• 東征

【東征】隠の半藏/異食の狂悦者

マスター:ムジカ・トラス

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/07/08 22:00
完成日
2015/07/14 02:42

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 歪虚要塞ヨモツヘグリを包む尋常ならざる砂嵐を遠景に見る影が――樹々の上に、三つ。
「なーんにも見えないね、ユエ」
「あの腐れ竜、邪魔だね、イエ」
 うち二つから不満げな声が零れた。その姿も、声もよく似ている二人であるが微笑みに縁取られた瞳の色はそれぞれ金と銀と差異がある。
 忍び装束に身を包んだ二人の後方には、女。天女、と見紛う程の美女だ。薄絹の如き羽衣を纏うた女は、眼前の二人と遠方の砂嵐を前に不快げにその柳眉を細めた。
「これじゃ、偵察にならないわ」
 吐息にすら艶がある女だ。男であれば、誰だってお近づきになりたいに違いあるまい。そんな美女をイエとユエは見やり、その頬を釣り上げて嗤った。
「偵察、だって。ユエ。桔梗門の婆さん、巫山戯てるのかな」
「織姫婆さんはおかしいね、イエ。今だって、隙さえあれば山本の糞爺を殺そうとしているのにね」
 婆呼ばわりされた織姫は何も語らない。ただ、その髪がぞわりと蠢く。
「怒らせちゃった。やばいよ、吹き飛ばされちゃう」
「ふふふ、悪路の糞鬼みたいに見境ないんからなあ」
「でも、どうしよう。手ぶらじゃ御庭の皆に叱られちゃうよ」
「なら、探そうか、人を。織姫婆さんも一緒にどうだい」
 そのまま、ひょうい、と影達は跳んだ。重力に捕らえられて加速し、そのまま枝を蹴り、跳ねるように森の中を抜けていく。
「速く速く! 桔梗門の婆さん!」
「急いでよ、織姫婆さん!」
 樹木を抜けて届いた声に、織姫と呼ばれた女は双眸に激憤を滲ませて二人の後を追うことにした。元人間でありながらも、正しく憤怒の歪虚らしい破裂寸前の激情を宿したまま。

「……気色の悪い子たち。『半藏』の出だからと図にのってるのかしら」

 怨嗟の篭った声と共に、自らの怒気を和らげる。堪えなければならない。解き放つにはまだ早い。担当する領域が近しいことも相まって、織姫はあの双子の事を良くは知らない。だが、偵察や調査は『半藏』の得意のする所だということは知っていた。

 人間の頃の記憶に引きずられた判断だった。

 ――それが過ちだと解った頃にはもう遅かった。



「あの竜、なんだってあんな事したんだろうね」
「なにか隠してるのかもしれないね。九尾のお方に逆らうつもりかな」
 関係、ないけど。くすくすと笑い、樹上を抜けながら、影が『重なった』。
 物理的に。存在として、『二人は一つ』になる。体積も何もかも、ただ一人の『半藏』に。先ほどよりも強く撓る枝を支点に加速する『半藏』の口元から、荒く、小刻みな吐息が零れた。

「――あ、あ」
 気持ちいい、堪らない。爛れた情欲を溢れさせ、散らしながら疾駆する。
 ユエでも、イエでもなくなった存在は、口の端から涎を垂らしながら、前へ、前へ。
「やっ……ぱり、最高、……っだ……っ」
 これまでに取り込んだ異能をもって、最も近しい『人』の気配へと、加速、加速。

 ヒトツニナリタイ

      アワサリタイ

    キモチイイ

 キモチイイ、キモチイイ、キモチイイ、キモチイイ、キモチイイキモチイイキモチイイ!!

 瀑布の如き悦楽に、理性が弾け飛んでいく。

 その、最後の一片が爆ぜる前に。

「……ま、ダ……まだ、駄目」

 強欲と共に。あるいは、狂気と共に。
 悦楽に浸りながら。快楽の先にある『終わり』に、激怒が湧く。
 完全に”合った”ら終わり。そんなこと、イエには、ユエには、赦せるわけがない。

「タベナクチャ」

 一片残った理性だけ残して、『半藏』は往った。
 獲物は、すぐそこに居た。


「ッ…………」
 一瞬、だった。ヨモツヘグリ攻略のための中継地点の紹介櫓へと飛び込んで来た『そいつ』は――小さかった。
「あ、が……っ、ぎ、ィィィィィィィィ、痛い、痛……ッ!」
 だが、瞬後には爆散するように体積を増し、哨戒役の一人を呑み込んだ。瞬後に声が絶たれ、圧潰する。そのまま、一塊となって塀から広場に落ちた。粘質な音が、異質な沈黙をひたりと打ち付ける。
「……ん、」
 悲鳴を聞きつけて東方の兵達とハンター達がすぐに広間へと駆けつけた時、泥は忍び装束に身を包んだ一人の少年――あるいは少女のような姿に転じようとしていた。人一人を呑み込んだとは思えぬ程に小さいそれが姿通りの存在でない事は明らかだが、幼い顔立ちに苦痛を刻み込んで震えている。
 そこに。
「もう一体居る……! 逃げるぞ!」 
 惨状に目を取られていたが、何かに気づいたのか。生き残った哨戒役が声を張る。
「どんなやつだ!」
「女です、ソウエン殿! 速い!」
「……ち、ィ!」
 現場の指揮を担う武人ソウエンは逡巡する。眼前のバケモノの始末に注力するか、否か。
 凶悪な個体には違いないが、ソウエンには女が逃げた理由が気になった。中継地点である此処を落とす戦略的意義が無いわけではない。此処はヨモツヘグリを攻略出来なかった場合の、防衛線にもなりえる。勿論、次回の足がかりにも。
「なぜ逃げた」
 女に、逃げるべき価値が、果たすべき何かがあるのか。ヨモツヘグリの威容。あのような札が、これからも切られようとしているのか。
 ――これから、我々は反転攻勢に移るのだ。
 独語する。
 無明の果てに、漸く、光を見出して。だから。
「ハンター達よ。数名で良い、あの女を追え!」
 自らも刀を抜きながらソウエンは声を張る。逃げた敵――恐らく密偵よりも眼前の異容こそが脅威と断じて。そして、あの女の影を無視できぬと判じて。
「こんな場所で死ぬなよ! 必ず生きて帰って参れ!」


 ハンター達がすぐさま追走し、残ったハンター達と兵士達は未だ煩悶する闖入者を取り囲むように移動した、その時だ。
「――ヒッ!?」
「逃げろ、ゼン!」
 歪虚の身体から凝固した泥が分かたれ、『跳んだ』。黒々としたそれはすぐにその母体と似た身体に転じ、至近にある斥候櫓を駆け上がる。警戒はしていただろうが、虚を突かれた斥候の対応が僅かに遅れた。数瞬。その間隙を縫うように影は殆ど垂直の櫓を登りきり、見下ろしていた斥候の首をその手の苦無で刈り取った。
 遅れて溢れだした血を無視した『ソレ』は『もう一つ』へと陶然とした眼差しを送り、艶やかに、笑った。
「……は、ぁ……気持ち、よかったね、ユエ」
「うん、苦しかったけど、よかったね、イエ」
 ユエ、イエと呼ばれたソレらは恍惚と視線を交わすと、夫々に一同へと向き直る。
「……貴様ら」
 ソウエンの声も、刀を持つその手も、震えていた。戦慄は、強力な歪虚に対して――では、ない。
「その技、『半藏』の……何故貴様らが……!」
「あぁ……なんだおじさん、武門の人なの? めんどくさいねえ、ユエ」
「そうだねイエ……まあ一緒だよ。殺して呑み込んじゃえば、さ。イエ」
 方や地上。方や櫓の上に立ち、円前と笑う、イエとユエ。金と銀の瞳が、次の獲物を前に目を細めて嗤った。

リプレイ本文


 戦場は、深々と静まり返っていた。そして愉悦に歪む歪虚がふたり。
「人を殺めて、楽しい事なんてありません……っ!」
 それらを恐れる事無く、櫻井 悠貴(ka0872)は叫んだ。胸中から溢れた激情がそうさせていた。
「別に楽しいわけじゃないよね、ユエ」
「うん。どうでもいいからね、イエ」
 返答に、悠貴の双眸に憤怒が宿る。それを一人の少女が止めた。リーリア・バックフィード(ka0873)。魔術の名門の落ちこぼれ。しかし裡には貴族の誇りがある。
「語るべき事はありません」
「でも……!」
「あれらは、敵ですから」
「……っ」
 優しく。それでいて厳しい声音でそう断じる語気は、強い。
「快楽で他者を殺めるなど言語道断です。ただ死に絶えなさい」
 冷然と言うリーリアに、イエとユエはくすりと笑みを零した。
「……あんなに狂気を感じる敵も珍しいよね」
「はい。それに……不可思議な術を使います」
 身の丈を遥かに超える斧槍を手にした逢見 千(ka4357)に、油断なく頷いたレイレリア・リナークシス(ka3872)。
「東方の国、縁あるかと思えば」
 視線を『半藏』二人から逸らさずに、鬼揃 絢戌(ka4656)。何だあれは、と胸中でのみ呟く。
「半藏の技とはどのようなものなのだ?」
「油断はするな。どこから得物が降ってくるか解らん」
 傍らで激憤に震えるソウエンに問えば、そんな答えが返った。
 ――さてはて。
 黙考する。暗器使いに形状不定の『泥』。迂闊な立ち回りは避けたい組み合わせだった。
「んー」
「如何した?」
 アメリア・フォーサイス(ka4111)の口元から零れた声に、絢戌が問えば。
「や、なんでもないですよ。考え事してました」
 微笑と共に、応じた。
 ――被害は抑えたいけど自分の命優先で……なーんて言ってられないかなー。
 覚醒者ではないただの武人たちを横目に、ソウエンの言葉と現状を照らした結論は胸に秘めておく事にする。やりとりを他所に、遠火 楓(ka4929)は無表情のまま、こう呟いた。
「……楽しい日になりそうね」 
 手元の刀を浅く握りながら――しかし、愉しげに。



「足止めは任せて下さい! そちらは、お願いします!」
 気迫とともに、悠貴は機導術を紡ぐ。対象はユエを狙う注力班。だが、徐々に間合いが離れていく。
「イエ! 僕はあっちで遊ぶね!」
「うん!」
 アメリアの銃撃を飛び退るように回避するユエは逃走を開始。乱戦を厭うたか。
 追走する以外に手立てが無い。開いていく距離に支援が追いつかず、悠貴の手が止まる。
 瞬後。
「幸先は良いな」
 絢戌の弓引く音に続き、風切り音が大気を叩く。間合いは遠いが――合った。
「とわっ?」
 びょるる、と奔った矢が櫓から飛び降りたイエの左肩を穿つ。突き立った矢に体勢を崩したイエに、千は怪訝げに眉を顰めた。
「今のは――」
 疑念に答えが浮かぶ、その前に。イエが動いた。身を伏せて着地したと同時。小さい身体に折り重なるように、黒点。
「っ!」
 留意していたからこそ対応できた。絢戌へと奔った『それ』を斧槍で弾く。
「あはっ! お姉さん用心深いね!」
 イエは嗤い、疾走を開始。
 ――やっぱり、疾い。
 絢戌に近づけ過ぎるわけにも行かず、千は自ら踏み込んでいく。足の速さは想定内だ。怖じる理由はない。
「武人達。あれを囲む。頼めるか」
 次の弓を番えながらの絢戌の言葉に警護の武人は緊張した面持ちで頷いた。
 視線を転じれば、悠貴が緊張した面持ちで銃を構えていた。イエの動きを、見極めるように。
「あはは! おじさんたちまで! 沢山と遊べるんだねえ……!」
 そんな事を歯牙にも掛けずに、イエはその包囲網へと飛び込んで来た。


 疾影士のリーリアが全力で走れども、追いつけない。
「速さで、先を行かれるとは……」
 脚にマテリアルを集中しても、一歩先を行かれる。元の速さが違うと判じ直ぐに脚を緩め、誘導に乗ることにした。
「気張るのはいいけど、突出しすぎないでよね」
「分かってますわ」
 追いついた楓に、リーリアは特に気にする様子もなく平然と応じる。楓は楓で、特別気にした様子もない。
 レイレリアは後方を振り返った。既に乱戦の様相を呈している。
 ――戦場は分けられましたね。
 死角が減ったことをとりあえず僥倖としておく。それだけに、眼前の役割を十全に果たさねばならない、が。
「この辺でいいかなぁ」
 ユエが足を止めた。それを見て取って、距離を図るレイレリア。身体に馴染んだ自らの魔術の射程一杯で足を止める。
 と。その後方から声が届いた。
「よかったらどうですか?」
「……あ」
 アメリアが手近な物資を遮蔽にしていた。その姿に感心しつつ、自らも近しい位置の物資に身を隠す。

 至極どうでもいいことだが、背丈は似てるが厚みは違う二人であった。


 なおも前進する前衛二人の背を抜いて、魔術と銃弾が奔った。
「よ……わ、何これ!」
 ひょうい、と魔術を躱した先で、アメリアの放った銃弾がユエの身を貫く。強い衝撃に腹から後方へと中身が爆ぜた。
 マテリアルが冷気となってユエの身を縛る。穿たれた事実よりも銃弾か、あるいはその技に感心するユエに、楓とリーリア、そしてソウエンが至る。行動不能に陥らせて稼いだその一手を逃さぬように。
「あんたはあっち」
「応!」
 楓の短い指示に、ソウエン。二人が挟撃を為すように左右へと広がると、自然、一歩先んじる形でリーリアが踏み込んでいく。
「噂に聞くニンジャ! さて、私と競り合いましょう!」
「うん、遊ぼうよ!」
 そのまま星光を宿した槍で足を薙ぎ払う。
 半歩飛び退ったユエには至らない。だが。
「……ねえそこのゴミ」
「仇は討たせて貰うぞ!」
 両側から、二つの影。楓とソウエンだ。回避行動の最中に叩きこまれた二条の剣閃は片足を切り払い、胴を大きく薙ぎ払った。どぶ、と。切り落とされた足が落ちて雫を散らし、剣戟の先から流れた返り血がはたはたと楓、ソウエン、そしてリーリアに散る。
「あっはは! すごいすごい! お姉さんたちやるじゃん!」
「ねえ」
 ぴょん、と残る片足で更に後退するユエの身体から瞬く間に欠けた足、貫かれた部位が生えてくる。やっぱりか、と楓はそう判じつつも、その口は別なことを紡いでいた。
「あんた達ホモなの?」
「ホモ?」
 直ぐに間合いを切った楓の真摯な言葉に思わず問い返したユエの頭を、今度こそレイレリアの魔術が撃ち抜いた。衝撃に弾かれるユエ。好機と見て取ったアメリアの銃撃が更に続き、前衛達が間合いを詰めようとした――瞬後。
 ぐずり。
 粘質な音と同時に、リーリア、ソウエン、楓が呻く。先程跳ね返った返り血――否、泥だ。泥がその身を、食らっていた。
「……小賢しいっ!」
「なるほど、そゆこと」
 振り払っても手で拭ってもその手に吸い付き離れぬ『泥』に苛立つリーリアに、独り独語し頷く楓。
 その身体は『泥』から成っている。ならば『これ』もユエか、と。
「ふふ」
 じくじくと肌を焼くそれを、新しく生えた顔で嬉しげに見つめたユエは、

 ――今度は僕の番だよ。

 そう言い、疾走した。



 リーリア達が返り血として跳ねた『泥』にじわじわと喰われていた頃。
 足止め側は、惨劇と化していた。
「ぐぅ、ぅ……!」
 あがったのは覚醒者ならぬ武人達の苦悶。痛みと、自らが喰われているという現実が、彼らを蝕んでいた。
「……っ!」
 救おうとしても、悠貴には既に為す術が無い。否。助けようとしたのだが、武人たちはそれを拒んだ。
 ――ならぬ、今はやつを止める為にその威を振るえ、と。死兵の決意で。
 だから。惨劇を見つめながら悠貴は銃撃を放った。
「これ、は……これじゃあ、既に人ですら、無い……!」
「うふふ! なぁぁぁにを今更!!」
 するりと泳ぐように回避したイエを追う影がある。千だ。回避の瞬間。武人達が包囲している今だからこそ、そこを突ける。
「逃さんよ」
 避けようとする足を、さらに絢戌の矢が留める。となれば当たらぬ道理がない。
 吸い込まれるように叩きつけられる斧槍に手応えを得た。しかし。
「あっは! 命中命中良かったね!! ほら、イエからお返しだよ!!」
 応じるように踏み込んだイエの手から、泥が溢れる。びしゃり、と。着込んだ鎧の隙間から『泥』が忍び込んできた。彼女にとっては既に二度目の『泥』だった。こちらの装甲が固く、投擲に留意していると知ったイエは途中から手札を変えている。
「――そ、か」
 回避をしないわけではない。それでも、喰らっても怖じる事はないイエの実態に、思い至った。
「痛みが、ないんだ」
 だからこそ、喰らうとなったら開き直って自爆的な攻撃に転じる。
 ――鬱陶しい。
 千は想定していた痛みに耐え、徒に距離を外す事はしなかった。
 これは、人を丸呑みにする泥ではないと既に解っていた。そして、こちらは前衛が少ない。千が引けばどうしても武人達が前にでる機会が増える。
 防具で固めた身体が奏功していた。喰われる事に生理的な嫌悪はあるが、致死ではない。
「まだ行けるか」
「うん」
 遠く後方からの絢戌の声に千は頷く。合間に自らの治癒を進める千の意図を了解していてか、絢戌はそれ以上を告げなかった。
 ――遠からず幾人かは死ぬだろう。
 冷静にそう判断する。だが、それを早めるつもりもなかった。
「……マテリアルの有無が大きいか?」
 千と武人を見比べると、明らかに侵食速度が違う。消化に時間が掛かるのだろうと辺りを付けると、苛立ちが湧いた。
 矢を番える。千が痛みに耐え、武人たちが死に瀕しながら稼いだ距離を、活かすために。
 ――退けない。
 たとえこの毒に塗れた泥を啜ろうとも。
 だから。絢戌は次の矢を放った。決着が付くまでの時を、僅かでも稼ぐために。



 その加速は、圧倒的だった。
「君達が一番邪魔だね!」
「……来ましたね」
 狙われたのはアメリアよりも近しい位置にいたレイレリア。ただし、少女は想定していた。自分たちが狙われる事も、距離を詰められる事も。直ぐにマテリアルを編む。狙いは距離を詰めたユエを土壁で打ち上げる事。
 集中を深め、機を図る、が。

 ――ぞぶり。

 その首に、泥を曳いて奔った二つの暗器が突き立つのが先だった。アースウォールは“直ぐ近くに”土壁をさせる魔術だ。その間合いは、ユエの暗器よりも遥に狭かった。
「っ、か、は……!」
「あっは、やるなぁ」
 絶命にも絶息にも至らなかった。溢れる血でむせ返る中、レイレリアは銃声の余韻を聞いた。最後の最後で僅かに手元がずれたのはアメリアの銃撃によるものかと理解する。
 背筋が凍る程の冷徹。だが。だからこそ。
「――――っ!」
 解けそうになる意識をなんとか繋ぐ。昏くなる視界の中で、飛び出したユエの背中に最後の火矢を放つ。その行く先を見据える余力もなく、レイレリアは傷口を抑えたまま意識を手放した。

「……は、っ」
 そこにつながる泥を厭うて暗器を抜いたアメリア。傷は浅くはないが、まだ、戦える。レイレリアの最後の魔術がその生命を繋いでいた。
 一歩。頼みとする遮蔽に身を隠す。
 ――その一手で良いと、アメリアは既に知っていた。
「あんまり調子に乗るなよ、ゴミ双子」
「もう、離しません。捕食される側になった気分はどうですか?」
 楓とリーリアだ。全速で至った二人の刃が奔り、その身を断つ。『沼』に喰われる痛みは健在だが、今は攻機を優先していた。足が落ち、腕が落ち。
「……いい加減に」
 次いで放たれた銃撃に胴が爆ぜる。
「あは、やばいやばい!」
 瞬後には欠落を埋めるユエは愉しげに哄笑していた。
「身体が無くなっちゃう!」
 叫んだユエは自らの身体が落ちた後、泥溜まりになった場所を跳ねるように後退していく。その脚が泥沼に触れるたび、泥が身体に吸い込まれる、が。
 リーリアは、残ったモノにこそ興味を覚えた。黒々と凝った、墨のようなそれ。
 ――死骸、ですか? あの、泥の。
 思う先で、墨色は消えていった。歪虚の常に漏れず、消滅したのだろう。
「ねえ、お姉さん達面白いね! でも、ちょっと使いすぎちゃったかなあ……ね。お姉さん達、また遊ぼう? 今度は一杯いっぱい、用意しとくから!」
 塀の上まで駆け上がるユエを、ハンター達は追わなかった。追走は無意味だと既に知っている。可能ならばレリレリアの治療も優先したい。ソウエンの焦りが、戦場に響いていたから。
 撤退を待つ彼らの中で。
 ずずい、と。一人の少女が前に出た。
「ちょっと!」
 楓だ。遠のく距離に声を張った少女は、こう言ったのだった。

「逃げる前に性別置いてけ!」

「変なお姉さんだなあ。ユエは女だよ。イエは男。……大丈夫?」
 至極呆気に取られたユエはそう言い残して、塀を越えて撤退していった。


 と、いうことは露知らず。
「あ。ユエ、行っちゃった……」
「……っ」
 一人、また一人と武人たちは絶命しき包囲が緩む中、己の半身とも言えるハルバードを突きつけながら、銃撃と矢玉を背に千は敢えて踏み込んだ。見え見えで、大薙ぎの一撃をイエは飛び退って回避。間合いは開くが、それでいい。
 ――もう少し。
 投擲を警戒しながら、千は待つ。
「貴方は人として最低の事をされました、私は絶対に許しません……!」
「だから、人じゃないんだって。いい加減解りなよー」
 憤怒を吐き出す悠貴にウンザリした様子でイエは言うと、
「それじゃあ僕も帰ろうかな……ふふ、土産話もできたしね」
 ハンター達を見渡した。一人ひとりの顔と得物を――にやにやと、焦らすように見回す。
 そこに。
「早く去ね」
 声と共に、矢が突き立った。絢戌である。その視線を前にイエは最後に笑うと。
「ふふっ、つれないなあ……まあいいや。わかったよ」
 ――じゃあ、またね。
 と、去っていった。


「救護を呼んで」
「無理だ」
 楓の言葉に、応急処置を施して回るソウエンは首を振った。
「もっと前線に……」
「呆れた。もういい」
 東方の窮状に期待が出来ないことはもう十分過ぎるくらいに理解できた。だから。
「手伝うわ」
「……かたじけない」

 ソウエンを除き、武人は6名が死んだ。何れも非覚醒者であった。
「……酷い」
 痛ましさに俯く悠貴。遺体を前にして、千は空を仰いでいる。
 ――おぬしが居なければ、残る二人も死んでいたよ。
 とある武人の最後の言葉をどう受け止めるべきか、解らなかったからだ。

 少女達の背を見つめた後、絢戌は周囲を見渡した。物資は無事。格上の歪虚を追い返した。それは、金星と言って相違無いだろう。武人たちの様子からそう知れた。
「冷てえ風にほろ酔いの、か」
 好む一節を諳んじる。戦闘の余熱を凍らせる程の覚悟で武人たちは決戦に望んでいると知れ。
「蜘蛛糸を、ちぎる訳にはいかないな……」
 そう嘯いた。

 ――かくして。ハンター達は物資を守り抜いた。その希望を、繋ぐ事が出来たのだった。

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MVP一覧

  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシスka3872
  • Ms.“Deadend”
    アメリア・フォーサイスka4111
  • 心に鉄、槍には紅炎
    逢見 千ka4357

重体一覧

  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシスka3872

参加者一覧

  • 炎からの生還者
    櫻井 悠貴(ka0872
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • ノブリスオブリージュ
    リーリア・バックフィード(ka0873
    人間(紅)|17才|女性|疾影士
  • 六水晶の魔術師
    レイレリア・リナークシス(ka3872
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • Ms.“Deadend”
    アメリア・フォーサイス(ka4111
    人間(蒼)|22才|女性|猟撃士
  • 心に鉄、槍には紅炎
    逢見 千(ka4357
    人間(蒼)|14才|女性|闘狩人

  • 鬼揃 絢戌(ka4656
    人間(紅)|18才|男性|猟撃士
  • 狐火の剣刃
    遠火 楓(ka4929
    人間(蒼)|22才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
逢見 千(ka4357
人間(リアルブルー)|14才|女性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2015/07/08 21:23:09
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/04 19:27:25