【碧剣】シュリには友達がいない

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/09/05 12:00
完成日
2016/09/19 06:01

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 シュリ・エルキンズには友達は居ない。
 無論、故郷には――今となっては移住したものがほとんどであるが――居る。
 しかし、彼が今通う学び舎には絶無である。

 故に、今日も彼は敷地内にある運動場の隅で一人で昼食を摂っていた。


 シュリ少年の名誉のために、グラズヘイム王立学校について、いささか定型的、表面的かもしれないが説明したい。
 同学は初等教育である六年制学校、プルミエールを卒業した後に入学する。
 その門戸は極めて狭い。貴族子弟であれば然程問題にはならないが、学力、学費の両面で要求される水準が高いのだ。それは、一般科、騎士科、芸術科、神学科、魔術科と小分けされる各科のいずれにおいても求められるものである。
 『文官・武官を問わず、王国の上級部門に仕官する為の最も一般的な登竜門』とまで言われるのは伊達では無く、同学の入学希望者は後を絶たない。
 入学、および入学後の敷居の高さを踏まえてもなお入学希望者の数が増加傾向にあるのは、王国そのものが、優秀な成績を治めたものは条件付きで授業料を免除されている事も一因である。その他にも、種々の条件で奨学金が得られる仕組みがあった。

 生まれ。才能。努力。少なくともそのうちどれかを有していなければ、入学すらもかなわない。
 ――そして、王国北西部の田舎出身のシュリは、努力だけは怠らなかったのだった。

 それも全て、父のような騎士になるための事だった。


 ああ。今日もパンの耳が美味しい。
 とはいえ、栄養学の授業で習った通り、パンだけでは善くない。
 人はパンの耳で生きるにあらず。少し贅沢だとは思いつつも、それ以来湯掻いたササミも十分量食べるようにしている。
「……おいし」
 小麦粉をまぶしてから湯掻くと食感が良くなることを知って以来、すっかり病みつきになっていた。
 シュリは、戦う者としては小柄だ。
 小器用なタイプだとは思っているし、覚醒者の戦闘において体格は誤差の範囲内だとは理解していても、体格にはコンプレックスがある。十分な栄養学の授業がプルミエールでされないのは王国の悪いところだとシュリの密かな持論であった。
「よし、と」
 腹ごなしも済んだ。座学は疑問点はいくつかあるけれど、可及的すみやかに抑えないといけないものでは無い。
 鍛錬を、しよう。
 こちらも課題を突きつけられてばかりだった。強さも……覚悟も。足りないものばかりで目が眩む。
 挫折感に似た窮屈さを感じるのは、上を見すぎてしまうからだ。二足草鞋でハンターをしているせいだろうか。騎士や、高潔な聖職者、異能の魔術師達と、出会う機会が在るせいだろうか。
 ――その在り方を望んでしまうのも、上を見すぎてしまうからだ。
 そのことも、痛いほどに解っていた。この事について、出来ることは明快なことも。
 愛剣――【碧剣】についての調べ物が難航すればするだけ、その思いが強くなる。
「頑張ろ……ん?」
 立ち上がろうとした、その時だ。気配を感じて、振り返った。
「此処にいたのか、シュリ・エルキンズ」
「……きみ……あ、貴方は」
 すぐに、名前を思い出す。ロシュ。苗字は覚えていないが、貴族の子息だ。王立学校の制服を隙無く着こなした金髪碧眼の青年が、シュリを見下ろしていた。
 学費や生活費、妹への仕送りのためにハンター業に精を出すシュリに金の援助を申し出てきたこともあって以来、苦手意識がより色濃くなった。その視線が、シュリの柔らかい所をただただ抉る。
「ロシュさま」
「ロシュ、でいい。生まれと将来は兎も角、私達は同輩だろう?」
「しかし――」
「シュリ・エルキンズ。私は二度同じことを言うことを好まない」
「……はい」
 これは一体、どうしたことか。シュリ・エルキンズは相応に成績は良いが、貧乏人という一点を除いて目をつけられる謂れは無い。無い、筈だ。
 そう思っていたのだが。

「実は、君に話があってな」



「課外、活動……?」
「そうだ」
 内容は兎も角として、その言霊に、衝撃を受けた。王立学校は確かに、課外活動を推奨している。騎士科の学生も、乗馬や戦術、チェスや武技に至るまで、同好の士による種々の課外活動が存在していた。
 シュリには、友達は居ない。課外活動をする知人もだ。
「歪虚対策会議、というのは……」
「はは、大仰だろう? だが、他の者がその名が良いと意気込んでいてね」
「いえ、そうではなく……」
 何故、そんな活動を。それだけでなく――何故、僕が?
 疑問を、正しく汲んだのだろう。ロシュは短く笑った。
「王国での戦闘を、君自身も経験しただろう?」
「え、ええ……」
 それが、過去の騒乱――ベリアルとメフィスト、王国の大敵の来襲を指していることはすぐに解った。
「騎士だけじゃ、ダメなんだ」
「……え?」
「私達こそが、力を持たねばならない。強くなり、一国そのものが一丸とならねば王国の敵を討つことはできん」
 力を。その言葉は、シュリの心に染みこんでいく。
「シュリ・エルキンズ。私は、悠長に卒業を待つ事をよしとしていない。戦列に加わる頃には『遅い』のだ」
「――それは」
「だが、机上の空論では意味がない。だからこそ君が必要なのさ。君は、私達よりも『実戦』を識っている」
「……」
「君は好かんだろうが――貴族の諸氏から、課外活動としての資金も得た。我々は、王国に必要な力と、歪虚に相対するための力を得るために、志を同じくする者を求めている」
 正直なところ、迷いはあった。
「それが、君だ。シュリ・エルキンズ」
 その言葉を、容れたわけではない。差し伸べられた手を、容れたわけではない。
 ただ。

 少しでも強く為る。その機会が得られるならば、と。



 拠点として案内されたのは、学内にある演習場の片隅にある、物置だ。その傍らの空き地に職人たちが出入りしていたことから予感を覚えて尋ねた所、今後、新規建築予定、だという。
 正直、目がまわる思いだった。

 物置内には既に学生たちが集っていたが、シュリは顔も見たことがない学生もいた。制服の種類から、芸術科以外の学科生は全て取り揃えていることが解る。
 簡単に自己紹介をすると、鷹揚な返事が返った。その仕草で、彼らがみな貴族の子弟であると直感する。
 ――どうやら、一筋縄では行かない環境であるらしい、と知れる。
 だが、それも覚悟の上だった。

「覚醒者と非覚醒者、そして学年、学科の別無く声をかけているのさ」というロシュの説明には正直驚いた。騎士科には非覚醒者向けの枠もあるのだが、確かに、騎士科学生の中でも、非覚醒者の面々も見受けられた。
「……今後の予定を、聞かせていただいてもいいですか、ロシュさ」
「ロシュ、だ」
「……ロシュ」
 満足気に肩を竦めたロシュは周囲の面々を見渡し頷き、こう結んだ。
「演習さ。まずは相互理解が必要だろう。我々の実力を識ってもらう上でも、君の実力を識る上でも――まずはそこからはじめよう」

リプレイ本文


「久しぶりだな」
「――神城さん!」
 一年ぶりの再会であった。薄く笑った神城・錬(ka3822)が差し出した手を、固く握り返す。
「随分修羅場を抜けたみたいだな」
「……ありがとうございます」
 碧剣や纏う鎧をさっと検分しての言葉に、シュリはくすぐったげに笑う。
「あちらは随分と派手な装備だが……」
「ええ……何れも名のある貴族のご子息ですから」
 互いに苦笑しながらの応対に、傍らで聴いていた龍華 狼(ka4940)の表情が少しだけ曇る。
「……僕たちで役に立てればいいですが」
「ろ、狼さんなら大丈夫ですよ!」
「そうだといいんですが……」
 と、神妙な顔をしている狼であるが。

 ――金持ちのボンボンは考える事が違うな……演習にかこつけて金目のものでも頂いちまうか。

 演技であった。本意を押し隠して獲物を探す。
「いやはや。熱心なこと、ですね」
「何が、ですか?」
 はたして、そんな気配に気づいたか否か。マッシュ・アクラシス(ka0771)の呟きに、柏木 千春(ka3061)が小首をかしげる。
「――演習、ですかね」
 含むように言うマッシュだったが、千春は、
「『歪虚対策会議』……」
 綯い交ぜになった胸中の中で思う。王国を、護る。その想いは、彼女にとっても同じだった。
「……少しでも、お役に建てたら嬉しいです」
 感傷を、言葉にすればそうなった。
「……些か相手側の条件が有利に見えるのは多少気になりますが」
 アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)は微かに目元を曇らせて言う。高地、かつ、数と装備を揃える学生側の備えを指してのことだ。
「王都防衛の記憶、でしょうね」
 マッシュの指摘に、アデリシアは微かに息を零した。
「まぁ、いいでしょう」
 学生達に対して、こちらは手練のハンター達だ。くぐり抜けた鉄火場の経験は、何物にも勝る利点。ふと、アデリシアの視線が、固まった。

「パルパルはここで観戦しておくですの♪」
 木陰にパルムを置いたチョココ(ka2449)が紡ぐのは、何とものどかな光景であった。
「準備は万端ですの! やる気、元気、負けん気に……クッキー、ですの♪ いかがですの?」
「はっ」
 その言葉に、演習を前に余念なく札の数や装備を整えていた閏(ka5673)は天啓を得たようだった。

 ――『俺が出来ることを精一杯』してあげたい、そう思っていましたが……!

 ふぁぁ、とその手が空中で何かをこねる。
 ――今、おにぎりを用意しておけば……良かったのでは……!?
 失われた光景、皆でおにぎりを食む景色を想い、後悔に沈む閏であった。



 ハンターたちは演習場の北西、学生達と同じ高所を得た。橋と川が横たわるそこは、高地という利点を学生たちから奪う点で意義がある。
 前衛には堅守を誇る千春とマッシュ。最後列に閏とチョココが入り、狼、錬、アデリシアが中衛に入る。
 無理やりには攻めなかった。電撃戦で配置が乱れることを厭うたか。
「思っていたより、慎重だ。魔術師が一人、聖導士が一人。符術士が一人。その他は――」
 装備を検分して予測したロシュがどうだ、と言わんばかりに視線を寄越す。
「知人は居ますが……」
 言いたくないこともある。そんなささやかな意地をロシュは、
「歪虚が相手なら斬首ものだぞ」
 と笑い、こう結んだのだった。
「シュリ・エルキンズ。力を見せろ」


 ハンター達が橋に歩を進めようとしたときのことである。
「銃撃、来ます!」
「ひゃッ!?」
 射程を警戒して前方を見据えていた千春が声高に言うと、遅れて、銃声と悲鳴。学生達の掃射に、閏の可愛らしい悲鳴が重なる。しかし、その殆どが見当違いの方向へと外れていった。一部、ハンター達の元へと飛来した弾丸は最前衛の二人が盾や鎧で止める。
「……金に頼る装備が悪いわけではありませんが」
「修練不足、だな」
 マッシュは冷然と、錬は暗澹たる心地を隠さずに言った。
「でも、これ、結構こわ……ですよっ!?」
「ひゃぁ〜」
 目尻に薄く涙を浮かべる閏にどこか愉しげなチョココは兎も角、落伍者は無し。
「……チッ」
 小さく、舌打ちがこぼれた。銃声に紛れ、誰のものかは判然としなかったが、次いで、
「やられました。出口を抑えられます」
 狼が、いやに早い口ぶりで告げる。散発的な銃弾の雨の向こう、盾を構えるシュリと、その他学生たちがそれぞれに得物を抱えて疾走している。
「成る程、理屈は知っているようです」
 銃弾を打ち払ったアデリシアは微かに頬を緩める。戦場の気配が濃くなってきたことが、少しばかり心地良い。


 シュリ達は橋の出口で待ち構えていた。遠方からの銃撃を背に、防波堤としてシュリとベイカー、フリーが立つ。そこから距離を置いて、エイミーとディー。
 分厚い陣容だ、と千春は感じた。進めば進むだけ射角を取られる。そうなると、閏やチョココ達に禍が及ぶ。
 間違いない。此処が、正念場だ。
「悪いが」
「はい」
 情勢は悪いとはいえ、錬を留める積りは千春にはなかった。言葉を受けて、錬の気配が薄れていく。
 千春は、動かない。一瞬だけ、その視線がマッシュと交差した。頷きを返し、留まることを択ぶ。
「格好はつきませんが、往くしかありませんね」
「予定とは外れましたが、ね」
 アデリシアの声に押されるように、マッシュが奔った。気勢は無い。ただ、足音と鎧が立てる金属音が激しく響く中、「下がって!」と叫ぶシュリが前に出てきた。間合いに勝る得物と動きを想定しての対応か。
 交差の転瞬。剣風、一閃。
 マッシュの大剣が、雄々しく振られた。学生たちが密集していたら一呑みにしていたであろう剣光である。シュリはそれを盾で受けながしながら、更に、前へ出た。
「――ッ!」
 渾身の力を籠めたであろう、壮烈な一撃。思わず体が乱れた。
「……いやはや、成る程、お上手だ」
 体勢を整えながら、それでもマッシュは嘯く余裕があった。
「ですが、少しばかり、及びませんでしたね」
「えっ?!」
 気配で解る。後方に、続く動きが無かった。
 マッシュの一手は橋の確保と戦力の温存に二者択一を迫った形。そこに合わせられなかったのは――明確に、経験の不足と知れた。指揮者であるロシュからも遠いことが影響したか。
 孤立に近しい状況と識り、シュリは飛び退るが、すぐさま追撃する影があった。
「さて、それではシュリさんには僕の相手をしてもらいましょうか?」
「くっ……!」
 狼だ。シュリ以上に小柄な体で、地を滑るようにして踏み込んできた。疾、と鋭い気勢と共に、斬撃。殷々と、盾と刀が高く鳴る中、「抜けられます、応戦を!」とシュリは声を張る。
「どうした? 来ぬのか」
 だが、その頃にはアデリシアが、抜けていた。
「臆したか。気位の高さに勇気が伴っていないようだな?」
 言葉に引き出されたか、はたまた、シュリの声に押されたか。すぐにフリーとベイカーが前進。エイミー、ディーがそれぞれに術を編み始める様をみて――アデリシアは笑みを浮かべ、フリーに対してワイヤーを振るう。足元を狙ったそれを、フリーは跳躍することで回避。不発に見えたが――アデリシアはそれでも、笑みを深めた。
「ご、ごめんなさいっ!」
 そう。囮であった。乱戦の中で、甘く飛び出した彼らを調理するための。
 前に出た二名、そして、狼に応戦するシュリを包み込むように、足元に符陣が刻まれる。五つの札。五点を頂点とする陣の中を、五光が焼き払う。
「ぅ、わっ!」「ぐぅぁ……!」
 異変に、狼と激しく立ち回っていたシュリは回避を選んだが、アデリシアに突撃していたベイカーとフリーは飲まれた。壮烈なまでのマテリアルの奔流が容赦なく学生たちを穿つ。「だ、大丈夫ですか!?」と心配げに叫ぶ閏がその紡ぎ手だ。高級な装備に身を包む彼らだからこそ生存は果たせたが、余力を根こそぎ削ぎ取る。
「体勢をっ」
「させませんよ?」「くっ!」
 立て直そうと声を張るシュリに対して、狼が詰める。二連の刀閃を捌くシュリだが、余裕は無い。それほどに狼は疾く、鋭い。
「シュリ・エルキンズ……貴方はその剣と盾で何を成し遂げたいのですか? それが分からなければ貴方に力を持つ資格はありません」
「な、何を……!」
 突かれた胸中に、思考が乱れる。
 ――それが、分水嶺だった。エイミーとディーへの指示が遅れる。
「くっ、喰らえ……っ!」
 それぞれに紡いだ術は――千春とマッシュ、アデリシアへと打ち込まれる。目立ち、敵視を集め、『彼ら』にとって邪魔な面々。
 特に、千春だった。彼女を落とさなければ閏達後衛がフリーなまま。故に、自分たちが、と。
 ――それが過信だと、シュリは識っていた。
「届きますか?」
「はいですのっ!」
 無駄だった。彼らには、堅牢な盾と鎧を阻める精度も、火力も無かった。遅れて届く銃撃を千春は体一つでとどめながら、チョココと短く言葉を交わしている。
 チョココ。魔術師。シュリの脳裏で連想された魔術が、すぐに結実した。
「とりま、無力化を狙いますの!」
 スリープクラウド。暗雲の魔術が、『狙撃を図る面々』を包み込んだ。一般兵が多いあの場には効果は抜群だ。みすみす食らったのが何故か、シュリには理解が追いつかない。
 そんな中、苛烈に響く、金属鎧の大合奏が響いた。マッシュが、歩を進めている、と知る。そして。
「その力が誰かを護る為のものなのでしたら……もう少し周りを見る目を養うべきですよ。友達も含めてね」
 狼の声が聞こえたと同時に、閃撃を捌く事に専念せざるを得なくなった。
 狼に、マッシュ。戦域全体を見渡しても、敗色は既に濃厚だった。

 ――でも、何故?



 少しだけ、遡る。
 前線は極めて派手に停滞していた。錬にとって、都合がいいことに。
 彼自身の隠密に加えて、仕掛けはもう一つある。チョココのウォーターウォークだ。おかげで、川そのものを遡上し、前線となっている箇所を迂回できた。
 せわしなく装填し、射撃をする一団。その向こうに、装備を固めているロシュが居る。前線の動勢を見守っていた。次の指示を練っているようにも見えるが――それよりも。
 ――疾影士の影は、見えないか。
 どこに動いているのか。守兵か否かは不明。兎角、往く。
 ロシュ達は気づくかは、錬としては、『どちらでも良い』。注意が反らせれば、限りなく勝利に近づく。
 故に。
「――――らァッ!」
 気勢と共に、往った。ロシュまでの距離は、決して近くは無い。死角を厭うての事だったのだろう。一手。それからもう一手で、手が届く。
「野蛮な奇襲だ!」
 応じるように騎馬を駆るロシュが動く。加速する視界、挙動の中、錬はその良悪を見極めた。奇襲への対応は戦士としては十分。振るった忍刀を、剣撃で撃ち落とすロシュの挙動に、そう思う。
「だが――」
 返す一撃をギリギリの間合いで躱しながら、続く言葉を口にした。
「指揮官としてはまだまだ、だな」
 必要な一手。魔術に対応するための一手。それを防ぐための奇襲は、ロシュの未熟をひと押しに結実した。ロシュの後背で黒雲が生じ――学生たちが、苦悶の声を上げる間もなく、眠りに落ちる。それと同時に、ロシュが距離を詰め、更には錬の死角から、影が迫ってくる。潜んでいた疾影士と知れる。
 錬がそこまで理解した所で、眼前のロシュの動きが止まった。馬を制止すると共に、かぶりを振ったロシュは、
「――これ以上は無粋だな。降参だ」
 短く、そう言った。



 結果として、乱戦に持ち込むという方針はハンター達の実力をもって要所を抑え、上手く当たった。
 演習が終わり、後片付けが終わると、余韻の一時となった。閏は今度こそ握り飯を振る舞い、チョココがクッキーを配り、茶をいれて回っている。
 誰よりも深手を追わせた閏がそれをするあたり、盛大な皮肉と言えなくもないが――それは、兎も角。
「判断力、の大事さは身にしみましたね?」
 アデリシアの言葉が、深々と染み入り渡る。それを聞く、座り込んだ一般学生に対して、錬は強く説いた。鍛冶師として。闘う者として、先の醜態は看過できなかった。
「武器を使う以上、正しく使わなくては意味がない」
 聞けば、一般科の学生には鍛冶にかぎらず、兵器開発を専攻する者もいるという。
 ――そういう連中も、武器を手にしなくてはならないのか。
 故に、指導には身が入るものだった。

「個々人の判断の集合がハンターの強みでしょうが……」
 渋い顔をしているロシュに、マッシュは冷然と告げた。
「軍組織の強みは上下関係からなる組織力でしょう」
「それでも、このざまだったがね」
「実行できなくては意味がありませんから、ね」
「……」
 そんな事は分かっている、と言わんばかりにロシュは嘆息した。悔しげなロシュに、千春は苦笑をこぼす。敗戦に対する心境には、共感もあった。
「私たちは、決まったメンバーで戦いに赴くことが少ないです」
 シュリを見やる。彼は、どちらかと言えば『そちら』よりの戦い方をしていた。それと同時に、ハンター達にもフェアであろうとした。
 ――シュリさんは、筋を通す一方で、『仲間』を蔑ろにしていた。
「……メンバーが決まっていることは、ひとつの強みなんじゃないかなって」
 だから、これからだ。彼らはもっと、前を向かなくちゃいけない。
「色々な状況で、適切な動きを出来るようにしないといけない……って思いました」
「……そうだな。それは、その通りだ」
 ロシュの深い慨嘆は、果たして何に向けられたものか、千春にはわからない。でも、そういう時間が必要だということも、千春は既に、識っていたのだった。

 ――ちっ。
 少年は小さく、舌打ちを零した。金目のものをひっそりと掠め取ろうとしたのだが、一般科の学生たちがすかさず整頓してしまった為、彼の手が届かなかったのだ。
「あの……」
「へっ?」
 だから、呼びかけには心底、驚いた。狼が振り返ると、シュリが、居た。
「すみません、でした」
「は?」
「お世話になっていたのに、その……ええと」
「あー……」
 半分程度は舌戦のためのデマカセだったとは言えず、狼少年の仮面が剥がれそうになる。が、その前に、シュリは一人で頷く。彼自身も、思う所を言葉にしきれないようであった。
「頑張ります、から!」
「あ、ああ……はい」
 狼がなんとか頷いた、その時だ。
「はい!」
 一人が、手を上げた。
「わたくしは、シュリ様の友達ですの♪」
「……へ?」
 チョココの言葉にシュリは呆然としながら、辺りを見渡した。『歪虚対策会議』の面々はある程度まとまって会話をしている。「け、怪我は無かったですか……痛くないですか!?」と泣きそうな閏に迫られている者を除けば、その距離は近しいようにみえた。
 なんだろう、致命的なところをさらりと刺されたような――。

「あ、ありがとう……ございます……?」
 虚しさと痛みを飲み込みながら、なんとか、頷いたのだった。

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MVP一覧

  • 光あれ
    柏木 千春ka3061
  • 良き羅針盤
    神城・錬ka3822
  • 招雷鬼
    ka5673

重体一覧

参加者一覧

  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • 光森の太陽
    チョココ(ka2449
    エルフ|10才|女性|魔術師
  • 光あれ
    柏木 千春(ka3061
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 良き羅針盤
    神城・錬(ka3822
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼(ka4940
    人間(紅)|11才|男性|舞刀士
  • 招雷鬼
    閏(ka5673
    鬼|34才|男性|符術師

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/09/02 22:39:42
アイコン 質問卓
アデリシア・R・時音(ka0746
人間(クリムゾンウェスト)|26才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2016/09/04 13:45:30
アイコン 控室にて(相談卓)
柏木 千春(ka3061
人間(リアルブルー)|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2016/09/05 11:12:52