氷霧を纏う汚れた鳥

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2017/11/22 12:00
完成日
2017/11/27 19:52

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 スワンボートが、複数の村を潤す池の上に浮かんでいる。
 悪戯ではないだろう。
 港も無く主要街道からも離れたこの土地に10メートルを超える近い代物を運び込むなど領主でも難しい。
「司教殿からであります。目標は歪虚に間違いないと」
「うむ」
 厳しい顔で領主がうなずく。
 手を振って合図を出す。
 手間暇金をつぎ込んで育てた弓兵達が、全く同じ構えで大型歪虚に狙いをつける。
「矢を惜しむな。惜しめば同胞が傷つき民を守る鎧が薄くなる」
 しわぶき一つ聞こえない。
 グラズヘイム王国の貴族私兵としては最良に近い士気と練度であった。
「打て!」
 矢の雨が斜めに飛ぶ。
 緩やかな弧を描く矢にはある種の美しさがあり、頂点から下降に移った鏃は正確に歪虚を向いていた。
 ぷすぷすと、スワンボートに矢が生える。
 表情は変えないものの苛立たしげに揺れるボートを見て、領主は顔には出さず内心胸をなで下ろしていた。
 これなら勝てる。
 治療費や遺族への年金捻出のため増税せずに済む。
 第2射を命じる領主は、そんな楽観的な予想に身を浸してしまった。
「霧?」
 誰かがつぶやく。
 青く晴れ渡った午前中であるのに、直前まで無かった霧が現れ急速に濃くなっていく。
 第2の矢の雨。
 目標が視認困難なため狙いも甘くなり、ボートに矢が突き立つ音が第1射の半分も聞こえない。
「閣下、我々が泳いで取り付き動きを封じます。許可を」
 やめてお願い治療費と遺族年金と新人育成のコスト考えて!
 そんな内心を厳めしい表情で隠し、領主は鷹揚に首を左右に振り鎧騎士へ待機を命じる。
「霧か。ふむ、横に広がっておるな」
 濃霧に紛れて襲撃されないよう一旦兵を後退させてから、胃に痛みを感じつつ新しい命令を下す。
「グリフォンを出せ」
「おぉ」
 1頭の雄々しいグリフォンが乗り手と共に飛び立つ。
 乗り手が装備しているのは重い矢を放つことのできる強弓。
 鞍には大量の鉄矢。
 どう見ても飛べない歪虚を、空から一方的に攻撃するつもりだった。
 高価な矢を大量に使うことになるが背に腹は代えられない。
 ぱたぱたと。
 非常に気の抜ける音が霧の中から複数聞こえた。
「へ?」
「なんだよあれ」
 弓兵士達が目を丸くしている。
 全長1メートルサイズのスワンボートが、羽を必死に動かし低速で上昇していく。
 グリフォンが動揺する。
 主従の絆を育み激しい訓練と実戦を乗り越えたハンターとグリフォンとは違い、田舎領主が爪に火を灯して導入したばかりのグリフォンなので技能も気合いも足り無いのだ。
「グリフォンは撤退、弓兵は援護、騎士は敵襲に備えろ、急げ!」
 霧の中から襲ってくる巨大スワンボート。
 ちくちくと上から攻めてくる通常スワンボート。
 鎧騎士の奮戦で戦死者こそ出なかったが、大量の矢と飯と治療のためのコストが領主の胃壁を痛めつけるのだった。

●戦闘依頼
「王国から依頼が入ってますよー」
 ある晴れた日の昼下がり。
 暇そうにしていたオフィス職員が、貴方に気づいて呼びかけてきた。
 同じく暇そうにしていた大人パルムが端末を弄る。
 静かに浮かんでいた立体ディスプレイが貴方を取り囲む形で接近して大きくなった。
「報酬がちょっといい感じの歪虚討伐依頼です」
 田舎が映し出されている。
 グラズヘイム王国基準では平均的な情景なのかもしれないが、リゼリオと比べると1世紀ほど前の情景な気がする。
「討伐対象は……あ、今映りました。これです」
 スワンボートである。
 可愛らしいといえる外見ではあるのだが、無駄に得意気な表情がかなり鬱陶しい。
「近中距離で冷気をぶつける能力を持っているみたいです。スキルのブリザードに近い感じですね。避けづらいあれです」
 CAMを持ち込んだら1人で無傷でも勝てるかもと思ったタイミングで、水面が映し出されていた別ディスプレイに別の物が映る。
 寒そうな氷霧と、そこから飛び出す同じデザインの小型スワンボートだ。
「この歪虚が大型歪虚に随伴しています。こっちの歪虚は長距離攻撃手段も霧発生能力も持たないようです」
 野良パルムが見物していたらしい戦場の光景が再生されていく。
 鈍重な大型スワンボートとは違って結構速いし高くまで飛べる。
 これ単体ならともかく、大型スワンボートと連携すると面倒な敵かもしれない。
「現地の部隊、小さいスワンボートに気を取られてしまって霧に紛れた大型スワンボートに襲われそうになったようですよ」
 一見コメディ映画っぽくても実際の戦場だ。
 運が悪ければ苦しんだ上で死ぬし、敵を根絶できなれば複数村の農業が絶えかねない。
「依頼主は正直面倒臭い人なんですができれば依頼をうけてあげてください。あれでも貴族としてはましな方ですし、いなくなると困る人が多いので」
 職員は結構な前金を積み上げ、ぺこりと頭を下げた。

リプレイ本文

●開幕の砲声
 掌に乗れる桜妖精。
 船舶級のスワンボート。
 比べるのも馬鹿馬鹿しくなるほどサイズ差のある両者が、真正面から向かい合っていた。
 なお、距離は150メートル以上。
 妖精は刻令ゴーレムを盾に顔だけ出しているので万一があっても安全である。
「敵を0時に置いて10時方向、上空。飛んで、あんず」
 メイム(ka2290)が上を指さす。
 桜妖精はゴーレムの後頭部にしがみついたまま動かない。
 メイムがクッキーの封を切って一振りすると、可憐な妖精が渋々手を離して上に向かって漂っていった。
 オファニムのコクピットで、ボタンを押す小さな音が3度響く。
 砲口を右に2つ、湿度の値を1つ下げる操作だ。
 一生懸命合図を送る妖精をHMD越しに眺め、アニス・テスタロッサ(ka0141)は微かに口角をつり上げた。
 涙目をしていても情報は正確だ。
 半端なUAVよりずっと有効な偵察兼着弾観測班であり、安全な場所でないと使えない生身の存在でもある。
「射撃できる人、配置いいかな?」
 Volcanius【ホフマン】が、砲塔のついていない側の腕でガッツポーズ。
 アニスも問題なしの信号を送る。
「ホフマン、連続装填指示。弾種火炎弾2つ、撃てー!」
 ぼむ、ぼむと、牧歌的にすら聞こえる砲声が連続する。
 火の属性の力がたんまり込められた砲弾が、なだらかな曲線を描いて白いスワンボートを目指す。
「アレだけで済みゃいいんだが」
 意識を広げる。
 高精度のセンサー全てを己の支配下へ置く。
 生身の五感のそれとは性質の異なる情報が、濁流となって生身の脳に押し寄せる。
 体の芯が悲鳴をあげるが指も足先も動かさない。
 オファニム【レラージュ・ベナンディ】の各部からマテリアルの飛沫が噴き出し、紅い機体を緑の薄霧で隠す。
「網膜投影開始……。さて、そのデカさが試射の的にゃちょうどいいぜ!」
 メインカメラが禍々しく輝く。
 アニス本人のマテリアルも脇に抱えたプラズマキャノンに向かい、膨大なエネルギーを地面と平行へ打ちだした。
 巨大スワンボートの小さな翼が残像すら見える速度で上下する。
 一見ゆっくりと、実際には巨体相応の速度で回避行動が始まるがアニスの一撃と比べると遅すぎる。
 白い塗装が剥がれて大量に舞い、鉄とも骨ともつかぬ何かからオイルに似た体液が零れた。
 メインカメラの紅い光がゆらりと動く。
 わずかに遅れて着弾した火炎弾2つが、破壊力と熱をまき散らしスワンボートを炎に巻き込む。
「意外とがんじょー」
 メイムが一瞬だけ上を確認。
 2種2門の音量はかなりもので声等は掻き消される。
 腰は引けていても一生懸命なハンドサインから情報を読み取り、命中したかどうかも分かっていないゴーレムに指示を出す。
「1つ退いてー。続けて連続装填指示、炸裂弾2つ撃て~」
 ぼん、ぼんと、先程より威圧感のある発砲音。
 スワンボートは上を見て、下を見て、己に開いた穴を見てから冷や汗に似た水滴を大量に流し出す。
 一瞬で気化して霧となる。
 プラズマキャノンの第2撃が2つめの穴を開け、2発分の炸裂弾がばらまかれたタイミングで白の巨体が見えなくなった。

●スワンボート直援隊
 2周り以上小さな歪虚が、押し合いへし合いしながら客席部分から顔を出す。
 慌てていて力も入りすぎている。
 白の塗装に見える何かが剥がれて地肌の鉄色の骨が一部見えている。
 だが問題ない。
 強大なハンターに対抗するためには、多少の傷より素早い……少なくともスワンボート型歪虚基準では素早い展開が何よりも重要であった。
「なんともけったいな」
 紅の巨鳥が翼を広げ、小型スワンボートの進路を遮る進路で急降下してくる。
 最初から外にいた小型が迎撃に向かおうとするが【S.S.F】の方が早い。
 プラズマライフルを客席部分に向け、何度も撃ち込んでは密集した小型スワンを傷つける。
「エバーグリーンかリアルブルーの品か」
 戦士だからこそ知識に貪欲で、人生一回りして余生でハンターをしているミグ・ロマイヤー(ka0665)だからこそ思い切り良く気にしない。
「強い群れだ。ストライクフェアリーでは勝ち目がないかもしれん」
 小型スワンボートが猛烈な勢いで羽ばたく。
 鋭くは無いが重くはあるくちばしを頭ごと振り上げ、左右からミグ機に迫って何度もくちばしをぶつけようとする。
 装甲板代わりの極彩色飾り羽が揺れ、極限まで薄くされた装甲に火花が散った。
「じゃがここにいるのは戦場の妖精、スーパーストライクフェアリーじゃ。馳走を味わっていけぃ!」
 眼帯で抑えきれないオーラが噴出しコクピットを紅蓮で彩る。
 魔導型デュミナスが素体の機体にミグのマテリアルが浸透。
 時が逆回されるように各部の装甲が再生する。
 脚爪が繰り出され、雑な造形のスワン頭に当たって金属音を響かせる。
「歪虚9体を確認。特大は1、残りは人間サイズ」
 【S.S.F】にしばらく遅れ、【S.S.F】と比べると平均的な魔導型デュミナスが戦場上空に到着した。
「姿こそふざけてはいるが」
 アバルト・ジンツァー(ka0895)は決して隙を見せず、冷静に距離を保って射撃を開始する。
 四連装カノン砲が火を噴き4つの砲弾が小型スワンに直撃。
 並の飛行歪虚なら消滅する威力だったのに、小型スワンボートは多少形が歪んだけで速度も動きも変化が無い。
「難敵である事は間違いなさそうだ。この場に押し込めて仕留める」
 スワン1匹が直進してくる。
 近づかれすぎて4連カノン砲の射程から外れ、そのくちばしがアバルト機の脚部にめり込むかに見えた。
「久しぶりに空中戦をするのも悪くないわね。空中戦でもジャンルが違いすぎるけど」
 全長6メートルの盾がスワンボートの突撃を防ぐ。
 至近距離でマズルフラッシュが連続。
 背中に複数の穴が開き、スワンボートが慌てて左右に揺れ出す。
「援護感謝する」
「こちらにも援護をお願いね」
 マリィア・バルデス(ka5848)がアバルトに答えながら戦場を再確認した。
 霧が酷い。
 R7エクスシア【mercenario】は明るい色で塗装してるのに、1メートル霧の中に入るだけで腕が見えなくなる。
 勘に頼って、つまりこれまでの経験を元に推測して発砲。
 プラズマの光が小さく広がり、特大スワンボートから距離をとれていなかったボート3つに手傷を負わせる。
「ミグは足止めに専念する」
 【S.S.F】は高度の維持に多くの力を裂いている。
 マルチロックオンや高速演算を使えば1匹2匹のスワンボートを落とせただろうが、貯水池の上で飛行を放棄する訳にもいかない。
 リロードの手間と手数の維持を考えると脚爪を多用せざるを得なくなり、小型スワンを殴って殴ってその場に引きつける。
「限定的とはいえ飛行能力がある以上使わぬ手はないからな」
 残弾が張ってきたか4連砲から、使い慣れたアサルトライフルに切り替える。
 狙わなくても当たるほど敵の動きが鈍い。
 魔導型デュミナスも飛行に向いていないが、寸詰まりスワンボートはそれ以上に絶望的に向いていないのだ。
「故に工夫もするか。知性のある歪虚がいれば危険な存在になったかもしれん」
 バルディッシュを引っ張り出す。
 CAMで使うなら手斧程度の大きさでしか無い。
 それを引っかけるように振るい、脇を抜けようとした小スワンの羽に刃を当てる。
 普通ならダメージを与える以上の効果はなかっただろう。だがマリィア機めがけて自爆攻撃を敢行しようとしていた歪虚は周辺への警戒も回避行動も甘く簡単に引っかかる。
「撃破は地上班に頼るべきかもしれんな」
 霧の中に消えた小型スワンを見送り、アサルトライフルに持ち替え大型スワンに発砲。
 確実に装甲を削ってはいるが、滞空維持のため手数が必要な分、与えるダメージは普段より少なくなっていた。

●地上戦
「ハハハハッ、腕が鳴るぞっ。これを覇道の魁にしてくれるわっ」
 ゴースロン種の軍馬を駆り、ルベーノ・バルバライン(ka6752)が一直線に向かって来る。
 空を飛ぶCAMよりもずっと速い。
 戦いのための筋肉で覆われた体はまさに凶器であり、特大スワンボートでも警戒が必要なはずだった。
 雑な塗装に見える瞳が性格悪そうな形に細められる。
 ささやかなサイズの翼が超高速で上下する。
 スワンボートの巨体がじりじり乗り出す湖面が、真白な霧で完全に隠されていた。
「ぬっ」
 ヒヒヒンッ。
 ルベーノの驚く声と馬のいななきが同時に聞こえ、スワンボートの目にしてやったりの感情が浮かぶ。
 覚醒者は水中でも戦闘力を維持できるし長時間潜ることも可能だ。
 だが地面と思い込んで勢いよく池に足を踏み入れたなら、当然体勢を崩して溺れてしまう。
 残り7人、と内心鼻高々なスワンはルベーノを倒したと思い込み、蹄が水を蹴る特異な音に気づけなかった。
 衝撃が尻から頭まで貫通する。
 座席の1つが外れて跳び天井にめり込む。
 翼が止まり、大きなスワンが水のめり込み大きな波が発生した。
「実にわかりやすい釣りだろう、ひょっとして分からなかったか?」
 ウォーターウォーク使用中のルベーノが機嫌良く笑い、優れた筋骨を完全活用して拳を繰り出す。
 練り込まれたマテリアルが打撃力に上乗せされ、スワンボートの体内を一直線に蹂躙する。
 今度は座席2つが外れ、小スワンが出た後の穴にめり込み小スワンの逃げ場をなくす。
 対空戦闘にまわっていた小スワンのうち、2体が自ら滞空を放棄し水面に着水して湖面を揺らした。
「ようやくか、あくびが出るぞ」
 足を止めて指だけを動かす。
 壮絶な上から目線発言とあわせて強烈な挑発になり、巨大スワンも小スワンも怒りをあらわにしてルベーノへ殺到した。
 だが彼は既にいない。
 大小スワンの頭がぶつかり涙目になる。
 こんがり焦げていた小スワンが1つ、力尽きて半透明になり沈没していった。
「クウ、もう一度!」
 空色のワイバーンが、スワンボートの群れに影すら踏ませず濃霧を突っ切る。
 途中で壮絶な冷気に襲われるものの、曲芸より危険な進路を平然と飛びブレスを放ってみせる。
 炎は濃く狙いは鋭い。
 直径6メートルのブレスは特大ボートに受け止められ、甚大な被害をその巨体に与えた。
 若きドラグーンが髪をかき上げる。
 霧で湿っても艶のある黒髪が、純白の龍角の上にふわりと落ちた。
「始めて見る敵……。ううん、大丈夫だよクウ。敵を見切るのも龍騎士の役目。一緒に頑張ろう」
 成人した見た目なのに純な目と心持ちに違和感がない。
 ユウ(ka6891)はドラグーン。
 1人前の戦士であり、実年齢はようやく年齢2桁である。
 巨大スワンがじりりと後退した。
 ユウが非物理的意味で眩しすぎて目に痛い。
 そして、だからこそ歪虚としての食欲を刺激される。
 スワンボートが小さな口を限界まで開く。
 当たりさえすれば肌が凍り骨が砕ける冷気が、ユウとクウめがけて一気にはき出された。
 冷気が届くタイミングで2体の小スワンボートが仕掛ける。
「っ」
 バレルロールをしても避けきれない。
 ユウはとっさに障壁を展開。
 ワイバーンの体の半分を守り飛行能力と戦闘能力の維持に成功する。
「遅くなった。私を盾にして構わん」
 不動シオン(ka5395)が朱塗りの鞘から刃を抜き放つ。
 黒い刃が、特大ボートの吹雪よりもなお冷え冷えとした光を放つ。
「間抜けな外見の割には、骨はありそうだな」
 グリフォンが宙を駆ける。
 シオンは冷静沈着そのもの態度で妖刀を振り下ろし、鋼の強度を持つ表皮に切れ目を入れつつ斜め横へ移動。小スワンに包囲を完成させずに攻撃を継続する。
 速度はクウの半分ほどなのに手数は数割増しな印象だ。
 不思議に思ったユウは、破魔を唱いワイバーンに攻撃を指示しながらシオンの戦闘を観察する。
「浮いている?」
 ワイバーンの飛び方ともCAMの飛び方とも違う。
 とにかく安定した飛行であり、一撃離脱も接近してからの攻撃もスキルを使わず出来ている。
 龍園にいたままでは触れられなかったかもしれない知識に触れ、ユウに気合いが入ってクウも反応する。
 破魔の唱のスキルが底をつく。
 敵がまだ大量にいる状況で武器が減り、しかしユウもクウも怯えはしない。
「クウ、私が貴方の死角を補うよ」
 敵が2手に分かれている。
 上は空飛ぶCAM達が、下が低空で戦うシオンがスワンボートを引きつけ戦っている。
「だから大型への攻撃を続けよう」
 相棒は思い切り前へ進むことで返事をする。
 ユウは目を細めることもせず、高速で顔の向きを変え大小スワンボートの位置を確かめ続ける。
「この程度の寒さ、龍園じゃその風扱いだよ!」
 ワイバーンのブレスが、馬鹿馬鹿しいほど大きなスワンボートの半身を焦がした。
「貴様等歪虚はこの程度か」
 シオンが息を吐く。
 呼気に混じっていた黒いオーラが白い霧を灰色に染める。
 小スワンが1羽ばたき下がり、覚悟を決めてシオンとグリフォンに飛びかかった。
 冷たい青の瞳が紅に光る。
 わき出すオーラが後方に流れ、2対4枚の巨大な翼のよう。
 斜めに上昇する。
 小スワン達の位置を把握した時点で進路を斜め下へ。
 納刀からの斬撃で以て体の芯に達する切れ目を入れる。
「殺しきれぬか。……一度下がるぞ」
 グリフォンが前脚で小スワンをキック。
 高度を下げながら後ろへ跳んで見事に着地する。
 そこから動きが劇的に変わった。
 それまでしばしば防御に失敗していた嘴を全て防ぎ、ほとんどダメージを受けずに敵の注意を引きつける。
 空色のワイバーンが縦にゆるやかに動く。
 頭を下に向けたままブレスを発動。
 比較的平べったい特大スワンの上部を炭化させる。
 ワイバーンを追おうとした歪虚とグリフォンの足止めをもくろむ歪虚に分かれて連携が緩んだタイミングで、シオンがグリフォンの背から跳躍した。
「鳥ならば飛んで然るべきだろう? そこの大物は飛ぶことさえままならんのか?」
 歪虚の背に着地しても速度は落とさない。
 突き刺し、途中で引っかかったりしない角度を保って軽やかに駆け抜ける。
 火花が数メートル走り、鋼鉄にも見えた特大スワンの背が大きく抉れた。
「む」
 慌てて戻って来た小型スワンボートが前後左右からシオンに突進する。
 2発は我慢するかと判断する寸前、過去習い覚えた形式で指示が飛んでくる。
 熟練手品師の如く特大スワンの背に伏せたタイミングで、拳銃より明らかに大きな弾が真横から降り注いだ。
 1つ1つの威力は大きさの割には控えめだ。
 だが延々途切れもせず3つの小スワンに当たり続ける。
 マリィア機が一瞬で撃ち尽くして一瞬で再装填を終える。
 その手際はマリィア本人が生身で銃器を扱うそれに匹敵する。
 身のこなしも盾の扱いも足場もないのに素晴らしく、大小スワンはマリィアへの反撃を諦め近くのハンターを追おうとした。
 シオンはとっくに姿を消している。
 ルベーノが再度襲来、特大スワンのケツから青龍翔咬波。
 巨体故に方向転換も難しい大スワンと、大回りして迎撃に向かう小スワン複数にグリフォンと合流したシオンが襲いかかる。
 さくりと斬れて歪虚の存在する力が弱まる。
 数は少ししか減っていないが、一方的に不利な状況にスワンボート軍団の危機感がようやく芽生えた。
「敵耐久性能を上方修正。逃がすリスクは冒したくないわね」
 10を超える射撃を終えたマリィアが、再装填はせず【mercenario】の高度を下げる。
 訓練を受けたワイバーンとは異なりCAMでの空中戦闘には時間制限がある。
 敵逃亡時の追撃を考えると温存したい。
 発砲する。
 シオンに向かう小スワンへ銃撃すると、火花が散る様が奇妙なほどはっきりと見えた。
「霧が?」
 HMDに広域情報を表示させる。
 一時は指先すら見えなかった濃霧が、薄い箇所なら10メートル先の火花が見える程度になっている。
「多少強引に行くのも今回はアリかしらね?」
 歪虚が息切れしている。
 長期戦を覚悟すればマリィア1人で倒しきることも可能なはずだ。
 現地到着の際、ちらりと見えた胃痛枠貴族の顔を思い出す。
「まあ、仕事だしね」
 安全確実な討伐を優先させることにした。
 戦闘開始直後しか使わなかったライフルに持ち替え、霧の濃さを勘違いした上空の小型スワンに容赦のない弾幕を浴びせる。
 それでも落ちないのはたいしたものだが、アバルト達の相手で精一杯の小スワンにとって地獄の始まりであった。
「天然の濃霧ならばいざ知らず、種が分かっていて、上空に観測者が居るんだ」
 アバルトが【Falke】の高度を下げる。
 フーファイター無しの機体では危険な行動ではある。
「これで当てられないのでは射撃手としての名が泣くというものだ。遠慮容赦なく撃ち倒してやろう」
 向かって来ても構わない。
 むしろ向かって来た方が逃亡の心配が消えて楽なほどだ。
 意外と近くまで中てられる4連カノンで小スワンを削る。
 時に接近され反撃されても飛行能力に影響はない。
 CAMは頑丈で、不安定な状況でもある程度の防御は可能なのだから。
「アクティブスラスターを使う余裕がないのは残念だが」
 アバルトの眉が微かに動く。
 小スワン数匹の羽ばたきが乱れ、高度が3メートル落ちては2メートル持ち直すのを繰り返す。
「ようやくか。このまま片付けてもいいが」
 岸の砲口をちらりと見る。
 岩の色をしたゴーレムが、大量の予備砲弾から次の1発を取り上げている。
「逃げ道を塞ぐとしよう」
 カノン砲が火を噴き、逃げだそうとした半壊スワンを空中で砕いた。

●大火力
「隠し球は無し」
 紅の機体が降下していく。
 歪虚が作った霧は横にばかり広がっているので、斜め上から見下ろすと普通の濃霧程度の濃さだ。
 索敵系強化モデルである【レラージュ・ベナンディ】とアニスの腕があれば100発95中程度は軽い。
「結果的に無駄な手間をかけたかね」
 射撃の際集めた情報から必要分を抜き出してまとめ、HMDに表示させる。
 貯水湖はよく整備されている。
 歪虚が隠れる場所はほとんどないし、新たに発生する確率は0同然。
「場所が空いたか」
 引き金を引く。
 プラズマキャノンが吠え、シオンが離れたタイミングで特大スワンボートに突き刺さる。
 塗装も金属部分も酷いものだ。
 一見コミカルな形でもその実凄まじい力を受け続けて変形したボートが、氷の張る直前の湖面でゆらゆら揺れている。
「山無し落ち無しで済めば楽だがね」
 もう一波乱あるだろうなと考えながら、CAM基準でも大型サイズの砲で打撃を浴びせ続ける。
「小型が後退-。あんずは前に出て。ホフマンは砲撃継続ー」
 メイムの指示で巨体のゴーレムとミニサイズな桜妖精が忙しく動く。
 一度は2割を切っていた命中率が、感覚的には9割に戻る。
 大型目標に対しての炸裂弾の効果は絶大だ。
 既に変形していた特大スワンボートが残骸に向かって一直線。
 霰玉に小型スワンボートが巻き込まれることも多く、中破や大破していた個体が呆れるほどさっり落ちては水面に届くことも無く消滅していく。
「最後においしいところだけもらったようでー」
 どんどん増えていくスコアに内心焦るメイム。
 妖精は一度も弾が飛んでこないので安心し、ますます元気になって自分からゴーレムを誘導している。
「そういうこともあるさ。……動くぞ」
 アニスの砲撃。
 ついに特大スワンの片翼が千切れ、歪虚の危機感が頂点に達する。
 生き残り小スワンが下方に向け猛加速。
 狙いは甘くてもかすれば最低でも重傷だ。
 小スワンを回避するため特大スワンとも距離をとることになり、空いてしまった空間に親玉スワンが突進する。
 力を振り絞った小スワンは、再度上昇することはできずに湖面に消えた。
 特大スワンは色々剥がれたせいか速度が増している。
 このまま逃げ切れるかと体格の割に小さな頭で考えた瞬間、華麗に飾り立てられた巨人に真正面から組み付かれる。
「もはや空は貴様らだけのものではない。ミグが空を征したからにはそなたらに残される物は地獄のみじゃよ」
 特大スワンが後退。
 向きを変え再度加速しても【S.S.F】が迎撃する。
 攻撃のためでなく移動のための加速では魔導型デュミナスを突破出来ない。
 ならばと真正面から仕掛けると、【S.S.F】が一瞬蒼く輝き一回り存在感を増した。
 がっぷり四つである。
 巨大な嘴がコクピットのある場所を押すが凹みもしない。
 否、凹むそばから再生して全く効いていない。
 炸裂弾が無数の弾をばらまく。巨大スワンの後ろ半分が穴だらけになる。
 シオンが妖刀で滅多刺しに。歪虚は受けも出来ずに核の部分まで傷つけられる。
 ブレスを撃ち尽くしたワイバーンから、戦士にしては細く見えるユウが飛び降りる。
 スワンの上で振るう刃はなかなかの威力で、ブレスの尽きたワイバーンも魔導銃で以てスワンの巨体を削っている。
「あっ」
 ユウの足場が崩れた。
 水面に落ちる前にクウによって助けられ、スワンが崩壊していく様を目にすることになる。
 鉄に見えた骨格が砕ける。
 腐った鳥とヘドロが混じった中身が表に出て、ずぐんと大きく震えて最後の吹雪を放とうとした。
 複数種の弾が着弾する。
 歪虚の核が揺らされひびが入り、吹雪が発動できるほど負のマテリアルが集まらない。
 さらに炸裂弾。大量の汚液が元スワンボートから零れて水面を黒に染める。
「これも釘とか捩子とか絡んだ歪虚なら、フマーレから出荷されていた物だったりしたのかしらね」
 ルギートゥスD5が送り出した銃弾が、脳と心臓を兼ねた部位を貫く。
 霧が完全に消え、湖面の黒の一瞬で無くなる。
 マリィアが大きく息を吐く。
 既に負の気配はどこになく、冷たくも爽やかな風が湖面をゆっくり揺らめかせていた。

●戦いの後
「あんず、食べ終わったら上から監督ー。他の人も協力してくれると嬉しいなー♪」
 歪虚が滅んでもハンターの戦いは終わらない。
 メイムは妖精を労りつつ【ホフマン】に命じて土嚢を量産。
 自らは複数担いで傷ついた土手に土嚢を詰めていく。
「手伝おう」
 シオンがグリフォンから降り、酷使しても歪みも亀裂も無い刃をちらりと見る。
「ひとまず実験終了だ。今度はもっと……」
 強い相手とやりあいたいが、こういうのは運も影響する。しばらく時間がかかるかもしれない。
「脚部にも異常無し、か」
 活躍した【S.S.F】の足下で、ミグが眉間に薄ら皺を寄せている。
「今回は雑魚とは言わぬが変わり種よな」
 今後の大規模作戦……大物歪虚との戦いや歪虚の大軍勢相手の戦いを想像する。
 その中で飛行するCAMがどのような立ち位置にあるか。
「ジェットエンジンじゃなくジャンプジェットかね」
 HMDをつけたままのアニスが戦闘中のデータを眺めている。
 今回空中戦闘でCAMが活躍した。
 しかし大規模戦闘の長丁場に通用するかどうかは別問題だ。
「レポートが厚くなりそうじゃ。今日は徹夜かの」
 ミグは不敵に笑い、撤収作業は後回しにして貯水湖修復作業に加わるのだった。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 7
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 赤黒の雷鳴
    アニス・テスタロッサ(ka0141
    人間(蒼)|18才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    オファニム
    レラージュ・アキュレイト(ka0141unit003
    ユニット|CAM
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    スーパーストライクフェアリー
    S.S.F.r(ka0665unit003
    ユニット|CAM
  • 孤高の射撃手
    アバルト・ジンツァー(ka0895
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    フォルケ
    Falke(ka0895unit003
    ユニット|CAM
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ホフマン
    ホフマン(ka2290unit003
    ユニット|ゴーレム
  • 飢力
    不動 シオン(ka5395
    人間(蒼)|27才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    グリフォン
    グリフォン(ka5395unit002
    ユニット|幻獣
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    メルセナリオ
    mercenario(ka5848unit002
    ユニット|CAM
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバライン(ka6752
    人間(紅)|26才|男性|格闘士
  • 無垢なる守護者
    ユウ(ka6891
    ドラグーン|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    クウ
    クウ(ka6891unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2017/11/19 19:07:31
アイコン 相談卓
ユウ(ka6891
ドラグーン|21才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2017/11/22 00:09:44