• 闇光
  • 龍奏

【龍鉱】腐っても龍

マスター:蒼かなた

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~8人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/03/05 19:00
完成日
2016/03/12 18:11

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●敗北せし腐敗した竜
 その竜はかつて強大な力を持っていた。しかし今はもない。
 巨岩をも砕いた牙はひび割れて、鋼鉄をも切り裂いた爪は抜け落ち、全ての生物を畏怖させる咆哮を発した喉は腐り今は異音を鳴らすだけ。
 その竜はかつて幾多の敵を相手取り、そして勝利していた。しかし今その栄光はない。
 返り討ちにした敵の亡骸の山も、戦利品として奪い取った数々の武具も、壮絶な戦闘の証であった体中の傷跡も今の腐った肉と骨の体には残っていない。
 何故力が失われたのか。何故栄光を失ったのか。その記憶すら腐りきった頭では思い出すことも叶わなかった。
 ただ1つ分かるのは、己が最後に敗北したこと。その敗北の末に死を迎えたことだけ。
 自分の翼を切り落としたのはどんな剣だっただろうか。自分の鱗を砕いたのはどんな魔法だっただろうか。自分の目を射抜いたのはどんな弓だっただろうか。自分の心臓を貫いたのはどんな槍だっただろうか。
 思い出せない。思い出せない。思い出せない。思い出せない。
 あの時、息絶える自分の瞳をまっすぐと見つめてきたあの瞳は、何色だっただろうか。
「――――」
 その時、腐敗した竜は何かを感じた。酷く懐かしいと感じさせる何かの気配を。
 1つ、2つ、3つ、まだまだどんどん増えていく。その気配が増える度に、感じる度に腐りきった頭の中で何かが蘇る気がした。
「――……」
 その口を開いたのは何十年振りだろうか。いや、その身を動かしたのすら何百年振りかもしれない。そんなことすら覚えていない。
「――グァ」
 ごぽりと、ぐちゃりと、気色の悪い音が体中から鳴り始める。伏していた地面から体を起こしただけで、腐った鱗と肉が零れ落ちて足元で広がっていく。
 動けば動くほどにその体を構成しているナニかが零れ落ちていく。その全てが零れ落ちた時、この身は一体どうなってしまうのかは何となくだが理解していた。
 だが腐敗した竜はそれでも構わず、腐肉の零れる顎門と開いた。
「――グアアァァ……」
 力なき異音の咆哮が静かに響く。
 思い出したい。失われたものを。あの時、死の間際の瞬間すらも全て。
 その欲望に駆り立てられ、腐敗した竜は半ばから切り落とされた翼を大きく広げた。

●出張先は北の果て
「仕事とはいえ、こんな場所に呼ばれるとはね」
 カム・ラディ遺跡入り口のほど近くに設営された仮設テントの中で、ヴァルカン族の族長ラナ・ブリギットはそうぼやいた。
「族長、ぼやいてないで書類にサイン書いてください」
 テントに入ってきた男がそう言って来た。彼の名はラッヅ、族長であるラナの右腕でありお目付け役だ。
「そんなのとっくに終わったよ。ほら、そっちのだよ」
 ラナは机の端に積んである紙束を一瞥してそう言った。ラッヅがぺらぺらと捲って確認してみると確かにちゃんとサインしてある。「そもそも。何でこんな所まで来て書類を相手ににらめっこしなくちゃならないんだい?」
 ラナの言葉は尤もと言えば尤もだ。こんな場所まで来て書類仕事をする必要はないだろう。
「俺達が呼ばれたのは拠点の設営と坑道の補強の為ですからね」
「で、肝心のその仕事にはいつ取り掛かれるんだい?」
「拠点に関してはもう少し周辺の調査や浄化が済んでからですね。坑道の補強は……歪虚が邪魔でまだ現場の安全が確保できてないそうです」
 ハンター達の手によって遺跡内の探索や龍鉱石の回収は順調に進んでいるようだが、完全に歪虚の巣窟と化している坑道内にはまだ制圧しきれず、非戦闘員が作業するにはまだ危険すぎる。
「そうかい……ならちょっと出かけてくるよ」
「族長、歪虚殲滅はハンターに任せてくださいね? 絶対に遺跡内に突撃しないでくださいよ?」
 席を立ちあがったラナにラッヅは間髪入れず釘を刺す。それに対してラナは顔を反らして舌打ちした。
「はあ、族長は一応ですけどこの場所の防衛も任されてるんですから、勝手をしちゃ駄目ですって。それもあくまでもしもの時は、ってことですけどね」
「はいはい、分かったよ。私は大人しくここで腐ってればいいんだろう」
 ラッヅの小言にラナは椅子に深く凭れ掛かって耳を塞いだ。そんな子供っぽい態度にラッヅはやれやれと肩を竦めてテントを出る。
「……あれ?」
 いや、出ようとしたところでラッヅの足が止まった。そして頭をやや上に向けた体勢のまま立ち尽くす。
「ラッヅ、寒いからさっさと入り口を閉めてくれないかい?」
 ラナが文句を言うが、ラッヅは空を見上げた体勢のまま固まっている。
「族長……あれ、何だと思います?」
 そこでラッヅが漸く声を出した。ラナは訝し気な表情をしながらラッヅの後ろまで近寄り、その背中を押してラッヅをテントの外に押し出す。それから自分もテントの外へと出た。
「……あれか」
 ラナの視線の先。西の空に何かがふらふらと飛んでいるのが見えた。時に上昇し、時に下降し、常に左右に揺れ動きながら飛んでいる。
 不規則で明らかにおかしな動きをしているそれは、ただこちらに向かって飛んで来ていることは分かった。
「族長、何でしょう……あれ?」
「さあね。でも、良くないものなのは確かだろうさ……」
 ラナは両腕を軽く上げ、待機状態にしていた魔導ガントレットを展開してその腕に纏う。
 その時、それまでゆっくりと飛んでいたナニカが突然速度を上げた。上昇するのを止め、まるで隕石かのように一直線に落下を始める。
「ラッヅ、暇してそうなハンターを呼んできな!」
「は、はい!」
 ラッヅは大急ぎでハンター達のいそうな休憩所へと走る。
 そうしている間にソレはぐんぐんと距離を詰めてきていた。そのおかげでおぼろげながらその輪郭も確認できる。
「竜? いや、それにしても何か変だね」
 見えているシルエットは竜そのものだ。だが、何か違和感があった。
 ラナは目を凝らす。そしてその違和感がなんであるか気づいた。
「……腐ってる」
 その竜は腐りきっていた。堅牢である鱗の大半を失い、半ば液状化した肉と臓物が周囲にばら撒かれていくのが見える。
 腐敗した竜は速度を緩めることなくそのまま突っ込んでくる。ラナはその軌道から避ける為に横に跳んだ。
 そのまま地面とぶつかる様にして落ちてきた腐敗した竜は、後ろにあったテントを数棟を吹き飛ばし、結晶の木を薙ぎ倒しながら大地の上を滑っていく。
 起き上がったラナがそちらを見れば、丁度腐った竜もこちらへと振り返っているところだった。
 そして腐り落ちて半分近く骨となった竜の頭が、ゆっくりと空へと向けられる。
「――グアアアァァァ……」
 異音混じりの不気味な咆哮が、静かに周囲に響き渡った。

リプレイ本文

●腐敗した竜はなく
 遺跡の周囲に腐敗竜の咆哮が響き渡る。低く雑音混じりの声はどこか物悲しさを感じさせた。
 暫くして腐敗竜は咆えるのを止めると、その巨体をゆっくりと動かし始める。1つの動作をする度に腐肉が落ち、その後には異臭を漂わせる腐汁を残す。
「竜が現れたって聞いたから駆け付けたが……まさかアンデッドとはな」
 襲撃の報を聞いて現場に訪れた龍崎・カズマ(ka0178)は、そこで咆える腐敗竜を見て眉を潜めた。
 龍鉱石が元は龍であることは遺跡に来るときに聞かされていた。だから何らかの形で竜が現れる可能性は予測していたが、その竜が腐っているとは流石に想定外だった。
「貴方を焼いた焔は、あるいは命を奪った凍風は……余程ぬるかったようですね。こんな姿で迷い出るなんて……」
 同じく現場に到着した八代 遥(ka4481)も、腐敗龍の姿を見て目を少しだけ細めた。
 竜とは威厳と畏怖と共に語られる存在である。しかし、今目の前にいる竜は堅牢な鱗も大空を翔る翼もなく、岩をも砕く牙も鉄をも切り裂く爪もない。
 だから遥は決意する。この竜をこんな姿のままにはさせられないと。
「来てくれたか。流石ハンター、お早いお着きだ」
 そこでラナがハンター達の元に歩み寄ってきた。その服は僅かに汚れていたが、怪我をしている様子はない。
 ハンター達の到着まで無傷で腐敗竜と戦っていたのかとも思ったが、それはどうやら違うらしくラナは腐敗竜へと訝し気な視線を向ける。
「どうにもおかしな奴でね。やる気があるんだかないんだか」
 どうやら腐敗竜は近づいたり攻撃をしかけない限り襲ってこないらしい。
 さらに、攻撃を仕掛けても暫く暴れた後、突然戦うのを止めるのだ。まるで直前まで戦っていたことを忘れ、そして何かを思い出したかのようにまた歩き出す。
 ただその歩みを進める進行方向に問題があり、そのまままっすぐ行けば龍鉱石の一時保管所に直撃してしまう。
「つまり狙いは龍鉱石ってことか? 同族の『形見』を取り戻しにきたとか」
「さあ、どうだろうね。その割には急いでない様子だ」
 央崎 枢(ka5153)の言葉にラナは肩を竦める。腐敗竜の歩みはかなり遅い。だからこそラナとハンター達も話をしている暇がある。
「あの竜の目的がなんであれ、このまま進ませるわけにはいかない。ラナさん、被害を抑えるにはどこで戦うのが一番かな?」
「誘導するって言うなら南、ここから右手のほうさ。そっちはまだテントの設営が済んでない場所だからね」
 青霧 ノゾミ(ka4377)に問われて、ラナは右手に広がる水晶の森を指差した。その先には水晶の木が立ち並んでおり、その奥に少し開けた場所があるのが分かる。ただそこにはいくつかの資材が積まれているのも見えた。
「建ててあるテントを壊されるよりはマシさ。あんた達もこの寒空の下で野宿は嫌だろう?」
「ええ、寒いのは嫌。それなら誘導は任せて。がんばる」
 ナツキ(ka2481)は一歩前にでて、薙刀の長柄を握る力を強める。
「……では、わたしはそのお手伝いを……。朽ちた竜を……再び、眠りに誘いましょう……」
 そんなナツキの隣に外待雨 時雨(ka0227)が立つ。その頬から雫が1つ零れると、深窓の令嬢を思わせる洋服の上から、光で編まれた白無垢の衣装を羽織る。
「ようやく戦闘開始ね。ふふっ、それにしてもつぐづくついてるわね。わたし」
 恍惚な表情を浮かべたブラウ(ka4809)は、自分の頬を撫でていた手をゆっくりと下げて腰に差す刀の柄に添える。
「龍の香り、思う存分嗅ぎ倒さないと。愉しみだわ……ふふふっ」
 腐敗した竜を討伐する為、8人の覚醒者達が一斉に動き出した。
「全く、皆さんそんなに慌てて慌ててどうしたって――って、アーッ! ドラゴンさんじゃないですかアーッ!」
 そしてその場に遅れて現れた加茂 忠国(ka4451)が悲鳴のような声を上げつつも、この討伐戦に参加することとなった。

●腐肉は滑り、腐汁は垂れる
「その痛み、終わらせてあげる。だからこっちに来て、さあ!」
 ナツキは腐敗竜の前に躍り出て、練り込んだマテリアルに火を付けた。マテリアルは炎に似たオーラへと変換され、ナツキの体が燃え上がったかのように噴き出した。
 すると腐敗竜は歩みを止めてナツキの方へと頭を向ける。白く濁った瞳は何も映していなかったが、腐敗竜には見えていた。光のように輝く気配が確かにそこにあることを。
「――グァッ!」
 腐敗竜はその気配目掛けて頭を突っ込ませる。掛けた牙の並ぶ顎門を大きく開き、その輝く気配目掛けて食らいつく。
「させないよっ!」
 その腐敗竜の目掛けてラナが殴りかかった。その時腕に装着したガントレットが巨大化し、巨人の拳のような一撃が腐敗竜の横っ面を殴り飛ばす。
「……死の微睡み……朽ち果ての泡沫……骸の貴方に、魂の安らぎを……」
 さらに時雨が歌うようにそう口遊むと、腐敗竜の体が見て分かるほどに震えた。
「――グオオォォ」
 腐敗竜が時雨に向かって咆える。そこに込められた感情を読み取ることはできない。ただ、白く濁った瞳は確かに時雨のことを捉えて離さない。
「よし、このまま釣りだせそうだ。一気に下がろう」
 枢の言葉にハンター達は水晶の木々の間を縫うように走り抜けていく。
 すると腐敗竜はその後を追うように進行方向にある水晶の木を薙ぎ倒しながら走り始めた。
「大迫力だな。まさに腐っても龍ってわけだ」
「その言葉には同意できるが、そう冗談を言ってる暇もなさそうだ」
 飛んでくる水晶の破片を軽く避けるカズマの傍で、ノゾミが小さく詠唱を唱えながら手にした杖を振るう。
 すると地面が隆起し、土で出来た壁が腐敗竜の進路を塞ぐ。
 腐敗竜はそのまま壁にぶち当たる。その衝撃で土壁に大きな罅が入り、同時に周囲に腐敗した肉と体液が飛び散った。
「毒がないとはいえ、この臭いはキツいものがありますね」
「あら、そう? この濃厚な死を連想させる香り……あぁ、素晴らしいわ」
「……私には、その感覚は理解できそうにありません」
 飛び散ってきた竜の腐肉からは、むせ返るような腐敗臭が立ち上る。
 その臭いに笑みを浮かべながら吐息を溢すブラウを見て、遥は口元をハンカチで押さえながら首を横に振った。
 そうこうしている間に土壁は破壊され、腐敗竜はまた進み始める。だがその間にハンター達は水晶の木々を駆け抜け、開けた広場へと到着した。
「それじゃあ反撃開始だ」
 振り返った枢の目には丁度水晶の木を破壊しながら広場へ入ってきた腐敗竜の姿が映る。腐敗竜はこのままハンター達目掛けて突進してくるつもりのようだ
 枢は地面を蹴り、腐敗竜に真っ向から立ち向かうように接近していく。
 腐敗竜の前足が地面を踏んだ瞬間、枢は腐敗竜の真横を通り過ぎるように僅かに進む軌道を変えた。それと同時に、地面と水平に構えていた魔剣を振り抜く。
 太陽の力を持つ刃が腐敗竜の体を捉える。だが、枢の手には微妙な手ごたえしか残らなかった。
「くそっ、やっぱり腐った部分を斬っても意味はなさそうだ」
「狙うなら体を構築してる骨。それか関節部がよさそうだな」
 枢に続いてカズマが大太刀を振るう。腕の肘にあたる部分に龍を斬る為に作られた刃が食い込み、骨の一部を斬り飛ばす。
「――グオォ」
 カズマの攻撃で体のバランスを崩した腐敗竜が咆える。咆えながらもう片方の腕を振り上げた。
「そうはさせません」
 その腐敗竜の動きに、機を窺っていた遥が動いた。マテリアルを集中させていた杖を腐敗竜に向けて振るうと、そこに一瞬のうちに魔術文字が綴られていく。
 その文字が淡く輝くと、腐敗竜の上部に大きな魔法陣が形成された。そこから万物を凍てつかせる氷の波動が放たれる。
 腐敗竜の体にこびりつく腐肉はあっという間に凍りつき、その動きが見るからに遅くなる。その隙に枢とカズマは腐敗竜の腕の届く距離から離脱した。
「腐った肉だけあって凍りやすいようだ。それならこれもおまけだ」
 遥に続いてノゾミも杖を振るう。生成された氷の矢が一直線に飛び、腐敗竜の胴体に突き刺さった。その傷口から腐敗した体が音を立てながら凍り付いていく。
 腐敗竜の動きが鈍ったところで、ブラウがその懐に飛び込んだ。振動刀は小さく音を立てながらその切れ味を高め、ブラウの手によって滑るように鞘から解き放たれ竜の体を削り取る。
「凍ってしまったら折角の香りが台無しね。でも、持ち帰るならこのほうがいいかしら」
 凍り付いた竜に腐肉の破片が地面に落ちるのを一瞥し、ブラウはそんな考えをしながらさらに返す刃でもう一度腐敗竜の体を斬る。
「このにおい。わたしは知ってる」
 ぽつりと、ナツキがそんな言葉を溢す。本人は口に出したつもりはなく、頭の中でフラッシュバックする記憶に無意識のうちに言葉を紡いでいた。
 父と姉、家族が残した最後の香り。記憶を呼び覚ます懐かしき香りは、同時に記憶に付随した感情も呼び覚ます。それは嫌悪。そして、誓い。
「おまえはここで倒す」
 ナツキの薙刀が腐敗竜の胴を突く。しかし、腐ってもなお健在な竜骨がその刃を阻んだ。
 その時、腐敗竜の頭がナツキへと向けられた。再び腐汁で濡れた牙が襲い掛かり、避けられないと分かったナツキは薙刀を構え守りの体勢を取る。
 しかし、そこでナツキと腐敗竜の頭の間に土壁が突然現れた。腐敗竜はその土壁に噛みつき、ナツキへの攻撃が阻止される。
「フッ、危なかったですねお嬢さん。いえ、お礼何てそんなとりあえずこれが終わったらお茶でも一杯どうですか?」
 そして少し離れた位置から忠国が早口でそんな言葉を捲し立てた。そんな戦場でも愛を忘れない男の視線は、何故かナツキの顔ではなくそれより随分と下、腰から太ももの範囲を行き来している。
 しかし、そんな視線を気にしている暇があるわけはなく。ナツキは小さく礼を言うとそのまま戦闘に戻る。
 そこでラナが忠国に視線を送り微笑を向けてきた。
「お茶なら私が1杯でも10杯でも奢ってやるよ。だからもっと頑張りな!」
「本当ですか! よーし、ドラゴンなんてもう怖く……いや、やっぱり気の所為でした」
 その言葉に勇み腐敗竜へと向かう忠国だったが、数歩進んだところで腐敗竜の白濁した瞳と目が合い、すぐさま後退りしたのであった。

●竜の墓標
 腐敗竜が半ばから先を失った翼を広げる。
「飛ぶぞ! 皆離れろっ」
「いえ、わたしが……止めます。……死を……侍らせるのならば……。動かぬことこそ、道理であれば……」
 時雨が言葉を紡ぐと同時に、腐敗竜の頭上から光の杭が落ちてくる。その杭は腐敗竜の四肢に打ち込まれ、そのまま地面へと縫い付ける。
「チャンス到来。枢、翼を斬るぞ」
「了解! 一撃で落として見せる」
 カズマと枢が腐敗竜へと走る。仲間の魔法で凍り付いた部位を蹴り、2人は腐敗竜の背中へと駆け上がる。
 腐った翼に翼膜は既になく、殆ど骨だけになった背中と翼の間の関節部が剥き出しになっている。
「悪いな。だが、これもお前を解き放つ為だ!」
 枢の剣が赤い光の軌跡を残しながら振るわれた。そして骨を砕く音と共に、2つの翼が宙に舞った。
 その時腐敗竜が咆えた。翼を失った痛みがあるのか、それとも別の理由からなのか。上体を起こして立ち上がる。
「グオオオォォォ!」
 負のマテリアルが竜の頭に集まっていく。それがハンター達の目で見ていても分かった。
「ブレスですか。相殺を狙ってみます」
「それならお手伝いしますよー。いやぁ、これぞまさに愛の共同作業!」
 テンションの高い忠国を無視、もとい集中してその言葉が聞こえていないのか遥はマテリアルを杖に込めて魔法文字を綴っていく。
「――――!」
 腐敗竜の頭が地面へと向けられた。その瞬間、その口から集められた負のマテリアルが吐き出される。
 それに対して遥と忠国が同時に巨大な火球を放った。2つの炎の塊と竜のブレスがぶつかり、空中でそれは爆発する。
「あら? この焼け焦げた肉の香りは……いいわね。とても香しいわ」
 爆発と同時に周囲には腐肉が撒き散らされた。火に炙られた腐肉からはこれまでより強烈な臭いを撒き散らすが、ブラウはそれを胸いっぱいに吸い込んでまるで酔っぱらったかのように頬を赤らめる。
 そんな状態でもその太刀筋が鈍ることはなく、振るわれた刃が腐敗竜の尾を切り落とした。
「わたしはおまえたちを超える。だから、その心臓……貰い受ける」
 そして懐に飛び込んだナツキは腰を落とし、大きく踏み込み、武器を突きだす。何度も試して骨のある箇所は大体分かった。だからその間を縫うようにして、刃を届かせる。
 腐った体液が跳ね、ナツキの顔を汚す。それを厭わず、ナツキは薙刀を更に奥へと押し込んだ。
「――……」
 すると突然、腐敗竜はその動きを止めた。まるで何かを思い出したかのように、その首を動かし白濁した瞳でハンター達を視界に捉える。
 そしてとある記憶を探し当てた。どれだけ前のことだか分からないが、己が『最後』に戦った時のことを。
 その時に、己が死んだということも、思い出した。
「…………」
 腐敗竜はゆっくりと、体を休めるかのようにその場で身を伏せた。
「……どうやら終わりのようだね」
 ノゾミがそう口にする。
 その言葉を認めるかのように、腐敗竜の体が崩壊し始めた。
 体に纏わりついている腐肉と腐汁が音を立てながら蒸発していき、むき出しになった骨が砂のように崩れ始める。
「教えて……あなたは何を思い、ここに来たの?」
 地面に伏した腐敗竜の瞳を覗き込み、遥はそう問いかけた。
 白く濁った瞳からは何の答えも返ってこない。ただその瞳の中に、遥の赤い瞳が微かにだが映りこんだ。
 瞬間、腐敗竜の崩壊は加速度的に進んであっという間にその形を失う。ハンター達の目の前から腐敗した竜はその姿を消した。
「……これは?」
 枢はそこで地面に落ちている石を見つけた。あの腐敗竜の瞳のように、僅かに白濁した小さな欠片が数個。
「龍鉱石、みたいだね。1匹の竜から採れる量にしては随分と少ないが」
 それを見たラナが答えた。他のハンター達もそれを手に、腐敗竜の最後を思う。
 
 その後、カム・ラディ遺跡の外周部に小さな墓が作られた。
 誰の墓なのかも分からないとても小さな墓標には、竜を象った印だけが刻まれていた。

依頼結果

依頼成功度大成功
面白かった! 6
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマka0178
  • にゃんこはともだち
    ナツキka2481

重体一覧

参加者一覧

  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 雨降り婦人の夢物語
    外待雨 時雨(ka0227
    人間(蒼)|17才|女性|聖導士
  • にゃんこはともだち
    ナツキ(ka2481
    人間(紅)|17才|女性|闘狩人

  • 青霧 ノゾミ(ka4377
    人間(蒼)|26才|男性|魔術師
  • それでも尚、世界を愛す
    加茂 忠国(ka4451
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 猛炎の奏者
    八代 遥(ka4481
    人間(蒼)|16才|女性|魔術師
  • 背徳の馨香
    ブラウ(ka4809
    ドワーフ|11才|女性|舞刀士
  • 祓魔執行
    央崎 枢(ka5153
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/03/04 20:23:56
アイコン 【相談】腐敗龍の駆除の仕方
龍崎・カズマ(ka0178
人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2016/03/05 18:02:51