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【黒祀】これまでの経緯


更新情報(11月28日更新)
過去の【黒祀】ストーリーノベルを掲載しました。
【黒祀】ストーリーノベル
各タイトルをクリックすると、下にノベルが展開されます。
●???
何もない、ただそこにある空間を見ていた。
一面の白、あるいは黒。明滅するように黒白が入れ替わるその世界を、じっと眺めている。いや、眺めてもいない。感じている。
一面の白、あるいは黒は時に膨張しては収縮を繰り返し、鼓動のように一定の間隔のまま明滅している。これは何なのだ。そう思うより先に、理解していた。これは自分自身だ。私自身を、感じているのだ。
そう理解した時、黒白の拍動が急激に早くなった。何かが起こる予感。それだけが胸のうちを支配している。私はその予感に身を委ねるように肢体の力を抜き――あるいは肢体なるものすらなかったのかもしれないが――何かを吸い込んだ。溶けていく。いや拡がっていく。黒と白が綯交ぜになったこの世界が私のもの、もとい私自身となっていく。
声。誰かの声が遠く聞こえる。私の声ではない。これは何なのだ。今度はそう思っても何も浮かんできはしない。
そのうち次第に声は遠ざかり、そして――。
●歪虚蠢動
グラズヘイム王国、西部。
リベルタース地方と呼ばれるこの地は、五年前より歪虚の脅威に直接晒され続けている地だった。西方沖にあるイスルダ島を歪虚に占拠され、以来ずっとこの地で歪虚との攻防を繰り広げてきたのだ。
王国はこの地に絶対の要害となる砦を築き、そこを基点として防衛に当たった。普段駐屯するのは主に王国騎士団や聖堂戦士団の志願者、傭兵など。つまりは自ら戦う意志を持った者たちである。
砦――ハルトフォートはイスルダ島に対する王都の最大の盾。彼らはそんな誇りを胸に日夜人類の敵、もとい世界の敵と戦っていた。
しかし。
そんな彼らすら、このところの歪虚騒動にはかなりの疲労を覚えていたのだった……。
「そちらはどうでしょう」
「もう、終わる……!」
騎士が踏み込んで長剣を振り下ろし、狐型歪虚を脳天から断ち割らんとする。が、狙いがズレて胸部を袈裟に斬りつけるに留まり、敵は踵を返して逃げ始めた。慌てて追おうとした騎士だが、一歩踏み出したところで膝ががくんと落ちた。
「くっ……!?」
騎士が得物を投げ付けようかと思案した時、脇を白い光が駆け抜けた。光球は勢いままに狐の背を貫くと、狐をどこかへ連れて行くかの如く狐と共に消えていく。
騎士が立ち上がって長剣を鞘に納め、振り返る。
「すまぬ。恩に着る」
「お互い、無理をしないことです」
「いや、そうもいかん」
頑なな騎士に微苦笑を浮かべ、男――聖堂戦士団の聖導士が手をかざしてヒールをかける。傷が癒えたのを確認すると、聖導士は肩を竦めて馬車の方へ戻っていった。騎士がその背を追いかける。
「このところの奴らをどう思う」
「どう、とは?」
「多いとは思わんか」
「あなたの剣筋が乱れる程度には多いですね、キャバイエさん」
「うむ……私とて騎士の端くれ、日頃より鍛錬は欠かしておらん。二日や三日ならば戦い続ける自信もある。しかし、だ」
それでも手元が狂うほど疲労が蓄積している。いつ頃からだろうか。出動が多くなってきているし、また最近はそれを自覚できるほど加速度的に増している気がする。今回の出動も小村の救援であり、その帰途にまた歪虚に出くわすという有様だった。
歪虚に人間の理屈や道理など通じない。特に何のきっかけもなくただ数が増えたということも考えられた。が、本当にそれだけなのか? それで片付けてしまっていいのか?
「ええ、多いとは思いますよ。しかし今我々にできるのは、一つ一つ潰すことだけでしょう」
「それはそうなのだがな、JJ」
「JJと呼ばないでください」
馬車に乗り込み、御者に声をかける。
ゆっくりと馬車が動き始め、ガタゴトと快い振動が伝わってきた。それに身を任せ、騎士は腕を組んで瞑目してみる。
――それでも、嫌な胸騒ぎが消えることはなかった。
●予感
「羊の群に人型、か」
騎士団長エリオット・ヴァレンタイン (kz0025)は先月の報告書を読み直し、独りごちた。
暗記するまで読み込んだ資料だった。内容は羊型歪虚について。
この群に関しては他にも奇妙な点がある。
半年ほど前から王国西部を中心に散見されてはいたものの、つい先日は王都に比較的接近した地点でも発見された。そして王都とハルトフォートの間で見つけたその群は、痕跡を辿るとどうも南の方から来ていたらしいのだ。不可解すぎるが、いくら考えても何も浮かばなかった。
エリオットが眉を顰める。
そもこういった謀略のような類はヘクス・シャルシェレット (kz0015)の担当ではないか。奴は何をしているのだ。神出鬼没なくせに肝心な時に現れないとは。
「……などと思っていても仕方ない」
エリオットは深呼吸して気持ちを入れ替え、別の資料を手に取った。「調査隊」の編成や分担がびっしり書き込まれた資料である。
「彼らには、苦労してもらうしかないな」
王都の南数百km四方の調査。それが、調査隊の仕事だ。
●悪徳の目醒め
心地良い黒白の世界に波紋のように広がるのは、先程とは別の声だった。
「――――――――」
煩い。
「――――――」
煩い、煩い。
「――――!」
煩い、煩い、煩い!
「――!」
「煩いと言っているであろう!」
「べ、ベリアルさまぁっ!」
「メェ!?」
気付けば、私は深き闇の中にいた。瞼が重い。身体も重い。僅かに目線を下げると、胸元に緑髪の少女が乗っかっている。ぐりぐりと頭を押し付けるように抱きつく姿は闇鼠のように愛らしい。
私は少女に手を伸ばそうとし、あまりの億劫さにそれを諦めた。身体が言うことを聞かない。身体を動かすための力が、足りない。
「少女よ、頼みがあるのだ」
「少女じゃないよ! 名前で呼んでくれないと聞いてあげない」
「メェ……」
面倒な奴めェェェ……。
上目遣いで見上げてくる少女の顔を改めて見つめ――ようやく、思い出した。
「フラベル」
「にひっ」
思い出した。そう――『全て』を。
「我が下僕フラベル」
「ベリアルさまぁっ!」
「ねえ、貴方、どこかおかしくない? 喋り方、変よ」
部屋の隅。目を向けると、闇と同化するようにもう一人の少女が立っていた。
「おかしくはあるまい、我が下僕クラベル」
「……そう。随分と遅いお目醒めね」
動かぬ身体を無理矢理動かし、起き上がる。深呼吸するように虚無の大気を取り込んだ。
瞬きをすると、一つの絵が見えた。愚昧なるニンゲンどもが群をなして向かってくる光景。それを認識した瞬間、闇が胸を埋め尽くした。
「……あれから、どれほど経った」
「五年」
「ニンゲンどもに、時を与えすぎたな。ゆくぞ」
「あら、今度は早いのね」
「奴ら……グラ、ズ、ヘイム……王国……といったか」
「女の子がオーサマだって聞いたよ」
「女、か。ブシ……先の戦で私に向かってきたあの男の愛娘であろうな。ブシシ……ならばひと目でそれと判ろうものよ。よもや気品の欠片もなく玉座に埋もれる女ではあるまい」
「そうだね!」「そうかしら?」
「そやつを捕らえよ。滅びゆく王国を見せつけながら、絶望に彩られし王族の蜜を存分に味わい尽くしてくれよう……ブシ、ブシシシ、ブシシシシシシシッ!」
湧き上がる情動。全身を灼き尽くしてもなお余りある憤激を笑みに変え、私は肚の底から咆哮を上げた。
「出陣メェ! グラズヘイム王国を、喰らい尽くしてしまえぇ!!」
●各国の対応
グラズヘイム王国西部を襲った歪虚の再侵攻に対し、自由都市同盟の行動は迅速だった。先だっての「狂気」の歪虚の襲来に際して、聖堂戦士団の主力と王国騎士団の一部を差し向けた王国への恩を返すという意味合いもある。これを機に、王国との交易を盛んにするという目論見もあるのだろう。
「到着は遅れるだろうが、同盟の海上戦力でイスルダ島との間を封鎖できれば、敵の増援を絞れる。ベリアルとやらいう敵将を王国内で孤立させらるという腹か」
サルヴァトーレ・ロッソにて情勢の観察に務めていたダニエル・ラーゲルベック艦長 (kz0024) は、同盟と王国の連合の狙いをそう見て取った。先の戦いで報告された同盟海軍の練度、装備は一級品だ。派遣されるのが半数程度だとしても、群れを成す小型歪虚程度ならば十分に阻止しうるだろう。数十メートル、数百メートルクラスの大型個体が現れれば別だが。
「……後は、辺境部族は概ねいつも通り、部族単位で動いたり動かなかったり……みたいです。ゾンネンシュトラール帝国の動きは、少々緩やかなようですネ」
「おや。意外だな」
各国の情報を集めてきたジョン・スミス (kz0004) がペンを回しながら言うのに、クリストファー・マーティン(kz0019)が首をかしげる。直接言葉を交わした訳では無かったが、帝国皇帝の鮮烈すぎるイメージからして、歪虚との一大決戦をみすみす見逃すとは思えなかった。
「国内に襲撃してきた【剣機】の後始末に忙しい、と言うのが表向きの理由。実際は王国が面子の問題から帝国の派兵に難色を示しているらしいですヨ」
「なるほど」
ダニエルの嘆息は、多少の諦念も含んでいる。リアルブルーでもそういったセクショナリズムで泣かされるのは主に現場の将兵だった。
「で、我々はどうします?」
「どうしようもあるまい」
もう一度、ダニエルはため息をついた。サルヴァトーレ・ロッソを王国まで回航するに十分な燃料はない。CAMを派遣するにしても、馬車に乗せて山脈を越えるのは現実的では無かった。CAM自身の歩行能力に頼れば、王国までの移動にどれだけの燃料が必要か想像もつかない。
「まあ、そこは現地のメカニックのこれからに期待、ですか」
クリストファーは気楽に言う。パイロットとしては、それでいい。 「錬金術師組合、だったか? 正直、その名前には不安が募るがな……」
CAMの燃料問題に、何らかの解決を見いだせる可能性がある、という組合からの提案は期待と共に危惧ももたらした。現地に存在する技術でCAMが動かせるならば、それはよい。しかし、CAMが動かせるようになるという事は、この世界の戦争に際限なく巻き込まれていくことを意味しないか。ダニエルの立場であれば、その先も考えねばならない。
伝えられた王国と帝国の不和。あるいは、それ以外であっても人が人である以上、人間同士の争いは絶えない。人同士の争いに直面した時に、サルヴァトーレ・ロッソはどう動くべきか。
「……そんな悩みは、問題が解決してから考えるか。できれば、試されないのがありがたいが、な」
●開戦
黒い奔流。それは、夜が昼を呑み込むように押し寄せてきた。
「むうっ! 最前線はどうなっておる!?」
「連絡は途絶、既に野営地を放棄したものと思われます!」
「ぬうぅぅ! 早い、早すぎる……!」
グラズヘイム王国、西部。リベルタース地方はハルトフォート砦。
司令ラーズスヴァンは次々と入る伝令の情報を整理しながら、内心の焦りを何とかして飲み込んだ。
最前線には野営地があった。敵が大軍をなして攻めてきた場合、そこを放棄することは決めていた。が、その放棄が早すぎる。もう少し野営地で粘り、そこから少しずつ退いていく。そうして時間を作りつつ敵の勢いをいなし、しかる後にハルトフォートで編成した軍でぶつかる。それが基本戦略だったのだ。
ところが、放棄が早すぎた。つまりぶつかる余裕もなく退いた、あるいは呑まれたということだ。またベリアルなる名の、先の大戦における敵の総司令であったらしい大男が現れた、という未確認情報も入っている。
もし、ベリアルが再びこの地に侵攻してきているとすれば。
――今の王国戦力だけでは、支えきれない。
寒気が、した。
「ふ、がははははははは! ワシともあろうものが久々に震えておるわ!」
「し、司令が……?」
「勘違いするでない、武者震いというやつよ! いいか、ワシは騎士・聖堂戦士を率いて全力で奴らを迎え撃つ。お前たちは王城とハンターズソサエティに救援を求めるのだ。後のことはお上の奴らが考えるであろうよ」
「しかし司令!」
「ゆけィ! おう、そうだの、救援を請うたのちは避難民の護衛や兵糧の管理なんぞを厳重にしてくれると助かるのう」
「は! 必ずや、必ずや援軍を連れて参ります! ……ご武運を!」
寸分の狂いもなく見事な敬礼を見せる若い騎士に対し軽く返礼し、ラーズスヴァンは監視塔の階段を下りていく。
若くしてあれほどしっかりした騎士もいるのだ。たとえベリアルとやらが現れようと、負けるはずが、ない。
●王都イルダーナ
セドリック・マクファーソン (kz0026) は上がってくる報告を聞きながら、渋面を深くしていった。
報告の全ては、万が一を考えると王国単体で対処できないということを示している。グラズヘイム王国騎士団の長エリオット・ヴァレンタイン (kz0025) が王城と騎士団本部を忙しく行き来しては出動準備を急いでいるが、今の騎士団では王都を守るだけでも荷が重い可能性がある。無論彼らの普段の働きは驚嘆すべきほどではあるのだが……。
――如何せん人員と経験が足りん。
またそれは、ヴィオラ・フルブライト (kz0007) 率いる聖堂戦士団にしても変わらない。「数」は時に「質」によって凌駕されることもあり得るものの、何よりも計算しやすい力ではあるのだ。
「ハンター……そして」
他国。救援を求めるしか、ないのか。
ハンターはともかくとして他国――特にゾンネンシュトラール帝国に弱みを見せては、今後の何かしらの情勢において風下に立たされることになりかねない。だが……。
「大司教サマ、そろそろ決めた方がいいんじゃないのかな」
「……分かっている」
ヘクス・シャルシェレット (kz0015) 。気配も感じさせずじっとソファに腰を下ろしていた男が、スッと目の前にやって来る。執務机には様々な書類が散乱しており、中には彼の「商会」がもたらした情報もあった。
「アークエルスのご老はどうしている」
「あんまり目立つ気はないみたいだねぇ」
フリュイ・ド・パラディ (kz0036) は、自身の欲望の為にしか動かない。ヘクスといいフリュイといい、全く面倒な貴族ばかりだ。
「まずは王女殿下にお出ましいただき、王国軍の招集を宣言する」
「で?」
「……その後、先触れと使者の用意を」
「どこに?」
「――ハンターズソサエティ、及び周辺各国に」
「かしこまりました、大司教サマ」
いかにもわざとらしく慇懃に礼をして退室していくヘクス。
セドリック・マクファーソンは一度深く息を吐き出すと、ゆっくりと立ち上がった。
戦の気配。
それは細かいことを知らされていないシスティーナ・グラハム (kz0020) にも、十二分に感じられた。階下からは様々な喧騒が伝わってくる。そんな中、システィーナは独り私室で両膝をついてエクラの光に祈りを捧げている。それだけで、いいのか。心の奥底から湧き上がってくるそんな疑問に、蓋をして。
私室は玉座の間のさらに奥にある。ただここにいるだけで全てのことから目を背けていられる。しかしそれは、自分自身の否定にも繋がる。
「わた、くしは……」
「よろしいでしょうか」
ノック。侍従長の声。
「お忙しいところ申し訳ありません。大司教様が王国軍を緊急招集したいと。つきましては殿下にお出ましいただければと申しております」
忙しくなど、ない。奥歯を噛み締めたのが、自分でも分かった。
「よろしければ私めがシスティーナ様のお言葉を伝えたいと思いますが」
「行きます。私が行って、私が命令します」
騎士や戦士や志願兵や、多くの人々を死地へと向かわせる、命令を。
戦。父が身罷って以降、初めての大きな戦だ。それから逃げては、もう一生立ち上がることができなくなると、思った。
腰をあげ、挫けそうな心を叱咤して扉に向かう。お父様。独りごちた言葉は虚しく消えた。
●黒大公
「ニンゲンどもは撤退したか?」
豪奢に飾り立てられた巨大な床几に腰かけ、傲慢の歪虚――ベリアルは嗤う。傍に控えたクラベルが淡々と返した。
「自分の目で確かめてみれば?」
「メェ……」
6mはある巨体をのそりと動かし、立ち上がって周囲を見晴かす。
あちこちにニンゲンどもの奇襲の跡が見られたが、既に矮小なる者どもは姿を消していた。そして、近しい配下のうち数体も消えている。
「『碧玉』、それに『無角』のあやつまで……」
頽れるように座り込んだ。右の蹄で顔を覆い、溢れそうな何かをぐっと堪える。霞がかった頭に束の間、鈍痛が響いた。
「ブシ、ブシシシ……ブッシシシシ……!」
「笑わないで。私は貴方のそれがきらい……」
「我ぁが下僕クラベェェェルゥ!」
「……はい」
「アレはできておろうなぁ?」
クラベルがやや離れ、左手で自らの胸に、右手で眼前の空間に触れる。幾つかの呪とマテリアルを注ぎ込むと――ソレが現れた。
ベリアルが重い身体に鞭打ち、傍へ行く。よくやったとクラベルの頭を撫でた。
「絶望は時をかけて熟した方が美味と言うが」
この先の光景を想像し、口元が緩む。
「さて。王の娘とやらのそれは如何なる味であろう」
「悪趣味ね」
「ブシシ……」
「そこは、嫌いじゃないけれど」
「我が下僕クラベル、及び我が配下達よ」
ベリアルが蹄を振り上げ、一拍して前に下ろした。
「蒙昧なるニンゲンどもに無の鉄槌を振り下せええぇ!!」
●ハルトフォート
「準備はどうなっとる!?」
「充分です! 閣下をはじめ正面の方々が踏み止まってくださったおかげです!」
「ちいとばかり危なかったがのう!」
呵呵大笑し、ラーズスヴァンは辺りを見回す。
周囲は砦に帰還してきた者たちで溢れ返っていた。
「落ち着いてくださいキャバイエさん! 傷に障ります!」
「こッ、これが落ち着いていら……ぐぅぅ!?」
床に無理矢理横たえられ、聖導士の治療を受ける騎士。傍では若い騎士がへたり込んで涙を流している。
「うっ……あの方が……あれほどの方が何故っ……の、遺された我々はどうやっ……!」
間近で誰かの死を見たのだろう。戦場ではどれだけ技量があろうと死ぬ時は死ぬ。理不尽な何かに飲み込まれるように。
ラーズスヴァンが彼らの脇を通り、砦の屋上へ向かう。
そこにはヴィオラ・フルブライト (kz0007) がいた。彼女はじっと西――敵軍を見下ろしている。
「どう見る、聖女サマは」
「何かが、あったのでしょう。イスルダの歪虚に」
「この期に及んで『何か』か?」
口を噤んだ聖女の横顔を見つめ、嘆息してラーズスヴァンは敵軍に視線を移す。と。
――ん?
目を細めた直後、扉の開く音がした。振り返る。騎士団長――エリオット・ヴァレンタイン (kz0025) だった。
彼は殊更ゆっくりと扉を閉め、ガシャガシャと規則的に鎧を鳴らして歩く。持て余した激情を抑え込まんとするように。そして、 「奴だ……奴が、いた」
決定的なその言葉を、口にした。
「ベリアル」
ヴィオラとエリオットの視線が交錯し、さぁっと空気が凍るのがラーズスヴァンにも解った。
「そう、ですか」
「……ああ」
戦場の喧騒が、遠く聞こえた。
「アー、盛り下がっとるところ悪いんだがの。2人共、敵陣をようく見てくれんか」
ラーズスヴァンが言うと2人は敵軍に目を向け――即座に、気付いた。
「報告よりも敵軍の厚みが薄い……?」
つい先だって、ラーズスヴァンらが正面で迎え撃っていた敵の数。そこで討ち果たした数。本陣に控えていた戦力。
差し引きすれば、確かに違いがある。今、西部の要たるこの砦の前に戦力を集めない理由といえば。
「まさか別働……ッ!?」
「俺は王都へ戻る! 転移門は無事だろうな?」
すぐさま踵を返すエリオット。その背にラーズスヴァンは抗議の声を投げつけた。
「無事かだと? この砦を何だと思うておる!」
●王都強襲
王国の貴族、ヘクス・シャルシェレット (kz0015) とウェルズ・クリストフ・マーロウは、私兵を伴い王都へ向かっていた。
次の丘陵を越えれば王都を遠望できる。2人はひとまず無事行軍が終了することに安堵し、丘の稜線を越えた。そして、見た。
「何たることだ。唯一無二にして神聖なる都が……」
「……成程、ね」
――王都の外壁。南門に、歪虚の小軍勢が押し寄せているのを。
呆然と立ち尽すマーロウ。ヘクスはここ数ヶ月の全てに、合点がいった。
王都の南。羊型歪虚と人型。調査隊。突如現れた軍勢。西砦はそう簡単に抜かれると思えない。となればあの軍勢は。
「転移してきたということか」
敵は綿密に準備を進めてきた。こちらも後一歩で遅れを挽回できる筈だった。ただ、その一歩が遅かった。
「あれだけの規模の敵、移動させるには何らかの門が必要であったはず。一体、何処だ?」
王国各地で報告されていた歪虚との遭遇。その多くは単なる雑魔事件だったが、そこに紛れて何らかの動きがあったのか。
「その考察をすべきは今ではありますまい。行きましょう、大公」
「無論だ。今頃多くの者が王都死守を叫び命を散らしていよう。王都を、王国を我らが救うのだ」
「我らだけではありません。彼らも、ですよ」
2人が遠望する中、個性的な装束を各々纏った彼らが果敢に敵軍へ攻勢をかける。それは、他ならぬハンターたちであった。
●西の趨勢
歓声。
ハルトフォートを包むのは戦場特有の高揚感だった。
「報告! 敵軍がやや後退します!」
「「おおおぉおおおぉぉ!」」
「俺は見た! ハンターの奴らが人型を斬りつけるのを!」
「ハンターばんざーい! 我らがグラズヘイム王国ばんざああああい!」「人間の底力を思い知れぇ!!」
「「「おおおおぉぉおおおおぉおぉおお!!」」」
止まることの許されぬ空気感。ラーズスヴァンは血気に逸る従騎士などを苦い顔で見回した。
行き過ぎた高揚感は時に致命的な失敗を招きかねない。それに――。
「JJ……」
「……はは。流石に疲れました」
「寝ていろ。後は我らが何とかする」
救護班として限界を超えて活動したのだろう。聖導士が騎士に支えられベッドに横たえられる。
そして、その光景に見向きもしない従騎士。
――この馬鹿どもが!
ラーズスヴァンが一喝せんとした時、清冽な涼風が吹き抜けた。
一瞬にして喧騒が静まり返る。コツ、コツと音が聞こえ、目を向けるとそこには――聖女がいた。
「私は陸路王都を目指します。王都が敵の攻勢を受け止めたのち、内外から挟撃する為です」
志願者はついてきなさい。
ただそれだけ。それだけで若者の間に緊張が走り、気恥かしさに俯いた。
聖女――ヴィオラ・フルブライト (kz0007) はラーズスヴァンに目礼し、去っていく。ラーズスヴァンはニヤリと笑い、
「おうおう、さっきの威勢はどうした! いいか、ここが我慢のし所よ。ワシも苦しい、敵も苦しい! 苦しい時に走れる奴が勝つのよ。いいな、野郎ども!!」
拳を突き上げ雄叫びを上げた。
●戦塵舞う王都
城門が破れ、黒き波濤が押し寄せる。
怒号。悲鳴。銃声。
王都イルダーナが既に戦場となったことを告げる種々の轟音が響き、第二城壁の上でセドリック・マクファーソン (kz0026) は暫し瞑目した。
――ぬかった……が、まだ終りではない。
戦闘は既に第三街区にも及んでいた。と、眼下を駆ける馬群に声をかける。
「ダンテ・バルカザール! グラズヘイム王国騎士団、副団長!」
「んあ? おう旦那、今忙しいんだ。飯の話なら後にしてくれ!」
「……。エリオット・ヴァレンタイン (kz0025)は戻ったか? 王城で――奴に備えるよう伝えてほしい」
「王都は、俺と爺さんで?」
「うむ。副団長二人が王国戦力を指揮、ハンターと連携して王都を守れ」
肩を竦め大剣を掲げると、赤い男は馬腹を蹴って駆けていく。続く数十の騎兵を見送り、大司教は城へ向かった。
システィーナ・グラハム (kz0020) が玉座の間に下りた時、そこは混乱の極みだった。
右往左往する者。どう財産を持って逃げるか算段する者。声高に国の責任を問う者。全てに共通するのは、彼女に気付いた者は少ないということ。
侍従長が顔を顰めるが、システィーナはそれを制して登壇した。
「皆さまっ……! 皆さま、まずは落ち着きましょう!」
騒然とした空気にかき消される声。奥歯を噛み締め、お腹に力を込める。もう一度。いや何度でも。
「みな……」「控えよ! 殿下の御前である!!」
大扉の傍に、大司教が立っていた。
混乱が嘘のように引き、身を切る静寂が場を覆う。誰もが立ち尽くす中、大司教は玉座の前に来ると跪き通り一遍の礼をした。
「敵は既に第三街区をも突破せんとしております。如何致しましょう」
「て、徹底抗戦です。人間、いえ生きとし生ける者と歪虚が分かり合うことはあり得ません」
「はっ」大司教が伝令に何事か命じ、「我らが騎士及び聖堂戦士、そしてハンター達が必ずや巨悪を討ち滅ぼしてくれましょう」
この気持ちを何と言おう。諦念。羨望。憤激。心配。様々なものを綯交ぜにして端的に言えば――悔しい、だった。
「殿下にはお心安らかに祈……」
「私も」
遮る。これがちっぽけな、最後の一線だと思った。
「私も、ここで戦況を見守ります」
降壇してバルコニーへ向かう。
そこからは忙しげに防衛線を固める騎士やハンターの姿が見えた。そして――黒煙を上げる王都の街並みも。
●そして舞台は
「力を、使いすぎたか」
幾つの城門を突破したか。進軍せんとしたベリアルが、がくりと膝をついた。クラベルが隣で目を細める。
「衰えているだけよ。ニンゲンの抵抗も予想より上だけれど」
「ぬう……」
ベリアルがのそりと立ち上がり、クラベルに向き直る。
「『門』を破棄しろ」
「……」
「『門』を、破棄しろ」
「はい」
幾つかの呪を紡ぎ、ソレを手放す。重石――と呼ぶには重すぎるものが取れた心地がし、クラベルは我知らず息を吐いた。
「我が下僕クラベル。お前はこの不快な大気の元を断て。おそらく城の傍――虚無の楔を打ち込むのだ。その後、西のフラベルと合流せよ」
「あら。珍しく優しいのね」
ベリアルはブシシと嗤い、言った。
「私はいつでも優しかろう。何しろ」
王の娘に、国の行く末を最期まで見届けさせてやるのだから。
●静寂、そして
その日、その瞬間。王都イルダーナにいる者たちは、すぐにはその言葉を理解できなかった。
『我がグラズヘイム王国の皆さま。――そして、良き隣人たるハンターの皆さま』
王都中に響くのはか細く儚げで、けれどまっすぐな少女の声。
少女の――システィーナ・グラハム (kz0020) の声は魔術によって拡大され、黒煙棚引く大気を震わせる。
『仇敵ベリアルは既にこの地を離れ、遥か西へと逃げ帰りました。未だ残る不浄なる者どもも我が騎士団が、聖堂戦士団が、遠からず討ち果たしましょう。残念ながら仇敵を討ち滅ぼすことは叶いませんでしたが、しかし』
声は分樹を通して王国各地にも、いやさリゼリオにまで響き渡る。
『――私たちは勝ちました。勝ったのです』
奇妙な静寂。
不意に、王都のどこかで小さな歓声が上がった。それは次々に伝播し、次第に大きくなっていく。そして気付けば、王都全体が咆哮を上げるかのような大音声となっていた。
『私たちは戦いに勝利しました。被害は大きく、すぐに元の生活に戻れるかは分かりません。けれど、生きています。尊い犠牲を払い、けれど生き残りました。私たちは明日へと歩みを進めなければなりません』
間を置き、システィーナは言う。
『私は約束します。必ずや元の安寧を取り戻すと』
声が途切れ、割れんばかりの歓声だけが残る。それは、五年越しの大戦を生き抜いた戦士たちの心の叫びであった。
「大司教さま、各地の被害状況を……」
「早急に取りまとめましょう」
システィーナは戦勝報告を終えると、早速セドリック・マクファーソン (kz0026) に指示を出す。
一応、最悪の事態は免れることができた。歴史ある玉座も守れた。が、被害もまた大きい。それらの対処も十二分になさねばならない。
玉座の間を見回すと、あちこちに戦闘の跡が残り城内とは思えないほどだった。
互いに健闘を称え合うハンターがいれば、息の根を止められなかったことを悔やむ者もいる。そんな様々な人の間を、騎士団長エリオット・ヴァレンタイン (kz0025) が項垂れるように抜けてくる。片膝をつき頭を垂れた。
「王女殿下、ご無事で……」
「皆さまのおかげです。貴方も怪我はありませんか」
「は。……奴に相応の手傷を負わせたものの、止めること叶わぬままおめおめと五体満足で戻って参りました……」
「いいんです、皆が無事であれば」
俯き、その表情は窺い知れない。しかし彼がどんな顔をしているのかは、容易に想像できた。
「私は未熟です。これからも戦ってください――私と、共に」
「勿体なきお言葉……!」
エリオットは忸怩たる思いを飲み込み、静かに燃え上がる。
個人ではない。騎士団としての力を、より高めねばならない。
●少女の苦悩
「ご苦労さまでした……」
システィーナはハンターたちに声をかけ、頭を下げる。そして多少の歓談をし、自室に下がった。
扉を閉め、息をつく。途端に、堪えきれない何かが溢れてきた。
ベッドに突っ伏して声を殺す。自身にも理解しきれない感情の奔流が、どうしようもなく込み上げてくる。
声なき慟哭。
それが収まったのはどれほど経った頃か。システィーナは深呼吸して顔を上げた。
――何も、できなかった。
分かっている。自分にできることなど元より何もないし、ベリアルと正対したとて何ができたわけでもない。それにハンターたちは自分の身を案じてくれたのだし、またあの策はベリアルを滅ぼす最善手でもあった筈だ。
あの状況から望みうる最高の勝利に違いないのだ。彼らには感謝の念しかない。それは本当だ。
でもそんな理性とは別に、心のどこかが叫んでいるのもまた事実だった。
たとえ殺されても自ら立ち向かうべきだったのではないか。……いや、それも王女としての責務を放棄した逃げかもしれない。簡単に死ぬわけにはいかないのだから。でも、それでも。
少しでもいい。
――わたくしも、戦いたかった。
●アイテルカイトの蠢動
それに気付いたのは、ベリアルとクラベルが北西方面に離脱し、豚羊云々という話をしていた時だった。
「……我が下僕フラベル?」
通信しようとして、通じなかった。気配ともいうべきものがどこにもない。いや、力を使いすぎたせいだ。もっと念入りに探し――見つからない。
北狄へ戻ったのか? あり得ない。ならば何故探知できない。何故、何故、何故何故何故何故何故!?
「死ん……」
「言うでない! そんな筈があるまい、我が下僕がニンゲン如きに遅れを取るなど……」
「でも事実よ。フラベルのマテリアルは、今、探知できない。虚無の闇へ戻った。それ以外に何かあるのかしら?」
「……メェ」
ベリアルが膝をつき、右手で顔を覆う。抑えきれぬ嗚咽が少しだけ零れた。
「ニンゲン如きに……愚か者め……」
ベリアルが気丈に立ち上がり、天を仰ぐ。雲間に覗く空が忌々しく、目を背けた。クラベルや、共に転移してきた者たちに向き直る。
「……まあ、よい。これから存分にこの対価を支払わせてやろうぞ……愚かなるニンゲンどもに……ブシ、ブシシシ……」
ブッシシシシシシシシシシシシシ!!
ベリアルの笑みに追従する羊たち。
彼らの不気味な哄笑は地を這うように響く。王国の地を絡め取らんとするように……。
●オープニングノベル(10月8日更新)
●???
何もない、ただそこにある空間を見ていた。
一面の白、あるいは黒。明滅するように黒白が入れ替わるその世界を、じっと眺めている。いや、眺めてもいない。感じている。
一面の白、あるいは黒は時に膨張しては収縮を繰り返し、鼓動のように一定の間隔のまま明滅している。これは何なのだ。そう思うより先に、理解していた。これは自分自身だ。私自身を、感じているのだ。
そう理解した時、黒白の拍動が急激に早くなった。何かが起こる予感。それだけが胸のうちを支配している。私はその予感に身を委ねるように肢体の力を抜き――あるいは肢体なるものすらなかったのかもしれないが――何かを吸い込んだ。溶けていく。いや拡がっていく。黒と白が綯交ぜになったこの世界が私のもの、もとい私自身となっていく。
声。誰かの声が遠く聞こえる。私の声ではない。これは何なのだ。今度はそう思っても何も浮かんできはしない。
そのうち次第に声は遠ざかり、そして――。
●歪虚蠢動
グラズヘイム王国、西部。
リベルタース地方と呼ばれるこの地は、五年前より歪虚の脅威に直接晒され続けている地だった。西方沖にあるイスルダ島を歪虚に占拠され、以来ずっとこの地で歪虚との攻防を繰り広げてきたのだ。
王国はこの地に絶対の要害となる砦を築き、そこを基点として防衛に当たった。普段駐屯するのは主に王国騎士団や聖堂戦士団の志願者、傭兵など。つまりは自ら戦う意志を持った者たちである。
砦――ハルトフォートはイスルダ島に対する王都の最大の盾。彼らはそんな誇りを胸に日夜人類の敵、もとい世界の敵と戦っていた。
しかし。
そんな彼らすら、このところの歪虚騒動にはかなりの疲労を覚えていたのだった……。
「そちらはどうでしょう」
「もう、終わる……!」
騎士が踏み込んで長剣を振り下ろし、狐型歪虚を脳天から断ち割らんとする。が、狙いがズレて胸部を袈裟に斬りつけるに留まり、敵は踵を返して逃げ始めた。慌てて追おうとした騎士だが、一歩踏み出したところで膝ががくんと落ちた。
「くっ……!?」
騎士が得物を投げ付けようかと思案した時、脇を白い光が駆け抜けた。光球は勢いままに狐の背を貫くと、狐をどこかへ連れて行くかの如く狐と共に消えていく。
騎士が立ち上がって長剣を鞘に納め、振り返る。
「すまぬ。恩に着る」
「お互い、無理をしないことです」
「いや、そうもいかん」
頑なな騎士に微苦笑を浮かべ、男――聖堂戦士団の聖導士が手をかざしてヒールをかける。傷が癒えたのを確認すると、聖導士は肩を竦めて馬車の方へ戻っていった。騎士がその背を追いかける。
「このところの奴らをどう思う」
「どう、とは?」
「多いとは思わんか」
「あなたの剣筋が乱れる程度には多いですね、キャバイエさん」
「うむ……私とて騎士の端くれ、日頃より鍛錬は欠かしておらん。二日や三日ならば戦い続ける自信もある。しかし、だ」
それでも手元が狂うほど疲労が蓄積している。いつ頃からだろうか。出動が多くなってきているし、また最近はそれを自覚できるほど加速度的に増している気がする。今回の出動も小村の救援であり、その帰途にまた歪虚に出くわすという有様だった。
歪虚に人間の理屈や道理など通じない。特に何のきっかけもなくただ数が増えたということも考えられた。が、本当にそれだけなのか? それで片付けてしまっていいのか?
「ええ、多いとは思いますよ。しかし今我々にできるのは、一つ一つ潰すことだけでしょう」
「それはそうなのだがな、JJ」
「JJと呼ばないでください」
馬車に乗り込み、御者に声をかける。
ゆっくりと馬車が動き始め、ガタゴトと快い振動が伝わってきた。それに身を任せ、騎士は腕を組んで瞑目してみる。
――それでも、嫌な胸騒ぎが消えることはなかった。

エリオット・ヴァレンタイン

ヘクス・シャルシェレット
「羊の群に人型、か」
騎士団長エリオット・ヴァレンタイン (kz0025)は先月の報告書を読み直し、独りごちた。
暗記するまで読み込んだ資料だった。内容は羊型歪虚について。
この群に関しては他にも奇妙な点がある。
半年ほど前から王国西部を中心に散見されてはいたものの、つい先日は王都に比較的接近した地点でも発見された。そして王都とハルトフォートの間で見つけたその群は、痕跡を辿るとどうも南の方から来ていたらしいのだ。不可解すぎるが、いくら考えても何も浮かばなかった。
エリオットが眉を顰める。
そもこういった謀略のような類はヘクス・シャルシェレット (kz0015)の担当ではないか。奴は何をしているのだ。神出鬼没なくせに肝心な時に現れないとは。
「……などと思っていても仕方ない」
エリオットは深呼吸して気持ちを入れ替え、別の資料を手に取った。「調査隊」の編成や分担がびっしり書き込まれた資料である。
「彼らには、苦労してもらうしかないな」
王都の南数百km四方の調査。それが、調査隊の仕事だ。
(執筆:京乃ゆらさ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●イメージノベル(10月20日更新)
●悪徳の目醒め
心地良い黒白の世界に波紋のように広がるのは、先程とは別の声だった。
「――――――――」
煩い。
「――――――」
煩い、煩い。
「――――!」
煩い、煩い、煩い!
「――!」
「煩いと言っているであろう!」
「べ、ベリアルさまぁっ!」
「メェ!?」
気付けば、私は深き闇の中にいた。瞼が重い。身体も重い。僅かに目線を下げると、胸元に緑髪の少女が乗っかっている。ぐりぐりと頭を押し付けるように抱きつく姿は闇鼠のように愛らしい。
私は少女に手を伸ばそうとし、あまりの億劫さにそれを諦めた。身体が言うことを聞かない。身体を動かすための力が、足りない。
「少女よ、頼みがあるのだ」
「少女じゃないよ! 名前で呼んでくれないと聞いてあげない」
「メェ……」
面倒な奴めェェェ……。
上目遣いで見上げてくる少女の顔を改めて見つめ――ようやく、思い出した。
「フラベル」
「にひっ」
思い出した。そう――『全て』を。
「我が下僕フラベル」
「ベリアルさまぁっ!」
「ねえ、貴方、どこかおかしくない? 喋り方、変よ」
部屋の隅。目を向けると、闇と同化するようにもう一人の少女が立っていた。
「おかしくはあるまい、我が下僕クラベル」
「……そう。随分と遅いお目醒めね」
動かぬ身体を無理矢理動かし、起き上がる。深呼吸するように虚無の大気を取り込んだ。
瞬きをすると、一つの絵が見えた。愚昧なるニンゲンどもが群をなして向かってくる光景。それを認識した瞬間、闇が胸を埋め尽くした。
「……あれから、どれほど経った」
「五年」
「ニンゲンどもに、時を与えすぎたな。ゆくぞ」
「あら、今度は早いのね」
「奴ら……グラ、ズ、ヘイム……王国……といったか」
「女の子がオーサマだって聞いたよ」
「女、か。ブシ……先の戦で私に向かってきたあの男の愛娘であろうな。ブシシ……ならばひと目でそれと判ろうものよ。よもや気品の欠片もなく玉座に埋もれる女ではあるまい」
「そうだね!」「そうかしら?」
「そやつを捕らえよ。滅びゆく王国を見せつけながら、絶望に彩られし王族の蜜を存分に味わい尽くしてくれよう……ブシ、ブシシシ、ブシシシシシシシッ!」
湧き上がる情動。全身を灼き尽くしてもなお余りある憤激を笑みに変え、私は肚の底から咆哮を上げた。
「出陣メェ! グラズヘイム王国を、喰らい尽くしてしまえぇ!!」
●各国の対応

ダニエル・ラーゲルベック

ジョン・スミス

クリストファー・マーティン
「到着は遅れるだろうが、同盟の海上戦力でイスルダ島との間を封鎖できれば、敵の増援を絞れる。ベリアルとやらいう敵将を王国内で孤立させらるという腹か」
サルヴァトーレ・ロッソにて情勢の観察に務めていたダニエル・ラーゲルベック艦長 (kz0024) は、同盟と王国の連合の狙いをそう見て取った。先の戦いで報告された同盟海軍の練度、装備は一級品だ。派遣されるのが半数程度だとしても、群れを成す小型歪虚程度ならば十分に阻止しうるだろう。数十メートル、数百メートルクラスの大型個体が現れれば別だが。
「……後は、辺境部族は概ねいつも通り、部族単位で動いたり動かなかったり……みたいです。ゾンネンシュトラール帝国の動きは、少々緩やかなようですネ」
「おや。意外だな」
各国の情報を集めてきたジョン・スミス (kz0004) がペンを回しながら言うのに、クリストファー・マーティン(kz0019)が首をかしげる。直接言葉を交わした訳では無かったが、帝国皇帝の鮮烈すぎるイメージからして、歪虚との一大決戦をみすみす見逃すとは思えなかった。
「国内に襲撃してきた【剣機】の後始末に忙しい、と言うのが表向きの理由。実際は王国が面子の問題から帝国の派兵に難色を示しているらしいですヨ」
「なるほど」
ダニエルの嘆息は、多少の諦念も含んでいる。リアルブルーでもそういったセクショナリズムで泣かされるのは主に現場の将兵だった。
「で、我々はどうします?」
「どうしようもあるまい」
もう一度、ダニエルはため息をついた。サルヴァトーレ・ロッソを王国まで回航するに十分な燃料はない。CAMを派遣するにしても、馬車に乗せて山脈を越えるのは現実的では無かった。CAM自身の歩行能力に頼れば、王国までの移動にどれだけの燃料が必要か想像もつかない。
「まあ、そこは現地のメカニックのこれからに期待、ですか」
クリストファーは気楽に言う。パイロットとしては、それでいい。 「錬金術師組合、だったか? 正直、その名前には不安が募るがな……」
CAMの燃料問題に、何らかの解決を見いだせる可能性がある、という組合からの提案は期待と共に危惧ももたらした。現地に存在する技術でCAMが動かせるならば、それはよい。しかし、CAMが動かせるようになるという事は、この世界の戦争に際限なく巻き込まれていくことを意味しないか。ダニエルの立場であれば、その先も考えねばならない。
伝えられた王国と帝国の不和。あるいは、それ以外であっても人が人である以上、人間同士の争いは絶えない。人同士の争いに直面した時に、サルヴァトーレ・ロッソはどう動くべきか。
「……そんな悩みは、問題が解決してから考えるか。できれば、試されないのがありがたいが、な」
(執筆:京乃ゆらさ、紀藤トキ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●イメージノベル(10月22日更新)
●開戦
黒い奔流。それは、夜が昼を呑み込むように押し寄せてきた。
「むうっ! 最前線はどうなっておる!?」
「連絡は途絶、既に野営地を放棄したものと思われます!」
「ぬうぅぅ! 早い、早すぎる……!」
グラズヘイム王国、西部。リベルタース地方はハルトフォート砦。
司令ラーズスヴァンは次々と入る伝令の情報を整理しながら、内心の焦りを何とかして飲み込んだ。
最前線には野営地があった。敵が大軍をなして攻めてきた場合、そこを放棄することは決めていた。が、その放棄が早すぎる。もう少し野営地で粘り、そこから少しずつ退いていく。そうして時間を作りつつ敵の勢いをいなし、しかる後にハルトフォートで編成した軍でぶつかる。それが基本戦略だったのだ。
ところが、放棄が早すぎた。つまりぶつかる余裕もなく退いた、あるいは呑まれたということだ。またベリアルなる名の、先の大戦における敵の総司令であったらしい大男が現れた、という未確認情報も入っている。
もし、ベリアルが再びこの地に侵攻してきているとすれば。
――今の王国戦力だけでは、支えきれない。
寒気が、した。
「ふ、がははははははは! ワシともあろうものが久々に震えておるわ!」
「し、司令が……?」
「勘違いするでない、武者震いというやつよ! いいか、ワシは騎士・聖堂戦士を率いて全力で奴らを迎え撃つ。お前たちは王城とハンターズソサエティに救援を求めるのだ。後のことはお上の奴らが考えるであろうよ」
「しかし司令!」
「ゆけィ! おう、そうだの、救援を請うたのちは避難民の護衛や兵糧の管理なんぞを厳重にしてくれると助かるのう」
「は! 必ずや、必ずや援軍を連れて参ります! ……ご武運を!」
寸分の狂いもなく見事な敬礼を見せる若い騎士に対し軽く返礼し、ラーズスヴァンは監視塔の階段を下りていく。

セドリック・マクファーソン

エリオット・ヴァレンタイン

ヴィオラ・フルブライト

ヘクス・シャルシェレット

フリュイ・ド・パラディ

システィーナ・グラハム
●王都イルダーナ
セドリック・マクファーソン (kz0026) は上がってくる報告を聞きながら、渋面を深くしていった。
報告の全ては、万が一を考えると王国単体で対処できないということを示している。グラズヘイム王国騎士団の長エリオット・ヴァレンタイン (kz0025) が王城と騎士団本部を忙しく行き来しては出動準備を急いでいるが、今の騎士団では王都を守るだけでも荷が重い可能性がある。無論彼らの普段の働きは驚嘆すべきほどではあるのだが……。
――如何せん人員と経験が足りん。
またそれは、ヴィオラ・フルブライト (kz0007) 率いる聖堂戦士団にしても変わらない。「数」は時に「質」によって凌駕されることもあり得るものの、何よりも計算しやすい力ではあるのだ。
「ハンター……そして」
他国。救援を求めるしか、ないのか。
ハンターはともかくとして他国――特にゾンネンシュトラール帝国に弱みを見せては、今後の何かしらの情勢において風下に立たされることになりかねない。だが……。
「大司教サマ、そろそろ決めた方がいいんじゃないのかな」
「……分かっている」
ヘクス・シャルシェレット (kz0015) 。気配も感じさせずじっとソファに腰を下ろしていた男が、スッと目の前にやって来る。執務机には様々な書類が散乱しており、中には彼の「商会」がもたらした情報もあった。
「アークエルスのご老はどうしている」
「あんまり目立つ気はないみたいだねぇ」
フリュイ・ド・パラディ (kz0036) は、自身の欲望の為にしか動かない。ヘクスといいフリュイといい、全く面倒な貴族ばかりだ。
「まずは王女殿下にお出ましいただき、王国軍の招集を宣言する」
「で?」
「……その後、先触れと使者の用意を」
「どこに?」
「――ハンターズソサエティ、及び周辺各国に」
「かしこまりました、大司教サマ」
いかにもわざとらしく慇懃に礼をして退室していくヘクス。
セドリック・マクファーソンは一度深く息を吐き出すと、ゆっくりと立ち上がった。
戦の気配。
それは細かいことを知らされていないシスティーナ・グラハム (kz0020) にも、十二分に感じられた。階下からは様々な喧騒が伝わってくる。そんな中、システィーナは独り私室で両膝をついてエクラの光に祈りを捧げている。それだけで、いいのか。心の奥底から湧き上がってくるそんな疑問に、蓋をして。
私室は玉座の間のさらに奥にある。ただここにいるだけで全てのことから目を背けていられる。しかしそれは、自分自身の否定にも繋がる。
「わた、くしは……」
「よろしいでしょうか」
ノック。侍従長の声。
「お忙しいところ申し訳ありません。大司教様が王国軍を緊急招集したいと。つきましては殿下にお出ましいただければと申しております」
忙しくなど、ない。奥歯を噛み締めたのが、自分でも分かった。
「よろしければ私めがシスティーナ様のお言葉を伝えたいと思いますが」
「行きます。私が行って、私が命令します」
騎士や戦士や志願兵や、多くの人々を死地へと向かわせる、命令を。
戦。父が身罷って以降、初めての大きな戦だ。それから逃げては、もう一生立ち上がることができなくなると、思った。
腰をあげ、挫けそうな心を叱咤して扉に向かう。お父様。独りごちた言葉は虚しく消えた。
(執筆:京乃ゆらさ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●第2フェーズオープニング(10月31日更新)
●黒大公
「ニンゲンどもは撤退したか?」

ベリアル
「自分の目で確かめてみれば?」
「メェ……」
6mはある巨体をのそりと動かし、立ち上がって周囲を見晴かす。
あちこちにニンゲンどもの奇襲の跡が見られたが、既に矮小なる者どもは姿を消していた。そして、近しい配下のうち数体も消えている。
「『碧玉』、それに『無角』のあやつまで……」
頽れるように座り込んだ。右の蹄で顔を覆い、溢れそうな何かをぐっと堪える。霞がかった頭に束の間、鈍痛が響いた。
「ブシ、ブシシシ……ブッシシシシ……!」
「笑わないで。私は貴方のそれがきらい……」
「我ぁが下僕クラベェェェルゥ!」
「……はい」
「アレはできておろうなぁ?」
クラベルがやや離れ、左手で自らの胸に、右手で眼前の空間に触れる。幾つかの呪とマテリアルを注ぎ込むと――ソレが現れた。
ベリアルが重い身体に鞭打ち、傍へ行く。よくやったとクラベルの頭を撫でた。
「絶望は時をかけて熟した方が美味と言うが」
この先の光景を想像し、口元が緩む。
「さて。王の娘とやらのそれは如何なる味であろう」
「悪趣味ね」
「ブシシ……」
「そこは、嫌いじゃないけれど」
「我が下僕クラベル、及び我が配下達よ」
ベリアルが蹄を振り上げ、一拍して前に下ろした。
「蒙昧なるニンゲンどもに無の鉄槌を振り下せええぇ!!」
●ハルトフォート
「準備はどうなっとる!?」
「充分です! 閣下をはじめ正面の方々が踏み止まってくださったおかげです!」
「ちいとばかり危なかったがのう!」
呵呵大笑し、ラーズスヴァンは辺りを見回す。
周囲は砦に帰還してきた者たちで溢れ返っていた。
「落ち着いてくださいキャバイエさん! 傷に障ります!」
「こッ、これが落ち着いていら……ぐぅぅ!?」
床に無理矢理横たえられ、聖導士の治療を受ける騎士。傍では若い騎士がへたり込んで涙を流している。
「うっ……あの方が……あれほどの方が何故っ……の、遺された我々はどうやっ……!」
間近で誰かの死を見たのだろう。戦場ではどれだけ技量があろうと死ぬ時は死ぬ。理不尽な何かに飲み込まれるように。
ラーズスヴァンが彼らの脇を通り、砦の屋上へ向かう。
そこにはヴィオラ・フルブライト (kz0007) がいた。彼女はじっと西――敵軍を見下ろしている。
「どう見る、聖女サマは」

ヴィオラ・フルブライト

エリオット・ヴァレンタイン
「この期に及んで『何か』か?」
口を噤んだ聖女の横顔を見つめ、嘆息してラーズスヴァンは敵軍に視線を移す。と。
――ん?
目を細めた直後、扉の開く音がした。振り返る。騎士団長――エリオット・ヴァレンタイン (kz0025) だった。
彼は殊更ゆっくりと扉を閉め、ガシャガシャと規則的に鎧を鳴らして歩く。持て余した激情を抑え込まんとするように。そして、 「奴だ……奴が、いた」
決定的なその言葉を、口にした。
「ベリアル」
ヴィオラとエリオットの視線が交錯し、さぁっと空気が凍るのがラーズスヴァンにも解った。
「そう、ですか」
「……ああ」
戦場の喧騒が、遠く聞こえた。
「アー、盛り下がっとるところ悪いんだがの。2人共、敵陣をようく見てくれんか」
ラーズスヴァンが言うと2人は敵軍に目を向け――即座に、気付いた。
「報告よりも敵軍の厚みが薄い……?」
つい先だって、ラーズスヴァンらが正面で迎え撃っていた敵の数。そこで討ち果たした数。本陣に控えていた戦力。
差し引きすれば、確かに違いがある。今、西部の要たるこの砦の前に戦力を集めない理由といえば。
「まさか別働……ッ!?」
「俺は王都へ戻る! 転移門は無事だろうな?」
すぐさま踵を返すエリオット。その背にラーズスヴァンは抗議の声を投げつけた。
「無事かだと? この砦を何だと思うておる!」
●王都強襲

ヘクス・シャルシェレット
次の丘陵を越えれば王都を遠望できる。2人はひとまず無事行軍が終了することに安堵し、丘の稜線を越えた。そして、見た。
「何たることだ。唯一無二にして神聖なる都が……」
「……成程、ね」
――王都の外壁。南門に、歪虚の小軍勢が押し寄せているのを。
呆然と立ち尽すマーロウ。ヘクスはここ数ヶ月の全てに、合点がいった。
王都の南。羊型歪虚と人型。調査隊。突如現れた軍勢。西砦はそう簡単に抜かれると思えない。となればあの軍勢は。
「転移してきたということか」
敵は綿密に準備を進めてきた。こちらも後一歩で遅れを挽回できる筈だった。ただ、その一歩が遅かった。
「あれだけの規模の敵、移動させるには何らかの門が必要であったはず。一体、何処だ?」
王国各地で報告されていた歪虚との遭遇。その多くは単なる雑魔事件だったが、そこに紛れて何らかの動きがあったのか。
「その考察をすべきは今ではありますまい。行きましょう、大公」
「無論だ。今頃多くの者が王都死守を叫び命を散らしていよう。王都を、王国を我らが救うのだ」
「我らだけではありません。彼らも、ですよ」
2人が遠望する中、個性的な装束を各々纏った彼らが果敢に敵軍へ攻勢をかける。それは、他ならぬハンターたちであった。
(執筆:京乃ゆらさ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●第3フェーズオープニング(11月13日更新)
●西の趨勢
歓声。
ハルトフォートを包むのは戦場特有の高揚感だった。
「報告! 敵軍がやや後退します!」
「「おおおぉおおおぉぉ!」」
「俺は見た! ハンターの奴らが人型を斬りつけるのを!」
「ハンターばんざーい! 我らがグラズヘイム王国ばんざああああい!」「人間の底力を思い知れぇ!!」
「「「おおおおぉぉおおおおぉおぉおお!!」」」
止まることの許されぬ空気感。ラーズスヴァンは血気に逸る従騎士などを苦い顔で見回した。
行き過ぎた高揚感は時に致命的な失敗を招きかねない。それに――。
「JJ……」
「……はは。流石に疲れました」
「寝ていろ。後は我らが何とかする」
救護班として限界を超えて活動したのだろう。聖導士が騎士に支えられベッドに横たえられる。
そして、その光景に見向きもしない従騎士。

ヴィオラ・フルブライト
ラーズスヴァンが一喝せんとした時、清冽な涼風が吹き抜けた。
一瞬にして喧騒が静まり返る。コツ、コツと音が聞こえ、目を向けるとそこには――聖女がいた。
「私は陸路王都を目指します。王都が敵の攻勢を受け止めたのち、内外から挟撃する為です」
志願者はついてきなさい。
ただそれだけ。それだけで若者の間に緊張が走り、気恥かしさに俯いた。
聖女――ヴィオラ・フルブライト (kz0007) はラーズスヴァンに目礼し、去っていく。ラーズスヴァンはニヤリと笑い、
「おうおう、さっきの威勢はどうした! いいか、ここが我慢のし所よ。ワシも苦しい、敵も苦しい! 苦しい時に走れる奴が勝つのよ。いいな、野郎ども!!」
拳を突き上げ雄叫びを上げた。

セドリック・マクファーソン

エリオット・ヴァレンタイン

システィーナ・グラハム
城門が破れ、黒き波濤が押し寄せる。
怒号。悲鳴。銃声。
王都イルダーナが既に戦場となったことを告げる種々の轟音が響き、第二城壁の上でセドリック・マクファーソン (kz0026) は暫し瞑目した。
――ぬかった……が、まだ終りではない。
戦闘は既に第三街区にも及んでいた。と、眼下を駆ける馬群に声をかける。
「ダンテ・バルカザール! グラズヘイム王国騎士団、副団長!」
「んあ? おう旦那、今忙しいんだ。飯の話なら後にしてくれ!」
「……。エリオット・ヴァレンタイン (kz0025)は戻ったか? 王城で――奴に備えるよう伝えてほしい」
「王都は、俺と爺さんで?」
「うむ。副団長二人が王国戦力を指揮、ハンターと連携して王都を守れ」
肩を竦め大剣を掲げると、赤い男は馬腹を蹴って駆けていく。続く数十の騎兵を見送り、大司教は城へ向かった。
システィーナ・グラハム (kz0020) が玉座の間に下りた時、そこは混乱の極みだった。
右往左往する者。どう財産を持って逃げるか算段する者。声高に国の責任を問う者。全てに共通するのは、彼女に気付いた者は少ないということ。
侍従長が顔を顰めるが、システィーナはそれを制して登壇した。
「皆さまっ……! 皆さま、まずは落ち着きましょう!」
騒然とした空気にかき消される声。奥歯を噛み締め、お腹に力を込める。もう一度。いや何度でも。
「みな……」「控えよ! 殿下の御前である!!」
大扉の傍に、大司教が立っていた。
混乱が嘘のように引き、身を切る静寂が場を覆う。誰もが立ち尽くす中、大司教は玉座の前に来ると跪き通り一遍の礼をした。
「敵は既に第三街区をも突破せんとしております。如何致しましょう」
「て、徹底抗戦です。人間、いえ生きとし生ける者と歪虚が分かり合うことはあり得ません」
「はっ」大司教が伝令に何事か命じ、「我らが騎士及び聖堂戦士、そしてハンター達が必ずや巨悪を討ち滅ぼしてくれましょう」
この気持ちを何と言おう。諦念。羨望。憤激。心配。様々なものを綯交ぜにして端的に言えば――悔しい、だった。
「殿下にはお心安らかに祈……」
「私も」
遮る。これがちっぽけな、最後の一線だと思った。
「私も、ここで戦況を見守ります」
降壇してバルコニーへ向かう。
そこからは忙しげに防衛線を固める騎士やハンターの姿が見えた。そして――黒煙を上げる王都の街並みも。
●そして舞台は
「力を、使いすぎたか」
幾つの城門を突破したか。進軍せんとしたベリアルが、がくりと膝をついた。クラベルが隣で目を細める。
「衰えているだけよ。ニンゲンの抵抗も予想より上だけれど」
「ぬう……」
ベリアルがのそりと立ち上がり、クラベルに向き直る。
「『門』を破棄しろ」
「……」
「『門』を、破棄しろ」
「はい」
幾つかの呪を紡ぎ、ソレを手放す。重石――と呼ぶには重すぎるものが取れた心地がし、クラベルは我知らず息を吐いた。
「我が下僕クラベル。お前はこの不快な大気の元を断て。おそらく城の傍――虚無の楔を打ち込むのだ。その後、西のフラベルと合流せよ」
「あら。珍しく優しいのね」
ベリアルはブシシと嗤い、言った。
「私はいつでも優しかろう。何しろ」
王の娘に、国の行く末を最期まで見届けさせてやるのだから。
(執筆:京乃ゆらさ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)
●エンディング(11月28日更新)
●静寂、そして
その日、その瞬間。王都イルダーナにいる者たちは、すぐにはその言葉を理解できなかった。
『我がグラズヘイム王国の皆さま。――そして、良き隣人たるハンターの皆さま』
王都中に響くのはか細く儚げで、けれどまっすぐな少女の声。

システィーナ・グラハム

ベリアル

セドリック・マクファーソン

エリオット・ヴァレンタイン
少女の――システィーナ・グラハム (kz0020) の声は魔術によって拡大され、黒煙棚引く大気を震わせる。
『仇敵ベリアルは既にこの地を離れ、遥か西へと逃げ帰りました。未だ残る不浄なる者どもも我が騎士団が、聖堂戦士団が、遠からず討ち果たしましょう。残念ながら仇敵を討ち滅ぼすことは叶いませんでしたが、しかし』
声は分樹を通して王国各地にも、いやさリゼリオにまで響き渡る。
『――私たちは勝ちました。勝ったのです』
奇妙な静寂。
不意に、王都のどこかで小さな歓声が上がった。それは次々に伝播し、次第に大きくなっていく。そして気付けば、王都全体が咆哮を上げるかのような大音声となっていた。
『私たちは戦いに勝利しました。被害は大きく、すぐに元の生活に戻れるかは分かりません。けれど、生きています。尊い犠牲を払い、けれど生き残りました。私たちは明日へと歩みを進めなければなりません』
間を置き、システィーナは言う。
『私は約束します。必ずや元の安寧を取り戻すと』
声が途切れ、割れんばかりの歓声だけが残る。それは、五年越しの大戦を生き抜いた戦士たちの心の叫びであった。
「大司教さま、各地の被害状況を……」
「早急に取りまとめましょう」
システィーナは戦勝報告を終えると、早速セドリック・マクファーソン (kz0026) に指示を出す。
一応、最悪の事態は免れることができた。歴史ある玉座も守れた。が、被害もまた大きい。それらの対処も十二分になさねばならない。
玉座の間を見回すと、あちこちに戦闘の跡が残り城内とは思えないほどだった。
互いに健闘を称え合うハンターがいれば、息の根を止められなかったことを悔やむ者もいる。そんな様々な人の間を、騎士団長エリオット・ヴァレンタイン (kz0025) が項垂れるように抜けてくる。片膝をつき頭を垂れた。
「王女殿下、ご無事で……」
「皆さまのおかげです。貴方も怪我はありませんか」
「は。……奴に相応の手傷を負わせたものの、止めること叶わぬままおめおめと五体満足で戻って参りました……」
「いいんです、皆が無事であれば」
俯き、その表情は窺い知れない。しかし彼がどんな顔をしているのかは、容易に想像できた。
「私は未熟です。これからも戦ってください――私と、共に」
「勿体なきお言葉……!」
エリオットは忸怩たる思いを飲み込み、静かに燃え上がる。
個人ではない。騎士団としての力を、より高めねばならない。
●少女の苦悩
「ご苦労さまでした……」
システィーナはハンターたちに声をかけ、頭を下げる。そして多少の歓談をし、自室に下がった。
扉を閉め、息をつく。途端に、堪えきれない何かが溢れてきた。
ベッドに突っ伏して声を殺す。自身にも理解しきれない感情の奔流が、どうしようもなく込み上げてくる。
声なき慟哭。
それが収まったのはどれほど経った頃か。システィーナは深呼吸して顔を上げた。
――何も、できなかった。
分かっている。自分にできることなど元より何もないし、ベリアルと正対したとて何ができたわけでもない。それにハンターたちは自分の身を案じてくれたのだし、またあの策はベリアルを滅ぼす最善手でもあった筈だ。
あの状況から望みうる最高の勝利に違いないのだ。彼らには感謝の念しかない。それは本当だ。
でもそんな理性とは別に、心のどこかが叫んでいるのもまた事実だった。
たとえ殺されても自ら立ち向かうべきだったのではないか。……いや、それも王女としての責務を放棄した逃げかもしれない。簡単に死ぬわけにはいかないのだから。でも、それでも。
少しでもいい。
――わたくしも、戦いたかった。
●アイテルカイトの蠢動
それに気付いたのは、ベリアルとクラベルが北西方面に離脱し、豚羊云々という話をしていた時だった。
「……我が下僕フラベル?」
通信しようとして、通じなかった。気配ともいうべきものがどこにもない。いや、力を使いすぎたせいだ。もっと念入りに探し――見つからない。
北狄へ戻ったのか? あり得ない。ならば何故探知できない。何故、何故、何故何故何故何故何故!?
「死ん……」
「言うでない! そんな筈があるまい、我が下僕がニンゲン如きに遅れを取るなど……」
「でも事実よ。フラベルのマテリアルは、今、探知できない。虚無の闇へ戻った。それ以外に何かあるのかしら?」
「……メェ」
ベリアルが膝をつき、右手で顔を覆う。抑えきれぬ嗚咽が少しだけ零れた。
「ニンゲン如きに……愚か者め……」
ベリアルが気丈に立ち上がり、天を仰ぐ。雲間に覗く空が忌々しく、目を背けた。クラベルや、共に転移してきた者たちに向き直る。
「……まあ、よい。これから存分にこの対価を支払わせてやろうぞ……愚かなるニンゲンどもに……ブシ、ブシシシ……」
ブッシシシシシシシシシシシシシ!!
ベリアルの笑みに追従する羊たち。
彼らの不気味な哄笑は地を這うように響く。王国の地を絡め取らんとするように……。
(執筆:京乃ゆらさ)
(文責:フロンティアワークス)
(文責:フロンティアワークス)