世界はそれでも尚、美しい

マスター:DoLLer

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~12人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/09/12 09:00
完成日
2014/09/15 07:23

みんなの思い出

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オープニング

 宿屋の一室をレイチェルが覗きこむと、そこには旅を続けていた老いた詩人は椅子に深く腰掛け、開いた窓から流れ込む夏の風と子供の遊ぶ声に聞き入っていた。彼にはそこから音楽を導いているのか、膝に置いた骨の浮かぶ枯れた指をリズム良く動かしている。しかしそれは弱々しく時に乱れていた。深いシワに埋もれた彼の瞳はぼうっとしており、今ではない時間を見つめていた。肌は蒼白で生気が失われかかっており、長い長い彼の旅路が間もなくここで終わることになることを示している。
 レイチェルは勇気を出してドアノブを回した。老詩人が頭を巡らせこちらに振り向くとレイチェルの姿を捉えたのであろう。その姿を見るや否や、彼の瞳に光が灯り、肌がさっと色づいた。まるで人形に命が宿ったかのようだ。
「レイチェル、お帰り」
 温かみのある優しい詩人の声は、レイチェルの心の強張りを溶かした。彼の声には不思議な力を感じずにはいられなかった。出会った時からそうだ。乾いた砂に水が吸われるように、すっと心に染み入るのだ。
「ただいま、グイン。今日は羽振りの良いお客さんが多くて良かったわ。おかげで今日はあなたの好きなシチューを作れるわ」
 レイチェルは広場での仕事を話しながらベッドに腰掛け、グインにたくさんの食材が詰まった袋を見せた。
「嬉しいな、君の手料理を食べられるなんて。私は幸せ者だ」
 グインは子供のように無邪気な笑顔を浮かべた。それが何よりたまらなくレイチェルの胸を熱くするのだ。
 もうこのように寄り添って何年だろうか。閉鎖的なエルフの生活をしていた時は世界は色褪せたように見えていた。だが、グインが来て、彼がリュートを奏でながら歌った恋情歌はそれらをすべて一変させた。心に躍動が生まれ、世界は色鮮やかに生まれ変わったように感じた。それから森を飛び出て、彼と共に何年も旅をした。彼の歌声はいつでもレイチェルを振るわせた。彼の笑顔はいつでもときめかせた。
 今日はどんなにして彼を喜ばせよう。今日はどんな歌を披露してくれるのかな。この幸せをどうやって分かち合おうか。
 四六時中そればかり考えていた。そして彼も同じように、レイチェルを見てはいつでも恋に満ちた青年の表情を浮かべてくれるのだ。婚姻を結ぶことも子宝に恵まれることもなかったが、つながっている。その気持ちだけで二人は十分だった。
「うまいこと言っちゃって。ふふ、それじゃ腕によりをかけて作らなきゃね」
 宿屋の台所を借りて作ってくるからね。レイチェルは立ち上がろうとした時、グインが不意に手を伸ばした。彼の動きは緩慢でレイチェルをつかむことはできなかった。
「どうしたの?」
「……君と離れたくない、と思って」
「大丈夫よ、下にいるだけなんだから。お料理ができあがったら、ゆっくりお話ししましょ」
 すっかり照れた顔になったレイチェルはそう言って、グインの傍を離れた。レイチェルもずっと彼の傍にいたいという気持ちは同じであったが、そうやって恋を語らった時は気が付くと夕飯時を迎えてしまい、食事が真夜中になることもしばしばあった。だから、料理を作る時だけは少し我慢。それが通例だった。
 だが、それが間違いだった。
 グインと言葉を交わしたのはそれが最後になってしまった。


 天命だったのだろう。人間はエルフに比べて遥かに短命だ。そんな人間で、しかも流浪の生活を続けながらもグインは70近くまで生きた。レイチェルはその半分以上の時間を共にし、最期まで互いに慕い続けることができたのだ。
 だけど、だけど。
 泣き疲れたレイチェルは落ちくぼんだ瞳で鏡を見ていた。自分の容貌はグインと出会った時からほとんど変わっていない。そう、エルフなのだから。この長く尖った耳が何よりの証拠。
 レイチェルは己の長く尖った耳を鷲掴みにし、思い切り引っ張った。耳の付け根が焼けるように痛み、チリリと音が響いたが、それでもレイチェルは止めなかった。
 400年の寿命などいらない。悠久の若さなど欲しいならくれてやる。
 どうして添い遂げられないのか。何故共に老いることができないのか。長くてもあと数年しか生きられぬというなら、その余生を懐かしむためだけに生きてもいい。だが、彼女はグインと過ごしてきた時間の何倍も生きなくてはならないのだ。孤独と共に。
 耐えられない。
 耐えるなんてできない。
 死のう。そう決心した。自ら命を絶つことはグインは悲しむだろう。生への渇望と死の渇望は誰にでもある。そのせめぎ合いで人は苦悩し、また輝くのだ、死にたくなっても死んではいけない。と常に言っていた。
 だけど、グレーの世界を生きる勇気はない。常世で怒られてもいい、いいや、出会えなくてもいい。ただ同じ世界に身をやつすだけで、この寂しさは満たされるのだ。
「グイン……」
 料理に使っていた包丁を首の袂に向けたところで、大きな力でそれから引き離された。
 レイチェルは絶叫して死を懇願したが、許してはくれなかった。
 そこに立っていたのは、『あなた』達だった。


 時は遡り、ハンターソサエティ。
 そこには一つの依頼が届いていた。その主文には何とも珍しいことに手紙が添えられていた。

『今を生きる人々へ
 この手紙が誰かの目についている時には 私はもう冥界の扉を開いていることだろう
 故に、この依頼を受ける心優しい人々に直接会って話せない無礼を許してもらいたい
 相談したいのは、レイチェルというエルフの女性についてだ
 私にとって無二の存在であり、永らく、同じものを見て、同じものを食べ、同じ時間を過ごしてきた
 連れ添った40年という時間は私にとって最高の時間だった
 だが、エルフのレイチェルにとって40年はそれほど長い時間ではない
 彼女は私の死後、何倍もの時間を過ごさなくてはならない
 レイチェルは私の詩歌を聴いて、この世に喜びがあることを知った 世界が色で満ちていることに気づいた
 詩人にとってこれほど嬉しいことはない。ましてやそれが私の一番大切な人に伝えられたのだから
 だが私の死後、世界は再び闇に覆われ、色を無くしてしまうだろう
 彼女に伝えることができなかったのだ
 本当は私が伝えるべきこと、もしくは彼女がそれを自分で見つけ出す事柄なのだろう
 だが、私はできなかった。二人の生活に寄りかかっていたのは私の方だったからだ
 死にゆく人間が、残された人間にこんなお願いをするのは何と傲岸不遜だと思われるかもしれない
 どうか彼女に伝えてほしいのだ
 世界はそれでも尚、美しいのだと』

リプレイ本文

「離して、死なせてっ!!」
「何やっておるんじゃ、バカモンが!」
 半狂乱になって叫ぶレイチェルにギルバート(ka2315)の叱責が飛んだ。この言葉に悲しみがほんの少し怒りとおののきの感情へとすり替わる。その瞬間を見過ごすことなくエアルドフリス(ka1856)が喉元につけていた包丁を取り上げた。間近で見る彼女はまるで亡者のごとく生気はなく、まるでエルフの姿をした抜け殻が動いてる。そんなように見えた。
 人は真に絶望すればここまで変わるものなのか。エアルドフリスは目を細くした。直視できない、とはこのことだろう。
「ダメだよ、死んじゃダメ!」
 リィフィ(ka2702)がそんなレイチェルに抱き付いて叫んだ。まだ130センチに到達したばかりの彼女の体では母にすがりつく子供の様だ。その鮮やかな赤の瞳が涙でにじむ。
「自分を殺さないで、グインを殺すのダメなの!」
「何よ、何よ、あなた達……あなた達が止める権利なんてないわっ」
「権利? 異なことを言うものですね。宿屋という半公共の場で自殺など計ってみなさいな。誰もが迷惑します。森であれば獣に食われるか、腐って土に戻るかするでしょうが、ここは人の住む場所。ついでに言うなら」
 ガーベラ・M・ベッドフォード(ka2401)は懐から手紙を取り出し、レイチェルの眼前で広げて見せた。暴れていたレイチェルもガーベラのたんたんとした口調にほんのわずかに思慮を取り戻し、さらにはよく見た手紙の筆跡を目にした途端に、体は凍り付いたように止まった。
 ようやく動きの止まったレイチェルにエイル・メヌエット(ka2807)がそっと傍に寄り添い、包むようにして背中に手を当てた。
「私たちは、グインさんに頼まれて今ここにいるの」
「グインが? そんな、だってグインは」
 狼狽するレイチェルにルシオ・セレステ(ka0673)はほんの少し腰を落とし、真正面に顔を据えて静かに言った。
「私達があなたを尋ねたのは、グインの依頼で、望みだ。グレンが示す最後の愛情の形だと私は思っているよ」
「依頼……グインが?」
 ようやく正気を取り戻したのか、少し落ち着いた様子でぐるり周りを見回すレイチェル。自分がどれほど取り乱していたのかという部屋の散乱の様子と、そして黙って見つめる数多くのハンター達の姿に彼女はようやく合点がいったようだ。彼女はそのまま力なく崩れ落ちそうになるのを、フェオ(ka2556)が手を握って止めると、そっと椅子へと移動させた。
 その姿を見届けてアリス・ブラックキャット(ka2914)はエアルドフリスに目線で合図し、静かに階下へと降りて行った。
「お茶の準備できてる?」
「ああ、カモミールを売ってる店を見つけた。あとはこれだな」
 ブランデーを出したエアルドフリスにアリスはそう、と小さく頷くと彼に見えないように取り出しかけていた茶葉をカバンの奥にしまった。ああ、自分の作ったマドレーヌがあれば少しは場も和むかな、と思い直しながら。


 ルシオが宿屋の主人に相談をしたところ、部屋では狭かろう、ということで、空いていた大部屋まで気前よく貸してくれた。部屋にはカモミールの甘い香りが漂い、またオイルランプの明かりがぼんやりと一同の影を映し出し、リュー・グランフェスト(ka2419)のリュートの弦をつま弾く音が響いていた。
「この音、グインがよく弾いていた……」
「うん、グインさんが残していた詩歌だよ」
 リューのつま弾きに何かを思い出したレイチェルに、クレール(ka0586)が優しくそう言った。
「たくさんの歌残していっただろうから、探したの」
「どうやって? グインは旋律を譜面に落とすことはほとんどしなかったわ。オフィスにある報告書だって旋律はわからないはず」
「リィフィね、知ってたの」
 驚くレイチェルにまだ彼女に抱き付いたままのリィフィが言った。
「この唄ね、リィフィが寂しい時、おばあちゃんが唄ってくれたの。おばあちゃんは旅人から教えてくれたのよ。旅人が誰かなんて考えたこともなかったけど、クレールが調べてたらリィフィの知ってる歌が出てきたの!」
 まだあどけない顔立ちのリィフィが瞳を輝かせて述べる姿にレイチェルは言葉を失った。そんな偶然があるものなのかと。
「リィフィさんだけではありません」
 マリエル・メイフィールド(ka3005)が静かにそう言った。彼女の目は憧憬にも似た優しい眼差しをしていた。
「人里に出てきたころ私もこの歌を聴きました。横で笛の演奏をされていたのは貴女でしたね。その睦まじい光景を見て、ああ、私も人里に出て間違いではなかった、と思いました。レイチェルさんの幸せなお姿が、そのまま私が今ここに立っていることの因果となりえているのです」
 ぽつり、ぽつり、とマリエルは自分の住んでいた森、それから不安と期待を入り混じりながらも森の土から固い地面へと踏み出したことを語った。他の一同も自分が旅立った時のこと、また、途中で立ち寄った村などを思い返してしまう。
 ああ、そこは私も行ったことがある。
 あ、そこの近くに住んでいて……
 今日、ようやく顔を突き合わせたような面々であっても、過去、時間を交叉して同じ場所を通り抜けて行っているのだ。
 レイチェルは一番長い旅路を続けていたであろうにも関わらず、そのことに驚きを隠せないでいた。そんな呆けたレイチェルにギルバートはむすっとした顔で顔した。
「二人の活動はしばしば耳にしとった。オシドリのように仲睦まじいとな。恋愛などほんのちょっとした迷いじゃろうと思っておったが、5年経っても10年経っても変わらぬ二人の噂には、ワシの考えも改めた程じゃったが……レイチェル殿。時間を見失い、記憶の中だけで暮らしていたようじゃの」
「記憶の中で暮らすとき、わたしには解らないことです」
 フェオは自分の記憶が一部曖昧であった。だからだろうか、手を触れ置いているレイチェルが嘆く姿はどこか遠く、かけ離れた存在に思えてしまうのは。
 考え込むフェオに、ちょうどグインのいた部屋を掃除して離れていたリリア・ノヴィドール(ka3056)が戻り、言葉を返した。
「あたしにも分かんないよ。だけど、誰でもいつかはそういう時を過ごすかもしれないってことはあるんじゃないかな。……これから出会いもあだろうし、別れだって」
 リリアはとある転移者のことを思い出していた。自分も同じ思いもするのだろうか? だが、リリアは首を振ってフェオに、そしてレイチェルに向かった。
「時間が経てば誰だって別れはあるよ。あたしは見た目通りの年月しか生きていないけれど。これからそういうことはあるかもしれないって思ってる。生きてるんだもの。前に進んでいるんだもの」
 その言葉にギルバートが大きく頷く。
「そうじゃ、生まれた以上、何者もいずれは死ぬ。しかしそれは本当の死ではない。その人が死を迎えるのは人の心の中から消えたときじゃ」
「そう、あなたが生きて、彼を想い続ける限り、彼は生きられるわ。あなたの中で。あなたと共に」
 エイルはうつむいているレイチェルに優しくそう続けた。
 しかしレイチェルの表情はずっと変わらなかった。
「多くの人に出会えたわ。そして私達の歌を聴いてくれた人がいて……記憶に残っているわ。ならそれでいいじゃない。息づいているじゃない。あなた達のおかげでグインがどれだけ素敵な人であったか再確認できたわ……だから、離れたくないの」
 皆の言葉が届いていないわけではない。それは誰にも実感できた。だが、彼女にはまだ受け入れ難いのだろう。受け入れたくないがために、嫉妬に満ちた言葉で真意をずらす。
「それで、いいのかよ?」
 不意に、リュートの音色が止まった。リューは楽器をおろし、まっすぐに体をレイチェルに向けた。
「なんでグインのことを考えてやらないんだ? 好きだったんだろ? 出会えて、笑って、泣いて。同じ気持ちを共有してきたんだろ? この世界が美しいってこと教えてくれたんだろ? それは何のためにだ? おまえが生きるためじゃないか。それをぶち壊して自殺だなんて、出会わなきゃ良かったって言ってるようなものじゃないか」
 リューは心の丈を一気にぶちまけた。
 どこかそこにはいない幼馴染の姿が重なる。誰の根底にもある懊悩なんだ。だから、重なる。
 レイチェルの瞳はまだ否定したがっていた。だが、何よりストレートなリューの言葉に打たれたのか、身動きができなくなっているようだった。
「グインさんが思ったこと、感じたこと。レイチェルさんも同じように感じているんですよね」
 クレールがレイチェルの荷物の一つであった横笛を彼女の手にそっと触れさせた。
「教えてくれませんか? グインさんのこと、レイチェルさんのこと、世界の様々なこと……そう、世界が美しいということを」
 レイチェルの瞳に涙が溢れていた。

 その夜、静かな横笛が響き渡った。


「彼に光あれ……」
 ガーベラが祝詞を奏上し終えた。
 グインは棺に納められ、ちょうど花の時季を迎えていたガーベラの花で満たされていた。その姿はベッドに横たわっていた時よりずっと穏やかに見えたのは、本当にそうなのか。あるいは見送る自分たちの心がそう思わせたのかはわからない。
「結局、親族はいらっしゃらなかったんですね」
 クレールは少し残念そうだった。彼の棺に花をたむける人はそれなりにいた。決して多くはないが、それでも流浪の果てに潰えた身寄りのない老人の葬儀だと思えば、その数はかなり多いといっても良い。
「それに荷物も本当に全然なかったのよ。旅用品と楽器くらいで。あんな依頼や手紙を残すくらいだから、何か遺していると思ったんだけどね」
 アリスは参列の席に棺に手向けるガーベラの花束を机に置きながら言った。
「不思議な人だよね。グインさん。譜面も一つも残してないなんて」
「多分、分かっていて処分していたのだと思うよ」
 小首を傾げるリリアに対してルシオは静かにそう言った。
「彼は物に自分の面影を残したくなかったんだと思う。刹那主義と言ってもいいかもしれない。今、その時、その瞬間を大切にしてきた人なんだろうね。後世に何かを残すことなど望んではいなかった」
 いくらハンターの履歴を探しても、浮き出てくるのは彼の徹底して生活感のないおぼろげな実体しかないことを知って、ルシオはそう感じていた。
 優しい人なんだろう。目の前のことにだけ全てを注ぎ込むことができる。
 その優しさがルシオには悲しく感じた。遺された人間にとってすがるものがない悲しさをルシオは知っていたからだ。
「皮肉なものですね。その人生観がレイチェルを孤独にさせました。今生きている、その実感を失わせたのですから」
 駆け足で準備した葬儀だったため葬儀の導師を引き受けざるを得なくなっていたガーベラがひと段落ついて、一同の元に戻ってくるとそう言った。その言葉にリューは渋い顔をする。
「じゃあ、この依頼の元凶はグイン本人だったって、ことか……?」
「まあ、死者を悪く言うのは馬鹿げた話だがね。グインはこうなることを予測していたのは手紙の文言からして瞭然の事実だ。レイチェルはグインを通してでしか、世界を見聞できないほどに依存していたことを述懐している。ある種の責任は感じていたんだろうが」
 エアルドフリスは深々と椅子にもたれかかって言った。その視線の先ではレイチェルが弔問客に挨拶を交わしているところだった。目は伏せがちでまだ完全に立ち直った様子ではない。だが、少なくとも皆の言葉に感じるところはあったようで、悲観する様子は認められなかった。弔問客の言葉にぎこちなくも小さな微笑みを浮かべることすらあった。
「だが、それだけではない、とは思う。グインの行動は一貫してレイチェルに伝えたいことがあるのではないかな」
 レイチェルによる挨拶が始まった。そのスピーチの邪魔にならないところでフェオは呟いた。彼の行動は優しさに裏打ちされていることもフェオは実感していた。正直なところ、レイチェルの自殺しようとするところを見たフェオは、レイチェルは状況を差し置いても、ひどく精神的な未熟さを感じていた。
 それがどうだろう。今、弔問客を前にして話をする彼女はそんな印象が払しょくされるような違う顔を見せ始めている。
「そしてそれは果たされているように思う。彼女は変わった」
「リィフィがね、昨日の晩ね。レイチェルと一緒に空眺めてたの。『月が綺麗だね。グインが謡ってるみたいだね』って言ったら、レイチェルがねお歌唄ってくれたの。リィフィと見あげる空は魔法の世界ね、って。グインだけじゃなくてリィフィのことも歌にしてくれたんだよ。リィフィ、嬉しくて昨日寝られなかったくらいだよ」
 フェオの言葉を肯定するように、リィフィが手をぱたぱたとさせて皆に出来事を披露した。横でアリスもうん、と頷く。
「自分で伝えればって思っていたけれど、違うのね。なんでグインが傲岸不遜なことだと……って依頼文に書いたかわかったわ。彼の中では死せる人に言葉は不要って思っていたのよ。徹底した刹那主義者だからこそ、レイチェルに遺言さえ遺さなかった」
「そうね。この世界の美しいということは、今を生きる人間こそが伝えるべきことなんだと考えていたからこその依頼だったのね。グインさんならもっと巧みな言葉で語れたことなのかもしれないけれど、それだとレイチェルさんは外界と向き合わなかったかもしれない」
 エイルが胸の前で手を組んで、レイチェルを見つめた。時々レイチェルは言葉に詰まっていた。だが、泣き伏せて話が中断することもなく、彼女は堪えつつ話していた。
「とどのつまり、あたし達が遺言代わりなワケね。どんな内容になるかも分からないのに、よく託せるものよね。ま、こんなお節介さん達だってことも見ぬき見通しだったのかな」
 リリアはガーベラが自殺も止めはしないと言っていたことを思い出していた。だが、結果はそれでもこのように円満な形で成就されようとしているのだ。
 レイチェルのスピーチは間もなく終わりを迎えようとしていた。


「これを持っていくがええ」
 葬儀が終わり旅装束に着替えたレイチェルにギルバートは小さなペンダントを渡した。正面にはアリスの提案で、レイチェルと共に作ったガーベラの花を押したものを表に飾り、中にはグインの遺髪が納められていた。
「旅をしていると遺品を持ち歩くのは苦労するじゃろう。これなら持ち歩けるかと思ってな。お節介かもしれんがな」
「……ありがとう、皆さん」
 レイチェルは嬉しそうにほほ笑んで、ストラップを受け取ると、旅用の杖にそれを取り付けた。それに向ける瞳は愛おしく、皆は彼女はグインとまた違った素敵な詩人になることを予感した。
「これからどちらに向かわれますか?」
 マリエルの問いかけにレイチェルははにかんだ微笑みを返した。
「もう一度、グインと歩いたところを歩いてみようと思うわ。今までは何を見ても、何を聴いてもグインはどう感じたのか、それしか考えていなかったから。私ならどう感じるのだろう。私ならそれをどう伝えるのだろう。それを考えたいと思うの。直に森に帰ることになるでしょうから、それまでに、ね」
「私もいずれは森に帰らなければなりません。私もたくさんの素敵な思い出を持って帰りたいと思っています。だから、その時また会いましょう。そして沢山の話をしましょう」
「俺の部族では世界は円環だと教えられた。また巡り会えるだろうさ。俺たちともグインとも」
 グインという存在を通さずに見る世界はさぞ眩しかろう。だが、彼女はその眩しさに臆しない勇気をもらったのだ。ハンター達に。 
 レイチェルは陽光輝く初秋の野原へと旅立っていった。

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MVP一覧


  • ギルバートka2315
  • 黒狼の戦神楽
    リィフィka2702
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエットka2807

重体一覧

参加者一覧

  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • 杏とユニスの先生
    ルシオ・セレステ(ka0673
    エルフ|21才|女性|聖導士
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師

  • ギルバート(ka2315
    ドワーフ|43才|男性|霊闘士

  • ガーベラ・M・ベッドフォード(ka2401
    人間(紅)|28才|女性|聖導士
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 弔いの鐘を鳴らした者
    フェオ(ka2556
    人間(蒼)|19才|女性|魔術師
  • 黒狼の戦神楽
    リィフィ(ka2702
    人間(蒼)|14才|女性|霊闘士
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエット(ka2807
    人間(紅)|23才|女性|聖導士
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    アリス・ブラックキャット(ka2914
    人間(紅)|25才|女性|霊闘士

  • マリエル・メイフィールド(ka3005
    エルフ|16才|女性|聖導士
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    リリア・ノヴィドール(ka3056
    エルフ|18才|女性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/09/08 13:15:48
アイコン 相談卓
エイル・メヌエット(ka2807
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2014/09/12 08:26:05