• 龍奏

【龍奏】Destiny

マスター:瑞木雫

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~15人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/07/02 19:00
完成日
2016/12/19 21:40

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

○ある守護龍の遥か昔の追憶

 龍とは、小さなマテリアルと共に生まれる。

 そして共に成長し、やがては莫大なマテリアルを保持する存在となる。
 そんな龍が生まれながらにして世界から与えられた宿命というのは、“この星に仇成す者を討つ守護者となる”こと。
 故に世界のバランスを崩す歪虚を討ち、世界を守る為、世界の一部たるヒトの事も守ってきた。だが、遥か昔の人類は龍との共存を拒んでいた。その最たる証が、嘗て横行していた“龍狩り”である。

 龍達はヒトの存在を肯定しているが、中にはヒトとの関係性に苦しみ、己の存在に悩む者も少なからず存在した。
 まさしく“私”がそうだった。だがその一方で、ヒトに傷付けられても信じ続け愛する龍が居た事を、今でも鮮明に覚えている。

『――お待ちなさい、どこへ往くのですか!!』
『うるせえ!』

 そして私は憧れていたのだ、その龍に。
 ヒトに苦しめられ、悩まされているのは同じである筈なのに、深い愛情を抱き続ける事が出来るその彼に。

『戻りなさい! 歪虚を片付ける事が先だ!!』
『そいつはテメェと飛龍だけでも何とか出来んだろうがっ! ――あの先にはオレが追っ払った人間が居んだ。しかも弱ぇ奴らだ。無抵抗のオレにこの程度の傷しか負わせらんねぇんじゃあな……。とにかく、助けにいかねえと!』
『人間!? あなた、まさか………』
 この時彼の肉体が抉れている事に初めて気が付いた――恐らくその人間達に負わされた傷なのだろう。それでも、ヒトを愛し、許し、純粋に助けたいと思うのか。
 私には彼の心情が、とても衝撃的だった。
 私も龍だ。ヒトの命も守る事は宿命。ゆえに使命を果たし続けてきたが、守るべきものを守りたいと心から想う彼の背中を見つめながら、ずっと羨ましいと感じていた。

 ――それは、今でも。

 だが彼は最愛の親友が、愛するヒト・世界によって殺されてしまった事を受け容れられず、二度と戻れない所まで堕ちてしまったという。

 彼の場合、深い愛情を抱く事が出来る者だったからこそ闇を招いてしまったのかもしれない。
 ディストルツィオーネと名乗る強欲<ガイツ>が大殺戮を繰り返す度に、胸がとても…苦しかった。

●復讐
 北伐が終止符を打ち、強欲王・メイルストロムの肉体も討たれ、人類軍がひとまずの平和の訪れに喜びを分かち合う頃。
 傲慢<アイテルカイト>であるスフィーダ(kz0183)は、七天王・強欲のディストルツィオーネを連れ、星の傷跡周辺へと足を踏み入れていた。
 ある目的があったからだ。

「……メイルストロム王の配下達よ。探したぞ」
 闇の魔王たるオーラを放つスフィーダは端整な顔に微笑みを浮かばせながら、ゆっくりと地を踏みしめていく。
 その先には、強欲の残党が息を殺して潜んでいた。
 強欲の彼らからしてみれば、スフィーダは初対面の得体の知れぬ傲慢。残党集団の奥から掻き分け、代表として前に出たリザードマンは警戒しながらも問い掛けた。我らに何の用だ、と。
「――君がこの集団を率いる長かな? そう構えなくていい、俺様は朗報を持ってきたのだ」
 朗報?
 ひとまず聞く耳を持つリザードマン達を見て、「ああ」とスフィーダは頷く。
 そして堂々と自信に溢れた威厳を漂わせながら、彼らに提案した。
「今日より君達は俺様の腹心・ディストルツィオーネの配下にくだると良い」
『……!?』
 強欲のリザードマン達はざわついた。
 ――メイルストロム王が倒れ路頭に迷っている最中、ディストルツィオーネの配下となること。
 それは低位の者達にとってはありがたい話だった。
 スフィーダの傍に立つディストルツィオーネがこの場にいる強欲の中で誰よりも強く、高位である事は明白だ。
 統率者の喪失でショックを受けている彼らは、自分達を統率してくれる高位が現れてくれるなら歓迎する。
 ――しかし。
『……っ』
 頷けるような心境ではない者も居る、というのは事実だった。
 強欲の根源となる感情の一部は、強い執着心。
 ゆえに彼らは強欲王たるメイルストロム王に強く執着していた――だからこそ、この場所から“離れられない”のだ。
 だがスフィーダはそれも予測の内。
「安心せよ。我らも嘆いているのだ、メイルストロム王の死に……」
 優しく落ち着いた声で紡ぎ、穏やかに諭す。
「このディストルツィオーネはメイルストロム王を滅ぼした人間達や世界への復讐を掲げている。
 人類は今、勝利に喜び浮かれているが、我らは決して此処で終わらせたりしない。
 ――共に復讐しよう。
 そして今度こそ、メイルストロム王を守るのだ」
 俯いていた強欲達は顔を上げた。
「“本体はまだ滅びていないだろう?”」
 メイルストロム王亡き後彷徨う彼らを強欲王の代わりに導く事が出来るのは我らしかいない――そんな傲慢さを含ませるスフィーダ。
 強欲達は息を飲んだ。
 人類による強欲の残党狩りが横行する中、メイルストロム王の本体を守る時が来るまで生き延びる方法――それは彼らの手を取ることだ。

 だが次の瞬間、ディストルツィオーネはある異変に気付いた。
「スフィーダ様、何か来るぜ……」
「……そのようだな」
 狂気<ワァーシン>の残党がやって来たようだ。
 そしてこの場にいる強欲達は、殺意・憎しみを顕にした。

 ――メイルストロム王の仇! こいつらさえ邪魔しなければ!!

 悲しみとも憎しみとも呼べる強欲の咆哮が、周辺一帯に響く。

 ――殺せ! こいつらを赦すな!

 激情に駆られた彼らはもう止められない。
 怒りに狂う強欲達は捨て身覚悟で突撃していく。
 だが狂気に牙を向けたのは、彼らだけではない。

(親友が慕っていた赤龍を傍で守ってやれなかった……!)
(こいつらが邪魔をすると分かっていれば傲慢の軍は撤退などしてやらなかった……!!)

 後悔する高位二人の闇の炎が狂気を豪快に焼きながら、共鳴する。

 ――狂気の野郎共を皆殺しにしてやる!!

 斯くしてぶつかりあった戦闘が、狂気の残党を刺激した。

●脱出
「様子がおかしいな……」
 ジャンルカ・アルベローニ(kz0164)は妙な胸騒ぎを覚え、呟いた。狂気と強欲の残党を狩る為、洞窟の奥深くまで潜っていた一同。
 ――嫌な予感がする、その時。
「飛龍!」
 彼らの元に降り立ったのは飛龍<青のワイバーン>だった。
 傍に寄った厄除けのお守りを首からぶら下げている飛龍を、ジャンルカが撫でる。
 そして飛龍を率いていたのは一体の守護龍だった。
『助けに来ました。狂気の残党がこの洞窟に雪崩こんで来ています。ひとまず逃げましょう』
「戦う、じゃなくて、逃げなきゃいけねえ数ってことか?」
『そういう事です。今は話している時間も惜しい――早く飛龍の背に』
「……分かった」
 そうしてハンター達は飛龍の背に跨ると、守護龍は告げた。
『私達は全力で駆け抜けます。振り落とされない様しっかり掴まっていると約束してください。お願いしますよ』

リプレイ本文

●灯火に愛と名を
 久延毘 大二郎(ka1771)は洞窟内部を見渡して、呟く。
「もう少し、この洞窟の風景を見ておきたかったんだがね……」
 地底深く――
 光さえ届かない暗闇を照らす無数の水晶と鉱石。
 眩い蛍光の彩。
 幻想的な煌きは静けさと共に、この地は刻まれた軌跡を語っていた。
「こんなところにまで龍鉱石……いや、石となった龍達が眠っていたとはな」

 彼らの無念を想っていたアルファス(ka3312)は微かに俯く。
「星の海に還ることを拒み、自らの運命を呪って此処でずっと眠り続けていた彼らに……。それ程の苦しみを植え付けていたのは、歪虚だったかな。それとも、人間だったかな」

 ――どちらだっただろう。その答えを聴く事はもう、叶わなくて。
 ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239)の心は痛む。

 この時、リラ(ka5679)は守護龍へと視線を遣った。
 龍鉱石を見つめていた守護龍の眼差しが、想いを秘めているように見えたのはきっと気のせいでは無い。
 しかし何かを感じ取ったのか。守護龍は緩やかに振り向いて、リラを見つめた。
『……伝えておきますが、たとえ同朋であろうと、私は死に悲しみを抱くことはありませんよ』
 人と龍は種族の性質が異なる――
 生死への概念も例外ではなく、星を守る為に生まれて星の為に死ぬこと。
 それは守護龍にとって龍全体が共有する宿命だと考えていることだった。
『それに今は何よりも、貴方達が此処から脱出して頂くことの方が私にとって重要なことです。たとえこの身が燃え尽きようとも、石となろうとも……。絶対に、貴方達を守ります』
「守護龍さん……」
 その心情は守護龍の誇りと想いの一部なのだろう。
 しかしリラは少し切なくて、複雑な想いに駆られていた。
 刹那、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が蒼い眸を薄らと伏す。
「なるほど。燃え尽きようとも石となろうとも、か……」
 蜜鈴の眼差しには哀愁があった。
「おんしらにとっては己の死も割り切れてしまう事なのやもしれぬ。じゃが妾は……おんしらの魂が苦しみ、戦いに疲れ、燃え尽きてしまいよるのは、やはり哀しい。不満があるかもしれぬが、ここは手を取り合い、共に生還することを目指さぬか?」
『共に?』
 リラも伝える。
「私も……悲しいです。死んでしまったら、もう会えなくなってしまうってことでしょう? 想いを聞く事も、話す事も、教えて頂く事も……出来なくなってしまうなんて――。そんなの嫌です。私は、まだまだ知りたい事が沢山あるんです。だから、絶対、皆で帰るんです! 一緒に!!」
『あなた達……』

「もしかして……アンタ達も守護龍ちゃんと同じようなことを考えていたりしないかい?」
 時雨 凪枯(ka3786)が指摘すると、飛龍達はドキっとしたような反応をみせていた。
「こりゃ図星だね……」
 そして、やれやれと零す。
「あたしらを護ろうとするなら……生かして無事に安全な場所まで運ぼうと思うなら、アンタ達も全員逃げる気でいておくれな。でないと、どーんな無茶するか分かんないよ?」
 飛龍が動揺しているのは、一目瞭然だ。
「あたしらに甘いのは良いんだけどさ。アンタ達にも生きててもらわなきゃ嫌なんだよ」
 けれど凪枯の胸の奥には情があった。
 龍に抱いている、人の情が。
(一緒に宴を楽しんだ仲だってのに……何とも思うなって方が無茶に決まってるよ。こうなったらどこまでも一緒に追いかけてってやるさ。1人にゃさせないからね!)
 故に密かに心の中で覚悟を決めて、飛龍の頭を軽く撫でる。

 ミルベルト・アーヴィング(ka3401)も心に留める想いがあった。
「私は、命の代わりになるものなんて無いと思っています。だからこそ、あなた達一人一人の命も、尊く思っているんです」
 人という種族の大凡が抱いているような死への概念を理解する事は、守護龍にとって難しい事。
 しかし――
 慈愛の精神を抱く彼女の言葉が、龍達の胸に響く。
「守るなら……共に守り合いましょう」
 優しく温かい声が、深く沁み入る。

「……わたくし達は、全力で貴方達の援護を行う。そして、誰も欠けずにここを脱出する」
 ドゥアル(ka3746)の意志は固まっている。
 犠牲を出さずに突破すると――。
「貴方達がわたくし達を助けに来てくれたように……わたくし達も貴方達を死なせたく無い……。思いは同じ。協力しましょう」
『……』
 守護龍は俯く。
『分かりました』
「…!」
『龍のみんなが貴方達ヒトに寄り添うと決めたことに、異論はありませんから』
 守護龍が人に思うところはまだ残っているだろう――
 けれど彼女からも歩み寄ろうとしてくれているのは分かる。
 それだけでも、今は。
 ドゥアルは胸を撫で下ろし、
「はい」
 安心したように頬を緩めた。
 そして大二郎も安堵する。
「やはり多くの歪虚から逃げ切るには、出来るだけ多くの手が必要だからな。解って貰えて何よりだ。それに……私は純粋に嬉しいよ」
『嬉しいとは……?』
「また貴方達龍と手を取り合って戦いたいと思っていたんだ。先の龍奏作戦の様に……な」
『……っ』

 藤堂研司(ka0569)は、人と龍の様子を眺めて実感していた。
「本当に変わった……。ヒトに不信感を抱いていた龍達とも手を取り合えて、また一歩……良い方へ」
 今……大二郎の言葉を切っ掛けに少し照れている守護龍だって、そうであるように。
「人と龍が手を取り合う……そんな時代に、これからはもっとなっていく……。継ぎ繋げていくんだ……。
 過ちの歴史は繰り返さねぇ……。
 もしも誤った方へ向かいそうになった時は正していかなくっちゃな!」
 それが研司の夢であり目標だ。
(ほんと、でっけぇ目標だよなぁ……)
 と、ジャンルカは想う。
 そんな彼に、凪枯は視線を遣った。
 左手でキセルを弄ぶようにくるくると回転させつつ、双眸を細めて。
「アンタも随分嬉しそうだねぇ」
 すると彼は微笑みを返す。
 言葉にせずとも、認めるように。

 ――人と龍。
 かつて人は龍を拒絶した事もあるという。

 故に、龍崎・カズマ(ka0178)は、ふと考えていた。
(遥か昔……ヒトが龍に騒乱の矢を放ったのは、もしかしたら“種としての反抗期”だったのかもな)
 異なる種族の共存は簡単ではなかった。
 けれど人は、龍は、決別の日が訪れる事も無かった。
 それはきっと……。
 “共存”を諦めなかった者達の想いが継がれてきたからではないだろうか。
 そして自身を乗せて翔る飛龍に視線を落とし、
(こいつもきっと……。“諦めなかった”んだろうな)
 人を愛する龍達の想いに気付く。
 彼らは、人を愛している。
 柏木 千春(ka3061)は飛龍を優しく撫でつつ、心の中で呟いた。
(傷付く事も、苦しくなる事も、きっとあった。それでも彼らは、私達ヒトを好きになってくれた)
 沢山の愛情をひとつひとつ見つけて、大事にして、受け入れる。
 そうしてお互いの意思を大切にして、尊重して。
 今以上にお互いを認め合える関係になれたなら、もっと素敵な事だから――。

「コレで二度目ね……お礼を言うわ。ありがとう。――だけど、」
 フィルメリア・クリスティア(ka3380)も飛龍をとても心配して、目を伏せていた。
「私達の為に自分を擲つような事はしないでね」
 飛龍が犠牲になってしまわないように……
 喪ってしまわないように……
 そう願って吐露した声は優しく、どこか、悲しい。
 故に飛龍は思い出していた。
 強欲竜の軍が襲来した日……誰よりも先に前へと出たのは彼女だったという事を。
「大丈夫よ、フィル。貴女が居て、私が居るもの」
 頼もしい心翼たるユーリの言葉は温かい。
「そうよね。ありがとう、ユーリ」
 フィルメリアは双眸を細め、微笑みを浮かべた。

 一方でパトリシア=K=ポラリス(ka5996)はあの時のあの子――友達の飛龍との再会に感激する。
「ここまで無事でいてくれてありがとうなんダヨ! 一緒に、がんばろうネっ♪」
 ぎゅーっと抱きしめて、頬をすりすり。
 そしてずっと聞きたかった飛龍の名を尋ねようとした、その時だった。
「そういえば君の名を聞いていなかったね」
「そうじゃな。妾も知りたいと思っていたところじゃ」
 尋ねたのはアルファス。
 それは守護龍への問いで、蜜鈴も共に尋ねる。
『龍は、人のように個の名を持っておりません』
 パトリシアは小首を傾げた。
「えーっと……それじゃあ飛龍さんも、お名前は無い、デスカ? だったら、パティが飛龍さんにお名前を付けてあげマス♪」
 パトリシアのフィーリングによって名前が決まると――少しくすぐったいが、でも、実は嬉しい飛龍。
 そんな彼女達を視て、ふふっと愛梨(ka5827)は微笑みを浮かべた。
「龍はみんな名前が無かったとはね。名前が無いと、誰かを呼びたい時とか呼ばれる時に困らない?」
 愛梨が乗っている飛龍は、首を傾げる。
「えっ、本当に困らないの? へぇ……。ちなみに。私の名前は愛梨っていうのよ」
 “愛梨”
 飛龍は心の中で、彼女の名を刻む。
「貴方も名前を考えてみる? そしたらあたしも、貴方の事を呼びやすいし」
 そして微笑む彼女が名付けてくれた、己の名も――。

「飛龍達は喜んでおるようじゃのう。守護龍よ、おんしも名を付けてみよるのはどうじゃ?」
 蜜鈴が悪戯っぽく微笑みながら云った。
『私は龍です。龍であって、その他でもなく。なので、名前がなくても十分。誰かに呼ばれる訳でもありませんし……』
「妾は呼ぶぞ?」
「僕も呼ぶよ。君にとって君は龍でも、僕にとって君は君だ」
『……』
 蜜鈴とアルファスの即答に、守護龍は口を噤む。
 そして大二郎が云った。
「――という訳だ。名があって困る理由が無いのなら、持っておいても損は無いだろう。ちなみに私も、君を名で呼ばせて貰うつもりだ」
 すると守護龍は、
『……ならば、貴方達のお好きにお呼びください』
 一瞬だけ、恥ずかしそうにしながら零す。
『なんです? なにかおかしいですか?』
「いいや。愛いやつじゃなぁと思うてのう」
『なっ……』

「やっぱり貴方達は優しいわね。ありがとう、嬉しいわ」
 双眼を細めてお礼を言ったコントラルト(ka4753)に、飛龍は返事をするように鳴いていた。
 強欲竜の軍を相手にした日も、強欲王となった赤龍の肉体を止めた日も、駆け付けてくれた飛龍。
 そして今日も、狂気の異変を察知して助けに来てくれた――
(そう……。飛龍達は優しい……。だからこそ、そこがすごく心配だわ……)
 コントラルトは飛龍を見つめ、優しく撫でる。
「この世界に生きるものとして、ずっと守ってきてくれた貴方達龍は例えるなら兄や姉よ。貴方達から見れば、私達は未熟で手のかかる子供だったかもしれない。でも、少しは成長したわ」
 飛龍は振り向いて、コントラルトの顔を覗く。
「だから一緒に戦わせて。絶対に無茶はし過ぎないと約束するから……」
 そしてコントラルトの言葉を受け取って、頷いた。

 “ありがとう”

 しかしコントラルトは知っている。
 龍はいつだって“守る”為に戦う。
 その愛はいつも見返りを求めない家族の愛のようで、自己犠牲的だということを。

「覚えていてね。私達も貴方達が大切なの」

 コントラルトは心の底から想っていた。
 人と龍。
 一人も欠ける事のないように全力で生きようと。
 そして生きてもらおうと。

 愛しい命の炎が消えないように。


●赫の深海
 歪虚の中でも異質で不可解な存在――“狂気”。敵と遭遇したのは、それから間もなくのことだった。
「ここに来て……お前らか……! VOID!!」
 研司は軍用双眼鏡で前方を確認しながら歯を食いしばる。思い出していたのは、過去に味わった苦渋。
(あの時、俺はお前らに翻弄されたが……今は、違う……何より、戦友がいる!!)
 研司の飛龍が逞しい咆哮をあげた。そして研司もトランシーバーを構え、狂気を睨み付ける。
 男のイーグルアイは、敵影を見逃さない。
「進行方向にVOIDを確認ッ!! どんどん押し寄せてくるぞ……ッ」
 研司の声は各自へと確実に届く。その合図を皮切りに、全員が戦闘態勢に入った。

『狂気め……』
 守護龍はハンター達と飛龍の命を背負い、先頭を走っている。
 そんな彼女の背を千春はずっと見つめていた。
(私達を護ろうとしてくれる龍を止める資格は、私には……ない……)
 守護龍は不器用だ。
 必死で守ろうとしながら、全ての苦しみを自分だけが抱えればいいのにと――
 そんな節さえ感じ取れるような彼女は、ある意味で孤独で。
 千春が助けたいと思っている気持ちだって、必要とはされていないのかもしれない。
 けれどだからといって、自分の感情を誤魔化す必要も無くて。
(危険を顧みず助けに来てくれた彼女達に――)
(私に出来る事を、出来る限りで――)
 光は柔らかく溢れ、聖杖を強く握りしめる。
(種族なんて関係ない)
(応えたい。彼女達が、私達を助けようとしてくれるように……)
(私も)
(私も、“助けたい”んだ)

 ドゥアルも、覚醒した瞳が鋭く煌いて前を見据えた。
「今は誰も欠ける事無く脱出する事に……わたくしの力を注ぎましょう……」
 そして覚醒のヒーラーは決意する。
 絶対に死なせるわけにはいかないと。
(歪虚が徒に奪っていい命など、ひとつも存在しないのだから――!)

 カズマは、壁歩きを利用しつつ自身の体と飛龍の首をワイヤーで繋ぎ固定させていた。
 それは全力のスピードで駆けている今、良い機転だった。振り落とされる可能性は軽減された上、飛龍にとっても振り落としてしまう心配がなくなり格段に飛ぶ事に集中できるようになる。
「流石に視界の外まで注意を払うのは難しいだろう。死角はこちらに任せてくれ」
 飛龍の視線は一瞬、カズマの方を向く。
「こうして共に協力する事になったのも、何かの縁さ。一蓮托生ってな」
 そしてカズマは最前を翔ける守護龍へと、視線を遣った。
(さあて……。先ずは並び立つ為に、実力を示さねぇとな)
 自分はいつまでも守られる存在でいるのではない。
 この大地に生きる兄弟として、一緒に立ち向かいたい。
 成長した力は、龍に並び立ち、乗り越えていける程の力であるということを示すためにも――。
 金眼の戦士は龍銃を構えて迎え撃つ。

 斯くして視界に飛び込んできたものは、広い空間に浮遊する赤、赤、赤。
 海月(くらげ)のような形をした個体が、発光する赤い複眼をぎょろりと轟かせ、飛翔する龍達を見つめている。

「■■■――■■■!」

「いよいよ敵のお出ましか。見た所、速さはこちらの方が優勢だね。このまま撒く事も出来なくは無いだろうけど――」
「しかしこれだけの数が居るなら、纏めて片付けてしまったほうが早そうだな」
「……どうやらそのようだね。準備はいいかい?」
「ああ、いつでも」
 アルファスと大二郎は前面に出ると気脈を通じ合わせ、敵を見据えた。
 刹那、清らかな音が鳴る――
 符を構えたアルファスは息を吸って、吐いた。
「退いて貰うよ。こんなところで足止めを喰らう訳にはいかないからね」
 そして大二郎も、笑みを漏らす。
「私達の邪魔をするならどうなるか――思い知るといい」

 生みだされた二人の炎は、“全てを見通す太陽”と“炎を纏い飛翔する巨鳥”となった。
 そして彼らの魔法が同時に放たれた時――まるで大いなる焔の魔法となるように――莫大な灼熱に飲み込まれた狂気は塵と消えていく。
 それは圧倒的な破壊力があったと同時に美しく、見る者を魅せる程の真紅の輝きが溢れていた。

「オオっ……! 絆のアカシの合体魔法、だネ!」
 感激したパトリシアの瞳がきらきら輝く。
 ユーリも微笑みを浮かべて、恋人と、恋人の親友が織り成す魔法を見つめていた。
「さすが、アルと大二郎ね」

「パティもみんなと合体したいヨ。だカラ、パティはキモチで合体デス♪」
 すると取り出した符に、パトリシアは守護の願いを籠め――“加護”の力が宿る。
「友達は助け合うもの。守りたいってキモチ、パティも飛龍さん達に負けてナイんダヨ」
 パトリシアは道を切り拓く龍達へ順に――
 愛梨も、周りの龍達へとありったけに貼りつけ、
「そうよ、あたしも協力させてね。皆で戦いましょう。あたし達と、貴方達で」
 想いを一つに加護をもたらし、禹歩も合わせ、飛龍達の助けとなる。

 ユーリは神経を研ぎ澄ませ、飛龍達に告げた。
「先ずは私達を守ってくれてありがとう。だけど、その為に貴方達が犠牲になるのを黙って見ているなんて出来ない……。だから私の命を貴方達に預ける代わりに…貴方達の命を私達に預けて欲しい」
 姫騎士は宣言する。
「全員で生還して穏やかな日々を過ごす為に、共に戦わせて!」
 青龍への誓いを胸に――
 赤龍への想いを胸に――
 己の意思を示し、蒼き刀身を持つ振動刀――『蒼姫竜胆』を掲げた。
 飛龍達は導かれるように三列の陣を組み、強欲王の肉体の最期を討った“龍奏の蒼姫”ユーリに集う。
 そして迎撃を開始する。
「第一波攻撃後、隊列変更して第二波攻撃っ!!」
 凛々しいユーリの号令。
 その後に響く、火炎の激しい轟音。
 包囲を許す暇も無く、飛龍達が繰り出す火炎弾の嵐に狂気は駆逐されていく。
「やるわね、ユーリ。私も負けてられないわ」
 フィルメリアは静かに敵を見据えていた。
(必ず皆で、生きて帰ってみせる)
 氷の華のような美しさが鋭く――けれど胸には燃えるような激情を秘めて、彼女の輝く光が狂気を貫いていく。

「援護します」
 そしてミルベルトも、最前線に居る龍達の支援を行う。
 しかし一方で、敵の様子が奇妙であると感じ取っていた。
 ケタケタ。
 不快なこの声は――
「嗤い声……?」
 ユーリの警戒心が募る。

「なんともまぁ気味が悪い連中だね……」
「なにが起こっているのでしょう」
「さあね……。嗤ってるだけでなーんもないなら、まだいいんだけど……」
 凪枯とドゥアルは、不審に思い、周りを見渡した。
 “嫌な予感がする”
 全員が胸騒ぎを覚えた、その時。
「……っ! 飛龍!?」
 愛梨は驚いた。
 周囲の飛龍達に異変が現れ始めたのだ。
「これは……。狂気による精神汚染を受けているようですね」
 ミルベルトの心配は的中していた。
 気付いた愛梨も咄嗟に警告する――
「みんな! 狂気のおぞましい声に耳を傾けてはいけないわ……ッ精神を歪められかねないっ!」
 狂気達の反撃は既に始まっている。
 飛龍達の精神は狂気に歪められ――隙が生じていた。
 怒涛の赤い光線。
 何度も浴びせられ傷付いていくその光景を目の当たりにしたドゥアルは思わず声に漏れ――
「なんてこと……。こんなに事態が急変するなんて……」
「守りましょう。このままでは、飛龍達がはぐれてしまう可能性もあります」
 ミルベルトの言葉に、ドゥアルは頷く。
「そうですね。彼らの傷……そして狂気の汚染に飲まれてしまわないように、治療しなくては」

「負傷した龍は後ろに下がって治療を受けてっ!!」
 ユーリが自身の部隊に促し、
「傷付いた子は中央へ――元気な子は代わりに陣形の穴を埋めてあげて頂戴」
 コントラルトはドゥアルと共に飛龍達に指示していた。
「さあ、こちらへ……。傷を見せてください」
 そして陣形の中心部で傷付いた飛龍を受け入れたドゥアルが即座に治療の対応を行う。
 すると凪枯も、傷付いた飛龍達を癒すために光の空間を創った。
「ドゥアルちゃん、あたしも手伝う! 左方向からは任せておきな」
「ありがとうございます。では私は、右方向からを」
 そうして二人は精霊に祈りを捧げた。
 光が飛龍達の傷を優しく包み、癒していく。
「私も……一緒に!」
 この時、千春も光の魔法で治療を行っていた。
 まずは飛龍にお願いし、守護龍にヒールが届く位置へ移動する。
 そして先ずは被弾数の多い龍から回復を――
 更に被弾数が同程度の場合は守護龍を最優先にし、被弾しやすい位置も確認して意識した。
 その為、被弾する龍が多数居る戦場だが、最も傷が深い龍を見逃す事無く、龍の生存の為の貢献へと繋がる。

 研司はアサルトライフルを構えて思考を巡らせる――
「クソっ……次から次へと湧いて出て来るッ……! アイツら突然流れ込んできやがって……この洞窟に一体何があるってんだ?」
 迫りくる宿敵。
 進行方向の状況を探りながら、彼は闘志が燃え上がる。
「……なんて、考えててもしゃあねぇか。此処を脱出する為に今、俺がやるべきこと……それはテメェらVOIDを排除していくことだッ!!!」
 迫力のあるすさまじい銃声が響く。
 奥で待ち構える敵を貫く弾丸。
 狂気の攻撃を許さず、次々と撃ち抜いていった。
 戦況は次第に激しくなっていく混乱と混沌の最中。
 支離滅裂に、出鱈目に、発射し続ける狂気の光線は、猛威を振るっている。
「守護龍さん……っ!」
 傷だらけになっていく守護龍に、千春はヒールを施していた。
『……ッ』
 ――必要無い、とも言えるような状態ではなく。
 千春の治療が無ければ、体力は持たないだろう。
 彼女は狂気達にとって恰好の的だったのだ。
 だがそれだけではなくて……
(私達に被弾しないように、庇ってくれている……?)
 彼女の行動に隠された心理を読み解く千春。
 きっとそう。
 だからこそ、同じ様に気付いていた愛梨は唇を噛みしめていた。
(あたしは……あたし達は犠牲を出さなきゃ生きていけない、その程度の存在なの?)
 自分に問い掛けたその答えは、“否”だ。
「あたしは強欲で傲慢だ。狂おしい程何もかも助けたいだなんて、きっとそういう事……。――でも、それがあたしで、“人”なのよ……!」
 それに、宣言したのだ。
 歪虚と成り果ててしまった敵の竜に。
 だから、
『……! あなた、一体何を……』
「文句なら後で聞くわ!」
 愛梨は深呼吸して呼び出した。
 光り輝く金色――
 符は姿を変え、守護龍に放たれた狂気の光線を受け止める。
『……ッ、この程度……私一人で受け止めきれます……ッ』
「たとえそうだとしても、関係ないわ。貴方が弱くても強くても、因縁があろうと無かろうと関係ない」
 ――好きな相手だから。いつか語れるかもしれない相手だから。
「護ってみせる! それだけよ!! 私の友達が、私を護ってくれた様に!!」
『……っ』
 守護龍は、胸を詰まらせていた。
『その力は、貴方達の為に使うべきなのに……』
 しかし愛梨が守らなければ、被弾していたのは龍の中で最も戦力がある守護龍を庇う飛龍だったかもしれない。
『くっ……!』
 守護龍は気持ちを切り替え、光線を放つ狂気達を蹴散らす為に大火を噴く。
 リラは息を飲んでいた。
「すごい……。これが、あなたの力……」

 彼女は強い
 何百年と守り続けてきた力は恐ろしく強い
 しかし
 それでも……

 ――守護龍は、狂気に嗤われている気がしていた。


「■■■――■■■」
 “全テヲ守レルトデモ思ッタカ?”

「■■■――■■■」
 “全テガ望ミ通リニイク筈ナンテ無イノサ”


「飛龍!」
 コントラルトが叫んだ。
 誰一人離れていってしまわないようにと注意していた彼女は、中型の狂気が護衛の飛龍を捕まえて絡みつき、そのまま離れてしまったことに気付いたのだ。
「いま、助けるわ!」
 放つデルタレイ。コントラルトの光は狂気を追いかける。 
 離れた飛龍の首には、お守りがかけられていた。コントラルトが贈ったお守りだ。
 揃いのお守りを掛けているコントラルトの飛龍も咆哮で呼びかけるが、反応は返らない。
『……』
 この時、狂気に絡みつかれている飛龍は、狂気の影響を受けていた。
 世界が歪み、“正常”か“異常”かさえも飛龍には理解できない状態の中――
 ただ、聞こえてくるのは遠くの声。
 宴の日――人は龍が好きだと告げてくれた声。

「生きるのよ、あなたも生きるの……!」

 “守りたい人達が居る”こと
 その想いだけが、歪められた世界の中で、支えだった

 傷だらけの翼を羽ばたかせ、声を頼りに前進する

 しかし狂気は阻んだ
 行かせるものかと

「その子に手を出すんじゃないよ!」
 凪枯は断罪する光の杭で打ち込み、狂気の動きを停止させた。
 触手の手は僅かに届かず、飛龍は混沌の海を潜っていく。
 そして神聖な鈴の音を鳴らし、ミルベルトが紡ぐ。
(飛龍の心を守れるように……) 
 セイレーンエコーを用いて謳う、安寧と救済の歌――
 光の翼を羽ばたかせれば、光の粒が舞った。
「さあ、もう少しです」
 飛龍へと手を差し伸べたミルベルト。
 それはまるで慈母の優しさで、愛し子に救済をもたらす慈光。
 ミルベルトの光の導きで、歪んだ世界は晴れる。

 無事に中心部へと到達した飛龍を、ドゥアルが迎え入れた。
「よく、頑張りましたね……」
 飛龍は命を落としていてもおかしくはなかった危うい状況に置かれていたが、助ける事が出来た――
 ドゥアルはほっとしながら紡ぐ。
「安心してください。私も……貴方達を絶対に、死なせない」
 優しさと、強さと、温もりと。
 飛龍は光の揺り籠の中で、心地良い安らぎを感じる。
 そして……
「良かった……」
 安堵する声に、飛龍は振り向く。
 心に再び灯る、光。
 己を呼んでくれていた彼女――コントラルトを見つめ、安心感を覚えていた。


 しかしその安らぎも、束の間で。


「■■■――■■■」


「また大群かッ。懲りねぇ奴らだな!」
 研司は手に汗を握る。
 敵の迫りくる勢いは今も尚、止まることを知らない。
 大二郎も、苦虫を噛み潰したような表情で狂気を見据えていた。
「追手もある以上、引き返す訳にもいかない。そうなるとやはり、このまま突破するしか無いようだ」
「仕方ないね……。引き続き排除していこう」
 陣形の正面で。大二郎はアルファスとの息の合った連携で再び、大勢の狂気を巻き込んで燃え上がらせる。
 圧倒的な威力で狂気は再び焼き払われた。
「――ッやったかしら?」
「……いや、」
 炎に目を凝らす中。見切ったユーリは、愛梨に答える。
「まだよ。次の群れがもう来てる」

「……まずいな」
「まずいッテ?」
 不安そうに尋ねるパトリシアに、カズマは答えた。
「狂気のことさ。もう少し耐えりゃ大人しくなってくれるってなら杞憂なんだがね。だがもし、このままの勢いで何度も遭遇するとなると……こちらも分が悪い」
「襲い来る狂気に迎え撃つは簡単じゃ。じゃが妾達の力は、使うにも限りがある。使い果たせば最後。形勢は妾達の不利となるじゃろうな」
「そういうことだ」
「……!」
 パトリシアは、カズマと蜜鈴が危惧する事を理解する。
「だが、だからといって悲観する事はないさ。要は力をどう使い、何が出来るかを考えればいいんだ。それは出し惜しむという訳ではなく、使うべきタイミングや使い方を見極めるという事――“生き延びる”為にな」
 狂気の位置を確認したカズマは飛龍達と連携を取り、進行方向へと火炎弾を集中砲火した。
 撃ち出された火炎の目的は通り過ぎる迄の目晦まし。そしてカズマは龍銃で狂気の真上の天井を狙い、射撃する。
 瓦礫は狂気の頭上に落下し、数体纏めて沈めた。
 敵の光線も阻止され、被弾の被害を抑える。

 蜜鈴も、華を撃ち出す。
 少数の群れにお見舞いするのは、雷の種子。
 多数の群れならば、炎の種子。
 けれど、華炎は温存を心がける。
「火力切れで護れぬ等と……愚者となるは一度で十分じゃ」
 凪枯は垣間見た。それは蜜鈴の胸に残る後悔。
 しかし同時に悲しみに暮れるのでは無く強く立ち上がろうとする意志を窺える。
「蜜鈴ちゃんは飛龍ちゃん達のこと……本当に護りたいんだね。あたしも想いは同じさね……一緒に頑張ろう」

 しかしその時
 運命は動く

 ドゥアルと愛梨は見た。
「まだ……終わらないのですね」
「数もあんなにいるなんて……!」
 今迄とは比較にならない程の大きな狂気の群れを。
 まるでクラゲの海。
 密集しながら漂う狂気は、待ち構えている。

「■■■――■■■」

 だが無茶苦茶な数を見ても尚、ユーリの心は諦めてはいなかった。
「やれるだけの事をするわっ! “希望”は捨てない!」
 ユーリも共に、立ち向かう。
 絶望していては何も掴めない――平穏な未来を掴み取る為に、自分達の切り拓く力を信じた。

 ……しかし一方で。

 龍達は悟っていた。
 あの狂気の数に対し、こちらは無傷では済まないだろうと。

 だから――

 守る。
 守る。
 必ず守る、と。

 彼らは人を包むように、囲い込む。
 飛龍達の愛は深く、純粋だ。
 そして守護龍は想っていた。
 そんな龍ほど身を亡ぼすのは――ああ、きっと、運命なのだろうと。

「そんな、どうして……!」
 飛龍達が盾となるつもりでいる。
 コントラルトは察した。

「嘘……」
(色々あって、悲しいすれ違いもあって、戦いもして、悲劇もあって、でも……)
 ――やっと全部じゃないけど通じ合うこともできた。それなのに。
「これからじゃない……! これからなのに!!」
 愛梨は悲痛に叫んだ。
 ただ守られるなんて絶対に嫌だと。

 大二郎も敵の数を削る事が出来ればと思っていたが――
 飛龍達によって遮られている状態では、飛龍を避けて魔法を撃つ事は不可能に等しい。
「なんということだ……。このまま私達は見ているしかないのか……っ」

「……っ」
 この時、ミルベルトはふと重ねた。
 龍の愛は、“子を慈しむ母の愛”に似ていると。
 母の愛とは深く――それ故に心を砕き、身を削り、己の事以上に守りたいと抱くもの。

「君達……!」
 アルファスは悔しかった。
「僕等が赤龍の肉体を……強欲王を討ち果たしたかったのは絶望を止めるためだった……――なのに!」
 彼らと共に戦いながら証明していた想いは、届かなかったのだろうか。
 いや、届かなかった訳じゃない。
 それでも守りたかっただけなのだ。
 世界の為。愛の為。彼らは。
 でも――
「世界を守る役目は、もう龍族だけのものじゃない……!!」

 洞窟は狂気の嗤い声で満ちる。
 そして龍達は一方的な攻撃を受ける。

「……!」
 あまりにもの凄惨な光景に、パトリシアの瞳は涙が浮かんで震えた。
 赤い光線が洞窟を飛び交い、龍の悲鳴が響き、ぽろぽろと零れた大粒の涙は風に攫われていく。
 けれど震える手は符を握りしめた。
 龍が傷付く姿を見たくなくて――それでも、だからこそ、支援の手は止めないように。
「パティは……こんなのはヤダ。こんなに悲しい気持ちは、やなんダヨ……!!」
 飛龍達に全力で尽くし、彼らが狂気よりも先手を取れるようにと貢献する。

 溺れるように掻き分けながら、前に。
 ようやくの想いで狂気の海を潜り抜けるが、千春の胸は痛む。
「……っ」
 飛龍達の傷を見て、無事だとは言えなかった。
 ――しかし全員の手当は不可能だ。
 狂気の群れも追いかけてきているのが窺える。
 それだけではない。

「なんだ……あいつは……!」
 研司は発見する。
 遥か遠くで浮遊する大きな色濃い影――それは群れでは無く、巨大な個。
「成程、彼が真打ちというわけか……まったく、こんな時に。こっちは急いでいるんだがな……」
 大二郎は苦虫を噛み潰したような表情をした。

 その刹那。
 リラと蜜鈴は共に、飛龍の協力を得ながら守護龍の背中へと飛び移る。

『……ッなんのつもりですか。降りてください!』
「降りません。きっと貴方も無茶をするつもりでいるのでしょう。もっと気をしっかり持ってください!」
「そうじゃ。妾はおんしを見捨てるのも良しとはせぬ。まだ妾達は戦える!」
 リラと蜜鈴の言葉に守護龍は驚いていた。
 どうして少数の飛龍を引き連れ巨大狂気を引き付けるつもりでいた事を察知したのだろうと。

 ――しかし。

『離れなさい……ッ。“現実”はそれ程甘くはないのですよ……!』

 声が震える守護龍にリラは云った。

「力を合わせましょう。私達は力を合わせたから、先の決戦だって、切り抜けられたんです……!」
『たとえその時はそうだったとしても、今は“全員の命”を賭けるべきではありません! 守る為に少数を切り捨てる事も、時に必要なこと……!』

 けれど、報われない現実を見つめてきたのも事実。
 故に守護龍は必死に否定する。

『“理想”は報われない事の方が遥かに多い!
 大地に還った龍。石となった龍。歪虚へと成り果ててしまった龍……。
 そんな彼らの理想と志を叶えてやる事が出来なかった――私の数百年の軌跡が、その証明!! それが“現実”なのです!!』

 しかし……
 フィルメリアはそれでも前へと出て、告げた。

「そうね、“現実”は甘くないわ。“全員で生還する”なんて“理想”の話ね。でも――。
 “理想”を捨てる事が“大切なモノ”を捨てる事になるのなら、私は“理想”を捨てないわ!」

『……!』

「私はもう……“私を守る為に”誰かが犠牲になるのは……我慢ならないの……。“理想”の前に乗り越えなくちゃいけないものがあるなら、なんだって乗り越えてみせる! 何度も……何度だって!! 私達が越えられるまで、貴方達に認めてもらえるまで、示してみせるわ!! 貴方達の長年の苦悩へ報いる為にも――……私の想い、その意志をね!!」

 強くなる事を望み、生きてきた。
 大切なモノを護る為に。
 強く。
 強く。
 故に、想いを貫き、“強欲”に求め続ける――
 それが氷の女王の生き様。

 雷に打たれたような衝撃を受けていた守護龍に、研司も次ぐ。

「同朋の理想と志を叶えられなかったってのは……確かに無念だったと思う……。でもッ……決して彼らの魂の炎は途絶えさせねぇッ! “ヒトと龍の共存”を願って喪った龍達の意思は全部、俺が引き継ぐッッ! 全部抱えて、そして創っていくよ、ヒトと龍が共存する歴史を!!」

 ヒドゥンハンド――この三本目の腕を使い、研司は穿つ。
 “シ・ヴリス”で龍を護る為に。

「ただの一人も死なせねぇ――っ!!!!」

 一本の矢は遥か遠くまで駆け抜けて、巨大な闇影を撃った。
 それは未来の歴史を照らす一筋の光のようで――
 
 諦めて凍えていた筈の守護龍の胸は、きゅっと締め付けられていた。 

「のう? 守護龍よ、妾はおんし等を愛しゅう想う。全ての厄災から護りたいと想う程に」
 蜜鈴は優しく微笑んで。
 寄り添いたいと、心から願って。
「龍の宿命が星の守護者となる事…なれば、おんし等を護るを宿命とするヒトが居っても良かろう? 互いに護るは宿命じゃ…なれど、護りたいと想う心は、妾のものじゃ」
 ――手を差し伸べようとする。
『どうしてそんな……そんな事を……』

「龍族が解き放たれて自由になってくれたら、本当は一番嬉しいけれど…。世界が平和になるまで、君達が穏やかな日々を過ごす事は難しいよね」
 アルファスは紡ぐ。
「龍達、毘古さんやフィル、ユーリやミル、皆の力で僕等は王に届いた。君達の翼の下で庇護され、役目を押し付けていた頃とは違う。人と龍の笑い合える明日にもやっと近づけたんだ。もう悲劇は繰り返さないよ。君達が人を愛し守るなら……僕達も愛し守ろう。龍族が穏やかに暮らせる日まで、ここから一緒に歩き出すんだ。龍と人が力を合わせればどんな困難も乗り越えられる」
 ――そして信じて欲しいと。
 今も、未来も。

「貴方の本心は、同朋を守りたかったんじゃないのか?」
『……』
 カズマは見抜いていた。
 彼女はきっと龍達に、夢が叶う瞬間を見せてやりたいと思っていたのではないかと。
 人と龍が共に歩んでいく軌跡を――。

「貴方達はもう充分……長く戦ってきて下さりました。だからもう、無理はさせられません」
 ミルベルトは云った。
 そして凪枯も。
「あたしらを護るんだろう? だったら最後まで見届けるのが責任ってモンだ。
 アイツみたいに他の奴に押し付けてハイ、サヨウナラなんてあたしゃ赦さないからね!」

 ――人の愛が、優しい。
 胸がいっぱいな守護龍に千春は語った。

「きっと貴方は貴方の為に生きる事は難しい、のですよね。だったら私達の為に、生きてくださりませんか」

 千春には分かる。
 彼女の気持ち。

 そして孤独を救おうと――
 
「ずっと、付き合うって決めたから、ね」

 愛梨は決めたのだ。
 符を取り出し、道筋を見出す。

「皆、ここが勝利の道よ! 繋いで!」

 すると研司が飛龍達に火炎弾を要請し、ドゥアルが狂気の瞳を潰すように目標を示す。
 コントラルトも続いた。
 炎を纏った破壊エネルギーは大幅に狂気の体力を削り――

「よし…アル君、合わせるぞッ!」

 大二郎はアルファスと共に息を合わせ、魔法を撃ちこむ。
 研司は熱の後に凍み矢弾を撃つことで急激な温度差を与えた。

「デカブツ相手は慣れてらぁ! ブッ砕けろ、VOIDォッ!!」
 
 そして唸る巨大狂気へフィルメリアは接近し、飛龍から飛び降りた。

 蒼く煌く光の剣は狂気を処刑するように切り裂く
 運命も
 悲しみも全て断ち切る
 美しい雪の華

 ――飛龍の背に着地したフィルメリアは、消滅する狂気を見据えて云った。
「想いと力は王に届いた…けれど、まだ終わりじゃない。この先も続く道があるから…求め続ける…“強欲”にね」


 追手はすぐそこまで来ていた
 光線を撃つ音が間近に聴こえてきている


「さ、すぐ逃げるんだ。噛みつかれる手前まで来てやがるよ!」

 凪枯は飛龍達を励ます。
 
 そして彼らは、光の当たる場所へ――






「皆……無事ね?」
 コントラルトは周りを見回して、全員が生還した事を確認した。
「ありがとう」
 ユーリは飛龍を撫でて、ぎゅっと抱きしめる。
 目を細めるカズマに、
「…ん?」
 飛龍は親愛を込めた鳴き声を掛けた。
(野良ケモノに懐かれるのにはもう慣れたが……とうとう精霊にまで懐かれるようになっちまったか)
 撫でれば、飛龍は心地よさそうに目を瞑る。


「この危機を乗り越えられたのも、ひとえに君のお陰だ。感謝するよ」
「…君を友と呼ばせてくれるかい?」
『……』
 大二郎とアルファスの言葉に、守護龍は気まずそうな顔をした。
 私なんて……。
 と、俯く彼女だが。
 氷のように寄せ付けなかった彼女の心は少しずつ溶けている。
 微笑ましそうに、ドゥアルは眠りへと落ちたのだった。





+想いの行方

 龍園に帰還した研司達は、ダウンタウンの精鋭達に話を聴いて知った。
 この地で起きていたことを。
「スフィーダがディストル野郎と一緒に星の傷跡周辺で狂気の残党狩り――それから強欲の残党を連れ、失踪、か」

「ディストルツィオーネとはその内また相対する事になるでしょうね…強欲王…赤龍の肉体を直接この手で討った以上…彼の怨嗟を改めて受け止める様にしないとね」
 そしてフィルメリアは、スフィーダの企みに胸騒ぎを覚える。
 復讐を手伝うと宣言し、新しく強欲の竜をまとめあげた彼の次の一手に――。

「ありがとう、ジャン。でもパティはやっぱり蝙蝠羽さんの悲しみも怒りも、分かってあげたい。次は届くよーに……頑張りたいんダヨ」
 パトリシアは優しい微笑みを浮かべた。
 パトリシアが敵に情を抱き絆されてしまえば、いつか倒すその時、彼女は泣いてしまうんじゃないかと。
 龍園の誰かに竜のことを尋ねるのを引き止めたジャンルカに紡ぐ。
「怒っているのは、そこにキモチがあるカラ。イライラとれなくて、もひとつイライラする時は甘いもの。悲しい時は傍に居て話を聴いて…。ヒトを許して、なんて言えないケド、ちゃんと受け止めてあげたい、な」
「パティ……」

 すると、密かに聞いていた守護龍はぽつりと零した。
『優しいのですね。彼が初めて愛したヒトも貴方のような少女だった事を、思い出しました』
「守護龍さん……?」

 そして語るだろう

 誰よりも人を愛し
 誰よりも苦難を受け止め
 誰よりも“人と龍は共存できる”と信じて戦い続けた――

 勇敢で優しい龍の話を

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MVP一覧

  • 光あれ
    柏木 千春ka3061
  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティアka3380
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュka4009
  • 最強守護者の妹
    コントラルトka4753
  • 金色のもふもふ
    パトリシア=K=ポラリスka5996

重体一覧

参加者一覧

  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 龍奏の蒼姫
    ユーリ・ヴァレンティヌス(ka0239
    エルフ|15才|女性|闘狩人
  • 龍盟の戦士
    藤堂研司(ka0569
    人間(蒼)|26才|男性|猟撃士
  • 飽くなき探求者
    久延毘 大二郎(ka1771
    人間(蒼)|22才|男性|魔術師
  • 光あれ
    柏木 千春(ka3061
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 《聡明》なる天空の術師
    アルファス(ka3312
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティア(ka3380
    人間(蒼)|25才|女性|機導師
  • 慈愛の守り手
    ミルベルト・アーヴィング(ka3401
    人間(蒼)|23才|女性|聖導士
  • 寝具は相棒
    ドゥアル(ka3746
    エルフ|27才|女性|聖導士
  • 白狐の癒し手
    時雨 凪枯(ka3786
    人間(蒼)|24才|女性|聖導士
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • 最強守護者の妹
    コントラルト(ka4753
    人間(紅)|21才|女性|機導師
  • 想いの奏で手
    リラ(ka5679
    人間(紅)|16才|女性|格闘士
  • アヴィドの友達
    愛梨(ka5827
    人間(紅)|18才|女性|符術師
  • 金色のもふもふ
    パトリシア=K=ポラリス(ka5996
    人間(蒼)|19才|女性|符術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
コントラルト(ka4753
人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/07/01 19:26:37
アイコン “狂気”の群れからの脱出(相談
フィルメリア・クリスティア(ka3380
人間(リアルブルー)|25才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/07/02 15:37:02
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/06/28 15:50:09