繋がれた猟犬

マスター:窓林檎

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/07/07 07:30
完成日
2017/07/18 03:23

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 一人の老人が、山深い樹林の中を歩いている。
 極限まで肉が削げ落ちた骨と皮に等しい禿頭の輪郭、最早一種の妖鬼さえ連想させる皺だらけの容貌、折れ曲がり、不気味に揺れる、杖に全身を預ける身体、浮浪者が纏う襤褸も同然の長衣――。
 その背に死神を負っているのではないかと思わせるほどに、濃厚な死の気配を漂わせる男。
 独りでここまで歩んだこと自体が尋常ではない有り様だが、その瞳だけは炯炯と輝いていた。この男から常軌を逸脱した狂気を感じることは、容易であるどころか、当然ですらあった。
「――アジン」
 にわかにその歩みを止めた老人が、カラカラに乾いた粘土のようにしわがれた声でボソリと呟く。
「ドゥ……トレ、チャール! ウー……ロク!」
 知らぬ者が聞いたら、魔境における呪いの言葉だと聞かされても得心してしまうであろうほどに、意味不明な言葉の羅列。
 しかし、この男『にだけ』は明確に見えている。
 今しがた唱えた『名前』――己の命よりも愛してやまぬ愛犬が、この山中を駆け、恣に獲物を狩り尽くし、野生の王として君臨する姿が。
 信頼していた部下と共に妻が逃げ出し、共に心中してから数十年。
 人間の一切に疑心と憎悪を抱くこの老人は、自らの屋敷の中に蟄居し、決して己を裏切らぬ飼い犬をのみ偏愛し続けた。
 そしてある時、己の死期を悟った彼は、自らの魂の如き愛犬の全てを躊躇なく打ち殺した。
 今現在、彼を支えるその杖には、自ら殺した愛犬の血が黒々とこびりついている。
 理由はただ一つ――解き放つため。
 己が死に、下らぬ愚物たる人間どもの手に堕ちるくらいなら、己の手で純粋なる魂へと還り、永遠に野を駆ける方が余程幸福だと、一も二もなく彼らは同意してくれるに違いなかったため――そうじゃないことなど、有り得ない。
「我が……我が、魂の片割れどぼごぉ!」
 喀血しながらの、不協和音の如き叫び。
 死期を目前にした人間には余りにも酷な身体的負担が爆発したように血を吐き出し、崩れ落ちるように地に膝を付ける。
 それでもなお、男は叫ぶことを止めない。
 むしろ、己に残る生命の全てを、その叫びに費やした。
「駆けよ! ――そして、全てを支配せよぉ!」
 叫び終わると同時に、男は崩れ落ち、絶命した。
 それからまもなく――男と、血にまみれた杖の周囲を、禍々しい気配が漂い始めた。

 ※

「はぁ……勘弁してくれよ、こんな山の奥まで徘徊老人の捜索とか」
「無駄口を叩くな。黙って歩け」
「でも嫌になりません? 成金一族の、当主の弟の気狂いジジィの相手とか」
「無礼だぞ! 口を慎め!」
「無礼もなにも、先輩以外誰も聞いちゃいませんよ」
「ともかく、文句を言うな、真面目に――」
「はいはい……お駄賃分はやりますよ、先輩」
「――――」
「あーあ、俺も力さえありゃ、ハンターにでもなって大儲け……」
 どさり。
「? 先ぱ――」
 ――――。
「え? な、なんで……喉笛掻っ切られて――!」
 …………。
「い、犬? 野良か? ……何で首輪が――」
 …………。
「え、こ、これ……まさか、雑、魔?」
 ウオォン!
「ひっ!」
 ウオォン!  ウォオン!
オオオン! ォオン!
  オオウォン!
「な……なんだよぉ! どうなってんだよぉ!」
 すたっ、
「ひいぃ!」
 すたっ、すたっ……、
「く、来るな! 来るな来るな!」
 すたっ、すたっ、すたっ、すたっ……。
「う、うわあああ! 誰かァ――!」
 血しぶき。

 ※

「え、えー、本日はお日柄も良く……」
 野暮ったい丸眼鏡に、無造作な後ろ留めの髪。
 垢抜けない女性の新人と言った風貌の職員が、しどろもどろに言葉を連ねる。
「……そもそもカレーライスにおける受け攻め論争は、ライスが受けでルーが攻めというのが学会における定説……え? 依頼の話をしろって? ……し、しぃつれぇっました!」
 ああ……やっぱり私見たいなコミュ障にこの仕事は無理なんだぁ……ああ、邦に帰りたい、星になりたい、次元を超越したい……。
 ぶつぶつと自己嫌悪に引きこもる職員に、誰かが咎めるような咳払いをする。
 それを潮に、職員は粛々とこちらの世界に戻ってきて――職員の瞳に、理知の気配が宿る。
「……それでは、本案件の説明を致します」
 その声色は存外、ハッとする程に凛としていた。
「約二週間前、貿易商を営むチェイン家、本件のクライアントである一族当主の弟であるアイゲン氏が失踪しました。チェイン家は専属の警備兵を狩り出し、目撃情報のあった北方の山奥を探索したのですが、そこで雑魔に遭遇。数名の犠牲者が出たのを鑑みて、依頼届けを提出しました」
 皆様には、雑魔の討伐、及びアイゲンの安否確認、生存していた場合の保護をお願いします。
 そう語る職員の態度は、先ほどまでの狼狽えが嘘であるかのように堂々たるものだった。
「雑魔はドーベルマンを彷彿とさせる犬型。具体数は未確定ですが、呼応した雄叫びの数から推測するに六から八体程度。生存した警備兵の証言によると、不意をつき、急所を狙うそうですが……どうもこの雑魔には、『行動範囲が限られている』節があるようです」
 曰く、とある勇気ある警備兵が試したところでは、唐突に追ってこなくなり、こちらを睥睨する雑魔にそっと近づいてみたところ、やはり一定の範囲に入ったところで攻撃してきたそうだ。
「しかし、その警備兵が投石を試みたところ、雑魔は瞬く間に身を翻し、森の奥へ姿を眩ませたそうです」
 雑魔の敏感さは並ではなく、『石を投げようと腕を動かしただけ』で反応したらしい。
 警戒心が強い上に、動きも俊敏――雑魔とは言え、厄介な相手かもしれない。
「チェイン家としてはアイゲン氏の安否が確認出来れば十分との意向ですが、雑魔を放置するわけにはいきません。断固として討伐をお願いします」
 しかし、そのアイゲン氏なのですが……と、職員は言葉を続ける。
「私の所見では、クライアント側は氏の生存を諦めている節が見受けられます。そもそも目撃情報によると、氏が向かった先が、ちょうど雑魔が出現している方角だと言うのもあるのですが……」
 ここまで淡々と語っていた職員の表情に、わずかに陰が降りる。
「どうやらアイゲン氏は、長年に渡り精神に極度の異常をきたしていたらしく、氏は死んだも同然の扱いだったそうです。曰く、氏の妻が部下と心中自殺をしたのが原因だそうで。それ以来彼は数十年間、自らの館に籠もり、愛犬に耽溺する生活を送り続けたそうです」
 そしてある警備兵の証言によると、雑魔には首輪が施されていたそうです。
 犬の形をしているというだけで、飼い主などあり得ないはずの雑魔に――。
「いずれにせよ、アイゲン氏の探索もして頂くこと自体は変わりありません。以上を踏まえた上で、本案件を受ける場合、こちらの契約書にサインをお願いします」

リプレイ本文

 遠目に見るそれは、不毛の大地に生命の全てを吸われた枯木を連想させたかもしれない。
 骨に人皮を縫い付けただけ、という有様の両脚に、黒々とした血に塗れた杖。
 支えと呼ぶにはあまりに脆弱な三つの支えで地に立つ、不吉。
 かつてアイゲンという人間であったそれは、生命を終えてなお土に還らなかった。
 生命の抜け殻は忌まわしき雑魔へと変貌し、禍々しき気配を漂わせて深き森に佇む。
 長く、鋭い、犬の雄叫びの数々が重なり合って山中に轟いた。
 雄叫びは響き渡り、アイゲンの遺体に絡むようにいつまでも共鳴しあっていた。

 ※

「ライスが受けでルーが攻め……ざくろの知らない世界が……いや、君のじゃなくて……」
「なぁにわたわたしとるんじゃ、ざくろ?」
「いやあ、アイゲンさんの人なりを聞きたかったんだけど……気になったこともあったから」
 すっかり自分の世界に入り、『カレーライスにおける乗算の変遷史』を朗々と語りだした新人職員に、呆れ返った様子のレーヴェ・W・マルバス(ka0276)と、苦笑して肩を竦める時音 ざくろ(ka1250)。ちなみにこの後、新人職員は滅茶苦茶怒られることになる。
「『首輪』のことか、ざくろ?」
 傍観していた金髪の青年、央崎 枢(ka5153)が口を挟む。
「うん、アイゲンさんと関係ありそうな気がして」
「だとすれば……飼い主に危険が及んだか、或いは飼い主が……」
「順当に考えれば、くるくるった爺が人を餌にしつけちゃったーとか考えちゃうけど」
 二人の間に入ったのは玉兎 小夜(ka6009)だ。
 白髪に赤目、どことなく緩やかな雰囲気は、無害な子兎を思わせる。
「まぁ。どんな敵でも。殺す」
 しかし次の一声に込められた殺意は、氷のように冷たく鋭い。
 間違っても、無害な子兎が放つべきではない気配だ。
「しかしハンバーグカレーの出現が膠着した議論に一石を……はぇ! な、なんでしょうか!?」
「気が済んだ? ならお願いを聞いて頂けますね?」
 目が笑っていない笑顔で問うたのは、マリィア・バルデス(ka5848)だ。
 哀れな新人職員は、玉兎が放った殺気とはまた違った、軍隊仕込みの機械的冷視に晒され心底萎縮した。
「一点。雑魔が出現した周辺地図の提供」
「あっ、それ私も頂きたいです」
 捕虜への尋問すら思わせる光景に割って入ったのは、柔和な雰囲気のエルフ、レオナ(ka6158)だ。
「可能なら、森への侵入ルートと雑魔の縄張りの外周の距離も、教えて貰えますか?」
 穏やかに微笑むレオナだが、新人職員はコクコクと頷くばかり。
 これは流石に用意していたが、縄張りの外周距離は警備兵の断片的な証言に基づく不確かな情報に留まった。
「もう一点。アイゲン氏の持ち物と使っていたシーツがあったら貸して貰えるかしら」
 持ち物と……シーツ? 新人職員は冷静な、しかし疑問を隠さない様子で応える。
「可能ですが……失礼ですが、何に使われるのですか?」
 おずおずと問う新人職員に、マリィアは不敵に笑った。
「私にも『相棒』がいるのよ――間違っても雑魔になったりしない、ね」

 ※

「話に聞いてた通り、深い森だね。昼間なのに薄暗いや」
「目視頼りでは木々が遮蔽物になって一瞬見失う危険性はあるな」
 だが、それは相手も然り。
 言葉に緊張感の伴ったざくろに対し、冷静に所感を語る央崎。
 魔を祓う精悍な剣士然とした央崎に対し、ざくろは可憐な少女と見紛う容姿だ。
 しかし、ざくろも歴戦のハンター。樹々が深く生い茂る山中を進む姿に怯えはない。
 各々山中を歩く一行を、地図を広げていたレオナが制した。
「皆様、そろそろ『縄張り』です」
 雑魔の領域。断片的な情報しかない今、ここが縄張りで――急襲されてもおかしくない。
「最初はレオナと央崎のプランで行くのね?」
「はい。敵の頭数を減らしつつ、雑魔の縄張りの範囲を導きます」
 マリィアの確認の言葉に、央崎が応える。
 警備兵の証言を元に決定したポイントから前進し、雑魔が襲ってきたら追ってこなくなるまで下がる。
 それを繰り返して縄張りの範囲を導き出しつつ、雑魔の数を減らす。
「そして、雑魔や俺たちの線上に収束点があれば、そちらに向かいます」
「問題は収束点に何があるかだけど……」
「ざくろ、分かるじゃろ? それは自明――雑魔化したアイゲンじゃ」
 ざくろは思わず困ったように苦笑した。
「レーヴェさん、確かにアイゲンさんは高齢で、遭難して二週間ですが――」
「確かに現時点では断言出来んが、雑魔が奴の飼い犬そっくりなら確定じゃ」
 何のためにざくろがアイゲンの人となりを聞いたと思っとる?
 窘めるマリィアに、レーヴェは素気無く返す。
「雑魔化はともかく、アイゲンさんの飼い犬の特徴は伺っているので、確認出来ると思います」
 その人柄――氏の過去と、愛犬への歪んだ愛情も。
「まあなんでもいいよレオナさん。敵なら殺すだけだし」
 身も蓋もない玉兎の言葉が、端的な事実ではある。
 何であれ、害をなす雑魔は討伐する。
「残された僅かな可能性を信じたいところだが……」
 誰ともなく口にされた央崎の呟きは、鬱蒼とした深緑の中へと消え入るようだった。

 ※

 真っ先に不自然な茂みの揺れを観測したのはマリィアだった。
「――来る! 前方からだ!」
 一喝。反応した一同は直ちに、前進していた山中を全速力で後退する。
「皆さん、分かっていると思いますが――!」
「うん、雑魔が襲撃を止めるところまで後退だね!」
 全速力で駆けながらレオナとざくろが頷き合い――次の瞬間、茂みの中から一匹の獣が飛び出した。
 訓練されたドーベルマンを彷彿とさせるが、その雰囲気は常軌を逸脱して禍々しい。
 一行を襲う雑魔の速度は、尋常ならざるものだった。
「なんか理由があるかもだけど」
 ――徐に、一匹の兎が振り返り。
「……狼、犬は殺す」
 赤き目をギラつかせ、刀を抜き払った。
「ちょ、小夜!」
「ヴォーパルバニーは貫きて尚も貫かん」
 ざくろの静止の声を他所に、玉兎は刀を振るう。
 空を斬っただけに見える一振りは、空間を超えた斬撃と化し、周囲の樹々諸共雑魔を斬り刻まんとした。
 ――!
 樹々が死角となり、奇襲を受けた格好の雑魔。にも関わらず、雑魔は瞬時に反応して回避行動を取った。
「ちぇ、直撃すると思ったのに」
 不服そうにこぼす玉兎だったが、雑魔の方も避けきれず――玉兎の不満と裏腹に、深い傷を負わせたようだ。
 それでも、雑魔は一度短い悲鳴をあげただけで、速度を緩めることなく深い森の奥へ引き返した。
 それを見て取った央崎が、険しい顔で振り返る。
「俺たちの話、聞いてたか?」
「もちろんだよー? 雑魔の縄張りとその収束点を導きつつ、敵の頭数を減らす、でしょ?」
 敵の頭数を減らす、の部分を強調しながら涼しい顔で言う。
「殺すことに変わりないわけだし、敵の能力も計るべきだよ」
「あのなぁ……!」
「ごめんねー、挨拶代わりでつい。行動範囲を絞る前に攻撃したのは悪かったよ」
「まあまあ、玉兎の言うことも一理あるわけじゃし」
 ペコリと可愛らしく頭を下げる玉兎と、やんわり窘めるレーヴェに、央崎も毒気を抜かれたようだった。
「しかしこの調子なら、縄張りは絞れそうですね」
「でもレオナさん、敵も雑魚じゃあないよ。さっきの攻撃も直撃すると思ってたし」
 死角を突いたはずの攻撃が、直撃出来てない。雑魔とは言え、油断出来ない。
「……行くわよ。アイゲンさんの救助を考えると、時間を無駄にしたくないわ」
 マリィアの言葉を潮に、一行は再び行動を開始した。

 ※

「動きを止めたぞ、今じゃ!」
「了解!」
 後方から迫る雑魔に、レーヴェがイグナイテッドで威嚇射撃を放ち、動きが止まったところをマリィアが弾丸を放つ。
「回避させんぞ!」
 返す刀で、レーヴェが回避行動に入った雑魔に牽制の射撃を入れる。
 動きが止まった雑魔の脳天を、マリィアの弾丸が貫いた。
「よし、これで三匹目だな」
「そうですね。お陰様で、縄張りも大分絞れました」
 収束点も――と、央崎の確認に、レオナは地図を眺めながら満足そうに頷いた。
 雑魔の勢力も削り、本格的に縄張り圏内の捜索を開始しようとしていた。
「それにしても、あの犬はやっぱり……」
「そうですね。特徴も一致してます」
「自明じゃと言ったろう、ざくろ」
 レーヴェの諭すような言葉に、ざくろは悲しそうに肩を落とす。
 禍々しい姿になったとはいえ、雑魔の姿や首輪に残る面影。
 ――アイゲンの飼い犬の特徴と、一致。
「さて、私の『相棒』の出番ね」
 そう言うと、マリィアは指笛を鳴らした。
 すると、少しばかりの間をおき、一匹の犬が駆けてきた――この時に備え連れてきた、マリィアの愛犬である。
 少し相好を崩して頭を撫でると、マリィアはシーツに包んだ上着を取り出して嗅がせた。無論、アイゲンのものだ。
「α……分かるわね? 走らず、この匂いを追いかけなさい……行け」
 数秒ほど鼻を動かして後、αは探るように鼻を地面にこすりつけながら、慎重な足取りで前進を始めた。
「……αちゃんが向かってる方角、収束点と一致してますね」
「さて、私らも行くかのう……恐らく、収束点に近づけば奴らは襲ってくる」
 そこが当たりじゃ。きっとアイゲン氏がいる。
 一行はαの向かう方向へと歩みを進めた。

 ※

「……雑魔の奴ら、襲ってこないな」
「流石に警戒されたかなー。でも、どこかで襲ってくるだろうね」
 レーヴェさんによると、アイゲンさんがいるはずの場所に近づけば、ね。
 ちらりとレーヴェの方に視線を向けながら、央崎の言葉に応える玉兎。
「でも、ざくろも否定しきれないな……」
「俺もそう思う。同じ首輪なあたり、無関係と思えない」
 救助対象――救う人間のはずが、討伐対象となる可能性。ざくろと央崎の表情は複雑だ。
「……まもなく、収束点の二百メートル内に入ります」
「ありがとうレオナさん――α、よくやったわ。下がりなさい」
 守られつつ、先頭を歩いていたαを下げた。相手は雑魔、襲われればひとたまりもない。
「草の揺れる音が聞こえる……視線も感じるのう……」
「ざくろも感じるよ――今も、落ち葉を踏む音がしたね」
 息遣いまで聞こえてきそうだ。ざくろは思わず、言葉を漏らした。
 その時、前方を見つめていたマリィアが――およそ百メートル先に見えたものに、眉根を顰めた。
「あれは……枯木? いや……杖を突いた、人――」
「マリィア、伏せるんじゃ!」
 疾風が三つ、一斉に鳴った。
 潜んでいた猟犬たちが、牙を剥き出しに飛び出してきたのだ。
「チィ!」
 マリィアは素早く反応して身を翻して牙から逃れた。
「超機導パワーオン、弾け飛べ!」
 雑魔の牙がざくろにかかろうとした瞬間、ざくろが周囲に纏った光の障壁が雷撃を放ち、逆に雑魔を吹き飛ばした。
 しかしざくろが心配するのは、最後の一匹に襲われたレーヴェだ。
「レーヴェ、大丈夫?」
「平気じゃ――それよりマリィア!」
「ええ、間違いないわ。アイゲンさんよ」
 雑魔になった、ね。苦い表情で、マリィアが付け加える。
「私の勘が正しければ、あれが本体じゃろう」
「ざくろが行く?」
「いや、私が撃つわ――アルコルなら、この距離でもギリギリ届く」
 ――少しだけ、時間を稼いでちょうだい。
 そう言い残すと、マリィアは雑魔に制圧射撃を行いつつ、その場から離れた。
 動きを止めた雑魔たちに、一行が一斉に攻撃を仕掛ける。
「邪魔はさせない、くらえ熱線放射!」
「猟犬でも……こんな動きはできねぇだろ、っと!」
「これは引き掴む鉤爪。龍からは命を。勇士へは首を!」
 扇状に赤白く輝く無数の熱線が放射され、樹々を利用して立体的に飛び回りながら剣を振るい、空間を超えた斬撃が死角から襲う。
 しかし猟犬たちも必死だ。確実に猟犬の命を削ってはいるものの、俊敏に動き回る彼らに、致命的な一撃を与えられない。
「しぶといですね!」
 レオナが青白い炎と共に札を投げ、作り出した結界の中で光を放ち、雑魔の目を眩ませる。
「じゃが、もうもたんじゃろう!」
 そう、最早雑魔の中に、満身創痍じゃないものはない。
 しかし、それ故の執念か――レーヴェの冷気を纏った弾丸を一匹の雑魔が避けた。
 そして、その一匹は――
「マリィア、逃げるんじゃあ!」
 鬼気迫る勢いでマリィアに特攻する。
 血に塗れ、眼は異様に輝き、牙を生やす口は大きく開かれて――
 カシャン――装填の完了を告げる金属音が、広い森の中に響いた。
「ありがとう、みんな――私たちの勝ちよ」
 どうか、安らかな眠りを。
 一瞬の祈りの後、マリィアは引き金を引く。
 耳を劈く爆裂音、眩くマズルフラッシュ、音をも切り裂く弾丸――正確無比に、アイゲンの遺体の頭蓋を吹き飛ばした。
 マリィアに急襲していた雑魔が、目前で不自然に静止する。
 一瞬の後、雑魔の身体は黒い煙のようになり、そのまま蒸発するように天へと昇っていった。

 オオォン!

 残りの雑魔たちも煙となり、そのまま消えた。

   ォオン!
オォオォン!

 猟犬たちの咆哮が、山々を駆け巡る。縦横無尽に――自らを繋ぐ鎖から、解き放たれたように。
 敵対したのは、あくまで忌まわしき雑魔。
 しかしその声色は儚くも――美しかった。

 ※

「……首輪」
 マリィアが、目の前に落ちていたそれを、手に取る。
 高級で、作りがよく――軽い素材で作られているはずなのに、何故か少し重みを感じる、縛めの装飾――拘束具。
「愛があれば何でもしていいわけないじゃない……」
 戦闘の終結を感じ取り、走り寄ってきたαの頭を撫でながら、ポツリと呟く。
「……そっか。主人か」
「犬達は幸せだったのかな?」
「さあ……じゃが少なくとも、解き放たれたのは事実じゃろう」
 悲しそうに言葉を漏らしたざくろの肩にそっと手を添え、空を見上げるレーヴェ。
 釣られるように玉兎が見上げた空の色は、どこまでも澄み渡る青色だった。
「杖が残っているみたいですね――家族の元に届けるよう、オフィスに相談してみます」
 しかし、レオナの思いは届くことはなかった。
 妻に心中され、子もなかったアイゲンの遺品はチェイン家に届けられたが、一族はそれらを忌まわしき呪いの品のようにしか思わず、間もなく焼却処分されてしまうことになる。
 アイゲンの住んだ館も取り潰され、土地も売りに出され――しかし、曰くつきの土地として噂が広がり、未だに買い手がつくことはなかった。
「……供養しましょう。それがせめてもの慰めだと、俺は思うから」
 犬たちの首輪と――杖の傍らに落ちていた、アイゲンの物と思しきロケットを手にする央崎。
 ロケットの中には、アイゲンと、かつての妻、そして夫婦が我が子のように可愛がった一匹の大型犬が写った写真が入っていた。
 写真の中の夫婦は朗らかに笑っていて――飼い犬さえ、幸せそうに眼を細めているようだった。

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MVP一覧

  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデスka5848

重体一覧

参加者一覧

  • 豪傑!ちみドワーフ姐さん
    レーヴェ・W・マルバス(ka0276
    ドワーフ|13才|女性|猟撃士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 祓魔執行
    央崎 枢(ka5153
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 兎は今日も首を狩る
    玉兎 小夜(ka6009
    人間(蒼)|17才|女性|舞刀士
  • 遊演の銀指
    レオナ(ka6158
    エルフ|20才|女性|符術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/07/05 08:10:09
アイコン 討伐及び捜索のご相談
レオナ(ka6158
エルフ|20才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2017/07/06 21:13:30