【アルカナ】 死を産む母は何を願う

マスター:桐咲鈴華

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~2人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2016/10/24 15:00
完成日
2016/10/31 22:35

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング



 命とは何だろう。
 この身にそれを宿した時、とても幸せな気持ちになった事は覚えている。
 自分の中に、新たな命がある。それだけで満ち足りた充足感と、言い知れぬ母性が湧き上がってきた。

 しかし、それが絶望に変わるのは早くなかった。
 中に在った命は、世界に出てくる前に壊れてしまった。
 自らの中にある『生』が『死』に変わった時、計り知れない恐怖が全身を包んでいた。

 恐怖を乗り越え、また宿し、そしてまたその次も壊れてしまう。

 自分が望んでいたものは、こんな恐怖の連鎖なのだろうか……。





「……『Empress』の居場所を捕捉しました」
 エフィーリア・タロッキ(kz0077)は集まったハンター達に伝える。”アルカナ”の一体である歪虚、『The Empress』の発見が報告されたのだ。『Empress』は辺境の深い森の中で、何かを待つようにじっと鎮座しているという目撃情報を得たのだった。

「此度もまた、”アルカナ”の討滅を依頼したく、こうして集まって貰いました。此度相対する相手は、ハンター様方は2度交戦した相手となります……」

 『Empress』は巨大な女王蜂の姿をした昆虫型の歪虚であり、過去2度に渡ってハンター達と戦っている。一度目は勝利を収めたが、二度目は敵の想定以上の戦闘力をもって取り逃がしてしまった。これで3度目の戦いとなる。

「……『Empress』は、手記によれば、慈愛と母性に溢れた、心優しい女性だった、という旨が描かれています。包み込むような優しさで、いつも仲間の事を見守っていてくれた、という事。……しかし彼女は、過去数度に渡って流産を経験し、時折その表情に影を落としていた、ということも記されていました」

 アルカナの歪虚は、元は全てが人間だ。歪虚との戦いで命を落とし、その想いを歪められて転生した姿だ。『Lovers』や『Cariot』と同じく、『Empress』もまた何かを願い、悪しき転生を経てしまった姿だというのは想像に難くない。

「手強い相手であることは重々承知しております……。しかし、アルカナを滅せるのは私達しかいません。彼女らを正しき輪廻に戻す為……どうか此度も、力をお貸し頂けないでしょうか」

 エフィーリアは今一度、ハンター達に頭を下げる。こうして対『Empress』戦の準備が始まったのだった。





 辺境の森。日の差し込む場所にて、『Empress』は静かに木に留まっていた。
 無機質な昆虫には表情はない。しかし、その瞳の奥には、何かへと思いを馳せているようにも見える。

 ”彼女”が思っているのは、果たして……。

リプレイ本文

●独白

 “初めて母親になった日”は、今でも忘れない。
 自分の中に感じる命の息吹。熱くて優しい、鼓動の音。
 お腹の重さも、喉の奥の苦しさも、日に日に膨れる幸せに包まれていく。
 愛しい痛みの日々に、私の心は躍っていた。

 だから信じられなかった。
 生まれてくることのできない命を。
 お腹の中に感じていた体温が冷たくなっていくのを。
   
 期待と幸福で溢れていた感情の器に、お腹に差し込まれた刃で穴が開く。
 滝のように止め処なく流れ落ちていく。私の心が。私の幸せが。私の、全てが。

 それでも尚願った幸せは、その度に砕かれて。
 何度も何度も、溜め込んだ幸せはひっくり返されていって。
 
 
 どうして、私は


 私は、ただ―――――




●『女帝』との決戦。



 深い深い森の中、木に止まる女王蜂は目を覚ます。遠方に迫る存在を察知した、巨大な巣を腹に抱える蜂型の歪虚『女帝(Empress)』は、その巨体を浮き上がらせる程に大きな翅を激しく羽ばたかせて飛翔する。その様子を遠方から見据えるハンター達は、臨戦態勢に入った『女帝』に対して同じく戦闘準備を整える。
「……この距離から勘付かれるか。恐ろしく機敏な奴、だな」
 オウカ・レンヴォルト(ka0301)はグローブの感触を確かめながら、傍らのイェジド、“朧”と共に浮かび上がった『女帝』を見据える。
「外からの脅威に機敏なのかな。すごく神経質なのか、それとも……」
 十色 エニア(ka0370)もまた、その様子を観察して呟く。明らかに距離が開いている上に、注視していなければ視認も困難な森の中だ。注意深く接近していたにも関わらずに正確に察知した『女帝』は、想定以上に襲撃に機敏らしい。
「かつての今と、その名が示すカードの正位置と逆位置……母性、嫉妬……?」
 フィルメリア・クリスティア(ka3380)は事前知識と、タロットカードに関する知識からその様子を分析する。かつての『女帝』は歪虚と戦った英雄の一人であり、そして自らの子を産むことが叶わなかった母親であった。その悲しみが世界への憎悪、他者への嫉妬に変わってもおかしくはないと考える。
 『女帝』の羽音が近づいてくる。外敵を排除する為に動き出した女王蜂を前に、コントラルト(ka4753)は相棒の“レーフォロ”から降り、杖を構えた。
「あれがお爺ちゃんの取り逃がした歪虚ね……性質以上に、思うところはあるけれど……」
 彼女は幼く、未だ『母』の気持ちはわからない。されど、愛情をこめて創りあげたものを慈しむ気持ちは理解できる。彼女なりに『女帝』の気持ちを考える。
「……それでも、今の貴女を放っておくわけにはいかないの」
 コントラルトが言葉を切ると同時に、『女帝』の羽音が強まり、下腹部が蠢く。ハンター達は散開し、『女帝』へと接近していった。


 『女帝』の身体から、粘液を纏う卵塊が産み落とされる。地面に複数個落ちたそれは、蠢くように活性化し始める。
「配置につけ! 奴を包囲するんだ!」
 アーサー・ホーガン(ka0471)が号令し、ハンター達は『女帝』を取り囲むように布陣する。イェジド“ゴルラゴン”と共に産み落とされた卵塊に攻め入る。地属性をもった巨剣が卵塊を大きく抉り、防護粘液が吹き飛んだ箇所へゴルラゴンが爪で追撃を加える。
(卵塊は粘液で覆われてるせいで、攻撃の殆どが滑っちまうが、属性を伴った攻撃なら通るようだな)
 アーサーは今の攻撃の通りを確かめる。卵塊は粘液によって固められており、卵を庇護するよう作用している。これまでの戦いの報告でも、打撃は衝撃を吸われ、斬撃や銃撃は滑って受け流されたとされている。属性を伴った攻撃が効果的であるとは織り込み済みだ。
「固まっているなら、好都合です」
 フィルメリアはゴースロンに騎乗して距離を詰め、火炎を纏わせたインストーラーを振るう。扇情に拡がった炎の波はさほど離れずに布陣している卵塊を纏めて包み込む。広範囲を巻き込む攻撃は効果的に卵塊を燃焼させ、粘液を蒸発させてゆく。
「まずは一手……!」
 すかさずコントラルトは描いた光の三角形から光線を射出、三方向に伸びたそれは設置された卵塊のそれぞれを撃ち抜く。アーサーの攻撃で一番耐久力が損なわれていた卵塊の一つが破壊される。
 ブブブブブ……と羽音を響かせる『女帝』は、更なる卵塊を産み落としていく。そこへ突如として猛吹雪が襲い、産み落とされた卵塊の一つと『女帝』本体を冷気で包む。エニアの放ったブリザードだ。
「事情は分かったけれど、だからって看過はできないんだ」
 『女帝』本体は大した被害はなく、激しい羽ばたきが翅の霜を吹き飛ばして悠然と宙へ浮かび上がる。が、卵塊は粘液が凍結したお陰で孵化スピードが遅れる。そこを貫くように翡翠色の光が広がり、凍りついた残りの卵塊を粉砕する。
「あなたの苦しみ、ここで終わらせます……!」
 閃光を放ったのはUisca Amhran(ka0754)。純白の毛並みを靡かせるイェジド“クフィン”の背中に乗り、龍の如きオーラを放ちながら卵塊へと攻撃してゆく。
 エニア、フィルメリア、コントラルト、Uiscaが広範囲を満遍なく攻撃しつつ、アーサーが適所に強烈な攻撃を入れてゆくことで、卵塊は効率的に処理されてゆく。ハンター達の連携は『女帝』の追随を許さず、卵塊は孵化する前に撃破されてゆく。しかし『女帝』もただされるがまま卵塊を生み出すだけでは終わらない。下腹部を蠢かせ、生み出される卵塊の中に、紫色に染まった粘液の塊が混じってくる。
「毒塊が混ざってきたわ、気をつけて、アーサーさん!」
「了解」
 コントラルトが察知し、アーサーが頷く。毒塊は接近すると起爆し、付近に毒をばらまく攻撃だ。事前情報のお陰で被弾することはなかったが、卵塊付近に産み落とされる事で近距離から定点攻撃を試みているアーサーは接近出来なくなる。『女帝』の狙いはそこだった。
「相手の狙いは卵狙いへの牽制って感じかな……!」
 エニアがその意図を読み取る。範囲攻撃のみでは卵塊を処理が追いつかなくなってゆき、僅かに討ち漏らした卵塊の卵が割れ、子蜂が噴き出すように生み出されてゆく。
「なら、こうだ!」
 アーサーは近づけなくなったことで卵塊への攻撃を潔く諦め、卵が孵化したタイミングを狙って、大降りの薙ぎ払いで子蜂を纏めて吹き飛ばす。
「追いつかなくなってきたわね……なら」
 複数人での大規模な範囲攻撃を行うも、決定打を失った事で処理が遅れた戦況をいち早く見極めたのはコントラルトだ。マテリアルチャージャーを使って杖にマテリアルエネルギーを収束する。
「出し惜しみは無しよ、吹き飛びなさい!」
 杖から火炎が迸り、薙ぐように振るう。出力の上昇した業火は扇状に広がり、複数の卵塊をまとめて焼き払う。
 それを見た『女帝』は数による蹂躙は分が悪いと察知したか、毒塊を生み出す頻度を上げ、宙空を飛翔しながら空爆のように毒塊を生み出し続ける。ハンター達を直接攻撃する戦術に切り替えてきたのだ。
「そうはいくまい、此方を見よ!」
 木々の影から跳ぶ姿。星輝 Amhran(ka0724)が跳躍し、『女帝』と同高度に躍り出る。星輝は空中でひらりと身を翻すと、手裏剣を一斉に投げつける。それらは『女帝』を直接狙う事なく放射状に広がり、それぞれが別々の方向へと飛んでいく。
「おぬしの相手はこのワシじゃて!」
 手裏剣に結びつけた鋼糸を操作し、放射状に拡がった鋼糸が、全方向から『女帝』を絡めとろうと飛来する。『女帝』はそれらを巧みに身体を動かして回避し、鋼糸を絡ませまいと身を翻す。星輝は遅れて飛び出てきた相棒のリーリー”由野”の背に乗り、『女帝』の周囲を旋回する。
「それ以上死する子を産むでないわ。気持ちはわからんでもないがのう」
 指をくるりと回して投げつけた手裏剣を鋼糸で巻き取って回収し、対峙する敵を見据える。『女帝』も同じく周囲を飛ぶ星輝を警戒していると、背後からの銃撃が『女帝』の翅に当たり、ガァン! と鈍い金属音を響かせる。
 イェジドに騎乗しつつ木々の影に潜み、ガキリと拳銃のスライドを引くのはフェリア(ka2870)だ。『女帝』の死角に回り込み、機を伺いながらその動きを観察している。
(今の音……翅も相当硬いのね。拳銃程度じゃ傷つけるのは難しいかしら)
 気配を消しての死角からの直撃にも関わらず、かすり傷程度しかついている様子はない。翅は見た目以上に硬いようで、まともにダメージを与えるには、あの装甲を貫ける衝撃が必要そうだ。そう考えていたフェリアは、自身と入れ替わるように戦場に躍り出る巨体を見送る。同じハンターの和泉 澪(ka4070)の駆る魔導型デュミナス”Centurion(センチュリオン)”だ。澪は『女帝』と真っ向から対峙し、搭載武装である煌剣で『女帝』に斬撃を繰り出してゆく。
「ここで決着をつけましょう、『女帝』!」
 『女帝』はCAMの到達に、目に見えて後退に専念するようになる。CAMの鋼の身体には毒も蜂も通用しない為だ。CAMの巨体は森の木々に阻まれて最大限のパフォーマンスを発揮できないでいるが、それでも攻撃が通用しない敵というのは厄介極まりない。
 澪がセンチュリオンで『女帝』に真っ向から立ち向かい、卵を産み出そうとする度に星輝は鋼糸による包囲を試み、その行動を妨害してゆく。満足に動けない『女帝』は隙間に生み出した卵塊を範囲攻撃で殲滅されていき、着実に体力を削られてゆく。
『…………!!』
 『女帝』の羽音がけたたましい音をあげる。ジェット機の音のように響き渡る羽音は地面すらもビリビリと振動させる。
「様子が変わった……気をつけろ……!」
 朧に乗って同じく『女帝』を狙うオウカは、その羽音から雰囲気が変わった事をいち早く察知し、警戒を呼びかける。滞空していた『女帝』の動きが、突如として加速する。
「ソニックブームが来ます! 皆さん、警戒を……!」
 澪はシールドを地面に突き立てて防御姿勢を取る。遥か遠くへと飛翔した『女帝』は遠方で旋回し、超速度を伴って真っ直ぐにセンチュリオンへと突撃。直前で急上昇した『女帝』を追ってソニックブームが巻き起こり、下方から掬い上げるように弧を描いた衝撃がセンチュリオンを襲う。まるでアッパーカットを食らったかのように衝撃を受けた巨体は為す術なく後方に倒れこむ。
「ぐっ……!」
 『女帝』は毒攻撃の通用しないCAMの到来によって戦術を早々に切り替えた。卵塊を産み落としては高速で離脱し、往復するように戦場に衝撃波を叩き込んでいく。
「速いよ、捉えられない……!」
「慌てないで下さい、落ち着いて見れば、打開策はあります!」
 遠方に離脱した『女帝』に対し、火炎弾を放ち攻撃するエニアだったが、とうていその動きを捉えられるものではない。対してフィルメリアは冷静に戦場を観察。高速化してなお産み落とされている卵に冷静に攻撃を加える。
「……了解だよ、狙ってみる……!」
 旋回し、飛んでくる女帝。ビリビリと震える大気目掛けて、エニアはブリザードを放射する。しかし無慈悲にも『女帝』を覆う音速の壁が吹雪を吹き飛ばし、真っ向から術者であるエニアに突撃する。
「く……っ!」
 咄嗟にアンカーを放って木に巻きつけ、自身の身体を引っ張り上げて木上に退避するエニア。激突した衝撃波が木をへし折る。
「出鱈目な……!」
 卵塊を産み出しながら自身も高速化し、衝撃波を放って攻撃してくる『女帝』。隙のないポテンシャルにエニアは悪態をつく。どうすればと逡巡し、ふと、その翅の違和感に視線がゆく。
「あれは……」
 エニアと同時に気がついたのは、『女帝』の動きをよく観察していたフェリアだ。『女帝』が衝撃波を放った後に卵塊を産み出すタイミング、そこで失速した時に見た『女帝』の翅が若干凍りついていたのを目視する。
(一見効果のないように見えるけれど……高速飛行中は確かに攻撃が通っているのね?)
 突撃中の攻撃は自身が高速で動くが故に、正面から衝突する時の衝撃は相当なものだ。『女帝』は常識はずれに堅牢な外殻を持っているが、バードストライクのように真正面から対衝突する攻撃に対しては幾分かの脆弱性を見せる。衝撃波を叩き付ける際に急上昇し、衝突を避けるのはそのせいだろう。フェリアはネレイスワンドを握り締める。
(あの瞬間に、仲間全員の攻撃を合わせる事が出来れば)
「動きを止められるかもしれんのう?」
 近くに着地した星輝がフェリアに言う。フェリアの考えている事を察知した星輝は、手裏剣を指で弄びながら応じる。
「迎え撃つに際し力を合わせる。面白そうじゃ。タイミングは合わせようぞ」
 周囲の仲間にも視線を向ける。打開策を探っていたハンター達は皆、その事に気づいたようだ。遠方にて弧を描き、今まさに突撃してくる『女帝』を見据える。

「……そろそろエフィーリアが来る。行動を止めるなら今、だね」
 

 やや時は遡り、遠方。エニアの呟き通り、後方にて『女帝』の動きを伺っていたエフィーリア・タロッキ(kz0077)は行動を開始する。『女帝』は体力が減少すれば高速機動化することは周知されており、その様子が確認できた時点で彼女らは踏み込む算段だ。傍らには護衛としてシガレット=ウナギパイ(ka2884)が控えている。タロッキ族であるが故にエフィーリアが優先的に狙われる事を危惧していたが、前衛のハンター達が卵を的確に処理していたお陰で、こちらまで被害は届いていない。シガレットは十分に身体を解した後、落とした紙巻煙草を踏みしめる。
「行くぜェ、エフィーリア。覚悟は万端か?」
「ええ……無論です」
 ぐっと噛み締めるように言葉を発するエフィーリア。同じく近くには応援戦力として駆けつけたリューリ・ハルマ(ka0502)もいる。
「大丈夫だよエフィーリアさん! 頑張って護衛するから、どーんといっちゃえ!」
「ふふ……あなたの言葉は元気づけられますね、リューリ様」
 彼女の元気の溢れる言葉に、エフィーリアはやや緊張を和らげる。
(堅く、迅く……。傷つく事も囚われる事もない女王。非常に難敵ですが……)
 遠方で響き渡る戦闘音を聞き、その脅威を再確認しつつも、エフィーリアは戦うハンター達を信じている。彼らなら必ず、道を作ってくれると。
「……行きましょう、シガレット様」
「あァ、任されたぜェ」
 エフィーリア、シガレット、リューリがそれぞれ足を踏み出し、戦場へと向かう。遠方からは『女帝』本体と対峙するハンター達、産み落とされた卵塊を迎撃し続けるハンター達が見えてくる。アーサー、フィルメリアが中心に卵塊を処理しているものの、苛烈を極める『女帝』の攻撃の前に防衛の手を割かれるハンター達には火力が不足している。その間に多くの子蜂が産み出され、各所を攻撃してゆく。戦場に参入したエフィーリアにも例外なく向かっていった。
「させねェよ!」
 シガレットはその強い意志が体現したかのように堅牢な結界を展開、エフィーリアに飛来する子蜂を食い止め、リューリがそれらを拳による連続攻撃で粉砕していく。
「澪のセンチュリオンは無事か?」
「ああ、体勢を崩されているだけで、未だ動く事は可能の筈だ」
 シガレットは子蜂に刺されて毒に侵されたアーサーにキュアを使いながら、戦況を聞く。
 二人は絶えず産み落とされた卵塊の処理に専念している。『女帝』の狙いは自身が奮迅することで卵塊に向いていた注意を自身に向けさせ、卵塊を孵化させる事だった。冷静に卵塊を処理する二人の堅実な動きのお陰で、被害は出しつつも戦場が混乱せずに済んでいた。
「今から皆さんが、『女帝』の動きを止める筈です」
「よォし。ならいよいよだなァ」
 治療をしながらも産み出される子蜂の対応をし、シガレットはエフィーリアに目配せする。彼女は頷くと、シガレットが笑んで返す。
「反撃開始といくかァ」



『…………!!』
 高速化した動きで直線で突撃してくる『女帝』。大気にけたたましい羽音が満ち、振動音が木々を、地面を響かせる。
「まず、動きを鈍らせる……!」
 騎乗した朧に乗ったオウカは最前衛にて跳躍し、掌に火炎を収束。掌底を薙ぐように腕を振るい、火炎の波を『女帝』に叩き込む。構わずに突撃する『女帝』は炎の波を貫いて接近するが、その動きが僅かに遅くなる。入れ替わるようにエニア、そしてフェリアが同時にマテリアルを収束する。
「いくよ!」
「ええ、合わせるわ」
 二人同時にブリザードが放たれ、二重の吹雪が正面から『女帝』に直撃する。ファイアスローワーで速度が減少したそこへ立て続けに強烈な吹雪が収束し、『女帝』の動きは更に弱まる。僅かにその翅が凍り付いているのが見えた。
 そんな吹雪の本流の傍ら、横合いから木を蹴り飛び出す星輝の姿。息を合わせて飛んだ由野を足場に更に跳躍し、上空にて吹雪に直撃する『女帝』へ手裏剣を投擲する。吹雪を迂回するような軌跡を描いて飛ぶ手裏剣は、『女帝』を囲むように放射状に飛ぶ。
「狙いは……そこじゃ!」
 迂回するように飛んだ手裏剣は空中で一時停止し、込められたマテリアルが噴出するとそれらは『女帝』の一点を狙って一斉に殺到する。星輝の狙いは翅の根元。高速で振動するそこへ手裏剣が差し込まれると、異物が噛まされた事により翅の動きが一瞬停止する。
『……!』
 あまりにも高速振動するが故に普段狙う事はできなかったが、仲間の度重なる攻撃で速度が鈍っていた為に、読みどおり翅の動きを止める事に成功する。翅が停止したせいで飛行能力が一瞬途切れた『女帝』の高度が、ガクリと落ちる。
「そこ……です!!」
 高度が下がった『女帝』に巨大なものが激突。澪の駆るセンチュリオンのパイルバンカーだ。斜め上から打ち下ろされたそれは『女帝』の胴体を真芯に捉え、地面に押さえつける。
「これで、捕らえます! 穿て!!」
 射出音と共にゼロ距離で巨大な鉄杭が『女帝』に打ち込まれ、爆発のような衝撃で地面が陥没する。驚くべき事にパイルバンカーの直撃を食らってなお、『女帝』の外殻は貫けない。が、地面を抉る程の衝撃が打ち込まれた為に大ダメージを受けた『女帝』は、それでも翅を動かして衝撃波を放とうとする。
「エフィ、今です!」
「はい、イスカ……!」
 そのタイミングで、エフィーリアがセンチュリオンの影から飛び出す。放たれようとした衝撃波は、Uiscaの放った断罪の光杭によって翅の動きが阻害されて不発となる。
 エフィーリアと『女帝』の距離が、ゼロになり……。

「3番目の使徒……真なる姿をここに!―――『アテュ・コンシェンス』!」

 眩い光が戦場全域に広がっていき、そこでハンター達は、ある情景を見るのだった。



●行間


 そこに立っていたのは女性だった。
 女性は、愛する人がいた。心から、彼と共に在る事に幸福を感じていた。

 やがて愛は実り、自らの中に子を宿す。彼女は戦いから身を退き、
 愛する人と、生まれてくる子どもにたくさんの愛を注いだ。
 幸せの絶頂にある彼女の日常はいつも、笑顔で溢れていたのだった。


 そんな彼女に不幸が訪れる。
 自らの中に宿っていた命は死に変わった。摘出されたそれを見て、彼女は自分の幸福が崩れ落ちていくことを感じた。

 その腕に抱けなかった命を想い、全身が凍りつくかのような恐怖に震え、何度も何度も眠れぬ夜を過ごした。
 痛みを、恐怖を乗り越え、生んであげる事が出来ずに死なせてしまった子どもに何度も謝りながら、それでも尚傍にいてくれた愛する人の為に、また子を宿し……。

 そしてまた、不幸は繰り返される。

 特別な事があったわけではない。ありふれた不幸が、ただ、偶然重なっただけだ。


 やり場のない絶望は空虚となり、彼女を再び戦場に立たせ、そして……最期を迎えた。


 彼女は願った。何も、特別な事はいらない。
 ただ、我が子を抱きしめたかった。
 その命を、祝福してあげたかった。

 そんな彼女の、今際の際に溢れ出た願いは、歪んだ影によって叶えられたのだった。




●優しいが故に、狂った母


(ごめん……なさい……ごめんなさい……生ま……ないと……命……を……)
 ハンター達の脳裏に、呟くような『声』が届く。ジジジジ、と翅が動き出したかと思うと、『女帝』から爆発的に負のマテリアルが噴出する。
「ちィ、下がれエフィーリア!」
「っ!」
 飛び出したシガレットがエフィーリアを引き寄せ、結界を展開する。同時に、噴出したマテリアルは衝撃波に変わり、周囲一帯を吹き飛ばす。エフィーリアを庇うようにシガレットが衝撃波を受け、押さえつけられていたパイルバンカーの杭も粉砕され、再び『女帝』は宙へと浮かぶ。
「シガレット様……!」
「いつつ……ありゃやべェ、下がるぞエフィーリア! リューリ、援護頼む!」
「まかせて!」
 自身の傷を素早くヒールで回復し、リューリと共にエフィーリアを護衛しながらシガレットは後退してゆく。『女帝』はブブブブ、と羽音を響かせながら、ふわりと低空に滞空する。そうしてハンター達の脳内に、女性の声が響き渡った。

(今度は……お母さん……失敗しないから……生んであげる、から……ごめんなさい……ごめんなさい……)

 ぞぶり、と不快な音と共に、再び産み落とされる卵塊。まるで嘔吐や吐血のように、身体を振り絞って産み落としているその様子からは、痛々しさのようなものを感じてならなかった。

「……朧」
 その様子を見て、オウカは朧と共に『女帝』の前に並び立つ。グローブをはめ直し、拳を握り。眼前の歪虚を見据えて。
「……俺は男だから、その感覚は正直わからん。だが、お前がしている事が、自分を責めているという事は分かる」
 オウカの気持ちを汲むかのように、朧はそのしなやかな四肢を踏みしめる。
「……ならばせめて、お前を滅する。そうすれば、もうお前は我が子を死なせず、殺させなくて済むから、な」
 『女帝』の翅が奔る。その瞬間、衝撃波が周囲に放たれ、『女帝』の周辺を破壊していく。
「疾く祓い、縛りて鎮めん。……お前の苦しみ、今鎮めてやる」
 オウカの前面に鏡のような光の障壁が展開され、衝撃波と相殺して砕け散る。その破片は鏡から鎖へと変成し、一様に『女帝』へと伸びてゆく。『女帝』はその鎖を身体を動かす事なく、翅から迸る衝撃波のみで打ち払ってゆく。
 今や『女帝』は高速で飛行することはない。その場に滞空し、翅を羽ばたかせて自らに近づこうとする害意を迎撃するだけだった。
 下半身が蠢く。次々と、次々と同じ場所に産まれては、どろりと泥のように重なってゆく。禍々しい粘液の中に蠢く卵の白色が、残酷な程に無垢で、儚かった。
「ただ繰り返すだけじゃ、同じ結末を繰り返すだけだよ……!」
 マテリアルを喰う蜂の子を生み続ける『女帝』に、エニアはマテリアルを練り込みながら訴えかける。害意が打ち返されるなら、せめて行動を阻害する。エニアはマテリアルで青白い雲を創り出し、『女帝』を覆う。眠りの力を伴ったその雲で、『女帝』を眠らせようと試みた。
「これ以上、苦しまないで。あなたは死なせる為に子を産む訳じゃないんでしょ……!」
 だが、エニアの魔法は『女帝』の抵抗力に弾かれてしまう。それでも少しでも、その嘆きを止めようと、エニアは懸命に魔力を振り絞る。
 エニアの魔力を振り払うように、再び全方位に衝撃波を放つ『女帝』。オウカが再び満月鏡で応戦するが、それだけでは防ぎきれない。
「……させない」
 それを防いだのは、フェリアの壁だ。地の精霊の力を借り、土の障壁を前面に展開して衝撃波を受け止めた。
 砕け散る土の壁から顔を覆いながら、フェリアは『女帝』の事を考える。
 命をが失われる事は悲しい。自分も相葉を喪ったとき、胸の奥からこみ上げてきては、涙と共に溢れ出してしまうような気持ち。抑えきれない程の冷たさと痛みが胸を刺す、あの感情を思い出す。

(彼女は、一体どれほどの気持ちを抱えたというの……?)
 
 フェリアは考える。他の誰でもない、自分が産み出そうとした命。その生を祝福することなく絶えてしまった気持ちは想像も出来ない程の痛みだろう。
 だが『女帝』は、それでも立ち上がって苦しみを乗り越えようとした。命を慈しむ優しさを知り、だからこそ、命が失われた悲しみを人一倍感じて。優しいが故に狂ってしまった哀しい存在。
 そんな彼女の事を想うと、挫けそうになる。目の前の相手は、ただ我が子を思って泣いているだけなんだ。

「……それでも、知っているから。貴女も……知っていることを……」

 再度、土壁を構築して放たれる衝撃波を受け止める。己を鼓舞し、折れかけた心を立ち直らせる。  
 フェリアもまた、知っている。命の重さを、尊さを。産まれたばかりの命の重さ、それを抱き上げた時の喜び。そんな『命』がこの世界にはたくさんあって、彼女の求めた喜びが満ちている。
 ならば、彼女にそれを奪わせる訳にはいかない。命の大切さを何よりも知って狂ってしまったのなら、そんな彼女に命を奪わせる訳にはいかないから。

「……ここで、貴女を止める……止めてみせる……!」

 フェリアの土壁が砕けると同時に、飛び出す白い影。星輝は相棒の由野と共に『女帝』への距離を一気に詰める。
「子を産めぬ気持ちと、産めなかった気持ちは近いようで違うかもしれんが……おぬしの悲しみは痛い程に分かる。今、解き放ってやるからのう!」
 フェリアの土壁の影から機を伺い、オウカの鎖が伸び、それを『女帝』が迎撃したタイミングに合わせ、星輝は手裏剣を放つ。投げられた手裏剣にはそれぞれワイヤーが結びつけられており、弧を描く起動で女帝の左右から飛来する。
 『女帝』は僅かに浮き上がる事でそれを回避しようとするが、共に飛び出た由野に捕まって空に舞い上がる。
「ほんの曲芸じゃ、喰ろうてゆけ!」
 左右から周りこませたワイヤーを引き上げ、上空に飛び上がる事で弧の軌跡を無理やり横から縦に変え、『女帝』へと絡ませる。すぐさま衝撃波で振り払おうと翅を羽ばたかせるが、コントラルトの放ったデルタレイの閃光が翅を撃ち抜く。
「貴女は、産まれてくる命にどんな事を思ったのかしら」
 コントラルトは問う。目の前の歪虚ではなく、”母になれなかった彼女”に向けての言葉だ。
「卵塊から生まれる子蜂のように、ただ殺されるための命?」
 マテリアルを収束しながら、言葉を投げかける。せめて彼女の意思に触れる事を願って、自らの気持ちを訴えてゆく。
「違うわよね、皆に……世界に祝福して貰いたかったわよね?」
 振り払うかのように放たれる衝撃波。コントラルトは杖を薙ぎ、出力の上がった火炎の波で迎撃する。中間点で接触した熱と衝撃は爆発を生み出し、熱と風が周囲に拡散していった。
「だから、一度やり直しましょう。もう一度、貴女自身が世界に愛されて、生まれてこれるよう……私達が、泣いてる貴女を送ってあげるから」

(…………私は、ただ、抱きたかっただけなのに。小さな、その身体を……命を……)

 再び脳裏に、女性の声が響き渡る。慟哭の声は、喉から絞り出すかのようなか細い願いをハンターへと届けてゆく。

「貴女も女で……母親だったんですね」
 フィルメリアは彼女の慟哭を受け取り、呟いた。
 彼女もまた、二児の子を抱える母親の身であるからこそ、自分がもし彼女の立場だったら、という仮定を考えずにはいられない。
 もしこの手に、あの子達を抱き上げる事が出来なかったら? 生まれる前に、出会う前に、あの子達と別れていたら?
 想像するだけで背筋が凍りつくような恐怖が襲い掛かってくる。それだけに、彼女の境遇には同情を禁じ得ない。
「――蒼氷魔装(エンチャントグラシアス)」
 呟くような詠唱と共に、彼女の構える剣インストーラーに、氷を想わせるような蒼色の魔法陣が展開される。彼女の髪の色が銀色に変わり、吹雪のようなオーラが彼女にまとわり付く。
 フィルメリアは想う。だからこそ、その哀しみが他者の命を脅かすものになってはいけない。命の尊さを知っているならば、それがどれだけ自分を痛めつけるかを理解しているから。
「……女としても、母親としても。”今の貴女”に負ける訳にはいきません。私にも、守りたい者がいるんですから!」
 フィルメリアの決意の叫びに並び立つように、後に続くのはアーサーだった。
「出産云々については、男の俺に言える事なんてありゃしねえ。けれど、お前が周りを見ていたように、周りもお前の事を見ていたんだろ」
 よく通る声を『女帝』に向けて放つ。
「だからお前は愛されていたんだよ。お前は命の大切さを人一倍理解してるからこそ、悲しみの行き場がなくてドツボに入っちまった。難しい事はわかんねぇが、結局はよ」
 アーサーに向かった衝撃波はゴルラゴンの爪が引き裂き、迎撃した。迎撃しきれなかった衝撃がアーサーの肩を穿つが、体勢すら崩さずに剣を構え、向き直る。
「産んでやりたかったんだろ、お前の子どもをよ。なら、その嘆きはこんな所で、見知らぬ誰かに振るっていい訳はねぇ。他でもない、お前自身が傷つくだけだ」
 全身からオーラが吹き出し、深く腰を落として剣を構えるアーサー。仄赤く黄金に煌めくオーラが、彼の溢れるマテリアルを迸らせる。
「終わらせてやる。今すぐにな」

 『女帝』の生み出した卵塊が孵化する。今までよりも大きく、蜂の子とも思えないような、気味の悪い巨大な幼虫が生まれる。それは今までの子蜂のように、急速に成長して異形の蟲へと姿を変える。

「――氷葬【氷柩・零】!」

 フィルメリアが剣を振り抜くと同時に、前方に魔法陣が展開。その剣が振るった軌跡を追うかのように無数の氷柱が地面から噴出し、『女帝』とその幼虫を切り裂き、凍結させる。
 氷柱に阻まれて衝撃波を出せない『女帝』へ、ゴルラゴンと共に駆け抜けるアーサー。直線状に伸びる氷柱の間欠泉に対し、横合いから『女帝』に対し、ありったけの力を込めて斬撃を叩き込む。今までどんな事をしても傷つく事がなかった堅牢な外殻に、僅かにヒビが入った。
 それでも抵抗せんと翅を羽ばたかせ、幼虫を守る『女帝』。幼虫の姿はみるみるうちに、大きな翅と巨大な脚の生えた、蜂とも思えぬ異形のものに成長しつつある。
「もう、これ以上苦しまないでください!」
 その『女帝』へ向けて、センチュリオンを駆る澪がしがみつく。CAMの巨体をもってしてなお抑えきれない翅の動きで、次々と衝撃波を喰らうセンチュリオン。度重なる衝撃は搭乗する澪をも貫くが、澪は決してその手を離さない。
「もう、自分を責めないでください! あなたは、もう十分苦しんだ、産んであげられなかった子に沢山謝って、それでも償いきれない贖罪で、強迫観念に取り憑かれて……!」
 至近距離で衝撃波を受け続けるセンチュリオン。『女帝』もまた、必死の抵抗でそれを迎撃する。怒涛の攻撃を受けてなお、澪はその腕を放さずに

「こんなになってまで、貴女が子を産む必要はないんです! かつて優しかった貴女に会いたかったです――お母さん!」

 『お母さん』と、澪は言った。その言葉に反応してか、『女帝』の動きが止まる。
 彼女にはもう、元から抵抗する力はないように見えた。それでも、産まれてくる子を守る為に必死で力を振り絞っていたに過ぎなかったのだ。
 そして『女帝』は気づく。必死に守ろうとしていた幼虫は、今の衝撃波の連射の余波を受けて息絶えていたことに。

「……それも、本当は『貴女』なんでしょう?」

 そうして抵抗のなくなった『女帝』に、Uiscaがゆっくりと歩み寄る。

「この子蜂、一見貴女の子どものようですが、本当はあくまで貴女自身の分身ですね?」
 卵塊を破壊された事で『女帝』がダメージを受けているのが何よりの証拠だ。産まれてくる自分を子を夢想し、文字通り身を切って偽りの『我が子』を創り出していたに過ぎなかったのだった。
 そんな『女帝』に近づいたUiscaは、そっとその腹部に手をあてた。
「もう、自分を偽るのはやめましょう……どれだけ偽の子を産んでも、流産した子は戻ってきません。貴女も同じ、どれだけ自分を責めても……貴女自身が救われることはないんです」
 『女帝』は何も答えない。響いていた慟哭の声も聞こえない。もう『女帝』には、声を発する力もないように思えた。
 元より彼女は、最初から死に体で、
 骸の身体を、贖罪と我が子を守るという、歪んだ気力だけで動かしていた。Uiscaにはそう感じてならない。生物というより、最早概念とも言えるような存在となっているように思えた。

「……いずれ私も妊娠し、命の重さを背負う恐怖と戦うでしょう。その時に、貴女という優しい母がいたことを思い出します。そうしてきっと、丈夫な子を産んでみせます。

貴女が想い、背負い続けた命の奇跡。貴女が慈しんだ我が子への想いを、私は信じ続けます。だから……」

 Uiscaの背に、白竜の翼を想わせる淡い光が現出する。そうして、翡翠色の閃光がその手から放たれる。


「産まれるはずだった貴女の子と、静かに眠って下さい。次の目覚めは、きっと愛に溢れていますように」
 

 『女帝』の身体が、崩壊した。



 その中から現れた、朧げな女性の人影は、聖母のように微笑んだのちに。
 淡い光となって、天へと昇っていった。




●優しさを見送って


「『Empress』……彼女はきっと、お腹に子どもがいるときから、人一倍愛情を注いでいたのでしょうね」
「そうですね。生命の輝き、その尊さを知るからこそ……自らを責めて、耐えられなくなったのでしょうかね」
 センチュリオンから降りた澪が、その輝きを見送りつつ、ぽつりと零す。傍らにいたフィルメリアもまた、彼女を想ってその光を見送っていた。
「私も、いつか……彼女の気持ちが分かる日が来るのかしら。大切な子を亡くして、絶望してしまうような……」
「……大丈夫ですよ。きっと彼女が、見守ってくれています」
 来る未来に、彼女の影を落としそうになるフェリアの肩を、Uiscaは優しく叩いた。
「だって、我が子の為にあんなに必死になれた人なんですよ? 私達がいずれ授かる、我が子を愛する気持ちを忘れなければ……きっと、彼女も応援してくれる筈ですから」
「……そうね。あんなに泣いていた人だけど、最後は私達の為に、微笑んでくれたのよね」
 『女帝』の彼女は、消える瞬間、慈愛にあふれた微笑みで彼女らに応えてくれた。それは謝罪でも、贖罪でもなく、彼女らに向けた感謝からくる微笑みだった。我が子に未来を託すように、彼女らに自分の成せなかった事を、安心して託したような微笑みを見せた。
「私にはまだ、そんな人はいませんが……いつか彼女のように、優しい母親になれたらなぁ、って思います」
 澪は、そんな彼女の存在を想い、空に声を掲げた。彼女のように、優しく、慈愛にあふれた母親になれたらと。そんな言葉が、晴れ渡る空に溶けていった。

 いつか自分も、愛する人と、愛する子を授かるだろう。
 そんな時、彼女の事を思い出して、きっと優しい母になろうと。
 彼女を送った少女達は、未来への希望を抱くのだった。


「産まれてすぐに命を殺して、んでまた直ぐに死んじまうような命を生み続ける母、か。目も当てられない因果だったが、嬢ちゃん達のお陰でなんとかなったなァ」
 そんな彼女らを遠巻きに見据え、ゆっくり煙草の煙を吐き出すシガレット。傍らにはエフィーリアがいた。
「ええ……皆さんは本当に強い存在です。彼女らがいたからこそ、歪んでしまった『女帝』も本来の心を取り戻せたのでしょうから……」
 そう思いを馳せるエフィーリアは、ぽつりと言葉を漏らす。
「愛する人……ですか……。…………」
 不意にエフィーリアは脳裏にある一人を思い浮かべる。かぁ、と顔が熱を持つのを感じた。
「なんだィエフィーリア。好きな奴の顔でも浮かんだかァ?」
「ち、ちち、違います……わた、私はそんな、戦いの後で、そのような事を……」
「ん、なんの話をしてるの、エフィーリア?」
「ひゃぃっ」
 シガレットの指摘に慌てて取り繕うエフィーリアだったが、その後ろからエニアの声が聞こえたせいで声が裏返る。
「な、なんでもありません……! なんでもありませんから……!」
 不思議そうに首を傾げるエニア。その様子を見てシガレットは、愉快そうに次の煙草を咥えるのだった。



 こうして、アルカナの一体である『女帝』の名を持つ歪虚は討滅された。
 子と母の気持ちを一行に遺し、彼女もまた、次の輪廻で幸せになってくれることを願って。

依頼結果

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MVP一覧

  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガンka0471
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhranka0754
  • 【Ⅲ】命と愛の重みを知る
    フェリアka2870
  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティアka3380

重体一覧

参加者一覧

  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    オボロ
    朧(ka0301unit002
    ユニット|幻獣
  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ゴルラゴン
    ゴルラゴン(ka0471unit002
    ユニット|幻獣
  • 【魔装】の監視者
    星輝 Amhran(ka0724
    エルフ|10才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ユーノ
    由野(ka0724unit001
    ユニット|幻獣
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    クフィン
    クフィン(ka0754unit001
    ユニット|幻獣
  • 【Ⅲ】命と愛の重みを知る
    フェリア(ka2870
    人間(紅)|21才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    モーントナハト
    月夜(ka2870unit001
    ユニット|幻獣
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • 世界より大事なモノ
    フィルメリア・クリスティア(ka3380
    人間(蒼)|25才|女性|機導師
  • Centuria
    和泉 澪(ka4070
    人間(蒼)|19才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    センチュリオン
    Centurion(ka4070unit001
    ユニット|CAM
  • 最強守護者の妹
    コントラルト(ka4753
    人間(紅)|21才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    リーリー
    レーフォロ(ka4753unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

  • リューリ・ハルマ(ka0502)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 女帝について聞きたいこと
コントラルト(ka4753
人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/10/23 20:55:24
アイコン 女王蜂の駆除:相談卓
コントラルト(ka4753
人間(クリムゾンウェスト)|21才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/10/24 07:26:00
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/10/21 15:59:47