• 龍奏

【龍奏】 掌

マスター:葉槻

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
10~15人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/07/07 09:00
完成日
2016/07/20 18:48

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 強欲王メイルストロムの器が破壊された。
 それは強欲の者達を驚かせ、多少なりとも動揺を与えた。
 しかし、元々『強欲』である彼らは、すぐに自分達の役割を思い出す。

『王の器がいなくなったとて、世界を滅ぼすという命題に変わりは無い』

 人類がそれほどの力を持っていたことには驚くが、『それがどうした』と鎌首をもたげた強欲達は再び動き始めた。


 龍園ヴリトラルカと星の傷跡のほぼ中央に位置する場所に、ニーロートパラと呼ばれた遺跡があった。
 かつてそこでは龍達が憩い、傷を癒やすのに使っていた場所だったという。
 激しい強欲竜達との戦いで負った傷を癒やしに青のワイバーン達、青のリザードマン達がその地を訪れては各々その身体を横たえ休んでいた。
 そこに、一体の大型強欲竜が降り立つと、周囲をブレスで薙ぎ払った。
 安らぎの園はその一息で阿鼻叫喚の坩堝と化した。
 もちろん、応戦しようと試みた青の飛竜達もいたが、その誰もが手負いであり、とても敵う相手ではなかった。
 強欲竜は青の勢力を尽くその場から追い出すと、満足げにその身を横たえた。
 白い雪、淡い輝きを放つ龍鉱石がみるみるうちにタール色に染まっていく。
 タール色に染まった大地の上で、強欲の竜は静かに闇色の瞳を閉じる。
 青の龍達は、慌てて青龍の下へと走った。

 ――腐竜が、襲ってきた、と。



「……そういう訳で、すまんがもう一度皆の力を貸して欲しいのじゃ」
 ナディア・ドラゴネッティは申し訳なさそうにその柳眉を下げた。
 この竜が今までどこにいたのかは判らない。
 大規模作戦時にどこかの戦場にいたのかもしれないし、または全く違う所にいて、たまたま帰ってきた、というだけなのかも知れない。
「彼の竜の名はもう誰も知らぬ。便宜上、わらわたちは腐竜と呼んでおるがの。名乗ったことも名乗られたこともなかったのじゃ。ただ、もうずっと昔から青の龍達はあの腐竜と闘ってきた。そして、今となってはもう我々の言葉も届かない。そのくらいに……狂っておるのじゃ、あの強欲の竜は」
 その昔、赤銅色の輝きを放つ鱗は、敵ながらも美しいと讃えられるほどの竜だった。
 それが戦いを繰り返す度に、傷を負い、再び相見える度にあのような姿に変わっていったという。
「恐らく、あやつを動かしておるのは『破壊衝動』ただ、それだけなのじゃろう」
 腐竜が内に秘めた怒りは、全てを破壊するというその一点に置いて特化し、赤銅色の竜を腐竜へと変えて行った。
「あやつがおると、その周囲は尽く腐敗していくのじゃ。水も、樹も、空気も、土も、龍鉱石も」
 そして腐敗した箇所はタールのような色味と腐敗臭を放ち、その場にいる者の行動を阻害するという。
「そもそも、ニーロートパラはちょっと変わった構造をしておってな……」
 そう言って、ナディアはワイングラスをひっくり返して立てた。
「このワイングラスの脚(ステム)のようにな、細い円筒状の支柱から螺旋階段を上って行くと、蓮の葉のように平たい大地に出るのじゃ。……このワイングラスの台座(フット・プレート)のような、な」
 飛竜達は空を飛んでこの地へ降り立つが、リザードマン達はこの螺旋階段を上ってこの地へ行くらしい。
「つまり、ユニットは行けないってことか」
 1人のハンターが呟くと、ナディアは「うむ」と頷いた。
「騎乗するバイクや馬も持っては行けぬと思ってほしい。空から行けば、腐竜はすぐにブレスで飛竜達を墜落させようとするじゃろう。じゃから、皆にはこの螺旋階段を上って、腐竜のいる場所へと向かって欲しいのじゃ」
 出で立ちこそ特殊ではあるが、ニーロートパラは螺旋階段を上がり地上に出れば、そこは普通のリグ・サンガマの大地と変わらない光景が広がっている。
 うっすらと雪の積もった氷原と龍鉱石の岩。遺跡と言われるだけあって、壊れた柱や崩れた壁などもあるが、基本的には見晴らしの良い場所らしい。
「応戦した飛竜達が、腐竜の翼を傷付けることに成功しておってな、今、あやつは空を飛ぶ事が出来んらしい。今を逃せばあやつは傷を癒やした後、どこを襲うかわからん。どうか、ここで腐竜を止めて欲しい」
 そして、ナディアはハンター達へと頭を下げた。
「あの哀れな竜をもう眠らせてやっておくれ」



 そっと、1人のハンターが慎重に螺旋階段からニーロートパラの地表へと顔を出した。
 周囲はナディアの話し通り、平地であり、所々にヒト1人が身を隠せるぐらいの柱や崩壊した壁が残っている。
 すぐ傍にヒト1人の身を隠せるような柱が倒れており、素早くその陰に移動し、周囲を見る。

 ……いた。

 腐竜は目測で、北側、中央から100mの位置で猫のように丸くなって寝ているようだった。
 ……もっとも、歪虚に『睡眠』という概念が残っているのは不明だが、両目を閉じてじっとしている様は『寝て』いる様にしか見えなかった。

 そろり、と静かに一同は作戦を開始する。


 ――かつての龍にとっての憩いの地で、腐竜を覚めない眠りへと誘うために。



 ノイズ混じりのモノトーンの情景に懐かしい過去の想い出を夢に見ているのだと判る。
 もう夢など見なくなって久しいのに、何故かこの夢だけは時折目を伏せると浮かんで消えるのがおかしかった。


『お主……その鱗はどうしたことだ……』
 愕然とした様子で、自分を見る龍がいた。
『かつての美しさを全て捨てたというのか……!?』
 哀しむように怒るように――嘆くように――その牙と爪を立てながら。

 ……それがどうしたというのだ。
 美しさなど要らぬ。
 強くなければ、敵を倒せぬではないか。
 強くなければ、何も守れぬではないか。

『もう……言葉も忘れたのか、名も忘れたのか、○○!!』

 ……そんな物、無くとも構わぬ。
 我々は星の守護者。
 世界の守護を司るモノ。
 この世は美しい。
 この美しい世界がヒトの手により穢されるのだけは赦せない。

 ヒトにより穢されるくらいならば。
 ――守護者たる我々の手で世界を終わらせてやるのが務めというもの。

『愚かな……なんと愚かな竜なのだ、お主は』
 ブレスをブレスで相殺しようとし、力で押し巻けた龍が黒炎に飲まれた。
 全身を炎に焼かれながらも、その龍は真っ直ぐに自分を見た。
『すまぬ、お主の苦しみを止められぬ、我が弱さを許してくれ……○○』
 伸ばされた指先が、力尽きて地に落ちる。
 この地には珍しい大粒の雪が、亡骸の上に音も無く降り積もっていくのを、ただ見つめた。


 瞼を開ければ、忘れてしまう夢。
 忘れてしまうから、戯れにもう少しだけこの微睡みの中に身を置いてみよう。

 ――もう二度と見ることがないかもしれないのだから。


リプレイ本文


 腐竜の深い深い闇色の瞳と、レイ・アレス(ka4097)の赤と青のオッドアイが、双方を捕らえた。
「っ!」
 巨大な頭部が自分に向かって振り下ろされる。
 一つ一つの歯がドリルの先端のように尖っているのが見えた。
 刺激臭のする唾液が地面に落ちる。
 全てがスローモーションの様にはっきり見えているのに、身体は意に反して動けない。
 それでも意志を総動員して仰け反る。
 右手、神楽鈴を握り締めている右手だけを前に突き出したまま。
「腕くらいくれてやるよぉ!」
 レイの絶叫と共に神楽鈴が奏でる澄んだ美しい音が場違いのように耳に響いた。
 そして、笑えないほど軽い音と共に――

 ――………



 各自それぞれが身体を冷やさぬよう工夫し合い、所定の位置に辿り着くまで一つのミスもなかった。
 腐竜は相変わらず寝ているのか休んでいるだけなのか解らないが、ハンター達の到着に気付いた様子も無く、瞳を閉じたまま身動き一つせずにいる。
 2班の柊 真司(ka0705)がそっと手を上げた。
 もとより見通しの良い開けた場所だ。物陰に隠れながらでも、大体どの辺りに仲間がいるかの見当を付ければ、トランシーバーなど使わなくともハンドサインだけでも十分に見える。
 そして、その手を振り下ろすと同時に、ハンター達の猛攻が始まった。
 炸裂したファイアーボールの爆煙の中をボルディア・コンフラムス(ka0796)が翼の根元を狙い宣花大斧を振り上げ、炎の幻影と共に上から下からと連続して攻撃を振るう。
「破壊衝動に呑まれた竜か……。いい加減、眠らせてやらないとな」
 真司がラントヴァイティルを構え、引き金を引いた。
「まずは脚を破壊して動きを鈍らせる」
 扇状に広がった炎が腐竜の足元を焼き払う。
「みんな、どいてっ!」
 続いてセリス・アルマーズ(ka1079)から光の波動が広がると、それは衝撃を伴って腐竜を打ち、同時にアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)もレクイエムを夢見るように歌う。
「これが、龍……? 大きさもそうだが、些か腐りかけているようだな……アンデット……なのか?」
 しかし、アンデットであるなら暴食であるはずだ。『強欲の竜』であるのならば、恐らく腐敗している様に見えても、屍が動いている訳では無いのだろう。
 アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)はホーリーセイバーを1人腐竜の正面へ立つ上泉 澪(ka0518)へと付与する。
 本来であれば、事前に同班のメンバーへ付与したかったのだが、マテリアルを操作することで腐竜を目覚めさせる可能性がある為、攻撃を仕掛けるタイミングと揃えたのだった。
 上泉が白い光に包まれた獅子王を正眼に構え、腐竜の鼻先へと斬り付けるのとほぼ同時に、以前、この腐竜と闘った経験のあるアーサー・ホーガン(ka0471)反撃の機会の到来に嬉々として助走を付けて走り込む。
「お休み中のところ、すまねぇな。詫び代わりに永遠に眠らせてやるぜ!」
 ボルディアの付けた傷痕を狙って、勢いのままに赤みを帯びた金色のオーラを放つ一撃を叩き込むと、反対側のカイン・マッコール(ka5336)もアンサラーを振り下ろした。
 和泉 澪(ka4070)もまたこの腐竜との因縁を持つ物の1人だった。以前戦った時の固い鱗を思い出し、どこかに攻撃が通る場所が無いかと慎重にオートMURAMASAを振るい、ディーナ・フェルミ(ka5843)はクロイツハンマーを構え、「よいしょぉっ!」と腐竜の足先へと振り下ろした。
 前衛の攻撃を見守りながら、腐竜を観察していた後衛班達も、隙間を縫うように攻撃を始めていた。
 真司の合図に合わせ、ファイアーボールを放った沢城 葵(ka3114)に続いて、ジルボ(ka1732)が翼をターゲッティングで狙撃し、デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)が握り拳と共に叫んだ。
「出でよ! 冥き蓋然性の炎星」
 黒く燃え盛る球体がデスドクロの掌に出現すると、それはすぐに漆黒の炎の槍と変化し、周囲を焼き払いながら腐竜へと向かって行く。
「怒りに呑まれるなんてあの哀れな竜ね……私達の手で眠らせてあげるわ」
 腐竜の攻撃範囲から外れた所で待機していた白金 綾瀬(ka0774)は、スコープ越しに狙いをすますと、静かにヴォロンテAC47の引き金を引いた。
 レイもまたブルンブムを構え、引き金を引いた。銃弾はその熱い鱗に阻まれ傷一つ付けることはなかったが、消沈するより先にレイは目を見張った。
「……起きた……!」
 腐竜が身じろぎしたのを見て銃から神楽鈴へと持ち替え、油断無く構える。

 深淵をのぞき込んだ時のような、底の知れない深い闇色の瞳が開かれると同時に、腐竜は身を起こした。
 ぐるりと周囲を見回し、ハンター達を睥睨すると、首を左右に傾げる。
 ゴキゴキと骨の鳴る音が周囲に響き、尾をニーロートパラの地表へと叩き付けた。地響きがする中、空気が震えるほどの咆吼。
 そして、腐竜の周囲のマテリアルが瞬く間に枯渇し、腐敗し、汚染されていく。
「……これが、『呪い』」
 「臭うな……」と、一気に立ち上った腐臭に僅かに顔をしかめながらカインが呟いた。布越し程度では防げないと諦め、早くこの臭いに慣れようと努める。
 誰よりも腐竜から遠くにいるからこそ、綾瀬は場の空気が変わったことをいち早く感じた。
「何なの……この嫌な予感は……!」
 ゆっくりと白い息を吐いて再びスコープを覗く。
 悴むほど指先は寒さを訴えているのに、掌にはじっとりと汗が浮いてきて、綾瀬はそれをベストの裾で乱暴に拭った。



 序盤はハンター優勢で戦況は展開していたといっていい。
 この戦いには聖導士が多く参加しており、霊闘士の2人は自己治癒スキルも持ってきていた。
 早期に翼を潰したことで、羽ばたきによる全体へのダメージを減らせたことも大きい。
 前衛2班が交互に連携を取りながら、着実にダメージを重ねていくという作戦も上手く機能していた。
「……どうも、パワーは恐ろしい相手のようだな。報告書に誇張はなし、か」
 アデリシアがブレスに巻き込まれた葵の治療に走りながら下唇を噛む。
 腐竜はナディアの話し通り、そして以前闘った者達の報告通り、非常にタフだった。硬い鱗に守られ生半可な攻撃は殆ど通じない。
 近付けば尾と爪と牙が襲う。それを避けようにも、腐敗した大地は生物を拒むように足を縺れさせる。
 前衛の者達もなるべく距離を取り一撃離脱を図ろうとするが、その上でブレスは強力だった。
 後衛のジルボがばらまく弾幕や綾瀬の妨害射撃もここぞという所で良い仕事をしてはいたのだが。
「どこもかしこも固いですね。1ヶ所でも良いので鱗を剥がしたいですがっ!」
 熱い息を吐きながら和泉が素早く斬り込んだ。脇腹を狙った一撃がついにその鱗を突き破り、タールのような体液が大地に染みを作る。
「よし!」
 同じ班のカインが同じ所を狙って渾身の力を込めて妖剣を振り下ろす。
「……!」
 その手応えにカインは着地と同時に思わず掌を見た。
「渾身撃が……出ない」
 だが、傷は広げられた。ならば、カウンターと合わせて斬り付けるだけだと思考を切り替え、柄を握る。
「ごめんなさい、これでヒール最後です!」
 岩の直撃に加え、3度のブレスを受け、膝を付いていたデスドクロをレイのヒールが癒やす。
「グーハハハ! 俺様に膝を付かせるとは、流石は長きにわたり青の龍達とやり合ってきただけはあるな!」
 どんな状況下でも尊大な態度を崩さない不死鳥のようなデスドクロを見て、レイは少しだけ安堵した。
 だが、この時点でデスドクロの鎧の下は全身火傷で酷い有様になっていたのだが、デスドクロはそんな状態を仲間に悟らせること無くサラマンダーを構えると、前衛が仕掛けるための隙を作ろうと引き金を引く。
 セリスは盾を構え、持ち前の防御力で前衛に立ち続けながら冷静に周囲を見ていた。
 早期に翼はつぶせたが、行動阻害による影響はやはり大きい。命中すら半減させられる為、こちらの攻撃が届かない事も増えた。
 ブレスによる範囲攻撃は確実に2名以上を巻き込むように放たれる為、後衛はなるべく散り散りに移動しながら対応しているが、前衛はそういう訳にもいかない。
 ブレスがディーナと真司を襲う。
「くっ……そろそろもう一回寝て来いよ!」
 真司がお返しとデルタレイを放つが、それを受けても腐竜は動じること無くその場にいた。
「ここまで表情が読めない敵とか……!」
 持ち前の幸運と直感視で弱点を探ろうとジルボは目を皿のようにして腐竜を見つめていたが、鱗の向こうに隠れた感情は察せず、傷を庇う様な動きも無い。むしろこちらの攻撃は命中した物は全て受けているような有様だった。仕草も寝起きの時が一番動きがあったぐらいで、後は攻撃に徹してくる。流石にノーモーションという訳では無かったが、力をチャージして攻撃してくる訳でも無いため、『前脚を振り上げたから爪で攻撃してくるな』という誰が見てもわかるような動作しか無い。そしてそれが解ったからと言って避けられるかどうかはまた別問題でもある。結局、直感視し続けた結果、『光属性の攻撃は通じやすそうだ』ということしかわからなかった。
 ボルディアはブレスを受けても毒を受けても平素と変わらぬ状態で立っていた。
「病か気からっていうだろうが。呪いだろうが魔法だろうが気合で打ち消せねぇワケがねぇ!」
 無茶苦茶な脳筋理論だが、事実、防御力の高さとリジェネレーションにより、ほぼ傷を回復出来てしまうのは彼女の強味の一つだった。
「すごいな」
 ボルディアの言に驚嘆と共に苦笑を浮かべたのは同じ班のアーサーだった。
 ブレスは闇属性だろうと予想し、アデリシアによるホーリーセイバー付与時は武器受けを放棄することでダメージの軽減を図っていたが、事実それは正解だった。
 ただ、翼の落ちた部分の傷口を広げるだけならともかく、中の肉を抉ろうとするには予想より傷が小さい。
 特に刺突一閃はタダでさえ命中率が低く、思うようにダメージを重ねることが出来ずに居た。
 上泉もまた、持ち前の持久力とリジェネレーションで長く戦場に留まれるようにと動いていた。
 序盤、避けきれないと察し、光属性が付いた状態でブレスを受けてしまったのは失敗だったが、それ以降は、冷静に腐竜を観察しながら動作と動作の間の硬直時に攻撃を仕掛けていた。
 既に20分以上続いている激戦の中、ブレスを避けようと腐竜を囲む様な形になっていく前衛の動きの為に、葵はファイアーボールもブリザードも思うように打てない状態に歯噛みしていた。
 熱膨張を狙い仕掛けるつもりだったが、敵は巨体とは言え一体だ。仲間の巻き込みを厭うのであれば火矢と氷矢の方が着実にダメージを重ねられたかも知れないと今になって思う。
 それでも仲間の動きを読み、声を掛けながら僅かな隙を突いて火球を放ち、腐竜の顔面を中心に爆煙が上がる。
「よし! 命中っ!」
 葵が思わず笑みを零すと、その煙の向こうでゆらりと腐竜の影が揺れた。
「アオちゃん!!」
 アルヴィンの叫び声が響いた、次の瞬間、闇色のブレスが葵に降り注いだ。
「葵!!」
 悲鳴を上げることも無く倒れた葵へジルボが駆けつけ脈を見る。
 比較的近くにいたアデリシアがヒールを施すが、ジルボは首を振った。
「気を失っている。これ以上は無理だ、下がらせる」
 自分より長身の青年男性を担ぎ上げるのには苦労したが、このままここに置いておいては再びブレスが来た時に巻き添えになる可能性もある。
 ジルボはしっかりと葵を担ぎ上げる手に力を込め、慎重に歩き始めた。
 その様子を腐竜はじっと見つめていた。
「っ!」
 それに気付いた一同は腐竜へと攻撃を仕掛けようと構え――その時には腐竜に向けて弾丸を撃ち放った人物がいた。
「回復出来なくてもやれることはあります!」
 『僕にだって、やれる。絶対に、負けたりしない』
 レイはデリンジャーから神楽鈴へ持ち替え、構えた。
 腐竜の頭部がゆらりと揺れるようにしてジルボ達から視線が逸らされた。
 そして、レイを、捕らえた。



「馬鹿っ!」
 思わず毒づいた綾瀬が最後の妨害射撃を腐竜の上顎に向かって撃ち、ボルディアが地を蹴ってレイの左腕を取ると同時に和泉が瞬足で一気に距離を縮めて腐竜の口角へと振動刀を差し込んだ。
 妨害射撃の影響か、腐竜が僅かに顎の力を緩めたのを見て、ボルディアは力任せにレイを自身の方へと引き寄せ、腐竜の牙からレイを取り返した。
「アルヴィン!」
「わかってるヨ」
 ボルディアは駆けつけたアルヴィンにぐったりとしているレイを預けると、背後の2人を守るように腐竜へ対峙し大斧を構える。
 レイの顔面は蒼白で右腕は上腕から大量の出血をしていた。
「毒……!」
 アルヴィンがキュアを施し、その肩口をレイが持っていた聖骸布できつく縛り上げ止血を施す。
「セリス嬢!」
「任せて!」
 駆けつけたセリスが周囲の仲間も含めてヒーリングスフィアで回復を施すが、レイの意識は戻らない。
 これ以上はここに置いておけないとアルヴィンが顔を上げると同時に、アーサーがレイを抱き上げた。
「俺が階段まで連れて行く。その間、頼む」
 アルヴィンは無言で頷くと立ち上がり、レイをアーサーに託して腐竜を見た。
 腐竜は上泉とカイン、真司とデスドクロの攻撃を受けながらもまだなお余裕があるように見えた。
 ブレスが、呪われた地を舐めるように這う。
 押し殺した悲鳴が上がり、アルヴィンは仲間を癒やすために走った。


 ブレスが届かない所まで葵を運んだジルボはそっと階段から地表へと顔を出した。
 腐竜の視線が自分の方に無い事を確認して、素早く倒壊した壁の影に隠れながら、攻撃が届く範囲まで移動していく。
 途中、レイを運んでいくアーサーの姿も見た。
 そして、気付いた。
 翼を折られた腐竜に逃げ場は無いが、万が一にも腐竜があの階段の入口を塞いでしまったら、逃げられないのは自分達の方では無いのか、と。
 腐敗を広げないため、腐竜を囲む様に布陣していたために常に行動阻害と向き合わなければならないのはつらい所だが、動き回った結果、ここを抑えられたらと思うとぞっとしない。
 何としても入口を死守して闘わなければ。
 ジルボは折れた柱の陰からライフルを構えると、戦況を確認すべくスコープを覗いた。

 その瞬間、スコープ越しに見えたのは、和泉が腐竜の爪に胴を裂かれるという衝撃の場面だった。

「澪さん!!」
 ディーナが悲鳴を上げて大地へと叩き付けられた和泉へヒールを放つ。
 しかし、ここまでに蓄積したダメージがあったこと、何より腐竜の鋭い一撃が胴丸の隙間を縫うようにして和泉の脇の下から胸部を抉っており、和泉の瞼は固く閉ざされたままだった。
「運び出そう」
 真司が駆けつけ、和泉の身体を抱き上げる。
「危ねぇ!!」
 真司を突き飛ばすようにしてデスドクロがその身を持って2人を庇い、代わりに頭部を強打されたデスドクロは昏倒した。
「すまん、助かっ……って! お前が倒れたら誰が運ぶんだよ……っ!!」
 2m近い身長と100kgの大台に限りなく近い大男が意識を失って倒れているのを見て、思わず真司は目を見張って嘆いた。
「……俺が運ぶ」
 帰ってきたアーサーが唇を噛み締めながら腐竜を睨むと、デスドクロを担ぎ上げて真司と共に階段を目指す。
 その間、ボルディアと上泉とカイン、それから遠距離から綾瀬が腐竜の気を真司達から逸らそうと攻撃を仕掛けていた。
「……撤退しよう?」
「ディーナ嬢……」
「これで4人……命がある内に、逃げよう?」
「バカ言わないで! 歪虚を前に撤退なんてあり得ないわ!」
 セリスが悲鳴のような拒絶を示す。
「そうですね。翼をもがれた今、腐竜もここから暫くは動けないはずです。地上には馬を停めている人もいますし、負傷者がいても連れて帰れます」
 冷静に状況把握に努めていた上泉が、油断無く腐竜を見つめたまま告げる。
「私はまだ戦えるわ!」
「私もまだ戦えます」
 闘争心を隠さずアデリシアがセリスに賛同する。
 喧々囂々とした中、爆ぜるような音と共に腐竜の周囲を弾幕が覆い、腐竜はそれを受けて煩わしそうに首を振った。
「揉めてる場合じゃねぇだろ!」
 ジルボが叫び、腐竜を指差した。
「これだって長くは持たねぇぞ!」
 ジルボの叫びを受けて、ボルディアは斧刃を地面に立て、石突きを天へと向けると、アルヴィンを見た。
「お前はどう思う?」
「僕は……」
 撤退条件を決めてこなかった弊害がここで出るとは思わなかった。
 アルヴィンは大きく息を吸って吐くと、冷静に思案した。
 しん、と周囲が静まりかえった。ほんの数秒が長い時間に思える重苦しい沈黙。
「アト1人が限界だと思うヨ」
「じゃぁ、それで行こう」
「どうして!」
「正直、俺とセリスだったら最後まで立っていられるかもしれない。勝てるかもしれない。けど、俺は仲間に死んでくれって言いながら戦えない」
 目の前の人を助けるために武器を振るう、それがボルディアの在り方の一つでもある以上、仲間が倒れればそれを庇わずにはいられない。
 最初から死をも厭わない、明確な覚悟を持って全員が戦いに挑んだのであれば別だった。
 だが、弱さを見せない腐竜を前に、いつまで戦い続ければ勝てるのかが解らず迷いが出た今、無理を強いるのは違う気がした。
「それでいいか?! ジルボ、綾瀬!」
「おぅよ」
「……了解よ」
 ジルボも既に攻撃スキルは使い果たしている以上、前衛が撤退するとなれば勝算は無いに等しい。
 綾瀬は悔しさに奥歯をギチリと鳴らし、それでも撤退すると決まったわけでは無いと、グリップをきつく握り締める。

 こうして僅か1分もしない間に決まった覚悟を持って、全員が腐竜へとそれぞれの得物を構え直した。



 上泉の全身を岩をも弾き飛ばす腐竜の尾が打った。
 鈍い音と共に上泉は5m程吹き飛ばされ、崩落した壁に激突して止まった。
 ディーナが最後のヒールを施すが、上泉の意識は戻らなかった。
「……撤退する! アーサー」
「了解だ」
 合流したアーサーと真司も既に攻撃スキルを使い果たしており、撤退条件の決定に異を唱えなかった。
 アーサーは素早く上泉を抱きかかえると階段に向かって行く。
「セリス」
「わかってる」
 セリスとボルディアが最後まで腐竜を引き付けるためその場に残り攻撃を繰り出していく。
 そこに、カインの姿もあった。
「カウンターがある。これもゴブリンを殺すために必要な訓練だ。最後まで闘う」
 カインが、妖剣を正面に構えたまま呟く。
「そうか」
 ボルディアが鋭い犬歯を見せて笑った。

 カウンター攻撃ゆえ、攻撃を避けることが出来ない。カインは腐竜に足を噛みつかれ、振り廻されても、剣を手放すこと無く冷静に反撃に出ると、地面へと背面から落ちた。
 すかさずセリスがヒールを施し、他の前衛全員が撤退したのを見届けると、ジルボと綾瀬の援護射撃に守られながらボルディアとセリス、カインは出口へ向かって走り出した。
 呪いの範囲を出ると途端に空気が変わり、身体が軽くなった気がして、いかにあの空間が穢された物であったかをセリスは痛感する。
 あと、もう数メートルというところで、カインは全身に毒が回ってついに倒れた。
 ボルディアがとって返し、カインを担ぎ上げると階段へと飛び込んだ。
 その頭上を闇色のブレスが薙いでいくのを見て、ボルディアは大きく息を吐くと綾瀬達と階段を降りていく。

 頭上から地響きと共に土埃が降ってくる中、断腸の思いで帰路に着くハンター達は無言で階段を降りる。
 氷原を進み、空中遺跡を遠く望むようになって漸く振り返った。
「いつか、必ず」
 再戦をと誓い龍園へと戻っていったのだった。

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MVP一覧

  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムスka0796
  • 歪虚滅ぶべし
    セリス・アルマーズka1079
  • 嗤ウ観察者
    アルヴィン = オールドリッチka2378
  • 内に潜めし覚醒毒
    レイ・アレスka4097

重体一覧

  • 完璧魔黒暗黒皇帝
    デスドクロ・ザ・ブラックホールka0013

  • 上泉 澪ka0518
  • 面倒見のいいお兄さん
    沢城 葵ka3114
  • Centuria
    和泉 澪ka4070
  • 内に潜めし覚醒毒
    レイ・アレスka4097
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボンka5336

参加者一覧

  • 完璧魔黒暗黒皇帝
    デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013
    人間(蒼)|34才|男性|機導師
  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人

  • 上泉 澪(ka0518
    人間(紅)|19才|女性|霊闘士
  • オールラウンドプレイヤー
    柊 真司(ka0705
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 《死》の未来を覆す奏者
    白金 綾瀬(ka0774
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 歪虚滅ぶべし
    セリス・アルマーズ(ka1079
    人間(紅)|20才|女性|聖導士
  • ライフ・ゴーズ・オン
    ジルボ(ka1732
    人間(紅)|16才|男性|猟撃士
  • 嗤ウ観察者
    アルヴィン = オールドリッチ(ka2378
    エルフ|26才|男性|聖導士
  • 面倒見のいいお兄さん
    沢城 葵(ka3114
    人間(蒼)|28才|男性|魔術師
  • Centuria
    和泉 澪(ka4070
    人間(蒼)|19才|女性|疾影士
  • 内に潜めし覚醒毒
    レイ・アレス(ka4097
    人間(紅)|10才|男性|聖導士
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
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2016/07/05 22:49:47
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レイ・アレス(ka4097
人間(クリムゾンウェスト)|10才|男性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2016/07/07 05:04:31