• 東征

【東征】隠の桔梗門/織姫の涙

マスター:藤山なないろ

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2015/07/08 22:00
完成日
2015/07/14 01:57

みんなの思い出

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オープニング



『姫様、朝餉をお持ち致しました』
 襖の向こうから男声が響く。低すぎず良く通る、耳触りのいい優しい声。それに応じ、御簾の手前に控えた女小姓がそっと襖を開いた。襖の向こうには、精悍な顔立ちの青年。我が家の使用人で、清彦という名だと知ったのは随分幼い頃だった。
『あ、あの……清彦、いつも有難う……』
 声は緊張で震えてしまう。けれど、編んだ竹ひごの隙間より垣間見る彼は、いつも優しく穏やかに微笑んでいてくれる。私はいつの間にか、彼を心待ちにするようになっていたのだ。
『勿体なきお言葉。この清彦、姫の御為なら何なりと……』
『おやまぁ、朝餉を運んできただけで随分大袈裟なものだね』
 清彦の生真面目な応答に、控えていた別の女中が笑った。つられた私も、照れくさそうな清彦も、皆が笑い合う。
 ずっと、ずっと見ていた。彼だけを。

 ある夏の、随分蒸した寝苦しい夜。天には数多の星が美しく瞬いており、縁側から星を見上げていた私は、傍に感じた気配に思わず顔を上げる。相手は──使用人の青年、清彦だった。
『織姫様!?』
 如何に家の使用人といえど、婚前の男女が間近な距離で対面することは我が家においてはないに等しく、それ故に随分驚いた。同時に、清彦はその場で土下座でもするような勢いで頭を下げる。
『も、申し訳ございません! 先程、旦那様から言いつかり、この書をお持ちするところで……その……ッ』
 酷く慌てたようで、彼にしては随分言葉が散らかっている。手にしていた書簡までうっかり滑り落とすと、それらは廊下を転がって私の着物の裾で静止した。
 そんな彼の様子にも、つい口元が緩んでしまう。彼のことが、大好きだった。
 男兄弟はおらず、父以外の異性とろくに話したこともないけれど、私はありったけの勇気を奮い立たせ、転がってきた書簡を拾い上げる。
『あの……ほ、星が……美しい、ですね』
『え?』
 驚く清彦の傍に寄り、書簡を手渡す。交わる視線。どうしても緊張してしまう自分が恨めしい。でも、後悔はしたくなかった。
『よ、宜しければ……私と、星を……』
 最後の言葉は消え入った。それでも彼は微笑んで『有り難き幸せ』と応じてくれた。

 ──それは、二度と帰れない幸せな日々。



 歪虚要塞ヨモツヘグリを包む、尋常ならざる砂嵐を遠景に見る影が――樹々の上に、三つ。
「なーんにも見えないね、ユエ」
「あの腐れ竜、邪魔だね、イエ」
 うち二つから不満げな声が零れた。その姿も、声もよく似ている二人であるが、薄い微笑みに縁取られた瞳の色は違う。それぞれ金と銀の瞳が、日中にも関わらず煌々とその所在を示していた。
 忍び装束に身を包んだ二人の少年――いや、少女か。女性的な顔立ちの二人の後方には、女。天女、と見紛う程の美女だ。薄絹の如き羽衣を纏うた女は、眼前の二人と遠方の砂嵐を前に不快げにその柳眉を細めた。
「これじゃ、偵察にならないわ」
 吐息にすら艶がある女だ。男であれば、誰だってお近づきになりたいに違いあるまい。そんな美女をイエとユエは見やり、その頬を釣り上げて嗤った。
「偵察、だって。ユエ。桔梗門の婆さん、巫山戯てるのかな」
「織姫婆さんはおかしいね、イエ。今だって、隙さえあれば山本の糞爺を殺そうとしているのにね」
 婆呼ばわりされた女は何も語らない。ただ、その髪がぞわりと蠢く。
「怒らせちゃった。やばいよ、吹き飛ばされちゃう」
「ふふふ、悪路の糞鬼みたいに見境ないんからなあ」
「でも、どうしよう。手ぶらじゃ“御庭の皆”に叱られちゃうよ」
「なら、探そうか、人を。織姫婆さんも一緒にどうだい」
 そのまま、ひょうい、と影達は跳んだ。重力に捕らえられて加速し、そのまま枝を蹴り、跳ねるように森の中を抜けていく。
「速く速く! 桔梗門の婆さん!」
「急いでよ、織姫婆さん!」
 樹木を抜けて届いた声に、織姫と呼ばれた女は双眸に激憤を滲ませて二人の後を追うことにした。元人間でありながらも、正しく憤怒の歪虚らしい破裂寸前の激情を宿したまま。
「……気色の悪い子たち。『半藏』の出だからと図にのってるのかしら」
 担当する領域が近しいことも相まって、織姫はあの双子の事を良くは知らない。だが、偵察や調査は『半藏』の得意のする所だということは知っていた。

 ――だが、それが過ちだと解った頃にはもう遅かった。



「あの竜、なんだってあんな事したんだろうね」
「なにか隠してるのかもしれないね。“九尾のお方”に逆らうつもりかな」
 関係、ないけど。くすくすと笑い、樹上を抜けながら、影が『重なった』。
 物理的に。存在として、『二人は一つ』になる。体積も何もかも、ただ一人の『半藏』に。先ほどよりも強く撓る枝を支点に加速する『半藏』の口元から、荒く、小刻みな吐息が零れた。
 そこからは、一瞬だった。ヨモツヘグリ攻略のための中継地点の紹介櫓へと『半藏』が飛び込み、瞬く間に哨戒役の人間を“呑み込んでしまった”。
 ──滅茶苦茶ね。偵察でもなければ調査でもない。あれじゃ、破壊工作だわ。
 目と鼻の先で繰り広げられる惨劇を前に、女は呆れ気味に呟く。だが、しかし。
「もう一体居る……! 逃げるぞ!」 
 どうやら女の存在が気付かれたようだ。生き残った哨戒役が声を張り、同時に女は足場にしていた太めの枝を力強く蹴り、木々の間を跳躍しながら瞬時に姿を消す。
「どんなやつだ!」
「女です、ソウエン殿! 速い!」
 現場の指揮を担う武人ソウエンは逡巡する。眼前のバケモノの始末に注力するか、否か。
 凶悪な個体には違いないが、ソウエンには女が逃げた理由が気になった。中継地点である此処を落とす戦略的意義が無いわけではない。此処はヨモツヘグリを攻略出来なかった場合の、防衛線にもなりえる。勿論、次回の足がかりにも。
「なぜ逃げた」
 女に、逃げるべき価値が、果たすべき何かがあるのか。ヨモツヘグリの威容。あのような札が、これからも切られようとしているのか。
 ――これから、我々は反転攻勢に移るのだ。
 独語する。
 無明の果てに、漸く、光を見出して。だから。
「ハンター達よ。数名で良い、あの女を追え!」
 刀を抜きながらソウエンは声を張る。逃げた敵――恐らく密偵よりも眼前の異容こそが脅威と断じて。そして、あの女の影を無視できぬと判じて。
「こんな場所で死ぬなよ! 必ず生きて帰って参れ!」



 イカレた双子の強襲には呆れたが、あの程度の拠点など任せても問題ないだろう。そう判断したことが撤退の背景であったが、しかし。
「まだ追いかけてくるの? 随分しつこいのね」
 追跡者の存在に気付き、女は物憂げに息をつく。このまま追われて“我等が主”のもとへご案内……となっては元も子もない。此度の偵察任務は概ね果たしたのだから、仲間の元へさっさと帰還するべきだ──女は急遽ルートを変え、森の中を迂回する。だが、それが思いもよらない結果を招くこととなった。

リプレイ本文

「……え、え、何これ、どういうことなの?」
 現場を目の当たりにしたアルフィ(ka3254)が、開口一番ひそひそと隣のマリエル(ka0116)に尋ねる。
「あれをしたのは、どうみても彼女……ですね」
「どう考えてもフツーの状況じゃない、よね」
「そうですねー。でも、なぜ? どうやって?」
 少女たちの会話にファティマ・シュミット(ka0298)が加わる。「なぜ?」──その疑問は、女の涙にも向けられていた。
「しっかりしなきゃ。あの人が何者なのか見極めて、生きて帰るんだっ」
 生きて帰る──アルフィにそう言わしめる理由は明白だ。
 彼女たちは追跡対象が“人ならざる存在”ではないかと、既にその気配の一端を感じていたのだろう。
 花厳 刹那(ka3984)が厳しい顔つきで対象を見つめていると、どうやら彼女はハンターたちの存在に気づいたようだ。

 最初にカール・フォルシアン(ka3702)が口火を切った。女の周囲を伺いながら、少年は少しずつ近づいていく。
「僕はカール。幾つかお尋ねしたいのですが、まずは貴女の名前を教えて下さい」
 答えは──ない。女はただ涙を流し、力なく佇んでいる。その姿が余りに頼りなく思え、カールはまた一つ、問いを重ねた。
「何故、泣いているのですか?」
 柳眉が、動いた。
「……女に涙の理由を聞くの? 随分、お子様な追跡者さんね」
 内容はどうあれ、女は確かに“応えた”。涙を拭いもせず、女の唇からため息が漏れる。
「その亡骸は?」
「なぜ、殺したんですか。どうやって? ……な、なーんて答えて貰えないですかねー、あは」
 カールと女の話に、ファティマが加わる。頬を掻く少女に視線をやると、女が笑う。その瞳から、すでに涙はない。
「異国のお嬢さんたち、私はシノビよ。意味、わかるかしら?」
 刹那、女が胸元から何か、“杼”のようなものを取り出した。かと思えば、“それ”はまるで武器のように構えられる。
「情報がほしいなら……力ずくで、持って行くのね」
 そして──“それ”は放たれた。
 あの女の細腕で、どこをどうしたら人間の、それも男の体に大穴をあけることが出来るのか?
 理由は、すぐ明白になった。

 杼は、カールの腹部を貫かんと空を奔る。女との距離約12m。それをカールの盾が機導術の力を受けて高速で受けた、瞬間──パリンとガラスが砕け散るように光が霧散した。
「どうやら……下手人は、あなたで決まり、みたいですね」
 カールへの防御障壁。術者のファティマがそう言い切り、対する女は妖艶な笑みを浮かべる。
「だったら、どうするの? 私を殺す?」
「んー、そうですねー……」
「殺すわ」
 悩む素振りを見せたファティマを遮り、放たれた殺害宣言。それはジェーン・ノーワース(ka2004)からだった。
 ──願いは、口にしたり、行動に移してこそ叶うものだから。
 だから、少女は告げた。あの女が何であれ、こちらに攻撃を仕掛けてきたこと。そしてどこの誰とも知らない人間の男を殺していることは事実だろう。ならば、少なくとも『人に仇なす存在』を斬捨てる理由なんて、さして不要なはずだとジェーンは判じた。
 放たれた八握剣は黒い像を残しながら空を切り、そして女の体に突き立つ──はずだった。手裏剣が、数瞬前に姿を消したのだ。正しく言えば、羽衣にふわりと包まれた手裏剣は、威力を減退させられて大地に落ちていった。
「やっぱり、そうみたいね」
 ジェーンに、驚くそぶりはなかった。少女は予測していたのだ。女が纏う羽衣に“自らの攻撃がいなされる”ことを。
「あれは、一体?」
「おそらく、羽衣は飛び道具の力を落とすんだわ」
 不思議そうな刹那に応え、ジェーンはそれを懐へと仕舞い込む。これがだめなら話は簡単。地を蹴り、驚異的な速度で距離を詰めるジェーンに続き、ハンターらは一斉攻撃に躍り出た。
 その攻勢のなか、アルフィが恐る恐る口を開いた。紡がれる歌声。レクイエムのしらべに女がぴくりと反応を示した。
 ──効いて、お願い。
 歌声はそのままに、アルフィは懸命に小さな手のひらを重ね合わせて祈り、歌う。だが──女は一度首を振りかぶると、また武器を構える。抵抗されたのだろう。だがしかし、意識の乱れは見逃さず、花厳 刹那(ka3984)がその隙を突いた。
「……参ります!」
 脚にマテリアルを巡らせ、瞬く間に女の脇へと回り込み、接近。勢いのままに、大振りの太刀の柄を握り締め、袈裟掛けに刃を振り抜いた。居合は完璧に決まったはず。だが……
「残念、少し非力だわ」
 女は刹那の太刀を片手で受けとめ、笑いかける。ならば、それをも好機にとカールが迫った。
「刃を交えてでも語って貰いましょう、貴女について」
 少年は、握りしめた機械を媒介にマテリアルを変換にかける。多量のエネルギーが集約してゆき、それはやがて光の剣となって現れ──貫く。
 カールの機導剣が、刹那の刀を握りとめたのと逆の腕めがけ、渾身の力で切りつけた。正直、大きな手ごたえはない。だが、それでもあの体に傷を付けたことが第一歩だと感じられた。
「坊や、せっかちはダメよ」
 先ほど弾かれたのと別の杼を取り出し、女は再びカールへと間近い距離から投げ放つ。
「……ぐッ!」
 あまりに凶悪な威力。最初の一撃は何だったのかと思うほどの重さ。盾で受けたにも関わらず、ファティマの防御障壁が砕け散ったにも関わらず、少年の体は後方へ吹き飛んだ。瞬時に身を包んだマテリアルリンクの加護がなければ、どうなっていたかは解らない。
 その杼はカールを吹き飛ばしてなお一直線に突き進み、前衛と後衛の間に立つマリエルへと襲いかかった。
 が、しかし少女の盾の表面で、カキンと杼を弾く音がした。防ぎ切った、ということだろう。その事実にマリエルは首を傾げた。
 ──どう考えても、私が受けた一撃にカールさんが吹き飛んでしまうほどの威力があると思えない。カールさんが威力を落としてくれたのか、それとも。
 前方では、再びカールが立ち上がっていた。不屈の姿勢に、女が呆れた様子で笑う。
「おねんねしてたら楽なのに」
 カールは、誘惑にも毅然とし、余裕の笑みを浮かべた。
「それは叶いません。かつて天女を易々と帰した男はいませんからね」



 一方、弥勒 明影(ka0189)は同行予定だったハンターたちの足跡を追っていた。
 この依頼を受ける直前に負った深手から、仲間と共に走れるほどの力は出ない。追走は不可……かといって歪虚を逃がすわけにもいくまいと後から追いかけたのだ。一人諦めて帰るなど、少年に出来るはずもない。
 どれくらいそうして追いかけただろう。やがて生々しい戦闘音が、次第に少年の鼓膜を打ち始めた。

「しかし涙とは、殺した者が流すには矛盾よな」
 戦場に、突如として響いた男声。嫌悪の色も露わに声の方角を見た織姫は、そこに最悪の光景を見た。
「……人間の、男?」
 ハンターらが一様に異変に気付いた。
「弥勒さんに明らかな殺意を向けてます……? 男性に対して、何か思うところがあるのでしょうか」
「わからないけど……私達に意識を戻した方がよさそう、ですね」
 小首を傾げるファティマの疑問に、大太刀の束に触れながら刹那が答える。
 女の異変に察した予感。それに抗うべく、一同は総攻撃を仕掛けた。着実に女の体力は削れている。その証拠に女の装束は裂かれ、肌を飾る無数の傷と、零れ落ちる体液がダメージを物語っている。なのに──
「……ダメね、これは」
 ジェーンの溜息は、気付いてしまったからこその答え。少女は女の間近に居たからこそ、その悲憤に、生の感情に触れてしまった。
「聞かせてくれよ、“女”。如何して泣く?」
 そこへ放たれた明影の言葉。それが、“女”としての最後だった。
「“女”? ふざけないで、家畜じゃないのよ、私は──!」

 あああぁぁぁぁぁぁ□□□□□□□□□ッ!!!

 女の絶叫が響き、突如ハンターたちの眼前で女から“多量の糸”が放出された。
 糸は、女を取り囲むハンターたちに巻きつくように四方八方へ飛び散り、そして──糸の向こう側で、女の姿は“異形”と化していた。
「攻撃に糸を使うんじゃないかって、思ってたけど……まさか、絡新婦?」
 アルフィがその姿を認め、呟く。現れたのは、体長4mほどもある化け蜘蛛だった。蜘蛛の背の中央には女の上半身が生えている。うぞうぞと蠢くそれに、生理的嫌悪感を覚えた者もいたかもしれない。
 だが肝心のハンターたちは、蜘蛛出現の折に放たれた多量の糸に絡めとられて身動きが出来ない。大地へ、木々の高い枝へ、上下左右あちこちに飛び散った糸は、周辺一帯を覆い尽くし、まるで“蜘蛛の巣”の中に居るかのように錯覚させる。
 その時、マリエルは女の傍で大太刀を振るっていた刹那の様子に気づいた。
「刹那さん、大丈夫です。すぐに処置して差し上げます」
 マリエルが静かに瞳を閉じると、ややあって刹那の体を煌めきが覆っていった。ややあって十全を確認すると「助かりました」と刹那が微笑む。どうやら、麻痺を受けたようだ。恐らくそれは蜘蛛糸の影響によるものだろう。
 ハンターらは各々、蜘蛛糸から逃れようと身をよじり、あるいは武器を用いようとするが──その“僅かな間”が、ある人物の命取りとなった。
「絡新婦か。俺は今に至るまで、歪虚など人の輝きを練磨する為の試練と捉えていた。だが……それにもまだ輝きが宿っているなら話は別だろう」
 唯一、巣の“範囲外”に居た明影はそれを逃れていた。それ故の行為かもしれない。少年は仲間を救うべく巣を破壊せんと剣を振るうが、今の力でその糸を切ることは敵わない。
「……傲慢で、卑怯で」
 その呟きは、明影の耳に届いたのだろうか。高枝へ張った巣を伝い、瞬く間にハンターらの後方へ移動した女が巣の上から弥勒を見下ろしている。その手に構えられているのは、杼。
「歪虚と化して尚も貫きたい想い、祈り、誓い。それが存在すると言うのなら……」
 男の声に、目を見開く女。続く言葉を遮るように、叫び声をあげた。
「煩い、煩い、煩い、煩い!!」
 余りに身勝手で、独りよがりで、自己愛が強い故の他者への妄言──明影の言葉を女はそう感じたのだろう。それは女にとって酷く効果的なノイズとなった。
「男は殺す! 人の世の怨嗟は絶つわ!!」
 女は巣から飛び降りると、躊躇いなく明影へ杼を放った。圧倒的な死の予感──けれど、その一撃は幸運にも明影のもつ剣に命中し、刃を木端微塵に砕いた。大きく威力を減退させた杼は、しかしそのまま少年の腹をえぐり、明影はその場に崩れ落ちた。その、直後。
「……悪いわね。死ぬな、って言われてるの」
 ジェーンがその持前の脚で瞬く間に蜘蛛へ近づくと、大鎌を一閃。その鎌自体が不気味な悲鳴を上げ、刃の軌跡は楕円を描く。残忍なまでの一撃に、蜘蛛の脚が一つ切れ飛んだ。
 怒りに我を忘れて完全に不意を突かれた女は、その一撃に文字通り血の気が下がったようだ。糸で拘束していたはずの“餌(ハンター)”が、全員例外なく巣を破壊し、束縛を逃れていたことに気付く。
 ここから、ハンターたちの怒涛の反撃が始まる。これまで女の攻撃を受け続けてきたカールは既に膝に力が入らない様子だったが、アルフィが傍で支え、少年に祈りを捧げる。
 ──ここまでずっとカールさんが受けてきた傷は、蓄積されてる。もう、長くはもたないけど、でも。
 ふわりと光を放つマテリアルに包まれると、カールが痛みを見せることなくにこりと笑む。「ありがとうございます。もう、大丈夫です」そう言って、少年は再び蜘蛛目がけて駆け出す。
「大丈夫じゃ、なさそうなのに」
 アルフィは、心配そうな顔で拳を握りしめた。

「凶暴な相手……ですね」
 マリエルの溜息は、怒りに狂う女の狂態に向けられていた。彼女の目的がなんであれ、ここまで踏み込んできたのは確かな事。ある程度の攻撃手段はもう理解したから──ならばと、マリエルは瞳を閉じてマテリアルを集中させる。
 少女の体から広がる光の波動が、忽ち周囲に伝播。脚を失ったばかりでバランスを崩していた女は、その衝撃に体制を大きく崩すことになる。
「……ッ」
「もう一度、伺います。なんで……泣いていたの?」
「一番気になるのは、どこに撤退しようとしていたのか、だけどね」
 直後、刹那の鬼神大王が閃き、剣筋が蜘蛛の脚に食い込んだ。その一撃、まともに受ける気もなく後方へ跳ねる蜘蛛。その腕が何かを放とうとするより前に、ファティマが渾身の力でバスタードソードを叩きつけた。太い刃が蜘蛛の胴部に叩きこまれた瞬間、雷撃が放たれて相手を焼き、女が短い悲鳴を上げた。
「あのー、実際貴女が逃げようとしていた先に、なにがあるんですか?」
 ふわりと笑うその顔は、先程襲い来た“余りのショック”にまるで釣り合わない。
「許さ、ない……」
「男が、ですか?」
 カールの問いに、女の表情が歪む。
「貴女が弥勒さんに向けた殺意は、尋常じゃなかった。だから、という訳ではないですが」
 カールが、振りかぶる。渾身の力で練り上げたマテリアルを輝きに変換し、そして──
「その激情、僕が受けて立つ!」
 ──光の剣は、化け蜘蛛へ突き立った。

 直後、女と同時に蜘蛛の口からも掠れた音が零れると──再び、その一帯に白銀の糸がまき散らされた。
 蜘蛛は近くの木々めがけて糸を張り、見る間にそこへと移動。巻きつく糸にもがくハンターらを見下ろしながら、冷静に息を整えている。
「……思っていたより強いのね、約束は守るわ」
 離れた木の上から、女はこう言い放った。 
「私は獄炎様が配下、九尾御庭番衆が一人……桔梗門 織姫。山本の動向を探っていたの」
「随分、素直に話すんだね?」
 動く腕で巣を切断した刹那が、もはや届かない蜘蛛女へと視線を上げる。
「死んだヤツのことを隠す意味はないわ」
「死んだ? 山本のお爺さんが?」
 アルフィが目を瞬かせ、その隣でファティマが表情を曇らせた。
「でも、目的が山本だったなら……何故、逃げるんですか?」
「なぜ? ……そうね」
 逡巡。女はファティマの瞳を射抜くように見つめ、
「男が嫌いなの。泣くほど、嫌いなのよ」
 そう告げる織姫自身が、まるで泣きそうな顔をしている。
 気付いたマリエルが咄嗟に声をかけようとしたけれど……届かない。女は蜘蛛の跳躍力で樹の上を飛び、その場を去っていった。



 事後、アルフィが東方政府に確認を依頼したところ桔梗門織姫とは、元48家門が一つ、桔梗門家の最後の姫という記録があった。
 桔梗門家は、その”織姫”によって当主が殺害され、その後お取り潰しとなっている。
「桔梗の花言葉は『永遠の愛』……か。皮肉なんかじゃ、ないのにな」
 政府からの報告を読み進めるアルフィの視線の先、描かれた女の末路は酷く悲惨なものであった──。

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MVP一覧

  • 輝きを求める者
    弥勒 明影ka0189
  • 星々をつなぐ光
    アルフィka3254
  • はじめての友達
    カール・フォルシアンka3702

重体一覧

  • 輝きを求める者
    弥勒 明影ka0189

参加者一覧

  • 聖癒の奏者
    マリエル(ka0116
    人間(蒼)|16才|女性|聖導士
  • 輝きを求める者
    弥勒 明影(ka0189
    人間(蒼)|17才|男性|霊闘士
  • 理の探求者
    ファティマ・シュミット(ka0298
    人間(紅)|15才|女性|機導師
  • グリム・リーパー
    ジェーン・ノーワース(ka2004
    人間(蒼)|15才|女性|疾影士
  • 星々をつなぐ光
    アルフィ(ka3254
    エルフ|12才|女性|聖導士
  • はじめての友達
    カール・フォルシアン(ka3702
    人間(蒼)|13才|男性|機導師
  • 紅花瞬刃
    花厳 刹那(ka3984
    人間(蒼)|16才|女性|疾影士

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
カール・フォルシアン(ka3702
人間(リアルブルー)|13才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2015/07/08 20:23:27
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/07/06 00:12:30