• 転臨

【転臨】捧げられしベロニカ

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/10/20 19:00
完成日
2017/10/30 22:43

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 何処とも知れぬ場所でも、肌に触れる大気の感触は、"外"と同じだった。どこか粘ついたそれは、彼にとって馴染み深い港町を想起させ、味わい深い。
 とはいえ。
「んーーーー」
 男は凝り固まった背を伸ばしたのち、吐息を零した。どれだけ趣深い場所であろうとも、長く滞在するには不向きな環境だった。持ち込んだ物品はあるものの、もともと居住性は劣悪極まるのだ。何処にいっても基本的には石造りであるがゆえに、身体への愛護性は許容下限を下回る。
 具体的には腰が痛いし、背は軋むし、肘や膝まで凝ってきた。
「はあ。前来た時は、もう少し派手だったんだけど、ね……」
 嘆息した。
 頬を撫でる自らの銀髪を摘みながら、男は天井見上げた。代わり映えのしない石造りの天井を見つめながら、男は薄く、笑みを浮かべる。
「戦況は、どうなったかな。勝ちはするだろうけれど……どれだけのものを、仕込まれていたか、だ」
 "情報"から切り離されるのは、久しくない経験だった。事実に基づいた予測を、ともすれば妄想ともいうべき想定でより強固に塗り固めていく作業は苦ではない。ただ、盤上に賭けたモノの行く末は気になった。そればかりは、賽の目がどう転んだかに依るのだから。
 けれど。
「――随分と、寂しくなるな」
 あとは"互いに"仕上げを決めるまで、この勝負は終わらない。分水嶺は、とうの昔に超えているのだから。

「……ねえ、セバス」




 鐘の音が王国最大の湾港都市ガンナ・エントラータ中に響き渡っていた。すぐに魔導スピーカーを通じて避難"命令"が出され、各所で騒動が沸き起こる。
『領主ヘクス・シャルシェレットの名のもとに、避難命令を通達します。落ち着いて、所定の位置まで避難をしてください。場所が不明な方、人手が必要な方は、各地の店舗責任者、代表者、各商会関係者に申し出て下さい。繰り返します……』
 都市まるごとの避難は、地鳴りのような響きと、同じだけの不吉を孕んでいた。恐慌する者、狂乱する者、それを怒鳴る者、泣きながら避難する者、それらを努めて平静に誘導する者、震え、自失してその場を動かない者――数多のヒトが、極限の中で入り乱れる。
 しかし。

『襲撃者は、高位歪虚"メフィスト"と断定します。黒衣、蜘蛛のような頭部の存在が分身、あるいは部下を放ったためか都市内に"多数"認められています。セキュリティの者が対応するまで――』

『メフィストの目撃情報は、ヴァレクストラ橋、レントラース商工会本部、――――』

 都市内の各所に備え付けられたスピーカーから、無数の情報が飛び交っていく。見上げる者は殆ど居はしないが、高空には――数こそ少ないが――グリフォンやワイバーンが飛び回り、情報収集と伝達に奔走していた。
 それらの放送や、誘導の声を受けて、混乱や狂奔ともいうべきエントロピーが、徐々に収束しかかっていく。混乱は、たしかにある。それを引き起こそうとする者がいるのだ。街そのものを侵すように、水面に重石を投げ込み続ける侵略者が。
 ――しかし、それに抗う何かもまた、同時に存在していた。

 悲劇を覆すだけの力はなくても、この日、この時、この街で。ヒトは、絶対強者に抗い続けている。



「――ふむ」
 セバスはその光景を第六商会本部の最上階、会長室の大窓から見下ろし、満足げに頷いた。
 かつてハンターたちと共に行った避難訓練を通じて得た知見をもとに、彼らが預かる領域の避難誘導はより洗練されている。少なくとも、この都市の中で――あるいはこの世界の中で――今もっとも緊急事態の対処に練達したスタッフたちがいるこの地区は、安全だ。
「これで、当会としての責任は果たした、と言ってよいでしょうな」
 職務に忠実であることは、セバスにとっては重要なことだった。その道を進むことが、新しい地平にたどり着くために"必要なこと"だと確信している。ただ、その道を拓くことには膨大な行程が必要だった。
 ――その一つを、託されたのだ。享楽に耽ることもなければ、怠惰に堕することもありえない。
 故に、この結果は必然と呼べるものであろうことをセバスは了解している。誇るべきなのだとすら、思っている。この光景は、セバスの忠誠の証。そこから湧き出る、主の信頼に応えたという充足を否定することは――彼自身の生を否定することと同義なのだから。
「……では仕上げと参りましょうか、ヘクス様」
 窓から離れたセバスは、歩き出す。

 そこで。
 ――階下に、破壊音が響いた。



 緊急の依頼が掛かった。"グラズヘイム王国全土"に多発的、電撃的に襲撃を仕掛けたメフィストの攻勢に、ハンターズソサエテイにも依頼が入る。
 各地にハンターたちが散っていく中で、ガンナ・エントラータにも多数のハンターたちが動員された。
 今も、各所で戦闘音が響いている。その中で、戦闘現場至近での救護活動が可能なものは限られているのだ。現着したハンターは、要請に応じて都市各所へと展開。"多数存在するメフィスト"への対応や、戦闘現場での救助への介入を依頼されていく。

 第六商会の本部へと派遣されたハンターたちは、今も"避難誘導が続く"街中を乗り越え、駈ける。
 すぐに、見つけた。一際大きい石造りの建物の戸口に生々しい破壊の傷跡。そして――爛れた歪虚の気配。
 中に広がっていたのは、かつて此処が避難訓練の際に、避難誘導の拠点として運用されていたことを知っていたものにとっては、危機的状況だった。
 痛みに苦しみもがく、使用人姿の人々。破壊された大机。大量の無線機に、魔術具などが散在し、振るわれた暴力の激しさを示している。
 その遥か奥に――見つけた。

 執事服の白髪の老人が、同じ黒衣の人物に、左手一つで首元を捕まれ釣り上げられている様を。
「言うべきことは、それで終わりですか?」
「……、ぐ、ぁ……」
 大量の冷や汗を浮かべた老人が、苦しげに呻く様を見て、「よろしい」と黒衣の人物――メフィストは嗤った。愉快げに肩を揺らしたメフィストは、此処ではないどこかを見ながら、何事かを呟いた。
 そのまま、メフィストはセバスに向き直る。
「忠義に篤い貴方には、私から褒美を差し上げましょう。――『口を閉じなさい』」
「…………っ!」
 常人には抗うことなど能わぬ【強制】の権能がセバスの身体を縛る。首を締められた状況で、途端に荒くなる鼻での呼吸の痛ましさに、ハンターたちが動こうとした、その時のことだった。

「さて」
「…………ッ!」
 メフィストの右手が、セバスの胴を貫いた。目を見開いた老人は、しかし、口から血を吐き出すことが出来ずに苦しげにのたうつことしかできない。血塗れの腕を引き抜いたメフィストは、ハンターたちに向き直る、と。
「――目的は果たせましたが、少しぐらいは、遊んでもよいでしょう」
 そのまま老人を見下ろし、

「この老人が、死に絶えるくらいまでは」

リプレイ本文


 苦悶の声はたしかに響く。老人含め、第六商会の面々の荒い呼吸。状況は危機的だろう。それでも、この"街"は、余りに静かだった。
 ――本部がこの有様なのに避難活動は継続してるって事はここが機能しなくなる事は既に折込済みの訓練が行われていた……って事か?
 龍華 狼(ka4940)。この地区で避難訓練が行われたことは知っていたが……しかし、まあいいや、と、開き直る。

 状況は、既に動いているのだから。



 先ずフォークス(ka0570)の銃弾が走った。
「ビンゴじゃないか……」
 直感が囁いていた。この状況は"コイツ"にとっての本命だと。放ったのは曳光弾「彗星」。幾重にも重なる光の奔流はまっすぐにメフィストへと向かっていく。
 ああ、惜しむらくは。
 ――それが、"曳光弾"であることか。負傷を与え得ぬその弾丸では、制圧射撃の用を果たせない。
「ふむ」
 光条は、鬱陶しげに手を降ったメフィストの眼前に現れた暗影に阻まれて消える。
「……、っ!」
 その時、フォークスは正しく、おぞけを抱いた。曳光弾を阻まれたことにでは、ない。メフィストの蟲の眼に、理解の光が落ちたように、思えたからだ。

 メフィストは、ハンターたちを見据えたまま動かない。

 疾走するレム・フィバート(ka6552)に、マッシュ・アクラシス(ka0771)。扉に近い第六商会の商人を持ち上げようとして運びにくさに気づいた狼が背負い始め、とてとてとメフィストに近づいたと思いきや、鞭を振るって雨音に微睡む玻璃草(ka4538)――フィリアがやや乱暴に女性のスタッフを回収している。
「ひゃあ、なの……っ!」
 自転車に乗るディーナ・フェルミ(ka5843)は散在する破片にバランスを崩し転倒していた。騎乗に慣れているか、それに適したものであれば結果は違ったかもしれないが――ともかく。更にはセバスとメフィストの間に入らんとする、柏木 千春(ka3061)。
 ――なにを、考えてんだい……?
 フォークスの最大限の警戒。それすらも眺め見て、メフィストは薄く嗤った。



 マッシュは前進しながら素早く周囲を見る。床の破片。そこに紛れているのは鈍い金属の光。
 ――武装の類は用意していたようですね。
 マッシュは、狼とフィリアに向けて軽く手を掲げ、懐へと差し込んだ。事前に知らせていた符号に気づいた狼とフィリアは、懐を探って武器を遠くへと放り投げる。
 その間にもレムとマッシュはメフィストに肉薄せんとしている。そして、千春は確かに、老人とメフィストの間に立った。盾を構える。
「大丈夫です」
「――、」
 少女は、決意の眼差しと共に告げる。根拠はない、ただの意思表明にすぎないそれを――死に瀕しているセバスは苦しげに、しかし僅かに口の端を浮かべた。

「――なるほど、なるほど」

 千春の眼前で、それは嗤った。その表情は人間のそれとはあまりに違いすぎる。しかし、それでも、そうと解った。
 瞬後のことだ。

「あなた方はそれを、護りたい、と」

 メフィストの身体に黒い影が絡んだ。攻撃の気配にレムは慌てて口を開きつつ構える。言葉で、その動きが制限できれば、という期待もあった。
 けれど。
「どうしてこんなことする、の…………って!?」

 掲げた腕から、黒炎が吐き出された。千春と――セバスを、巻き込んで。



「セバスさん……ッ!」
 絶叫が響く中、フィリアは鼻歌を歌いながら鞭ごとスタッフを引きずり商館の外へと連れ出していく。検めれば、彼らが火傷含めた外傷だらけなことが解る。
「『火吹き鼬の木枯し』に撫でられたのね」
「乱暴す……しないであげてくださいよ」
 "飯の種"だぞ、という思いと言葉を飲み込んで指摘をする狼だが、全く通じないこともとっくに解っている。
「ちっ……くしょ」
 しかし、狼もいささか乱暴にスタッフを地に下ろした。なにせ、急がなくてはいけないのだ。彼にとって、このスタッフの救命は報酬と同義。
 セバスは、狼の眼にみても間に合わないことは明らかだったから換算の外。
 それでも、メフィストはハンターたちの執着を見て取って、巻き込む形で攻撃してみせた。今、千春と、駆けつけたディーナが治療に専心しているが――さて。
 ――どんだ外道だぜ、ったく。飯の種はさっさと回収しねェと……。
 ともかく、駆け出した。後方から、薄気味悪い笑い声が聞こえてくることに、苛立ちを抱きながら。



 ――レムさんよりも、"そっち"に興味があった。興味を惹かれた、というべきかな。参ったな。ふつー殴りかかってくる方を重視しない……?
 思考とは裏腹に、レムの表情には怒気が宿っている。
「こっち、みなさ―――い!!」
「……」
 風を撃ち抜くような一撃に続く、全身全霊を籠めた聖拳による連撃。それらすべてを――セバスの方を眺めながら――暗色の障壁で妨いだメフィストは、微かに怪訝げな気配を滲ませる。
「徹った……かな? レムさんの全力……まだまだ、こんなもんじゃないよ!」
 鎧徹しを用いた一撃に手応えを覚えたレムは、果敢にも千春たちとの間に身を置き、猛攻を仕掛けていく。その傍らに、マッシュ。射線を切る意味で巨大な盾剣を構えた。事実、間合いは十分に切れている。二度と、セバスへの追撃は届き得まい。
 ――といけば、良いのでしょうがね……。
 マッシュは警戒を解くことはしない。先程の攻撃に限らず、【強制】や、他の能力を思えば、こちらの急所をつく手管など幾らでもありえる。故に、現状ではレムを攻手、自らを防壁として定め、セバスからメフィストを引き離すことが火急だ。
 メフィストはくつくつと笑いながら、マッシュらの後方、治療を受けるセバスを眺め見ている。お陰で、大きな変化を来すには至っていないが。
「やれやれ。対応すべきものが多い、というのはそれだけで困るもので……」
 何かしらの形で、戦局の変化が待たれるところだった。


 無残、であった。
 傷は、一応塞がったであろう。しかし、失った血液はどうにもならない。さらには窒息――いや、"溺死"寸前だった肺。循環と呼吸の破綻は、いかなる法術といえども挽回しえるものではない。
「死なせないの……!」
 間に合っていれば――違っただろうか。ディーナは、老人の創部に手を当て、そう叫びながらマテリアルを注ぐ。
「傷は、塞げた……筈ですが……」
 一方、これ以上の手立てが無い千春は、呟きながら踵を返す。できることが、無いなら。此処ではない場所で果たすべきを果たすために。
 ――私の行動で、メフィストは……。
 手ぬるい一撃だった。千春にとっては何の痛痒も抱き得なかったそれは、老人を絶命させない程度の加減が籠められていた。
 ――甘く、見ていた。この手の対応を好む歪虚だって、知っていた筈なのに……。
 切り替えることはできても、下手を打ったことを許容できるほど無責任な為人ではない。痛みを呑み下しながら、レムとマッシュの援護に向かうべく顔を上げると、二人が押し返していくメフィストと、視線が合った。
「…………っ!」
 そいつは、嗤っていた。

「これ、で……っ!」
 ディーナは立て続けに浄化の法術を用いてセバスの【強制】を解く事に成功した。食いしばられた口元が、大気を求めるように開く――否。
「、ご、ふ……っ」
 横を向いたセバスの口から、大量の喀血が溢れかえる。
「……っ!」
 そこに、影が落ちた。慌てて振り返るディーナだが、それが赤毛の女、フォークスであることに気づいて、些か面食らった。
「アタイが運ぶ。此処に置いとく方が効率が悪そうだしネ」
 言いながら、すでに跪いてセバスを抱え上げるフォークスの表情は伺えない。けれど、その意見には同感だった。メフィストの振る舞いを見る限りだと、いつ追撃がくるとも限らない。執着を見せること、セバスに手を取られることは、悪手だ。
「お願いするの……っ!」
「はいよ」
 駆け出すディーナに背を向けて、セバスを背負ったフォークスは全力疾走で扉へと向う。
 ――その内に、ぐるぐると渦巻く不快感を抱えながら。
 何も、大したことじゃない。死にかけた老人が、ただ死ぬだけのこと。
 けれど――違う。この流れを予測できず、のうのうと無為に至った弾丸を吐き続けた手前が、どうしようもなく自らの落ち度と感じられただけ。それが、ただただ気持ち悪かった。
「――最低な気分だヨ」
 嘯いても、気持ちは晴れやしない。故にフォークスは、銃を抜いた。
 彼女にとって、唯一のできること。埋め合わせることができるとするならば、この一弾に他ならぬと、知っていたから。



 メフィストの攻撃によって深手を負っていたレムは、彼女の参戦によって治療を受けることができた。
「……っ、助かったよ! アイツ、結構強くってねー……!」
「いえ……」
 マッシュを眺めた千春は、さして手傷を負っていないことを確認する。マッシュは僅かに首を振った。頑健な分だけ、余力はある。
 兎角。
「――っし。いっくよ……!!」
 レムは、宣言どおりに突撃した。縮地瞬動で加速を得たレムは、自分にできる精一杯の手札を切る。最大効率の、最大火力。
 今回幾度目かの"鎧徹し"。それを、これまで通り闇色の障壁で受けたメフィストは――。
「口を閉ざしなさい。あの老人の咽ぶ声が聞こえないではないですか」
 その言葉に、レムは【強制】を意識した。しかし、違う。
 痛撃を放ったはずの右腕。そこから、"痛み"が、返ってくる。すぐに、劫火の中に放り込まれたかのような激痛に変わる。
「――――っ!」
「その無思慮と無謀に、罰を与えましょう」
 全力攻撃が、仇となった。激烈な痛みは、まさしく彼女自身がメフィストに与えた傷そのもの。
「……っ、けど、まだ……!」
 しかし、格闘士の頑健さが彼女を踏みとどまらせる。【懲罰】で反射されたダメージも、千春の治療で埋め合わせられる――筈、であった。
「言ったでしょう。罰を、与えると」
 その眼前に、手。瞬後に放たれた暗色の砲撃に撃ち抜かれたレムは、言葉も無く意識を手放した。
 すかさず治療に動こうとした千春だが、間合いが届かない。急いで駆け寄ろうとした――その、直後のことであった。

『目を閉じなさい』
 メフィストの声と負のマテリアルの波濤が、商館に響いた。


「……いやはや」
 前衛が一枚落ちた。しかし、状況は大きくは変わらない。元々守勢にあったマッシュの立ち回りは、そのまま千春とディーナを背負う形になるだけ。
「備えあらばなんとやら、ですかね」
「……」
 マッシュの呟きに、メフィストは言葉を返さなかった。【強制】の後、即座に治療を挟んだ千春のおかげで、レムは一命を取り留めている。それらを眺めていたメフィストは、
「――忌々しい」
 何れか一人に施せば、という仮定すら抱くこと無く、メフィストは低く、吐いた。眼前に立つハンターたちから返ってくる"視線"。それらに微かな怒気を滲ませ――そして、消沈させた。
「折角の成果が台無しです……が。まあ、良い。所詮この身は分け身に過ぎず、この身の務めも、"既に、終えている"のだから」
 声と同時、階上に気配が滲んだ。急速に、商会から離れていく。
「幕引きは、近い。それまで――」
 鯉口を切る、微かな音。それは瞬く間に壮烈なマテリアルの奔流に至り、メフィストの身体を飲み込んだ。
「……っしゃあ!」
 狼の、喝采。救出を終えた後に身を潜めて迂回し、斬撃を解き放ったのだ。それが呼び水となり、千春、マッシュ、ディーナはそれぞれに間合いを詰める。
「これで……っ!」
「セバスさんを滅茶苦茶にした、罰なの……さっさと消滅するの……っ!」
 千春とディーナは聖光を解き放つ。狼の不意打ちに姿勢を崩したメフィストは対応できずに、直撃。さらに、マッシュも往く。これまでは【懲罰】を警戒して加減していたがーー今は攻撃機会を優先すべきと判断した。魔腕を振るい、その手にマテリアルを込める。多大な倦怠感は、さらなる一撃のためのもの。
「……っ」
 回避に動こうとするメフィストだが、その動きが、不意に乱れた。メフィストの背に、いつのまにか、影。
「さようなら、『絵描き』さん」
 声と、しゅらり、という音だけを残して、メフィストの身が縛られた。マッシュ自身には"彼女"の動きは見えていたからこそ、動揺は抱き得ない。そして――全力の一撃を、怪人の胸へと叩き込んだ。
「―――は、は。全く」
 十全な手応えを得たマッシュの耳元に、声が紡がれようとしていた、が。
「煩いヨ」
 それを、皆まで言わせることなく。
 最後に、銃声が響いた。




「手応えが無かった……のは、途中で何かを放っていたからかもしれませんね」
「逃げた、という、こと、なの……?」
 物音がした2階を検分したマッシュの言葉に、セバスにありったけのマテリアルを注ぎ込むディーナが応じた。声には、色濃い困憊。無理もない。少しでもできることをと、法術が尽きてもあがき続けている。
 けれど。
 老人は変わらず、浅い呼吸を繰り返したままだ。

 ――その口の端には、変わらず、笑みがある。

 寝かされたセバスの顔を覗き込むように、フィリアは膝を折った。その手が血に汚れることも厭わずに、頬に触れる。
「……本当だけど本当じゃないのね。『絵空事の絵描き』にとっては本当だけど、『歯車仕掛けの蛇』は違うって知ってるの。……だから招き入れたのね」
 ――『春風のジャム』より甘い蜜を西の杯に注いで。それがおじいさんのお仕事なのね。
 返事は、無い。しかし、フィリアは頬を緩ませると、何かに耳を澄ますように目を閉じた。立ち上がり、こう結ぶ。
「ねえ、おじいさん。きっと、『北向かう馬は綿毛を跳ねる』わ。だから、眠いなら眠らなくちゃ」
 それには、この場の誰もが口にしなかった"終わり"が含まれていた。
 傍らでレムの治療をしていた千春が手にした蓄音石を起動させながら、セバスの瞳を覗き込む。
 ――この状況は、予期されていたはず。それを、この人も解っているのなら……。
 そう思いながらも、その口から出た言葉は。
「最後に、何か、残すべき言葉はありますか……?」
 問いに、老人は――。
「……まんぞ、く、往く、生……で……ござい、まし、……」
 微笑のまま、言葉を止めた。

 すん、と。小さく響く、ディーナの涙を残して。

 ――満足、か。仕事を果たした、か。
 離れた所で眺め見ていたフォークスは、短く吐き捨てる。"それ"は、彼女にとってあまりに遠く。
 あまりに綺麗な、何かだったから。
 くそったれ、と。そう零さずには、居られなかった。



 こうして、ガンナ・エントラータでの事件は"最小限"の被害をもって終息した。
 巡る意図。あるいは、糸を手繰る先にあるもの。
 転じ続ける舞台が指し示す先は――そう。血塗れの道の先にある、決戦場に他ならぬのだろう。

 決戦の日は、近い。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 25
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシスka0771
  • 囁くは雨音、紡ぐは物語
    雨音に微睡む玻璃草ka4538
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼ka4940

重体一覧

  • キャスケット姐さん
    レム・フィバートka6552

参加者一覧

  • SUPERBIA
    フォークス(ka0570
    人間(蒼)|25才|女性|猟撃士
  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • 光あれ
    柏木 千春(ka3061
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • 囁くは雨音、紡ぐは物語
    雨音に微睡む玻璃草(ka4538
    人間(紅)|12才|女性|疾影士
  • 清冽なれ、栄達なれ
    龍華 狼(ka4940
    人間(紅)|11才|男性|舞刀士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • キャスケット姐さん
    レム・フィバート(ka6552
    人間(紅)|17才|女性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【相談卓】FIDELITY
フォークス(ka0570
人間(リアルブルー)|25才|女性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2017/10/20 17:20:05
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/10/18 20:19:01