聖導士学校――ハンターになりたい!

マスター:馬車猪

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2017/12/29 07:30
完成日
2018/01/03 02:04

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「はい! 僕はハンターになりたいです!」
 生徒が元気よく答える。
 司教でもある校長は静かにうなずき、その進路を希望する理由を穏やかにたずねた。
「理由はいっぱいあります。みなさんすごく頭がよくて、それだけじゃなくて歪虚をばーんとやっつけてっ」
 憧れの表情がとてもまぶしかった。
 進路希望の聞き取りはこの子で本日5人目だ。
 そのうち3人が、ハンターとしての活動を望んでいた。

●世俗の聖職者
 銀のフォークで柔らかな肉を口に運ぶ。
 分厚い唇とそれ以上に分厚い頬肉が何度も動く。
 肥えた頭が満足げにうなずくと、絹のカソックの上からでも分かる締まりの無い体がブルンと揺れた。
「それでだなイコニア君」
「近いですよ司教様」
 ずずいと顔を寄せてくる派閥の先輩に、上品さと冷たさを兼ね備えた視線を向ける。
 司教はすまんすまんと陽気に笑い、聖堂戦士1年の稼ぎでは買えない席に座り直す。
「5人売ってくれないか」
 遠く離れた席の、騎士らしい細マッチョが動きを止めた。
「前の2人は実に具合が良かった」
 嫌らしく笑って舌なめずりする。
 細マッチョが地位を投げ捨てる覚悟を決めて立ち上がる。
 金があるだけでは立ち入ることもできないレストランの中で、大きな事件が起ころうとした。
「ウェディング事業をまた拡大するつもりですか」
 イコニアはいつも通りだ。
 顔馴染みの給仕も平然としている。
「威圧感のない警備は花嫁に好評でな。徹夜警備ができる体力のも使い易いのよ。弾むぞ?」
 舌禍で知られる司教が、太い癖に妙に健康的な指を3本立てる。
 話の展開に疑問を持った細マッチョが、なんとも表現しづらい目つきでこちらを見ていた。
「聖堂戦士団に文句を言われますよ」
「君の言葉なら連中も聞き入れるだろう」
 4本目の指が立つ。
 少女司祭は度数の低い酒で唇を湿らせた。
 目の前の男は、経営者としては敏腕かつ聖人レベルのホワイトだ。
 子供達は食い物にされることはなく、むしろ優遇され高度なスキルを教え込まれるだろう。ただし戦闘とは縁遠くなる。
「生徒に強制は出来ませんからね」
「分かっているとも」
 機嫌良く料理の追加を注文する司教を横目で見ながら、イコニアは立ち上がり細マッチョに向け深々頭を下げるのだった。
 数日後、卒業予定者の半数がハンターを志望していることを知らされ頭を抱えることになる。

●農村ではない
 可愛らしい電卓を無骨な指がつついていた。
 扱っている数字は非常に大きい。
 隣接領地の豪農数軒分はある。
「来年天候不順でもぎりぎり乗り切れる……いや、大怪我や病気が重なるとまずいか」
 元騎士であり、現ルル農業法人代表である覚醒者が天を仰いでため息をつく。
 雪にも嵐にも耐える造りであり頼もしい。
 この事務所も、宿舎も、台所を兼ねるパン生産設備も、新たな麦畑を拓いているゴーレムも、全て同志と共に手に入れたものだ。
 騎士時代とは別種の重みが両肩に感じられ、それがとても心地よい。
「根を詰めすぎないで下さい」
 一回り若い女性が紅茶と小さなパンを盆で運んで来る。
 パンは、聖堂戦士団に売り込む予定の乾パンだろうか。
「ありがとう。だが収入を増やして君の家族も呼び寄せなければ」
「えっ」
「えっ?」
 心底不思議そうな目を婚約者に向けられ混乱する。
「我が社はゴーレムが主力です。生産性を落とすことはしないでください」
「いやしかし」
「持参金も私の手で稼いだのです。実家に文句は言わせません」
 王国基準では結婚適齢期ぎりぎりの女性が、控えめな胸を控えめに張る。
「それよりしっかり稼いでください。今のお給金だと子供は2人が限界ですよ」
「あ、はい」
 紅茶がおいしいなー、と現実逃避ぎみに考える元王国騎士。
 そんな婚約者の表情に気づき、気分転換もつもりで話題を変える。
「生徒の皆さんがハンターを志望されているみたいです」
「ああ、素晴らしい武技と頭の冴えのハンターが身近にいたからな。私も子供の頃なら騎士よりハンターに憧れていたかもしれない」
 様々な障害を粉砕する様は、同じ覚醒者として正直憧れる。
「憧れと将来設計をごっちゃにしていなければ良いのですけど」
 小さなため息。
「あのお嬢さん達、ハンターの中でも上層ですよね」
「まあ、平均より下ということはない。……男もいたぞ?」
「実家の貴族家と繋がりがあるとか、ハンター活動しなくても生きていける仕事とか、貴重な武器防具を持っていたりするようですし」
 聞き流して紅茶を一口。
「生徒さんが堅い職を選べるのに選ばないのは、ちょっと感覚が分かりません」
「う、うむ……」
 浪漫について語りたくても語れない彼は、既に尻に敷かれているのかもしれない。


●現地地図(1文字縦横2km
 abcdefgh
あ□□平開農川荒□ □=未探索地域
い□□平学薬川川川 平=平地。低木や放棄された畑や小屋があります。かなり安全。演習場扱い
う□平畑畑畑畑□□ 学=平地。学校が建っています。緑豊か。北に向かって街道あり
え□□平平平平□□ 薬=平地。中規模植物園あり。猫が食事と引換に鳥狩中
お□□荒荒果果□□ 農=農業法人の敷地。宿舎、各種倉庫あり。パン生産設備の準備中
か□□荒荒荒丘□□ 畑=冬小麦と各種野菜の畑があります
き□□荒荒湿湿荒□ 開=平地。開拓が始まりました
く□□草荒荒荒荒□ 果=緩い丘陵。果樹園跡有り。柑橘系。休憩所あり。開拓民が手入中
け□□□荒荒荒□□ 丘=平地。丘有り。精霊在住
こ□□□□□□□□ 湿=湿った盆地。安全。たまに精霊が遊んでいます
さ□□□□□□□□ 川=平地。川があります。水量は並

 荒=平地。負のマテリアルによる軽度汚染
 草=芝型歪虚群生地


●目無しの烏
 飛行能力以外に特殊な能力は持たず、強さは少し強いスケルトン程度。
 唐突に南から現れ、数がとにかく膨大だ。
 精霊の丘から北に大勢で進入する力はないようだが、いつまでそうだとは限らない。
「避難壕と迎撃拠点を兼ねた穴を掘りながら南下するのもいいかもしれません。……政治的にまずいものが出てきたら、隠すつもりはないですが発表のタイミングは考えたいなって」
 遠い過去にこの地に棲んでいたエルフの痕跡は、地面の下にしかない。

●不完全な肉
 魚が住む程には清く、スケルトンが現れる程度に汚れた川がある。
 たまに現れる珍種のせいで防御から攻勢に移れない。
「ゾンビじゃないな。生きてるのか?」
 真新しい肉を貼り付けた骨、あるいはいくつもの肉が欠けた人もどきが、人間の隙をうかがっている。

●就職戦線波高し
「平均以下の待遇の職場を除いて求人32です」
「来年頭から3月にかけての卒業予定者13名。うちハンター志望7!」
「どうするんですか校長せんせぇーっ!」
 こんな職場で、臨時教師や警備や歪虚退治の依頼を出しています。

リプレイ本文

「そろそろ始めようか」
 宵待 サクラ(ka5561)。
 フリーのハンターのはずなのに政治活動を繰り返しているある意味危険人物だ。
 この場に集められた卒業予定者達も緊張を隠せない。
「んじゃみんな目を瞑る。そうだと思ったら質問毎に手を上げてね」
 緊張でぷるぷる震えながら目を閉じる子供達を見て、サクラは内心小首を傾げていた。どうして怖がっているのだろう?
「幸せな結婚をしたいなと思う人ー」
 2分の1。残りは結婚をまだ意識していない。
「恋人が欲しいと思う人ー」
 4分の3。残りも欲がないのではなく単に思春期前なだけ。
「おうちに帰れる人ー」
 半数。孤児でなくても自活を迫られている者が多い。
「おうちに帰りたいと思ったことがある人ー」
 全員。この学校を実家あるいは第2の実家と思っているのは顔を見るだけで分かる。
「はい終了。みんな手をおろして目を開けてね。今手を挙げた人は私はハンターになるのを勧めないよ。それを今から説明するね」
 この学校の環境は稼いでいるハンターでも途惑うほどに恵まれてると、サクラは穏やかに指摘する。
「私は宿に泊まるのが精一杯で犬と一緒に狩りして魚釣って雑草煮て食べてた時期がある」
 その頃は今の髪と肌の色艶は無かった。
「重体になったら身体が治るのを宿屋で独り待つだけ。ハンターは依頼でしか動かないから金がなくて身を持ち崩す人も結構いるはずだよ。それでも私はリアルブルーの家に帰りたくてハンターになった。今まで続けてきた」
 なお、現在のサクラの財布というか預金残高はとても大きい。
 某司祭を通して動かしている金額は多分もう1桁か2桁大きい。
「だから……」
 教室の後ろにいる校長は熱心にうなずいている。
 けれど、サクラは手応えを感じられていなかった。

●準備
「どうしてかなー」
 えいえいと容赦のない筋肉マッサージを少女司祭に行いつつサクラがぼやく。
 相変わらず健康あるいは筋肉と引き替えに活動しているようで、熱心なトレーニングと食事をしている割には筋肉が薄い。
「自分自身で失敗を経験しないと納得できませんよ」
「それをイコちゃんが言うー? 浄化能力持ちの聖導士で実質政治家って超エリートじゃん」
「私は早熟なだけです。エステルさん達と比べると伸び代の無さに泣きたくなりすよふにゅぅっ」
 ぐりぐり。もみもみ。
 イコニアはいつも通りによい声で鳴いてくれる。
「そう言って怠けるの?」
「怠けるくらいなら全部放り出してハンターになってます。サクラさん達のお陰で素質と熱意を持った後輩が1人配属されましたし」
 自分付きの助祭に目を向ける。
 遣り手官僚を思わせる雰囲気のだいたい13歳児が、薄らと隈が浮かんだ顔を歪ませ「これ以上は勘弁」という目をした。
 入り口で寝そべりつつ警戒していたイェジドが立ち上がり、足音も立てずにドアが開くための空間を開ける。
「どうぞ」
「失礼する」
 口元まで届く資料の山を抱えたロニ・カルディス(ka0551)が、よろけもせず一定の歩幅で部屋に入ってくる。
「急ぎだ。申し訳ないがここで話を進めさせてもらう」
「構いません。よろしくお願いします」
 イコニアはマッサージから抜け出し上着を羽織る。
 表情筋に少し力を入れるだけで、いくつもの聖堂と戦士を動かす聖職者に変わる。
 ロニは赤面どころか眉一つ動かさない。
 資料の山から書類を抜き出し、執務用の机の上に並べた。
「学校に求人を出していた求人32枠7組織、及びそれら以外の生徒の進路希望が有ればそこも含めて連絡をとりたい」
「具体的な窓口ですね。書き出します」
 公式書類に使う羽ペンではなく、リアルブルーなら硬貨1枚で2、3本買えそうなペンで書き入れていく。
 直接代表者に届く宛先、高位の聖職者にしか知らされないはずの部署と符丁。
 万一漏らせば火傷では済まないのを分かった上で、ロニは必要資料と可能なら人員の派遣を要求するための文書を作り始めた。
「代表者は来ると思うか?」
「厳しいと思います。企業でいうなら支社長クラスの人達ですし」
「ああ、無理なら代理という文面で。署名は頼むぞ」
「はい」
 ひたすら地道な作業であった。
「カーナボンさん、精霊様を見ましたか?」
 ユウ(ka6891)がひょいと顔を出す。
 手に持っているのはケーキ運搬用の箱と、紅茶入りのポットだろうか。
「少し待ってください。あっ」
 署名を中断し目を閉じたイコニアが、イコニアの気配に気づいて逃げる精霊を感じ取る。
「カーナボンさん……」
 察したユウの視線の中に憐憫の情が混じっていた。
 イコニアが肩を落とす。
 ユウは数秒の間考えて、小さな座席を用意した上で可愛らしい箱を開けた。
 丁寧に作られたデコレーションケーキから、程よい甘さと酸味がふわりと漂う。
 静かに手を伸ばして何かをつまむ。
 襟首をつままれた丘精霊が実体化して、精一杯手を伸ばしてケーキに触れようとした。
「この前のクッキーや料理にとても美味しそうに食べていましたので、今日もお菓子を作ってきました」
 座らせ、回り込んで腰を下げて視線をあわせる。
「受け取ってくれますか? とはいえ、量が量なので……」
 全部食べられると思っていた精霊ルルが涙目になる。
 けれどすぐに気を取り直し、食べるために生徒や先生を呼びに行くのだった。
「あの、イコニアさん」
「ソナ……さん?」
 イコニアが何度も瞬きする。
 一見おっとりしていても、好奇心にきらめく瞳と確かな技術が印象的だったソナ(ka1352)が、何故か気後れしているように見える。
「地下を掘る話は、ルル様にお願いしておいて下さったでしょうか?」
「あ、はい。掘っても気にしない、ソナさん達が望むなら着いていくと……あの、ソナさん。私、ソナさんの名誉を傷つけることをしてしまったでしょうか?」
 動揺するイコニアに、ソナが首を横に振る。
 丘精霊を通じて過去のエルフに触れてしまっただけだ。
 気を抜けば人格が変容しかねないというのを、だけと表現するのは不正確かもしれないが。
「私個人としても聖堂教会の司祭としても、丘精霊様を連れて行くのはある程度安全を確保してからでお願いしたいです」
 その代わり人材と物資は無償で提供する。
 聖堂戦士の小部隊、それなりに貴重な人材であるイコニア、複数の砦を建てられるだけの物資。
「では次回から始めることが出来ますね」
 心を強く持ってイコニアに近づく。
 古の記憶は蘇らない。いつも通りのソナを見た司祭が安堵の息を吐いた。

●就職説明会
 その日、8人の司教とその護衛が聖導士養成校へ詰めかけた。
 目当ては生徒ではない。
 優秀な人材は貴重だが1部門のトップが直接出るほど貴重ではない。
 人間に友好的であると同時に活発に活動する精霊に会うため、わざわざ僻地に足を運んだのだ。
 説明会の会場も普通の教室から最も大きな会議室に変わった。
「あれだけ目の前で縦横無尽に活躍されたら子供の視線は独り占めですよね」
 鳳城 錬介(ka6053)がこぼすと、生徒と同じ格好をした幼女が錬介の所作を真似してため息のポーズをとる。
 幼女の正体に気づいているのは一部の司教のみ。
 他の司教や護衛は不審に思いはしても精霊とは思っていないようだ。
「この仕事もこれはこれで苦労もあるのですが」
 説明会にあわせてハンターの具体的な活動と生活についても説明する予定だ。
「良い所と困った所。両方を知って、それでもその道を選ぶなら……応援してあげたいものですね」
 物理的にもマテリアル的にも暖かなものが錬介のポケットに密着する。
 錬介は仕方ないなと年長者の顔で微笑み、説明会の邪魔にならないよう丘精霊ルルを食堂へ連れ出した。
「ルル様。お久しぶりです。うん、しっくりくる良い名前です。おめでとう、とても素敵ですね」
 文字通りに輝く笑みが食堂だけでなく校舎全体を浄化する。
 会場で騒ぎが起こっているようだが、あの面子なら軽く丸め込めるだろう。
「ではお供えを……聖輝節は過ぎてしまったので別のご馳走を差し上げましょう。エビフライです!
 ルルから一歩身を退いてやや大きな紙箱を取り出す。
 蓋を開けると、冷えてもなお香り豊かな、むしろ冷えた方が美味しくなる揚げ方をしたフライが現れた。
 わーい、と飛びついてくるルルの首に肩から胸にナプキンをかけて椅子に座らせる。
「では歪虚討伐に参ります。吉報をお待ちください」
 エビを咥えたままのルルが手を振っている。
 錬介も笑顔で答えるが、建物を出たときには闘志に満ちた表情に変わっていた。
「大事なのは、誰かに言われたからではなく貴方達……自分自身が選ぶということ」
 エステル(ka5826)の澄んだソプラノが聖歌の如く会場に響く。
「自分達自身で選択するということ」
 言葉に籠もった熱が生徒以外の心を熱くする。
「本当の意味で自分の人生に責任を持てるのは自分だけです。貴方がたと大して年齢の違わない私が言うのも説得力がないかもしれませんが」
 エステルの覚醒者としての格を知っている者は、ツッコミを入れたいのに入れられない困った顔になっている。
「生きていくということは選択することの連続でもあります」
 正解が用意されていない無数の選択肢。
 今回の進路の選択もその一つ。
「自分自身でしっかりと決断をできる人になってください。特に……ハンターを志す方が複数名いると聞いておりますが」
 エステルの瞳に力が籠もる。
 生徒達がごくりと唾を飲み込む。
「ハンターなら特に重要です。決断をできなければ最悪あっさりと死にます」
 殺気を向けられていないのに体が動かず言葉も出ない。
 子供達の頬に一筋の汗が流れる。
「さて、それでは、そういったわけで説明会を始めましょうか」
 気配を抑える。
 見た目だけなら普通のシスター見習いだが、もう彼女をそう認識できる者はこの場にいない。
「儂だ。結婚式を手がけて稼いでおる。これが初任給な」
 司教が演台へ金貨の山を積む。
「待て貴様! 監査から逃げておる身で前途ある若者を惑わせるか!」
 覚醒者としての格は高くても清貧を通り越して単純に貧乏な司教が目を血走らせて吠える。
「これでどうにかなる。というかした!」
 振り回される小切手。
 飛び交う怒号。
 置いてけぼりの生徒に内定と出そうとこっそり近づく美男美女の聖職者。
 大精霊エクラが見れば加護が減りそうな光景だ。
「エステルさぁん!」
 小声で泣き言を言ってくるイコニアに、エステルが可憐に微笑んだ。
「需要と供給……言い方はとっても悪いですが、今ここは競争原理の働く市場でもあります。まあ、つまりは競っていただければと」
「手加減してくださいっ」
 生徒に職場候補の実情を見せるという意味では大成功。収拾のつけにくさで言えば悪夢そのものだ。
「軋轢に関しては、イコニア様お願いします」
 一介のシスターっぽい態度をとるエステルの前で、司祭としては辣腕な少女が泣き崩れた。
「生徒は皆さんに感謝するように。裏話まで聞ける機会は滅多にないぞ」
 ロニが実質の司会である。
 彼ほどの格がなければ押さえが効かず金と武力の応酬が始まっていた。
「次はユウ、ハンターの依頼以外についてお願いできるかな?」
「はい!」
 生徒達からは明確な年上に見え、それでいて年が離れすぎていないハンターらしいハンターが演台に立つ。
「皆さんこんにちは。ハンターのユウです。ハンターの活動についてお伝えします」
 初々しさと実力を兼ね備えたユウの言動は小気味よい。
 しかし口にしているのは露骨すぎて情緒もない現実だ。
 予め危険に気づいていなければ死が避けられない依頼に、特定の技術や装備あるいは優れた作戦立案能力が無ければ足手まといが確定の依頼。
 ユウが実際に経験した依頼を、守秘義務に反しないぎりぎりで包み隠さず語る。
 一部の生徒の腰が引け、ハンター志望の数が目に見えて減った。
「以上です! 人生の岐路に立つ先輩達を応援しています。頑張ってください!」
 え? と戸惑い隣の人間と視線を交わす生徒に司教と護衛達。
 どうしましょうという視線をユウが向けると、イコニアはマイクを手に取り立ち上がった。
「ユウさんは龍園出身の龍騎士……いえ、まだでしたか。失礼しました。ユウさんはドラグーンです。実年齢は満で10歳です」
 理解に必要な一呼吸をおいて、恐慌に近い叫び声が会場を満たした。

●新たな進路
「どう思われました?」
 説明会が終わった後、植物園産薬草茶を配った後にソナがたずねた。
 非番の教職員や農業法人社員が同時に口を開いてしまい譲り合う。
「王立学校の求人に近いです。今回の卒業予定生徒は全員覚醒者であることを考慮に入れても、出来すぎなほどかと」
「志望に近い所を選べばいいのではないでしょうか。雇用側が不義理をすれば校長先生……は無理でもそこの司祭様に報復されるでしょうから、生徒さんを雑に扱う所は少ないと思います」
 就職説明会に出席した組織への評価は非常に高いようだ。
 しかしこれはソナが期待した回答では無い。
 異なる立場と経験から問題点を見つけて欲しかった。
「いずれにせよ卒業して学校を離れるわけですから、援助してくれる家族がいなければ衣食住の確保を優先しないといけませんし」
 自分の分を注いで一服する。
「ハンターになるにしても、依頼をよく選ばないと。少なくとも安定して収入を得られる副業は必要かなと思います」
「でもそんな方法……」
 あきらめ顔の生徒に、ソナは真面目な顔で続ける。
「私としては医療課程への進学もお勧めしたいです」
 頭を酷使する授業内容を思い出し顔を青くする聖導士課程生徒達。
 休憩時間に通りがかった医療課程生徒は、ストレスと疲労で酷い顔色をしていた。
「聖導士課程での学びも活かされて、歪虚を倒すというよりも、生き物の命を守ることに直接的に携われます。何の為に歪虚を倒すのかという事にも思いを巡らせてみてほしいですね。……どうでしょうイコニアさん」
「校長と相談する必要はありますが、本人が希望するなら無料で進学できると思います。……時間がかかった以上の活躍が出来ないなら、学校も私も困った立場になりますが」
 政治家の目で子供を直視する。
 ハンターとも歪虚とも異なる迫力に圧倒されて、卒業予定の生徒全員が固まった。
「個別進路相談を始める。呼ばれた者は資料室へ来るように。それ以外の者は自習だ。司教方が置いていった資料を読む込むのもいいだろう」
 ロニが宣言すると、ハンターも生徒もそれ以外も次の行動に移るのだった。

●途切れない歪虚
 緑の津波が地平線を隠した。
 次々に炸裂弾が突き刺さり直径10メートルを燃やし尽くすが、茨と芝で出来た津波は止まらない。
 刻令ゴーレム【崩天丸】の指の動きが鈍る。
 通常砲撃の間合いの内側に津波が到達したのに気づいて動揺したのかもしれない。
「撤退しないんでちゅか?」
 荒野の一部が泥に変わる。
 芝型の歪虚に泥が絡んで速度が落ち、歪虚製の津波がばらばらの歪虚に変わっていく。
 足の速い植物型歪虚が集団から抜け出る。
 何本もの雷が突き刺さって包囲網の形成を邪魔する。
「鴉が来る前にどうにかしないと……来ちゃったでちゅよ」
 目無しの鴉が2集団推定50体、南の地平線から姿を現した。
「ホントにやるでちゅか? ……潰すつもりで飛ばせば2人乗りできるでちゅかね」
 浮遊の魔力が込められたソリを両手で抱え、北谷王子 朝騎(ka5818)は【崩天丸】の影に飛び込むように隠れた。
「まずいな。わくわくしてきた」
 黒く厚い東方風全身甲冑の中で、錬介の口角が微かにつり上がる。
 普段は髪で隠れている角が兜を押し上げるほどに伸び、牙も刃のように鋭くなっている。
 前からは歪虚の大群が押し寄せ、背中には美しい女性と戦友。
 普段は飄々とした彼でも高揚してしまう。
「来い!」
 大気が揺れた。
 遍在するマテリアルが錬介に向かいねじ曲がる。
 敵からの攻撃全てを引きつける、扱いを間違えば積極的な自殺にしかならないスキルだ。
 錬介に迫り密集した結果、10メートル近くの高さにまで成長した歪虚群が勢いよく錬介にぶつかった。
 城壁じみた盾と鎧が壮絶な圧力に耐える。
 敵が多すぎ一部の衝撃が錬介に届くが、百戦と鍛錬で錬磨された体は揺れすらしない。
 小さな光が弾ける。
 セイクリッドフラッシュが密集した津波先端部を焼き、開いた空間を炸裂弾が飛んで遠方の歪虚と吹き飛ばす。
「5分以内に片付けるでちゅよ!」
 後の話になるが、戦うより逃げるのが大変だったと力説するハンターと後ろでうなずくゴーレムがいたらしい。
「いつの間にグロ系テーマパークになったでちゅか!」
 長年に渡り放置された河原は異界を思わせる気配を漂わせている。
 人間の死体と認識するには悪意がありすぎる形の歪虚が白のユグディラを追いかけ、それを見てしまった朝騎は手入れの行き届いた銀髪を乱暴に振った。
「朝騎になりすつけるでちゅよ」
 抜く手も見せず拳銃を引き抜き発砲。
 フレッシュゴーレムもどきの頭に穴を開ける。
 死体が消えないのでもう1発。
 薄れていくのを確認してもう1体に銃口を向けた。
「すみません。浄化はもう少しかかります」
 エステルが河原の石に紋様を描き込むでいる。
 ピュリフィケーションだけでは浄化可能な範囲が物足りないので、イコニアから軽度汚染地域広範囲浄化用の資材を借りて使っているのだ。
「符がすっからかんなので早めに援護お願いするでちゅ。ほんとお願いでちゅ」
 緑津波に包囲されたときより、声に余裕がなかった。

●丘
 精霊の丘。
 字面は綺麗でも実際は凄まじく実用的な代物だ。
 大型歪虚の襲撃に耐えるよう補強された地盤に建造物。
 目立たぬよう長射程の銃が複数備え付けられ、籠城に備えた食料に弾薬も地下にたっぷり蓄えられている。
 こき、と小さいのに深刻な音が地下への入り口で響いた。
「問題ない」
 蒼機杖を支えにしているフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)の近くを、イェジド【волхв】が心配そうな目でぐるぐる歩き回っている。
 川や丘の近くを調査し歪虚を駆除してきたのに疲労した様子は無い。
 フィーナも戦闘では疲れていないのだが、CAM用装備に近い銃器と弾薬を本格的に調べるのは彼女の体格では重労働だった。
「ごめんでちゅ。朝騎はここまで……ぱたり」
 自分の口で効果音を口にして朝騎が倒れ伏す。
 中が見えそうで見えないスカートが熟練の技を感じさせる。
 丘精霊が涙目で布を……いやどう見てもパンツを朝騎に返す。
 何事も無かったかのように立ち上がったときには再装備は完了していた。
 きらきらした目の丘精霊がトナカイを連れてくる。
 ほとんど奪うようにしてソリを受け取り、トナカイに繋げてソリへ乗り込んだ。
 発進。笑顔が曇る。すごく曇って泣き顔になる。
 浮遊の魔力は戦闘の際に使い尽くされていた。
「先生! フィーナ先生っ!」
 生徒達が呼びかけている。
 フィーナは意識して表情を消し、精霊から離れて生徒の元へ向かった。
「ハンター志望者のための演習を始めます。2人1組になって装備の確認を行いなさい」
 奇数だったが命令の意図を察して素早く手抜きのない相互チェックを全員で済ます。
 フィーナの発する気配に気づいているのだろう。
 幼さの残る顔が緊張で引き締まっていた。
「あなた達は全員、1ハンターとしてやっていけます」
 緊張が解け歓声があがりかける。
 が、沈痛とすらいえる感情をフィーナの目に見てしまい、子供達の生存本能が最大級の警報を鳴らす、
「つまり」
 肌が粟立つ。
「私達でも生き延びるのが精一杯の依頼まで参加可能ということ。無駄死にする気が無いなら、この程度の演習は楽々乗り越えなさい」
 волхвが身を起こす。
 フィーナが護りをволхвに任せ、CAMを打ち抜ける術を瞬く間に構築する。
 幼い男女の必死な雄叫びと爆発が交差する。
 そり遊び中の丘精霊が驚き、ころりと転がった。

「волхв?」
 演習終了後、移動を指示してもイェジドが動かない。
 生徒達は疲れた体を引きずり学校へ向かっている途中なのでフィーナの状況に気づかない。
 疲れているから少し休めということだろうか。
 フィーナは力を抜いて体重をイェジドへ預けた。
「どう、すれば」
 生徒の努力と前途を祝福すべきなのだろう。
 しかしこのままハンターになれば、かつて救われず、今はもう救いようのないモノとも戦うことになる。
 歪虚の中に元被害者が含まれているのだ。
 振動を感じた。
 волхвが勝手に動いて、小柄なフィーナよりさらに小さな精霊を己の背に乗せた。
 暖かさを感じる距離だが丘精霊は何も言ってこない。
 歪虚の排除を志向し、歪虚排除のためハンターに力を貸す精霊が、何も言わない。
「ありがとう」
 頭を撫でてやる。
 目を細める丘精霊から、冬の風に負けない暖かさが伝わって来た。

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MVP一覧

  • エルフ式療法士
    ソナka1352
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介ka6053

重体一覧

参加者一覧

  • 支援巧者
    ロニ・カルディス(ka0551
    ドワーフ|20才|男性|聖導士
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    刻令ゴーレム「Gnome」(ka1352unit004
    ユニット|ゴーレム
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ハタシロウ
    二十四郎(ka5561unit002
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
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ユウ(ka6891
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ユウ(ka6891
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