労いの宴、船上の女神

マスター:奈華里

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
寸志
相談期間
6日
締切
2017/08/29 12:00
完成日
2017/09/08 01:15

このシナリオは2日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ここはイズの事務所であり、実家にもあたる海の見える立地のいい場所…。
 彼女はついに海図を解読し、晴れやかな気持ちで自室の窓を開く。
(いよいよね…もうすぐ、あの海域に船を)
 父から継いだ運送業という仕事が嫌だった訳じゃない。
 けれど、沈没船との出会いが彼女の好奇心を刺激して行きついた先には暗黒海域があった。
 そこは歪虚の巣窟とされ、人間が立ち入れないとされていた場所だ。
 だが、この海図によれば『あるモノ』があれば人もそこを通る事が出来るらしい。
 そして、もしそれを手に入れられたなら――今の世界がガラリと変わるに違いない。
(後少しよ。前に進んでいる限り、幸運は私を見放したりしない筈だわ)
 まだ肝心のあるモノを手に入れてはいなかったが、それでも彼女には見つけられる予感がしているのだろう。
 女の直感にも似た確信を胸に、目の前の朝日を眺める。
 するとそこへ一隻の船が現れて…その船から彼女に向かって声がかかる。
「おーい、イズの嬢ちゃん! 修理、完了したぜぇ~」
 それはこの港町一の船大工の棟梁のものだった。
 頼んでいた元海賊船の修理が済んだらしい。海に浮かぶそのガレオン船の姿は勇壮で更なる期待を膨らませる。
(冒険者なんて柄でもないけど、やっぱりこれは…)
 素敵だと彼女は思う。あの船で怖い思いもしたが、小さい頃から船は彼女にとって家族や仲間の次に大事なものであり、父から受け継いだスループ船より遥かに大きいこの船ならばこの先の道のりを乗り越えていける気がする。
「有難う、棟梁! とっても素敵だと思うわ」
 窓から手を振りながら彼女が言葉する。
「後は船の名前を刻むだけだぁ~、いい名前を付けてやってくれヤァ」
 試運転とばかりに浮かべた船をドックの方へ移動させながら棟梁が言う。
「そうか…名前が必要よね」
 色々あってすっかり忘れていたが、これから共に歩む船だ。とびきりいい名をつけたい。
(どうしようかしら…っとその前に、みんなを招待しないとね♪)
 彼女が支度を始める。世は現在、サマーバケーションの真っ最中。
 彼女の乗組員達も休暇を取ってはいるが、そろそろまた彼女の許に帰ってくる頃だ。
(ここのところ、海図絡みで皆を危険な目に合わせてしまったもの。せめて少し位何かしないとっ)
 階段を降り、帳簿を確認する。ボーナスを出せるほどの余裕はなさそうだが、それならそれで別の方法を考える。
「そうだわ! 私には船がある。って事で早速準備しなきゃね」
 彼女はそう呟くと、知り合いの元へと駆け出した。

 そして、
「イズ船長が俺達の為に?」
「家族もご一緒していいんですかい?」
 休み明けの初日の朝礼でイズから配られたのは『船上パーティー開催』のチラシだ。
 新しく出来たガレオン船の船上で立食パーティーを催そうというらしい。
「今年はいつもに増して頑張って来てくれたじゃない。だから細やかながらお礼の意味も込めてね」
 はきはきとした様子でイズが言う。
『船長~~!』
 その言葉にある者は顔を綻ばせ、またある者は嬉し涙を浮かべる。
「ただし、一般の人もお得意様も招待するから失礼のないように頼むわね。あ、後…あの船の名前を皆にも考えて欲しいのよ。一人一つだけ…素敵な名前をお願いね☆」
 ぱちりとウインクをしてイズが付け加える。
『合点承知~』
 船員達はそう答えて、その日を待ち遠しくするのだった。

リプレイ本文

●挨拶
 朝日と共に海鳥の鳴き声が聞こえる。
 港にはピカピカのガレオン船――僅かに感じる風が心地いい。
(今日の船出は穏やかそうね)
 直感的にそれを悟って彼女は新しい船へと向かう。
 その船には既に何名かの協力者が集まり、料理の積み込みと船内の確認が始まっている。
「おはよう、ハンターの皆さん。今日一日宜しく頼むわね。あら、ファリスも来てくれたの!」
 そんな中、食材の積み込み途中の知人を見つけて彼女は軽いハグしようと手を伸ばす。
 しかし、抱えた荷物が邪魔で一旦下ろさないととわたつくファリス(ka2853)に手を止めるイズ。
「ごめんなさい。邪魔するつもりはなかったんだけど」
 いつもの感覚で行動してしまった彼女が苦笑交じりに言う。
「構わないの。それにファリスも嬉しく思ったの」
 その言葉に慌ててそう返して、「今日はイズ姉様のために頑張るの」と付け加える。
「フフッ、有難う。じゃあ、船内でまた会いましょう」
 イズが微笑み、その場を後にする。そうして、次に出会ったのはまたも見知った顔の数々。
「来たわねっ、イズ」
 彼女の到着を見つけて船の中央のマスト上、見張り台から周囲を見下ろしていたカーミン・S・フィールズ(ka1559)が危なげなく甲板へと降りてくる。
「よう、また会ったな」
 とこれはイズにとってはお馴染みさんのジャック・エルギン(ka1522)だ。
 同盟の海の事に関しては彼も詳しい。港町出身故かイズとの付き合いも長くなっている。
「カーミンにジャック。貴方達がいてくれると心強いわ」
 二人には以前命を助けられた恩もある。
 今回はただのクルーズであるが、いざという時の頼みの綱はあるに越した事はない。
「ねえ、この船ってもしかして…?」
 カーミンが疑問に思っていた事を早速尋ねる。
「ええ、そうよ。元デス・オルカの海賊船…二人には言ってなかったかしら? この船解体するには惜しいと思って交渉してみたらOKが出たのよ。それで今まで改修してたって訳」
「へえ…イズもなかなかあざといのね」
 にししっと悪だくみをするような表情でカーミンが言葉する。
「奴らの船の時より立派になったと思うぜ。この船ならあの海域も……っとそうだ、ちょい待ち」
 ジャックも船のしっかりとした造りに感心しつつ、何かを思い出したようにポケットを探り始める。
「あー…と確かここに…っとあったあった。ほらよっ」
 探り当てた先、手に掴んで取り出したのは少し大きめのコンパスだった。
「船の完成祝いってやつだ。手元にあって損にはならねえだろ」
 九つの青い宝石に囲まれたそれは『波の娘の標』の名を配するものだ。
 荒波にも負けずしっかりと方角を示すとされているとても良い品である。
「こんないいモノ、貰っていいの?」
 イズが問う。
「いいのいいの、くれるってんだから貰っときなさいな」
 そんなやり取りにカーミンも割って入って、促されるままにイズはそれを受け取る。そして、
「ジャック、有難う。これ、大切に使わせて貰うわね」
 そう言ってとびきりの笑顔のお返し。まだ出航していないというのに、彼女の心は既に晴れやかだ。
「ああ、応援んしてんぜ」
 ジャックのその言葉を胸にいよいよ、イズは舵の元へ。
 大きな船であるから全体が見渡せる船尾側、少し高い位置に舵が付いている。
「やほー、イズ。パティも…一緒に乗せてってネ。よろしくなんダヨ♪」
 とそこにももう一人知人の姿が。彼女の名はパトリシア=K=ポラリス(ka5996)、通称『パティ』だ。
「ええ、勿論。人が多い方が楽しいものね」
 それを快く了承して…その頃には招待客や仲間の船員達の乗船が始まり、船の厨房となるギャレーでは立食用の料理の調理が早くも始まっているのだった。

●名案
 船の中の厨房ははっきり言って狭い。
 万一調理する炎が別の場所に燃え移って船火事なんて事になったらシャレにならないから火を扱う場所の近くは防火加工がされているし、直接熱が伝わらないよう火を焚く場所には足がつけられ、それはクックボックスと呼ばれている。そして一定の場所で鍋等を吊るし調理、管理するよう作られている。
「困りましたなの。これじゃあ、アヒージョが…」
 調理を始めようとしたファリスであったが、いきなり壁にぶつかり再びあたふた。
 ちなみにアヒージョとは簡単に説明するとニンニクとオリーブオイルで具材を煮込んだ料理の一つだ。
 オイルで煮込まれた具材は熱々で具材自身から出た出汁とオイルとニンニクの風味が交わり絶妙な味わいを作るのだが、揺れる船内で食べるには些か難なり。オイルにパンをつけて食べるのが定番であるのだが、小さな鍋ではオイルが零れてしまうし、深い鍋で出せば食べにくくなってしまう。
「あ~…もしかして何か困ってはる?」
 動きを止めているファリスに気付いて、魚を捌いていた埜月 宗人(ka6994)が助け舟を出す。
「あの、その…かくかくしかじかで」
「あぁ、成程。ファリスさんはアヒージョを考えてたんか。ん~、しかし船は揺れるし、ちょっと無理が…」
 厨房に運ばれた食器や器具に視線を走らせながら彼は考える。
「どうかされましたか?」
「手が止まってるけど、どうした?」
 そこにパエリアの下拵えをしていた凰城 錬介(ka6053)と貝の下処理を始めていたステラ・レッドキャップ(ka5434)も加わって、調理担当総出でこの問題の解決に当たる。
「そんなの、別の料理にしちまえばいいだろ?」
 ぶっきらぼうにステラが言う。
「でも、折角考えてきたんやで? どうせなら食べて欲しいやん」
 とこれは宗人だ。
「ちょっと待って下さい…確か、聞いた事があります。アヒージョという料理は実際のところ具材を楽しむ料理ではなく、本来オイルを楽しむ料理だと」
「オイルを楽しむ…なの?」
 唐突に出てきた話にファリス他一同首を傾げる。
「はい。俺、料理が好きで色々調べたりしているんですが…確か何処かで見た本にそうありました。つまりはオイルが主役なんです。だからそれをそのまま出すのではなく、それを使って別の料理に活かしてみてはどうでしょうか? 具材には魚介類を使うのですよね? でしたら、普通のオイルより美味しいものになる筈…」
 ぐぐぐっと期待を込めた目で錬介が提案する。
「そうやな。何も向こうでつけて食べて貰う事あらへん訳やし、ブルスケッタみたいにしたらどうやろか? 予めこっちでオイルに浸して少し焼けばびちょっとした感じもそれ程気にならへんのとちゃう?」
 二人の提案にファリスが瞳を輝かせる。
「だったら、具材ものせりゃあいいだろ。そのブルス何とかにさ。そうすればアヒージョ風って事になるだろうぜ」
 ステラはそう言うと早速使おうと思っていたオリーブオイルの瓶をまるまるファリスに手渡してくる。
「あの、いいの?」
「しゃーねぇだろ。まあ、あんたのアヒージョが出来ればそっちのオイルを貰うから美味く頼んだぜ」
「はいなの!」
 その言葉に嬉しくなってファリスは張り切って大鍋を準備。
 マッシュルームは勿論の事、ホタテやエビ、牡蠣にタコ等魚介類をふんだんに使ってオイルを作成。
 流石に肉をいれると味の調和を崩してしまいそうだったので今回は除外。旨みのバランスを調整しつつ作ればなかなかの味に仕上がってくるではないか。
「うん、これならいけそうだ」
「いい仕事してると思うぜ」
「よっしゃ、じゃあこれをつこうて俺らも調理開始や」
 そう言う訳で調理班はベースとなるオイルを得て、調理に拍車がかかるのであった。

●乾杯
 合図と共に束ねていた帆を一斉に広げる。それと共に真っ新な白が乗船者達の目に留まる。
「はぁ~、こりゃあ見事だ」
「こんなでっかい船だと落ち着かねえなぁ、おい」
 そのたなびく帆を見上げながら船員達の素直な感想。イズのスループ船と比べると二倍どころではすまない。
 それでも風を受ければ動くのだから、重量が違えど不思議なものだ。
「さあ、出航よ!」
『わぁー!!』
 イズの掛け声と共に上がった歓声。それを見守る警備班。
「おー、意外と見晴らしがいいんだな…」
 船首に立って双眼鏡を片手に周囲を警戒していた鞍馬 真(ka5819)がぽつりと呟く。
 戦闘での乗船経験はあれど、こんなにのんびりした航海は初めてだ。
 だから見える景色がとても新鮮であり、海を行く独特の雰囲気に自然と心奪われる。
(いいな、こういうのも)
 音楽を奏でる時に似た穏やかさと自然の静けさ。実際には乗船者達の声が聞こえているから静かではないのだが、心は自然に包まれて何処か安らいだ気持ちになる。暫くそんな風に吹かれて、街からある程度離れはしたものの安定してきた折の事。船尾のイズに動きがあるようだ。
「ささ、ソーダばっかりじゃなくっテ、みんなにご挨拶しなきゃネ♪ ここはパティに任せテ、カンパイしてらっしゃいナ♪」
 軽くぺしんとイズの背を叩いて、パティがパーティーへの参加を促している。
 イズはそう言う柄じゃないと言うものの、下にいる仲間達からも声がかかって渋々下へと下りてゆく。
(そう言えば飲み物が少なくなってるな)
 その動きにつられて視線を落とした真は甲板の客のカップが空いている事に気付き、一時持ち場を離れる。
「真さん、どちらに?」
「いや、少し下を手伝ってくる。ここを任せていいか?」
 近くにいたエルバッハ・リオン(ka2434)に声を掛けられて、彼が軽く尋ねる。
「ええ、勿論です。このエルにお任せ下さい。あ、この衣装の許可は頂いていますので」
 そう付け加えた彼女の今日の衣装は警備に適さない気がする肌見せの多いドレス姿。少しデザイン変更をして符術師風になってはいるが、それでも露出部は多い。ともあれ余興用を兼ねていると推測できるが、本当に大丈夫か。しかし、度々彼女の雄姿(?)を見てきている彼にとって口出しする理由もない。
(データでは俺よりも上だった筈だ。心配は無用か)
 彼はそう思い直して、タラップに近い急な階段を下り、配膳係に声をかける。
「在庫の酒樽は何処だったか?」
「在庫は…えとえと、確か船倉に」
 ぱたぱた甲板を駆け回っているスフィル・シラムクルム(ka6453)が開いた瓶を片付けながら答える。
「船倉だな。わかった、取ってくるとしよう」
「あ、有難う。助かります…」
 突然の声かけに少しばかり人見知りの部分が出たのか、口調が改まってしまった彼女であるがそれを気にする余裕はない。何せ配膳係はたったの二人だ。調理の面子が出来たものを近くまで運んできてはいるがてんで追いついてはいない。
「おみずがいるじゃもんね、わかったじゃもん。そっちはフォークのかえ、りょーかいじゃもん」
 ばたばた走り回るもう一人の配膳係・泉(ka3737)もすでにへとへと。料理のいい香りに食欲を刺激され食いしん坊である彼女は涎が出そうになるのを必死にこらえている。
(にゃぁぅ~~、おいしそーなごはんがいっぱい……たべたいじゃもん。でもでもいまはがまんじゃもぉぉぉん)
 手を伸ばしたい衝動を必死に堪えて、彼女は元気一杯に対応している。
「あー…と、こういうの慣れてないのよね。だから簡単に言うわよ。今日は乗船有難う! こんな素敵な船を手に入れる事が出来たのは皆のおかげよ。だから、今日はお得意様も含めて思う存分楽しんでよねっ! それじゃあ、カップは持ったわね? いくわよ、カンパーイ!!」
『カンパーイ!!』
 高々と掲げられたグラスやジョッキが音を立てる。
 海に生業を置く者達のお楽しみと言えばやはりお酒に限るだろう。
「料理上がりましたよ。さぁ、皆さん存分にどうぞ」
 今回の為に設営されたテーブルに出来上がった料理が大皿で運ばれてくる。
 まず初めに登場したのは錬介のマリネだ。海藻や白身魚を中心としているから前菜にもってこいの一品と言えよう。その後には赤頭巾のステラが赤いスープを持参。よく冷えたトマトスープは暑い甲板の潤いとなるか。トマト自体身体に堪った熱を冷やす効果があるから、熱さに慣れない者には有難いだろう。
「さあ、沢山あるからな。じゃんじゃん飲んでくれな」
 カップにそれを注ぎつつ、彼が周りに配る。
 やはりこちらはお得意様方に好評であっという間に用意した分が空になる。
「ブルスケッタ風の軽食もご用意しているの。だから、食べて下さいなの」
 丁寧に一口サイズに切り揃えたパンの上には煮込んだ具材を乗せて、ファリスが進化系アヒージョを宣伝する。
「お魚のフライもご用意しているので、この後お持ちしますね」
 錬介は丁寧にそう言って皿を置くと、船の揺れに気をつけながらギャレーに戻っていく。
「どうや? 客の反応は?」
「はい、なかなかかと」
「なかなか? それを言うならボチボチやろ?」
 にやりと笑っていう宗人にああと納得の彼。入れ替わりに出て行った宗人も早速声を張り上げて、
「白身魚のムニエルとサーモンソテー上がったで! いっちょ、食べて見てぇな」
 ニコニコ笑顔で彼の自慢の料理なのかもしれない。
 港町にあがった新鮮な魚を使っているから尚更美味いに決まっている。
「どれもこれも激旨だな。ハンターって料理の腕もいいんだな」
「複雑な旨みのハーモニー…街のレストランにも負けないわね」
 口々に零れる嬉しい感想に調理班の表情が綻ぶ。
「場所も味付けの一つってな」
 ステラの呟き――成程、確かに旅先での景色も何よりの調味料かもしれない。
「あわわっ、いそががなくてもだいじょうぶじゃもん。おちついてじゃもん」
「あぁ、並んで並んでっ!」
 それぞれの感想つられて一斉に集まる乗船者達に戸惑う配膳係。立食パーティーとは言え貴族のそれとは違うから仕方がない。船乗り達は常に危険と隣り合わせだし、運搬船とは言え遭難すれば食料の危機に陥る事だってある。そんな彼らの日常は早い者勝ちとなってしまっていても仕方のない事か。がそれに気付くと、流石に船長の一喝が飛んで、
「ちょっとあんた達。恥ずかしいとこ、見せないの!」
『へ、へいっ!』
 その一言に船員達は顔を見合わせ、反省の色。同伴したご家族さんも苦笑する。
「お、何かあったか?」
 そこへ船倉から戻ってきた真が酒を追加して、一時の騒ぎはまた落ち着きを見せ始めるのだった。

●遭遇
(んん? あれは何でございましょうか?)
 空蝉(ka6951)が誰よりもいち早く何かを察知し気配を追う。
 そんな時でも開眼しないのは相手が確実な敵と判断しかねている為だろうか。それともただ単にまだ外の世界に慣れていないだけか。彼はオートマトン…作り出された存在。であるから、他の誰よりも早くその存在に気付けたのかもしれない。頻りに耳をそばだてて、位置を把握しようとする動きに気付いてカーミンがツインテールを揺らし彼の元へやってくる。
「何かいるの?」
「さて、判断しかねます。雑魔…にしては弱いような気がしまして」
「どっちの方向?」
「あちらでございます」
 その問いに空蝉が機械的に答えて、双眼鏡で目を凝らせば確かに何か波立って見える。
「遠いわね…何だろう」
 辺りの雲に嫌な気配はない。しかしこのまま見逃すのは危険かもしれない。
「ジャック、あなたあれ判る?」
 右舷の隅で釣り糸を垂らしていたジャックを呼び寄せ、彼に尋ねる。
「ん、あれは…」
「おい、まさかあれって…」
 さっき戻ったばかりの真も双眼鏡を覗いていたのだろう。それの正体を推測し、僅かに目を見開く。
「何?」
「…、…めだ」
「え?」
「…おそらくサメ、だろうな」
 海面を波立たせていたそれは水を切る背ビレだろう。色からしても間違いない。
「どういたしますか? 今ならばどうとでも」
 凄いスピードでこちらに直進してくる陰に平然と言い、空蝉が刀に手をかける。
「どうったって敵は海の中だぜ? 分が悪過ぎる」
「とはいえ野放しにしていいの? 折角の船に体当たりされたらどうすんの?」
 警備班が集まり議論する。その間にもサメと思しき影はこちらへと近付いてきているように見える。
「とにかく騒ぎにはしたくない。エル、君は残って客達の気を引いていては貰えないか?」
 処女航海で鮫に出くわしただけでもいい気はしないのに、襲われたとなれば聞こえも縁起も悪い。そこで穏便に処理するべく、真がエルに惹きつけ役をお願いする。
「構いません。元より余興の為、琵琶を持参していましたので」
 エルはそう言うと早速琵琶を取りに走る。
「海が初陣となろうとは…うまくできますでしょうか?」
 空蝉はそう呟きつつ、海に飛び込もうと身を乗り出す。
「ちょっ、張り切るのはいいけど、あんたに海は無理じゃね?」
 が空蝉の重量を察してジャックが忠告する。
「しかし私に出来る事等戦う事位で…」
「それは解るが、そもそも泳げるのか?」
「……」
 その疑問に沈黙を返す空蝉に困る三人。
「えーと、だったら倒した後の俺達の引き上げを頼む。できるか?」
 真の問いに空蝉が首を縦に振る。
「決まりね。あっでも、私は入らないからね。水着は持って来てるけど、援護だけってことで一応報告してくるからそれまで頑張ってー」
 ちゃっかりと言いたい事を言ってカーミンはイズとパティに状況報告。
 幸い、現在は料理の振舞いが行われている事もあり、錨を下ろしている状態なのだ。
「了解。気を付けてって伝えて」
 報告を受けてイズが飛び込む面子に視線を送る。
「大丈夫よ。真はどうだかだけど、ジャックはこないだも泳いでるし」
 カーミンのその言葉に「そうね」と返すが、友として心配するのは普通の事だ。
「さあ、皆様。落ち着いたところで琵琶の音でもお聴き下さいな」
 そこで飛び込む音をかき消すようにエルが四弦黒琵琶で神秘的な曲を奏で始める。
 その旋律は何とも同盟の者達には珍しく、ギターとは違う音色に聞き惚れる。
「東方の楽器に近いのかな?」
「リアルブルーにもあるって聞いたぜ?」
 真っ青な海の上でのリサイタル。思わぬ趣向にお腹がいっぱいになったゲスト達が各々耳を傾ける。
「食後の紅茶もご用意しました。よろしければどうぞ」
 そこへ厨房係に差し入れた後、味がいいからゲストにも配ったらと進められてスフィルの新たなドリンクサービスが始まり、鮫の接近など微塵も感じさせない。だが、その間にも海に入った二人は大変だ。
「おいおい、マジかよ…」
 飛び降りた先の海の中、ジャックはバスターソードを真は水晶剣を握り飛び降りたものの、そこには一匹のみならずその後方にもう二匹直進してくる魚影が見える。
「もしかして、ここ丁度餌場だったか」
「どうだろうな。しかし、倒せない事もないだろう」
 二人は立ち泳ぎで安定を確保しつつ、相手の出方を窺う。
 そこで先に動いたのは真の方だった。剣に集中させた力を開放し突っ込んでくる鮫に衝撃波を放つ。しかし、水面ギリギリに放つのは難しく、思う程の効果は出ず。勢いをそのままに鮫は尚も船目掛けて突進してくる。
「これならどう!」
 それを見てカーミンが水霊の矢を放つが、これはうまくかわされて掠った程度の傷しか与えるに至らない。
「次は俺の番か」
 そこでジャックは意を決して息を吸い込み、一旦海中に沈む。
 そうして、僅かに指を傷つけて血の匂いでこちらに誘導する。
(こいよ…頼むから)
 チャンスはきっと一瞬だろう。それを外せば自分がやられるに違いない。
 緊張の時間――鮫は敏感に彼の血を嗅ぎ取り進路を変える。
(全く危険な事を)
 真はそう思うも先行してくるのを彼に任せて、後方の二匹に向かう。
(おや…あの向こうの二匹は、何か違う様な?)
 船で留守番を余儀なくされた空蝉がある事に気付く。
 がその気付きの合否が明らかになるのは、この後数分後の事だった。

●御馳走
 船外での一幕も船上の者は知らぬ事。
 しかし、鮫を仕留めた事に気付くと周りが彼等をほおってはおかない。
「あんたら凄いなっ。まさかパーティーの為に獲りに出てたのか!」
「しかもあれってシャチだろ? いつ手名付けたんだ?」
 そう言う訳で空蝉に引き上げられ船に上がってくると真とジャックは注目の的だ。
 ちなみにもう言わなくても判るだろうが、残りの二匹の正体は鮫ではなく『シャチ』だったのだ。
「わたくしが推理するにあのシャチと言う生き物、この鮫を狙っていたのではないでしょうか?」
 知識として聞いていたのか、空蝉が船の傍まで来ているシャチを見下ろしながら言う。
「フフッ、折角のバカンス! これは楽しまなきゃだわ。これ、貰ってくわよ」
 するとその隣りから飛び込む人影…誰かと思えばさっき渋って入らなかったカーミンである。
「さあ、オルカちゃん。私を乗せるのよっ♪」
 料理用に搬入していた鰹を一匹携えていけば、元々人慣れしているのかシャチは彼女を案外あっさりと背に乗せてくれたり。一匹じゃ足らない気がして、何故だか空蝉が追加を取りに行き、無表情のまま携えた太刀で捌いてシャチに与えて見たりもしている。
「アレ? もしかしテあのシャチさん達っテ?」
「多分オルカの子飼いにしてた奴だろうな。船の匂いを覚えていたのかもしれない」
 オルカというのはこの船の元持ち主であり、海賊の名前だ。正式には『デス・オルカ』…事件に関わったジャックや真、パティは周知の事だがお得意様や他のハンターらは知る由もない。
「うぅ~、シャチもオショクジのじかんじゃもん? だったらボクもこのおおものをたべたいんじゃもん!」
 いても立ってもいられなくなった泉が仕留め船に繋いだ鮫目掛けて飛びつき、齧り付こうとする。
 だが、鮫肌はざらざらでとてもそのままいけるようなものではない。
「船長、この鮫どうするんで?」
 人の身長をゆうに超すサイズのそれに仲間の一人がこそりと尋ねる。
「そうねぇ…泉が食べたそうだし、戻ってから調理して貰う事にするわ。但し、ハンターさん達のお夕食にね」
 その言葉に残念がる尋ね人。実は鮫もきちんとした処理をすれば匂いもそれ程気にならず、食べる事が出来るらしい。しかもわりと美味しいようで、がっかりするイズの部下を横目にイズがくすりと笑う。
「だって、あんたたちはいつでも食べれるでしょ? だから譲ってよね」
 その言葉に彼は納得したようだ。
 「そうですね」と答えて「今日はいいもん食えたししゃーねぇな」と割り切ってくれる。
(鮫料理かぁ…初めてで少し楽しみなの)
 それを聞いていたスフィルはその料理に期待しながら、後ひと踏ん張りとテーブルの上の食器の片付け始める。
 そうしてこの後は特に大きな事件もなく優雅な船旅が進み、積み込んだ食材とお酒がなくなる頃には出発した時の港へと帰港を果たす。

「あうあうぅ~疲れたんじゃもん」
 終始ずっと働いていた泉が招待客らが帰ったのを見計らい、素直な感想を吐き出す。
「ですね…あまり調理場を覗く事が出来ませんでした」
 スフィルもずっと食器の類いを落とさないよう注意し続けていた為か妙な所に力が入ってしまいクタクタだ。
 けれど、その疲れもこの後のお楽しみがあると判っているから自然と気持ちは軽い。
「でもでも、みんなニコニコだったんじゃもん♪ それだけでボク嬉しいんじゃもん」
 くきゅるるーとお腹を鳴らしながら泉が笑う。
「ですね。私の紅茶、喜んで貰えて嬉しかったの」
 リサイタルでの一コマを思い出し、スフィルも微笑む。
「ハンターの皆さんはご苦労様。あの鮫をレストランの人に調理して貰える様手配したから、それが出来るまでこれでも食べて待っててくれる?」
 そこでイズからのサプライズ。いつ作ったのか錨の形をしたクッキーが差し入れされる。
「クッキー! いただくんじゃもん!!」
 ほのかに香るバニラビーンズの甘い香りに空腹お化けと化した泉は早速飛びつく。
「モグモグ…パクパク……ンンッン、これはおいしいんじゃもーーん!!」
 目からお星様が飛び出すのではないかと思え位に瞳を輝かせて、彼女は物凄い勢いでそれを食べ始める。
「少し塩味ね…これはイズさんが?」
 スフィルが尋ねる。
「ん、ん~~まぁ、手伝いはしたんだけどね。ほとんど知り合いが、かな?」
 船の舵はピカイチでもお菓子作りとなるとあまり得意ではないらしい。頬を掻きかき、視線を逸らすイズがいる。
「塩クッキーと言うのもなかなか美味でございます」
 サクサクと表情を変えぬまま、空蝉がそれを頬張る。
「ほら、暑い時は汗に塩分もってかれちゃうっていうでしょ。だからわざとよ」
 それがホントか嘘かはさておいて、皆は振舞われたクッキーを食しながら夕食を待つ。
 その間に提案された船の名前のメモを片手にイズは奥で睨めっこ。
「イズ、決まりソウ?」
 メモを覗き込み、パティが問う。
「どれも捨てがたいのよね…皆の気持ちを感じるから」
 そう言うイズであるが、だいぶ絞り込めてはいるらしい。
(海は広い。怖く感じる時だってあるわ……だから、その不安さえも消せるような名前がいいわよね)
 ハンター達が料理を港の隅で待つ姿を眺めながら、彼女は考える。
 そして夕日に照らされつつ悩みに悩んで彼女が出した答え、それは――。

『Splendere il sole(スプレンドリ・イル・ソーレ)』

「大陽の輝き号にしようと思うの。あの暗い海を照らす光になる為には太陽くらい強烈なのが必要でしょ?」
 夕食の席でイズがまずはハンターの皆に発表する。
 鮫の遭遇とて、いいように考えれば早速危機を回避できたのだと考えれば、なかなか縁起が良いのではないだろうか。そう思う事にしてイズはハンター達の前で夜の乾杯の音頭を取る。
「この先の皆さんにも幸運あれ。それじゃあ、カンパーイ!」
『カンパーイ!!』
 イズの馴染みのレストランで、その日は夜遅くまで賑やかな声が聞こえているのだった。

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MVP一覧

  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギンka1522
  • 勇気をささえるもの
    埜月 宗人ka6994

重体一覧

参加者一覧

  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズ(ka1559
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 新航路開発寄与者
    ファリス(ka2853
    人間(紅)|13才|女性|魔術師
  • もぐもぐ少女
    泉(ka3737
    ドワーフ|10才|女性|霊闘士
  • Rot Jaeger
    ステラ・レッドキャップ(ka5434
    人間(紅)|14才|男性|猟撃士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 金色のもふもふ
    パトリシア=K=ポラリス(ka5996
    人間(蒼)|19才|女性|符術師
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士

  • スフィル・シラムクルム(ka6453
    人間(紅)|17才|女性|疾影士
  • 潰えぬ微笑
    空蝉(ka6951
    オートマトン|20才|男性|舞刀士
  • 勇気をささえるもの
    埜月 宗人(ka6994
    人間(蒼)|28才|男性|疾影士

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鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2017/08/29 02:24:36
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/08/29 11:39:24