ゲスト
(ka0000)
【猫譚】誰もが幸せになれる道
マスター:ムジカ・トラス
オープニング
●
その存在は、如何なる書物にも記されてはいないと、システィーナ・グラハム(kz0020)は確信をもって言える。千年王国の二つ名は飾りではない。それでも、システィーナは《彼女》を知らなかった。
柔らかく敷かれた草のベッド。雨露をしのぐように工夫された枝々。自らに傅くユグディラ達の情愛に包まれて、身を横たえている――否。今は、其の身を僅かに起こしてシスティーナを見つめている、高貴なるユグディラを。
王女の胸の裡で、思考が巡る。千年と、次の千年を背負う王女にとって、その懸念は無視できないものだ。
(……彼女の存在を、誰も知らなかった……?)
違う、と。システィーナは根拠無く、そう思った。それは、《彼女》の視線に籠められた、確かな感情に引き出された、彼女の直感である。
もし、それが正しいのならば。
「……お初にお目にかかります。私は、グラズヘイム王国、アレクシウス王が第一王女、システィーナ・グラハムと申します」
正しく、礼をして、システィーナはその視線に応えた。そうして、待つ。
《妾は》
殷々と、音を曳いて――確かに、聞こえた。脳裏に響く、威厳ある女性の声。
《妾は、『女王』》《この世界に在る、放浪猫たちの『女王』》
その身体は、弱り切っているように見えた。それでも、その声には確かな力を感じた。旧くより生きる、大樹のような深い音色だった。
《グラハムに連なる人の仔よ》《よく、此処まで来た》
――もし、自分の直感が正しいのならば。
再び礼をしながら、システィーナは、こう思った。
(……隠蔽されていたんですね。貴女の存在は)
そのことが少女の薄い胸の奥で沈殿していくのを感じた。この先で、自分は何かを知ることになる、という苦い確信を。
●
《システィーナ・グラハム》《王女たるそなたに、妾はまず、伝えねばならぬ》
猫にしてはやや大柄な彼女は、それでも、やせ細っているように見えた。細い体毛のしたで薄い肋骨がその呼吸に合わせて上下しているさまが見て取れる。
「……はい」
どうか、無理をなさらないで。
そう伝えたかった。でも、それは出来ない。そのためにシスティーナは此処に来たのではなく、そのために、《女王》はシスティーナと対話の機会を設けたわけではない。
これから、未来の話をする。そのために、彼女たちは此処に居るのだから。
《――伝える》《理解せよ》
「きゃっ!」
瞬後のことだった。
王女の頭の中で、何かが弾けた。いや、爆発に近しい。奔流だった。思考と、文字と、光景と――感情が激流となって《システィーナ・グラハム》をかき乱す。
「……こ、……これっ、は……っ?」
断片となった映像の連なりを意識する。システィーナはそれを識っている。知っていく。連続される風景に、いつしか言葉が添えられていた。自らの裡から湧き出る言葉に、システィーナは思わず、自らの身体をかき抱いた――が、その感覚が、今は途絶えている。
「……痛い」
その痛みすらも、知らないはずなのに、識っている。
《自分》が、システィーナ・グラハムかどうかが、わから―――――。
《消えたい》《消えたい》《消えたい》
《――消えたくない》
●
大海に沈み込んでいるようだ、と少女は思った。何もないはずなのに、手を伸ばせば、そこに何かがある。身体を包むナニカはきっと、長い長い時の中でこの世界に刻まれてきた、悠けきもの。
――識ったことは、決して多くはない。伝えられたことは、恐らく全てではない。
理解したうえで、システィーナは、目を開いた。夜天の星々のように明滅する種々の光の中で、自らの裡の知識を辿っていく。
《百九十年前、妾は誓約した》
ユグディラの女王。彼女は、【女王】を『継いだ』後、王国の民と接した。その詳細は、敢えて伏せられているのかもしれない。ただ、柔らかい香りと、郷愁に似た感傷だけが、印象に残った。
《【麦と蜂蜜の秘術/キャロル・テー】》《そなたらの国を包む術理のための誓約を》
その術理を、システィーナは巡礼陣という名で知っていた。王国を覆う、巨大な法術陣。
《かの術は茫漠な器に他ならぬ》《しかし、形無く虚ろなる器よ》《器に満ちるものが残らず消え果てれば、術に過ぎぬ器そのものも壊れてしまうほどに、儚い》《故に、必要としていたのが――》
「……それが、貴女」
《古き者どもはいずれもそれを拒んだ》《妾はそれを受け容れた》《誓約のもとに》
巡礼陣と女王の関係を、システィーナは理解していた。法術の一つに過ぎぬ巡礼陣は、その存在を支えるために、常にマテリアルを必要としている。
枯渇したら、陣そのものが乱れてしまう。故に、常にマテリアルを供給する存在が、必要だった。国を覆う、茫漠なマテリアルを。
そして、王国はそれを使用したのだ。巡礼陣に蓄えられた、マテリアルを。かつての戦場で。
いや、ひょっとしたら、その前から。
《妾は、刻が来た事を知った》《汝らがかの秘術を必要とする刻が》
するとどうなる。巡礼陣そのものを支えるためのマテリアルを、誰かが供すことになる。
誰が? 考えるまでもない。
眼前の弱りきった、《女王》がだ。
《故に、聞こう》《故に、問おう》《誓約に基づいて》《システィーナ・グラハム》《グラハムらの仔よ》
《妾は、消えるべきか、如何か》
《――妾は消えたい》
●
そこで、システィーナは回想から我に返った。ほう、と淡く、息をはく。
「…………困りました」
胸中をありのままに言葉にすれば、そうなった。
状況を、整理してみる。
一つ。巡礼陣内のマテリアルは、現在、限りなく乏しい状態にある。
一つ。女王はその術を支えるため、マテリアルを供給し続けている。
ここからが、システィーナの心を悩ませていることだった。
一つ。大幻獣に相当する《女王》をもってしても、このマテリアルの供給は激しい苦痛を伴う。
一つ。《女王》は誓約の達成を望んでいる。即ち――《女王》は自らの全てをマテリアルと化して、巡礼陣を満たすことを望んでいる。
彼女はこう言っていた。
《妾は願う》《痛みなき消滅を》《意義ある消滅を》、と。
永き時を生きてきた人智を越えた存在が、それを望んでいる事実が――システィーナ自身がそれに触れたからこそ、ただただ痛ましかった。
だからこそ、反射的に口をついてしまったのは、過ちだったのかもしれない、とも思ってしまうのだった。
『マテリアルの供給が負担になるのなら、みんなで頑張ればいいんです』
負担の短期集中が『女王』を苦しめる。
なら、それを分散して負担することで充填効率も落とさず、女王の命も見捨てない。その選択だって、出来るのでは――と。
分かっている。問題の、先延ばしにすぎないことは。
柔らかな草のソファに身を埋めながら、システィーナは組んだ手を額に押し付けて、呟いた。
「……わたくしは……誰もが幸せになれる道を……」
その存在は、如何なる書物にも記されてはいないと、システィーナ・グラハム(kz0020)は確信をもって言える。千年王国の二つ名は飾りではない。それでも、システィーナは《彼女》を知らなかった。
柔らかく敷かれた草のベッド。雨露をしのぐように工夫された枝々。自らに傅くユグディラ達の情愛に包まれて、身を横たえている――否。今は、其の身を僅かに起こしてシスティーナを見つめている、高貴なるユグディラを。
王女の胸の裡で、思考が巡る。千年と、次の千年を背負う王女にとって、その懸念は無視できないものだ。
(……彼女の存在を、誰も知らなかった……?)
違う、と。システィーナは根拠無く、そう思った。それは、《彼女》の視線に籠められた、確かな感情に引き出された、彼女の直感である。
もし、それが正しいのならば。
「……お初にお目にかかります。私は、グラズヘイム王国、アレクシウス王が第一王女、システィーナ・グラハムと申します」
正しく、礼をして、システィーナはその視線に応えた。そうして、待つ。
《妾は》
殷々と、音を曳いて――確かに、聞こえた。脳裏に響く、威厳ある女性の声。
《妾は、『女王』》《この世界に在る、放浪猫たちの『女王』》
その身体は、弱り切っているように見えた。それでも、その声には確かな力を感じた。旧くより生きる、大樹のような深い音色だった。
《グラハムに連なる人の仔よ》《よく、此処まで来た》
――もし、自分の直感が正しいのならば。
再び礼をしながら、システィーナは、こう思った。
(……隠蔽されていたんですね。貴女の存在は)
そのことが少女の薄い胸の奥で沈殿していくのを感じた。この先で、自分は何かを知ることになる、という苦い確信を。
●
《システィーナ・グラハム》《王女たるそなたに、妾はまず、伝えねばならぬ》
猫にしてはやや大柄な彼女は、それでも、やせ細っているように見えた。細い体毛のしたで薄い肋骨がその呼吸に合わせて上下しているさまが見て取れる。
「……はい」
どうか、無理をなさらないで。
そう伝えたかった。でも、それは出来ない。そのためにシスティーナは此処に来たのではなく、そのために、《女王》はシスティーナと対話の機会を設けたわけではない。
これから、未来の話をする。そのために、彼女たちは此処に居るのだから。
《――伝える》《理解せよ》
「きゃっ!」
瞬後のことだった。
王女の頭の中で、何かが弾けた。いや、爆発に近しい。奔流だった。思考と、文字と、光景と――感情が激流となって《システィーナ・グラハム》をかき乱す。
「……こ、……これっ、は……っ?」
断片となった映像の連なりを意識する。システィーナはそれを識っている。知っていく。連続される風景に、いつしか言葉が添えられていた。自らの裡から湧き出る言葉に、システィーナは思わず、自らの身体をかき抱いた――が、その感覚が、今は途絶えている。
「……痛い」
その痛みすらも、知らないはずなのに、識っている。
《自分》が、システィーナ・グラハムかどうかが、わから―――――。
《消えたい》《消えたい》《消えたい》
《――消えたくない》
●
大海に沈み込んでいるようだ、と少女は思った。何もないはずなのに、手を伸ばせば、そこに何かがある。身体を包むナニカはきっと、長い長い時の中でこの世界に刻まれてきた、悠けきもの。
――識ったことは、決して多くはない。伝えられたことは、恐らく全てではない。
理解したうえで、システィーナは、目を開いた。夜天の星々のように明滅する種々の光の中で、自らの裡の知識を辿っていく。
《百九十年前、妾は誓約した》
ユグディラの女王。彼女は、【女王】を『継いだ』後、王国の民と接した。その詳細は、敢えて伏せられているのかもしれない。ただ、柔らかい香りと、郷愁に似た感傷だけが、印象に残った。
《【麦と蜂蜜の秘術/キャロル・テー】》《そなたらの国を包む術理のための誓約を》
その術理を、システィーナは巡礼陣という名で知っていた。王国を覆う、巨大な法術陣。
《かの術は茫漠な器に他ならぬ》《しかし、形無く虚ろなる器よ》《器に満ちるものが残らず消え果てれば、術に過ぎぬ器そのものも壊れてしまうほどに、儚い》《故に、必要としていたのが――》
「……それが、貴女」
《古き者どもはいずれもそれを拒んだ》《妾はそれを受け容れた》《誓約のもとに》
巡礼陣と女王の関係を、システィーナは理解していた。法術の一つに過ぎぬ巡礼陣は、その存在を支えるために、常にマテリアルを必要としている。
枯渇したら、陣そのものが乱れてしまう。故に、常にマテリアルを供給する存在が、必要だった。国を覆う、茫漠なマテリアルを。
そして、王国はそれを使用したのだ。巡礼陣に蓄えられた、マテリアルを。かつての戦場で。
いや、ひょっとしたら、その前から。
《妾は、刻が来た事を知った》《汝らがかの秘術を必要とする刻が》
するとどうなる。巡礼陣そのものを支えるためのマテリアルを、誰かが供すことになる。
誰が? 考えるまでもない。
眼前の弱りきった、《女王》がだ。
《故に、聞こう》《故に、問おう》《誓約に基づいて》《システィーナ・グラハム》《グラハムらの仔よ》
《妾は、消えるべきか、如何か》
《――妾は消えたい》
●
そこで、システィーナは回想から我に返った。ほう、と淡く、息をはく。
「…………困りました」
胸中をありのままに言葉にすれば、そうなった。
状況を、整理してみる。
一つ。巡礼陣内のマテリアルは、現在、限りなく乏しい状態にある。
一つ。女王はその術を支えるため、マテリアルを供給し続けている。
ここからが、システィーナの心を悩ませていることだった。
一つ。大幻獣に相当する《女王》をもってしても、このマテリアルの供給は激しい苦痛を伴う。
一つ。《女王》は誓約の達成を望んでいる。即ち――《女王》は自らの全てをマテリアルと化して、巡礼陣を満たすことを望んでいる。
彼女はこう言っていた。
《妾は願う》《痛みなき消滅を》《意義ある消滅を》、と。
永き時を生きてきた人智を越えた存在が、それを望んでいる事実が――システィーナ自身がそれに触れたからこそ、ただただ痛ましかった。
だからこそ、反射的に口をついてしまったのは、過ちだったのかもしれない、とも思ってしまうのだった。
『マテリアルの供給が負担になるのなら、みんなで頑張ればいいんです』
負担の短期集中が『女王』を苦しめる。
なら、それを分散して負担することで充填効率も落とさず、女王の命も見捨てない。その選択だって、出来るのでは――と。
分かっている。問題の、先延ばしにすぎないことは。
柔らかな草のソファに身を埋めながら、システィーナは組んだ手を額に押し付けて、呟いた。
「……わたくしは……誰もが幸せになれる道を……」
リプレイ本文
●
システィーナ・グラハム(kz0020)は、その光景に小さく息を呑んだ。レイレリア・リナークシス(ka3872)に案内を受けた森の奥に、簡単な作りのテーブルが据え置かれていた。並べ置かれた菓子には、東方風の見慣れないものもある。そして漂う、ヒカヤ紅茶の香り。
「せっかくですから、皆様もお誘いいたしました。悩みすぎるのは良くありませんし」
レイレリアが微笑みながら言うと、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は咳払いを一つして、
「ヒッ」
集うた視線に、悲鳴に似た声を上げた。
「ヒ、ヒカヤ紅茶に……わわわわワインも……」
周りは女性ばかりだ。ジャックにとっては鬼門に等しい。ゆえに。
「だあああっ!」
カッとなって一息にグラスに注いだワインを飲み干してしまった。そして、口元を震わせながらサムズアップ。
「う、美味ぇぜ?」
「は、はあ……」
「ほ、そうかいそうかい、では婆も混ぜてもらおうかねぇ」
婆(ka6451)はふぇふぇと笑いながら、ジャックの手元からグラスを奪い取る。
「しっかし、ひゃー、お嬢ちゃん大層綺麗なおべべじゃのう。こげなおべべ着とる子はそうおらんで……」
「このお方は、その、王女殿下であらせられますから……っ!」
「おう? なんじゃあ? お姫様じゃったんかいの。ふぇっふぇっ」
クレール・ディンセルフ(ka0586)の慌てた様子に、婆は動じることはなかった。さすが、年の功というべきか。
そんな中。
「見つけた……っ!」
声を張ったエステル・L・V・W(ka0548)が駆け寄ってくる。茶会をする、というのに誘われてのことだったが、その手にあるのは――両手で抱えてもなお余るほどの手紙の山である。
「不調法をいたしましたが、ご覧の通り! まとめてお渡ししますわ!」
「……ぁ」
その言葉で、思い至った。かつて少女と交わした約束、すなわち文通。
王女とて、忘れていたわけではない。ただ、絶句するほどの手紙の量に、連想できなかっただけだ。
「さすがわたくし、自分の天才ぶりが怖いわ!」
気の毒そうな雰囲気の中、エステルだけがご満悦であった。
●
システィーナは彼女のことを、鏡のようだ、と思った。
「それでは、まずはシスティーナ様がどう考えているかを聞かせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
落ち着いた所で、レイレリアはそう問うた。
「――女王を徒に犠牲にはできません。けれど、王国には巡礼陣がまだ、必要です」
「でも、各地でお祭りを開催することは、解決策にはならない」
「その通りです」
頷いた。どちらを取るか、ではない。どちらも取りたいのだ。しかし、打ち出した具体的な方策は緩和的に過ぎないことも承知していることだった。
「二つのうちどちらかを選ぶか、別の道を模索するか……いずれにしても、選んだことには責任が付きまといます。それは貴女だけではなく、場合により貴女の周りの人にも、責任を負わせることになるでしょう」
「……はい」
レイレリアの言葉は、問題の正中を射抜いていく。
代償を、誰が負うのか。王女か、首脳か――民か。だからこそ、彼女は悩んでいる。具体的な解決がないままでは、無明の道を進むことと変わらない。
その時のことだった。懊悩に霞がかった心が、不意に晴れた気がした。
――道なき道を見出すこと。痛くても、苦しくても、歩みを止めないこと。
(……それが、私の進むべき道)
解決策ではない。ただ、明瞭に見定められた、と。そう感じた。その様子に、レイレリアは満足そうに、しかし小さく、頷いた。
「……今は悩み抜いてください。そして、周りの人々に相談してください。それを皆は待っていると思います」
「……はい。ありがとうございます」
なら、この悩みも、システィーナが歩むべき王道だ。そう思えた。レイレリアは再び、頷いた。王女と視線を交わした後、一礼を示す。その見事さに、少女は微かに目を見張った。
「そして決断の時は、その責任の一端を私も喜んで担うつもりです。それが私が私たるために、譲れない事ですから」
システィーナは、“そういったやり取り”に慣れている。だから、少女の言葉に、彼女はこう応じた。
「――ありがとうございます。レイレリア・“リナークシス”」
●
「なんじゃあ、大変そうじゃのう」
ふぇふぇと、婆は茶をすすった。緑茶のそれと同様に紅茶を飲む時でも音を立てる姿は、マナーは別として不思議と馴染む。
「しっかし、こっちの茶ぁは口寂しいのぅ。苦味も足りん、が……」
ずず、と。茶請け菓子を拘りなく口元に放り込んで、うむ、と唸った。
「香りはよいなぁ、うん」
「お口に合いますか?」
「まぁまぁじゃな」
ぬっふと笑って、老婆は王女を見つめた。
「若いのに頑張っとるねえ。お姫さんはえらいのう」
「……いえ、まだまだです」
レイレリアとのやり取りの中で、至らなさも重々承知していた。だから。
「歳を取るとなぁ、荷ぃ下して軽くなって、気兼ねなく次に渡したいもんじゃて……その猫ちゃんも永ぁく頑張ってきたんじゃろ。猫ちゃんの言うんもよう分かる」
老女の言葉は、実感を伴っていた。死期、というのをこの場の誰よりも理解しているのは彼女だ。
「分かるが……ただ消えるだけなんは詰まらんなあ。なんぞ楽しい気分の一つも味わってからがええなぁ。あの猫ちゃんは、辛がっとるみたいじゃしの」
「楽しい、こと……」
ユグディラのそれは、何となく分かる。だが、女王のそれは、なんだろうか。彼女には彼女の選択と矜持を尊重するあまり、意識していなかった。
「そんでもって、どうせ死ぬんなら、その理由が『安心した』からになるとええ」
「……あの方は、辛さから死を選んでいるのでしょうか」
「約束とやらも、あるじゃろうがのう。婆知っとるぞ。こういうんを終活っちゅうんじゃあ」
儂もそろそろせんといかんのう、と冗談めいていう婆に、システィーナは曖昧に微笑んだ。
「とまれ、あの猫ちゃんにとっては、大事なんはどう終わるか、に見える。何時か来る時のために、少しでも楽しくしてやれたらええなあ。わしも騒ぐのは好きじゃて。なんぞやるなら楽しみにとるよ」
「……彼女を、楽しませる……」
ぽつと呟く。出来るのだろうか。苦しみ、倦んだ彼女を、楽しませることが。
けれど。
「――頑張ります」
システィーナは微笑み、頷いた。それが叶えば、女王はきっと――少なくとも、笑って逝ける。喪いたくはないけれど、それでも。
●
クレールの胸の奥では、高揚する心が炉のように熱く、燃えていた。
――今まで王国に貰ってきたものは……きっと、このため。
だから。
―・―
「王女殿下……お茶会の席で、申し訳ありませんが……一つ、提案をお許し下さい」
「……なんでしょう?」
畏まったクレールに、システィーナも背筋を正して応じた。
「『女王』を救う――巡礼陣に十分なマテリアルを供給する『魔法鍛冶』が、一助となるかもしれません」
魔法鍛冶、と聞いて、システィーナの眉根が動いた。驚愕と――理解の色。かつて開かれた『王国展』は、他ならぬ彼女の主催によってなされた。それ故に、その名は彼女も聞き及んでいる。
「貴女は、その時に助力くださったのですね」
「――はい。フリュイ様の依頼で、グリフヴァルトの制限区域を調査いたしました」
深く頭を下げたまま、クレールは応じた。
「王女殿下は、ご覧になられましたか」
「ええ、勿論」
クレールの言葉には、熱。魔法鍛冶は、彼女がディンセルフとして在るための導となった、かけがえのないもの。
それ故に。
――それ故に、ひどく、苦しい。
「……残念ながら、私では検証は敵いませんでしたが」
腰のポーチにいれた資材と吊るした自らの鎚。それらが、いやに重たく感じられた。
「……女王の代わりの、契約の器があれば、契約を引き継げるかもしれません。女王は苦痛から逃れ得ます。女王は、自由になれる」
自らでは至らないということが職人として胸に刺さる。
「この技術なら……契約の依代や、供給効率増加用の触媒を……作り出せるかも、しれません。魔法鍛冶は歪虚を呼ぶという記述もあり、解決は必要ですが、研究を引き継いでくださったアークエルスの方と共に、私も全てを尽くします」
――私に道をくださった王国への御恩を、返させてください。
クレールは、そう結んだ。
「顔をあげてください、クレールさま」
王女はクレールに歩み寄り、その手を取った。熱を持った手に、クレールの努力のあとが感じられる。
ゆっくりと顔を上げたクレールをまっすぐに見つめて、王女は微笑んだ。
「貴方の言葉は、私にとっての光です。私も、努めます。――ありがとう」
●
茶会も開きとなった。後始末を手伝うことは固辞されシスティーナが佇んでいた、そんな時のことだった。
「クソガキよ。俺は今のこの国が好きじゃねぇんだ」
声が落ちた。ジャックの声である。振り向いたシスティーナの顔には、驚嘆。
「光の千年王国なんざ呼ばれちゃいるがどいつもこいつも暗い顔ばっか……だから俺はこの国を変えてぇんだよ」
ぴく、と王女の四肢が強張った。
ジャックは王女を見つめていた。その視線には、怒気を孕んでいる。ジャック自身にも了解できぬ怒りだ。
「犠牲の上に成り立つ国なんざ俺はゴメンだ。例え女王が犠牲になる事を望んでいたとしてもな……要は巡礼陣を使わずに歪虚共をぶっ潰せばいいんだろ?」
「……」
気づけば、システィーナは俯いていた。
「それができるなら、誰だって……っ」
「手を伸ばさなきゃ光に届くワケねぇんだ」
いいか、クソガキ。ジャックは言い募る。
「俺が、国を変えてやる。てめぇじゃねぇ、俺がだ。
貴族の俺じゃねぇ。商人の俺じゃねぇ。ハンターの俺じゃねぇ」
男は強く、自らの胸を叩いた。籠めうる限りの力を持って。
「ジャック・J・グリーヴという一人の男が変えてやる。この国の光になってやる」
「――馬鹿にしないで!」
雷鳴のような声だった。辺りが一斉に静まり返る。システィーナはジャックを睨み返し、一歩、詰め寄った。
「王国を……彼らを、私達を馬鹿にしないで。皆の努力を――」
「じゃあ、てめぇに何ができんだよ、“システィーナ・グラハム”」
「今の私には、出来ない。でも、貴方の浅薄で傲慢な言葉を許すわけにはいかない!」
壮烈な気迫に、怒気を、ジャックは睨み返した。
「見くびらないで! 私達のこの……っ」
それから、システィーナは目を見開いた。自分が何をしでかしたのか、漸く気づいて。
「――」
僅かな逡巡ののち、足早に走り去った。
●
森の奥で、少女は一人、俯いていた。言ってはいけない言葉だった。それを、そのままに吐露してしまった。
深い悔恨が、少女の裡で渦巻いている。
――その時のことだった。少女の背中に、大いなる漆黒の影が迫ったのは。
●
「貴方は……」
逆光の中、システィーナは『男』を見上げた。デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。
「あ~……」
男はポリ、と髭を掻いて、しばし唸っていた。そうして、「ナルホドなァ」、と呟く。
「……?」
システィーナは小首をかしげるばかりである。幼い仕草に、デスドクロはしばし、黙考した。彼のスーパーでパーフェクトなダークネスブレインを持ってすれば、少女の懊悩の理由はすぐに知れた。故に、解決法も即座に浮かぶ。
――例えばこのデスドクロ様の超絶暗黒術式をもって、巡礼陣を凌駕する究極冥王巡礼陣を構築する。
――例えばこのデスドクロ様のダークネスヒーリングによって、猫の女王を根本から癒す。
デスドクロはうむ、と唸った。湧き出る無限の解決策を、我が事ながら恐ろしく想う。
だが。
「それじゃあ、美しくねえ」
「ぇ……?」
――俺様、イコール理外の力に頼るのではなく、この世界の術理と知恵で答えを導き出す。
苦い結末も、痛みすらも踏み越えて。
「そうでなくっちゃ、美しくねえ」
「えっと」
「座ってろ」
横柄に言いつけたデスドクロは、『それ』を構えた。
「ギャラはいらねぇ。本来でありゃ10万は集客可能なハコで奏でる一曲を、特別に聴かせてやるよ」
クラシックギター。ナイロン弦を爪弾いた。ほろほろほろと響くアルペジオは、いやに優しい。そうして、ぞろりとストローク。
「テーマソングだ。聞いてくれ」
お約束のように、デスドクロは深い声でそう言うと。
――歌った。朗々と、太く逞しく、存外優しい、歌声で。
♪・♪・♪・♪
『猫譚』
作詞作曲:デスドクロ・ザ・ブラックホール
猫が猫が集まって旅に出る 黒いのと白いのと虎と三毛
どこへ行くのかと聞いてみる だけどにゃあとも言いやしない
猫が猫が集まって旅をする 伝説のまたたびを求めてかどうなのか
魚が好きなのか聞いてみる だけどにゃあとも言いやしない
たまには豚肉もいいじゃない
だけどグラハムはハムじゃない
昼寝しながらでいいじゃない
いいじゃない――
●
消沈していた筈の王女だが、どういう心変わりか、エステルからの晩餐の希望に応じた。
「ねえ、お姫様」
「何でしょう?」
エステルの予想とは裏腹に食事自体は、和やかに進み――行儀に則って皿を下げさせたのち、エステルはこう切り出した。
「貴女は王族。最も貴き一人。少なくとも、貴女の国では。なら貴女は相応しい振る舞いというものがあってよ」
眼前でシスティーナが身構える姿に、エステルは目を細めた。視線が、絡む。
「気持ちを押し殺して選ぶとか? 猫ちゃんの気持ちを汲んであげるとか? そんなの――」
カッ、とエステルは目を見開き、
「ナーンセンス!!」
切り捨てた。
「ふさわしさとは!
ワガママ!!」
木霊しかねないくらいの大音声を王女は反芻し、しばらく手元を眺めていたが、
「私の国では……」
ゆっくりと、顔を上げた。
「たくさんの立派な方々が、身を粉にして頑張っています。私は」
そうして、被りを振る。『わがまま』。それは、少女の胸中を端的に示す言葉だった。
「私は、今までも、何度もわがままを通してきました。王女というだけで、王族という権利を使って何度も臣下や民を困らせて」
「全然足りない!」
即答、であった。太く笑って、断じたのだ。
「悩むってことは、『まだ我慢してる』ってことよ? 分かってるんでしょう?
何を選んでも、どう転んでも血濡れた道だもの。けれど、恩人を救うための大博打だって……楽しむ度量はあるの」
エステルは、王女の在りようを、示そうとしたのだ。それは、端的に結べば。
「――あなたの民を信じなさいな」
このような、言葉になった。
●
晩餐も終わり、システィーナは一人になった。
息を吐いて、空を見上げる。灯りの少ない夜天は王都で見るそれよりも、明るい。
少女の胸中は依然として渾然としていた。それでも。
進める。それだけの、熱と光を、得た。
そう、思えた。
システィーナ・グラハム(kz0020)は、その光景に小さく息を呑んだ。レイレリア・リナークシス(ka3872)に案内を受けた森の奥に、簡単な作りのテーブルが据え置かれていた。並べ置かれた菓子には、東方風の見慣れないものもある。そして漂う、ヒカヤ紅茶の香り。
「せっかくですから、皆様もお誘いいたしました。悩みすぎるのは良くありませんし」
レイレリアが微笑みながら言うと、ジャック・J・グリーヴ(ka1305)は咳払いを一つして、
「ヒッ」
集うた視線に、悲鳴に似た声を上げた。
「ヒ、ヒカヤ紅茶に……わわわわワインも……」
周りは女性ばかりだ。ジャックにとっては鬼門に等しい。ゆえに。
「だあああっ!」
カッとなって一息にグラスに注いだワインを飲み干してしまった。そして、口元を震わせながらサムズアップ。
「う、美味ぇぜ?」
「は、はあ……」
「ほ、そうかいそうかい、では婆も混ぜてもらおうかねぇ」
婆(ka6451)はふぇふぇと笑いながら、ジャックの手元からグラスを奪い取る。
「しっかし、ひゃー、お嬢ちゃん大層綺麗なおべべじゃのう。こげなおべべ着とる子はそうおらんで……」
「このお方は、その、王女殿下であらせられますから……っ!」
「おう? なんじゃあ? お姫様じゃったんかいの。ふぇっふぇっ」
クレール・ディンセルフ(ka0586)の慌てた様子に、婆は動じることはなかった。さすが、年の功というべきか。
そんな中。
「見つけた……っ!」
声を張ったエステル・L・V・W(ka0548)が駆け寄ってくる。茶会をする、というのに誘われてのことだったが、その手にあるのは――両手で抱えてもなお余るほどの手紙の山である。
「不調法をいたしましたが、ご覧の通り! まとめてお渡ししますわ!」
「……ぁ」
その言葉で、思い至った。かつて少女と交わした約束、すなわち文通。
王女とて、忘れていたわけではない。ただ、絶句するほどの手紙の量に、連想できなかっただけだ。
「さすがわたくし、自分の天才ぶりが怖いわ!」
気の毒そうな雰囲気の中、エステルだけがご満悦であった。
●
システィーナは彼女のことを、鏡のようだ、と思った。
「それでは、まずはシスティーナ様がどう考えているかを聞かせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
落ち着いた所で、レイレリアはそう問うた。
「――女王を徒に犠牲にはできません。けれど、王国には巡礼陣がまだ、必要です」
「でも、各地でお祭りを開催することは、解決策にはならない」
「その通りです」
頷いた。どちらを取るか、ではない。どちらも取りたいのだ。しかし、打ち出した具体的な方策は緩和的に過ぎないことも承知していることだった。
「二つのうちどちらかを選ぶか、別の道を模索するか……いずれにしても、選んだことには責任が付きまといます。それは貴女だけではなく、場合により貴女の周りの人にも、責任を負わせることになるでしょう」
「……はい」
レイレリアの言葉は、問題の正中を射抜いていく。
代償を、誰が負うのか。王女か、首脳か――民か。だからこそ、彼女は悩んでいる。具体的な解決がないままでは、無明の道を進むことと変わらない。
その時のことだった。懊悩に霞がかった心が、不意に晴れた気がした。
――道なき道を見出すこと。痛くても、苦しくても、歩みを止めないこと。
(……それが、私の進むべき道)
解決策ではない。ただ、明瞭に見定められた、と。そう感じた。その様子に、レイレリアは満足そうに、しかし小さく、頷いた。
「……今は悩み抜いてください。そして、周りの人々に相談してください。それを皆は待っていると思います」
「……はい。ありがとうございます」
なら、この悩みも、システィーナが歩むべき王道だ。そう思えた。レイレリアは再び、頷いた。王女と視線を交わした後、一礼を示す。その見事さに、少女は微かに目を見張った。
「そして決断の時は、その責任の一端を私も喜んで担うつもりです。それが私が私たるために、譲れない事ですから」
システィーナは、“そういったやり取り”に慣れている。だから、少女の言葉に、彼女はこう応じた。
「――ありがとうございます。レイレリア・“リナークシス”」
●
「なんじゃあ、大変そうじゃのう」
ふぇふぇと、婆は茶をすすった。緑茶のそれと同様に紅茶を飲む時でも音を立てる姿は、マナーは別として不思議と馴染む。
「しっかし、こっちの茶ぁは口寂しいのぅ。苦味も足りん、が……」
ずず、と。茶請け菓子を拘りなく口元に放り込んで、うむ、と唸った。
「香りはよいなぁ、うん」
「お口に合いますか?」
「まぁまぁじゃな」
ぬっふと笑って、老婆は王女を見つめた。
「若いのに頑張っとるねえ。お姫さんはえらいのう」
「……いえ、まだまだです」
レイレリアとのやり取りの中で、至らなさも重々承知していた。だから。
「歳を取るとなぁ、荷ぃ下して軽くなって、気兼ねなく次に渡したいもんじゃて……その猫ちゃんも永ぁく頑張ってきたんじゃろ。猫ちゃんの言うんもよう分かる」
老女の言葉は、実感を伴っていた。死期、というのをこの場の誰よりも理解しているのは彼女だ。
「分かるが……ただ消えるだけなんは詰まらんなあ。なんぞ楽しい気分の一つも味わってからがええなぁ。あの猫ちゃんは、辛がっとるみたいじゃしの」
「楽しい、こと……」
ユグディラのそれは、何となく分かる。だが、女王のそれは、なんだろうか。彼女には彼女の選択と矜持を尊重するあまり、意識していなかった。
「そんでもって、どうせ死ぬんなら、その理由が『安心した』からになるとええ」
「……あの方は、辛さから死を選んでいるのでしょうか」
「約束とやらも、あるじゃろうがのう。婆知っとるぞ。こういうんを終活っちゅうんじゃあ」
儂もそろそろせんといかんのう、と冗談めいていう婆に、システィーナは曖昧に微笑んだ。
「とまれ、あの猫ちゃんにとっては、大事なんはどう終わるか、に見える。何時か来る時のために、少しでも楽しくしてやれたらええなあ。わしも騒ぐのは好きじゃて。なんぞやるなら楽しみにとるよ」
「……彼女を、楽しませる……」
ぽつと呟く。出来るのだろうか。苦しみ、倦んだ彼女を、楽しませることが。
けれど。
「――頑張ります」
システィーナは微笑み、頷いた。それが叶えば、女王はきっと――少なくとも、笑って逝ける。喪いたくはないけれど、それでも。
●
クレールの胸の奥では、高揚する心が炉のように熱く、燃えていた。
――今まで王国に貰ってきたものは……きっと、このため。
だから。
―・―
「王女殿下……お茶会の席で、申し訳ありませんが……一つ、提案をお許し下さい」
「……なんでしょう?」
畏まったクレールに、システィーナも背筋を正して応じた。
「『女王』を救う――巡礼陣に十分なマテリアルを供給する『魔法鍛冶』が、一助となるかもしれません」
魔法鍛冶、と聞いて、システィーナの眉根が動いた。驚愕と――理解の色。かつて開かれた『王国展』は、他ならぬ彼女の主催によってなされた。それ故に、その名は彼女も聞き及んでいる。
「貴女は、その時に助力くださったのですね」
「――はい。フリュイ様の依頼で、グリフヴァルトの制限区域を調査いたしました」
深く頭を下げたまま、クレールは応じた。
「王女殿下は、ご覧になられましたか」
「ええ、勿論」
クレールの言葉には、熱。魔法鍛冶は、彼女がディンセルフとして在るための導となった、かけがえのないもの。
それ故に。
――それ故に、ひどく、苦しい。
「……残念ながら、私では検証は敵いませんでしたが」
腰のポーチにいれた資材と吊るした自らの鎚。それらが、いやに重たく感じられた。
「……女王の代わりの、契約の器があれば、契約を引き継げるかもしれません。女王は苦痛から逃れ得ます。女王は、自由になれる」
自らでは至らないということが職人として胸に刺さる。
「この技術なら……契約の依代や、供給効率増加用の触媒を……作り出せるかも、しれません。魔法鍛冶は歪虚を呼ぶという記述もあり、解決は必要ですが、研究を引き継いでくださったアークエルスの方と共に、私も全てを尽くします」
――私に道をくださった王国への御恩を、返させてください。
クレールは、そう結んだ。
「顔をあげてください、クレールさま」
王女はクレールに歩み寄り、その手を取った。熱を持った手に、クレールの努力のあとが感じられる。
ゆっくりと顔を上げたクレールをまっすぐに見つめて、王女は微笑んだ。
「貴方の言葉は、私にとっての光です。私も、努めます。――ありがとう」
●
茶会も開きとなった。後始末を手伝うことは固辞されシスティーナが佇んでいた、そんな時のことだった。
「クソガキよ。俺は今のこの国が好きじゃねぇんだ」
声が落ちた。ジャックの声である。振り向いたシスティーナの顔には、驚嘆。
「光の千年王国なんざ呼ばれちゃいるがどいつもこいつも暗い顔ばっか……だから俺はこの国を変えてぇんだよ」
ぴく、と王女の四肢が強張った。
ジャックは王女を見つめていた。その視線には、怒気を孕んでいる。ジャック自身にも了解できぬ怒りだ。
「犠牲の上に成り立つ国なんざ俺はゴメンだ。例え女王が犠牲になる事を望んでいたとしてもな……要は巡礼陣を使わずに歪虚共をぶっ潰せばいいんだろ?」
「……」
気づけば、システィーナは俯いていた。
「それができるなら、誰だって……っ」
「手を伸ばさなきゃ光に届くワケねぇんだ」
いいか、クソガキ。ジャックは言い募る。
「俺が、国を変えてやる。てめぇじゃねぇ、俺がだ。
貴族の俺じゃねぇ。商人の俺じゃねぇ。ハンターの俺じゃねぇ」
男は強く、自らの胸を叩いた。籠めうる限りの力を持って。
「ジャック・J・グリーヴという一人の男が変えてやる。この国の光になってやる」
「――馬鹿にしないで!」
雷鳴のような声だった。辺りが一斉に静まり返る。システィーナはジャックを睨み返し、一歩、詰め寄った。
「王国を……彼らを、私達を馬鹿にしないで。皆の努力を――」
「じゃあ、てめぇに何ができんだよ、“システィーナ・グラハム”」
「今の私には、出来ない。でも、貴方の浅薄で傲慢な言葉を許すわけにはいかない!」
壮烈な気迫に、怒気を、ジャックは睨み返した。
「見くびらないで! 私達のこの……っ」
それから、システィーナは目を見開いた。自分が何をしでかしたのか、漸く気づいて。
「――」
僅かな逡巡ののち、足早に走り去った。
●
森の奥で、少女は一人、俯いていた。言ってはいけない言葉だった。それを、そのままに吐露してしまった。
深い悔恨が、少女の裡で渦巻いている。
――その時のことだった。少女の背中に、大いなる漆黒の影が迫ったのは。
●
「貴方は……」
逆光の中、システィーナは『男』を見上げた。デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)。
「あ~……」
男はポリ、と髭を掻いて、しばし唸っていた。そうして、「ナルホドなァ」、と呟く。
「……?」
システィーナは小首をかしげるばかりである。幼い仕草に、デスドクロはしばし、黙考した。彼のスーパーでパーフェクトなダークネスブレインを持ってすれば、少女の懊悩の理由はすぐに知れた。故に、解決法も即座に浮かぶ。
――例えばこのデスドクロ様の超絶暗黒術式をもって、巡礼陣を凌駕する究極冥王巡礼陣を構築する。
――例えばこのデスドクロ様のダークネスヒーリングによって、猫の女王を根本から癒す。
デスドクロはうむ、と唸った。湧き出る無限の解決策を、我が事ながら恐ろしく想う。
だが。
「それじゃあ、美しくねえ」
「ぇ……?」
――俺様、イコール理外の力に頼るのではなく、この世界の術理と知恵で答えを導き出す。
苦い結末も、痛みすらも踏み越えて。
「そうでなくっちゃ、美しくねえ」
「えっと」
「座ってろ」
横柄に言いつけたデスドクロは、『それ』を構えた。
「ギャラはいらねぇ。本来でありゃ10万は集客可能なハコで奏でる一曲を、特別に聴かせてやるよ」
クラシックギター。ナイロン弦を爪弾いた。ほろほろほろと響くアルペジオは、いやに優しい。そうして、ぞろりとストローク。
「テーマソングだ。聞いてくれ」
お約束のように、デスドクロは深い声でそう言うと。
――歌った。朗々と、太く逞しく、存外優しい、歌声で。
♪・♪・♪・♪
『猫譚』
作詞作曲:デスドクロ・ザ・ブラックホール
猫が猫が集まって旅に出る 黒いのと白いのと虎と三毛
どこへ行くのかと聞いてみる だけどにゃあとも言いやしない
猫が猫が集まって旅をする 伝説のまたたびを求めてかどうなのか
魚が好きなのか聞いてみる だけどにゃあとも言いやしない
たまには豚肉もいいじゃない
だけどグラハムはハムじゃない
昼寝しながらでいいじゃない
いいじゃない――
●
消沈していた筈の王女だが、どういう心変わりか、エステルからの晩餐の希望に応じた。
「ねえ、お姫様」
「何でしょう?」
エステルの予想とは裏腹に食事自体は、和やかに進み――行儀に則って皿を下げさせたのち、エステルはこう切り出した。
「貴女は王族。最も貴き一人。少なくとも、貴女の国では。なら貴女は相応しい振る舞いというものがあってよ」
眼前でシスティーナが身構える姿に、エステルは目を細めた。視線が、絡む。
「気持ちを押し殺して選ぶとか? 猫ちゃんの気持ちを汲んであげるとか? そんなの――」
カッ、とエステルは目を見開き、
「ナーンセンス!!」
切り捨てた。
「ふさわしさとは!
ワガママ!!」
木霊しかねないくらいの大音声を王女は反芻し、しばらく手元を眺めていたが、
「私の国では……」
ゆっくりと、顔を上げた。
「たくさんの立派な方々が、身を粉にして頑張っています。私は」
そうして、被りを振る。『わがまま』。それは、少女の胸中を端的に示す言葉だった。
「私は、今までも、何度もわがままを通してきました。王女というだけで、王族という権利を使って何度も臣下や民を困らせて」
「全然足りない!」
即答、であった。太く笑って、断じたのだ。
「悩むってことは、『まだ我慢してる』ってことよ? 分かってるんでしょう?
何を選んでも、どう転んでも血濡れた道だもの。けれど、恩人を救うための大博打だって……楽しむ度量はあるの」
エステルは、王女の在りようを、示そうとしたのだ。それは、端的に結べば。
「――あなたの民を信じなさいな」
このような、言葉になった。
●
晩餐も終わり、システィーナは一人になった。
息を吐いて、空を見上げる。灯りの少ない夜天は王都で見るそれよりも、明るい。
少女の胸中は依然として渾然としていた。それでも。
進める。それだけの、熱と光を、得た。
そう、思えた。
依頼結果
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相談卓 レイレリア・リナークシス(ka3872) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2016/10/22 21:27:22 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2016/10/19 22:38:45 |