屍人は哀惜と共に踊る

マスター:窓林檎

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/08/25 19:00
完成日
2017/09/12 00:11

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 バートはきっと、この世の全てを怨んだのだ。
 彼の亡骸を目の当たりにした私は、そう思わずにいられなかった。
 バートはハンターだった。いつも太陽のように笑い、どんな時も前を向いていた勇敢な人だった。 
 だから、彼が死んだと聞いた時、私は全く想像出来なかった。
 そして、彼の死を目の当たりにした時――私の想像は凌駕された。
 顎が外れた口は不気味な洞窟のように大きく開かれ、くり抜かれた右眼の眼窩は真っ黒な空洞を映し、見開く左眼の虚ろさは底知れない絶望を連想させた。
 そんな変わり果てたバートの姿を見た私は、目の前が真っ暗になり、崩れ落ちてしまった。
 その日から、三ヶ月は経つ。なのに、今でも夢に見る。
 あの虚ろな眼に覗かれて、私は悲鳴と共に眼を覚ますのだ。
 ――私もきっと、死ぬべきだ。
 いつしか私は、自然とこう思うようになっていた。

「ごめんなさい、バート……ごめんなさい」
 私はバートの墓の前で涙を流しながら、胸元からナイフを取り出す。
 沢山稼いだら結婚して、村でのんびり暮らそうと約束したのに。
 貴方は苦しんで死んだのに、おめおめと生きてごめんなさい。
 シムラさんが、バートは私の死など望んでいないと言うけど、そうとは全く思えない。
 バートの苦しみにはとても及ばないけど、少しでも痛みを――。
 そう思い、心臓にナイフの刃を添えたその時だった。
 ――地が鳴り、何かが叩かれ、うねりが上がる。
 一つ一つは聞くに堪えない稚拙な音。だけど妙に抑揚があり――。
 気づけば、視線を向けていた。視線を向けてから、それは音楽だと気づいた。
 地を踏み、手を叩き、声をあげる――幾多もの、恍惚の表情を浮かべる、土色の顔の死体。
 死者の音楽隊――そうとしか言いようがない集団。
 意味不明で、怖気さえ禁じ得ない悪夢めいた光景。
 しかし、それを見つめる内に――私の胸の内に、背徳的な恍惚感が溢れてきた。
 気づけば私は立ち上がり、天にも昇る気分でその集団へと駆けていた。
 ――バート、ばーと たのしそう わたしも  そっ

 ※

「きみがこの案件を受けるか否かについて、僕は何かを言及するつもりも、そんな権利もない。しかし、きみが望むなら、僕には説明する義務がある。それこそが僕の仕事に他ならないのだから」
 そう語る、一人の男性。
 物静かな青年のような、老成した壮年のような、掴みどころのない男性職員だ。
「とはいえ、依頼自体は単純だ。気持ちのいい昼下がりに麦酒を飲むみたいにね。とある寒村に雑魔の集団が現れた。きみにはそれを討伐してもらう」
 シンプル・イズ・ザ・ベスト。職員はしるし程度の微笑みを浮かべる。
「雑魔はゾンビ型。全部で七体。今は六体だ。雑魔を倒すこと自体は、栄養失調の哀れな少年でもない限り容易だろう。現に、ごく一般的な警邏が難なく雑魔を倒している。だけど、問題はここから――実は、集団は雑魔だけじゃない」
 やれやれと言わんばかりに、職員がため息をつく。
「推定百名。ちょっとした祝祭めいた数だ。寒村周辺に在住する約百名の人々が、雑魔と共に、それこそ何かの祝祭のように、歌い、踊っている――最低でも三日間、延々と」
 幻覚、集団催眠。そう仮定しない限り有り得ない不条理。
「きみの想像通りの状況だろうね。原始的な神憑りの儀式のように、雑魔たちが地を踏み、手を鳴らし、声を出す。哀れな村人たちが魅了されている。このままだと、村人は衰弱死するだろうね。そして、雑魔を倒した警邏の話はしたね?」
 知人の不幸を伝えるように、職員は言葉を続ける。
「雑魔が倒れた瞬間、幾人かの村人が意識を失った」
 それから三日経つが、回復の見込みは立たない。
 つまり、徒に討伐すれば、村人を廃人にしてしまう恐れがある。
 しかし、状況の等閑視も有り得ない……。
「でも、完全な八方塞がりでもない」
 実は、と気の利いた音楽が流れた時のような微笑みを職員が浮かべた。
「一度、村人数名の救出に成功したんだ」
 村人を救出する方法がある!
 説明の続きを促す視線をいなすように、職員は満足気に頷いた。
「操られていた村の娘に、一人の男性――娘の婚約者が必死に呼びかけたんだ」
 その結果、少女と、周囲にいた数名の村人が、祝祭から逃れられた。
「それを受けて直ちに調査を行った結果、操られている村人に共通点があることが判明した」
 それは、精神的に著しく弱っていた者。
「特に――親しい人の死に直面した者。件の娘も一年前に山賊に両親を殺されていて、彼女が反応したのも、両親に代わって婚約者が生涯守り続けると言う、誓いの言葉だった」
 以上から、導き出される結論。
「ゾンビ型雑魔は、集団催眠の力を持つ。催眠は精神的に脆い者に利きやすく、徒に雑魔を殺せば村人を廃人にする恐れがある。ただし、説得による救出は有効」
 だから、きみたちには何より、村人への説得をして貰うことになる。
 その言葉、視線は、直裁的で、力強かった。
「とはいえ、流石に一般人に雑魔と対峙させる訳にはいかないからね。そして、僕が思うに――ハンターにこそ可能な説得が、あるはずだ」
 多くは聞かない。ただ、いみじくもハンターであるきみは「色々な経験」をしてきたろう?
「それこそが、これ以上ない説得になると、僕は信じるよ」
 職員は、その言葉が辺りに充満したのを見計らったかのようなタイミングで、契約書を取り出した。
「ところで僕も昔、恋人に死なれてね」
 彼女は、野井戸に落ちて死んだんだ。
 本当に深くて、どこにあるかも分からず、誰にも見つけられない、そういう井戸に落ちて……。
「ともかく、以上を踏まえて依頼を受けるなら、きみはこの契約書にサインをしなければならない。契約がなければ仕事もない。ピース」

 ※

 行かなければならない。
 まさに祝祭の雑魔が猛威を振るう寒村に住まう一人の男性――シムラ・ハヤトが、もう一度決意を反芻する。
 彼は、元はリアルブルーの人間だった。かの地に妻と娘を残して、不条理に飛ばされたこの赤き世界。
 宛もなく彷徨った彼を受け入れたこの村――そして出会った、イレーナという娘、バートという青年。
 まるで自分の娘のようだったイレーナと、彼女が生涯を誓いあったバートという青年。
 ――俺、絶対死ぬつもりないですけど、それでも、もし俺の身に何かあったら……。
「何が、その時はイレーナをよろしく頼むだ」
 自分の娘のような、だけど時折、自分の妻とも見紛うた美しい少女。
 愚かにも、醜い嫉妬を抱いた時期さえあった。そして戻れぬ彼の地の妻と娘を思い、気が狂いそうにもなった。
 だけど、彼は託されたのだ――娘を、娘の幸せを。
「……行くか」
 雑魔とやらは、人を魅了する術を使うと聞く。私もまた、イレーナと同じ目に合わないとも限らない。
 それでも――
「放蕩する娘を叱るのは、父の役目だ」
 シムラは扉を開き、そのまま家を飛び出した。

リプレイ本文

 私は今でも夢を見る。
 妻と交わした言葉の数々を、娘の花が咲くような笑顔を。
 私はきっと元の世界に戻れない。その確信が私の胸を深く抉る。
 それでも、全てを奪ったこの赤き世界でも、大切な「娘」に出会えたから。
 だから、私は――。

 ※

「そこの人たち! 何をしてるんですか!」
 背後から響く、マンガめいた少女の声。
 警邏と揉めていた私が振り返ると、マンガの魔法少女のような赤色の異装に身を包む少女が近づいてきていた。
 ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)……可愛らしいが、目眩がする程に露出が派手だった。
「おい! ここは立ち入り禁止――!」
「それはハンターでもかい?」
 穏やかながらも凛とした声色。
 艶やかな黒髪を下げた、大正期の女中を彷彿とさせる瀬崎 琴音(ka2560)が言う。
「何か揉めていたようですが?」
 薄水色の鎧を身に包み、赤色の翼を生やすドラグーンの女性、アティア・ディレン(ka6918)が私を見る。
 私は少しためらいつつ事情を説明した。
 雑魔のこと、私自身のこと――イレーナのこと。
「良い、通せ」
 艶やかな中華風の服装に身を包む赤毛の麗人、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)が言い放った。
「危険じゃと言うなれば妾が護る」
「同行する条件は一つだよ。必ずハンターの傍を離れないこと」
 僕は突然転移してこっちの世界に来たし、そう考えたら放っておけないね。
 薄い笑みを浮かべる瀬崎の、長い前髪から覗く金色を帯びた薄茶の瞳が微かに憂いに揺れていた。
「心の弱いところを突くことに音楽を使うなんて……許せません」
 弦楽器を携えた少女、ルナ・レンフィールド(ka1565)は静かに怒りを滲ませ呟いた。
「はい! 大切な人が亡くなって弱っている人を惑わし操るなんて、絶対に許せない!」
 それに、身近な人が亡くなった辛さは、自分が解決するしかないもの……。
 秋桜の、単純な使命感以上の言葉。この少女も、歴としたハンターなのだ。
「どうなっても知りませんよ!」
「なれば、有難く通るかの」
 蜜鈴は尊大にも思える返答と共に先に進んだ。
「説得など、する様な立場でもあるまいに……」
 ふと耳を掠めた、低い声の呟き。
 振り返ると、影を帯びた青年、シギル・ブラッドリィ(ka4520)が、何かと対峙するように真っ直ぐに視線を向けていた。

 ※

 地を踏み、手を叩き、声をあげる、そういう音。
「心がざわつく音ね」
「うむ。纏わりつくようで不快だの」
 ディレンと蜜鈴がいう。
「嫌な感じがするね……今のうちに対策する?」
「この慈愛の皮を被った邪悪さ、ますます許せません!」
 瀬崎と秋桜。

「ありがとう、あなた」と
美佐子が  「お父さん、おいでよ」幸  恵と
  「まるでお父さんみたい」
――いれーな

「おんし、何処に行く!」

 わたし、わたしも そっち――!

「よし、僕が取り押さえたよ!」
「シムラさん! まやかしに負けちゃダメなんです!」

 はなせ おどろう かえりたい  うたいたい いやだ だれか
つれてかないで てをたたこう  みさこここはいやださちえ
  いれーな  いれーないれ

「いい加減にしろ」
 優しい音色が胸に響き、視界が晴れ渡った。
 私は瀬崎に取り押さえられ、ブラッドリィに髪を掴まれていた。
「娘を託された父が、こんなにも情けないのか?」
 私の顔は塗れた涙と土で、固く強張っていた。
 何をやっているんだ、私は……。
「シムラさん、ひと時の哀しみに流されないで」
 優しい音色――夜想曲を奏でていたルナが、優しい声で語りかける。
「哀しみに流されるのではなく、想い出と向き合って」
 戻れない世界、奪われた妻と子、託された娘と託した青年。
「……分かってるんですよ、これが代償なことくらい」
 一方的な、潰れそうな心を押し留めるための愛情。
 イレーナを娘と――時に妻とも見紛うとも、所詮私は、覚醒者ですらない哀れな放浪者。
「それでも、イレーナは大切な想いをくれた人で……だから、私は……」
「助けたい人がいるんでしょ?」
 ディレンが、微笑みながら言う。
「その気持ちに覚醒者かどうかなんて些細な事よ」
 その人が本当の娘かどうか、代償行為かどうかが、些細なことなように。
「すみません……すみません……」
 私は我を忘れて、子どものように嗚咽した。

 ※

「皆さん! 見えてきました!」
「ああ、そうだの、秋桜」
 前方に見えた広場に広がる光景を見つめる蜜鈴。
 意味のない発声と、打ち鳴らす手足と共に、踊り続ける村人達。
「青龍様。私に、彼らの心を救う道を」
 ディレンが何に祈ったのかは分からないが、気持ちは理解出来た。
 屍者に先導され踊り続け、屍者に近づいていく村人らの姿は、悲壮だった。
 あの中には、私を受け入れた人も、拒絶した人も――イレーナもいる。
「……それじゃあ、始めるね」
 ルナは一度深呼吸をすると、楽器を構えた。
 音楽の力が届くと、彼女は強く信じてる。
「皆を喪うた頃の妾で在れば……斯様にいとも容易く此の中に引き込まれたであろうの……」
 踊り続ける村人達に自嘲の一瞥を向けながら、蜜鈴は言う。
 前奏が広場に行き届いたところで、彼女は言葉を放った。
「死したる命に涙する者達よ、おんし等は如何な死を嘆く?」
 人の意識に直接訴える、涼やかな声。
「絶望的な死か? 理不尽な死か? 名誉の死か? 天寿を全うしての死か?」
 ルナの奏でる音色が、辺りを包み込む。
「如何な死であれ、愛しき者の死は辛く、目を閉じ、耳を塞ぎ、嗚咽を漏らしたくもなろう」
 忘我の踊り手達に伝えんと、言葉を音に乗せる。
「なればそうすれば良い」
 悲しいなれば抱きしめてやろう、忘れぬ為の話ならばいくらでも耳を貸そう。
「ただ一つ、思い違いをしてはならぬ」
 如何な死に様で在ろうと、死者の想いはおんし等にはわからぬ。
 彼の者がこう思って居るであろう等と言う想いは、自身が逃げる為の思い込み、まやかしに過ぎぬ。
「見失うな、忘れるな……」
「貴方たちの愛した人が、どの様に生きてきたのかを」
「さぁ、思い出せ……おんし等の最も輝く眩しい想い出を」
「貴方が笑顔を忘れてしまったら」
「死者も又、笑顔を忘れる」
「遺された貴方が死者を歪めるのは、本当に悲しいことだから」
「なれば――」
「――だから」

「「おんし等の想い出を、聞かせておくれ?」」

 蜜鈴とルナの言葉が、ハーモニーとなる。
 幾十人かの村人の動きが揺らぎ、崩れ落ち、弱々しい嗚咽を漏らした。
「……皆、催眠が解けた人の避難をお願いするね」
 蒼月光は鳴らしたまま、瀬崎の指示で一同は救助に動いた。
「この中にイレーナさんはいるかい?」
「いえ……あの、瀬崎さん」
「なんだい?」
「私も、思いを歪めてしまっていたんでしょうか?」
 美佐子と幸恵との、イレーナとバートとの、想い出を。
「……仮にそうだとしても、時が何らかの変化を与えてくれるはずだよ」
 良くも悪くも、ね。
 懐中時計を握る瀬崎の薄茶色の瞳が、ほんの一瞬揺れたのを垣間見た。
「勿論、いい方向に進んでくれると嬉しいかな」

 ※

「元々私がいたのは、龍園の村よ」
 両手に握るスタンドマイクに、ディレンは己の声を乗せる。
「周りにも歪虚やリザードマンがいっぱいだし、村を守るために死んだ人は大勢いるわ」
 マイクで響く彼女の声を通じ、切実な思いが胸に直接響いてくる。
「私たちは生きないといけないの、私達が生きていた足元には沢山の死体があるの」
 お父さんや、おじいちゃんおばあちゃん……みんなその上に立たせて貰っているの。
「なら、私達の死体も誰かのための道にならないといけないの、そうやって踊って死んで、道を止めてしまうの? それとも辛くとも生きて次の誰かのための道を作るの?」
 私は、私の死体が元の世界に残ることもなく、私も妻と娘の死を知ることはないだろう。
 それでも、妻と娘にとっての道を作れたなら、私も少しは救われるかもしれない。
 ディレンの言葉で催眠から覚め、今は泣き崩れる村人達もまた道を作って行くように。

「大切な人に突然会えなくなるの辛いのはよくわかる」
 緑色の瞳を真っ直ぐな誠実さで光らせて、秋桜は訴えかける。
「でも、ここでただこんな風に踊ってて、それで命枯らしてほんとにいいの? 亡くなった人が知ったら絶対悲しむ……」
 だって、貴方達がその人を愛していた様にその人も貴方を愛してるんだから。
「立ち直るのは無理かもしれない、でも、その辛さも思い出も貴方とその人の一部なんだよ、目を覚まして!!」
 魔法少女めいた幼く見える少女が、自分の言葉で思いを届けようとしている。
 現に、秋桜の言葉で、幾人もの村人が開放され、哀しみを受け入れ始めている。
 幸恵も、今頃は秋桜と同じか、少し上くらいの年になっているはずだ。
 格好はともかく、幸恵も、自らの思いを誰かに与えられる人に育つことを祈った。

 ※

「――今、君たちに残ってるものはなに? 手から離れたものは取り戻せないけど、まだ手元にあるものまで手放すことないと思うよ」
 ルナの旋律が続く中、呪縛から解かれ泣き崩れる村人達を、懐中時計を固く握る瀬崎が見つめる。
 人の感情を他所に流れ続ける時の中でも、思いが良い方向に流れること――それが彼女の願いなのかもしれない。
「見て、雑魔達が!」
「うむ、もう一押しだの」
 ディレンと蜜鈴が言うように、彼らを先導した雑魔も倒れていく。
 残る雑魔は一体。踊り続ける者の中には――。
「……あっ、シムラさん、後ろ! 後ろ! あの人ですよね?」
 実際に秋桜が指したのは正面だったが、その先でイレーナが一心不乱の笑顔で、唄い、踊り続けていた。
 髪を乱し、全身が汚れ、涎を垂らし、目は窪み――涙を流す。
「もう、止めてくれ……」
 叫びたくて仕方がなかったが、声が出ない。
 この期に及んで、私は怖気づいているのだ。
 私自身も、この催眠に引っかかる程度には未練を引きずる浮浪者で――。

「未練。だな」
 吐き出された、重い呟き。
 いつの間にかブラッドリィが私の隣で、イレーナのことを見つめていた。
 いや、彼が見るのは本当にイレーナだろうか?
 私の逡巡を他所に、彼はイレーナの下に歩み――その腕を、強く握った。
「お前は、誰の為に、そうしている?」
 思わず止めようとしたが、その前に彼がイレーナに問うた。
 僅かな抵抗を除き動きは止まり、微かな声が漏れるばかり。
 踊り続ける一体の雑魔を除き、残りの村人達も動きを止めた。
 ルナも演奏を抑え、言葉を直に伝えることに徹する。
「そんなことをしてもお前の男は帰って来ない」
 背負う荷物を一つ一つ見せるように、ブラッドリィは言葉を紡ぐ。
「お前の知る男は、お前のそんな姿など望んでいない」
 彼がどんな思いを背負っているかは分からない。
 私とは比べ物にならない重荷なことだけは、伝わる。
「シギルさん」
 ルナが演奏のテンションを上げ、唄うようにブラッドリィに問いかける。
「貴方はイレーナさんに何を望むのかな? それは一体、何故?」
 背中越しに彼の表情は見えない。
 少しの沈黙の後、彼は語りだした。 
「例え俺が死んだとして、全てを恨むだろうか? 妬み、嫉み、狂おしい程に求めた彼女の事も? ――それだけはあり得ない」
 それは、固い確信の一言。
「彼女が誰かのモノになるのなら、自ら全てを奪い尽くそうと思う俺でもそう思うのだ」
 やはり、彼が一体何を背負っているのかは、良く分からない。
 それでも彼の言葉は、嘘偽りがない真摯なものだとは分かる。
 光を知る深き影――私は彼に、そんな印象を受けた。
「自分に何かあった時に後を頼むほど、頼める程の男なら尚更だろう」
「シギルさん、貴方の思いを聞かせて」
 夜想曲が、終曲に向けてテンポを上げる。
 影が、一息おく。
「生きろ、生きてくれ」
 それは、ブラッドリィの、バートの、そして私の思い――願い。
「ソイツは生きていた、という証にお前がなってやれ――イレーナ」
 もし叶うなら、偶にでも思い出してくれるなら。
 それだけをつけ足して、踵を返した。
 夜想曲は余韻だけを残し、鳴り止んだ。
「あ、あの……」
「……今、この女に死なれるのは寝覚めが悪すぎる」
 それより、やることがあるだろう?
 そう言わんばかりにイレーナの方を一瞥し、すぐに立ち去った。

 ※

「――……わた、し」
 イレーナが呆然とその場に腰を落とし、涙を流していた。
「イレーナ……」
「ほら、行って来なよ」
 演奏を終えたルナが、私の背中を叩いた。
 その言葉に導かれ、イレーナの下に向かう。
「シムラ、さん……私、何で生きてるの?」
 力ないイレーナの呟きに、私の胸が締め付けられる。
 私は――。
「イレーナに生きて欲しいし、幸せになって欲しい」
 イレーナが両手で顔を覆い、しゃくりあげた。
「バートを返してよ……それが無理なら、死なせてよ……」
 所詮、私はただの他人。これは、ただの代償。
 それでも――娘を叱るのは、父の役目で、その役目を託されたから。
「――!」
 少し強すぎたかもしれない。
 乾いた音が、私の掌で高く響いた。
「二度と、死にたいと言うんじゃない!」
 私がこんなにも声を荒げたのは、いつ以来だろう?
「バートが……私が、どんな思いをするか、考えたことあるのか!」
 それでも、叫ばずには――涙を流さずには、いられない。
 イレーナ。託された、愛しい娘。
 私の胸を、小さな拳が思い切り叩いた。
「ふざけんなよぉ! 私だって、どんな思いだったと思ってるんだよぉ!」
 あんたなんて他人の癖に!
 イレーナの叫びに、だけど私はただ、ああその通りだなと、思うだけだった。
「! ずるいよ……そんな顔、しないでよ……」
 両の拳を私の胸に押し付け、イレーナはあらん限りの声で、泣き叫んだ。
「バートを返してよぉ……お父さん……」
 私もバートに君を託したかったよ。
 それでも、君が新しい人を見つけるまでは傍にいるから。
 だから今は、気が済むまで泣き続けてくれ。
 情けない父も、少しだけそういう気分だから。

 ※

「亡き者への想い。亡き者との想い出。それは、もちろん哀しみもあるだろうけども、時が経って遺るものはきっと温かな想い出」
 遺された者に出来る事は、温かな想い出を胸にアノヒトを忘れない事。
 ルナは黙祷するように眼を瞑り、鎮魂曲を弾き始めた。
 しめやかで、流れるような、調べ。
 屍者に操られていた村人達が、改めて埋葬され直した死者の前で涙を流していた。
「お父さん。私、バートのこと、忘れないから」
「……そうか」
 私とて、美佐子と幸恵のことを忘れられないのだ。
 こうして私は、死ぬまで戻れぬ世界に胸を焦がすのだ。
 私はイレーナの、愛する娘の肩をそっと抱く。
 イレーナも、私の肩に頭をそっと乗せる。
 私とイレーナは、埋まぬ魂を鎮めるための曲に耳を傾け、一筋の涙を流すのだった。

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MVP一覧

  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールドka1565
  • 左路を乗り越えし貪心
    シギル・ブラッドリィka4520

重体一覧

参加者一覧

  • 光森の奏者
    ルナ・レンフィールド(ka1565
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • 漆黒深紅の刃
    瀬崎 琴音(ka2560
    人間(蒼)|13才|女性|機導師
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • 左路を乗り越えし貪心
    シギル・ブラッドリィ(ka4520
    人間(紅)|22才|男性|聖導士
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師
  • 青龍の小刀
    アティア・ディレン(ka6918
    ドラグーン|22才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 作戦会議
ルナ・レンフィールド(ka1565
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2017/08/25 08:07:28
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/08/21 00:23:17