ゲスト
(ka0000)
【王臨】きみが世界に生まれた意味を
マスター:藤山なないろ
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
- 1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2017/02/17 19:00
- 完成日
- 2017/03/03 18:23
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●きみが世界に生まれた意味を
「は……はッ……」
ユエル・グリムゲーテ(kz0071)は、立ちはだかるゴーレムを叩き伏せ、額を伝う汗を拭った。
「皆さん……お怪我は、ありませんか」
上がった息を落ち着けるように、ゆっくりフロアを歩きつつ周囲を見渡す。
そこには、ハンターと一人の女性の姿があった。
──遡ること少し。
「王国騎士団、貴族諸侯、ならびにハンターへ告げる。
我々は現時刻を以て、“古の塔”攻略戦を開始する。
この塔には、古より禁忌とされた兵器“ゴーレム”が多数確認されている。
我々は、王国のより一層の発展を前提に、それらの核の回収を目的とした大掛かりな制圧戦を行う!
立ちふさがる全ての敵を排除し、古の塔を掌握せよ!」
王国騎士団長ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトの宣言が国を駆け巡った。
それは久方ぶりの大号令。ベリアルの急襲の際は貴族私兵……主には大公マーロウの一派が幅を利かせていたものだが、此度は久々に王国騎士団が主導する大掛かりな作戦が打ち出されたのだ。
先の“テスカ教団事件”以後の出来事に、王国西方グリム領の領主家長子ユエル・グリムゲーテは矢も盾もたまらず、通学先の王立学校を飛び出して第一街区にある別邸へと駆けこんだのだが、しかし──
『なりません』
「なぜです?」
『貴女は学業に専念すると約束したでしょう』
通信機の向こうの母に、ユエルは強く訴える。
「王国騎士団が……国が、此度久方ぶりの大号令を発布したのです!
ならば我らグリムゲーテの者はこの求めに応えるが道理ではございませんか!」
『ええ。ですから此度は、副長と一部覚醒騎士による少数部隊を派遣することで“お勤め”とさせて頂きます』
冷静で淡々とした母親の声に、覆ることのない強固さを感じた。
先の謝恩会での一幕を思い返す。
母が自分に何を求めているのか、それを痛いほど知らされた会だった。
『子に苦労をかけさせたくない』
『良い縁を得て、幸せになってもらいたい』
自分が家を継ぐことなど、最早誰も良しとしていないのだろう。
その現実から、これまでずっと目をそむけてきた。
不要とされた事実を受け入れたくなかった。
領主になれば全て解決すると思った。
これまでの全てが覆ると思った。
そのために沢山のものを捨ててきた。
──だからこそ。
だからこそ、認められなかった。
自分が“必要ない”なんて現実を。
今までの人生全て、クリアした命題全てが“意味のないことだった”なんて絶望を。
「お母様。私は……もう、グリムには……必要ないのですね」
『……ユエル?』
「だからお母様は……私を、遠く離れた地に縛り付けようと」
『そんなわけないでしょう。貴女、いい加減に……』
「だってきいたんだもの! “グリムが、長女の縁談相手を探してる”って! 私、そんなの探してなんかいません!!」
王立学校に流れている性質の悪い噂だ。
実際、母親が長女の縁談相手を探していたのは間違いない。
名門貴族が縁談を求めて動けば、少なからず情報が流れる。そういった話題が、貴族界隈の子女が集う王立学校に流れてしまうことも致し方ない。
これまで“学校では”非の打ちどころのなかったユエルが妬みを買わない訳はなく、チャンスさえあればいくらでも彼女は叩かれる余地があった。噂に悪意ある尾ひれがついて“余所に追いやられる”だとか“学校でも縁談相手を漁っている”なんて話を耳にすれば心が疲れることだってある。
『貴女が学校を卒業して一人前の“大人”になるまではと思っていましたが……私の思いを、考えを、直接きちんと話します。だから……』
「今ここで話してください。納得できません……私は……」
ぽろりと、涙がこぼれた。
「私……どうして生まれてしまったんですか……」
●少女の理解
『男なら武家を継げたのに』と言われれば、男に負けない武術と知識を身につけ成績という証拠で応えた。
『覚醒者なら余地があったのに』と言われていると、精霊の力を得る幸運に恵まれ、力を得ることで応えられた。
『功績があれば』と言われれば、『受勲』という形でそれに応えた。
なのに現実はどうだ?
~~だったら。
~~があれば。
そんなの全て「私を諦めさせるために設置された解りやすいハードル」でしかなかったのだ。
私が一度躓いただけでそれを理由に私の継承を棄却するつもりだったのだろう。
私がこんな性格で、納得できなきゃ諦められなかったから。
そのために、母は私に幾つものハードルを用意してきたのだろう。
解っている。これは彼女の悪意ではなく、精一杯の善意なのだと。
だが、その結果がこれだ。
全てを乗り越えた先に「何もなかった」なんて現実が横たわっている。
この有様は、なんという絶望だろう。
“私のこれまで”には何の意味もなかったのだという、惨たらしい事実しか残されていない。
「私が私として生まれた意味が欲しい」
そう言って、私は泣いた。
ないものねだりだ。
いつしか通信機の向こうから嗚咽が聞こえてきていた。母も──泣いていたのだ。
『ごめんなさい、ユエル。ごめんなさい……』
繰り返される言葉は、いつかの日に私が聞いた母の謝罪に酷似していた。
結局、あの日から何も変わっていなかったと思い知らされたのだ。
●空の器
ユエルは泣き腫らした目で王都をぼんやり歩いていた。
いつからこんなに涙脆くなったのかと、考えるだけで頭が痛む。
そういえば、第三街区の賑わいは今日に始まった事ではないが、いつもより人が多い印象がある。
黙って周囲を見回せば、武装をした人々の姿が圧倒的に多いことに気付いた。
──あぁ、きっとこの人たちは古の塔に行くんだ。
目と鼻の先にソサエティの支部があり、次々と冒険者たちが吸い込まれていく。
丁度自らもグリム騎士団と共に出兵する心づもりであったから、既に武装は済ませてあるのだが。
「私も……」
行こうかな、と──思う直前、世界がひっくり返った。
「えっ……え?」
腕を掴まれ、真後ろにぐるりと振り向かされる。
視点が180度変わると、眼前に美しい女性の笑顔が広がった。
「ごきげんよう。貴女も仕事を請けに?」
「えっ……あ、はい」
親しみやすい笑顔で、彼女はどんどん踏み込んでくる。
「差し支えなければ、どんなお仕事か伺っても?」
「古の塔に……行きたいと、思っています」
「ふふ、そうですか。どうして古の塔へ?」
そうして繰り返し質問を重ねてくる女に対し、不信感や疑問を感じるほどの心理的余裕が少女にはない。
「……騎士団長より発布された大号令に、応えたくて」
「まるで騎士様か王国派の貴族様のようですね」
言葉が胸に突き刺さって。
結局黙り込む私の肩を、なぜか彼女は優しく抱きしめてくれる。
「思いつめているご様子。これもご縁ですから、よければお話伺いますよ」
それは、ひどく温かな感触だった。
「は……はッ……」
ユエル・グリムゲーテ(kz0071)は、立ちはだかるゴーレムを叩き伏せ、額を伝う汗を拭った。
「皆さん……お怪我は、ありませんか」
上がった息を落ち着けるように、ゆっくりフロアを歩きつつ周囲を見渡す。
そこには、ハンターと一人の女性の姿があった。
──遡ること少し。
「王国騎士団、貴族諸侯、ならびにハンターへ告げる。
我々は現時刻を以て、“古の塔”攻略戦を開始する。
この塔には、古より禁忌とされた兵器“ゴーレム”が多数確認されている。
我々は、王国のより一層の発展を前提に、それらの核の回収を目的とした大掛かりな制圧戦を行う!
立ちふさがる全ての敵を排除し、古の塔を掌握せよ!」
王国騎士団長ゲオルギウス・グラニフ・グランフェルトの宣言が国を駆け巡った。
それは久方ぶりの大号令。ベリアルの急襲の際は貴族私兵……主には大公マーロウの一派が幅を利かせていたものだが、此度は久々に王国騎士団が主導する大掛かりな作戦が打ち出されたのだ。
先の“テスカ教団事件”以後の出来事に、王国西方グリム領の領主家長子ユエル・グリムゲーテは矢も盾もたまらず、通学先の王立学校を飛び出して第一街区にある別邸へと駆けこんだのだが、しかし──
『なりません』
「なぜです?」
『貴女は学業に専念すると約束したでしょう』
通信機の向こうの母に、ユエルは強く訴える。
「王国騎士団が……国が、此度久方ぶりの大号令を発布したのです!
ならば我らグリムゲーテの者はこの求めに応えるが道理ではございませんか!」
『ええ。ですから此度は、副長と一部覚醒騎士による少数部隊を派遣することで“お勤め”とさせて頂きます』
冷静で淡々とした母親の声に、覆ることのない強固さを感じた。
先の謝恩会での一幕を思い返す。
母が自分に何を求めているのか、それを痛いほど知らされた会だった。
『子に苦労をかけさせたくない』
『良い縁を得て、幸せになってもらいたい』
自分が家を継ぐことなど、最早誰も良しとしていないのだろう。
その現実から、これまでずっと目をそむけてきた。
不要とされた事実を受け入れたくなかった。
領主になれば全て解決すると思った。
これまでの全てが覆ると思った。
そのために沢山のものを捨ててきた。
──だからこそ。
だからこそ、認められなかった。
自分が“必要ない”なんて現実を。
今までの人生全て、クリアした命題全てが“意味のないことだった”なんて絶望を。
「お母様。私は……もう、グリムには……必要ないのですね」
『……ユエル?』
「だからお母様は……私を、遠く離れた地に縛り付けようと」
『そんなわけないでしょう。貴女、いい加減に……』
「だってきいたんだもの! “グリムが、長女の縁談相手を探してる”って! 私、そんなの探してなんかいません!!」
王立学校に流れている性質の悪い噂だ。
実際、母親が長女の縁談相手を探していたのは間違いない。
名門貴族が縁談を求めて動けば、少なからず情報が流れる。そういった話題が、貴族界隈の子女が集う王立学校に流れてしまうことも致し方ない。
これまで“学校では”非の打ちどころのなかったユエルが妬みを買わない訳はなく、チャンスさえあればいくらでも彼女は叩かれる余地があった。噂に悪意ある尾ひれがついて“余所に追いやられる”だとか“学校でも縁談相手を漁っている”なんて話を耳にすれば心が疲れることだってある。
『貴女が学校を卒業して一人前の“大人”になるまではと思っていましたが……私の思いを、考えを、直接きちんと話します。だから……』
「今ここで話してください。納得できません……私は……」
ぽろりと、涙がこぼれた。
「私……どうして生まれてしまったんですか……」
●少女の理解
『男なら武家を継げたのに』と言われれば、男に負けない武術と知識を身につけ成績という証拠で応えた。
『覚醒者なら余地があったのに』と言われていると、精霊の力を得る幸運に恵まれ、力を得ることで応えられた。
『功績があれば』と言われれば、『受勲』という形でそれに応えた。
なのに現実はどうだ?
~~だったら。
~~があれば。
そんなの全て「私を諦めさせるために設置された解りやすいハードル」でしかなかったのだ。
私が一度躓いただけでそれを理由に私の継承を棄却するつもりだったのだろう。
私がこんな性格で、納得できなきゃ諦められなかったから。
そのために、母は私に幾つものハードルを用意してきたのだろう。
解っている。これは彼女の悪意ではなく、精一杯の善意なのだと。
だが、その結果がこれだ。
全てを乗り越えた先に「何もなかった」なんて現実が横たわっている。
この有様は、なんという絶望だろう。
“私のこれまで”には何の意味もなかったのだという、惨たらしい事実しか残されていない。
「私が私として生まれた意味が欲しい」
そう言って、私は泣いた。
ないものねだりだ。
いつしか通信機の向こうから嗚咽が聞こえてきていた。母も──泣いていたのだ。
『ごめんなさい、ユエル。ごめんなさい……』
繰り返される言葉は、いつかの日に私が聞いた母の謝罪に酷似していた。
結局、あの日から何も変わっていなかったと思い知らされたのだ。
●空の器
ユエルは泣き腫らした目で王都をぼんやり歩いていた。
いつからこんなに涙脆くなったのかと、考えるだけで頭が痛む。
そういえば、第三街区の賑わいは今日に始まった事ではないが、いつもより人が多い印象がある。
黙って周囲を見回せば、武装をした人々の姿が圧倒的に多いことに気付いた。
──あぁ、きっとこの人たちは古の塔に行くんだ。
目と鼻の先にソサエティの支部があり、次々と冒険者たちが吸い込まれていく。
丁度自らもグリム騎士団と共に出兵する心づもりであったから、既に武装は済ませてあるのだが。
「私も……」
行こうかな、と──思う直前、世界がひっくり返った。
「えっ……え?」
腕を掴まれ、真後ろにぐるりと振り向かされる。
視点が180度変わると、眼前に美しい女性の笑顔が広がった。
「ごきげんよう。貴女も仕事を請けに?」
「えっ……あ、はい」
親しみやすい笑顔で、彼女はどんどん踏み込んでくる。
「差し支えなければ、どんなお仕事か伺っても?」
「古の塔に……行きたいと、思っています」
「ふふ、そうですか。どうして古の塔へ?」
そうして繰り返し質問を重ねてくる女に対し、不信感や疑問を感じるほどの心理的余裕が少女にはない。
「……騎士団長より発布された大号令に、応えたくて」
「まるで騎士様か王国派の貴族様のようですね」
言葉が胸に突き刺さって。
結局黙り込む私の肩を、なぜか彼女は優しく抱きしめてくれる。
「思いつめているご様子。これもご縁ですから、よければお話伺いますよ」
それは、ひどく温かな感触だった。
リプレイ本文
●理由の特定
まず最初に、端的に今回の結果を述べよう。
今回、ハンターたちは目的である塔の4階へ辿りつくことが出来ず、道半ばで撤退を決定した。
なぜか?
“それ以上の探索継続が困難になったため”だ。
なぜ探索継続が困難になったのか?
探索、マッピング、策敵、戦闘などを通常通り行える人間が“半数以下の3名になったから”だ。
なぜ3名になってしまったのか?
“重体者が3名出たことにより、その重体者を抱える為に3名の人手が必要となった”からだ。
再起動後の古の塔において、一部のゴーレムたちは侵入者排除にやっきになって人間を探してまわっていたため、安全地帯を確認することはできず、戦えない者を置いて行くことができなかった。これも、ダンジョンアタックにおいては検討すべき事項の一つだっただろう。
なぜ“重体者が3名も出てしまったのか”?
“治療手段が尽きた”からだ。恐らく、“ここ”がハンター諸氏最大の疑問点かもしれない。
なぜ、聖導士が3名もいながら“治療手段が尽きたのか”?
まず、“治療手段が尽きること”=“治療手段の数がクリア基準に足りなかった”などということでは断じてない。
もしそうだとすると、治療手段が少ないとクリアできない=極端に言えば、聖導士がいないとクリアできないゲームになってしまう。そんな設定はあり得ない。
実際、前回の塔探索班は、内部情報が地図以外なく、敵の種類も想定出来ない状態だったが、聖導士たった一人で4階まで到達せしめている。実際治療手段に苦慮したが確かに勝利した。理由は実にシンプルである。
“治療の必要がなければ治療手段は数を減らさない”からだ。
“治療手段が尽きたこと”とは、つまり“持ち込んだ治療手段に対し、大幅に上回るダメージを負ってしまったこと”を意味する。
これが、今回最大の失敗原因だ。
依頼の作戦相談とは、基本的に「此度のメンバーで、命題に対しどう挑むか」が話し合われるだろう。
その際、回復手段を持つ者が少ない場合は、特に顕著に「如何にダメージを食らわないか」を意識した相談や行動が重要視されることと思う。
だが、本来は回復手段の多寡によらず、“如何に損害を最小に留めるか”という命題は、どんな依頼でも通用することであり、長時間の探索&多数回の戦闘が予想されるダンジョンアタックでは特に必須の検討事項だと言える。
九名のハンターは、なぜ“治療手段を大幅に上回るダメージを負ってしまった”のか?
物語は、グラズヘイム王国古都アークエルスの王立図書館より始まりを告げる──。
●一、最短ルートは選べなかった
「アリスさんから受け取った簡易地図はこれだけど」
図書館のテーブルを囲んだフワ ハヤテ(ka0004)が、地図を見下ろしながら息を吐いた。
地図は一枚きり。皆でルートを確認している傍らでルカ(ka0962)がひっきりなしにアリスに質問を重ねている。
「どんな罠か、不明のものが多いのですね」
「私が四階に到達した際、同行していた皆さんは、罠の発見と回避が上手くできていました。
ですから“罠が発動せず、中身を知らずに済んだものが多い”のです」
「なるほど……。今回もそうあれるといいのですが」
そんなやり取りの隙をついて、ナタナエル(ka3884)がこっそりとアリスに耳打ちする。
「前回あった古地図は使えないんですか?」
“唯一古地図の存在を知っている”ナタナエルだからこそできる確認だ。
しかし、それに対し、女はひどく美しい微笑みを浮かべてこう言った。
「あら? あれは“私のものではなく、もう一人の依頼人の所持品”です。
……とはいえ、そもそも他の皆様はその地図の存在を知りませんし、改めて申し上げる必要はないでしょう。
なぜなら、既に私が書いた前回の地図はお渡ししましたし、そもそも“役に立つかは一切保証致しません”もの。
ですから、古地図の有無は成否の問題になりませんでしょう?」
地図自体の背景として「あれはカインというエンフォーサーに扮したエリオット・ヴァレンタインが王家の印をもって司書精霊タルヴィーンより手に入れたもの」であり、アリスのものではない。だからこそ、所持者でないアリスは最初から“古地図がある”と言わなかった。
「ふうん。……でもさ、今皆でみてる“前回の地図が役に立たない訳がない”と思うんだけど?」
「ふふ、そうだと良いですね」
かくして、ハンターたちは塔へと侵入を果たすのだが──しかし、問題はそこから始まっていた。
彼らは「地図を見てルートを選ぶ」、「寄り道をしない」という方針で動く算段だった。
だが、実際塔に踏み込んですぐ、事態を理解することになった。
「おかしいわね。この塔、地図と全然道が違うけれど……」
ルカと共に先頭を行くジェーン・ノーワース(ka2004)が、地図と内部構成を見比べて女に冷たい視線を送る。
「ねえ、この地図“本物”なの?」
完全に疑る視線だ。初対面の人間を信用するなどあり得ないのだから、当然のことだ。
しかしアリスは動じずに答える。
「ええ、本物ですよ。塔の情報にお詳しい……らしい、ナタナエルさんもそう仰ると思いますけれど」
女に促され、ナタナエルも改めてジェーンが手にしている地図を見るのだが。
「そうだね、間違いないと思うよ。“この地図は僕の認識している塔内部を表しているし、嘘を言ってない“」
──なるほど、あの子が“塔を再起動する”と言ってたのはこれのことか。
それ以上をナタナエルが口にすることはなかったが、地図と構造の違いに対しハンターらに動揺が広がる。
「つまり、一般的には考えにくいことですが……塔の構成が変わった、と。そういうことですよね」
ルカとジェーンの後ろに控えていたイツキ・ウィオラス(ka6512)が、顎に白い指を添え、思案気に呟く。
「ですが、そもそも建造物が構造を変えるなんてそんなこと……あり得るのでしょうか」
鳳城 錬介(ka6053)の生真面目な問いに応じたのは──フワだった。
「あり得ないことではないよ、錬介。既存の枠組みから成る認識は捨て、まっさら基盤に起こり得た事象を違いなく積み重ねることで、初めて“事実”に手を伸ばすことが出来るのさ」
もとより古の塔には我々現代人の常識で測れないものが眠っていたんだ。
“塔自体が自動機械”であったとしても僕は疑わないね──そんなフワの発言に、否を唱える者は当然いない。
俗に“悪魔の証明”と呼ばれるように、「存在すること」よりも「存在しないこと」を証明する方が難しいのだ。
「貴女が手ずから見聞きした情報を“役に立つかは一切保証しない”、なんて言った意味がよく解ったわ」
解りたくもなかったけれど──呟いて、ジェーンは前を向いた。
これ以上の議論が無意味であることを少女はいち早く悟ったのだ。
というより、アリスの人間性にある人物の影がチラついて、会話する意思をなくしただけかもしれないが。
塔の構成が変わった。つまり、道が変わった。
ということはすなわち、地図は意味をなさず、“最短ルート”を選ぶことは不可能だ。
“初めから探索開始”という状況だが、それでも情報として有意義な部分はある。
まず第一に、“探索は4階まででよい”という前提があるということ。
“敵のゴーレムの種類と、弱点が身体のどの場所にあるのか”解っていたこと。
“ゴーレムの種類は複数で、範囲攻撃が得意なものもいる”ということ。
他にも色々あるのだが、この点だけでもおさえられたことは大きな収穫である──はずだった。
●二、罠は見つけなければ解除も回避もできない
パーティは、二人が漸く並んで歩けるような細い通路幅の道を慎重に進んでいた。
周囲を灯りで照らしながら歩くなか、パーティの中ほどを担当する小鳥遊 時雨(ka4921)が先頭へ声をかける。
「前方、全然みえないけど大丈夫ー?」
「一応、警戒しながら歩いてはいるつもりですが……」
時雨の問いかけに、ルカがたどたどしく返答する。
大体この辺りまでは塔から帰還するハンターたちから内部情報を聞けていた。
しかし、解っていたことだが“塔攻略はまだ始まったばかり”の状況だ。それに彼らはゴーレムの核入手に主眼を置いており、未だ一階で見つけたゴーレムを手当たり次第に倒しては、核を手に入れて脱出してくる者ばかりである。一階序盤の話を聞くことは出来たが、そこから先は全く不明である。
頼りにしていた“話を聞く”ことでの攻略は難しい以上、ルカたちは自らの目視にかけるほかない。
しかし、それは一緒に先頭を務めるジェーンも同様である。
「……特におかしなところはなさそうだけど」
少しずつ“気を付けて”進む彼女たちだが──突如、それは起こった。
「ッ──!!」
ルカの姿が、消えた。後ろを行くイツキの心臓が大きく鼓動する。
「ルカさん!?」
立ち止まって周囲を見渡すイツキの目の前にぽっかり大きな穴が開いていたことに気付く。
もとから開いていた穴ならば、ルカが見落とすはずがない。
「穴の中に、毒針のトラップが──落ちたはずみに、受けてしまったようです」
傷口から毒が入りこんでいるようだ。穴から救助するための施策は──あった、時雨が用意している。
「みんな、このロープの端を持って! 早く! 錬介、その端を身体に巻きつけられる?」
「解った、すぐにやろう」
そうして、ロープの片端を穴に下ろし、時雨が声をかける。
「ルカさん、ロープ見える? あ、暗がりだよね。灯りは……そっか、ルカさん持ってないんだ」
「私が照らすわ。早く掴んで」
咄嗟にジェーンがLEDライトで中を照らす。すると、大よそ4mほどの深さであることが解った。
脱出しようにもルカの手は震えてうまくロープを掴めないようだ。毒のせいだろう。
気付いたユエルがすぐさま穴に駆けより詠唱を開始。この距離なら、穴の上からでも治療可能だ。
「ありがとう、ございます……」
やがて、救出されたルカが開口一番に礼を述べると同時、深く息を吐いた。
「この塔、ちょっと普通ではないですね」
「へえ。普通ではない、というと?」
フワが興味深げにルカに問う。ややあって、ルカは言葉を選びながらこう言った。
「一般的に“罠”とは“設置した人間”がいるはずです。罠にかけたい者に罠の存在が気取られぬよう、見つからないように罠を隠すことが必須ではありますが、それと同時に“設置した本人が罠にかからないようにある程度罠の場所を示すような目印があるはず”なのです」
「……それ、私も思ってたわ」
ルカの指摘に合点が言ったように、ジェーンが違和感を口にした。
「ここまでにハンターから聞いた罠もそうだったけど……目印のようなものがすごく解りづらいのよ。だから、ただの目視警戒で見つかる罠が少ない。まるで“設置した本人は、この罠の位置を自分が見分けられなくても構わない”とでも言ってるようだわ」
少女たちの会話に思い至ったナタナエルが「ああ、なるほどな」と呟く。
それを耳ざとく聞いていたイツキが青年を見上げて首を傾げた。
「どういうことなのです?」
「僕にもよくわかんないんだけどね。例えばの話……“罠を設置した人がその道を通る必要がなければ”、或いは“全ての罠を正確に把握していれば”目印は必要ないよね?」
「まぁ、そうですけど……塔には別の攻略ルートがあるということですか?」
言うことは尤もではあるのだが、腑に落ちていない錬介が重ねて問う。
「ああ、そう言うつもりじゃないんだ。言葉通り、仕掛け人に見分けの印はなくて構わないんだろうなって」
「真相はわからないけどね。どうあれ、これじゃ目視で見つけるのは厳しいだろうな」
ナタナエルが一人納得する傍で、フワが大仰に溜息をつくばかりだった。
こうして彼らは、かなりの数の罠にかかりながらも4階を目指して進行することとなった。
一口で罠と言えど非常に危険な罠もある。
例えば、彼らが受けた罠の中で最も威力が高く、痛い目を見たのが“混乱”の罠だ。
罠とはその多くが“未踏の地”に潜むものであり、“未踏の地に最初に足を踏み入れるのは先頭を歩く者”である。
つまり、今回は先頭のルカとジェーンが特に罠の多くを受ける事になったのだが──
「──ッ……!?」
ある時、予期せぬ所で足元から霧が噴射された。
石畳の一つが瞬く間にスライドし、噴射口が露出。直撃したのは、先頭のジェーンだ。
ぐらりと脳が揺れるような感覚に蹲る少女を支えようとルカが手を伸ばした──その時だった。
「ジェーン、さん……?」
ぞり、と。嫌な感覚と同時に強烈な悪寒がルカを襲った。
少女の腕が、鋭利な何かで斬りつけられたのだ。正体は言うまでもない。ジェーンの大鎌だ。
咄嗟の事に“受け”の判断は取れなかった。
というより、相手は仲間だ。“切りつけられる意識すらなかった”以上、“防御”の意識は浮かんでいなかった。
ジェーンはメンバーで最も近接攻撃力が高く、その威力は300を越える。
つまり“今切られたのがルカでなければ、死者が出ていた”と言っても過言ではない。
「さっきの霧、どうやら精神異常系のものだったようだね。錬介、いけるかい」
フワが事態を改めて整理する。動揺している暇はない。ジェーンは、既にイツキに狙いを定めている。
だからこそ、錬介は一も二もなく応じた。
「今すぐ治療します。解除失敗の恐れもありますから、彼女を抑え込む準備も並行してください……!」
阻止せねば確実にこの場で死者がでる。一刻の猶予もない。
青年は直ちに詠唱を開始。その言の葉は告解を促す成句にも似て。そして……
「!! ……はッ、は……ッ、ごめ……なさい……私」
術後すぐ、ジェーンの手からするりと大鎌が落ち、石の床に金属が衝突する音が響いた。
“思い出したくもない過去”がジェーンの頭に溢れ出し、それ以上の言葉が見つからない。
「いいんです、ジェーンさん。私は、ほら。丈夫ですから」
ルカは穏やかに微笑むのだが、その額には汗が滲んでいる。
それが、少女にとって忘れえない出来事に重なって──思いがけず、吐き気がした。
人の肉を割く感覚は今も掌に残っている。
脱力し佇むジェーンを、ハンターたちは誰ひとりとして責めはしなかった。
ダンジョンアタックにおいて、先頭を行く者は特に大きな負担がかかるが、他のメンバーは先頭を他者に託した背景がある。今の隊列で納得して進んでいる状況だ。
少女の心のうちを推し量ることはできないかもしれない。だが、それでも──。
錬介がフルリカバーでルカを治療し、全員の無事が確認できると、
「無事でよかった」
後ろに控えていたユエルが、強くジェーンを抱きしめる。
その声が震えていたことに、少女は気付かないふりをしていた。
やがて2階への階段を見つけて休息をとる一同の中、錬介が隊列のローテーションを提案する。
しかし、その場合“誰が先頭を変わるのか”を誰も想定しておらず、その話は有耶無耶となったのだった。
◇
“罠は見つけなければ解除も回避も不可能だ”。
つまり順番として“罠を解除する”行動の前に“罠を見つける”行動が必要だと解る。
先頭を行くルカとジェーンも塔に多数の罠があることは理解していた。
だからこそ最初から“警戒はしていた”。故に“目視で気付いた罠は、防ぐことができた”。
しかし、この塔は罠のレベルが非常に高かったのだ。
(難易度が普通以下の依頼ならば、目視警戒で十分罠を発見出来たかもしれないが)
罠を設置する側は、侵入者を罠にはめる目的から“ぱっと見て前後の景観に対して不自然にならないよう罠を仕掛ける”。つまり「不自然な場所に警戒」が、今回の罠発見の有効打になることは少なかった。だからこそ、発見行動が重要だった。
そんな塔でも、前回の探索班が罠にかかることが少なかったことは事実だ。
先頭を進むハンターのうち、同じ構造状態の塔に侵入するのが二度目の経験者がおり、第一階層の罠を正しく把握できていたこと。さらにそれ以外にも発見行動に配慮を重ね、「スキルを用いた範囲内の罠に誤作動を誘発して強引に潰す」なども試みていた。
そしてもう一人の先頭担当者が鋭敏視覚に直感視を重ね、探索行動にスキル効果を活かした相乗支援をしていたことも功を奏したと言える。
勿論、今回のメンバーにも具体的な罠発見行動をとっていたメンバーは居た。
直感視による警戒で、術の起点などにも注意を払おうとした時雨と、七節棍を用いて周辺の安全確認に努めようとしたイツキだ。
しかし、ここでもう一つ、大切なことがある。
ダンジョンアタックでの探索に重要なポジションと言えるのが“先頭を行く者”だ。
先頭の者こそ、未開の地に最初に踏み出す者であり、彼らの罠発見行動がパーティの生存率に影響を与えると言っても過言ではない。
内部通路を隊列を組んで進む都合、時雨は中衛として隊列中ほどに位置しており、更に身長も一番低い。
同程度の身長の者でも狭い通路に並んで前に立たれれば視界の多くが塞がれる。
故に、時雨は“目視が十分に行えなかった”。直感視は“物を見なければ効果を発揮できない”。
イツキも、武器で周囲を叩きながら慎重に進んだが、それは“先頭者のあとを歩きながら”になる。
つまり、ルカとジェーンが最初に未開地を歩く構成上、今回はそれらの罠発見行動がうまく機能しなかったのだ。
こうして、多くの罠にはまったことが、致命傷の一つに繋がることとなった。
●三、ダメージ管理
塔三階──そこは、二階に引き続き、灼熱のフロアだった。
天井や壁面から炎が燃え盛る光景に、時雨が後じさりしたのも仕方のないことだろう。
「まだ暑いのが続くの? さすがにきつすぎる~……」
ルカの指示でユエルが持ち込んだ水で補給をとりながら、一同は階と階の合間に休息を入れることとした。
「こんな炎の中で休憩もなにもないでしょうけど、状況整理も必要ですしね」
イツキがふわりと笑んで見せるが、この環境で余裕を見せてくれるだけで仲間達の焦燥感や疲労感は随分拭われたことだろう。
「僕は、残すところフルリカバリー1回分です。治療が厳しくなってきましたね」
治療手として最善を尽くそうとする錬介には苦々しい思いだろう。イツキも小さく嘆息する。
「二階から多発したファイアゴーレムの戦闘が響きましたか……」
「例の火炎放射……ああいう手合いは、私みたいなタイプには天敵だわ」
そう答えたのはジェーンだが、実際は輪から少し外れた所にいる。彼女の話相手はユエルだ。
更に言えば、火傷の応急手当として、ルカに貰った蜂蜜をユエルに塗ってもらっているようだった。
「正直、不規則に巻き上がる炎の罠も地味に効いてるよね。火傷が痛いっていうか」
ため息交じりに、ナタナエルが塔の奥に視線をやる。
時折規則性なくプロミネンスのように壁面から炎が突出しては、再び壁に吸い込まれるように消えてゆく。あの炎に巻き込まれることで火傷を負ってしまうことは、ナタナエル自身、前回から何度も痛い目をみて理解していた。
「そうですね……皆さん少しずつ体力が落ちていくので、ヒーリングスフィアは正解でしたけど」
ルカが、気がかりに顔を曇らせる。ここまででヒーリングスフィアも消耗し、残すところあと僅かだ。
「さ、そろそろ行こう? いつまでもこうしてると熱中症になっちゃうかもだよ!」
ぱたぱたと手で自分を扇ぎながら時雨が立ちあがる。
暑さに辟易とする者もいただろうが、立ち止まっていては苦しみが続くだけだ。
メンバーは、改めて三階のフロアを一歩ずつ確実に前進していった。
炎に巻かれて火傷を負い、それでも治療回数を節約するためすぐには治療を施さず。
一行は慎重に通路を歩きながら、塔の地図を形成していく。
はぁ、と。溜息をついて、フワが肩を回した。
彼の手元には少しずつ形をなしていく地図がある。
特に第二階層は転移装置もあちこちにあり、至る所を歩き回らされ、地図の精度は相当に高いと自負している。
「さて、今のところ選べる道が二つ。ファイアゴーレムが2体のフロアと、4体のフロアだ」
皆を見渡し、どうする? とフワが不敵に尋ねる。
「ん~……今のとこ、“守りが多いルートの先に階段がある”場合が多かったよね……」
正直、もうしんどい。4体同時相手とか、出来ればしたくない。
解っていながら、時雨は自身が思う“正答”を苦々しく答える。それでまた過酷な戦闘に挑まねばならないことになるとしても、避け得ないものを後回しにしては余計にしんどくなるだけだからだ。
「僕も、聞き及んだ話だけど、敵の数が多い方が可能性が高いと思う。四体のフロアを推奨するよ」
そんなナタナエルにアリスも同意しているようで、ジェーンが仕方がないとばかりに首肯する。
「ここまでの状況から、確率の高いルートを選択する方が賢いでしょうね」
ハンターたちは四体のファイアゴーレムが犇めく広めのフロアを目前にし、今一度状態を確認。
全員の作戦行動は擦り合わせてある。ならば、するべきことは一つ──
「それじゃ……行くよ!」
時雨の細い指先が、弓弦を引く。それはレイターコールドショットを撃つための構えだった。
制圧射撃は、2階途中で“回数切れ”を起こしていた。
フワのグラビティフォールもここまでかなり活躍したが、しかし“移動不能”ではなく“移動阻害”であるため、完全な足止めにならず行動も阻止できない都合、押さえきれない場合も少なくない。他方アリスは辛うじて残っていた分を放ち、怒涛の掃射が一体のゴーレムを制圧しているものの、まだ道程は半ばだ。
正直、敵数の多さを前に不安は色濃いが、戦わねば先に進めない以上、少女は出来る限りの一射を放つのみ。
最も瞬発力が高いナタナエルは、前回実績もあり“自らの攻撃がゴーレムの装甲に対して響かない”ことを理解している。ならば、核が露出するまでは待つべきと判断した。問題ないだろう。すぐ“その時は来る”。
そうして青年の思惑通りに──しかし当人にそんなことは関係なく──飛び出したのはジェーンだった。
まるで“先程の礼参り”とでも言うかのように、強烈な一撃をゴーレムの装甲に見舞う。その衝撃音の大きさたるや。普段こそ隠密暗殺役のジェーンだが、今この場ではその必要がないからだろうか。常より盛大に鎌を振るっているようにも見える。
やがて、ビシ、と音をたてて胸部装甲にひびが入ると、待ってましたと言わんばかりにナタナエルがローゼンメッサーを構えた。
「まずは一体──落としておこうか」
投擲されたナイフの刃が亀裂に突き立つと装甲が完全破壊され砕け散る。
そして露出した核めがけて──
「“お出まし”だね。勿体ないが、今回は潰させてもらうよ」
フワが詠唱終了。
黄金色に輝く大ぶりなワンドの先端にマテリアルが急速に収束し、そして──躊躇なく放たれた。
鋭い風刃が即座に核を切り刻もうとまとわりつき、そしてそこに無数の傷が入る。
だが、動きが鈍ったと言えど、まだ敵は活動停止していない。
そんなゴーレムに接近する小さな影があった。戦闘で前衛を務めるイツキだ。
射程限界まで距離を保ちつつ、敵を捉えたと同時に深く息を吐く。
体内を循環させるように気を練ると、少女の奥底から力が湧いてくるようだった。
「どんな障害だろうと打破してみせます。この先へ、行かせてもらいますから……!」
その一撃に全身全霊を賭し、少女は蛇節槍を引く。
どれほど相手が強靭だろうが、それを無視して撃ち貫く──その思いの強さが、自動人形に通じたのだろうか。
「一体、活動停止! 残り三体、だけど……注意して! 制圧射撃しきれなかった二体が、動くよ!」
広間中に聞こえるように、精一杯時雨が声を張る。
ルカも事態を理解しており、速攻を心がけるほかなかった。
「二階最後の大型ゴーレムに大分消耗させられましたが、まだ力は残っていますので……!」
セイクリッドフラッシュ──光の波動が辺りを包み、最高効率で範囲に巻き込んだ一体のゴーレム目がけ途方もない衝撃が襲う。その動きの鈍った自動人形に接近したのはユエル。少女が友より譲り受けたレイピアを以て鋭く突端を繰り出せば、先の衝撃で限界を迎えていた装甲が脆くも崩れ去り、核が剥き出しになった。
「錬介さん──ッ!」
「大丈夫。後は任せて」
少女の叫びに、青年が答える。亀裂が生じていた核に向け、錬介が力の限りに聖機剣を突き立てた。
瞬後、動作途中のゴーレムは、まるで電池を抜かれた玩具のようにその場にがしゃりと崩れ落ちる。
こうして二体のゴーレムが活動を停止。だが、行動可能なゴーレムはフロアにあと一体残っている──。
ここまでハンターらは、敵のヘイトをイツキとルカに集めようとしてきた。結果として敵は、特に前衛に立ち注意をひくように意識して動くイツキへと引きつけられていった。だが、それはルカの想定外だったかもしれない。
「ゴーレム、腕部パージ! 火炎放射が来るよ、気を付けて!」
時雨の警告は、祈りにも似た。嫌な予感がしていたのだ。
敵の火炎放射はかなりの広域に及ぶ。
中衛とは言うが、ナタナエルの射程は4。前衛のイツキは得物の射程を活かすため射程3から攻撃を仕掛けている。さらに屋内戦で敵が複数いる都合、取れるポジショニングに限界があり、結果“中衛と言えど、ナタナエルは前衛との距離がさほどあかなかった”。
ゴーレムの行動ターンが始まると、彼らは移動し“イツキを中心に捉えた範囲攻撃を行った”ため、ルカが「盾」として後ろに仲間を庇う形に機能しなかったことは残念だったと言える。
こうして、強烈な火炎放射が、イツキを中心として範囲内に居る前衛たち──最も巻き込みが多い場合はルカ、ジェーン、ナタナエル全員を含めて放たれることとなった。
「……ッ、よけきれないぞ、これは」
足元に燃え盛る炎。ナタナエルが苦々しく呟く視線の先には、炎にまかれる少女たちの姿があった。
──これが、塔探索におけるもう一つの致命傷だった。
前回情報としてゴーレムの火炎放射は聞き及べたが、この技は“ハンターのスキルと同様、範囲攻撃の特徴として相手の回避能力を大きく低減する効果がある”。つまり、回避特化のハンターと相性が悪いということだ。
ルカが火炎放射をもちこたえる事など苦でもないが、イツキとナタナエルはそうではない。
彼らの場合、【火炎放射を二撃連続で食らうと死亡する確率があった】。それも決して小さい確率ではない。
ナタナエルは範囲外で攻撃を免れる場合もあったが、イツキは敵の注意を引く都合どうしても狙われる。
残るジェーンは受け防が高いためすぐ致命傷とはいかないが、ダメージは蓄積するうえに、位置の都合、範囲に収まりやすいことが起因した。
極力離れた位置から銃撃したり、防御の高い者にヘイト管理を託したり、範囲攻撃を考慮し固まらないよう注意するだけで随分違っただろう。
ルカは、錬介は、ユエルは、彼らの誠意と役目にかけて、“二発で死ぬ恐れがあるのなら、一度食らったら即時治療を施す判断をした”。敵の攻撃一発でフルリカバリーが最低一回。多いと二回分以上消えることもあり、こうして治療の手立てはどんどん減っていく。二階以降、敵はほぼファイアゴーレムで構成されていたこともあり、この後、治療手段は全て尽きることとなった。
やがてイツキが倒れ、次にナタナエルが落ち、最後まで奮戦するもジェーンすら力尽きてしまう。
彼らは、4階に辿りつくことが出来なかったのだ。
●この撤退にも意味はある
四階に到達しさえすれば。もう少し冒険にゆとりがあったならば。
積もる話もあっただろう。交わしたい言葉もあっただろう。
だが、それは叶わなかった。
「すみません……依頼に応える事が、できませんでした」
ソサエティの医務室へとイツキ、ナタナエル、ジェーンを運び込んだ後、ルカがアリスに頭を下げていた。
首を横に振る女は、一言だけ答える。
「あの子に会わせたい人がいたんです。叶わなかったのは残念ですね」
ユエルは今、友人の治療に付き添っており、この場には居ない。
だからこそ、アリスはそんなことが言えたのかもしれないが。
「再び来れる日を待ちわびていたけれど、ここは宝の山であり、強固な罠に守られた城でもあったね」
フワが自ら記した古の塔の地図を眺める。撤退したとはいえ、そこまで歩んだ軌跡は確かにここにある。
「道は険しかったですが、今は様々な戦力が攻略に乗り出しています。遠からず、真理は解明されるでしょう」
無駄なことは何一つない。
自分達の目で見たことも、体験したことも、これから続く人々に共有すれば、必ず何らかの“力”となるはずだ。
そんな錬介の思いに、アリスはただ言葉もなく微笑んでいた。
「……ねえ、聞こえるかな? 私の“ノゾミ”って、何なんだろう、ね」
時雨が一人、塔を見上げていた。だが、少女の脳裏に描かれているのは塔の姿ではない。
遙かに遠き“面影”を望み、少女は思わず喉を鳴らした。熱い、何かを飲み込むように。
解らない。知りたい。だから──
「生きる意味って、なんだろうね」
──“それ”を探してる。
“決めつけていた”何かが崩れ、叶わないと理解したのはいつの日だっただろう?
でも、止まれない。止まることは出来ない。
“今を生きる私には、それを──手放すことなどできないのだから”。
古の塔は、今日も多くの戦士が突入し、ゴーレムとの死闘が繰り広げられている。
まず最初に、端的に今回の結果を述べよう。
今回、ハンターたちは目的である塔の4階へ辿りつくことが出来ず、道半ばで撤退を決定した。
なぜか?
“それ以上の探索継続が困難になったため”だ。
なぜ探索継続が困難になったのか?
探索、マッピング、策敵、戦闘などを通常通り行える人間が“半数以下の3名になったから”だ。
なぜ3名になってしまったのか?
“重体者が3名出たことにより、その重体者を抱える為に3名の人手が必要となった”からだ。
再起動後の古の塔において、一部のゴーレムたちは侵入者排除にやっきになって人間を探してまわっていたため、安全地帯を確認することはできず、戦えない者を置いて行くことができなかった。これも、ダンジョンアタックにおいては検討すべき事項の一つだっただろう。
なぜ“重体者が3名も出てしまったのか”?
“治療手段が尽きた”からだ。恐らく、“ここ”がハンター諸氏最大の疑問点かもしれない。
なぜ、聖導士が3名もいながら“治療手段が尽きたのか”?
まず、“治療手段が尽きること”=“治療手段の数がクリア基準に足りなかった”などということでは断じてない。
もしそうだとすると、治療手段が少ないとクリアできない=極端に言えば、聖導士がいないとクリアできないゲームになってしまう。そんな設定はあり得ない。
実際、前回の塔探索班は、内部情報が地図以外なく、敵の種類も想定出来ない状態だったが、聖導士たった一人で4階まで到達せしめている。実際治療手段に苦慮したが確かに勝利した。理由は実にシンプルである。
“治療の必要がなければ治療手段は数を減らさない”からだ。
“治療手段が尽きたこと”とは、つまり“持ち込んだ治療手段に対し、大幅に上回るダメージを負ってしまったこと”を意味する。
これが、今回最大の失敗原因だ。
依頼の作戦相談とは、基本的に「此度のメンバーで、命題に対しどう挑むか」が話し合われるだろう。
その際、回復手段を持つ者が少ない場合は、特に顕著に「如何にダメージを食らわないか」を意識した相談や行動が重要視されることと思う。
だが、本来は回復手段の多寡によらず、“如何に損害を最小に留めるか”という命題は、どんな依頼でも通用することであり、長時間の探索&多数回の戦闘が予想されるダンジョンアタックでは特に必須の検討事項だと言える。
九名のハンターは、なぜ“治療手段を大幅に上回るダメージを負ってしまった”のか?
物語は、グラズヘイム王国古都アークエルスの王立図書館より始まりを告げる──。
●一、最短ルートは選べなかった
「アリスさんから受け取った簡易地図はこれだけど」
図書館のテーブルを囲んだフワ ハヤテ(ka0004)が、地図を見下ろしながら息を吐いた。
地図は一枚きり。皆でルートを確認している傍らでルカ(ka0962)がひっきりなしにアリスに質問を重ねている。
「どんな罠か、不明のものが多いのですね」
「私が四階に到達した際、同行していた皆さんは、罠の発見と回避が上手くできていました。
ですから“罠が発動せず、中身を知らずに済んだものが多い”のです」
「なるほど……。今回もそうあれるといいのですが」
そんなやり取りの隙をついて、ナタナエル(ka3884)がこっそりとアリスに耳打ちする。
「前回あった古地図は使えないんですか?」
“唯一古地図の存在を知っている”ナタナエルだからこそできる確認だ。
しかし、それに対し、女はひどく美しい微笑みを浮かべてこう言った。
「あら? あれは“私のものではなく、もう一人の依頼人の所持品”です。
……とはいえ、そもそも他の皆様はその地図の存在を知りませんし、改めて申し上げる必要はないでしょう。
なぜなら、既に私が書いた前回の地図はお渡ししましたし、そもそも“役に立つかは一切保証致しません”もの。
ですから、古地図の有無は成否の問題になりませんでしょう?」
地図自体の背景として「あれはカインというエンフォーサーに扮したエリオット・ヴァレンタインが王家の印をもって司書精霊タルヴィーンより手に入れたもの」であり、アリスのものではない。だからこそ、所持者でないアリスは最初から“古地図がある”と言わなかった。
「ふうん。……でもさ、今皆でみてる“前回の地図が役に立たない訳がない”と思うんだけど?」
「ふふ、そうだと良いですね」
かくして、ハンターたちは塔へと侵入を果たすのだが──しかし、問題はそこから始まっていた。
彼らは「地図を見てルートを選ぶ」、「寄り道をしない」という方針で動く算段だった。
だが、実際塔に踏み込んですぐ、事態を理解することになった。
「おかしいわね。この塔、地図と全然道が違うけれど……」
ルカと共に先頭を行くジェーン・ノーワース(ka2004)が、地図と内部構成を見比べて女に冷たい視線を送る。
「ねえ、この地図“本物”なの?」
完全に疑る視線だ。初対面の人間を信用するなどあり得ないのだから、当然のことだ。
しかしアリスは動じずに答える。
「ええ、本物ですよ。塔の情報にお詳しい……らしい、ナタナエルさんもそう仰ると思いますけれど」
女に促され、ナタナエルも改めてジェーンが手にしている地図を見るのだが。
「そうだね、間違いないと思うよ。“この地図は僕の認識している塔内部を表しているし、嘘を言ってない“」
──なるほど、あの子が“塔を再起動する”と言ってたのはこれのことか。
それ以上をナタナエルが口にすることはなかったが、地図と構造の違いに対しハンターらに動揺が広がる。
「つまり、一般的には考えにくいことですが……塔の構成が変わった、と。そういうことですよね」
ルカとジェーンの後ろに控えていたイツキ・ウィオラス(ka6512)が、顎に白い指を添え、思案気に呟く。
「ですが、そもそも建造物が構造を変えるなんてそんなこと……あり得るのでしょうか」
鳳城 錬介(ka6053)の生真面目な問いに応じたのは──フワだった。
「あり得ないことではないよ、錬介。既存の枠組みから成る認識は捨て、まっさら基盤に起こり得た事象を違いなく積み重ねることで、初めて“事実”に手を伸ばすことが出来るのさ」
もとより古の塔には我々現代人の常識で測れないものが眠っていたんだ。
“塔自体が自動機械”であったとしても僕は疑わないね──そんなフワの発言に、否を唱える者は当然いない。
俗に“悪魔の証明”と呼ばれるように、「存在すること」よりも「存在しないこと」を証明する方が難しいのだ。
「貴女が手ずから見聞きした情報を“役に立つかは一切保証しない”、なんて言った意味がよく解ったわ」
解りたくもなかったけれど──呟いて、ジェーンは前を向いた。
これ以上の議論が無意味であることを少女はいち早く悟ったのだ。
というより、アリスの人間性にある人物の影がチラついて、会話する意思をなくしただけかもしれないが。
塔の構成が変わった。つまり、道が変わった。
ということはすなわち、地図は意味をなさず、“最短ルート”を選ぶことは不可能だ。
“初めから探索開始”という状況だが、それでも情報として有意義な部分はある。
まず第一に、“探索は4階まででよい”という前提があるということ。
“敵のゴーレムの種類と、弱点が身体のどの場所にあるのか”解っていたこと。
“ゴーレムの種類は複数で、範囲攻撃が得意なものもいる”ということ。
他にも色々あるのだが、この点だけでもおさえられたことは大きな収穫である──はずだった。
●二、罠は見つけなければ解除も回避もできない
パーティは、二人が漸く並んで歩けるような細い通路幅の道を慎重に進んでいた。
周囲を灯りで照らしながら歩くなか、パーティの中ほどを担当する小鳥遊 時雨(ka4921)が先頭へ声をかける。
「前方、全然みえないけど大丈夫ー?」
「一応、警戒しながら歩いてはいるつもりですが……」
時雨の問いかけに、ルカがたどたどしく返答する。
大体この辺りまでは塔から帰還するハンターたちから内部情報を聞けていた。
しかし、解っていたことだが“塔攻略はまだ始まったばかり”の状況だ。それに彼らはゴーレムの核入手に主眼を置いており、未だ一階で見つけたゴーレムを手当たり次第に倒しては、核を手に入れて脱出してくる者ばかりである。一階序盤の話を聞くことは出来たが、そこから先は全く不明である。
頼りにしていた“話を聞く”ことでの攻略は難しい以上、ルカたちは自らの目視にかけるほかない。
しかし、それは一緒に先頭を務めるジェーンも同様である。
「……特におかしなところはなさそうだけど」
少しずつ“気を付けて”進む彼女たちだが──突如、それは起こった。
「ッ──!!」
ルカの姿が、消えた。後ろを行くイツキの心臓が大きく鼓動する。
「ルカさん!?」
立ち止まって周囲を見渡すイツキの目の前にぽっかり大きな穴が開いていたことに気付く。
もとから開いていた穴ならば、ルカが見落とすはずがない。
「穴の中に、毒針のトラップが──落ちたはずみに、受けてしまったようです」
傷口から毒が入りこんでいるようだ。穴から救助するための施策は──あった、時雨が用意している。
「みんな、このロープの端を持って! 早く! 錬介、その端を身体に巻きつけられる?」
「解った、すぐにやろう」
そうして、ロープの片端を穴に下ろし、時雨が声をかける。
「ルカさん、ロープ見える? あ、暗がりだよね。灯りは……そっか、ルカさん持ってないんだ」
「私が照らすわ。早く掴んで」
咄嗟にジェーンがLEDライトで中を照らす。すると、大よそ4mほどの深さであることが解った。
脱出しようにもルカの手は震えてうまくロープを掴めないようだ。毒のせいだろう。
気付いたユエルがすぐさま穴に駆けより詠唱を開始。この距離なら、穴の上からでも治療可能だ。
「ありがとう、ございます……」
やがて、救出されたルカが開口一番に礼を述べると同時、深く息を吐いた。
「この塔、ちょっと普通ではないですね」
「へえ。普通ではない、というと?」
フワが興味深げにルカに問う。ややあって、ルカは言葉を選びながらこう言った。
「一般的に“罠”とは“設置した人間”がいるはずです。罠にかけたい者に罠の存在が気取られぬよう、見つからないように罠を隠すことが必須ではありますが、それと同時に“設置した本人が罠にかからないようにある程度罠の場所を示すような目印があるはず”なのです」
「……それ、私も思ってたわ」
ルカの指摘に合点が言ったように、ジェーンが違和感を口にした。
「ここまでにハンターから聞いた罠もそうだったけど……目印のようなものがすごく解りづらいのよ。だから、ただの目視警戒で見つかる罠が少ない。まるで“設置した本人は、この罠の位置を自分が見分けられなくても構わない”とでも言ってるようだわ」
少女たちの会話に思い至ったナタナエルが「ああ、なるほどな」と呟く。
それを耳ざとく聞いていたイツキが青年を見上げて首を傾げた。
「どういうことなのです?」
「僕にもよくわかんないんだけどね。例えばの話……“罠を設置した人がその道を通る必要がなければ”、或いは“全ての罠を正確に把握していれば”目印は必要ないよね?」
「まぁ、そうですけど……塔には別の攻略ルートがあるということですか?」
言うことは尤もではあるのだが、腑に落ちていない錬介が重ねて問う。
「ああ、そう言うつもりじゃないんだ。言葉通り、仕掛け人に見分けの印はなくて構わないんだろうなって」
「真相はわからないけどね。どうあれ、これじゃ目視で見つけるのは厳しいだろうな」
ナタナエルが一人納得する傍で、フワが大仰に溜息をつくばかりだった。
こうして彼らは、かなりの数の罠にかかりながらも4階を目指して進行することとなった。
一口で罠と言えど非常に危険な罠もある。
例えば、彼らが受けた罠の中で最も威力が高く、痛い目を見たのが“混乱”の罠だ。
罠とはその多くが“未踏の地”に潜むものであり、“未踏の地に最初に足を踏み入れるのは先頭を歩く者”である。
つまり、今回は先頭のルカとジェーンが特に罠の多くを受ける事になったのだが──
「──ッ……!?」
ある時、予期せぬ所で足元から霧が噴射された。
石畳の一つが瞬く間にスライドし、噴射口が露出。直撃したのは、先頭のジェーンだ。
ぐらりと脳が揺れるような感覚に蹲る少女を支えようとルカが手を伸ばした──その時だった。
「ジェーン、さん……?」
ぞり、と。嫌な感覚と同時に強烈な悪寒がルカを襲った。
少女の腕が、鋭利な何かで斬りつけられたのだ。正体は言うまでもない。ジェーンの大鎌だ。
咄嗟の事に“受け”の判断は取れなかった。
というより、相手は仲間だ。“切りつけられる意識すらなかった”以上、“防御”の意識は浮かんでいなかった。
ジェーンはメンバーで最も近接攻撃力が高く、その威力は300を越える。
つまり“今切られたのがルカでなければ、死者が出ていた”と言っても過言ではない。
「さっきの霧、どうやら精神異常系のものだったようだね。錬介、いけるかい」
フワが事態を改めて整理する。動揺している暇はない。ジェーンは、既にイツキに狙いを定めている。
だからこそ、錬介は一も二もなく応じた。
「今すぐ治療します。解除失敗の恐れもありますから、彼女を抑え込む準備も並行してください……!」
阻止せねば確実にこの場で死者がでる。一刻の猶予もない。
青年は直ちに詠唱を開始。その言の葉は告解を促す成句にも似て。そして……
「!! ……はッ、は……ッ、ごめ……なさい……私」
術後すぐ、ジェーンの手からするりと大鎌が落ち、石の床に金属が衝突する音が響いた。
“思い出したくもない過去”がジェーンの頭に溢れ出し、それ以上の言葉が見つからない。
「いいんです、ジェーンさん。私は、ほら。丈夫ですから」
ルカは穏やかに微笑むのだが、その額には汗が滲んでいる。
それが、少女にとって忘れえない出来事に重なって──思いがけず、吐き気がした。
人の肉を割く感覚は今も掌に残っている。
脱力し佇むジェーンを、ハンターたちは誰ひとりとして責めはしなかった。
ダンジョンアタックにおいて、先頭を行く者は特に大きな負担がかかるが、他のメンバーは先頭を他者に託した背景がある。今の隊列で納得して進んでいる状況だ。
少女の心のうちを推し量ることはできないかもしれない。だが、それでも──。
錬介がフルリカバーでルカを治療し、全員の無事が確認できると、
「無事でよかった」
後ろに控えていたユエルが、強くジェーンを抱きしめる。
その声が震えていたことに、少女は気付かないふりをしていた。
やがて2階への階段を見つけて休息をとる一同の中、錬介が隊列のローテーションを提案する。
しかし、その場合“誰が先頭を変わるのか”を誰も想定しておらず、その話は有耶無耶となったのだった。
◇
“罠は見つけなければ解除も回避も不可能だ”。
つまり順番として“罠を解除する”行動の前に“罠を見つける”行動が必要だと解る。
先頭を行くルカとジェーンも塔に多数の罠があることは理解していた。
だからこそ最初から“警戒はしていた”。故に“目視で気付いた罠は、防ぐことができた”。
しかし、この塔は罠のレベルが非常に高かったのだ。
(難易度が普通以下の依頼ならば、目視警戒で十分罠を発見出来たかもしれないが)
罠を設置する側は、侵入者を罠にはめる目的から“ぱっと見て前後の景観に対して不自然にならないよう罠を仕掛ける”。つまり「不自然な場所に警戒」が、今回の罠発見の有効打になることは少なかった。だからこそ、発見行動が重要だった。
そんな塔でも、前回の探索班が罠にかかることが少なかったことは事実だ。
先頭を進むハンターのうち、同じ構造状態の塔に侵入するのが二度目の経験者がおり、第一階層の罠を正しく把握できていたこと。さらにそれ以外にも発見行動に配慮を重ね、「スキルを用いた範囲内の罠に誤作動を誘発して強引に潰す」なども試みていた。
そしてもう一人の先頭担当者が鋭敏視覚に直感視を重ね、探索行動にスキル効果を活かした相乗支援をしていたことも功を奏したと言える。
勿論、今回のメンバーにも具体的な罠発見行動をとっていたメンバーは居た。
直感視による警戒で、術の起点などにも注意を払おうとした時雨と、七節棍を用いて周辺の安全確認に努めようとしたイツキだ。
しかし、ここでもう一つ、大切なことがある。
ダンジョンアタックでの探索に重要なポジションと言えるのが“先頭を行く者”だ。
先頭の者こそ、未開の地に最初に踏み出す者であり、彼らの罠発見行動がパーティの生存率に影響を与えると言っても過言ではない。
内部通路を隊列を組んで進む都合、時雨は中衛として隊列中ほどに位置しており、更に身長も一番低い。
同程度の身長の者でも狭い通路に並んで前に立たれれば視界の多くが塞がれる。
故に、時雨は“目視が十分に行えなかった”。直感視は“物を見なければ効果を発揮できない”。
イツキも、武器で周囲を叩きながら慎重に進んだが、それは“先頭者のあとを歩きながら”になる。
つまり、ルカとジェーンが最初に未開地を歩く構成上、今回はそれらの罠発見行動がうまく機能しなかったのだ。
こうして、多くの罠にはまったことが、致命傷の一つに繋がることとなった。
●三、ダメージ管理
塔三階──そこは、二階に引き続き、灼熱のフロアだった。
天井や壁面から炎が燃え盛る光景に、時雨が後じさりしたのも仕方のないことだろう。
「まだ暑いのが続くの? さすがにきつすぎる~……」
ルカの指示でユエルが持ち込んだ水で補給をとりながら、一同は階と階の合間に休息を入れることとした。
「こんな炎の中で休憩もなにもないでしょうけど、状況整理も必要ですしね」
イツキがふわりと笑んで見せるが、この環境で余裕を見せてくれるだけで仲間達の焦燥感や疲労感は随分拭われたことだろう。
「僕は、残すところフルリカバリー1回分です。治療が厳しくなってきましたね」
治療手として最善を尽くそうとする錬介には苦々しい思いだろう。イツキも小さく嘆息する。
「二階から多発したファイアゴーレムの戦闘が響きましたか……」
「例の火炎放射……ああいう手合いは、私みたいなタイプには天敵だわ」
そう答えたのはジェーンだが、実際は輪から少し外れた所にいる。彼女の話相手はユエルだ。
更に言えば、火傷の応急手当として、ルカに貰った蜂蜜をユエルに塗ってもらっているようだった。
「正直、不規則に巻き上がる炎の罠も地味に効いてるよね。火傷が痛いっていうか」
ため息交じりに、ナタナエルが塔の奥に視線をやる。
時折規則性なくプロミネンスのように壁面から炎が突出しては、再び壁に吸い込まれるように消えてゆく。あの炎に巻き込まれることで火傷を負ってしまうことは、ナタナエル自身、前回から何度も痛い目をみて理解していた。
「そうですね……皆さん少しずつ体力が落ちていくので、ヒーリングスフィアは正解でしたけど」
ルカが、気がかりに顔を曇らせる。ここまででヒーリングスフィアも消耗し、残すところあと僅かだ。
「さ、そろそろ行こう? いつまでもこうしてると熱中症になっちゃうかもだよ!」
ぱたぱたと手で自分を扇ぎながら時雨が立ちあがる。
暑さに辟易とする者もいただろうが、立ち止まっていては苦しみが続くだけだ。
メンバーは、改めて三階のフロアを一歩ずつ確実に前進していった。
炎に巻かれて火傷を負い、それでも治療回数を節約するためすぐには治療を施さず。
一行は慎重に通路を歩きながら、塔の地図を形成していく。
はぁ、と。溜息をついて、フワが肩を回した。
彼の手元には少しずつ形をなしていく地図がある。
特に第二階層は転移装置もあちこちにあり、至る所を歩き回らされ、地図の精度は相当に高いと自負している。
「さて、今のところ選べる道が二つ。ファイアゴーレムが2体のフロアと、4体のフロアだ」
皆を見渡し、どうする? とフワが不敵に尋ねる。
「ん~……今のとこ、“守りが多いルートの先に階段がある”場合が多かったよね……」
正直、もうしんどい。4体同時相手とか、出来ればしたくない。
解っていながら、時雨は自身が思う“正答”を苦々しく答える。それでまた過酷な戦闘に挑まねばならないことになるとしても、避け得ないものを後回しにしては余計にしんどくなるだけだからだ。
「僕も、聞き及んだ話だけど、敵の数が多い方が可能性が高いと思う。四体のフロアを推奨するよ」
そんなナタナエルにアリスも同意しているようで、ジェーンが仕方がないとばかりに首肯する。
「ここまでの状況から、確率の高いルートを選択する方が賢いでしょうね」
ハンターたちは四体のファイアゴーレムが犇めく広めのフロアを目前にし、今一度状態を確認。
全員の作戦行動は擦り合わせてある。ならば、するべきことは一つ──
「それじゃ……行くよ!」
時雨の細い指先が、弓弦を引く。それはレイターコールドショットを撃つための構えだった。
制圧射撃は、2階途中で“回数切れ”を起こしていた。
フワのグラビティフォールもここまでかなり活躍したが、しかし“移動不能”ではなく“移動阻害”であるため、完全な足止めにならず行動も阻止できない都合、押さえきれない場合も少なくない。他方アリスは辛うじて残っていた分を放ち、怒涛の掃射が一体のゴーレムを制圧しているものの、まだ道程は半ばだ。
正直、敵数の多さを前に不安は色濃いが、戦わねば先に進めない以上、少女は出来る限りの一射を放つのみ。
最も瞬発力が高いナタナエルは、前回実績もあり“自らの攻撃がゴーレムの装甲に対して響かない”ことを理解している。ならば、核が露出するまでは待つべきと判断した。問題ないだろう。すぐ“その時は来る”。
そうして青年の思惑通りに──しかし当人にそんなことは関係なく──飛び出したのはジェーンだった。
まるで“先程の礼参り”とでも言うかのように、強烈な一撃をゴーレムの装甲に見舞う。その衝撃音の大きさたるや。普段こそ隠密暗殺役のジェーンだが、今この場ではその必要がないからだろうか。常より盛大に鎌を振るっているようにも見える。
やがて、ビシ、と音をたてて胸部装甲にひびが入ると、待ってましたと言わんばかりにナタナエルがローゼンメッサーを構えた。
「まずは一体──落としておこうか」
投擲されたナイフの刃が亀裂に突き立つと装甲が完全破壊され砕け散る。
そして露出した核めがけて──
「“お出まし”だね。勿体ないが、今回は潰させてもらうよ」
フワが詠唱終了。
黄金色に輝く大ぶりなワンドの先端にマテリアルが急速に収束し、そして──躊躇なく放たれた。
鋭い風刃が即座に核を切り刻もうとまとわりつき、そしてそこに無数の傷が入る。
だが、動きが鈍ったと言えど、まだ敵は活動停止していない。
そんなゴーレムに接近する小さな影があった。戦闘で前衛を務めるイツキだ。
射程限界まで距離を保ちつつ、敵を捉えたと同時に深く息を吐く。
体内を循環させるように気を練ると、少女の奥底から力が湧いてくるようだった。
「どんな障害だろうと打破してみせます。この先へ、行かせてもらいますから……!」
その一撃に全身全霊を賭し、少女は蛇節槍を引く。
どれほど相手が強靭だろうが、それを無視して撃ち貫く──その思いの強さが、自動人形に通じたのだろうか。
「一体、活動停止! 残り三体、だけど……注意して! 制圧射撃しきれなかった二体が、動くよ!」
広間中に聞こえるように、精一杯時雨が声を張る。
ルカも事態を理解しており、速攻を心がけるほかなかった。
「二階最後の大型ゴーレムに大分消耗させられましたが、まだ力は残っていますので……!」
セイクリッドフラッシュ──光の波動が辺りを包み、最高効率で範囲に巻き込んだ一体のゴーレム目がけ途方もない衝撃が襲う。その動きの鈍った自動人形に接近したのはユエル。少女が友より譲り受けたレイピアを以て鋭く突端を繰り出せば、先の衝撃で限界を迎えていた装甲が脆くも崩れ去り、核が剥き出しになった。
「錬介さん──ッ!」
「大丈夫。後は任せて」
少女の叫びに、青年が答える。亀裂が生じていた核に向け、錬介が力の限りに聖機剣を突き立てた。
瞬後、動作途中のゴーレムは、まるで電池を抜かれた玩具のようにその場にがしゃりと崩れ落ちる。
こうして二体のゴーレムが活動を停止。だが、行動可能なゴーレムはフロアにあと一体残っている──。
ここまでハンターらは、敵のヘイトをイツキとルカに集めようとしてきた。結果として敵は、特に前衛に立ち注意をひくように意識して動くイツキへと引きつけられていった。だが、それはルカの想定外だったかもしれない。
「ゴーレム、腕部パージ! 火炎放射が来るよ、気を付けて!」
時雨の警告は、祈りにも似た。嫌な予感がしていたのだ。
敵の火炎放射はかなりの広域に及ぶ。
中衛とは言うが、ナタナエルの射程は4。前衛のイツキは得物の射程を活かすため射程3から攻撃を仕掛けている。さらに屋内戦で敵が複数いる都合、取れるポジショニングに限界があり、結果“中衛と言えど、ナタナエルは前衛との距離がさほどあかなかった”。
ゴーレムの行動ターンが始まると、彼らは移動し“イツキを中心に捉えた範囲攻撃を行った”ため、ルカが「盾」として後ろに仲間を庇う形に機能しなかったことは残念だったと言える。
こうして、強烈な火炎放射が、イツキを中心として範囲内に居る前衛たち──最も巻き込みが多い場合はルカ、ジェーン、ナタナエル全員を含めて放たれることとなった。
「……ッ、よけきれないぞ、これは」
足元に燃え盛る炎。ナタナエルが苦々しく呟く視線の先には、炎にまかれる少女たちの姿があった。
──これが、塔探索におけるもう一つの致命傷だった。
前回情報としてゴーレムの火炎放射は聞き及べたが、この技は“ハンターのスキルと同様、範囲攻撃の特徴として相手の回避能力を大きく低減する効果がある”。つまり、回避特化のハンターと相性が悪いということだ。
ルカが火炎放射をもちこたえる事など苦でもないが、イツキとナタナエルはそうではない。
彼らの場合、【火炎放射を二撃連続で食らうと死亡する確率があった】。それも決して小さい確率ではない。
ナタナエルは範囲外で攻撃を免れる場合もあったが、イツキは敵の注意を引く都合どうしても狙われる。
残るジェーンは受け防が高いためすぐ致命傷とはいかないが、ダメージは蓄積するうえに、位置の都合、範囲に収まりやすいことが起因した。
極力離れた位置から銃撃したり、防御の高い者にヘイト管理を託したり、範囲攻撃を考慮し固まらないよう注意するだけで随分違っただろう。
ルカは、錬介は、ユエルは、彼らの誠意と役目にかけて、“二発で死ぬ恐れがあるのなら、一度食らったら即時治療を施す判断をした”。敵の攻撃一発でフルリカバリーが最低一回。多いと二回分以上消えることもあり、こうして治療の手立てはどんどん減っていく。二階以降、敵はほぼファイアゴーレムで構成されていたこともあり、この後、治療手段は全て尽きることとなった。
やがてイツキが倒れ、次にナタナエルが落ち、最後まで奮戦するもジェーンすら力尽きてしまう。
彼らは、4階に辿りつくことが出来なかったのだ。
●この撤退にも意味はある
四階に到達しさえすれば。もう少し冒険にゆとりがあったならば。
積もる話もあっただろう。交わしたい言葉もあっただろう。
だが、それは叶わなかった。
「すみません……依頼に応える事が、できませんでした」
ソサエティの医務室へとイツキ、ナタナエル、ジェーンを運び込んだ後、ルカがアリスに頭を下げていた。
首を横に振る女は、一言だけ答える。
「あの子に会わせたい人がいたんです。叶わなかったのは残念ですね」
ユエルは今、友人の治療に付き添っており、この場には居ない。
だからこそ、アリスはそんなことが言えたのかもしれないが。
「再び来れる日を待ちわびていたけれど、ここは宝の山であり、強固な罠に守られた城でもあったね」
フワが自ら記した古の塔の地図を眺める。撤退したとはいえ、そこまで歩んだ軌跡は確かにここにある。
「道は険しかったですが、今は様々な戦力が攻略に乗り出しています。遠からず、真理は解明されるでしょう」
無駄なことは何一つない。
自分達の目で見たことも、体験したことも、これから続く人々に共有すれば、必ず何らかの“力”となるはずだ。
そんな錬介の思いに、アリスはただ言葉もなく微笑んでいた。
「……ねえ、聞こえるかな? 私の“ノゾミ”って、何なんだろう、ね」
時雨が一人、塔を見上げていた。だが、少女の脳裏に描かれているのは塔の姿ではない。
遙かに遠き“面影”を望み、少女は思わず喉を鳴らした。熱い、何かを飲み込むように。
解らない。知りたい。だから──
「生きる意味って、なんだろうね」
──“それ”を探してる。
“決めつけていた”何かが崩れ、叶わないと理解したのはいつの日だっただろう?
でも、止まれない。止まることは出来ない。
“今を生きる私には、それを──手放すことなどできないのだから”。
古の塔は、今日も多くの戦士が突入し、ゴーレムとの死闘が繰り広げられている。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2017/02/13 21:28:04 |
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生まれた事に理由をつけるならば ナタナエル(ka3884) エルフ|20才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2017/02/17 18:06:15 |