『龍葬』鎮魂の式典

マスター:香月丈流

シナリオ形態
イベント
難易度
やや易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/07/26 19:00
完成日
2016/08/08 22:47

このシナリオは2日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 竜種との戦いが終わり、青龍と再び友好を結んでから約一ヶ月。人類と青龍の眷属は互いの文化や風習を学び合い、絆を深めていた。
 断絶していた期間が長い上、種族も生活様式も全く違うため、戸惑う事も少なくない。人類側から見れば『マテリアル温泉に入る』という行為は、カルチャーショックどころの騒ぎではなかっただろう。
 もっとも、それは青龍の眷属も同じである。ニンゲン達の暮らしは、驚きと新発見の連続だった。見聞を広める機会が何度かあったが……それ以上に、理解不能の行為に戸惑う事が多かった。
 息絶えた同胞を前に、涙を流すニンゲン達。大地に穴を掘り、同胞を埋め、花を飾って手を合わせる……この一連の行動に何の意味があるのか、最初は全く分からなかった。
 同胞を土に埋めて、何の意味があるのだろう?
 何故、花を飾って手を合わせる?
 涙を流し、辛そうな表情で、そこまで頑張る理由は何なのか。
 疑問は次々に湧いてきたが、それを聞けるような状況ではなかった。泣き叫ぶニンゲンの声が、涙を流す姿が、苦痛に歪んだ表情が……痛々しく脳裏に焼き付いている。
 そんな光景を何度か目撃し、人々の会話に耳を傾け、ようやく理解した。
 『これは、ニンゲン流の別れの儀式なのだ』と。
 精霊に属する青龍の眷属と、人類では『死』の概念が大きく違う。眷属側の考えとしては、死して肉体を失っても魂は消えない。星に還り、マテリアルとなって生き続ける……星の傷跡が『魂の還る場所』と呼ばれていたのは、そういう理由からだろう。
 一方のニンゲン側は、『死=永遠の別れ』。失われた命は二度と戻らないし、語る事も会う事も出来なくなる。魂は天に昇り、残された肉体は朽ちゆくだけ。死体を土に埋めるのは、死者の冥福を願い、大地に還す意味を持っている。最後に、故人への想いと安らかな眠りを祈って、黙祷を捧げるのだ。
 ニンゲンはそれを、葬儀や葬送と呼んでいるらしい。
 死に対する解釈は違うが、行動の意味は分かった。ニンゲンも眷属も、根底にある想いは同じ……親しい者を失った時の悲しみは、大きいのだ。
 互いの共通点を新たに発見し、青龍の眷属達は『ニンゲンの葬儀で仲間を送ってみたい』と思うようになった。『強欲』との激戦から一ヶ月……未だに、仲間を失った悲しみから立ち直れない者も居る。葬儀を行う事で、彼らが前に進む『キッカケ』を作れるかもしれない。
 それに、新たな文化を学ぶ事は、種族を越えた相互理解にも繋がる。静かに、新たな交流が生まれようとしていた。

リプレイ本文


 葬儀は故人との別れを行う儀式だが、予想外の再会が待っている時もある。古い友人や知人、仕事仲間や恩師。
 それに……離れていた血族も。
「ばあちゃん……ホントにハンターになってたんだ……」
「マジかよ……父さんからの手紙は変な冗談かと思ってた……」
 カフカ・ブラックウェル(ka0794)とアルカ・ブラックウェル(ka0790)の兄妹は、参加者の中に祖母の姿を見付け、驚きを隠せずにいた。互いに音信不通だったワケではないが、『ハンター』として顔を合わせたのは、今日が初めて。動揺するのも当然だろう。
 当のユリア・クレプト(ka6255)は、対照的にニヤリと笑っているが。
「フフ、久しぶりね2人共。元気そうで良かったわ」
 孫達をビックリさせ、満足そうに微笑むユリア。彼女のドッキリは見事に成功したが……近くで会話を聞いていた人達も驚いていたりする。
 ブラックウェル兄妹は10代後半の双子で、容姿は年相応。それに対し、ユリアの外見は14歳くらいにしか見えない。『孫達よりも祖母の方が年下に見える』という、逆転現象が起きているのだ。
 ちなみに、ユリアはエルフではなく人間である。あまりにも衝撃的な状況に、誰もが唖然としていた。
 とは言え、驚いてばかりもいられない。ハンター達が集まった目的は『青龍の眷属達と合同葬儀を行う事』。眷属に、葬儀の手順とその意味を教える必要がある。
「葬儀で、大切なのは……冥福を祈る事。亡くなった方が心安らかにいられる様に……と、いう事でしょうけれど……言葉の壁が厚いです」
 言葉と一緒に、天央 観智(ka0896)の口から弱音が零れた。眷属の知能は高いが、人語を話せる者は極一部の高位種のみ。一応、人間の言葉は理解しているようだが、今日の葬儀に参加する龍達は、誰も人語を話せないだろう。
 意思の疎通が出来ないと、高度な概念を伝えるのは難しい。種族が違えば、尚更に。『言葉の壁』という難題に、観智は頭を悩ませていた。
 彼と同様に、意思疎通の難しさを痛感している者が、もう1人。
「確かに至難の業だが、行動をなぞる事で本能的に伝わることもある……と信じたいな」
 ザレム・アズール(ka0878)は少しだけ苦笑いを浮かべ、観智に視線を向けた。眷属側に言葉は通じているため、こちらの意図を理解して貰える可能性は高い。宗教学や哲学的な意味合いを伝えるのは難しくても、気持ちは伝わるだろう。
 加えて、2人は絵を描く準備もしている。想いや考えを伝える手段は、言葉だけではない。絵図で行動が把握できれば、理解や共感が一層深まるに違いない。観智とザレムは互いに顔を見合わせ、画板やスケッチブックにペンを走らせた。
「悼む心が同じなれば、其れは種の垣根なぞ無きに等しかろう? あまり難しく考え過ぎぬようにな」
 絵を描く2人を眺めながら、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が微笑む。彼女が産まれたのは、エルフの里でも特に龍神信仰が深い集落。そこで育ったため、参加者の誰よりも『青龍の眷属と気持ちが通じる』と信じていた。
「精霊でも、別れは辛いですよね……」
 悼む気持ちが同じなら、別れが辛いのも同じ。アニス・エリダヌス(ka2491)は無意識のうちに自身と眷属達を重ね、過去の事を思い出していた。幼い頃、歪虚に命を奪われた両親と……好意を伝える前に戦死した青年の事を。
 過ぎ去った過去でも、思い出すのは辛い。アニスは自身の胸を押さえ、悲痛の表情で俯いた。
「龍も人も、大切な者を亡くしたときの想いは一緒ね……その悲しみを受け入れ、区切りをつけて前に進む。そういう儀式だと、私は考えてるわ」
 彼女とは対照的に、コントラルト(ka4753)はクールで無表情。一見すると冷たい印象を受けるが、この依頼に参加したという事は、眷属の死を悲しんでいるという事でもある。心根は優しい女性なのかもしれない。
「俺もだ。死者に祈るだけでなく、生き残った者が明日へ向かっていけるように行う儀式であることを、少しでも伝えたいな」
 コントラルトに同意しつつ、ヴァイス(ka0364)はアニスの背中を静かに撫でた。平静を装っているが、彼は『女性に触れる事』が得意ではない。動きが若干硬い上に、視線が宙を泳いでいる。
 そんなヴァイスの気遣いに、アニスは顔を上げて笑みを返した。直後、彼の動揺が一気に加速。2人の様子を見ていたコントラルトは、ほんの少しだけ溜息を零してその場を後にした。


 一般的な葬儀なら、専門の業者が大半の準備をしてくれるが……今回の会場は龍園ヴリトラルカ。葬儀の準備も含め、青龍の眷属とハンター達だけで行う事になっている。
 参加する眷属は50名前後で、誰もが『故人の愛用品』を持って集まっている。全員が集まった頃合いを見計らい、ザレムと観智は眷属達に絵を見せた。
「一般的な葬儀の手順を絵にしてみた。詳しい事は追って説明するが、まずは穴を掘って欲しい」
 十数枚に及ぶ白黒の線画は、準備工程から埋葬、黙祷や食事会までの流れが描かれている。感嘆の鳴き声を漏らし、食い入るように線画を見る眷属達。数分後、ハンター達も含めて3つの班に分かれ、作業が始まった。
 最も人員が多いのは、埋葬用の穴を掘る班。青龍の眷属達は精霊に属するため、死後に遺体は遺らない。代わりに、今回は故人の愛用品を埋める事になっている。埋葬場所は龍園の隅に設定し、十野間 忍(ka6018)と鞍馬 真(ka5819)は、その範囲を縄と杭で囲んだ。
「穴を掘る場所は、この縄の内側です。大きさは2mくらい。深さは1mあれば充分です」
 そう説明し、忍は眷属達に剣スコを手渡した。物を埋めるにしては穴が大きいが、普通の埋葬に合わせて遺体が収まるサイズを想定している。その事も絵を使って伝えると、眷属達は納得した様子で穴を掘り始めた。
 人間の埋葬と同じで、基本的に龍1名につき墓は1つ。希望者や家族は同じ墓に埋めるが、必要な穴は50個近い。キツい重労働だが、眷属達は嫌がる様子を微塵も見せていない。ザレム、カフカ、忍、真の4人を中心に、協力して穴を掘り進めている。
「龍の躰、龍族の墓石にこれ以上はないかと」
 墓地の外側では、アニスとヴァイスが墓石の準備を進めていた。アニスが手にしているのは……龍鉱石。貴重な資源ではあるが、元は膨大なマテリアルを持つ龍が化石になった物。葬送に使うのも悪くはない。
 とは言え、龍鉱石の使用に反対している者も居る。彼らはヴァイスと共に、大きな石や小振りな岩を運搬。それを手頃なサイズに加工し、墓石にしている。
 ヴァイスが華麗な剣技で岩を切断すれば、眷属達も負けじと剣を奔らせる。金槌とノミを使い、墓石を整えたり装飾を施す者も少なくない。作業の終わった掘削班も合流し、誰もが想いを込めて石を加工している。
「懐かしいわね、アルカちゃん。ウチの集落は、お花とお香と歌舞楽をお供えしてたの、覚えてる?」
 問いかけるユリアの言葉に、アルカは笑顔を返した。彼女達とディーナ・フェルミ(ka5843)は、墓前に供える物を準備している。地域や宗教が違っても、花と線香はお供え物の定番。線香に素早く火を点けられるよう、小さな束にして蝋燭とマッチを一緒に纏めていく。
 花は、ディーナが切り花を大量に手配。持ちやすいように茎の長さを調節し、葉も数枚切り落とす。献花用に100本を加工したら、残った分でフラワーリングを作成。献花に加えて花輪も添えたら、墓前が華やかになるだろう。
 平行して、眷属達は埋葬用の花を加工していた。献花よりも茎を短く切り、枯れたり傷んでいる物は除外。使える花だけを選定し、潰れないように注意しながら箱や袋に纏めている。
 墓地から離れた位置にある仮設調理場では、、アシェ-ル(ka2983)は食材を刻んでいた。葬儀終了後、簡単な食事会を設けるのは、昨今の定番となっている。宗教的な意味合いは薄れているが、飲食を共にすれば話も弾む。故人との思い出を語り合い、偲ぶ事は、供養に繋がるだろう。
「最後の別れ……悔いがあってもなくっても……これが何かの区切りになれば、いいですね」
 眷属達を横目に、独り呟くアシェ-ル。幼い頃に家族を亡くし、唯一の親友と生き別れて以来、彼女は引き篭もる生活を続けていた。その影響か、可憐な容姿とは裏腹に、発言や考え方がドライになっている。
 だが、彼女の言葉に悪意は微塵も無い。一緒に食事の準備をしていたルカ(ka0962)とコントラルトは、静かに頷いて皿を並べた。


 全ての準備が終わったのは、昼間近い時刻だった。葬儀の開始が近付き、独特の緊張感が流れて全員の口数が少なくなっている。
 ローエン・アイザック(ka5946)は墓地の横に大量の土を盛り、踏み固めて30cm程度の杖を突き立てた。簡単な作りだが、これは祭壇。現職の神父でもあるローエンは、聖職者として故人を弔おうとしている。
 彼の行動に合わせるように、央崎 枢(ka5153)と央崎 遥華(ka5644)も準備を始めた。枢は香炉に香を入れて火を灯し、会場全体を散策。蒼界の欧米で良く見られる『撒香』という行為で、煙と匂いで場を清めている。
 遥華は通行の邪魔にならない場所に座し、アコーディオンを奏でた。荘厳な葬送曲が空気を震わせ、神聖な雰囲気と緊張感が増していく。
 撒香も葬送曲も初めての体験なのか、戸惑いを隠せない眷属達。央崎姉弟に興味を持ったのか、視線が一気に集まっている。もっとも……行動だけでなく2人の『服装』も気になっているようだが。
 彼女達が着ているのは、立襟の黒い祭服。首からはロザリオを下げ、遥華は顔に黒いヴェールを、枢は鍔の広い黒帽子を被っている。眷属達も様々な衣服を知っているが、この祭服は初めて見る代物らしく、興味を持っている。
「あれは『カソック』といって、リアルブルーの聖職者が着る平服です。あの二人は聖職者じゃないですが……葬儀のために準備したんでしょうね」
 眷属達の様子に気付いたのか、観智が説明を加えた。枢達と同じ蒼界出身という事もあり、カソックを知っていたらしい。観智の話を聞き、納得したように頷く眷属達。その後、彼に向かって深々と頭を下げたのは『ありがとう』という気持ちの表れだろう。
 遥華の演奏が終わると、ハンター達は墓地に向かって静かに歩き出した。『埋葬』が始まる事を察知した眷属達は、故人の愛用品を持って参列。ザレムと観智が描いた絵のお陰で、葬儀への理解が深まっているようだ。
 ハンター達に促され、愛用品と花を穴の中に入れていく。これが『最後の別れ』だと直感したらしく、眷属の数名は目に涙を浮かべていた。
「妾の故郷では亡骸を炎で包んでおったが……此度は難しかろうて。故に、コレを共に埋葬しようと思っておる」
 説明しながら、蜜鈴は鳥の羽と魚の鱗を取り出した。彼女が知る葬送の儀では、まず亡骸を炎で包み、煙と共に魂を空に還す。その後、残った灰は母なる海に還す。故人の魂は空に、身体は海に、想いは『葬送する者の心』に還ると信じて。
 埋めようとしている2つは、それぞれ空と海の代わりなのだろう。蜜鈴の話を聞き、希望者達が羽と鱗を受け取った。その2つに想いを込め、愛用品の隣に添える。全員が別れを済ませると、静かに土をかけて遺品を埋め戻した。
 言葉は通じないが、周囲に悲しみが広がっているのを肌で感じる。その想いに負ける事なく、眷属達はハンターと協力して墓石を立てた。
「失礼します。蒼世界の風習に則り、清めの酒を撒かせて下さい」
 礼儀正しく一礼し、明王院 穂香(ka5647)が埋葬地から全員を下がらせる。用意してきた神酒に祈りを捧げて開封し、墓石の周囲に振り撒いた。時間にして10分程度だったが、最初に撒いた酒は既に蒸発。芳醇な匂いだけが、そこに残っていた。
「僭越ながら、神父として葬儀を進めさせて貰うよ。まずは献花を……ディーナさん、お願いします」
 のんびりしている事の多いローエンも、今日は真剣な表情をしている。十字架を手にして軽く十字を切り、仲間に声を掛けた。その言葉を聞き、ディーナは献花用の花を持って眷属達に歩み寄る。
「お墓に、亡くなった方のことを考えながらお花を置いてきてくれればいいの。置き方とかにお作法は全くないの」
 束になった花から1本取り出し、説明しながら丁寧に手渡す。アシェ-ルもディーナを手伝い、2人で次々に花を配っていくが……受け取った眷属達は戸惑うような仕草を見せている。彼女達の説明は分かったが……いつ花を置きに行けば良いのか、迷っているようだ。
 戸惑う様子に気付いた枢と真が、率先して墓前に歩いていく。墓石の前で片膝をつき、軽く祈りを捧げてから花を供えた。一連の動作を終え、2人がゆっくりと墓地から戻って来る。
「誰かも言っていたが、葬儀で大切なのは『故人を想う気持ち』だ。故人が好きだった曲を演奏したり、歌ったり、酒好きなら墓前に添えたり……何をしても良いと思う」
 眷属達にアドバイスするように、真が語り掛ける。節度を守れば、故人のために行動するのは悪い事ではない。実際、蒼界では湿っぽい雰囲気を嫌う故人のため、葬儀でお祭り騒ぎをした事例もある。
 真の一言で迷いが晴れたのか、1名、また1名と、眷属達が献花を開始。花を供えるだけでなく、墓石に向かって話し掛けたり、歌のような鳴き声を出している者も少なくない。ハンター達も献花に参加し、墓前が華やかに彩られていく。
「我輩は……亡くなったヒトの魂は『あそこ』に在ると思うの」
 墓前に花を添えた黒の夢(ka0187)は、細い指で宙を差した。そこには何も無いが……確実に『何か』がある。
「魂は見えないけれど、雨のように生命が毎日降り注いで――生まれるの。生と死が隣合せなら、きっとそうやってまた逢えるのな」
 独白するように語り続ける、黒の夢。詩を詠んでいるような、死者との再会を望んでいるような……切ない気持ちが、痛いくらいに伝わってくる。
「だから……『キミ』が居なくても、もう――寂しくないよ」
 誰に言うでもなく呟いた言葉は、大気に溶けて天に昇って行った。彼女は過去に、恩人であり婚約者の男性を亡くしている。しかも……亡骸も残さずに。さっきまでの発言は、もしかしたら故人へのメッセージなのかもしれない。天を仰ぎ、黒の夢は目尻に涙を浮かべたまま儚く微笑んだ。
 大勢の人が行き交う墓地の隣で、アルファス(ka3312)は地面に窪みを作って薪木を燃やしていた。宗教や文化が違うように、葬送の方法も1つではない。火を灯したのは、アルファスが『埋葬以外の葬儀』を教えるためである。
「まずは火を起こすんだ。燃えてしまうのは悲しいけれど、土ではなくこの風に彼らの魂を託すんだ」
 遺品を土に埋めるのではなく、炎で燃やす……この方法を聞いて嫌がる者も多かったが、賛成した者も少なくない。十数名の眷属達がアルファスの指示に従い、遺品を立てかけるように焚き火の中に置いた。
 炎が遺品を包み、ゆっくりと燃やして灰と化していく。その様子を、眷属達は目を逸らさずに最後まで見続けた。遺品の全てが、完全に灰になるまで。
 焚き火が消える前に、アルカとユリアは線香を持って素早く移動。燃え盛る炎を使って、全てを線香に火を灯した。それを持って墓地に戻り、参加者全員に数本ずつ手渡していく。眷属達は線香を受け取ったものの、使い方が分からず小首を傾げた。
「線香を見るのは初めてかな? これはね、こうやって使うんだよ」
 献花動揺、枢が見本を示す。墓石近くの地面に線香を刺し、手を合わせて目を閉じた。黙祷の意味は、眷属達も知っている。誰からともなく、眷属達も墓前に線香を立て、軽く黙祷を捧げた。
 葬儀は順調に進んでいるが……コントラルトは『小さな異変』を発見した。墓地ともアルファス達からとも離れた、龍園の隅。他の参加者達を拒絶するかの如く、花を持ったまま独りで座っている眷属が居る。その存在が気になり、コントラルトはゆっくりと眷属に歩み寄った。
「どうしたの? あなたは花を供えなくて良いの?」
 話し掛けてみたが、返事はない。ただただ、無言で花をジッと見詰めている。恐らく……この眷属は心の整理をしている最中なのだろう。故人との別れを改めて実感し、心の動きが鈍くなるのは、人間でも珍しくない。
 こういう時は、独りの方が気が楽になる。コントラルトは眷属の肩を優しく叩き、踵を返した。
「全て燃え尽きた後、この灰を入れ物に集めて祈りを捧げる。どうか、彼らの魂が迷う事なく世界へと還れますように……」
 手順を説明しながら、壺のような器を取り出すアルファス。眷属達は火が消えた事を確認し、言われた通りに灰を集めて壺に移していく。全ての灰が器に収まったのを確認し、アルファス達は目を閉じて祈りを捧げた。
 充分に黙祷した後、アルファスは灰を手の平に乗せて風に晒す。当然、吹く風が灰を舞い上げ、広範囲に散らばった。その動作を見る限り、大失敗を演じたように思えるが、これが正しい手順だったりする。
 遺体をそのまま土に埋める事を土葬、焼いて骨だけを埋める事を火葬と呼ぶように、風葬も存在する。本来なら遺体を風に晒して風化させるのだが、今回はアルファスなりのアレンジを加えてある。彼が契約した大気の精霊が、祈りと共に灰を世界に還してくれると信じて。
(風に舞う灰……風葬ですか。リアルブルーでも滅多に見れない葬儀ですね)
 独特の風葬を目撃し、忍は手帳に筆を走らせた。今は葬儀の最中だが、未知の儀礼や文化に触れる機会でもある。それを後世に繋ぐ事も『故人に報いる方法』だと考え、様々な事を手帳に認めていた。
 無論、葬儀も疎かにしていない。忍は手早くメモを終えると、風葬にも深々と冥福を捧げた。
「大分端折ってしまったけど、これも一つの弔いの形かな……さぁ、誇りを持って戦った者たちへ祈り、音を捧げるとしよう」
 献花と線香が終わった事を確認し、ローエンが儀礼用の杖を構える。個人での黙祷とは別に、参加者全員で祈りを捧げるのは、通例と言っても過言ではない。合掌する者、胸の前で両手を組む者、片手を胸に当てて俯く者、片膝を突いて祈る者……形は違うが、ハンター達は故人を想って黙祷しいる。
 眷属達も祈りを捧げているが……不安そうに周囲を見回す者も多い。同じ『黙祷』なのに様々な形があるため、どうすれば良いか迷っているようだ。
「大丈夫。神は大事な方を見送るのに、その方たちの信仰を否定するような野暮なことは絶対言わないの。型や作法は気にしないで、冥福を祈るだけで良いの」
 小さな手を組んだまま、ディーナが優しく語り掛ける。何気なく口にした彼女の一言が、眷属達の疑問を完全に吹き飛ばした。礼を言うように軽く頭を下げ、彼らも自分なりの方法で祈りを捧げている。
(死に対する解釈は違えど、天に昇る魂も、マテリアルに還る魂も、遍く万物の中に『居る』と言う点は同じ。きっと……死者に対する想いも、変わらないはずです)
 黙祷する眷属達を横目で見ながら、穂香は確信を持っていた。笑ったり、悲しんだり、泣いたり……彼らの『心の動き』は、人間と大差ない。想いが同じなら、互いに理解し合う事も出来るだろう。
『死は別離に非ず。時経て時至りて、再び逢う日まで……祝福あれ』
 周囲の妨げにならないよう注意しながら、遥華と枢が聖句を唱える。同様にディーナも小声で聖句を口にし、厳粛な雰囲気が墓地全体を包んでいく。
 それを加速させるように、ローエンは杖で地面を突いた。と同時に、響き渡る『ラ』の音。赤ん坊の産声に最も近く、心を大きく震わせる音。そこに鎮魂の念を込め、ローエンは再び音を響かせた。
「葬送と鎮魂の舞は、頬を伝う涙と共に『心の涙』を音に乗せて流すのじゃ。どれ……誰ぞ、演奏を頼んでも良いかの?」
 そう言って、両の手に煙管と扇子を持つ蜜鈴。彼女の希望に応えるように、ルカは静かにフルートを吹き鳴らした。静かだが力強い、葬送のための旋律。彼女の演奏に合わせ、蜜鈴が舞い踊った。
 朱金の髪が宙を泳ぎ、黒塗りの長い爪がゆったりとした軌跡を描く。赤を基調とした衣服が大きく揺れ、まるで葬送の炎が燃えているように見える。
 鎮魂の舞と曲を捧げているのは、ルカと蜜鈴だけではない。
(青龍の眷属達、聴こえるかい? 仲間達の捧げる祈りが。どうか、安らかに……)
 カフカの奏でるフルートは、人々を眠りに誘うかの如く穏やかで優しい。自身の気持ちを表現するような演奏は、どこか吟遊詩人を思わせる。
 彼の演奏で歌舞を披露しているのは、アルカとユリア。互いに呼吸を合わせ、カフカの音にも合わせ、見事な連携を見せている。
(言葉が通じなくとも、想いは同じだって思うから……この祈りの歌と音楽と舞が、餞だよ)
 天へと還る魂が道に迷わないよう、想いを込めるアルカ。3人の歌と音と舞は大気に溶け、故人の元へと運ばれるだろう。
(死者が唯一存在するのは『残された人の心の中』だけだ。遺されたものは俺達が受け継ぐ。だから……安心して眠ってくれ)
 個人の安息を祈り、ザレムがギターを弾き鳴らす。自分達は大地で生き、いつか『再会』した時に胸を張れるように、想いを込めて。
「最後に、彼らへと道を示すんだ。一緒に空へ道標を……」
 葬儀の最後を締め括るため、アルファスは杖を頭上に掲げた。呼吸と共に幾何学的なラインが全身を駆け巡り、マテリアルが金色の輝きを放って幻影の龍を生み出した。
 周囲から歓声が上がる中、黄色の龍が天を仰ぐ。視線の先、数mの虚空に光の三角形を生成し、黄龍は咆哮と共に光を放った。それが三角形を直撃し、頂点から金色のマテリアルが溢れ出す。輝く奔流が2筋の閃光と化し、天高く昇っていった。
 蒼界では弔意を表すため、式典で空砲を放つ事がある。『弔砲』と呼ばれる行為だが、今の咆哮と閃光は、アルファスなりの弔砲なのだろう。
 全ての工程は無事終了し、ローエンの口から葬儀終了が告げられた。


 式典自体は終わったが、まだ『大事なイベント』が残っている。それは……。
「特製のパインパイです! サラダもありますよ~!」
 食事会。互いの労をねぎらい、親睦を深める意味でも重要な事である。調理を担当していたアシェ-ルとルカは、8割程度の準備を終えた時点で葬儀に参列。献花を手伝った後、一足先に黙祷を捧げて食事会の準備に戻っていた。
 急遽、龍園に仮設した宴会場ではあるが、熱々の料理が並んでいる。コントラルトも料理を作ったり給仕をしたりと、忙しそうに動き回っている。
 全ての料理や食器が並ぶと、代表して神父のローエンが音頭をとって乾杯。立食形式だが、食事会が始まった。昔は葬儀後の食事に肉や魚を禁じていたが、今は特に決まりは無い。ローストビーフが鎮座していたり、蒼界料理の『スシ』が並んでいる。
「お疲れ様でした。ヴァイスさんもザレムさんも、一杯いかがですか?」
 和やかな雰囲気の中、遥華が知り合いの2人にお酌を勧める。ヴァイスもザレムもアルコールは断り、飲み物を希望。気温が高い事もあり、遥華は冷えた烏龍茶を静かに注いだ。
 そんな彼女に、複数の視線が突き刺さる。遥華自身、葬儀が始まった頃から『見られている』と実感していた。顔ではなく、全身……正確に言えば、服装を。勇気を出して遥華が振り向いた瞬間、数名の眷属と視線が合ってしまった。
「私の服装……どこか変ですか?」
 『視線の原因は衣服にある』と考え、自身の服装を見直す遥華。彼女の言葉と、困った表情を目の当たりにした眷属達は、ブンブンと首を横に振った。
「そうじゃないよ、姉さん。多分だけど……俺達の恰好が珍しかったんじゃないかな?」
 事情を察した枢が、フォローするように言葉を挟む。彼の予想は当たっていたらしく、首を何度も縦に振る眷属達。どうやら、遥華達の着ているカソックが珍しかったため、ついつい視線を向けていたようだ。
 服装に異常が無いと分かり、安心したように微笑む遥華。釣られるように、眷属達も笑顔を浮かべた。
「いろんな料理がありますから……故人が好きだった食べ物の話……でも、聞かせてください」
 アシェ-ルは料理を運びながらも、元気の無さそうな眷属に積極的に話し掛けている。葬儀が終わったばかりで、感傷的になっている者も少なくない。会話する事で、彼らの落ち込んだ気持ちを少しでも励ましたいのだろう。
「あの……龍さん達との思い出等、聞かせてくれませんか? 故人との思い出話も弔いになりますから……」
 同じように、ルカも眷属に声を掛けている。こうやって言葉を交わせる機会は滅多にないし、故人を思い出す事も供養の1つ。ルカは親しくない人と話すのが苦手だが、小動物のように怯えながらも、頑張って会話しようとしている。
 ルカ達の想いが通じたのか、眷属達はジェスチャーを開始。必死に何かを伝えようとしているが、身振り手振りだけでは限界がある。不意に、眷属の1人が席を立って駆け出した。
 遠ざかる背を眺めながら、アシェ-ル達は気分を害したのかと心配していたが、眷属は1分もしないうちに帰還。その手には、紙とペンが握られていた。
 ザレムと観智が絵を使って意思を伝えたように、眷属達もペンを走らせる。描き上がったのは、数人で入浴している姿。多分、マテリアル温泉が好きな奴が居た……と言いたいのだろう。
 違う眷属は、4足歩行の動物らしき物体を描いていた。それが何なのか断定は出来ないが、隣には炎のような物も描いてある。アシェ-ルが動物を指さし、食べるような仕草をすると、眷属は深く頷いた。この絵は『動物の丸焼きが好きだった』という意味らしい。
 そこからは、一種の連想ゲームと化した。絵を描く眷属に、それを当てるハンター。互いに意思疎通できたのが嬉しいのか、大勢の参加者を巻き込んで盛り上がっている。
 騒ぐ仲間達を尻目に、真はテーブルの端でボーッと食べ物を口に運んでいた。
(私は……親しい者を亡くしたのだろうか。だとしたら……そのことを覚えていないのは、故人に対しての冒涜ではないのだろうか……)
 彼は蒼界の出身だが、転移前の記憶は無い。失った記憶に未練は無いが、今日の葬儀は色々と考えさせられる事が多かったようだ。疑問が消えては湧き、浮かんでは消えていく。更なる思考の海に落ちようとした瞬間、彼も連想ゲームに参加させられ、悩みは中断された。
「1つ、質問なのですが……歪虚となった者の魂は消えてしまうのでしょうか? それとも、輪廻の輪に戻れているのでしょうか?」
 風で掻き消されそうなくらいに小さい、ルカの問いかけ。答えは誰にも分からない事も、疑問自体に意味が無い事も分かっている。
 が……彼女は小さな希望を抱きたかったのだ。『歪虚化した者も救われる』という、淡い希望を。
 ルカの質問に答えられる者は、誰もいない。それ以前に、小声すぎて他人の耳には届いていないだろう。彼女の手の中で、龍鉱石が静かに輝いていた。
 宴会場が盛り上がる最中、足早に墓地へと移動する影が2つ。
「眷属達は前を向けるでしょうか……」
 自分達の手で作った墓を眺めながら、アニスがヴァイスに問う。ヴァイスは返事をしようと思ったが、彼女の雰囲気が普段と違う事に気付き、次の言葉を待った。
 数分後……アニスはヴァイスの瞳を見詰め、ゆっくりと口を開いた。
「わたしを前へ導いてくれたのは、貴方の言葉でした。共に……未来へ、向かいませんか」
 募る想いを込めた、精一杯の言葉。これがアニスからの告白だという事は、すぐに分かった。何故なら……ヴァイスも同じ気持ちだから。
「俺も、アニスと共に未来に向って一緒に歩いて行きたい。でも……」
 彼女の言葉を肯定しつつも、ヴァイスの表情は険しい。視線を外して数秒間沈黙した後、彼は覚悟を決めて言葉を発した。
「アニスを一人の女性として想いながら、俺の心の一部はまだ……『アイツ』に奪われて焦がれている。こんな情けない男だが……いいんだろうか?」
 絞り出すような、苦々しい告白。それは自身を嘲笑し、苦しんでいるようなニュアンスを含んでいる。
 ヴァイスの言う『アイツ』が誰なのか、過去に何があったのか、アニスは前に彼から聞いている。それを知った上で全てを受け止め、彼女はヴァイスと共に歩む事を決意した。例え過去に何があったとしても、目の前に居る人物はアニスが慕っている『大切な人』なのだから。
 言葉を返す代わりに、アニスはヴァイスの手を優しく握った。体温と共に、彼女の気持ちが伝わってくる。予想外の行動に緊張しながらも、ヴァイスは真っ赤な顔で手を握り返した。
 葬儀という『終わりを告げる場』で、新しい物語が始まった。若い男女と、蒼龍の眷属達に、どんな未来が待っているのか……それは誰にも分からない。
 分からないが、想いが通じ合うのなら、きっと進む先は明るい。そう思わせるような葬儀は、楽しそうな笑い声に包まれていた。

依頼結果

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MVP一覧

  • 黒竜との冥契
    黒の夢ka0187

  • ヴァイス・エリダヌスka0364
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズールka0878
  • 勝利の女神
    アニス・エリダヌスka2491
  • 《聡明》なる天空の術師
    アルファスka3312
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュka4009

重体一覧

参加者一覧

  • 黒竜との冥契
    黒の夢(ka0187
    エルフ|26才|女性|魔術師

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 陽光の愛し子
    アルカ・ブラックウェル(ka0790
    人間(紅)|17才|女性|疾影士
  • 月氷のトルバドゥール
    カフカ・ブラックウェル(ka0794
    人間(紅)|17才|男性|魔術師
  • 幻獣王親衛隊
    ザレム・アズール(ka0878
    人間(紅)|19才|男性|機導師
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師

  • ルカ(ka0962
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 勝利の女神
    アニス・エリダヌス(ka2491
    エルフ|14才|女性|聖導士
  • 東方帝の正室
    アシェ-ル(ka2983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 《聡明》なる天空の術師
    アルファス(ka3312
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • 最強守護者の妹
    コントラルト(ka4753
    人間(紅)|21才|女性|機導師
  • 祓魔執行
    央崎 枢(ka5153
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 雷影の術士
    央崎 遥華(ka5644
    人間(蒼)|21才|女性|魔術師
  • 浄化の兎
    明王院 穂香(ka5647
    人間(蒼)|16才|女性|聖導士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 戦導師
    ローエン・アイザック(ka5946
    人間(蒼)|30才|男性|聖導士
  • 気配り仕丁
    十野間 忍(ka6018
    人間(蒼)|21才|男性|魔術師
  • 美魔女にもほどがある
    ユリア・クレプト(ka6255
    人間(紅)|14才|女性|格闘士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
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