の意志が、はじけようとしている。銃口は、アニス達を狙うものでは《無い》。それでも、彼らが狙う《壁》の向こうには、アニスがいる。千春がいる。重症でこの場に参じた、レイスがいる。
 民達はこの法術を知らぬ。知らぬが故に惨劇が紡がれようとしていた。だから、アニスは間合いを外そうとしたのだった。だが。
「千春さん!?」
「……この術を、解くわけにはいかない、から」
 馬から折りた千春は馬の背を叩きながら、曖昧に笑った。
 中央。この壁が消えてしまえば、暴徒達は再び進軍する。そして、横合いに展開しているマッシュと狼達の布陣が無為になる。

 だから。


 レイスもまた、それを見た。己の言葉で再び牙を剥いた民達の姿を。
 これほどまでに絶望が、怒りが深かったのか。この道が誤りだと知っていてもなお、身を滅ぼすと解っていてもなお、進まざるを得ないほどのものなのか。
 そうと知り、硬く、目を瞑った。流れ弾の一つでもこの身を穿てば重傷のこの身が保つとは考えられなかった。
「護るべき者達の、怒りで散る、か」
 レイスは諧謔に口元を歪めた。あるいは、すまん、と告げているかのように。

 轟、と。旋風と轟音が舞い上がった。破裂音についで、幾重にも重なる金属音が爆ぜる。
 ――痛みは、いつまでたっても訪れなかった。

「レイスさん、下がって!」
 シュリの声が、耳朶を打った。見れば、レイスの眼前に立ちはだかり、盾となっている。一瞬、その体からマテリアルの光燐が爆ぜたように見えた。それは――彼がよく知る女性のそれに、良く似ているように感じられた。
「…………すまん」
 シュリに対してか、《その相手》に対してか。レイスはそう応じ、後退していった。
 状況はすでに、彼の手を離れてしまっていたから。


 走れ、と言われ駆けはしたが間に合うとは思えなかった。エクラの導きか、はたまた別のものか。超常的な何かのお陰としか思えない。守れたという実感に、シュリは緊張と興奮を抱きながら視線を巡らせる。
 正面。ほぼ無防備で銃弾の雨を耐え抜いた千春が今もなお術を紡ぎ続けている。千春の無事を確認したアニスは千春の真正面に立つと、盾を手に悠然と大地を踏みしめた。
「――――っ!」
 アニスが何事かを叫んだ。轟音で耳が潰れ、はっきりとは聞こえなかった。ただ、両翼に人の流れができている。最前を行くのは狼とマッシュと相対する、騎士科の学生たち。マッシュも狼も、騎乗する足を留める事無く、真っ直ぐに突き進んでいく。マッシュの後方、銃撃に吹き飛ばされた土壁の『下』からひょっこりと顔をだしたチョココが、魔術を紡ぎ始めた。

 状況は不透明だが、動きはある。

 じくり、と。フライスを突き刺した肉の感触が、手に蘇る。そこに。
「剣も、その盾も、存分に振るえぬならば王国も人々も救えない」
 後方から、少女の声が響いた。アルルベルの声だ、とすぐに気づいた。
 少女はすぐにシュリに並び、
「……覚悟を決めろ、シュリ・エルキンズ!」
「はい!」
 声に、即応した。行かねばならない。誰も彼もが、戦っている。これだけ気にかけてもらっていて、自分だけが休んでいるわけには行かない。
 ――護るんだ。
「私は左にいく。君はマッシュの援護を」
「はい……っ!」
 だからこそ、シュリは再び、駆けだした。


 魔導バイクを全速で駆動させながら狼は狂奔しそうになる胸中を押しとどめる――と、車体を倒した側面を、銃弾が撫でていった。
 丁寧な照準。騎士科の学生か、と知れた。そいつが何事か叫ぶと、千春達を撃って茫然自失となっていた人間たちのうち、いくらかが言われるがままに銃を取る。
 ――……中身の伴わない綺麗事なんて誰の胸にも響きはしないんだよ。
 人を撃った、という事実にこそ叩きのめされている民達にそんなことを思いながら、
「くそったれ!」
 舌打ちと共に叫び、飛び込んだ。絶叫が上がる。加速の乗った質量に、たまらず暴徒たちが弾き倒される。加減はした。死にはしない筈だ。
「こっから先、俺は修羅になる! 生命が惜しくば立ち去れ!」
 バイクから飛び降りた狼は叫びながら身を沈める。暴徒の誰かが放った銃弾が、別な暴徒を撃ち、絶叫が広がり、波及した。
 そのまま狼は人の隙間を縫うように前進。短躯を活かして接近すると、銃撃を放った暴徒を打ちのめす。再び、悲鳴。
「貴様……!」
 騎士科の学生が追いすがろうとするが、混乱の中では上手くいかない。銃を投げはなって逃げ出す暴徒達には目もくれず、銃を構え、狂乱に陥っている暴徒を刃の峰で撃ち、昏倒させる。
 ――オーランのおっさんがまた傷ついてた。
 狼とて必死だ。だが、胸中を占めるのは、痛みや焦りにも似た感情だった。
 これ以上、『あの時』を繰り返す訳にはいかない。
「恨むなら恨んでくれていい……でも、死んだら何も残らないんだよ!」
 叫びながら、斬る。切り倒す。憤怒を、その根源から断ち切るべく。逃げ出しつつはあるが、数は多い。どう切り崩すか。冷静にそう判断する自分に気づき、歯を噛みしめる。
 ――あいつは何ていうかな。
 ただ、そんなことを思った。


 状況を一変させたのは、狼が住民たちめがけて飛び込んだことともう一つ。チョココの魔術であった。
「今、残されたモノを大事にして欲しいですの……っ」
 声を張りながら、マテリアルを解き放つ。紡がれた魔術は黒雲として顕れ、中央、千春やアニス達と相対する一団を覆い隠した。
「ここで歪虚に攻撃したら、本当に何もなくなってしまうかもしれませんわ。彼らが悦ぶだけですの……!」
 一般人を無力化するためとはいえ、魔術を放つのは、痛みを伴う。
 ――でも……彼らも、傷ついていましたの。
 本意ではなかったとしても、彼らは千春達を撃った。その事に衝撃を覚え、手を止めた者達も、いたのだった。そのことが解ったから、チョココは一切の遠慮を抱かずに、今は眠りの救いを与えんと術を紡ぐ。
「――だから、此処で止めますの……」
 再び、チョココは魔術を紡ぐ。それは、一般人にとっては抗うこと叶わぬ術。
「邪魔ばかりして……!」「ヤツを抑えろ!」
 眠り込んだ市民は起こせばそれで済む所ではあるが、数が多いのが災いした。故に、彼らは眼前の障害を手っ取り早く除くために、前に出て、銃を構えた。
「失礼ながら」
 しかし。この場にはもう一人、いたのだ。
 マッシュ。盾と剣を手にした男は、その重装甲と盾で確実に銃弾を無力化していた。一般市民と学生の区別なく、障害となる者達をなぎ払い、残る学生たちの幾人かをシュリに任せ、この場に至っている。
 荒々しい魔獣に似た兜の向こうから、感情の色が無い言葉が落ちた。
「歪虚が憎い、大いに結構でしょう。ですが、次からは、確りと装備を整えてからいらした方がいい。そのような鈍らでは、このように蹂躙されるだけですから」
「――っ!」
 近づいてくる馬上の男に対して反射的に銃撃を放とうとした学生は――灼熱めいた痛みと、全身を覆う冷気に晒された。
 マッシュに取っては、見るまでもない。この場において、その銃撃を成すものなど、フライスただ一人だけ。誂えられた好機に、マッシュは間合いを詰めた。残る一人を盾で突き上げるように殴打し、片手の聖剣で学生の首を殴打し、
「……無欠に無血、とはいきませんでしたね」
 遠く、歪虚を見据えて、吐き零した。背中の弓に手を伸ばす好機が巡るのならば、今この時でも弓を射かけるのも――そう、悪くない。

 再び、銃声につづいて、学生の苦鳴が響いた。フライスの銃弾によるものだ。すぐに、その意を理解する。さっさと鎮圧しろ、とでも言わんばかりだった。
 マッシュは兜の下で苦笑を滲ませると、愛馬の腹を蹴った。



 あらかた市民を狙い終えると、狼は徐々に学生たちに包囲されるようになっていた。
 ――無視、しすぎたか!
 チョココの魔術で市民達が鎮圧され、残るは学生たちだけ。そうなると、如何に短躯を活かすとはいえ遮るものがほとんど残っていない。
「……っ」
 走り続ける狼の頬を、銃弾が通り抜けていく。市民たちよりも遥かに精度に優れたそれをかわし続けるのは、もはや限界に近しかった。
 だからこそ。
「……覚悟を決めろ、か」
 訥、とした声と共に、学生たちへと向かって業炎が走った時、少なからず安堵を抱いたのも事実だった。
 少女は遠方、シュリが戦闘している姿を目に留めながら、こう呟いた。
「龍華。あの学生たちはもはや止まるまい」
「はい……っ!」
 この状況。もはや、学生たちを相手にしないわけにもいかない。アルルベルの下した結論に、狼は頷いた。
 ――死ぬわけには、いかねえ。
 もとより、この場を流血無しに片付けられると思っていた訳ではない。故に――往った。
 その背を援護するように、機導術が爆ぜた。


 千春と共に術を紡いでいたアニスはついに、その結界を解いた。眼前。両翼から迫るハンター達の手で、騒乱は終結に向かおうとしている。もはやこの結界には、意味などあるまい。
 動勢を見守りつつ、アニスは紡ごうとしていた攻撃のための法術が霧散した事実を思い出していた。
「……あの人達、傷ついてました」
 あの時。千春を。アニスを。レイスを、シュリを撃った当人が、驚愕に包まれていた。
 彼らは闘う者ではない。撃って、後悔してしまうような、ふつうの人々だった。
 そんな彼らを撃つための術を、守護者たる彼女は持ち得なかったのだ。
 学生のうち、最後の一人が崩れ落ちた時、アニスは空を見上げた。
 住民たちがつきつけられた絶望は。嘆きは、どれほどのものだったのだろう。
 ハンター達とこれほどまでに隔絶された、力持たぬ彼らにとって――この現実は、いかほどのものだったのだろう。

「…………撃たなくて、撃たずに済んで、良かったです。私、きっと、後悔していました」
 堰を越えた感情が乗ったアニスの独語は風に流れて、消えていった。


 決着がつくのを見届けて、歪虚達はゆっくりと踵を返し、北西へと消えていった。その様を、レイスはその両目に焼き付けながら、両の拳を握りしめる。
「忘れるな。……必ずその傲慢ごと地に叩きつけてやる」



 逃げた者もいるとはいえ、数十人にも及ぶ人間を運ぶ術はなく、結果的に、彼らが目覚めるまでハンター達は待ち続けた。目を覚ました彼らは――騎士科の学生も含めて――事態を受け止め、悔恨と共にハンター達に謝罪をし、移送そのものは順調に行われた。


「わたくしの故郷も、歪虚の襲撃によって焦土となりましたわ」
 その道中。チョココは、彼らにそう語りかけた。
「とても悲しいけど……だからこそ、残されたモノを大事にしないとって。未来の為に……守らなければって、心に誓いましたわ」
 幼く、手折れそうなほどに細い少女の言葉は、かつて暴徒だった人々の中に沁み入るように響いた。
「もう少しだけ、耐えてくれませんか」
 千春が、言葉を継いだ。真っ直ぐに、進むべき道を見つめたのち、視線を転じた。一人ひとりを見据える。
 傷ついた人々の姿が、あった。彼らは全てを知らない。知らないが故に、縋るものを求めているようであった。かつて『テスカ教』が、そうして生まれたように。
 だから、千春はこう結んだ。
 あの場で紡がれた、一縷の光。その一端だけでも、彼らに示そうと。
「次は、負けません」







 道中、アルルベルがシュリの碧剣で試したいことがある、と言った時、シュリは慌てて固辞した。その理由を問いただすと、
「刺した? フライスを?」
「え、あ、えぇと……」
「……君も無茶するな」
「さて、な」
 アルルベルの、かすかに呆れの混じった視線を言葉一つで受け流す。
 ――どのみち、傷だらけの身だ。
 とは、言わず。ただ、シュリの掲げる碧剣を見据えた。彼が学生と相対している間も、特別な《力》らしいものは見受けられなかった、その剣を。
「人の生き血の類ではない、ということか……」
 そう言って黙考するアルルベルを尻目に、フライスはシュリに視線を転じた。甘さの残る童顔。確かに戦えはする。護るための勇気もあるだろう。
 しかし、終始、殺す覚悟は見えなかった。
「殺す覚悟も無しに、剣を継いだのか?」
「……」
 言葉を、シュリは聞き返したりはしなかった。それは、今回の戦場でまざまざとつきつけられた事実であったがゆえに。だが、それに答えることは、出来なくて。
「そうか」
 フライスはそのまま視線を切って、足を早めた。仕事は終わった。ならば、この場に留まる理由もない。《そこ》に踏み込む理由も無かったのだから。


 暴徒たちによる動乱は、終末の火種となることはなく幕を下ろした。
 その裡に、予感を孕みながらも、今は。

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参加者一覧

  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • 愛しい女性と共に
    レイス(ka1541
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師
  • 勝利の女神
    アニス・エリダヌス(ka2491
    エルフ|14才|女性|聖導士
  • 真摯なるベルベット
    アルルベル・ベルベット(ka2730
    人間(紅)|15才|女性|機導師
  • 光あれ
    柏木 千春(ka3061
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • ”Scar"let
    フライス=C=ホテンシア(ka4437
    人間(紅)|18才|女性|猟撃士
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼(ka4940
    人間(紅)|11才|男性|舞刀士

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/05/26 14:57:24
アイコン 相談卓
柏木 千春(ka3061
人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2016/05/29 17:59:07