親愛なるDEACONのために

マスター:冬野泉水

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
5~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2014/09/23 12:00
完成日
2014/10/03 15:11

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 グラズヘイム王国第二街区、聖堂教会宿舎。
 エミリオ・アルベールは、担当教区の寄合に出かけた上司を待っていた。一分ごとに時計に目を落とし、眉根を寄せて空を見上げる。
 寄合は、現状の報告やこれからの予定等を話し合うちょっとした集まりである。仕事というより顔合わせに近く、会自体の拘束力は出席の義務も含め、ほぼゼロと言って良い。
 ただ、司教同士の絆を強固にするという意味で、不定期ながらも集まりは続いている――と、彼は上司から聞いたことがある。
 そして、大体予定より早く終わるということも。
「そろそろですかね……」
 寄合は第二街区の小洒落た飲食店で、エミリオの宿舎から徒歩五分程度だ。
 奔放な上司が逃げ出す前に捕まえなくては……そう思って立ち上がったところで、エミリオの記憶は途切れている。

 ●

「ロックハート司教さま」
 寄合も終わりの頃、眠そうに欠伸をしたジェラルド・ロックハートにウェイトレスの女性が小さな紙を手渡した。
 デートのお誘いかい、と軽口を叩き、紙に目を落としたジルは柳眉を一気に寄せる。
「どうされましたかな、ジル司教」
「ははあ、さてはフラれたな。それにしても手と口は早いお方だ」
 ガハハ、と馴染みの司教達は笑うのだが、当の本人はそれどころではない。
「コルネリウス司教代理。申し訳ないが、俺は先に帰らせてもらうぜ」
「おや、どうされました? さては、あのしっかり者の弟子から逃げるおつもりですな?」
「まあそんなところだぜ。次回の日取りが決まれば教えてくれ」
 年配の司教への礼もそこそこに、ジルは椅子に掛けた上着を掴んで店を飛び出した。

 ●

「Hey、通してくれ。ジェラルド・ロックハートだ」
 第二街区の王立病院に駆け込んだジルは受付に案内された病室に入った。
「ジェラルド司教?」
「エミリオ……お前……」
 肩で息をするジルに、ベッドの上でエミリオが不思議そうな顔をしている。
 どうも聞けば軽度の熱中症らしい。何だそりゃと拍子抜けしたジルは壁に寄りかかった。
「酷くねえか? 『アルベール助祭が謎の高熱で死にそうだから今すぐ王立病院に行け』ってのは……誰だよ、この伝令を寄越したのはっ」
「そうでもしないと貴方が来ないと思ったんじゃないですか?」
「しかもお前、元気じゃねえか」
「鍛えてますから。でも、今日一日は仕事を休んで安静にしていろとのことです」
 けろっとして言う助祭に、どっと疲れが押し寄せたジルである。
 ガシガシと長い金髪を掻き乱して、彼は椅子に荒く座った。
「……まあ、あれだ。しっかり休んどけ」
「休んでる間に逃げないでくださいよ、ジェラルド司教」

 ● 

 エミリオの仕事――聖堂教会における助祭の仕事は、世話をしている司祭や司教の補佐を始め、担当している教会の清掃や貧しい者への炊き出し、教会講義(エクレシア)の開催、冠婚葬祭の司会、街の清掃指導等々、多岐に渡る。
 十数年前、ジルも同じ仕事をしていたからその大変さはよく分かる。近頃は下積みをしないまま司教になる者も増え、助祭や更に下位の見習いに対して辛辣に当たる者までいるが、彼らがいなければ聖堂教会の品格を保つのは困難だというのが彼の持論でもある。
「Hey、sister。今日、アルベール助祭がやる予定だった仕事は何だ?」
「えっ……えっ!? ロックハート司教!?」
「きゃーっ、ジル司教!?」
 第三街区にあるエミリオが修行している教会に顔を出したジルを出迎えたのは、まさに今から街の清掃に出かけんとするシスター達だった。
「元気かい、babyちゃん達。今日はエミリオの代わりに俺が仕事をするぜ」
 きゃああああヤバイいいっ!! と、若いシスターのはしゃぐ声が耳に痛い。
 シスターや見習い達にとって司教位と仕事をすることは珍しく、それだけで仲間内では大変な自慢になる。そういうことも勿論、ジルは経験済みだ。
「今日、エミリオさんは第三街区東部の清掃指導でした。ボランティアの皆さんは既に集まっているみたいです」
「OK、子猫ちゃん。『弟子は師匠の責務を学べ、師匠は弟子の責務を負え』っていうくらいだからな、俺が今日はその指導を受け持つぜ」
「光栄です、ロックハート司教さまっ」
 エミリオと同じくらいの年頃だろうか、薄くなったそばかすの散る顔に目一杯の花を咲かせて、シスターは頷いた。


 グラズヘイム王国には掃除夫という職がほとんど存在しない。
 それは、聖堂教会が定期的にボランティアを募り、奉仕活動の一環として清掃活動をしているからだ。大きな汚れの目立つ箇所は魔術師が担当しているが、人力で可能な箇所は全て聖堂教会がそれぞれの教区に分かれて行っている。
 ジルの担当する箇所は第三街区の東側、ハンターズソサエティ支部に通じる大通りから服飾通り一帯である。街灯は機導術によるものではなく、光源の交換が必要なものばかりだ。
 かつてジルが助祭だった頃、この辺りを担当したこともある。今よりボランティアも集まりづらく、夕暮れになっても終わらない不甲斐なさに泣きながらモップを動かしたものだ。
「懐かしいな、こいつは……」
 感慨に耽るように呟いて、ジルはすぐに集まったボランティア達に向き直った。
「Hey、Everybody! 今日は集まってくれて感謝するぜ。ちゃっちゃと掃除して、ぱーっと一杯やろうぜ」
 かくして、一日だけ助祭に戻ったジルの奉仕活動が始まったのである。

リプレイ本文

 え。嘘……。
 目の前の大柄の男に紺野 璃人(ka1825)は目を丸くした。
「詳しい作業はベテランに聞いてくれ。俺はあちこち見回っているから、問題があれば俺へ。よろしく頼むぜ」
 そう指示を飛ばすのは、紛れも無く司教の制服を着た男だ。
 こんなところで、こんなに高位の方に会えるなんて。
 戸惑いの視線を向ける璃人にジルはニッと笑う。およそ聖職者らしからぬ笑みに、彼は一層戸惑いの色を深めた。
「ロックハート司教殿、私はイーディス・ノースハイド(ka2106)と申します」
「OK、よろしくな。俺のことはジルで良いぜ」
「いえ。恐れ多くも司教殿にそのような。今回の清掃活動に際し、お手を煩わせる事が多々あるかもしれませんが、その際は宜しくご指導の程賜われればありがたく思います」
「おー。堅苦しいのは抜きにしようぜ、lady。こんなボンクラ、敬ったって救われないぜ?」
 そんなことを司教位の人間に言われても。
 自分の知る司教位の人間とは大きくかけ離れた存在に、流石のイーディスも言葉が継げない。
 否、エクラ教に少しでも触れる者ならば大体そういう反応だ。
 宗教と無縁の生活を送る人々にはただのちょっと偉い人くらいの感覚であろうが。
「機導師兼鍛冶師他色々な職人のソフィア =リリィホルム(ka2383)ですっ!」
 小さい背を一杯伸ばして、ソフィアが可愛らしく挨拶をする。
「よろしくな、babyちゃん。随分フリフリだな」
 ソフィアの服を見たジルの第一声は存外おっさんくさいものであった。えへっ、と片目を閉じて見せるドワーフの少女は、ある種のあざとささえ垣間見えるわけだが、そんなものに気づくほどジルは繊細な男ではない。
「あの……ジェラルドのおにいはん……」
「お。Hey,little princess! 奇遇だな」
 こく、と頷いた浅黄 小夜(ka3062)はホッとした顔を見せる。
 見知らぬ人々の中に、知っている人がいるのは安心できる。
 例えそれが、規格破りの聖職者だとしても――である。
 
 ●

「区画の端から……所謂ローラー作戦風にするんは……どぉでしょう……」
「良いね、隅々まで綺麗にしておくれよ!」
 勇気を出した小夜の提案は、ボランティアの婦人達にすんなり受け入れられた。
 重い物は持つからね、とか、息苦しくなったら布を口に当てるのよ、とか、子育て世代なのだろう、あれこれと気を遣われて小夜はほんのりと頬を染める。
「それじゃあ、俺は少し先の方から始めましょう。ここはご婦人達で十分ですしね」
 苦笑して言ったのはアクセル・ランパード(ka0448)である。
 言うまでもなく貴族が清掃活動に参加するのは非常に珍しい。だが、アクセルは自身の意思でここに来た。
 民と共に、そして民のために、というのが彼の原点だからだ。
「さあ皆! 不治の病らしいエミリオちゃんのために、いっちょ頑張るよ!」
 おおっ、と婦人達の逞しい声が上がる。
 さて――、不治の病と言い出した某司教が行方をくらましているうちに、彼らはスタート地点と、少し離れた商店街の真ん中辺りとに分かれて丁寧に掃除を始めた。
「よっと……」
 草むしりをするために中腰になった霧島(ka2263)が肩を竦める。山育ち故に中腰も除草作業もお手のものだが、ついつい声が出てしまう。
 髪を後ろで纏め、手早く鎌で草を狩る姿は、老婦人方に好評である。
「世の中捨てたもんじゃないわねぇ」
「ねえ、うちの息子の嫁に来ない? まだ独り身なのよぉ」
 群がる女性陣を笑顔でかわし、霧島は彼女達の担ぐ大きなゴミ袋を引き受けた。
「重そうだから、私が持つよ。こう見えて力は強いんでね」
「あらまぁ」
 目を輝かせる老婦人達を従えて、彼女は次の場所へと歩いて行く。
 こうして見ると、ちょっと毟っただけだが、雑草の生育速度を考えるとこの辺りは比較的清潔に保たれている。
 これも信仰心の成せる行いか、と一人呟く霧島の視界の端には、梯子の上を心配そうに見る男性と、にこにこと街灯のメンテナンスをするソフィアが映っていた。
「うん、こっちはOKー。向こうは要整備かなっ」
 分厚いグローブをはめた腕で額を拭う少女は、埃だらけの電球を腰に下げたポーチに入れる。
「これでもっと明るくなると思いますよっ」
「いやぁ、助かった。ありがとう、お嬢ちゃん」
「えへへっ」
 にこっと笑ったソフィアに、感心したように霧島が言う。
「器用なものだな。あと、落ちないようにな」
「大丈夫ですよー」
 梯子から飛び降りたソフィアがスカートのフリルを揺らす。こつん、と爪先が煉瓦を打つと同時に、彼女は見上げていた男性に紙を差し出した。
「応急措置はしましたけど、後は専門家に。見せれば分かると思いますよっ」
「ははぁ……」
 街灯を直すだけではなく、専門家への指示書も書けるとは。感心しきりの男性である。
「さてーっ。次はあっちですねっ」
 街灯はまだまだ沢山ある。
 張り切って進むソフィアと、なんとなく同行することになった霧島はのんびり街道を往くのであった。

 ●

「調子はどうだい? 結構汚れてんだろ」
 休憩中、どこにいたのかジルがひょっこりと顔を見せた。
「いやはや、何時まで経っても日々是勉強成ですね」
 息を吐いたアクセルが水を飲む。ちなみに、彼の頭にはまさか今まで司教とあろう者がサボっていたなどという疑念は全くない。
 むしろこの仕事の合間に激務をこなしたのだろうと推測し、「お疲れ様です」との一言までつけた。
「お互い様だぜ。後半戦も頑張ってくれよ」
「ええ。善処します」
「で、だ……。んー? フリフリgirlはどこ行った?」
「フリフリ……?」
 突然司教の口から飛び出した単語にイーディスが首を傾げる。
 司教位の人間の口からはあるまじき単語だが、聞き間違えだったのか……いや、だが……。
 悩むイーディスに代わり、彼の摩訶不思議な言葉に慣れきった小夜が答える。
「あの……ソフィアのおねえはんなら、あっちに……」
 OK、サンキューと軽すぎる礼をして、のそのそと司教はそちらへ向かっていった。
「ところで……皆は、どうしてこの清掃活動に参加したのかな。差し障りなければ、僕に教えて欲しいな」
 お茶の注がれたカップを手で包み、璃人が口を開いた。
 奉仕――奉仕、惜しみのない自己犠牲の上に成立する行為。
 璃人はそれを念頭に置くようになった。故に、それが最近、彼を縛り付ける。
 止めどない自己否定と矛盾が躰を貫くのだ。
「そうだな……リアルブルーからこちらに来て、戦闘、戦闘だったからかな」
 霧島が笑みを浮かべて言う。
「偶にはこう、ゆっくりと過ごしたかったんだよ……単純だがそれだけだな」
「それで、苦しくはないですか?」
「苦しくはないが、今までにない時間の使い方ではあるな。こういう機会でもないと、皆と話もしないだろうし」
 ほう、と息をゆっくりと吐いた霧島は、注がれたコーヒーの表面に顔を映して頷いた。
「小夜は……人の役に立ちたい、と……思います……月並の話……やけど……」
 おずおずと言った小夜は、きゅっと服の上で拳を握りしめる。
「そっか。でも……それって、すごく立派だと思うな」
 素直にそう思って自分を犠牲にできるのは、とても羨ましいし、眩しい。
 目を細めて、彼は口を閉ざす。
 ほんの僅か、彼らに沈黙の間ができた。
「あ……あの、」
 その重さに耐え切れず、意を決したように小夜が声を発した。
「皆さんは……お買い物とか、どうされてはりますか……?」
 息を継ぐ間を惜しんで発した小夜の言葉に、最初に微笑みを浮かべたのはアクセルとイーディスだった。
「そうですね……俺なら、もう少し先にあるお店がオススメですよ」
「我々に臆する事はないよ、小夜君。私はこの通りの突き当りにあるカフェが気に入っている。大聖堂も望める素晴らしい場所だ」
 出身はどちらか。皆の好きな食べ物はなにか。
 ずっと一緒に掃除をしていたのに、そう言えばそんな話題が一度も出なかった。
 一度始まれば後は早い。
 ハンター達は時間を惜しむように、普段しない話題に花を咲かせたのだった。


「未成年が煙草吸っちゃだめだぜ、フリフリちゃん」
 物陰に隠れ、あぐらを書いて煙を吐いたソフィアは、視界を遮る大男を見上げた。その視線がいつもの可愛げを取っ払った気怠さを湛えているのは、いっそ見事だ。
 そっと差し出された煙草を咎めもせずに受け取ったジルは、壁に持たれてそれを咥えて火を灯す。
「聖職者って、ライター持ってるんですねっ」
「やかましいわ。大体、吸って良い歳じゃ――」
 ひょいひょいと手招きされて、ジルは身を精一杯屈めた。
 そして知る、エクラ教の光も一瞬でぶっ飛びそうな、真実。

「――ぶえっほぃッ!! げほ……ぶは……っ」

「んふふー。驚きましたかねっ」
「流石に詐欺にも程があるだろう! おいこの、ロリb――」
「さって、もう一頑張りしますかっ!」
 ボコッと言いかけたジルの額を肘で小突いて、ソフィアは伸びをしてとても可愛らしく言ったのだった。

 ●

 清掃活動も後半になると商店街の中にいることが多い。
「どうも。何かご用命等ありませんか?」
「あらっ」
 若い男性のボランティアが珍しいのか、露店で布を売っている女性は頬をほころばせた。ここには最近来たから間に合ってるわぁ、と朗らかに返す。
「そうですか。もし何かお気づきの事などありましたら、お気軽に声をお掛け下さいね♪」
「ええ。ありがとう」
 丁寧にお辞儀をしたアクセルは袋を片手に道を行く。
 貴族の彼は庶民寄りとはいえ、ゴミ拾いの経験は浅い。気がつかない場所もあっただろうが、それでも彼の持つ袋には空いた瓶や号外の残り紙等様々なものが入っていた。
「Hey、prince。どうだい」
「これは……」
 居住まいを正したアクセルにジルはニッと笑った。その手にはゴミが入った袋がある。
「司教様もゴミ拾いを自ら?」
「まあ、昔とった何とかだな。俺は助祭だったこともあるから、この辺のゴミ溜まりは把握しているんだぜ」
 つまり、楽してゴミを集めたということである。
「なるほど。司教様の徳の高さ、尊敬します」
「……お、おう」
 まっすぐ尊敬の視線を送られてジルがたじろぐ。
 その背中に、イーディスの声がかかった。
「こちらにいましたか、ロックハート司教殿」
「よう、lady。モップが随分似合うじゃねえか」
「そう言って頂けると、はりきった甲斐があります」
 返したイーディスは剣をモップに、盾をバケツに変えて立っている。おそらく性格上、モップがけも一点の緩みなくやっているのだろう。バケツの中の水が黒に近い。
「気合入れて頼むぜ。こういう小さな善行も、大事な勤めだからな」
「承知しました」
 エクラ教を信仰するのはアクセルもイーディスも同じ。こうした行いに抵抗はない。
 猛然とレンガ造りの道を磨くイーディスと、挨拶回りを再開するアクセルを微笑ましく見守りながら、再びジルはどこかへと姿を消すのだった。


「どうですか、この街は」 
 箒がけをしながら、璃人は清掃活動を共にする婦人達に話しかけていた。明るいグループなのか、一緒に作業をする美少年に婦人達の声も高くなる。
「良い街ですよ。前国王が亡くなった時はどうなるかと思ったけどねぇ」
「ねぇ……騎士団長様も聖堂戦士団長様もお若いし。あらやだ、若いから駄目ってことはないのよっ」
 慌てて言う婦人に苦笑して、璃人は枯れ葉を毛先で掃く。
「何か困ったこととか……ないですか……」
 一緒にゴミ拾いをする小夜が婦人達に尋ねる。そうねぇ、と首を傾げつつ、目配せをしていた婦人達だが、一様に頷いて言ったものだ。
「強いて言うなら、美形が多いわよね」
「思う思う! 騎士団長様とか素敵じゃない? もうね、あと十年若かったら旦那なんか選ばないわよっ」
「そんな……旦那さんのこと……お嫌いですか……」
「やだぁ、そういうのじゃないのよ。うふふ」
 おばちゃんの感傷なのよ、と言われて小夜は目をぱちくりとさせた。彼女には少し難しい機微だったが、彼女よりも大人の璃人には意味が分かったようだ。
 良いですね、と呟いて、彼は口元を緩めた。
「素敵な街と人ですね。本当……守らないと、駄目だよね」
 最後の言葉は小夜にも婦人にも聞こえなかっただろうが、璃人は小さく溜め息をついて、重い躰をゆっくりと動かしていった。

 ●

「むむっ。これはここじゃちょっと難しいですね。後で工房へきていただければっ」
 顔馴染みの店で出された懐中時計と睨めっこしていたソフィアは難しい顔で言った時、ちょうど活動終了の鐘が響いた。
「それじゃ、また後でっ」
 手を振り、集合場所へ彼女が合流した頃には、既にボランティアに参加した人々が集まっていた。
「Hey! 今日は助かったぜ。次回からは予定通りエミリオが担当するから、またよろしくな!」
 ありがとうございました、と婦人達の声が上がる。はしゃぎながら解散する婦人達が去ると、残されたハンター達はジルから布袋を一つずつ受け取った。
「これは?」
 尋ねた霧島にジルは「礼だ」と返した。
「ほら、なかなかハンター達が参加することなんかないからよ。大したものじゃねえが帰りがけに飲んでくれ」
 袋の中身はそれぞれ違うようだ。姿をくらましていたと思えば、ちゃっかり買い込んでいたらしい。
「それじゃ、またどこかで。今度は良い酒の店なんか教えてくれると良いな」
 ふっと微笑んだ霧島が最初に手を振って彼らと別れる。
 それからぽつぽつとそれぞれが辞去していく中、最後に残った璃人は少し間を空けてジルに向き直った。
「あの……差支えなければ」
「おう、何だ?」
「司祭様の思われる奉仕の在り方とは、どの様なものでしょうか」
 僕には、もう解らなくて――少し憔悴したように言った璃人の弱々しい声に、ジルは視線を彼から外し、徐ろに呟いた。
「――『他者に尽くし、自らを救済せよ。自身の血肉を与え、欠けた躰に誉の雫を満たせ』」
「え?」
「エクラ教の教義の一節だ。奉仕ってのはな、突き詰めると『自己満足』なんだぜ」
 聖職者が言うのも変だが、と付け加えたジルは、浮かない顔の璃人の目を正面から見た。
「お前が行った奉仕によって、お前は満たされたか? もし、心が満たされないのであれば、それは奉仕じゃねえ。理由なき咎への過大な罰だ」
「……」
「自分を認めてやれ。今日の活動で、少しでも胸が晴れるのであれば、それこそが奉仕の精神だと思うぜ」
 彼の言葉が、璃人の救いになるかは解らない。
 だが、自問するように目を伏せた璃人の両肩に一度軽く触れて、変わり者の司教はゆっくりと彼に背を向けて歩き出す。
 彼の姿が見えなくなるまで、璃人はしばらくその場から動くことができなかった。
 背負う夕暮れの光が暖かく背中を包む感触が、今も胸に残っている。

 了

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参加者一覧

  • お茶会の魔法使い
    ロラン・ラコート(ka0363
    人間(紅)|23才|男性|闘狩人
  • 救世の貴公子
    アクセル・ランパード(ka0448
    人間(紅)|18才|男性|聖導士
  • Self Sacrifice
    紺野 璃人(ka1825
    人間(蒼)|18才|男性|聖導士
  • 鍛鉄の盾
    イーディス・ノースハイド(ka2106
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 愛憐の明断
    霧島 キララ(ka2263
    人間(蒼)|26才|女性|猟撃士
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • きら星ノスタルジア
    浅黄 小夜(ka3062
    人間(蒼)|16才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン お掃除するよっ
ソフィア =リリィホルム(ka2383
ドワーフ|14才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2014/09/22 00:19:27
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2014/09/19 20:59:11