• 転臨

【転臨】二旒の大公旗の下で

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
8~12人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/09/27 22:00
完成日
2017/10/06 19:29

みんなの思い出

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オープニング

 グラズヘイム王国領内、歪虚本拠地イスルダ島──
 作戦上、『ブラボービーチ』と名付けられたその砂浜に、大公ウェルズ・クリストフ・マーロウ率いる貴族連合軍主力が揚陸を開始した。
「上陸を果たした諸侯の軍から随時、黒羊神殿へ進軍せよ。損害に関わらず、だ。何よりも拙速を貴べ」
 座乗艦『トマス・グラハム』の上甲板上に構えた本陣で、居並ぶ諸侯を前に力強くマーロウが告げる。
 貴族たちはザワついた。その場にいる誰もが、歪虚本拠地たるこの魔窟の島で自分たちだけがババを引かされることを恐れていた。
「……皆の懸念は理解している。昨今の度重なる王家による兵の動員……その負担の重さに思うところのある者もあろう。だが、今回の戦いは王国に巣食う歪虚を滅ぼす、王国の未来を決する戦いだ。今この時を除いて命を懸ける時があろうか」
「そうは仰いますが、大公閣下。諸侯の中には自前の軍を持たず、傭兵団を雇ってこの場に参じた者も多くあります。金で雇われただけの連中がその様な理屈で命を賭すとも思えませぬ」
「そもそも誰かを先行させる必要があるのですかな? 我らは大軍。全軍でゆるゆる進んでも歪虚は手出しできますまい」
 俗物どもが。マーロウは心の中で吐き捨てた。この戦いは電撃戦──時間が何より貴重だというのに。
「本陣を移す!」
 マーロウは床几を蹴立てて立ち上がると、自ら『下賤』な兵たちの乗る運荷艇へと乗り込んだ。その突然の行動に大公の家臣たちですら追いつけず、供としてついて来れたのは僅かに下男が数人のみ……
「た、大公閣下!?」
「構わぬ。出せ」
 カラカラとロープで海面へと下ろされるボート。
 慌てて追いかけてくる諸侯らを他所に、マーロウは兵たちと同じく膝まで水に浸かりながら上陸を果たし、驚く砂浜の兵たちに向かって朗々と呼び掛けた。
「諸君! この戦いは聖戦である! 歪虚共の巣を叩き潰し、この国から、我らの生きる大地から奴らを一掃する為の、我らの子供たちに歪虚のいない故郷を残してやる為の戦なのだ! 奮戦せよ! 奮闘せよ! 今こそ家族の為に命を懸けよ!」
 一瞬の静寂の後──砂浜に兵たちの喚声が轟き渡った。その光景を醒めた目で見つめる傭兵たちにも、大公は続けて檄を発する。
「戦いの意義は言った通り……故に、勝利の暁には褒章は思いのままぞ! この戦いの勝利にはそれだけの価値があるのだ。さあ、稼げ! 武勲を上げよ! 他の者に後れを取るな!」
 湧き上がるどよめきと歓声── 膨れ上がってしまった士気は、最早、遅れて来た諸侯にもどうにもできなくなっていた。
 そうして、諸侯の軍は大公の指示に応じて黒羊神殿への前進を開始した。中には領主の命も待たず、勝手に進軍を始めた隊まであった。
「流石は『クヌギ断ちのマーロウ』。手腕は衰えておらぬようだな」
 バイロン・フィランダー・バンクス伯爵が揶揄するように笑い掛けた。マーロウとは竹馬の友、かつ刎頚の交わりで、ホロウレイドの戦いで跡取りを亡くし、隠居の身から当主に復帰した点もまた同じ──老いてなお盛んな『老騎士』だ。
「……だが、良いのか? いかに大軍とは言えこうもバラバラに動いては……」
「元々が烏合の衆だ。枝葉の有象無象がどれだけ犠牲になっても構わん。主力本隊さえ掌握できていればそれで良い」
 歪虚は滅ぼさねばならぬ── 冷徹な表情で大公が呟く。これは王国の未来を決する戦い──先の自身の言葉に嘘偽りは微塵もない。

 戦いが始まった。
 先行した諸侯の軍が次々と歪虚の防衛部隊と激突し……続々と上がって来る報告を本陣で聞きながら、マーロウは彼我の配置を地図の上に示していく。
「……あの方はお出ましになるのでしょうか……」
 傍らに控える老臣の呟きに、マーロウは一瞬、その手を止めた。
 ラスヴェート・コヴヘイル・マーロウ。かつての大公家の跡取り。ウェルズ・クリストフ・マーロウの一人息子── 有能で、誰からも愛され、将来を嘱望されながら…… ホロウレイドの戦いで命を喪い、歪虚と化した、人類の敵──
「……フン。いきなり死んだかと思えば、歪虚にまで成り果てていようとは…… 情けないやつよ」
 吐き捨てる様に告げるマーロウ。老臣が目を剥き、片膝をついて主に忠言する。
「旦那様、その仰りような余りにも……!」
「ならば私にどうせよと? 歪虚となり下がった息子と再会を祝して熱い抱擁でも交わせというのか?」
 主の言葉にハッと身を固くし、首を垂れる老忠臣。落涙する彼を見て表情を緩めたマーロウが穏やかな声で告げた。
「……歪虚に落ちた魂はもはや救われぬ──ならば」
 留めなく零れ落ちる涙と共に首を垂れて下がる老臣。
 ただ一人きりになった天幕の中で、マーロウはやおら立ち上がり…… 目の前の床几を思いっきり蹴り飛ばした。

 やがて正面に展開する敵軍全ての配置を見切り、マーロウは貴族軍主力本隊に突撃を命じた。
 阿鼻叫喚の地獄絵図を繰り広げる諸侯軍の傍らを掠め、彼らの奮戦により生じた敵陣の濃淡、その最も薄い所を電撃的に突破する。
「半数は黒羊神殿へ! もう半数は我と共に背面展開! 敵軍を包囲殲滅する!」
 自らも抜刀しながら馬上で轡を引いて反転するマーロウたち。
 その動きを読む者がいた。
「他には目をくれるな。あの男さえ斃してしまえば、ここの敵は全て瓦解する」
 『魔の森』(貴族軍が送り込んだ斥候が誰一人戻らなかった歪虚の森)を抜け、翼を生やした全身鎧の騎馬と徒歩とが、紡錘陣形でただ一点を目指して側方から突っ込んで来る。
 徐々に高度を上げながら、掲揚の指示を出す歪虚の頭領。応じて掲げられたその旗は──
「大公旗!」
 現れた伏兵よりも、その事実に動揺する大公軍。黒羊神殿に向かっていたバイロンが「いかん!」と慌てて隊の馬首を巡らし。しかし、マーロウとの間に入り込んだ歪虚の歩兵が槍衾でそれを迎え撃つ。
「飛翔騎兵はこのまま突っ込め! あの一隊の将を討つのだ!」
 まるで魚の群れの如く、一匹の龍と化して空中から降り落ちて来る歪虚の群れ。
「閣下、お退きを!」
「退かぬ! 今、我が退けば、ギリギリのところで戦っている戦線の全てが崩壊する!」
 その見立ては皮肉にも歪虚の頭領と同じもの── マーロウは敵後背への攻撃を中止すると、敵の奇襲部隊から離れるべく前進の継続を命じた。
「敵の方が優速です。このままではいずれ追いつかれます!」
 マーロウはキッと背後の敵を振り仰いだ。音もなく宙を掛ける飛翔騎兵の群れ──それが掲げる大公旗を見やった瞬間。心の奥底から湧き起こって来た得も言われぬ感情に、マーロウは傍らの旗手に声を荒げていた。
「何をしている! こちらも大公旗を掲げよ! 味方に私が健在であることを示し続けるのだ!」

リプレイ本文

●戦場の『南』、王国貴族諸侯軍。対歪虚軍主力正面。緒戦──

 大公の檄に応じ、貴族軍主力の先鋒として先行していた諸侯の軍勢は、黒羊神殿から出撃してきた歪虚の迎撃部隊と接敵した。
 救国の熱を帯びて前のめりになる者と、彼我の戦力を見極めるべく様子見を決め込む者と──大公が『烏合の衆』と呼んだ軍勢の脆さはすぐに現れた。陣を組み、正面から当たれば兵の2~3人で対抗できる程度の敵──それも却って良くなかった。攻勢と守勢。敵に対する姿勢の差は時間の経過と共に戦線のあちこちに小さな綻びを生み…… 歪虚の群れは染み入る水が如く、そこから浸透し始めた。
 後は水の流れが砂山を削るが如く── 金属質の光沢を纏いし人、犬、猫、牛、豚、鶏、馬、猪、熊、猛禽、骨、死体等々の歪虚の群れが、兵たちに組み付き、噛みつき、突き込み、蹴散らし、各諸侯軍を分断、孤立化させていく……

「全くもって情けねぇですねぇ! ええ!?」
 指揮官を食われて逃げて来る第一陣を目の当たりにして── 怯えて腰の引けた第二陣の兵たちに、シレークス(ka0752)は大きく声を張り上げた。
「おら、貴族の坊ちゃん共に傭兵のゴロツキ共! 誇りだとか金だとか、そんなことはどーでも良いのです。死にたくなけりゃさっさと槍を構えて盾の壁を築きやがれってぇんです!」
 言いながら、シレークスは前に出ると、逃げて来る第一陣の将兵の襟首をとっ掴んでは、後ろの第二陣に放り込んだ。バラバラに逃げても追いつかれて殺されるだけ。ならばこの場に踏み止まれ、と。
「泣き言なんて、この場を切り抜けてから後で幾らでもほざきやがれです。生き残りたければ死に物狂いで戦いやがれ! 光が我らを導きたまう…… エクラの聖句を思い出せです。このわたくしが! 流離いの修道女シレークスが、てめぇらを導く光となるです!」
 ドンッ! と効果音を背負って立つ、その様はまさに『地獄の壁』。覚醒し、金色のオーラと共に『ソウルトーチ』を焚いて輝く様は……何と言うか、金ぴかだ。
 新たな敵が眼前に迫る。シレークスは兵たちに応戦を指示すると、『神の祝福』──という名の棘付き鉄球(鎖付き)でもって迫る歪虚の頭を粉砕した。
「なーに、ご覧の通りでやがります。負けはしませんですよ。何より、連中より私の方がずっとぴかぴかです」
 光沢肌の敵と金色に輝く自分をネタに冗談口を叩くシレークス。笑う兵たちの前に歪虚の新手集団が現れて……シレークスは兵たちに気を引き締めるように告げると、自身は相棒のユグディラ『インフラマラエ』に小さく呟いた。
(……敵の数が多すぎて、回復に手が回らねーです。……そっちはおめーに任せるですよ)

 味方の第一陣は完全に崩れていた。それを成した敵が今、シレークスたち第二陣の兵に迫る。

 彼らは自分たちが生き残るので精一杯だった。
 戦場の中央で何が起こっているか、承知する暇もなく。


●戦場『最北』。バンクス伯爵率いる貴族連合軍主力・別働隊。対伏兵『飛翔歩兵』──

 マーロウ率いる主力本隊が敵の奇襲部隊の襲撃を受けている── 黒羊神殿へ向かう別働隊を率いるバイロン・F・バンクス伯爵は、その事実を知った時「いかん……!」と呟き、馬首を返した。
 バイロンもまた、飛翔騎士の頭領やマーロウと同様、敵の狙いとその重要性を正確に認識していた。故に、彼は黒羊神殿への早期進軍──王国騎士団に後れを取るわけにはいかない、という政治的大目的──を呆気なく放棄すると、一刻も早く大公に合流するべく急ぎ戻るよう指示を出す。
 だが、敵もまたその動きを予測していた。『飛翔騎士』と同様に東の『魔の森』から現れた『飛翔歩兵』──有翼の全身鎧の部隊が、伯爵隊と大公との間に楔を打ち込むべく、横列で阻止線を形成する。バイロンはそれを迂回するべくすぐに配下の兵たちに進路変更の指示を出したが、敵は浮遊移動でこちらに槍衾を向けたまま阻止線を横滑りさせて来た。
 バイロンは舌を打った。敵は明らかに時間稼ぎを企図していた。孤立したマーロウ隊と敵奇襲部隊とでは明らかにこちらが劣勢だ。一刻も早く……マーロウが討たれる前に合流しなければならないというのに……!
「焦るな。……分かっているはずだ。どんなに優秀な騎兵と言えど、あの槍衾に突っ込んではただでは済まない」
 その焦りを感じたのだろう。飛竜『タクシャ=カ』を駆るドラグーンの戦士・ウルミラ(ka6896)が、轡を並べて、声を掛けた。
「まずは私が進路を切り開く。……合流してからが本番だ。それまでは兵力の温存を」
 告げると、ウルミラは背筋を伸ばして背後を振り返った。そして、「弩と投槍に気をつけろ! 伯爵を守れ!」と兵たちに声を張ると、竜騎士の大鎌を手に姿勢も低く、隊列の先頭に立って歪虚の群れに向かって突撃していく。
「共に征くぞ、タクシャ=カ。龍騎士の矜持、見せてやるまで……」
 返事はない。愛竜は、ただ速度を上げてそれに応える。
 視界にぐんぐんと迫る敵の槍衾── その槍と盾の第一列の後方で、弩(クロスボウ)を構えた第二列の歪虚たちが、吶喊してくる飛竜に向けて一斉に迎撃の矢を放つ。竜鱗に突き立ち、鎧を掠め、ウルミラの皮膚を切り裂いて飛び過ぎてゆく矢の豪雨。それに怯まず、再装填の間に敵へと肉薄したウルミラの命に応じ、飛竜が最大射程から火炎の息を──『ファイアブレス』を撃ち放つ。
 密集した敵の只中に着弾し、炸裂する火焔の息。2発、3発と立て続けに放たれたそれが敵の槍衾を打ち崩していく。
 後続する騎兵たちの突入口を確保するべく、ウルミラは大鎌を両手に構えて敵陣への切り込みを図った。だが、爆発の砂塵が晴れた時──その瞳に映ったのは、隊列を歪ませながらも崩れず、槍衾を組み直した全身鎧たち──
 突入路は拓かなかった。ウルミラはすぐに竜に翼を翻させると、後続する騎馬隊に合図を出した。即座に轡を返す騎兵たち。その横腹に一斉に投げ槍を投射しようとする敵に気付いたウルミラは、竜にその前面を通過させつつ、腰に差していた発煙手榴弾を引き抜き、後ろへと投げ落とした。落下し、地面を跳ね転がりながら吐き出される煙の帯── 煙幕に視界を塞がれた歩兵たちが放った槍はあさっての方へ飛び……騎兵たちは無事、敵前面からの離脱を果たす。
「……『強敵』だな。一筋縄ではいかんようだ」
 一旦、敵との距離を取りながら、バイロンが呟いた。あの敵に対して最も打撃をあたえられるのはウルミラの飛竜だが、それも軍勢相手に単騎ではどうしても限界がある。
「犠牲無しにアレを抜くのは無理か……? 歩兵をぶつけて、その間に騎兵だけでも迂回させるか……」
「いけない。中途半端な戦力を送り込んでも諸共に喰われるだけだ」
「わかっている。だが、このままでは……」
 苦悶の表情で、バイロン。その視線の先で、敵の飛翔騎士たちのマーロウ隊に対する最初の突撃が行われようとしていた。


●戦場『中央』、マーロウ大公率いる貴族連合軍主力が一隊。対伏兵『飛翔騎士』──

 大海をうねる魚群の如く。空を往く龍の如く──縦列で空中より降り落ちて来た飛翔騎士たちの鋭鋒が、大公隊最後尾の歩兵部隊を切り裂いた。
 鎧袖一触に蹴散らされ、蜘蛛の子を散らすように逃げていく歩兵たちには見向きもせず、敵は再び高度を取って、ただひたすらにマーロウを追い、討ち取らんとする。
「お逃げください、閣下! 我々が時間を稼ぎます故……!」
「無意味だ。奴らは空から──『神の視点』からこちらを見ている。こちらを見逃すはずはない。どこに退いたとて追いつかれる」
 悲痛な表情で告げる部下に、大公は冷静に言葉を紡ぐ。
「旗を掲げよ」
 マーロウは旗手に命じた。歪虚共が掲げたものと同じ大公旗を。自身が健在であると味方に示す為に。そして、その旗の正当な担い手が誰であるかを示す為に。
「私が奴らに討ち取られても、決してその旗を降ろすな。その旗が翻っている限り、味方は最後まで戦える」

「……これは意外。王国貴族は血気盛んに御座いますねえ」
「ヤバい大公さまかっこいい……! これは大公派閥に入りたくなっちゃうよねぇ!」

 突然、横から声がして。大公の部下たちが振り返って「何奴!?」とそちらに剣先を向けた。
「何奴、って……ハンターですよ、勿論。他にこんな飛竜に乗ってるのなんて…… ああ。空飛ぶ騎馬の歪虚、なんてのもいましたか。今、こちらを追いかけてる連中ですが。……流石にそれと見間違えるような奴は目ん玉丸ごと交換した方がいいでしょうねぇ」
 嫌味交じりに告げる声── マーロウや部下らの視線の先に、彼らの馬と並んで飛ぶワイバーンと、その背に跨った外套姿のGacrux(ka2726)の姿──そして、その向こうには、地上を走るイェジド『二十四郎』の背に乗った茶髪の少女──先程、『大公さまかっこいい』と言ってた娘だ──宵待 サクラ(ka5561)が何かきらきらした目で元気よく、片手を上げて挨拶する。
「マーロウ大公さまー。助太刀に参りましたっ!」
「お久しぶりですね。以前、大公さまのご依頼で『さるお方』へ薬草をお届けした辺境の巫女、Uisca Amhran(ka0754)なのです。義によりお助けいたします」
 サクラに続いて、飛竜『ウイヴル』の乗り手、Uiscaが、周囲に花が咲くような──場違いなほど穏やかな笑みをにっこり浮かべる。
 更に、元気を撒き散らしながら合流して来た、飛竜『ロジャック』の相棒、岩井崎 旭(ka0234)がその場に加わり…… 計3騎の飛竜に、1体のイェジド──4体のユニットがマーロウの元へと集まった。いずれも大公の危機を察して駆けつけて来たハンターたちだ。
「上空で見て来ましたが、あの連中の他に敵の伏兵はいません。状況を見誤らなければ、戦況が好転する可能性はあるかと」
「出来得る限りでいい。詳しく状況を教えろ」
 大公の求めに応じ、Gacruxは可能な限り上空から知り得た情報を彼に伝えた。その中には、後方で補給中であるはずのユニット部隊が動く気配を見せていた、との情報も──
「増援は思っていたより早い、か…… では、その時まで凌いで耐えるとしよう」
「……」
 マーロウが提示した『ただひたすらに敵を防ぐ』という消極策に、旭は唇を尖らせて分かり易くぶーたれた。
「ちょっと受け身に過ぎないか? 飛翔騎士にも大公旗、ってことは敵も大将が無茶しに来てんだろ? だったらそれを返り討ちにして味方の士気を盛り上げようぜ! そう、今この時が反撃の好機だ! ってさ!」
 傍目から見ても分かるくらい魂を滾らせる旭。Gacruxが冷静に待ったを掛ける。
「こちらの飛行戦力は僅かに3騎…… これだけの戦力で敵大将に突っ込んでっても袋叩きにあうだけでしょう。今は持久に徹するべきです」
 マーロウもまた声を掛けた。私は逃げ回っているのではない。機会を待っているのだ、と。
「貴様も耐えて機会を待て。いざその時が来たりしば……その時は思う存分、その力を振るうが良い」

 それから手早く方針を確認して、3騎の飛竜乗りたちは低空でその場を離れて行った。
 イェジドを駆るサクラはその場に残り、直近で大公の護衛につく。
「小回りが利く分、直掩担当なんだ……でーす!」
 慌てて敬語で言い直し、ちょっぴり照れくさそうにしながらサクラが改めて挨拶をする。
 マーロウの馬にピタリと張り付いて並走しながら、サクラは決意を込めて頷いた。──大公さまに張り付いて、来た敵は全て叩き落とす。……うん、これくらいが分かり易い。どうにも作戦とか考えるのは苦手だから……できれば脊髄反射で行動できる位が私にはちょうどいい。
「大公さま。大公旗をお貸しいただくことはできませんでしょうか?」
 3騎の飛竜が離れる直前、Uiscaが何かを思いついたように、一旦、大公の所へ戻って来た。
「天空にて大公旗を高く掲げることで、大公さまが健在であると北と南の将兵の方々に広く知らしめたいと思うのですが」
「……残念だがそれはできぬな、ウィスカ・オーローン。君が背負うにはこの旗は重すぎる」
「? 私、こう見えても力持ちですよ? なにせハンターですから」
 いや、そういうことでなく。その場にいる全員(「?」と首を傾げるサクラを除く)に内心、ツッコミを入れられて。でもやっぱりそれには気づかず気を取り直して言葉を続ける。
「では、軍旗を貸してください。王国軍旗と、大公軍旗を」

 それから暫し── 再び追いついて来た飛翔騎士たちが、再び突撃の為の降下を開始する。
 走るイェジドの背で皆に「来るよ~!」と声を掛けながら、全長3mを越える剛弓に『貫通の矢』を番えるサクラ。真横に構えた弓の弦を引き、斜め後方を振り仰いだ彼女の瞳に映ったのは、有翼の騎士たちの縦列が龍の如く降り落ちて来るスペクタクルな戦場の空──
「わぁ~……!」
 思わず状況も忘れて感嘆の息を漏らし。兵の発した警報に慌てて意識を戦場に戻す。
 兵たちが放つ迎撃の弓矢もものともせずに降下突撃へと移った騎士たち── だが、直後……彼らは上方から矢の如く急降下突撃して来た3騎の飛竜の奇襲を受けることとなる。
「こっちの大公を獲りに来たんだろーが、やらせるわけにはいかねぇな!!
 逆トライアングル隊形の一翼を担い、先頭に立って急降下しながら旭が笑い。もう一翼に位置するGacruxもまた先程までの冷静さが嘘の様に、心底楽しそうに笑みを零しながら共に急降下。それを見ながら後続していたUiscaが「男の子たちは楽しそうに飛びますねぇ」などと微笑ましく笑っていたり。
「散開!」
 歪虚の頭領の指示に従い、突撃を中止して隊列を崩し始める飛翔騎士たち。そこへ3騎の飛竜が急降下しながら一斉に眼下の敵へ向かって『ファイアブレス』を撃ち下ろした。
 密集していたところを爆発に巻き込まれて吹き飛ばされる人馬の群れ。更にそこへ追撃で放たれる雷の符術と幻獣砲──その一撃に翼を撃ち抜かれて錐揉み状態で落ちて行った敵が、再び翼を生やして飛翔状態に戻る様を確認する。
(翼を狙って落とすことは無理か……でも、一時的に行動を拘束したり、高度を奪うことはできるみたいだ)
 一方、旭は降下攻撃の範囲にいる中で最も派手な鎧を着た飛翔騎士へと突っ込んでいた。
 部下の警告の叫びを聞いて振り返ったその騎士が見たのは、魔斧「モレク」──全長2.5mを越える長柄の斧を振り被りながら降り落ちて来る旭の姿。退避しようとしたその小隊長を旭の『ファントムハンド』が拘束し。再び降下攻撃の軸線上に引き戻された騎士に対して、旭はその重くどでかい斧を目にも留まらぬ速さで二閃。馬ごと、鎧ごとその身を砕かれた騎士が悲鳴を上げて空から地へと落ちていく……

 襲撃を敢行した3騎の飛竜は、そのままGacruxの指示通り急降下で飛翔騎士隊を突き抜けていった。そしてそのまま振り返らずに一気に地上近くまで離脱していく。
 歪虚の頭領は看破する。敵は巴戦に持ち込んで包囲される愚を犯さず、一撃離脱に徹してこちらの邪魔をし続ける腹か。
「爺!」
「はっ!」
 頭領はすぐに手を打った。
「3騎、能力開放を許可する。あの連中を牽制させよ!」
「では、ケリーとデズモント、エルトンに。オレールとバティストはまだ回復しておりませんので……」
「待ってください」
 そこへ一騎の飛翔騎士が進み出て、自ら能力解放を志願した。
「先程落とされたのは私の兄です。仇を討ちたく思います」
「よし。では4騎で敵に当たれ。その間に我らは地上の敵を討つ。ダメージの大きな者は随時『魔の森』へ離脱するように」

 隊列を再編し、再び大公隊への突撃体制に入る飛翔騎士たち。再び上昇して再度急降下攻撃を仕掛けようとしていた飛竜乗りたちは、こちらへ向かって高度を上げて来る4騎の飛翔騎士に気付いて互いに顔を見合わせた。
 敵は見て取れる程の負の歪虚を放出しながらこちらへ距離を詰めて来た。その身体は一回り以上大きくなり、その速度も運動性も先程の騎士たちを優越してるのが解る。
「あれが『ユニット化』とかいうやつか……」
「骨のありそうなのが出て来た」
 3人の飛竜乗りたちは頷き合うと、飛翔騎士ユニットから離れるように、背を向け、上昇へと転じた。
「……逃がすか! 兄の仇!」
 それを追い、速度を上げる4騎の騎士たち。推進力が違うのか、その差はグングンと見る間に縮まっていく……
「凄いな」
 Gacruxは呟いた。半ば呆れかえったように。
「だが、いいのかねぇ…… そんなに素直にこちらを追って」
 瞬間、3騎の飛竜がその翼を翻した。身を捻り、翼を畳んで、瞬時に急降下へと移行する。
 突如、逆落としに落ちて来た飛竜たち── しかし、追って来た飛翔騎士たちは、ハンターたちが背後に背負った太陽の光に視界を灼かれ、目を細めた。その陽光に重ねる様に、旭が竜に放たせる『レイン・オブ・ライト』。豪雨の如く降り注いだ破壊光線が不意を打たれた4騎を撃ち貫き……直後、間髪入れずに降下してきた3騎の飛竜乗りの集中攻撃を受け、前のめりで先頭に立っていた飛翔騎士がその命運を空に散らす……
「どうだ! こんな高い所で派手なスキルがぶっ放されたら、地上の味方にも大公健在、奮闘中ってのがよく見えるだろ!」
 そのまま敵飛翔騎士本隊への降下を続けながら空に叫ぶ旭。Uiscaは飛竜の鐙(あぶみ)の上に立ち上がると、王国軍旗と大公軍旗、二旒の旗を掲げた長柄の旗竿を大きく振り回した。
「この軍旗の下に集いし皆さん! 王国の旗を仰ぎし皆さん! ここが踏ん張りどころですよ! 王国の騎士の、人々の力……今こそ見せるときなのですっ!」


 その少し前。戦場の後方、『最南』の補給所──
 戦場の異常にその場で最初に気付いたのは、愛機・R7エクスシア『兜率天』の肩の上で機体の顔面──カメラの保護レンズを磨いていた文月 弥勒(ka0300)であった。
「同じ旗が2本……? って、1本は飛び回っていやがる、のか……?」
 目を細め、手を翳してそちらを見やって……裸眼では埒が明かぬとばかりに、体操選手の様に身体を振ってコックピットへ身を躍らせる。
 ハッチを解放したままHMDを被った弥勒がカメラの望遠で見たものは……翼の生えた騎士によって地上の大公隊が襲われているという現実離れした光景だった。
「やれやれ、大混戦じゃな。まさか御大自らがピンチを演出して将兵を奮い立たせるなど…… 我が生涯を思い返してみても、何人もいたかどうか」
 弥勒から知らされて、自らも魔導型ドミニオン『ハリケーン・バウ・C』(居住スペースは取りました)のカメラで戦場を見ながら苦笑してみせるミグ・ロマイヤー(ka0665)。
 そんな長閑な雰囲気は、だが、空中の歪虚騎士たちによって大公隊後衛の歩兵部隊が喰われたところで吹き飛んだ。
「……もしかして、本当にピンチっぽい?」
 途端に補給所は騒然となった。勝勢の余裕は一気に消え去り、剣呑とした雰囲気が補給所の兵たちを包み込む。
「落ち着け! 落ち着いて己のやるべき仕事を果たせ! ……伏兵? 大公軍が奇襲を喰らったのか……? これは混成部隊の弱点が出るぞ」
 敵地における最前線──自らも愛機、魔導型デュミナス『Falke』の補給作業を行っていた『熟練兵』アバルト・ジンツァー(ka0895)が、操縦席へと飛び込んで急ぎ出撃準備を始める。
「……何か想定外のことが起こったらしいな。ゆっくりしている時間はなさそうだ」
「まだ補給は終わっていないが……行くか。まぁ、小生意気な歪虚共にデカい顔をさせるのも業腹であるし、御大の言う通りまさに稼ぎ時ではある」
「マーロウの命を救ってやれば更に金になるかもしれんな。ごちゃごちゃした戦場は好きじゃねえが、ボーナスを貰いに行くとするか」
 弥勒とミグは互いに顔を見合わせて人の悪い笑みを浮かべると、その場にいるハンター全員を呼んで通信機器を持ってくるように指示を出した。
 そして、大まかに方針を決定すると、ミグはそれぞれの戦線に向かう各人の通信機器4基を機導的に連結。通信網を確保した。
「各戦線の状況はミグが全戦線へと伝達する。また、各員には各戦地における着弾観測も頼む。支援砲撃の目となってくれ」
「用はすんだか? では私は先に行くぞ」
 CAM隊に比べれば随分と身の軽いアウレール・V・ブラオラント(ka2531)はそう言うと、外套を翻して愛馬『Sturm』の背に飛び乗った。そして、魔導拡声器でゴーレムに自分について来るよう命令を発すると、自らは先行するべく戦場へと駆け出した。
「……あのおっさんが危機、ねえ…… 流石に何もしないわけにゃいかんかね。何かあったんじゃ王女様にも合わす顔がなくなるしな、と」
 機の上で補給中の昼寝を決め込んでいたアルト・ハーニー(ka0113)は、状況を聞いてのそっと起き出すと、魔導型ドミニオン『埴輪2号』に乗り込んで機を『緊急起動』した。そして、腕を振って周囲の兵たちを離れさせると、背景に陽炎を揺らしてスラスターを噴射。北へ向かって地を蹴り、跳躍する。
「こっちも出るぞ! 焼肉になりたくなけりゃ後ろにゃ立つな!」
 アニス・テスタロッサ(ka0141)も急ぎ真紅のオファニム『レラージュ・ベナンディ』を起動させると、機の正補全てのスラスターを真後ろへ指向し、一斉噴射。大きく地面を跳躍させると、先行するアルト機との距離を瞬く間に詰めていく。
 その機体の操縦席で、アニスは電子音のシグナルが鳴るのを聞いた。魔導レーダー「テシスソストス」が行く手に敵を捉えたのだ。HMDのディスプレイに次々と表示されていく敵影──それは貴族諸侯軍と戦う敵歪虚主力が擁する飛行戦力、猛禽型だった。いずれも眼下の獲物──つまり、諸侯軍の兵たちだ──を啄むべく急降下攻撃を繰り返しており、こちらに気付いた様子はない。
「……。CAMでバードクラッシュなんざ無ぇが……ああチマチマ飛ばれてっとウゼェな」
 アニスはスラスターを操作して、前進は継続させながら器用に機をそちらに傾げると、背部のマウンターから筒状の射撃武器『ウッドペッカー』を取り出して『マテリアルビーム』を撃ち放った。
 兵たちの上空にマテリアルの光が走り、猛禽たちが断末魔の叫び共に砕けて飛散する。
「……CAMだ!」
「増援だ!」
 兵たちの間に湧き起こる歓声── アニスはその光景を見ながら機を地面に着地させると、しかし、その場には留まらず、スラスターを再び噴かせて大きく北へと跳躍させた。
「俺は先に行って『北』のアホどもを潰してくる。『ここ』は任せた」
 自分たちが行くべきは、まず『北』の戦場なのだ。初手ではなんとしても大公の危機を除かねばならない。
「では、諸侯軍の支援には俺が向かおう、『中尉』」
 後方、四連装砲を背負って地上を走るカーキ色の機体の中で、アバルトがアニスにそう返信をした。戦略目標である黒羊神殿への進軍──それを成す為には正面の戦線を立て直し、それを押し上げる必要がある。大公隊がこの場をはなれられないのも諸侯軍が崩壊の危機にあるからだろう。立て直しが成せば大公の負担も減る。
「感謝する、『中尉』。有象無象は任せたぜ」
 答え、先へと進むアニス。共に北へと進みながら……アルトは、眼下の戦場にポツリと光る金色のオーラに気付いた。
「……んぁ? あの派手なのはシレークス、か? ……ふ、よかった、今回は俺の大事な埴輪は割られずに済みそうだな、と」
 ……戦友の実力は把握している。孤立し、押し込まれている戦線の先頭で光り続ける姿を見ても、特に心配はしていない。
(……いや。こと戦闘において、油断は禁物かねぇ…… 何が起こるか分からないのが戦場だしな。俺も。埴輪も……)


 地上を行くCAM隊に先行して、アウレールが『南』の戦場に到着した。
 そこは乱戦の場と化していた。既に各諸侯軍は分断され、それぞれに固まって孤立し、さながら『歪虚の海』の中に立つ岩礁の如く、であった。
 その地獄の只中に、しかし、アウレールはまるで怯むことなく愛馬と共に切り込んだ。一切足を止めることなく、騎兵槍の突撃で敵を穂先にかけながら。敵陣の薄い所を選んで駆け抜け、孤立した味方にじきの増援の到着を報せて進み……そうして、かつての第二陣の名残をどうにか残した戦場へと辿り着いた。
 そこに『戦場の女神』がいた。……いや、或いは地獄で鬼らを率いる獄卒下士官の方が『らしい』だろうか?

 ぶるんぶるんと振り回された棘付き鉄球に頭を吹き飛ばされて、眼前の光沢骸骨が崩れ落ちた。
 次は誰、と問うまでもなく、間髪入れずに斬りかかって来る2体の人型── その一撃を既に傷だらけになった聖盾で受け弾き…… その隙に背後から飛び掛って来た『犬』を、噛まれた肉ごと引き剥がして地面へ叩きつけ、踏み潰す。
「おらぁっ! 次に砕かれたい奴はどいつでやがりますか!? このわたくしが神罰を下してやりやがります!!」
 ハイになって痛みも感じず、荒い息で高笑うシレークス。背後でにゃあーっ! と悲鳴が聞こえ、ギロリとそちらへ身体を回し。相棒・インフラマラエと猫パンチで打ち合う猫歪虚を蹴っ飛ばした後、その首の後ろを引っ掴んで新手に思いっきり投げつける。
「インフラマラエ、回復を」
「にゃー……」
 ここに張り付いてやがれ、と背中に回した相棒が、肩越しに力なく首を横に振った。全身、汗まみれでぜいぜいと荒い息を吐きながら、そうですか、とだけ言葉を零す。
 上空をスラスターを噴かして跳躍していく2機のCAM── その内の1機に見覚えがあるのに気がついて……
(ああ……最近、埴輪砕いてねぇですねぇ…… 後で用意させないと……)
 背後から警告の叫び── 気づくのが一瞬遅れた彼女を馬型歪虚が弾き飛ばしていた。背後の歩兵たちにも突撃して来た牛型が突っ込み、盾の壁を吹き飛ばす。
 ここまでか── 倒れた視界に蹂躙される味方を見ながら…… いや、まだでやがります、と身を起こすシレークス。その眼前で止めを刺すべく頭上に剣を振り上げた人型歪虚は──直後、横から突っ込んで来た騎兵槍に貫かれて吹っ飛んだ。
 え? と首を傾げるシレークスの視界に、馬首を巡らす騎馬の姿── その馬上で、アウレールは再び馬を走らせると兵たちを襲う牛型の尻を刺し、兵たちと共にそれを討伐すると、彼らに陣形を組み直すよう指示を出す。
「助かりました。礼を言うです。地獄へようこそ」
 シレークスの冗談は笑えなかった。アウレールは憮然としながら魔導スマホを取り出し、砲撃支援を要請した。
 通信先は四連装砲を擁するアバルト。しかし、地上を来る彼らCAM隊は未だ戦場への途上にあった。
「砲撃支援? こちらはまだ敵を射程に捉えていないが……」
「構わない。最大射程で味方の後方に砲撃してくれ」
「……おい。何をするつもりだ? いや、何をさせる気だ?」
「『督戦』だよ、勿論。……急いでくれ。諸侯軍はもう長くはもたない」
 味方を銃砲で脅しつけて戦わせるなど──アバルトは眉をひそめたが、覚悟を決めて四連装砲の安全装置を解除した。──気は進まないがやるしかない。まあ、初弾だけであれば、新たな味方の来援を報せる号砲で終わろう。
 足を止め、砲角を上げるFalke。その傍らで同様に足を止めた砲戦ゴーレムも同様に弾を装填して砲を上げる。
 砲声が鳴り響き……戦場の南、味方の後方の地面に五つの爆煙が立ち昇った。兵たちの反応を待たず、アバルトは機体を前へと走らせた。結果に寄らず、これ以上の砲撃を味方に撃ち込むつもりはなかった。
(これは『上官』の命ではないからな)
 内心で呟くアバルトに、上出来だ、と心中で会心の笑みを浮かべながら、アウレールは拡声器を手に取ると、芝居がかった口調で諸侯軍に呼びかけた。
「諸君! 聞いたか、あの砲声を! 増援はすぐそこにいる! 山ほどの砲を連れてCAMとゴーレムがやって来るぞ!」
 一瞬の沈黙の後…… 爆発的に湧き起こる兵の歓声。あと少し、耐えればいい。そうすれば巨人たちが敵を蹴散らしてくれる。
 だが……
「それでいいのか?」
 アウレールは問い掛けた。
「このままでは名誉も褒章も余所者に掻っ攫われる…… それに我慢できるほど諸君らは忍耐強いものなのか? ああ、勿論、貴公らが腰抜けであるならそのまま亀の様に引っ込んでいるがいい。弱卒や戦下手はむしろ邪魔だ。日和見を決め込んでいた者たちは……むしろ今が好機だぞ? 既に勝利は確定しているのだからな」
 はったりである。数機のCAMが到着したくらいで戦況はひっくり返らない。だからこその鼓舞。だからこその煽り。CAMの到着だけで戦況をひっくり返すことはできないが、その契機には十分なり得る……!
 旭の『レイン・オブ・ライト』が発動し、Uiscaが旗を振り回したのはその時だった。
 何を叫んでいるのか、その内容は聞こえなかった。しかし、彼女ら大公隊が未だ奮戦していることだけは届いた。
「大公閣下はまだ戦っておられるぞ! 目の前の敵を蹴散らせ! 進め! 大公閣下をお救いし、褒章と名声を手に入れろ!」
 喚声が怒号に変わった。それまでの鬱憤を晴らす様に、味方が敵を押し返し始めた。
 勿論、このままではその攻勢は長くは続かない。彼我の実力差が逆転したわけではないのだ。
 だからこそ、この勝勢を決定づける新たな要素を戦場に投入する必要がある。そして、その手札は既に手の内にある。
「来たか」
 ヒュルルルル……と空気を切り裂く音がして。敵軍のど真ん中で爆発が湧き起こった。アウレールの砲戦ゴーレム『21cm SkK17 ムスペル(ゼルプストカンプフ・カノーネ)』──帝国機導術による改造が施されたこの機体は、68ポンドカロネード砲を始めとことん威力重視のセッティングがなされている。
 通常よりも広い範囲を高威力で薙ぎ払う『炸裂弾』。常の物より一際重いその轟音が鳴り響く度、金属的光沢を持つ歪虚たちが纏めて千切れ飛び……
「刮目せよ、王国人。帝国人の戦争を教えてやる」
 呟き、笑うアウレール。
 その視線の先で、アバルトの放った200mm砲弾が、満遍なく敵へと降り注いだ。

 機の腰を落として砲撃姿勢を取らせると、アバルトは引き金を引いて機体背部に背負った四連装砲を一斉に撃ち放った。
 機よりも巨大な砲炎が砲弾と共に吐き出され、反動により後退していた砲身が駐退機によって前へと戻る。赤い灯を曳いて浅い弧を描いて飛翔していった砲弾は数秒の内に空を渡り、味方を飛び越えて敵陣の只中へと飛び込み、弾着。周囲の敵へ破片を撒き散らし、爆風が全てを吹き飛ばす。
 装填機が次弾を装填する間、アバルトはスティックを操作してHMDのディスプレイ上に映る敵陣の4カ所をポイントし…… 装填を終え、その指示に従って砲角を変えた機体が発射準備の完了を告げ。アバルトは再び引き金を引いて敵陣へ死神を送り込む。
「砲兵は戦場の女神、という名言があるが……この戦場でも間違いではないようだ」
 瞬く間に撃ち減らされていく敵軍の様子をHMD越しに見やって、アバルトは淡々と呟いた。特に隣の砲戦機。支援射撃に特化しただけあって範囲攻撃の効率が桁違いだ。
 キラリ、と視界の隅で閃光が光る。前進した弥勒機が光沢歪虚の軍勢に『マテリアルライフル』を放った光だった。どうやら彼とミグの2人はここの敵軍を突き抜けて、最短距離を通って大公隊に合流することに決めたようだ。直線上に切り開かれた進路に向けて、全速力で突っ込んでいく。
「どうやら味方は守勢を脱したようだ。ここからは攻勢だな」
 アバルトは砲撃体勢を解くと、その場の砲撃支援はムスペルに任せ、自身は武装を30mmガトリング砲に変更すると機体を前線へと押し出した。
 前進しながら右腕部で主兵装を保持しつつ、左に筒状の使い捨てのマテリアル兵装を手に取らせ、戦線到達と同時に敵中央へ立て続けにマテリアルビームを撃ち放つ。
 そして、エネルギーの切れた筒状武器をある種の使い捨て擲弾筒の如く捨てると、30mm砲を両手で保持しつつ。諸侯の指揮の下、攻勢へと転じる兵たちと歩調を合わせながら、味方前面の敵に向かって多銃身砲を連射。ブゥゥゥゥ……ンという低い、重い砲声と共に敵の戦線を薙ぎ払っていく……
 
● 
「エイドリアン、フォスター、ゴディ、ハインツ! 能力解放を許可する。敵の飛竜を叩き落とせ!」
 一方、中央──
 最初の内は思うがままに大空を支配した旭、Uisca、Gacrux、3人の飛竜乗りたちであったが、敵が次々とユニット化を済ませた飛翔騎士を投入してくると、次第にその数に押されて守勢へと追い込まれていった。最初は固まって飛んでいた3騎も今は散り散りとなっている。
 右や左や上や下…… そこら中を飛び回る飛翔騎士らに囲まれて。降り落ちて来る敵の突撃と騎兵槍を視界の片隅に見やりながら、Gacruxは鐙を蹴るように踏み込んで飛竜に回避指示を与えた。背後を振り返ることなくその指示に従い、踏み込みのあった方向へクルリとロールを打つワイバーン。見えざる筒の中を這う様に回転し、速度を殺さず敵の背後へ回り込み。敵が回避運動を取るより早く、幻獣砲による一撃で敵の翼を貫き、その場から一時脱落させる。
 Uiscaの方もまた敵に追いかけ回されながら、風圧に耐えつつ右手に掴んだ杖に左手で取り出した幸運の実を重ね、そっと意識を集中させた。……実に込められていた祈祷の念が魔力に転換され、蒼白き龍痕が浮かび上がる。瞬間、Uiscaは取り出した2枚の符を空中へと投げ散らし……直後、追跡して来た飛翔騎士の一体が、その符が変じた桜吹雪に包まれ、視界を奪われて。もう1枚の符が雷光へと変わって、3回、電をその身に落とす……

 ユニット化した飛翔騎士たちが飛竜を追い払っている内に、その他の飛翔騎士たちは地上への攻撃に取り掛かる。
 敵は、地上に対する突撃を止めた。近距離を同航しての射撃による殴り合いにその方針を転換したのだ。
 サクラはギリと奥歯を噛み締めながら、右方を振り仰いで剛弓から矢を放った。弓鳴りと共に放たれた矢が先頭に立つ飛翔騎士をゴッと貫き、騎士はひしゃげた鎧と共に馬上へ倒れ伏して後方へと落伍していく。
 だが、それにも怯まず、敵は一斉に側上方から投げ槍を放ってきた。その攻撃に貫かれ、周囲の幾人もの騎兵たちが悲鳴と共に落馬していった。
(このままじゃ…… 私はともかく、大公さまが……!)
 敵の投擲が終わった隙を見極めて敵騎兵へ肉薄し、右手に扇状に広げた複数の苦無を広角投射しながら、サクラ。光の線と化して突き立った苦無に負傷させられた飛翔騎士たちはそのままスッと後退していき……新たに代わりの敵が前進して来る。
 急ぎマーロウの元へと戻り、放たれた投げ槍を弾くサクラ。
 その上に、影が落ちる。
 慌てて頭上を振り仰いだサクラのすぐ上に、ユニット化した飛翔騎士の姿──!
 そのまま避ける間もなく突撃へと移る飛翔騎士。魔力を帯びたその攻撃に大公隊の縦列が直線上に薙ぎ払われ……その一撃で騎乗する馬の足を折られたマーロウもまた、地面へと投げ落とされる。
「大公さまっ!」
 サクラは二十四郎の背から飛び降りると受け身を取って二回転すると、落馬したマーロウの上で槍を振り上げた飛翔騎士の背中に取り付き、鎧の首の隙間(『急所』)から影の刃を突き入れた。グアッと悲鳴を上げ、サクラを振り落として上空へと飛び去る飛翔騎士。だが、直後、「フッ!」と降り落ちて来たGacruxuが機械槍でそれを貫き、アクロバティックな動きでそれを地面へ叩きつけつつ、再び上空へと舞い戻る。
 休む間もなく視界を振って、周囲に敵の無いことを確認して時計に目をやるGacrux。乗り手は勿論、飛竜の疲労も蓄積している。飛んでいられる時間は余りない。……それは相手も同じなのだろうか。敵もまた何かに焦る様に、こちらへの圧力を強めてきているような気がする……
「大公さま! 無事ですか! 返事をして!」
 マーロウの元へと駆け寄ったサクラは、その身を抱き起して負傷の有無を確認した。そして、大きな怪我がないことにホッと息を吐くと、戻って来た相棒に『ウォークライ』を指示。その咆哮に敵が動きを止める間にマーロウをイェジドの背に乗せて、自らも飛び乗り、単騎で戦場を掛け始める。
「大丈夫ですか?!」
 上空から駆けつけて来たUiscaがそれに並走するように飛びながら、マーロウとサクラたちに回復の光を飛ばした。
 ……遂に1騎になってしまった。勿論、戦場にはまだ逸れた部下たちが大勢残っているが、少なくともこの場には大公の部下は一人もいない。
「うちの二十四郎に大公さまと一緒にタンデム…… 光栄ですよー! イコちゃんの聖導士学校もお世話になってるし、こういう時に頑張らないと!」
 ニコニコと明るく声を上げるサクラ。敢えてのことか、それとも素か。
 ……再び地面に落ちる影。迫る飛翔騎士の群れ。Uiscaが翼を羽ばたかせて迎撃の為に高度を上げ……構えた飛翔騎士たちの投げ槍がキラリと鈍い光を放ち……
 直後、彼我の間の空中で湧き起った爆発が、放たれた投げ槍の雨を中空に吹き飛ばした。

 その少し前の事── 補給所から地上を走って来た2機のCAMが、敵の主力・金属光沢歪虚の群れの只中を突破した。
「間に合わなかったか……ッ!?」
 初撃の貫通範囲攻撃以後はただひたすらに交戦を避け、敵を跳ね飛ばす様にしながら戦場を駆け抜けて来た兜率天の操縦席で、ユニット化した飛翔騎兵に大公隊が吹き飛ばされるのを見て弥勒が奥歯をギリと噛み締め。
「……いや。どうやら間に合った……!」
 マーロウを乗せて走り出したサクラのイェジドを見て、ハリケーン・バウCの中でミグが「でかした!」と笑みを浮かべて、叫ぶ。
「敵飛翔歪虚の追撃を牽制する。弥勒、誘導弾は装備しているな?」
「おうよ。プラズマ式の対VOIDミサイルが2発有る」
「当たらなくてもいい。奴らの鼻先に全弾ぶちかませ!」
 電磁加速砲を発動体とすべくジェネレーターと接続しつつ。或いは背部に積載したカノン砲の砲身を右手で前へと押し下げつつ。地上を走る弥勒機とミグ機が前方上空を飛ぶ飛翔歪虚の群れに向かって、立て続けにありったけの誘導弾を発射した。
 点火したロケットモーターから白煙を曳きながら宙を飛翔し、敵に合わせて進路修正。命中こそしなかったものの、敵と大公たちの間の空間に飛び込んで爆発。周囲へプラズマ炎を撒き散らし、攻撃態勢にあった飛翔騎士たちを一旦、攻撃位置から散開させる。
 そこへ飛び込んだのは、ミグと弥勒に先行していたアニスとアルト、2機のCAMだった。スラスターの推力を活かして大きく跳躍していた2機は、それら飛翔騎士たちの群れを眼下に見ながら機関砲弾を撒き散らしつつ、自由落下で大公とサクラの傍に着地する。
「よお、生きてっか? 『騎兵隊の到着』ってやつだ」
「少し遅れたか? お詫びに贈り物をあげないといけないさねぇ?」
 アニス機とアルト機は銃撃で飛翔騎士たちを追い散らしながら、外部スピーカーで足元の大公たちに笑みを零した。
 わぁ……! と笑顔を咲かせたサクラが、2機のCAMを見上げて、言う。
「ねえ! 大公さまを伯爵様の部隊と合流させたいのだけど……ダメ?」
 その提案にアニス機とアルト機が顔を見合わせ、頷き合うと、「では、贈り物をあげるとしよう」と、再びスラスターを噴かして更に北へと跳躍していく。
 入れ替わる様にそこへ到着した弥勒機とミグ機が、地上の大公とサクラを挟み込む様に防御態勢を構築した。機体の陰に大公たちを隠しながら、カノン砲の砲身を上下し、空の敵へと放つハリケーン・バウC。その素体は『旧式』のドミニオンMk.IVだが、機動性に劣るこの機体にミグは分厚い増加装甲を施し、強力な重装甲砲撃型の機体に仕上げている。
「手酷くやられたみてえだな…… しばらくここで安静にしてな」
 弥勒は操縦席を開けて大公を見下ろすと、持参して来たポーションを全てサクラへと投げ下ろした。そして、操縦席へ戻ってハッチを閉め、電磁砲を空へと構えると、ミグの射撃に追われた個体を狙って砲弾を送り込みつつ、敵が集結する気配を見つけてはそこに砲を発動体としたマテリアルビームを惜しげもなく叩き込んでいく……

 その頃、中央から更に先へと跳んだアルトとアニスの2人は、伯爵隊と敵歪虚歩兵隊が迂回と妨害を続ける北の戦場へと到達した。
 上空から見える光景は、攻めあぐねる味方の軍と、突破阻止に徹する敵の膠着状態── 状況を確認した後に機を着地させたアニスとアルトは無線で2、3のやり取りをした後、再び機にスラスターを噴かせて別々の方角へと跳躍させた。……即ち、アニスは横列を組んだ敵阻止線の側面へ。アルト機は阻止線の後背へ、と……
「では、とりあえずは北と中央の部隊が合流できる道を造るかねぇ、と!」
 ズシン、と片膝立ちで着地した後、ゆらりと起き上がるアルト機。その股間部には起動したキヅカキャノンが収納状態から射撃可能状態へと屹立し──
 敵隊列側方に着地したアニス機はその衝撃すら前進の力に替えて血を走り。ようやくその接近に気付いた敵がそちらへ振り返ったところへ肉薄して急停止。腰溜めに構えた筒状武装『ウッドペッカー』の砲口を敵へと突きつける。
 閃光と共に放たれるマテリアル光──その光条が敵横列の最前列を一直線に薙ぎ払った。同時に、密集した敵の只中へ放たれるアルト機のキヅカキャノン。その直撃に上半身を吹き飛ばされた全身鎧の後方で、地面を跳ねまわった砲弾がさらに2体、3体の歩兵の手足を粉砕されて倒れ込む。
 アニスは全てのエネルギーを使い果たした筒状武装を投げ捨てると、腰溜めの姿勢のまま腰部マウントから銃剣付きのハンドガンを右手に引き抜き、その銃口を拳を握った左腕部と共に前へと突き出した。アニスの操作に従い、ガシャリ、と変形するハンドカノン。分かれ、長銃身と変わったその銃身にパリッ、とエネルギーが帯電し…… 直後、その銃口と左腕の手甲部発射口から二種のプラズマ光弾が撃ち放たれた。
「釣りはいらねぇ。全弾持ってきな!」
 左右両腕から次々と吐き出される光の砲弾── それは敵陣を舐める様に手前から奥へと着弾していき、放出されたプラズマ炎の爆発によって密集隊形の敵を次々と薙ぎ払い、吹き飛ばしていく。
 突如現れた2機のCAM──それも側方と背面を取られた上で放たれた十字砲火に、全身鎧の歩兵隊の隊列はなすすべもなく崩壊していく。
「バンクス伯」
 その好機を、ウルミラは勿論、見逃さない。伯爵もまた剣を振り、指揮下の全隊に突撃の指示を出す。
「後は一気に突き崩すとしようか。まだまだ混乱しててくれよな、と。下手に立ち直られても面倒なんでな!」
 キャノンをブラブラさせながら、アルトは機にハードポイントからハンマーを引き抜かせた。そして、スラスターを噴かせて敵陣への乗り込んでいく。
 アルトはCAMの操縦が上手くない。はっきり言えば、苦手であり、その操作は多分に感覚的だ。アルトの機体にインストールされた近接格闘用のデバイスは、本体と追加装備したフレームの全スラスターを自動制御し、その機動を最適化してくれる。
 目標に定めた全身鎧の手前でピタリとその足を止め。踏み込みと同時に振るった戦槌が一振りで2体の鎧を引き千切り、押し潰す。
「わはははは! 俺のハンマーでふっとばされたいやつから前に出て来るといいさね!」
 右へ左へ、ブンブンとハンマーを振り回して敵をひしゃげさせながら、やはり右へ左へぶんぶん揺れるキヅカキャノンがピタリと動きを止めて、ハンマーの一撃に交じってドォン! と隊列を再興しかけた所へ砲弾をぶっ放す。
 ウルミラは伯の騎兵隊の先頭に立って音もなくその戦場に滑り込むと、先程から目星をつけていた敵歩兵指揮官と思しき鎧に向かって飛竜で肉薄。大鎌による一撃でその首をすれ違い様に斬り飛ばす。
 全てのプラズマ弾を撃ち放ったアニス機が、銃身の元に戻ったハンドガンを両手に構えて、前進しながら1体ずつ鎧を狙い撃ちにしていく……
 敵歩兵隊の阻止線は、完全に崩壊していた。バイロン率いる騎兵隊はその『屍』を乗り越え、マーロウの元へ合流するべく全速力で走って行った。


 ドン、ド、ドン……! と爆発音が鳴り響き、周囲に爆炎の華が咲く── 歪虚の頭領は自分が地上の砲火に狙われているのに気付き、翼を翻して回避運動へと移った。
 それを追ってしつこく追いかけて来る砲弾の炸裂── それはミグが撃ち上げる対空射撃によるものだった。この世界、この時代の指揮官は目立つ格好をしていて判別がつき易い。ましてや旗を背負っているとなれば──
 周囲を騒がしくしてやることで指揮に集中させないと──そういうミグの思惑だ。そしてそれは功を奏し始めていた。
「……あの男をやるにはアレをどうにかせねばならぬか」
 頭領は自らもユニット化すると、投げ槍を手に単騎でそちらへ降下突撃を仕掛けた。慌てた『爺』が何騎かついてくるよう命じ、ユニット化して後続する。
 ミグの対空砲火と頭領の投げ槍──すれ違い様の一撃は頭領らに分があった。幾本もの投げ槍に貫かれてスパークを放った操縦席でミグがパネルに蹴りを入れ。「一度でダメなら二度目こそ!」と再度の蹴りを入れて機体をリブートして立て直す。
「御屋形様! 潮時です! これ以上は目がありませぬ!」
 南の主力も押され始め、北の阻止線も崩壊した。飛翔騎士にも負傷者が多く出ている。CAMの来援により編隊を組む余裕を取り戻した2騎の飛竜──UiscaとGacruxの2人は地上の弥勒やサクラと示し合わせ、囮となって飛翔騎士を低空へと誘引し、対空砲火の前に引きずり出すなんてことも行われている。
「敵の首領がここにいるのだ。今行かずになんとする!」
 叫ぶ頭領。その頭上でキラリと何かが輝いた。
 その微かな気配に気づき、バッと顔を上げる騎士の頭領。そこには、長柄の斧を手に逆落としに降って来る旭とロジャックの姿──!
「敵の親玉が見えてんだ、後先考えんのはなしだ! 鳥人間、岩井崎 旭。全力で行くぜ!!」
 風圧、ゴーグル越しに敵を捉えてこの一撃に全てを掛けて── その為に、この時の為にこれまでジッと上空で息をひそめていたのだ。ここで決着をつけてやる……!
 頭上を押さえられ、速度的に不利を悟って離脱を図る敵頭領。そこへ、翼を畳み、尻尾を振って、失速ギリギリの軌道で稲妻の如く急加速して来たGacruxが、己の生命力を魔力に替えて得物に乗せ、その前方を抑えるように回り込む。
「御屋形様!」
 そのGacruxを爺が抑え、2人が打ち合う脇を抜けて高度を速度に替えた頭領は、しかし、地上からカノン砲と機関砲弾を撃ち上げて来るミグと弥勒にそれ以上の降下を阻まれた。
「その旗、この俺が頂くぜ!」
 弥勒と旭の叫びが重なる。地上に激突するのも厭わず位置エネルギーを運動エネルギーに変えた旭が頭領へ斧を振り下ろし……
 槍で受け止めた歪虚はその右手の指の骨ごと、手にしていた槍を撃ち弾かれた。
 討ち取れず、ちぃ、と舌を打ちながら急制動を掛ける旭。頭領もまた舌を打つと撤退を促す爺の進言を了承し…… 地上の大公と視線を交わし合うと、そのまま東へ──『魔の森』へと撤収していった。


 襲い掛かって来た巨大な熊型の鉤爪による一撃を多重砲身で受け止めて──それを敵へと押し付けながら、アバルトは機に引き抜かせた斧でその腹を横へと薙いだ。
 『中身』をボトボトと落としながら、なお咆哮を上げる熊型。ガトリング砲の砲身でその頭部を殴って倒して踏みつけ、その斧を頭部でかち割り、止めを刺す。
 黒い粒子と化して消え去る熊の傍らに膝をつき…… 砲身の歪んだガトリング砲をパージしながら、アバルトは機の操縦席で息を吐いた。
 HMDのモニタには、シレークスと共に兵を率いて突撃していくアウレールの姿が映っていた。
 勝勢だ。ガトリング砲も潰れたことだし、自分が手を出すのはここまでだ。……諸侯軍や傭兵たちに武勲を横取りされたと思われるのも面倒だし、掃討戦の戦果くらいは分けてやらねば恨まれる。

 全ての敵が逃げ散って…… 生き残った兵たちが大公の元に集まって来た。
 シレークスはその場にしゃがみ込むと、兵や傭兵──戦友たちに「帰ったら有り金はたいて酒を奢る」と笑顔で宣言する……
「各諸侯軍に大きな損害が出ています。これ以上の進軍は困難かと……」
「主力本隊は伯爵率いる半数が丸々無事です。散らされた残りの兵も戻ってくれば、十分に黒羊神殿への進撃は可能です」
 部下たちからの報告に、マーロウは部隊を再編した後の進撃を決断した。
「騎士団に出遅れたな……」
 黒羊神殿の方を見ながら、忌々し気に嘆息するマーロウ。

 ――そして。
 視線の先の『異常』に気が付いて……マーロウは思わず身をたじろがせた。

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重体一覧

参加者一覧

  • ヌリエのセンセ―
    アルト・ハーニー(ka0113
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ヒトガタハニワニゴウ
    人型埴輪2号(ka0113unit002
    ユニット|CAM
  • 赤黒の雷鳴
    アニス・テスタロッサ(ka0141
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    オファニム
    レラージュ・アキュレイト(ka0141unit003
    ユニット|CAM
  • 戦地を駆ける鳥人間
    岩井崎 旭(ka0234
    人間(蒼)|20才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ロジャック
    ロジャック(ka0234unit002
    ユニット|幻獣
  • 壁掛けの狐面
    文月 弥勒(ka0300
    人間(蒼)|16才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    トソツテン
    兜率天(ka0300unit003
    ユニット|CAM
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ハリケーンバウユーエスエフシー
    ハリケーン・バウ・USFC(ka0665unit002
    ユニット|CAM
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    インフラマラエ
    インフラマラエ(ka0752unit002
    ユニット|幻獣
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ウイヴル
    ウイヴル(ka0754unit003
    ユニット|幻獣
  • 孤高の射撃手
    アバルト・ジンツァー(ka0895
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    フォルケ
    Falke(ka0895unit003
    ユニット|CAM
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ゼルプストカンプフ・カノーネ
    21cm SkK17 ムスペル(ka2531unit004
    ユニット|ゴーレム
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ワイバーン
    ワイバーン(ka2726unit004
    ユニット|幻獣
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ハタシロウ
    二十四郎(ka5561unit002
    ユニット|幻獣
  • 焔は絶えず
    ウルミラ(ka6896
    ドラグーン|22才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    プラーナ
    プラーナ(ka6896unit001
    ユニット|幻獣

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アイコン 相談卓
アウレール・V・ブラオラント(ka2531
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2017/09/27 19:55:41
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/09/27 02:51:47