• 王臨

【王臨】政治的な軍事作戦 3

マスター:京乃ゆらさ

シナリオ形態
シリーズ(続編)
難易度
難しい
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~6人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/02/10 15:00
完成日
2017/03/08 21:10

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 王国騎士団、貴族諸侯、ならびにハンターへ告げる。
 我々は現時刻を以て、"古の塔"攻略戦を開始する。

      ――――グラズヘイム王国『現』王国騎士団長 ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトの檄文より

●新たな局面
 ウェルズ・クリストフ・マーロウは新聞に躍るその文言を見つめ、首を捻った。
 このところのリベルタース地方における王国戦力のなりふり構わぬとも言える動きと、この檄文が噛み合わない。
 ――リベルタースで戦功を挙げたいのではなかったのか?
 マーロウはひたすら紙面に視線を注ぐ。机の上にあったはずのカップを手で探し、それを口に運んだ。すっきりとした余韻を味わいながら思索を重ねる。
 ――ブレてはいない。軌を一にはしている、が。
 栄光ある千年王国がため。
 マクファーソンやグランフェルトが見つめる先にもそれがある。が、二人の足並みに乱れがあった。それは何故か?
 騎士団が――それもごく一部が秘密裡に動いたからだ。騎士団の何者かに大きな裁量を与えて解き放ち、忠犬が成果を持ち帰った。その企みにマクファーソンは関わっていなかった。だが膝元で行われたことに奴が気付かぬとも思えない。黙認していた?
 ――奴が黙って見ているとすれば……王女殿下が関わっておる、のか?
 王女殿下と騎士団が何かを見つけ、それを手中にした時のことを考え、マーロウは眉を顰めた。あれに力を持たせては、穢れの打倒如何に関わらず千年王国は混迷する。
「……あの理想主義、もとい夢想家どもめ。穢れに次いでたちが悪い」
 いずれ話し合わねばなるまい。そしてその時には、おそらく……。
 やがて訪れるであろう未来を想像し、マーロウは新聞を机に放った。
 何はともあれまずはリベルタースだ。
「『子ども達』に伝えよ。リベルタース西部へ入り、羊どもの毛を少しずつ刈り取っていけと」
「御意」
 これまで気配一つ見せなかった男が、間髪入れずに短く返答した。

「檄文は聞いたな」
 セドリック・マクファーソン(kz0026)が自らの執務室で淡々と尋ねる。室内にいるのはハンターたちや聖堂戦士団のザンハ、王国騎士団のシャイネ・リュエといった特殊作戦隊の面々だけ。
 彼らが首肯するのを見届け、続ける。
「これより王国は古の塔を攻略する――そうだ。面倒なタイミングで、と思わざるを得んがね」
「は、はぁ」
「ハンター諸君にはそちらに注力する者もいるかもしれんな」
「となると、隊はどうなりましょう」
 女騎士が堅苦しく先を促す。セドリックは顰め面を浮かべた。
「活動時間は、もはや幾ばくも残されていない。故に急がねばならない」
 無論これまでの働きを鑑みればそれなりの戦功はある。
 ハルトフォート砦ではゴーレム隊の調練に付き合い、近郊の廃村に巣食う雑魔を討伐した。砦より南東を東進していた影集団も背後関係は明かせなかったものの討伐は完了した。
 中部では町の救援要請に応えて強力な敵集団を殲滅した。
 西部にも偵察を行い、とある村に堕落者がいることを突き止めた。さらにベリアル軍の移動拠点らしき帆船を目撃し、堕落者らしき者が乗っていることを確認した。
 そして、西岸で島とベリアル軍本隊を目視した。「気配」という、ひどく曖昧ながら無視できないそれによれば、島の気配は小さく、逆に王国本土に居座るベリアル軍本隊は意気軒高だったという。
 近いうちに敵本隊も動き始めるのだろうが、実際の目で敵の様子をうかがい知れたのは重畳だった。
「諸君の戦功は上々だろう。軍事的には満足すべきだと思う。だが政治的にはまだ足りんのだよ。政治的パフォーマンス。民衆の胸がすくようなパフォーマンスが必要なのだ。言い換えれば娯楽だよ。刺激的な戦果が欲しい」
「娯楽、ですか……」
 それは堅物の女騎士には受け入れがたい言い方だっただろう。だがセドリックが隊を臨時編成したのは、初めからそれが目的だ。
 活動の猶予がなくなってしまった現状、今回の出動で決定的な何かを成し遂げてもらわねばならないのだから体面など気にしている場合ではない。
「改めて言おう。諸君には戦功を挙げてもらいたい。誰が聞いても大きな戦果を、可及的速やかにだ」

●提案の結果
 退室しかけた一行を呼び止めたセドリックは、引き出しから報告書を取り出し机上に置いた。
「ラーズスヴァンからの書簡を読んだ」
 それだけでハンターたちにはピンとくるものがあったらしい。
 僅かに姿勢を正した者の反応を見ながら、セドリックは「罰することなどないから安心しなさい」と前置きしてくつくつと喉奥で笑った。
「面白い献策だった。私とて貴族社会の煩わしさに頭を悩ませているのでな、楽しませてはもらった」
「そうですか。いっときの慰みになったのであれば幸いです、と言っておきましょう」
「私は『王国の』しもべなのだよ。その私が貴族に譲るものなど何一つありはしない。『王国は王女殿下の許にまとまらねばならんのだ』」
 珍しく饒舌になっているな、とセドリックは自嘲の笑みを浮かべた。
 こんなことは普段なら絶対に言えない。ましてや貴族の前でなど言おうものなら社交界は荒れに荒れる。
 今の宣言が、ハンターたちにどれほど通じたかは分からない。が、あんな献策をしてきた彼らに対しては、ただ拒絶するだけで終わりたくなかった。
「献策を受け入れられないことを謝罪しよう」
「いいえ。あくまで一つの案ですから」
 頷き、退室していいと促すと、彼らはぞろぞろと出て行く。
 扉が閉まる寸前、その向こうに王女殿下の姿が見えた気がした。それも心が弾んでいることを示すかのようにやたらふわふわと歩いていたように思える。
 ――少しは感情を隠しなさい。それだから隠しごとができんのだ……。
 セドリックは眉間の皺を深め、ため息をついた。

●胎動
『メ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛ェ゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛!!!!』
 その咆哮は何に向けた怨嗟か。
 言い知れぬ焦燥感と義務感と、承認されたいという欲求に突き動かされて魔砲を天へと放つベリアルには、この怨嗟がどこに向かっているのかも分からなかった。分からなくていいとさえ思った。
 様々な情動が渦を巻き、ベリアルという殻を灼き尽くす。どろどろに溶かされ、揺蕩う虚無と混じり合い、再び捏ね上げられて殻と成る。死と再生を繰り返す無限の揺りかごに抱かれ、ベリアルは極限まで肥大化させられた。
 豊かな体躯はそのままに、内に秘める虚無の闇のみが膨れ上がる。その内奥の力を確認した金羊は、魔砲の残滓を振り払って歩き出した。
『ブシ……ブシシシ……』
 矮小にして愚鈍なニンゲンどもを求めて……。

リプレイ本文

 砦には戦の直前特有の興奮と緊迫感が漂っている。
 叢雲 伊織(ka5091)はその雰囲気に浸りながら、体に吸い付くような装甲服や通信機を確認して破顔した。
 ――あれですね、リアルブルーのニンジャというやつみたいです。任務も潜入工作ですし。
 秘かに興奮している伊織をよそに、周囲は着々と準備を整えていく。
「村を救うその為に、帆船を制圧するわ。……必ず戻ってくるって、彼と約束したから。希望を持たせておいて裏切るなんて、できない」
 ラーズスヴァンに宣言するアイシュリング(ka2787)の袖からは、呪を綴られた包帯が覗いている。砦司令は矢継ぎ早に指示を出す合間に重々しく頷いた。
「おう。支援はいるか?」
「できれば砦の兵を借りたいものだね。無論そちらも手一杯だというのは判っているが」
「引き続きゴーレム隊に同行してもらいたい。遊撃任務よりはこちらの方が向いている筈だ」
 久我・御言(ka4137)とヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346)の申請に、ラーズスヴァンは渋面を作って首肯する。本音がありありと解る返答だがここは引けない。
「仕方ねえ。ただ人を寄越せってえ言われてりゃあ、ぶっ飛ばしてたんだが、お前らの伝手でも増援呼んでやがるからな……応えてやらんわけにいかん」
 御言に並び立つリュー・グランフェストと七夜・真夕、皐月=A=カヤマ(ka3534)に寄り添う陽菜=A=カヤマに視線をやり、ラーズスヴァンは嘆息する。が、そこに追い打ちをかけるのが皐月である。
「んじゃついでにベリアル本隊の監視にも人回してくんないかな。俺達につく人と別枠で」
「できるか! やるならお前らにつける枠から出せい!」
「りょーかい。ま、しゃーないなー」
「何でわしがケチくさい雰囲気になっとる……」
 いじける司令に、御言が胡散臭い笑顔で一礼する。
「いや、少しでも貸していただける事に感謝し、その度量を称賛しているとも」
「ハ、ありがとうよ、人攫いめ。お前らが帰ってきたら大司教サマに怒鳴り込んでやる」
 激励なのか恨み言なのか解らない捨て台詞を胸に、ハンター達は戦闘指揮所から退出し――、

「よろしければ廃村について教えていただけませんか?」
 ――ていなかったレイレリア・リナークシス(ka3872)が、さらりと問うた。
 目を剥いてレイレリアに向き直るラーズスヴァン。そんなに驚く事かとレイレリアは首を傾げる。
 ラーズスヴァンががりがりと頭を掻き、
「まあ、何だ。あー……砦の機密に関わる事でな。嫌な思い出もなくはないが」
 機密なら機密とすら言うべきではないでしょう。
 レイレリアは砦と廃村の位置関係を思い出しつつ、微苦笑して返す。
「無理には聞きません。が、必要な状況となった時は必要な人に教えてほしいと思います。それが、ハンターだったとしても」
「……うむ」
 いずれ訪れるかもしれない未来へ布石を打ち、レイレリアは貴族の娘らしい礼を披露した。

●作戦の地へ
 ――捕捉されるかもしれない。
 三度目となるデュニクスからの南西路だったが、アイシュリングは一行を先導しながら不意にそう感じた。イェジド――マーナガルムが駆けるに任せて肩越しに背後を見る。
 人が多い。それどころかゴーレム等の長身機体が複数いる。これではいくら警戒しても容易に見つかる。村までの道なら敵巡回も薄いとはいえ、流石に見逃されないだろう。
 見敵必殺、連絡される前に排除するしかない。通信機に呟く。
「戦闘の用意をしておいて」
「敵発見?」
「そうではないけれど……」
「……あー」
 同じくイェジドに跨る皐月が先頭に並ぶと、振り返って納得したように頷いた。これまで成功してきた行軍とは全く勝手が違う。
 ――少しでも起伏のある所を選ばなければ。
「できれば遠距離で隠密裏に仕留めたいな」
「えぇ」
「あーでも、連絡されてもそれはそれで陽動代りになるかも」
「ですが見つからないに越した事はありません」
 見ればいつの間にかレイレリアが真後ろにつけている。
「できるだけ斥候を放って参りましょう」
「まー、そーだな。んでもカバーできるんで気楽にって感じ」
 想定外ではあるが、皐月の案も悪くないように思えた。通報された後、再発見される前に村まで突き進めばいいのだ。
 善後策があるという事実にアイシュリングは安堵し、慎重かつ迅速に先導する。
 そして一時間強の行軍の後、じき村に到着するという段階で予想は的中した。

「九時方向に羊型歪虚が六」
 アイシュリングの警告にすぐさま反応したのは伊織。左にハンドルを切るや、前台座に固定した突撃銃の狙いを定めた。メェェと何やら叫びながら、敵は突っ込んで――こない。
 退いている。こちらの人数に臆したか、あるいは優秀な敵か。レイレリアのリーリー、アイシュリングのマーナガルムが接近、同時に呪を紡いだ。炎と氷、二つの魔力が渦巻くように発現する。
「あれを殲滅後、一旦隠れて時を待ちましょう」
「間が空くのなら丁度良い。帆船から誘き出した敵を逃さない仕掛けを作る時が欲しかったからな」
 ヴィント機エクスシアが機関銃を構え、しかしそれより先に敵側から鋭い疾風が押し寄せた。
 下草を刈るように伸びた不可視の刃が、一直線にこちらの半数を損傷させる。伊織と皐月が発砲。タタンタタンと小気味良い音が響き、羊の背後にパッと血飛沫が弾けた。腰から落ちて霧散する羊二体。直後リーリー――カナンを駆って肉薄した御言が鳥上から銃撃、さらに一体を消滅させた。
 残り一体。敵が背を向け走り始め――その背を、弾雨が貫いた。
「障害を排除した。依頼の遂行に問題はない」
 エクスシアが機関銃を軽々と扱い、未だ炎氷の余韻と土煙の舞う戦場を後にする。
 接敵から十秒足らずの速攻。だが羊の鳴き声が帆船に伝わっていれば、敵は釣られて出陣するかもしれない。同時に警戒が強まる可能性も高いが。
 ベリーハードに難易度変更じゃん、と独りごちる皐月に陽菜が爽やかな笑顔で、
「突撃あるのみ! ですの」
「いや俺釣り出す役だし。突撃しねーし」
 姉弟の心温まる会話を聞き流し、一行は素早くこの場を移動する。
 一旦村を過ぎ、帆船との間に広がる雑木林へ無事に身を隠し果せた一行は、誰からともなく腰を下し、息を吐いた。
 ヴィントが機体を降り、林の奥に目を向ける。
「この林で敵を迎え撃ちたい。カヤマ、拠点の場所について相談がある」
「りょーかい。んじゃテキトーに準備しつつ時間潰すか」
 林立する木々の向こう、帆船や村が俄かに騒がしくなる気配を感じながら、皐月は肩を竦めた。

●束の間の休息、そして
「良い機会ですから、マーロウ大公の手勢が紛れ込めばすぐ判るよう交流しておくのも良いかもしれませんね」
 レイレリアがその場を見回して提案すると、真っ先に賛同したのは御言だ。マーロウ云々を除いても交流しておくに越した事はない。
 駐機したGnomeやエクスシアの周りを、カナンが餌を探し求めて歩くのを眺めつつ、御言は遅い昼食の準備を始める。
「リューくん、真夕くん、君達を特殊作戦隊の面々に紹介する時間もなかったからね。二人とも、よく来てくれた」
「王国の為になるってんなら協力してやるよ、御言。口車に乗せられた感はあるけどな」
「貸しにしてあげるわ」
 気安く軽口を叩き合う三人の姿に、隊員も頬を緩ませる。
 そのうち約五十人がそれぞれ座り込んで戦闘糧食を食べ始めた。伊織はニンジャ気分でアイシュリングに忍び寄って微笑みかける。
「お姉さん、お姉さん」
「……」
「大戦果を挙げましょうね」
「……、そうね。できれば鹵獲を狙いたいところだけど」
「操舵室、船長室……謎の施設なんかありそうですよね」
 伊織の言葉に加えるように、近付いてきた御言が言う。
「私は機関室を目指したいね。もしも機械だったならば機導師たる私の出番だ」
 帆船がどんな原理で動いているのか解らない以上、『帆船』という外観に囚われすぎない方がいいかもしれない。
 そう考えた御言と正反対に、帆の破壊を第一としたのがレイレリアだ。傍に伏せたリーリーの羽毛に包まれ、帆船内部での行動を想像する。
 アイシュリングはやや目を伏せて熟考するレイレリアを見やると、不意に隣の伊織に目を移し、
「……私はあなたのお姉さんでは、ないわ」
 ぼそりと突っ込んだ。

 皐月とヴィントは屠殺場となる場所を選定する為の判断材料を求め、帆船側の林の外周に出向いていた。一網打尽にするには当然敵をまとめなければならない。となれば重要なのは誘引してくる道で、そこから逆算して罠を張る位置を確定するのだ。
 皐月がヴィントの双眼鏡を借り帆船の様子を窺う。
「俺が偵察しくじった体で敵に見つかって、この間を抜けて逃げるとする。敵は素直にこのまま追ってくるかな」
「村に繋がる小道を通って先回りする者もいるだろう」
「んじゃ小道側から林の中に分け入る位置を誘導してみるか」
 逃げる速度を調整し『相手が先回りできると判断して道を外れる地点』を操る。ゲームの敵AIの行動を誘導する感覚で、皐月は考えていく。
 林内を歩き回り、少しずつ場所を絞る。
 地道な作業を続けるうちに気付けば林は夕闇に包まれていたが、おかげで屠殺場を決める事ができた。後はGnome班と相談して仕掛けを作るだけだ。
「状況が変らなければ、決行は明日の夜明け前になりそうだな」
「仮眠したいからなー。あとやっぱりベリアル本隊の方の偵察もしてほしいし」
 隊員には村の救援とベリアル本隊の偵察を頼み、帆船はハンターとゴーレム班の少数精鋭で臨む。
 そんな全体的な振り分けまで思考を広げながら二人は仮の野営地まで戻り、束の間の休息を楽しんだ。

 ――そして十時間後。
 払暁より早く、特殊作戦隊は行動を開始した。

●幕開け
 帆船突入班は宵闇の中で東西――村の解放とベリアル本隊偵察――へ出発する二班を見送ると、慎重に船尾側へ回り込んだ。
 開口部は閉まっている。振り仰げば甲板の端が見えるが、中央の様子は解らない。甲板に飛び込んだ場合、最悪敵集団のど真ん中に降り立つ可能性がある。
「陽動を待ちましょう」
 レイレリアはリーリーの傍でじっと伏せる。
 土も空気も冷たい。ふとした瞬間に体が縮み上がる。
「早く攻め込みたいものです」
「作戦開始は陽動次第だからね」
 御言が苦笑を漏らした、直後。
 耳を聾する警笛が響き、帆船が煌々とした光を撒き散らした。
 急に息を吹き返したような騒がしさ。レイレリアは中腰となって時を待つ。マーナガルムの鼻を撫でるアイシュリング。短剣を抜く伊織。レイレリアが帆船を眺めていると、鈍い音を立て船尾が開き始めた。
「釣れる……?」
 できるだけ大量に敵が釣れてほしい。
 誰もがそれを願って見守る中、敵は開ききらないうちに溢れるように飛び出してきた。次々と出撃していく敵。その多くは人型で、もしかしたら全て堕落者かもしれない。などと考えていると今度は甲板から直接飛び降りてくる者達まで現れた。暗闇で影しか見えないが、こちらは羊型歪虚らしき形だ。
 思ったより数が多い。暫く眺めてやっと敵影がなくなり、林の方で派手な音が聞こえた頃、レイレリアはリーリーに騎乗するや、
「突入開始です」
 星に向かうかの如き大跳躍を敢行した。

 イェジドに騎乗し『迂闊に』帆船に近付いた皐月は、予定通り警笛が鳴った事で僅かに口角を吊り上げた。
 侵入者を浮き彫りにするように帆船が光を放つ。捕捉された皐月は慌てふためき、敵が地上に出てきたあたりで死に物狂いで林へ逃げる――ように見せかける。
「くっ、しまった!」
 なんて言ってみたら妙に面白くなってきた。調子に乗ってやたらと火竜票を放ってみたりして背後を見れば、敵が列となってすぐそこまで迫りつつある。
 ――どんだけ無能に見えてんのかな、俺。
 醒めたツッコミが脳内に溢れるが、イェジドを操り木々を抜ける速度は変らない。追い付かれそうになっては引き剥がし、離れては肉薄される。そんな逃走劇を二度繰り返した時、右手の木陰から羊が飛び出してきた。
 組みつかれ、右肩に噛みつかれた皐月はしかし、右肘で腹、左掌底で顎を打ち抜き剥ぎ落とす。直後、至近距離からメェェと咆哮が轟いた。
 もう充分か。腿を締め一気にイェジドを加速させた皐月は、小さな広場を駆け抜けた。
 敵先頭が広場に入り、疑問すら抱かず追ってくる。そのうち羊型だけでなく人型まで広場に差し掛かり、流石に足を止めた――瞬間。
「撃て」
 広場の左右から、木々ごと敵を粉砕する砲撃が放たれた。

 リーリーが空を駆け、イェジドが舷側を跳ね上がる。
 二つの獣が甲板へと進出するのを見届けた御言は、不意にガコンと鈍い音を聞いた。首を傾げて辺りを見回す伊織。直後『それ』に気付いた御言は、伊織の手を引き帆船へ駆け出した。
「急げ! 閉まる!!」
「な、何が……あぁっ!?」
 懸命に足を動かす二人の前で無情にも閉まり始めた開口部。慌てて伊織が速度を上げ、隊員が追従する。カナンに飛び乗った御言が最後尾につくと、遅れそうだった隊員を押し入口へ走らせる、走らせる、走らせる!
 そして再び扉から音が響いた時――果たして御言達は滑り込むように内部へ侵入していた。
 伊織が荒い息を吐き苦笑する。
「時を置いて忍び込むつもりだったんですけど……流石に開けっ放しにはしませんよね」
「機導の知識で開閉できたかもしれないが、不確実だったからね。開いているうちに入るべきだろう」
 しかし、と御言が顎に手を当てる。
「忍んで動くとなれば暫しここで隠れているかね? 甲板の彼女らと私がいれば残った敵も引き付けられよう」
「お願いします。制圧場所は話した通りに」
 うむ。柱の陰に隠れた伊織に笑みを投げかけ、御言は隊員と共に通路を歩く。
 内部は普通の帆船のように見えた。
 一見して木造の通路。船として考えれば幅と高さに余裕がありすぎる程に広いが、サイズ以外は普通だ。木の匂いが快く、負のマテリアルの気配はない。これだけの木をどこで伐採し、乾燥させ、誰が作ったのか。謎の技術か、それともやはり虚無から生まれた『一個の』物体か?
 御言の興味は尽きない。機械らしき物があれば機導の技が使えるか試したかったが、機械と思えない物だらけだ。
 コツ、コツと小さな音。御言と隊員はすぐさま近くの扉に飛び込み息を潜めた。音が近付き、扉の前を通り過ぎ――ない。
 ――偶然か、それとも探知されているのか……。
 軋む音。扉が開かれる。
 瞬間、カナンが頭を前に全力で突進した。
「こちら久我御言、これより戦闘に突入する。せいぜい敵を引き連れ機関室へ赴こうではないか!」
 通信で呼びかけるや、御言は拳銃の引鉄を引いた。

●探索模様
 月光を背景に天から甲板を睥睨したレイレリアは、渾身の魔力を込めた深紅の魔杖を振り下した。
 甲板上に生まれる紫の結界。数人の堕落者と羊達が左右に首を振り、上空のレイレリアに気付いた瞬間、結界はずるりと溶けるようにその力を解放した。
 耳を塞ぎたくなる痛々しい静寂。長く高い跳躍から甲板へ着地し、アイシュリングのイェジドが舷を登ってきて尚、その紫に彩られた破壊は続いていた。
「恐ろしい威力ね……」
「撃破に拘らず場を乱す事を優先しましょう」
 アイシュリングが眉を顰め、イェジドから降りる。同じくレイレリアも下鳥すると、甲板で重壊に巻き込まれなかった敵へ幻獣を向かわせた。暗くて見づらいが船首側に二体、船尾側に一体、中央に重壊で仕留めきれなかった影が四体程か。船の前後が高くなっており、中央が最も低い構造だった。
 リーリーを船尾、イェジドを船首へ送り、魔術師二人は中央へ向き直る。直後、鋭い突風が駆け抜けた。
 咄嗟に身を屈めて耐えるが、見る間に肌は引き裂かれていく。横転して抜け出たアイシュリングが氷嵐を放つ。断末魔の如き金切り声が聞こえたが、未だ動く影は健在。勘で左へ駆けながらレイレリアは火球を放り込んだ。
 一瞬の輝きと衝撃波が辺りに拡がり、レイレリアの網膜に雲散霧消する敵の姿が焼き付いた。
 突風が唐突に消える。リーリーの様子を見ようとしたレイレリアはしかし、飛来する何かの気配を感じ取るだけで精一杯となった。
 胸の前に杖を構えた瞬間、強烈な衝撃が杖を伝い体を震わせた。たたらを踏んで後退、中央に目を向けると、船内から一筋の光が甲板に差し込んでいるのが判る。そしてそこから現れたのは、
「……悪魔」
 自然とそう零れる程、自然ならざる――隻腕の黒鬼だった。
 漆黒の肌に描かれた禍々しい紅の線。流線形の顔には目も鼻も口もないように見える。などと観察するうちに悪魔が右腕を振るうと、身構えたレイレリアの傍でアイシュリングが呻いた。
 何かを投擲している。あるいは負の力そのものか。
 レイレリアが火杖を握り締めるや、
「『私達の目的を』果たしましょう」
「っ、多少の損傷は仕方ないわね……」
 意図を汲み取ったアイシュリングと合せ、炎氷の旋風を叩きつけた。
 ――中央に聳える、帆柱に向かって。

 一つ、二つと轟音が響く。
 伊織は独り音と振動を感じながら、静かに時を数える。
 潜入工作において最も重要なのは機を待つ事だと伊織は思う。陽動班が敵を誘き出し、甲板の二人と御言が残る敵の目を引き付ける。その後に生まれるのは大きな間隙だ。
 ――そろそろ……?
 音が途絶え、物陰から出ようとしたところで一際強烈な振動が船を揺らした。慌てて隠れ、辺りを窺う。五秒、十秒と待っても敵影はない。伊織は探索を開始した。
 目的地は船長室。その性質上、普通に考えれば上層にある筈だ。伊織は通路の壁を見ながら階段か梯子を探す。
 時間差潜入は奏功したようで、伊織は全く接敵する事なく階段を発見した。角から様子を窺い、中腰で階上へ。段にへばり付いて上の通路を覗き見、ここにも敵影がない事を確認したら近くの柱の陰へ滑り込んだ。
 ――ニンジャ気分は楽しいけど、少し寂しいですね……。
 戦闘がないのは望むところだが、ここまで人気がないと他の突入班に負担が傾きすぎているかもしれない。
 ――早く行かないと。
 陰から飛び出した伊織は一気に通路を駆け抜け、別の階段に辿り着いた。そのまま上り――背後から、物音が聞こえた。
 バッと振り返る。通路に異常なし。いや、階段脇の扉が半分開いている。突撃銃を構えると、敵を見つけるより早く足下で小爆発が起った。細かい破片を浴びながら階下へ飛び降りる。前転して着地、跳ねるように扉へ向かうや内部へ撃ちまくる。
 暫くして反撃がない事を確認すれば、伊織は脇目も振らず階段を上った。
 そこはこれまでの二層と違い、狭い通路が左右に伸びていた。止まる事なく直感で左へ。突き当りを船首側へ折れて道なりに進むと、妙に装飾された扉に行き当った。
 ――船長室? 客室かな?
 こんな船で『客』って何だろう、などと思いつつ伊織は扉に手をかけた。
 鈍い、衝撃。
 視線を落すと、扉の向こうから突き出された直剣が胸を貫いていた。

「随分派手にやっているようだが、助力は必要かね?」
『――んだい――せん。前衛――リーリーとイェ――にお願いし――ます』
 途切れがちな無線から聞こえてくる声と戦闘音。御言は一つ一つ扉を開けて機関室らしき何かがないかを探りつつ、各所との通信を密にする。
 不意に単体で遭遇する羊型歪虚にはカナンに騎乗した御言を中衛、隊員の闘狩人を前衛、聖導士を後衛とした連携で対処する為、安定感はある。が、今のところ機械が見当らないのが不安材料だった。
 ――伝波増幅してなお通信が不安定という点を鑑みれば、やはり船体が負のマテリアル製なのか?
 だが仮にそうだとしても、船体下の黒波を発生させる物があるのではないか。あれを止めるのは意味がある筈だ。
 御言は侵入した階層を隈なく探していく。
 黒波発生装置があるとすればどこだ。リアルブルーの『機関室』として考えれば下層中央にありそうなものだが、艦尾側から探索して中央を越えたであろう今も発見できていない。
 そうして地道に調べていた御言は、四十分の探索の末にそこに行き着いた。
 船首側、最先端。壁面の腰の高さに丸く備え付けられたハッチ。
 通気口のようなそれは、下層に残された最後の未探索区域だった。故に御言は先頭に立って取っ手を引いた。ぎぎ、と耳障りな音。覗き込んでみると、中は両手を広げて少し余る程度の小部屋だった。薄暗いのに目が痛い。ブラックライトを照射した蛍光塗料の如き灯りが部屋を満たしている。
 そして正面の壁に黒い宝玉が埋め込まれていた。
 ――ここから銃撃する、か?
 できれば機導技術で掌握したい。そう考えた御言は、通路にカナンを待機させ一人で穴を潜った。何事もなく侵入を果たし、一度部屋を見回す。異常なし。
 黒球に触れる。球から溢れ出た黒い影が腕を侵食した。

●戦闘模様
 西から轟音が響き、村が騒然としてきた。
 リュー、陽菜、真夕と隊員達はその様子を林の中から観察し、まず敵の姿を探す。
 すぐにでも乗り込んで村人を安心させたいが、堕落者がいた場合は速攻で倒したい。事前に炙り出す小細工をするよりは作戦決行に合せた方が良いと、三人は考えた。何故なら、
「出てきましたわ!」
「『村の支配者』らしいからな。変事があれば統率せざるを得ないだろう」
「まずあれを撃破、そして避難ね」
 支配するなら村人を押えつけねばならない。近くで戦闘音が聞こえれば堕落者が浮き彫りになるのは当然の事だった。
 三人が林を飛び出す。隊員二十人が続くと、こちらに気付いた堕落者四人が応戦態勢をとった。
 一人が腕を振れば払暁の暗闇に煌く何か。咄嗟に半身となるリューだが躱しきれない。左腕に痛み。認識した瞬間、くらりと意識が混濁した。
 毒か?
 歯を食いしばって耐えたリューが肉薄、敵二体が腕を伸ばした時、暗闇に一条の光が迸った。光の残滓を纏いリューに追従する真夕。その脇を陽菜が追い越し、リューと陽菜が堕落者の懐に踏み込んだ。
「残念やったなぁ? あんたら、ケツに火ぃついてんで!」
 一閃。陽菜の斬撃が敵に吸い込まれ血煙が舞う。するりと体を入れ替え、袈裟に斬り捨てた。
 一方裂帛の気合と共に打ち込んだリューは、一撃で敵を両断して周囲に呼びかける。
「俺はリュー、リュー・グランフェスト! 王国と友の依頼で来た!」
「約束通り王国が助けに参りましたわよ!」
 この状況ではアイシュリングが接触した青年を探す必要もない。二人の呼びかけに「おぉ」と声が漏れる村人。彼らを庇うように隊員達が動けば、真夕が合流して三人一組となったリュー達が残る堕落者二体に向き直った。
 じりと後退る敵。その腕が動――、
「遅い!」
 機先を制したリューの斬撃が敵の体を斬り飛ばす。直後、至近で光が爆発した。
 盾を翳して目を守るリューと陽菜。同時に真夕は地壁を作って光を遮ると、壁横から雷撃を狙う――が。
 それより早く、最後の敵はそのまま光と音を撒き散らし爆発した。
「なっ!?」
 最至近で直撃したリューが吹っ飛び、陽菜が盾の裏で踏ん張る。村人の前で壁となっていた隊員達が各自防御すると、後に残ったのは破壊の余韻だけだった。
 血痕も肉片も何もなく、ただ爆発した跡だけが大地に刻まれている。
「ッてえ……まさか自爆するとはな……」
 苦痛に顔を歪めて立ち上がったリューだが、その身に大きな怪我はない。その強靭な肉体に村人は唖然とし、少しずつ乾いた笑いが拡がっていく。
 不快ではないが決まりの悪くなったリューは、苦笑して村人に呼びかけた。
「一旦避難してくれ。これから大きな戦が始まる。いずれ王国が勝利し、ここに戻れる日が来る。それまで砦で耐えてほしい」

 爆煙。
 殺傷範囲に設定した広場に両側面からの砲撃が加えられ、瞬く間に黒白の煙が充満した。
 ヴィントはエクスシア機内でカメラ越しにその様子を眺め、キャンディを奥歯で砕く。
「確実に殺す」
 ペダルを踏めば横へステップする機体。同時にスラスターを噴かせるや、ヴィント機は敵縦列の背後へ襲い掛かった。腰溜めに機関銃を構えて発砲。フルオートでばら撒かれる弾幕が一直線に縦列を貫き、敵は算を乱して左右へ散――る事が、できない。広場と木々の境、闇に潜むように土壁が左右を塞いでいる。
 土壁に阻まれ、あるいは激突する敵の姿は喜劇のようで、ヴィントは薄く口角を上げた。
 Gnomeの工事で左右を塞ぎ、前後を皐月とヴィントが締める。大規模な建築ができるか解らず、列となるであろう敵集団を全て仕留めねばならない。それらを考えて結果がこの『拠点』だった。
 ――刺激的な戦果、か。この光景を録画できればよかったかもしれないな。
 ヴィントは作業のように撃ちながら大司教の言葉を思い出す。娯楽。言わんとする事は解る、が。
 ――仮にも神に仕える者が言う台詞とは思えない……。
 世俗に塗れた物言いは解りやすく、無理難題を吹っ掛ける依頼人よりは良いのだが、どうにも眉を顰めざるを得ない。無論それで仕事の手を抜くなどという事もないのだが。
「カヤマ。問題ないか?」
『今待機中。煙が薄くなったら突入するかな』
「了解。離脱する敵を最優先で殺してくれ」
 弾幕。時折交じる曳光弾がパパッと光の軌跡を描き、その度にヴィントは微修正していく。
 無数の弾が腹に吸い込まれ霧散する羊。脚が千切れ飛び転倒する堕落者。腕で弾を防ぎ翼を広げる歪虚。咄嗟に歪虚へ狙いを変えたヴィントはしかし、土壁上に退避した歪虚から放たれた光線に胴を貫かれた。脇腹を掠めて背後へ抜け、木に着弾する光線。高熱で溶けた木をカメラに捉え、ヴィントは舌打ちする。
「羽持ちに注意。反撃される可能性がある」
『そっちにもいる感じ? 今こっちも喰らった。数はほぼいなさそうだけどアレ先にやるか』
 前進、弾幕で羊と堕落者を削りながら壁上の敵を見据える。紅一色の瞳が闇に光っている。一条の光が機体足下の土を抉った。狙いは甘いのか?
 ヴィント機が一気に壁上へ跳び上がる。敵。暗闇の中で嗤った表情が何故か判る。着地、同時に前へ。腰を落し腕を引く敵。構わず間合いに飛び込むと、ヴィントは一つのシステムを作動させた。
 より鋭く、繊細に。ヴィント機が生身の如き挙動で機関銃の銃床を敵へ叩きつける。
 腕で衝撃を殺す歪虚。右脚を蹴り出すヴィント機。その脚へ拳が叩き込まれた。衝撃を透し、内部を破壊するが如き拳打。生身で直撃すれば吹っ飛ばされていたであろうそれを、エクスシアは平然と耐え抜いた。
 大上段から銃床を叩きつけると膝が落ちる敵。脳天に銃口を押し付けたヴィントは、
「羽持ちの排除を完了した」
 無造作に引鉄を引いた。

 イェジドを駆け回らせて羊と堕落者の離脱を阻止する皐月は、一体の歪虚に縫い止められていた。
 光線。側転して回避を狙うが腹に灼ける痛みが走り、皐月は体勢を崩した。転がりながら応射。ターンという銃声は機関銃をぶん回すヴィント機の音にかき消される。
 直立したまま光線を定期的に放つ敵に、皐月はなかなか近付けない。接近しては後退される繰り返し。時間の空費だ。拙い。
 ――どうすっかな……。
 光と鉛の銃撃戦を交す傍ら、皐月の視界には時折イェジドが映る。
 順調に羊を狩る姿は牧羊犬のようだ。狼だが。
 とぼんやり思っていたら、ふとその相棒と目が合った気がした。が、次の瞬間には相棒は羊を追って煙の中へ向かっている。皐月は僅かに目を細め、次の光線に合せて凍弾を撃ち込んだ。
 羽ばたいて回避する敵。回避先へ発砲する皐月。それすら躱した敵は絶好機とばかり腕を掲げた。光を集め、そして振り下す――、
 瞬間、敵体勢が崩れた。見れば敵の脚にイェジドが喰い付いている。
 ――よくやった。
 皐月は丁寧に銃を肩付け、地に引き摺り下された歪虚の頭を撃ち抜いた。一、二、三発。撃つ度にびくびく跳ねた敵は四発目でやっと消滅に至った。
「……耐久高すぎんで、お前」

 蛇の如く腕に巻き付いたそれを、御言は剥ぎ取る事ができなかった。だから、黒球に接射し続けた。
 締め付けられる右腕。左手で龍銃を三度四度と発砲し、手首の返しでスイングアウト。口と片手で再装填する間に攻性防壁を構築して侵食を留め、装填と同時に撃ちまくる。
 黒球が蠢く。締め付けが緩む。体ごと腕を引くと、ゴリゴリと嫌な音を立てながら距離を取る事に成功した。
 ズタズタに破壊された右腕に顔を顰め、御言は穴の傍まで退く。獲物を探すように影手を伸ばす黒球だが、影の動きはそう速くない。
 ――球本体に移動能力はないのかね?
 できれば部屋の外から一方的に撃ちたい。が、流石に穴を潜って脱出する隙はないだろう。それなら……。
「外の諸君、すまないが穴から黒球に牽制してくれないか」
「了解。お前は大丈夫か? 骨の砕ける音がしたが」
「誰に物を言っているのかね? 問題などある筈がなかろう」
「そ、そうか……」
 御言が穴からの射線を開け、隅で影を躱すうちに洋弓が球へ放たれた音がした。合せて銃撃していると黒球に亀裂が入り、パキと呆気ない程に軽い音を立て霧消していった。
 御言が腕の痛みを堪え、隊員に入室を促す。
 改めて球のあった所を見れば窪みがあり、そこから黒い導線が伸びている。全周に広がるそれは途中から壁内に埋まっており、どこに繋がっているのかも判らない。
 ――機導を試してみる、か……。
 見るも無残な肉塊の如くなっている右腕は、気にしない事にした。

「どのように動いているか知りませんが、帆は破壊しておくに越した事はありません」
 圧倒的な破壊によって中央の帆柱が轟音を上げ折れていく。
 甲板に当って一度跳ね、地に落ちて霧散する帆柱。船体も歪虚だったのか、とレイレリアは思った。
 ――船体からは歪虚の気配を感じませんでしたけれど……。
 その時、船尾にやっていたリーリーが戻ってくる。騎乗しかけたそこに迫りくる暴力の気配。咄嗟に杖を振れば強烈な衝撃が走り、レイレリアは抗しきれず鳥上から飛ばされた。
 甲板を転がりながら追撃に備えるレイレリア。直後、氷嵐が敵を襲う。
「走って」
 言われるがまま、リーリーに乗り直し船首側へ。アイシュリングとレイレリアが合流し、中央に居座る敵を見据えた。
「帆柱を倒した時点で最低限の役割は果たせていますけれど、あれは何とかしたいですね」
「明らかに堕落者ではなさそうね……情報を引き出せればよかったのだけど」
 マーナガルム上で思案するアイシュリングだが、戦えとばかり射出された不可視の何かが彼女を襲う。腕に直撃するも辛うじて落狼を免れたアイシュリングは、べったりとマーナガルムに抱き着き的を減らす。
 氷嵐は使い切った。ならばと放つ眠りの雲。暗闇に広がる雲は美しいが、敵に効いた手応えはない。マーナガルムを突っ込ませようとし、それより早く黒鬼が飛び出してきた。退避――できない。勢いままに突き出された腕がマーナガルムの顔面を捉える。
 ぎゃう、と鳴いて嫌がるが、狼は堅牢だった。有り余る生命力を示すが如くすぐさま反撃に転じるマーナガルム。身を捩って獣鎌で斬りつけるや、怯んだ敵へお返しとばかり顔面から突進した。ドリルが敵の腹を貫く。
『――――■■■!!』
 黒鬼の絶叫。警戒してマーナガルムが退いた瞬間、怒涛の如く火球が迸った。
 薄闇に飛翔する紅蓮の球。轟音が連続し、耳が痛くなった頃、絶叫が消えている事に気付いた。
 アイシュリングが眉間を押えて恐ろしい魔術師に近付く。
「もう終っているわ……」
「危険な敵でしたから、念の為です」
 では甲板から周辺警戒でもしておきますか、と船尾へ向かうレイレリアに、アイシュリングはたっぷり間を空けて「私は内部を探ってみるわ」と返した。

 熱い。
 胸に生える剣を見て遅まきながら感じたのは、ただ熱いという事と、強烈な異物感だった。そして意識した途端に痛みがやってくる。
 声にならない呻きを溢し、せり上がってきた血を吐き出しながら伊織は体を引いて剣を抜く。膝をつきかけ、しかし直感を信じて後ろへ跳ぶと、直後に鼻先を剣が掠めていった。
 ――態勢を立て直す……!
 退いて退いて、さらに退く。距離を取る間もなく追ってくる敵の姿を観察する余裕すらなく、伊織は流れるように階段まで退いていく。が、階下へ移動する事はできない。何より下りる動作が隙になる。
 ではこのままぐるりと回り込むように退き続けるか?
 いや、と伊織は否定する。未探索の場所にこの状態で行けない。打って出る。それしかない。
「ふっ!」
 変らず退く――と見せかけて前へ踏み込む伊織。振り下される剣の軌道を短剣で逸らし交錯、体を入れ替えて振り向くや、銃弾をばら撒いた。
 退きながら撃つ。撃ちながら退く。気付けば背後すぐ傍に先程の豪奢な扉が迫っている。
 埒が明かない。
 焦れる攻防の流れを突如として変えたのは――船内に似合わぬ狼だった。
 通路を駆けてきた狼が背後から敵を強襲、首筋に喰らい付いたところで伊織が撃ちまくる。銃声。連綿と続く銃声が耳を聾し、頭がくらくらとした時、通路の先からアイシュリングが姿を現すのが見えた。
「無事――し――?」
「はい、何とか」
 きちんと言えたかどうかも解らない。
 伊織が手振りで耳の状況と豪奢な扉へ向かう事を伝えていると、不意に警笛が鳴った。
 異常事態かと身構えるが、次に聞こえてきたのは、

 ――この船は我ら王国が制圧した。言葉の解る者は直ちに降伏せよ。直ちに抵抗をやめたまえ!
 ――勇敢なる王国の民よ! よくぞここまで耐えてくれた。これは我らと諸君、全員の勝利である!

 どこで何を見つけて利用したのか、御言の勝利宣言であった……。

 ………………
 …………
 ……

●終りと始まり
 王都イルダーナ、王城。大司教の執務室は沈黙に包まれていた。
 ぺらり、ぺらりと捲られる資料の音が時間を動かしているような、重々しい空間。
 どれだけ経ったのかも判然としなくなる永い沈黙を経て、大司教が口を開いた。
「ふた月に渡る依頼、ご苦労だった」
 眉間に皺を寄せ、資料に目を落したまま労う大司教。その声色は不満足である事を示している。
 レイレリアが貴族らしい笑顔で、
「大司教にはご満足いただけなかったかもしれませんが、一定以上の成果はあったものと存じます」
「……いや、悪くはなかったと思っている。特に君とそこの――カヤマ君の働きは大きい」
 関係者を砦の宴に留め、その隙に大司教から戦果を流すよう依頼したレイレリア。帆船制圧と村救助という戦果は号外新聞を飾る『娯楽としては』少々お堅いが、真っ先に新聞に流した意義は大きい。
 そしてベリアル本隊の動向を探るよう隊員に頼んだ皐月。戦果に付随する形で「我々王国は敵本隊を偵察した」と報告できた事は、結果的に大きな戦功となっていた。
「報告によると偵察に向かった先でマーロウ大公の私兵と遭遇したそうだな」
「帆船の方に来ると思ったけど、そっちとはなー」
 出し抜かれるところだった、と皐月は軽薄に笑うが、大司教としては笑えない。この一手がなければ相手の動きが読めず、既に前回偵察していたこちらを差し置いて向こうが一番に本隊を探ったなどと喧伝されるところだった。
「やっぱ本隊攻めた方がよかったかな。多分きつい事になってたと思うけど」
「……ベリアルの鼻面でも殴り飛ばしてカメラに撮っていれば、国民はみな快哉を叫んでいたであろうな」
 困難であった事も解っているが。
 口惜しいとばかり口角を歪める大司教に、この国のベリアルへの恨みの深さを悟る。
 微妙な雰囲気になったところで、大司教は資料を置いて微笑した。
「ともあれよくやってくれた。おそらくベリアルは近いうちに動くだろう。今後も諸君がハンターとして協力してくれる事を願っている」
 それは、どうしても裏を感じずにはいられない黒い笑顔だった。

<了>

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 7
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 這い寄る毒
    皐月=A=カヤマka3534
  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシスka3872

重体一覧

参加者一覧

  • 未来を想う
    アイシュリング(ka2787
    エルフ|16才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    マーナガルム
    マーナガルム(ka2787unit001
    ユニット|幻獣
  • 這い寄る毒
    皐月=A=カヤマ(ka3534
    人間(蒼)|15才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イェジド(ka3534unit001
    ユニット|幻獣
  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシス(ka3872
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    リーリー
    リーリー(ka3872unit001
    ユニット|幻獣
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言(ka4137
    人間(蒼)|21才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    カナン
    カナン(ka4137unit002
    ユニット|幻獣
  • 双星の兆矢
    叢雲 伊織(ka5091
    人間(紅)|14才|男性|猟撃士
  • 白腕の13
    ヴィント・アッシェヴェルデン(ka6346
    人間(蒼)|18才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    スコーピオ/マキナ
    【Scorpio】マキナ(ka6346unit003
    ユニット|CAM

サポート一覧

  • リュー・グランフェスト(ka2419)
  • 陽菜=A=カヤマ(ka3533)
  • 七夜・真夕(ka3977)

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
レイレリア・リナークシス(ka3872
人間(クリムゾンウェスト)|20才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/02/10 10:28:34
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/02/08 08:30:44