• 血断

【血断】楔戦

マスター:電気石八生

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/07/30 22:00
完成日
2019/08/04 18:06

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●急急
 辺境北部に建つパシュパティ砦。
 切り出した火成岩の巨塊を鋼で補強した防壁は、巨砲はもちろん大型歪虚の突貫をも真っ向から受け止め、弾き返すだけの強度を持ち、幾多の戦いを経てなお不落を誇ってきた。
 ――しかし、その矜持と伝説が今、揺るがされようとしている。
“錬金の到達者”と称されし歪虚コーネリアスが遺した力により、己がマテリアルを隠した魔獣群が東から奇襲をかけてきたのだ。
 対して砦の守備隊は魔獣を砲で撃ち据えつつ、迎撃部隊を出動させた。魔獣は先に東方の恵土城を襲った泥の肢体を持つ個体であり、その泥をもって城門を塞ぎに来るものと思われたためだ。
 手練れぞろいの隊員の内でも、特に胆力と武力を備えた者たちをそろえた迎撃隊。彼らは余裕をもって魔獣の先陣を叩き潰し、そして。
 後方より沸き出した歪虚の大群に、八方から噛みつかれた。
 釣り出されたのだと守備隊が悟ったときにはもう遅い。砲撃を重ねれば、混戦へ引きずり込まれた迎撃部隊を巻き込んでしまう。かくて砲は沈黙し、さりとて同じように兵を隠されている可能性がある以上は闇雲に救出部隊を出すこともできず、弓兵による散漫な支援を行うのが精いっぱいだ。
 なんとか隊を砦の内へ! との声があがったが、そうすれば彼らを追う歪虚をも内へと引き込むこととなる。門を開けてしまえば、二度と閉めることはかなわなくなるだろう。
 ――わずか数十秒で死地へ蹴り落とされた守備隊だったが、事態はそれに留まらない。
 迎撃隊の端をすり潰し小型た歪虚群が、一気に砦へと攻め寄せてきたのだ。
 パシュパティ砦は部族会議の重要拠点であると同時、辺境守備の要石である。ゆえにこそ強固な守りの壁で鎧い、精鋭をそろえて万全を整えていた。――それが万全どころか慢心であったことを思い知らされることとなったわけだが。
 とにかく守備隊は、防壁へ取りついた歪虚へ、必死に矢弾に加えて石や煮えた油を浴びせかける。
 辺境のために!
 同胞のために!
 その声音の厚みを、一秒ごとに損ないながら。

「誰か、シンタチャシにやってくれる?」
 指示に追われる守備隊長へ、ソサエティからの定期連絡を携えて砦を訪れていたゲモ・ママ(kz0256)が告げた。
「あそこには幻獣の森から避難してる幻獣たちがいるわ。歪虚なんてもう見たくもねぇでしょうけど、きっと救援に来てくれるわ。この辺境を愛する心は、みんなと同じはずだから」
 言い置いたママは、自らの拳を聖句を刻んだ布で固め、ミスリル銀の甲で鎧う。
「その間にアタシは迎撃部隊のとこに行ってくるわね。うまいこと引っぱり戻せたら、壁のまわりの歪虚どもを挟み討ちできるし」
 守備隊長は当然止めた。ソサエティからの客人にそのようなことはさせられないと。
「むしろ逆に、ってハナシよ。ソサエティが同志の危機をただ見てるわけにいかねぇでしょ。それに、人数外のアタシならいなくなっても困んねぇでしょ」
 と。
「いなくなるの、ボクでも困んないってことだよね?」
 ママを抑えて進み出たのは、ママと共にこの地へ来ていた天王洲レヲナ(kz0260)だった。
「今は砦の守り手をひとりでも減らしていいときじゃないし、歪虚の真ん中突き抜けていける戦闘力持ってて幻獣相手に泣き落としできる人なんてママしかいないんだから」
 アーマーの各部に差し込んだ拳銃と弾倉をチェックしたレヲナはママと部隊長へ視線を送り、「でしょ?」と押しつける。
 しかしママは固い表情を左右に振って。
「ダメよ。アンタはもう、誰のためにも戦う必要なんてねぇんだから」
 今度はレヲナがかぶりを振る番だった。
「ママがそうやってボクを守ってくれてたのは知ってる。でもね、ここで無茶できるのはボクだけなんだ」
 強く言い切って、ほろりと表情を緩ませる。
「ボクのほうでもうソサエティには連絡してあるから、近くにいるハンターがもうすぐ来てくれる。それまで持ちこたえてみせるからさ」
 これに「どーい! 今がそのときっす!」と呼応したのは辺境の徒花、マチヨ族である。全員が練筋術師であり、さらにはアブソリュート・ポーズしか使えない彼らは、これまで守備隊に数を添えるだけの存在であったのだが……同胞を救い、辺境防衛の象徴であるパシュパティを守り抜くべく、立ち上がったのだ。
「ここまで来たらムリしないでとは言えない。オトコ見せなさい」
 ママは即断し、踵を返す。
「任せるから、任せときなさい」
「うん。任せたから任せといて」
 ママとレヲナはそれだけを言い交わし、それぞれが向かうべき先へと駆けだして行った。

●泥底
 迎撃部隊は半ば以上を損ないながらも、砦の防衛戦の隙間を縫って出陣したマチヨ族のアブソリュート・ポーズに助けられ、なんとか陣を形作ってじりじり後退する。
 味方がひとつところへ固まったことで、砦からの砲撃も再開していたが、歪虚の統率が不完全なことが逆に仇となり、大きな効果を出せていないのが実情だ。
 その隙間を駆け巡るレヲナは、眼前の妖魔の眉間を銃弾で穿ち、回し蹴りで他の歪虚どもへぶつけておいて、その隙に弾倉を入れ替えた。
 そもそもが綿密な計画と臨機応変な行動とが両立して始めて成るのが撤退戦だ。そのどちらをも欠いた状況下でただひとり奮闘し続ける彼の体力はすでに尽き、気力だけで動いている有様だが、悪くない気分だ。
 この戦場には“政治”が入り込む隙なんてないもんね。命を賭けて、命を救う。それだけでいいんだから。
 しかし。
 歪虚群の奥より空を轟と押し分けて飛んだなにかが城壁へとぶち当たり、叩き割った。
「砲撃!?」
 疲労で靄がかかった目をこらして見やれば、錬金の業が産み出したものと思しき脈動する金属の巨砲を備えた大型の歪虚の姿が在った。
 踏み出した脚からは多数の腕が生え出しており、それぞれに光刃を握り込んでいる。しかも上体には無数の銃口や小型砲口を備え、それらを撃ち放ち続けていた。
 明白だった。この歪虚が、対砦と対人とを両立させた“皆殺し”であることは。
 砦からの砲撃でわずかに歩を鈍らせながらも“皆殺し”は前進を止めず、砲を撃ち返す。その度に防壁はひしゃげ、ひび割れ、強さと硬さとを損なっていく。
 さらに防壁へ肉迫した歪虚群も、その砲撃で多数を潰されながらも前進を続け、壁の傷を押し広げにかかった。
「とにかく防壁まで戻るよ! あれは生身でどうにかできる相手じゃない!」
 命を捨てて“皆殺し”へ突貫すべきか迷う迎撃部隊へ鋭く告げ、レヲナは奥歯を噛み締めた。前に行っても後ろへ戻っても、結局意味なんてないんじゃないの!?
 って。意味なんて考えてる場合じゃないか。レヲナは殿で絶ち止まり、口の端を吊り上げた。
 どうせ残り少ない余命、捨てて釣りを惜しむほどのものではない。
 ママ。お説教は後で、ママが追いついてきたときゆっくり聞くよ――

リプレイ本文

●参戦
 お説教は後で、ママが追いついてきたときゆっくり聞くよ――
 胸中で唱えた天王洲レヲナ(kz0260)が意を決した、そのとき。
『急かしておいて間に合わせぬ不義理、赦さぬのじゃ』
 スピーカーで増幅されたミグ・ロマイヤー(ka0665)の声音が戦場を揺るがせて、防壁を背に精密砲撃姿勢をとったダインスレイブ“ヤクト・バウ・PC”が滑空砲を撃ち放す。
 弧を描いて飛んだ徹甲榴弾は、砦へ迫る雑魔どものただ中に突き立つと同時、野太い火柱をあげて敵を荒野ごと灼き尽くした。
 彼女自身の手で開発したミグ回路「カートリッジフェアリー」を5基搭載することにより、ただ一度の手であるはずのグランドスラムが撃ち放題である。
『この世にただ一機のグランドスラム専用機体! 量産の暁には邪神など物の数ではないわー!!』
 高笑い、ミグははたと気づいて。
『エル殿、足がかりは作ったのじゃ! ゆかれよ!』

『感謝します』
 エルバッハ・リオン(ka2434)がミグへ謝意を述べて。
 オールマイティで宙を踏みしめたマスティマ“ウルスラグナ”をプライマルシフトで跳ばし、雑魔どもが噴き飛んだ跡地へ移動させた。
 長射程且つ高威力の砲撃……面倒ですね。それにこの雑魔も。
 密集するほどでなく、かといって散り散りでもない雑魔どもの陣。地と空とで連携することもなく、ただ砦へ向かっていくばかり。統率が取れていないことが、かえって陣を強固なものにしているのが憎々しいところだ。
 ここへ来るため、インジェクションで無理矢理に回復させたプライマルシフトを連続使用してきた。そしてミグの援護もあり、“皆殺し”との距離は300メートル弱にまで詰められている。
 空から急下降、そして地から飛びついてくる雑魔どもへは構わずウルスラグナにロングレンジライフル「ルギートゥスD5」を構えさせたエルバッハは、“皆殺し”を見据えて眉根を引き下げた。

 その前方、翼持つ魔獣の顎をサイドスリップでかわすポロウ。その背に体を預けたツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)は、姿勢をそのままに腕だけを伸ばして魔導銃「アクケルテ」を魔獣へ向け、撃ち込んだ。
“死”と称される弾に額を穿たれ、墜ちていく魔獣。しかしツィスカに戦果を見届けている暇はなかった。すでに空域は八方から飛び来た魔獣で満ち満ちていたから。
 敵の数を少しでも減らして地上の支援をしたいところですが……まずは引き寄せて、まとめなければ。
 次のタイミングで惑わすホーを発動するよう指示を出し、ツィスカはポロウと自らとを繋ぐ手綱「タナッフス」を強く引く。それによって速度を一気に減じたポロウは魔獣どもに追い越され、射線上にその尻を捕らえることとなった。
 その間に錬魔剣「ロイバルト」へ換装したツィスカは眼鏡「キュクロープス」を通して照準を合わせ、数匹をまとめて機導砲の光線で串刺してみせる。
「ポロウ、惑わすホーを展開。“皆殺し”の魔法に備えてください」

 そしてワイバーン“赤雷”に騎乗した輝羽・零次(ka5974)。
「ぶっとばせ!」
 地面すれすれにまで軌道を下げさせた愛竜へ告げれば、赤雷は超加速して地上の雑魔を突き抜け、ディープインパクト衝撃波で引きちぎる。
 ったく、多過ぎだっての。
 突き出された妖魔どもの穂先を聖盾「コギト」で払い退け、一度赤雷に高度を上げさせた。とはいえ上がり過ぎれば魔獣に食いつかれるから、あくまで数メートルに留めさせておく。
 ただそれだけの高さを得たことで、見えた。“皆殺し”の凶悪としか言い様のない姿が。
「名前からして物騒なことこの上ねえな」
 零次は口の端を上げる。あの敵はまちがいなく強敵だと思い知れたからこそ。
「こちら輝羽! 俺はこのまま“皆殺し”の後ろに回り込む! 道すがら雑魔は減らしてくぜ!」
 トランシーバーを通して仲間へ告げ、機甲拳鎚「無窮なるミザル」で固めた手を握り込んだ。
 数える気すら失せる数の敵をわずかに減らしたところで、どれほどの効果があるものかは知れなかったが、とにかくやるしかないのだから、やってやる。
「行くぜ赤雷……!!」

 刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」“魔動冒険王『グランソード』”と心身を同化させた時音 ざくろ(ka1250)は雑魔のただ中に仁王立ち、大上段に構えた斬艦刀「雲山」から迸る光刃で数体を貫いた。
『一刀両断スーパーリヒトカイザー! さぁ、騎兵隊の参上だ!』
 敵にまとまりがないだけに最大効果を発揮するには至らなかったが、この「光あれ」は敵を討つためばかりのものではない。撤退中している辺境の民の心へ、希望の光を届けるためのものだ。
 と。
 歩みと連動して撃ち放される“皆殺し”の小型砲弾が、射程内にあるグランソードの周囲で爆ぜ、破片を突き立てる。
 しかしざくろは恐れることなくグランソードを前へ踏み出させた。自らの光が拓いたその先へ。
『ざくろはここだ! 討ち取りたいならもっと集まってこい!』
 剣を掲げて高く告げ、ざくろは馬ならぬ鋼の巨人を駆り、突き進む。

 ざくろの背後、迎撃部隊は撤退の足を速めようと力を尽くしていた。
 しかし、不規則なタイミングで攻め寄せる雑魔に翻弄され、疲弊ばかりを募らせていく――
「ハァイ♪ おにーさんたちノってかなぁい?」
 R.Oモード「マテリアルバースト」に轢かれた雑魔どもが宙を舞った。
 果たして迎撃部隊の前に出た刻令ゴーレム「Gnome」“ゲー太”の肩よりするりと飛び降りるカーミン・S・フィールズ(ka1559)。
「貴方との共闘は初めてかしら?」
 レヲナの左へ並んだ彼女は鋭く体を巡らせ、手の内の手裏剣「八握剣」を八方へと投げ放つ。
 サザンカの刃に抉られた雑魔はその場へ崩れ落ち、その体をもって同胞の進撃をわずかに遅らせた。
「ゲー太、重傷人を回収して後退!」
 主の声に、ゲー太が迎撃部隊の中で特にダメージの深い者を抱え上げる。
「防壁まで急いで後退を。迎撃部隊を釣り出した誰かさんの意図は砦の陥落よ。それに備えないとね」
 対してレヲナはうなずいて、かぶりを振って。
「悪いけど迎撃隊の引率は任せるから」
「自分が足を遅らせる楔になっている間に行けと、そう言うつもりか?」
 不機嫌な顔をレヲナの右に並ばせ、解いた竜尾刀「ディモルダクス」で跳びかかってきた魔獣を打ち据えたのはメンカル(ka5338)である。
 上空を旋回するポロウ“エーギル”が惑わすホーで雑魔の目を塞いだのを確認し、レヲナへ怒気を含めた視線を突きつけた。
「ママの思いと黄金の縁とで繋がれたおまえの命、無駄にするつもりか?」
 ぐっ。喉を詰まらせるレヲナ。それでもなにか言い返そうとして、それもまた飲み下す。――メンカルの目に映る万感の翳りを見てしまって、
「寿命を全うする以外で死ぬことを、俺は許さんからな」
 言い置いて、メンカルは踏み出した。
「砲撃部隊とは打ち合わせてきた。俺は下がりながら敵をできる限り密集させる。迎撃部隊とおまえは急いで砦に向かえ」
「でも、それじゃメンカル君が!」
 噛みついてきたレヲナへ、メンカルは肩越しに薄笑みを投げて。
「俺は末永く息災でいると約束した。無理はするが、無茶はしないさ」
 アクセルオーバーの加速に乗って、かき消えた。
「もうスキルもほとんど残ってないんでしょう? まずは後退。いいわね?」
 カーミンの言葉にとどめを刺されたレヲナは、奥歯を噛み締めて踵を返す。

 仲間たちがそれぞれの戦いへ向かう最後方、コンフェッサー“ホットリップス”に搭乗した百鬼 一夏(ka7308)は砦の防壁へ取り付く雑魔を蹴散らしている。
『さあ! 雑魚はどんどん放り出しちゃいますよー!』
 マテリアルネットで妖魔を絡め取って放り捨て、KBシールド「エフティーア」の拳塊で続く魔獣を叩き潰した。
 さらには壁の亀裂へ取り付いた雑魔どもを青龍翔咬波で一気にこそげ落とし、マテリアルバルーンで即席の盾を形成、亀裂を守る。
 バルーンを割ろうと槍や牙を突き立てる雑魔へ蹴りをくれておいて、一夏は防壁の上にいる守備隊員へ声をかけた。
『危なそうなところがあったらすぐ教えてくださいね!』
 モニタアイをどれだけ巡らせようと、映るものは敵、敵、敵。そして敵の向こうには、一歩ずつ荒野を踏みしめて攻め来たる“皆殺し”があった。
 今日は守りの戦いですから! なにが来たって止めてみせますよ、絶対に!
 彼女が決意と共にマテリアルを燃え立たせた、その次の瞬間。
“皆殺し”の錬金砲がごぼり。やわらかな砲弾をロングバレルから撃ち放った。

●重弾
 空を押し割り、飛ぶ砲弾。
 マテリアルによって起爆されたそれは、バレルの内に刻まれたライフリングによって横回転を与えられ、縦に引き延ばされながら防壁へと向かう。
「ポロウ!」
 ツィスカの指示を受けたポロウが横にスライドし、弾道からその身を引き離した。見ただけで知れるあの質量、近くを通過されるだけでポロウの飛行は容易く崩されるだろう。それに。
 あの弾がまとっている魔力だけでも相殺できれば――!
 しかし。
 弾道上へ残してきたポロウの惑わすホーは、砲弾に反応すらしなかった。
 技ではなく、元々の質ということですか!!
 思い至ると同時に急ぎトランシーバーを探るツィスカ。この一発には間に合わずとも、次には間に合わせなければ。

「ぬ!」
 残された左眼で照準器越しに砲弾を確認したミグは、脳内でその弾道を計算しながら照準を合わせ。
「てぇーっ!!」
 すでに弾込めを終えていた滑空砲を撃ち放した。
 グランドスラムのブースターで加速した弾はまっすぐに錬金弾へ向かい、その横腹をかすめて炸裂したが。
 錬金弾はほんのわずか弾頭をななめ下へずらしただけで、そのまま防壁へと向かう。
 一発では足りぬか!!
 と。思わず舌打ちしたその足元に雑魔の群れが押し迫り、装甲の隙間へ穂先や爪牙をねじり込み始めた。
『ええい、邪魔じゃ!!』
 蹴り散らしながら、ミグは左眼を巡らせる。錬金砲が再び撃ち出される前に、ウルスラグナの次の移動先を確保しなくてはならない。雑魚にかまっている暇など、彼女にはないのだ。

 防壁の根元に迫る錬金弾。
『させません!!』
 助走をつけて横っ飛び、ホットリップスがシールド「スプートニク」で鎧った右手を伸ばした。あと少し、もう少し、届いた――
 シールドの守りを得ていたはずの右手が手首部分からねじ切られ、砕け散った。
 もんどりうって地へ叩きつけられた機体の内、一夏は錬金弾の行方を追う。
 果たして錬金弾は、防壁に突き立ち、動きを止めていた。ミグの迎撃と自分の右手が速度を殺していなければ、突き抜かれていたのはまちがいない。なんとか崩落させられるのは防げたが、それでも壁には無数の罅がはしり、強度を大きく損ねていた。
 すぐに起き上がり、残された左手でスプートニクを拾い上げたホットリップスは、罅を押し広げようと壁へ群がる雑魔へ向かう。
 雑魔どもを打ち払いながら、一夏は奥歯を噛み締める。あの弾は生半な手では止められない。命を賭けてようやく、どうにかできるかもしれないくらいの代物だ。
『――だからって、弾にビビって逃げ出す程度の覚悟でここに立ってませんよ!』
 どんなピンチも撥ね除けてみんなを守り抜く、それがヒーローですからね!!

 ――一発でコンフェッサーの手がぶっちぎれた!? 味方の砲撃だって当たってたってのに!!
 零次はそのまま釘付けられそうになる視線を強引に“皆殺し”へ引き戻した。
 あの錬金砲をまともに喰らえば、生身の自分は文字通りに爆散する。こうして跨がっている赤雷もろともだ。
『雑魔よりも“皆殺し”に集中を! 撃たせてしまえば為す術がありません!』
 ツィスカからの通信を受けた彼は、赤雷に警戒を促し、一方で加速を指示した。
「俺は予定どおり行くぜ! とにかく近づかねえと話が始まらねえしな!」
 腹を据えた彼の進路を塞ぐ、“皆殺し”の小型砲の砲撃。
「おっかねえな!」
 ばらまかれた破片を零次が機甲拳鎚「無窮なるミザル」で打ち払う中、赤雷は爆炎の隙間をバレルロールでかいくぐり、羽を力強くはばたかせた。
“皆殺し”はロングバレルを防壁に向け、まっすぐにそこを目ざしている。その歩みは図体にそぐわず、相当に速い。
「一瞬でも足止めして、狙いを外させる!」

 小型砲の連撃をショートジャンプで抜けたウルスラグナが、ブレイズウィングを射出した。
 ミグの砲撃支援である程度の“足場”は確保されている。そして“皆殺し”の小型砲や小銃がこの機体に致命的なダメージをもらたすほどのものではないことは知れた。しかしながら。
“皆殺し”の錬金砲は常に防壁へ向けられています。けして私たちを狙うことなく。
 ブレイズウィングは錬金砲へまとわりつくように飛び、左右からその砲身を叩いたが、太い砲身は衝撃でかすかに傾ぐばかりで、傷ひとつつけられはしなかった。
 それでも、傾ぐならやりようはあります。撃つ瞬間を捕らえられれば、弾道は変えられるはず。
 飽きることなく足元へ跳びついてくる、もしくは空から覆い被さってくる雑魔ども。戻ってきた“翼”がそれを斬り裂くが、到底足りるものではなかった。
 焦ってもしかたないとわかってはいますが……まるで手が足りない状況がもどかしいところです。
 孤立しつつあることを自覚しながら、エルバッハは唇を引き結んだ。

『横一文字斬り!!』
 グランソードの薙ぎ払いが妖魔どもを断ち、踏み出す先を拓く。
 踏み出せば新たな雑魔が迫り、先を塞ぐ。
 それでもざくろは意気を曇らせることなく敵を討ち、進み続けていた。
 もうすぐ“皆殺し”と対することになるね――少し、あてが外れたところはあるけど。
“皆殺し”の錬金砲がハンターに向けられないことは予想外だった。つまりあの硬い外殻は、小うるさい迎撃に構わず防壁へ集中するための備えということだ。
でも、それならそれでいいよ。ざくろたちが目に入らないなら、それを利用するだけ。
 妖魔どもが突き出してきた槍の穂先を膝甲でいなしながら踏み込み、攻性防壁の電撃で弾き飛ばしたグランソードは、その場で機体を横回転させ、スナップを効かせた雲山の横薙ぎで断ち斬った。
『そこをどいてとは言わない! 押し通らせてもらうから!』
 マテリアルの光を灯した刀身を掲げ、グランソードは“皆殺し”と距離を詰めていく。

 後退する迎撃部隊へ回り込んでいた雑魔が襲いかかった。
「退いてるのに迎え討たれるなんてね」
 レヲナの背に合わせた背で弾みをつけたカーミンが「路を開けるわ」。
 そして駆け込んでいく彼女へと雑魔が殺到するが、それを迎えるのは、笑み。
「ごきげんよう。名残は惜しまないけどね」
 その手からこぼれ落ちたマテリアル式手投げ弾「Iron mango」は地を転がって雑魔のただ中へ。雑魔どもが目を奪われた寸毫の内に、カーミンの姿はかき消えていて。
 残像が放った8発の弾丸が胡蝶蘭を咲かせると同時、プラズマボムが炸裂。雑魔どもを消し飛ばした。
「今の内に」
 涼風のごとくに元のポジションへ戻ったカーミンは迎撃部隊へ告げ、“皆殺し”を返り見る。
 あの砲弾は怖い。でも、それよりもっと怖いのは、砲弾と連動した雑魔よね。
 敵は強力な“皆殺し”といくらでも遣い潰せる雑魔、その両方を本命且つ餌として差し向けてきた。どちらかに対処ができても、残された側が決定打を打つように。
 シンプルだけど太い策よね。でも、だからって簡単にはやらせない。

 エーギルの惑わすホーの支援を受け、雑魔群のただ中へ跳び込んだメンカルは、自らのマテリアルを燃え立たせ、文字通りのトーチとなって敵の目を引きつける。
 さて、ここからが本番だ。
 ディモルダクスから換装したシールド「イージス」を構えて敵群の側面へ回り込み、迎撃を盾で滑らせながら踏み込み、すぐに離れては別方向から回り込み、踏み込んで、離れる。少しずつ、着実に、まばらだった雑魔どもをひとつにまとめあげていくその様は、さながら牧羊犬が羊の群れを追い立てるようで。
 ――今だ。
 取り決めておいたハンドサインを送れば、それを見たエーギルが空で守備隊へ合図を送る。
 直後、防壁の上に並べられた砲が火を噴き、密集した雑魔群をしたたかに撃ち据えた。
 よし。アクセルオーバーの加速で砲の範囲外まで駆け抜けたメンカルは小さく息をついた。
 さすがに無傷ではすまなかったが、この戦果は守備隊の意気を高め、戦意を大きく回復させるはずだ。耐え忍ぶ戦いを乗り越えるには、なによりも気持ちの有り様が重要となる。
 再びディモルダクスを手にしたメンカルは鋭く踵を返した。砦に向かう雑魔を少しでも減らすため、マテリアルをさらに高く燃え立たせて新たな敵へと向かう。

 そして。
 繰り広げられるハンターの奮戦を見下すかのように、“皆殺し”の錬金砲がごぼり。ロングバレルの奥で異音を響かせた。

●接敵
「っ!」
 異音を探知したエルバッハはすぐに機体をショートジャンプさせて雑魔を一度振り切り、ブレイズウィングを飛び立たせて砲身へと向かわせた。
 横殴りに押し寄せた小銃弾が装甲の上で弾け、ウルスラグナを細かに揺する。悪酔いしそうになるのをこらえて“皆殺し”を見れば、砲身を叩かれてずれた砲身をまっすぐ向けなおしていて。
 時間差攻撃!? せめてこちらが連携できていれば……!!
『まだ間に合います!!』
 トランシーバーから飛び出してきたのは、ツィスカの声音。
 それを追いかけるように飛び来た幻獣ミサイル「シンティッラ」が“皆殺し”の足元で爆ぜ、周囲にあった雑魔ごと逆巻くプラズマ嵐で飲み込んだ。

 この戦果を確かめたツィスカは、ポロウに全速力で飛ぶよう指示を出す。
 味方の突入タイミングを計るため、前進を控えていた彼女だが、次は魔法が撃ち込める間合まで少しでも早く辿り着かなければならない。
 それまでにあと何発撃ち込まれるか……いえ、防壁がどれだけ耐えられるものか、ですね。
 アクケルテで空の雑魔を撃ちながら、彼女は砲弾の軌道を見定めるべく視線を200メートル先の砲口へ固定した。

 ツィスカが拓いた狭間へ飛び込んだのはグランソードだった。
 敵の薄い箇所まで機体を回り込ませていたことで、もっとも“皆殺し”から近い位置より戦いを開始したグランソード。これまでは砦への敵群の圧を減らすべく雑魔退治に力を尽くしてきたが、攻め時と見たざくろはフライトシールド「プリドゥエン」で一気に雑魔どもを跳び越え、ここに到ったのだ。
 これ以上は自由にさせない!
『行くよ!!』
 ブリドゥエンから飛び降りざま機体を低くかがませる。大きく前後に開いた両脚で倒れ込みそうになる機体を支え、踏み止めた反動を乗せて、肉迫した“皆殺し”へ雲山を振り込んだ。
『超重斬艦刀、横一文字っ!!』
 超重練成で巨大化した刃が“皆殺し”の左足首を打ち。
 その巨体を傾がせた。

 ここだぜ!
 超低空のディープインパクトで集まり来た敵を薙ぎ払う赤雷。
 その背から飛び降り、地へ転がった零次は回転を利して跳ね起き、“皆殺し”の裏を突いて駆ける。
 すぐに“皆殺し”の脚から伸び出す腕が光刃を振り込んでくるが、これを突き出した肩で受け、零次はぐっと腰を落とし込んだ。
 ただそれだけの間に、息は整えられている。
 これまで練り上げ、研ぎ澄ましてきた心技が、傷の痛みを越えて彼という格闘士を最適化する。
「ふっ!!」
 しっかと据えられた阿修羅の構えから、呼気と共に繰り出されるミザル。揺らぎ、半ば持ち上げられた“皆殺し”の左脚ならぬ、軸である右脚へと突き立ち、白虎神拳を打ち込んだ。
 まだまだっ!
 拳へさらに練り上げたマテリアルを注ぎ込み、肘、肩を回してより深く、青龍翔咬波をねじり込む。
 そのインパクトが脚を突き抜け、向こう側の腕をへし折った。
「どうだ!?」
“皆殺し”の返答は……無事を保つ腕どもによる、光刃の殺到。
 ずたずたに斬り裂かれながらも致命傷を避けた零次は薄笑み。
 よくわかんねぇが、まだ死ぬなってことか。ありがとな。もう一回、全力でやらせてもらうぜ。

 果たして、体勢を傾がせたまま“皆殺し”が錬金砲を撃ち放った。傾いだ分低い弾道を辿り、衝撃で荒野を抉り取りながら防壁を目ざす。
 それを待ち受けていたのは、精密砲撃姿勢を取ったヤクト・バウ・PC。
 まっすぐ飛んでくるなら狙いもつけやすいというものじゃ。
 まさに一瞬で照準を錬金弾の弾頭部に合わせ、引き金を絞る。加速した徹甲榴弾が真っ向からぶち当たり、そして――錬金弾をぶるりと震わせた。
 これでも止められぬか!? しかし!
 錬金弾は弾頭部を大きくへこませ、増加した空気抵抗によって速度を減じさせていく。
 それを。
『捕まえましたよ!!』
 防壁の前に立ちはだかったホットリップスが、エフティーアで鎧った右手でしっかり掴み止め、さらには胸へ抱え込んで地へ伏せた。
 ホットリップスの胸部装甲を削りながらもがいていた弾はやがて勢いを失い、ついには沈黙する。
 何度だって止めますよ! 絶対に!

 砲弾の正面から強い打撃を与えられれば止められはする。でも、何度も同じことができるはず、ないわよね。
 宙を一回転、リボルバー「ドラグーン」から胡蝶蘭の8連射を雑魔へ撃ち込んだカーミンは、地へ降り立つより早く次弾の装填をすませて戦場を探る。
 錬金砲の存在を知らされながら、対策が足りていなかったことは明白だ。しかし、それに囚われて為すべきを見失っては本末転倒。
「大門に着いたら打ち合わせどおりに!」

 味方の砲撃を呼び込むため、囮を務め続けるメンカル。
 その体には無数の傷が刻まれており、無事な箇所を見つけることが困難なほどである。
 息災とはけして言えない有様だが、しかし。この死線を越えたなら約束は継続される。そう、生きてさえいれば。
 イージスを妖魔の眼前に突きつけて視界を塞ぎ、バックハンドでその腹を打ったメンカルは踵を返した。
「これだけの数でかかってたったひとりを殺せんとは、しょせん雑魚は雑魚ということだな」
 挑発と灯したソウルトーチのオーラを引いて駆け、雑魔どもを引き寄せる。

●集中
 ハンターたちの攻めを受けながらも“皆殺し”は動きを止めることなく、そして砲を振り向けることもなく、防壁へ向けて限りなくやわらかく果てしなく重い砲弾を撃ち込んでいく。
『一刀両断っ、スーパーリヒトカイザーっ!!』
 グランソードが“腕”を損なった左脚へ光の剣を突き込み、前を塞ぐ雑魔もろとも灼いて。
 その路を駆け抜け、半ばで腰を据えた零次が追撃の青龍翔咬波を撃ち込んだと同時に横へ転がり、小型砲の反撃をかわす。
 爆風に巻かれかけた彼を、急降下してきた赤雷が危ういところですくいあげ、空へ。
『一度体勢を立てなおしてください』
 ウルスラグナの内より告げたエルバッハは“皆殺し”との間合を計ってブレイズウイングを飛ばし、雑魔と砲身とを叩いたが、しかし。
“皆殺し”はいっそひたむきとさえ言いたくなる執拗さで防壁へ砲口を固定、撃つというよりも吐き出すように弾を放つ。

「くー、あの雄壮にして強固なる錬金砲! ミグにこそふさわしいんじゃああああああ」
 ほちい!!
 ほとんど全部が飛び出してしまった本音、その最後のひと言だけを噛み殺すミグ。
 しかしながらその指先は目にも止まらぬ迅さでコンソールを舞い、ヤクト・バウ・PCはその重厚な出で立ちとは裏腹なかろやかさでポジショニングを定め、徹甲榴弾を撃ち出した。
 標的は空を飛ぶ錬金弾。
 とはいえ、“皆殺し”の砲角に合わせ、弾道を計算した一発であれ、高速で飛来する点を点で迎え撃つなど、神ならぬ身に為せようはずはなかったが。
 互いの弾速さえ知れておれば“面”で引っかける程度はできようというもの!
 ミグの思考が切れるより先にグランドスラムの追加火薬が爆ぜ、炸裂した徹甲榴弾が、爆圧の網で錬金弾を絡め取る。
「どうじゃ!?」
 爆圧で弾道の安定を奪われた錬金弾は、それでも墜ちることなく飛び続け、防壁の一点へ突き立ち、ぼぞり。風穴を空けた。
 止めるにはやはり、弾自体を真っ向よりぶつけてやらねばならぬようじゃな……できるか、ミグに?
「こちらミグじゃ! 撃たせてよい! ただし弾道をまっすぐミグの上を通るよう固定してくれ!」
 神に遙か及ばぬ身で奇蹟を成すことはできない。だからこそ人の力を結集し、奇蹟を困難の域にまで引きずり下ろす。

 間に合わなかった!
 穴をマテリアルバルーンで塞ぐとともに壁上から退避する守備隊をカバーする中、一夏は届かなかった左手をコクピットの内で握り締めた。
 ヤクト・バウ・PCの迎撃が弾速を鈍らせてくれたことで、防壁は大破を免れた。しかし、足場の安定を奪われた味方の砲もまた沈黙し、雑魔の接近を容易く許す。
 と。かぶりを振って懸念を払い、一夏は自らの両頬を平手で強く打ち鳴らした。
 ――今は守備隊の人たちが無事だったことを喜ぶ! 次は止める!

 砲撃隊からメンカルへ通信が入った。壁の上から砲の一部を下ろして再配置する。その間はこちらへ構わず離れてくれ。
 気づかいには感謝するがな。
 メンカルが退けば雑魔への圧は損なわれ、雑魔はそのまま砦へ殺到する。しかも今も“皆殺し”は前進を続けており、もうじきにここまで到るのだ。対応班が“皆殺し”へ集中しきれなくなれば、戦線は一気に瓦解してしまう。
「少しばかり無茶をしてみるか」
 厚みを損なった砦からの砲撃を最大限生かすため、メンカルは傷ついた体にソウルトーチを燃え立たせ、駆け出した。

“皆殺し”の見かけによらぬ健脚は、肉迫して攻撃を加えているハンターたちを置き去り、砦へと迫りゆく。
『ともあれ掃除はすませた! 飛ぶのじゃ!』
 ミグの通信に「了解」とだけ応え、エルバッハが愛機を仲間ごと、プライマルシフトで機体を飛ばして追いすがった。ただ、これによって彼女の攻撃の手は止まり、砲の照準をずらすことはできなくなる。
 これではなにもできないまま“皆殺し”を砦へ到達させてしまう。その前に仲間がしかけてくれている足止めを成功させ、ミグからの要請を果たすと同時にあの連記砲を封じる。
 ……まずは錬金砲の発射を見極めなければなりませんね。
 元よりあきらめるという選択肢はない。まさにやるしかない状況だった。

『左脚に攻撃を集中させる!』
 地に降り立ったと同時に駆け出すグランソードの内よりざくろが告げ。
「おおっ!」
 中空から急降下した赤雷と共に続く零次が応えて。
“皆殺し”の左脚へ、左右からの連撃を浴びせかけたが。
 それでも“皆殺し”は止まらない。そして悠然と左足を踏み出し、踏み下ろした――そのとき。

『おふたりとも動かず待機を!』
 ツィスカの通信がざくろと零次を留め、噴き寄せる無数の氷柱が“皆殺し”の錬金砲を打ち据え、凍りつかせた。
“皆殺し”の備える小型砲群に凍気がまとわりつき、断続的なダメージが加算されていくことを確認したツィスカは。ポロウを旋回させて間合を取りなおす。
 錬金砲を狙うべきかとも思ったが、万が一あれが仲間へ向けられては、その命が危うくなる。
 それに、ただ攻撃したとてあの砲をどうにかできる目はないだろう。攻撃を集中させるためには起点となるエルバッハの手を自由にさせなくてはならないし、ざくろはともあれ零次の拳が届くよう“皆殺し”の高さを損ねなければならないのだから。
 ここからが正念場です。一手も打ち間違えることは許されません。
 ポロウの背で表情を厳しく引き締めたツィスカは、ロイバルトの鍔元で跳びかかってきた魔獣の顎を受け止め、ひねり込みながら下へと振り捨てた。

 一方、交戦をカーミンとレヲナに任せて後退を急いでいた迎撃隊が、ついに傷ついた防壁の大門に到達した。
 先行していたゲー太はすでに重傷者を砦内へ引き渡し、Cモード「hole」による塹壕を掘り終えていた。次いでCモード「wall」で敵の突撃を抑える壁を構築しにかかる。
 迎撃部隊員とマチヨ族へそれぞれ指示を出し終えたカーミンは、魔道パイロットインカムで守備隊長を呼び出し。
「私が言う場所に移動中の砲を配備して。命綱になるかもしれないから」
 そしてレヲナへ。
「あなたは塹壕の守りをお願い」
 言い置いてふわりと駆け出したカーミンは、手の内へ滑り落とした八握剣の束を指先で解く。
 さあ、踊りましょう?
 上体を優美に旋回させる中で投げ放った手裏剣が、方々より迫る雑魔どもを突き、咲き乱れるサザンカのごとくにその偽りの血を散らしてみせた。

●守護神
 ポロウを急降下させたツィスカが、ロイバルトの剣先に術式陣を展開、“皆殺し”の残る小型砲へ向けてアイシクルコフィンを放つ。
 これで少しでもみなさんの被弾を抑えられれば――!
 錬金砲の脅威を封じるためにも、今は攻めの手を繋ぐ。降りそそぐ小銃弾の豪雨に打たれながら、彼女は手綱を引いてポロウを空域から離脱させた。
「追撃をお願いします!」

 ここまでお膳立てしてもらったんだ、ムダにはしねえ!
 担ぎ上げた雑魔の骸を傘代わりに弾雨の中を突き抜けた零次は、傷だらけのミザルを握り込み、阿修羅の構えを据える。
 金剛不壊を重ねた体から闘気迸り、白虎神拳に乗って“皆殺し”の左脚へと打ち込まれ――続く青龍翔咬波を高く猛らせた。
 それと同時。
『超重斬艦刀、霞突き!!』
 零次の拳の逆から踏み込んだグランソードが超重練成の巨刃を突き込んだ。
 今度こそ、届かせる! ざくろの意志を映した魔導の切っ先は造りものの肉を貫いて、貫いて、貫いて……気功の龍と交錯し。
 ついにその脚を砕き割った。
 傾き、崩れ落ちる“皆殺し”。しかしその砲口は防壁を向いたまま動かず、異音と共に弾を吐く。

 ミグはヤクト・バウ・PCをまっすぐに据え、半眼を保つ。
 錬金弾の弾道は愛機の右方。たとえ当てられたとしても敵弾の動きをいたずらに複雑化させるだけだ。
 一夏殿、頼むぞ。

 ミグの意図と覚悟はわかっていた。
 だからこそ一夏は“皆殺し”の砲口の角度に合わせてホットリップスを駆け込ませ、眼前にマテリアルバルーンを展開させたのだ。
 絶対掴める!!
 スプートニクで覆った掌を、バルーンの裏から伸べる。
 わずかな抵抗と共に爆ぜ飛んだバルーンの向こうから錬金弾が現われ、光盾の表面にまとわりついた。凄絶としか言い様のない衝撃が機体と内の一夏を貫いて、彼女の視界を赤く染め上げるが。
『つか、まえたあああああああああっ!!』
 へし折れていく左腕を無理矢理に畳み、すでに壊れている右腕で弾を抱え込む。胸部装甲が弾圧で割れ、コクピット内の計器が順に火を噴いた。
 それでも。
 ホットリップスの両脚は装甲の内でひしゃげながらも機体を支え続ける。
 通さない!! 砦の中にいるみんなを殺させない!! 私が!!
『守ってみせる!!』
 押し込まれていた機体が、ついに防壁に背をつけて、止まった――その胸に抱えた錬金弾と共に。
 無事を保ったヒールポーションを、喉の先まで迫り上がる血塊といっしょに飲み下した一夏が、愛機を内からなでた。
 ありがとう、ホットリップス。あともう少しだけよろしくね。

 片脚を損なった“皆殺し”は四つん這いの姿勢で砲を振り上げた。狙いを防壁に据え、異音を響かせる。
 ――3、2、1。
 エルバッハはカウントダウンを開始、ゼロと同時にブレイズウィングを射出した。
 彼女は仲間を移動する戦場へ運びながら、あの錬金砲の特性を探り続けてきた。成果はけして多くなかったが、ただひとつ、はっきりしたことがある。
 あの音からカウント3を数えてしまえば、砲の発射は止められない。
 つまりその後に攻撃を加えれば、砲はその弾道を修正できない。エルバッハだけでは撃ち出すことを止められないとしても。
 弾道を合わせることができれば!
 ウィングが砲身を打ち、砲口の向きを定めさせる。そして。

 発射された錬金弾の正面には、精密射撃姿勢をとったヤクト・バウ・PCが在った。
 まさにどんぴしゃじゃ!
 真っ向から、弾頭という一点へ撃ち込まれた徹甲榴弾がひしゃげてからみつき、起爆。
 やわらかな錬金弾は弾頭を凹型に押し広げられ、爆発的に増加した空気抵抗を受けて失速、壁へ届くことなく地へ墜ちた。
『次は砲を損なう――のはもったいないが、ええい! 損なうのじゃ!!』
 ミグがトランシーバーと外部スピーカーを通じて発した声音を手繰るように、高空より数多の声音が振りそそぐ。

 数百もの翼持つ幻獣が、突撃陣形を組んで戦場へと飛び込んだ。
 ワイバーン群のファイアブレスが空の雑魔を焼き落とし、グリフォン群が腹にくくりつけたミサイルを撃ち放って地上の雑魔を噴き飛ばす。残された雑魔へとどめを刺すのはイェジド群が担い、ポロウ群は全体の支援に跳び回る。
「ミサイル余ってる子はあっちのでっかいヤツに撃ち込んでちょうだい! 他の子は雑魔蹴散らすわよぉ~!!」
 ワイバーンの一頭に跨がるゲモ・ママ(kz0256)の甲高い指示を受け、幻獣群が速やかに動き出した。

 来たか。
 メンカルがわずかに上向かせた視線を引き下ろし、小さく息をついた。
 ママがどんな手を使って幻獣を説き伏せ、武器までそろえてきたのか想像もつかなかったが、ともあれこれで雑魔を気にする必要はなくなったわけだ。
 そしてメンカルはナイトカーテンのオーラにその身を隠し、“皆殺し”へと向かう。
 この死線を渡りきって、俺はあの夜に交わした約束を繋ごう。

 大門を背負うように位置取るカーミンからの合図で、マチヨの男たちがアブソリュート・ポーズを決めて光り輝いた。
 その直後。なにもなかったはずの空間より染み出した雑魔群が弾き飛ばされ、塹壕を囲うように配置されたCモード「bind」の法術地雷によって動きを封じられる。
 しかけてくるならここよね? 崩しきれなかった防壁じゃなく、開閉するからこそいちばん弱い門への奇襲。
「私のおもてなし、気に入ってくれた?」
 戦場のどこかに潜んでいるのかも知れぬ敵へうそぶき、カーミンは反撃に出た迎撃部隊の支援へ回る。
 賭けに競り勝ったはずなのに嫌な予感は消えず、胸を押し詰める。備えを解くわけにはいかなかった。

●撤収
『ようやく全霊をもって敵を撃てるのじゃ!』
 ミグ回路で急速チャージされたマテリアルがグランドスラムを地に打ち鳴らし、味方の突撃を支援する。
 隙間を埋めにくる雑魔。それをガウスジェイルでその鋼の体を鎧ったグランソードが阻んで。
『この先へは一歩だってざくろが通さない!』
 その背後から、イェジドを中心とする幻獣の地上部隊と共に零次が駆け出す。
「決着つけるぜ!!」
“皆殺し”に残された小型砲と小銃とが一斉に彼らを狙うが、グリフォン部隊のミサイルと、赤雷を先頭に据えたワイバーン部隊の追撃とがそれを許さない。
 さらに。
「ポロウ、惑わすホーを!」
 ツィスカの指示は彼女のポロウのみならず周囲のポロウ部隊へも伝達し、果たして一斉に張られた惑わすホーの多重守護陣が“皆殺し”の光刃の行方を惑わせた。
「錬金砲はまだ健在――攻撃を集中させてください!」
 最後に残されたアイシクルコフィンを異音響かせる錬金砲へ撃ち放し、ツィスカは仲間を呼び込んだ。
 幻獣部隊の救援、加えて一夏の命賭けの守備とカーミンの読みの的中により、戦況は覆った。そして現状、敵の増援や策の影は見えない。
 あくまで現状は、ですが。

 ツィスカとは別の懸念を抱きながら、エルバッハは錬金砲を緩慢にもたげ、防壁へと向ける“皆殺し”へブレイズウィングを射出する。
 ここまできてまだ私たちではなく、防壁を狙うのですか。……主力であるはずの“皆殺し”を使い捨ててもいいと、そう敵が考えている気がするのは杞憂でしょうか?
 早期に錬金砲を潰せなかったことで、こちらの選択肢は大きく狭まった。それを敵が利するなら、果たして。
 その間にも、凍結した砲身を“翼”が薙ぎ、わずかずつ下向けていく。
 今は“皆殺し”を討たなければ。心を定めたエルバッハは集中を取り戻し、操縦桿を握り締めた。

 地へすりつけられた“皆殺し”の砲口へ幻獣の顎と零次の白虎神拳が突き立ち。
「終わらせる」
 染み出すように姿を現わしたメンカルが、砲身を逆巻くように跳躍、ディモルダクスを一閃させた。
 狙いは跳ぶ前に定めてある。すなわち、ツィスカの凍結させた一点。
 かくて打ち鳴らされた砲身は、縫い止められた砲口を振って衝撃を逃がすこともできず、無数の罅を刻みつけられる。
 そこへ――轟然と踏み込んだグランソードが超重錬成の刃を大上段から振りかぶり。
『超重斬艦刀! 真っ向唐竹割り!!』
 マテリアルのオーラを噴く巨刃をまっすぐに叩きつけた。
 砲身ごと頭部を割り割かれた“皆殺し”はごぶり……異音を詰まらせて。
 弾を吐き出すことなく、動きを止めた。

「周囲の警戒を! 守備隊はなにがあってもすぐ動けるように!」
“皆殺し”討伐の歓喜に守備隊が沸き立つより早く、カーミンが通信を飛ばす。
 先の奇襲が読まれてもいい策だったとすれば、敵はかならずもう一手しかけてくる――その思考が答を導き出す前に、正解はもたらされた。
『砦の西に敵大群が出現しました! 攻め寄せてきます!』
 斥候を務めていたツィスカの通信がもたらされる。
 それを追うように守備隊長からの通達が届いた。ハンターの尽力で防壁はなんとか保たれたが、これ以上の敵群を抑えることは不可能だ。パシュパティ砦を放棄し、他部隊が拓いてくれた退路を辿って東へ撤収する。これは部族会議の決定である。
 あの錬金砲は結局のところ、陽動だったということだ。
 こちらの目を釘づけるためだけに“皆殺し”は在り、執拗に防壁を狙い続けた。
 あともう少し手を重ねて錬金砲を損なわせることができていれば、あの新手を早期に釣り出し、砦を盾にしての遅滞作戦を展開するなり、速やかな離脱を実施するなりできたかもしれない。
 だが、今たらればを語ることに意味はない。追い詰められていないこの状況を、最大に生かさなければ。
「幻獣たちをすぐに撤収させて! 迎撃部隊とマチヨ族は門の解放準備! 新手に埋め尽くされる前に撤収を完了させるの!」
 指示を出しながら、カーミンは勢いを盛り返しつつある雑魔群へゲー太と共に踏み出していく。
「退路までの連絡路を繋ぐわ」

 深いダメージを負ったことで対“皆殺し”へ加わらず、雑魔退治に努めていた一夏は、今にも焼けつきそうなホットリップスの魔導エンジンを最大出力へ叩き込み、守備隊の撤収の支援にかかる。
『敵は私が抑えます! みなさんは急いで東に向かってください!』
 一夏は目尻にこぼれた血を指先で払い退けた。
 絶望なんてしてられませんよ。最後の最後まであきらめず、斃れず、立ち続けて、私はヒーローであることを貫くんです。

 そして。
 カーミンと一夏の尽力に加えたツィスカの避難誘導と合わせたミグの支援砲撃とエルバッハのプライマルシフトによる大量転移。それを支えた零次、メンカル、ざくろの奮闘により、守備隊はなんとか東への撤収に成功する。
 守備隊の壊滅を水際で食い止めたハンターたちは、歪虚群に飲み込まれゆく砦を返り見て噛み締めた。
 この辺境の戦いは、まだ終わってなどいない――

依頼結果

依頼成功度普通
面白かった! 10
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズka1559
  • ヒーローを目指す炎娘
    百鬼 一夏ka7308

重体一覧

  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオンka2434

参加者一覧

  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヤクトバウプラネットカノーネ
    ヤクト・バウ・PC(ka0665unit008
    ユニット|CAM
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    マドウボウケンオウグランソード
    魔動冒険王『グランソード』(ka1250unit008
    ユニット|CAM
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズ(ka1559
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ゲーター
    ゲー太(ka1559unit003
    ユニット|ゴーレム
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウルスラグナ
    ウルスラグナ(ka2434unit004
    ユニット|CAM
  • 胃痛領主
    メンカル(ka5338
    人間(紅)|26才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    エーギル
    エーギル(ka5338unit003
    ユニット|幻獣
  • アウレールの太陽
    ツィスカ・V・A=ブラオラント(ka5835
    人間(紅)|20才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ポロウ
    ポロウ(ka5835unit001
    ユニット|幻獣
  • 拳で語る男
    輝羽・零次(ka5974
    人間(蒼)|17才|男性|格闘士
  • ユニットアイコン
    セキライ
    赤雷(ka5974unit002
    ユニット|幻獣
  • ヒーローを目指す炎娘
    百鬼 一夏(ka7308
    鬼|17才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    ホットリップス
    ホットリップス(ka7308unit002
    ユニット|CAM

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/07/30 20:14:01
アイコン 質問卓
エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/07/28 13:45:36
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/07/28 20:33:59