• 聖呪

【聖呪】消失せし罪人は嗤い、愚者は惑う

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/06/12 19:00
完成日
2015/06/21 20:56

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 常ならば涼風が流れる王都の夜は、この日ばかりは違った。日中の熱が王都を包み込み、誰しもが恨み言と共に眠れぬ夜を過ごしていた頃、ある一室に、一人の男が訪れようとした。
 エリオット・ヴァレンタイン(kz0025)。甲冑は外している。襟元を寛げてはいるが男の肌には薄く汗が滲んでいた。凡夫とは程遠いこの男にしても、熱篭もる夜は過ごしにくいものであるらしかった。あるいは、目元に滲む疲労も少なからず影響しているのかもしれない。何せ、人々は寝静まろうとする頃までこの男は書類と向き合っていたのだから。
 ノックをする前に戸が開いた。
「や、遅かったね」
 陽気な口調でヘクス・シャルシェレット(kz0015)。絹のシャツを纏ったヘクスは薄い笑いを浮かべた。部屋には窓一つ無いが、不思議と風の流れを感じる。換気口は在るのだが、それだけでなく冷気が包んでいた。如何なる魔導具を用いているかはエリオットにはわからぬが、只ならぬ金が動いていることは知れた。
「もう少し、内装にも手をかけたらどうだ」
「エリーはそういうの、苦手じゃない? 必要なら取り寄せるけど……ま、座って」
 部屋の造りも。進められた椅子もどうにも安っぽいのだが、それすらも誂えたものかも知れない。追求を諦めたエリオットは深く息を吐いて座す。
「それで。今回はどうした」
「ふふ、決まってるじゃないか」
 つ、とワイングラスを掲げて、言う。
「漸く辺境から帰ってこれたんだ。色々片付いたし、久しぶりに親交を深めようと思ってさ」
「……」
 どうにも胡散臭いものを感じながらも、グラスを掲げ。
「ご苦労だったな」
 と言うあたり、この男の人の善さが知れようものだった。



「で、何か聞きたいことはない?」
 酒が巡り始めた頃に飛び出した言葉に、エリオットは眉を潜めた。
「どうした、急に」
「いやぁ」
 つ、とワインで口元を湿らせてから。
「これからちょっと、暫く雲隠れするからさ。その前に聞きたいことないかな、って」
「……」
 つ、と。エリオットの目が細められる。脳裏ではどのような思いが巡っているだろうか。騎士団長の元に集う情報は多い。それらを踏まえると、眼前の男の動向には幾つか疑わしい点はある。
 だが。
「……無いな」
 酒を呷ったエリオットはそう言い切った。
「何処に往くにしても、必要なことなのだろう。ならばそれをしたらいい」
「おやまあ」
 心底愉快げにくつくつと笑うヘクスだったが、
「それじゃあ、そうしようかな」
 無言で再び掲げられたグラスに触れるか触れないかの距離で合わせて、笑みを深めたのだった。


 ――いやぁ。あんなに可愛げがある事をされちゃうと、なぁ。
 数日後。ヘクスは森の中にいた。伴も連れず、ただ一人で。
 いや。
「どうしたの?」
 正しくは、その眼前には一人の少女がいた。細やかな動きに合わせて、少女の赤い髪が、揺れる。
「え? ああ、いや」
 笑みを引っ込めると、努めて緊張した面持ちを作ってみせたヘクスはこう言った。
「お会いできて光栄です。麗しき歪虚のお姫様」
「……下らない。とっても下らないわ」
 クラベル、である。王位継承権を有する旧い貴族であるヘクスは今、ベリアルの配下と言葉を交わしていた。
「本心から、なんだけどなあ」
 クラベルは取り合わなかった。鋭く睨みつける。
「わざわざ私を呼び出した理由は、何」
「違うよね。君の方こそ、僕に用があった筈だよ。だから”わざわざ”姿を晒し、ほどほどの所で立ち去った」
「……」
「思っていたよりも長かったけど、ね」
 押し黙るクラベルに、今度こそヘクスは明確に、笑った。
「時が来たんだろう? ならば、今こそ、貴女達に利する事が出来ると思う」
「……気に入らないわ」
「おや、どこがだい?」
 その笑みが、とは、クラベルは言わなかった。常に笑っていた半身と違う、じりつくような違和感がクラベルの胸中に不満を生んでいた。
 再び生まれた沈黙の中で、ヘクスは胸中でこう呟いた。
 ――君を困らせたくなってしまうよ、エリー。

「……それじゃあ、行こうか」
「どこに?」
「ベリアル様の元に、さ」


 識者の言を借りればリベルタースの大疎開と呼ばれる、僻地の村落からの大移動が行われていた。もはや存続が叶わぬ村々からの移動は騎士団だけでなく、ハンター達の手をも借りて大々的に行われている。
 それも、佳境に差しかかろうとしていた。今や街道は輸送の馬車と下取りの商人達が行き交い、難民たちの列をハンターや騎士達、聖堂戦士団の戦士たちが護衛にあたる。数百人規模で行われる大移動だが、数も重なると至極速やかに行われるようになっていた。
 そんな折の事だった。
 下取りで買い叩き過ぎたが故に商品が積みきれない――そんな事態に巻き込まれた者達が居た。
 彼らはハンター達を雇って人々が去った道を戻り、その村へと辿り着いた。

 荷馬車一杯に、人々の生活の残滓をくみ上げていかんとする商人の名は青年ネスティとエルフの少女エアリィ。行商人である。
 知っている者は少ないが、疑っている者は大勢いるかもしれない。

 駆け出しの、密偵だった。

 そんな彼らは今、同道していたハンター達の喚起の声に身を潜めていたのだった。

 ネスティは天を仰いだ。茫然としているのか、無表情になった青年はこう告げた。
「最悪だ。商品の集荷に戻ったら歪虚と鉢合わせするなんて」
「……誰かに説明してるつもり?」
「僕なりに受けとめようとしてるんだよ」
 青年は手元へと視線を落とした。手元には無線機がある。スイッチが”入っていないこと”を確認して、こう零す。
「ハンター達は?」
「別の建物にいるわ」
「そ、か」
 その事に、少しだけ緊張を解いて、続ける。
「あの二体、だけど」
「……間違いないわね。騎士団が接触した歪虚」
 その二体のうち一体が≪黒蹄≫と呼ばれる存在であることを、二人は知っていた。もう一体のトカゲの脅威についても、また。
「もー最悪。何でこんなところにいるのよ……」
 エアリィの声には怯えが籠っていた。この場にいるのは、エアリィとネスティに加えて、数える程度のハンター達しかいなかった。馬や自分たちの存在がバレて、殺されてしまうのは想像に難くない。

 遭遇を、エアリィは偶然と考えているようだが、青年は違った。
 買い付けられるだけの商品を買い付けろ、という命令と共に多額の資金を渡されて、今、彼はここにいる。そして荷馬車に詰める量には限界がある。

 ――ポチョム様達はいったい何をしようとしてるんだ……?

 何か巨大な意図が裏で進行しているのではないか――と、青年は空寒いものを感じていたのだった。


 一方その頃。
「何だ此処は」
「……オイ黒蹄」
「……」
「オイオイオイ」
「……メェ」
「誤魔化してんじゃねえよ!」
 ビシィ、と地図を奪い取ったトカゲ男は、
「道に迷ってんじゃねェか……クソったれェ!」
 絶叫していた。

 

リプレイ本文


「いつかの商人の依頼を受けて、この状況か」
 よくもまあ斯くも拗れるものだと、アルルベル・ベルベット(ka2730)は薄く吐息を零した。関係者に問いただしたい所だったが、口も手も届く場所に居ないのが悔やまれる。

「……どういう組み合わせかは知らないが、調度良い機会だ。討ち取って見るとしよう。
 よくもまあ、此の身体に合う全身鎧があったものだ。全身鎧を身につけたディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271)は幼さの残る不敵な笑みを浮かべた。その視線の先にはイーディス・ノースハイド(ka2106)。頷きを返した彼女、小さく呟く。
「地図、か」
 喚くトカゲが手にするそれがどのような意味を持つのか。守護騎士たる彼女としては、確認したい所ではあった。
「まずは目を引く所からだね」
「うむ」
 傍らの民家にはクィーロ・ヴェリル ( ka4122 ) が潜んでいる。彼に限らず、ハンター達は期を待っているのだった。

 くふ、と。女は笑った。ヴィルマ・ネーベル(ka2549)。自称、霧の魔女。
「偶然とはいえこんな所でまた奴らに会うとはのぅ……クク、此処であったのが百年目、じゃな」
 嘯きながら商人達が隠れている民家の戸に手を伸ばす。
「う? あの歪虚、そんなに前からいたのです?」
「ん、む」
 怪訝なLeo=Evergreen (ka3902)の声色にヴィルマは言葉を濁しながら、戸を開いた。警戒した様子のネスティとエアリィに片手を上げて、
「ほれ、主らは早う馬を出して逃げよ。我らが時を稼ぐ故」
「いいの?」
「居ても邪魔なだけじゃ」
 打ち合わせをするエアリィとヴィルマを他所に、レオはネスティの耳元で囁いた。
「……レオは撤退に紛れて適当に帰るです。一緒じゃなくても心配はいらないのですよとあとで伝えて欲しいのです」
「ん、わかった」
 こっそりと事を済まそうと思ったのだが、ヴィルマと鉢合わせした為に趣向を変える必要があったのだった。

 これは余談だが。去り際、レオがエアリィの髪を触って上がった悲鳴をネスティが塞ぐ羽目になったとか、ならなかったとか。


 イブリス・アリア(ka3359)はくつくつと喉が鳴りそうになるのを何とか呑み下す。
 気配を殺すイブリスが潜む民家を、黒蹄とトカゲが通りすぎていく。強者だ。故に、心が弾む。
 ――暇な仕事だと思ったが。中々どうして愉しめるものだ。
「……何の音だァ、こりゃ」
 歪虚達のやり取り。次いで馬が走り去る音が響く。全速力でこの場を離脱する商人達が駆る馬であった。

 慌ただしくなる中、クィーロ・ヴェリル(ka4122)は潜む建物の窓から、イブリスの合図を見た。了解を手で示しながら、身を伏せる。巨体が響かせる地響きが迫っていた。胸元の刺青が熱を持ったように、疼く。
「クハ」
 抑え込もうとして、なおも零れた笑みを余所に。

「アイツ、大丈夫かよ」
 先ほどとは打って変わって、イブリスは焦りを抱いていた。此処からだと反対側の民家に潜んでいるヒースクリフ(ka1686)の姿が良く見える。

「……すぴー」
 男は、熟睡していた。



 追おうとする歪虚達。その眼前に二つの影が姿を現した。ディアドラとイーディスだ。盾を構え、剣を構えたその姿は相似形を描き接近。
「何だァ!」
「ボクは大王ディアドラ! いざ……!」
「この盾に賭けて、此処は通さないよ」
 直進するディアドラと優美な剣閃を描いたイーディスは真っ向から黒蹄と相対。地図を懐にしまったトカゲが悲鳴を上げて飛び退く中、敵と見据えた黒蹄は遅滞なくぶつかっていく。二方向から叩きつけられた剣戟を鎧で受けた黒蹄は気勢と共に棍棒と長銃で二連の薙ぎ払い。剛撃は違わず、轟音を生む。
「ぬ」
 黒蹄は短く声を零した。轟音は、剛撃を受け止められたが故のもの。身の丈を超える大盾を持ちあげたディアドラに武骨な鉄盾を携えたイーディスはなおも健在だった。
「ははっ! このボクを倒そうなんt」
「次、来るよ。上だ」
 高らかに叫ぼうとしたディアドラに、イーディスが注意喚起。瞬後。
「邪魔だクルァッ!」
 黒蹄ごと飲み込むように、上空から黒い球体が降ってきた。トカゲはその異能を発現させていた。直径10メートルにも及ぶそれは、ディアドラとイーディスに触れた瞬間、爆雷となって爆ぜる。
「チ、頑丈だな……メリヴが居ればなァ」
 それでもなお健在の二人を見てトカゲが吐き捨てた直後、眼前で黒蹄の頭頂部が揺れた。頭上からの射撃だと知れて視線を送るが居ない。
「一体何人いるんだ」
「さて、解りません、が」
 トカゲの問いかけに黒蹄は首を鳴らす。感触をなぞる。
「……アルルベル」
 呟き、視線を巡らせた、瞬後。民家の『窓』を抜けて風が走る。風は刃となり、黒蹄の鎧にぶつかり爆ぜた。
「新手も、ですか」
 魔術師の姿は黒蹄からは見えなかった。だが、新たな馬蹄が木霊している。民家を遮蔽にしたヴィルマを見通すことは叶わず、低く息を零す。
「成程、キミは頑丈そうだけど」
 連撃を耐えて見せたイーディスは兜の隙間から青い瞳を覗かせると強い意思と共に、こう言った。
「”私ほどではない”な」

 ――。

 転瞬。大気が、黒蹄の怒気で震える。
「む? ん?」
 変わり果てた気配に、むしろ能天気にディアドラが首をかしげる中。
 

「……間に合ったか」
 最初に降ってきたのはヒースクリフと、彼の手から放たれた焔。
「おい黒蹄煽られてんじゃ……クソッタレ、やっぱりきやがった!」
 気配を察したかトカゲは即応。大盾を翳して焔を払う。だが、終わらない。クィーロとイブリスが身を低くして突っ込んでいる。
「反応しやがったか……こいつは上物か? 愉しませてくれそうじゃねぇか!」
「さあ、遊ぼうぜ。命を賭けた遊びをな……っ!」
 獰猛に嗤うクィーロに、イブリスが続く。踏み込みに次いで刻まれたクィーロの刀は大盾とかみ合い、他方、側面から、イブリスの試作型電撃刀が振り抜かれた。
「っ!?」
 姿勢不十分、トカゲの尾を狙った閃撃をメイスで受け止めるも浅く尾が斬られる。
「よう、トカゲ。その尻尾を寄こせよ」
「うるせえやるかアホたれ。クソ、俺集中かよ。尻尾まで欲しいたぁ、色男は辛いねェ……」
 吐き捨てるトカゲに、クィーロはなおも笑みを深めた。トカゲは今、壁を背にしている。窓や通路を避けるのは、アルルベルやヴィルマからの横撃を防ぐためか。軽薄な言動に見合わぬ強敵と知りながら――敢えてクィーロは踏み込んでいく。
「……ッ」
 気迫と共に剣閃を走らせる。手を止めないのは商人達を追わせぬ為。それだけの知性が、眼前の歪虚にはあると知れた。
「そんなに大事な尻尾でもねェだろ どうせ生えてくるんだ。ケチケチすんなよ」
「何ならてめェは禿げてもいいのか? あァ!?」
 クィーロに、イブリスが続く。盾だけでなく時にメイスで捌くが、短い呼気と共に放たれる連撃全てを払うには至らない。
「ッ!」
 反撃に繰り出されたメイスを盾で受けたクィーロが吹き飛ばされた。
「はは……戦いはこうじゃねぇとなあ!」
 その重たさに、むしろ狂喜したように、クィーロ。すぐに踏みとどまり、前へ――と。往く、その眼前。

「オオ……ッ!」

 機影を纏ったヒースクリフが試作電撃刀を頭上に構えて咆哮。マテリアルの光輝が刀に集い、機導術が紡がれた。瞬く間にその体積を増した得物を、慣性と共に振り下ろす。
「オイオイ、ンだこりゃァ!」
 トカゲは言いながら闇色の弾丸を放とうとするが――不意に、それが解けた。トカゲには視線を送る暇もないが、レオが放った火矢だ。眼球を狙って放たれてはいたが、至らず、肩口に中るのみではあったが、効果は有った。
 ちぇー、と。つまらなさげな舌打ちが微かに響く中。巨剣は渦巻く風ごと断ち切るように、大盾を翳したトカゲと後方の民家ごと打ち崩した。


 音が弾ける。轟々と鳴るのは、夫々の武具が奏でる武骨極まる戦場の音楽。その中でも一際極まる暴威は黒色の巨体。
「私ほどではない、だと? この私に向かって!」
 激昴する黒蹄は棍棒と長銃を振り回しながら、攻撃を重ねる。
「見ろ! 私こそが騎士だ! 膝を付く事無くその威を振るい敵を滅する!」
「……成程、ボク達が壁になって正解だったな!」
 激憤を前にして、快活に笑うディアドラ。大盾で攻撃を受け止めては居るが、薙ぎ払いの連撃の中で剣を交わして数十合ともなると被弾も無視できなくなってくる。それがまた中々に、痛い。刃を交わせば硬く、重く。黒蹄は能力面では前衛として完成した猛者だった。
「大王たるボクに傷を付けた事、誇るがいい!」
 だが――その黒蹄の前に立つ彼女たちもまた、強者だ。おそらくハンター内でも有数の鉄壁の守りを誇る二人でなければ時間稼ぎなど果たせようもない。
「騎士、か。護るべきを持たぬ者が、騎士を名乗るのは感心しないね!」
 言葉と共にイーディスの剣が振るわれる。防御を無視した黒蹄は鎧で受け止めるのみ。とはいえ、火力不足はイーディスもディアドラもはっきりと自覚出来ることだった。それでも、数的不均衡を達成するためのものだ。言葉を交わせば目は引ける。
「……そうだ、私は堕ちない、斃れない。なぜなら、主命があるからだ」
 だが。損耗の程度に余裕を得たか。怒気が冷え込んでいく。頭上、民家の屋根上から期を見計らって銃撃を重ねるアルルベルは、黒蹄の変化に気づいた。
 ――冷静になっている? いや。
 傲慢だ、と。アルルベルはすぐに推察した。強烈な蔑視が黒鎧から染み出してきていた。
 機と見て、手元の無線に、アルルベルは語りかける。

『……”主命”、ね。それはクラベルの指示かい』
 音は、戦場へと投げ捨てられた無線機から上がった。
「アルルベル。隠れ潜む貴女に言う道理もありませんが」
 戦闘の様相も変化している積極的に攻め立てなくなった黒蹄は視線を巡らせて周囲を見渡し。
「私は今、気分がいい……その通りです。だからこそ、それを邪魔する貴女らは」
「アルルベル!」
 声が、響いた。


 墜落にも似た巨剣の殲撃を受け止めたトカゲは濛々と上がる民家の埃の中でなお、健在だった。
 だが、無事ではない。傍ら、太く逞しい『尾』が落ちている。激突の瞬間、後方へと回っていたイブリスがその刀で斬り落とした尾だ。だくだくと零れていた流血は、泡立つ傷口の中に呑みこまれるように消えていく。
「ほら見ろ、生えるんじゃねェか」
 イブリスの笑みは無頼の”トガ”人のようだ。皮肉と、世を頼らぬ傲岸の混じった笑み。
「ハ。そりゃ、生えるがよォ」
 大盾を構えたトカゲは俯いたまま、
「舐められるのも趣味じゃねェンだよォ!!!」
 咆哮し、練り上げ続けた負のマテリアルを開放した。
 民家を押し崩すように顕現する闇色の球体は先ほどよりもなお巨大。突出していたクィーロ、イブリス、そしてヒースクリフでは、回避する事は叶わない。

 夫々に、受ける構えを見せる中、ヴィルマにはそれが良く見えた。トカゲが放った魔術が、前衛達を呑みこむことだけが、目的でない、と知れる。
「アルルベル!」
 声を張りながら、馬を走らせる。彼女自身も、隣の民家へと移動する必要があった。
 闇色の球体が地響きと共に堕ちていく。トカゲが斃れている民家だけでなくその”隣”――ヴィルマが身を隠しアルルベルが身を伏せている民家をも、呑みこんで。
「跳べ!」

「……っ」
 声を背に、アルルベルはマテリアルを編む。両足に集ったマテリアルが爆ぜて、推力となって身を運ぶ。すぐ後背で崩壊音が轟く中――その背筋を、悪寒が貫いた。
 ――黒蹄。
 見ているな、と。すぐに理解した。眼前の屋根が随分と遠く感じる。そこに。
「大王を差し置いてよそ見とはな!」
 黒蹄の動きを留めるようにディアドラが剣を振り、すぐにイーディスが盾ごと全身でぶつかりに行く。
「ヴィルマ殿!」
「応!」
 イーディスの合図に、ヴィルマが風刃を顕現。連撃に晒され、黒蹄は照準を諦めたか、長銃を下ろしながら後方に跳躍した。巨体、重装甲に見合わぬ距離を一飛びした黒蹄はクィーロやイブリス達を抜け、トカゲの傍らに着地。
「いかがしますか」
「イカがしますかじゃねェよアホ! かっとなりやがって」
 悪態を吐きながら、トカゲは吐き捨てた。
「撤退だ撤退! テメェのせいで尾まで斬られた!」
「メェ……」
「ええい、此処で燃え尽きよ!」
 わめく歪虚達を斟酌する理由も、ハンター達には有りはしない。ヴィルマの追撃の火球が口論する歪虚達を呑み込む。
「逃がすかよ!」
「もっと殺り合おうぜぇ……!」
 イブリス、クィーロが前進し、ヒースクリフもここぞとばかりに再び巨剣を顕現させる。重装甲ゆえに出足が遅れたイーディスやディアドラは未だ遠いが、追い立てられるようにトカゲが黒蹄を蹴り飛ばす。
「……仕方ありませんな」
 黒蹄はトカゲを担ぎ上げると、騎馬のように猛加速。半壊した建物から飛び出し――尻尾を巻いて、逃げ出したのだった。


 戦闘の気配が止んだのを察したか。商人達は戻ってきた。
「何でだい?」
 ヒースクリフの短い問いに、ネスティは苦笑。
「死んでたら亡骸だけでも持ち帰らなくちゃ、ってね」
「ご覧の通り、無事だよ……いや、お陰で愉しめた、かな」
「あァ、違いない」
 覚醒を解いたクィーロの穏やかな口調の割に豪気な言葉、イブリスの強気な口調に青年商人の苦笑が深まった。

「結構、深いわね」
 ディアドラとイーディス達へと近づいたエアリィが手を翳すと、その傷が癒えていく。
「おお。大義であるぞ」
 ディアドラが無い胸を張るのを余所に、
「キミも覚醒者だったのか」
「ちょっと術が使えるだけよ」
 イーディスの言葉に自らの尖った耳を指すエアリィ。
「お陰で無事だったわ」
 献身に治療を行うエルフは、「ありがとう」、と結ぶのだった。

 そこに。
「レオがおらん。誰か知らぬか?」
「まさか……連れ去られた、か」
 周囲を見渡していたヴィルマに、アルルベル。
「あ、そういえば――」
 言伝を頼まれていたネスティが伝言を告げるが、流石に帰るには速すぎるだろう、とにわかに色めき立つ廃村の中で、ハンター達による大捜索が始まるのだった。


 レオは、黒蹄達の後を追っていた。黒蹄達の跡を、遮二無二、追う。
 ――速すぎる、の、ですよ……!
 全力で追いはするが、どんどん離れていく。遠くから響く会話も、共に。せめて、と必死で耳を澄ます。
「何故逃げなくては……」
「奴ら……を、狙ってやがった。感づかれて……」
 急ぐぞ。短い言葉を最後に、ついに会話すらも聞こえなくなり――追跡を終えた。
「……北へ、ですか」
 逃走する歪虚達が逃走した先を見て、レオはぽつり、と零した。。





 ――なお、この後、報告に戻った際にめちゃめちゃ叱られはした、が。

 兎角、こうして。無事に商品道具を手に撤退することができたのであった。

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MVP一覧

  • 鍛鉄の盾
    イーディス・ノースハイドka2106
  • 真摯なるベルベット
    アルルベル・ベルベットka2730
  • いつか、が来るなら
    イブリス・アリアka3359

重体一覧

参加者一覧

  • 大王の鉄槌
    ディアドラ・ド・デイソルクス(ka0271
    人間(紅)|12才|女性|闘狩人
  • 絆の雷撃
    ヒースクリフ(ka1686
    人間(蒼)|20才|男性|機導師
  • 鍛鉄の盾
    イーディス・ノースハイド(ka2106
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師
  • 真摯なるベルベット
    アルルベル・ベルベット(ka2730
    人間(紅)|15才|女性|機導師
  • いつか、が来るなら
    イブリス・アリア(ka3359
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • Philia/愛髪
    Leo=Evergreen (ka3902
    人間(紅)|10才|女性|疾影士
  • 差し出されし手を掴む風翼
    クィーロ・ヴェリル(ka4122
    人間(蒼)|25才|男性|闘狩人

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 窮地からの生還相談卓
ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/06/12 18:39:01
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/06/09 23:53:16