センチメンタル・ジャーニー

マスター:神宮寺飛鳥

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
寸志
相談期間
5日
締切
2016/08/13 19:00
完成日
2016/08/21 02:05

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「二人共、無事でよかった……!」
 バルトアンデルス城に呼びつけられたジエルデは、心底安堵した様子でそう言った。
 “掟の森”と名乗る連中との交戦から数日後。ハジャを通じてエルフハイム長老会に事件は報告された。
 その説明役として送り出されたジエルデ迎え、対策会議が行われる。
 出席者はオズワルド、タングラム、ハジャ、キアラ、ハイデマリー、そして浄化の器。
 しかしこれは内密な出来事であり、その全てはオズワルドの執務室で済まされる運びとなった。
「まずは此度の事件、長老会と致しましても胸を痛めております。しかし、長老会は“掟の森”なる集団を同胞とは認めておりません」
 それがジエルデの言い分。掟の森は、長老会にとっても未知の存在。
 つまり関り合いがないので、エルフハイムは今後も何も説明しないし、掟の森の追撃も行わない。それが結論だった。
「まあ、そう来るだろうな。だがそれについちゃ、咎めるつもりはねェよ。帝国も似たようなモンだ」
 例えば、帝国に属する人々の中に、ヴルツァライヒのような反政府組織も存在する。
 では彼らの起こす悲劇の責任を帝国が全て追うのかといえばそうではない。
「とはいえ、掟の森について一切対策しないというのは、国際世論としてはどうかしらね。実際に被害が出てる。人も死んでるわ」
 ハイデマリーの言う通り。帝国はヴルツァライヒを許さないという姿勢を取っている。だから、一応の体裁は整う。
 しかしエルフハイムは“不干渉”。このままどこかで掟の森がヒトを殺めても、何も対策しないという。
「正直に教えて、ジエルデ。何が起こっているの?」
「……わからないのよ。本当に掟の森なんて知らないの。まさか、私があなた達にそんな事する筈ないじゃない……」
 しかし、責任感に苛まれ、ジエルデの表情は青かった。本人としても、エルフハイムと掟の森の関連性に疑いを抱いている証拠だ。
「実際問題、森都にゃ色々人様に言えない事情がある。かく言う俺も隠密として生まれた時から仕込まれてんだ」
 ハジャが言うに、長老達は皆、通常であれば自身のための密偵を育てる。
 それは浄化の器制度と同じく非人道的な行いであり、心を殺した殺人人形を作るという事だ。
「維新派はこういうのもやりたがらねぇから、身奇麗な長老はユレイテルくらいだろうぜ。ま、それくらい長老はそれぞれ何考えてんのかわかんねーんだ。誰かの私設部隊の可能性もあるぜ」
「今回の襲撃は、浄化術の普及もそうだけど、恐らくは森都の“秘術”が明らかになったのも影響してる。それには僕も他所事じゃない」
 キアラが追っていたネストルという男がもたらした秘術の情報。
 その噂が広まったことで、両“国”の間に余計な緊張が広まってしまった可能性はある。
「秘術の話は、こっちで火消しをしている所だが……ま、秘術があるのは事実なんだ。そりゃ、実は帝国に元々伝わってる話でな。先代皇帝のヒルデブラントが、その資料を焼いちまったんだ」
 革命戦争が終わって皇帝となったヒルデブラントは、帝国という国を縛ってきた様々な逸話、伝承を焼き払った。
 その中の一つに存在した、森都の秘術の伝説。それが存在する限り、森都と帝国の和平は成らないと、男は全てを捨て去った。
「俺もちらと聞いただけで詳しくはねぇが、ヒルデブラントが森都に不可侵条約を結びに言った時、その話もつけたと聞いている。もう、帝国は秘術を狙わないと約束した。それが和平の切欠だ」
「それって、帝国は元々は秘術を狙っていたってこと?」
 ハイデマリーの問いにオズワルドは目を瞑る。
「帝国の歴史は簒奪の歴史だ。土地を、歴史を、信仰を奪い、ヒトの領土とした。その中でより強い力を知れば、光を求めずには居られない。それが人間って生き物だ」
「争いたくないのは、皆同じ筈です。戦争に疲れたから、もう誰にも関わりたくないと、全ての秘密を過去にしまい込もうとした。けれどそれは間違いでした。私たちは“未来”にそれを残してはならなかった」
 タングラムは仮面を外し、嘗て姉と呼んだヒトを見つめる。
 姉妹は互いの瞳に映る自分から、心の真実を知った。
 もう、過ちは繰り返さない。“未来”に、この血の宿業を残してはいけない、と。
「私はヨハネと共に、森都の動きと“掟の森”について探ってみるつもりです。しかし、両者の関係性が解らない以上、ハイデマリーや器を森に戻すことはできない。だから、協力してほしいのです。二人を隠す為に」
「そうしてやりたいのは山々だがな。帝国も、おおっぴらにこの件に関わるわけにはいかない。この話は非常に微妙なバランスの中にある。だから……」
「私が二人を預かりましょう」
 そう言ったのはタングラムだった。
「我々ハンターはあらゆる組織に属さない独立した力です。ソサエティに介入する事は誰にもできない。姉さんの代わりに、今度は私が二人を守ります」
 タングラムはハイデマリーに頷き、そして浄化の器の前に腰を落とす。
「君が、全ての悲劇を回避する鍵です。君を守る事が、世界秩序の維持に繋がる。私は一人のハンターとして、君を守りましょう」
 差し出された手に、器は自らの掌をそっと重ねた。


「というわけで、引っ越しですよ!」
 冒険都市リゼリオはハンターズソサエティの本部を擁する、中立都市だ。
 この街には溢れるほど守護者が跋扈している。恐らく世界で最も治安の良い街だろう。
 ハイデマリーと浄化の器は、この街でしばらく生活する事になったのだが……。
「え? タングラムの部屋に住むんじゃないの?」
「私の部屋に三人は無理ですよ。物理的な面積と散らかりの問題で」
「お部屋散らかしているの? 私が片付けてあげようか?」
「姉さん話がややこしくなるんでちょっと黙っててください。ともあれ、住む場所を決める所からスタートですね」
 しょぼくれるジエルデを他所にタングラムは器の頭を撫でる。
「さあ、“ホリィ”はどこに住みたいですか?」
 少女にとって、大人の都合はわからない。ただ、言われたからついてきただけだ。
 この世界の動きなど、知ったことではない。それでもこの街は、好きになれそうな気がした。
「海……。海の見える部屋がいいな」
「生活用品も自分で揃えるんですよ。このお買い物メモを参考に、自分の力で頑張るのです。あ、人に手伝ってもらうのは可」
 なにせ前に住んでいた部屋は吹き飛んだので、何も持ってきていないのだ!
「アイリス、そんなの無理よ! この子はまだ一人でお買い物なんて!!」
「姉さん、その過保護なところがあの子の社会性をですね……」
 二人が言い争っている間に器はもうどこかへ歩き出してしまった。
「なんだかねぇ~」
 頬を掻きながらハジャは器の少し後ろについていく。
 状況は良くない。一寸先は闇だ。
 でもその中で光を探す事は、決して悪い気分ではなかった。

リプレイ本文

「大怪我したとか工房が木っ端微塵になったとか聞いたけど、大丈夫?」
 APVの前に集合したハンター達。イェルバート(ka1772)は心配そうに問いかける。
「一応覚醒者だし、何日か寝ていれば治るし、もうなんとも無いわ」
 けろりとしたハイデマリーの返答だが、紅薔薇(ka4766)は腕を組み。
「そうは言うが、前回のような事件がまた起こらぬとも限らぬじゃろう。民間人への被害も起こり得る」
「そうか……周辺への被害も考えないとな。いいところが見つかるといいが」
「いつもすみません」
 丁寧に頭を下げたジエルデにヴァイス(ka0364)は首を横にふる。
「それにしても、命を狙われるような事態って、穏やかじゃないよね。機導浄化術はどうなっちゃうのかな」
「大丈夫よ。もう、術はソサエティのハンターに配布する準備も進んでいるわ。近々あなたの手にも届くでしょう」
 その言葉にほっとした様子のイェルバートだが、ハイデマリーが狙われた事実に違いはない。
「でも、まだ術を広める為に帝都と往復するんですよね? 僕にも何か手伝える事、ないかな……?」
 ハイデマリーは少年の肩を叩き、にこりと微笑む。
「そうね。また危機が迫ったら助けてもらうわ。もし私がいなくなったら、その時は浄化術をお願いね」
「そんな……」
「大丈夫よ、本当にもしもの時。そんな顔しないで」
 一方、ヴァイスは器に魔導カメラを差し出した。
「俺からの引越し祝いだ。カメラ、前にほしがってただろう?」
「うん。ありがとう、ヴァイス」
「使い方はだな……ここを……」
 そうしていると、通りがかる二人組が居た。ソフィア =リリィホルム(ka2383)とメトロノーム・ソングライト(ka1267)だ。
「何か見覚えのある顔ぶれだと思ったら、皆さんお揃いで」
「ソフィアさん、こんにちは」
「はい、こんにちはイェルバートさん」
「ヴァイスさんは……浮気……というわけではなさそうですね」
 メトロノームはヴァイスと密着しているのが幼い少女だと気づき、そしてそれが浄化の器だと認識すると僅かに目を開く。
「あなたは……ホリィさん。お噂はかねがね……」
 歩み寄り、器の手をそっと取ると、メトロノームは顔を近づける。
「ホリィさん……いえ、師匠!」
「「「師匠?」」」
 三人のハンターが同時に声を上げた。
「一目お見かけして以来、心にずきゅんと来ていました。わたしもあんな表情が出来るようになりたい、と……」
「ど、どんな表情だったのかな?」
「あー。意外と表情豊かですからね、こいつ」
「こういう顔です……こう……」
「わからん……」
 ハンターらがそんな話をしていると、突如ハジャの背後から声が聞こえた。
「お引越しかあ。新しい場所での新しい生活……それは楽しみだね」
「うおお!? いたのか爺さん!?」
 飛び退くハジャにジェールトヴァ(ka3098)は笑顔を浮かべる。
「人には衣食住が必要だからね。私もお買い物、一緒にお手伝いさせてもらえないかな?」


「まず部屋じゃが、二人の身の安全とリゼリオの治安を考え、最適なプランを検討してきたのじゃ」
 そう言って紅薔薇が開いた羊皮紙には、こんな事が書いてあった。

1、海が見える部屋
2、近くに高い建物がなく、狙撃されにくい場所
3、部屋を改造してよい一軒家

「そ、狙撃……穏やかじゃないね」
「実際されたのじゃ、ついこの間の話じゃぞ。まあ、最低でも他の民間人を巻き込まぬ場所じゃな」
「じゃあ、その条件で探してみようか。不動産屋に訊くのが早いよね」
 イェルバートは不動産屋に向かい、紅薔薇の要求に見合った部屋を探した。
 ひとつひとつ歩いて探すよりも、このくらいの規模の都市部では、その道のプロに頼った方が効率的だ。
「というわけで、ざっと三つくらい候補が絞れたけど」
「海を見下ろせる一軒家はなかったのかの?」
「リゼリオ周辺はあんまり起伏がないからね。それに、すぐ入れるところじゃないと意味ないし」
「やはり庭付きは欠かせぬのう。鳴子や落とし穴のある家でなければ、必須要項を満たしているとは……なに、家賃が高い? そこはタングラム殿がじゃな……」
「あいつ金持ってないわよ」
 二人のやり取りにハイデマリーが苦笑を浮かべる。
 その様子を器は無言でカメラに収めた。
「お? いつの間にそんな文化的なモンを手にしたんだ?」
「ヴァイスがくれた」
「へえぇ。ちょっと見せてみー?」
 器からカメラを受け取るソフィア。そこへ紅薔薇が歩いてくる。
「ホリィ殿はどこがよいのじゃ?」
「これ」
「決断早いの!?」
「少し離れてて、誰にも迷惑がかからなければそれでいいよ」
「ちょっと、私は帝都とその家往復するんですけど~?」
 そんなこんなでワイワイ言いつつ、とりあえず物件は決まった。
 契約関係はハイデマリーが済ませるというので、残りのメンバーは続きの買い物に向かう。
「今日一日で全て揃える必要はないが、最低限寝泊まりは出来るようにせねばな」
「私は床でも寝られるけど」
 器の返答に困った様子の紅薔薇。そこでソフィアが提案する。
「家具が必要なら、ウチの工房に来いよ。丁度一仕事終えた所だし、引越祝いって事で格安で作ってやるよ」
「その発想はなかった」
「なんなら自分で作ってみたらどうだ? エルフなんだ、鍛冶はともかく木工細工はお得意だろ?」
 興味深そうに頷く器。元々、何かを作る事には興味があったらしい。
 そんなわけで、ソフィアの工房に向かうと、ハンターらは家具の相談をする。
「エルフハイム様式も出来るぜ?」
「ううん、普通のでいい。仮宿だし、必要な物も少ないかな」
「そりゃ楽だが、面白みのない発注主だな。こだわりとかないのか?」
 必要最低限の物だけ揃える発注をすると、ソフィアは袖をまくり。
「とりあえずベッドくらいは今日中に納品しねーとな」
「そんなにすぐに作れるんですか?」
「覚醒者ですしねー。皆さんは先に消耗品でも買ってて下さい」
 メトロノームの質問に親指をぐっと立て、それから手を振ってハンターらを見送るソフィア。
「家具と部屋の目処はついたから、あとは生活雑貨だね。お皿や調理器具、調味料、お布団や枕……服もそうかな?」
「服ですか……困りましたね。わたしは殆どドレスですから……」
 ジェールトヴァの言葉に考え込むメトロノーム。
「妾も服はだいたいいつもこんな感じじゃからな」
「可愛らしい服ですよね……紅薔薇さんのご趣味ですか?」
「そうでもあるが、まあ、祖母の趣味じゃな。この系統の服ならだいぶ種類も持っておるし、詳しいと自負しておるが」
 女性二人の視線が男性陣へ向けられる。
「私は若い女性の服はちょっとねぇ……うん」
「力仕事なら任せてくれ!」
「あの……僕も女性の服は……」
「ジェールトヴァさんとイェルバートさんは仕方がないと思いますが、ヴァイスさんはそれでよいのでしょうか?」
 メトロノームの言葉が胸にぐさりと突き刺さる。
「服なんてジャージでいいよ」
「それはそれでよいのか?」
「じゃあ紅薔薇のお下がりちょうだい」
「背丈が結構違うからのう……」
 器は服に興味はない様子で、結局無難に普段着を買い揃える事になった。
「買い物は、せっかくだし新居の近くでしたらどうだ? 道を覚えないといけないしな」
 ヴァイスの提案で、残りの買い物は家の近くで行う事にした。
 布団や生活雑貨、服などはどっさりとヴァイスとハジャが抱え込み、残すは食事関係。
「自炊と言えば、わたしは気になっているものがあるのです。ずばり……冷蔵庫を購入できないでしょうか」
「冷蔵庫かあ。結構高いんだよなあ……。ハイデマリーさんなら持ってるかもしれないけど」
 機導師的な感覚で、イェルバートはその難しさを、しかしハイデマリーなら行けそうな事を理解していた。
「確かAPVには怪しいやつがあったのう。ただ、かなり高価だったはずじゃ」
「あ、でも部屋がダメになった時に損傷してるかも……聞いてみないとかな」


 一先ず買い物も目処が立ち、契約を終えたハイデマリーと合流し新居に向かう事になった。
 大きくはないが、一先ず一軒家。繁華街から離れた海沿いにあるお陰で、静かで家賃もそこそこらしい。
「ホリィさんは、どうして海が好きなのかな?」
 海を眺めて足を止めた器にジェールトヴァが問うと、紙袋を抱えたイェルバートも足を止める。
「それ、僕も気になってたんだ。何か理由があるの?」
「今までずっと森に住んでいたから、物珍しいのかな」
「それもあるけど、すごく広いから。遮るものも、何もないから」
 水平線の向こうまで世界が続く。自分の目に映る世界は、とても小さく狭いものだと教えてくれる。
「変なにおいも、水の輝きも、風も、漣の音も、森都では感じられないからね」
「そうだ、釣りはどうだ? この辺りならちょうどいい。家からすぐだぞ」
「時間を潰すには持って来いだと聞いたことがあるのじゃ。自分で釣った魚も食べられるし、一石二鳥じゃな」
 ヴァイスの提案に乗るように紅薔薇が語る。釣りは、エルフハイムにも存在する文化だ。確かに丁度いい。
「昔は何か考えたい時は、よく釣りをしていたな」
 そんなヴァイスの視線の先へ向かうように、器は堤防から飛び降りるようにして砂浜に降り立つと、波打ち際で屈んで水面に触れる。
「きらきらしてる」
「シーグラスだね。そっちに貝殻もあるよ。海には色々な生き物もいる」
「こんなに広い世界に放り出されて、平気なのかな?」
「生き物は強いものなんだよ。……そうそう、何か思うことがあるなら、絵日記をつけてみたら?」
 ジェールトヴァの言葉に器は魔導カメラを構え、シャッターを切る。
 吐き出された小さな写真。その裏側の空欄を見せると、ジェールトヴァは頷く。
「そこでもいいね。なんでも思ったことを書いてみるといい。それが自分を知ることにも繋がるかもね」


 紅薔薇が車で迎えに来ると、ソフィアはベッドと共に荷台に揺られて家に向かった。
 扉を開くと、何やら食欲をそそる香りがする。部屋の中では、部屋の準備と並行し料理が進んでいた。
 器はイェルバートが選んだエプロンと頭巾を装着し、初心者向けのレシピ本を片手に鍋を回している。
「……ソフィアさん、お疲れ様です。味見してみますか?」
「これは、メトロノームさんが?」
 差し出されたのはサンドイッチだ。メトロノームは首を横に振り。
「いえ。教えたのはわたしですが、作ったのは師匠です。なかなか上手にできていますよね」
「へぇ……っていうかその師匠っていうのは本気なのでしょうか……」
 サンドイッチは見た目もそこそこきれいだ。器は人から教わった事を、だいたいそこそこ直ぐにこなせる。
(まあ、あいつの特性みたいなもんだしな)
 以前器と接触した事を思い出しつつ、ソフィアはサンドイッチを平らげた。
「ベッドはどこに運べばいいんだ?」
「ああ、部屋通すのにまだ分割してあるんで……ヴァイスさん、そっち持ってください」
「うん、おいしく出来てる。レシピ通りにやれば、とりあえず失敗はないよね」
 イェルバートは味見をして笑みを浮かべる。器は何度もレシピを読み返し。
「料理と錬金術は似ている?」
「あはは。そうかもね」
「師匠、次はフレンチトーストはいかがでしょう。甘いものは……お好きですか?」
 メトロノームは手取り足取りフレンチトースト作りを手伝う。そうしているとタングラムとハイデマリーを載せたトラックが駆けつける。
「お望みの冷蔵庫持ってきたわよ。ヴァイス、覚醒よろしくね」
「酒も持ってきたですよ!」
「流石タングラムさん!」
 酒瓶を掲げるタングラムに親指を立てるソフィア。
「妾はケーキも持ってきたのじゃ」
「あ、実は僕もシードルを……故郷の味かなと思って」
 紅薔薇やイェルバートも祝い物を取り出すと、皆で作った料理と合わせ歓迎会が始まった。
 乾杯の音頭と共にじゃんじゃん飲みだすソフィア、タングラム、ハイデマリー。
 一方ヴァイスとジエルデは呑むのは控え、酒は注ぐ側に回る。
「なんだかねぇ。逃亡先の一時の宿なのに、本当の新生活みたいだぜ」
「リゼリオから出られない以外は自由な生活なんだ。楽しんでいいと思うよ。勿論、ハジャさんもね」
 酒瓶を片手に壁際に立つハジャにジェールトヴァはサンドイッチを差し出す。
「二人共、新しい人生をここから始めよう」
「新しい人生か……」
 考えたこともなかった。こんな暖かい場に自分がいることも。
「ああ。仕事じゃなきゃあ、ナンパしてるとこだぜ」
「今度は美味しいお店を紹介するよ。開拓していかないとね」
 そんな笑顔に、ハジャは困ったように笑った。
 ベランダを開くと、潮風がカーテンを揺らす。日の暮れた海を前に、メトロノームは胸の前で手を組み歌う。
「いい歌だね」
 歌を聞くためか、ベランダに出た器がそう呟く。
「歌、お好きですか?」
「うん。ここに来るまでに、何度か聞いた。森都では聞いた事もなかったけど」
 目を瞑り、メトロノームの歌を繰り返すように鼻歌で奏でる。
「一度聞いただけなのに……凄いですね。では、一緒にどうですか?」
 二人の重なる歌を聞きながら、ヴァイスはジエルデと小声で語る。
 オルクスの事、そして他の“器”の事。ジエルデは既に知っていたが、念を押すように。
「あんたに自覚はないだろうが、ホリィは成長した。もしあんたに何かあったら、ホリィはきっと強く傷つくだろう」
「そう……でしょうか?」
「そうだ。だから、あんたも自愛を忘れないようにな」
「ふふふ……ありがとうございます、ヴァイスさん」
「ヴァイス、そいつヴァイスの何倍生きてると思ってるですか?」
「ていうか浮気ですよ、不倫ですよー?」
 背後からひょいとタングラムとソフィアが顔を出すと、ヴァイスは慌てて飛び退く。
「違うんだ! 話聞いてただろう!? オルクスがだな……!」
 そんな騒ぎの中、イェルバートは笑みを浮かべる。
「色々あったけど、大丈夫そうでよかった」
「そうじゃな。だが、まだ油断はできぬ」
「うん……。守るよ、きっと。僕に何が出来るかはわからないけど……」
「大切なのは心構えじゃ。イェルバート殿も、それを忘れぬようにな」
 紅薔薇の言葉に頷き、イェルバートはグラスを傾けた。


 こうして引っ越しは一先ず完了し、解散となった。
 翌日一人になった器は、カメラを手に街を練り歩く。
 現像した写真は部屋の壁にあるコルクボードに貼り付けていく。

「よかったわね、それ」
 帝都から車で森都までハイデマリーに送られながら、ジエルデは手にした写真を見つめる。
 そこにはヴァイスが撮った、ジエルデと器の写真があった。
「うん……」
 目尻に涙を浮かべ、ジエルデは空を仰ぐ。
 目に見える形で残る思い出。それはきっと、辛い決断を支えてくれるだろう。
 ガタガタと揺れる車は森都へ向かう。
 僅かながらの、幸福な思い出と共に……。

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MVP一覧

  • 大工房
    ソフィア =リリィホルムka2383

重体一覧

参加者一覧


  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • アルテミスの調べ
    メトロノーム・ソングライト(ka1267
    エルフ|14才|女性|魔術師
  • →Alchemist
    イェルバート(ka1772
    人間(紅)|15才|男性|機導師
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • 大いなる導き
    ジェールトヴァ(ka3098
    エルフ|70才|男性|聖導士
  • 不破の剣聖
    紅薔薇(ka4766
    人間(紅)|14才|女性|舞刀士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン リゼリオ案内所
ソフィア =リリィホルム(ka2383
ドワーフ|14才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2016/08/13 16:09:22
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2016/08/10 00:20:33