• 転臨

【転臨】烏合の衆な友軍と

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/09/22 19:00
完成日
2017/09/30 10:18

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 諸侯の軍が合流して1時間が経った。
 未だ整列すら終わらず、予定されている指揮官訓示が始まる気配すらない。

「司祭様! 我々だけで出発しましょう!」

 若手の聖堂戦士が血走った目で上申する。
 半時間も行軍すればイスルダ島における歪虚の最大拠点に到達する。

 住民を殺し土地を奪っただけでも許し難い。
 最期まで戦い抜いた戦士の遺骸を歪虚に変えたことを考えるとはらわたが煮えくりかえる。

「抑えて下さい」

 言葉では無く、司祭が纏う濃厚な殺意に気づいて体が固まる。
 笑みに見える表情を保ったままなのが非常に怖い。

「我々の戦力だけでは敵拠点に近づくこともできません」

 この隊の実質的指揮官である老兵に目を向ける。
 呆れるほど分厚い鎧を来て平然と茶を啜っていた男が、曖昧な顔でうなずいた。

「で、ですが」
「私も気持ちは一緒です」

 説法慣れしているのだろう。
 掌で転がすように怒りの方向をずらし、若手聖堂戦士の闘志だけ焚き付け天幕から出て行かせる。

「旨い茶ですなー」

 相変わらず他人事な老兵に、少女司祭がじっとりとした視線を向ける。
 視線はそのままに、スイッチが入りっぱなしのトランシーバーを手に取り後方と連絡をとる。
 ハンターが上陸したと知らされ、初めて安堵に近い息を吐いた。

「報告です! 10分後から訓示を始めるので司祭様に同席して頂きたいと……」

 伝令が駆け込んで来る。
 そこには気弱な少女も引退直前の老兵もいない。
 歪虚も逃げ出す眼光の男女1組が、無言でうなずき戦場へ踏み出した。


●1時間後の敗走直前

 勇壮な兵士達が、真正面から敵軍とぶつかった。
 錆びた剣が真新しい盾で受け止められ、反撃の刃が乾ききった体に半ばまで埋まる。
 兵士達は激しく戦いながらじりじりと戦線を押し上げる。

 だがその進撃は10メートルも続かず終わる。
 左右に広げた蝙蝠羽が4メートルに達する、蝙蝠と人間を足して割らずに悪趣味を掛け合わせた異形が頭の上から襲いかかる。
 これがハンターなら躱しざまに仕留めたりそもそも近寄らせず銃か弓か術で仕留めたのだろうが、年に1月程度しか訓練しない兼業兵士では耐えられない。
 至極あっさり士気が崩壊し、100メートル近く下がったところで聖堂戦士団の援護と治療を受けようやく立ち止まった。

「司祭様!」

 部下が動揺してもイコニアは平然としている。
 歪虚目がけて突撃したいのをぐっと堪えているだけなのだが、彼女をよく知らない聖堂戦士から見ると非常に頼りがいのある上司である。
 老兵が無言で合図を送る。
 このまま引きつけて敵勢を拠点から引き離せ。
 そんな、味方の損害を許容する非情の指示だった。

「重傷者には1隊を護衛につけて後方へ送って下さい。私も前に出ます、参りましょう!」

 泥の中で転がるような拙い戦が、ハンター到着まで延々と続いていた。


●救援依頼ではない

 ハンターオフィスでは無く、現地へ向かう途上で詳しい説明が始まった。

『緊急依頼を引き受けてくださり感謝します。今回お願いしたいのは、イスルダ島中心部にある歪虚の拠点攻略の補助です』

 グラズヘイム王国の騎士団、有力諸侯、ついでに聖堂戦士団も参戦中の大規模作戦である。
 もちろん全てが別組織。
 能力とカリスマを兼ね備えた騎士が指揮をしているらしいが、多分とんでもなく苦労をしているだろう。

『出発前に渡した地図を見て下さい。右上の端と、その左にある丘を占領をお願いします』

 ちらりと見る。
 敵拠点からの増援を迎え撃つのにも、敵拠点へ攻め入る味方を援護するにも向いた地形だ。
 だが、ここを攻めるとなると現在苦戦中の、辛うじて肉眼で見える距離にいる友軍を見捨てる展開になりそうな気もする。

『依頼成功条件は丘2つの占拠です』

 友軍を援護しなくても罪に問われないということだ。
 もちろん援護もして報酬を増やしても、救ってやって名声をもぎ取っても構わない。
 好きに動けるという点では楽な依頼のようだった。


●たたかう司祭さん

「ふんにゅっ」

 幼くすら聞こえる声を伴い、鉄の塊が蝙蝠人間に突き込まれた。
 つるりとした肌が大きく凹み、人間の胃液より強烈な酸が蝙蝠人間の口から零れる。
 イコニアは慣れた動きで酸と拳を回避。
 見上げる位置にある蝙蝠頭をメイスで潰そうとして、空に逃げられ盛大に空振りすることになる。

「飛行歪虚1匹とにらみ合っています。援護の必要無し。負傷者は私の側へ」

 ふんす、と鼻から息を吐いて詰まっていた鼻血を吹き飛ばす。
 数歩歩いて地に落ちた血を踏みにじり、広範囲治癒術で大勢の聖堂戦士を一気に癒やした。

「司祭様、その、伯爵の軍が」

 戦前は伯爵様と言っていたはずだが開戦後数分で様がとれ、今では吐き捨てるように口にしている。
 大勢連れてきて威張り散らかした後、数に劣る歪虚に後退を強いられ歪虚より少数の聖堂戦士団の援護を受ける有様だ。
 落胆と怒りが諸侯の軍に向くのも仕方が無かった。

「大公様か騎士団に援軍を要請できませんか」
「無理です。敵拠点攻略のための戦力が足り無くなります」

 空を飛ぶ蝙蝠人間からの唾飛ばし……強酸攻撃を分厚い盾で防ぎながら緑の目を光らせる。
 この場にいる聖堂戦士団は二線級ですらない。
 迷子の案内や清掃活動が業務の半分を占める、戦闘では無く警備が専門の部隊だ。
 だから敵前哨の雑魚を引きつける役割を担当している。
 この程度しないと無駄飯食い扱いが当然。
 有力部隊を呼ぶなど論外だ。

「私達が1分粘るごとにイスルダ島奪還が1分近づきます。歪虚打倒のため、この地で果てた同胞に報いるため、徹底的にやりましょう!」

 メイスをぶん投げる。
 ほぼ紛れ当たりで蝙蝠人間に命中。
 高度が下がったところで興奮した聖堂戦士たちに滅多打ちにされ挽肉に変わる。
 『黒羊神殿』攻略戦最序盤の不利な局面で、ちっぽけな部隊が抵抗の要になりつつあった。

リプレイ本文

●救援到来

 地上では生者と死者が肉と骨を傷つけあい。
 空には蝙蝠と人間を混ぜ悪趣味で捏ねた異形が飛び回る。
 そんな地獄と区別のつかない戦場を、きらきらした目で見つめる少女が1人。

 歪虚相手に戦いを続ける戦士達がざっと百と数十名。
 覚醒者が大部分であり見た目以上の戦力を持つが、空と地上から攻めて来る歪虚相手に不利な戦いを強いられている。
 悲鳴と雄叫び、骨を立つ音とこぼれ落ちる血の香りが漂ってくる。
 闘志に憎悪に自己犠牲。
 汚濁も尊いものも渾然一体となり、しかし歪虚相手の戦意だけは共通して戦い抜いているのだ。

「クウ、一緒に飛ぼう!」

 空色のワイバーンの目に、元気な妹を見るような優しい色と地上の戦士たちに負けない闘志の熱さが表れる。
 わずかに翼を狭めて降下と加速を開始。
 地表数メートルを飛ぶ蝙蝠人間が気づいて上を見る。
 しかしそのときには、ユウ(ka6891)と【クウ】は蝙蝠人間40匹のど真ん中に突っ込んでいた。

「ドラグーンのユウと、ワイバーンのクウ!」

 前後左右から突き出された手足を軽く進路を変えて回避。
 斜め下から飛ばされた酸のしずくは、ユウが身を逸らすことで何の影響も与えられずに明後日の方向へ消えた。

「微力ですが援護に来ました! 大丈夫ですか?」

 明るく真摯な、そして歪虚と空中の危険を身に染みて理解した声だ。
 地上の戦士達にとっては直視できないほど眩しく、歪虚にとっては憎悪あるいは恐怖するしかない。
 蝙蝠人間達の腰が少しだけ引けて、本来なら発揮できたはずの防御力を半分も発揮できなくなった。

「ホーリーライト、2、1、今!」

 聖堂戦士の隊から、10近い反撃の光が蝙蝠人間の隊に突き刺さる。
 これまで苦戦していたのが嘘のように、ユウより1回りは弱いクルセイダーによる攻撃術が効果を発揮する。
 ユウは踊るように煌めく氷刃を振るう。
 実際はそれは魔を破る舞いの一部だ。歪虚の弱体化を継続するだけでなく、蝙蝠の羽の半分を紙の如く切り裂き地上への落下を強要する。
 歪虚がなんとか身を起こそうとする。
 しかし聖堂戦士たちがわらわら寄ってきて、空に逃げることも立ち上がることも許さずメイスで滅多打ちにして地面の染みに変えた。

「元気な子だなー」

 地上で指示を出していた子が……ユウより数歳年下そうな金髪少女が直接攻撃に参加できずに項垂れている。
 それがこの場の指揮官であることを、ユウはこのときまだ知らなかった。

「イコニアさん、また悪い癖が」

 もう1頭のワイバーン【Laochan】が数度目の急加速を終える。
 念入りに引きつけて誘き寄せたスケルトンと、迎撃に来た一部の蝙蝠人間により完全に包囲される。
 だが全てソナ(ka1352)の計算通りだ。
 龍鉱石で飾られた直剣で一閃。
 光の波動がソナを中心に球形に広がり、特にスケルトンは全く耐えられず残骸も残せずこの世から消滅した。

「生き生きしてるのは良いのですけど、程々がよいかと」

 近くの聖堂戦士に聞こえないよう小声未満の音量でぽつりとつぶやく。
 つきあいの長いイコニアは気づいたようで、表面を取り繕いながら弁解するような視線をソナに向けてきていた。

「ルーハン、北の丘には近づきすぎないように」

 ソナが弓を片手に飛び降りる。
 それを隙とみた蝙蝠人間複数が殺到するが、頭上からのファイアブレスが直撃して悲鳴をあげて墜落する。

「ひょっとして偉い人? 守った方がよいですか?」

 氷の刃が空を一閃する度に、蝙蝠とも人間とも付かない部位が斬り飛ばされて落ちていく。
 ユウがイコニアを見てソナに視線を移すと、ソナが困ったように微笑み精霊による癒やしの場を作り出す。
 思った以上の治癒速度に聖堂戦士たちが驚き、うち数名がソナのスカウト方法を考え始めていた。

「拗ねない程度に助けてあげてください。聖堂教会と、多分聖堂戦士団の事務担当なので」
「はい! 一緒にがんばりましょう!」

 羞恥が混じった、しかし親近感から来る好意的な目でユウを見上げる少女司祭。
 見た目とは逆の年齢差があることに気づき羞恥心で七転八倒することになるが、それは戦後のことである。


●頼りにならない友軍たち1

「貴方十分楽しんだでしょうから、さっさと下がりなさい」
『やだ、じゃなくて戦い的にも政治的にも無理です。アレな貴族でも金づ……スポンサーなので見捨てられないんです』
「部隊じゃなくて貴方が下がりなさい。あと外付け指揮人材を最前線に連れて行くな」

 トランシーバー越しに怯んだ気配を感じる。
 フィーナ・マギ・フィルム(ka6617)は馴染みの司祭に精神的致命傷を与えようとして、鞍越しに何かを促す気配に気づいた。

「無視」

 イェジド【волхв】が単独スケルトンの脇を駆け抜ける。
 1対1を千度繰り返しても全勝できる相手だが障害にはなる。
 空を飛べるワイバーンたちとは違って地形を乗り越えるためにも時間がかかり、歪虚を避けても戦っても余計な時間がかかってしまう。

『無視されたっ?』
「そうではなくて。今の要は貴方とその人なんだから、引き受けた役割を果たすつもりがあるなら慎重に動きなさい」

 左手にはスケルトン部隊2つと、その間に蝙蝠人間部隊が1つ。
 右に少し離れると、数こそ少ないが強力な歪虚に守られた丘が2つ。

「以上、交信終わり」
『待っ』

 音量を下げる。
 先行したワイバーン乗り2人がいるので死にはしないはずだ。
 フィーナは戦場を一瞥して敵味方の位置を把握。
 予定より少しだけ大マリして、蝙蝠人間部隊の背後からファイアーボールを打ち込んだ。

 炎と爆風の見た目は、初心者魔術師と変わらない。
 しかし込められた威力は桁外れで、炎に触れた歪虚全てが焼き尽くされた。

「っ」

 フィーナが指示を出すより早く【волхв】が反応する。
 装備が少ない身軽さを活かし、歪虚2種3部隊から離れる方向へ全速力で駆ける。
 フィーナが追撃する余裕が無くなってしまうが仕方が無い。
 生き残りの蝙蝠人間の半数だけでなく、北の丘にいた大型歪虚10体近くがフィーナだけを狙って飛んできているのだ。

「刺激しすぎたようですね」

 ファイアーボールの壮絶な破壊力に驚いたのだろう。
 生ある者に対する悪意ではなく、恐怖に駆り立てられてフィーナを包囲し仕留めるつもりだ。
 【волхв】は速度は緩めずに進路を驚くほど頻繁に変え、大型歪虚1つと小型歪虚2つ以外から距離を取る。

「魔力収束を行う余裕はないようですが」

 極太の鉄棒じみた蹴りがイェジドの頭部を狙う。
 射程ぎりぎりの酸スプレーががイェジドの臀部に迫る。
 1つ1つの威力は高くても連携は非常に拙い。
 【волхв】はただ躱すだけでは無く、くるりと振り返る。
 火球が光り、人間台の蝙蝠人間2つを消し飛ばし大型1つを炎に包んだ。

「噂以上だ」

 老兵は蝙蝠人間の攻撃をいなして時間を稼ぎ、駆け寄る聖堂戦士を待ちながらハンター8人を順々に見た。
 小さな子供が大型の歪虚を圧倒し、空を駆ける龍騎士が飛行歪虚を蹂躙している。
 しかもそれが、大国の精鋭ではなく普通のハンターだ。

「騎士団が騎士位を配ったのも当然、ぬっ」

 聖堂戦士が受けに失敗して片膝をつく。
 蝙蝠状の爪が剥き出しの老兵の首へ向かう。
 だが光の防御壁が現れ爪の速度を減らして、なんとか致命傷だけは回避した。

「一度下がられては?」

 ソナが蝙蝠人間と老兵の間に入り盾で防いで剣で小さな傷を入れる。
 彼女にはファイアブレスを躱しきる回避術もないし、強烈な攻撃を被害無しで防ぎきる防御能力もない。
 だが普通に強い程度の歪虚の攻撃なら、考えられないほどの不運が連続しない限り十分防ぐことができる。

「そうさせてもらおう。……ああ、私はあなた方の能力を知らない。こちらも出来る限り工夫はするが」
「ご心配なく。あわせるのには慣れていますから」

 老兵の後退にあわせてソナが後ろへ跳ぶ。
 入れ替わりに前に出た聖堂戦士が2人がかりで蝙蝠羽を潰す。

「お手数おかけします。ちょっとだけ援護してあげてください」

 精霊への祈りを通じて負の生命の流れを阻害する。
 蝙蝠人間の動きが鈍って聖堂戦士が優勢になり、貴族部隊を崩壊に追い込もうとしていたスケルトンの勢いが鈍る。

「そこの人。カーナボンさんの護衛をお願いします」

 独特な形の鎧を着込んだ少年が、蝙蝠人間対聖堂戦士団の混戦の中を西へ歩く。
 そこでは貴族指揮下の部隊が潰走ではなく撤退を始め、ほとんどダメージを負っていないスケルトン部隊がこちらに向き直ろうとしていた。

「援護は……」
「不要です」

 カイン・マッコール(ka5336)は身の丈の倍を超える長さの刃を平然と構えてさらに歩く。
 閉所戦闘を重視した作りの鎧は不思議なほど音を立てず、スケルトンは数歩の距離になるまでカインに気づけなかった。

「歪虚か」

 聖堂教会の人間のように使命感に突き動かされている様子もなく、かといって金のためと割切っている訳でもない。
 本当に淡々と敵軍へ近づき、簡単な隊列すら組めないスケルトンとの距離を詰め斬魔刀「祢々切丸」を真横に振るった。

 右のスケルトンが爆発四散する。
 右斜め前の歪虚が腰を中心に半分の骨を失う。
 前方、左斜め前の骨の腰が綺麗に両断されて上下に分かれ、左端にいたものは頭蓋骨から胸までを粉砕されて地面に転がった。

「数が多いな」

 スケルトンがカインへ押し寄せる。
 順次位置をずらすことで圧倒的な質量に押しつぶされることを避ける。
 歪虚の骨で出来た波に乗りながら、一振りごとに部隊の1割ほどのスケルトンを削っていくのだった。


●頼りにならない友軍たち2

 ワイバーン数頭とその主が戦場に突入したときも、彼等によって戦況が好転し始めたときも、貴族が率いる部隊は全く気づけていなかった。

「捲土重来を期す! 農兵共から下がれっ」

 鎧の上からでも分かるほど肥えた貴族が、顔中に脂汗をにじませて撤退の命令を下す。
 まず部下を、特に領内から連れて来た兼業兵士を逃がそうとするのは確かに立派ではある。
 が、直属の私兵達は「得意な奴に任せて後ろに引っ込んでいろよ」と内心毒づいていた。

「ベリアルの死が引き金になってこの戦場か」

 ミカ・コバライネン(ka0340)は魔導バイクを貴族部隊へ走らせながら、複数の感情が交じった息を吐いていた。
 平穏とはかけ離れているし、使われている技術は拙く心も練りが足り無い。
 無視して作戦目的で丘を攻め落とすのが一番簡単で文句も言われないはずだ。

「申し訳ない、ハンターはバカなんだ」

 後方へ一言通信を送った後、表情と気配を対お偉いさん用のそれに切り替えた。
 ようやくミカに気づいた私兵が貴族に伝える。
 ミカが乗るのが馬でないことに気づき、悪い意味でも素直な貴族があからさまに機嫌を悪くする。

「ハンターズソサエティーから参りました。丘攻略の依頼を請け負ってますのでご助力願えると……」

 必要以上に舐められない程度に下手に出る。
 途端に貴族は機嫌を直すが、その部下で覚醒者である私兵たちは表現しがたい表情だ。
 後方から近づきつつある刻令ゴーレムはとても大きく強そうに見える。けれどよく見ると戦闘に向いた動きを出来ていない。
 基本的に作業用の機械で有り、重防御を活かして耐えることはできても反撃は難しいと思われた。

「むむ。よか……おおっ」

 破壊の炎が鎧を着込んだスケルトンを巻き込む。
 ミカが炎の向きを変えるとスケルトン隊に出来た穴が拡大。
 私兵の一部がそこに突っ込み穴を敵の混乱を拡大させる。

「おぬしは?」
「コバライネンって者で。よろしく」

 軽く頭を下げたミカの前で、貴族が機嫌良く踏ん反り返っていた。

「ここで友軍を見捨てるというのも後味が悪いですし」

 日下 菜摘(ka0881)が軽く息を吐く。
 操縦桿からエクスシアに指示を出し、北に向けていた 30mmアサルトライフルを下ろす。
 戦意旺盛な聖堂戦士団とは異なり、貴族指揮下の部隊は士気が低い。
 空ではユウが、地上では他の面々が暴れ回っているのだが、歪虚や戦友が邪魔でミカくらいしか目視出来ずにさらに貴族部隊の士気が下がる。

「これだけの大軍相手だとCAMという【鎧】がないと正直怖じ気付いてしましそうですね」

 貴族部隊とスケルトン部隊の中間にR7を移動させる。
 速度と射程を活かして戦った方が被害も少なく勝利までの時間もかからないのは分かっている。
 だが菜摘が勝利する前に貴族部隊が崩壊すると無駄に戦死者が出てしまうのでCAMを士気向上用の道具としても使う。

 人型ユニット用法具を起動する。
 レクイエムを展開してスケルトン部隊の大部分にバッドステータスを食らわせた後、貴族部隊がいる場所へ癒やしの力を展開した。

「癒しを施しました。それとしばらく敵の足止めを行いますのでその間に戦力の再編をお願いいたします」

 兼業兵士らしい男が茫然とした顔で見上げてくる。
 たまたまヒーリングスフィアの効果範囲にいた私兵覚醒者も、鉄の巨人が癒やしを使ったことに気づいて大きく目を見開いていた。

「敵打倒の為には皆様方のお力が是非必要となりますので」

 よろしくお願いしますね。
 そう、柔らかな女性の声で言われ、貴族部隊の士気が少しずつ盛り上がりを見せていた。

 盛り上げた当人の士気はあまり高くない。
 地上数メートルセンサーから仕入れられた情報がHMDに反映される。
 北の2つの丘の向こうでは、貴族部隊や聖堂戦士団とは次元の異なる戦力のぶつかり合いが。
 北西方向からは密程こそ低いが呆れるほど多くの雑魔がこちらに向かってきている。
 この場の骸骨や蝙蝠人間と合流するまで、後2、3分だろうか。

「放置して歪虚に蹴散らさせるまで放って置くのも……ね」

 スピーカーをオフにしてつぶやき、R7の巨体をスケルトン部隊の盾にした状態で貴族部隊を誘導する。
 ハンターに比べると低いが一応部隊としてなりたっている聖堂戦士団に合流、というか面倒を見させる距離まで誘導し、再びアサルトライフルを構えて引き金を引く。
 狙うのは近くのスケルトンでは無い。
 増援として現れ、聖堂戦士団を北西から襲おうとしていた蝙蝠人間だ。
 ワイバーンのような飛翔の翼を持たない彼等は回避も防御も拙い。
 30ミリ弾に打ち減らされながら地上に降り、足のついて防御に向いた地上で人間に勝負を挑もうとした。

「これも、再利用ですか」

 そこだけ人間味を感じさせる増援蝙蝠人間を見て、エステル(ka5826)の瞳に静かで強い光が浮かぶ。
 エステルと共に戦おうとする聖堂戦士を身振りで抑え、北西から飛んでくる強酸唾を厚い盾で払いのける。

「これを倒しても終わりではありません。ミーナ」

 超小型の魔導エンジンの音が南から近づいて来る。
 エステルが指示を詳しい指示を出すより早く白い幻獣がユグディラ・キャリアーから降りて、猫用リュートを取り出し穏やかな曲を弾き始める。

「傷が薄れて……」
「なんとなく痛みも」

 ユグディラ式演奏術による癒やしは、聖導士のスキルと比べると非常にささやかなものだ。
 ただし持続時間が全く異なる。
 重体で無い限り、どれだけ重傷でも10分も聞けば健康体に戻るのだ。

「丘の攻略と維持に備えて回復してください」

 エステルが馬を北西に走らせる。
 全くの無傷の蝙蝠人間がざっと10と数体、エステルだけを狙って待ち構えていた。

「我々もっ」
「ミーナを守ってあげてください。演奏を止めたり再開したりは難しいので」

 自暴自棄でも自己犠牲でも無く、単に務めに果たす態度で歪虚の前に進み出る。
 盾を鞍にかけ、高位の覚醒者が使うものとしては小さくすらある太刀を両手で構える。
 死に顔のまま動かない顔の蝙蝠人間たちが、エステルから逃げ場を奪うかのように雪崩の如く押し寄せた。

「エクラの名の下に、貴方がたに永遠の眠りと安らぎを……」

 菊の形をした鍔に金色の光が灯り、艶やかですらある刃を優しい光が覆う。
 金色が広がる。
 照らされた歪虚の体がはらはらと崩れ、エステルの体に触れる前に宙に融けていく。

 死の瞬間のまま固まった顔が、消える寸前に微かに微笑んだ気がした。



●丘の向こうへ

「グロム! ぶっぱなせ!」

 ワイバーンの口から無数の線が広がった。
 緩やかな弧を描いて地上に向かって降り注ぐ。
 クィーロ・ヴェリル(ka4122)とワイバーン【グロム】を追って来た蝙蝠人間たちを貫いて、固い地面にぶつかり華やかに弾けた。
 歪虚の体から体液が零れて地面を汚す。
 青黒い体液混じりの酸が一斉にはき出され、しかし白銀の鱗を持つワイバーンは鋭角の機動で全ての酸を躱してみせる。

「はは! いいじゃねぇか!」

 銀髪緋眼の戦士が高らかに笑う。
 長大な太刀をすらりと引き抜くと、生気のない太陽に照らされてぬらりと輝いた。

「んじゃ行くぜ!」

 【グロム】が地上に向かって加速する。
 地面との正面衝突を恐れる様子も無く、クィーロは太刀一本を手に【グロム】へ体を預けた。

「びびったな」

 それまで獰猛で冷静でもあった蝙蝠人間たちが、白銀の主従を恐れて怯えを抱く。
 速度が鈍り、四肢による守りも甘くなり、クィーロの目に無防備な腹や脇の急所が映る。
 この地にわずかに残ったマテリアルがクィーロの意思と反応する。
 胸元に刻まれた鳥が紅く輝き、革鎧と洒落た着物を貫通して彼の上半身を彩った。

「食らっとけ!」

 宗三左文字でただひと突き。
 【グロム】が繊細に進路を調整して優れた刺突を斬魔の術に変える。
 空中の蝙蝠もどき5つに切れ目が入り、10以上の残骸と化して乾いた地面に叩きつけられた。

「結構ぎりぎりだったな」

 墜落はしないが着地は乱暴だった。
 冑の上から突いてくる【グロム】を撫でて宥め、クィーロは悠然と地面に足を下ろして北西を振り返る。

『そちらの状況は?』
「千客万来だ」

 トランシーバー越しの問い合わせに答えつつ歪虚を迎撃。
 相打ち狙い繰り出された太い槍を太刀で弾き、その反動も活かしてカウンターを見舞う。
 大柄な骨格を包んでいた無骨な鎧が綺麗に断たれ、かつての戦士が重い音をたてて地面に倒れ伏す。

「丘を攻め落とす手柄はそっちに譲る。せいぜい苦労してくれ」
『了解。御武運を』

 祈りに似た響きを耳にしたクィーロが肩をすくめる。
 その動きから発した斬撃で、スケルトンの隊を上下に断ち割って見せた。

「グロウ、一息入れてから丘に一吹きやってこい」

 瓶を開けたポーションと、冷えても美味い揚げ物を相棒に向かって放る。
 【グロウ】は鋭く首を伸ばして揚げ物をキャッチし嚥下。
 ポーションで後味を流してから再び空に昇る。

「戻ってくるまで俺が一人で楽しんでるからよ」

 この戦場で最高の練度を持つ重装甲スケルトンが、聖堂戦士団以上の練度と連携で一気に押し出してくる。
 それを前に出ることで躱して斜め後ろから端の1体に斬撃。
 予想外の角度からの攻撃を防げずに食らい、スケルトンにしては最上に近い個体は満足したかのように消えていく。
 荒々しい動きから一転して見事な構えをとる。
 錆びた大剣と穂先がつぶれた槍がグロウに向けられ、双方全く同時に互いへ襲いかかった。

「次の増援まで後10から15分。戦士団や私兵に配慮する余裕はないようですね」

 菜摘の専門は医療だが、不出来な貴族よりずっと戦況が読める。
 それまでのわざと目立つ動きから慎重かつ射撃重視の動きに切り替え、数名のハンターの道を譲って援護射撃を開始する。

「エステルさんの後ろを固めてください。死角を私たちでカバーするんです」

 1つ戦いを乗り越え一皮むけた聖堂戦士部隊がエステルから数歩離れて2列の横隊をつくる。
 死角と包囲は気にしなくてよくなったとはいえ、エステルは実質1人で丘の蝙蝠人間と戦うことになる。
 体格は人間よりオーガに近く、戦士団の後ろにいる貴族などはすっかり怯えてしまっていた。

「参ります」

 愛馬ジルの歩みは散歩でもしているように軽い。
 地上からは驚くほど機敏な特大蝙蝠人間が、空からは大量高圧の酸がエステルとジルを狙う。
 つまり、絶好の攻撃機会だ。
 聖盾「コギト」の法術刻印が目映いほどの光を放つ。
 酸がことごとく防がれ、エステルたちの歩みは止まりも乱れもしない。
 素早く太刀に持ち替え横へ一閃。
 避けにくい面での術攻撃は蝙蝠人間に到達。
 その巨体が災いして甚大なダメージを受けて悲鳴をあげる。
 ぎりぎりと奇怪な悲鳴をもらしながら、地上の蝙蝠人間がエステルに迫った。

 再度聖盾に持ち替える余裕はさすがにないが、聖盾よりさらに強靱な戦士が我が身を盾にするかのように立ちふさがる。
 己の頭ほどもある拳を受け、躱し、受け、熟練すら感じさせる蹴りを躱し損ねて鎧で受ける。
 カイン本来の獲物ではないが問題は無い。
 臨機応変は基本中の基本。
 見える範囲の攻撃には盾と刃で対応し、頭上などの死角の守りはイェジドに任せる。
 痩せぎす幻獣が魔導銃を使って飛行歪虚の迎撃を担当し、大量の敵を問題なく防ぐ。
 が、それだけでは足り無い状況でもあった。

「無茶や無理はしたくないけど、しなきゃ勝てないか」

 もう1つの丘から、実に20体の大型蝙蝠人間が飛び立った。
 目指すはもちろんこちら側。
 数体ならともかく、相手が数十いると不運な一撃が連続してカインですら戦死する可能性があった。

「参ったね」

 エステルの光の衝撃から逃げ伸びた歪虚に魔法攻撃複数をたたき込みながらミカがつぶやいた。
 いざというときは貴族以下を口車で追い出すつもりだったが、このままだと襲われる前に士気が崩壊して撤退もできないかもしれない。

「この角度なら問題ない。後そこの貴方、後ろで指揮して味方を活かすほうが効率がいいのはわかるわよね?」

 フィーナが言葉の剣で刺して少女司祭の動きを封じ、自分自身は丘の斜面にしゃがみ込んで長い詠唱を始める。
 本当に長い。
 空中戦や高移動力同士の戦いでは使いどころが限られ過ぎる。
 だが隠れて敵を待ち構える状況ではこれ以上無い攻撃手段だ。
 エステルのセイクリッドフラッシュを警戒して一定状には近づいて来ない蝙蝠人間に対し、通常の数倍のサイズの火球をひょいっと投げる。
 威力は通常と同じでも効果範囲が体積と比例している。
 極めて強力な威力が歪虚の巨体に直撃し、半数近くが消し炭と化して乾いた空に消える。
 残りも大部分が深手を負い、追撃を恐れて不安定な空中から地上に逃れる。
 そこにいるのは7人のハンターたちだけではない。
 ユグディラによってスキル以外は回復した聖堂戦士も手ぐすね引いて待ち構えていた。

「余力のある人は防戦の準備を。後最低2時間、歪虚の拠点への増援を防ぐためにここを確保します」

 イコニアの声に余裕は無い。
 いくらハンターでもスキルに限りがあり、延々と攻め寄せる歪虚を相手にするのは危険に過ぎた。

「ま、それは俺に任せてよ。お嬢ちゃんはしばらく休んでな」

 ミカがひらひらと手を振る
 そして2時間後。
 簡易とはいえ実用的な野戦陣地となった丘の上で、イコニアが緑の目をまん丸にしていた。

「数は力だねぇ」

 ミカは万歳を繰り返す聖堂戦士を眺める。
 予想より役に立った。
 連合宙軍基準では論外レベルの練度でしか無いけれど、地形と援護で有利な状況を作ってやれば逃げずに戦うので肉壁にはなる。
 後は肉壁が死ぬ前にハンターが歪虚を仕留めれば良い。
 その状況を作り上げた道具であり、最前線で大破直前まで戦い抜いたゴーレムが今回のMVPかもしれなかった。

「無事でよかったです」

 兜を脇に抱えたカインが、呆然としているイコニアへ声をかける。
 長時間の激戦により鎧は汚れ、慣れない微笑みを酷く強ばってしまっている。
 その表情では無く、生きた人間の血と汗の臭いが少女司祭の精神を現実に連れ戻す。
 生き残りの数を確認して救援到着時から減っていないことを確認。
 その上で視界内に歪虚がいないことを2度確かめてから、安堵のため息を盛大に漏らして倒れそうになる。
 カインが慌てて支えると、何故か落ち着かなくさせる甘い薫りが鼻の奥をくすぐった。

「あっ」

 相棒の手当のため立ち去るカインに手を伸ばしても、その手が彼に触れることは決してない。

「ありがとう、ございます」

 被害の確認に論功行賞のための資料作りに貴族や騎士団との交渉など、イコニアがすべき仕事は山積みだ。
 聖職者らしい笑みをつくって歩き出す。
 本人は普段通りのつもりでも、普段のイコニアを知らない者からも心配されるほど精彩を欠いていた。

依頼結果

依頼成功度成功
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MVP一覧


  • ミカ・コバライネンka0340
  • 聖堂教会司祭
    エステルka5826

重体一覧

参加者一覧


  • ミカ・コバライネン(ka0340
    人間(蒼)|31才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    刻令ゴーレム「Gnome」(ka0340unit002
    ユニット|ゴーレム
  • 冥土へと還す鎮魂歌
    日下 菜摘(ka0881
    人間(蒼)|24才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ヒエン
    飛燕(ka0881unit003
    ユニット|CAM
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ルーハン
    Laochan(ka1352unit003
    ユニット|幻獣
  • 差し出されし手を掴む風翼
    クィーロ・ヴェリル(ka4122
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    グロム
    グロム(ka4122unit001
    ユニット|幻獣
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ワイルドハント
    -Wild Hunt-(ka5336unit002
    ユニット|幻獣
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ミーナ
    ミーナ(ka5826unit001
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ヴォルフ
    волхв(ka6617unit001
    ユニット|幻獣
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    クウ
    クウ(ka6891unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ミカ・コバライネン(ka0340
人間(リアルブルー)|31才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2017/09/22 12:25:26
アイコン 質問卓
ミカ・コバライネン(ka0340
人間(リアルブルー)|31才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2017/09/19 20:40:48
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/09/17 19:23:47