• 王臨

【王臨】狂騒は遠く、酒都まで響きて

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/02/01 07:30
完成日
2017/02/13 19:50

このシナリオは3日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング


「帰って、来ませんでしたね」
「……っ」
 静かな言葉だった。なのに、騒々しい中でもいやに大きく響いて、レヴィンは我に返った心地がした。
 見れば、長い黒髪を結い上げた東方人のメイド――アプリが憂鬱の染み込んだ瞳で中庭を眺めている。そちらでは、緊急出撃の準備のために奔走している隊員が駆け回っている。
 デュニクス騎士団はいま、火急の事態の対応に追われているのだ。出撃に次ぐ出撃に、装備や人員の休養の調整が間に合っていない。
 デュニクス騎士団は――こう呼ぶと些か紛らわしくはあるのだが、王国騎士団から派遣された3人の騎士が、現地徴用した騎士団である。その名の通り、デュニクスを自衛するための騎士団であるのだが、領主不在と歪虚被害によって疎開が進み退廃した農業を、更に周辺地域の寒村からの疎開を受け容れることでの立て直し、刻令ゴーレムの研究及びそれにともなう交易の双方を担保して、斜陽にあったデュニクスを支えた組織だ。
 いまでは、百を超える戦闘員を抱えるこの組織も、最初は幾人かの有志から始まった。
 鍛冶、渉外、教練、秘書、メイドと、戦闘要員。
 その中の一人が欠けただけで、レヴィンは過労死が見える程のデスクワークに追われる事になった。
 他の幹部である騎士二人をレヴィンの代わりに前線にあてた。結果として彼の前に積み上がった仕事は、資材の補填や、装備類の調整、各報告など、多岐に渡る。以前は出すアテのなかった直属の上司――ゲオルギウス“現”騎士団長への手紙も、度々送ることになった。
 肉体的な疲労は、もちろん色濃い。

 だが、それ以上に、心の奥でくすぶるものがある。
 それは。

 ――“失敗した”かもしれないという、畏れ。
 そのことも、痛いくらいに自認できていた。
 任務の失敗そのものが、苦しいのではないことも、また。

 彼女は――マリーベルは、いまだ、帰って来ない。

「…………い、いまは、待ちましょう」
 何とかそれだけを言って、アプリが淹れたヒカヤ紅茶を啜る。

 今は、リベルタース地方の騒乱を、乗り切らなくてはいけない。



「――――――――これは、これは」
 嫌なものを見た、とでも言うように、デュニクス騎士団の幹部であるポチョムは吐き捨てた。その瞳には、苦悩が滲む。

 現在、デュニクス近辺には2つの問題がある。
 1つは歪虚達の強襲である。平時みられたような散発的な被害ではなく、集団戦になるほどの大掛かりな襲撃が頻発していた。
 もう一つが、亜人たちだ。“異種族混合”であることは珍しくはないが、歪虚達の襲撃の合間を縫うように、デュニクス近辺で荷馬を襲ったり、農地を襲撃したり、と、こちらは被害――人的被害は然程多くはない――や脅威度は軽いものの、無視できない程に数が多い。
 デュニクス騎士団としては当然歪虚への対応を最優先としているが、そちらの規模が増すほどに、デュニクスの農地や郊外の警らが手薄になってしまうのが、現状だった。

 だから、というわけではないが、デスクワークで動けないレヴィンの代わりに、幹部二人――ポチョムとヴィサンは、隊を指揮しない側が周囲の探索にあたっている。
 今はヴィサンが羊型歪虚の一団の対応に隊員50名を連れて北上中。ポチョムはデュニクス周辺地域の探索を行っていた。歪虚の浸透具合や、亜人達の分布を確認するためだ。
 ところで、探索範囲によっては、ハンターを付けることもある。ヴィサンとポチョムは、現状のデュニクス騎士団で欠けてはならない両輪だ。故に、遠方の探索には手勢をつけるよう、レヴィンが徹底している。

「………………」
 今回が、そうだった。“故にこそ”、ポチョムの表情は、苦い。厚い脂肪に覆われた皮膚は独特の弛みによる皺が刻まれている。
 眼前。一台の馬車が疾駆していた。豪奢な作りの馬車だ。特に、植物の蔦を象った造形は、美しい。熟練の職人が彫り仕上げたことは、想像に難くない。
 しかし、その馬車は遠目に見ても傷だらけであった。
 その原因はすぐに知れる。馬車を追走する敵影。さらには、包囲せんとするものも居る。
「………………」
 苦悩は続く。ポチョムには、“それ”が何者の馬車か解っていた。
 事態は彼にとっても青天の霹靂。それでも、その馬車だけは見間違える筈がない。

 それが、騎士団を始めとしたデュニクス関係者に連絡も無く来たことは想像に難くない。騎士団でないとしても、デュニクスの重鎮らに一報あれば、間違いなくポチョムの耳に入った筈だ。
 それを踏まえれば、これが、通常用いられる街道ではないことの理由も手に取るように分かる。

「……………………ッ」
 諸々を飲み下して、ポチョムは、ただ、此れだけを言った。

「……あれは、デュニクス領を治める貴族の馬車です」


「ヒィィィァアアアアア……ッ!」
 その頃には、遠くから男の悲鳴が届くようになっていた。

リプレイ本文


 気温は寒々しいことこの上ないが、蒼天である。雲は低く、灰の陰影が重々しい。
 それらを背負ったハンターたちとポチョムは丘陵の高みから眼科を覗き込む。遠くから響く、馬蹄の音と歪虚の疾走音。そして――野太い男の悲鳴、あるいは、怒号。
 距離にして500メートルほど。
「でっけえ声……」
 良くもまあ届くものだ、とテオバルト・グリム(ka1824)は遠くの悲鳴を感じながら、さてどうしたものか、と一つ悩む。
「……何か、状況がいまいちよく分からないけども、乗ってる人がポチョムさんの言う通りならやばいんじゃないのアレ」
「まぁ、やばいといえば……ヤバイかもしれませんなぁ」
「……ほーん」
 ――事情がある、ってことかね……まぁ助けた後に話を聞けばいいか。
 苦々しい表情のポチョムを見て考え込むテオバルトを他所に、リーリーの鞍にまたがったマリエル(ka0116)は直向きそのものの表情で、馬車を見つめている。
「偵察任務の途中ではありますが……目の前で襲われている方々を見過ごす訳にはいきません。すぐにいきましょう!」
 その傍らには、偵察任務にしては些か不釣り合いなほどの威容を誇る、魔導型ドミニオンが並ぶ。搭乗者はオウカ・レンヴォルト(ka0301)。武者鎧型の重装甲に身を包んだ機体は、黒を基調に彩られてはいるが陽光に惜しげもなくその巨体を晒している。
「偵察だけ、と思ってはいたが……さて」
 この丘陵は、オウカにとっては実に見通しが良い。目立つ一方で、状況を正しく視認できる点は、この機体の長所といえよう。
「急がねば、な」
 機体を前進させながらのオウカの短い言葉に、少女の声が応じた。紅媛=アルザード(ka6122)。可愛らしい模様の着物を纏うた少女がそう言えば、隣に在る黒い毛並みが見事なイェジド、『白夜』が見上げていた。
「いくぞ、白夜」
 心強い相棒の姿が、紅媛の胸中に確かな熱を生む。
「……彼らは無事、でしょうか……」
 一方で、草むらへと落ちた少年の声は、気遣わしげな気配が濃い。その胸中は外面とは少しばかり異なるものなのだが。
 内心で呟く龍華 狼(ka4940)は魔導バイクを走らせる。バイクの鈍い唸り声は、搭乗者の胸中を反映しているかのようであった。これまで、縁はあったとしても、あまり良い思いはできてはいない。
 とはいえ、開き直ること得手でもある。切り替えねば貧困は乗り越えられなかったし――狼にとって貴族とは、銭の香り。いわば希求して止まない金づる候補である。
(貴族って事はここで助けたら謝礼金たんまりだな! ……更に活躍したらボーナスも出るかもな!)
 なら、当然、覚えがめでたいほうに行くにきまっているのだ。危険の多い囮に、颯爽と飛び込んでいく。
「お貴族様、ねぇ」
「……イッカクさん」
「わーってるよ」
 凄みと苦みを孕んだ声は、長髪長身の鬼、イッカク(ka5625)のもの。対して、窘めるような、どこか気遣わしげ声は、黒髪短髪の鬼、閏(ka5673)。
 二人は東方からの付き合いであるからこそ、込められた感情に覚えがあってか挟まれた閏の言葉。それに鬱陶しげに応じたイッカクだったが、気を取り直す。
「俺の柄じゃねぇがこれも金の為、か……ハッ、上等!無病息災、鬼の力で災いを取り除いてやらァ!」
 言って、馬の腹を蹴った。瞬く間に戦場へと向けて離れていくイッカクに、「怪我には気をつけてくださいね……!」と、どこか間の抜けた言葉を添えて閏は見送った。そのまましばらく、イッカクの背を視線で追いかけていたが、振り切る。そんなことにも勇気が要るのだ。彼にとっては。
「……行きましょうか、テオバルトさん、ポチョムさん」
 閏はその場に残ったもう一人――テオバルトと、彼の隣で飛び上がるユグディラ、そしてポチョムへと視線を送りつつ、言う。
 この三人と一匹が、奇襲と救助を担当する班として動くことになる面々だった。



 一部の面々は気をつけてはいたが、足並みを揃える、とは行かなかったようだ。バイクを駆る狼は拙速を優先した。絶体絶命の貴族のもとに、最速で駆けつけたハンター、という栄誉のためか――あるいは。
「へっ、上等じゃねえか!」
 そこに利を見てか、特に機速の劣るオウカ機に馬足を抑えて併走していたイッカクは、これ幸いと加速を命じ、狼のバイクと並走。
「……っ」
 マリエルの戸惑いは宜なるかな。足並みを揃えることを意識していたが、こうなると判断を要する。彼女はこの面々で唯一の治療手だ。つまり、前衛である彼らの側が最も有用な立ち位置ではある、のだが――見れば、マリエルの護衛として併走する紅媛もまた、判断しかねている。決定打である声が振ったのは、その時のことだった。
「お貴族様の乗ってる馬車の速度じゃ敵に追い付かれんのも時間の問題だ。急ぐのは、別に下策じゃねぇ!」
 叱咤するようなイッカクの声に引き出されるように、二人の少女は肚を決めた。振り返る先、オウカ機からも「構わん、先にいけ!」と応答が返る。ブーストを用いても、それでも届かない機動力の差は如何ともしがたいが、出来ることはある。
 それを示すようにオウカが銃器を掲げてみせると、マリエルのリーリー、紅媛のイェジドは共に速度をあげ、先行する狼とイッカクを追走した。


「特に気にしなくてよいでしょうなあ」
 隠密しながら進むにあたって、どのように行きましょう? と、本職であるポチョムに尋ねたところ、そのような返事がかえった。
「……なるほど、です……」
 暫しの後、唸る。入念に周囲の動向を伺いながら進んでいたからこそ、解ることがあった。

 現在、後続かつ奇襲を担う三名は、二手に分かれている。閏とポチョムが左方。テオバルトは右方から進む。
 丘陵の境目についた。閏が身を潜めつつ伺うと――敵は正しく、“餌”を追いかけていると知れた。馬車と、闖入者である人間、そして機体に向けられる敵意は明らかだが――潜んで進む自分たちには気づく気配もない。
「ふぁっ?!」
「……っと」
 ざり、と、歪んだ音が鳴り、閏は思わず悲鳴をこぼした。飛び上がろうとしたところをポチョムの大きな手に抑えられ、遅れて無線の音だ、と気づく。
『交戦を開始』
「……っ」
 閏は硬いオウカの声に、不安げに、戦場を見下ろした。



 前衛に狼とイッカク。やや遅れて、マリエルと紅媛が続く。
 先手を取ったのは、ハンターたちである。後方百余メートルの位置から、オウカ機の砲撃。前進しながら、 200mm4連カノン砲が鈍い砲声が響いた。
 しかし、だ。機動性を重視したデュミナスでは、射撃性能は望めなかった。200mmの威力は壮烈極まるが、至近での狙った位置への集弾が八割。この距離では三割を切る。
 では、200mmの砲撃の“残り、七割”は、どこに?
「……っ!」
 自らの横に突き立った土煙――『至近弾』に、狼が目を見開いた。声も出ないのは、車輪が浮くほどの振動であったからか。すぐに、危機意識が湧き上がる。このままでは味方に当たり得る――どころか、貴族の馬車にも当たりかねない。
 被った虚飾を振り払って、文句の一つでも言うか、と思った、その時だ。
「馬車を吹き飛ばしてェのか!!」
 大気を震わすほどのイッカクの咆哮が砲声を貫いたか、はたまた、着弾観測の結果か、砲撃は沈黙した。牽制にしても、リスクが大きすぎる。
「疾ッ……!」
 それらを尻目に、鋭い気息を放った狼が加速のままに、往く。下段からの切り上げの斬撃。絡繰刀は、焔を伴って最前を往き馬車に肉薄する黒鎧羊へ。当然ながら、こちらに気づいていた敵は反応してきた。刀と、大斧の激突。
「っ、硬い……!」
 強固な手応えに、呻く。返ってきた斬撃を刀身で受け流した狼は、馬車に振り返り声を張る。
「此処は抑えます。逃げて!」
「は、はいっ! しかし、数が……!」
「多少の傷は覚悟のうえです!」
 しっかりと、営業努力を怠らない狼少年である。
「こちらの護衛の者を無視して追いかけてきた歪虚です! ご武運を!」
「任せてください! 機体を目印に進んで!」
 ――ぐだぐだ言わずにさっさと行け!
 内心で吐き捨てていると、矢が飛んできた。黒鎧の向こうに居る赤羊からだ。その姿が、壁となる黒鎧たちの姿に呑まれた――その、直後のことである。

「ルゥゥゥゥァァア……ッ!」

 孤狼の如き、咆声。イッカクが咆哮と共に、黒鎧の群れへと突撃した。一体と斬り結ぶが、咆哮でその先にいる敵の注意をまとめて曳く。
 良手だ、と狼は感じた。なにせ、“赤色”への視界が通った。強引に、往く。そこから先は、乱戦となり、鉄火場だ。狼も、イッカクも、周囲の事にかまけていられなくなった。

「■■■ッ!」「■■」
 四匹いる赤羊のうち、狼に切り込まれた一匹以外が、何事か言葉を交わす。すると、敵方に動きが生まれた。紅媛はそれを確認しながら、マリエルの手を引いた。
「馬車を追う敵がいる。私たちは馬車の直衛に回りましょう!」
 半数は狼とイッカクを相手にこの場に留まるようだ。残る、半分の歪虚達は狼達の横を抜けて再加速。
「チィ……いかせる、かよ!」
 イッカクも追いすがり後方から斬りかかろうとするのだが――先だって切り込んだ動きの分だけ、全力で走る羊達に届かない。
「マリエルさん! 御者が怪我をしています! 治療を!」
「……はい!」
 狼の、“御者と中にいる貴族に聞こえるように”張った声で、マリエルは道行きを定めた。傍らを抜けた馬車を追うように、反転したリーリー。その後方に殿として紅媛のイェジドがつく。
「オウカのもとまで!」
 紅媛は短く言いつつ、イェジドの背を叩くと、主の意を汲んでイェジドが跳躍した。後方から飛来した矢――赤羊が放ったものだろう――が馬車に突きたちそうになるのを、刀で切り払う。
「…………もう少しだけ、辛抱を!」
 同時に、後方も見え、更に連なる矢を払いつつ、言った。馬車を先頭に、紅媛達、そして、馬車を追う敵集団、その向こうに、狼とイッカク。分断される形になった。
「危うい、状況ですね」
 同じものを見て、御者の治療を終えたマリエルは息を呑む。
 敵が馬車を追うのをやめて反転した場合、包囲されてしまう。
 イッカクたちもそれを分かっているのだろうが、半数を留めるために、命を、張っている。
「――無駄には、できない」
 誰ともなく呟いた、視線の先。オウカ機が、こちらへと向かって速度を保ち接近する姿に、救いを感じずには居られなかった。



「ひゅー、派手に行ったな!」
 テオバルトの呟きに、ぬ? と顔を上げたのは、此度の相棒であるユグディラだ。名前はまだ無いが、伏せながらの前進はなかなか堂に入っている。
 ついつい浮かぶ笑みと共に、思考する。転機はオウカ機との交錯、その瞬間にある、というのが閏たちとの共通認識だ。狼達の苦労ぶりを眺めるに、おそらく、多くが抜けるだろう、とも。
 ――なかなかに骨が折れるぜ、こりゃぁ。
 立ち合いで負けるつもりはないが、馬車を逃がすだけでこの大騒ぎ。先手でどれだけ、喰えるか。
「……タイミングは任せるぜ、閏」
 無線に、そう告げた。オウカとの連絡役でもあり、ポチョムが傍らに居る閏の合図を、待つ。


「ここからなら、問題ないな」
 オウカは誤射をしないと確信できる位置関係を得た後、砲撃を再開した。
 轟々と鳴る砲声を機体越しに感じながら、前進。
 馬車の後方についたマリエルが法術を編み上げた。光の奔流は、時期に不可視の壁となる。デヴァインウィルだと理解が追いついた所で、狙いを合わせた。壁にぶつかり、一瞬足が止まった敵に、砲撃を重ねた。的中するが、黒鎧は耐えてみせる。その間に、他の羊たちは迂回して突破してくる。
 その先には、法術の行使で足が鈍ったマリエルを背負う形で、イェジドから降りた紅媛が立ちはだかっている。
 ――十分な結果だ。迂回されたとはいえ、敵の圧はその分減る。
「オウカさん……!」
「……っ!」
 マリエルの声に曳き出されるように、オウカは空いた隙間に機体をねじ込んだ。
 魔導機関が出力を上げる。振るうは祢々切丸。CAMに長大な刀で、先頭の黒羊を斬り撫でった。高さと重量の乗った斬撃に、受けた黒羊が追跡経路から弾き飛ばされる。
「■■■ッ!」
 その後方を奔っていた赤色羊が何事かを叫ぶと、吹き飛ばされた者に加えて二体の黒羊と一体の赤羊と騎羊がその場に足を止め、マリエルと紅媛、オウカに相対した。
 残る黒羊2、赤色羊1、騎羊計三騎が馬車を追走するのを確認して、オウカは無線に「六体行った」と叩き込むと、すぐに『あとは任せてください』とすぐに返事があった。余力が無い中では、実に頼もしい。相対する黒鎧に斬撃を打ち込みながら、声を張った。
「紅媛! 鎧の奴は俺が抑える。赤いのを頼む。そいつが司令塔だ」
「――ええ! 白夜!」
 主の意を受け、この場に残った赤羊へと黒いイェジドが飛び掛かる。紅媛も追走し、切り結――ぼうとして、スキルが発動しない事に気づいたが、イェジドと組み合う赤羊の側面に、真っ直ぐに大太刀を付きこんだ。悲鳴と共に、アカイロの飛沫が舞う。
「マリエル!」
「はい……! 私は、あちらの援護に向かいます!」
 紅媛の声に即応したマリエル。僅かな視線の交錯で、深い位置にいる狼とイッカクまでの道が空いたことを確認してのことだ。
 二人の負担が過大にすぎると判断して、急ぐ。


「…………行きます!」
 馬車を追う、計六体の歪虚。その脇腹は、伏せていたハンター達にとっては実に、甘い獲物だったといえよう。両翼から、三人と一匹が同時に駆け出す。身を伏せたテオバルトとユグディラは、幻術の影響だろうが、唐突に湧き出たようですらある。
 紡ぐのは、地縛符――では、ない。同様の術式を用いてマリエルが突破されたのは見ていた。
「そのまま走り抜けて下さい!! 大丈夫、もう、怖くなんかありませんっ! ……」
 最後に小さな声で多分、と付け足しながら、馬車に告げつつ、マテリアルを編み上げる。
 その眼前で、ポチョムとテオバルトが疾駆。加速のまま、歪虚達の側面から、長剣と朱槍が舞った。アサルトディスタンスに依る挟撃。奇襲に対応できなかった歪虚達の足が思わず止まる。特に、軽装の赤羊は膝を突くほどの傷を負っている。

 それら、すべてを巻き込んで。
 敷かれた五枚の符の間に、光の瀑布が広がる。五色光符陣。高められた術技が熱となり、羊たち全てを灼く。
「まだまだァ……ッ!」
 テオバルトの気勢が轟いた。加速を強引に踏み潰して、復路に向き直る。そして――更に、アサルトディスタンスを見舞った。反対側、相棒のユグディラがカンカンと黒鎧の身体に剣撃を打ち込んでいる傍らで、ポチョムが同様の機動。交錯し、終点へと着く頃には、斬撃の衝撃から立ち直った黒鎧達が立ち上がろうとしていた。
 だが、それまでだった。
「――終わりですっ!」
 再び、五色の符が陣を為し――立ち往生する歪虚を、焼灼せしめた。安堵の息を衝く間も無く、走りだす。
「此処は危険だから、先に逃げときな!」
 テオバルトは御者へと向けて声を張るが、馬車は動こうとはしなかった。
「こっ、此処に要るほうが安全だ、と……!」
「……ほー」
 とどいた御者の、申し訳無さそうな声に、テオバルトは事情を推し量るほかなかった。ことが終えたらデュニクスへの護衛も兼ねさせるつもり、なのだろう。併走する閏に、小声で告げた。
「いけすかないヤツだな」
「……ええ、残念ながら……」
 閏としては、慨嘆と共に同意するほか、ない。あわよくば、と期待はしていたのだが。
 ――イッカクさんが嫌いな雰囲気ですね……。
 胃が痛くなること、この上なかった。


 ――ドレだけ斬った?
 そう、長い時間は経っていないだろう。黒鎧の攻撃は重いが、剣筋は素直だ。丁寧に受ければ、痛打は避けられる。
 それでも、だ。
「メェメェ、五月蠅ぇンだ、よ……!」
 数が多い。雷光の如く剣を見舞っても、それに倍する重斧が迫ってくるとなれば、如何に重装に身を包んだ鬼とは言え、その負担は大きい。
「、らァ……ッ!」
 黒羊を請け負うイッカクに対して、貪欲に赤羊を狙う狼が、気迫とともに、切り込んでいく。
 ――小兵だが、根性がありやがる。
 至近での奮闘ぶりに、闘争心に火が灯る。その意を汲んだか、イッカクの身を取り巻く雷光が、一段と勢いを増した。
「オォ……ッ!」
 突出してきた黒鎧の殲撃を側面から打払い、すぐさま鎧の隙間に刀を突き込む。手応えアリ。
「っし、漸く、一匹か……!」
 狼の狙いがバレたからか、赤羊は黒鎧を護衛に引き下げ、慎重策を取っているようだ。それは即ち、接敵当初は狂奔していた歪虚達だが、こちらの戦力をみるにつけ、動きを変えてきている、ということ。
「終わりは近ェ! 死ぬなよ、狼ォ!」
「……、はいっ!」
 何かを言いかけた狼だが、飲み込んだのか、素直な返事であった。
 その時の事だった。
「無事ですか!」
 少女の声と共に、いやに暖かな熱がイッカクの身体を包んだ。右も左も解らなくなるほどの混戦ぶりであったが――後方から届いた、法術だと遅れて理解する。
 失った血は戻らないにしても、驚愕するほどに、痛みが消えた。そうして初めて、傷の影響で動きが固くなっていたことに気づくほどだった。
 ――コイツが戻ってきた、ってこたぁ……。
 刃で黒羊達の動きを牽制しながら、思索する。
「あ、あの、僕も割りとギリギリで……っ」
「は、はい! 敵が多くて、順番にしか治療できなくて……すみません!」
 おどおどと声を上げる狼に、もう一度、治癒の法術を編むマリエル。形勢逆転、というには遠いだろう。だが、均衡は、成った。

 実に、憎らしいことに。イッカクの判断と、同時に、“敵”もそう判断したらしい。
「……チッ」
 追撃のために斬りかかろうとするが、全力で『逃げを打つ』羊型歪虚たちを止めるには至らなかった。馬車を追っていた速度よりも尚疾く、距離を取る。
 敵には弓がある。油断なく見張りながら、横目で、後方を眺める。こちらへと向かってくる機影と、ハンターたちの姿を捉え――イッカクは大きく、息を吐き、座り込んだ。
「……逃しちまったなァ、クソ」
 依頼――つまりは金を逃したも同然。吐き捨てたはずの言葉は苦味となって、鬼の臓腑へと染み込んでいった。


 撃滅がならなかったため、報酬減額か――と、思いきや。
「あ、ありがとうございます……!!」
「なァに、私は寛大だ! 働きに見合う報酬を払わぬ程貧してはおらんからな!」
 狼少年の、感激の声が響き渡る中、小窓を開けてゲラゲラと高笑いをする豪奢な衣装に身を包んだ中年。彼が個別に報酬を追加すると宣言した事で、場の空気が変じた。
「……」
「――イッカクさん」
「わーってるよ!」
 どれだけ、いけ好かない人となりであっても、金が絡むのであればイッカクにとっても不快さを呑み込むくらいはわけない。
「で? アンタは何で追われてたんだ?」
 ユグディラと共に周囲を見張りながら、テオバルトは世間話の体で問うと、中年男はじつにわざとらしく渋面を浮かべる。
「追われた理由は――大方、“どこぞの騎士団”の働きが不十分だからではないか?」
「……敵地をぶち抜いてきた、ってこと?」
 テオバルトは横目にポチョムを眺めながら言った。ともに戦闘を乗り越えた仲間を揶揄する口調に、つい、口が滑ってしまったのだが。
「そうなるな。ふん、まったく忌々しい……」
 そこから先は、周囲の人間など目に入っていない、完全なる独語であったのだが。

「領主たる私がデュニクスに帰った暁には、このようなことには絶対しないとも……」

 肥えに肥えた自尊ゆえにか。
 いやに、大きく響く言葉であった。

依頼結果

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MVP一覧

  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼ka4940
  • 義惡の剣
    イッカクka5625
  • 招雷鬼
    ka5673

重体一覧

参加者一覧

  • 聖癒の奏者
    マリエル(ka0116
    人間(蒼)|16才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    セセリ
    セセリ(ka0116unit001
    ユニット|幻獣
  • 和なる剣舞
    オウカ・レンヴォルト(ka0301
    人間(蒼)|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヤテンイチシキ センキ
    夜天一式改「戦鬼」(ka0301unit003
    ユニット|CAM
  • 献身的な旦那さま
    テオバルト・グリム(ka1824
    人間(紅)|20才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ニャンタロー
    にゃん太郎(ka1824unit002
    ユニット|幻獣
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼(ka4940
    人間(紅)|11才|男性|舞刀士
  • 義惡の剣
    イッカク(ka5625
    鬼|26才|男性|舞刀士
  • 招雷鬼
    閏(ka5673
    鬼|34才|男性|符術師
  • パティシエ
    紅媛=アルザード(ka6122
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • ユニットアイコン
    ハクヤ
    白夜(ka6122unit001
    ユニット|幻獣

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/01/28 22:49:21
アイコン 馬車を救いましょう!
閏(ka5673
鬼|34才|男性|符術師(カードマスター)
最終発言
2017/02/01 06:06:55