アイリス・レポート:真相編

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
4~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2016/06/16 19:00
完成日
2016/06/24 00:11

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「あのエルフ、何者なんですか? 自分の目には司法課の役人には見えませんでしたが……」
 帝国領北部にある小さな帝国軍基地は、各地方を治める師団都市を中継するものだ。
 最終的には監獄都市アネリブーベに送られる犯罪者は、その歴にも寄るが、まずは現場最寄りの師団都市に移動させられる。
 帝都バルトアンデルスにある裁判所で罪について審議されるのはごく一部の重罪者であり、そうでない場合は帝国軍基地に存在する簡易裁判室に派遣された政府司法課の役人が罪を言い渡す。
 この基地にも簡易裁判室はあり、そこで審議を終えた罪人はアネリブーベに送られる。
 ネストル・アサエフは反政府組織との繋がりが明らかになっているが、脅威性から算出される重要度は低い。故に、この小さな基地が取り調べの舞台となった。
「お前は若いから知らんのだろうが、仮面をつけた奴には関わらん方がいい」
「どういう事でありますか?」
 基地の門を守る二人の兵士。若者の問いかけに、中年の男は銃の肩掛けをずらしながら語る。
「革命戦争の頃、後に王位を簒奪したヒルデブラント様の革命軍に、良くない噂のある部隊があった」
 ――絶火隊。ならず者でも自らの部下としたヒルデブラントが作った近衛隊。彼ら罪人は仮面で素性を隠し、圧倒的な強さを示した。
「それは革命前の話では……」
「だな。だからまあ、深入りしないほうがいい。ありゃあ、国の影をうろつく亡霊だ」

「やあ、エルフが二人とは……既に兵士に全て話したがね」
 ネストルがそう言うや否や、部屋に飛び込んだキアラは男の胸ぐらを掴みあげ、顔面を机に叩きつけた。
「最近の罪じゃない。革命戦争前にお前がしでかした事だ。教えろ……お前はエルフハイムに何をした?」
 鼻血を流すネストルに顔を寄せ、仮面の少年は鋭く言葉をつきつける。その肩を掴み、ハジャは首を横に振った。
「おい、取り調べ下手くそちゃんか? そんなんで喋るかボケ」
「喋らせるのは得意だ。相手が“話させてくれ”と懇願する」
「いい加減にしろ。てめえの個人的感情で情報源を殺してみろ。絶火隊だろうがなんだろうがぶっ潰すぞ」
「く……くく、く」
 二人の言い争いに笑みを浮かべるネストル。キアラは手を放し、机の端に腰を下ろした。
「私がした事、か……。大した事ではない。潜入し、そして情報を持ち帰る、それが任務だった」
 旧政府の帝国軍に所属していたネストルは、第一師団の兵長として任についた。
 エルフハイムへ潜入し、情報を入手する。だがそれは容易な事ではない。
「結果林と警備隊の目を掻い潜れず、随分と部下を失った。そして私も、この足を……だが、偶然が私を救った」
 森の中で罠にかかり、足は毒で麻痺していた。覚醒者であり武人であるネストルも、警備隊との闘いで疲弊していたのだ。
 追っ手を振り切って倒れた彼を助けたのは、美しいエルフの娘だった。彼女はネストルを保護し、手当を施した。
「まさか……」
「その頃、森の中には新たな派閥が動いていた。人間との和平を求める維新派。彼女はその活動家だった。彼女の名は、ジエルデ。美しい女だったよ」
 ジエルデは森の外に出て人間との交流を持ちたがっていたが、森はそれを許していなかった。
 二人は互いにこの森の結界を破る共犯となるだけの目的を持っていた。もちろんネストルは、「帝国とエルフハイムの和平」を偽りの目標として掲げていたが。
「彼女に招かれ、私は何度も森都に入った。彼女は外の知識を何でも喜んで聞き、思いを馳せた。若く純粋だったのだ。私はそんな彼女に惹かれていた……そう、私達は恋に落ちた」
「ばかな! 有り得ない!」
「誰もがそう思うからこそ、上手く行ったのだ。ジエルデが夜な夜な人間と会っている事など誰も気づかなかった。ただ一人、彼女の妹を除いては」
 アイリスは姉と人間の男を別れさせようとした。だがジエルデは「自分がヒトとエルフを結ぶ架け橋になる」と言って聞かなかった。
 その結果、アイリスはネストルを警戒しつつもその恋仲を認めた。認めてしまったのだ。ヒトとエルフが分かり合えるかもしれない。そう思ってしまった。
「森都の情報を得た私は、その秘密に触れる事になった。ジエルデは図書館の一員、調べ物は得意で、それも幸運だった」
 森の中には幾つかの秘密がある。その秘密の鍵となる巫女が浄化の器と呼ばれる術具であった。
 強力な術具だ。戦争の道具として、そして浄化術を“奪う”きっかけとして申し分なかった。
「私の協力者は他にもいた。アイリスの部下である、フェノンノという女だ」
 彼女は混沌を求めていた。現状維持を続ける帝国と森都、その全面戦争が望みだった。
「彼女は戦争を起こす為に人間に協力した。矛盾はしていたが、お陰で浄化の器の奪取に成功したわけだ。だが、最後の最後で邪魔が入った」
 アイリスは森の異変に気づき、真っ先にネストルを疑った。
 ネストルは最後に工作を隠蔽する為、ジエルデを呼び出していた。だがジエルデが状況に混乱する中、先回りしたアイリスと交戦する事となった。
 遅れて駆けつけたジエルデは、妹と恋人が争う様子を目撃するも、どちらに加勢する事もできず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「後は君たちも知る通りだよ」
「よくわかった。お前はここで死ね」
「まーーーて!! 浄化の器を奪った理由だ! まだ何かあるはずだ。でなきゃ長老会が情報を隠蔽するはずがねぇ!」
 キアラの銃口を逸らしながら叫ぶハジャに、ネストルは首を傾げる。
「……? 執行者の君が知らないのか? 器を用いたあの術を……」
 その時だ。爆発音と共に衝撃が基地に響き渡ったのは。
「ほれきた! ぜってー邪魔が入ると思ってハンター呼んでるもんねー! てめえの仲間か!?」
「だろうね。だが……」
 戦闘音は外から聞こえるのに、取調室に入ってきた影があった。キアラはそれを目撃し、目を丸くする。
「君は……」
 言い終わる前に繰り出された剣戟をハジャが受け止める。男の狙いはネストルだ。
 花の仮面をつけた男。帝国の亡霊は何も答えず、ただしなる剣を振り下ろした。

 基地を襲撃するのは剣機系の歪虚だ。それを率いる伊達男、カブラカンは高見の見物だ。
「ふはぁん。こんな小さな基地にわざわざ我輩が来る意味ありますか博士……んっ?」
 この騒動に乗じて基地内に突入する小さな影がもう一つ。兵士も歪虚も交戦を避け、まっすぐに基地内を目指している。
「あれは……んん? なんだかオルクス殿と同じ感じがするですが……歪虚ではない……契約者……でもない?」
 オルクスは北方の闘いで撃破されたと聞く。それと同じ気配を感じる人間など、聞いた事がない。
「……よくわかんが、確認するか」
 リンドヴルムから飛び降りたカブラカンは眼下の人間を踏み潰し、全身を硬い表皮で覆いつつ、基地内を目指すのであった。

リプレイ本文

 花男の繰り出すしなる刃を防いだのはキヅカ・リク(ka0038)だった。
 キヅカの構えた大盾の背後でキアラはネストルの無事を確認し、キヅカに頷き返す。そして花男へ目を向けた。
「どういうつもりだい? 絶火同士が刃を交える事は禁じられているはずだ」
「勘違いしないで頂きたいですね……。私の狙いは別にあります。射線軸上に勝手に入ったのはあなたでしょう?」
 そう言いながら鞭から剣の形状へ変化させた刃を手に、花男はこきりと首を鳴らす。
「困りましたね……またあなたですか」
 キヅカは以前にもこの花男と刃を交えた事があった。特異な攻撃を防げたのも経験に寄る所が大きい。
「あんたこそどういうつもりだ。何をしにここまで来た?」
 そうキヅカが問いかける間にハジャが動いた。素早く接近し蹴りを繰りだそうとするが、花男は指先を僅かに動かし、光の帯でハジャを拘束する。
「何!? こいつ……俺の動きに対応出来るのか!?」
「ハジャどいて! そいつは絶火隊だ!」
 キヅカは盾を構え花男に突撃。ガータル・ゾアは巨大な盾で、この狭い室内でかわして動く事は難しい。
 突進を機械の腕で受け止める花男だが、キヅカは盾に雷を纏わせ、衝撃で廊下へと花男を弾き飛ばす。
「リク、ナイス! ハジャ……動ける?」
 リサ=メテオール(ka3520)の声に、光の帯の中で身動ぎしていたハジャがこれを引きちぎり着地。
「くっそ……俺は平気だ。リク、加勢するぞ!」
 部屋から飛び出したハジャが蛇腹剣を躱し距離を詰めるが、花男もこれに徒手の格闘で応じ、二人は拮抗した闘いを見せる。
「ハジャ!」
 ハジャが背後へ跳ぶとキヅカは杖に集めた炎を一気に放出。花男の姿は火炎の渦に消えるが、それを突き破り尚、取調室へ向かう。
 携えた銃を構える事を躊躇うキアラを横目にリサはサーベルを掲げ、マテリアルを高めていく。
「茨の結界よ!」
 眩い光がリサを包むと、花男の伸ばす機械の腕はピタリと停止した。
 ディヴァインウィル。不可視の結界で相手の侵入を拒む魔法。狭い取調室の出入りを完全に制限して余りある力だ。
 腕を伸ばすことを断念した花男だが、腕を変形させそこにマテリアルを収束させる。それは機導砲の発射によく似ていた。
「「させるかあああ!」」
 そこへ背後からキヅカとハジャが襲いかかる。攻撃目標を二人に変更した花男は振り返りつつ二人へ光の剣を薙ぎ払うが、キヅカは盾を腕に押し付けるようにして阻止。そこへハジャが距離をつめ、屈んだ姿勢からの強烈なアッパーで花男を吹き飛ばした。
「キアラ、ここは僕達で相手をする! 君は外の様子を見てきて!」
 キヅカの呼びかけに思案するキアラ。彼の目的はネストルの確保、この場を離れ難いという気持ちが大きい。
 だが、ここにはキヅカもリサもいる。二人にはかつて助けられた恩義があり、そもそもこの場に残ったところで絶火の縛りでキアラは攻撃をできない。
「どちらにせよ、僕に出来ることはないか……。わかったよ。キヅカ、リサ、君たちを信じよう」
「随分と買っているのですね……ただの人間を」
「わかってないね。“ただの人間だから”さ」
 花男の言葉にそう笑い返し、キアラは銃を手に部屋を出た。
 やはり花男もまた、意図的にキアラに攻撃は加えない。彼がどこへ行こうが、妨害する様子はなかった。
「気ぃつけろよリク。こいつは多分俺より強いぜ」
「心配は要らないよ。こいつとは前にやったことがあるし、それに僕も昔のままじゃないからね」
 構える二人の背中を見つめつつ、リサは背後のネストルにも注意を向ける。
 キアラがいなくなれば取調室の中にはリサと二人だけ。“何かする”には格段に楽になったはず。
「余計なことは考えないでよね。あなたの命が守れるかどうかって瀬戸際なんだから」
「……君たちはなぜ私を守るんだい? 私は憎むべき犯罪者のはずだが?」
「悪い人だっていうのは知ってるよ。でもだからって死ぬ事はないでしょ? それに、皆が追い求めるものをあなたが持っているなら……」
 キヅカもハジャもキアラも、立場ややり方は違えど、より良い未来を目指そうとしている。
「だから……みんなの未来をだめにしたくない。勘違いしないでよね。ただ、それだけなんだからっ」

「あのすさまじい勢いで突っ込んでくるのは……ゲ、髭マッチョ!?」
 馬で敵の進行方向に回り込みながら神楽(ka2032)はいよいよ正体に感づいた。
 これまでの闘いでもちょくちょく出現しては場を荒らしていた高位歪虚、カブラカン。
 サポーターに徹する事も多いが、直接戦闘力も高く、オルクスやナイトハルトといった四霊剣と肩を並べる事もある強敵だ。
「……にしては一人でこんな田舎に何しにきたんすかね」
 疑念はともかく、あれは一般兵が相手に出来るレベルの敵ではない。
 馬上でライフルを構え引き金を引く。カブラカンはこれを手の甲で殴るようにして弾くが、注意を引く事はできた。
「お前らさっさと退くっす! そいつと戦っても無駄死にするだけだから、リンドヴルムに行けっす! ここは俺が抑えるっす!」
「ハンター殿……確かに言う通りのようだ。退くぞ!」
 兵士らが銃撃しつつ後退する中、神楽は馬で接近。槍で力強く打ち付けるが、頑強な表皮を砕けない。
『む? 貴殿はもしや、この間の……? どうやら奇妙な縁があるようですな』
 腕の装甲を変化させ、空気を吸い込むカブラカン。繰り出した拳は激しく大気を振動させ、衝撃波をほとばしらせる。
 命中はしなかったが衝撃で馬が横転。投げ出された神楽へ、レンガを踏み砕きながらカブラカンが突っ込んでくる。
『貴殿は必ず我輩の邪魔をしてくる。一人の内に仕留めさせていただこう!』
「ほあー!? そんな覚えられ方願い下げっす! 恰好つけたけど一人じゃ無理っす! ヘルプっす~!」
 パンチを前転気味に屈んでやり過ごしつつ、トランシーバーに呼びかける。
 高速で走り続けるカブラカンは急制動で地面を吹き飛ばしながら反転、更に加速して拳を突き出すが、そこへ蒼い炎の矢が着弾、爆発起こす。
「そんなに急いで何方へお出かけかね、歪虚殿?」
「エアルドフリスさん!」
「すまんね、待たせた。しかしありゃあ、それなりに高位の歪虚じゃあないのか?」
 ここは小さな基地だ。重要な戦略拠点と呼ぶには程遠い。
 確かにネストルという囚人を捕らえてはいるが、彼がそこまで重要であるとも思えない。
「何やらキナ臭いね、どうも」
 魔法で足を止めたカブラカンへ、更に側面から接近する姿があった。
 大地を強く蹴り、横に回転するようにして放った紅薔薇(ka4766)の刃を、カブラカンは自慢の防御ではなく背後へ跳んで回避する事を選ぶ。
「無事かの、神楽殿?」
「紅薔薇さんも来たっす! これで三体一、勝てるっす! さあ~ここはオルクスさえも倒した俺が相手っす!」
『なんと……オルクス殿、やはり倒されていたのですか……』
「む? まさか、知らぬのか?」
『あのお方は暴食の中でも特異な立場、我輩にも知らぬ事が多いのです。それにナイトハルト殿も何も……おっと、お喋りが過ぎましたな』
「丁度良かったのじゃ。お主にはもう少し喋りすぎてもらうとしよう。剣妃を討ったというのが与太話かどうか、お主も確かめたかろう?」

「一体何がどうなっているのやら……」
 困惑した様子でトランシーバーを耳に当てながら頬を掻くヴァイス(ka0364)の隣でエイル・メヌエット(ka2807)は双眼鏡を覗き込んでいた。
「何か来る……」
 倍率を切り替えれば、それがこちらへまっすぐ突っ込んでくるのが見えた。
 帝国兵の殆どはリンドヴルムの対応に向かっており、北側の警備は手薄だ。残された兵士の制止など完全に無視し、猛スピードで駆け寄る影。
「何かってなんだ?」
「わからないわ……でも、嫌な予感がする。それにあれは……エルフハイムの……執行者?」
 ぐんぐん距離を縮める影にエイルは双眼鏡を下ろす。ヴァイスは自らも前進し、侵入者へ声をかけようとする。
「ここからは通行禁止だ、止まってもらえないか?」
 しかし少女は止まるどころか外套の下に隠していた木刀を取り出し、ヴァイスへと襲いかかった。
 小柄な体躯ゆえの素早さ、そしてそこからは想像もできないような踏み込みにヴァイスは鞘に収めたままの斬龍刀で受けながら目を凝らした。
 フードの下から覗く黒い髪。顔をはっきりと見たわけではない。だが彼はこの少女に見覚えがあった。
「ホリィ……いや……別の浄化の器?」
 少女が外套の下から繰り出した左手の短剣を腕を掴んで防ぐが、少女は身体を縦に回転させるようにしてキックを放ち、ヴァイスの顎を打つ。
「ヴァイスさん!?」
「大丈夫だ。それよりもこの子……」
「ええ……似ているわ。ホリィにも――オルクスにも」
 初めて出会った頃、まだ言葉を交わす事すらできなかった器。髪の色も顔つきも違うのに、二人は“ホリィ”と同じだと確信する。
「エルフハイムの聖域で襲ってきた子だ」
「……あなたは誰? どうしてここに、どうやって来たのかな。お名前は?」
 問いかけに応える声はない。少女は小さく口を開けたまま、ただ呼吸を繰り返すだけだ。
 その様は、まるで口という部位が最初からその為の役割しか持っていないかのような印象を受ける。最初から、言葉などというものはなかったかのように。
 僅かな間を置き再び動き出すと、今度は二人を迂回しようとする。狙いはやはり、拘置所にあるようだ。
 攻撃をためらい、納刀したまま先回りしようとするヴァイスを潜り抜け、少女は先を急ぐ。そこへエイルは葛藤しつつもジャッジメントを放った。
 光の杭に打たれ足を止める少女はもがき、呻き声を上げ、闇雲に手足を振り回す。
「ごめんなさい……でも……っ」
「取り押さえるぞ!」
 駆け寄り腕を伸ばすヴァイス。だが少女は全身から黒い光を放ち、ヴァイスを吹き飛ばした。
 明らかに目に見えるほど濃密なマテリアルは少女の身体を覆い尽くし、無数の蛇にも似た触手を形成する。
「アァー……ウ……ウ!」
 苦しげに両手で頭を押さえながら少女が獣のごとき悲鳴を上げると、蛇たちは一斉に動き出し、二人のハンターへ襲いかかった。

「うおおおお! お前の相手はこの俺だぜ!」
 基地の敷地に降り立ったリンドヴルムはガトリングを連射し、尾を振り回し帝国兵を薙ぎ払う。
 そこへ駆けつけたリュー・グランフェスト(ka2419)は振動刀から斬撃を飛ばし、リンドブルムの尾を弾き返す。
「ハンターか! すまん、我々だけでは荷が重い!」
「そりゃこんな田舎の基地だからな。安心しな、敵は俺が引き付けるぜ!」
 兵士を下がらせたリューは剣を掲げ、身体にマテリアルの炎を纏う。
 ソウルトーチ。覚醒者の保持する強力なマテリアルは、特に暴食系には効き目が強い。
 リンドヴルムはすぐにターゲットをリューへと切り替えガトリングを放つが、リューはこれを素早く回避する。
「へっ、今更リンドヴルムごときにやられるかよ!」
 鼻頭を人差し指で擦りながら余裕の笑みを浮かべるリュー。
 これまでに撃破してきた強敵に比べれば、初戦は旧型の量産型剣機。彼にとってはさしたる脅威ではない。
「こんな所へ襲撃ですか。狙いは分り易いですが、さて……」
 リンドヴルムの尾をたやすく盾で受け流し斬撃を返すリューの後方、月影 葵(ka6275)は戦況を見守っていた。
 そこへリューが逃がした兵士、そして神楽が撤退された兵士たちも合流してくる。
「あの兄ちゃんすげぇな~。さっすがハンターだぜ」
「彼がリンドヴルムを引きつけている間に三方向から射撃陣形を作ります。上空にはまだ二体、それが降下してくる可能性もありますから、油断はなさらずに」
 指示を終え魔導バイクに跨った月影 葵(ka6275)がエンジンを唸らせる。
 一方、ジルボ(ka1732)は魔導バイクで走りながら上空を旋回するリンドヴルムを睨んでいた。
「あっちのリンドヴルムはリューだけでも余裕そうだしな。俺はこっちからかね」
 リンドヴルムはカブラカンの足も兼ねている。つまり、あれを野放しにしておけば他のチームがいざという時に困ってしまうわけだ。
 バイクから手を放し、両手で銃を構え真上に発砲するジルボ。その弾丸は正確にリンドヴルムへ命中する。
 敵が反応し降下を開始すると、ライフルを背負い直しバイクのハンドルを握り、大きく旋回する。
 リンドヴルムの遠距離攻撃はガトリングガンのみだが、命中精度はさほど高くない。近~中距離の牽制武器といっていい。
 ジルボに攻撃する為には高度を下げる必要があり、追跡は当然の結果と言えた。
「ジルボさん、こちらです!」
 葵の声に従い移動すると、その先には帝国兵らが組んだ陣がある。
 その真中を突っ切ってバイクを停止させたジルボは、跨った状態のまま再びライフルを構えた。
「悪いがこっちも忙しいんでね。速攻で決めさせてもらうぜ!」
 マテリアルを帯びた弾丸はまっすぐにリンドヴルムの翼に吸い込まれ、氷の華を咲かせる。
 その瞬間待ち構えていた兵士たちが一斉に魔導銃を連射し、攻撃を浴びたリンドヴルムは吠ながら墜落、地面を一回転する。
 そこへバイクで駆けつける葵は抜身の刀を地面に擦り、火花を起こしながら接近。
 刃の切っ先はやがて青い炎を纏い、すれ違い様に放った斬撃はリンドヴルムの翼を鋭く切り裂いた。
 飛行能力を奪われたリンドヴルムには絶え間なくジルボ率いる射撃部隊の攻撃が降り注ぎ、あっという間に動かなくなる。
「一丁上がりっと。リューの方は……」
 リューはリンドヴルムの懐に飛び込み、次々に斬撃を繰り出す。
 ガトリングの間合いよりも内側に接近してしまえば、後は尾の剣に注意するくらいだが、それも予備動作が大きくリューにはすっかり見きれていた。
 繰り出される尾を盾で受け、そのまま刃を首に突き立てると、雄叫びと共に一気に首を刎ね飛ばした。
「あれま。一人でやっちまいやがんの」
「こっちは終わったぜ。後は空に飛んでる最後の一体だけか」
 口笛を吹くジルボにリューは目立つ傷もなく笑顔で応じる。
 兵士達の被害はこの段階でほぼなし。一方的にリンドヴルム二体を撃破したハンターらに兵士らはすっかり一転攻勢ムードだ。
「この調子ならば想定よりもずっと早く終わりそうですね」
 トランシーバーを確認する葵。他の戦域でも闘いは続いている。
 ここを早く終わらせれば、それだけ他のチームへの援護が早くなる算段であった。

「あんたは何故ネストルを狙う? 彼の何が不都合なんだ!」
 拘置所の廊下ではキヅカとハジャ、そして花男との闘いが続いている。
 キヅカは花男の攻撃を見事に防ぎ続けていた。結果的にはキヅカが守り、ハジャが攻める形で、花男を圧倒しつつあった。
「ルミナちゃんは現実から目を背けたりしなかった。だから、僕も背けない。知って前に進む為にも、彼を殺させるわけにはいかない」
「真実というものは、不用意に明るみに出てはいけないものです……。それを知ってしまったからこそ、不幸に陥る事もある」
「おいそれと外に漏らせない事情ってのは解るけどね、ちゃんと説明して貰わなきゃ納得行かないことだってあるのよ!」
 部屋の出入り口を押さえたまま、魔法を発動しようとするリサ。振り下ろした剣は、しかし光を伴わない。
「「「?」」」
 男三人が同時に首を傾げる中、リサは顔を真っ赤にしながら一歩後退し。
「ごめん、リク……魔法……セットしてくるの忘れちゃった」
「そっ、そうなんだ」
「隙ありィ!」
「隙ありません」
 呆然とするキヅカの隣で花男に蹴りかかるハジャだが、問題なく花男はガード。
「で、でも、回復はできるから!」
 ダメージを受けた二人にヒールを施すリサ。これで余程の事がなければ、長期戦に置いて有利は決まったようなものだ。
「強引に突破しようにも、結界で侵入できない……しかもそれをすれば隙を晒す事になる……これは手詰まりですかね」
「諦めが早いんだね? まだリサを遠距離攻撃で倒すって手もあるでしょ」
「そうさせてくれるのならばそうしますが……しないでしょう?」
 当然と言わんばかりのキヅカの笑みに花男は間合いを取り、鞭剣を腰に収める。
「――交渉しましょう。ネストルを殺して頂けるのなら、あなた方には真実をお話しても構いません」
「「えぇっ!?」」
 同時に慄くキヅカとリサ。リサのすがるような視線にもキヅカはたじろぐしかない。完全に想定外の展開だ。
「も~この段階で更に変なこと言い出すのやめてよ~! こんがらがっちゃうでしょ~!」
「お、落ち着いてリサ!」
「落ち着くのはリクもだ。冷静に考えろ。こんな交渉最初から成立してねぇんだ、しっかり前見てろ」
 ハジャに強く肩を叩かれ考え直せば確かにそうだ。
 花男の言う真実が嘘である可能性もあるし、この交渉自体隙を作る陽動かもしれない。
 そもそもネストルを差し出すのが先か真実を語るのが先かという、細かい部分も考えだすと、おおよそこの場でまとめきれる交渉ではないのだ。
「真実は時に混乱を、争いを産みます。私はそれをただ阻止したいだけなのです。しかし真実を知って尚、耐え得る人材であるなら……」
「それが僕達だって言いたいのか?」
「ただし、ネストルという情報源を活かしておく事はできません。それが愚者の手に渡れば、再び大きな争いが起こる。その恐ろしさ、聡明ならばご理解頂ける筈です……」
 “真実”は時に民衆を操る道具となる。
 その結果、ヴルツァライヒのような組織が大きな事件を起こし得たし、その火種はまだ燻り続けている。
「私は火消し……争いを事前に封じる火消し。ヴィルヘルミナもきっと、あなたにそれを望んだ筈です」
 男は刃を収めた手を伸ばし、問う。
「さあ、ご決断を」

 のたうち牙を向いて迫る触手を切り払うヴァイスだが、切断された触手はすぐに接合してしまう。
 その手応えはこれまで戦ってきた暴食の歪虚、亡霊型にもよく似ていた。
「エイル!」
「――黎明の子よ。その御名に於いて、この手に光を!」
 聖機剣が光を集め、そして一気に解き放つ。光の波動は周囲へ広がり、エイルを襲う触手を次々に打ち払っていく。
「やはり魔法が効いているな……!」
「お願い……もうやめて! あなたとは戦いたくないの!」
 獣のように吼えながら突進する少女の攻撃を受け止めるヴァイス。
 単純な戦闘能力であれば、ヴァイスに分がある。身体能力は高いが攻め筋は単調で、決して打ち負ける事はない。
 物理攻撃をヴァイスが抑え、触手はエイルが魔法で打ち払う。二人のコンビネーションは少女を完全に押しとどめていたが、これ以上こちらから攻め込むのには迷いがあった。
『……無駄よぉ。この子には自我が存在しない。声をかけても、存在しないモノに触れる事はできない』
「まさか……そんな!」
「この声は……オルクス!?」
 少女の影から聞こえる声には聞き覚えがあった。だが、あまりにも気配は弱々しい。
 恐らく声ではなく、思念のようなもので直接語りかけているのだろう。現に少女の口は今も荒く呼吸を繰り返すことのみに使われている。
「やっぱり生きていたのね……その子をどうするつもり!?」
『勘違いしないで。私は別に何もしちゃいないわぁ。この子を差し向けたのは私じゃない。そもそも、既に私には殆ど力が残っていないものね……』
「なら……どうしてだ? 何がどうなっている?」
『私の本体はもう存在しない。あなた達に負けたのよぉ。決着はついている……だから、今の私にできるのは、誰か力に縋ることくらい……』
 ややしょげた様子の声は少女の暴れ狂う声にかき消される。
『この子には最初から心が存在しない。使い捨ての爆弾みたいなものなのよ。放っておいても崩壊する運命、救う手はないわ』
「そんな……」
『じわじわと精神と肉体が壊れる苦しみを味わわせるくらいなら……殺してあげなさい。それがあなた達に出来る……唯一の……』
「ア――アアアアアッ!!」
 少女が再び動き出すと、もうオルクスの気配は感じられなくなった。
「殺すしか救う方法はない……本当にそうなのか……?」
 険しい表情で剣を構えるヴァイス。その目の前で少女の動きが止まった。
 後方から放たれた銃弾が少女の肩を撃ちぬいたのだ。
「二人共何やってるわけ?」
「キアラ!? 待て、彼女は……!」
「浄化の器の類でしょ? でもとにかくまずは戦闘不能にしなきゃ」
 確かにキアラの言う通り、対話で解決が困難な以上、攻撃を緩めるわけにはいかない。
「覚醒者はこれくらいじゃ死なない。戦闘不能に追い込めばいいんでしょ? 僕も手伝うよ」
「…………仕方がない……これしかない……のよね」
 聖機剣を構え、エイルは迷うを振り払うように首を振る。
「ごめんなさい……でも……あなたを止める為には!」

『ぬおおおッ! 邪魔ですぞ!』
 振り上げた拳を大地に叩きつけると、連続して衝撃波がハンターらへ襲いかかる。
 そこへあえて突っ込んでいくのは神楽で、盾で衝撃を抑えこみにかかる。
「相変わらず攻撃が痛いっす……けど!」
「均衡の裡に理よ路を変えよ。生命識る円環の智者、汝が牙もて氷毒を巡らせよ……」
 構えた杖にもう片方の手を当て、マテリアルを高ぶらせるエアルドフリス(ka1856)。
「集い穿て、氷蛇の顎よ!」
 結晶が形作る魔法の蛇が真っ直ぐにカブラカンを目指す。これを拳で粉砕するが、その拳がみるみる凍結していく。
 そこへ紅薔薇が接近。刃を放つと、硬化したカブラカンの皮膚を切り裂き血を吹き出させた。
 紅薔薇の刀は最早人間が扱うには適切なサイズではない。340cmの刀はかなりのリーチと威力を持つ。
『馬鹿な……我輩の装甲を貫くだと!?』
「既に言った筈じゃぞ伊達男。妾たちは――剣妃を倒した者だと!」
 カブラカンはそんな紅薔薇に拳を振り下ろすが、そこへ割り込んだ神楽が盾で受け、衝撃で背後へ吹っ飛んでいく。
 紅薔薇よりカブラカンはリーチが短い。故に、神楽が間に入り込むのは比較的容易だったのだ。
『ええい……チマチマと邪魔に入りますな!』
「紅薔薇さんはやらせねーっすよ!」
 神楽はダメージを受けてもみるみるうちに傷を癒していく。それこそ、本当に一撃で倒さない限りは何度でも起き上がるだろう。
 紅薔薇は圧倒的な攻撃能力を持つが、その攻撃性能を活かすには支援が必要だ。神楽は自らが盾となることで、その火力を最大限に活かそうとしていた。
 回り込もうとする紅薔薇へ腕を振るうカブラカンだが、凍りついた身体は反射に追いつかない。
 更に紅薔薇の一撃がカブラカンを切り裂き、そこへエアルドフリスが放った火炎が爆発する。
 カブラカンは元々魔法に対する防御力は物理攻撃よりも低く、エアルドフリスの魔法の威力はかなりのもの。表皮にはあちこちに亀裂が生じ始めていた。
「見る限り劣勢のようだが、あの男が持つ情報はあんた方にとってそれほど重要なのかな? それとも別のご用件かね?」
『確かに、あの男にそれほど価値があるようには我輩も思えぬのですがな』
「つーか、オルクスが死んだのにお前まだ暴食の手下をやってるんすか? そろそろ他に乗り換えた方がいいんじゃないっすか?」
『ンッン~……我輩にもプライドがあるのです。それに、オルクス殿は本当に死んだのですかな?』
 カブラカンは翼を形成し、更に両腕の装甲を変質させていく。肥大化した腕に周囲の大気を取り込むと、振動する腕を掲げ。
『オルクス殿は策士でおられた。女性とはふといなくり、ふと戻ってくるもの。紳士足るもの、常に帰還に備えるべきでしょう』
「は。随分と律儀じゃないか」
 困ったように笑うエアルドフリス。カブラカンは悪魔の異形でニコリと笑うと、貯めこんだ空気を放出し爆発的な加速で突進する。
「神楽!」
 エアルドフリスはそれに対し、石壁を作成。カブラカンの拳はその石壁を貫通して更にエアルドフリスを狙うが、そこには既に神楽の姿がある。
 石壁で減衰されたパンチを神楽は盾で受けながらエアルドフリスから逸し、その進行方向には紅薔薇が回りこむ。
 攻撃を防がれた後の隙、そこへ放った紅薔薇の刀は、カブラカンの右腕を切断するに至った。
『お見事……腕を失ったのはいつぶりですかな……!』
 翼を広げ舞い上がるカブラカン。この三人に自分は勝てないと判断しての素早い撤退判断であった。
 しかし、そんなカブラカンを狙う者がいた。リンドヴルムを素早く処理したジルボ達だ。
 空へ舞い上がろうとするカブラカンの翼をジルボは正確に撃ち抜き、怯んだ所へエアルドフリスが魔法で追撃を放つ。
『な……にぃいい!?』
「よっ! こっちは手早く終わったんでな……助太刀するぜ!」
 停車したバイクの上で片手を掲げるジルボを追い抜き。葵とリューが駆けつける。
「残念ながら、リンドヴルムは全て使い物になりませんよ。あとはあなただけです」
 落下地点へバイクで迫り、刀で斬りつける葵。その一撃は左腕で防がれたが、続いてリューが飛ばした衝撃波も受けるとガードが外れる。
「どうやら命運尽きたようじゃな……カブラカン!」
 体ごと回転し、薙ぎ払うように放つ巨大刀の一撃がカブラカンの脇腹にめり込み、そのまま装甲を抜いて腹まで食い込んでいく。
『ぬ……ぐおおおお!?』
 カブラカンはそのまま前進し紅薔薇へと襲いかかろうとするが、リューと神楽が間に入り、カブラカンを攻撃で突き飛ばす。
 ジルボが銃を連射しその動きを封じ、エアルドフリスの魔法が命中すると、ぱらぱらとカブラカンの表皮が崩れ、人間に似た姿が露わになっていく。
 更に紅薔薇が巨大な刀で繰り出した突きの切っ先はカブラカンの胸に突き刺さり、そのまま貫通。既に表皮の崩れたカブラカンに攻撃を防ぐ能力は残されていたなかったのだ。
「……どうやら……引き際を、見誤ったようですな……」
 人の姿に戻ったカブラカンが膝を着く。先の一撃は完全に致命傷、既に逃げる事は叶わない。
「いや……あんたの引き際は間違っちゃいなかったさ。ただ単純に、彼らの仕事が早かっただけでね」
 片目を瞑り、顎で視線を促すエアルドフリス。リュー、葵、ジルボの三人が駆けつけるのが遅ければ、確かに逃げ切れた筈だ。
「せっかく、オルクス殿の手がかりを掴んだというのに……情報を持ち帰れず討たれるとは。我輩も、焼きが回りました……な」
 石のように変化し崩れていくカブラカンの最期を見届け、ハンターらは刃を収めた。

 キアラが射撃で動きを止め、エイルが魔法で触手を打ち払い、ヴァイスが接近する。
 元々少女の戦闘力は本物の器ほどではなく、三人とも対器戦闘の経験者、対策も織り込んでいた事もあり、ヴァイスはあっけなく少女を取り押さえる事に成功した。
 ただし、あまりにも激しく抵抗する為、やはり気絶させるだけのダメージを与える必要があったが……。
「ごめんなさい……傷は癒やすから……」
「やはりエルフハイム側の刺客ですか」
 背後の声に振り返り、エイル達は驚いた。何故かキヅカ、ハジャ、リサ……そしてネストルと花男までぞろぞろと外に出てきていたのだ。
「リク!? 戦ってたんじゃないのか?」
「とりあえず休戦したんだよ。見ての通り左右から拘束してるから直ぐには動けないし、リサがネストルを抑えてるから、また襲ってきたらディヴァインウィルしてもらうし」
「もうどこも安全じゃねぇから、仲間と合流したほうがいいだろ」
 そうこうしている間にカブラカンを撃破したハンターらも合流。周囲には帝国兵の警備もつき、基地の防備は正常に戻りつつあった。
「どうやら周辺に敵の姿はないようですね」
 兵士らと共に警戒に当たる葵。ここから更に横槍が入ることはないだろう。
「その子は……ホリィと同じ器? 何者なのじゃ?」
 紅薔薇の問いかけにエイルとヴァイスは自分が見聞きした事を全て説明した。
「まさか……本当にあの女の亡霊なのか?」
 冷や汗を流すエアルドフリス。ハンターらがそれぞれ神妙な面持ちを浮かべる中、少女の身体を調べようとした神楽がのけぞる。
「げっ!? これは……どうなってるんすか?」
 見れば外套の下、少女は体中に包帯を巻きつけられていた。素肌はところどころ黒く焼け爛れたように変色している。
「器としての適性が低いんだ。身体が腐り始めてる」
 キアラがそう呟くと、ネストルは少女の傍らに立ち目を細めた。
「――エルフハイムには、人命を賭して発動する大魔法がある。私の任務はその秘術の奪取。つまり、帝国はその魔法を奪い、“使う”つもりだったのだ」
「大魔法だと……? 俺はそんなの聞いた事ねぇぞ! ヨハネだって何も!」
 ネストルの言葉に取り乱したようにハジャが叫ぶ。
「森の精霊と最大限に適応出来る器をトリガーに、何百人という命を使って放たれる浄化魔法だ。その威力は、一撃で帝都を壊滅させられるほどだと聞いている」
「それが……あんたの言う、知らせてはいけない真実……?」
 キヅカの言葉に花男は一歩身を退く。
「知れば恐れ、そして欲するでしょう。革命戦争で情報を抹消したのは、それが次代の人々に争いをもたらさぬ為」
 帝国兵はネストルを取り調べるだろう。そして彼が口を閉ざさねば、軍が、あるいはそれ以上のヒトがチカラを知る事になる。
「――どうです? 殺した方が良かったでしょう?」
 そう言って去っていく花男の背中から視線を落とし、キヅカは強く拳を握り締めた。
「……だめ! どんどん呼吸が弱ってく!」
 それはエイルの声だった。少女の身体からは熱が失われ、呼吸も浅くなっていく。
 急激に命が失われていくのがエイルにはよくわかった。回復魔法も人工呼吸も意味がない。少女はあっという間に、あっけなく、その生命を終えた。
「エイル先生……」
 現実を認められず人工呼吸を続けるエイルの肩をジルボが叩く。
 その合図を待っていたかのように、エイルはその場に泣き崩れた。

「俺はヴルツァライヒの……モンドシャッテの事件を間近で見た。だから、真実ってやつが時にはヒトを殺すって理屈も、わからなくはないんだ」
 基地のベンチに腰掛けリューが呟くと、神楽は眉を潜め。
「正義と信念で法を犯して人殺しとかもうヴァルツライヒと同じじゃねーっすか」
「勿論、俺だって人殺しを肯定する気は毛頭ないぜ。ただ……これからどうなっちまうのかな、って」
 エルフハイムがそんな秘術を持つ可能性が伝われば、見せかけの平和が終わってしまう。
 戦争が始まりでもしたら、もうハンターにそれを止める方法はないのだ。
「また……昔の話を引っ張りだして、それで泣く奴が出るなんて……俺、嫌だぜ」
「俺だって……嫌っすよ、そんなの」

「エイル先生の様子は?」
「今は落ち着いていますが、少しそっとしてあげましょう」
 部屋から出てきた葵の言葉に頷くジルボ。肩に乗せたパルムの頭を撫で、目を細める。
「全く、エルフハイムは女泣かせな話ばかりでうんざりするぜ。正直俺には全然カンケーないんだけどよ……」
 笑顔ではしゃいでいた巫女達の、それを見守って笑うジエルデの姿を思い出す。
「むかつくぜ」
 出会いは控えめに言っても最悪だった。でも今は、その笑顔が消える事を恐れている自分がいた。

「ハジャ……僕達、間違えたのかな」
 あの時、花男の言うようにネストルを殺し、真実を自分たちだけに留めるべきだったのか。
 座り込んだハジャの背中に問いかけても答えはない。
「自分に知らされない真実に、そんなに打ちのめされたかい」
 エアルドフリスの声に振り返り、ハジャはぎろりと睨み返す。
「何のためにアイリスを……真実を追ってきたんだ?」
「……長老会を転覆させる為だ」
「お望み通りの力じゃないか」
「違う!」
 立ち上がったハジャはエアルドフリスの胸ぐらを掴み上げる。
「俺は……あいつが幸せになれる世界を作ってやりたかった! 俺の望んだ真実は、こうじゃなかった!」
 舌打ちし手を離すと、ハジャはキヅカへ目を向ける。
「俺は執行者になる前何してたのか知りたがってたよな、リク。でもな、俺に前はねぇんだ。俺も器と同じ、生まれつきの道具だからな」
 道具に生まれ、道具に徹するつもりだった。ヨハネの剣として、盾として。
「でも……リサちゃんや器と接している内にわからなくなっちまった。俺は道具なのか……それとも……」
「道具でいいじゃないか。道具には道具の生き方と誇りがあるだろう」
 エアルドフリスはそう言って、ハジャの胸ぐらを掴み返す。
「その上で、ヨハネに言ってやりたい事があるなら自分の口で言え。お前は道具であって、ガキじゃあないんだから」
「あたしは……ハジャに会えて良かったと思ってるよ」
 リサは俯いたキヅカの腕を取り、自らの腕と絡める。
「リクと付き合う事になったのも、あの事件が切欠。だからあたしは……あたしは皆良かったって思ってるんだ。だから、皆に死んでほしくない。ただそれだけなんだよ」
「リサ……」
 リサの言葉に頷き、キヅカは拳を握る。
「絶対に、戦争なんかさせない」
 リサの掌に、自らの掌を重ねながら……。

「生きておったのじゃな、剣妃は」
「……どうだろうな」
 煮え切らないヴァイスとは対照的に紅薔薇は前を向いていた。
「妾は前に進む。ホリィと友達になる為に、知る事を恐れはしない。それが不都合な真実でも、きっと受け入れる」
「もう一度……オルクスと闘う事になっても……」
 確信があった。開かれた禁忌の扉の向こうには、オルクスの真実もあるのだと。
「僕は情報の拡散を留められないか工作してみるよ。でも、帝国の公式記録を改竄するのは難しいと思う」
「そうか……だとしてもありがとう、キアラ。君には聖域でも助けられた」
「やれることをやっているだけさ。僕だって、人間とエルフの戦争なんて見たくないから」
 そう言ってキアラは仮面を外し、二人に笑いかける。
「もし……オルクスを追うなら、きっとあそこにもう一度行く事になる」
「あの時剣妃が仕掛けた罠にエルフハイムが気づいておらぬのなら、妾達が解決する他ないからの」
「閉ざされた森の聖域……か」

 ネストルは無事、アネリブーベへと護送された。
 彼から得た情報は帝国軍へ恙無く伝わるだろう。
 そしてエルフハイムに存在する秘術の噂がまことしやかに囁かれるのは、もう間もなくしての事であった。

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  • 白き流星
    鬼塚 陸ka0038
  • 大悪党
    神楽ka2032

重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • ライフ・ゴーズ・オン
    ジルボ(ka1732
    人間(紅)|16才|男性|猟撃士
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 巡るスズラン
    リュー・グランフェスト(ka2419
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 愛にすべてを
    エイル・メヌエット(ka2807
    人間(紅)|23才|女性|聖導士
  • 運命の回答者
    リサ=メテオール(ka3520
    人間(紅)|16才|女性|聖導士
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士
  • 新米聖導士を諫めし者
    月影 葵(ka6275
    人間(蒼)|19才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン チラシの裏
鬼塚 陸(ka0038
人間(リアルブルー)|22才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/06/13 17:06:07
アイコン 情報源死守【相談卓】
エアルドフリス(ka1856
人間(クリムゾンウェスト)|30才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2016/06/16 14:40:52
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/06/11 20:07:14
アイコン タングラムさんに質問
エイル・メヌエット(ka2807
人間(クリムゾンウェスト)|23才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2016/06/14 15:52:16