• 界冥

【界冥】触手戦車が墓標を砕く

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/04/28 09:00
完成日
2017/05/04 23:16

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 灰色の墓標が無数に立ち並んでいる。
 どれも同サイズの長方形。
 間隔はミリ単位で同じ。
 前後左右に延々と並び、遠くにある壁まで続いている。
 その中に数カ所、墓標がなぎ倒された場所があった。

 戦車だ。
 とにかく分厚い装甲と太くて長い主砲を積んだだけの、ずんぐりとした戦車だ。
 リアルブルーの戦車なら無限軌道があるはずの箇所から、表面が乾いた触手が無数に伸びて広がっている。

 大都市を守備部隊ごと破壊した歪虚戦車部隊は、自身も滅ぶときまでただこの場にいるはずだった。


●オートマトン起動実験

 寝台に眠る少女を柔らかな光が照らす。

 肌には艶がある。
 薄い唇はしっとりとして男と一部女性の視線を引きつける。

 しかしそれだけだ。
 生きているようにしか見えない、美しい人形でしかなかった。


●おにいちゃん先生

 科学者がモニターを凝視している。
 眼鏡の上からでも目脂が見える。
 シャワーを浴びる暇もないため体臭がきつく、ぼさぼさの髪には大量のふけが浮いていた。

 眉間にしわが寄る。
 眼球が高速で動いて別のモニター複数を確認。
 対象内に変化がないことを改めて確かめ、眉間のしわをさらに深くした。

「実験を終了します。お疲れ様でした」

 複数のため息がもれる。
 起動実験もこれで三度目だ。
 成果が皆無なので士気がそろそろ危険だった。

 ずいっ。

 熱過ぎるお茶が雑な動作で差し出された。
 それまでの仏頂面が嘘のように、科学者はやにさがった顔で受け取る。

「ありがとう。おにいちゃんがんばるよ」

 お茶を差し出しのは、表情に乏しい、10代に入ったばかりに見えるメイド少女だ。
 なお、この科学者はとっくに三十路を越えている。

「まだ時間がかかるのか?」

 精悍な顔立ちの初老クルセイダーが、こちらは温すぎるお茶を飲み干し科学者にたずねた。
 彼の担当は儀式によるマテリアル供給。
 本来なら重要施設に詰めているはずの高位覚醒者だった。

「いくらかかるか分からない、というのが現状でして、えぇ」
「オートマトンか」

 可憐な造形と雑な動作を兼ね備えた少女へ、困惑に限りなく近い視線を向けて腕を組む。

「彼女が成功例ではないのか」
「厳密にはオートマンですね。基本的な構造はハントで刈られているのっぺらぼうな機械と変わりません」

 慈愛に満ちた目を向けたまま口から出るのは、現実を冷徹に見つめた言葉だった。

「これで?」
「はい、これで」

 近づけばよい香りがして、触れれば美容に極限まで気を遣った肌と安らぎをもたらす体温。
 彼女を人間以外と認識できる者は少ないはずだ。

「魂や人間の定義については聖職者や哲学の連中に任せます。確実にいえるのは、この子は地球とクリムゾンウェストの技術で再現と複製が可能だということです」

 予算が無制限ならですけどねと付け足してから、優しい言葉遣いでお茶のおかわりを頼む。

「ハンターがエバーグリーンで遭遇した個体には、明らかに知性と気配がありました。私は覚醒者ではないですけどね、覚醒者の知覚力の高さは実験を繰り返して確信しています」

 実験室の奥、厳重に封印された区画に目をやる。
 そこには、極一部の機械部分を除けば人間にしか見えないオートマトンが何人も眠りについていた。

「正直今でも信じられませんが……」

 若い、メイド少女の見た目とあまり変わらない歳の霊闘士が、困惑を隠せない顔で発言する。

「その子からは使用されている物資以外のマテリアルは感じません。奥の人達は……すみません。僕では分かりません。微かに感じる気もしますが気のせいかもしれないレベルで気配が希薄です」

 うーむ。
 3人がほぼ同時にうなって、運ばれてきた水に近いお茶を受け取りそれぞれ口をつけた。

「トマーゾ・アルキミアに頼るのも選択肢の1つだと思う」
「このままではそうなりそうですけど、個人的にはちょっと」

 科学者は、かつてない真面目な顔になり言葉を続ける。

「私は、あの方ほど科学者らしい科学者を見たことがありません」

 知的好奇心を満たすためであれば倫理など投げ捨てる。
 投げ捨てていない振りをするのも大得意。
 証拠隠滅だっておてのもの。

「地球はあの方に助けられました。だから思うのです。あの方に全てを任せるのは自殺に等しいと」

 トマーゾが残酷とは思わない。人類を滅ぼすつもりだとも思わない。
 あれほどの高みに上れる科学者なら暗黒面も巨大だと確信しているだけだ。

「それにですね。私自身が成果をあげないと、この子をお迎えできるほどお金を稼げませんからね。次は成功させますよ!」
「フン、何を言っている。妹よ、聖堂教会での用意が整うまでしばし待て」
「ちちちがいます! この子は僕の妹になるんです!」

 3人とも、性癖の面でも同志であった。


●回収依頼

「というわけでエバーグリーンから略奪してきてください。今ならオートマトン系の物資が高値買い取りですよ」

 金銭欲に目をぎらつかせたオフィス職員が、いきなりそんなことを言い出した。

「ルビーさん復活の試みがされているのはご存じですよね? だいたいその一環です」

 後ろにいるパルムが、ちがうちがうと小さな手でジェスチャーしている。

「今回の目標は倉庫区画になります。一番手数料が高……」

 ごまかすための咳払い。

「一番高値で売れる技術書籍は多分望み薄です。有望なのは」

 3Dディスプレイが複数立ち上がりそれぞれ別の姿を映す。

 人間に近いオートマトンの素体。
 オートマトン用の服。
 オートマトン用の武器。
 オートマンの内部に使われていると思われるパーツ群。

「こんな感じですね。コンテナに目印はありませんが、20メートルまで近づくとこれに反応があります」

 ハンターの人数分のPDAを取り出す。
 大急ぎで改造されたらしく、繊細なつくりの部品がいくつも飛び出している。
 軍用品として扱うとすぐ壊れてしまいそうだ。

「コンテナとコンテナの隙間はかなりあって、CAMでも自由に通り抜け可能で……あ、はい、大きな武器を使うときは気をつけた方がいいかもしれません」

 ハンターからの質問により手際よく情報の受け渡しが進む。

「2人いればコンテナ1つを確実にこちらに持ってこれると思えます」

 魔導トラック等を使えば効率良くできるかもしれない。が、事前に実験する余裕はないので実際にやってみるしかない。

「現地には確実に歪虚がいます。残念ながら種類も能力も分かりません。安全第一で、お金はがっぽりで頑張ってください」

 一瞬だけハンターを案じるように見えたのは、気のせいかもしれない。

リプレイ本文

●音無き戦車

 無限軌道の如く触手が回る。
 見た目以上の重さの誇る戦車が、林立するコンテナの隙間を驚くほどの速さですり抜けてくる。

「遅い」

 クオン・サガラ(ka0018)から見れば、戦車としては欠陥品レベルの速度でしかない。
 コンテナを避け速度を落とさない機敏さはあるものの、地球の戦車と比べるとあまりにも温い。

「もっとも」

 操縦桿による微修正を終えトリガーを引く。
 機体が微かに揺れ、2つの砲弾が飛び、放物線を描いて敵に迫る。
 薄い上面装甲へ直撃。
 車体全体が歪み、脆い触手が弾け飛び、車体が床の上に叩き付けられる。

「依頼の難易度はね」

 出そうになったため息を意識して堪えた。
 車体が止まらない。
 歳経ても美しい床を削り、数メートル滑って灰色の塔を……コンテナをまとめて押し倒す。
 ごろりと転がり、コンテナの一部が砕けて粉塵が戦車を隠した。

 魔導トラックのエンジン音が粉塵の奥から聞こえ、わずかに遅れて機体備え付けた通信機からエルバッハ・リオン(ka2434)の声が聞こえてきた。

『……ちらエル。現時点でPDAに反応無し。調査を続……』
「了解しました。わたしは引き続き護衛を行います。敵を見かけたら遠慮無く押しつけてください」

 歪虚の影響で音声が途切れ途切れだ。
 おそらく数割の内容が抜け落ちているが、クオンもエルバッハもその程度問題にならない熟練者である。

 目標はどこにあるか分からず。
 敵が目標を壊すかもしれず。
 建物の外には10近い敵戦車が待機している。
 そんな状況でも、彼等は的確に探索と敵排除を進めていく。

「早速反応があったぞ、ついでに歪虚もいるようだ」

 近衛 惣助(ka0510)が言い終える前に操縦を前に倒していた。
 暗色の機体、魔導型ドミニオン【真改】がコンテナの間を駆け抜ける。
 1つのコンテナの前で停止。
 まるで的になるかのように、上半身を捻って大きく両手を広げた。

 胸部装甲に火花が散る。
 ラグビーボール大の砲弾がごろりと落ちて地面に小さな穴を開ける。

『コースケ、生きてル?』
「損傷軽微。塗装が剥げた」
『アイヨ』

 同じく護衛担当のフォークス(ka0570)と連絡をとりあいながら機体を操作。
 全長5メートルに達する砲を東へ向けた。

 戦車が砲塔を【真改】へ向けている。
 向けたまま円を描く形で動けるのは、無限機動の代わりに生えた触手のおかげだ。
 横移動する様は結構な視覚的暴力である。

 5.56mmの発砲音。
 猛獣でも潰れる銃弾が触手に当たり、しかし何も壊せずその場に落ちる。
 コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)がライフル片手に魔導トラックを後進させ、触手戦車が【真改】から彼女に狙いを移そうとして、つんのめるようにその場に止まってしまう。
 銃弾に込められた力が力を発揮したのだ。

「この程度の相手で3~4割か」

 スキルの強度を増やす方法を考えてもよいかもしれない。
 コーネリアが考えている間も戦車は動いて無理矢理向きを変える。
 精度はともかく威力だけはある砲弾が、コーネリアのトラックの上数メートルを通過しトラックの薄い天井を振動させた。

「戦車のくせによくぞそこまで機敏に動けるものだ。だが、足をもがれては意味はなかろう?」

 敵の攻撃が届かない距離まで下がった上で、己のマテリアルを使って5.56mm弾を加速させる。
 戦車の片側の触手が次々千切れ、腐った油に似た体液と一緒に倉庫の床へ転がった。
 これで速度は激減だ。

「そらこっちだ、お前達の相手はここにいるぞ」

 敵車両にカノン砲を向け、【真改】が大股に距離を詰める。
 それは油断が過ぎる様にも見え、触手戦車は残った足を駆使して距離を詰めようとする。
 重量差を活かして【真改】の足を押し折るつもりだ。

「そうだ、俺を狙え」

 コンテナの間に立つ白色のシールドが、高密度大質量の戦車を正面から受け止め、押さえつける。
 堅牢なつくりとなにより惣助の操縦技術により被害は皆無に近い。
 ランスカノンが高々と振り上げられ、戦車が逃げようとしたタイミングで上面中央に突き立てられた。

「お前らの攻撃なぞ全て受け止めてやる」

 捻って、装甲の内側を蹂躙し尽くした上で引き抜く。
 触手も中身も痙攣しながら消滅し、重さと堅さだけがとりえの車体が大きな音を立ててその場に落ちた。

「回収を始める。援護を……」

 コーネリアの声が止まった。

『敵か』
「いや、コンテナの形状に驚いただけだ。予定より時間がかかる」
『了解。敵発見時には連絡を入れる』

 暗色の機体が警戒を続ける中、コーネリアはPDAを手にトラックから降りる。
 惣助に守られたコンテナが立ってる。
 縦横2メートルで高さは5メートル。
 手を触れ軽く押してみると、簡単に動いてしまい力を抜くまでに1センチほど動いた。

「何を考えてこんな場所を」

 文明崩壊時にやけくそになっていたのだろうか。
 そんなことを頭の隅で考えつつコーネリアが作業を再開した。

 魔導トラックに戻り運搬装置を起動。
 コンテナに密着する位置で停車しまた降りる。
 見事に鍛えられた筋肉が美しく動く。
 コンテナが軽い音をたてて荷台に収まり、コーネリアが大きく息を吐いた。

「重労働、だな」

 輸送と運搬に向いた魔導トラックと、体力のあるコーネリアの組み合わせでもこの疲労だ。
 今回の依頼、最大の敵は運搬作業かもしれない。



●遭遇戦多発地帯

『コンタクト』
『交戦に入るのじゃっ』

 巨大倉庫東北部で、複数の戦闘が連続して発生した。

 マフラーをなびかせ疾走する軽量化エクシアの中で、フォークス(ka0570)が珍しく曖昧な表情を浮かべていた。
 儲かる以上はトレジャーハント(あるいはスカベンジング)も悪くないとは思う。
 ただ、依頼目的にルビー復活が多く含まれているのは、反対まではしないが個人的にあまり良いとは思えない。
 人と見分けの付かない意思を持った機械人形を、本人がどう思おうと戦わざるを得ない状況で目覚めさせるというのは……。

 機体を停止させる。
 これでは最大の武器である圧倒的な回避力を活かせない。
 いくつものコンテナが蹴散らされ、極太の砲塔をこちらに向け戦車が突っ込んできた。

 左腕のドリルが勢いよく回転。
 大型弾を真正面から迎え撃って前半分を削り取る。

「どうにもネ」

 己のエゴでしかない。
 口を出す気もない。
 しかしこう表に出てしまうのだから、自分が思った以上に気にしているのだろうが。

 そんなことを考えている間も機体を操作する手は止まらない。
 刃のない巨大ハルバードが高速で旋回。
 触手戦車と再接近するたびに非実体の刃が現れ装甲に大きな傷をつける。

 触手がぶるりと震え、1歩、2歩と下がって後ろのコンテナに激突。
 床で壊れたコンテナから、人間の子供用にしか見えない衣服がこぼれて埃にまみれた。

「あたいらしくもない」

 速度と機体重量を載せハルバートを一閃。
 砲塔を半ばで切断しても勢いは止まらず、エンジンに当たる部分を上面装甲ごと押し潰す。
 力の抜けた触手が、端から解けて宙に融けていた。

「こちらフォークス、エロ戦車1匹撃破、コンテナ1個確保」

 守っていたコンテナには傷一つない。
 実質的なポーカーフェイスからは何の感情も読み取れず、フォークスの内心を知るものは誰一人いなかった。


「ここで当たりかっ」

 PDAがオートマトンの所在を告げている。
 職種戦車の進行方向ど真ん中、魔導型ドミニオン【ハリケーン・バウ】が離れようとした丁度その場所だ。

 ミグ・ロマイヤー(ka0665)がどう猛に笑う。
 むき出しになった白い歯がとても綺麗で、ミグしかいないはずのコクピットの正のマテリアルが漂った。

「舐めるな!」

 【ハリケーン・バウ】が左腕を限界まで伸ばし、髑髏の紋が描かれた盾を床に突き立てる。
 職種が床を打つ音が連続する。
 戦車の体でコンテナ多数が吹き飛ばされ、緑の機体と盾に次々と当たって激しい音が連続。
 コンテナが砕け、灰色の粉塵がミグとその愛機を隠した。

 歪虚は勝利を確信する。
 それでも決して油断せず、己の最高最期の一撃を砲塔から放とうとして、その砲塔をランスカノンの弾に潰された。

「ふん」

 つぶれた砲塔に爆風と砲弾が殺到。
 限界を超えた圧力に負けて砕け飛び、戦車の全面装甲がごっそりとなくなる。
 ミグはオートマトン入りコンテナの無事を確かめてから一歩前へ。奢らず焦らず砲弾を浴びせて歪虚戦車にとどめを刺した。

「何体いるのやら」

 コンテナに隠れて負の気配が1つ、2つ……ひょっとしたら3。
 この状態では当たり入りコンテナを運ぶことは難しい。
 ただしそれはミグしかいない場合の話だ。

「行けるか」
『人使いと機体使いが荒いね。もうすぐ……今!』

 【ハリケーン・バウ】が上体を捻って200mm4連カノン砲を発砲。
 移動中の触手戦車に3発がめり込み緑の機体を振り返る。
 その至近距離を、騎士甲冑を思わせる形状の魔導アーマーが通り抜けた。

『すぐ始めるから援護よろしく』

 動きから判断するとかなりの性能のはずなのに、魔導アーマー【ヴェルガンド】が装備しているのはクレーンと盾だけだ。
 見事なロープワークでオートマトン入りコンテナを括り、クレーンを使って機体の格納スペースにするりと納める。
 かかった時間はたったの20秒。港湾施設垂涎の高性能だった。

『これ以上は入らないよ』

 グリムバルド・グリーンウッド(ka4409)の声が響く。
 【ヴェルガンド】が腹一杯と言いたげな仕草で格納スペースをかばい、流れ玉を器用に盾で受け流す。

『こちらアバルト。最奥の処理を完了した。援護するから機を見てデポまで下がれ』

 誰も警戒していなかった方向から105mm弾が飛来。
 中破した戦車に大穴を開け、結構離れているはずの残り2体にも次々命中させていく。

「……伊達に機体を砲射撃戦用にカスタマイズしているわけではない。悪いが、確実に撃破させて貰うぞ」

 アバルト・ジンツァー(ka0895)はまぐれ当たりを期待しない。
 確実に当てることを優先し、装甲を凹ませ、衝撃や砕けた装甲で触手に傷をつけ、時には直撃させ本体から切り離す。

『お先に失礼するよ』

 【ヴェルガンド】が一瞬も躊躇せずに逃げ出した。
 緑の機体が盾になり、もう1両が追うものの触手が減り速度が出ない。

 【ハリケーン・バウ】が歩きながら腰の捻りを解消。
 無理のない姿勢で歪虚戦車の背後を狙い、実にあっさりと中枢まで弾を届かせ触手と中身を消滅させた。
 殻だけの戦車が床で揺れ、粉塵ともマテリアルともつかない何かが戦場に漂う。
 林立するコンテナが、本物の墓標のように見えた。

『しかしまあ、どこのあほがこのような物をこしらえたんじゃ。まるで巨人の王国であるな』
「同意する」

 魔導型デュミナス【Falke】に再装填を命じてから、アバルトは視界を広くして戦場を観察した。
 物の配置から真剣さを感じられない。
 歪虚に最期まで抵抗したのなら、もう少し必死さや絶望が滲んでいるはずなのに、ここにあるのは空虚な諦めだ。

『処理が完了と言ってなかったか?』

 触手が床を打つ音が遠くから聞こえる。
 明後日の方向に弾を打ち上げ天井に穴を開ける戦車が2両、奇妙なほどゆっくりこちらへ向かってきていた。

「射程の分威力は控えめだ。足止め処理は完了させていた」

 【Falke】がスナイパーライフルを引き金を引く。
 無数のコンテナをすり抜け全弾当たりはするが、正面装甲を抜けずに凹ませるしかできない。
 数が少なくなっているので触手にもなかなか命中しなかった。

『掃除してから探索じゃな』

 付近に当たりのコンテナがないのは確認している。
 緑の機体が本来の力を出して荒れ狂い、既に傷ついた戦車を瞬く間に蹂躙した。


●宝の過積載

 灰色の世界の中、白地に真紅の機体が油断無く周囲を警戒している。
 歪虚の数が減り霧が晴れていく。
 遠くに山積みコンテナが現れ、一定の速度で接近してくるのが見えた。

「お疲れ様です。私も運搬に回った方が?」
『問題ありません。……いえ、荷物の置くための場所確保をお願いします』

 クオンに耳に、通式越しのエルバッハの声がクリアに届いていた。

「了解しました」
『そなたは歩哨を続けよ。場所はミグが作っておく』

 緑の機体が驚くほど人間らしく動く。
 急いで乱雑に置かれていたコンテナを組み替え、崩れないようすると同時に開いた空間を作り出す。

『問題は全部持ち帰られるかじゃがな』
「ですよね」

 ミグとクオンが同時にうなる。
 敵に攻撃に回収目標が巻き込まれることを防げたのは素晴らしい。
 ただ、全て回収した結果どう楽観的に考えても2つほど取り残されそうだ。
 考えていてもよい案は浮かばない。
 ミグは万一に備えて、外れコンテナを周囲で組み上げ簡易の防壁作りを始めた。

 魔導トラックが止まった。
 ロープで厳重に固定されているはずののに、コンテナは慣性で動こうしてロープをきしませた。

「下ろしますね」

 【ヴェルガンド】が器用にロープを外す。
 今回最大の目玉であるオートマトン稀少パーツ群入りコンテナを慎重に下ろし、次にオートマン複数入りを下ろし、さらにオートマトン用武装を下ろそうとして手が止まる。
 入れる場所がない。
 装甲の分最も安全な【ヴェルガンド】格納部分はとうに埋まっている。
 魔導トラックに載せていくと、オートマトンだけでも結構厳しい。
 きい。
 鉄とも木ともつかない何かが擦れ合う音が響き、妙に軽い音を立ててコンテナの一面が本体から外れた。

 エルバッハが連続で瞬く。
 今封印を解除したのは確かに自分だ。けれど自分だけで無かった気もする。

「ひょっとして、起きてます?」

 包装されたまま横たわるオートマトンに視線を向けるが、一切反応は無かった。

「寄せ木細工状の鍵か」

 惣助が操縦桿から片手を離してキーボードを引っ張り出す。
 腕部の詳細設定画面を呼び出す。
 AIに任せる範囲を0にして完全手動操縦に切り替えた。

「妙な物を作る。クリムゾンウェストでもこんな趣味的な設計は……」

 誓って言うが惣助の手抜きはなく油断もなかった。
 【真改】の指がコンテナの外壁にめり込んだのは、既に鍵が鍵として使えないほど壊れていただけだ。

「報酬の上積みを目指し、少しでも多く持ち出したいものだな」

 アバルトが真面目腐った顔で、冗談半分本音半分のコメントを出す。
 オートマトンを荷台に積めている途中のエルバッハが振り返り、彼女もまた真面目な顔でうなずいた。

 惣助は赤面するほど未熟ではない。
 解錠のしようがなくなったコンテナを床に起き、機体手甲から未起動状態のドリルを伸ばす。
 手首を動かすタイミングで極短時間ドリルをまわし、コンテナ外装と外装を固定した箇所を破壊してコンテナの1面を取り外した。

「そのコンテナは私のトラックに」

 エルバッハの耳が微かに震えた。
 意識を戦闘用に切り替える。
 歪虚の気配はどこにもないけれど、微かに、本当に辛うじて聞こえる小さな音が南から聞こえるような気がした。

「倉庫内に歪虚はいません。迎撃に出ます。エル……さんは転移に備えて下さい」

 クオンが操縦桿を前へ。
 真紅の機体が西へ駆け出す。
 ミグ作のバリケードを越え、分厚いシャッターが壁ごと崩れ落ちた出入り口を抜け、コンクリと枯れた木しか見えない外へ飛び出し南を向いた。

 巨大なコンクリ壁の影から触手戦車が飛び出している。
 数は8体。
 倉庫内にいた個体より一回り大きく、しかし危機感は薄いようで砲塔が明後日の方向へ向いていた。

「敵戦車8、迎撃に移ります」

 ツインカノンによる連続射撃。
 砲弾が触手とコンクリの地面ごと吹き飛ばし、しかし残る7両も当たった1両も弱った様子も無く突っ込んできた。

『些か理解しがたい都市、理解しがたい依頼内容ではあるが』

 スラスターを光らせ魔導型デュミナスが大穴から飛び出し。

『依頼であり、敵がいることは間違いない』

 危なげ無く機体の向きを変えて着地。
 最初の1発は105mm弾を、2発目以降はCAM用アサルトライフルの30mmを浴びせて8両目を穴だらけにする。
 触手がすうっと消えて残り7両。

「進入路は」
『簡易じゃが塞いだ。後ろは気にせず存分にせい』
「了解っ!」

 【Phobos】が全長6メートル半の刃を両手で構え、横並びに突っ込んでくる4両を躱しざま1両の砲塔を刺し貫いた。

「まったく」

 殺到する3両と砲を向けてくる別の3両を見てもアバルトは揺らがない。

「俺が肉弾戦を」

 8メートルと巨体を身軽に跳ねさせ大重量を躱し、コクピット直撃コースの砲弾を長柄武器で受けて被害を局限する。

「機体越しとは言え」

 触手戦車が1両反転する。
 残る2両は空コンテナバリケードを力尽くで押し破ろうとしている。

「せねばならないとは世も末だな」

 一瞬の隙を突きバルディッシュを振り上げ、振り下ろす。
 片側の触手がまとめて斬り飛ばされ中身ごと戦車が地面に打ち付けられた。
 強靱な刃が歪んだ装甲へするりと入り、中のエンジン部位を砕いて歪虚の存在を砕くのだった。


●タイムリミット開始まで後1分

 コンテナが回転しながら吹き飛んだ。
 その下を潜り抜ける戦車は奇妙に速い。
 勝とうが負けようがこの戦で終わる気で力を使っている。

 そんな必死の、しかも2両による突撃を、暗色の機体が苦も無く正面から受け止めた。

「ふん」

 側頭部の傷跡に鮮烈な痛みを感じながらも、惣助は冷静に【真改】を操りランスを繰り出す。
 切っ先と戦車の装甲から火花が散り、もう1両の戦車も盾で押されてじりりと後退する。
 真円に見える砲門を睨み付け、惣助が不敵な笑みを浮かべた。
 触手の端から砕けて戦車の動きが乱れる。
 通常なら意識せずすり抜けられたはずのコンクリが邪魔になり、中身入りコンテナ数個を無意味に押して無駄に力を使う。

「その図体では屋内戦は身が重すぎたようだな。尤もただの兵器如きにその程度の知能など無いだろうがな」

 コーネリアは弾倉に残った最後の弾を撃ち尽くし、歪虚戦車に止めは刺さずに自らの魔導トラックへ乗り込んだ。

「再転移の気配が強まっている。余力がある者は荷物を確保しろ。私は再転移完了まで」

 眉間に微かなしわがよる。
 黒に近い、豪雨の如きオーラが彼女の全身を一瞬隠す。

「逃げる」

 トラックが走り出す。
 限界まで積み込んでも戦闘能力は変わらない。
 ただ、装甲が薄い分各種兵装やオートマトンに当たる可能性があるので、作戦の成功を考えると距離をとるしか選択肢がない。

「オートマトンか……。何だかよく分からんが、調べてみる意味はあるだろう」

 歪虚の害になる成果が得られることはあってもその逆はないはずだ。
 少なくとも、この場で数体歪虚を屠るよりオートマトンを1台無事に届ける方が戦局に寄与する。
 それは重々分かっていても、歪虚への殺意を抑えるのは非常に大変だった。


 マテリアルの刃が装甲板を豆腐のように破壊した。
 もちろん豆腐の訳は無く、砕けた欠片が外れコンテナにめり込み傷をつけた。

「良くないネ」

 逃げ出す戦車に30mmを浴びせながら、フォークスは死に神の刃がすぐ側まで迫っているのを感じていた。

「外で何が起きてるのかイ?」
『都市中心部から敵が近づいている。1個大隊規模、接触まで4分』

 Fから始まる罵倒語を吐き出し、足の止まった戦車を背後からドリルとハルバードで殴り殺す。
 容赦なく痛みを与える様は凄惨に過ぎ、トラックの上のオートマトンが眠ったまま怯えていた。

「時間切れだネ。再転移まで粘って精々数を……っとこのタイミングでかイ」

 もう1両に銃口を向ける前に、フォークスも彼女の機体も一瞬で姿を消していた。


 生き残りの戦車が猛然と砲撃を続けている。
 数はたったの2両。
 この場のハンターなら生身の単身でも勝てる相手ではあるのだが、荷物を守り、しかも再転移に不具合が生じている状況では不利な戦いを強いられる。

 緑の巨人が我が身を盾にする。
 盾は盾でも歪虚にとって絶望的な鉄壁だ。
 体当たりも砲撃もろくに効かない。

「人数オーバーで転移に不具合? っておぬし何を」

 ミグが視線を横に。
 何もいない。が、特にオフィスでよく見かける気配が確かに存在する。

「精霊じゃと!?」

 止めのカノン砲を放つ前に、彼女と愛機がエバーグリーンから消えた。


「さすがにまずいね」

 飛んでくる砲弾全てを全て盾で受けているのにグリムバルドの表情が渋い。
 だいたい同じタイミングでクリムゾンウェストに引き戻されるはずなのに、彼ともう1人だけが取り残されている。
 一度弱まって転移の気配が強まってはいるのだが、今は敵が近すぎる。
 運が悪いと転移装置という重要施設に歪虚を連れて行くことになる。
 この場で仕留めようにも、残ったユニットは運搬特化装備アーマーとトラックしかいないので攻撃力が足り無い。

 甲高いエンジン音。
 エルバッハのトラックから目立つ色の煙が立ち上る。
 グリムバルドをそのままにして逃走を始めても、その煙だけはその場に残って東に延びている。

「いい作戦だっ」

 【ヴェルガンド】が後ずさる。
 煙に入ったところで歪虚戦車からの砲撃が到着。
 数メートルはずれた場所を通過。うち1つは外れのコンテナに当たり中身を飛び散らせた。

「50メートルで右折。20メートルで左折」

 エルバッハは、バックミラーとサイドミラーを見るため上半身と激しく動かしている。
 通信機の状態を確認する暇もないけれど、グリムバルドの機体が魔法の煙を活かしきって攻撃を避けているので多分通じているはずだ。

「次、40メートルで……」

 貴重な品を危険にさらさないのが一番だ。
 ただ、感覚的には、一度も攻撃しないのに違和感があった。

「私も修行が足りませんね」

 減速、停止、万一に備えて機関銃を歪虚へ指向。
 そこまでしたころでようやく、灰色の景色が見慣れた場所に切り替わった。

『安全確認!』
『歪虚は発見できず』
『マテリアルに負の反応無し!』

 待機していたCAMが銃口を下ろす。
 相手も仕事上やむを得ないからやっているだけとはいえ、正直気持ちはよくない。

「前回の依頼では不穏な情報、今回は物理的な異常ですか。どうにも不安が拭えませんね」

 特に転移の不具合が深刻だ。
 よほどのことが起きない限り異常など発生しないはずなのだが……。

「お疲れ様です。大量ですね。これなら追加報酬もいっぱいいけそうですよ!」
「うむ。なのでオートマータ……オートマトンじゃったか? それを1体報酬として譲ってくれても」

 職員とミグの会話を聞いて、荷台に寝ていたオートマトンが跳ね起きた。
 ミグを向いて勢いよく手を上げ、勢い余って後頭部から倒れて目を回す。

 オフィス職員が顔を強ばらせ、震える声で箝口令を出した。


●近づく目覚め

「変化無し、か」

 グリムバルドがベッドに近づいた。
 オートマトンは回収されたときのまま動かない。

「一度話をしたかったんだけどな」

 厳重な扉をくぐって研究室に出ると、実績のある研究者がうつろな目で上体をふらふらさせていた。

「研究が行き詰まったのですか?」

 エルバッハが労り半分の声をかけた。
 研究者はきしむ音がしそうな動きで彼女を見上げ、今にも泣き出しそうな声で説明をする。

「個人的な問題があっただけで研究は順調だ。今日倒れた個体は来月には目覚める、というか」

 深いため息。

「今回君達についてきた精霊がオートマトンを動かしていた」

 これでオートマトンは売買の対象ではなくなった。
 少し似た部分のあるオートマンも売買が難しくなるだろう。

「転移の異常はエバーグリーンの精霊が原因ですか」
「おそらく。計測された力は機体込みで新米ハンター程度だがな」

 さらに深いため息。

「彼らをお迎えするつもりなら頑張って口説いてくれ。作戦が成功すれば年内にはオフィスで顔を会わすはず……すまん、これ部外秘だ。実際に会うまで忘れてくれ」

 口べた研究者が、力なくため息を繰り返していた。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 5
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MVP一覧

  • SUPERBIA
    フォークスka0570
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオンka2434
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッドka4409

重体一覧

参加者一覧

  • 課せられた罰の先に
    クオン・サガラ(ka0018
    人間(蒼)|25才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    フォボス
    Phobos(ka0018unit001
    ユニット|CAM
  • 双璧の盾
    近衛 惣助(ka0510
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    シンカイ
    真改(ka0510unit002
    ユニット|CAM
  • SUPERBIA
    フォークス(ka0570
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    アールセブンエクスシア
    R7エクスシア(ka0570unit003
    ユニット|CAM
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ハリケーンバウユーエスエフシー
    ハリケーン・バウ・USFC(ka0665unit002
    ユニット|CAM
  • 孤高の射撃手
    アバルト・ジンツァー(ka0895
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    フォルケ
    Falke(ka0895unit003
    ユニット|CAM
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    スチールブル
    スチールブル(ka2434unit002
    ユニット|車両
  • 友と、龍と、翔る
    グリムバルド・グリーンウッド(ka4409
    人間(蒼)|24才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヴェルガンド
    ヴェルガンド(ka4409unit001
    ユニット|魔導アーマー
  • 非情なる狙撃手
    コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    魔導トラック
    魔導トラック(ka4561unit001
    ユニット|車両

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【相談卓】柔能く剛を制す
コーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561
人間(リアルブルー)|25才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2017/04/28 05:55:10
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/04/24 22:42:51