――イギリス、エディンバラ。
ロージアン州の州都であり、芸術の祭典もある事で知られるこの街にある有名な『団体』が存在した。
リアルブルーでも多くの市民に知られている彼らは、今回の歪虚に対するハンターの活躍を受けてある方針を打ち出した。
「総帥、本当によろしいのですか?」
補佐役兼世話役のユーキ・ソリアーノは、総帥にそう聞き返した。
丁寧な口調ではあるが、その言葉の裏には疑問の感情も入り交じっている。
報酬は軍が十分に支払っている。
なのに、何故財団が資金提供してハンター達を持て成さなければならないのか。
その資金を他の用途に利用すれば、もっと多くの人が救われる。
だが、ユーキはその言葉を決して口にはしない。
それは総帥の返答が如何様なものであるかが分かっているからだ。
「うむ。それは私自らがそう決めたのだ」
ユーキの前に座るのは――少女。
ウェーブのかかった金髪をハーフアップでまとめ、青い瞳が印象的。
齢11歳で顔に幼さが残っているものの、醸し出される気品はイギリスの貴族を感じさせる。
「総帥。ですが……」
「これは何もハンターだけの為ではない。希望を失いつつある地球市民へ希望を示す為に行うのだ。
『――人々と安心と安寧を提供する』
それが我がムーンリーフ財団のモットーではないのか?」
ムーンリーフ財団。
リアルブルーにおいて工業、商業、医療、軍事など多岐に渡る企業を傘下に収める財団であり、地球統一連合軍や地球統一連合議会との繋がりも深い。ボランティアにも精力的な資金提供を行う事で知られ、市民からの信頼も篤い。
トモネ・ムーンリーフ
その財団の総帥が――トモネ・ムーンリーフその人である。
父親のジャン・ムーンリーフより財団を受け継いだトモネは、幼くして父親の地位と名誉を背負っている。
今回、トモネ自身の発案でハンターを招いて『クリスマスパーティ』を立案した。
それも費用はすべて財団持ち。
つまり、ハンター達は無料で飲み食いできる素晴らしい企画なのだ。
「はい。それが我が財団のモットーです」
トモネに対して会釈するユーキ。
ため息をついたトモネ。
その手には自らが立案した企画書があった。
「ならば、文句はあるまい。地球統一連合軍がハンターを労おうとはせんのだ。あの頭の硬い石頭達に柔軟な発想をしろというのも無理な相談だが。
彼らがやらぬならば、我ら財団が行うべきであろう」
「左様でございます。しかし、この開催場所というのは……」
「くどい。私はその場所で今年のクリスマスを盛大に執り行うと決めたのだ」
幼いが、聡明。
しかし、それ以上に頑固。
ユーキは一度言い出したら聞かないトモネの性格を熟知している。
だからこそ、こうなってしまってはこちらの言い分は通らない。
黙って、その威光に従うだけだ。
「Yes, My Lord」
ユーキは、深く頭を下げると踵を返した。
●
ナディア・ドラゴネッティ
チューダ
「ぬぅおおおおっ! これは大事件なのじゃ!」
ハンターズソサエティ本部の執務室に勢い良く戻ってきたナディア・ドラゴネッティ(
kz0207)。
その手には数枚の書類が握りしめられている。
肩で息をしている所を見れば、とんでもない事件が勃発したようだが――。
「あ?、なんかうるさいでありますな。我輩、ゆっくり眠れないであります」
「ああ、それはすまぬのじゃ……って、なんでチューダがそこにいるのじゃ!?」
再び驚くナディア。
見れば、自分が座るべき椅子の上には自称『幻獣王』チューダ(
kz0173)がちょこんと座っていた。しかも、机の上にあったパンケーキを頬張っている。
「何って。近くまで来たから我輩が視察に来てやったであります」
「視察ってなんなのじゃ! というか、妾のおやつが!」
「ああ、これでありますか。机の上に『落ちていた』ので我輩が毒味にしてたであります。落ちた食べ物拾い食いしてはばっちぃでありますからな」
チューダはそう言いながら、手にしていたパンケーキを再び口に運び込む。
王自らが毒味した挙げ句、拾い食いはいけないと諫めている時点で幾つもの矛盾を感じる。
だが、それがチューダ。
こいつに多くを求めても仕方ない。
「うう、酷いのじゃ。後で食べようと思ってたのに」
「ふぅ、満腹であります。それで、何が大事件でありますか? 我輩が特別に聞いてやるであります」
椅子から立ち上がり、机の上で堂々と胸を張るチューダ。
その一言でナディアは我に返る。
「そうなのじゃ! 大変なのじゃ。ここリゼリオでもこの時期に盛大な祭りがあるのは知っておろう?」
「ああ、聖輝節でありますな。我輩、今年は楽しみであります」
リアルブルーのクリスマスに由来するイベントで、クリムゾンウェストでは聖輝節と呼ばれている。
サンタクロースの伝説もクリムゾンウェストへ伝播しており、家族やカップルを中心に老若男女に親しまれる祭りとして知られている。
特に今年は東西交流祭も開催された東方、今まで交流が希薄だった龍園など大勢の人が冒険都市『リゼリオ』にやってくる事が予想されているのだ。
「聖輝節と言えば我輩。我輩と言えば聖輝節……というくらい、このイベントの主役はこのチューダでありますな?」
「去年はマクスウェルに追い回されたりして大変じゃったのう」
「その話はやめるであります。せっかくの楽しい気分が台無しでありますよ」
リアルブルーから送られた補給物資をケーキだと勘違いした(いや、実際ケーキもあったが)チューダは、色々あって大変だったのだ。
「いやー、聖輝節と言えばチキンの丸焼きでありますな。飴色の鳥にかぶり付いて桃やナッツに囲まれるでありますよ。今年はテルルを連れてリゼリオへ行くでありますよ?」
早くも聖輝節を夢見るチューダ。
そのまま夢の中で終わってくれれば余計な騒動も起こらないのだが、今回は去年と事情が違うようだ。
「それがのう。今年はリゼリオだけではないのじゃ」
「!?」
「実はリアルブルーからこんな知らせがあってのう」
『親愛なるハンターズソサエティ総長 殿
此度、貴殿らで言う『リアルブルー』において、クリスマスパーティを執り行う運びとなった。
そして、リアルブルーの平和に貢献したハンター諸氏を招く事が決定。先の戦いの労うよう取り計らう事となった。
是非、ハンター諸氏はリアルブルーに足を運んで最高の時間を過ごしていただきたい。
心よりお待ちしている――ムーンリーフ財団 トモネ・ムーンリーフ』
「んん? えっと……どういう事でありますか?」
「つまりじゃな、聖輝節はリアルブルーでも同時に行われるという事じゃ!」
楽しそうに叫ぶナディア。
去年まではリゼリオで盛大に行われていた聖輝節だが、今年はムーンリーフ財団が資金提供を行って盛大なクリスマスパーティを準備してくれるらしい。
クリムゾンウェストでは冒険都市『リゼリオ』。
リアルブルーでは月面基地『崑崙』及び日本の『秋葉原』にて同時にパーティが開催。世界を跨いでクリスマスパーティが開催されるなど、過去にも例がない試みであった。
夢踊る展開だが、チューダはショックのあまり固まってしまう。
「な、なんと! つまり、リアルブルーへ行けばうまいものが無料で食べ放題という訳でありますか……?」
「そうなのじゃ」
「クリムゾンウェストとリアルブルーで桃の食べ比べも?」
「可能じゃな。……桃は旬ではない気がするが」
「ふぉぉぉぉ! 素晴らしいであります! このムー……何とか財団って凄いであります!
ところで……これはどういう団体でありますか?」
チューダの疑問はもっともであった。
ムーンリーフ財団はリアルブルーで権力や財力があっても、クリムゾンウェストでの知名度は高くない。
ハンターズソサエティへ財団から連絡がきたのもハンターを招待する為で、クリムゾンウェストでの知名度アップなど考えてもいないだろう。
その為、ナディアも――。
「知らぬ。じゃが、ハンターを労ってくれるならありがたい。戦い続きで疲れておるじゃろうしな。次の大きな作戦に移ろうにも、界冥作戦の事後処理が残っておるし……」
「そうでありますな。我輩にもここらで御褒美が欲しいであります」
「おぬし、食べて寝ているだけではないか。聞いておるぞ、ちっとも動こうとせぬと」
「失礼でありますっ! 我輩のナイーブな心がとっても傷付いたであります! 謝罪と賠償を要求するであります!」
ナディアの耳元で大騒ぎするチューダ。
怒声と罵声を浴びるナディアであったが、そんな事は気にせず二つの世界で開催される聖輝節を静かに心待ちしていた。