禁断の果実

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2017/01/19 19:00
完成日
2017/02/07 21:37

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●遠き日の記憶

 まどろみのなか。
 真っ暗闇に一筋の光が差し込んでいる事に気付く。

 ああ、またこの景色か──と、すぐさま理解した。
 それは私にとって、“慣れた”夢だったからだ。
 幼い頃から、何度も、何度も、何度も、何度も、繰り返し見てきた夢だった。
 繰り返す都度の息苦しさに懲りもせず、居心地の悪さに飽きもせず、その夢を見た。

 その日、私は世話係のマリーとかくれんぼをしていた。
 私が身を隠す場所に選んだのは、大好きな母、エレミアの私室。
 母のクローゼットの中に入り込み、扉を閉じ、私は鬼の到来をただただ息を潜めて待っていた。

 がちゃりと重厚な金属音がたつ。
 それは、誰かが部屋に入ってきたことの証。
 咄嗟に私は口元を緩めていた。
 マリーは私を見つけられるかな、なんてドキドキと鼓動の音がうるさかったのを覚えている。

 しかし、部屋に入ってきたのがマリーではないと気づいたのはすぐのことだった。
 嗚咽のような声の主は、紛れもない母のもの。
 部屋に入ってきたのは部屋の主である母で、彼女は今泣いているということ。
 その衝撃に、私は力なく唇を震わせた。

『ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……』

 壊れた人形のように、泣きながら何度も誰かに許しを乞う母の声だけが聞こえていた。
 母をなだめるような父の声も聞こえるが、一向に泣きやむ気配がない。

『私……私なんかと、結婚したばかりに……ごめんなさい……ごめんなさい……!』
『エレミア、君のせいじゃない。それに、焦る必要はないんだ。我が家にはユエルがいるだろう? それに、これからまた……』

 バンッ! と大きな音がして、私は思わずびくりと肩を震わせた。

『いいえ、このままじゃ駄目なのよ! なのに、子供を……男の子を、授かれなくて……!』

 私が居ても、何にもならない?
 私の体は凍りつき、涙声で叫ぶ母親の元に駆けつけて抱きしめたくとも、一歩も動くことが出来なかった。

『私は貴方に、この家に、相応しくなかったのよ……!』

 父曰く、当時の母は酷いノイローゼだったのだと言う。
 周囲の期待にこたえる事が出来なくて。
 過剰な視線から逃げる場所すらなくて。
 私を産んでから何年も何年もかけて蝕まれ続けた心は、行き場を失ってしまっていたらしい。
 彼女は本当に、真面目で責任感の強い女性だから。
 だから……考えすぎていたのかもしれない。

 おかあさん、私がいるよ。
 でも、男の子じゃなきゃだめだったのかな。

 ──なんて、そんな声も出せなかった。

 それは、忘れえない記憶。
 願わくば解放されたい悪夢。
 けれど、忘れえない割に、ショックの余りに直後の記憶はひどく曖昧で。

 覚えていることと言えば、私は、その日その瞬間を境に“本心から笑うことをやめた”。
 母親が泣いている傍で、苦しんでいる傍で、のうのうと笑うことなんかできないと思った。
 私が男の子ではなかったから、母は苦しんでいるんだと思った。

 そう、私が。私がいけないから。

 だから、私が男の子の役割も果たせばいいのだと思った。
 だれにも負けない“子”になって、母を守りたいと思った。
 あれだけ傷ついた母が、私なんてはずれくじを引いてしまった母が、もう二度と嫌な思いをしなくて済むようにしたいと思った。

 それから何年かして、“待望の男児”が誕生する。

 私は純粋に、エイルが生まれた時、本当に、本当に、嬉しかったのだ。
 神様は、苦しむ人を見捨てないでくれるのかもしれないと思ったのだ。
 これでもう、お母さんは辛い思いをしなくて済むのだ。
 エイルは、お母さんにとって天使のような存在なのだと思う。勿論私にとってもそうだ。
 彼は、家族に幸せを運んできてくれた。私の可愛い弟。

 でも……私は……?


●グリムの謝恩会

 ──なんて最悪の夢見だ。

 こんな日に限って、良い香りが寝室まで届いてくる。
 大好きな母のシフォンケーキの、卵とバターの甘い香り。
 そんな香りに包まれると、嫌でも私────ユエル・グリムゲーテ(kz0070)──の本心と向き合わざるを得なくなる。
 目覚めてしばし、涙で赤くなった目が冷えるまで、ベッドの上で膝を抱えて蹲っていた。

「お母様、これは……?」
 身支度を終えてダイニングに向かうと、思わず口を開けてしまうような光景が待っていた。
「おはよう、ユエル。今日の夜はね、お屋敷で謝恩会を開こうと思うの」
 目を丸くしている私を前に、母・エレミアは大テーブルいっぱいに広げた食材を前に腕をまくって見せる。
「グリムゲーテ家みなで新しい年を迎える事が出来たことを、関わってくださった全ての皆さんに御礼するのよ。使用人の皆、グリム騎士団の皆、それにほら“ヴラドおじさま”っていう頼もしい助っ人も出来たわけでしょう?」
 その提案に驚きと戸惑いを隠せずにいたのだが、やってきたエイルが私のスカートの裾を引っ張った。
「姉様、これはね、おじさまの提案なんだよ」
「……ヴラドおじさまの?」
 父の異母兄であるヴラド・バークレーは、縁あってちょくちょくグリム領を訪れてはグリムゲーテ家の世話を焼いてくれている。
 対する私はといえば、母とおじの双方から学業専念を申し渡され、延ばし延ばしにしていた王立学校への通学を半年前から再開し、今回はこうして新年の挨拶のため久方ぶりの帰郷となったため事情が解っていないのだ。
「そう、素敵な案ね。おじさまは本当に皆を気遣える素晴らしい方だわ」
「うん! 僕も、おじさまに時々お勉強教わるようになって、前より楽しいんだ」
 そんな子供たちの様子を見ていたのか、母が笑っている。
 だがしかし、母は疲れからか顔色が俄かにすぐれないように見えた。
 それを気遣おうとしたのだが、母の言葉に遮られてしまう。
「折角だから、他にもお世話になった方をお呼びしましょう。貴方の学校のお友達だとか……」

『お母様、学校には友達と思えるような人は居なくて』

 この一言が、母には言えなかった。
 私は、グリムゲーテの長子として恥じない人物になりたかった。
 だからこそ学校ではそれなりに対応し、そつなく誰とも同じような距離感を保っている。
 けれど、“その人たちは友人か?”と問われたら、私の認識では“YES”と応じる事ができない。
 そんな空気を読み取られてしまったのだろうか。
「ハンターの皆さんなら、君が親しいと考える人もいるだろう? 声をかけてみたらどうかな。きっと楽しいパーティになる」
 ダイニングにやってきた、おじさま──ヴラド・バークレー──が、見かねた様子で告げるので、私は驚いた。
 以前の私は、感情を表情に極力出さずに対応出来ていたのに、それがどんどん出来なくなっている。
 顔に出た。だから読まれた。つまり、私は“弱くなっている”と言えるだろう。

 そんな私を、おじさまはただただ難しい表情で見つめていたようだった。

リプレイ本文

●シルウィス・フェイカー(ka3492)

「先生! ようこそお越し下さいました」
「この度は、お招き頂きありがとうございます」
 シルウィスは礼儀正しく挨拶しつつ、ちらとユエルの傍らの女性を見やる。
「ご挨拶が遅れました。グリムの領主代理をしております、母のエレミアです」
「娘が大変お世話になっております。いつも様々な分野の勉強をご教示頂いているとか」
「とんでもない。お役に立てるなら幸いです。それに私もエレミア様にはお会いしたいと思っておりました。お子さんたちの将来について、お考えを伺いたかったのです」
 シルウィスとユエルの関係性を思えば、これが“教育的観点からの問い”であるとすぐに知れる。彼女は少し思い悩んだ様子の後、真摯にこう答える。
「多くの親に共通する“子に苦労をかけたくない”という考えに同じ……でしょうか」
「その“苦労”、とは?」
「私が今日までにしてきた苦労、でしょうか。学習能力……いえ、種の繁栄に則した能力でしょうか。人間とは、よく出来ているものです」
 そう言って穏やかに微笑んだ。



「お父様の集めていたものが沢山あるんです。よろしければワインセラーでご覧になりますか?」
 ワインを所望したシルウィスは、少女の答えに“しまった”と一瞬表情を強張らせた。が、しかし──
「よろしければ、ぜひ。ただ、お父様のコレクションを開けるわけにはまいりません」
「大丈夫ですよ。お世話になった皆様と味わおうと、母と話しておりましたから」
 それは杞憂と思い知らされた。彼女の表情に、以前のような曇りがなかったからだ。
 ワインセラーへの道すがら、シルウィスはこんな話を切り出す。
「……貴女は、お父様の事を乗り越えたのですね」
「え?」
「見ればわかりますよ」
 当人も気付いていなかったのだろう。ユエルは目を丸くしている。
「私は不安でした。貴女は“自分がこの世界に必要だという事”を証明するために、戦って、戦って、戦い続けて。その戦いの行き着く先で、この子は“本当に大切な何か”を失ってしまうのではないか、と」
 ──かつての私と同じように。
 言葉は、重く深く、ユエルの心に波紋を広げる。それは決して泡立つような激しさではなく、時間をかけて溶けた氷の滴が水面を揺らすような穏やかさで──。
「ユエルさんにとって、幸福とは何ですか?」
「幸福……?」
「これは次にお会いするときまでの宿題です。貴女なりの答え、いずれ聞かせてください」


●ジェーン・ノーワース(ka2004)

 王都の貸衣装店。更衣室の鏡に映る自分と睨み合い、ジェーンは溜息をついた。
 思い起こせば数日前。友から誘いがあった時は内心喜んだのだが、問題はその先だ。
 ──ドレスアップなんて、私には土台無理な事だわ。
 「ベリアルを倒せ」といわれた方が余程マシだろう。
 しかし、そんな高いハードルを越え、意を決して辿りついたグリム領主邸。
「ジェーンさん!」
 響く呼び声。それが自身に向けられたものだとは思いもしなかった。
 しかし、シルクのグローブ越しから他者の体温を感じた瞬間、弾かれたように振り向いた。
「ユエル……!?」
「何度もお呼びしたんですよ?」
 辟易するほど、自らの姿はいつもと違っている。
 ヘアメイクを済ませて店を出た時、「これは私じゃない」と自分ですら思いこんだ。
 なのに、だ。
「……え、わかる? 嘘でしょ?」
「何を言っているんですか、もう」
 苦笑にも似た顔で、ユエルはジェーンの手をとりホールへと歩き出した。

「久しぶりね。領や騎士団の人たちは?」
「遠征も減り、大きな事件もないようです」
「……随分他人事のように言うのね。君はどう?」
「私は学業専念で……詳細はあまり」
 ジェーンが無表情のまま皿の上にフォークを置いた。真剣味を帯びた目が、今のユエルには痛い。
「今、誰が“貴女がしていたこと”をしているの?」
「お母様と、ヴラドおじさまです」
 ──ああ、あの男か。
 すぐにそれを思い出した。けれどそれより大事なことがある。
「認められたい、と。そう言っていたわよね」
「……」
「その為に歩んで来たのに、自分じゃない『適任者』が上手くやっている状況、苦しくないの?」
 鋭い問いに眉を寄せ、ユエルが言葉に詰まる。その心境が理解できたからこそ、伝えずにいられなかった。
「ねえ、ユエル。君には私がどう見える?」
 いつもはフードや前髪に隠されてしまうけれど、今日この場において少女たちを阻むものはない。
 真っ直ぐな視線が互いに重なり、ユエルは彼女の瞳の力に捉われそうになる。
「……強い人、だと。そう思ってます」
「君は、自分の事をそう思わないでしょう」
「勿論です」
「お互い様ね、ユエル」
 意図が解らず困惑するユエルに、僅かに口角をあげて見せ──それは笑顔というにはまだ遠いけれど──ジェーンは告白した。
「君は私にとって、初めてあった時からずっと。憧れなんだから」
 真っ直ぐな、思いを。


●ラスティ(ka1400)

 ホールがすっかり賑わった頃。
「この度は、お招き頂き……なんだっけ?」
 知りうる礼儀作法は“セットしてきた”はずなのだが、首を傾げる少年をユエルが笑って出迎えていた。
「今日はゆっくりお楽しみくださいね」
「ああ、ありがとな。そういや、学業に専念してたって?」
「はい。おじさまに言われて……」
「ああ、こないだの……ヴラド、だったか」
「ええ。その節はお世話になりました」
 律儀に礼をするユエルに案内されるまま、少年はパーティフロアへ通された。
 ウェルカムドリンクをラスティに手渡す少女は、周囲の大人に合わせた“顔”をしているように見え、少年はグラスに口を付けながらやんわりと尋ねる。
「感情を表に出さないって、疲れないか? 貴族としちゃ、それが求められる時もあるのは分かるけどよ」
 思わず口元を押さえ、恥ずかしそうに俯くユエル。そんな少女を否定してやるべく、ラスティは笑いながら首を振ってみせる。
「いや、貴族としちゃ、それが求められる時もあるのは解るけどよ。素直になる事は、弱くなる事でも悪い事でもないだろ」
「そう、ですよね。道徳的、常識的な面で理解しているつもりですが……」
「や、そうじゃねえだろ」
 思わずユエルに突っ込みを入れ、ラスティはグラスを弄びながら息を吐いた。
「“誰だって必要とされてるし、愛されている”。本音でぶつからなきゃ分からない事もあるんだぜ」
「……!」
 その言葉は、ひょっとしたら一番欲しかった言葉なのかもしれない。
 涙ぐみ、言葉を失う少女の様を、少年はそれ以上何を言うでもなく見守っていた。



「なぁ、ちょっといいか?」
「何か御用でしょうか」
「さっきエレミアと話した時に気付いたんだが、ちょっと顔色悪くないか?」
 ラスティに声をかけられた使用人はひどく驚いた顔をした。
「仰る通りです。奥様はここのところずっと……」
「疲れてんのか? どんな生活なんだ。変わった事は?」
「ヴラド様がご支援くださるようになり、奥様の負担も軽くなられると思っていたのですが、むしろ……」
 少年は眉を寄せた。
「手伝いが増えれば身体が空く。時間が出来れば体も頭も休まる。だが、逆だってことか」
「ひょっとしたらご病気ではと、医者も進めているのですが、特段何も……あ、いえ! 何でもございません!」
 内情を御客人に話すぎたと気付き、走り去る使用人を少年は複雑な表情で見送るのだった。


●キヅカ・リク(ka0038)

 リクは、ラスティと合流を果たすと、理由は不明だがヴラドと接触するべく行動を開始。
 目当ての男を見つけ出すと、出来る限りの礼儀作法で挨拶を交わした。
「グリムゲーテ家とはどういったご縁で? 僕らは、ユエルちゃんの友人です」
「私は、縁あってこの領を支援している者ですよ」
「普段はどう言ったお仕事を?」
「私が貴族だとは思わないのですね?」
 明白な動機もなく、話の流れも具体的に考えてこなかったリクにとって、状況は芳しくない。
「まあ、構いません。学者で歴史を専攻しています」
「なぜ歴史を?」
「面白かったから、でしょうか」
「今、王国史に残せることができるならどうされたいですか?」
 矢継ぎ早の問いに、ヴラドは笑いだした。
「なぜ私などに興味を?」
「ユエルちゃんから、お世話になってると聞いて……」
「そうですか。残念ながら、何か残したいと思ったことはありませんよ」
「そういえば、今日いらしている方々に面識は?」
「支援表明以降、様々な方とお会いする機会がありますから、多少は」
「大公マーロウをどう思われますか? 昨年の騒動で、特に武功を立てられた方ですし……」
「関連性のない問いは、尋問のようですね」
 苦笑するヴラド宛てに別の客が来ているようだ。「そろそろ」と話を切り上げる男を、リクが最後に一度だけ引きとめる。
 ──が、しかし。
「最後に、記念写真をとって頂けませんか?」
 決定的に、男の顔に険しさが滲んだ。
「今日、君はこの会場で他に誰と撮影しましたか?」
 ラスティは「魔導カメラでリクがヴラドと握手した時を見計らって撮影」するつもりで、他貴族との写真はない。ヴラドだけを対象とした行為に不信感を抱かれてしまったのだ。結局、リクはそのまま男と別れることとなった。
 その後、得た情報も多くはない。
 エレミアからは「当主の証はあるが、防犯上の観点から部外者には言えない」こと。
 残る世話係は、裏方ゆえか接触出来なかった。



「ユエルちゃん、自分を許せずにいるんでしょ」
 一段落したリクは、ユエルを見つけると朗らかに声をかけた。
 前からかけたかった言葉。気にかかっていたことを。
「無理に許す必要なんてない。“僕ら”も地獄の底まで付き合ってあげるから」
「私の行先は、地獄……ですかね」
 痛みを伴う答えだった。
 首を横に振り、大丈夫だと告げたリクは、一振りのレイピアを少女に渡し、友の元へと去っていった。


●誠堂 匠(ka2876)

「ご無沙汰しています、匠さん」
 会場で匠に声をかけたのは、ヴラド・バークレーだった。
 匠がブラッドの死期を示唆したからこそ今がある、と感謝しているようだ。
「とんでもない。ブラッドさんや領のため、何か出来ればと。きっと、貴方も同じお考えですよね」
「私ですか?」
「今日の会は貴方の発案だとか……素晴らしい案ですね」
 これを好機と、ヴラドに接触する匠には明白な意図があった。以前得た封書の蝋印と、ヴラドの指輪が同じ意匠であるか確認すること──そのためには、切り込まざるを得ない。
「そういえば、あの時の指輪、今日は付けていらっしゃらないんですね」
「ああ、今日の装いには合わなくて。はは……よく覚えていらっしゃいましたね」
「珍しい指輪でしたから。仕事柄装飾品に興味がありまして、宜しければ今度拝見しても?」
 誰のどんな質問も無難に返してきたヴラドだが──
「いやいや、大した品ではありませんから」
 遂に、濁した。
 そこへ別の客がヴラドへ挨拶しに来たと気付く。
 人柄か、優れた学者であるゆえか。
 背景は不明だが、今はこの場を辞することで不要な不信感を煽らず身を引くこととした。



「ユエルさん、今日はお招きありがとう。ドレスも良く似合ってる」
 顔を真っ赤にして俯くユエルに笑いながら、匠は周囲を見渡す。
「それにしても立派なパーティだね」
「特別な機会ですから。お父様亡き今も安定しているのは皆様のおかげですし、おじさまが皆に感謝を示そうと仰って」
 匠がずっと抱えていた疑惑。それは、あの日に遡る。
 『ご老人の“最後の”願いです』──そんなヴラドの言葉が切欠だった。
「大分前に話してくれた件だけど、騎士団は任せてもらえるようになった? 受勲とか、功績もあげた訳だし」
「いえ……まだ今も、学業専念です。けれど勉強は大切ですし、卒業するまでですから」
 どうやら、ユエルはぎこちなくも懸命に微笑もうとしているようだ。
 彼女がすべきことに全力を尽くす姿を見ると、匠は多少の安堵を得ることができた。
 それでも匠が知り得る情報故に、懸念がなくなることはない。
「使用人の方とも話したけど、ヴラドさんの評判はいいね。けど……任せきらず、ユエルさんも時折領を見てまわるといいよ」
「確かに、頼りきりは良くないですものね」
 自分に何ができるのか──そう思えばこそ、“この気がかり”を何かの形で残さずにはいられなかった。


●文月 弥勒(ka0300)

 会場では、グリム騎士団副長にある少年が声をかけたところだった。
「失礼ながら、ユエル様のご学友かな?」
「いいや。だがまぁ、下着の色も知ってる仲、だな」
「は……?」
「まあ、あれは俺が無理矢理ってのもあるし」
「無理やり!?」
 物は言いようだなぁ(
「貴様、うちのお嬢様に……ッ!!」
 今ここに剣があったら刺し違えてでも貴様を殺す、なんて不穏な啖呵が出る寸前、にやにや笑いの弥勒が漸く種を明かしたのだった。

「なぁ、次の当主は誰がイイと思う?」
 宴も酣。しかし、その問いに騎士はハッと口を閉ざした。
「言えねえか。でもま、見てると解るぜ。あいつのこと大事にしてんだよな」
 そこへ落ち着いた女性の笑声が響く。弥勒が振り向くと──
「ミズグリムゲーテ、丁度良かった。学業が終わったら、あいつをどうさせるつもりなんだ?」
「良い縁を得て、幸せになってもらいたいです。女の子の母は皆そう思うでしょう」
「皆がするからそうさせる……じゃ、あいつは納得しねえだろ」
 滲む苦笑から母親の心境は察知できるが、しかし。
「自分の幸せは自分で見つけられるはずだ。自分に出来て娘に出来ないと思うか?」
 途端に彼女が表情を曇らせた。
 何か踏んだか? 勘ぐる弥勒だが、結局伝えるべきことが変わることはない。
「あいつに“何が出来ない”と思ってるかは聞かないでおくが。やりたいことをやらせてやらねえと、いつかグレるぜ」



「そのドレス、よく似合ってる」
「弥勒さんも。……雰囲気、全然違いますけど」
 照れからか、ユエルの耳のフチが朱に染まっている。そんな少女と共に、弥勒は静かなバルコニーへと向かっていた。
「お前さ、外には強いのに身内には何も言わないよな。何か弱みでもあんのか?」
「……そうか。これが“弱み”」
 それは、溶けて消えそうな、薄く淡い呟き。
「私が男だったら、皆幸せだったのに……」
 なんてくだらないことを気にしているんだろう。色々言ってやりたい事もあったが、全てを押しのける。
「なぁ、お前は強くなった。もう俺の手も要らないだろう」
「……え?」
「だから最後に、お前の手を借りる。踊ろうぜ」
 意図をはかりあぐね、泣きだしそうなユエルの手を強引にとって。
「嘘だ、強くなんかない。弥勒さんの、皆の手を借りなきゃ立ってもいられない。なのに……」
 言葉を遮るように、少年は少女を連れ出してゆく。
 静かな夜、星明かりの下へ。

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MVP一覧

  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒ka0300
  • 黒の懐刀
    誠堂 匠ka2876

重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒(ka0300
    人間(蒼)|16才|男性|闘狩人
  • all-rounder
    ラスティ(ka1400
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • グリム・リーパー
    ジェーン・ノーワース(ka2004
    人間(蒼)|15才|女性|疾影士
  • 黒の懐刀
    誠堂 匠(ka2876
    人間(蒼)|25才|男性|疾影士
  • 平穏を望む白矢
    シルウィス・フェイカー(ka3492
    人間(紅)|28才|女性|猟撃士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/01/15 01:00:15
アイコン 相談
ジェーン・ノーワース(ka2004
人間(リアルブルー)|15才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/01/18 03:02:45