• 転臨

【転臨】澄んだ光の末路

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/09/01 19:00
完成日
2017/09/09 08:28

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 擦り切れたカソックは泥にまみれ、白かった肌も傷跡と染みで覆われている。
 それでも彼女は美しかった。
 地獄にあっても意思と倫理を保った瞳が、救出部隊をじっと見上げていた。

「お待ちしておりました。私は」

 とす、とす、と不気味なほど軽い音が連続する。
 一瞬前まで無かったはずの矢羽根が、彼女の胸と腹に半ばまで埋まっていた。

「な、ぜ」

 射手の指先が微かに震えている。
 弓に番えようとした矢が揺れて狙いがつけられない。

「聞いてはいけません。あれは聖導士の死体です」

 少女の声が耳をくすぐる。
 彼女と比べると傲岸不遜にしか聞こえない。
 それは権威と権力の臭いの濃い言葉と響きであり、王国で生きてきた男達は彼女では無く少女に従ってしまう。
 肩と太ももに矢が刺さる。
 赤い鮮血が変色したカソックを汚す。

「そんな、やだ」

 薄青い瞳から澄んだ涙が零れる。
 対する少女の瞳は酷薄さすら感じさせる緑。
 自らの行いを正当化する言葉を並べ立て、容赦のない暴力を途切れなく振るわせる。

「私、家に帰るの。もう暗いの嫌ぁっ」

 片足が力を失い固い地面に倒れ、辛うじて動く左手で顔を覆う。
 罪のない幼子を思わせる鳴き声は正当性に酔った男達の目を覚まさせ、そこに致命的な隙をつくらせた。

 浄化が終わったはずの空間に負のマテリアルが満ちる。
 腕が痙攣して弓を取り落とす。
 射手の胸から喉にかけてが冷たくなる。
 己の中のマテリアルが正から負に変わる感覚があまりに恐ろしくて悲鳴すら出ない。

「光のない夜は終わった。エクラの光の前に去れ歪虚よ!」

 少女を中心に負の気配が退く。
 空間が歪みながら彼女に向かって押し戻され、射手達を惑わしていた力も消え去った。

『私は、歪虚じゃ……』

 カソックに見えていたのは黒く汚れた羽だった。
 蝙蝠状の羽が広げられる。
 異様なほど整った、しかし無機物にしか見えない白い肢体が露わになる。
 逃げるためだろうか。
 羽が上下し彼女が数メートル浮き上がる。
 射手が弓を拾って射ても刺さらず弾かれる。

『歪虚じゃないの、信じて!』
「記憶と認識まで弄られているようです。悪趣味な歪虚の仕業の典型例」

 轟音が新旧聖導士の言葉をかき消す。
 直径1センチ以上の銃弾が彼女の全身に穴を開け腐った血を流させる。

「司祭様! 速く!」

 少女が反応するより射手が担ぎ上げる方が早い。
 複数人で抱えて後ろへ走り、段差で隠れていた魔導トラックの荷台へ飛び込んだ。

「大物が釣れましたな。大メイス並の威力があるのにろくに効いてませんよ」

 助手席の重装聖堂戦士が指示を出す。
 運転席の若手が必死の顔で操作を行い、機銃の銃撃を止め全力で逃げ出した。
 小さな枯れ林から出る。
 無人どころか虫の気配すらない地面が海岸まで延々続いている。

「あと何人か眠らせることができると思っていたのですけど」
「奴らも馬鹿ではないですよ。まあ、司祭の予想通りの行動を繰り返すのは馬鹿にしか見えませんが」

 重装聖堂戦士がドアを蹴り開け縦横1メートルを超える分厚い盾を構える。
 林の中からどす黒い光の玉が飛来。
 強靱な鉄を数センチ抉ってようやく消える。
 それから十数秒後、顔まで白く美しく変わり果てた彼女が飛んで追いかけてきた。

「嫌がらせはパターンが限られますから。大昔からよくあることなんです、こんなの」
「歴史に詳しいのも善し悪しですな。気が滅入りそうだ」

 真横からの30ミリ弾が彼女の細い腰にめり込んだ。
 黒々と変色した血が形のよい唇から溢れ、美しいラインを伝って足先から地面に垂れる。

「司祭を囮にするのは正直どうかと思いましたが、飛行能力と汚染能力を持つ歪虚を討てるならリスクを冒す価値はありますな」
「あー、えーと、そのことなのですが」

 少女司祭の頬を冷や汗が伝う。
 射手が、威力はあっても高価で数の少ない矢を取り出し構えている。

「釣れ過ぎちゃったみたいなんです」

 林が揺れ、枯れた川底が弾け、羽付きの白人間が次々飛び出す。
 退路である海岸でも砂が盛り上がり、分厚い鎧と両手持ちメイスのスケルトンが20以上立ち上がり脱出用ボートを壊す。

「総員撤退! 集合は2E。ハンターが車で持ちこたえろ!」

 2両の魔導トラックが、エンジンが壊れかねない加速でハンターたちの合流地点へ向かう。
 荷台の隅にいるイコニアから表情が消えた。
 この場所なら司祭の顔をする必要も子供らしい子供を演じる必要もない。
 西の空を飛ぶ歪虚を見る。
 戦意旺盛な体とは逆に、青い瞳は真実助けを求めている。

「謝罪はあの世でします」

 奥歯を噛みしめる音が、エンジンの音に紛れて流れていった。


●救援依頼

 撤退してくる聖堂教会司祭以下12名の援護または救出を依頼する。
 汚染状況を含めて現地の正確な情報は入手できていない。
 状況によっては救出を諦めての撤退も許可する。
 以上。

リプレイ本文

●命の欠けた海

 ボートに波がぶつかり飛沫が漂う。
 しかし潮の香りはほとんどしない。

 ここはイスルダ島沖。
 浄化が進んでいるとはいえ、まだまだ歪虚の影響が強い場所だ。
 トランシーバーも雑音すら流さないそんな環境で、フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)がエレメンタルコールを海岸に向け使う。

「イコニアさんに繋が……死にかけ?」

 フィーナが漏らした言葉にハンター達が動揺する。
 要救助者の中で飛び抜けて若いし、聖堂戦士団からも最悪彼女だけは連れ帰るよう要請されているからだ。

 海岸に小さく見えるトラックの動きが安定する。
 イコニア経由で救援到着を知らされ、精神状態が改善されて温存していた装備と体力を使い始めたようだ。

 タイヤが砂を巻き上げる音が微かに聞こえるようになってから、ようやくトランシーバーの機能が回復する。
 逃走中の彼等はトランシーバーの使い方に慣れていないようだが、エレメンタルコールでフィーナが伝えていたため予想ほど時間はかからなかった。

「ハンターより聖導士隊へ。ハンターはこのままボートで海岸まで直進する。上陸予想地点に向け進路を変更し全速で移動を要請する。後、乗員点呼」

 歓声というには少々血の気の多すぎる声が、1、1、2、3、3、3と重複有りすぎの形で返ってくる。
 ゾンネンシュトラール帝国なら新兵でもやらかさないだろう失敗だ。
 国内に複数の軍がある弊害だろうなー、と考察してメイム(ka2290)は要救助対象の予想能力を下方修正した。

「重戦士は司祭、いないなら同乗運転手を優先して防御。司祭の浄化術は温存。後は適当に。以上♪」

 要請したかった内容の3割ほどしか残っていない気がするが仕方が無い。最低限これだけはしてもらわないと依頼が失敗するし、相手はこれだけしか出来そうにない。
 荷台から猛然と放たれる矢と追い縋る蝙蝠羽人型歪虚をちらりと見てから、ハンターたちは全力でオールを漕ぎ始めた。


●上陸

「まったく、もう!」

 魔導バイクを手の力だけで下ろして即座に発進。
 跳ねる砂を置き去りにして宵待 サクラ(ka5561)が駆ける。
 空からの攻撃にで穴だらけにされつつある魔導トラックへ近づき、死体じみた顔色の司祭に声をかける。

「イコちゃーん、私当分生き延びるのを目標にしろって言ったよねぇ?」
「人が足り無いんですっ!」

 分厚い盾が突き出されて黒い光と衝突する。
 その攻撃は防げたものの、司祭の目の鼻から血が噴き出しカソックを染めた。

「そういうのを努力の方向音痴って言うんだよ!」

 サクラが鋭く手を振る。
 放たれた苦無が異様な動きで空をいく女性達を襲う。
 白い肌を裂く切れ味も骨ごと砕く威力もない。
 だが1度に攻撃できる範囲が非常に大きく、空を飛ぶ元聖職者は警戒して速度を落としてハンターと距離をとる。

「だったらハンター辞めて教会に就職して下さい! 本当に足りないんですよ!」

 血まみれかつ殺気剥き出しなのに、同乗した男達が驚いてしまうほど生き生きしていた。
 そんな彼女を癒やし光が照らし出す。
 疲労も消えず酷使された筋の痛みもそのまま。
 しかし大小多数の傷口が塞がり気分も楽になった。

「この距離は得意ではないのですが」

 十数本の破魔矢を携えソナ(ka1352)がロングボウを手に取った。
 聖導士としてもう少しだけ治療を行いたい気持ちはある。
 ヒーリングスフィアでまとめて回復させたので今すぐ死ぬことはないはずと内心考えつつ、戦争ではなく狩をする動きと心持ちで淡々と矢を放つ。

 紅の弓から白い矢が飛ぶ。
 1本1本はハンター基準で威力が高いわけでは無い。
 その代わり矢の数が多い。
 飛行に向かぬ人型の元聖職者に次々当たって鏃がめり込み。
 元聖職者が体制を立て直す前に第二陣が到着して傷口を増やし流血を増やす。

 戦いたそうにしているイコニアに気づくがソナは呼び止めない。
 対空戦闘で勝つ自信はあっても、疲労しきっている上に連携不十分な部隊を守りながら勝つ自信はさすがにないからだ。

「これを、使」

 トラックに並走するフィーナは、最後まで言い切る前に咳をしてしまう。
 整備されないままの長時間の酷使でトラックの調子が悪く、煙だかなんだか分からないものがエンジンから漏れている。
 装甲に付着した塵やタイヤによって巻き上げられる砂も体に悪そうだ。
 フィーナは口を閉じ、細い腕に意識してマテリアルを集中してある物をトラックへ投げ入れた。

 それが何かに気づいた射手達が口笛を吹く。
 龍鉱石を贅沢に使った光の矢生成装置。ただの雇われ兵にとっては貴重な品だ。

「離脱、優先」

 盛り上がる射手たちは、フィーナのじっとりとした視線にも気づかない。
 これは最後まで守り続けるしかないかと考えたちょうどそのとき、ソナの矢から逃げる形で引こう歪虚の進路が変わった。

 射手たちの動きも変わる。
 敵の攻撃が届いても我が身を盾にできる位置へ進み出、弓と龍矢を構えて光の矢を放つ。
 スキルも尽きソナの1矢と比べても威力に劣るが数だけは勝っている。
 回避と防御を強いられた飛行歪虚の速度が落ち、魔導トラックと波打ち際の距離が0に近づいた。

 フィーナがため息をひとつ。
 文句は依頼完了後に言うことにして、ある術を組み上げ長い杖でトラックに触れる。

「速度そのまま」

 魔導トラックが一切速度を落とさず海に突っ込み、激しく左右に揺れ時折1メートル近く跳ねながら沖へと加速していく。
 ウォーターウォーク。
 難易度が比較的低い割に、使い方によっては戦略にも影響を与え得るスキルであった。


●聖堂戦士の墓

 その鎧の厚さは1センチを超えていた。
 プレートアーマーとしては常軌を逸した重量で有り、スケルトンが着込めば身動きがとれなくなって当然のはずだった。

 鎧の重みをものともしない勢いで、鎧の半分に達する重さの大メイスが左右と正面から振るわれる。
 カソック姿の身軽な男がふらりと避けて、聖導士らしからぬ表情で綺麗な口笛を吹いた。

「よう鍛えとるなぁー。ぶれも少ない。なかなかのもんやで」

 ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)がわざと嫌らしく笑う。
 実際に聖導士ではない彼の言動は、微かに残った聖堂戦士の残滓を激しく刺激する。
 1列横隊の重装スケルトンがラィルに狙いを定め、数十メートル広報の1列4体もまたラィルに向け駆け出す。
 全て彼の狙い通りに進行していた。

「亡者は土に返るが定め」

 穏やかなのに揺るがない、豊かな大地を思わせる声が砂浜に響く。
 長い間凝り固まっていた負の力が圧されて薄れ、信心を核にした正のマテリアルが集まり形をなす。

「聖堂戦士であったならば、それくらいは理解しているはず」

 日下 菜摘(ka0881)が魔導バイクのエンジンを止める。
 眼球の無い眼窩が彼女を見るが、妨害するには遅すぎる。

「おとなしくわたしの【鎮魂歌】に抱かれてあるべき場所へと立ち返りなさい」

 正のマテリアルが古びた鎧を越え黄ばんだ骨に到達する。
 無色の力の中に骨の持ち主の残滓も含まれていたように感じたのは、菜摘の錯覚ではないかもしれない。

 攻めるも守るも平均以上だったスケルトンの動きが劣化する。
 元々移動力は低いので菜摘を追うのはもちろんラィルを振り切ることもできない。

 カソックに見せかけていた外套を片手で脱ぎ捨てる。
 星すら無い夜空の如きオーラがラィルを覆う。

「人の姿の歪虚、見知った顔の歪虚……色々と辛い戦いが待っておるんやろうな」

 声も出せずに泣いて飛ぶ元聖導士に、汚され抜いた後に酷使される聖堂戦士。海上からこちらを見る司祭も激情を必死に抑えている。

「けど、イスルダ島を取り戻す機会は今しかないんや」

 すらりとした太刀を構える。
 滑らかな刃に不死者にすら通じる毒が浮かび、ラィルの上半身を歪めて映し出す。

「王国騎士団“黒の騎士”ラィル。胸ぇ借りるで!」

 スケルトンの認識力を越える速度でラィルが駆ける。
 骨に染みついた戦闘経験が大メイスを防御に回させる。
 だが全く追いつけない。
 毒が負のマテリアルを中和し、死角から太刀が突き込まれて鎧の一部が欠損する。
 冑の中央を貫かれたスケルトンは一刺しで核の部分を破壊され倒れる事もできずに形を失い鉄錆鎧だけを残す。

「予想外の敵に予想以上の敵戦力。いつものことですね」

 騎士対聖堂戦士の激闘を眺める間もエルバッハ・リオン(ka2434)の術構築は続いている。
 1割漏れるだけでバイクのエンジンまで焼けそうな熱を小さなボール状にまとめ終え、まるで重さが無いかのように無造作に投げる。
 後続の1列4体の手前に落ちて、近くで見るなら太陽に負けない光が4体と第一陣のうち2体を巻き込んだ。

 直撃すれば鉄すら存在を許さない。
 微かな焦げ臭さが漂った直後、最初から無かったかのように4体が消えて残る2体も変形した鎧と焦げた骨だけが残る。

「やぁっ」

 菜摘が棘無しモーニングスターを振り下ろす。
 攻撃時限定でマテリアルを込めるその一撃は聖堂戦士団の伝統技に非常に近い。
 残骸じみたスケルトンは防ごうとして、急に今何をしているか気づいたように動きを止める。
 鎧と全身の骨が砕かれる。
 骨だけが残った口元が笑みの形に動いて、ただ静かにこの世から消えていった。


●ある聖導士の終わり

「かっ、たいっ」

 苦無が白い肌に跳ね返され地面に落ちる。
 綺麗に整えられた、鋼鉄の剣並の鋭さを持つ爪がサクラに迫る。
 躱そうとしても、もう1体の人型が回避のための空間を塞いでいる。
 その顔と肌が人間に見えてしまうのは、まず間違いなく状態異常だろう。

「この程度」

 強引に踏み込む。
 黒く光る爪が最高速に達する前に、サクラは甲冑の装甲を思い切りぶつけて被害を大きく減らして見せる。

 援護射撃中のソナは前に出ない。
 魔導バイクを器用に進退させて、敵に攻撃されず敵に攻撃できる距離を保つ。

「どうしましょう」

 このまま戦っても勝てる。
 だが敵には飛行能力がある。
 距離をとり続けると逃げられるかもしれないし、近づくと南に飛ばれて海上の魔導トラックが襲われかねない。
 そう考えながら次々矢を当てていると、スケルトン退治を追えたハンター達がこちらへやって来た。

「酷い」

 そこだけは生前のままの目を見てしまい、菜摘が口元を手で覆った。
 罪悪感、絶望、現実逃避に自暴自棄。
 あまりに生々しい感情が歪虚の目にだけ浮かんでいる。

 奥歯をかんで現実に耐え、ホーリーパニッシャーを構えはしたが敵は空を飛んでいる。
 直接攻撃するのは非常に困難だ。

「長居はしたくないです。本当に」

 追いついてきたエルバッハが島の中心方向を見る。
 新たな歪虚の姿は無いもが負のマテリアルの気配がかなり濃い。
 浄化が終わってこの状況なのだから、まず間違いなく強力な歪虚が多数いる。

 エルバッハが口を閉じて合図を送った。
 巨大なサーベルに切り替えたサクラが攻撃を手控え、ソナもわざと攻め手を緩めて敵の攻勢を誘導する。
 棘の付いた蔓を思わせる紋様が白い肌に広がる。
 紋様の赤と艶のある白の組み合わせは官能的ですらあり、新たに生じた火球の光により眩しいほどに照らされた。

 爆発する。

 知恵を使って距離をとろうが高度をとろうが広範囲破壊術には通用しない。
 球状に広がる威力をまともに受けて羽や本体に亀裂が生じ、既に傷を負っていた個体は落下も出来ずにその場で消滅していく。

 エクラの印の残骸が、消えた歪虚の数だけ地面に落ちて砕けた。

「申し訳ありませんが」

 透明な光が真横から押し寄せた。
 着地し逃亡に移ろうとしていた歪虚の形が崩れ始め、縋るような目がエステル(ka5826)に向けられる。

 辛かった。
 怖かった。
 寂しかった。
 死にたくなかった。
 ただ、帰りたかった。

 零れる涙も消えない悲嘆も真正面から受け止めた上で、聖導士用広範囲破壊術を最後まで実行する。

「歪虚はもう戻れません」

 仮に人間に戻せる手段が存在するのだとしたら、数百年前に聖堂教会が手法を確立しているはずだ。
 元同志、元家族、元恋人を取り戻そうと全てをなげうつ人間は数多くいたし、その全てが失敗しその多くが悲惨な末路を迎えている。

 聖遺物を扱うような手つきで残骸を懐に仕舞い、エステルは最後に残った歪虚にゆっくり近づいていく。

『戻るのではなくて、私はっ』

 確かに人間に見える。
 少なくとも首から上は、年単位の地獄に耐えた人間に見える。
 だが、足先から指先までは殺意に満ちて、攻撃的な負のマテリアルが垂れ流されている。

『私、は』

 救いを求めるかのように伸ばされた指先に、直撃すれば重装甲の強者でも耐えられない呪いが込められている。
 エステルは抱き留めようと両手を広げ、かつての聖導士が攻撃に移る直前に加速し指先を空振りさせて抱き留めた。

 エステルは表情を見せずに一言ささやく。
 青白い肌の女性か力が抜け、浄化の光に抵抗することなくこの世から消滅した。


●帰還

「ていやっ」

 障壁発生器付シールドと特大メイスがぶつかり火花が散る。

「とぅっ」

 小さな斧が装甲に切れ目を入れて中の骨に傷を入れる。
 手数は歪虚が三倍多いけれどもこの程度ならハンデにならない。
 予想通りに現れた重装スケルトンを正面から潰し終え、メイムは大急ぎであるものを回収してバイクに括り付けた。

「聖堂教会を代表して感謝いたします」

 ウォーターウォークが切れる前に戻って来たイコニアが、役職持ちの聖職者らしい……非常時か身内のみの場でしか外せない仮面をつけて頭を下げた。
 エステルはイコニアに高度な治癒術を行使するだけでなく、回収したものを渡しつつ小声で言う。

「精霊様の為にも馬車馬のように働いて頂かないと困りますので」

 あのあのっ、私すっごく苦手にされてるのでエステルさんたちだけで……だめ?
 駄目です。頑張って。

 一瞬の視線の交差でそんなやりとりが交わされ、司祭は上品な微笑みを浮かべたまま激しく落ち込んだ。

「ボートに浮きつける時間ないから筏っぽくまとめたよー。そのままじゃ大きな船まで走りきれないし無事なボートにも乗せられないよね? 外せる物はこの筏っぽいのに載せちゃってー」

 メイムが引きずってきたのは、イコニア一行が上陸の際使ったボートの残骸を利用したものだ。
 浮力のあるものと無事な板を頑丈なロープで括っただけの代物だが、多少の荷物を載せるならこれで十分だ。
 イコニアと聖堂戦士がうなずき合う。
 トラックの荷台から木箱が下ろされ筏に固定される。
 錆びた兜や聖印、文字が消えかけた遺書などがみっしりと詰まっていた。

「王国目指してしゅっぱつしんこー!」


 帰還した後、イコニアは遺族を訪ねて忙しい日々を送ることになる。

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MVP一覧

  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルムka6617

重体一覧

参加者一覧

  • 冥土へと還す鎮魂歌
    日下 菜摘(ka0881
    人間(蒼)|24才|女性|聖導士
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • システィーナのお兄さま
    ラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929
    人間(紅)|24才|男性|疾影士
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【質問卓】
メイム(ka2290
エルフ|15才|女性|霊闘士(ベルセルク)
最終発言
2017/08/30 01:20:20
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/09/01 02:23:42
アイコン 相談卓
日下 菜摘(ka0881
人間(リアルブルー)|24才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2017/09/01 05:31:57